「●く ジョン・グリシャム」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2496】 ジョン・グリシャム 『司法取引』
「○海外サスペンス・読み物【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ「●ジーン・ハックマン 出演作品」の インデックッスへ 「●ダスティン・ホフマン 出演作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ
一気に読ませるエンタテインメント性と、陪審制度の脆弱性批判を兼ね添えた佳作。

『陪審評決』『陪審評決〈上〉 (新潮文庫)
』『陪審評決〈下〉 (新潮文庫)
』「ニューオーリンズ・トライアル/陪審評決 プレミアム・エディション [DVD]
」
夫が肺癌で死んだのは、長年の喫煙が原因だとして、タバコ会社を相手どって未亡人が訴訟を起すが、結果次第では同様の訴訟が続発する可能性もあり、原告・被告双方の陪審コンサルタントによる各陪審員へのアプローチが開始される。そうした中、選任手続きを巧みにすり抜け、陪審団に入り込んだ青年がいた―
1996年発表のジョン・グリシャムのリーガル・サスペンスで、この"陪審団に入り込んだ青年"の意図はある程度読み進む内に明らかになりますが、いかにもエンタテイナーの作者らしい設定―但し、現実にこうしたことがあるかと言うとやや疑問で、ただ可能性として、やろうと思えば出来なくもないという意味での、陪審制度の脆弱性の批判になっているように思えました。
但し、陪審制度への批判の眼目はむしろ、陪審員の選任に関与する陪審コンサルタントの暗躍に対して向けられているように思われ、こちらもかなりサスペンスフルな味付けはされていますが、実際問題として、大企業が陪審コンサルを雇って企業訴訟を有利に導いたり(タバコが肺癌の原因になったという製造物責任訴訟では、タバコ会社側が多額の裁判費用をつぎ込んで敗訴を免れているとの批判が米国法曹界にある)、或いはO・J・シンプソン裁判ではないですが、資力のある被告が自らに同情的な考えを持つであろうと思われる陪審員を揃えることがあったりするようです(シンプソン事件の刑事裁判では"ドリームチーム"と呼ばれた弁護団が結成され、陪審員12人のうち9人が黒人だった)。
振り返ってわが国の裁判員制度を見れば、裁判員の除外要件は限定列挙的にあるものの、最終的にどういった人を適任としてスクリーニングしているのかよく分からず、なぜ裁判の当事者や一般の国民がそのあたりを突っ込まないのか不思議な気もします(陪審コンサルが暗躍するよりはいいと思うが)。
結末が『法律事務所』(映画ではなく原作の方)とやや似てはいますが、グリシャムらしい一気に読ませるエンタテインメント性と、制度の脆弱性批判を兼ね添えた佳作だと思います。
グリシャム作品は、デビュー作の『評決のとき(A Time to Kill)』 ('89年発表) から『ザ・ファーム/法律事務所(The Firm)』 ('91年発表)、『ペリカン文書 (The Pelican Brief)』('92年発表)、『依頼人(The Client)』 ('93年発表)あたりまでは、原題・邦題と映画化作品の原題・邦題がほぼ同じですが、『処刑室(The Chamber)』 ('94年発表) や『原告側弁護人(The Rainmaker)』 ('95年発表)は、映画化作品の邦題は小説の原題をそのまま使用しており、この『陪審評決(The Runaway Jury)』は、映画化作品の原題が"The Runaway Jury"と小説の原題通りであるのに対し、邦題は「ニューオーリンズ・トライアル」となっています。
トライアルは日本における刑事事件の公判に近いものですが、米国では刑事事件・民事事件共通の手続きであり、陪審トライアルだけでなく、陪審無しの裁判官によるトライアルもあり、そもそも刑事・民事ともそこに進む前に司法取引がなされたり和解が成立したりすることが多いため、トライアルにまでいく裁判は少ないとのこと―従って、陪審制(陪審トライアル)の下で行われる事件は実は全体のほんの一部に限られているということですが、映画邦題にこの言葉を選んだのは、リーガル・サスペンスの邦訳タイトルに似たものが多く、とは言え、原題の"The Runaway Jury"(「暴走した陪審員」と「楽勝の陪審員」の二重の意味?)を邦題にしても、日本人にはぴんと来にくいためでしょうか(映画が公開された時、原作がグリシャムとは気付かなかった自分としては「陪審評決」のままでも良かったと思う。「トライアル」でもぴんと来にくいことには変わりない)。
映画化作品は(タバコ訴訟ではなく、銃乱射事件の被害者が銃器製造会社を訴えるという設定に改変されている)、陪審員に潜り込んだ男にジョン・キューザック、陪審コンサルにジーン・ハックマン、正義を貫こうとする原告側弁護士にダスティン・ホフマンという取り合わせで、映
画だと三者の細かい遣り取りはどうしても端折りがちにならざるを得ず、むしろ陪審員のプロファイリングに際してFBI顔負けのハイテク機器をも駆使するジーン・ハックマンのやり手ぶりが強調されていたように思います。
評決の値段を"交渉"する2人。ジーン・ハックマンとレイチェル・ワイズ
ダスティン・ホフマンはやや脇に回った感がありますが、ジーン・ハックマンとはお互いの無名時代に、ホフマン夫妻がハックマン夫妻のアパートに転がり込み居候していた時期があったという古い友人同士で、この作品が初共演。一旦クランクアップした後に、そのことに思い当たったゲイリー・フレダー監督が2人を再度召喚し、裁判所のトイレで2人が本音でやり合うシーンを撮ったとのことですが、2人がサシで言葉を交わすのはこの場面しかなく、迫力ある2人の衝突はまさに"共演"と言うより"競演"、レイチェル・ワイズ、ジョアンナ・ゴーイングといった個性派美女も出演している作品ですが、やはりこの二大俳優の激突シーンの迫力が一番印象に残りました(この場面、原作には無いわけだが)。
レイチェル・ワイズ/ジョアンナ・ゴーイング

「ニューオーリンズ・トライアル」●原題:THE RUNAWAY JURY●制作年:2003年●制作国:アメリカ●監督:ゲイリー・フレダー●製作:ゲイリー・フレダー/クリストファー・マンキウィッツ/アーノン・ミルチャン/スティーヴン・ブラウン●脚本:ブライアン・コッペルマン/デヴィッド・レヴィーン/マシュー・チャップマン/リック・クリーヴランド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:クリストファー・ヤング●原作:ジョン・グリシャム「陪審評決」●時間:128分●出演:ジョン・キューザック/ジーン・ハックマン/ダスティン・ホフマン/レイチェル・ワイズ/ブルース・デイヴィソン/ジェレミー・ピヴェン/ブルース・マッギル/ジョアンナ・ゴーイング/ヘンリー・ジャンクル/ニック・サーシー/セリア・ウェストン/ディラン・マクダーモット●日本公開:2004/01●配給:東宝東和)(評価:★★★☆)

鮎川信夫(詩人・翻訳家、1920 - 1986/享年66)『
かつて講談社文庫に収められていた鮎川信夫(1920 - 1986)訳のシャーロック・ホームズ・シリーズの復刻版で(ソフトカバー、1986年9月刊行)、「大全」とありますが、ホームズ・シリーズの短編集5冊、長編4冊、計60作品の内、第5短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』12編と、最後の長編『恐怖の谷』の13作品は未収録です。
同じようなタイプで、1991年に米国で刊行された英語版のハードカバー『Original Illustrated Sherlock Holmes』(Castle; Facsimile edition版)も手元にあり、こちらは、『シャーロック・ホームズの冒険』『シャーロック・ホームズの回想』『バスカビル家の犬』『シャーロック・ホームズの帰還』を所収し、イラストは同じく原著から365点も拾っています。


"
左翼系ジャーナリストであり、小説家、伝記作者、政治経済評論家、社会学者でもあったレイモンド・ポストゲート(Raymond W. Postgate 1896-1971)が1940年に発表した作品で(原題:Verdict of Twelve)、ハヤカワ・ミステリ(1954年初版)では江戸川乱歩が解説をしています。







美術評論家デイル・キングストン(ロス・マーティン)は、叔父の絵画収集家ランディ・マシューズを射殺し、画家志望の恋人トレイシー(ロザンナ・ハフマン)に、銃声を発するとともに2枚のドガの絵を盗み出させて、絵画強盗
の仕業に見せかけるよう工作、更にそのトレイシーをも殺害し、その罪を叔父の遺産を相続人である元妻エドナ(キム・ハンター)に
被せることで、遺産を独占しようとする―。
コロンボが「この絵にはあたしの指紋がある」と言ったところで、犯人が第2の犯行から戻ってきた際の、待ち受けていたコロンボとの"あの時"のやりとりが思い浮かび、「そっか」という感じはあるのですが、直後の犯人の反駁に対してコロンボが無言でしてみせたことには、犯人ならずとも「参った」という感じ。
それにしてもコロンボは、"あの時"偶然絵に触ったことを、後で思い出したのか、それとも最初からわざと指紋をつけたのか。これは、わざとでしょうね。
犯人役のロス・マーティンはピーター・フォークの演技の師匠でもあり、"スペシャル・ゲストスター"として招かれ、被害者マシューズの元妻エドナを演じたキム・ハンター(1922-2002/享年79)は「欲望という名の電車」の舞台版でピューリッツァ賞、映画版(1951)でアカデミー助演女優賞を受賞した名女優(映画「猿の惑星」シリーズでの猿の女科学者ジーラ役でもお馴染み)、弁護士役のドン・アメチーもいい味を出しているなど、役者陣も充実しており、シリーズ屈指の傑作と言えるかと思います。 
第3話であり、シリーズ第1作でもある「構想の死角」は、ジム・フェリスとケン・フランクリン(ジャック・キャシディ)という2人のミステリ作家がコンビを組んでミステリー・シリーズを発表し、ベストセラー作家として名声を手に入れていたが、実は、彼らの作品のすべての原稿はジムが書いたものであり、ケンは交渉やPRをやっていたに過ぎず、ジムがこれからはシリアスな小説を書きたいとコンビの解消を言い出したため、ケンはマズいと考え、また互いに生命保険をかけていたことから金目当てもあって、ジムを殺害するというもの。
連続殺人に発展し、コロンボは、作家が殺された最初のトリックは見事だが、第2の殺人のトリックはお粗末であると犯人の前で評価をしますが、最初の殺人のトリックは被害者によるメモがあり、これは被害者の筆跡。最後に自白を迫られた犯人のケンは、あれは自分のアイデアをジムがメモに書きとったものだと明かし、比較的弱い状況証拠しか無かったにも関わらず、犯人のコンプレックスから来る意地のようなものが自白を促したと取れるところが、皮肉が効いています(犯人の畢生の傑作トリックだったわけだが、コロンボ自身は犯人の自白を聞くまで、犯人自身のアイデアとは思ってなかった?)。
何だか脚本家の内輪ネタにも似た話ですが、脚本そのものはスピルバーグではありません。スピルバーグはTV映画「
本はあったということか)。「構想の死角」では途中で変わった形をしたホットドッグ屋が出てきますが、こういうのを映し込むアイデアはスピルバーグの発案なのかもしれません。因みに、犯人役のジャック・キャシディは、このシリーズの第22話「第三の終章」、第36話「魔術師の幻想」でも犯人役として出ています(計3回)。
傑作と言えば、ピーター・フォーク自身が監督した第9話「パイルD-3の壁」などもそうではないかと。
事業家ウィリアムソン(フォレスト・タッカー)が行方不明になり,彼の前妻ゴールディー(ジャニス・ペイジ)からの捜索依頼を受けたロス市警が捜査に乗り出すが、ウィリアムソンの現在の妻ジェニファー(パメラ・オースチン)や建築家のエリオット・マーカム(パトリック・オニール)は、彼は仕事でロスを離れたのだろうと言い、ウィリアムソンの車も空港で発見される。しかしコロンボは、その車を他人が運転していた形跡を見つけ、殺害の線で捜査を開始する―。 
被害者の死体捜しが鍵となっているこの作品は、ストーリー的には
単純な方かと思われますが、そのことによって、「人間心理の逆を突いた犯人の更に逆を突くコロンボ」という構図がよりハッキリ浮かび上がる作りになっているように思いました(原題は「殺人の青写真(Blueprint for Murder )」。「青写真」と設計図の「青焼き」を懸けたものだが、今の時代においては邦題の方がいいかも)。
コロンボは、被害者の遺体が埋められていると思われる場所を掘り返す許可を得るため役所に行き、さんざん盥回しにされてやっと許可が下りたかと思ったら(この"苦労"も推理の伏線になっているところが上手い)、死体が出なかった―その際のがっくりきたコロンボの様は、あれは犯人に対するフェイクではなく、ホントにがっくりきていたのかなあ(前妻役ジャニス・ペイジに慰めのキスをされていた)。いや、やはりあれは、犯人に死体の隠し方法を示唆することで死体を引っ張り出せるためのフェイクとみるのが筋(スジ)でしょう。被害者のクルマにあったクラシック音楽のカセットと犯人がクラシック音楽好きであることから、早期にホシであると目をつけていたことは、ラストでコロンボ自身が犯人に明かしていることでもあるし。
「刑事コロンボ(第6話)/二枚のドガの絵」●原題:SUITABLE FOR FRAMING●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ハイ・アヴァバック●製作:リチャード・レヴィンソン/ウィリアム・リンク●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:76分●出演:ピーター・フォーク/ロス・マーティン/ロザンナ・ハフマン/キム・ハンター/ドン・アメチ/ジョアン・ショーリー/バーニー・フィリップス/カート・コンウエイ●日本公開:1972/10 (NHK-UHF)(評価:★★★★)
「刑事コロンボ(第3話)/構想の死角」●原題:MURDER BY THE BOOK●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:リチャード・レビンソン/ウィリアム・リンクズ●脚本:スティーブン・ボッコ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:76分●出演:ピーター・フォーク/ジャック・キャシディ/マーティン・ミルナー/ローズマリー・フォーサイス/バーバラ・コルビー/リネット・メッティー/アニトラ・フォード●日本公開:1972/11●放送:NHK-UHF(評価:★★★★)
「刑事コロンボ(第9話)/パイルD-3の壁」●原題:BLUEPRINT FOR MURDER●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ピーター・フォーク●製作:リチャード・レヴィンソン/ウィリアム・リンク●脚本:スティーヴン・ボチコ●音楽:ギル・メレ●時間:75分●出演:ピーター・フォーク/パトリック・オニール/フォレスト・タッカー/ジャニス・ペイジ/パメラ・オースティン/ジョン・フィードラー/ジョン・フィネガン/ロバート・ギボンズ/ベティ・アッカーマン/クリフ・カーネル●日本公開:1973/02(NHK-UHF)(評価:★★★★)




Laurie Lynn Drummond
ルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短篇集で、2006 (平成18) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、並びに、2007(平成19) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品(原題:Anything you say can and will be used against you)。
確かに「サード・ウォッチ」や「The Division 5人の女刑事たち」といったTVドラマなどでも女性警官は活躍していますが、この作品はそうしたTVドラマでは見られない現場(及び現場の外)のリアリティに溢れています(但し、「サード・ウォッチ」は高質の警察ドラマであり、女性警官フェイス・ヨーカスは、この作品の女性警官達に通じるものがあると思う)。







映画「評決」は、当初アーサー・ヒラー監督、ロバート・レッドフォード主演で制作が予定されていたのが、アーサー・ヒラーが創作上の意見不一致を理由に降板、ロバート・レッドフォードもアル中の役は彼のイメージにそぐわないとの理由で見送られ、企画は頓挫し、脚本も途中で何回も書き直されることになったそうです。
ポール・ニューマンになり、そのポール・ニューマン自身、「自分の長いキャリアの中で初めてポール・ニューマン以外の人物を演じた」と述べたそうですが、そうした彼の熱演もあって、リーガル・サスペンスと言うより人間ドラマに近い感じに仕上がっているように思いました。
ちょうどアカデミー賞の受賞式を日本のテレビ局で放映するようになった頃で、ポール・ニューマンの初受賞は堅いと思われていましたが、「ガンジー」のベン・キングズレーにさらわれ、4年後の「ハスラー2」での受賞まで持ち越しになりました。映画の内容の方は、より一般向けに原作をやや改変している部分もありますが、ポール・ニューマンの演技そのものにはアカデミー賞をあげてもよかったのではないかと思いました。
The Verdict (1982)

ジェームズ・メイスン/ミロ・オシア/エドワード・ビンズ/ジュリー・ボヴァッソ/リンゼイ・クルーズ/ロクサン・ハート/ルイス・J・スタドレン/ウェズリー・アディ/ジェームズ・ハンディ/ジョー・セネカケント・ブロードハースト/コリン・スティントン/バート・ハリス/ブルース・ウィリス(ノンクレジット)(傍聴人)●日本公開:1983/03●配給:20世紀フォックス●最初に観





ニューヨークに住むウィリー(ジョン・ルーリー)は、クリーブランドに住む叔母が入院する間、ハンガリー出身の16歳の従妹エヴァ(エスター・バリント)を預かることになり、エヴァ、ウィリー、ウィリーの賭博友達エディ(リチャード・エドソン)の3人の奇妙な生活が始まる―。
ジム・ジャームッシュ監督の前作「パーマネント・バケーション」('80年)もそうですが、自主制作フィルムの雰囲気を保っていて、それを3本繋ぎ合せたという感もあり、ストーリーはあって無いようなシンプルなものです。
一応はロード・ムビーのような体裁をとっていて(途中からか)、ウィリーとエディがエヴァを誘って雪のエリー湖に行ったり、南国フロリダに行ったりしていますが、ストーリーよりも3人の、ぎこちないようで自然体でもあるように見える不思議な関係を、淡々としたモノクロームのカメラワークで描いており(殆どワンシーン・ワンショットで撮られている)、その演出と映像のトーンそのものが新鮮でした(時に映像詩のような印象も)。
タイトルは「はみ出し者仲間」の意。刑務所仲間の超ノン気な脱獄道中で、今回も音楽も担当のジョン・ルーリーが演技でも相変わらず良く、そのジョン・ルーリーと、映画初出演のシンガーソングライター、トム・ウェイツのクールな2人に、後に「ライフ・イズ・ビューティフル」('98年)を監督・脚本・主演し、アカデミー賞主演男優賞・外国映画作品賞を受賞する、ロベルト・ベニーニが陽気に絡みます。
登場人物の行動が行き当たりばったりだったり、予期せぬ偶然に流されたりするのと、登場人物相互の関わり合いがカラッと乾いた感じで描かれているのは「スト・パラ」と同じで、最後に男達が、ごく当たり前のようにそれぞれの道へ別れていくのは、日本映画ではちょっと考えられないようなドライ且つ爽やかなエンディングでした。
ジョン・ルーリー(イイ男にも見えるし、ハ虫類系の顔にも見える)も、本職は役者ではなくサックス奏者で、両作品の音楽も担当していますが、多才な人だなあと。90年代にライム病という難病を発症して生死の境を彷徨い、音楽活動からは身を引きましたが、画家としての活動に創作意欲の捌け口を見出し、昨年('10年)には日本でも個展が開かれています(作品は夢の世界を描いたような水彩画が多く、画風は子供の描いた絵のように見えるものもあれば、幽玄な水墨画に近いものもある。やはり、大病したためただろうか)



「ダウン・バイ・ロー」●原題:DOWN BY LAW●制作年:1986年●制作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ジム・ジャームッシュ●製作:アラン・クラインバーグ●撮影:ロビー・ミューラー●音楽:ジョン・ルーリー●時間:107分●出演:トム・ウェイツ/ジョン・ルーリー/ロベルト・ベニーニ/ニコレッタ・ブラスキ/エレン・バーキン●日本公開:1986/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町・スバル座(86-12-14)(評価:★★★★)


コン・リー(鞏俐)/チャン・イーモウ(張藝謀)

プロパガンダ的と言うよりも人間そのものをしっかり描いている感じで、度重なる悲劇に屈せず前向きに生きようとする主人公が、「風と共に去りぬ」のスカーレットみたいであり(たまたまこれも"赤系統"の名前だが)、赤を主体とした強烈な色彩美が印象的。ダイナミックなカメラワークも含め、この監督が将来、「




「紅いコーリャン」では、それまでの中国現代映画にはないくらい大胆に"性"を描いていますが、「菊豆<チュイトウ>」('90年)はそれ以上であり、更には、現代に近い時代を扱った作品ではタブーとされてきた"不倫"を描いています(第43回カンヌ国際映画祭「ルイス・ブニュエル賞」受賞)。
これも「紅いコーリャン」と同じように金で買われて旧家の染物屋に嫁入りした菊豆(チュイトウ)(鞏俐(コン・リー)が主人公で、彼女は夫のDV(性的サディズム)に苛まれた末に、同居の使用人の若い男を引き込んでその男と結ばれ、病に倒れ身体の自由がきかなくなった夫に代わって次第に家庭内での実権を握っていきますが、男との間に生まれた子供が実の子でないことを知った父親(菊豆の夫は実は不能だった)は子供を邪険にする―。
子供がダミアンみたいな悪魔っ子で、かなり怖いです。当初辛くあたっていた父親がやがて愛情をかけるようになったにも関わらず、誤って染料の壺に落っこちて今まさに溺死しようとしている父を見て、この子は助けようともせず不気味な笑みを浮かべています(殆どホラー・ムービーの世界)。

「紅いコーリャン」●原題:紅高梁(HONG GAO LIANG) /RED SORGHUM●制作年:1987年●制作国:中国●監督:張藝謀(チャン・イーモウ)●製作:呉天明(ウー・ティエンミン)●脚本:陳剣雨(チェン・チェンユイ)/朱偉(チュー・ウェイ)/莫言(モー・イェン)●撮影:顧長衛(クー・チャンウェイ)●音楽:趙季平(ヂャオ・チーピン)●原作:莫言(モー・イェン)「紅高梁」「高梁酒」●時間:91分●出演:鞏俐(コン・リー)/姜文(チアン・ウェン)/滕汝駿(トン・ ルーチュン)/劉継(リウ・チー)/錢明(チェン・ミン)/計春華(チー・チュンホア)●公開:1989/01●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(89-02-18)(評価:★★★★☆)
旧・渋谷ユーロスペース/シアターN渋谷 1982(昭和57)年渋谷駅南


「菊豆<チュイトウ>」●原題:菊豆 JUDOU●制作年:1990年●制作国:中国・日本●監督:張藝謀(チャン・イーモウ)●製作:徳間康快●脚本:劉恒(リュウ・ホン)●撮影:顧長衛(クー・チャンウェイ)●音楽:郭峰(クオ・フォン)●原作:劉恒(リュウ・ホン)「羲、伏羲」 ●時間:94分●出演:鞏俐(コン・リー)/李保田(リー・パオティエン)/李





《読書MEMO》


トゥームストーンへ平穏な暮らしを求めやって来た元保安官のワイアット・アープ(カート・ラッセル)は、町がクラントン兄弟や凄腕のガンマン、ジョニー・リンゴ(マイケル・ビーン)らカウボーイズと名乗る無法者集団に牛耳られていることを知る。ワイアットは旧友ドク・ホリデ
イ(ヴァル・キルマー)と再会したが、彼は結核に冒されていて、恋人のケイト(ジョアンナ・パクラ)が彼の生き方を全うさせようと寄り添っている。一方ワイアットは、舞台女優のジョセフィーヌ(ダナ・デラニー)と知り合う。カウボーイズの無法ぶりを抑えようと、ワイアットの兄と弟は保安官となり、アープ兄弟は一味からOKコラルでの決闘を申し込まれるが、ドクの加勢を得て勝利する。しかし、敵の報復により兄が重体に、弟が殺されるに及んで、ワイアットは再び保安官のバッジを付け、ドクと共に立ち上がる―。
「トゥームストーン」('93年/米)の監督は「ランボー 怒りの脱出」のジョージ
この作品でみると、敵役のリンゴなどはワイアット・アープの手に余る相手で、ワイアットを助太刀したのがドグ・ホリディという構図になっているのが興味深いです(一番の拳銃使いはドグ・ホリディということか)。
同じ頃に公開された「ワイアット・アープ」('94年/米)は、「シルバラード」のローレンス・カスダン監督ということで期待しましたが、こちらは完全にケヴィン・コスナーの映画という感じ。ケヴィン・コスナーはやりたかったんだろうなあ、この役を。
こちらも「史実に忠実」が謳い文句で、同じくOKコラルの決闘の後にもう一度、ワイアット・アープ(ケヴィン・コスナー)とドグ・ホリディ(デニス・クエイド)はカウボーイズ一味を相手にワイアットの弟の弔い合戦をやっています。
デニス・クエイドのドグ・ホリディは、ヴァル・キルマーより更に線が細い、というより病的。事実、結核病みだったから、リアルと言えばリアルなのかも(自分の頭の中にある「
3時間11分の大作になっているのは、ワイアット・アープの生涯を通しで描いているためで、若い頃に身重の妻を病気で喪って酒浸りの日々を送り、馬泥棒で留置所に入れられたりもしたのだなあと(よくぞ立ち直った)。但し、決闘に至るまでがあまりに長く(これはある種「伝記映画」か?)、ケヴィン・コスナーの熱演(?)にもかかわらず(コスナーはこの作品で「ゴールデン・ラズベリー賞」の最低主演男優賞を受賞している)冗長な感は否めませんでした(この人が製作に関わった作品は、長尺になる傾向がある。カットするのが惜しい?)。
「トゥームストーン」●原題:TOMBSTONE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・P・コスマトス●製作:ジェームズ・ジャックス/ショーン・ダニエル/ボブ・ミシオロウスキ●脚本:ケヴィン・ジャール●撮影:ウィリアム・A・フレイカー●音楽:ブルース・ブロートン●時間:130分●出演:カート・ラッセル/ヴァル・キルマー/サム・エリオット/ビル・パクストン/ダナ・デラニー/ジョアナ・パクラ/パワーズ・ブース/マイケル・ビーン/チャールトン・ヘストン/ジェイソン・プリーストリー/マイケル・ルーカー/ビリー・ゼーン/ロバート・ミッチャム●日本公開:1994/05●配給:東宝東和(評価:★★★★)
「ワイアット・アープ」●原題:WYATT EARP●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督:ローレンス・カスダン●製作:ケヴィン・コスナー/ ジム・ウィルソン/ローレンス・カスダン●脚本: ローレンス・カスダン/ダン・ゴードン●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード●時間:191分●出演:ケヴィン・コスナー/デニス・クエイド/ジーン・ハックマン/イザベラ・ロッセリーニ/マイケル・マドセン/デヴィッド・アンドリュース/リンデン・アシュビー/トム・サイズモア/ビル・プルマン/マーク・ハーモン/ジェフ・フェイヒー/アダム・ボールドウィン/アナベス・ギッシュ/メア・ウィニンガム/ジョアンナ・ゴーイング/キャサリン・オハラ/ジョベス・ウィリアムズ/アリソン・エリオット/ベティ・バックリー/ジェームズ・カヴィーゼル/ランドル・メル/レックス・リン/ルイス・スミス/トッド・アレン●日本公開:1994/07●配給:ワーナー・ブラザース映画(評価:★★★)



牛追いの旅の途中で逗留した墓場の町トゥームストーンで、牛を盗まれ末弟を殺されたワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)ら兄弟は、犯人を捜すべく町に留まり保安官職を引き受けるが、町には賭博師ドク・ホリディ(ヴィクター・マチュア)がいた。ワイアットは根っからの悪人ではないドクに一目置き、友情を抱く。やがてドクを追って東部からクレメンタイン(リンダ・ダーネル)という女性が来て、ワイアットは密かに恋心を抱くも彼女のドクへの想いを知り、その希望を叶えるためにも酒浸りのドクに酒を控えるよう忠告するが、は自らが病気であることを悟るドク、彼女につれない態度をとる―。
「荒野の決闘」は1946年のジョン・フォード作品ですが、ヘンリー・フォンダの映画と言ってもいいかも(そもそも、ジョン・フォードがジョン・ウェインを使わずヘンリー・フォンダを起用している点が興味深い)。もの静かながらも正義感と責任感を裡に秘め、武骨ながらも時にユーモアも見せるヘンリー・フォンダ独特のワイアット・アープ像が印象的でした。
この作品の他にも「OK牧場の決斗」('57年/ジョン・スタージェス監督、バート・ランカスター、カーク・ダグラス主演)をはじめ何度か映画の素材になっており、90年代に入っても「
「荒野の決闘」では、ワイアット・アープとドグ・ホリディは酒場で出会って意気投合し、ドク・ホリディに惚れていた酒場の女が銃で撃たれる事件が起きて、ドクがその時に彼女の手術をしたために、彼が元医者であることが初めて皆に知れるというようになっていますが、「OK牧場の決斗」「トゥームストーン」「ワイアット・アープ」では2人は以前から親友だったことになっています。
和田誠氏は『
「OK牧場の決斗」も西部劇の傑作には違いなく、アクション味やカタルシスの度合いは「荒野の決闘」より上かも知れませんが、個人的には「荒野の決闘」の静かな雰囲気の方が好きかなあ(モノクロームの味わいもある)。
"娯楽作品"vs."文芸作品"という感じで、比較するのに
無理があるかも知れませんが、ワイアット・アープ像は、保安官然とした「OK牧場の決斗」のバ―ト・ランカスターよりも、じわっと人間味が出ている「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダの方
が上、ドグ・ホリディは誰が演じても受ける"映画向き"のキャラクターという気はしますが、これもヴィクター・マチュアの存在感が、カーク・ダグラス(これも、この作品でのバ―ト・ランカスターと比べると悪くはないが)を上回っているように思います(但し、先に挙げた和田誠氏の『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』によると、この「荒野の決闘」でのヴィクター・マチュアの一般的評価はあまり高くないようだ)。
「荒野の決闘」のテーマ曲「いとしのクレメンタイン」は、歌詞に"a miner, forty-niner"とあるように、ゴールドラッシュ時代を回顧したアメリカ民謡で、"Clementine"は亡くなった恋人(抗夫の娘)の名、日本では探検・登山家の西堀栄三郎が作詞した「雪山讃歌」として知られています。
ジョン・スタージェス監督自身は「OK牧場の決斗」の内容に不満であったと言われ、この10年後、「OK牧場の決斗」の後日譚をより史実に近い形で描いた「墓石と決闘(Hour of the Gun)」('67年)を撮っていますが、配役はワイアット・アープがジェームズ・ガーナー、ドク・ホリデイがジェイソン・ロバーズに変わっています(OK牧場での決斗シーンから映画が始まるので、正続で描かれ方を比べてみるのもいい)。

「荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)」●原題:MY DARLING CLEMENTINE●制作年:1946年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フォード●製作:サミュエル・G・エンゲル●脚本:サミュエル・G・エンゲル/ウィンストン・ミラー●撮影:ジョー・マクドナルド●音楽:シリル・モックリッジ/アルフレッド・ニューマン●原作:サム・ヘルマン/スチュアート・N・レイク●時間:97分●


「OK牧場の決斗」●原題:GUNFIGHT AT THE O.K. CORRAL●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・スタージェス●製作:ハル・B・ウォリス●脚本:レオン・ウーリス●撮影:チャールズ・ラング・Jr●音楽:ディミトリ・ティオムキン●原案:ジョージ・スカリン●時間:122分●出演:バート・ランカスター/カーク・ダグラス/ロンダ・フレミング/ライル・ベトガー/ジョン・アイアランド/ジョー・ヴァン・フリート/リー・ヴァン・クリーフ/アール・ホリマン/デニス・ホッパー/ケネス・トビー/デフォレスト・ケリ
ジャック・イーラム/ブライアン・ハットン/フランク・フェイレン/マーティン・ミルナー/オリーヴ・ケリー/テッド・デ・コルシア●日本公開:1957/07●配給:パラマウント映画(評価:★★★☆)