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当事者性問題を超えた力や巧みさがあった。ラストは評価が分かれるか。

市川沙央 氏
『ハンチバック』
2023(平成5)年・第128回「文學界新人賞」、2023(平成5)年上半期・第169回「芥川賞」受賞作。
井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。両親が終の棲家として遺したグループホームの、10畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、Twitterの零細アカウントで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」とつぶやく。幼少期に「背骨の曲がらない正しい設計図に則った人生」の道から外れた釈華は、「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」だと思う。釈華のもとには、ヘルパーが訪れていた。両親の配慮で、入浴介護は必ず同性のヘルパーが付き添うようにしていたが、コロナ禍の中どうしても人員調整ができず、釈華の了承のもと男性ヘルパーの田中が来るようになった。入浴介護は何事もなく終わったが、その後、急に田中から、釈華が運用しているTwitterの話題をされる。田中は釈華のTwitterアカウントを特定していたのだ。釈華の中絶への興味を知った田中は、そこから思わぬ行動に出て―。
先天性ミオパチーによる側弯症の主人公は、作者も同様の境遇であり、当事者ということになります。選考員会での圧倒的な推挙を経ての芥川賞受賞です。特に、平野啓一郎、吉田修一、山田詠美、川上弘美の4氏が推しましたが、9人の選考委員の内これだけ◎評価の人がいれば、まあ「決まり!」という感じでしょう。実際、芥川賞受賞作にしては珍しく(笑)読ませる作品でした。
選評で平野啓一郎氏は「難病当事者としての実人生が色濃く反映された作品だが、健常者優位主義の社会が『政治的に正しい』と信じる多様性に無事に包摂されることを願う、という態度とは根本的に異なり、障害者の立場から社会の欺瞞を批評し、解体して、再構成を促すような挑発に満ちている」とし(◎積極的賛成)、島田雅彦氏は「露悪を突き抜け、独特のヒューモアを醸し出し、悟りの境地にさえ達している」と評しています(○賛成)。一方、松浦寿輝氏は「フェラチオの挿話をはじめ、複雑な層をなしているはずの主人公の心象の、いちばん激しい部分を極端に誇張する露悪的な表現の連鎖には辟易としなくもない」とも(□消極的賛成)。
こうした選評で少し気になるのは、「当事者小説」であることがどれぐらい議論されたかということですが、選委委員の最終的なコメントを見ると、そのあたりの議論はスルーされている印象も受けます。そうした当事者性問題を超えた力や巧みさがあったということでしょう。その点は個人的に異論は無いのですが、この作品に賞を与えるということが先に決まって、そのためにその議論を意図的にねぐってしまったような気がしなくもないです。
作者が、「(障害の)当事者の作家がいなかったことを問題視してこの小説を書いた」とし、訴えたかったのは「障害者の場合、文化環境も教育環境も遅れている」ということだとして、「障害の当事者作家」と呼ばれること厭わないという態度表明をしていたことも影響があったのでは、という気もします。
また、「文學界新人賞」の選考では、ラストシーンについて意見が別れたようで、どちらかというと否定的な意見が目立っていました。村田沙耶香氏は「この部分がなければもっとよかったという気持ちと、この部分がないこの小説に対して読み手が感じる良さはあまりに傲慢なのではないかという気持ち、両方に襲われ、何度読み返しても意見はまとまらなかった」とし、中村文則氏も「本編にあった明確な強度に対し、このわかりにくいラストでは合っていないと感じた」と。他の委員である金原ひとみ、青山七恵、阿部和重の3氏も、ラストには否定的な見解を述べています。
普通、こうした話は、主人公が夢想するまでで、「そこから先」は行かないものが文芸小説では多い気がするのですが、この作品は「そこから先」に行っているところが衝撃的でした。一方で、ラストの部分は、これはやはり主人公のイマジネーションの世界なのでしょう。個人的には、ちょっと"戻ってしまった"感がありました。この部分を、主人公のさらなる"前進"と解するか、主人公の書く18禁TL小説の単なる延長に過ぎないと解するかで、評価が分かれるもしれません。個人的には露悪的な表現は気にならず(むしろ痛快)、このラストの曖昧さゆえに◎にしませんでした。
【2025年文庫化[文春文庫]】


佐藤厚志氏/井戸川射子氏
厄災から12年が経った阿武隈川下流域の町・亘理町。一人親方として造園業を営む坂井祐治は、厄災の2年後に妻・晴美を病気で亡くし、再婚した妻・知加子は流産を経て自分から離れていき、今は自分と会うことを頑なに拒絶している。現在は母・和子と最初の妻との間の息子・啓太との3人暮らし。その息子は12歳、小学校6年生になった。時折甦る生々しい震災の記憶、いつまた暴れるかもしれない海と巨大な防潮堤、建物がなくなった広大な荒地。そして、亡くなった妻の幻影―「(荒地の家族」)。




2022(平成4)年上半期・第167回「芥川賞」受賞作(「群像」2022年1月号掲載)。
ところで、山田詠美氏の評に出てくる「猛禽」キャラとはどのようなキャラクタなのか? これは、瀧波ユカリ氏の漫画『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)にたびたび現れる「猛禽」というキャラクタラベルであり、主人公の江古田らによれば「走ればころび、ハリウッド映画で泣き、寝顔がかわゆく、乳がでかい」(第1巻5頁)という、世の男性にとって魅力的な諸特徴を備えた一種の「娘」キャラで、「狙った獲物(男性)は決して逃がさない」(第1巻5頁)というところから、鷲や鷹などの猛禽類に喩えられてこの名が付いているそうな。






比較文学者で辛口批評で知られる小谷野敦氏がその著書『

表題作「鍋の中」は、「文學界」昭和62年5月号に発表されたもので、黒澤明監督の「八月の狂詩曲(ラプソディー)」('91年/松竹)の原作としても知られていますが、映画が「反核」「反戦」のメッセージが色濃かったのに対し、原則の方はフォークロア的な雰囲気が強く、映画にはない、主人公の出生の謎などのモチーフもあって、映画とは別物と言えば別物ものでした(作者はこの映画化作品に不満だったそうで、「別冊文藝春秋1991年夏号」に、「
当時の芥川賞違考委員の一人、吉行淳之介は、「予想を上まわる力を見せた」と絶賛し、「登場してくる人物も風物も、そして細部もすべていきいきしている」と評しています(単行本帯に選評あり)。同じく日野啓三は「話の運びの計算されたしなやかさ、文章のとぼけたようなユーモア」に感心していて、自分も読んでそれを感じ、芥川賞受賞作としての水準を満たしているように思いました。この回から女流作家として初めて選考委員に加わった大庭みな子、河野多恵子委員も推して、9人の選考員の中で否定的な意見はほとんどなく、すんなり受賞が決まったという感じです。




「おらおらでひとりいぐも」は2017(平成29)年・第54回「文藝賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。芥川賞選考では、選考委員9人のうち5人が強く推して、積極消極のニュアンスの差はありながら、選考委員のほぼ全員がこれに票を投じたとのことで"圧勝"という感じです。72歳の女性の内面を描いて巧みと言うか、選考委員が推すのも納得という感じで、ある種、ブレークスルー小説になっているのも良かったです。最初は主人公と同じくらいの年齢の人が書いたのかと思いましたが、作者の受賞時の年齢は63歳とのことで、主人公よりやや若く、全部計算して書いていることが窺えます。そのことから、橋本治氏の近作『九十八歳になった私』('18年/講談社)と同じような技法を感じました。「敬老の日」を前に総務省が今日['18年9月16日]に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口の総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えたそうです。超高齢化社会ということで、こうした小説("独居老人小説"?)がこれからどんどん出て来るのでしょうか。





文藝春秋の雑誌「文學界」2015年2月号に掲載された、現役お笑い芸人"ピース・又吉"の純文学小説ですが、デビュー作で芥川賞受賞というのもスゴイなあ(あの石原慎太郎の「
面白かったことは面白かったけれども、終盤に神谷に豊胸手術をさせたのはどうしてなのでしょう。もう神谷のキャラに十分驚かされたのに、作者はまだ足りないと思ったのでしょうか。芥川賞受賞に反対した高樹のぶ子氏も、反対理由を、「優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ」としています。作者は、神谷を壊れゆくキャラとして描いたのでしょうか。
それでも、個人的には星4つ(○)で、終盤の豊胸手術がなければ◎でした。神谷に目が行きがちですが、小川洋子氏が、「『火花』の語り手が私は好きだ」「他人を無条件に丸ごと肯定できる彼だからこそ、天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在をここまで深く掘り下げられたのだろう。『火花』の成功は、神谷ではなく、"僕"を見事に描き出した点にある」としているのは、穿った見方だと思いました。メンターの描かれ方もさることながら、メンティのそれ方が決め手になっているということでしょう。ラストに不満があっても△ではなく○になる理由は、根底に小川洋子氏が指摘するような面があるためかもしれないと思いました。
板尾創路 監督「火花」2017年11月 全国東宝系公開。




作品が世間で話題になったのは、裕福な家庭で育った若者の無軌道な生活を描いたものであり、また、当時としては"奔放な"性描写が含まれていたこともあるかと思いますが、今読むと、それほど過激でもないという印象です(その分、先の時代を予言していたと言えなくもないが)。'56年に長門裕之、南田洋子主演で映画化されたものも(あまり印象に残ってないが)おとなしい内容だったのではなかったでしょうか(石原裕次郎が脇役で映画初出演、兄・慎太郎もチョイ役で出てる)。「
齋藤美奈子風に言えば、女性が予期せぬ妊娠をすることで男性が悩むという"妊娠小説"ということになるのでしょう。齋藤氏によれば、この"妊娠小説"の典型例が森鴎外の『舞姫』であり、村上春樹の『風の歌を聴け』などもそうであるとのことで、日本の小説の伝統的(?)流れとして綿々と連なっているのだなあと思わされますが、その中でも戦後日本文学の代表作的位置づけにあるのが、この「太陽の季節」ではないかと思います。
素材としては、作者自身の体験ではなく、作者が弟の石原裕次郎から聞いた話が題材になっているそうですが、兄・慎太郎の方は弟・裕次郎よりずっと神経質そうな感じがします。当時ほとんど他の作家の作品などは読んでいなかったと公言していたとは言え、気質的にはどことなく神経質な文学者気質が感じられます("しばたき"に象徴されている)。政界に進出するなどし、無理して強気の姿勢を表に出し続けて何十年、結果として、ああいう豪放磊落なオモテと多感多情なウラを併せ持ったキャラになったのではないでしょうか。




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小栗康平監督による映画化作品「泥の河」('81年)はよく知られていますが、「螢川」も1987年に須川栄三(1930-1998/享年68)監督におって映画化されています。須川栄三監督は1953年、東京大学経済学部を卒業し東宝に入社、どちらかというと「野獣死すべし」('59年)のようなハードボイルド・タッチの作品を得意としており、文芸作品というイメージはそれほど無かったのではないでしょうか。ただ、この作品は俳優陣がしっかりしており、三國連太郎の重竜、十朱幸代の千代も良く(十朱幸代はやや綺麗すぎか)、奈良岡朋子(泣かせる演技!)、大滝秀治、殿山泰司らが脇をしっかり支え、子役の演技も悪くなかったです(英子役は前年に歌手デビューした沢田玉恵で、歌も演技も高い評価を得ながらも映画公開時にはすでに引退していた"幻のアイドル")。



映画は、原作のどろどろした部分をやや抑えて、一方で、竜夫の学校生活をやや重点的に取り上げ、この年の文部省選定作品になっています。但し、教育映画風とかではなく、原作にもある話ですが、英子に思いを寄せている親友の関根圭太の死なども通して、「死」(関根・重竜)と「生(性)」(英子)というコントラストを上手く描いていたように思います。その「生(性)」の象徴である、ラストの無数の螢が乱舞するクライマックスシーンで特殊効果を担当したのが、円谷英二の最後の弟子で光学合成の匠・川北紘一であり、今でこそ「ウルトラマン」シリーズか何かを想起してしまいそうな特撮ですが、当時リアルタイムで劇場で観た人は結構圧倒されたのではないでしょうか。
奈良岡朋子
ロケ地:富山市
「螢川」●制作年:1984年●監督:須川栄三●製作:高橋松男/加藤博明●脚本:中岡京平/須川栄三●撮影:姫田真佐久●特技監督:川北紘一●音楽:篠崎正嗣●原作:宮本輝●時間:84分●出演:三國連太郎/十朱幸代/坂詰貴之/沢田玉恵/川谷拓三/奈良岡朋子/大滝秀治/河原崎長一郎/寺泉憲/殿山泰司/利根川龍二/早川勝也/粟津號/江幡高志/小林トシ江/斉藤林子/岩倉高子/伊藤敏博/飯島大介/勇静華●公開:1987/02●配給:松竹(評価★★★★) 


いうことでいいと思いますね。川上弘美が何か意味付けをしようとしていたけれど、意味付けなんてしない方がいい」と言っていて、そんなものかもしれないなあと。




2016年映画化「何者」(東宝)
第147回「直木賞」「芥川賞」受賞の







川上未映子 氏






安部 公房 (1924-1993/享年68)
1951(昭和26)年に刊行された『壁』は、「S・カルマ氏の犯罪」「バベルの塔の狸」「赤い繭」の3部の中篇から成り、「赤い繭」は更に「赤い繭」「魔法のチョーク」など4つの短篇から成るという構成。この中ではやはり、主人公の「ぼく」がある朝目を覚ましたら、自分の名前を喪失していた―という出だしの「S・カルマ氏の犯罪」のインパクトが大きかったです。

【1954年文庫化[角川文庫(『壁―S.カルマ氏の犯罪・赤い繭』)]/1969年文庫化[新潮文庫]】


作者の初期の中・短編作品にはこうした生と死が対比的に描かれるものが多い一方、講談社文庫版に併収されている中篇「正午(まひる)なり」のような、ある種の帰郷小説のようなものも多く、後者のモチーフはその後の作品でもリフレインされていて、実際作者は文壇とは交わらず、都会を離れ安曇野に定住していることはよく知られている通りです。




『赤い橋の下のぬるい水』は今村昌平(1926‐2006)監督によって映画化され('01年・日活)、カンヌ映画祭にも出品されていますが、今村監督の実質的な遺作となりました。



表題作である「岬」のほか、「黄金比の朝」「浄徳寺ツアー」など3篇を収めていますが、作者の小説は郷里の紀州を舞台にしたものが多い中、表題作はまさに出身都市である新宮市を舞台に、家族と共に土方仕事をしながら、逃れられない血のしがらみに喘ぐ青年を描いたものです。作者は本作により、戦後生まれとしては初めての芥川賞作家となりましたが、近年の芥川賞作品に比べると、ずっと「骨太」感があると思いました。






しき大地」('82年/群狼プロ)
愛しき大地」にも出演している。そして、「さらば愛しき大地」でもいい演技をしている)が扮していて、この蟹江
敬三と、自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦を演じた沖山秀子(1945-2011)(ジャズ・ヴォーカリストでもあり、中上健次は彼女の大ファンだった)の濡れ場シーンの何と暗いこと! とにかく暗い暗い作品でしたが、その暗さを通して、青年の意志のようなものがじわーっと伝わってくる(ある意味「前向き」な)不思議な仕上がりになっていました。

)を島の区長(加藤嘉)が引き取って愛人にし、区長が亡くなった後、兄は妹を取り戻して逃避行を図るものの、息子(河原崎長一郎)を含む村人達に殴殺されてしまうというストーリーにみられるように、また、語り部によって語られる説話的な構成という点から
も、個と家族、共同体の関係性に重きを置いた作品という印象を受けました。沖山秀子の演じたのは、息子の妹で、開発業者の社員(北村和夫)に政略的に与えられる白痴の娘の役でした。
彼女が北村和夫演じる開発会社の社員を好きになったことが悲恋の結末に繋がり、最後は「岩」になってしまったという、説話または神話と呼ぶにはあまりにドロドロした話で、キネマ旬報ベストテンの'68年の第1位作品ですが、観た当時はあまり好きになれなかった作品でした(沖山秀子は良かった。と言うより、スゴかったが)。しかしながら、後に観直すうちに、だんだん良く思えるようになってきた...(抵抗力がついた?)。
因みに、沖山秀子は関西学院の女子大生時に今村昌平監督に見い出されてこの映画に出演し、これを機に今村昌平監督の愛人となり、その関係が破局した後は、カメラマン恐喝のかどで逮捕され(留置場では全裸になって男性受刑者を歓喜させ、「みんな何日も女の体を見てないからね。私はブタ箱をパラダイスにしてやったんだよ」と言ったという逸話がある)、出所後は精神病院に入院、退院後マンションの7階から投身自殺をするも未遂に終わり、「十九歳の地図」出演時の「自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦」役をほぼそのまま地で演っているというスゴさでした。(2011年3月21日死去)
「十九歳の地図」●制作年:1979年●監督・脚本:柳町光
男●製作:柳町光男/中村賢一●撮影:榊原勝己●音楽:板橋文夫●原作:中上健次「十九歳の地図」●時
間:109分●出演:本間優二/蟹江敬三/沖山秀子/山谷初男/原知佐子/西塚肇/うすみ竜/鈴木弘一/白川和子/豊川潤/友部正人/津山登志子/中島葵/川島めぐ /竹田かほり/中丸忠雄/清川虹子/柳家小三治/楠侑子●公開:1979/12●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)(評価:★★★★)●併映:「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(柳町光男) 
「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」●制作年:1976年●製作・監督:柳町光男●撮影:岩永勝敏/横山吉文/塚本公雄/杉浦誠●時間:91分●出演:ブラックエンペラー新宿支部の少年たち/本間優二●公開:1976/07●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★)●併映(1回目):「十九歳の地図」(柳町光男)●併映(1回目):「さらば愛しき大地」(柳町光男)
「神々の深き欲望」●制作年:1968年●監督:今村昌平●製作:山野井正則●脚本:今村昌平/長谷部慶司●撮影:栃沢正夫●音楽:黛敏郎●時間:175分●出演:三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/嵐寛寿郎/松井康子/原泉/浜村純/中村たつ/水島晋/北村和夫/小松方正
/殿山泰司/徳川清/石津康彦/細川ちか子/扇千景/加藤嘉/長谷川和彦●公開:1968/11●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-07-30)●2回目:池袋・新文芸坐(24-06-23)(評価:★★★★→★★★★☆)
沖山秀子 in「喜劇・女は度胸」('69年/松竹)with 渥美清
竹中労著『鞍馬天狗のおじさんは』(ちくま文庫)において、嵐寛寿郎がこの作品の撮影の過酷さを吐露している。今村が本作とは別に撮っていた映画『東シナ海』のロケで沖縄にいた嵐寛寿郎は「たったの1時間で石垣島までいける、もう1本撮りましょうや」と監督の今村に口説かれて首を縦に振ったところ、「1時間やったら、ギャラかせいでもええなあ。これが間ちがいのもとや、何が1時間ですか、南大東島まで持っていかれた。誘拐ですわゆうたら、1時間のはずが3カ月、半年、1年ちかく撮影かかりました。もうむちゃくちゃダ、暑いの何のムシ風呂でおます南大東島。」と語り、撮影に入る経緯
を語っている。また、「おまけに今村昌平、自分ばかり女抱いとる。あの沖山秀子。これが頭おかしゅうなった、ビルから跳びましたやろ。7階も上から。ほてから生命たすかった、バケモノや。」「男優かて三国連太郎、破傷風にかかって、足1本なくすところでおましたんやで。それでも、まだこりずに、ゼニもらわんと、自費でやってきよりますのや。変なのばっかり。沖山秀子、監督と毎日オメコしとる、かくし立てしまへん。」等といった告白もしており、嵐自身も何度か撮影が嫌になって逃げ出したことがあったという。この映画の出来自体は「これほど印象深い作品はおまへんな。ブルーリボンの助演男優賞とった。本番18回のおかげや。ゆうたらまあ芸術映画ダ、キネマ旬報のベストワン。娯楽作品としても立派な出来やった」と述懐している。




シングルマザーの家政婦である主人公が派遣された家には、事故の後遺症で記憶が80分しか持たないという数学博士がいて、ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる―。
映画化作品は「
「オイラーの公式」などを映画の中できちんと説明している点などは、原作のモチーフを大事にしたいと考えたのか、ある意味で思い切った選択だったと思いますが(「虚数」って高校の「数Ⅱ」で習っているはずだが殆ど忘れているなあ)、一方で、博士と浅丘ルリ子演じる義姉が薪能を観に行き、そこで博士が無意識的に義姉の手を握るシーンなど原作にない場面もあって、さらには、義姉が自分が博士の事故の原因だったこと、博士との間に出来た赤ん坊を堕したことを主人公に打ち明けるシーンなど、踏み込んだ解釈を入れている分、説明過剰になっている印象も。

映画だけ観ればそれはそれで感動するのでしょうが、原作がある種のステップ・ファミリー的な話になっているのに対し、映画は博士を巡っての義姉(浅丘ルリ子)と主人公(深津絵里)の確執と和解の話が前面に出ているように思いました(その分、ピュアな原作に比べ、ややどろっとした印象も)。原作の持ち味を十分に伝えるのが難しい作品だったかもしれないし、浅丘ルリ子という大物女優を起用したことも、映画が原作と違ってしまったことと無関係ではないと思います。
「博士の愛した数式」●制作年:2006年●監督・脚本:小泉堯史●製作:椎名保●撮影:上田正治/北澤弘之●音楽:加古隆●原作:小川洋子「博士の愛した数式」●時間:117分●出演:寺尾聰/ 深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆/浅丘ルリ子/井川比佐志●公開:2006/01●配給:アスミック・エース(評価:★★★)

モブ・ノリオ氏


読んでいて初めのうちは、目玉を剃刀で切るシーンで有名なルイス・ブニュエル監督の「アンダルシアの犬」('28年/仏)と同じ狙いかと思いました(選考委員の池澤夏樹氏も「なにしろ痛そうな話なので、ちょっとひるんだ」と言っている)。.jpg)
「アンダルシアの犬」は、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの共同脚本からなるシュールレアリズムの世界を端的に描いた実験映画ですが、女性が目を切られるシーンの他にも掌を蟻が食い破るシーンや子供が人間の手首を転がしているシーンなどショッキングな場面が続き(目を切るシーンはブニュエルの見た夢が、掌を食い破る蟻のシーンはダリの夢がもとになっているらしい)、ストーリーや表現自体に意味があるかと言えば、意味があるとも思えず(シュールレアリズムってそんなものかも)、むしろ、たかがスクリーンに映し出されているに過ぎないものに、人間の心理
がどこまで感応するかを試しているような作品に思えました(イングマール・ベルイマン監督の「
「アンダルシアの犬」●原題:UN CHIEN ANDALOU●制作年:1928年●制作国:フランス●監督・製作:ルイス・ブニュエル●脚本:ルイス・ブニュエル/サルバドール・ダリ●時間:17分●出演:ピエール・バチェフ/シモーヌ・マルイヌ/ルイス・ブニュエル/サルバドール・ダリ●公開(パリ):1929/06●最初に観た場所:アートビレッジ新宿 (79-03-02)●2回目:カトル・ド・シネマ上映会 (81-05-23)●3回目:カトル・ド・シネマ上映会 (81-09-05) (評価:★★★?)●併映:(1回目)「詩人の血」(ジャン・コクトー)/「忘れられた人々」(ルイス・ブニュエル)/(2回目):「去年マリエンバートで」(アラン・ㇾネ)/(3回目):「ワン・プラス・ワン」(ジャン=リュック・ゴダール)」
監督:蜷川幸雄
生きている実感もなく、あてもなく渋谷をふらつく19歳のルイ。ある日の訪れたクラブで赤毛のモヒカン、眉と唇にピアス、背中に龍の刺青、蛇のようなスプリット・タンを持つ「アマ」と出会い人生が一変する。アマの刺青とスプリット・タンに興味を持ったルイは、シバと呼ばれる男が施術を行なっている怪しげな店を訪ね、舌にピアスを開けた。その時感じた痛み、ピアスを拡張していく過程に恍惚を感じるルイは次第に人体改造へとのめり込んでいくことになる。「女の方が痛みに強い」「粘膜に穴を開けると失神する奴がいる」という店長のシバも全身に刺青、顔中にピアスという特異な風貌の彫り師で、自らを他人が苦しむ顔に興奮するサディストだと語った。舌にピアスを開けて数日後、ルイとルイの友人は夜道で暴力団風の男に絡まれる。それに激昂したアマは相手の男に激しく暴力を振るい、男から二本の歯を奪い取って「愛の証」だと言ってルイに手渡す。アマやシバと出会う中でルイは自身にも刺青を刻みたいという思いが強くなり、シバに依頼して背中一面に龍と麒麟の絡み合うデザインの刺青を彫ることを決めた。画竜点睛の諺に従って、「キリンと龍が飛んでいかないように」という願いを込め、ルイはシバに二匹の瞳を入れないでおいて欲しいと頼む。刺青の代償としてシバはルイに体を求め、二人は刺青を入れていくたびに体を重ねるようになる―。













表題作よりは「サイドカーに犬」の方が若干好みですが(と思ったら、表題作ではなく「サイドカーに犬」の方が2007年に根岸吉太郎監督、竹内結子・ミムラ主演で映画化された)、両方の作品とも力量を感じる一方で(特に、「サイドカー...」の女性目線へのなり切りぶりは秀逸)、芥川賞とは少し合わないような気もしました。

町田 康 氏





ちなみにこの作品は韓国で映画化されていて、DVDでも見ることができ、監督は韓国の朴哲洙 (パク・チョルス)、出演は、梁石日(ヤン・ソルギ、映画「月はどっちに出ている」('93年)、「血と骨」('04年)の原作者)、伊佐山ひろ子、柳美里の妹の柳愛里(ユウ・エリ)などです。



1999年映画化 (監督:崔洋一)


吉行 淳之介(1924--1994/享年70)
汽船会社に勤める元木英夫(30)は同僚の望月と娼家「ヴィナス」を訪れる。娼婦あけみ(25)は、空襲で家族を失い、社交喫茶のホステスを経て娼婦になったという身の上話をする。元木はあけみの体を愛撫するが、酔っていると言って途中で寝てしまう。そのことがきっかけになって、あけみの身体に異変が生じる。あけみは元木を憎む一方で、もう一度会ってみたいと考える。元木は見合いをした瑠璃子と交際を始める。瑠璃子が戦死した初恋の男のことを繰り返し語るのに、元木はかえって刺激を覚える。やがて瑠璃子は男の話をしなくなった。望月はなじみの女、「ヴィナス」の春子をモデルに写真を撮ることになる。業界誌の表紙に使うというのは嘘で、望月はカメラにフィルムを入れず、いい加減にごまかすつもりである。それを知った元木はその情景の残酷さに耐えられない思いをする。元木はその場に同席し、ポーズを取る春子をすばやく写真に納める。元木は再びあけみのもとを訪れ、春子に渡してほしいと言って写真を渡す。事情を知っていたあけみは元木のやさしさに涙を浮かべる。元木に抱かれたあけみは全身に確かな感覚を覚える。元木の汽船会社では新しい貨物船が竣工し、レセプションを開催することになった。望月のおしゃべりを聞いて、「ヴィナス」の主人や娼婦たちも会場(竣工した船の甲板)にやってくる。瑠璃子も来ており、元木に大きく手を振るが、その様子を見ていたあけみは、嫉妬のため心のバランスを失って、体を元木にぶつける。2人は船の手すりを越え、水面に落下する―。(「原色の街」初出のあらすじ(「Wikipedia」より))
因みに「原色の街」の舞台となる娼家は「隅田川東北の街」にあるとなっていて、〈吉原〉ではなく〈玉の井〉付近であることが窺え、永井荷風の『濹東綺譚』に通じるところがありますが、厳密には、空襲で焼け出された〈玉の井〉の娼館が現在の
「鳩の街通り商店街」(東向島1丁目)に移転してきた、その辺りが舞台のようです。





「松本清張一周忌特別企画・或る「小倉日記」伝」●演出:堀川とんこう●制作:堀川とんこう●脚本:金子成人●原作:松本清張●出演:松坂慶子/筒井道隆/蟹江敬三/国生さゆり/大森嘉之/佐戸井けん太/今福将雄/松村達雄/西村淳二●放映:1993/08(全1回)●放送局:TBS
