【3600】 ○ 原田 マハ 『リボルバー (2021/05 幻冬舎) ★★★☆

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ミステリとしても愉しめるが、あまりミステリ、ミステリして読まない方がいい。

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リボルバー』['21年] ゴッホ「オーヴェルの教会」「星月夜」
  
2025.3.30 蓼科親湯温泉にて
新湯 リボルバー.jpg パリ大学で美術史の修士号を取得した高遠冴(たかとおさえ)は、小さなオークション会社CDC(キャビネ・ド・キュリオジテ)に勤務している。週一回のオークションで扱うのは、どこかのクローゼットに眠っていた誰かにとっての「お宝」ばかり。高額の絵画取引に携わりたいと願っていた冴の元にある日、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれる。それはフィンセント・ファン・ゴッホの自殺に使われたものだという。ファン・ゴッホは、本当にピストル自殺をしたのか?―殺されたんじゃないのか?...あのリボルバーで、撃ち抜かれて―。

 ゴッホとゴーギャンという存命中はほとんど世に顧みられることのなかった二人の孤高の画家の関係に焦点を当て、ゴッホの自殺に使われた拳銃を巡るアート・ミステリっぽい話。プロのキュレーター資格を持つ作者(と言うより、キュレーターから作家になった)ですが、ゴッホ、ゴーギャンは特にこの人の得意な分野なのでしょうか。ゴッホを主人公の1人にした『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)という作品もあります(因みに、この作品『リボルバー』は、戯曲化することを前提にした原作小説として書かれ、実際戯曲化されている)。以下、ネタバレになります。

 ゴッホが自殺に使ったとされるリボルバーは、弟のテオがパリで護身用に所持していた銃という設定です。それを、ゴッホのかねてからの願いでアルルで共同生活を送ることになったゴーギャンに、テオがゴッホと何か諍いが起きた時の護身用として(弾は装填せずに)送ったのが、実はゴッホの依頼で弾を一つだけ装填してゴーギャンに郵便で送られます。しかしゴーギャンはそのことを知らずにその銃を、アルルを去った後タヒチにも持って行きます。

 ところが、タヒチから一度フランスに戻って来たゴーギャンは、ゴッホから自殺を仄めかす手紙を受け取ったため、ゴッホの身を案じ、ゴッホの居るオーヴェール=シュル=オワーズにその銃を持って訪れます。リボルバーに弾は装填されていないと信じていたゴーギャンは、ゴッホとの言い争いで自殺を装うように銃を自らのコメカミに銃を当てます。弾を一つだけ装填されていると知るゴッホはゴーギャンの命を救おうと飛び掛かり、そして揉み合いから、ゴッホの脇腹に―。

 「ファン・ゴッホは、本当は殺されたんじゃないのか」という疑惑からスタートとしているので、映画「アマデウス」におけるモーツァルトとサリエリみたいなことになるかと思ったら"事故"だったということで、やや拍子抜けした面もあります。自分をすでに追い越していると思われるゴッホの才能をゴーギャンが感じ取り、より自分の才能を開花させるためにタヒチに行ったことは事実に近いのかもしれませんが、この物語では、再びゴッホを振り切るために狂言自殺を演じたら、不運なことになってしまったというこという作りになっています。

 そう言えば『たゆたえども沈まず』もゴッホの話で、リボルバーはテオがゴッホとの諍いがあった時にと所有していたもので、ゴッホがパリからアルルに移ってしまった後は鞄に入れていたのをすっかり忘れていたのを、その鞄を借りることになったゴッホが偶然リボルバーの存在を知り、後で鞄だけテオに返却して―という作りになっていました。

 通説では、リボルバーはゴッホが終焉の地で寝泊まりしていた「ラヴァー亭」の経営者が所持した物で、それをゴッホが持ち出し、麦畑で自らを撃ち(ただし、現場を目撃した者はおらず、また、自らを撃ったにしては銃創や弾の入射角が不自然な位置にあるという主張や、子供たちとじゃれ合っていて暴発したという説もある)、数年経って農家によって偶然ゴッホが自らを撃ったとされる畑の中で発見され、元々の所有者であるラヴァー亭に返却され、店に一時展示されていたということのようです(小説に中でも、一般的理解はそうだとされている)。仮に小説の方が"真実"だとすると、オークションにかけられた約16万ユーロ(約2千万円)で落札された「ラヴァー亭」のリボルバーは、ゴッホが畑に落っことしただけのものということになる?

 ミステリとしても愉しめるものの、完全にミステリとして読んでしまうと穴も多いので、あまりミステリ、ミステリして読まない方がいいです(笑)。むしろ、ウィリアム・サマセット・モームの『月と六ペンス』など他の作品(著者の前作『たゆたえども沈まず』も含まれる)におけるゴッホやゴーギャンの描かれ方と比べながら読むと、こういう解釈もあるのかと多角的に見れて愉しめます。

ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
ゴーギャン「我々はどこから来たのか.jpg

【2023年文庫化[幻冬舎文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2006年7月 1日 00:08.

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