「●文学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【840】 細谷 博 『太宰 治』
「●こ 小林 恭二」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ
ディベート方式の「歌合わせ」で、短歌の愉しみや特性がわかる。
『短歌パラダイス―歌合二十四番勝負 (岩波新書)』 ['97年]
小林恭二 氏 (作家)

楽しい句会記録『俳句という遊び』、『俳句という愉しみ』(共に岩波新書)の著者が、今度は、ベテランから若手まで20人の歌人を集めて短歌会を催した、その際の記録ですが、そのやり方が、室町時代を最後に今では一般には行われていない「歌合」の古式に倣ったものということです。歌合わせ自体がどのように行われ、どのようなバリエーションがあったのか詳細の全てが明らかではないらしいですが、本書でのスタイルは、ちょっと「ディベート」に似ていて面白かったです。
『俳句という遊び―句会の空間 (岩波新書)』['91年] 『俳句という愉しみ―句会の醍醐味 (岩波新書)
』['95年]
2つのチームに分かれ、テーマ毎に詠まれた短歌の優劣を1対1で競い合うのですが、チーム内を、自ら歌を作って俎上に乗せる「方人(かたうど)」と、歌は出さずに弁護に回る「念人(おもいびと)」に分け、本来のプレーヤーである「方人」は批評には参加できず、一方、弁護人である「念人」は自分では歌を作らず、個人的に敵味方の歌をどう思おうと、とにかく自陣の歌が相手方のものより優れていることをアピールし、そして最後に、「判者」が勝負の判定を下すというもの。やっぱり、これは「ディベート」そのものではないかと。
『俳句という遊び』の時と異なり、作者名は最初から明かされているのですが、面白いのは、思い余って作った本人が自分の歌を解説したりすると(「方人」は「念人」を兼ねることはできないので、これは本来はルール違反)、これが意外とエクスキューズが多くてつまらなく、弁護人である「念人」の自由な(勝手な?)解釈の方がずっと面白かったりする点であり、短歌という芸術の特性をよく表しているなあと。
『俳句という遊び』の時と同様、2日がかりですが、2日目は3チームに分けて、チーム内でとりまとめをした上で作品を俎上に提出するなど、趣向を変えて競っています(1日目の方が、より「「ディベート」的ではあったが)。
良い歌を作っても、それ以上の出来栄えの歌とぶつかれば勝てないわけで、ここでは、あの俵万智氏がその典型、著者も「運が悪い」と言ってます。(彼女は元々"題詠"が苦手なそうだが、この時作った歌「幾千の種子の眠りを覚まされて...」と「妻という安易ねたまし春の日の...」は、『チョコレート革命』('97年/河出書房新社)-これ、大半が不倫の歌だったと思うが-に収録されている。やはり、愛着があるのか)。短歌をそれほど知らない人でも、誰のどのような歌が彼女の歌に勝ったのか、見てみたいと思うのでは。
一方、題が作者らに沿わないと良い歌が出揃わず、互いの相手方の歌に厳しい批評が飛びますが、それぞれが舌鋒鋭いものの、どこか遊びの中でのコミュニケーションとして、言う側も言われる側もそれを愉しんでいる(実際はピリピリした面もあるかと思うが、そうした緊張こそ愉しみにしている)という点では『俳句という遊び』と同じ「大人の世界」―。でも結局、負ける場合は、自陣の歌を褒める根拠が人によってバラバラになっていることが敗因となていることが多いのが、興味深いです。
『俳句という遊び』に続いて、これまた"野球中継"風の著者の解説が楽しく、読み始めると一気に読み進んでしまう本ですが、だいぶ解ってきた頃に、「座」や「連衆」という概念に表される日本の芸術観の特性についての解説などがさらっ入っているのもいい。

結城康博 氏 (ケアマネジャー・淑徳大学准教授)

こうした中、在宅のお年寄りを騙して高額商品を売りつける悪徳業者がいるというのは腹立たしいことですが、問題となった訪問介護のコムソンなどは、国に対して、家事などの「生活援助」しかしていないものを「身体介護」をしたと偽って不正請求していたわけで、利潤追求の財源は国民の納めた保険料であったことを考えると、国民はもっと怒っていいのではないかと。







「ミッドウェー海戦」の敗戦は、空母「赤城」が味方機の着艦を待ってから攻撃に移ろうとして逆に敵機の先制攻撃を受けたことが敗因だ(そこに日本人的感情=仲間意識が働いたことが「失敗の本質」である)とよく言われますが(操縦士の人命ではなく、その選抜的能力に着目すれば、感情論の入る余地はないのだが)、その他のミスや読み違いが数多くあり、それら以前にも作戦意図の共有化や偵察機の索敵機能などに根本的問題があったことがわかります(但し、本書の後に書かれた『失敗の本質』も、基本的な敗因考察においては同じ)。





大竹文雄・大阪大学教授 (自身のホームページより)




映画もミュージカル映画として作られていて、テーマ曲のバイオリン独奏はアイザック・スターン。ラストの「サンライズ・サンセット」もいい。

.jpg)
の策略で国を追い出されアメリカ大陸に向かったものの、キューバ、米国で入港拒否をされ(ナチス側もそれを予測し、ユダヤ人差別はナチスだけではないことを世界にアピールするためわざと出航させた)、結局また大西洋を逆行するという先の見えない悲劇に見舞われます。
この映画はユダヤ人資本で作られたもので、マックス・フォン・シドーの船長役以下、オスカー・ヴェルナーとフェイ・ダナウェイの夫婦役、ネヘミア・ペルソフ、マリア・シェルの夫婦役、オーソン・ウェルズやジェームズ・メイソンなど、キャストは豪華絢爛。今思うと、フェイ・ダ
ナウェイの
ような大物女優からリン・フレデリック、キャサリン・ロスのようなアイドル女優まで(キャサリン・ロスは今回は両親を養うために娼婦をしている娘の役でゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞。アイドル女優と言っては失礼か)、よく揃えたなあと。さすがユダヤ人資本で作られた作品。但し、グランドホテル形式での人物描写であるため、どうしても1人1人の印象が弱くならざるを得なかったという、このタイプの映画にありがちな弱点も見られたように思います。
「屋根の上のバイオリン弾き」●原題:FIDDLER ON THE ROOF●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督・製作:ノーマン・ジュイスン●脚本:ジョセフ・スタイン●撮影:オズワルド・モリス●音楽:ジョン・ウィリアムス●原作:ショーレム・アレイヘム「牛乳屋テヴィエ」●時間:179分●出演:トポル/ノーマ・クレイン/ロザリンド・ハリス/ミシェル・マーシュ/モリー・ピコン/レナード・フレイ/マイケル・グレイザー/ニーバ・スモール/レイモンド・ラヴロック/ハワード・ゴーニー/ヴァーノン・ドブチェフ●日本公開:1971/12●配給:ユナイト●最初に観た場所:新宿ビレッジ2(88-11-23)(評価:★★★☆)



新宿ビレッジ1・2 新宿3丁目「新宿レインボービル」B1(

「さすらいの航海」●原題:VOYAGE OF THE DAMNED●制作年:1976年●制作国:イギリス●監督:スチュアート・ローゼンバーグ●製作:ロバート・フライヤー●脚本:スティーヴ・シェイガン/デヴィッド・バトラー●撮影:オズワルド・モリス●音楽:ラロ・シフリン●原作:ゴードン・トマス/マックス・モーガン・ウィッツ「絶望の航海」●時間:179分●出演:フェイ・ダナウェイ/オスカー・ヴェルナー/オーソン・ウェルズ/リン・フレデリック/マックス・フォン・シドー/マルコム・マクダウェル/リー・グラント/キャサリン・ロス/ジェームズ・メイソン/マ

リア・シェル/ネヘミア・ペルソフ/ホセ・フェラ
ビルの部屋」(ネリー・カフラン)









飯田 経夫(1932‐2003/享年70)
理論経済学者・飯田経夫の本で、第1章で、「日本人はもう充分豊かになっている」「自分たちの住まいをウサギ小屋というのはやめよう」といい、これは当時('80年)としては多くから反発もありそうな呼びかけですが、そう述べる論拠を著者なり示していて、この章と、続く第2章で「ヒラの人たちの頑張りと平等社会」が日本を支えているという論は、今読んでもなかなか面白いし、外国人労働者が日本に入ってきたとき、日本の"平等社会"はどう変質するかといった考察などには、興味深いものがありました。
著者は、本書を著した後も、日本経済が好況を持続し向かうところ敵無しという状況の中で、本当の意味での豊かさを問う『「ゆとり」とは何か-成熟社会を生きる』('82年)、『「豊かさ」のあとに-幸せとは何か』('84年)を著し、これは講談社現代新書における「豊かさ」3部作というべきものになっていますが、当時としては、このようなテーマに執拗に注目している経済学者は少なかったのではないでしょうか(むしろ、社会学のテーマとされていた)。


都留重人 
本書『経済学はむずかしくない』と同じ講談社現代新書にあった理論経済学者の伊達邦春・早大名誉教授の『経済はなぜ変動するか』('70年)は、経済変動がなぜ生じるかを、ケインズの国民所得決定理論から始めて、ハロッドやドーマーの成長理論などを説いたもので、学部生の副読本に勝るとも劣らないカッチリした内容。
本書で、都留重人は、資本主義が変わってきたからこそ、マクロ経済が生まれるようになったのであり、経済の仕組みは一度それが定着すると永久に変化しないというようなものではないとし、また、我々は、資本主義により発展してきた国にいるため、資本主義の「競技規則」に従わざるを得ないが、その中で「必然を洞察した自由」を持つべきで、そのためには資本主義の仕組みをよく知らねばならず、そのことにより、仕組みそのものをより良いものに変えていくこともできるだろうと言っています。
'70年代後半のアメリカの文化や社会の荒廃と「格差社会」ぶりをよく捉えている。

「アメリカの深層部・恥部・細部をくまなく歩きまわり、鮮烈な映像でとらえたホットな報告書」と口上にあるように、今見ればやや意図的な露悪趣味も感じないことはないものの、男性ストリップに熱狂する女性たちや、アラバマのKKK(クー・クラックス・クラン)のメンバーなど、当時のベトナム戦争後のアメリカの文化や社会の荒廃をよく捉えていて、サウスブロンクスの少年ギャングを追った「サウスブロンクスは、この世の地獄だ。」などは、今読んでも衝撃的です。
元々、集英社が版元である「日本版PLAYBOY」の企画であり、それ風の表紙に収まっているマリリン・モンローは、実は"そっくりさん"で、今は日本でも比較的知られていることかも知れませんが、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダ
クションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなどの他、キッシンジャーのそっくりさんまでいるという話に、当時は驚きました。でもそう言えば、インパーソネーター(そっくりさん)を主人公にした映画が今年['08年]どこかの映画館でかかっていたのを思い出しました。
立木義浩(2023年・85歳)[日刊ゲンダイ]








本書は"トリック"というテーマには限定せず、ロス疑惑事件の三浦和義"疑惑人"逮捕('85年9月)前後の過熱報道など様々なケースを取り上げていますが、多くの報道陣の目の前で殺人が為された豊田商事事件(永野会長刺殺事件)('85年6月-何だか、事件が続いた時期だった)について、現場に居合わせたカメラマンの、夢中でシャッターだけ切り、急に身の危険を感じて逃げるべきかその場に居るべきか、という考えが一瞬頭の中をよぎったものの、後は冷静さを失い、結局自らはどうすることも出来なかったという証言を載せているのが関心を引きました。
何だか現代社会の疎外を象徴する殺伐とした「お話」だと思っていたら、秋葉原通り魔事件が今月('08年6月8日)に起き、その際に居合わせた群集の一部が、一斉に"ケータイ"カメラを現場に向けているという光景が見られ、「現実」のこととしておぞましく感じられました。そんな中、ある30代の男性が、倒れた被害者を救助すべく、素手で口に手をこじ入れ気道確保をしたうえで、他の通行人と協力して心臓マッサージや人工呼吸を試み、到着した救急隊に被害者を引き渡したが、この人は写真が趣味で、当日も首からカメラをぶら下げていたにも関わらず、「目の前に倒れている人を救助したい一心」で、事件の写真は1枚も撮らなかった―という記事が読売新聞にあり、多少救われたような気持ちになりました。
「カプリコン・1」●原題:CAPRICORN ONE●制作年:1977年●制作国:アメリカ/イギリス●監督・脚本・原作:ピーター・ハイアムズ●製作:ポール・N・ラザルス3世●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●出演:エリオット・グールド/ジェームズ・ブローリン/ブレンダ・バッカロ/サム・ウォーターストーン/O・J・シンプソン/ハル・ホルブルック/カレン・ブラック/テリー・サバラス●時間:124分●日本公開:1977/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋文芸坐 (78-12-13) (評価:★★★)●併映「ネットワーク」(シドニー・ルメット)



.jpg)


会田雄次(1916‐1997/享年81)
子どもを危険から守る時、日本人は必ず前に抱きかかえるのは何故か。日本人が危険に対して咄嗟に背を向ける形になるのに対し、アメリカ人は子どもをまず後ろに跳ね除け、危険と対峙する形をとるそうで、本書では、普段は意識されることがないこうした動作の民族的固有性、例えば、西洋鉋(かんな)は押して削るが、日本の鉋は引いて削る(日本刀も引いて斬る)といったことなどから、日本人論を展開しているのがまず興味深かったです。





湯浅 誠 氏 (NHK教育「福祉ネットワーク」(2007.12.19)「この人と福祉を語ろう 見えない『貧困』に立ち向かう」より)
個人的には、福祉事務所が生活保護の申請の受理を渋り、「仕事しなさい」の一言で相談者を追い返すようなことがままあるというのが腹立たしく、また、違法な人材派遣業などの所謂「貧困ビジネス」(グッドウィルがまさにそうだったが)が興隆しているというのにも、憤りを覚えました。





それと、'89年に発覚した「宮崎勤事件」の時の雑誌報道にあったような、「彼の写真の背後に殺害された少女の姿が...」といった(どう見てもそんなものは写ってなかった)騒ぎに対しても、怒りを露わにしています。'80年代以降の「心霊写真」ブーム特徴として、それまでのような文学性(物語性)が排除されて、単なる投稿写真ネタになってしまったとのことで、そろそろ、こうしたブームは終わるべき時がきたのではないか、としています(本当に、コレ、"ゾンビ"のように終わらないものなのかも知れないが)。

"Wargames" [1983]

「ウォー・ゲーム」●原題:WAR GAMES●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・バダム●製作総指揮:レオナード・ゴールドバーグ●製作:ハロルド・シュナイダー●脚本:ウォルター・F・パークス/ローレンス・ ラスカー●音楽:アーサー・B・ルービンスタイン ●時間:114分●出演:マシュー・ブロデリック/ダブニー・コールマン/ジョン・ウッド●日本公開:1983/12●配給:MGM/UA●最初に観た場所:テアトル新宿 (84-09-16) (評価:★★★)●併映:「大逆転」(ジョン・ランディス)











映画の解釈では、淀川長治のホモ・セクシュアル映画説が有名です(因みに、原作者のパトリシア・ハイスミスはレズビアンだった)。あの吉行淳之介も、淀川長治のディテールを引いての実証に驚愕した(吉行淳之介『恐怖対談』)と本書にありますが、ルネ・クレマンが来日した際に淀川長治自身が彼に確認したところ、そのような意図は無いとの答えだったとのことです(ルネ・クレマン自身がアラン・ドロンに"惚れて"いたとの説もあり、そんな簡単に本音を漏らすわけないか)。(●2016年にシネマブルースタジオで再見。トムがフィリップの服を着て彼の真似をしながら鏡に映った自分にキスするシーンは、ゲイ表現なのかナルシズム表現なのか。マルジュがフィリップに「私だけじゃ退屈?そうなら船をおりるわ」とすねるのは、フィリップの恋人である彼女が、男性であるトムをライバル視してのことか。再見していろいろ"気づき"があった。) 









「デス・トラップ 死の罠」の原作は「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レビンが書いたブロードウェイの大ヒット舞台劇。落ち目の劇作家(マイケル・ケイン)の許に、かつてのシナリオライター講座の生徒クリフ(クリストファー・リーヴ)が書いた台本「デストラップ」が届けられ、作家は、金持ちの妻マイラ(ダイアン・キャノン)に「この劇は
傑作だ」と話し、盗作のアイデアと青年の殺害を仄めかし、青年が郊外の自宅を訪れる際に殺害の機会を狙う―(要するに自分の作品にしてしまおうと考えた)。ドンデン返しの連続は最後まで飽きさせないもので、「スーパーマン」のクリストファー・リーブが演じる劇作家志望のホモ青年も良かったです(この人、意外と演技派俳優だった)。
クリストファー・リーブ/マイケル・ケイン![映画「ディーバ].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%8C%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%90%5D.jpg)
「ディーバ」は、ジャン=ジャック・ベネックス監督の長編第1作で、オペラを愛する18歳の郵便配達夫が、レコードを出さないオペラ歌手のコンサートを密かに録音したことから殺人事件に巻き込まれるというもので、1981年12月にユニフランス・フィルム主催の映画祭「新しいフランス映画を見るフェスティバル」での上映5作品中の1本目として初日にThe Space (Hanae Mori ビル5F)で上映されるも、その時はすぐには日本配給には結びきませんでした。しかし、'81年シカゴ国際映画祭シルヴァー・ヒューゴー賞を受賞し、'82年セザール賞で最優秀新人監督作品賞(ジャン=ジャック・ベネックス)のほかに、撮影賞(フィリップ・ルースロ)、



「私が密かに愛した映画」で「パワー・プレイ」を推した橋本治氏が、「すっごく面白いんだけど、これを見たっていう人間に会ったことがない」とコメントしてますが、見ましたよ。
ヨーロッパのある国でテログループによる大臣の誘拐殺人事件が起き、大統領がテロの一掃するために秘密警察を使ってテロリスト殲滅を実行に移すもののそのやり方が過酷で(名脇役ドナルド・プレザンスが秘密警察の署長役で不気味な存在感を放っている)、反発した軍部の一部が戦車部隊の隊長ゼラー(ピーター・オトゥール)を引き入れクーデターを起こします。クーデターは成功しますが、宮殿の大統領室にいたのは...。「漁夫の利」っていうやつか。最後、ピーター・オトゥールがこちらに向かってにやりと笑うのが印象的でした。
「第三の男」●原題:THE THIRD MAN●制作年:194





「恐怖の報酬」●原題:LE SALAIRE DELA PEUR●制作年:1953年●制作国:フランス●監督・脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー●撮影:アルマン・ティラール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:ジョルジュ・アルノー●時間:131分●出演:イヴ・モンタン/シャルル・ヴァネル/ヴェラ・クルーゾー/フォルコ・ルリ/ウィリアム・タッブス/ダリオ・モレノ/ジョー・デスト●日本公開:1954/07●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10) (評価:★★★★)●併映:「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)
「ポスター[左](

「太陽がいっぱい」●原題:PLEIN SOLEIL●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ポール・ジェゴフ/ルネ・クレマン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:パトリシア・ハイスミス 「才能あ

「白いドレスの女」●原題:BODY HEAT●制
作年:1981年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ローレンス・カスダン●製作:フレッド・T・ガロ●撮影:リチャード・H・クライン●音楽:ジョン・バリー●原作:ジェイムズ・M・ケイン 「殺人保険」●時間:113分●出演:ウィリアム・ハート/
キャスリーン・ターナー/リチャード・クレンナ/テッド・ダンソン/ミッキー・ローク/J・A・プレストン/ラナ・サウンダース/キム・ジマー●日本公開:1982/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー (82-08-07) ●2回目:飯田橋ギンレイホール(86-12-13)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ボブ・ラフェルソン)





「パルプ・フィクション」●原題:PULP FICTION●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クエンティン・タランティーノ●製作:ローレンス・ベンダー
マン●時間:155分●出演:ジョン・トラヴォルタ/サミュエル・L・ジャクソン/ユマ・サーマン/ハーヴェイ・カイテル/アマンダ・プラマー/ティム・ロス/クリストファー・ウォーケン/ビング・ライムス/ブルース・ウィリス/エリック・ストルツ/ロザンナ・アークエット/マリア・デ・メディロス/ビング・ライムス●日本公開:1994/09●配給:松竹富士 (評価:★★★★)
ハーヴェイ・カイテル(掃除屋"ザ・ウルフ")
「デス・トラップ 死の罠」●原題:DEATHTRAP●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:バート・ハリス●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:アンジェイ・バートコウィアク●音楽:ジョニー・マンデル●原作:アイラ・レヴィン●時間:117分●出演
:マイケル・ケイン/クリストファー・リーヴ/ダイアン・キャノン/アイリーン・ワース/ヘンリー・ジョーンズ/ジョー・シルヴァー●日本公開:1983/09●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:テアトル吉祥寺 (86-02-15) (評価:★★★☆)●併映「殺しのドレス」(ブライアン・デ・パルマ)
「ディーバ」●原題:DIVA●制作年:1981年●制作国:フランス●監督:ジャン=

「パワー・プレイ 参謀たちの夜」●原題:POWER PLAY OPERATION OVERTHROW●制作年:1978年●制作国:イギリス/カナダ●監督:マーティン・バーク●製作:クリストファー・ダルトン●撮影:オウサマ・ラーウィ●音楽:ケン・ソーン●時間:110分●出演:ピーター・オトゥール/デヴィッド・ヘミングス/バリー・モース/ドナルド・プレザンス/ジョン・グラニック/チャック・シャマタ/アルバータ・ワトソン、/マーセラ・セイント・アマント/オーガスト・シェレンバーグ●日本公開:1979/11●配給:ワールド映画●最初に観







'81年刊行の第1集は、チャップリン作品から始まり、「
映画の解釈が深く、第1集では「
また、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」('77年/松竹)を、「これを見て、ヤクザ映画の輝ける悲運のヒーローだったあの健さんが、幸せの健さんへと堕落したとみる人はよっぽど幸せなマイホームパパ」とし、この話は「嘘」を描いてもっともらしいところが秀逸なのであり、「山田監督は人情でなぜ悪いと居直っていますが、これはあくまで愛の神話であって、人情の神話ではありません」と断言、「健さんのヤクザ映画にみられた禁欲的フ
ェミニズムは、ここでは一夫一妻制のエロチシズムに見事に変質しています」という読み解きも興味深く、他にも、娯楽映画なども含め、新たな視点に気づかせてくれる解説が多くあり、映画評論としても第一級のものであるように思えます。
「禁じられた遊び」●原題:JEUX INTERDITS●制作年:1952年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロバート・ジュリアート●音楽:ナルシソ・イエペス●時間:86分●出演:ブリジッド・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー/スザンヌ・クールタル/リュシアン・ユベール/ロランヌ・バディー/ジャック・マラン●日本公開:1953/09●配給:東和●最初に観た場所:早稲田松竹 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)
「生きる」●制作年:1952年●監督:黒澤明●製作:本木莊二郎●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄●原作:レフ・トルストイ「イワン・イリッチの死」●時間:143分●出演:志村喬/小田切みき/金子信雄/関京子/浦辺粂子/菅井きん/丹阿弥谷津子/田中春男/千秋実/左ト全/藤原釜足/中村伸郎/渡辺篤/木村功/伊藤雄之助/清水将夫/南美江/阿部九洲男 /宮口精二/加東大介/山田巳之助●日本公開:1952/10●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館 (85-02-24) (評価★★★★)●併映「隠し砦の三悪人」(黒澤明)

「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」●制作年:1978年●監督:山田洋次●製作:名島徹●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:佐藤勝●原作:
渥美清(新得警察署の警察官・渡辺勝次)
「シェーン」●原題:SHANE●制作年:1953年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・スティーブンス●音楽:ヴィクター・ヤング●原作:ジャック・シェーファー「シェーン」●時間:118分●出演:アラン・ラッド/ヴァン・ヘフリン/ジーン・アーサー/ブランドン・デ・ワイルド/ジャック・パランス/ペン・ジョンスン/エドガー・ブキャナン/エミール・メイヤー●日本公開:1953/10●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-12-20) (評価★★★☆)●併映:「駅馬車」(ジョン・フォード)
「エデンの東」●原題:EAST OF EDEN●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ポール・オスボーン●撮影:テッド・マッコード●音楽:レナード・ローゼンマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ジェームズ・ディーン/ジュリー・ハリス/レイモンド・マッセイ/バール・アイヴス●日本公開:1955/10●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-02-18)(評価:★★★☆)●併映:「理由なき反抗」(ニコラス・レイ)
「JAWS/ジョーズ」●原題:JAWS●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:デイヴィッド・ブラウン/リチャード・D・ザナック●脚本:ピーター・ベンチュリー/カール・ゴッドリーブ●撮影:ビル・バトラー●音楽:ジョン・ウィリアムズ
●原作:ピーター・ベンチュリー●時間:124分●出演:ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス/カール・ゴットリーブ/マーレイ・ハミルトン/ジェフリー・クレイマー/スーザン・バックリーニ/ジョナサン・フィレイ/クリス・レベロ/ジェイ・メロ●日本公開:1975/12●配給:CIC●最初に観た場所:新宿ローヤル (82-12-28) (評価★★★★)



今年('08年)2月に「

ピーター・ボイルは、「
ス監督、ジーン・ワイルダー主演(脚本も務めた)の「ヤング・フランケンシュタイン」でボイルが演じたのは、何とボリス・カーロフ顔負けのフランケンシュタイン(この映画の奇妙な執事、ギョロ目のマーティ・フェルドマンの怪演も印象的)。ボイルは、「X‐ファイル」にもゲスト出演していましたが、この人も最近亡くなった...。
この映画はシェリイ夫人の原作及び古典的ホラー映画のパロディですが、アインシュタインに似た博士(ジーン・ワイルダー)やその助手(テリー・ガー)も快演(怪演)しているほか、オリジナルの「フランケンシュタイン」にも出てくる小屋に住む盲
目の老人役は、ラストに小さくクレジットされているだけで大概の人は気づかないのですがジーン・ハックマンであるという遊びもありました。





"おでこのジョン"ことジョン・カザールは「狼たちの午後」での鬱々とした演技が良く(アル・パチーノが上手いのはさすがだが、この映画でのチャールズ・ダーニングもいい)、「
年)に起用された際に、彼がガン宣告を受けたため出演させることを渋った製作側に対し、降板に反対するロバート・デ・ニーロらに口説かれ、治療を受けながら演じたという、その「ディア・ハンター」が彼の遺作となりました(無名時代に共演したメリル・ストリープと婚約中だった)。

フランク・ピアソン●撮影:ジヴィクター・J・ケンパー●時間:125分●出演:アル・パチーノ/ジョン・カザール/チャールズ・ダーニング/クリス・サランドン/キャロル・ケイン/ランス・ヘンリクセン/ジェームズ・ブロデリック/ペニー・アレン/サリー・ボイヤー●日本公開:1976/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐 (77-12-14) (評価:★★★★)●併映:「セルピコ」(シドニー・ルメット)









「アメリカン・グラフィティ」●原題:AMERICAN GRAFFITI●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督:ジョー
ジ・ルーカス●製作:
「ワイルドバンチ」●原題:THE WILD BUNCH●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:サム・ペキンパー●製作:フィル・フェルドマン●脚本:ウォロン・グリーン/サム・ペキンパー/ロイ・N・シックナー●撮影:ルシアン・バラード●音楽:ジェリー・フィールディング●時間:110分●出演:アーネスト・ボーグナイン/ローバート・ライアン/ウォーレン・オーツ/エドモンド・オブライエン/ベン・ジョンソン/ジェイミー・サンチェス/エミリオ・フェルナンデス/ストローザー・マーティン/L・Q・ジョーンズ/アルバート・デッカー/ボー・ホプキンス●日本公開:1969/08●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:池袋文芸坐 (88-03-13) (評価:★★★★)●併映:「リオ・ブラボー」(ハワード・ホークス)

挙げていくとキリがありませんが、脇役から主役級になった人、TVドラマで活躍している人もいるし、映画からテレビに移って役柄のイメージが変わった人もいます。
William Shatner&Candice Bergen in Boston Legal
こうした中、坂口安吾の『不連続殺人事件』や夏樹静子の『天使が消えて行く』には、心理的トリックが素晴らしいとして最上級の評価を与えていて、トリック自体が科学的であるかどうかということよりも、やはり、犯罪が成立するための心理的側面を重視していることがわかります。