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「●岩波新書」の インデックッスへ
脱原発の教科書であり、学際的集大成。今後の議論の継続・発展を望む。
石橋克彦 氏(2011年5月23日参議院行政監視委員会)
『原発を終わらせる (岩波新書)』(2011/07)
地震学者・石橋克彦氏を編者とした14本の小論文集で、東日本大震災、福島第一原子力発電事故後、原発を巡る識者の共著の刊行は珍しくありませんが、事故後3ヵ月そこそこで、これだけの専門家(原子力工学の専門家、技術者、社会学者、地方財政論の専門家など。原発を長く取材してきたジャーナリストをも含む)の論文を集めることが出来るのは、岩波ならではかもしれません。
全4部構成の第Ⅰ部が福島第一原発の現状、第Ⅱ部が原発の技術的問題点、第Ⅲ部が原発の社会的問題点、第4部が脱原発の経済・エネルギー戦略となっていて、口上には「原発を終わらせるための現実的かつ具体的な道を提案する」とありますが、どちらかと言うと、今回の事故を検証し、あらためて原発の何が問題なのかを多面的に考えるものとなっています。
個人的に特に印象に残ったのは、冒頭の原発の圧力容器の設計に携わった田中三彦氏の「原発で何が起きたのか」で、この人には『原発はなぜ危険か―元設計技師の証言』('90年/岩波新書)という20年前の著書もありますが、今回の事故後に発表された東電の発表データを分析して、改めて1号機の耐震脆弱性を指摘しており、津波の前に地震で既に電源トラブルと原子炉の損傷があり、1号機原子炉は危険な状態に陥っていたと考えられるとしており、この指摘は、「津波対策をすれば原発は安全になる」という発想を根本から崩すものとして注目されるべきかと思います(実際、その後多くの識者がこの考えを支持した)。
その他に、金属材料学が専門の井野博満・東大名誉教授も、「原発は先が見えない技術」と題した論文の中で、「圧力容器の照射脆化」の問題を取り上げると共に、高レベル廃棄物の地層処分(ガラス固化体)における「オーバーパックの耐食性」について、「1000年後もオーバーパックの健全性は保たれる」という財団法人原子力安全研究委員会の報告を、そうした「予測」を必要とする人達の「期待」に沿った安全ストーリーを作り上げているに過ぎないとしています。
また、本書編者で地震テクトニクスが専門の石橋克彦・神戸大学名誉教授は、「地震列島の原発」と題した論文の中で、冒頭の石橋論文を受けて、福島第一原発は、地震動そのものによって「冷やす」「閉じ込める」機能を失うという重大事故が起きた可能性が強いとし、耐震基準の変遷を追いながら、その問題点を指摘しています(福島第一原発の耐震性を審議する委員会で896年の貞観地震の大津波を考慮するよう東電に求めたが、東電はこれを無視した―と巷で言われているのは事実では無く、委員会そのものが最終報告に津波の危険性について考慮を求めることを入れなかったため、津波対策は最初から対象外だったとのこと)。それにしても、地震地帯の真上に54基もの原子炉を造っている国なんて、日本ぐらいなんだなあ(116-117pの図)。
論文の多くが根拠を明確にするために、所謂「論文形式」に近い形で書かれていて、専門度も高いために素人にはやや難解な部分もありましたが、自分なりに新たな知見が得られた箇所が多くありました。
脱原発の教科書であり、学際的集大成。願わくば、もっと早くにこうした本が刊行されても良かったのではと思われ、今後も、こうした研究者間相互の情報共有が進み、更に問題の解決に向けての議論が継続・発展することを望みたいと思います。
《読書MEMO》
●目次
はじめに 石橋克彦
Ⅰ 福島第一原発事故
1 原発で何が起きたのか 田中三彦
2 事故はいつまで続くのか 後藤政志
3 福島原発避難民を訪ねて 鎌田 遵
Ⅱ 原発の何が問題かー科学・技術的側面から
1 原発は不完全な技術 上澤千尋
2 原発は先の見えない技術 井野博満
3 原発事故の災害規模 今中哲二
4 地震列島の原発 石橋克彦
Ⅲ 原発の何が問題かー社会的側面から
1 原子力安全規制を麻痺させた安全神話 吉岡 斉
2 原発依存の地域社会 伊藤久雄
3 原子力発電と兵器転用
―増え続けるプルトニウムのゆくえ 田窪雅文
Ⅳ 原発をどう終わらせるか
1 エネルギーシフトの戦略
―原子力でもなく、火力でもなく 飯田哲也
2 原発立地自治体の自立と再生 清水修二
3 経済・産業構造をどう変えるか 諸富 徹
4 原発のない新しい時代に踏みだそう 山口幸夫