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裕福な家庭の人々の「罪」を暴いた「警部」は、「超自然の存在」という解釈が妥当では。



『夜の来訪者 (岩波文庫)』['07年]「夜の来訪者」('15年/2015/09 BBC)デヴィッド・シューリス主演
『夜の来訪者 (1952年)』
『夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)』「夜の来訪者」('54年製作・'55年公開/ガイ・ハミルトン監督)

裕福な実業家の家庭で、娘の婚約を祝う晩餐会の夜に警部を名乗る男が訪れて、ある貧しく若い女性が自殺したことを告げ、その家の人々(主人夫妻、娘、息子、娘の婚約者)全員が自殺した女性との接点を持っており、彼女に少なからず打撃を与えたことを暴いていく―。
John Boynton Priestley
1946年10月初演の、英国のジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家ジョン・ボイントン・プリーストリー(John Boynton Priestley "J. B." Priestley、1894-1984)の戯曲で(原題は"An Inspector Calls")、文庫で160ページほどであるうえに、安藤貞雄氏の新訳であり、たいへん読みやすかったです。初訳は1952年の内村直也訳の三笠書房版で、1951年10月の俳優座による三越劇場での日本初演(警部役は東野英治郎(1907‐94)に合わせて訳出されました(古本市場で入手可能)。
娘の死に自分たちは関与していないという実業家の家族たちの言い分を、「警部」が1人1人論破していく様は実に手際よく、娘や息子が自らの「罪」が招いた悲劇であることを認めたのに対し、それでも抗う主人夫婦などに、上流(中産)階級のエゴイズムや傲慢、他罰的な姿勢が窺えるのが興味深いです(最初は自罰的な態度をとっていた娘が、親に対して今度は他罰的な態度をとり始めるのも、やや皮肉っぽくもとれ、作者は家族ひっくるめて、風刺の俎上に上げているのでは)。
作品の時代背景は1912年ということですが、人間心理を突いた文学的作品であると同時に、1946年の英国にまだ残る旧社会的な考え方を照射した、社会批評的な要素もあるのではないかと思います。プリーストリーは当時、「左翼的ジャーナリスト」と見做されていたようだし、キリスト教精神の影響もみられるようです。
但し、このお話、それだけで終わるのではなく、終盤、大いなる「謎」が家族の間に生じる―つまり、家族の団欒を台無しにして帰っていったあの訪問者は、本当に警部だったのかという...。
その疑念に自分らなりの解釈を加えて、また一喜一憂する実業家夫婦。そして、何も無かったことにしようといった雰囲気になる中、ラストにシュールな「どんでん返し」―と、結末までの持って行き方が鮮やかで、「推理劇」ではありませんが(どこかで「推理小説」のジャンルに入っていたのを見た記憶があるが)確かにスリラー的な楽しみがあり、最後には読者(観客)に対しても、大いなる「謎(ミステリ)」を残しています(作品自体は、"サスペンス"とでも言うべきものか)。
その「謎」、つまり「警部」とは何者だったのかについては、2度の映画化作品での描かれ方においても、「超自然の存在」という解釈と、"予知夢"などで「先に事件を知った別の人間」という解釈とに分かれているそうですが、やはり男の存在自体を「超自然の存在」とみるのが妥当だろうなあ。
ガイ・ハミルトン監督による映画化作品('57年)はそのような解釈らしいけれど、シス・カンパニーの舞台版(演出:段田安則)はどう扱ったのかなあ(解釈抜きでも演劇としては成立するが...)。
シス・カンパニー公演「夜の来訪者」 2009年2月14日~3月15日 新宿 紀伊國屋ホール
出演・演出:段田安則/出演:高橋克実、渡辺えり、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀、梅沢昌代
(●2015年制作の英BBC版(本国放映'15年9月)が、'16年7月にAXNミステリーで放映され、DVDは輸入盤しかなかったが、'20年にアマゾンのPrime Videoで字幕版がリリースされた。グール役は「ハリー・ポッター」シリーズでルーピン教授
(狼人間)役を演じたデヴィッド・シューリス、母親役は同じく「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」('05年)でのフリーライターのスキーター役や「オペラ座の怪人」('04年)のマダム・ジリー役を演じたミランダ・リチャードソンで、そのほか、「ホビット」シリーズのケン・ ストット、TVシリーズ「ポルダーク」のカイル・ソラーなどキャストは豪華。室内劇だが、オリジナルが戯曲なので違和感がなく、俳優陣も演技力があり、原作の持ち味がよく出ていたように思った。)

「夜の来訪者」●原題:AN INSPECTOR CALLS●制作年:2015●制作国:イギリス●監督:アシュリング・ウォルシュ●製作:ジャクリーン・デービス●脚本:ジョン・B・プリーストリー/ヘレン・エドムンドソン●音楽ドミニク・シェラー●時間:87分●原作:ジョン・B・プリーストリー「夜の来訪者」●出演:ソフィー・ランドル/ルーシー・チャペル/ミランダ・リチャードソン/ケン・ストット/フィン・コール/クロエ・ピリー/カイル・ソラー/デヴィッド・シューリス/ゲイリー・デイヴィス●日本放送:2016/07●放送局:AXNミステリー(評価:★★★★)
【1952年文庫化[三笠文庫]/1955年新書化[三笠新書]/2007年再文庫化[岩波文庫]】
《読書MEMO》
劇団かに座第105回公演「夜の来訪者」 2012年11月16日 関内ホール・小ホール




平凡なサラリーマンである"男"(田口トモロヲ)がある朝目覚めると、頬に金属のトゲのようなニキビが生じていた。やがて彼の身体は時間とともに鉄に蝕まれていくが、それは、それは数日前に男が車で轢いてしまい、山林に捨てた"やつ"(塚本晋也)の復讐によるものだった―(「鉄男 TETSUO」)。
前半から、何だかカフカの「変身」みたいで引き込まれ、全体的にも、モノクロながらも映像構成が素晴しいと思いました。製作・監督・脚本・美術・撮影・照明・編集・特撮を1人でこなした(出演までしている)塚本晋也というのはスゴイなあと。
拾い集めた廃物を利用したSFX、SFXと言っても殆どコマ撮りやモンタージュの集積なのですが、低予算にも関わらず(低予算ならではの?)いい味を出しています。
優のほか、ミュージシャン・映画監督・劇画家などとして多才ぶりを発揮していますが、'00年から'05年に放送されたNHKの「プロジェクトX」のナレーションで一気に有名になり、あの田口トモロヲが...という感慨がありました。それ以前に、今村昌平監督の「

大阪・釜ヶ崎で若い女性たちの惨殺事件が続発し、被害者たちは下腹部を切り裂かれ、その生殖器が持ち去られていた。犯人は廃墟ビルの屋上で暮らす孤独な青年、誠(佐野和宏)。彼は「菜穂子」と名づけられたマネキンを愛し「愛の結晶」が誕生することを夢想していた。次々に若い女性を殺し、奪った子宮を「菜穂子」に埋め込み、そして、愛した。やがて彼女に不思議な生命が宿りはじめ、様々な人間が廃墟ビル=「魔境」へと引き込まれていく。現実の街並みは時間感覚を失い、傷痍軍人や浮浪者など、グロテスクなキャラクターが彷徨しはじめる。純粋に二人だけの世界で生きていた一組の兄妹(隈井士門、村田友紀子)もまた、「菜穂子」がいる廃墟へと導かれてゆく。幼い妹は「菜穂子」に「母」の面影を見る。兄は、その姿に激しく「性」を感じる。そのとき、廃墟ビルに引き込まれた人々に残酷な運命が訪れる―(「追悼のざわめき」)。
「追悼のざわめき」は、1983年頃、松井良彦監督が脚本を完成させた段階で故・寺山修司が「この脚本が映画になれば、スキャンダルを起こすだろう」と語っていた作品。1986年に完成するまで、製作に3年の歳月を費やすことになりましたが、更に2年を経て1988年に中野武蔵野ホールにて公開されています。2004年の中野武蔵野ホール閉館まで、同館で毎年5月に上映されていて、同館の観客動員数の最高記録を打ち立てる一方で内容を巡って種々論争を引き起こし、2007年暮れにようやっとDVDが発売されています(映画館では途中で席を立った人もいた)。この作品は、実際に観て感じてもらうしかない類の作品かも。ソフト化されたのは良かったと思います。

「鉄男 TETSUO」●制作年:1989年●監督・製作・脚本・美術・撮影・照明・編集・特撮:塚本晋也●音楽:石川忠●時間:67分●出演:田口トモロヲ/塚本晋也/藤原京/叶岡伸/六平直政/石橋蓮司●公開:1989/07●配給:海獣シアター●最初に観た場所:中野武蔵野ホール (89-07-01)(評価:★★★★)


「追悼のざわめき」●制作年:1988年●監督・脚本:松井良彦●製作:安岡
卓治●音楽:菅沼重雄●時間:150分●出演:佐野和宏/仲井まみ子/隈井士門/村田友紀子/大須賀勇(白虎社)/日野利彦(人力飛行機舎)/白藤茜/皆渡静男/高瀬泰司/(声)松本雄吉●公開:1988/05●配給:欲望プロダクション(バイオタイド、安岡フィルムズ、UPLINK)●最初に観た場所:中野武蔵野ホール (88-06-18)(評価:★★★★)


VHS
『心理試験』の単行本は、1924(大正14)年7月の刊行で、「創作探偵小説集1」として'93年に春陽堂書店から復刻刊行されています(「二銭銅貨」「D坂殺人事件」「黒手組」「一枚の切符」「二廃人」「双生児」「日記帳」「算盤が恋を語る話」「恐ろしき錯誤」「赤い部屋」の10編を所収)。個人的には、高校生の時に読んだ春陽文庫に思い入れがありますが、今読むならば、光文社文庫の『屋根裏の散歩者―江戸川乱歩全集1』('04年7月刊)が読み易いかも。
光文社文庫版の表題作「屋根裏の散歩者」(1925(大正14)年8月に「新青年」に発表)は、'70年、'76年、'94年、'07年の4度映画化されており、田中登監督、石橋蓮司・宮下順子主演の映画化作品「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」('76年/日活)を観ましたが、映画はエロチックな作りになっているように思いました。原作は、女の自慢話する男を嫌った主人公が、単に犯罪の愉しみのために、天井裏から毒薬を垂らして男の殺害を謀るもので、エロチックな要素はありません。この作品の事件も明智小五郎が解決しますが、その言動にもどこか剽軽で乾いたところがあります。因みに、この天井裏から毒薬を垂らす殺害方法は、映画「
映画がどろっとした感じになっているのは、「人間椅子」(1925年発表)の要素を織り込んでいるためですが("人間椅子"になって喜ぶ下僕が出てくる)、「人間椅子」の原作には実は空想譚だったというオチがあり、乱歩の初期作品には、実現可能性を考慮して、結構こうした作りになっているものが多いのです。
映画には、「乱歩=猟奇的」といったイメージがアプリオリに介在しているように思えました。宮下順子演じる美那子と逢引するピエロの話も、関東大震災の話(まさに"驚天動地"の結末)も原作には無い話です。自分が最初に観た時も、宮下順子の「ピエロ~、ピエロ~」という喘ぎ声に館内から思わず笑いが起きたくらいで、今日においてはカルト的作品であると言えばそう言えるかもしれません。




「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」●制作年:1976年●監督:田中登●製作:結城良煕/伊地智●脚本:いどあきお●撮影:森勝●音楽:蓼科二郎●原作:江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」●時間:76分●●出演:石橋蓮司/宮下順子/長弘/
織田俊彦/渡辺とく子/八代康二/田島はるか/中島葵/夢村四郎/秋津令子/水木京一●公開:1976/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋文芸地下(82-11-14)(評価:★★★)●併映:「犯された白衣」(若松孝二) 




コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスが'04年に発表した『

因みに、日本では、'68年に吉村公三郎監督により田村高廣主演で、'95年に横山博人監督により原田芳雄、大西結花主演で映像化されていますが、後者は『山の音』と融合させたストーリーのようです(右:横山博人版ビデオカバー)。
新潮文庫には「片腕」(昭和38年発表)と「散りぬるを」(昭和8年発表)が併録されていますが、「片腕」はちくま文庫の『川端康成集―文豪怪談傑作選』の表題作でもあります。
因みに、この「片腕」は、文豪たちが残した怪談作品のドラマ化シリーズの1作として、NHK BSハイビジョンで、つい一昨日('10年8月23日)に放送されましたが(落合正幸監督)、放映後に知ったため観ることができず残念...。



桃井銀平は東京で中学の国語教師をしていたが、女とすれ違った瞬間に理性を失い、いつの間にかその女のあとをつけているという性分のために、教え子との間で恋愛事件を起こして教職を追われ、更に、道で出会った女をつけ、抵抗した女の所持金を奪ってしまったことから、信州へと逃げ込む―。

太宰治(1909‐1948)の随想集です。文芸評論家の奥野健男(1926-97)によれば、太宰は小説以外のだらだらした感想文を書くことを極度に嫌ったようで、そこには、「小説家」としての自負と責任感があったとのこと、但し、義理で、或は「小説にならない心の弱り」から書いた随想もあるとのことです。




1954(昭和29)年・第7回「野間文芸賞」受賞作。
『山の音』は、「改造文芸」の1949(昭和24)年9月号に「山の音」として掲載したのを皮切りに、「群像」「新潮」「世界春秋」などに「雲の炎」「栗の実」「島の夢」「冬桜」「朝の水」「夜の声」「春の鐘」などといった題名で書き継がれて、1954年に完結、同年4月に単行本『山の音』として筑摩書房から刊行されたもので、作家の50歳から55歳にかけて
の作品ということになりますが、山本健吉の文庫解説によれば、「川端氏の傑作であるばかりでなく、戦後日本文学の最高峰に位するものである」と。三島由紀夫も、『山の音』を川端作品のベストスリーの首位に挙げることを当然とし、中村光夫は、主人公の変遷の観点から、『伊豆の踊子』、『雪国』がそれぞれ作者の「青春の象徴」、「中年の代表」をしているとすれば、『山の音』には、「川端康成の老年の姿」が描かれているとしています。
この作品は映画化されていて('54年/東宝)、個人的にはCS放送であまり集中できない環境でしか観ていないので十分な評価は出来ないのですが(一応星3つ半)、監督は小津安二郎ではなく成瀬巳喜男ということもあり、それなりにどろっとしていました(小津安二郎の作品も実はどろっとしているのだという見方もあるが)。
62歳の信吾を演じた山村聰(1910‐2000)は当時44歳ですから、「東京物語」の笠智衆(当時49歳)以上の老け役。息子・修一役の上原謙(1909‐1991)が当時45歳ですから、実年齢では息子役の上原謙の方が1つ上です。
そのためもあってか、原節子(1920‐2015)演じる菊子が舅と仲が良すぎるのを嫉妬して修一が浮気に奔り、また、菊子を苛めているともとれるような、それで、ますます信吾が菊子を不憫に思うようになる...という作りになっているように思いました(菊子が中絶しなければ、夫婦関係の流れは変わった
この作家は、こうした家族物はお

「山の音」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:小林一三●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斉藤一郎●原作:川端康成「山の音」●時間:94分●出演:原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄/北川町子/斎藤史子/馬野都留代●公開:1954/01●配給:東宝●評価:★★★☆ 




'90年に英国BBCでドラマ版が制作され、'91年に日本でビデオ発売(邦題「100万ドルをとり返せ!」)、'92年にNHK教育テレビで放映され、最近でもCS放送などで放送されることがあります。自分はビデオで観ましたが、原作の各場面をあまり省かずに忠実に作られていて、その上ジェームズとアンのラブ・ストーリーを膨らませたりしているため、
「100万ドルをとり返せ!」●原題:NOT A PENNY MORE,NOT A PENNY LESS●制作年:1990年●制作国:イギリス●監督:クライブ・ドナー●製作:ジャクリーン・デービス●脚本:シャーマン・イェレン●音楽:ミッシェル・ルグラン●時間:186分●原作:ジェフリー・アーチャー「百万ドルをとり返せ!」●出演:エド・ベグリー・ジュニア/エドワード・アスナー/ブライアン・プロザーロ/フランソワ・エリク・ジェンドロン/ニコラス・ジョーンズ/マリアン・ダボ/ジェニー・アガッター●日本公開:1991/09●配給:ビクターエンタテインメント(VHS)(評価:★★★☆)





南洋・サモアの島を舞台に、魔窟を流れ歩く娼婦サディ・トンプソンと、彼女を宗教的救いの世界に導こうとする宣教師デヴィッドソンの確執を描いた英国の作家ウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham 1874‐1965)の中篇を、米国のルイス・マイルストン(Lewis Milestone 1895‐1980)が監督した作品(原題:Rain)。
原作は1921年刊行(モーム47歳)の短編集『木の葉の戦(そよ)ぎ』(The Trembling of a Leaf)に収められていた中篇小説ですが、『人間の絆』(41歳)、『月と六ペンス』(45歳)と、彼が最も脂が乗っていていた頃の作品で、しかも、短編小説では世界最高峰級と言われたモームの中短編小説の中でも代表作と言われているものです(個人的には、長編小説(『人間の絆』など)も"世界最高峰級"だと思うが)。
宣教師役のウォルター・ヒューストンの常にチン・アップして喋る演技は、確かに原作テーマに沿ってアイロニーが効いているように思えましたが(宣教師と言うよりナチの将校にも見える)、 そのワンパターン的演技よりも、娼婦役のジョーン・クロフォードの、めまぐるしく変容する主人公の心理を表す多彩な演技が素晴しく(一度は心底改心したように見え、それだけにラストの衝撃が大きい)、27歳にして大女優の風格を漂わせています。



代に、グロリア・スワンソン主演で「港の女」(原題:Sadie Thompson)として最初に映画化されていますが、個人的には未見です。
「雨」(「雨の欲情」)●原題:RAIN●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督・製作:ルイス・マイルストン●脚本:ウィリアム・サマセット・モーム/ジョン・コルトン/クレメンス・ランドルフ/マクスウェル・アンダーソン●撮影:オリヴァー・T・マーシュ●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ウィリアム・サマセット・モーム「雨」●時間:94分●出演:ジョーン・クロフォード/ウォルター・ヒューストン/ウィリアム・ガーガン/ガイ・キビー/ウォルター・キャトレット/ボーラ・ボンディ●日本公開:1933/09●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)



寛永18年、肥後熊本の城主・細川忠利が逝去し、生前より主の許しを受け殉死した者が18名に及んだが、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対しては、家中の者の見る眼が変わり、結局彼は息子達の目の前で切腹して果て、更に先君の一周忌には、長男・権兵衛(橘小三郎)がこれに抗議する行動を起こし非礼として縛り首となり、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は、主君への謀反人として討たれることになる―。
熊谷久虎(1904‐1986)監督により1938年に映画化されていますが(このほかに深作欣二(1930‐2003)監督も1995年にテレビ映画化している)、黒
澤明監督が演出の手本にしたという熊谷久虎作品はたいへん判り易いもので、但し、判り易すぎると言うか、弥一右衛門のことを噂する家中の者の口ぶりは、サラリーマンの職場でのヒソヒソ話と変わらなかったりして(親近感は覚えるけれど)、小説の中でも触れられている犬飼いの五助の殉死や、小心者の畑十太夫などについても、コミカルで現代的なタッチで描かれています(この辺りで残酷な場面はない)。
一方、登場人物中で殉死に唯一懐疑的な隣家の女中・お咲(堤真佐子)と、彼女と親しい仲間多助(市川莚司)は映画オリジナルのキャラであり、市川莚司(後の加東大介)の主君の追い腹を切ろうとしてもいざとなるとビビって切れないという演技もまたコミカルでした。


「阿部一族」●制作年:1938年●監督:熊谷久虎●製作:東宝/前進座●脚本:熊谷久虎/安達伸男●撮影:鈴木博●音楽:深井史郎/P・C・L管絃楽団●原作:森鷗外「阿部一族」●時間:106分●出演:中村翫右衛門/河原崎長十郎/市川笑太郎/橘小三郎/山岸しづ江/堤真
佐子/市川莚司(加東大介)/市川進三郎/山崎島二郎/市川扇升/山崎進蔵/中村鶴蔵/嵐芳三郎/坂東調右衛門/市川楽三郎/瀬川菊之丞/市川菊之助/中村進五郎/助高屋助蔵/市川章次/中村公三郎●公開:1938/03●配給:東宝映画●最初に観た場所:神保町シアター(09-05-09)(評価:★★★☆) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン





昭和初期の浅草を舞台に、不良不良少年・少女のグループ「浅草紅団」の女リーダー・弓子に案内され、花屋敷や昆虫館、見世物小屋やカジノ・フォーリーと巡る"私"の眼に映った、浅草の路地に生きる人々の喜怒哀楽を描く―。
川端康成(1899-1972)の浅草への愛着は相当なもので、カジノ・フォーリーから当時15、6歳だった踊子・





1926(大正15)年、川端康成(1899- 1972)が26歳の時に発表された作品で、主人公は数え年二十歳の旧制一高生ですが、実際に作者が、1918(大正7)年の旧制第一高2年(19歳)当時、湯ヶ島から天城峠を越え、湯ヶ野を経由して下田に至る4泊5日の伊豆旅行の行程で、旅芸人一座と道連れになった経験に着想を得ているそうです。
(a)
(b)
吉永小百合(1945年生まれ)・高橋英樹版は、宇野重吉扮する大学教授が過去を回想するという形で始まります(つまり、高橋英樹が齢を重ねて宇野重吉になったということか。冒頭とラストでこの教授の教え子(浜田光夫)のガールフレンド役で、吉永小百合が二役演じている)。
踊子の兄で旅芸人一座のリーダー役の大坂志郎がいい味を出しているほか、新潮文庫に同録の「温泉宿」(昭和4年発表)のモチーフが織り込まれていて、肺の病を得て床に伏す湯ケ野の酌婦・お清を当時20歳の十朱幸代(1942年生まれ)が演じており、こちらは、吉永小百合との対比で、こうした流浪の生活を送る人々の蔭の部分を象徴しているともとれます。西河監督の弱者を思いやる眼差しが感じられる作りでもありました。

因みに、十朱幸代のデビューはNHKの「バス通り裏」で当時15歳でしたが、番組が終わる時には20歳になっていました。また、岩下志麻(1941年生まれ)も'58年に十朱幸代の友人役としてこの番組でデビューしています。


「バス通り裏」テーマソングレコード
「伊豆の踊子」●制作年:1963年●監督:西河克己●脚本:三木克己/西河克己●撮影:横山実●音楽:池田正義●原作:川端康成●時間:87分●出演:高橋英樹/吉永小百合/大
坂志郎/桂小金治/井上昭文/土方弘/郷鍈治/堀恭子/安田千永子/深見泰三/福田トヨ/峰三平/小峰千代子/浪花千栄子/茂手木かすみ/十朱幸代/南田洋子/澄川透/新井麗子/三船好重/大倉節美/高山千草/伊豆見雄/瀬山孝司/森重孝/松岡高史/渡辺節子/若葉めぐみ/青柳真美/高橋玲子/豊澄清子/飯島美知秀/奥園誠/大野茂樹/花柳一輔/峰三平/宇野重吉/浜田光夫●公開:1963/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(85-01-19)(評価:★★★☆)●併映:「

宇野重吉(主人公の40年後の今・某大学の教授)
藤夫/浅茅しの
ぶ/高島稔/永井百合子/鈴木清子/初井言栄/佐藤英夫/松野二葉/溝井哲夫/津山英二/西章子/稲垣隆史/山本一郎/大森義夫/鈴木瑞穂/三木美知子/原昴二/蔵悦子/高橋エマ/網本昌子/常田富士男●放映:1958/04~1963/03(全1395回)●放送局:NHK

日本名作ドラマ『伊豆の踊子』(TX)


1958(昭和33)年・第12回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)並びに1959(昭和34)年・第5回「新潮社文学賞」受賞作であり、映画化もされました。
遠藤周作(1923- 1996/享年73)作品の久しぶりの読み返しでしたが、初読の時とやや印象が違いました。やはり最初に読んだ学生の頃は、実際の事件をベースにしているという衝撃から、こんなことがあったのかという驚きの方が先行したのかも知れません。再読して、センセーショナリズムを排しつつも、「読み物」としての構成に意匠が凝らされていると思いました。



星 新一


以前読んだ星新一作品としては、『ようこそ地球さん』('61年・新潮社/'72年・新潮文庫)、『おせっかいな神々』('65年・新潮社/'79年・新潮文庫)、『エヌ氏の遊園地』('66年・三一新書/'71年・講談社文庫/'85年・新潮文庫)、『ボッコちゃん』('71年・新潮文庫)などがあ





ブザーにしないで「ノックの音が」とすることで、却って「作品は風俗の部分から、まず古びていくのである」との轍を踏まずに済んでいるように思いました。
2.『悪魔のいる天国』





先月('10年7月)肺がんで亡くなった、つかこうへい(1948‐2010/享年62)の直木賞受賞作で、同じ初期の代表作『小説熱海殺人事件』もそうですが、舞台の方が先行していて('80年11月初演)、その舞台作品を小説化したものです。
小夏を演じた松坂慶子は当時30歳で、小説の中での小夏の年齢と同じであり(自称27歳だが3歳サバを読んでいる)、この作品で、日本アカデミー賞主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、 毎日映画コンクール主演女優賞を受賞しています。
作品そのものも、キネマ旬報ベスト・テンの1位となるなど多くの賞を受賞していますが、舞台で根岸季衣が演じていたのを松坂慶子にした段階で、オリジナルの持つ毒のようなものがかなり薄まったのではないでしょうか。千葉真一、真田広之、志保美悦子が「本人役」で友情出演していて、"楽屋落ち"的なエンディングなどにしても非常にアットホームな感じだし、撮影現場の雰囲気は良かったのではないかと思われますが。


「蒲田行進曲」●制作年:1982年●監督:深作欣二●製作:角川春樹●脚本:つかこうへい●音楽:甲斐正人●原作:つかこうへい「蒲田行進曲」●時間:106分●出演:風間杜夫/松坂慶子/平田満/高見知佳/原田大二郎/蟹江敬三/清水昭博/岡本麗/汐路章/榎木兵衛/清川虹子/(以下、友情出演)千葉真一/真田広之/志保美悦子●公開:1982/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-01-08)(評価:★★★)●併映(1回目):「この子の七つのお祝いに」(増村保造)






森田芳光監督により映画化されましたが、橋爪功が演じたえり子さんは、ちょっと気持ち悪かったものの、演技自体はインパクトありました。
パリコレのモデルに転身したとのことで、やはり役者には向かないのだろうと思いましたが、その後日本に戻り、30代になってから、女優としてもモデルとしても
活躍している―映画「キッチン」に出ていた頃の、牛蒡(ごぼう)が服着て歩いていうような面影は今や微塵も無く、いい意味での変身を遂げたなあ、この人。









「天地明察」2012年映画化(監督:滝田洋二郎/主演:岡田准一・宮﨑あおい)




表題作「ミハスの落日」('98年発表)ほか、世界5都市を舞台にしたミステリ短編集で、地理的バラエティだけでそこそこ楽しめますが、それぞれが短編である分、ミステリとしては仕掛けが軽いというか、いかにも作り物という感じが拭えませんでいた(「ミハスの落日」については、作者自身も後書きで、このトリックは「まともに書いていたら噴飯もの」と認めている)。








「横道世之介」2013年映画化(沖田修一:監督/高良健吾・吉高由里子:主演)








映画「虐殺器官」(2017)監督:村瀬修功