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メロドラマ in 阿蘇谷。高峰秀子と仲代達矢が競演。田村正和の本格デビュー作でもある。

「木下惠介生誕100年「永遠の人」 [DVD]」高峰秀子/仲代達矢/佐田啓二
◇第一章 昭和7年、上海事変の頃、阿蘇谷の大地主・小清水平左衛門(永田靖)の小作人・草二郎(加藤嘉)の娘・さだ子(高峰秀子)には川南隆(佐田啓二)という親兄弟も許した恋人がいた。隆と、平左衛門の息子・平兵衛(仲代達矢)は共に戦争に行っていたが、平兵衛は足に負傷、除隊となって帰郷する。平兵衛の歓迎会の数日後、平兵衛はさだ子を犯す。さだ子は川に身を投げるが、隆の兄・力造(野々村潔)に助けられる。やがて隆が凱旋、事情を知った彼は、さだ子と村を出奔しようと決心するが、当日になって幸せになってくれと置手紙を残し行方をくらます。
◇第二章 昭和19年。さだ子は平兵衛と結婚、栄一、守人、直子の三人の子をもうけていた。太平洋戦争も末期、隆も力造も応召していた。隆はすでに結婚、妻の友子(乙羽信子)は幼い息子・豊と力造の家にいたが、平兵衛の申し出で小清水家に手伝いにいくことになる。隆を忘れないさだ子に苦しめられる平兵衛と、さだ子の面影を追う隆に傷つけられた友子。ある日、平兵衛は友子に挑み、さだ子は"ケダモノ"と面罵する。騒ぎの中、長い間病床に伏していた平左衛門が死去、翌日、友子は暇をとり郷里へ帰る。
◇第三章 昭和24年。隆は胸を冒されて帰郷。一方、さだ子が平兵衛に犯された時に姙った栄一(田村正和)は高校生になっていたが、ある日、自分の出生の秘密を知り、阿蘇火口に投身自殺する。さだ子と平兵衛は一層憎み合うようになる。
◇第四章 昭和35年。二十歳になる直子(藤由紀子)と25歳になる隆の息子・豊(石浜朗)は愛し合っていたが家の事情で結婚できない。さだ子は二人を大阪へ逃がしてやった。これを知って怒る平兵衛。そこへ巡査(東野英治郎)がきて、東京の大学に入っている次男の守人(戸塚雅哉)が安保反対デモに参加、逮捕状が出ていると報せに来る。その後へ守人から電話。さだ子は草千里まできた守人に会い金を渡して彼の逃走を助ける。草千里へ行く途中、さだ子はまた友子と会い、息子と会いたいという友子に大阪の居場所を教える。
◇第五章 昭和36年。隆は死の床についていた。直子と豊も生れたばかりの子を連れて駆けつける。さだ子も来た。隆は死の間際に、平兵衛を苦しめていたのは自分であり、謝ってくれとさだ子に告げるた。さだ子は隆を安らかに送るため平兵衛を呼んでこようとするが―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1961(昭和36)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第3位。1962年に米国の第34回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品でもあります。前年「旗本愚連隊」にて顔見せ出演した田村正和は、この作品が本格的デビューとなりました。
仲代達矢/田村正和/高峰秀子
「ザ・メロドラマ in 阿蘇谷」という感じ。さだ子(高峰秀子)、隆(佐田啓二)、平兵衛(仲代達矢)は三角関係で、さだ子にとっての「永遠の人」は隆であり、そのためさだ子と平兵衛は憎しみ合っていて、それを演じる高峰秀子と仲代達矢が演技合戦がスゴイです(高峰秀子は'61年・第12回「芸術選奨(演技)」受賞)。
ラスト、平兵衛はさだ子の頼みを最初はきかなかったけれども、やがて頑なだった彼の心も砕けます。ただ、これで30年間も憎み、苦しんできた二人にようやく平和が訪れたという、所謂メロドラマ的筋書きなのでしようが、高峰秀子と仲代達矢のそれまでの憎しみ合う演技がスゴ過ぎて、結末がやや安易に思えてしまうほどでした。
なぜかBGMがフラメンコギターなのですが、これが各シーンに合っていて、フラメンコ調のギターはメロドラマと相性がいいのかも。フラメンコ調のギターを活かした映画と言えば今井正監督の「小林多喜二」('74年)がありましたが、あれもなぜフラメンコギターなのかと思いながらも、しばらくすると違和感がなくなりました。個人的には、この映画で再び同じような経験をしたことになります。
「永遠の人」●制作年:1961年●監督・脚本:木下惠介●製作:月森仙之助/木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:107分●出演:高峰秀子/佐田啓二/仲代達矢/加藤嘉/野々村潔/永田靖/浜田寅彦/乙羽信子/田村正和/戸塚雅哉/藤由紀子/石濱朗/東野英治郎●公開:1961/09●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-08-20)(評価:★★★★)



浅間山麓に牧場を営む青山正一(坂本武)の娘おきん(高峰秀子)は、東京からの便りで、友達を一人連れて近日帰郷すると言ってくる。しかも署名にはリリイ・カルメンとしてある。正一はそんな異人名前の娘は持った覚えが無いと怒鳴るので、おきんの姉のおゆき(望月美惠子)は村の小学校の先生をしている夫の一郎(磯野秋雄)に相談に行き、校長(笠智衆)に口を利いてもらって正一を宥めようと相談が纏まる。田口春雄(佐野周二)は出征して失明して以来愛用のオルガンで作曲に専心していて、妻の光子(井川邦子)が馬力を出して働いているが、運送屋の丸十(小沢栄)に借金のためにオルガンを取り上げられ、息子に手を引かれて小学校までオルガンを弾きに通っている。その丸十は、村に観光ホテルを建てる計画に夢中になり、そのため東京まで出かけて行き、おきんや朱実(小林トシ子)と一緒の汽車で帰って来た。東京でストリップ・ダンサーになっているおきんと朱実の派手な服装と突飛な行動とは村にセンセーションを巻き起こし、正一はそれを頭痛に病んで熱を出す。校長も、正一を説得したことを後悔している。村の運動会の日には、せっかくの春雄が作曲し
た「故郷」を弾いている最中、朱実がスカートを落っこどして演奏を台無しにしてしまう。春雄は怒って演奏を中止するし、朱実は想いを寄せている小川先生(佐田啓二)が一向に手ごたえがないので、きんと二人で腐ってしまう。しかし丸十の後援でストリップの公演を思い立った二人はまたそれで張り切り村の若者たちは涌き立つ。正一は、公演の夜、校長宅で泊りきりで自棄酒を飲んでいたが、公演は満員の盛況で大成功だった。その翌日おきんと朱実は故郷を後にする―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1951(昭和26)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第4位。脚本が良く出来ていると思います。群像劇のような感じなので、どこが見どころかは人によって異なるかもしれませんが、個人的には、いいと思った箇所が2つありました。
一つは、正一が娘おきんのことを親不孝者と嘆いていたのが、最後はやっぱり可愛くてたまらないということで、娘から公演の出演料を受け取る気になって、それをそっくり学校へ寄付するという流れ。もう一つは、丸十が公演の儲けに気を良くしてオルガンを春雄に只で返してやったことで、春雄が一度は腹を立てたおきんたちに済まないと思い、光子と一緒に汽車の沿道へ出ておきんと朱実に感謝の手を振るという流れです。
ラストの方で、この二つの"和解"を重層的に織り込んでいる点が上手いと思いました。やや話が出来過ぎの感もあるし、考えてみれば、"芸術"で村興しすると言っても、外から来た観光客が金を落としていったわけではなく、金の出所は村人たちであるわけですが、何となくほろりとさせられます。
木下惠介と高峰秀子との出会いは、高峰秀子のマネージャーが勝手に 「破れ太鼓」に出るよう契約して、何も聞いていなかった高峰秀子が勝手に契約したのを怒って、脚本読んだら面白いけれど主役じゃないし、やっぱり辞退しようと木下惠介のところへ直に言いに行き、木下惠介から、ケチのついた仕事なら降りたほうがいいよと、 代わりに今度はあなたのために脚本書いてあげるということになって、出来た脚本が「カルメン故郷に帰る」のストリッパーの役だったとのことです。木下惠介は自分で脚本を書くから、こういう時に強いなあと思います。
戦後日本初の「国産カラー映画」としても知られていて(富士写真フイルム(現:富士フイルム)と協力して製作)、カラー映画として満足のゆく出来にはならなかった場合は、カラー撮影そのものが無かったことにしてフィルムを破棄し、従前のモノクロ映画として公開することを内約していたため、まずカラーで撮影を行い、それが終わってから改めてモノクロの撮影を行うという、二度手間をかけて撮り上げたそうです。結果として映画の発色技術面は必ずしも満足のゆくものではなく、基本的に赤と緑の発色に問題があることも分かって、かなりどぎつい色彩感覚になっていますが、「総天然色映画」と前面に打ち出して公開したら、興業的には大成功となりました。
個人的にはこの映画の全部がいいと思ったわけではないですが、やはりポイントは押さえているという感じで、単に総天然色であるというだけでなく、脚本がよく出来ているということも、興業的な成功に結びつく要因としてあったのではないかと思います(カルメンらが芸術舞踏家と勘違いされるところが、娼館の娼婦たちが皆でピクニックに行った田舎で貴婦人の一行と間違われるモーパッサンの「
「カルメン故郷に帰る」●制作年:1951年●監督・脚本:木下惠介●製作:月森仙之助●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司(主題歌:黛敏郎)●時間:86分●出演:高峰秀子/小林トシ子/佐野周二/井川邦子/笠智衆/坂本武/佐田啓二/望月優子/見明凡太郎/三井弘次/山路義人/磯野秋雄/高堂国典●公開:1951/03●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-07-19)(評価:★★★☆)


昭和初期、第一次大戦後の日本。幼い頃から行商人の母親と全国を周り歩いて育ったふみ子(高峰秀子)は、東京で下宿暮らしを始める。職を転々としながら、貧しい生活の中で詩作に励むようになった彼女は、やがて同人雑誌にも参加する。創作活動を通して何人かの男と出会い、また別れるふみ子。やがて、その波乱の中で編んだ「放浪記」が世間で評価され、彼女は文壇へと踏み出していく―。
から幾つかのエピソードを拾って忠実に映像化する一方で、林芙美子の『放浪記』にはない文壇作家・詩人たちとの交流からライバ
ルの女流作家との競い合い、さらにエピローグとして作家として名を成した後、自身の半生を振り返るような描写があります(菊田一夫脚本・森光子主演の舞台のにあるようなでんぐり返しもはない)。
しかし、林芙美子って面食いだったのだなあ。貧しい彼女に金を援助してくれ、優しく献身してくれる隣室の印刷工・安岡(加東大介)には素気無い態度で接する一方、若い学生(岸田森)に目が行ったり、詩人で劇作家の伊達(仲谷昇)を好きになったりして、ただし伊達の方は二股かけた末に女優で詩人の日夏京子(草笛光子)の方を選んだために振られてしまうと、今度は同じくイケメンの福池(宝田明)に乗りかえるもこれがひどいダメンズ。甘い二枚目役で売り出した宝田明(1934-2022(87歳没))が演技開眼、ここではDV夫を好演しています。これらの男性にはモデルがいるようですが

はっきり分かりません(宝田明が演じた福池は詩人の野村吉哉がモデルか)。実際に林芙美子は当時次から次へと同棲相手を変え、20歳過ぎで画家の手塚緑敏(映画では藤山(小林桂樹))と知り合ってやっと少し落ち着いたようです。
草笛光子が演じた芙美子のライバル・日夏京子も原作にない役どころです(菊田一夫原案か)。白坂(伊藤雄之助)が新たに発刊する雑誌「女性芸術」に、村野やす子(文野朋子)の提案で、芙美子と日夏京子とで掲載する詩を競い合うことになって、芙美子が京子の詩の原稿を預かったものの、自分の原稿だけ届け、京子の原稿は締め切りに間に合わなくなるまで手元に置いていたというのは実話なのでしょうか(これが芙美子の作家デビューであるとするならば、芙美子のこの時の原稿が「放浪記」だったということになる。「放浪記」は長谷川時雨編集の「女人芸術」誌に1928(昭和3)年10月から連載された)。
映画の中で、草笛光子(1933年生まれ)は本気で高峰秀子をぶったそうです。高峰秀子をぶった女優が現役でまだいて、来年['22年]のNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演するは、「週刊文春」に連載を持っているは、というのもすごいものです。イケメン・ダメンズ役の宝田明もDV夫なので高峰秀子をぶちますが、草笛光子のビンタの方が強烈でした。林芙美子は面食いでなければもっと早くに幸せになれたのかもしれず、その点は樋口一葉などと似ているのではないか思ったりしました。

個人的には、原作は『放浪記』(★★★★★)と『浮雲』(★★★★☆)で甲乙つけ難く、しいて言えば原石の輝きを感じるとともにポジティブな感じがある『放浪記』が上になりますが(物語性を評価して完成度が高い『浮雲』の方をより高く評価する人もいておかしくない)、映画は、同じ成瀬巳喜男監督の「浮雲」(★★★★☆)の方が原作を比較的忠実に再現していて好みで、それに比べると「放浪記」(★★★★)は、菊田一夫的要素はそれなりに面白いですが、やや下でしょうか(それでも星4つだが)。高峰秀子は当時38歳。実際の年齢よりは若く見えます
が、本当はもう少し若い時分に林芙美子を演じて欲しかった気もします(「浮雲」の時は30歳だった)。ただ、それでもここまで演じ切れていれば立派なものだと思います。 


1932年(昭和7年)、新婚早々の灯台守・有沢四郎(佐田啓二)と妻・有沢きよ子(高峰秀子)は、四郎の勤務先の観音埼灯台で暮らし始める。北海道の石狩灯台で雪野・光太郎の2人の子を授
かり、九州の五島列島の先の女島灯台では夫婦別居も経験する。その後、弾崎灯台で日米開戦を迎え、戦争で多くの同僚を失うなど苦しい時期もあったが、後輩の野津(田村高広)と野津の妻・真砂子(伊藤弘子)に励まされながら勤務を続ける。また、空襲を逃れて東京
から疎開してきた一家と親しくなるなど、新たな出会いもあった。戦後、男木島灯台勤務の時、息子の光太郎(中村賀津雄)が不良とのケンカで刺殺される。が、そうした悲しみを乗り越えた先には喜びも待っていた。御前埼灯台の台長として赴任する途中、戦時中に知り合った疎開一家の長男・進吾(仲谷昇)と娘の雪野(有沢正子)との結婚話がまとまったのだ。御前埼灯台から四郎ときよ子の2人は灯台の灯をともして、新婚の雪野と進吾がエジプトのカイロに向かうために乗り込んだ船を見守る。遠ざかる船を見ながら、四郎ときよ子は「娘を立派に育てあげて本当によかった。灯台職員を続けていて本当によかった」と、感慨深く涙ぐむのだった―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1957(昭和32)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第3位。若山彰の歌唱による同名主題歌の「喜びも悲しみも幾歳月」も大ヒットし、後世でも過去の著名なヒット曲としてしばしば紹介されています(山藤章二の 『
石狩灯台の映画記念碑
佐渡島・弾埼灯台の映画記念像
日本最初の洋式灯台は1869(明治2年)年2月11日に点灯した神奈川県・三浦半島の観音埼灯台で、着工した1868(明治元)年11月1日が灯台記念日になっています(物語で夫婦が最初に赴任する灯台)。海の安全を守る重要な役割を果たす灯台ですが、戦争中は敵の攻撃目標となり、犠牲となった灯台守もいたことが、この映画の中でも語られています。
たとえ平和時であっても、仕事は単調で、狭い空間で一家の生活は終始し、気晴らしの機会もない単調な毎日で、夏休みも休日もないというのは、今の刺激に慣れた現代人から見れば想像を絶することかも。因みに、長崎県・五島市の男女群島の女島にある女島灯台(物語で夫婦が5番目に赴任する灯台)が最後の有人灯台でしたが、2006(平成18)年12月5日に無人化され、国内の灯台守は消滅しています。
主人公らの半生を描いているため、四郎が静岡県・御前崎の御前埼灯台に再赴任した時には「灯台長」になっていて(要するに偉くなっていて)、早逝した佐田啓二のちょび髭を生やした中年の管理職の役が見られるのが珍しいかも。佐田啓二(1926-1964/37歳没)って、大滝秀治(1925-2012//享年87)が生まれた年の次の年に生まれているのですねえ。長生きしていたらどんな老人になっていただろうかと、想像を逞しくしました。因みに、小津安二郎の後期の監督作の常連であり、「

「喜びも悲しみも幾歳月」●制作年:1957年●監督・原作・脚本:木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:160分●出演:佐田啓二/高峰秀子/有沢正子/中村賀津雄/田村高広/伊藤弘子/北竜二/仲谷昇/夏川静江/桂木洋子/小林十九二/坂本武/三井弘次/井川邦子/岡田和子/桜むつ子/明石潮/夏川大二郎/磯野秋雄●公開:1957/10●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-07-27)(評価:★★★★)




戦時中の1943年、農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)へ渡ったゆき子(高峰秀子)は、同地で農林省技師の富岡(森雅之)に会う。当初は富岡に否定的な感情を抱いていたゆき子だが、やがて富岡に妻が居ることを知りつつ2人は関係を結ぶ。終戦を迎え、妻・邦子(中北千枝子)との離婚を宣言して富岡は先に帰国する。後を追って東京の富岡の家を訪れるゆき子だが、富岡は妻とは別れていなかった。失意のゆき子は富岡と別れ、米兵ジョー(ロイ・ジェームス)の情婦になる。そんなゆき子と再会した富岡はゆき子を詰り、ゆき子も富岡を責
めるが結局2人はよりを戻す。終戦後の混乱した経済状況で富岡は仕事が上手くいかず、米兵と別れたゆき子を連
れて伊香保温泉へ旅行に行く。当地の「ボルネオ」という飲み屋の主人・清吉(加東大介)と富岡は意気投合し、2人は店に泊めてもらう。清吉には年下の女房おせい(岡田茉莉子)がおり、彼女に魅せられた富岡はおせいとも関係を結ぶ。ゆき子はその関係に気づき、2人は伊香保を去る。妊娠が判明したゆき子は再び富岡を
訪ねるが、彼はおせいと同棲していた。ゆき子はかつて貞操を犯された義兄の伊庭杉夫(山形勲)に借金をして中絶する。術後の入院中、ゆき子は新聞報道で清吉がおせいを絞殺した事件を知る。ゆき子は新興宗教の教祖になって金回りが良くなった伊庭を訪れ、養われることになる。そんなゆき子の元へ落魄の富岡が現れ、邦子が病死したことを告げる。富岡は新任地の屋久島へ行くことになり、身体の不調を感じていたゆき子も同行するが―。
成瀬巳喜男監督の1955年作品で、同年のキネマ旬報ベストテン第1位、監督賞、主演女優賞(高峰秀子)、主演男優賞受賞作品(森雅之)。「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞も受賞。『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫)で第5位、キネ旬発表の1999年の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」で第2位、2009年版(キネ旬創刊90周年記念)」でも第3位に入っています。
しかし、なぜ主人公のゆき子は、富岡みたいな優柔不断なくせに女には手が早いクズ男をいつまでも追いかけまわすのか、これが映画を観ていても原作を読んでいても常について回る疑問でした。だだ、この点について訊かれた水木洋子は、彼女が別れられないのは「身体の相性が良かったからに決まっているじゃない」といった類の発言をしている
そうです。そう思って映画を観ると、あるいは原作を読むと、映画にも原作にもそうしたことは全く描かれていないのですが、にもかかわらず何となく腑に落ちて、これって所謂"女の性(さが)"っていうやつなのかなあと。
当初主演を依頼された高峰秀子は「こんな大恋愛映画は自分には出来ない」と考え、自分の拙さを伝えるために台本を全て読み上げたテープを成瀬らに送ったが、それが気合いの表れと受け取られ、ますます強く依頼される羽目になったとのことです(潜在的には演じてみたい気持ちがあったのでは)。

「浮雲」●制作年:1955年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:124分●出演:高峰秀子/森雅之(大映)/岡田茉莉子/山形勲/中北千枝
子/加東大介/木匠マユリ/千石規子(東映)/村上冬樹/大川平八郎/金子信雄/ロイ・ジェームス/林幹/谷晃/恩田清二郎/森啓子/馬野都留子/音羽久米子/出雲八重子/瀬良明/堤康久/
木村貞子/桜井巨郎/佐田豊●公開:1955/01●
配給:東宝●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(21-04-13)(評価:★★★★☆)
南北朝時代、戦火を免れた山寺に、無明の太郎と異名をとる盗賊(勝新太郎)が、白拍子あがりの情人・愛染(新珠三千代)と爛れた生活を送っていた。自堕落な愛染、太郎が従者のように献身しているのは、彼女が素晴らしい肉体を、持っていたからだった。晩秋のある夕暮、京から太郎の妻・楓(高峰秀子)が尋ねて来た。太郎は、自分を探し求めて訪れた楓を邪慳に扱ったが、彼女はいつしか庫裡に住みつき、ただひたすら獣が獲物を待つ忍従さで太郎に仕えた。それから半年ほども過ぎたある晩、道に迷った高野の上人(佐
藤慶)が、一夜の宿を乞うて訪れた。楓は早速自分の苦衷を訴えたが、上人は、愛染を憎む己の心の中にこそ鬼が住んでいると説教し、上人が所持している黄金仏を盗ろうとした太郎には
呪文を唱えて立往生させた。だが、上人はそこに現われた愛染を見て動揺した。その昔、上人を恋仇きと争わせ、仏門に入る結縁をつくった女、それが愛染だった。上人に敵意を感じた愛染は、彼を本堂に誘う。そうした愛染に上人は仏の道を諭そうとしたが―。

っていることになる)。従って、落ち武者たちが寺を襲い、それを太郎が妻妾見守る前で一人で片付けるというシーンも映画のオリジナルです。勝新太郎の座頭市シリーズを第1作の「座頭市物語」('62年/大映)をはじめ何本も撮っている監督なので、やはり剣戟を入れないと収まらなかったのでしょう(笑)。どこまでこんな調子で原作からの改変があるのかなあと思って観ていたら、佐藤慶の演じる上人が訪ねて来るところから原作戯曲の通りで、宮川一夫のカメラ、伊福部昭の音楽も相俟って、重厚感のある映像化作品に仕上がっていました。
愛染と楓の激突はそのまま新珠三千代と高峰秀子の演技合戦の様相を呈しているように思われ(新珠三千代は現代的なメイク、高峰秀子は能面のようなメイクで、これは肉体と精神の対決を意味しているのではないか)、序盤で派手な剣戟を見せた勝新太郎も、愛染と楓の凌ぎ合いの狭間でたじたじとなる太郎さながらに、やや後退していく感じ。それでも、ああ、この役者が黒澤明の「影武者」をやっていたらなあ、と思わせる骨太さを遺憾なく発揮していました。
考えてみれば、原作は戯曲で、それをかなり忠実に再現しているので、役者は原作と同じセリフを話すことになり、新藤兼人の脚本は実質的には前の方に付け加えた部分だけかと思って、「結末は知っているよ」みたいな感じて観ていました。そしたら、最後の最後で意表を突かれました。
谷崎文学の世界を分かりやすく且つ重厚に再現していましたが、加えて、原作と異なる結末で、"意外性"も愉しめました。これ、映画を観てから原作を読んだ人も、原作の結末に「あれっ」と思うはずであって、全集で20ページくらいなので是非読んでみて欲しいと思います(原作の方が映画より"谷崎的"であるため、映画を観た人は原作がどうなっているか確認した方がいいように思う。映画は「魔性の女」が生きていてはならないというか、"映画的"に改変されている)。
「鬼の棲む館」●制作年:1969年●監督・脚本:三隅研次●製作:永田雅一●脚本:新藤兼人●撮影:宮川一夫●音楽:伊福部昭●原作:谷崎潤一郎「無明と愛染」(戯曲)●時間:76分●出演:勝新太郎/高峰秀子/新珠三千代/佐藤慶/五味龍太郎/木村元/伊達岳志/伴勇太郎/松田剛武/黒木現●公開:1969/05●配給:大映●最初に
観た場所:神田・神保町シアター(21-03-10)(評価:★★★★)




バスの車掌・おこまさん(高峰秀子)が勤める甲府のバス会社は、古びたバスを1台所有するだけのボロ会社であり、バス10台を有する新興のバス会社に押され気味。社長(勝見庸太郎)も赤字続きの会社を売り払ってしまおうと考えている。おこまさんも、評判の悪いこんな会社などいつでも辞めてやると思いながら、一方ではせめて仕事に誇りを持ちたいと切に思い、バスの運転を生き甲斐とする園田運転手(藤原鶏太)と共に思案、ラジオで聞いた名所案内のバスガイドのアイデアを取り入れることを思いつく。そして、地元の旅館「東洋館」に東京から来て逗留中の作家・井川權二(夏川大二郎)に、沿線の案内記を書いてほしいと依頼する―。
原作の主人公"おこまさん"は19歳で、映画出演時の高峰秀子は17歳ですが、原作は数え年なのでほぼ同じということになります。ただし、職業モノであるせいか、同じく「高峰秀子のアイドル映画」と言える前年の「
高峰秀子と運転手(園田)の藤原鶏太(釜足)のユーモラスなやりとりが微笑ましいですが、セリフはほとんど原作通りであり、脚本家が要らないのではないかと思われるくらい(実際、成瀬巳喜男自身が脚色している)。監督がやったのは、舞台設定と演出だけか。でも、楽しい映画に仕上がっています。

作家・井川權二のモデルは井伏鱒二自身であり、もともと高峰秀子主演と知りながら先に原作を読んだので、高峰秀子と井伏鱒二が話しているようなイメージが映画を観る前から先行してあったですが、改めて観ると、「井川權二」という作家を結構面白おかしくに描いていたなあ。原作者の遊び心を感じますが、一方でこの「井川權二」という作家には、おこまさんに沿線の案内記を書いてあげただけでなく、社長に無理難題を押し付けられた園田運転手の窮状を、知恵を働かせて救うというヒロイックな面もあり、それが映画ではちょっと分かりづらいので、原作も併せて読むといいと思います。
それにしても、作家・井川權
二を演じた夏川大二郎よりも、ラムネを氷にかけて飲んでばかりいる社長を演じた勝見庸太郎の方が井伏鱒二に似ていたかも(笑)。結局、この会社が「バス会社」であるというのは、裏でもろもろ危ういことをやるための「看板」に過ぎず、社長は今その看板のすげ替えを考えていて、おこまさんも園田も、会社の評判が良くないことはわかっていても、理想と希望に燃えているものだから、そこまで政略的なことには思い至らないという―ちょうど今で言えば、「ブラック企業」のもとで「やりがい詐欺」に遭っているのに、本人にはその自覚がない人と同じということになるかもしれません。革靴が会社から供給されず、下駄ばきのバスガイドというのもスゴイけれど、おこまさんの楽観的な健気さが映画での救いになっています(なにせアイドル映画だからなあ)。

![雁 (1953) [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%9B%81%20%281953%29%20%5BDVD%5D.jpg)

ことになったが、それは嘘で末造は大学の小使いから成り上った高利貸しでお常(浦辺粂子)という世話女房もいる男だった。お玉は大学裏の無縁坂の小さな妾宅に囲われた。末造に欺か
れたことを知って口惜しく思ったが、ようやく平穏な日々にありついた父親の姿をみると、せっかくの決心も揺らいだ。その頃、毎日無緑坂を散歩する医科大学生達がいた。偶然その中の一人・岡田(芥川比呂志)を知ったお玉は、いつ
か激しい思慕の情を募らせていった。末造が留守をした冬の或る日、お玉は今日こそ岡田に言葉をかけようと決心をしたが、岡田は試験にパスしてドイツへ留学する事になり、丁度その日送別会が催される事になっていた。お玉は岡田の友人・木村(宇野重吉)に知らされて駈けつけたが、岡田に会う事が出来なかった。それとなく感ずいた末造はお玉に厭味を浴びせた。お玉は黙って家を出た。不忍の池の畔でもの思いにたたずむお玉の傍を、馬車の音が近づいてきて、その中に岡田の顔が一瞬見えたかと思うと風のよう通り過ぎて行った―。
森鷗外の「
原作は、「僕」が35年前の出来事を振り返る形になっていて、原作の「僕」は映画での岡田の友人・木村に該当しますが、原作には木村という名は出てきません(因みに若尾文子版でも木村になっている)。また、原作でのお玉の年齢は数えで19歳くらいのようですが、それを実年齢で当時29歳の高峰秀子が演じています(ただし、若尾文子が演じた時は32歳だった)。芥川比呂志もこの時33歳だったので、学生というにはやや年齢が行き過ぎている印象も受けます。
物語は、原作が主に「(物語の語り手でもある)僕」の視点から展開されるのに対し、映画は高峰秀子が演じるお玉の視点からの展開が中心であり、特に前半は9割以上がそうであって、お玉が善吉にほとんど騙されるような形でその"囲い者"になり、周囲の差別と偏見の下、肩身の狭い思いで暮らす様が丁寧に描かれています。お玉が芥川比呂志演じる岡田と知り合う契機となる「蛇事件」は真ん中ぐらいでしょうか。そこからお玉が岡田への想いを募らせていくのは原作と同じです。
個人的には、原作を読んだ時、正直あまりに古風な話だなあと思ったりもしましたが、豊田四郎監督は映画において、高峰秀子という女優の意志的なキャラクターをベースに、現代的な解釈を織り込んだのではないかという気がしています。原作に手を加えてダメにしてしまう監督は多いですが、本作は、原作の情緒風情、主人公の切ない思いなどを生かしたうえでの改変であり、これはこれで悪くなかったように思います。
「雁」●制作年:1953年●監督:豊田四郎●企画:平尾郁次/黒岩健而●脚本:成澤昌茂●撮影:三浦光雄●音楽:團伊玖磨●原作:森鷗外「雁」●時間:87分●出演:高峰秀子/田中栄三/小田切みき/浜路真千子/東野英治郎/浦辺粂子/芥川比呂志/宇野重吉/三宅邦子/飯田蝶子/山田禅二/直木彰/宮田悦子/若水葉子●公開:1953/09●配給:大映(評価:★★★☆)
●成澤昌茂(1925-2021/96歳没)作品



(昭和23年)を挙げています。北海道つながりで、川本氏が小津安二郎監督の「
第2章以下は主に監督別に「隠れた名作」を振り返っていて、第2章(「戦後」の光景)では、家城巳代治、鈴木英夫、千葉泰樹、渋谷実、関川秀雄などが取り上げられています。この辺りの監督、あまり観ていないなあと思いつつも、川本氏が、池部良が出てくる清張ミステリーで、新玉三千代がファム・ファタルになる鈴木英夫監督の「
田勝彦さんの顔を見ていないのよ」と言っていたそうで、ビデオジャケットでも共に並んで写っているだけにやや驚きました。筒井氏が戦前の映画とは思えず、戦後的であると言っているのにも納得です。渋谷実監督作は個人的には「
呼ぶ人もいるのではないかなあと。しかしながら、世間一般の知名度で言うと、小津安二郎などよりはマイナーということになるのかもしれません。井伏鱒二「四つの湯槽」の映画化作品「
第4章(「大衆」の獲得)では、滝沢英輔、野村芳太郎、堀川弘通、佐伯清、沢島忠、小杉勇などの監督を扱っています。この中で、川本氏も述べているように、松本清張作品と言えば野村芳太郎になるなあと。「
言うように、宮口精二と大木実が夜行に乗り込んで、東海道本線、山陽本線を経由して、ようやっと佐賀についたところでタイトルが出るのですが、そこまで行くのに丸一日かかったというところに時代が感じられ、良かったです(あれを今の時代に再現するのは難しため、結局テレビでドラマ化されるとどれも今の時代に改変されてしまう)。筒井氏は「
第5章(「職人」の手さばき)では、中村登、大庭秀雄、丸山誠治、中川信夫、西河克己などに触れていますが、まさに職人というべき監督ばかりかも。中川信夫は「東海道四谷怪談」(昭和34年)が有名ですが、初期作品で「
「秀子の応援団長」(昭和15年)は、当時少女スターとして活躍していた高峰秀子が、弱少プロ野球球団アトラス軍の応援歌を作って見事チームを優勝へと導くという青春映画でした。アトラス軍は、かつて大黒柱だった大川投手が出征しているため、新人の人丸投手(灰田勝彦)が登板しますが、スタルヒンや水原を擁する巨人軍との力量の差は明らかでチームは最下位に甘んじ、アトラス軍の高島監督(千田是也)の家族達は憂い顔。高島家の祖母(清川玉枝)や娘の雪子(若原春江)と一緒に憂い顔なのが雪子の従妹で社長令嬢の女学生・秀子(高峰秀子)で、父親(小杉義男)は野球嫌い、教育熱心な母親(沢村貞子)には謡のお稽古をさせられるも、雪子と一緒にこっそりアトラス軍の練習場へ出かけて二人が作った応援歌を披露したり、謡の先生も野球好きと知り先生を説得して親に内緒で一緒に後楽園に応援に出かけたりするうちに、彼女達が応援に来た試合はアトラス軍面白いように勝ちはじめる―。
高峰秀子と灰田勝彦は、会話シーンもればそのプレイを応援するシーンもあり、祝勝パーティで灰田勝彦がウクレレ片手に歌って高峰秀子も同席しているシーンもあったりしますが、あれ全部"別撮り"だったのかあ。そう言えば、冒頭のスタルヒンや水原らスター選手がいる巨人軍との試合も、本当に試合するはずもなく全部"別撮り"だというのは考えてみればすぐ分かります。秀子らが各球団の戦力偵察に行く設定なので、当時の主要球団の有力選手並びに戦前の後楽園球場、上井草球場?、西宮球場、甲子園球場なども見られ、スポーツ・フィルム史的にみて貴重です。太平洋戦争が始ま
とか(お気楽と言っていいくらいだが、コメディのツボは押さえていて、しかもラストは少し捻っている)。灰田勝彦がプロ球団の投手役というのも見ものですが、戦後、俳優座のリーダー的存在として活躍した千田是也(1904-1994)が、プロ野球の監督役というのが珍しいです。千田是也はテレビドラマへの出演はほとんど皆無ですが、1940年代から1970年代頃まで約100本の映画に出演していて、この作品はそのうちの最も初期のものとなります。
「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)
「二十四の瞳」●制作年:1954年●監督・脚本:木下惠介●製作:桑田良太郎●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:壺井栄●時間:156分●出演:高峰秀子/天本英世/夏川静江/笠智衆/浦辺粂子/明石潮/高橋豊子/小林十九二/草香田鶴子/清川虹子/高原駿雄/浪花千栄子/田村高廣/三浦礼/渡辺四郎/戸井田康国/大槻義一/清水龍雄/月丘夢路/篠原都代子/井川邦子/小林トシ子/永井美子●公開:1954/09●配給:松竹●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(18-05-08)(評価:★★★★☆)
「東京物語」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:136分●出演:笠智衆/東山千榮子/原節子/香川京子/三宅邦子/杉村春子/中村伸郎/山村聰/大坂志郎/十朱久雄/東野英治郎/長岡輝子/高橋豊子/桜むつ子/村瀬禪/安部徹/三谷幸子/毛利充宏/阿南純子/水木涼子/戸川美子/糸川和広●公開:1953/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)(評価:★★★★☆)●併映:「彼岸花」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)

「パレットナイフの殺人」●制作年:1946年●製作:大映(東京撮影所)●監督:久松静児●脚本:.高岩肇●撮影:高橋通夫●音楽:斎藤一郎●原作:江戸川乱歩●時間:71分(76分)●出演:宇佐美淳(宇佐美淳也)/植村謙二郎/小柴幹治(三条雅也)/小牧由紀子/松山金嶺/平井岐代子/西條秀子/若原初子/須藤恒子/上代勇吉/花布辰男/桂木輝夫●公開:1946/10●配給:大映(評価:★★★)

「三面鏡の恐怖」●制作年:1948年●監督:久松静児●●脚本:高岩肇/久松静児●撮影:高橋通夫●音楽:齋藤一郎●原作:木々高太郎「三面鏡の恐怖」●時間:82分●出演:木暮実千代/上原謙/新宮<信子/瀧花久子/水原洋一/宮崎準之助/船越英二/千明みゆき/上代勇吉●公開:1948/06●配給:大映(評価:★★★)
「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)
「愛よ星と共に」●制作年:1947年●監督:阿部豊●製作:青柳信雄●製作会社:新東宝・映画芸術協会●脚本:八田尚之●撮影:小原譲治●音楽:早坂文雄●時間:95分●出演:高峰秀子/池部良/横山運平/浦辺粂子/川部守一/藤田進/逢初夢子/清川莊司/一の宮あつ子/田中春男/鳥羽陽之助/冬木京三/鬼頭善一郎/江川宇礼雄/山室耕/花岡菊子/條圭子/水島三千代●公開:1947/09●配給:東宝(評価:★★★)
「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)
「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良/荒木道子/吉岡恵子/多田道男/新珠三千代/平田昭彦/小川虎之助/中村伸郎/小栗一也/松本染升/宮口精二/志村喬/北川町子/丹波哲郎/田島義文/中山豊/広瀬正一/梅野公子/池田正二/宇野晃司/西条康彦/堤康久/加代キミ子/飛鳥みさ子/上村幸之/浜村純/西條竜介/坂本晴哉/岡部正/草川直也/大前亘/由起卓也/山田圭介/吉頂寺晃/伊藤実/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆) 
「本日休診」●制作年:1939年●監督:渋谷実●脚本:斎藤良輔●撮影:長岡博之●音楽 吉沢博/奥村一●原作:井伏鱒二●時間:97分●出演:柳永二郎/淡島千景/鶴田浩二/角梨枝子/長岡輝子/三國連太郎/田村秋子/佐田啓二/岸恵子/市川紅梅(市川翠扇)/中村伸郎/十朱久雄/増田順司/望月優子/諸角啓二郎/紅沢葉子/山路義人/水上令子/稲川忠完/多々良純●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)
「簪(かんざし)」●制作年:1941年●監督・脚本:清水宏●製作:新井康之●撮影:猪飼助太郎●音楽:浅井挙曄●原作:井伏鱒二「かんざし(四つの湯槽)」●時間:75分●出演:田中絹代/笠智衆/斎藤達雄/川崎弘子/日守新一/坂本武/三村秀子/河原侃二/爆弾小僧/大塚正義/油井宗信/大杉恒夫/松本行司/寺田佳世子●公開:1941/08●配給:松竹(評価:★★★★)
「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張
込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)
「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本プロ・松竹●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤
剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信/渥美清/笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井きん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●公開:1974/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)
「黒い画集 あるサラリーマンの証言」●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●撮影:中井朝一●原作:松本清張「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原知佐子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)
「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
「伊豆の踊子」●制作年:1963年●監督:西河克己●脚本:三木克己/西河克己●撮影:横山実●音楽:池田正義●原作:川端康成●時間:87分●出演:高橋英樹/吉永小百合/大
坂志郎/桂小金治/井上昭文/土方弘/郷鍈治/堀恭子/安田千永子/深見泰三/福田トヨ/峰三平/小峰千代子/浪花千栄子/茂手木かすみ/十朱幸代/南田洋子/澄川透/新井麗子/三船好重/大倉節美/高山千草/伊豆見雄/瀬山孝司/森重孝/松岡高史/渡辺節子/若葉めぐみ/青柳真美/高橋玲子/豊澄清子/飯島美知秀/奥園誠/大野茂樹/花柳一輔/峰三平/宇野重吉/浜田光夫●公開:1963/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(85-01-19)(評価:★★★☆)●併映:「潮騒」(森永健次郎)
「秀子の応援団長」●制作年:1940年●監督:千葉泰樹●脚本:山崎謙太●音楽:佐々木俊一●原作:高田保●時間:71分●出演:高峰秀子/灰田勝彦/千田是也/音羽久米子/若原春江/伊達里子/小杉義男/澤村貞子/清川玉枝●公開:1940/01●配給:東宝映画(評価★★★☆)


1928(昭和3)年、大石久子(高峰秀子)は新任教師として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任する。1年生の磯吉、吉次、竹一、ミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど12人が初めて教壇に立つ久子には愛らしく思え、田舎の古い慣習に苦労しながらも、良い先生になろうとする。ある日、久子は子供
のいたずらで落とし穴に落ちて負傷し、長期間学校を休んでしまうが、先生に会いたい一心の子供たちは2里の道程を歩いて見舞いに来てくれ、皆で海辺で記念写真を撮る。しかし、自転車に乗れない久子は、住まい近くの本校へ転任することに。1933(昭和8)年、5年生になって子供たちは本校へ通うようになり、久子は結婚していた。子供たちにも人生の荒波が押しよせ、大工の娘・松江は母親が急死し、奉公に出される。久子は修学旅行先の金比羅で偶然に松江を
見かけることになる。軍国主義の影が教室を覆い始めたことに嫌気さした久子は、子供たちの卒業とともに教壇を去る。8年後の1941(昭和16)年、戦争が本格化し、教え子の男子5人と久子の夫は戦争に出征、漁師の娘コトエは大阪へ奉公に出るが、肺病になり物置で寝たきりになる。1945(昭和20)年、久子の夫は戦死し、かつての教え子も、竹一ら3人が戦死、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、
そしてコトエは肺病でひっそりと死んだ。久子には既に子が3人あったが、2歳の末っ娘は空腹に耐えかねた末に木になる柿の実を採ろうとして転落死する。翌1946(昭和21)年、久子は再び岬の分教場に教師として就任する。児童の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次が久子を囲んで歓迎会を開いてくれ、磯吉は両目の視力を失っていた。かつての教え子たちは久子に自転車をプレゼントする。数日後、岬の道には元気に自転車のペダルを踏む久子の姿があった―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1954(昭和29)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第1位(2位も同監督の「女の園」('54年/松竹))、「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞、1954年度「ゴールデングローブ賞」外国語映画賞受賞作。文藝春秋刊『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)第7位。壺井栄(1899-1967/享年67)の原作『二十四の瞳』は第二次世界大戦の終結から7年後の1952(昭和27)年に発表されていて(原作は瀬戸内海に浮かぶ島を舞台としているが、その島の名前は一度も出てこない。但し、小豆島は作者の出身地である)、映画は原作発表の翌年春から撮影が始まり、翌々年に公開されたということになります。
あの三島由紀夫は、最も好きな日本の映画監督に木下惠介監督を挙げていますが、「二十四の瞳」に関しては、「間がどうも古いね。泣かせる間がちゃんとできている。(中略)絶対、泣かなくなっちゃう、腹が立ってきてね」と雑誌の読者座談会で発言しており(同じ理由でビットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」('48年/伊)なども嫌いだったらしい)、「泣かせる」演出に嫌悪感があったようです(川内由紀人『三島由紀夫、左手に映画』('12年/河出書房新社))。自分も40代くらいまではあまり好きでなかったし、テレビなどでやっているとチャンネルを変えたりしていたように思いますが、今は年齢と共に素直に(?)"泣ける"ようになったのかも(やっぱり劇場で観る方がいい)。
リメイクされたりもしていますが(映画では田中裕子版('87年)が、テレビドラマでは黒木瞳版('05年)、松下奈緒版('13年)などがある)、戦後10年以内に作られたこの作品が持つ独特の時代的、地方的な雰囲気があり(風光明媚な瀬戸内の風景や、素朴な人々の暮らしぶりといった背景)、それより後の映像化作品でこの作品を超えるのは難しいように思います(同じことが同監督の3年後のカラー作品「喜びも悲しみも幾歳月」('57年/松竹)についても言える。両作品とも季節の違いはあるが波止場で人々が出征兵士を見送るシーンがあり、それがまるで記録映像を観ているように見える)。勿論、「時代色」「地方色」だけでなく、木下惠介監督の演出のきめ細かさも光っているように思います。
先に書いたように、物語には1928(昭和3)年、1933(昭和8)年、1941(昭和16)年、そして1945(昭和20)年から1946(昭和21)年という、大まかに言って4つのシークエンスがあり(こうした構成も「喜びも悲しみも幾歳月」に似ている)、この間に子供たちはそれぞれ6歳(小学校1年生)、10歳(小学校5年生)、18歳、22歳と成長し、大石先生も20代から40代になるわけですが、20代から40代の大石先生を巧みに演じ分けている高峰秀子もさることながら、子役たちも子供から大人になるまでが自然に繋がっているという感じです。
特に、6歳(小学校1年生)と10歳(小学校5年生)の配役は、全国からよく似た兄弟、姉妹を募集し、3600組7200人の子供たちの中から、12組24人が選ばれたとのことで(大人になってからの役者も、その子供たちとよく似た役者を選んだ)、観ていて「あの子が成長してこうなったのだな」などとと分かり、顔立ちや目元まで似ていたりすると結
構はっとさせられます。でも、兄弟、姉妹を顔が似てるかどうかを基準に選んだということは、それをどう演出するかは、木下惠介監督には相当な自信があったのではないでしょうか。実際、子役たちから巧まざる上手さを引き出しているように思いました。「泣ける」背景には、こうした戦略的かつ細やかな技巧の積み重ねがあり、それが、声高ではないのに反戦映画としての訴求力があることに繋がっているのだと改めて思われ、評価「◎」としました。
音楽の木下忠司(きのした・ちゅうじ、1916-2018)は木下惠介監督の弟で、この「二十四の瞳」をはじめ、「女の園」('54年/松竹)、「
には、「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」('66年/大映)や「トラック野郎シリーズ」(東映、全10作中、8作を担当)なども手掛けています。NHKのテレビドラマ「
黄門様(東野英治郎)が悠々自適の生活を送っている常陸の国・西山荘。そこに程近い山道を必死に急ぐ二人の武士がいた。その二人を追う黒覆面の武士の一団が突如二人に襲いかかる。必死に応戦する二人は炭焼小屋へ逃げ込むが、火を放たれ、一人は倒れ、残る侍も危機に陥った。だが、間一髪、危ういところを風車の弥七(中谷一郎)が救う。西山荘にかつぎこまれた若侍は、実は加賀百万石前田家の城代家老・奥村作左衛門(三船敏郎)の息女・由美(栗原小巻)であった。由美の話では、加賀百万石は次席家老・村井主水(安部徹)の悪企みでお家騒動の渦中にあるという。話を聞いた黄門一行は加賀藩とその領民を救うべく加賀へと向った。越後へさしかかった一行は、とある旅籠に"水戸御老公様御宿"と大書した看板を見つける。何とニセ黄門の逗留だ。敵の目をくらますため、この連中を江戸へ立たせた黄門一行は加賀へと向かう―。
TV放送当時の第9部のキャスト陣が中心だそうで、88分という小品の尺に4話分くらいの話を詰め込みコンパクトに纏めている。当時のレギュラーメンバー(東野英治郎・里見浩太朗・大和田伸也・中谷一郎・高橋元太郎)に大物ゲスト(三船敏郎・栗原小巻・竹脇無我・ハナ肇・植木等・谷啓)そしてお馴染みの悪役俳優(安倍徹・川合伸旺・遠藤太津朗・富田仲次郎・汐路章・牧冬吉・深江正喜)と総出演。加賀藩次席家老・村井主水(安部徹)や悪代官・黒部八太夫(遠藤太津朗)が暗躍、彼らの悪事を挫くため黄門一行が動くも、ニセ黄門一行(ハナ肇・植木等・谷啓)が現れるなど、一筋縄にいかない展開。ただ、大筋としては黄門様が、三船敏郎が演じる城代家老を次席家老の陰謀から救う話なのだが、三船敏郎と東野英治郎の関係が「










「水戸黄門」(劇場版)●制作年:1978年●監督:山内(やまのうち)鉄也●製作(プロデューサー)西村俊一/郡進剛/森誠一/神先頌尚/杉本直幸●原案・脚本:葉村彰子●撮影:増田敏雄●音楽:木下忠司●時間:88分●出演:東野英治郎/里見浩太朗/大和田伸也/高橋元太郎/中谷一郎/和田浩治/山口いづみ/鮎川いづみ/谷幹一/遠藤太津朗/富田仲次郎/稲葉義男/浜田寅彦/川合伸旺/東野英心/深江章喜/汐路章/牧冬吉/正司歌江/正司照江/正司花江/伊藤洋一/ハナ肇/植木等/谷啓/加藤嘉/安部徹/岩尾正隆/栗原小巻/竹脇無我/三船敏郎●公開:1978/12●配給:東映)(評価:★★★)
「水戸黄門(14-21)(西村晃版)」)●監督:山内鉄也/荒井岱志/居川靖彦/倉田準二/居川靖彦/倉田準二ほか●脚本:葉村彰子/櫻井康裕/大西信行/芦沢俊郎/大久保昌一良/廣澤榮/伊上勝ほか●音楽:木下忠司●出演:西村晃/里見浩太朗/伊吹吾朗/高橋元太郎/山口いづみ/片平なぎさ/鳥越マリ/せんだみつお/由美かおる/野村将希/中谷一郎/あおい輝彦●放映:1983/10~1992/11(全283回)●放送局:TBS



裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋に
は、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射(遠山金四郎、実は文吉の正体)が事件解決に乗り出す―。
1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「

高峰秀子(当時16歳)の可憐さも印象に残らないわけではないですが、それよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時24歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「
謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい洞察力を持つ遠山金四郎の登場を待たなければ、途中ま
では何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸し出していて最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。
「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)
「大江戸の鬼」VHS
江戸の街で夜ごと起こる鬼の面を被った殺人鬼による連続殺人事件を早期に解決しようと、北町奉行・遠山金四郎(黒川彌太郎)は与力たちに捜査の徹底を命じ、与力たちも岡っ引きたちにそれを伝える。岡っ引きの稲田屋の傳七(大河内傳次郎)が事件の探査を続ける中、吉五郎(清川荘司)という男が島帰りの挨拶に訪ねて来て、かつて吉五郎と同じ芝居小屋で働き一緒に不良浪人を殺め島流しになった清吉(長谷川一夫)も島から戻ったことを知らされる。清吉は、久々に戻った芝居小屋で歓待されるも、用心棒なのか、黒船(鳥羽陽之助)、牛窓(伊藤雄之助)、雪持(田中春男)らヤクザ風の浪人たちが小屋に居着いていた。実は清吉は江戸では名高い能役者の一人息子であり、その家には先祖伝来の人手に渡ると魔性を現すと伝えられる般若の面があったが、清吉の父・堀池幻雪(汐見洋)は、保管していたその般若の面が最近紛失しているのに気づく。清吉は、自分の子分たちが般若の面をそんな大切なものと知らずに勝手に持ち出し、それを受け取った露天商(高勢実乗)もそれを誰かに売ってしまったと知る。清吉は、群集の中で、ヤクザ者の一人・雪持が町娘おなつ(高峰秀子)の簪をすり取ったのを見つけ、それを取り返してやったことを契機におなつと知り合い、おなつは清吉に想いを寄せる。おなつの父・赤鶴(しゃくづる)彦兵衛(上山草人)は、能面職人であり、彼が火急の仕事の依頼を受け彫っていた般若面の脇に手本として置かれていたのは、盗まれた魔性の面であった―。
1947(昭和22)年5月公開の萩原遼監督作品で、東宝の労働争議の中、脱退組のメンバーらが作った"第二製作部"と呼ばれていた組織が'47年3月に新東宝映画製作所という組織になり、そこでの時代劇第1作がこの作品であるとのことです。大河内傳次郎と長谷川一夫のダブル主役というのが興味深く、新生・新東宝映画製作所の力の入れ具合が窺えなくもないですが、如何せん、ミステリーとしては平凡な展開でだったように思います。
それ以外では、「
上山草人 in「バグダッドの盗賊」(1924)/「赤西蠣太」(1936)撮影風景/「七人の侍」(1954)
「大江戸の鬼」●制作年:1947年●監督:萩原遼●製作:伊藤基彦●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●音楽:鈴木静一●時間:100分●出演:大河内傳次郎/長谷川一夫/黒川彌太郎/宮川五十鈴/上山草人/汐見洋/岬洋二/鬼頭善一郎/原文雄/小森敏/小島洋々/田中春男/高峰秀子/清川荘司/鳥羽陽之助/伊藤雄之助/阪東橋之助/横山運平/澤井三郎/永井柳太郎/高勢実乗●公開:1947/05●配給:




警視庁捜査第一課の刑事・下岡(宮口精二)と柚木(大木実)は、質屋殺しの共犯者・石井(田村高廣)を追って佐賀へ発った。主犯の自供によると、石井は兇行に使った拳銃を持ってい、三年前上京の時別れた女・さだ子(高峰秀子)に
会いたがっていた。さだ子は今は佐賀の銀行員横川(清水将夫)の後妻になっていた。石井の立寄った形跡はまだなかった。両刑事はその家の前の木賃宿然とした旅館で張込みを開始した。さだ子はもの静かな女で、熱烈な恋愛の経験があるとは見えなかった。ただ、二十以上も年の違う夫を持ち、不幸そうだった。猛暑の中で昼夜の別なく張込みが続けられた。三日目。四日目。だが石井は現れなかった―。
因みに、松本清張本人が評価していた自作の映画化作品は、この「張込み」と、「
•1970年「張込み(NTV)」加藤剛・八千草薫・浜田寅彦
女主人公の方は、映画では高峰秀子が演じ、テレビドラマでは八千草薫や吉永小百合などが演じているとなると、女優にとっては演じてみたい役柄なのでしょう。でも、相応かつ相当の演技力が要求される役どころだと思います。
そして2011年にまた、TX系の「水曜ミステリー9」で、「松本清張特別企画」として、若村麻由美・小泉孝太郎主演で放送されました(若村麻由美は「無名塾」種出身。90年代にも清張ドラマに何度か出演しており、女優業復帰でこの人も結構長いキャリアになる)。
張り込む刑事は小泉孝太郎1人で、先輩刑事のムダだという意見に抗して張り込むことを主張する熱血漢である一方で、色男でもあり、かつて関与したDV事件の女性被害者に対して、今はストーカーまがいのことをしているという変なヤツ。原作ではラストに1回あるだけの、主人公の女(若村麻由美)との接触場面が矢鱈と多く、逃亡中の犯人(元恋人)と女を引きあわせるお膳立てまでして、結果として女の目の前で犯人は取り押さえられることになり、これって却って残酷ではなかったかと思ってしまいます。
原作にはあまり記述の無い女の家庭での妻としての暮らしぶりが描かれることは、これまでのドラマ化作品でもあったかと思いますが、これはやや"描き過ぎ"。しかも、「幸せそうではない」夫婦生活のはずが、一見「幸せそうな」家庭になっていて、夫婦の結婚の経緯から始まって、女の夫が携帯の着信記録から妻の行動に不審を抱き妻を問い詰めると、ストーカーに狙われていると言うので警察に通報するとか、事件解決後に女は家から出奔してしまうとか―何だか余計なものを付け加え過ぎて、原作とはテーマからして別物になった感じでした(ベクトル的には原作と真逆。特にラストは)。
ドラマ化されるごとに原作から離れていく感じがしますが、最近のドラマ化作品が原作と別物に見えるのは、野村芳太郎のモノクロ映画の冒頭で10数分間続く夜行列車のシーンに見られるような(その外にも移動シーンで蒸気機関車がふんだんに見られ、S
野村芳太郎監督の映画化作品を最初に観た時の個人的評価は星3つでしたが(多分、原作との違いが気にかかったというのもあったと思う)、今観直すと、時代の雰囲気をよく伝えているような印象も。後にこれを超えるものが出てこないため、相対的にこちらの評価が高くなって星半分プラスしたという感じでしょうか。
木実/宮口精二/高峰秀子/田村
田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)








東京に住む宗方節子(田中絹代)は、京都の大学教授・内田(斉藤達雄)を訪ねた際、父・忠親(笠智衆)はガンであと1年か半年の余命だと知らされる。節子の妹・満里子(高峰秀子)も父を訪ね、父の旧知の田代
宏(上原謙)と出会う。後日、満里子は神戸で家具屋を営む宏を訪ね、姉の日記を盗み読みしたため、姉がかつて宏と交際していたのを知っていると言うが、宏は笑って聞き流す。節子の夫・三村亮助(山村聰)は失業中で仕事が見つからず、同居の義妹・満里子とソリが合わない。満里子は日記を読んだことを姉にも白状し、なぜ宏と結婚しなかったのか訊ねる。節子は「当時は、あの人のことが好きかどうか分らなかった。そのうちにあの人はフランスへ行ってしまったの」と淡々と答える。節
子は生計のためバー「アカシア」を経営しているが、「アカシア」に訪ねてきた宏にバーの経営が苦しいことを打ち明けると、宏は「僕に任
せてください」と言う。ある日、節子が満里子へ帰りの遅いことを注意すると「この家は陰気臭い」と日頃の鬱憤を吐き出す。節子は「結婚とは良いことばかりではない」と諭すが、満里子は「姉さんは古い」と言って立ち去る。後日、満里子は神戸の宏宅に行き、何故姉と一緒にならなかったか問いただすと、宏は「節子さんを幸せにする自信がなかった」と答える。満里子は宏に「満里子と結婚してくれない」と切り出し立ち去る。節子の家では、亮助が節子にバーの資金の事を訊き、「宏から借りたのか。俺には知られたくなかったのか。宏とはちょくちょく会っているのか」と問い詰める。節子は誤解だと答えるが、亮助は二階に上がってしまい、節子が追いかけて店は辞めるというと「好きなようにしろ」と冷たく言う。満里子は東京に来た宏の旅館を訪ね、「結婚してくれ」というのは本気の部分もあるが冗談だったと言い訳し、節子がバーを辞めようとしているので会ってほしいと頼む。満里子が「アカシア」で客待ちしていると亮助が来て、「明日で店は終わりよ」と言うと亮助は「知らんよ」と答える。満里子が「勝手すぎる」と言うと「酒を飲んでふらふらしているのも捨てがたい」と言い壁にコップを投げつける。数日後、亮助は節子へ「俺達は別れたほうがい
いのか」と切り出し、「何故」と問う節子へ「お前が一番知ってることだ」と口調を荒げて節子を叩く。そのことで節子は亮助と別れる決心をし、宏の居る旅館を訪ねるが、亮助も後から旅館に来て、「仕事が見つかった。ダム建設の仕事だ。喜んでくれ」と話し、祝杯だと言って立ち去ってしまう。その夜雨でずぶぬれになった亮助は、帰宅後心臓麻痺で死んでしまう。宏と会った節子は「亮助は普通の死ではない。そんな暗い影を背負って貴方の所へ行けない」と言い残して宏と別れ、満里子に対しても「自分に嘘をつかないことが、一番いいと思っている」と言い京都御所から山を見上げながら二人で帰宅する―。
1950(昭25)年8月公開で、小津安二郎にとっては初めて松竹を離れて撮った作品。原作は大佛次郎の同名小説で、古風な姉(田中絹代)と進歩的な妹(高峰秀子)が対比的に描かれている点はよく知られていますが、背景として、死期を悟っている父(笠智衆)がいて、病弱であるのに酒浸りの姉の夫(山村聰)と洋行帰りの姉の元恋人(上原謙)がいて、更にはその恋人に思いを寄せる未亡人(高杉早苗)がいてと、結構複雑な人間関係でした。
一番はじけていたのは妹・宗方満里子を演じた高峰秀子(当時26歳)でしょうか(これはちょっとはじけ過ぎ)。子役時代に「
出演で、やはりこの人は成瀬巳喜男監督の方が相性いいのかと思ったりもしました。但し、『わたしの渡世日記』(朝日新聞社)によれば、あのコミカル過剰な演技の背景では、「瞬きの数まで指導されたばかりか、事あるごとにペロっと舌を出す演技を要求され、その舌の出し方まで厳しく演技指導を受けた」とのことです(個人的には、後年の「秋日和」('60年)の岡田茉莉子のはじけ方の方が自然だったと思う)。
ただ、その『わたしの渡世日記』によると、この作品で小津安二郎監督から最も多くダメ出しされたのは田中絹代(当時40歳)だったそうで、この頃の彼女は、例の日米親善使節として渡米した際に、出発時は小袖姿だったのが、帰国時はドレスと毛皮のコートで報道陣に「ハロー」と言い、銀座のパレードで投げ
キッスを連発したことでメディアから「アメリカかぶれ」とのバッシングを受け、自殺まで考えていた時期だったとのこと(ロケバスで隣に座った高峰秀子に死にたいと漏らしたそうな)。その割にはしっかり演技している印象ですが、彼女が演じた姉・宗方節子というのが、個人的には最後まで理解しにくかったような...。ある意味、ストイック過ぎて、2人の男を傷つけているようにも感じました。ラストは究極の"忍ぶ恋"か(彼女がそういう時期だったから小津安二郎がわざわざ意図的に古風な女性の役をあてがったとも思えないが)。
上原謙の田代宏に思いを寄せる未亡人・真下頼子を演じた高杉早苗(1918年生まれ)は「スーパー歌舞伎」の生みの親・二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)の"生みの親"で(香川照之は息子の三代目猿之助と浜木綿子の間にできた孫にあたる)、梨園に入って一度引退した後の出演です。女優復帰は、戦後すぐ疎開先から東京への転居費用等で借金がかさんだことからで、但し、梨園の妻としての行動に支障が出ない範囲ならという条件付きだったとのことです。引退前では、清水宏監督の「
脇役では、松竹映画ではなく新東宝映画であるということもあって、飲み屋の給仕役で黒澤映画の常連である千石規子(1922年生まれ)が
出ていているのが小津作品としては珍しく、節子が経営するバー「アカシア」の従業員で、元特高隊員で今はギャンブルにうつつを抜かしている前島五郎七を演じた堀雄二(1922年生まれ)の演技も良かったです(この作品の前年の稲垣浩監督の「
一人一人の役者を見ていくと結構興味深い作品。小津作品独自のカメラワークも「晩春」('49年)の翌年、「麦秋」('51年)の前年、「東京物語」('53年)の3年前ということで、ほぼ完成されていると言っていいのではないでしょうか。ただ、ストーリー的には、今の時代の人が観れば、「ラスト、これでいいのか」と思う人も結構多いように思います。穿った見方をすれば、誰かが死ぬことでハッピーエンドになるというのは、"倫理観"的にと言うより、"美学"的に映画にそぐわないということなのかも。
「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」●制作年:1950年●監督:小津安二郎●製作:児井英生郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:小原譲治●音楽:斎藤一郎●原作:大仏次郎「宗方姉妹」●時間:112分●出演:田中絹代/高峰秀子/上原謙/山村聡/高杉早苗/堀雄二/藤原釜足/河村黎吉/千石規子/一の宮あつ子/堀越節子/坪内美子/斎藤達雄/笠智衆●公開:1950/08●配給:新東宝(評価:★★★☆)


「愛よ星と共に」ポスター
阿部豊(1895-1977)監督の1947(昭和22)年「新東宝」作品で(黒澤明の「
牧場主、つまり上流階級に属する男性と恋し合って一夜を共にするも、娘より自らが仕える本家の方を気遣う牧夫頭の親によって勘当され、北海道の家を出て東京にその男性を追うも、恋人は海外へ渡航した後。身重の身で生活すらままならず、独り寂しく赤ん坊を産むが、その赤ん坊にも病で死なれて、女給の生活に身を窶(やつ)す。しかし、やがてその世界で「花形女給」として名を馳せるようになり、そんな中、男女のもつれからある男を誤って銃で死なせてしまう。世間からは次々と男を渡り歩く毒婦のようにみられ、裁判でも死刑判決を受けるが、自身がこの世界に身を置くようになった契機が、赤ん坊が亡くなったことにあるとは判明するも、その赤ん坊が誰との間の子であったかは公判で明かすことなく、判決を受け入れようとする。そこへ―。
女性映画と言うかメロドラマと言うか、しかもハーレクインみたいな波乱万丈(或いはシドニィ・シェルダン風か)。テレビがある時代なら13話連続のテレビドラマだろうけれど、まだテレビが登場する何年か前なので、TVドラマが担っているような役割を、その分も含め映画が担っていたのだなあと思わせる作品でした。
因みに、この作品は北海道・幕別町の新田牧場でロケが行われていますが、なぜ新田牧場がロケ地に選ばれたかというと、この映画のプロデューサーだった青柳信雄が札幌の雪印乳業を訪問した時に新田牧場
を紹介されたとのこと。戦後間もない食糧難の折、当地では白米、牛乳、玉子、肉等などの供給が豊かで、40日のロケ期間中、ロケ隊には毎日が天国のようだったとも言われています。





1940(昭和15)年11月公開の山本嘉次郎(1902-1974)監督作。ベース・ストーリーはオリジナル通りですが、登場人物全員が歌いながら芝居をするオペレッタ形式であ
り、戦時色の濃い中で制作された戦前最後にして最大規模のドタバタ・ミュージカル・コメディと言えるものです。'36年1月に日本劇場でデビューした「日劇ダンシングチーム」総動員のレビュー風の踊りがオープニングから見られ(まるで「
中国ロケを敢行していて中国人俳優も出演していますが、ハリウッド映画のパロディなどもあり、バタ臭い印象が強いのはそのためでしょうか。それでいて、悟空を演じるエノケンの喋りがもろ江戸弁で、エノケン自身がこれまで演じてきた「鞍馬天狗」や「近藤勇」のパロディもあったりするため、もはや国籍不詳という感じ。しかも、最後はSF風になって「未来国」へ行くという、もう何でもありの世界です(そもそも、悟空の移動手段であるキン斗雲がプロペラ戦闘機に置き換わっており、特殊撮影はあの

犬に姿を変えられてしまった少女に、当時人気絶頂の国民的アイドル・高峰秀子(当時16歳)、その国の案内役の少女・袖珍に天才子役として人気のあった中村メイコ(当時6歳)といった具合です。
中村メイコの袖珍(いつも小脇に百科辞典を抱えている)は、金角・銀角らの頭脳交換機で記憶を奪われ虚脱状態になった孫悟空らに、ホウレン草の缶詰を与えて元気を回復させるという、これもまた日米開戦直前の作品であるにも関わらず「ポパイ」のパロディで(実際ポパイのテーマ曲が流れる)、「ポパイ」は、'59年から'65年までTBS「不二家の時間」でテレビ放映されたアニメですが(後番組は「オバケのQ太郎」)、ポパイというキャラクター自体は日本でも戦前からよく知られていたようです。



「エノケンの孫悟空」●制作年:1940年●監督・脚本:山本嘉次郎●製作:東宝東京●制作:滝村和男●撮影:三村明●特殊技術撮影:円谷英二●音楽:鈴木静一●原作:山形雄策●時間:135分●出演:榎本健一/岸井明/金井俊夫/柳田貞一/北村武夫/高勢実乗/土方健二/中村是好/如月寛多/三益愛子/高峰秀子/中村メイ子/徳川夢声/服部富子/渡辺はま子/李香蘭(山口淑子)/伊達里子/千川照美/藤山一郎●公開:1940/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)




大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。
31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。
この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。
有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。
その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。
岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。
また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で
それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。
杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940
子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。
「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
「
督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代/山田五十鈴/高峰秀子/杉村春子/岡
田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介/宮口精二/仲
谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)

![東京の合唱(吹替・活弁版) [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%81%AE%E5%90%88%E5%94%B1%28%E5%90%B9%E6%9B%BF%EF%BD%A5%E6%B4%BB%E5%BC%81%E7%89%88%29%20%5BVHS%5D.jpg)


冒頭は大学の体育の授業のシーンで、体育教師(斎藤達雄)が学生を厳しく指導する様がユーモラスに描かれる。時は流れ、その学生の1人だった岡島(岡田時彦)は、今は保険会社に勤める身であり、3人の子を持つ親でもある。今日は賞与支給日。子供に自転車を買ってやる約束をしていた彼
は、クビになったベテランの先輩に同情して会社
に抗議した末に自分もクビになってしまう。再就職事情の厳しい折、職安の前で母校恩師の元体育教師に偶然出会い、勤め口を探してもらう間、恩師が退職後に始めた洋食屋を手伝うことになるのだが―。
詞があったりもします。 先輩社員の不当
解雇(勧誘したお客が保険に入った翌日に事故死し、会社が損失を被ったというのが解雇理由)に敢然と立ちあがる主人公はなかなかの正義漢。社長(谷麗光)との遣り取りはユーモラスに描かれていますが、クビになった後がたいへん。子供に約束の自転車を買ってやれず詰(なじ)られ、かっときて子供を叱ってしまうし、娘が疫痢に罹って医者代も発生し、妻の着物を売り払ったことにより妻ともぎくしゃくする―。
同日に解雇された同僚がビラ配りの仕事をしているのを見て、自分は下手に大学を出ているからそんなことは出来ないと言っているのは「大学は出たけれど」の主人公の前半部分と同じスタンス。それが、恩師の洋食屋の仕事で先ずやらされたのが店の宣伝ビラ配りで、自分でも気乗りがしなかったのに、それを奥さん(八雲恵美子(1903-1979/享年75))に見られ、肩身の狭いことはしないでと言われてプライドはずたずたに。
しかし、その奥さんも現実の厳しさを感じて店へ手伝いに。その食堂で、元教師を囲んで昔の教え子たちが集まり同窓会が行われることになり、久々に出会った同級生たちは盛り上がる。そこに元教師宛に手紙が来て、文部省から就職の斡旋があったが、仕事は栃木の女学校の英語教師であるとのこと、主人公は複雑な気持ちで同級生らと校歌を歌うが、歌っているうちに次第にその表情は晴れてくる―(これが、タイトル「合唱(コーラス)」の由縁)。
東京を離れたことのない夫婦には必ずしも満足とは言えない結末ですが、そこが小津作品らしいところ。結構、自分の都合で教え子をいい加減にこき使っていたかのように見えた元教師も、ちゃんと就職の世話をしてくれていて、師弟関係が就職が絡むのも小津作品のパターン。
総じて、小市民(サラリーマン)を小市民のまま描いた典型的作品と言えますが、主人公が東京に住むことにこだわるのには、やや違和感を覚えました(社命による転勤などは当時でもあったのでは)。東京への執着が、「東京の合唱」というタイトルにまで表れているとなると、これは小津自身のこだわりでもあるのか。
女優・岡田茉莉子の父。但し、茉莉子1歳の時、30歳の若さで亡くなっているため、娘は父を映画の中でしか知らないとのことです。
東京北千住のおばけ煙突―それは見る場所によって一本にも二本にも、又三本四本にも見える。界隈に暮す人々を絶えず驚かせ、そして親しまれていた。......足袋問屋に勤める緒方隆吉(上原謙)は、両隣で競いあう祈祷の太鼓とラジオ屋の雑音ぐらいにしか悩みの種をもたぬ平凡な中年男だが、戦災で行方不明の前夫をもつ妻・弘子(田中絹代)には、どこか狐独な影があった。だから彼女が競輪場のアルバイトでそっと貯金していることを知ったりすると、それが夫を喜ばせるためとは判っても、隆吉はどうも裏切られたような気持になる。緒方家二階の下宿人で人のいい税務署員・久保健三(芥川比呂志)は、隣室にこれまた下
宿する上野の街頭放送のアナウンサー・東仙子(高峰秀子)が好きなのだが、相手の気持がわからない。彼女は残酷なくらい冷静なのだ。そんな一家の縁側にある日、捨子があった。添えられた手紙によれば弘子の前夫・塚原(田中春男)の仕業である。戦災前後のごたごたから弘子はまだ塚原の籍を抜けていない。二重結婚の咎めを怖れた隆吉は届出ることもできず、徒らにイライラし、弘子を責める。泣きわめく赤ん坊が憎くてたまらない。夜も眼れぬ二階と階下の
イライラが高じ、とうとう弘子が家出したり引戻したりの大騒ぎに。さらには赤ん坊が重病に罹る。慌てて看病をはじめた夫婦は、病勢の一進一退につれて、いつか本気で心配し安堵するようになる。健三の尽力で赤ん坊は塚原の今は別れた後妻・勝子(花井蘭子)の子であることがわかり、当の勝子が引取りに現われた時には、夫婦は赤ん坊を渡したくない気持ちになっていた。彼らはすつかり和解していた。赤ん坊騒ぎに巻き込まれて、冷静一方の仙子の顔にもどこか女らしさが仄めき、健三は楽しかった―。
1953年公開の五所平之助監督作で、「文學界」に掲載された椎名麟三の「無邪気な人々」を小国英雄が脚色したもので、原作は世田谷区の下高井戸あたりが舞台でしたが、それを荒川沿いにあった通称"お化け煙突"の見える足立区の小さな町に変えています('53年「ベルリン国際映画祭 国際平和賞」受賞作)。
今住んでいるぼろ家の家賃が三千円と安いため、引っ越しできないという上原謙と田中絹代の主人公夫婦が置かれている状況は、社会派リアリズムと言っていいのでは。少しでもやり繰り
をと2階の6畳と4畳半を若い人に貸していますが(又貸しはOKか)、その若者2人を演じるのが芥川比呂志と高峰秀子で、考えてみれば、場所は狭いが配役は豪華では(笑)。この男女2人が襖一つ挟んで会話しているところから、2人の仲はそう悪くないということが窺われますが(それでも今だったら考えられないシチュエーション)、下で上原謙と田中絹代が繰り広げる夫婦喧嘩の内容が全部聴こえてくるというのは、益々プライバシーも何もあったものではないなあと。
上原謙と田中絹代の主人公夫婦は共に悲観主義者で、どんどん暗くなっていき、田中絹代演じる妻は最後には荒川で入水自殺しようまでします(「山椒大夫」みたいだけれど荒川で死ねるのか?)。こうしたぺシミズムの進行に待ったを掛けるのが、高峰秀子が演じる あくまでも前向きな(今風に言えば)OLで、このオプティミズムは高峰秀子にぴったり。一方、そうしたおせっかいに付き合わされる人のいい税務署員が芥川比呂志で、このコミカルな演技ぶりが意外性があり、また、全体としても、(ラストはハッピーエンドだがプロセスにおいて)シリアスな中にコミカルな要素がうまく散りばめられる効果にもなっていました。芥川比呂志はこの作品の演技で、1953年・第8回「ブルーリボン賞 男優助演賞」受賞。音楽の芥川也寸志が同賞の「音楽賞」を受賞しているため、兄弟受賞になります(最後、入水自殺を図る妻を助けるのも彼。気付けに川の水を飲ませていたけれど、隅田川ではなく荒川だから、何とか飲めるのか)。
因みに「お化け煙突」があった千住火力発電所は、かつて東京都足立区にあった東京電力の火力発電所で、1926(大正15)年から1963(昭和38)年までの間、隅田川沿いに在りましたが、施設の老朽化と豊洲に新しい火力発電所が建設されたことが理由で、翌年には取り壊されました。煙突の一部が2005(平成17)年3月末まで存在した足立区立元宿小学校で、滑り台として使用されていましたが、現在は帝京科学大学千住キャンパスの敷地内でモニュメントとして保存されています。映画の人々が住んでいる場所は、隅田川の北岸にあった煙突のさらに荒川を挟んで北側で、現在の足立区・梅田近辺と思われます。「お化け煙突」はもちろん、当時の庶民の生活風俗記録としても貴重な側面を持った映画かと思います。


「煙突の見える場所」●制作年:1953年●監督:五所平之助●製作:内山義重●脚本:小国英雄●撮影:三浦光雄●音楽:芥川也寸志●原作:椎名麟三●時間:108分●出演:上原謙/田中絹代/芥川比呂志/高峰秀子/関千恵子/田中春男/花井蘭子/浦辺粂子/坂本武/星ひかる/大原栄子/三好栄子/中村是好/小倉繁●公開:●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-19)(評価:★★★☆)「
