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手塚作品の変遷(初期・前半期作品)を概観する上では手頃。
『手塚治虫クロニクル 1946~1967 (光文社新書)』『0マン』('59年)/『キャプテンKen』('60年)

手塚治虫(1928-1989)の作品を年代別に取り上げ抜粋したもので、この「1946~1967」年版では、デビュー作『マアチャンの日記帳』('46年・17歳)から、以下、『新宝島』('47年・18歳)、『ロスト・ワールド』('48年・20歳)、『メトロポリス』('49年・20歳)、『ジャングル大帝』('50年・22歳)、『来るべき世界』('51年・22歳)、『鉄腕アトム』('52年・23歳)、『リボンの騎士』('53年・24歳)、『ケン1探偵長』('54年・25歳)、『第三帝国の崩壊』('55年・26歳)、『漫画生物学』('56年・27歳)、『ライオンブックス 狂った国境』('57年・28歳)、『フィルムは生きている』('58年・29歳)、『魔神ガロン』('59年・30歳)、『0マン』('59年31歳)、『キャプテンKen』('60年・32歳)、『ふしぎな少年

』('61年・32歳)、『勇者ダン』('62年・33歳)、『ビッグX』('63年・34歳)、『ハトよ天まで』('64年・36歳)、『マグマ大使』('65年・36歳)、『バンパイヤ』('66年・37歳)、『アトム今昔物語』('67年・38歳)、『人間ども集まれ!』('67年・38歳)、『どろろ』('67年・38歳)まで、前半期22年間に発表された25作品の抜粋を収めています。
タイトル通り、基本的には発表年代順の作品抜粋だけで本が成り立っていて、作品ごとの初出誌・作品の概要、今回どこでいつ発表されたものを抜粋掲載したかという数行のデータと、年ごとの作者に関連する出来事が簡単に纏められている以外は、編集作業と言えるのは、どの作品のどの部分を抜き出すかということしか実質的には行われておらず、末尾に漫画評論家・ブルボン小林(=芥川賞作家・長嶋有)氏の解説があるのみ。従って編者名はなく、作者名として「手塚治虫」となっていて、やや安易な本づくりという感じもするし、実際にネット書評などでも、そうした観点からの批判はあったように思います。但し、個人的には、初期の内容をよく知らなかった作品もかなりあり、最近ではこの辺りの作品も復刻・文庫化されているようですが、そうした作品のそれぞれの雰囲気を僅かながらでも知り、手塚治虫の初期も含めた前半期の仕事を概観する上では手頃な本でした。
手塚治虫も四コマ漫画からスタートしたことは、清水勲 著『四コマ漫画―北斎から「萌え」まで』('09年/岩波新書)で知りましたが、毎日小学生新聞の前身「少國民新聞」に連載された、作者当時17歳の作品のその完成度は、もう今の新聞連載漫画と変わるところのない、玄人レベルのように思いました。
『鉄腕アトム』のイメージからか、作者の前半期の作品は、未来に対する期待において楽天的過ぎるという見方もありますが、『メトロポリス』('49年)、『来るべき世界』('51年)、『第三帝国の崩壊』('55年)など、近未来の恐怖を描いたSFもあるし、戦争を扱った世界観的なストーリーは早くからあったのだなあ(『ライオンブックス 狂った国境』('57年)は傑作)。『キャプテンKen』('60年)の主人公キャプテン・ケンは、その正体は、顔がそっくりの星野家の遠縁の少女(水上ケン)かと思いきや、実は未来からやってきた彼女の息子でした。映画「ターミネーター」('84年/米)のタイムパラドックスを先取りしていたと言えますが、SFでは伝統的によくある展開と言えなくもないかも。
『少年サンデー版 キャプテンKen 限定版BOX (復刻名作漫画)』
『ジャングル大帝』のオリジナルも興味深く('50年初出、昭和25年かあ)、この作品の初出は『鉄腕アトム』よりも前ということになりますが、後に大幅に構成を変えて、作者の代表作となるとともに、'65年に、手塚作品では初のカラーTVアニメとなります。
一方、60年代に入ってからの作品では、『ふしぎな少年』('61年)、『マグマ大使』('65年)、『バンパイヤ』('66年)辺りは、誌面発表から比較的間をおかずに、実写版のTVドラマになっています(TV版「バンパイヤ」は実写とアニメの合成ドラマ。変身シーンも前半実写で、子ども心に気持ち悪くでトラウマになった)。

「ふしぎな少年」('61年/NHK、生放送ドラマ)で「時間よ~止まれ!」と叫んでいたサブタンを演じた太田博之('47年生まれ)は「小銭寿司チェーン」(「小僧寿しチェーン」ではない)の経営者に転身するも後に経営破綻し、「マグマ大使」('67年/フ
ジテレビ。TBSの「ウルトラマン」の少し前くらいに放送が始まった)でマモル少年を演じた江木俊夫('52年生まれ。3歳でデビューし黒澤明の「天国と地獄」('63年)で三船敏郎演じる権藤の息子役を演じるなどした)は、その後ジャニーズ事務所のアイ
ドルグループ・フォーリーブスのメンバーとなり、「バンパイヤ」('68年/フジテレビ)でトッペイ・チッペイ兄弟の兄トッペイを演じた水谷豊('52年生まれ)は、今もTVドラマで活躍中と、子役のその後の人生は様々なようです。
「少年クラブ」1961年9月号付録

「ふしぎな少年」●演出:辻真先●脚本:石川透●原作:手塚治虫●主題歌:(唄)ジュディ・オング●出演:太田博之/忍節子/椎名勝巳/青柳美枝子/日下武史/小山源喜/愛川欣也/長門勇/岩下志麻●放映:1961/04~09(全130回)●放送局:NHK
『PAPAS 2011-2012 AUTUMN-WINTER CATALOG vol.42』



「マグマ大使」●演出:土屋啓之助/船床定男/中尾守●プロデューサー・製作:上島一男●脚本:若林藤吾/高久進/山浦弘靖/梅樹しげる/内山順一郎/石堂淑朗●音楽:山本直純●原作:手塚治虫●出演:岡田真澄/江木俊夫/大平透/魚澄鉄也/三瀬滋子/清水元/八代真
矢子/二宮秀樹/吉田次昭/イーデス・ハンソン/三瀬滋子/黒丸良●放映:1966/07~1967/06(全52回)●放送局:フジテレビ
江木俊夫/岡田真澄
ソノシート(朝日ソノラマ) 林 光(1931-2012.1.5)


「バンパイヤ」●演出:山田健/菊地靖守●制作:疋島孝雄/西村幹雄●脚本:山浦弘靖/辻真先/藤波敏郎/久谷新/安藤豊弘/雪室俊一/中西隆三/宮下教雄/今村文人/三芳加也/石郷岡豪●音楽:司一郎/林光●原作:手塚治虫●出演:水谷豊/佐藤博/渡辺文雄/戸浦六
宏/山本善朗/左ト全/上田吉二郎/岩下浩/平松淑美/鳳里砂/嘉手納清美/桐生かおる/市川ふさえ/館敬介/中原茂男/手塚治虫●放映:1968/10~1969/03(全26回)●放送局:フジテレビ
「バンパイヤ」テーマソング
変身シーン
戸浦六宏(熱海教授)/渡辺文雄(森村記者)




仙台に本社を置く東北地方のブロック紙・河北新報社(この新聞社は一力家のオーナー会社なんだよね)の東日本大震災ドキュメントで、被災地の真っただ中にあるブロック紙の記者達が、震災のその時、何を考え、どう行動し、またそれぞれの取材先で何を感じたかを、切迫感を持って生々しく伝えるものとなっています。
更には、ロジスティックの寸断から、引き続き新聞が刊行できるかどうかという危機にも見舞われ、それは新聞用紙・インキ等の資材の問題に限ったことではなく、取材のためのガソリンや社員の食糧の調達などに及んだわけですが、これも社員が知恵を出し合い、協力し合って苦境を乗り越えていきます。





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また、番組のエンディングテーマ「レオのうた」の作曲者は、後にシンセサイザー音楽作家として名を馳せる冨田勲(1932-2016)で、弘田三枝子(1947-2020)のパンチの効いた歌唱力により、アニメのエンディングテーマとしては人々の記憶に最も残るものの1つとなりました。弘田三枝子は、伊東ゆかりらと同様、少女時代から米軍キャンプで唄っていた経歴の持ち主で、このテーマを唄っている頃の彼女はややふっくら体型でしたが、自分で作ったカロリーブックをもとに、1日の食事を2000キロカロリー以内に抑えて半年間で17キロのダイエットに成功、1969年に「人形の家」がブレイクして第11回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞し、1970年には『ミコのカロリーBOOK』を出版し150万部を超えるベストセラーになりました。
「ジャングル大帝」は、本書の手塚治虫自身の談によれば視聴率40%を超えたとのことで、その翌年に映画化され、主人公のレオが大人になってからの物語「新ジャングル大帝 進めレオ!」も引き続きテレビ放映されました。




「ジャングル大帝」(劇場版)●制作年:1966年●監督:山本暎一●脚本:辻真先●音楽:冨田勲●原作:手塚治虫●時間:75分●声の出演:太田淑子/明石一/勝田久/松尾佳子/田村錦人/緑川稔●公開:1966/07●配給:東宝(評価:★★★★)








鹿島圭介 著 『警察庁長官を撃った男』('10年/新潮社)と同じく、'95年3月発生の警察庁長官狙撃事件の時効に合わせて刊行された本で、著者はTBS報道局社会部として、夕方のニュース番組の編集者やキャスターを務めた経験もある人です。
本書では、そうした事件捜査の迷走ぶりをドキュメンタリー風に描くとともに、'10年3月に時効を迎えた後、警視庁が時効の翌日に「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」なるものを警視庁のウエブサイトに掲載し、この事件がオウムに対する組織的なテロであると結論付けていることに対し、あとがきで更に批判を加えています。
個人的に気になったのは、犯人が逃亡する際に、一般には「自転車で猛スピードで逃げ去った」とされていますが、実はアクロシティ敷地内で途中で一旦自転車を止めて、どちらへ逃げるか逡巡するような行動をとっていることで(このことは複数の目撃者がいたにもか関わらず事件発生のかなり後になって公表された)、これは逃走進路上に一般人がいて、進路の先にいた見張り役の誰かの合図によって一時停止したものと思われますが(横殴りの雨降りだったのに傘もささずに立っていたこの"誰か"が、オウムの幹部に似ていたという話もある)、そうしたことが本書の「小杉供述」にも「中村供述」にも無いことでした。
平田信は、昨年('11年)12月31日に丸の内警察署に出頭し、翌1月1日付で逮捕されましたが、本書によれば、公安が'96年に、平田信の所在に繋がる女性信者(齋藤明美)を50人がかりの追尾要員であと一歩のところまで追い詰めながら(隠れ家の仙台のアパートまで辿りついた)、タッチの差で二人を取り逃がしていたとあり、この辺りは、刑事ドラマを見ているみたいだなあ(結局、齋藤明美は平田の逮捕後の今年('12)1月10日に、弁護士に付き添われ大崎署に自首した)。

'95年年3月30日に荒川区南千住のマンション・アクロシティ敷地内で発生した国松孝次警察庁長官狙撃事件が、事件後15年を経た'10年3月に時効を迎えるのに合わせて刊行された本で、'03年以降、捜査の途中で何度かその名が浮かび上がった老スナイパー・中村泰(ひろし)の犯行であることを印象付けるものとしては力作です。
例えば、狙撃犯が潜んでいたとされるアクロシティFポートの植え込みからでは、"標的"がEポート正面玄関から出てきた場合は、
但し、本書にある最初の「小杉供述」によると、Fポートの吹き抜け(通路)に潜んでいると、格子窓(左写真の右上)からEポートの通用口が見え、マンションから男が出てきたので植え込みの所へ移動して撃ったとなったおり、これがFポート東辺吹き抜け通路中程(左写真の「1」の札のある位置)から隅田川寄りの植え込み(左写真の左奥グリーン方向)へ移動して撃ったとなると標的への距離はぐっと縮まります(最初の供述では、その際に現場で小杉元巡査を誘導したのは、早川紀代秀・平田信・井上嘉浩とされている。井上は小杉のすぐ傍にいたことになっていて、では彼はどうやって現場から立ち去ったのかが不思議)。




ストは水野良太郎が永らく描いていた)から松下進に交替し、以降15年間ほぼ毎年刊行されて2001年刊行の第23集までいき、そこでようやっと「打ち止め」―という感じでしょうか)。
そう言えば、有名進学校の数学研究会か何かで、予めミッション数を定め、トランプを順番にめくっていき、四則記号との組み合わせでミッション数になる組み合わせを早く見つけ出すことを競うパズルを、日頃からやっているのをテレビで見たことがあります。




『頭の体操』の第1集「パズル・クイズで脳ミソを鍛えよう」は'66(昭和41)年刊行で、この第1集だけで250万部発行されたそうで、昭和のベストセラーの中でも、最も短期間で100万部に達した本の1冊でもあります。刊行が12月だったため、翌'67(昭和42)年のベストセラーランキングで第1位となっており、この年には、第2集「百万人の脳ミソに再び挑戦する」、第3集「世界一周旅行をパズルでやろう」も、それぞれベストセラーランキングの第3位と第6位に入っています。
したと言う感じで、それに比べると、シリーズ再開後の第5集・第6集まではまだ個人的にも何となく「こんな問題、あったなあ」という印象がありますが、表紙カバーイラストが水野良太郎(1936-2018)から松下進に交替した第8集以降は記憶の影が薄いか、或いはそもそも読んでいないかも(本文イラストは水野良太郎が永らく描いていた)。
この第4集は、「これがカラー・テレビ式パズルだ」というなんだか時代を感じさせるサブタイトルですが、当時のテレビ番組をモチーフとして番組の放送時間順にクイズが構成されています(モノスコープのテストパターンが時代を感じさせる)。因みに、当時のカラーの世帯普及率は'68(昭和43)年で4.4%、'69(昭和44)年で10.9%、'70(昭和45)年で40.2%であり、短期間で急速に普及したものの、取り上げられている番組は当然のことながら本書刊行年('67(昭和42)年)以前から放映されていたものであり、後にカラー化されたものもありますが、当時はほぼすべてモノクロ番組と言っていいかと思います。

「ローハイド」なんて、話は覚
えてなかったけれど('06年にNHK-BSで再放映されたのを観てクリント・イーストウッドが出ていたことを思い出したぐらい)、フランキー・レインが唄うテーマソングだけは忘れられず、いつ


熊井 啓(1930‐2007)
映画「黒部の太陽」('68(昭和43)年/日活)は、或る一定世代おいては学校の課外授業で観た人も多いと思いますが、自分もその一人。この度、石原プロが、東日本大震災の被災地支援のため全国でチャリティー上映会を催すとのことで、その第1弾の上映が来月('12年5月)に黒部市で行われ、年末までに全国約150カ所を巡って上映するそうですが、どういう上映形態になるのでしょうか。
今年('12年)3月17日にはNHK‐BSプレミアムで33年ぶりにTV放映され、「特別篇」と称した2時間20分の海外用短縮版を観ましたが、ラストの三船敏郎がダム完成後に工事用の隧道内を歩くシーンなど、作品において不可欠と思われる場面がカットされているように思われました。こうなると、不完全燃焼感の残る再放送を観るよりも、こちらの監督自身による、映画完成までの苦難の道程を記録した記録を読む方が面白かったりして...。

黒四ダムの「関電トンネル」は全長5.4キロを掘り進む工事でしたが、熊谷組坑口から1.4キロの地点で「大破砕帯」にぶつかり、湧水を含んだ地中の軟弱層が切羽を押し潰すという事態が繰り返し起きて工事は難航(こちらは、漏水による言わば"水地獄"状態)、これが、本書を読むと、「五社協定」によって映画作りが難航したことと丁度ダブって見え、まさに「五社協定」は、三船、裕次郎にとっての「大破砕帯」であったわけです。
関電トンネルが貫通してもいい頃なのになかなか貫通せず、その日も皆諦めて帰りかけた時に、裕次郎演じる岩岡が鑿を突っ込んだら貫通していたというのも、笹島氏の話によると事実だそうで、それで、貫通祝賀の儀式は、反対面から掘っていた間組ではなく、熊谷組の仕切りになったそうです。
47歳の三船敏郎の演技は重厚。貫通祝賀の日に娘の訃報が入るという、歓喜と悲嘆の入り混じる場面の演技は秀逸です
が、撮影前夜に笹島氏らと酒を飲み、しかも三船は朝まで飲んで、真っ赤に充血した目で撮影現場に現れたそうで、それが映画では演技にリアルさを持たせ、それも役作りの一環だったわけかと、後で笹島氏は悟ったそうです。
「黒部の太陽」●制作年:1968年●製作:三船敏郎(三船プロダクション)/中井景(石原プロモーション)/石原裕次郎(石原プロ)●監督:熊井啓●脚本:井手雅人/熊井啓●撮影:金宇満司●音楽:黛敏郎●原作:木本正次「黒部の太陽」●時間:195分●出演:三船敏郎/石原裕次郎/滝沢修/志村喬/辰巳柳太郎/宇野重吉/二谷英明/芦田伸介/佐野周二/岡田英次/山内明/寺尾聰/柳永二郎/玉川伊佐男/高津住男/加藤武/成瀬昌彦/信欣三/大滝秀治/清水将夫/下川辰平/庄司永建/鈴木瑞穂/日色ともゑ/樫山
文枝/川口晶/内藤武敏/佐野浅夫/草薙幸二郎/
榎木兵衛/武藤章生/北林谷栄/三益愛子/高峰三枝子●公開:1968/02●配給:日活(評価:★★★★☆)
宇野重吉(第四工区 佐藤工業社員・森) /寺尾聰(森の息子、佐藤工業作業員・森賢一) 

そうした意味では、昔のものは昔のものなりに保存しておく価値もありそうですが、amazon.com で「ぴあシネマクラブ」で検索してみると、マーケットプレイス(古書市場)に出品されているのは、'96年の 邦画篇と洋画篇以降で、'95年以前のものは出されていないようです。



あとがきによると、当時、堀江氏は3カ所の原発で下請労働者として働き、原発内における作業員の労働環境の実態を密かに執筆していたところ(これが後に『原発ジプシー』という本になる)、ある日突然、「アサヒグラフ」の編集者であった藤沢正実氏から電話があり、朝日新聞東京本社で会ってみると、現在執筆中の原稿の一部を再構成して「アサヒグラフ」に掲載したい、一緒にイラストも掲載したいと思うが、水木しげる氏に依頼するつもりだとの話だったとのこと。
堀江氏の原発労働のルポルタージュ部分も読み易く、'79年4月に、東芝プラントの孫請け業者の社員だった32歳の青年が、福島第一原発の正門近くの雑木林で縊死したことから始まる書き出しは衝撃的(この青年は、福島に来る前は浜岡原発で働いていた)。遺書には、「目が悪い。頭が悪い。とにかくおれは精神的に疲れた。人生の道にもついていけない。寂しい。希望もない」とあり、「原発の仕事も考えもんだ」との言葉で終わっていたそうです。
『
畠山鈴香 無期囚
裁判で最大の争点となったのは、被告の娘・彩香さんの死が殺人であったのか過失であったのかということと、引き続き起こした豪憲君殺害事件の動機であり、とりわけ前者は、彩香さんに対する疎ましさと嫌悪の極限で殺意が生じたと主張する検察側と、彩香さんが欄干の上で抱きついてきたために、スキンシップ障害から思わず払いのけてしまったという弁護側で、真っ向から対立します。

山地悠紀夫 元死刑囚

ある人の説では、作家の自殺率が普通人より高いのは日本も海外も同じだそうだけれど(中国などは確かにそうだが、その原因には政治的なものが絡んでいることが多いようだ)、日本の場合、芥川・太宰から三島・川端まで、日本文学の代表格と言うか"大所"とも言える作家が自死していることが大きな特徴ではないかなあ。
『
勝ち組になるために本を読めとか(未だに「勝ち組・負け組」なんて言って煽っているのか)、新書だけを読んでいればいいとか(確かに立花隆氏のようにノンフィクションしか読まないという人はいるが、立花氏の場合、読んでいる本のレベルが違う。フツーの人はそういうものでもなかろう)、こうした著者の前提についてはいろいろ括弧書きのようなケチをつけたくなりますが、新書そのものについて、或いは、その買い方、読み方、活かし方について書かれた前半部分は、比較的しっくりくるものでした(際立って斬新な内容と言えるものは無かったが)。




世界史に関する一般向けの著書を多く著した三浦一郎(1914‐2006)の本で、このヒト、後に上智大学の名誉教授になりますが、本書を刊行した時点では、茨城大学教授でした。
「色婆々と名誉革命 血が出ない」(1688年 イギリス名誉革命)なんてスゴイのもあるけれど、「年号」そのものとしては、半分以上は試験には出ないんじゃないかなあ(『金瓶梅』が成った年とか、タバコがサー・ウォルター・ローリーによってエリザベス女王に献じられた年なんてねえ)。
'73年から角川文庫にシリーズで収められて人気を博した著者ですが、本書はその角川文庫化より5年くらい前の刊行で、これはこれで結構読まれたのではないでしょうか。



児玉 龍彦 氏

広河隆一氏 (フォトジャーナリスト、戦場カメラマン、市民活動家)
●写真誌「DAYS JAPAN」を発行するデイズジャパン(東京)は(2018年12月)26日、フォトジャーナリストの広河隆一氏(75)を25日付で代表取締役から解任したことを明らかにした。週刊文春2019年1月3日・10日号で、広河氏からのセクハラ行為を訴える女性の元スタッフらの証言が報じられていた。[2018年12月26日WEB東奥日報(共同通信社)]



今日('12年4月1日)の新聞各紙で、内閣府が設けた有識者による「南海トラフの巨大地震モデル検討会」(座長:阿部勝征東大名誉教授)による、南海トラフ地震の新たな想定が報じられていますが、それによると、震度6弱以上の恐れがある地域は24府県687市町村に及び、中央防災会議が'03年に出した20府県350市町村から、総面積で3.3倍に増え、震度6強以上になる地域も5.6倍に拡大し、また、津波高については、10メートル以上の地域が従来の2県10市町から11県90市町村に増えています(最大の津波高が想定されたのは高知県黒潮町の34.4メートル)。
