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『痴人の愛』『鍵』と並ぶ谷崎文学のファム・ファタール作品の傑作。
新潮文庫/『卍 (新潮文庫)』/『卍(まんじ) (1985年) (岩波文庫)』/『卍(まんじ) (岩波文庫)』映画「卍」
『卍』(改造社)1931(昭和6)年4月20日初版
弁護士の夫に不満のある若い妻・柿内園子は、技芸学校の絵画教室で出会った徳光光子と禁断の関係に落ちる。しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の愛人・綿貫とも交際していることが分かり、園子は光子への狂おしいまでの情欲と独占欲に苦しむ。更に、互いを縛る情欲の絡み合いは、園子の夫・孝太郎をも巻き込み、園子は死を思いつめるが―。
谷崎潤一郎(1886-1965)の長編小説で雑誌「改造」の1928(昭和3)年3月号から1930(昭和5年)4月号まで断続的に連載されたもの。時期的には、作者の代表作で言えば、『痴人の愛』(1924年)と『春琴抄』(1933年)の間の時期で、『蓼喰う虫』(1928年-29年)と時期が重なることになりますが、『蓼喰う虫』は東京日日新聞(今の毎日新聞)に連載された新聞連載小説であり、こちらは雑誌に発表されたものです(何れにせよ、この頃作者は旺盛な創作活動期にあったとみていい)。
谷崎潤一郎は1923(大正12)年の関東大震災を契機にその年に関西に移住しており、移住前から構想があった『痴人の愛』の舞台は東京ですが、『春琴抄』の舞台は大阪、『蓼喰う虫』は大阪と兵庫(須磨)、そしてこの『卍』も、主人公の園子の自宅は西宮の香櫨園海岸にあるという設定になっています。
西宮・香櫨園海岸
更に、この小説は、主人公・園子の一人称で、小説家である「先生」に徳光光子との関係を巡る事件を物語るというスタイルをとっており、終始一貫して園子の関西弁の語りで物語が成り立っているというのが特徴です。そのため、本来ならばどぎついと思われるような内容も、関西弁の柔らかい感じがそのどぎつさを包み込んでいるような印象を受けました(使われている関西弁が正しくないとの指摘もあるようだが、個人的にはそれはあまり感じなかった)。
新潮文庫2018年プレミアムカバー
光子という一人の妖婦に周囲の3人の大人(園子、綿貫、孝太郎)が翻弄され、とりわけ園子と孝太郎が夫婦ごと光子の奴隷のような存在になっていく過程が凄いなあと思います。光子は、周囲を巻き込んでいくという点で、『痴人の愛』のナオミにも通じる気がしました。また、園子がどこまでを計算して、どこまでを無意識でやっているのかが読者にもすぐには判別しかねるという点では、作者の後の作品『鍵』(1956年)の郁子にも通じるものがあるように思います。
結局、かなりの部分は光子の計略だったのだろなあ。でも、結末からすると、光子は実に純粋だった(自らの欲望に対してと言うことになるが)ということになるのかもしれません。今風に言えば、自己愛性人格障害とか演技性人格障害といった範疇に入るのかもしれないけれど。最後は園子の夫・栄次郎まで事件に巻き込まれるであろうということは、読んでいてかなり早い段階で気づくのですが...。
同性愛小説という捉えられ方をされ、実際その通りですが、孝太郎まで園子の犠牲(?)になっているから、これはもう『痴人の愛』『鍵』と並んで、谷崎文学の三大ファム・ファタール作品と言えるかもしれません。まあ、この作家の場合、『瘋癲老人日記』や、短編の「刺青」などもあるため、「三大」では収まらないかもしれませんが、個人的に『痴人の愛』『鍵』と並んでこの作品も傑作であるように思われます。そんなこんなで、日本文学におけるファム・ファタール文学と言うと、やはり真っ先に谷崎潤一郎を想起します。
この作品は、海外を含め過去5回映画化されていますが、増村保造監督の「卍」('64年/大映)は比較的原作に忠実に作られていたように思います。
・「卍」(1964年・大映)監督:増村保造/脚本:新藤兼人/出演:若尾文子、岸田今日子、川津祐介、船越英二ほか
・「卍」(1983年・東映)監督:横山博人/脚本:馬場当/出演:樋口可南子、高瀬春奈、小山明子、原田芳雄ほか
・「卍/ベルリン・アフェア』(1985年/伊・独)監督:リリアーナ・カヴァーニ/出演:グドルン・ランドグレーベ、高樹澪、ケヴィン・マクナリー
・「卍」(1998年・ギャガ・コミュニケーションズ)監督:服部光則/出演:坂上香織、真弓倫子ほか
・「卍」(2006年・アートポート)監督・脚本:井口昇/出演:不二子、秋桜子、荒川良々、野村宏伸ほか
【1951年文庫化[新潮文庫]/1955年再文庫化[角川文庫]/1956年再文庫化[河出文庫]/1985年再文庫化[岩波文庫]/1985年再文庫化[中公文庫(『蘆刈・卍』)]/2006年再文庫化[中公文庫(『卍』)]】
「卍」 (1964/07 大映) ★★★☆
《読書MEMO》
●「卍」...1928(昭和3)年発表
●新潮文庫2018年プレミアムカバー