【2513】 △ 斎藤 寅次郎 「エノケンの法界坊 (1938/06 東宝東京) ★★★

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本来は星4つクラスだと思うが、状態の悪い不完全版でしか残っていないのが残念。

エノケンの法界坊 vhs.jpgエノケンの法界坊 .jpg
「エノケンの法界坊」VHS
下:「大鐵ニュース会館」(昭和13年)
エノケンの法界坊63.jpg 永楽屋の女将おらく(英百合子)は大の骨董好きで、お宝掛け軸"鯉魚の一軸"を手に入れるために、手代の要助(小笠原章二郎)に捜させていた。偶々それを持っていることが判った大坂屋・源右衛門(中村是好)が親子ほエノケンの法界坊1.jpgどに年齢の違う自分の娘のおくみ(宏川光子)に惚れていることを知って、その気を引くために源右衛門に娘を嫁がせる素振りをみせるが、おくみは実は要助と相思相愛の仲だった。源兵衛がおくみとの結エノケンの法界坊2.jpg婚を迫る一方、永楽屋の番頭の長九郎(如月寛多)もおくみに気があり、機会を画策する。更には、鐘楼寄進を名目に布施を集めては懐に入れていた破戒坊主の法界坊(榎本健一)までがおくみにぞっこんとなり、この恋愛合戦は四つ巴の様相を呈す。法界坊は長エノケンの法界坊4.jpg九郎にそそのかされて掛け軸を盗み出すが、源右衛門から掛け軸奪回の依頼を受けた長九郎が源右衛門を裏切って殺し、要助と共に法界坊の住処に行って今度は法界坊を刺し殺し、掛け軸を奪い返した要助も川に突き落とす。要助が死んでいまったと思ったおくみは、泣く泣く長九郎と祝言を挙げることになるが、そこへ幽霊となった法界坊が現われ、長九郎の悪事を暴き、そんな所に九死に一生を得た要助も戻って来る。幽霊の法界坊は、おくみと要助の婚礼を執り行なう事、自分の供養のために寺に鐘を寄贈する事をおくみたちに頼むと姿を消す―。

エノケンの法界坊0.jpg 1938(昭和13)年公開の斎藤寅次郎(1905-82)監督の東宝移籍第一回監督作品で、オリジナルが74分、現存するフィルムが53分です。一部ミュージカル風で、前半、要介がおくみに恋歌を唄っていたと思ったら、いつの間にかおくみが行方不明になって、実はエノケンの法界坊の住処に身を寄せていたなど、話が繋がらない部分がありますが、全体としてはそれほど欠落の影響は無かったでしょうか。

 元の話は歌舞伎の「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)」、所謂「法界坊」から取っていますが、歌舞伎では法界坊は最後までワルで、ライバルを殺しておくみを手籠めにしようとしてその母親に殺され、幽霊になって出てきた後もおくみと要助を苛むことになっている一方、こちらのエノケンの法界坊は、生前は破戒坊主だったのが、幽霊になってからころっといい人になっています。

エノケンの法界坊5.jpg エノケンは、幽霊になってからの方がナンセンスギャグの連発で面白かったです。幽霊になってから自分の行いを反省しているのは、自身が言うように、三途の川で追い返されたからでしょうか。その割には、プロローグで、完成した鐘の完成式でおくみ、要助らが見守る中、僧侶が鐘を鳴らすと鐘の中から法界坊が落ちて来て尻餅をつき、慌ててまた元の鐘の中へ...(まだしつこく成仏してなかった?)。脇を固める源右衛門役の中村是好はいつもながら、この作品では源右衛門を上回るワルの長九郎を演じた如月寛多も良く、ワルかった分だけ幽霊の法界坊にビビりまくる様がお可笑しいです。

 前半で要介がおくみに唄っていた歌のフシは、「モダン・タイムズ」('36年)でチャップリンがキャバレーでインチキ外国語で歌っていた「ティティーナ」(1920年代ぐらいにフランスで作られた元歌をチャップリンが編曲したもの)に日本語歌詞をつけたもので(歌詞にある、エノケンも使った「柘榴のようなその唇」という表現は今日ではぴんと来ないが、当時は巷でよく使われていたのなのか?)、「モダン・タイムズ」の日本公開が1938年2月、この映画の公開が同年の6月ですから、良く言えば新しいものに敏感、別な見方をすれば素早いパクリぶりと言えるかも。ラストの方のおくみと要助の婚礼場面でも、エノケンがワーグナーの「(ローエングリンの)結婚行進曲」に「高砂や~」の歌詞をつけて歌っているのがモダンです(但しこの曲は、この作品の2年前の伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年/日活)のラストで、志賀直哉の原作をアレンジした主人公の赤西蠣太と小波(さざなみ)が向かい合う場面でも流れていた)。

エノケンの法界坊001.jpg エノケンの映画は戦前のものの方が出来がいいと言われますが、この映画などもその代表格なのかも。この映画について天野祐吉(1933年生まれ)、筒井康隆(1934年生まれ)、筈見有弘(1937年生まれ)の各氏らが書いているものを読んだことがありますが何れもべた褒めで、但し、最初の方のエノケンの「ナムアミダーブツ」という歌がもっと長かったのではないかとか。この人たちは、小学生の頃にリバイバルで観ているようですが、その頃は完全版だったのだろなあ。

 個人的には、欠落部分があることもさることながら、フィルムの保存状態が良くないことが気になりました。「喜劇の神様」とまで言われた斎藤寅次郎監督ですが、山本嘉次郎監督などに比べるとアクションシーンがあまり得意でないのか、格闘シーンなどが何をやっているのか一層分かり辛いし、小林信彦氏の『日本の喜劇人』('82年/新潮文庫)によると、エノケン本人もこの作品を失敗作と言っていたそうです(アクションが少ないことに不満があったのでは)。

エノケンの法界坊  s.jpg 故・筈見有弘は、「この映画がかなり状態の悪い不完全版でしか残っていないらしいのは残念だ」(『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫ビジュアル版))と書いており、「らしい」というのは、自分が観た時はそうではなかったということなのでしょう。完全版を観たことがある人には、やはり欠損部分があるのが気になるのかもしれません。一応、星3つの評価としましたが、完全版で画質が良ければ、おそらく星4つ以上の評価だったと思います。

エノケンの法界坊[短縮版].jpg「エノケンの法界坊」●制作年:1938年●監督:斎藤寅次郎●脚本:和田五雄/小川正記/小国英雄●撮影:鈴木博●音楽:栗原重一●時間:74分(現存53分)●出演:榎本健一/宏川光子/小笠原章二郎/柳田貞一/中村是好/如月寛多/英百合子●公開:1938/06●配給:東宝東京(評価:★★★)

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