【840】 ○ 細谷 博 『太宰 治 (1998/05 岩波新書) ★★★★

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太宰"再入門"の試み。読み易く、作品の魅力、味わい処をよく示している。

太宰 治78.JPG太宰治3.jpg太宰治2.jpg     Dazai_Osamu.jpg 太宰 治(1909‐48/享年38)
太宰治 (岩波新書)』〔'98年初版/復刊版〕

 「再入門への招待」と帯にあったように、社会生活に追われ「今さら文学など」という大人のための、太宰文学に対する"再入門"の試みが本書のコンセプトで、個人的にも、「太宰は卒業するもの」という考えはおかしいのではという思いがあり、本書を読みました。

 前期・中期・後期の太宰作品(長編と主要な中・短篇)をかなりの数ととり上げ平易に解説していて、その分入門書にありがちな突っ込みの浅さを指摘する評を見かけたことがありましたが、個人的には必ずしもそう思わず、それぞれの作品の魅力、味わい処をよく示しているのではないかと(冒頭の『たづねびと』の解説などは秀逸)。

 「作品と作者を混同してはならない」とはよく言われることですが、著者はそれぞれの作品と、それを書いたときの太宰の状況を敢えて照合させようとしているようで、太宰の場合、意図的に作品の中に自分らしき人物を登場させたり、「自分」的なものを忍ばせていたりしているケースが多いので、そうした禁忌に囚われない著者のアプローチ方法で良いのではないかと思った次第です。

 後期の作品は、作者が心理的に追い詰められている重苦しいイメージが付きまといがちですが、実際読んでみるとユーモアに満ちた描写が多く、また、その背後に人間に対する鋭い洞察がある―、また、太宰自身が理想とした人間像のブレ(家庭に対する屈折した憧憬など)が本書で指摘されていますが、中村光夫なども「自負心・自己主張の弱さ」という言い方で同じような指摘をしていたなあ。

 但し、中村光夫は、太宰が「嘘」を書くことで逆説的に自信を獲得したとしながらも、晩年の作品は戦前の作品に及ばないものが大部分であるとしていましたが、著者は、晩年の作品も中期の作品と同等に評価しているようで、こちらの方が納得できました。

 太宰の"道化的"ユーモアを突き詰めていくと、対他存在・対自存在といった実存的なテーマになっていくのだろうけれど、そこまで踏み込んではいないのは(匂わせてはいるが)、やはり入門書であるための敢えてのことなのか。

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