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「1シーン1カット」を多用した完璧な恋愛・人情ドラマ。途絶えていたのをスクリーンに復活させた「船乗り込み」。



「あの頃映画 松竹DVDコレクション 残菊物語」花柳章太郎/森赫子
「あの頃映画 松竹DVDコレクション 残菊物語 デジタル修復版」['16年]
尾上菊之助(花柳章太郎)は養子ながら歌舞伎の名門、五代目菊五郎(河原崎権十郎)の後継者として苦労なく育ったが、それだけに上辷りな人気に酔っていた。この思い上った菊之助の芸を真実こもった言葉でたしなめたのは弟・幸三の若い乳母お徳(森赫子)であった。菊之助はお徳の偽りない言葉に感激、
芝居にも身を入れるようになったが同時に二人の間には恋心が茅ばえた。だが明治の封建的な気風の中、菊五郎夫妻はお徳を解雇する。激昂した菊之助はお徳の行方を突止め二人は結ばれたが、菊之助は勘当される。菊之助は大阪劇壇の大御所・尾上多見蔵(尾上多見太郎)の許へ走り、そこで芸道に励むが、その頼る多見蔵に死なれ、地方廻りの小劇団に身を落さねばならなかった。長旅にお徳は胸を病み、苦難の日が続いた。菊之助の将来を案じた
お徳は菊之助の親友・福助(高田浩吉)に菊之助の復帰を懇願、菊之助は勇躍、桧舞台に立ったが、その陰にはお徳が身を退くという犠牲が払われていた。菊五郎一行に加わり芸名上った菊之助の大阪初下りの日、お徳は菊之助と借りた按摩・元俊(志賀廼家辨慶)の襤褸屋の二階で重病の床に臥していた。その夜、知らせを聞いた菊之助に菊五郎は初めて、「女房に逢って来てやれ」と言い、菊之助はお徳にようやっと養父の許しが出たことを伝える。お徳は喜びつつも、晴れの船乗り込みに主役の貴方がいないのではと言い、菊之助は再び戻って船乗り込みに臨む―。
1938(昭和13)年公開の溝口健二監督作で、溝口作品の中で、ほぼ全てが現存する数少ない戦前作品(146分中143分現存)です。1939年の「キネマ旬報ベスト・テン」の第2位作品で、溝口作品の中でも評価されている戦前の映画であり、1953年に長谷川一夫・淡島千景主演で、1963年に二代目市川猿之助・岡田茉莉子主演でリメイクされています。また、世界的にも、2015年度カンヌ国際映画祭クラシック部門でデジタル修復版が上映されるなどしています。
実話を基にしているとのことで、さらに溝口演出の特徴である「1シーン1カット」を多用していることもあり、明治初期の歌舞伎界の舞台裏ドキュメン
タリーを観ているみたいな感じもします(もちろん当時の歌舞伎の表舞台も興味深い)。そうした技法を駆使すながらも、完璧な恋愛・人情ドラマとして成り立っており、これは村松梢風(1889-1961/71歳没、作家・エッセイストの村松友視の祖父)の原作がよく出来ているということではないでしょうか。リメイク版もほぼ同じストーリーであるというのは、いじるところが無いということではないかと思います。
淀川長治はこの作品を、黒澤明の「羅生門」、小津安二郎の「戸田家の兄妹」と共に、自身の邦画ベスト3に本作品を挙げていたこともありました(「キネマ旬報」1979年11月下旬号)。個人的には、「人情物語」としてみると、小津安二郎監督の「浮草物語」('34年/松竹)と並んでベストになります。
尾上菊之助を演じた花柳章太郎(1894-1965/享年70)は、歌舞伎と新劇の間にあった「新派」の人気女形であった人で、それがこの映画では、専門の女形ではなく立役の(これまた専門ではない)歌舞伎役者を演じるということで大変な苦労があったようですが、この作品で二枚目としての新境地を開いたとのことです。晩年には新派からは元師匠の喜多村緑郎に次ぐ二人目の人間国宝に認定、文化功労者にも選定されています。また、「歌行燈」「鶴亀」「蛍」「大つごもり」などその代表作である10の芝居は「花柳十種」として選定されています(1961年「菊池寛賞」、 1962年度「朝日文化賞」(朝日賞)受賞)。
多才な人で、着物衣装にも詳しく(専門の本を出している)、食通としても有名で(特に海苔、蕎麦、天ぷら、鮨、秋刀魚、つけ合せでべったら漬を好んだ)、中でも、本職以外の才能として際立っているのはエッセイストとしての才能であり、多くのエッセイ本を残しています。
そうした花柳章太郎の経歴の中で、一つのターニングポイントとなった作品であると思って観るのもいいし、「1シーン1カット」の流れるような画面構成に着眼して観るのも愉しめるかと思います(菊之助がスイカを切るシーンが良かった。スイカを切るのはまだ撮り直しがきくが、リテイクがきかないようなシーンもいくつかあった)。

そう言えば、ラストの「船乗り込み」ですが、当時(明治初期)は京都や江戸から役者や一座が大坂へ到着する際に行われていた儀式でしたが、1924(大正13)年に途絶えたのが、1979(昭和54)年に大阪道頓堀・朝日座で第一回公演「五月大歌舞伎」が開催されるにあたり、十七代目中村勘三郎が、歌舞伎公演を一般市民にPRするため55年ぶりに復活させています。今でこそ「七月大歌舞伎」公演前の恒例行事、また大阪の初夏の風物詩として広く知れ渡っていますが、この映画が作られた時は、途絶えてから10数年経っていたことになり、溝口がそれをスクリーン上で復活させたということになります。
「残菊物語(殘菊物語)」●制作年:1939年●監督:溝口健二●製作総指揮・総監督:白井信太郎●脚本:依田義賢●撮影:三木滋人/藤洋三●音楽:深井史郎●原作:村松梢風●時間:100分●出演:花柳章太郎/高田浩吉/川浪良太郎/高松錦之助/葉山純之輔/尾上多見太郎/結城一朗/南光明/天野刃一/井上晴夫/廣田昂/富本民平/保瀬英二郎/伏見信子/花岡菊子/白河富士子/最上米子/中川芳江/西久代/鏡淳子/大和久乃/田川晴子/柴田篤子/秋元富美子/国春美津枝/白妙公子/(劇団より)河原崎権十郎/森赫子/花柳喜章/志賀廼家辨慶/柳戸はる子/松下誠/島章/中川秀夫/花田博/春本喜好/橘一嘉/(大船より)磯野秋雄/(新興より)嵐徳三郎/梅村蓉子●公開:1939/10●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(21-08-17)(評価:★★★★☆




(昭和23年)を挙げています。北海道つながりで、川本氏が小津安二郎監督の「
第2章以下は主に監督別に「隠れた名作」を振り返っていて、第2章(「戦後」の光景)では、家城巳代治、鈴木英夫、千葉泰樹、渋谷実、関川秀雄などが取り上げられています。この辺りの監督、あまり観ていないなあと思いつつも、川本氏が、池部良が出てくる清張ミステリーで、新玉三千代がファム・ファタルになる鈴木英夫監督の「
田勝彦さんの顔を見ていないのよ」と言っていたそうで、ビデオジャケットでも共に並んで写っているだけにやや驚きました。筒井氏が戦前の映画とは思えず、戦後的であると言っているのにも納得です。渋谷実監督作は個人的には「
呼ぶ人もいるのではないかなあと。しかしながら、世間一般の知名度で言うと、小津安二郎などよりはマイナーということになるのかもしれません。井伏鱒二「四つの湯槽」の映画化作品「
第4章(「大衆」の獲得)では、滝沢英輔、野村芳太郎、堀川弘通、佐伯清、沢島忠、小杉勇などの監督を扱っています。この中で、川本氏も述べているように、松本清張作品と言えば野村芳太郎になるなあと。「
言うように、宮口精二と大木実が夜行に乗り込んで、東海道本線、山陽本線を経由して、ようやっと佐賀についたところでタイトルが出るのですが、そこまで行くのに丸一日かかったというところに時代が感じられ、良かったです(あれを今の時代に再現するのは難しため、結局テレビでドラマ化されるとどれも今の時代に改変されてしまう)。筒井氏は「
第5章(「職人」の手さばき)では、中村登、大庭秀雄、丸山誠治、中川信夫、西河克己などに触れていますが、まさに職人というべき監督ばかりかも。中川信夫は「東海道四谷怪談」(昭和34年)が有名ですが、初期作品で「
「秀子の応援団長」(昭和15年)は、当時少女スターとして活躍していた高峰秀子が、弱少プロ野球球団アトラス軍の応援歌を作って見事チームを優勝へと導くという青春映画でした。アトラス軍は、かつて大黒柱だった大川投手が出征しているため、新人の人丸投手(灰田勝彦)が登板しますが、スタルヒンや水原を擁する巨人軍との力量の差は明らかでチームは最下位に甘んじ、アトラス軍の高島監督(千田是也)の家族達は憂い顔。高島家の祖母(清川玉枝)や娘の雪子(若原春江)と一緒に憂い顔なのが雪子の従妹で社長令嬢の女学生・秀子(高峰秀子)で、父親(小杉義男)は野球嫌い、教育熱心な母親(沢村貞子)には謡のお稽古をさせられるも、雪子と一緒にこっそりアトラス軍の練習場へ出かけて二人が作った応援歌を披露したり、謡の先生も野球好きと知り先生を説得して親に内緒で一緒に後楽園に応援に出かけたりするうちに、彼女達が応援に来た試合はアトラス軍面白いように勝ちはじめる―。
高峰秀子と灰田勝彦は、会話シーンもればそのプレイを応援するシーンもあり、祝勝パーティで灰田勝彦がウクレレ片手に歌って高峰秀子も同席しているシーンもあったりしますが、あれ全部"別撮り"だったのかあ。そう言えば、冒頭のスタルヒンや水原らスター選手がいる巨人軍との試合も、本当に試合するはずもなく全部"別撮り"だというのは考えてみればすぐ分かります。秀子らが各球団の戦力偵察に行く設定なので、当時の主要球団の有力選手並びに戦前の後楽園球場、上井草球場?、西宮球場、甲子園球場なども見られ、スポーツ・フィルム史的にみて貴重です。太平洋戦争が始ま
とか(お気楽と言っていいくらいだが、コメディのツボは押さえていて、しかもラストは少し捻っている)。灰田勝彦がプロ球団の投手役というのも見ものですが、戦後、俳優座のリーダー的存在として活躍した千田是也(1904-1994)が、プロ野球の監督役というのが珍しいです。千田是也はテレビドラマへの出演はほとんど皆無ですが、1940年代から1970年代頃まで約100本の映画に出演していて、この作品はそのうちの最も初期のものとなります。
「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)
「二十四の瞳」●制作年:1954年●監督・脚本:木下惠介●製作:桑田良太郎●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:壺井栄●時間:156分●出演:高峰秀子/天本英世/夏川静江/笠智衆/浦辺粂子/明石潮/高橋豊子/小林十九二/草香田鶴子/清川虹子/高原駿雄/浪花千栄子/田村高廣/三浦礼/渡辺四郎/戸井田康国/大槻義一/清水龍雄/月丘夢路/篠原都代子/井川邦子/小林トシ子/永井美子●公開:1954/09●配給:松竹●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(18-05-08)(評価:★★★★☆)
「東京物語」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:136分●出演:笠智衆/東山千榮子/原節子/香川京子/三宅邦子/杉村春子/中村伸郎/山村聰/大坂志郎/十朱久雄/東野英治郎/長岡輝子/高橋豊子/桜むつ子/村瀬禪/安部徹/三谷幸子/毛利充宏/阿南純子/水木涼子/戸川美子/糸川和広●公開:1953/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)(評価:★★★★☆)●併映:「彼岸花」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)

「パレットナイフの殺人」●制作年:1946年●製作:大映(東京撮影所)●監督:久松静児●脚本:.高岩肇●撮影:高橋通夫●音楽:斎藤一郎●原作:江戸川乱歩●時間:71分(76分)●出演:宇佐美淳(宇佐美淳也)/植村謙二郎/小柴幹治(三条雅也)/小牧由紀子/松山金嶺/平井岐代子/西條秀子/若原初子/須藤恒子/上代勇吉/花布辰男/桂木輝夫●公開:1946/10●配給:大映(評価:★★★)

「三面鏡の恐怖」●制作年:1948年●監督:久松静児●●脚本:高岩肇/久松静児●撮影:高橋通夫●音楽:齋藤一郎●原作:木々高太郎「三面鏡の恐怖」●時間:82分●出演:木暮実千代/上原謙/新宮<信子/瀧花久子/水原洋一/宮崎準之助/船越英二/千明みゆき/上代勇吉●公開:1948/06●配給:大映(評価:★★★)
「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)
「愛よ星と共に」●制作年:1947年●監督:阿部豊●製作:青柳信雄●製作会社:新東宝・映画芸術協会●脚本:八田尚之●撮影:小原譲治●音楽:早坂文雄●時間:95分●出演:高峰秀子/池部良/横山運平/浦辺粂子/川部守一/藤田進/逢初夢子/清川莊司/一の宮あつ子/田中春男/鳥羽陽之助/冬木京三/鬼頭善一郎/江川宇礼雄/山室耕/花岡菊子/條圭子/水島三千代●公開:1947/09●配給:東宝(評価:★★★)
「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)
「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良/荒木道子/吉岡恵子/多田道男/新珠三千代/平田昭彦/小川虎之助/中村伸郎/小栗一也/松本染升/宮口精二/志村喬/北川町子/丹波哲郎/田島義文/中山豊/広瀬正一/梅野公子/池田正二/宇野晃司/西条康彦/堤康久/加代キミ子/飛鳥みさ子/上村幸之/浜村純/西條竜介/坂本晴哉/岡部正/草川直也/大前亘/由起卓也/山田圭介/吉頂寺晃/伊藤実/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆) 
「本日休診」●制作年:1939年●監督:渋谷実●脚本:斎藤良輔●撮影:長岡博之●音楽 吉沢博/奥村一●原作:井伏鱒二●時間:97分●出演:柳永二郎/淡島千景/鶴田浩二/角梨枝子/長岡輝子/三國連太郎/田村秋子/佐田啓二/岸恵子/市川紅梅(市川翠扇)/中村伸郎/十朱久雄/増田順司/望月優子/諸角啓二郎/紅沢葉子/山路義人/水上令子/稲川忠完/多々良純●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)
「簪(かんざし)」●制作年:1941年●監督・脚本:清水宏●製作:新井康之●撮影:猪飼助太郎●音楽:浅井挙曄●原作:井伏鱒二「かんざし(四つの湯槽)」●時間:75分●出演:田中絹代/笠智衆/斎藤達雄/川崎弘子/日守新一/坂本武/三村秀子/河原侃二/爆弾小僧/大塚正義/油井宗信/大杉恒夫/松本行司/寺田佳世子●公開:1941/08●配給:松竹(評価:★★★★)
「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張
込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)
「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本プロ・松竹●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤
剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信/渥美清/笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井きん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●公開:1974/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)
「黒い画集 あるサラリーマンの証言」●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●撮影:中井朝一●原作:松本清張「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原知佐子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)
「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
「伊豆の踊子」●制作年:1963年●監督:西河克己●脚本:三木克己/西河克己●撮影:横山実●音楽:池田正義●原作:川端康成●時間:87分●出演:高橋英樹/吉永小百合/大
坂志郎/桂小金治/井上昭文/土方弘/郷鍈治/堀恭子/安田千永子/深見泰三/福田トヨ/峰三平/小峰千代子/浪花千栄子/茂手木かすみ/十朱幸代/南田洋子/澄川透/新井麗子/三船好重/大倉節美/高山千草/伊豆見雄/瀬山孝司/森重孝/松岡高史/渡辺節子/若葉めぐみ/青柳真美/高橋玲子/豊澄清子/飯島美知秀/奥園誠/大野茂樹/花柳一輔/峰三平/宇野重吉/浜田光夫●公開:1963/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(85-01-19)(評価:★★★☆)●併映:「潮騒」(森永健次郎)
「秀子の応援団長」●制作年:1940年●監督:千葉泰樹●脚本:山崎謙太●音楽:佐々木俊一●原作:高田保●時間:71分●出演:高峰秀子/灰田勝彦/千田是也/音羽久米子/若原春江/伊達里子/小杉義男/澤村貞子/清川玉枝●公開:1940/01●配給:東宝映画(評価★★★☆)

永楽屋の女将おらく(英百合子)は大の骨董好きで、お宝掛け軸"鯉魚の一軸"を手に入れるために、手代の要助(小笠原章二郎)に捜させていた。偶々それを持っていることが判った大坂屋・源右衛門(中村是好)が親子ほ
どに年齢の違う自分の娘のおくみ(宏川光子)に惚れていることを知って、その気を引くために源右衛門に娘を嫁がせる素振りをみせるが、おくみは実は要助と相思相愛の仲だった。源兵衛がおくみとの結
婚を迫る一方、永楽屋の番頭の長九郎(如月寛多)もおくみに気があり、機会を画策する。更には、鐘楼寄進を名目に布施を集めては懐に入れていた破戒坊主の法界坊(榎本健一)までがおくみにぞっこんとなり、この恋愛合戦は四つ巴の様相を呈す。法界坊は長
九郎にそそのかされて掛け軸を盗み出すが、源右衛門から掛け軸奪回の依頼を受けた長九郎が源右衛門を裏切って殺し、要助と共に法界坊の住処に行って今度は法界坊を刺し殺し、掛け軸を奪い返した要助も川に突き落とす。要助が死んでいまったと思ったおくみは、泣く泣く長九郎と祝言を挙げることになるが、そこへ幽霊となった法界坊が現われ、長九郎の悪事を暴き、そんな所に九死に一生を得た要助も戻って来る。幽霊の法界坊は、おくみと要助の婚礼を執り行なう事、自分の供養のために寺に鐘を寄贈する事をおくみたちに頼むと姿を消す―。
1938(昭和13)年公開の斎藤寅次郎(1905-82)監督の東宝移籍第一回監督作品で、オリジナルが74分、現存するフィルムが53分です。一部ミュージカル風で、前半、要介がおくみに恋歌を唄っていたと思ったら、いつの間にかおくみが行方不明になって、実はエノケンの法界坊の住処に身を寄せていたなど、話が繋がらない部分がありますが、全体としてはそれほど欠落の影響は無かったでしょうか。
エノケンは、幽霊になってからの方がナンセンスギャグの連発で面白かったです。幽霊になってから自分の行いを反省しているのは、自身が言うように、三途の川で追い返されたからでしょうか。その割には、プロローグで、完成した鐘の完成式でおくみ、要助らが見守る中、僧侶が鐘を鳴らすと鐘の中から法界坊が落ちて来て尻餅をつき、慌ててまた元の鐘の中へ...(まだしつこく成仏してなかった?)。脇を固める源右衛門役の中村是好はいつもながら、この作品では源右衛門を上回るワルの長九郎を演じた如月寛多も良く、ワルかった分だけ幽霊の法界坊にビビりまくる様がお可笑しいです。
エノケンの映画は戦前のものの方が出来がいいと言われますが、この映画などもその代表格なのかも。この映画について天野祐吉(1933年生まれ)、筒井康隆(1934年生まれ)、筈見有弘(1937年生まれ)の各氏らが書いているものを読んだことがありますが何れもべた褒めで、但し、最初の方のエノケンの「ナムアミダーブツ」という歌がもっと長かったのではないかとか。この人たちは、小学生の頃にリバイバルで観ているようですが、その頃は完全版だったのだろなあ。
故・筈見有弘は、「この映画がかなり状態の悪い不完全版でしか残っていないらしいのは残念だ」(『
「エノケンの法界坊」●制作年:1938年●監督:斎藤寅次郎●脚本:和田五雄/小川正記/小国英雄●撮影:鈴木博●音楽:栗原重一●時間:74分(現存53分)●出演:榎本健一/宏川光子/小笠原章二郎/柳田貞一/中村是好/如月寛多/英百合子●公開:1938/06●配給:東宝東京(評価:★★★)


江は知る由もない。これが、ラストシーンで、千鶴江が、本懐を遂げ泉岳寺に向かう四十七士の隊列の中にもしやと思ったその源蔵を見つけるという場面で効いてきます。源蔵の姿をを追いかける千鶴江は、雪で思うように歩けないため下駄を脱ぎ捨てて裸足で追う―暫く千鶴江の足元だけ映して彼女の心の昂ぶりを表しているのは上手いと思いました。
し、源蔵が彼女に「西国のさる大名に召し抱えられた」と言伝(ことづて)するのも講談と同じです(この言葉は大石内蔵助が浅野内匠頭の妻・瑤泉院に対して「味方を欺く」ために使ったものと重なることから、源蔵自身が"内蔵助"の再現となっている)。また、源蔵が次に兄と会えるのはお盆の頃かとおすぎに言うのは、これはつまり自身が亡くなった後の"新盆"を意味しており、これは映画では定番のようです(「






元禄14年、勅使饗応役に任命された赤穂藩主・浅野内匠頭(片岡千恵蔵)は、指南役の吉良上野介(山本嘉一)の度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒が切れ、江戸城中の松の廊下で吉良に斬りつけるという刃傷沙汰に及ぶ
。内匠頭は切腹、浅野家は断絶を命じられ、大石内蔵助(阪東妻三郎)はじめ家臣たちは城を明け渡す。浪士となった彼らは、敵や世間の目を欺きながら、仇討ちの機会を窺う。遂に翌15年12月14日、吉良邸への討ち入りを決行す―。
1938年公開作。日本映画の父と謳われたマキノ省三(1878-1929/享年50)が1928年に畢生の大作として制作した「
ストーリーがオーソッドクスで、それゆえに「決定版」とか「ベストオブ忠臣蔵映画」などとも言われる作品です。特徴的なのは、ストーリーを追いながらも、名場面はあたかも歌舞伎のようにじっくり撮っている点で、配役も、主役の阪東妻三郎は大石内蔵助のみを演じていますが、同じく主役級の片岡千恵蔵が浅野内匠頭と立花左近、嵐寛寿郎が脇坂淡路守と清水一角、月形龍之介が原惣右衛門と小林平八郎というようにあとの主要な10人の俳優は一人二役であり、これも歌舞伎の手法を模しているのかもしれません。嵐寛寿郎は血で家紋を汚した吉良上野介を打ち据えた浅野家シンパの播磨龍野藩主・脇坂淡路守(嵐寛寿郎は「忠魂義烈 実録忠臣蔵」でもこの役を演じている)と二刀流の剣豪で討ち入りで亡くなった吉良家の用心棒の一人・清水一角の両方を演じ、月形龍之介に至っては討ち入った四十七士の一人(原惣右衛門)と討ち入られて奮戦しながらも亡くなった吉良家家臣の一人(小林平八郎)の両方を演じていることになります。
現在残っているプリントは、昭和31年12月12日再公開時のもので、初公開時19巻だったものが12巻となっているため、本作を「総集編」とも呼びますが、大河ドラマの年末「総集編」ほどの端折り様ではないですが、明らかにあってもよさそうな場面が無いのがやや残念。そんな中、印象に残るのは、後半「地の巻」の立花左近のエピソードでしょうか。
討ち入り決行を決意した内蔵助がいよいよ江戸へ下るとき、武器を輸送する際に関所で咎められないよう、立花左近の名を語って虎の尾を踏む思いで道中行くも、本物の立花左近がやはり品物を輸送中で、二組は東海道・鳴海宿で偶々同宿になってしまい、しかし立花左近は内蔵助たちを主君の仇討ちをせんとする赤穂浪士と察して、自分の方が偽物だと言って本物の身分証(道中手形)を偽物だからそちらで破棄してくれと言って渡すという、所謂「大石東下り」の段です。
これを阪東妻三郎の大石内蔵助と片岡千恵蔵の立花左近が差しの演技で演じていて(内蔵助の家臣らは部屋の外に密かに待機し思わぬ展開に涙を流す)、互いに貫禄充分です(片岡千恵蔵は前半の浅野内匠頭よりも後半のこの立花左近の方が似合っている)。手形を見せろと言われて阪妻・内蔵助が差し出したものは実は白紙で、これを黙認する千恵蔵・立花左近という図は、歌舞伎の「勧進帳」における武蔵坊弁慶と富樫左衛門の図と同じで、この時BGMで流れるのも「勧進帳」です。
もう1つの見せ場は、ほぼそれに続く、浅野長矩の妻・瑤泉院(星玲子)と阪妻・内蔵助の遣り取りで(所謂「南部坂雪の別れ」の段)、京都で放蕩生活をしてきた内蔵助を瑤泉院は吉良方を欺くための所為であろうと問うたのに対し、内蔵助はこれを頑なに否定し、討ち入りは諦めたと言ったため、瑤泉院が怒ってしまうというもの。内蔵助は戸田の局(沢村貞子)にある巻物を託して辞去しますが、吉良の間者である腰元(大倉千代子)がこれを盗み出し、それが見つかって取り押さえられて、取り返した巻物は戸田の局が瑤泉院に届けるが、内蔵助への怒りが収まらない瑤泉院はそれを投げつける―すると、巻物の紐がほどけて現れたのは内蔵助をはじめとする浪士たちの血判状だったというもの。叩きつけられた巻物がほどけて転がっていき、それが血判状であることが明らかになるという見せ方が旨いと思いました(このパターン、後の「忠臣蔵」映画やテレビドラマで何度も踏襲された)。
「忠臣蔵 天の巻・地の巻(総集編)」●制作年:1938年●監督:マキノ正博(天の巻)/池田富保(地の巻)●製作:根岸寛一/藤田平二●脚本:山上伊太郎(天の巻)/滝川紅葉(地の巻)●撮影:石本秀雄(天の巻)/谷本精史(地の巻)●音楽:西梧郎(天の巻)/白木義信(地の巻)●時間:102分(現存)●出演:阪東妻三郎/片岡千恵蔵/嵐寛寿郎/小林平八郎/尾上菊太郎/澤村國太郎/沢田清/河部五郎/市川百々之助/原健作/香川良介/志村喬/市川小文治/団徳麿/磯川勝彦/市川正二郎/瀬川路三郎/田村邦男/葉山富之輔/尾上桃華/尾上華丈/楠栄三郎/島田照夫/仁礼功太郎/石川秀道/藤川三之祐/久米譲/林誠之助/阪東国太郎/大崎史郎/若松文男/志茂山剛/近松龍太郎/市川猿昇/小池柳星/沢村寿三郎/轟夕起子/原駒子/大倉千代子/中野かほる/衣笠淳子/比良多恵子/香住佐代子/小松みどり/滝沢静子/小杉勇/江川宇礼雄/山本嘉一/杉狂児/滝口新太郎/高木永二/北龍二/広瀬恒美/見明凡太朗/山本礼三郎/吉谷久雄/星ひかる/吉井莞象/花柳小菊/
黒田記代/村田知栄子/星玲子/沢村貞子/近松里子/悦ちゃん/宗春太郎/市川小太夫●公開:1938/03/31●配給:日活京都(評価:★★★☆)



芝居の演出家・石田勝彦(片岡千恵蔵)は、自らが演出する森の石松の芝居稽古中、役者が自分の思うような演技をしない事に癇癪を起こし、それを宥める秘書の黒田文子(轟夕起子)にまで当たり散らす。劇場の専務(志村喬)から「主役の石松を殺さないような新解釈ものにしてはどうか」と助言を受けるが事実は変えられないとし、脚本を手伝うと言う文子に対しても生意気だと衝突、怒った文子が帰ってしまった後一人ふて寝し、そのまま寝入
ってしまう。やがて、見知らぬ部屋で石松役者(沢村国太郎)そっくりの男に起こされて、自分が「石松兄ぃ」と呼ばれているのに気づく。窓を開けるとそこは江戸時代の清水港で、富士山が見える。現代から江戸時代へタイムスリップし、鏡を見れば自分が隻眼の石松にされていて、ここは清水一家の居所で、目の前にいる男は"慌ての六助"(沢村国太郎、二役)だった。違和感を抱きながらも、次郎長(小川隆)から金比羅参りに代参して行ってくれと頼まれ、金比羅代参の帰りに石松が殺されることを知る石田は慄く。文子そっくりの石松の許婚であるお文(轟夕起子
、二役)に相談するが、自分が旅に付き添えば雲行きが変わるかもしれないと言われ、お文と連れ立って旅に出ることに。道中で出くわした敵方の一人・嘉助(香川良介)に息子・芳太郎(澤村アキヲ=長門裕之)の世話を頼まれ、女子供を連れた3人旅に。更に三十石船中では、劇
場照明部員の広田(広沢虎造)そっくり旅の浪花節語り・虎造(広沢虎造、二役)と意気投合し4人旅となる。宿では、劇場専務そっくりの小松村七五郎(志村喬、二役)の訪問を受け、近くまできたのに自分の所に草鞋を脱がないのは水臭いと言われ、七五郎の家に行くと、相当に零落しているようだが、七五郎は着物を売ってまで一行を歓待しようとする。やがて「史実どおり」、石松を付け狙う黒駒一家が七五郎の所に石田・石松が居ることを知って動き出す―。
1940年公開のマキノ正博監督作で、公開時のタイトルは「続清水港」('57年に改題されて「清水港代参夢道中」)。「森の石松」の舞台の監督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロディです。日本人の判官贔屓と言うか、戦死したり暗殺や刑死などで非業の死を遂げた歴史上の人物は、歴史の表街道を行った源義経や坂本龍馬にしても、或いは裏街道を行った石川五右衛門や国定忠治にしても人気がありますが、清水次郎長は畳の上で死んでおり、その分、非業の死を遂げた森の石松の人気が高いのかも。但し、清水次郎長を主人公にするならともかく、森の石松を主人公をしてしまうと、劇場専務役の志村喬が言うように、主人公が亡くなるところで終わってしまうという難点があり、この「清水港代参夢道中」は、ある意味、コメディ化するに際してのそうした難点をクリアしようとしているとも言えます。

石松と黒駒一家の死闘は、冒頭の(冒頭いきなりこれで始まる)石松役者・沢村国太郎の演じる芝居もそんなに悪くないのですが(舞台という設定でありながらわざと映画的にリアルに撮っている)、それにダメを出すのが演出家・石田(片岡千恵蔵)であって、最後に、その石田が石松となって黒駒一家と闘います。その場面だけ観るとまさに片岡千恵蔵による剣戟であり、(先の沢村国太郎と対比させる狙いもあってか)パロディ映画とは思えない本格的な雰囲気ですが、パロディって、しっかり作るところはしっかり作った方がより面白くなるという1つの見本のような作品と言えるかもしれません。
でも、石田・石松、結構強かったけれども結局斬られてしまったなあ(ある意味、"千恵蔵"石松でも斬られるところが石松に対するリスペクトともとれる)。定番ものの素材に対して、パロディとしてどんな落とし所に持って行くのかという興味が大いに持てますが、歴史は変えてはいけないというか変えられないと言うか、意外とトラディショナルと言うかコンサバティブな落とし所だったように思います(この点が個人的にはやや呆気なかった)。
劇場専務役の志村喬が出て来た時から下手な関西弁を早口でまくしたていて、下手な関西弁は"地"なのかどうか知りませんが、この映画では完全な喜劇俳優としての志村喬(元々喜劇俳優だったわけだが)になっています。そうした細部においても楽しめる作品です(「細部」と言うより、小松村の七五郎と二役だったため志村喬の出番は結構多く、コミカルな志村喬が堪能できる)。
「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎(主題歌:美ち奴「続清水港」)●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ(=長門裕之、映画初出演)/瀬川路三郎/香川良介/志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)

清水次郎長(鳥羽陽之助)の子分・森の石松(榎本健一)は、次郎長親分に呼ばれ、親分の代参で讃岐の金比羅宮に刀と奉納金50両を納めに行くことを命じられる。小遣いに30両を別に持たせるというが、但し道中いっさい酒を飲んではならないと言われ、酒好きの石松は断りかける。しかし、誰も見ている者はいないという仲間の入れ知恵で、次郎長親分には言いつけを守ると言って引き受ける。恋人の茶店のお夢(宏川光子)にしばしの別れを告げ、お夢から貰った肌守りを懐に旅に出る石松。金比羅宮で無事に代参を済ませた帰路、草津の追分に身受山の謙太郎(北村武夫)を訪ねて一宿の仁義を切り、親分への百両の香典を親分へと託される。その翌日、幼い頃から兄貴分だった小松村の七五郎(柳田貞一)を訪ねる道すがら都鳥の吉兵衛(小杉嘉男)に偶然出逢い、吉兵衛の家に草履を脱ぐことに。しかし、吉兵衛の狙いは石松の持つ百両であり、石松は吉兵衛兄弟の騙し討ちに遭って重傷を負う。何とか危地を脱し、一旦は七五郎とその女お民(竹久千恵子)の住家に匿われた石松だったが―。
「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)は中川信夫(1905-1984)監督による1939(昭和14)年5月公開作。原作は「エノケンの法界坊」('38年)の脚本も手掛けた和田五雄ですが、冒頭、2代目広沢虎造(1899-1964)の浪曲で始まり、途中でも何度か虎造の口演が入ることからも窺えるように、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松金比羅代参」などをオーソドックスになぞっています。
喜劇的要素の面での見所は、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松三十石船道中」から引いた例の「飲みねぇ、飲みねぇ、鮨を食いねぇ、江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」で知られる石松と江戸ッ子留吉(柳家金語楼)との掛け合いです。船客同士で街道一の親分は誰かと言う話題になって、「身受山の謙太郎」の名前が挙がったところへ留吉がケチをつけ、「清水の次郎長」と言おうとしますが思い出せず、「国定村の...」とか言ってしまいます(史実では国定忠治は1851年に刑死している)。やっと次

督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロデイです。この映画での例の「三十石船」の場面では広沢虎造自身が浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明係役)で出演しており、片岡千恵蔵と掛け合いをしています。タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは
但し、その後、森繁久彌、中村錦之助、勝新太郎など多くの役者が森の石松を演じるようになる中で(美空ひばりまで演じた)、喜劇俳優である榎本健一によって比較的早い時期に演じられたものであるということで、観る機会があれば観ておくのもいいのでは。ウィキペディアに拠れば、この「エノケンの森の石松」以降で森の石松が映画の中で題材となった作品は40作近くあるのに、「エノケンの森の石松」以前で森の石松が映画の題材となったのは前年の大河内傳次郎が石松をやった「清水次郎長」('38年/東宝)しかないことになっていますが、実際には無声映画時代から直前の羅門光三郎の「金毘羅代参 森の石松」('38年/新興キネマ)までエノケン以前にも石松を演じた役者はもっといます。
その萩原遼監督、大河内傳次郎主演の「清水次郎長」('38年/東宝)は、次郎長と森の石松の出会いの頃を描いたもので、大河内傳次郎が演じる次郎長はまだ駆け出し時代(というよりヤクザから足を洗って堅気暮らしをしている)、大村千吉が演じる石松に至ってはまだ全くの少年であり、子分にして欲しいとすがる石松少年に対し、次郎長の方は石松を
何とか堅気にしよう商家に丁稚奉公させたりするなど骨を折るというものです。身寄りのない石松を不憫に思い、次郎長とともに何かと面倒をみるのがお蝶(千葉早智子)で、彼女がやがて次郎長の妻になるわけですが、そこまでは描かれていません。だた、結局石松が堅気にならないのは観る側も分かっているだけに、この話ちょっと引っ張り過ぎた印象も。石松が使い込みをやってしまって、次郎長は自らを頼ってきた駆け落ち男女に逃亡資金を施したばかりで手元に金が無かったため、以前助太刀をしてやったやくざの保下田久六(鳥羽陽之助)の所へ、その時は受け取らなかった礼金を貸してはくれまいかと頼みに行くが拒否され、やがて久六によって自分が助けた者を殺害された次郎長は久六を仇討ちにする―という「桜堤の仇討ち」をモチーフとしてものとなっています。実際にはこの間にお蝶は病いを得て(次郎長が久六に金を借りに行ったのは家が貧しく金の無かったお蝶を医者にみせるため)亡くなっており(次郎長が森の石松を讃岐の金毘羅様へお礼参りの代参に出すのはその7年後)、金を貸すのを断った久六は、亡くなる前に次郎長の妻になっていたお蝶の葬式にも顔を見せなかったいう伏線があるのですが、映画では、久六討ちを果たした後、次郎長・石松・お蝶(生きている)で一緒に清水に帰るような終わり方になっています。半ば過ぎまではやや悠長な展開だったのが、終盤は若干ペースアップしたという感じでしょうか。最後は活劇調で、大河内傳次郎ならではの剣戟となりますが、大河内傳次郎が剣戟をやると、清水次郎長と言うより丹下左膳に見えてしまうのは先入観のためでしょうか。
黒駒の勝蔵を倒して清水へ引上げてきた次郎長(長谷川一夫)に、新たな押しかけ子分の小松村の七五郎(本郷功次郎)が待っていた。石松(勝新太郎)と七五郎は、桝川の仙右衛門(中村豊)の仇討を買って出、八角一家を斬りまくり、次郎長の命で旅に出る。七五郎は旧友のお役者の政(月田昌也)に会い、政の女出入りの傍杖を喰った。反次郎長派の親分平
親王の勇蔵(石黒達也)は、政のまちがいを利用し、次郎長陣営の仲間割れを図る。勇蔵の背後には、黒駒の弟分黒竜屋の亀吉(香川良介)や坂東の新助(見明凡太朗)らが糸を引いていた。石松の報告で彼らの奸計を知った次郎長は、二十八人衆を連れて勇蔵の家へ乗り込む。大喧嘩が予想されたが、青年代官の山上藤一郎(市川雷蔵)の裁きで治まった。次郎長と別れた石松は、三河の為五郎(荒木忍)から次郎長へ二百両の金を預って帰途につく。が、その二百両を道で会った都鳥の吉兵衛(杉山昌三九)に貸してしまう。折から都鳥にワラジを脱いだ新助たちが、吉兵衛をそそのかし石松をだまし討ちにかけた。石松は手傷を負い、一度七五郎の家に逃げこんだが、また躍り出して殺される。勇蔵が都鳥兄弟を匿い、吉兵衛を追って来た小政(鶴見丈二)も生捕りにされるハメになる。勇蔵は小政を生きながら棺桶へ入れて清水へ送り、石松の死骸を引取りたいなら次郎長一人で来いと言う―。
旅の途中の石松(勝新太郎)に絡んでくるのがお亀(中村玉緒)で、この2人はこの共演の2年後に結婚します。中村玉緒は当時20歳で、父は「
鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
「清水次郎長」●制作年:1938年●監
督:萩原遼●製作:青柳信雄●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:太田忠●原作:小島政二郎●時間:87分●出演:大河内傳次郎/大村千吉/鳥羽陽之助/横山運平/清川荘司/小杉義男/鬼頭善一郎/山口佐喜雄/永井柳太郎/河村弘
二/千葉早智子/一の宮敦子/音羽久米子/山岸美代子●公開:1938/09●配給:東宝映画(評価:★★★)
「続次郎長富士」●制作年:1960年●監督:森一生●製作:三浦信夫●脚本:八尋不二●撮影:牧田行正●音楽:小川寛興●時間:108分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/勝新太郎/本郷功次郎/月田昌也/根上淳/北原義郎/鶴見
丈二/林成年/舟木洋一/中村豊/小林勝彦/近藤美恵子/阿井美千子/中村玉緒/毛利郁子/浜田雄史/石黒達也/香川良介/見明凡太朗/伊達三郎/越川一/光岡龍三郎/志摩靖彦/原聖四郎/東良之助/寺島雄作/小町瑠美子/美川純子/杉山昌三九/千葉敏郎/水原浩一/清水元津/南部彰三/佐々十郎/楠トシエ/寺島貢/羅門光三郎/尾上栄五郎/荒木忍/浜世津子/伊沢一郎
/南条新太郎●公開:1960/06●配給:大映(評価:★★★☆) 

鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケ
にして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松
月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。
近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「
折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「
エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。
天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「
杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田
長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)
![鞍馬天狗 角兵衛獅子 [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%9E%8D%E9%A6%AC%E5%A4%A9%E7%8B%97%20%E8%A7%92%E5%85%B5%E8%A1%9B%E7%8D%85%E5%AD%90%20%5BVHS%5D.jpg)
嵐 寛寿郎
節分祭で賑わう壬生寺の境内の人波の中、子供角兵衛獅子の杉作(宗春太郎)と新吉(旗桃太郎)は財布を落としてしまう。角兵衛獅子の元締めで御用聞き(岡っ引き)隼の長七(瀬川路三郎)の所へ戻れば厳しい折檻を受けるのは明らかで、松月院の寺門の前で途方に暮れていると、通りがかった覆面の侍が二人に一両を恵んでくれた。子供達のその金を見た長七は子供達を問い詰め、その松月院の和尚(藤川三之祐)の所に居る倉田典膳を名乗る侍こそ、かねがね新撰組の近藤勇(河部五郎)、土方歳三(尾上華丈)らから居所を探るよう言われていた鞍馬天狗(嵐寛寿郎)だと確信する。長七はこれを近藤らに告げ、一味は松月院を襲撃する。敵をかわし、炎に包まれた松月院から脱出した天狗は、杉作と新吉を西郷吉之助(志村喬)の居る薩摩屋敷へ預ける。しかし子供達は長七らに捕らえられ、大坂城代屋敷の牢に入れられる。折しも大坂の浪士の手入れが迫っており、天狗は子供達を救うべく、また、浪士の人別帳を奪うべく、罠と知りながら大坂城代屋敷へ乗り込む―。
また、鞍馬天狗のことを仇だと誤解して新撰組の手先になって天狗を付け狙うものの、天狗に命を救われたことで最後は天狗に惹かれていく女性(この作品では"暗闇のお兼")を原駒子(1910-68)が演じていて(当時28歳)、これも雰囲気があって悪くなかったです。
1951年松竹版ではこの女性に相当する役("礫のお喜代")を山田五十鈴(1917-2012)が演じていますが、14歳の美空ひばり演じる杉作が34歳の山田五十鈴に天狗との関係において嫉妬心を覚える場面があります(あくまでも少年としての嫉妬心として描かれているが、もともと美空ひばり自体が若干"おませさん"に見えるため、そうした原作にはないニュアンスを盛り込んだのではないか)。
嵐寛寿郎の鞍馬天狗は、この1938年日活版の時に既にスタイルは完成されているように見えますが(刀を突きつけるだけで相手を後ずさりさせる迫力はピカイチ)、その後のシリーズの経過とともに、嵐寛寿郎の天狗も少しずつ変わってきているのも確かです。では、最初はどうだったのか。現在観ることの出来る最も古い「鞍馬天狗」は1928年の嵐寛寿郎プロダクションの第1作「鞍馬天狗」ですが(この頃はまだ無声映画)、天狗や杉作などはどのように描かれているのでしょうか。DVD化されていますが未見であり、個人的には今の時点ではこの1938年日活版が嵐寛寿郎版「鞍馬天狗」の原点的作品です。
因みに、自分が個人的に鞍馬天狗というものに初めて触れたのはそのパロディの方で、1959年9月2日から1960年12月24日までよみうりテレビ制作・日本テレビ系列で放送されていた、花登筺脚本、大村崑主演による「頓馬天狗」(とんまてんぐ)になります。コント的要素やスラップスティックによる笑いを多用し、毎回、大村崑扮する"頓馬天狗"の行く先々で敵役である"珍選組"の土方(土方大三:芦屋雁之助)、近藤(近藤勇造:芦屋小雁)が現れては頓馬天狗に斬られてしまい、再び繰り返すという、所謂"アチャラカもの"でした。「片手抜刀」など、大村崑のトリッキーで身軽な殺陣が人気となり、主人公の"頓馬天狗"の本名はスポンサー・大塚製薬のメイン
商品名「オロナイン軟膏」の読みを模して、決め台詞は「姓は尾呂内(オロナイン)、名は南公(軟膏)」、大村崑が番組内で生コマーシャ
ルをやっていました(後の「
「頓馬天狗」(お笑い珍勇伝 頓馬天狗⇒崑ちゃんのとんま天狗)●脚本:花登筺●演出:香坂信之●音楽:加納光記(オープニング:大村崑、かなりや子供会「とんとんとんまの天狗さん」(作詞:花登筺、作曲:加納光記))●出演:大村崑/芦屋雁之助/芦屋小雁/夢路いとし・喜味こいし/三木のり平●放映:1959/09~1960/12(全70回)●放送局:日本テレビ
「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」●制作年:1938年●監督:マキノ正博/松田定次●脚本:比佐芳武●撮影:宮川一夫/松井鴻●音楽:高橋半●原作:大仏次郎●時間:66分(現存53分)●出演:嵐寛寿郎/原健作/瀬川路三郎/香川良介/藤川三之祐/尾上華丈/志村喬/団徳麿/阪東国太郎/宗春太郎(香川良介の息子)/旗桃太郎/深水藤子/原駒子/沢村国太郎/河部五郎●公開:1938/03/15●配給:日活京都(評価:★★★☆) 嵐寛寿郎・原駒子 in「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」('38年)


百姓・百之助(林長二郎)は、村相撲で大関を張ったこともある力自慢だが、頭の血の巡りは人よりやや劣る。蝦夷松前から江戸まで、五万二千石松前の殿様に騙されて死んだ叔母と父の仇を討ちに行く途中、女相撲の旅芸人一行と知り合い、座長のお千代(飯塚敏子)はの金さん(林長二郎、二役)に助太刀を頼んでくれる。百之助が初めて会った金さんは町の兄貴分だったが、二度目に会った際はは旗本遠山金四郎だったので、武士が嫌いな百之助は、二本棒への仇討ちに二本棒の助太刀は要らないと失望する。過去の不祥事を隠蔽しようとする松前藩は金四郎の買収が難しいとみて、百之助を亡き者にすることにし、与力や目明し、果ては賞金稼ぎの殺し屋まで差し向ける。一方の百之助も、それらから逃れながら、単独で松前の殿様への仇討ちを果たさんとする―。
1933(昭和8)年6月に前篇公開の冬島泰三(19010-1981)監督による松竹京都(下賀茂撮影所)作品で、原作は「一本刀土俵入」の原作者でもある長谷川伸(1884-1963)が1933年の2月から8月にかけて東京・大朝日新聞(夕刊)に連載した小説。「刺青判官」とは、桜吹雪の刺青でお馴染みの「遠山の金さん」こと遠山金四郎景元(1793-1855)のことであり、「長谷川一夫」(本名)を名乗る前の林長二郎が、美男の遠山の金さん(左スチール・右)と、ずんぐりむっくりでやや呆け顔の百之助(同・左)の二役を演じていますが、後者の方は美男「長谷川一夫」の定番イメージからほど遠く、しかも、百之助としての出番の方が兄貴分"遠山の金さん"や旗本"遠山金四郎"より長いため、長谷川一夫作品の中ではかなり異色の、遊び心に満ちたものになっています(百之助と遠山金四郎の会話シーンなど、二人が同時に出てくるシーンも多い)。
この作品は活弁トーキー版としてビデオ化されており、弁士は小津安二郎の初期の無声映画作品の活弁などで知られる松田春翠(1925‐1987/62歳没)です。元の作品が前篇・中篇・後編の全3篇のところを、前後編の86分に纏めていますが、そのためかテンポいい作品でありながらも筋やト書きが飛ぶところがあって、それを巧みな活弁で上手く補っています。その後2014年に中日映画社より「『毒蝮三太夫』が選ぶ昭和の大スター映画DVDシリーズ第2弾・義理と人情 股旅時代劇編」として大河内傳次郎主
演「沓掛時次郎」('29年)、片岡千恵蔵主演「番場の忠太郎 瞼の母」('31年)と共にDVD化されています(DVD版の弁士は松田春翠の弟子にあたる澤登翠(さわとみどり)氏)。
この作品は、遠山金四郎のお裁きのシーンがないのがややもの足りないでしょうか。結局、長谷川一夫は、"遠山の金さん"の時も旗本"遠山金四郎"の時も諸肌を脱いだりはしないので、ややタイトルと齟齬があるような...。但し、長谷川一夫が諸肌を脱いだポスターや上半身裸のスチールがあって、そこでは刺青もあるようなので、そうしたシーンはオリジナルを編集した時にカットされたのかもしれません(DVD版の本編の長さは93分と若干長くなっているが、刺青を見せる場面が少しだけあるらしい)。
百之助が池に落ちたシーン、黒澤明の「
「刺青判官(ほりものはんがん)」●制作年:1933年●監督:冬島泰三●脚本:木村富士夫●撮影:片岡清●原作:長谷川伸「刺青判官(ほりものはんがん)」●時間:86分(VHS)・93分(DVD)●出演:林長二郎(長谷川一夫)/飯塚敏子/井上久栄/新妻四郎/小泉嘉輔/山路義人/広田昻/中村吉松/高松錦之助/永井柳太郎/坪井哲/中村政太郎/関操/沢井三郎/小笠原章二郎/絹川京子/遠山修子/二条照子/尾上栄五郎●公開:1933/06●配給:松竹シネマ京都(評価:★★★) 

伊勢詣りの人々でごった返す旅籠街。狭い道で、それぞれの宿の客引きが懸命に行われている。旅籠伊勢屋では、伊勢屋の主人(伴淳三郎)にもう何度目かという臨終が迫っていたため客引きは躊躇していたが、主人の命により客を引き入れ、結局今日も団体客で大賑わい。父危篤の知らせで駆けつけた娘・お光(森光子)の許婚・新太郎(南條新太郎)、新米女中のワカナ(ミス・ワカナ)に惚れる息子・一郎(玉松一郎)、お光の美しさに惹かれ伊勢屋に泊まる旗本のぼんぼん(浅田家日佐丸)。つい酔っぱらったワカナに対し、旗本は自らが被った無礼に腹を立て、千両払わねばワカナを斬ると言う。番頭が一夜待ってくれと言うも態度を軟化させず、次第に夜も更け、皆が旗本の前で漫才をやってその態度を和らげることを試みることに―。
物語は、とある旅籠屋に住み込んだミス・ワカナ扮する底抜けに明るい女中の奮戦記であり、後に「旅籠屋騒動」と改題されています。ミス・ワカナが夫・玉川一郎と漫才コンビを組んだのが1928年で、少しずつ勢いをつけ、1937年に吉本に所属すると一気にブームになり、更にこの映画で"全国区"となります。
この作品に伊勢屋の主人の娘役で19歳で出演し、ミス・ワカナにも可愛がられた森光子が、1965年フジテレビドラマ「おもろい女」でミス・ワカナを演じていて(未見だが、森光子演じるミス・ワカナが、デビューしたての森光子に声をかけるシーンがあるそうだ)、更に1978年から 2006年にかけてはこれを舞台で演じています(因みに、玉松一郎役は、テレビドラマは藤山寛美、舞台は芦屋雁之助、段田安則などが演じている)。また、森光子亡き後は、藤山直美が舞台「おもろい女」でミス・ワカナを演じ演じています(玉松一郎役は渡辺いっけい)。
天才と言われたミス・ワカナですが、この作品出演の7年後の1946年、阪急西宮球場での野外演芸会の帰りに阪急西宮北口駅のホームで心臓発作を起こしで倒れ、36歳の若さで急逝します。ヒロポンの中毒と過労が原因だったと俗説されていますが、本当のところはよく分からないようです(エノケンこと榎本健一もヒロポン中毒だった)。亡くなった当日の公演の阪急西宮球場への行きは森光子が同行していたとのことですが、森光子の証言によれば、当日持たされた小箱の中に薬があったとのことです。森光子によると、晩年はヒロポンではなくナルコポンを打っていたということで(太宰治の最初の中毒がナルコポン中毒だったと言われている)、森光子の舞台では、ワカナがクスリを打つ場面がありました。
「お伊勢詣り(旅籠屋騒動)」●制作年:1939年●監督:森一生●脚本:依田義賢●撮影:廣田晴巳●音楽:武政英策●時間:55分●出演:ミス・ワカナ/玉松一郎/香島ラッキー/御園セブン/平和ラッパ/森光子/伴淳三郎/浅田家日佐丸/松葉家奴/南條新太郎/平和ラッパ/伊庭駿三郎/三浦志郎/吉野喜蝶/橘光造/小酒井健●公開:1939/05●配給:新興キネマ京都(評価:★★★)

「將軍を狙う女」原節子(当時17歳)/黒川弥太郎
小西行長の遺臣・磧田(せきた)与四郎(黒川弥太郎)は、徳川家康(鳥羽陽之助)の乗った駕籠を襲うが討ち損じ、逃げ延びた山小屋には、石田三成の客分だった老人・遠山白雲斎(横山運平)がお鶴(花井蘭子)という娘と暮らしていた。お鶴は家康の前妻・築山御前(つきやまごぜん)の娘で、父である家康とその腹心の野中三五郎(進藤英太郎)を母の仇として狙っていた。家康は駿府
城に人質でいる小西行長の娘・お由利(原節子)を寵愛し、お由利は切支丹信者だった。築山御前の命日、お鶴は与四郎の手を借りて本懐を遂げんと野中の屋敷に乗り込むが、奮戦空しく与四郎は捕らわれてしまう。与四郎はお由利の手引きで脱獄するが、お由利は家康に見つかり島送りにされることに。一方、野中の追手から逃げたお鶴は、バテレンに助けられて隠れ切支丹たちの潜む洞窟に行き、そこで与四郎と再会する。ある日、与四郎とお鶴は伊豆の岬で、金山奉行の金春大蔵(こんぱる・おおくら)(永井柳太郎)と出会う。金春はかつて与四郎から爆破術を伝授され、その腕を家康に認められ、金山奉行として引き立てられていた。お由利が流島になることを知った与四郎たちは、お由利を救い出して金山
に匿う。与四郎とお由利の間に愛情が芽生えるが、与四郎は大望を言い聞かせて自制を求める。野中を嫌う金春は洞窟に野中を誘い出して自爆死し、与四郎は野中を鉄砲で斃す。与四郎は、運命を共にすると言うお由利を説得し、お由利が差し出した駿府城の地図を手にお鶴と城内に忍び込む。家康を前にお鶴は刀を抜くが、築山御前への詫びを口にしてお鶴に刺せと言う家康に憐れみを感じ、親子の情を抑え難く手を下すのを止め、与四郎も今までの無礼を詫びる。家康は与四郎とお鶴を海外で安寧に暮らすように諭し、その計らいをする。船出の日、切支丹宗門に生きるお由利らに見送られて、与四郎とお鶴を乗せた船が出帆する―。
1937(昭和12)年10月公開の石田民三(いしだ・たみぞう、1901-1972)監督作で、公開時のタイトルは「東海美女傳」でしたが、後に「将軍を狙う女」と改題されました。同年2月公開の日独合作「新しき土」に主演した原節子が'特別出演'し、当時の広告の謳い文句は"原節子帰朝歓迎映画"でした。小西行長の娘・お由利を演じた原節子(1920-2015/享年95)は当時17歳。美少女であるとともに、堂々した女優ぶりです。徳川家康の前妻の娘・お鶴を演じる当時19歳の花井蘭子(1918-1961/享年42)と比べるとぱっちり目で、切支丹信者が似合うバタ臭い目鼻立ちとも言えます。
与四郎・お鶴の話がメインストーリーですが、黒川弥太郎の演じる与四郎よりも鳥羽陽之助演じる徳川家康の方がキャラ立ちしているし、花井蘭子演じる切れ長の目の和風美人よりも、客演であるはずの原節子のつぶらな瞳(時代劇らしくない?)、くっきりし過ぎる顔の造作(それでいてその役どころは古風でバタ臭い容貌との間にギャップがある)の少女役の方が目立つ映画でした。
「将軍を狙う女(東海美女傳)」●制作年:1997年●監督:石田民三●製作:小山一夫●脚本:白浜四郎/加戸野恩児●撮影:上田勇●音楽:伊藤宣二●原作:村松梢風●時間:67分●出演:黒川弥太郎/鳥羽陽之助/永井柳太郎/深見泰三/山田好良/進藤英太郎/大家宏康/長島武夫/横山運平/大崎時一郎/花井蘭子/原節子/鈴村京子/五月潤子●公開:1937/10●配給:東宝映画(評価:★★★)

を中学校に行かせる経済的目途が立ってなかったが、級長をして成績も優秀な良助のために必死で働くことに決める。これからの時代は学問がなければ出世はできないと大久保先生も言うし、彼自身も教師を辞めチャンスを求めて上京していく。それから十数年。良助は上の学校に進み、今は東京に暮らしている。つねは、久しぶりに息子の顔を見たいと上京することにする。1936年の東京。ようやく辿り着いた郊外の良助(
日守新一)の家はぼろ屋で、隣の工場の騒音が喧しい。良助が結婚し、子供が一人産まれていたことも彼女にはショックだった。妻の杉子(坪内美子)は大人しく素直な女でつねは気に入った
が、市役所を辞めたばかりで今は夜学の教師をしているという良助は一体どうやって生計を立てているのか。実際、良助の給料は少なく、母親の突然の訪問で同僚から少しずつ金を借りる有様だった。翌日、つねは良助に連れられ近所の大久保先生の家を訪れるが、かつて希望に燃えた若者だった恩師は、今はトンカツ屋を細々と営んでいた。良助はつねを連れて東京見物に出掛けるが、散財の後給料日までどう暮らすかが
気掛かりで、母親との夕食も屋台のラーメンになってしまう。一方のつねは、若くして人生を諦めているような息子を見てしっかりしろと叱責する。妻の杉子は自分の着物を売って良助に金を渡し、これでお母さんをどこかに連れていってあげてと言う。ところが貧しい隣家の息子・富坊(突貫小僧)が馬に蹴られたとの知らせが入り、幸い怪我は軽かったが母親のおたか(吉川満子)が治療費を払えず、見かねた良助は先のお金をおたかに渡す。息子の優しさを知ってつねは喜び、また誇りに感じる。貧乏暮らしでは常に互いに助け合う気持が必要なのだと言い、つねは信州に戻る。良助夫婦は鏡台につねが置いていったささやかな金を見つける。つねは、生糸工場に戻るが、仲間から東京のこと訊かれ、とても大きくて人が多かったと話した後、自分の息子も随分と偉くなったとつい言ってしまう。彼女は工場の外に出て思わず溜息をつく―。
アットフォームだったという撮影現場の雰囲気はともかく、内容的には人生の悲哀というか侘しさが漂う作品でした。母親は子に人生の希望を託し、自らは身を粉にして働くが、それが子どもにとっては逆に重荷となることもあるのでしょう。この映画の母子はまさにその典型で、母親が、自分の息子が大人になって、自分で思い描いていたようにならなくて落胆するのは、それはそれで辛いけれど、その落胆した母親を見る息子の立場
としては、それ以上に辛いものがあるかも。いや、母親の方は全てを息子に賭けてきたわけだから、やはりそっちの方が辛いか―とか、いろいろ考えてしまう作品です。終盤、息子の貧しい人への思いやりに触れ、それを喜び誇りに思う母親―という救いがありますが、それだけで無理矢理ハッピーエンドにしてしまわないところが、小津安二郎のエライところだったかもしれません。
更に、この作品で笠智衆演じる地元の学校で担任だった恩師が、今は上京してトンカツ屋をやっているという設定は、「
営み、妻(浪花友子)と共に次々と産まれた子供の世話に忙殺されているという落魄ぶりは、笠智衆の十八番とも言える老け役と相俟って、東野英治郎のそれとはまた違った意味で超絶した侘しさです。
笠智衆と主演の飯田蝶子とは、後に老人役で評価されることになるという点で共通し、飯田蝶子はこの時まだ40歳前でしたが、作品の後半では老女を自然に演じており(因みに、彼女が働く工場も14年前と今とで機械を入れ替えて撮影されているとのこと)、笠智衆に至っては当時まだ32歳、この時が初の老け役でしたが、前半部が若々しいだけに、後半部分は14年後にしてはちょっと老けすぎではないかという気もするぐらいの老けぶりでした(さすが40代で「東京物語」の老人を演じるだけのことはある?)。
息子・
良助役の日守新一(1907-1959/享年52)は、その後、「
じさせたら右に出るものはいなかったと言われました。その日守新一演じる良助が母親を連れて観に行った映画は「未完成交響楽」('33年/墺)でしょうか(1935年3月日本公開。そう言えば、良助の家の襖のポスターもドイツ映画っぽい。暮らし向きはそう楽でもない一方、部屋には洒落た外国映画のポスターが貼ってあるというのは、初期小津作品の定番)。映画を観ているうちに母親が寝てしまうというのは、小津安二郎の実体験のようにも思えてしまいました。
「一人息子」●制作年:1936年●監督:小津安二郎●脚本:池
田忠雄/荒田正男●撮影:杉本正次郎●音楽:伊藤宣二●原作:ゼームス槇(小津安二郎)●時間:87分(現存83分)●出演:飯田蝶子/日守新一/葉山正雄/笠智衆/坪内美子/浪花友子/吉川満子/突貫小僧/爆弾小僧/加藤清一/高松栄子/加藤清一/小島和子/青野清●公開:1936/09●配給:松竹蒲田(松竹キネマ)(評価:★★★☆)




剣道部主将で髭を生やした岡島(岡田時彦)は、剣道大会で敵の大将(斎藤達雄)に勝利した後、彼に憧れる資産家の息子・行本(月田一郎)から妹・幾子(飯塚敏子)の誕生パーティーに招かれる。そこに行く途中で、見知らぬ女性・広子(川崎弘子)
が不良のモガ(伊達里子)やチンピラ達からカツアゲされそうになっているのを救ってやる。行本邸でのパーティーで、バンカラな岡島は幾子やその女友達らから嫌われ、一人とり残される。その後、岡島が仕事を見つけられないでいる時
に、たまたま受験して落ちてしまった会社のタイピストだった広子は、岡島のアパートを訪ね、岡島に髭を剃るように勧める。岡島は広子の助言に従って髭を剃り、ホテルマンとしての仕事に就くことに成功、その礼
に広子の家を訪ねた岡島が帰った後、広子は、母親(飯田蝶子)に、今来ている見合いの話を断って欲しいと言い、岡島の所へ嫁に行きたいと仄
めかす。一方、前に広子をカツアゲしたモガは、依然スリ行為を働くなどしていたが、偶然出会った岡島に諭され、武骨だが実は優しい彼に愛情を抱くようになる。さらに、行本家の令嬢・幾子も、髭を剃った岡島にややがっかりした兄とは対照的に、髭を剃った岡島が好きになり、こちらも見合いを断って、母親(吉川満子)と一緒に岡島のアパートに会いに行く。しかし、岡島のアパートにモガが一緒に居たことで、憤慨した母親と共に帰って行く。翌朝、今度はモガと岡島が居るそのアパートを、幾子の時と同様そのことを知らずに広子が訪ねる―。

1931(昭6)年1月公開の小津安二郎監督作で、原作は
とにかく冒頭の剣道の試合シーンからギャグの連続で(審判長は突貫小僧(ノンクレジット)。宮様か何かか)、これだけ観ると、岡田時彦(1903-
1934/享年31)ってコメディアンだったのかと思ってしまうくらい、やや過剰気味なギャグですが、無声映画的ギャグって大体そうなのかも。髭を剃った後の岡島(岡田時彦)の変り様はそれなりの変り様ですが、そんなに美男子かというと、今の感覚で見るとそうでもなく、これも無声映画的美男子とでも言うべきものかも。一方、川崎弘子(1912-1976/享年64)は当時まだ18歳という若さだったこともあって、3年後の清水宏監督の「
らず、庶民の家の素直なお嬢さんを素で演じた感じ。資産家のお嬢さん・幾子を演じた
この作品がそこそこに楽しめる理由は、全体のテンポが良くて、特に終盤の岡島への3人の女性の絡ませ方の同時進行が巧みであるためではないでしょうか。
最後(ネタバレになるが)伊達里子(1910-1972/享年62)演じるモガが(この人、モガ専門に演じていた)、ライバル広子の確信の強さに自らの負けを認め、更生を誓って去っていくというのは話が出来過ぎな気もしますが、モガと広子が対峙して修羅場になってしまったのでは、リアリティはあったとしてもコメディとしての後味の良さは保てなかったでしょう。
この作品に前後する「


坪田譲治 


表題作の「風の中の子供」は、あの筒井康隆氏も幼い頃に読んで涙したという傑作ですが、清水宏監督によって1937(昭和12)年に映画化されています。
がないが、父(河村黎吉)は結構なことだと思って気にしない。そんな時、父が私文書偽造の容疑で逮捕され、三平は叔父(坂本武)に引き取られることになる―。
父親が私文書偽造の容疑で捕えられたのは、実は会社の政敵の策謀によるもので、坪田譲治自身、家業の島田製作所を兄が継いだものの、以後会社の内紛が続いて兄が自殺したため同社の取締役に就任するも、造反により取締役を突然解任される('33年)といったことを経験しています。そうした経験は「風の中の子供」以外の作品にも反映され
ていますが、こうしたどろどろした大人の世界を童話に持ち込むことについて、本書の中にある「私の童話観」の、「世の童話作家はみな子供を甘やかしているのである。読んでごらんなさい。どれもこれも砂
糖の味ばかりするのである」「このような童話ばかり読んで、現実を、現実の中の真実を知らずに育つ子供があるとしたらどうであろうか」「色はもっとジミでもいい。光はもっとにぶくていい。美しさは足りなくても、人生の真実を描いてほしいと思うのである」という考えと符合するかと思います。
日本人女性初の五輪金メダルを獲っていた)。叔父の家に預けられた三平は、腕白が過ぎて叔父の手に負えず戻されてしまうのですが、その原因となった出来事の1つに、川で盥を舟の代わりにして遊んでいて、そのままどんどん川下り状態になって流されていってしまった事件があり、「畳水泳」どころか、この「川流れ」も、実地で再現していたのにはやや驚きました。ロケ主義、リアリズム重視の清水宏監督の本領発揮というか、今だったら撮れないだろうなあ。そうしたことも含め、オリジナルのストーリーを大事にし、自然の中で伸び伸びと遊び育つ子供を映像的に上手く撮ることで、原作の持ち味は生かしていたように思います。
笠智衆がチョイ役(巡査役)で出演していますが、老け役でなかったため、逆に最初は気がつきませんでした。
「風の中の子供」...【1938年単行本[竹村書房]/1949年文庫化[新潮文庫/1956年再文庫化[角川文庫]/1971年再文庫化[潮文庫]/1975年再文庫化[旺文社文庫(『風の中の子供 他四編』)]/1983年再文庫化[ポプラ文庫]】

井伏鱒二(1898-1993)
南国の海浜の村、多甚古村(たじんこむら)に新たに赴任してきた甲田巡査は平和を愛する好人物。その甲田巡査の日録の形で、飄々とした作者独特の文体でもって、多甚古村で起きた喧嘩、醜聞、泥棒、騒擾など、庶民の実生活が軽妙に描かれ、ジグザグした人間模様が生彩を放ちつつ展開される―。
翌1940(昭和15)年1月に今井正(1912-1991/享年79)監督による映画化作品「多甚古村」(東宝)が公開され、以降、井伏作品の映画化が「南風交響楽」(S.15)、「
映画では、前半部分では、新任の巡査、所謂「駐在さん」である主人公(清川荘司)がご近所から鮒を分けて貰った話や、同じくご近所さんが自炊を手伝ってくれた話など独身巡査の身辺生活の話と、村の老婆の住む家に押し込み強盗が入ったけれども何も盗らないで逃げたという話や、野良犬を退治してくれと村人が頼み込んできた話など、田舎村らしい事件と言えるかどうか分からないようなものも含めた事件話が、原作通りに取り上げられています。
これらは何れも駐在所に持ち込まれた話であり、甲田巡査が現場に出向いて行く場面はありませんが、相次ぐ村人からの事件とも相談事ともつかない話の連続に甲田巡査は過労でダウンしてしまい、その看病や食事の世話をする村のお寺の和尚の役を滝沢修(1906-2000/享年93)が演じていて、老け役ではありますが、実年齢は当時33歳と若いです(原作でも淨海という和尚は出てくるが、巡査がダウンする話はない)。また、主人公の同僚の杉野巡査役で、滝沢修と戦後一緒に民衆芸術劇場(劇団民藝の前身)を設立することになる宇野重吉(1914-1988/享年73)も出ていますが、当時25歳とこれまた若いです(宇野重吉は10年後の成瀬巳喜男監督の「怒りの街」('50年/東宝)でもまだ学生役を演じている)。
このまま小事件をこまめに拾っていくのかと思ったら、映画の後半分は、原作の2つのエピソードに焦点を当て、後半の3分の2を、村出身の帝大の学生がカフェの女と相思相愛の仲になってしまったのを、学生の親に頼まれて巡査が2人を別れさせる話(原作における「恋愛・人事問題の件」)に、最後、後半の3分の1を村の2つの中学同士の集団決闘事件とその仲裁に巡査が関わる件(原作における「学生決闘の件」)に充てています。
カフェの女には刑務所に服役中のヤクザ者の元情夫がいるということが判明し、巡査は学生と女のそれぞれの所へ出向いて別れるよう説得しますが、原作では、巡査は一度学生に、「家庭争議というものは、或る段階に至るまでは一種の快楽に属する。いま、われわれは他人を介在する必要はない」という理論でやり込められていて(民事不介入という"法理論"よりハイレベルの"心理学的理論"?)、親子喧嘩の仲裁は自分に向かないと思ったのを(しかも相手はインテリ学生)、学生の家族に再度懇願されて説得に当たることになっています。
「多甚古村」●制作年:1940年●監督:今井正●脚本:八田尚之●撮影:三浦光雄●音楽:服部正●原作:井伏鱒二「多甚古村」●時間:63分●出演:清川莊司/竹久千惠子/月田一郎/宇野重吉/赤木蘭子/鶴丸睦彦/伊達信/小沢栄/深見泰三/原泉子/三島雅夫/藤間房子/月田一郎/滝沢修●公開:1940/01●配給:東宝映画(評価★★★)

1933(昭和8)年公開の後藤岱山監督による人情話あり、仇討ありの痛快講談調時代劇で、活弁トーキー版ビデオで鑑賞(弁士は澤登翠(さわみどり)氏。90年代に録音されたものか)。赤穂四十七士のうち、堀部安兵衛や赤垣源蔵(赤埴源蔵)と並んで人気の高い不破数右衛門を主人公にした作品で、「不破数右衛門」というタイトルの映画だけでこの作品の前に7作作られています(但し、何れもフィルムが現存せず)。赤穂浪士の中でも討ち入りで大活躍したとされていますが、その一方で、お人好しで粗忽者だったというイメージも、既に定着済みだったかも。
主演は当時の大衆映画のスター羅門光三郎(1901- 没年不詳、1963年まで活動)で、作家・中島らものペンネームの由来である俳優としても知られますが、その芸名の苗字「羅門」は1925年版「
身の危険を悟った権太夫は息子の一角(阿部九州男、二役)に初めて正体を打ち明けて仕事を手伝わせるが、権太夫を仇と狙う若侍・宇家田輝雪(近衛十四郎、俳優・松方弘樹の父)が現れて―。
かなり現代風な話の作りになっているように思え、しかも、一角が偶然知り合った輝雪と別れ、輝雪が入っていった家に何だか見覚えがあるかと思ったら「何だ、わしのウチか」と言うところのなどは喜劇風であるし(輝雪は何と仇先に居候していた)、贋金作りの一味の矢尻師・旦庵(横山文彦)を一角は成敗するも、その娘・早苗(小町美千代)は一角に惹かれているというところなどは悲恋物語風と、何でもありのてんこ盛り。播磨萬心を斬って父の仇討ちを果たし、贋金作り一味を暴いた功績からお家再興となった25歳独身の一角は、輝雪から妻を娶る必要があろうと示唆されますが、さすがに早苗と一緒になるところまでは描かれていません。但し、この2人の微妙なやり取りが大ラスにきます。もし、一角が早苗と結ばれれば、輝雪、一角とも仇の娘と結ばれることになるので、ストーリー的には収まりいいのですが、話が出来過ぎか?
日本映画傑作全集「剣光桜吹雪」(嵐寛寿郎)・「柘榴一角」(阿部九洲男)・「鞍馬天狗黄金地獄」(嵐寛寿郎)・「尊王攘夷」(大河内伝次郎)・「韋駄天数右衛門」(羅門光三郎)
「韋駄天数右衛門」●制作年:1933年●監督:後藤岱山●脚本・原作:波多野理一●撮影:小柳京之助●時間:57分●出演:羅門光三郎/静田二三夫/阪東太郎/矢野伊之助/市川竜男/金子文次郎/市川花紅/加藤義夫/豊島竜平/菊地双三郎/鳴戸史郎/原駒子/三原珠子●公開:1933/12●配給:宝塚キネマ(評価:★★★☆)
「柘榴一角」●制作年:1941年●監督:白井戦太郎●脚本:湊邦三●撮影:広川朝次郎●音楽:杉田良造●原作:白井喬二●時間:111分●出演:阿部九州男/
近衛十四郎/琴糸路/大乗寺八郎/水原洋一/大瀬恵二郎/遠山龍之助/雲井三郎/泉春子/久野あかね/小町美千代/谷定子/橘喜>久子/小柳みどり/大山デブ子/春野美葉子/水川八重子●公開:1941/01●配給:大都映画(評価:★★★)
近衛十四郎(父)
松方弘樹(子)

演目でもありますが、この映画の2か月前に公開された山中貞雄監督の「
忠夫・白川由美主演で「サラリーマン權三と助十」('62年/東宝)という現代ものに置き換えたパロディ映画まで作られていますが(「サラリーマン權三と助十 恋愛交叉点」('62年/東宝)という続編まで作られた)、岡本綺堂の戯曲を原作としたものはこの伊丹万作の作品のみです。岡本綺堂の戯曲が講談と大きく異なるのは大岡越前守が登場しないという点なのですが、この映画化作品では大岡越前守が登場するものの脇に置かれているには違いなく、前進座などで演じられる歌舞伎の「権三と助十」などもほぼ同じような作りになっているようです。
源三位の政の娘のおとわ(花井蘭子、当時19歳)は、家計を救うために吉原に売られていくが、その彼女を駕籠に乗せる助十と慕い合っている関係にあり、こうなると悲劇・悲恋のオンパレードみたいですが、途中の庶民の暮らしぶりの描き方などにユーモアがあって、映画全体としてむしろコメディ色が前面に出ていると言えます。事件の方も、実はおとわの父・源三位の政は死んではおらず、大岡越前は全てを承知の上で浪人を釈放して泳がせたらしく、そうと知らぬ浪人が天井裏に隠してあった血のついた財布を証拠隠滅のため燃やすところを目撃され捕縛される―そして助十とおとわは結ばれる、といった具合にハッピーエンドに収束しています。
人の好い長屋の大家役の高堂黒天は、後の高堂國典であり、戦後も「





江戸の貧乏長屋で浪人の首吊りがあり、長屋の住人で髪結いの新三(中村翫右衛門)は、長屋の連中で通夜をしてやろうと言って大家から酒をせしめる。長屋の連中はタダ酒が飲めると喜び、通夜で馬鹿騒ぎする。同じ長屋にいる病み上がりの浪人の海野又十郎(河原崎長十郎)は(妻のおたき(山岸しづ江)は紙風船貼りの内職をしている)、亡父の知人・毛利三左衛門(橘小三郎)に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。その毛利三左衛門は質屋・白子屋の娘お駒(霧立のぼる)を高家の武士の嫁にしようと画策しているが、当のお駒は番頭の忠七(瀬川菊之丞)とできている。新三は自分で賭
場を開いていたが、ヤクザの大親分・弥太五郎源七(市川笑太朗)の怒りを買って散々な目に遭い、金に困って髪結いの道具を白子屋に持ち込むが相手にしてもらえない。海野又十郎は何度も毛利三左衛門に会いに行くが、ある土砂降りの雨の夜、「もう来るな」と言われてしまう。同夜、忠七が店へ傘を取りいったのを待っているお駒を見かけた新三は、白子屋の用心棒をしている弥太五郎源七を困らせるため、彼女を自分の長屋に連れて帰ってしまう。誘拐を知った白子屋は、源七らを使って長屋にお駒を引き取りにくるが、新三は源七らを追い返してしまう。その後、大家の計らいでお駒は無事に白子屋へ帰され、大家と新七は50両の大金を得、その金でその夜宴会をする。誘拐の片棒を担いだ又十郎も分け前の金を貰って宴会に行くが、真面目だと思われていた又十郎の行為に長屋の女房たちは良い顔をしない。それを知った妻おたきがとった行動とは―。
1937(昭和12)年8月25日公開のこの作品は、28歳の若さで早世した映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1つで、山中貞雄はこの作品の封切り当日に赤紙が届き、神戸港から中国に出征、戦中、手記に「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き遺していますが、1938(昭和13)年9月17日に河南省で戦病死し、実際この作品が遺作となりました。

新三」として再構成され、そこでまた独自の改変がされている)。歌舞伎の「髪結新三-梅雨小袖昔八丈」は、近年では18代目中村勘三郎(1955-2012/享年57)の当たり役でした。
この映画で総出演している劇団前進座の代表的な演目でもあり、前進座の現在の代表は、この映画で新三を演じた中村翫右衛門(かんえもん、1901-82)の子である中村梅之助(1930-2016/享年85)ですが(TV「
さん捕物帳」、大河ドラマ「
山中貞雄自身が戦地にて「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き留めているというのは、それまでの喜劇タッチの作品から一転して、この作品が破局的な終わり方になっているというのもあるのでしょう。
ラストの海野又十郎の妻おたきによる無理心中は衝撃的ですが(おたきが又十郎が女を"連れ込んだ"と思ったならばある意味「事故」とも言えるが)、以前、映画評論家の田中千世子氏も書いていましたが、もしかしたら妻に刺されて死ぬことは、次第に追い詰められていく(但し自分では死ねない)海野又十郎が無意識的に望んでいたことだったのかもしれません。結局この作品で、海野又十郎は成り行きからお駒を匿ったこと以外は何もしなかったし、また出来なかったということになるなあ。海野又十郎の次第に無力感を増す表情の変化は絶妙でした。とても、溝口健二監督の「宮本武蔵」('44年)で武蔵を演じ、中村翫右衛門演じる佐々木小次郎を倒すのと同じ役者が演じているようには見えません(因みに、海野又十郎を演じた河原崎長十郎と又十郎の妻おたきを演じた山岸しづ江はこの作品の前年'36年に結婚しており、実生活でも夫婦だった)。
それに比べ新三の方は次第に侠気を見せて輝き始め、長屋のスター的存在になります。そして、そのままハッピーエンドで終わりかけていただけに、ギャング映画のような暗いラストは、最後にズドンと落とされる印象がより強かったように思います。作品全体としても、プロセスにおいてはコメディタッチなシーンも多いため、プロセスとラストのギャップはやや唐突であるとも感じられます。コメディとしてスタイル的完成されている「
氏は日本映画全体の第1位に「人情紙風船」、第2位に「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」をもってきていました(『
かつて、作家の吉村昭がこの作品について、「江戸の町の浪人の生活が面白かった」とし、「時代考証もしっかりしていた」とコメントしていました(美術考証は画家であるとともに美術考証家でもあった岩田専太郎)。長屋の暮らし、じわっと滲む季節感と、どれをとっても20代の監督が撮ったとは思えないところがこの作品のスゴイところです。作品の殆どが消失し、しかも戦死したために本作以降の作品に見(まみ)えることが無かったというのは、本当に残念なことです。



中村翫右衛門/河原崎長十郎/霧立のぼる/市川莚司[加東大介]
結新三)/山岸しづ江(又十郎の女房おたき)/霧立のぼる(白子屋の娘お駒)/助高屋助蔵(家主長兵衛)/市川笑太朗(弥太五郎源七)/中村鶴蔵 (金魚売源公)/市川莚司[加東大介](猪助)/橘小三郎[藤川八蔵](毛利三左衛門)/御橋公(白子屋久左衛門)/瀬川菊乃丞(忠七)/市川扇升(長松)/原緋紗子(源公の女房おてつ)/坂東調右衛門/市川樂三郎/市川菊之助/岬たか子●公開:1937/08●配給:東宝映画●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)●2回目:

回目):「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」(山中貞雄)
●田中千世子(映画評論家・映画監督)マイベスト10(『



小藩・柳生家に伝わる「こけ猿の壺」に、先祖が埋め隠した百万両の在り処が示されていることが判明するが、壺は先日江戸の道場屋敷に婿入りした弟・源三郎(沢村国
太郎)が知らずに持って行ってしまっていた。やがて、その秘密は江戸の源三郎にも知れるところとなるが、壺は道具屋に売り渡されていた。ほどなく壺は道具屋の隣に住む安吉の金魚入れとなる。しかしその夜、安吉の父親は行きつけの遊技場である矢場で、
チンピラとの諍いから刺し殺されてしまう。矢場で用心棒の傍ら居候をしている隻眼隻腕の浪人・丹下左膳(大河内傳次郎)と矢場の女将・お藤(喜代三)は男の家を見つけるが、そこで、安吉が母親を早くに亡くし父親との二人きりだったことを知る。仕方なく二人は安吉を預かることにし、安吉が大事にしている金魚を入れた壺と共にお藤の矢場へと連れ帰る。一方、源三郎は壺を探して市中を回るが、そこでたまたま目にした矢場で働く娘に軽い浮気心を抱く。以来養子の身である源三郎は壺を探すと称しては矢場へ入り浸り羽を伸ばすようになり、いつしか安吉、左膳とも親しくなるのだったが―。
1935(昭和10)年公開のこの作品は、28歳の若さで戦死(戦地にて病死)した早世の天才映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1本で、残り2本は「河内山宗俊」('36年)と「
丹下左膳の映画を撮っていた伊藤大輔監督(「





大河内傳次郎と月形龍之介の確執に相馬千恵子が絡むというもので、脚本が「用心棒」「野良犬」の菊島雄三のせいか、ここでも棺桶が出てきて、棺桶に隠れて本土へ渡ろうとした大河内傳次郎でしたが、月形龍之介に見破られてしまい、棺桶から飛び出して斬り合いに。この時の姿が白装束であるばかりでなく、メイクが隻眼でないことを除いては若干丹下左膳風であり、3年後の「大河内・左膳」復活を予感させるものとなっていました。40代前半で撮った「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の時ほ
どには飛び跳ねたりはしないけれども、50代後半になっても剣捌きは変わらず、どんなピンチでも動じない堂々たる剣豪ぶりは流石です。大河内傳次郎は強度の近眼であったにも関わらず真剣を使いたがる傾向があったので、剣戟の斬られ役の方は結構ビビったという話(嵐寛寿郎談)があります(勿論、当時はコンタクトレンズなどは無い)。
月形龍之介演じる屈折した敵役の桐太郎もハマっていましたが、最初は主水正の敵側として現れ、やがて主水正に惹かれていき、身を挺して主水正やいとを守ろうとするアイヌとの混血芸者おみつを演じた相馬千恵子(1922- )がなかなか良かったです。アイヌの人たちがおみつの知らせを受け、集団で主水正側に加勢するという描かれ方になっているのも、蝦夷地を舞台とした作品らしい味付けでした。



「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国
太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川
勝彦/清川荘司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「人情紙風船」(山中貞雄)
「ごろつき船」●制作年:1950年●監督:森一生●製作:辻久一●脚本:成澤昌茂/菊島隆三●撮影:牧田行正●音楽:深井史郎●原作:大佛次郎●時間:88分●出演:大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介/坂東好太郎/若杉紀英子/葛木香一/東良之助/香川良介/上田吉二郎/加東大介/阿
部修/羽白修/寺島貢/堀北幸夫/小松みどり/玉置一恵/片岡好右衛門●公開:1950/11●配給:大映(評価:★★★★)
●田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『

佐野周二演じる恭助は用心棒にしてはあまりに端正な顔立ちの二枚目。お雪も、恭助が母子を訪ねてくるたびに、もっとゆっくりしていったらとは言いますが、息子・春雄のことで頭がいっぱいで恋には至らない―まさに「恋も忘れて」というタイトル通りだなあと。
こうした行動には、子供特有のヒロイズムもあるのではないかな。但し、結果は病気を重くすることになり、経緯を知って責任を感じた恭助は―。こっちもだんだん「恋どころでは」みたいな感じになってきたなあ。「港の日本娘」と違って、結末までやりきれない思いが残ってしまうタイプのメロドラマ。清水宏監督の作品の中でも、最も悲劇的色合いの濃い作品ではないでしょうか。その分、感情移入して観るとハマると思われますが、自分にはやや暗すぎました。

全体を通して、演技者だけに強く照明をを当て、周囲を暗くして撮る手法が多用されているように思いました。また、お雪が春雄と住むアパートの周囲は、常に霧がかかっていて、印象派の絵画みたいで、「モンパルナスのアパルトメント」といった感じ。内装も洋風のちょっと洒落た感じで(和洋折衷の奇妙な面も一部ある)、お雪が和服姿でありながら、リビング風の部屋でテーブルを挟んで春雄に対峙しているのは、横浜というバックグラウンドがあってのことでしょうか。
お雪を演じた桑野通子(1915-1946/享年31)は、同じく清水宏監督の「
「恋も忘れて」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:斎藤良輔●撮影:青木勇●音楽:音楽:伊藤宣二/小澤耀安●時間:73分●出演:桑野通子/佐野周二/爆弾小僧/突貫小僧/岡村文子/忍節子/雲井ツル子/水戸光子/小牧和子/森川まさみ/祇園初枝/織田千恵子/小柳みはる/メリー・ディーン/大山健二/石山隆嗣/池部萬/若林広雄/伊東光一/葉山正雄●公開:1937/01●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★)



「有りがたうさん」と呼ばれて利用客たちから親しまれている、「伊豆下田-修善寺」間を走る長距離乗合バスの運転手(上原謙)と、そのバスの乗客やすれ違う人々との交流を、時代の暗さを反映させつつも明るいユーモアを交えて描いた作品。上原謙(1909-1991/享年82)の「彼と彼女と少年達」('35年/松竹蒲田)に続く主演第2作で、前作と同じく桑野通子(1915-1946/享年31)との共演です。 
前半部分で海が見えるのは、下田から修善寺に向かう際に、直接「天城街道」には入らず河津浜を経由して行っているためで、このバス路線は今もあるようです。
ハンディカメラなど無い時代に、バスの中にカメラを据えて撮っているのがユニークで、しかも自然に撮っています。むしろスタジオ
で撮るよりはずっとリアルになっているのは違いないです。また、バスの後ろを流れていく山道などは、リアウィンドウを外して別に撮っています。通行人がバスを避(よ)けると上原謙演じる運転手が「ありがとー」と言う訳ですが、わざと避けるところは映さず、避ける前と避けた後しか映さないことにより、バスが快調には走っていることを強調しています(上原謙に本当にバスを運転させて、実際に事故になりかけたという逸話もあるようだが)。
ある種ロードムービーですが、バスから降りていく客は追っていかず、今現在バスの中にいる客を中心に撮っているため、ジョン・フォードの「駅馬車」のような移動する"舞台劇"でもあり、また、乗り合わせた人の人情味よりはむしろ様々な偏見の方にウェイトを置いて描かれているという点では、モーパッサンの「
「山を越えて戻ってきた娘はいない」といったようなことを、同情しつつも、これからまさに売られていこうとする娘がいる車内で話している「有りがたうさん」は、見方によっては"鈍感"なのかもしれませんが、別の見方をすれば"天性の明るさ"とも言え、逆にこれが皆に好かれる最大の理由なのかも。

う」では、木賃宿に着いて娘に泣かれて弱った母親が、この運転手のバスに乗せたのが間違いだった(娘は運転手のことを恋うていたという設定になっている)とぼやきつつ、春まで娘を売りにやるのを延期したという結末になっています(因みに、三島由紀夫は新潮文庫『
原作では、娘が売りにやられのは延期されただけのことであって、いずれはそうなることは避けられないということが示唆されているのに対し、一方のこの映像化作品では、前日のバス車内でシボレーをセコハンで購入して独立するため貯金してきたと言う「有りがたうさん」に対し、桑野通子演じる酌婦が「シボレーを買うお金があったら、ひと山いくらの女がひとり減るのよ」と諭すように言っているのと、翌日の娘の「あの人(酌婦)、いい人だったね」という台詞の組み合わせから考えるに、清水宏ならではの人情味ある落とし処に改変されていると思われますが、その辺りは推測するしかありません。
阿部定事件('36年5月)などもあったりした年ですが、バス1台だけを使い、そこに客として乗っている「売られていく娘」や運転手、乗客らの会話を通して、そうした暗い世相を巧みに反映してみせています。
「有りがたうさん」●制作年:1936年●監督・脚本:清水宏●撮影:青木勇●原作:川端康成「有難う」(『掌の小説』の中の一編)●時間:64 分●出演:上原謙/石山隆嗣/仲英之
助/桑野通子/築地まゆみ/二葉かほる/河村黎吉/忍節子/堺一二/山田長正/河原侃二/青野清/金井光義/谷麗光/小倉繁/河井君枝/如
月輝夫/利根川彰/桂木志郎/水上清子/県秀介/高松栄子/久原良子/浪花友子/三上文江/小池政江/爆弾小僧/小牧和子/雲井つる子/和田登志子/長尾寛/京谷智恵子/水戸光子/末松孝行/池部鶴彦●公開:1936/02●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★) 上原 謙
オムニバス映画「掌の小説」(2010年)(第2話「有難う」監督:三宅伸行、出演:寉岡萌希/中村麻美/星ようこ/長谷川朝晴)

1935(昭和10)年3月7日公開の清水宏監督の無声(音楽のみのサウンド版)映画で、不況下で、まともな仕事につけなければ男はチンピラに、女は娼婦にでもなるしかない(皆が皆そうだったわけはなかろうが)、そうした社会経済情勢をリアルタイムで反映した作品です(原作者の「源尊彦」は清水のペンネーム)。
雄も恋人に同じ理由で交際を断られたという経緯があり、自分で母親の仕事を確認しに行って初めて母親がチャブ屋を営んでいることを知るという(十数年も母親の仕事を知らなかったというのがやや不自然だが)―それでグレてチンピラになり、加代子も"街の女"になってしまうというのは、どうかなあ。誰のお蔭でここまで育ててもらえたと思っているのか? 誰のお蔭で大学まで行かせてもらえたと思っているのか?(春子は夫が失踪した時は、この年齢では会社にも就職できないと悩んでいたのに、十数年にはチャブ屋の女将として店を仕切っており、意外と経営の才覚があったのか)。Hideo Mitsui, Mitsuko Yoshikawa, Mitsugu Fujii/Tokyo no eiyu | A Hero of Tokyo (1935)
新聞記者になっても、先輩に言われて松竹歌劇団のスターとかを取材して暢気な印象ですが、「尾張町(銀座)の角によく出没する女がいるらしい」と聞いて所謂"街の女"を取材に行くと、その女の部屋に帰ってきたのが加代子で、彼女は自分も"同業"だと言い放つ―。 Michiko Kuwano
後半になって、独り残された義母に寄り添う寛一と、彼だけが人生の希望の糧であるかのような春子の、両者互いに感極まる姿は、前半で寛一がドライであっただけに感興をそそります。血縁よりも義理の関係の方が本当の親子のようになってくるというのは、小津安二郎の「東京物語」の義父(笠智衆)・義娘(原節子)の関係の裏返しのようで興味深かったです。
因みに、吉川満子と三井秀男は、前年の小津安二郎監督の「母を恋はずや」('34年)で既に実の親子の役を演じており、これに母親の継子(義兄)が絡んで、継子(大日方傳)の方がグレるという...こうした複雑な親子関係を扱うのが当時のある種パターンだったのでしょうか。
「東京の英雄」●制作年:1935年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:野村昊●原作:源尊彦●時間:64分●出演:岩田祐吉/ 吉川満子/藤井貢/桑野通子/三井秀男(宏次)/突貫小僧/市村美津子/爆弾小僧/近衛敏明/出雲八重子/高松栄子/水谷能子/御影公子/高杉早苗/京町みち代/石山龍児/河原侃二/宮島健一/日下部章/谷麗光/加藤精一雄●公開:1935/03●配給:松竹(松竹蒲田)(評価:★★★)


大崎修吉(藤井貢)は大学を卒業して帰省した神田(金光嗣郎)から、絹枝(川崎弘子)との結婚斡旋を依頼される。しかし、絹枝が自分を恋していること知って身を引き、勉学のためと言って東京へ行く。自動車事故をきっかけに同郷の代議士・岩城(藤野秀夫)の家の家庭教師となった修吉は、令嬢・鞆音(ともね、桑野通子)と運転手の妹・嘉代(坪内美子)との三角関
係に挟まれているところに、偶然神田から絹枝の家出を聞かされる。その後、神田は鞆音に結婚を申し込む。政変による岩城家の没落とともに、修吉はタクシー業に転じた運転手・松村(山口勇)の助手となり、嘉代兄妹らと3人で生活をすることにするが、嘉代は引き続き修吉のことを慕っており、それには兄・松村も気づいている。嘉代はビアホールの女給勤めを始め、慣れない勤め先で翳の影のある先輩女性に親切にされるが、それがあの絹枝だった。ある夜、嘉代の誘いで彼女のアパートに立ち寄った絹枝は、そこで修吉との思わぬ再会を果たす―。[右上・右]藤井貢(修吉)/[左上]桑野通子(鞆音)/坪内美子(嘉代)/川崎弘子(絹枝)
『少年時代』の久米正雄ってこんな大河メロドラマ作品を書いていたのかという印象の作品。本来ならば13話連続のTVドラマでやるところを2時間単発ドラマに圧縮したような波乱万丈の話ですが、そもそも当時はTVの「連ドラ」どころかテレビそのものさえなかった時代な訳で、現代においてTVドラマに一般大衆が求めているものも映画が全部引き受けていた時代を象徴するような内容だと思われました。
ビアホールの仕事が終わって連れだって歩く絹枝と嘉代。絹枝が自分には捜している人がいると言い、嘉代が実の兄のほかにもう一人お兄さんがいると言う、それがまさか同じ人物(修吉)とはねえ。絹枝はショックを受けるも、可愛がっている後輩・嘉代のことを気遣って、自分が捜している人とは神田であると言い、それを真に受けた嘉代は、鞆音と神田の結婚披露宴に乗り込んで、神田に結婚は待ってください、絹枝が貴方を待っていると言い、神田は、いや、そうじゃないんだ、絹枝の想い人は実は修吉なのだと―。
鞆音の、年齢の離れた弟(突貫小僧)の学校の成績が良くないことにかこつけて修吉を家庭教師として雇うよう父親を説得するも、ドライブ、ゴルフ、ハイキングといった"課外授業"で修吉を引っ張り回す―といった、その我儘お嬢さんぶりを、桑野通子(1915-1946/享年31、当時19歳のこの作品が映画デビュー作)が活き活きと演じています(それにしてもゴルフ、下手すぎ)。
それに、運転手の妹・嘉代を演じた坪内美子(1915-1985/享年70、この人は銀座の有名カフェの女給(源氏名・孔雀)をしているところをスカウトされた)と、当時の美人女優をばんばん投入している感じ(因みにこの3人は、佐々木康監督の「新女性問答」('39年)でも共演することになる)。この3人に思慕されて、「モテ男はつらいよ」みたいな藤井貢(元ラグビー日本代表キャプテン)演じる修吉でしたが、ラストシーンは年貢の納め時が来たことを暗示しているのでしょうか。
「金環蝕」●制作年:1934年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:佐々木太郎●音楽:江口夜詩(サウンド版)●原作:久米正雄「金環蝕」●時間:110分●出演:藤井貢/川崎弘子/桑野通子/金光嗣郎/藤野秀夫/突貫小僧/山口勇/坪内美子/小倉繁/久原良子/近衛敏明/奈良真養/河村黎吉/吉川満子/野村秋生/仲英之助/青木しのぶ/葛城文子/御影公子/高杉早苗/三宅邦子/忍節子/小池政江/水島光代/荒木貞子●公開:1934/11●配給:松竹(松竹蒲田)(評価:★★★☆)

この作品は1940(昭和15)年が神武天皇の即位から2600年に当たるとされる「皇紀二千六百年」であることの記念として、陸軍航空本部の全面協力のもとに制作されたもので(因みに零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」などの命名由来も、採用年次の皇紀年代(下2桁)による)、日中戦争において活躍した戦闘機乗り達を描いています。ドラマ部分と飛行・戦闘シーンが交互に現れ、ドラマ部分は、この作品が戦闘において犠牲となった戦闘機乗り達「陸の荒鷲の英霊」への弔意を込めて作られていることから、(コミカルな場面もあるが)全体の色合いとしてははっきり言って暗めでしょうか。
一方、戦闘シーンは、日中戦争時に活躍した当時最新鋭の九七式戦闘機や九七式重爆撃機などの実機が大量に使用されており(この部分では国威発揚映画と言える)、スケールも大きく、迫力のあるものとなっており、円谷英二が特撮を担当していますが(本名・圓谷英一でクレジット)、特撮場面は少なく殆どが実写映像となっています。
冒頭は昭和11年(1936年)の陸軍航空飛行学校が舞台で、少年飛行兵の行本(月田一郎)、山村(大川平八郎)、佐藤(灰田勝彦)、田中(伊東薫)の仲の良い4人組を中心とする飛行兵達の日常から始まり、教官・山本大尉(大日方傳)と彼らの遣り取りなどが描かれますが、訓練シーンなどでは実際に飛行学校で起床している生徒達が大勢出演していると思われることから、戦争映画として、戦闘シーンなどとはまた異なる記録的価値があるように思いました。
話は昭和13年(1938年)に飛び、主人公の4人組は北支戦線の飛行戦隊仁禮(高田稔)部隊に配されおり、そこへ飛行学校時代の元教官・山本大尉が飛行中隊長として赴任してきて、ここでも教官と彼らの交流などが描かれます。
一方の戦闘シーンは、九七式戦闘機など実機を使って操縦席に撮影カメラを設置し、戦闘機操縦者目線で撮影しているためリアルそのもので、敵軍の中国空軍機にも、九七式より旧式の九五式戦闘機を使っています。
山村は敵機に撃墜され不時着するも(不時着シーンは、さすがにここは円谷特撮)やっとのことで行本に救出され、皆で生還を祝います。しかし今度は佐藤の乗る九七式重爆撃機(乗員7名)が撃墜されて佐藤以外は全員死亡、佐藤も腕を骨折しますが、片手で土を掘って死亡した機長・奈良大尉(佐伯秀男)を埋葬し、その後、拳銃で頭を撃ち抜いて自決したことが山本大尉から行本、山村に伝えられます。
4人組の内、田中は既に名誉の戦死を遂げており、佐藤に続き、今度は行本が敵機の攻撃を受けて行方不明になって、結局何とか帰還するも、滑走路に激突するようなかたちで着陸、瀕死の重傷を負って彼自身が既に死を覚悟している―山村らが行本を看取る場面が作品のクライマックスとなっており、こうなると、戦意高揚映画と言うよりは、戦争の悲劇を主題に据えた作品に思えなくもありません(実際、あまりに悲惨なため、佐藤が撃墜された場面は生かしたものの、その最期はリアルタイムの話として撮ったものをカットし、山本大尉の口伝に置き換えられたらしい)。
乗り越えようとしているように思われましたが、それは容易ならざることであったことが窺えます。時代とリアルタイムでこうした作品が作られていることに意義を感じました。
実機を使って撮影しているということで、戦闘機ファンの間でも高い評価を得ている作品ですが、この映画で活躍する九七式戦闘機(右)は、2年後に
作られた山本薩夫監督の「翼の凱歌」('42年/東宝)では、一式戦闘機「隼」にあっさり追い抜かれてしまいます(当時を知る人の中には、よく九七式戦闘機のようなもので戦ったものだと述懐する人もいるくらい)。それでも、固定脚ながら見事にアクロバティックな飛行をこなす九七式戦闘機を(加えてより旧式の九五式戦闘機(左)も)じっくり見ることが出来るという意味では稀有な作品であり、確かに戦闘
シーンの迫力も素晴らしいものです。しかしながら、やはりそれを操縦しているのも生身の人間であることを思うと、個人的には人間ドラマの方にウェイトを置いて観てしまいます(女性が一人も登場しない作品なのだが)。
山村を演じた大川平八郎(ヘンリー大川、1905-1971、当時35歳)は、埼玉・草加出身で、実業家になる修行ために1923年に18歳で渡米して、コロンビア大学で経済学を勉強したという人。それまでの間に皿洗いをしながら好奇心からコロンビア大学の劇科にも学び、同大学に併設された俳優養成学校の一期生となって、ハワード・ホークス監督の「空中サーカス」('28年)などに出演しました(俳
優学校の同期にゲーリー・クーパーらがいる)。日本国軍人としてフィリピン駐留中に終戦を迎えた彼は、語学堪能ということもあって降伏の際に山下奉文司令官の通訳を務め、戦後は「
更に、監督の阿部豊(1895-1977)も、1912年に17歳でロサンゼルス在住の叔父をたよって渡米した人で、演劇学校を経てハリウッドに渡り、ハリウッド無声映画期の俳優としてジャック・アベ(Jack Abbe)の芸名で活躍していて、俳優としても大川平八郎より先輩になるわけですが、フランク・ボーゼージ監督などに演出術を学び、映画監督になるべく帰国して1925(大正15)年に日活に入社、翌年には「足にさはった女」というハリウッド風のソフィスティケート・コメディを撮っています(彼自身がアメリカで「Mystic Faces」(1918)などのコメディ映画に出演していた)。
ゆる大空」でも、少年飛行兵生徒らの訓練や生活の様んでいくわけであって...)。一方、長谷川一夫が飛行部隊附軍医の役で出演しているのは、女性が全く登場しない映画であるため、女性客の集客を考慮したのだとも言われています。音楽は早坂文雄が担当、主題歌「燃ゆる大空」の作曲者は山田耕筰となっています。
「燃ゆる大空」●制作年:1940年●監督・製作:阿部豊●監修:陸軍航空本部●脚本:八木保太郎●撮影:宮島義勇●特殊技術撮影:円谷英二/奥野文四郎●音楽:早坂文雄●主題歌「燃ゆる大空」作詞:佐藤惣之助/作曲:山田耕筰●原作:北村/高田稔/龍崎
小松●時間:102分●出演:大日方傳/月田一郎/大川平八郎/灰田勝彦/伊東薫/長谷川一夫一郎/藤田進/柳谷寛/佐伯秀男/清川荘司/三木利夫/真木順/深見泰三/原聖四郎/中村彰/社栄一/沢村昌之助/沼田春雄/島壮児/谷三平●公開:1940/09●配給:東宝東京(評価:★★★★)


名物按摩の徳市(徳大寺伸)と福市(日守新一)が山の温泉場へと向かい歩いていた。二人は盲目ながら優れたカンの持ち主で、そばを通る人たちの素性を言い当てる程だった。温泉場で徳市は東京から来た女(高峰三枝子)に呼ばれる。徳市は彼女が来る途中に自分を追い抜いていった女だとピンと来る。だが少し影のあるこの女に徳市は惚れてしまうのだった。その頃この温泉場では次々と盗難事件が発生する。徳市は彼女が犯人じゃないかと疑い始める―(「ムービーウォーカー」より)。
清水宏の監督作品のベストテン投票などでしばしば第1位になる作品で、石井克人監督、草彅剛、マイコ主演で「山のあなた 徳市の恋」('08年/東宝)としてリメイクされました。
そんな徳市が、道中、東京から来た女が馬車に乗っていたと言い当てた、まさにその女の肩を揉むことになったことから、彼は女に対して恋に落ちてしまう―そんな折に宿屋での盗難事件が持ち上がり、彼特有のカンで素性を明かさないその女から微妙な翳と怯えを感じ取っていた徳市は、こうして身を隠すように滞在している彼女こそが犯人だと察し彼女を助けようと骨を折るのだが―。
元々謎解きミステリなどとは違った作品だったと思えば、犯人捜しの結末がぼかされていることに不満を言う筋合いではないのでしょう。徳市の勘違いは、恋愛でその"超能力的"カンがやや鈍ったともとれ、リメイク作品のサブタイトル(徳市の恋)がテーマそのものを言い当てているかと思います。厳密に言えばリメイクではなく、「カバー作品」として作っているとのことで、その辺りにもオリジナルへのリスペクトを感じます。
リメイク作品を観る前は、オリジナルの抒情をどこまで描き切れているのかがっかりさせられるのを避けたい気持ちが
思ったより良かったです。まさに「カバー」作品として作られていて、宿泊客の独身男を演じた堤真一などは、「カバー作品」であるという前提にオリジナルの佐分利信の演技を完全に模倣している感じでしょうか。
山間の温泉宿という舞台背景もあって、シンプルだが抒情溢れる作品。ラストの更に馬車で逃げていこうとする女を、まるで「めあき」のように見遣る徳市の表情の切なさもさることながら、子供の前で徳市が川泳ぎをしてみせた後、女が駆け寄り黙って浴衣を着せてやる場面などは何となくエロチックなものが感じられて印象に残っています(その他にも、徳市が、風呂に行くと言う女に一緒に入らないかと誘われたと勘違いする場面など、エロチックな妄想を駆り立てるシーンがあった)。「小股の切れ上がった女」という表現がありますが、この映画で小走りに駆ける高峰三枝子は、まさにその言葉がぴったりのように思います。
「按摩と女」●制作年:1938年●監督・脚本:清水宏●撮影:斎藤正夫●音楽:伊藤宣二●時間:66 分●出演:高峰三枝子/徳大寺伸/日守新一/爆弾小僧/佐分利信/坂本武/春日英子/京谷智恵子/油井宗信/二木蓮/飯島善太郎/大杉恒雄/赤城正太郎/近衞敏明/磯野秋雄/廣瀨徹/水原弘志/槙芙佐子/三浦光子/中井戸雅子/関かほる/平野鮎子●公開:1938/07●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★)


「山のあなた 徳市の恋」●制作年:2008年●監督:石井克人●脚本:清水宏●撮影:町田博●音楽:緑川徹/中川俊郎●時間:94分●出演:草彅剛/加瀬亮/マイコ/広田亮平/堤真一/宮永リサ/黒川芽以/津田
寛治/三木俊一郎/田中要次/森下能幸/三浦友和/渡辺えり子/松金よね子/洞口依子/轟木一騎/阿部ジュン/大山健/白仁裕介/野村佑香/尾野真千子●公開:2008/05●配給:東宝(評価:★★★☆) 
大学陸上部の花形選手である関(佐野周二)と谷(笠智衆)は親友ながらライバル。時節を反映して行軍軍事教練が実施され、学生らは軍歌を歌いながら田舎道行く。時に早足で、時に川を渡って行軍の道すがらでは、モガ(モダンガール)一
行とのやり取りがあったり、腹痛起こす学徒が出たりする。関は門付(かどづけ)の女(坪内美子)の連れの子供に柿をあげたりもする。行軍は宿泊する村に到着する。しかし、柿をあげた女の子が病気になったこと
を知って関は―。
関が女の子にあげたのは渋柿だったようですが、そんなに重い症状になるものかな。女(坪内美子)が治療費を工面するため売春に走るというのは、戦前と戦後の違いはありますが、小津安二郎監督の「
軍事教練を戯画化して描いているようなところに清水宏の反骨を感じますが、物語としては結局何てことはない、男同士の友情を描いた作品だったなあと。あの笠智衆が陸上選手を演じているというのが見所、と言うより意外性があるかな(400メートル走選手? 時計回りで走っている)。佐野周
二24歳に対し、笠智衆はこの時33歳くらいでしょうか。学生を演じるのにはきつい年齢のはずですが、後年の老け役のイメージの反動からか、実年齢より若く見えます(因みに、隊長役の大山健二も笠智衆と同い年。見るからにオッサンだけれども、「
「花形選手」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:鯨屋當兵衛(清水宏・荒田正男)/荒田正男●撮影:猪飼助太郎●時間:64 分●出演:佐野周二/日守新一/近衛敏明/笠智衆/大山健二/坪内美子/爆弾小僧/突貫小僧/水戸光子/小牧和子/東山光子/森川まさみ/槇芙佐子●公開:1937/10●配給:松竹大船(評価:★★★)

横浜居留地跡の女学校に通う砂子(及川道子)とドラ(井上雪子)は大の仲良し。砂子にヘンリー(江川宇禮雄)というボーイフレンドができてからも、ドラは砂子のことを気にかけてくれている。そんな中、ヘンリーが新しい恋人・シェルダン耀子(澤蘭子)のもとに行ってしまった砂子は、嫉妬に駆られて耀子を拳銃で撃ってしまう。歳月が流れ、長崎、神戸と港町をわたりながら、水商売をしていた砂子が再び横浜に帰ってくることになった。今やヘンリーはドラと結婚して幸福な家庭を築いている。孤独な砂子をヘンリーとドラの夫婦は温かく迎えるが、なかなか昔のような関係には戻らない。砂子の情人である売れない画家の三浦(斎藤達雄)の悪戯のせいで、その関係は更に複雑に―。

恋敵のシェルダン耀子を銃で撃ってしまったことで砂子の人生は暗転していったようですが、「その後どうなったかは、日記にでも聞いてみなさい」とのト書きが出て、途中の過程はスッパリ飛ばして、場面が切り替わったら砂子は神戸の居留地で娼婦になっています。横浜に戻っても同様で、一緒に横浜に来たマスミ(逢初夢子)は、「足抜け」すると砂子に言いに来た直後に警察に連行されてしまうし(「足抜け」と言うより何かの犯罪に関与して逃亡を図ったわけか)、何やかやあって妙子の八方塞がりのような状況がますます浮き彫りになります。
横浜で妙子は自分を訪ねて来たヘンリーと再会、妙子もヘンリーとドラを訪ね、その幸せそうな家庭を見て複雑な心境に。一方、三浦が(アパートで洗濯やアイロン掛けをしていて、居候と言うより殆どヒモ状況)、隣に越して来た女性が職を探していると
言っていたその女性は、医者にも見捨てられた病に冒されているとのことで、妙子が会ってみると何とそれはあの●●だった―。その淪落ぶりは妙子以上で、「こんな雨の晩に世間から見捨てられて一人ぼっちで死んでいくなんて随分惨めね」と。この辺りが、この作品のクラ
妙子を演じた及川道子(1911-1938/享年26)は、早逝したこともあってか「永遠の処女」などと呼ばれることもある女優ですが、この作品では、清楚なセーラー服姿と高島田を結った淪落の女の両方を見ることができ、清水宏監督の初期作品に多く出演しながら、そのフィルムが殆ど現存していなかったりすることからも、本作は貴重な映像作品と言えるかもしれません(特に後半の
淪落ぶりに注目)。因みに、シェルダン耀子を演じた澤蘭子(宝塚歌劇団出身の"純粋"日本人)は2003年に99歳で逝去、ドラ役の井上雪子(こちらは役柄通りハーフ)は2012年に97歳で逝去しています。 及川道子(1911-1938/享年26)・
)、斎藤達雄は小津安二郎の「


基本的にはメロドラマかと思いますが、最初の展開が分かりづらいのと、プロセスにおいて話が結構暗かったかなあ。純粋にサイレント(音無し)で観るにはややキツイ面もあります(公開時には活弁に加え、テーマソングや野口雨情作詞の挿入歌が流された)。最近都内や横浜などで行なわれている上映会では(この作品は横浜・神戸という日本の代表的な港町の昭和初期の様子がよく窺える)、大方の場合に弁士による活弁やライブの音楽伴奏が付くようで、そうした
環境で観ることが出来ればより堪能出来る作品のように思いました。そうした機会が訪れる期待と映像のレア度を加味して星半分ぐらいオマケしました。伴奏付き(出来れば活弁バージョンで)DVD化して欲しい(●2018年に神保町シアターでピアノ生演奏(小林弘人氏)付きで観ることができた。音楽の効果は絶大で、ある種の思考回路を遮断してしまうのか、運命に流される主人公の生き方がどうのこうのと言うより、メロドラマとして完成されているとの思いを強くさせられた。シーンの変わり目に風景や小物の映像を入れて余韻を持たせるテクニックが効いていることに改めて気づいた)。
「港の日本娘」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:陶山密●撮影:佐々木太郎●原作:北林透馬●時間:72分●出演:及川道子/井上雪子/江川宇禮雄/澤蘭子/逢初夢子/斎藤達雄/南條康雄●公開:1933/06●配給:松竹蒲田●最初に観た場所(ピアノ伴奏付きで):神田・神保町シアター(18-12-22)(評価:★★★★)


醤油問屋「丸藤」の若旦那・藤井実(藤井貢)は大学ラグビー部の花形選手だが、半玉芸達・星千代(光川京子)との仲が公になり退部させられる。ラグビー嫌いの父親(武田春郎)はこれで息子も商売に身が入ると喜ぶが、藤井の方は、今度はラグビー部の後輩・北村(三井秀男)の姉でレビューガールのたき子(逢初(あいぞめ)夢子)に入れ 込んでレビューに足しげく通うようになる。そうした藤井をよそにチームは猛練習を続けていたが、大事な試合を目前にして、どうしても試合に勝つために藤井を復部させることを決める―。
清水宏(1903-1966/享年63)監督の1933年作品で、サイレント・サウンド版(BGMの他に応援団の手拍子などの効果音が入る)。原作者の「源尊彦」は清水のペンネームであり、この人、小津安二郎監督の「
同シリーズ作でスターダムに。
の叔父役の坂本武(簾髪の鬘(カツラ)を被
っての出演)や、藤井の妹の婿で気の弱そうな若原役の斎藤達雄、ラグビー部員役の日守新一など、小津安二郎の初期作品の常連が脇を固め、笠智衆もその他大勢のラグビー部員の中の一人としてノンクレジットで出ています(笠智衆は、清水宏監督の「花形選手」('37年)では佐野周二とライバルの大学陸上選手の役で出ている)。
の妹みや子を、後に転落・流転の道を歩む
ことになる"伝説のアイドル女優"
星千代が藤井の練習ぶりを見たいと言うので、妹のみや子からセーラー服を宴会芸用と偽って借り出し、クルマの中で着替えさせ、女学生らしい歩き方も指南。ところが、星千代を連れてきた練習場に偶々みや子が通りかかり慌てて星千代を隠そうする―といったドタバタ・コメディ調の場面もあれば、藤井が芸者屋へ通うために、糸に繋いだカブトムシを使って帳場の金銭籠から紙幣を釣り上げるというコントみたいな場面もあったりし、更に芸者屋の女中が応援団を暴力団と勘違いしたり(柔道部主将で応援団長の堀部役の大山健二、当時29歳であるにしても角帽を被っているのに間違えられるかなあ)、星千代がセーラー服姿で大学に来て人前で藤井のことを思わず「若旦那」と呼んでしまう(まさに「大学の若旦那」)といったちょっと笑える場面等々、大・中・小の笑いをきめ細かく揃えたという印象です。
藤井を巡る女性たちだけでなく、こうした複数の男女の関係性をテンポ良く織り交ぜて巧みですが、一方で、ちょっとやり過ぎではないかと思われる場面も目立ったかなあ。星千代に兄と別れるように迫るみな子、たき子を「藤井をダメにしやがって」と平手打ちする彼女の弟・北村、等々(藤井と彼を崇拝する北村との関係はややホモセクシュアルな感じもあるが、北村が藤井を巡って妹に嫉妬したというのは穿った見方か)。
「大学の若旦那」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:青木勇/佐々木太郎●原作:源尊彦●時間:86分●出演:藤井貢/武田春
郎/坪内美子/水久保澄子/坂本武/斎藤達雄/徳大寺伸/光川京子/若水絹子/大山健二/日守新一/山口勇/三井秀男/逢初夢子/吉川満子/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/11●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)

時子(田中絹代)は昼間は会社事務員として働いているが、私生活ではチンピラの襄二(岡譲二)と一緒に暮らしている。元ボクサーの襄二はケンカに強く、数人の子分がいる。学生・宏(三井秀夫)もその仲間に加わるが、宏の姉・和子(水久保澄子)は襄二を訪ね、弟を元に戻すように哀願する。襄二は宏を姉の元に帰す一方、和子に惹かれる。それを知った時子は和子を脅そうとするが、逆に彼女の弟を思う純情に打たれ、自分や襄二も堅気になろうと決心する。襄二も同意するが、宏が窃盗を働き襄二はそれを庇うため最後の一仕事をやることに。襄二と時子は時子の会社の社長から金を盗み、宏にその金を与える。警察から逃れようとしながらも、時子は襄二に自首を勧めるが、聞き入れられないため彼を撃つ―(左は映画スチール写真(田中絹代/岡譲二))。
「
それに対し、この「非常線の女」は、洋風ハードボイルドの仕様を倣っており、「日本版フィルムノワールの傑作」と推す人も多いようです。田中絹代も背中を露わにしたイブニングドレスやトレンチコートなど洋装で出ていますが、やはり和服のイメージが強いせいか、観ていてどうも違和感があったりして....
田中絹代/岡 譲二

出演者の中では、この主人公の男女二人がともに惹かれてしまう和子を演じた水久保澄子(1916-没年不明)の清楚な美しさが良く、田中絹代以上に目を引くでしょうか。
岡譲二(1902-1970)は、コロムビア・レコードの宣伝部長を辞めて26歳で役者に転じた人(26歳で部長かあ)。映画の中でビクターの"ニッパー犬"が画面にもセリフにも出てきますが、これ、宣伝タイアップか何かなのか。 小津がこれをシーンの切り替わる際などに上手く使っているのは確かなように思います。
「非常線の女」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚色:池田忠雄●原案:ゼームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英朗●時間:100分(120分)●出演:田中絹代/岡譲二/水久保澄子/三井秀夫(弘次)/高山義郎/逢初夢子.●公開:1933/04●配給:松竹蒲田(評価:★★★)




プロシア占領下の北仏ルーアンからの脱出行を図る馬車に乗り合わせたのは、互いに見知らぬブルジョア階級の夫婦3組、修道女2人、民主主義者の男1人、そして「脂肪の塊」と綽名される娼婦が1人―。大雪で移動に時間を要し、腹が減った彼らは、娼婦が自分の弁当を一同に快く分け与えたおかげで飢えを凌ぐことが出来、一旦は、普段は軽蔑している彼女に親和的態度を見せる。しかし途中の町宿で、占領者であるプロシアの士官が娼婦との関係が持てるまでは彼らの出発を許可しないと言っていると知ると、愛国心ゆえ嫌がる娼婦を無理矢理説き伏せ,士官の相手をさせようとする。そして再び出発の時、皆のために泣く泣く士官の相手をした娼婦を迎えた彼らの態度は、汚れた女を見るように冷たく、娼婦は憤慨し悲嘆にくれる―。
1880年にギ・ド・モーパッサン(1850-1893)が30歳で発表した彼の出世作であり、馬車に乗り合わせた少数の人々が繰り広げるシンプルな出来事の中に、社会的偏見と人間のエゴイズムを凝縮させた、風刺文学の傑作と言えます(皮肉屋モーパッサンの面目躍如といった感じか)。
普仏戦争(1870‐71)の戦時下という状況設定ですが、そう言えば五木寛之氏のエッセイにも、五木氏自らが子供の頃に朝鮮で体験した、(占領側に女性を人身御供として差し出すという)同じようなエピソードがありました。但し、この作品のブルジョワ達が、ある種、閉ざされたグループ内での"ノリ"で行動しているように見える点は、わざわざ戦争や階級差別を持ちださなくとも、現代の学校のいじめ問題などにも通じるところがあって、怖いように思えました。

この作品は、旧ソ連(
モーパッサンの「脂肪の塊」を川口松太郎(1899-1985)が翻案したもので、西南戦争のさなか、町を出るため名士を乗せた馬車には酌婦の山田五十鈴演じるお雪や原駒子演じるおきんたちも乗り合わせていたが、身分の卑しい彼女らと同席することを士族一家や豪商夫婦は嫌がり「けがらわしいから馬車から降りろ」となじる、そんな折、悪路のために馬車は転倒・大破して立ち往生、一行は身動きとれなくなって官軍により全員足止めを喰らい、そこでお雪が宥和策として官軍将校への人身御供的な立場に―とこの辺りまでは原作に近いですが、ここ
からなんと、官軍の将校・朝倉晋吾(夏川大二郎)とお雪は惚れ合ってしまい、一方、お雪の代わりに自ら"人身御供"を申し出たおきんは女のメンツを潰された形に
なり、朝倉を憎みながらも実は彼女もまた朝倉に恋心を抱くという、恋愛・三角関係ドラマになっています。川口松太郎は第1回「直木賞」受賞作家ですが、「愛染かつら」の川口松太郎だから恋愛メロドラマになってしまうのでしょうか(因みに川口松太郎と溝口健二とは小学校時代の同級生で、川口松太郎は溝口監督の「雨月物語」('53年/大映)の脚本なども書いている)。
因みに、ジョン・フォード監督の「駅馬車」('39年/米)は、、1937年発表のアーネスト・ヘイコックスの短編小説「ローズバーグ行き駅馬車」(ハヤカワ文庫『駅馬車』/井上一夫訳)ですが、後にジョン・フォード監督は「この映画の発想源はギ・ド・モーパッサンの小説『脂肪の塊』だ」と語っています(主役のジョン・ウェインは当時ほとんど無名だった)。映画「駅馬車」の大まかなあらすじは、トント発ニューメキシコ州のローズバーグ行駅馬車に様々な身分の乗客が乗り合わせ、その中には婦人会から追い出された娼婦ダラス(クレア・トレヴァー)もいて他の乗客から蔑視される一方、途中から、父と兄を殺され敵討ちのため脱獄したリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)が乗車し、駅馬車は最初の停車場に到着、ジェロ
ニモがアパッチ族を率いて襲撃に来ると言う情報があったため護衛の騎兵隊の到着を待つものの、騎兵隊は一向に姿を見せず、このままま進むかトントに戻るか乗客の間で合議した結果、このまま目的地ローズバーグへ進むこととなって、ローズバーグ近くまで襲撃に遭わずに来て、これで無事到着出来ると安堵した矢先、アパッチ族が放った一本の矢が乗客の胸に突き刺さる―というもの。以降、有名なアクションシーンが展開され、さらにリンゴ・キッドの敵討ちの話へと続きますが(このリンゴ・キッドにはジョニー・リンゴというモデルになった実在の人物がいて、3人の無法者に兄を殺され、たった3発の銃弾で兄の敵を討ったという逸話がある)、映画の前半から中盤部分は駅馬車の車内で展開される、差し詰め「移動舞台劇」といった感じでしょうか。その点で確かに「脂肪の塊」と似ています。
小説「脂肪の塊」での乗り合わせた乗客は、ワイン問屋を経営する夫妻、工場経営者の上流階級夫妻、伯爵とその夫人、二人の修道女と民主党員、それに娼婦エリザベート・ルーセの合わせて10人、一方の映画「駅馬車」の乗客は、当初、娼婦ダラスのほかに騎兵隊夫人、保安官、飲んだくれの医師、酒商人、賭博
屋の計6人で、途中、銀行の金を横領した銀行家が加わり、最後にリンゴ・キッドが乗り込むので合わせて8人ということになります。「脂肪の塊」より2人少ないですが、「脂肪の塊」の方は夫婦連れなども含まれていることから「6組10人」とも言え、「脂肪の塊」では、当時のフランスを象徴する階級を乗り合わさせ、「駅馬車」では当時のアメリカ西部を象徴する代表的な層を乗り合わさせていると言われていますが、「脂肪の塊」の方がブルジョア層の中で娼婦が孤立する図式が強いでしょうか。「駅馬車」は、淀川長治がユナイテッド・アーティスツ日本支社の宣伝部勤務になって最初に担当した作品であり、「駅馬車」という邦題を考えたのも淀川長治
山田五十鈴(当時18歳)

「マリアのお雪」●制作年:1935年●監督:溝口健二●脚色:高島達之助●撮影:三木稔●音楽:高木孝一●原作:川口松太郎「乗合馬車」(原案:モーパッサン「脂肪の塊」)●時間:80分●出演:山田五十鈴/原駒子/夏川大二郎/中野英治/歌川絹枝/大泉慶治/根岸東一郎/滝沢静子/小泉嘉輔/鳥居正/芝田新/梅村蓉子●公開:1935/05●配給:松竹キネマ(評価:★★★)
「駅馬車」●原題:STAGECOACH●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジョン・フォード●脚本:ダドリー・ニコルズ●撮影:バート・グレノン/レイ・ビンガー●音楽:ボリス・モロース●原作:アーネスト・ヘイコックス「ローズバーグ行き駅馬車」●時間:99分●出演:ジョン・ウェイン/クレア・トレヴァー/トーマス・ミッチェル/ジョージ・バンクロフト/アンディ・ディバイン/ルイーズ・プラッ/ジョン・キャラダイン/ドナルド・ミーク/バートン・チャーチル/トム・タイラー/ティム・ホルト●日本公開:1940/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座(82-12-28)(評価★★★★)●併映:「
【1938年文庫化・1957年改版[岩波文庫(『脂肪の塊』(水野亮:訳)]/1951年再文庫化[新潮文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(青柳瑞穂:訳))]/1954年再文庫化[角川文庫(『脂肪の塊―他二編』(丸山熊雄:訳))]/1955年再文庫化[河出文庫(『脂肪の塊』( 田辺貞之助:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(新庄嘉章:訳))]/2004年再文庫化[岩波文庫(『脂肪のかたまり』(高山 鉄男:訳)]/2016年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『脂肪の塊/ロンドリ姉妹―モーパッサン傑作選』(太田浩一:訳)]】

1940(昭和15)年11月公開の山本嘉次郎(1902-1974)監督作。ベース・ストーリーはオリジナル通りですが、登場人物全員が歌いながら芝居をするオペレッタ形式であ
り、戦時色の濃い中で制作された戦前最後にして最大規模のドタバタ・ミュージカル・コメディと言えるものです。'36年1月に日本劇場でデビューした「日劇ダンシングチーム」総動員のレビュー風の踊りがオープニングから見られ(まるで「
中国ロケを敢行していて中国人俳優も出演していますが、ハリウッド映画のパロディなどもあり、バタ臭い印象が強いのはそのためでしょうか。それでいて、悟空を演じるエノケンの喋りがもろ江戸弁で、エノケン自身がこれまで演じてきた「鞍馬天狗」や「近藤勇」のパロディもあったりするため、もはや国籍不詳という感じ。しかも、最後はSF風になって「未来国」へ行くという、もう何でもありの世界です(そもそも、悟空の移動手段であるキン斗雲がプロペラ戦闘機に置き換わっており、特殊撮影はあの

犬に姿を変えられてしまった少女に、当時人気絶頂の国民的アイドル・高峰秀子(当時16歳)、その国の案内役の少女・袖珍に天才子役として人気のあった中村メイコ(当時6歳)といった具合です。
中村メイコの袖珍(いつも小脇に百科辞典を抱えている)は、金角・銀角らの頭脳交換機で記憶を奪われ虚脱状態になった孫悟空らに、ホウレン草の缶詰を与えて元気を回復させるという、これもまた日米開戦直前の作品であるにも関わらず「ポパイ」のパロディで(実際ポパイのテーマ曲が流れる)、「ポパイ」は、'59年から'65年までTBS「不二家の時間」でテレビ放映されたアニメですが(後番組は「オバケのQ太郎」)、ポパイというキャラクター自体は日本でも戦前からよく知られていたようです。



「エノケンの孫悟空」●制作年:1940年●監督・脚本:山本嘉次郎●製作:東宝東京●制作:滝村和男●撮影:三村明●特殊技術撮影:円谷英二●音楽:鈴木静一●原作:山形雄策●時間:135分●出演:榎本健一/岸井明/金井俊夫/柳田貞一/北村武夫/高勢実乗/土方健二/中村是好/如月寛多/三益愛子/高峰秀子/中村メイ子/徳川夢声/服部富子/渡辺はま子/李香蘭(山口淑子)/伊達里子/千川照美/藤山一郎●公開:1940/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)




幕末・明治維新前夜の江戸、名うてのスリ金太(榎本健一)は、財布と一緒に薩摩藩・勤皇派の密書をスッてしまったことから、薩摩の侍連中と八丁堀の岡っ引き・倉吉(中村是好)の両者に追われるハメに。追っ手を逃れて江戸から西へと旅立った金太の行く手には数々の事件が巻き起こる―。
1937(昭和12)年作品で、P.C.L.(東宝の前身の1社)のエノケン映画10本の内の最後の作品であり、この作品の後、松竹に在籍していた榎本健一は、新会社の東宝へ移籍することになります。
映画評論家の山根貞男氏曰く、この作品は「走る映画」であり、「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」とのことですが、まさにそうであり、個人的にはエノケンの韋駄天ぶりから「キートンのセブンチャンス」('25年/米)を想起したりもしました。
その金太と、彼を追っていたはずがひょんなことから一緒に旅することになる岡っ引きの倉吉とのやりとりが面白く(エノケン一座の中村是好も好演)、フィルムの逸失部分を含めて想像すると、エノケンの映画の中でもギャグの絶対数はかなり多い方ではないでしょうか。
結局、薩摩藩・勤皇派の行軍に潜伏して大政奉還後に江戸への帰還を果たす2人ですが、こうした行進を揶揄的に撮っているところは山本嘉次郎監督ならではであり、戦時中は軍の依頼を受けて国威発揚映画も撮っていますが、根は全体主義、権威主義的なものを嫌った人だったように思います(黒澤明、三船敏郎といった人材の発掘者でもあった。黒澤明はこの作品のセカンド助監督に就いている)。
作家の吉行淳之介(1924-1994)が、文藝春秋のアンケートの中で、この作品を好きな日本映画の第1位に挙げていて(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))、「エノケンは天才で、それにまた戦前の時代、ただ出演しただけで軍国主義批判になりえた」「戦中派としては第1位にするしかない」と言っています。おそらく、吉行淳之介の場合は10代前半にリアルタイムで観たのでしょう。公開当時はエノケンの映画は世間一般には低俗映画と見做されていたようですが、10代でこういうの観ちゃうと、そんなことに関係なく一生忘れられなくなるような気はします。
ストーリー的には(いきなり助っ人が現れたり)かなり乱暴な部分もありますが、モノクロであるのが却って良く、大井川で川止めを喰って逗留する旅人達の様子とか宿の様子に何かリアリティがあって、こういうの観ると、最近の時代劇はテレビでも映画でも、セットも衣装も綺麗過ぎるように思えます。
「エノケンのちゃっきり金太」●制作年:1937年●監督:山本嘉次郎●製作:P.C.L.映画製作所●原作:脚本:山本嘉次郎●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●漫画: 横山隆一●時間:72分●出演:榎本健一/中村是好/二村定一/如月寛多/柳田貞一/市川圭子/花島喜世子/山懸直代/千川輝美/宏川光子/北村武夫/近藤登/金井俊夫/椿澄枝/宮野照子/清水美佐子/南弘一/小坂信夫/斎藤務/松ノボル●公開:1937/07●配給:東宝映画配給(評価:★★★★)

勤皇派と反目し合う新撰組組長・近藤勇(榎本健一)らが桂小五郎(二村定一)暗殺に動く中、組員の加納惣三郎(花島喜代子)は芸姑との恋に落ちていた。一方、薩長同盟を成し、大政奉還実現を目指ざす坂本龍馬(榎本)は、寺田屋騒動ではお龍(高尾光子)の機転で何とか難を逃れるものの、その後に中岡慎太郎(柳田真一)と共に暗殺される。新撰組は脱党者が増えて混乱し、更に、辻斬りの疑いをかけられた加納は同士・田代又八(如月寛多)を斬ってしまい芸姑と心中。近藤は、池田屋に勤皇の志士が集まっていることを聞き、斬り込みをかける―。

エノケン一座「ピエル・ブリヤント」で、エノケンと共に座長だった二村定一演じる桂小五郎の殺陣シーンなどは完全に舞台風で、それに対して主役のエノケンは、場面々々で様々なパターンの演技を見せているのが芸達者ぶりを窺わせます(この頃のエノケンは若々しく、爆笑問題の太田光とナイティナインの岡村隆史を足して2で割って少し男前にしたような感じ。ヒロポン中毒になる以前の彼か)。
「エノケンの近藤勇」●制作年:1935年●監督:山本嘉次郎●脚本・原作:ピエル・ブリヤント/P.C.L.文芸部●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●時間:81分●出演:榎本健一/二村定一/中村是好/柳田貞一/如月寛多/田島辰夫/丸山定夫/伊藤薫/花島喜世子/宏川光子/北村季佐江/千川輝美/高尾光子/夏目初子●公開:1935/10●配給:P.C.L.(評価:★★★)


大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。
31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。
この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。
有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。
その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。
岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。
また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で
それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。
杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940
年、豊田四郎監督の「小島の春」に出演した杉村春子の演技にショックを受けて演技開眼したという。杉村春
子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。
「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
「
督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代/山田五十鈴/高峰秀子/杉村春子/岡
田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介/宮口精二/仲
谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)


坂本武/岡田嘉子
失業し、妻にも逃げられた喜八(坂本武)は、善公(突貫小僧)と正公(末松孝行)の2人の子供を連れ、職を求めて東京・下町の工業地帯を彷徨うが、どの工場でも門前払いばかり。何とか夜のねぐらとして確保した木賃宿・万盛館で、同じく宿無しの女・おたか(岡田嘉子)に出会うが、おたかも娘の君子(小嶋和子)を連れて職を探していた―。
原作者のウィンザード・モネとは、小津安二郎、池田忠雄、荒田正男の合体ペンネーム(without moneyをもじったもの)ですが、冒頭部分の父親と子供らが殺伐とした工業地帯をとぼとぼと行く様はイタリア・ネオリスモを彷彿させます(その代表作「自転車泥棒」より13年早い作品だが)。細かいカット割りを繋げる特有の手法ながらも、何となくゆったり感があるのは小津ならでは(個人的には、「
おたかは娘が疫痢になったため、入院費を稼ぐために呑み屋に酌婦として働きに出ますが、喜八はそんな金で病気が治っても娘は喜ばないから娘の傍にいてやれと言い、では自分に金も当てがあるのかというと、世話になっている叔母さん(飯田蝶子)に金を借りようとして断られ、茫然自失の中、とうとう盗みを働く―。
ストーリーよりも演出(カメラワークを含む)が光る作品。岡田嘉子(1902-1992)は坂本武を凌ぐ好演で(やはり父性愛よりも母性愛か)、当時33歳ぐ
らいでしょうか(35歳でソ連に亡命し日本に帰ったのは35年後)。宿無しの失業者の割には綺麗過ぎ、やつれ感が足りない気もしますが、喜八の犠牲的精神の根底にはおたかへの思慕があり、その思いの対象たるに相応しい外見的要件を持たせることがストーリー上必要なためやむをえないのかも(寅さんとマドンナの関係と同じか)。
子役の演技は、突貫小僧だけでなく、末松孝行(弟)、小嶋和子(おたかの娘)も良くて、べーっと舌を出すシーンのリフレインなど、"人情喜劇"としてのユーモアの部分は殆ど子役達が担っていたという感じの作品でした。
「東京の宿」●制作年:1935年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄/荒田正男●撮影:茂原英朗●原作:ウィンザード・モネ(小津安二郎/池田忠雄/荒田正男)●時間:83分●出演:坂本武/岡田嘉子/突貫小僧/末松孝行/小嶋和子/飯田蝶子/高橋貞二/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1935/11●配給:松竹鎌田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★)●併映:「風の中の牝雞」(小津安二郎)![東京の合唱(吹替・活弁版) [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%81%AE%E5%90%88%E5%94%B1%28%E5%90%B9%E6%9B%BF%EF%BD%A5%E6%B4%BB%E5%BC%81%E7%89%88%29%20%5BVHS%5D.jpg)


冒頭は大学の体育の授業のシーンで、体育教師(斎藤達雄)が学生を厳しく指導する様がユーモラスに描かれる。時は流れ、その学生の1人だった岡島(岡田時彦)は、今は保険会社に勤める身であり、3人の子を持つ親でもある。今日は賞与支給日。子供に自転車を買ってやる約束をしていた彼
は、クビになったベテランの先輩に同情して会社
に抗議した末に自分もクビになってしまう。再就職事情の厳しい折、職安の前で母校恩師の元体育教師に偶然出会い、勤め口を探してもらう間、恩師が退職後に始めた洋食屋を手伝うことになるのだが―。
詞があったりもします。 先輩社員の不当
解雇(勧誘したお客が保険に入った翌日に事故死し、会社が損失を被ったというのが解雇理由)に敢然と立ちあがる主人公はなかなかの正義漢。社長(谷麗光)との遣り取りはユーモラスに描かれていますが、クビになった後がたいへん。子供に約束の自転車を買ってやれず詰(なじ)られ、かっときて子供を叱ってしまうし、娘が疫痢に罹って医者代も発生し、妻の着物を売り払ったことにより妻ともぎくしゃくする―。
同日に解雇された同僚がビラ配りの仕事をしているのを見て、自分は下手に大学を出ているからそんなことは出来ないと言っているのは「大学は出たけれど」の主人公の前半部分と同じスタンス。それが、恩師の洋食屋の仕事で先ずやらされたのが店の宣伝ビラ配りで、自分でも気乗りがしなかったのに、それを奥さん(八雲恵美子(1903-1979/享年75))に見られ、肩身の狭いことはしないでと言われてプライドはずたずたに。
しかし、その奥さんも現実の厳しさを感じて店へ手伝いに。その食堂で、元教師を囲んで昔の教え子たちが集まり同窓会が行われることになり、久々に出会った同級生たちは盛り上がる。そこに元教師宛に手紙が来て、文部省から就職の斡旋があったが、仕事は栃木の女学校の英語教師であるとのこと、主人公は複雑な気持ちで同級生らと校歌を歌うが、歌っているうちに次第にその表情は晴れてくる―(これが、タイトル「合唱(コーラス)」の由縁)。
東京を離れたことのない夫婦には必ずしも満足とは言えない結末ですが、そこが小津作品らしいところ。結構、自分の都合で教え子をいい加減にこき使っていたかのように見えた元教師も、ちゃんと就職の世話をしてくれていて、師弟関係が就職が絡むのも小津作品のパターン。
総じて、小市民(サラリーマン)を小市民のまま描いた典型的作品と言えますが、主人公が東京に住むことにこだわるのには、やや違和感を覚えました(社命による転勤などは当時でもあったのでは)。東京への執着が、「東京の合唱」というタイトルにまで表れているとなると、これは小津自身のこだわりでもあるのか。
女優・岡田茉莉子の父。但し、茉莉子1歳の時、30歳の若さで亡くなっているため、娘は父を映画の中でしか知らないとのことです。

信州のとある田舎町に、旅役者・市川喜八(坂本武)の一座がやってくるが、実はこの町には、喜八の昔の女(飯田蝶子)と、2人の間にできた息子・信吉(三井秀男)がいる。喜八は自分が父とは名乗らず、毎日のように女の家を訪ねて行くが、喜八の今の世話女房(情婦)のおたか(八雲理恵子)はこのことを知って嫉妬し、当てつけに妹分の女優おとき(坪内美子)に信吉を誘惑させるよう仕向ける。ところが、おときと信吉は本当に好き合うようになってしまう―。
小津安二郎(1903-1963)監督の1934(昭和9)年の無声映画作品で、小津安二郎はこの作品で、「
まま観ても、ぐっとくる作品ではないでしょうか。
同じ坂本武の"喜八もの"と言っても、喜八が下町定住者だった「出来ごころ」に対し、こちらは旅役者であって状況設定はかなり異なっており、また、小津作品全体を通しても、こうした旅役者を扱ったものは珍しいようです("流れ者"という意味では、小津に影響を受けた山田洋次監督の「寅さんシリーズ」の原点とも言えるが)。
暗くてじめじめした話かと思ったら、ユーモラスなギャグが絡むことで救われて、喜八の情婦が妹分の女優を使って喜
八の息子を籠絡しようとするところで、いやあ今度こそホントに嫌な話になってきたなあと思ったら、予想外の展開(「蛙の子は蛙、学があっても女には手が早い」とか、深刻な場面なのに、ここでも笑わせる)、結局、この坪内美子演じる妹分女優のおときと
いうのが、一番可哀想だったなあと思いました(「寅さん」における浅丘ルリ子のリリーか)。
小津自身による原作は(ジェームス槇は小津のペンネーム)、旅まわりのサーカスの一座を舞台としたアメリカ映画「煩悩」を下敷きにし
ているそうですが、完璧に日本的な人情話に仕上がっていて、人物や部屋の調度などを映し出すローアングルのカメラも良く、親子で渓流釣りをする場面(片方は親子だとは知らないわけだが)や、飯田蝶子演じる母親が息子に屹然と事実を告げる場面など、印象に残るシーンが多くありました(学生である息子が若干老けて見えたのが難か。おときとのバランス上、敢えてそうしたのかもしれないが)。完璧な「人情話」。ストーリー、カメラ、演出のどれをとっても完成度はかなり高いように思います(親子が並んで渓流釣りをする場面は後の「
「浮草物語」●制作年:1934年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松
田春翠●時間:85分(118分)●出演:坂本武/飯田蝶子/三井秀男/八雲理恵子/坪内美子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/山田長正/青野清/油井宗信/平陽光/若宮満/懸秀介/青山万里子/
池部光村/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1934/11●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★★☆)●併映:「出来ごころ」(小津安二郎)
ビール工場に勤めながら小学生の息子・富夫(突貫小僧)と貧乏長屋に暮らしをする喜八(坂本武)は、寄席帰りのある日、失業して行くあてのない若い娘(伏見信子)と出会い、行きつけの食堂の女主人(飯田蝶子)に頼んで、娘に食堂での住み込みの働き口を世話する。喜八は、その娘に惚れるが、年の差を考えて口には出せず、一方、娘は喜八の隣に住むビール工場の同僚の青年(大日方傳)に気があり、しかし、青年は喜八への義理立てから娘に冷たく当たり、3人はギクシャクした関係になる―。
小津安二郎監督の1933(昭和8)年の無声映画作品で、前年の「生れてはみたけれど」で社長役をやっていた坂本武が、あたかも「寅さん」の 原点はここにあるのではないかと思わせるような、若い娘に恋慕する下町のオジさんを演じています。
話の方は、喜八は娘の想いの相手が同僚の青年と知って気落ちするが、複雑な心境ながらも娘と青年の結婚話を進めるために一肌脱ごうとし、逆に青年と意地を張り合うことに。事が旨く運ばず、ヤケ酒に浸って仕事にも行かない喜八を、息子は父の顔を何度も叩いてなじるが、そんな中その息子が病気になり、回復したものの医者代が工面できない。その窮状を知った青年が、北海道に行って"蟹工船"(開拓民船?)に乗り込み金を工面しようと考えるが、そのことを知った喜八は青年を殴り倒して、代わりに北海道行きの船に乗り込む―。
ベースは暗い話なのですが、合間々々にユーモラスな表現を織り込んで、コメディタッチにしているのは、「浮草物語」などと同じです。ただ、ラストはあまりに軽かったかなあ(手拭を頭に乗せて温泉気分?)。北海道行きの船に乗り込んだのが"出来ごころ"だったということなのでしょうが、一旦は青年を殴り倒してまでそうしたわけで、息子を想う気持ちが北海道行きをやめた理由ならば、北海道行きを決めた理由も同じだったはずで、自家撞着を生じている?
北海道行きを決めた理由は「娘に対する自分の想い」の喜八ならではの美意識の発露ともとれ、また、友情も絡んでいると思われますが、それと、息子の傍にいてやりたいという気持ちはまた別なのか、あるいは、結局は、最後のそれが一番喜八にとって大事なことだったのか。
るとのことだが)。因みに、息子の富夫という役名は突貫小僧の本名(青木富夫)から取っています。
新文芸坐で、澤登翠氏門下の片岡一郎氏の活弁で上映していましたが行けず、松田春翠の活弁付きビデオで鑑賞しました(片岡一郎氏は松田春翠の孫弟子ということになる)。娘役の伏見信子(1915- )はいかにも戦前の清楚な美人スターという感じでこの作品でその人気を不動のものとしています。また、ちょっと阿部寛に似た大日方傳(1907-1980/享年73)の一見ニヒルだが内に熱いものを秘めた青年も良かったですが、突貫小僧(青木富夫)の天才子役ぶりが発揮された作品でもあったように思いました。笠智衆が喜八と船で乗り合わせる人夫としてノンクレジットで出演しています(1933(昭和8)年度・第10回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)。 
「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小

僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)


良一(菅原秀雄)、啓二(突貫小僧)兄弟のサラリーマンの父(斎藤達雄)は、会社の重役・岩崎(坂本武)の家の近くに引っ越して出世のチャンスを窺うようなヒラメ男だが、兄弟の前では厳格に振舞っている。一方、兄弟は転校するなり地元の悪ガキグループと喧嘩し、憂鬱になって学校をサボるが、父にばれて大目玉を喰う。悪ガキグループと和解した兄弟は、やがてグループ内で台頭し、岩崎の息子も子分にしてしまう。ある日、「うちの父ちゃんが一番偉い」という自慢話が出るが、兄弟も自分の父親が一番偉いと信じて疑わなかった。ところが、岩崎の家で観た16ミリフィルムの中に写っていた父は、重役の前でモノマネをしてご機嫌伺いをしていた―。
タイトルからサラリーマン映画だと思われているフシもありますが(広い意味ではそうかもしれないが)、前半部分は殆ど子供たち同士の世界を描いていて、これがなかなか微笑ましく(小津安二郎(1903‐1963)って子供を撮るのがこんなに上手だったのだ)、ほのぼのとした、小津らしいゆったりとしたテンポで進みます。
それが重役宅での映写会で、映し出されたフィルム映像に父親の上司にへつらう姿を見たことを契機に、父親に幻滅した兄弟らの父親に対する抵抗が始まり、「なぜ重役は偉いのか」「父ちゃんはなぜ重役になれないのか」と父親を問い詰めますが、これには父親の方もキレて怒りを爆発させ、母親(吉川満子)は部屋に籠ってウィスキーを煽る夫を諫める―(う~ん、一気に重たいムードになるなあ)。
サラリーマンである父の会社の中での媚びへつらいは、この2つの領域の狭間でのアイデンティの分裂を示していると―(これを「映画内『映画』という手法でみせている小津の巧みさ!)。それを目の当たりに見てしまった子どもの心理的ギャップは、通常は父親の私的領域と公的領域が分離されているため見ることのなかったものが、突如として目の前に露わになったことによるものであるということでしょう。
「生まれてはみたけれど、一生押さえつけられて生きるのか」―観ている側には父親の心情もよく解るだけに、その日の夜、父親が寝ている兄弟の顔を覗き込みながら「俺のようなヤクザな会社員になんかなるなよ」と語りかける場面は泣かせますが、その気持ちは子供には伝わらず、子供達はハンガーストライキみたいなことまでして暫く抵抗を続けます。
昭和初期のサラリーマン家庭の暮らしぶりなどが窺えるのが興味深いです。"郊外"に引っ越したその"郊外"というのは、東急池上線沿線でロケをしたそうで(映画の中で何度か列車や線路が登場する)、周りに何も無くて、"郊外"と言っても、今の基準でみれば"田舎"だなあとか、上司の引っ越しに部下が駆り出されるというのは昭和の中頃まであったのではないかなあとか、いろいろ考えさせれます(自分の会社の重役に新居の入口に掲げる表札の文字を揮毫してもらうというのには、さすがに時代を感じたが)。
元々は無声映画ですが、自分が観たビデオ版は松田春翠(1925‐1987)による「活弁」付きで、お陰で無声映画を観ているという感覚がありませんでした(収録は昭和30年代か。最近では、松田春翠門下の女性活弁士・澤登翠(さわとみどり)氏が小津作品の活弁をライブでやっている)。

大人の社会と子供の世界は別であって、子供の自由な世界観が大人の不自由な世界観によって歪められてはならない―といったテーマ解説までしてしまっているものだからそれ以上突っ込みようがなく、小津の後期作品に比べて取り上げられることが少ないのかな。
「大人の繪本 生れてはみたけれど」●制作年:1932年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:90分●出演:斎藤達雄/吉川満子/菅原秀雄/突貫小僧/坂本武/早見照代/加藤清一/小藤田正一/西村青児/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1932/06●配給:松竹蒲田(評価:★★★★)




北海道から東北の山間の小学校へ転校してきた5年生の少年・高田三郎(片山明彦)に、地元の子供達は、転校してきた日が二百十日であったため「風の又三郎」という綽名を付ける。新参者に興味を示し、一緒に遊んだりしながらも距離を置く子供達―ある日、ガキ大将の一郎(大泉滉)が相撲を挑み、三郎少年は投げ飛ばされてしまう。調子に乗ったガキ大将が「くやしかったら風を呼んでみろ」とからかった直後、本当に大風が吹き、台風が来襲する。そして、その翌日、彼は別の学校へ転校していったため、子供達は少年が本物の「風の又三郎」だったのだと確信する―。
宮澤賢治(1896‐1933)による原作は、作者没後の1934(昭和9)年に発表されたもので、大正年中に書いたものをコラージュして1931(昭和6)年から1933(昭和8)年の間に成ったものとされており、これまで何度か映画化されていますが、最初に映画化された島耕二(1901‐1986)監督のこの作品が、最も原作の雰囲気を伝えているとされているようです。
前半部分は野山を廻って遊ぶ子供達を生き生きと描いた野外シーンが殆どで、そうした中、子供達は三郎(片山明彦)との距離を狭めたり(子供達が三郎少年を守ろうとする場面もある)、また遠ざけたりを繰り返します。
最初、教師が詰襟っぽい制服姿で出てきたので、時代設定を映画制作時の昭和15年に置き換えたのかと思いましたが、そうではなく原作通りでした(学校も藁ぶき屋根! 但し「分校」なのだが)。洋服の三郎少年に対し地元の子供達は着物姿であるため、映像で観るとよりその対比が際立ち、冒頭で既に三郎少年と子供達は一つになることはないような予感がしてしまいました。実際に原作も、子供達が自らのコミュニティ(「地元の子供」という1つの村社会)で結束して部外者を排除したプロセスを描
いたととれなくもありません(その場合「又三郎」そのものに"魔的"な意味合いが加味される)。

出ています。一方で、嘉助が霧の中で迷って昏倒した際に、三郎少年がガラスのマントを着て空を飛ぶ姿を見る場面で、「ガラスのマント」が濡れたビニールにしか見えなかったりもしますが、とにかく特撮からアニメまで駆使して頑張ってるなあという感じ。

最も原作と異なると感じたのは、原作は、三郎少年は「風の又三郎」だったかも知れない的な、子供達の心象に沿った捉え方も出来る終わり方をしていますが、映画では、例えば、「風を呼んでみろ」と言われた時に三郎少年がちらっと空模様を窺ったりする演出があるなど(『三国志』吉川英治版「諸葛孔明」か)、彼が「風の又三郎」ではないことをはっきりさせている点でしょうか(言わば単なる頭のいい子に過ぎない)。

三郎少年を演じた片山明彦(1926-2014/享年86)は島耕二監督の実子、子供達のリーダーで学校で唯一の6年生の一郎を演じているのは大泉滉(1925‐1998/享年73)、そのほか、嘉助の姉(原作には出てこない)役で風見章子(1921‐2016/享年95)が出演しています。
![風の又三郎 [VHS]500_.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E5%8F%88%E4%B8%89%E9%83%8E%20%5BVHS%5D500_.jpg)
『



寛永18年、肥後熊本の城主・細川忠利が逝去し、生前より主の許しを受け殉死した者が18名に及んだが、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対しては、家中の者の見る眼が変わり、結局彼は息子達の目の前で切腹して果て、更に先君の一周忌には、長男・権兵衛(橘小三郎)がこれに抗議する行動を起こし非礼として縛り首となり、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は、主君への謀反人として討たれることになる―。
熊谷久虎(1904‐1986)監督により1938年に映画化されていますが(このほかに深作欣二(1930‐2003)監督も1995年にテレビ映画化している)、黒
澤明監督が演出の手本にしたという熊谷久虎作品はたいへん判り易いもので、但し、判り易すぎると言うか、弥一右衛門のことを噂する家中の者の口ぶりは、サラリーマンの職場でのヒソヒソ話と変わらなかったりして(親近感は覚えるけれど)、小説の中でも触れられている犬飼いの五助の殉死や、小心者の畑十太夫などについても、コミカルで現代的なタッチで描かれています(この辺りで残酷な場面はない)。
一方、登場人物中で殉死に唯一懐疑的な隣家の女中・お咲(堤真佐子)と、彼女と親しい仲間多助(市川莚司)は映画オリジナルのキャラであり、市川莚司(後の加東大介)の主君の追い腹を切ろうとしてもいざとなるとビビって切れないという演技もまたコミカルでした。


「阿部一族」●制作年:1938年●監督:熊谷久虎●製作:東宝/前進座●脚本:熊谷久虎/安達伸男●撮影:鈴木博●音楽:深井史郎/P・C・L管絃楽団●原作:森鷗外「阿部一族」●時間:106分●出演:中村翫右衛門/河原崎長十郎/市川笑太郎/橘小三郎/山岸しづ江/堤真



江戸の伊達家の大名屋敷に着任した赤西蠣太(片岡千恵蔵)は、風采が上がらず胃弱のお人好し侍だが、実は彼は、江戸にいる伊達兵部(瀬川路三郎)と原田甲斐(片岡千恵蔵・二役)による藩転覆の陰謀の証拠を掴むという密命を帯びて送られてきた間者(スパイ)であり、彼の目的は、同じく間者として送り込まれていた青鮫鱒次郎(原健作)と集めた様々な証拠を、無事に国許へ持ち帰ることだった。江戸藩邸を出奔する理由として蠣太らは、蠣太が邸内随一の美人である小波(毛利峯子)に落とし文をして袖にされ、面目を保てなくなったというストーリーを練る―。
原作は、伊達騒動に材を得た志賀直哉が1918(大正7)年9月に『新小説』に発表した時代小説で、志賀直哉が生涯において書いた時代小説はこの作品だけだそうですが、伊丹万作が二枚目役者・片岡千恵蔵に醜男・赤西蠣太の役を配して、ユーモラスな作品に仕上げています。
角川文庫、新潮文庫、ちくま文庫などに収められいる原作は20ページほどの小品ですが、それが1時間半近い作品になっているわけで、蠣太と隣人との武士の迷い猫の押し付け合いや、なかなかラブレターがうまく書けない蠣太の様子などのユーモラスなリフレインを入れて多少は時間を稼いでいるものの(それらも赤西蠣太の人柄を表すうえで無駄な付け加えという風には感じない)、概ね原作に忠実に作られていると見てよく、ある意味、志賀直哉の文体が、如何に簡潔で圧縮度が高いものであるかを示していることにもなっているように思えました。
赤西蠣太(実は偽名)の名は原題通りですが、原作における「銀鮫鱒次郎」が原健作が演じる「青鮫(蒼ざめ?)鱒次郎」になっているほか、志村喬が演じる「角又鱈之進」など、主要な登場人物の名前に魚編の文字を入れるなどして、原作の"遊び"を更に増幅させています(意外なことに蠣太に恋心を抱いていたことが判明する「小波」(ささなみ)は、原作では「小江」(さざえ)。何だか"磯野家"みたいになってしまうけれど、同じ海関係なのでこのまま使っても良かったのでは?)。

しかし、この映画の白眉とも言える最大の"遊び"は、謀反の黒幕である原田甲斐(山本周五郎の『樅の木は残った』ではこの人物に新解釈を加えているが、この作品では型通りの「悪役」として描かれている)、つまり主人公にとってのある種「敵役」を演じているのもまた片岡千恵蔵その人であるということです。当時の映画作りにおいて一人二役はそれほど珍しいことではないですが、これはよく出来ている!
"赤西蠣太"としての演技が、同僚の下級武士の演技より一段とすっとぼけた現代的なサラリーマンのような感じであるのに対し(千恵蔵の演技だけ見ていると、とても戦前の作品とは思えない)、"原田甲斐"としての台詞は、官僚的な上級武士の中でも目立って大時代的な歌舞伎調の文
語になっているという、この対比が面白いと言うか、見事と言っていいくらいです。事前の予備知識がなければ、同じ役者が演じているとは絶対に気づかないかも。因みに片岡千恵蔵は、2年後の「
原作は、伊達騒動の経緯自体は僅か1行半で済ませていますが、映画では、当時から見ても更に時代の旧い無声映画風のコマ落とし的描写で早送りしていて、伊達騒動自体は周知のこととして細かく触れていないという点でも原作に忠実です。
一方で、「蠣太と小江との恋がどうなったかが書けるといいが、昔の事で今は調べられない。それはわからず了いである」として原作は終わっていますが、映画では、蠣太が"小波"の実家を訪ね、結婚行進曲(作中にもショパンのピアノ曲などが使われている)が流れるところで終わるという、微笑ましいエンディングになっています。
「赤西蠣太」●制作年:1936年●監督・脚本:伊丹万作●製作:片岡千恵蔵プロダクション●撮影:漆山裕茂●音楽:高橋半●原作:志賀直哉「赤西蠣太」●時間:84分●出演:片岡千恵蔵/杉
山昌三九/



劇作家の芝野新作(渡辺篤)は、「上演料500円」の大仕事を受け、静かな環境で集中して台本を書くため、郊外の住宅地で借家を探し歩いていた。そのうち路上で写生をしていた画家(横尾泥海男)と言い争いになり、それを銭湯帰りの隣の「マダム」こと山川滝子(伊達里子)が仲裁する。妻・絹代(田中絹代)や2人の子供とともに新居に越してきた新作だったが、仕事に取りかかろうとするたびに、野良猫の鳴き声や、薬売りなどに邪魔をされ、何日も仕事がはかどらない。ある日、隣家でパーティーが開かれ、ジャズの演奏が始まった。新作はたまらず隣家に乗り込むが、応対したのはかつての「マダム」だった。マダムは自身がジャズ・バンドの歌手であることを明かし、音楽家仲間を紹介した。新作は言われるままに隣家に上がり、酒をすすめられ、とも
に歌った。その頃、絹代は窓越しに隣家の様子を見ていた。「ブロードウェイ・メロディー」を口ずさみながら上機嫌で帰宅した新作を絹代は叱りつけ、嫉妬心からミシンの音を立て始め、果てには「洋服を買ってちょうだい」とねだる。新作はそんな絹代に取り合おうとせず、「上演料500円。不言実行」と告げて机に向かう。数日後。芝野家は、百貨店から自宅へ戻る道を歩いていた。住宅の新築工事や、空を飛ぶ飛行機をながめながら談笑し、一家はささやかな幸福を噛みしめる。そのうち「マダム」宅から「私の青空」のメロディが流れ、一家は口ずさみながら家路につく―。
1931(昭和6)年公開の五所平之助監督作で、松竹キネマ製作(松竹キネマ蒲田撮影所撮影)の日本初の本格的トーキー映画。全編同時録音で撮影され、カットの変わり目で音が途切れぬよう、3台のカメラを同時に回して撮影されており、1931年度の「キネマ旬報ベストテン」で第1位作品です。
小津安二郎監督の 「
「マダムと女房」●制作年:1931年●監督:五所平之助●脚本:北村小松●撮影:水谷至宏/星野斉/山田吉男●時間:56分●出演:渡辺篤/田中絹代/市村美津子/伊達里子/横尾泥海男/吉谷久雄/月田一郎/日守新一/小林十九二/関時男/坂本武/井上雪子●公開:1931/08●配給:松竹キネマ●最初に観た場所:神保町シアター(24-02-27)(評価:★★★☆)