【2964】 ○ 豊田 四郎 (原作:森 鷗外) 「 (1953/09 大映) ★★★☆

「●た‐な行の日本映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2477】 中川 信夫 「エノケンの森の石松
「●高峰 秀子 出演作品」の インデックッスへ 「●芥川 比呂志 出演作品」の インデックッスへ 「●東野 英治郎 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」のインデックッスへ 「●森 鷗外」の インデックッスへ

「雁」の位置づけが原作と違った。原作に現代的な解釈を織り込んだのではないか。

vhs 雁1.jpg雁 (1953) [DVD].jpg「雁」('53年/大映)高峰秀子.jpg
日本映画傑作全集 「雁」[VHS]」「雁 (1953) [DVD]

 下谷練塀町の裏長屋に住む善吉(田中栄三)、お玉(高峰秀子)の親娘は、子供相手の飴細工を売って、侘しく暮らしていた。お玉は妻子ある男とも知らず一緒になり、騙された過去があった。今度は呉服商だという末造(東野英治郎)の世話を受けるvhs 雁2.jpgことになったが、それは嘘で末造は大学の小使いから成り上った高利貸しでお常(浦辺粂子)という世話女房もいる男だった。お玉は大学裏の無縁坂の小さな妾宅に囲われた。末造に欺か雁 1953 東野.jpgれたことを知って口惜しく思ったが、ようやく平穏な日々にありついた父親の姿をみると、せっかくの決心も揺らいだ。その頃、毎日無緑坂を散歩する医科大学生達がいた。偶然その中の一人・岡田(芥川比呂志)を知ったお玉は、いつ豊田四郎 「雁」芥川.jpgか激しい思慕の情を募らせていった。末造が留守をした冬の或る日、お玉は今日こそ岡田に言葉をかけようと決心をしたが、岡田は試験にパスしてドイツへ留学する事になり、丁度その日送別会が催される事になっていた。お玉は岡田の友人・木村(宇野重吉)に知らされて駈けつけたが、岡田に会う事が出来なかった。それとなく感ずいた末造はお玉に厭味を浴びせた。お玉は黙って家を出た。不忍の池の畔でもの思いにたたずむお玉の傍を、馬車の音が近づいてきて、その中に岡田の顔が一瞬見えたかと思うと風のよう通り過ぎて行った―。

「雁」1953.jpg 森鷗外の「」を原作とする1953年の豊田四郎監督作で、高峰秀子、芥川比呂志主演。豊田四郎監督の永井荷風原作「濹東綺譚」('60年)も山本富士子の相手役は芥川比呂志でした。豊田四郎監督は、この2作品の間に、有島武郎原作の「或る女」('54年)、織田作之助原作の「夫婦善哉」('55年)、谷崎潤一郎原作の「猫と庄造と二人のをんな」('56年)、川端康成原作の「雪国」('57年)、井伏鱒二原作の「駅前旅館」('58年)、志賀直哉原作の「暗夜行路」('59年)など毎年精力的に文芸作品を撮っています。また、この「雁」は、池広一夫監督、若尾文子、山本學主演で1966年にも映画化されています。

雁 高峰秀子.jpg 原作は、「僕」が35年前の出来事を振り返る形になっていて、原作の「僕」は映画での岡田の友人・木村に該当しますが、原作には木村という名は出てきません(因みに若尾文子版でも木村になっている)。また、原作でのお玉の年齢は数えで19歳くらいのようですが、それを実年齢で当時29歳の高峰秀子が演じています(ただし、若尾文子が演じた時は32歳だった)。芥川比呂志もこの時33歳だったので、学生というにはやや年齢が行き過ぎている印象も受けます。

雁 1953 1.gif 物語は、原作が主に「(物語の語り手でもある)僕」の視点から展開されるのに対し、映画は高峰秀子が演じるお玉の視点からの展開が中心であり、特に前半は9割以上がそうであって、お玉が善吉にほとんど騙されるような形でその"囲い者"になり、周囲の差別と偏見の下、肩身の狭い思いで暮らす様が丁寧に描かれています。お玉が芥川比呂志演じる岡田と知り合う契機となる「蛇事件」は真ん中ぐらいでしょうか。そこからお玉が岡田への想いを募らせていくのは原作と同じです。

 原作との大きな間違いは、宇野重吉演じる原作の「僕」こと木村が、原作では岡田とお玉が相識であったことを当時知らなかったことになっているのに、映画ではそれを知っていて、岡田の恋愛アドバイザー的な立場にいることで(岡田が医学生であるのに対し、木村は文系の学生ということになっているが、演じる宇野重吉が当時39歳くらいなので、相当老けた学生に見える(笑))、ただし、木村の岡田への助言は、「二人は住む世界が違いすぎる」といった現実的なものとなっています。一方で、岡田の送別会の夜、夜道でお玉と出会った木村は、岡田がもうすぐ来るので一緒に岡田を待ちますか、とお玉を誘う優しさを見せます。

 しかし、お玉は一緒に岡田を見送りましようと言う木村には応じず、遠くからその出発を見届けるにとどまります。ラストシーンで、岡田が去った後一人佇むお玉の脇で、池から一羽の鴈が飛び立ちますが、これは去っていく岡田を象徴しているようにも思えますが、原作では雁は、岡田が逃がそうと思って投げた石に当たって死ぬことからお玉の悲運を象徴しているともとれるものとなっています。そうなると、映画における雁は、将来におけるお玉の転身を象徴しているようにも思えます。

豊田四郎 「雁」 takamine.jpg豊田四郎 「雁」es.jpg 個人的には、原作を読んだ時、正直あまりに古風な話だなあと思ったりもしましたが、豊田四郎監督は映画において、高峰秀子という女優の意志的なキャラクターをベースに、現代的な解釈を織り込んだのではないかという気がしています。原作に手を加えてダメにしてしまう監督は多いですが、本作は、原作の情緒風情、主人公の切ない思いなどを生かしたうえでの改変であり、これはこれで悪くなかったように思います。

vhs 雁 阿部一族.jpg豊田四郎「雁」1953.jpg「雁」●制作年:1953年●監督:豊田四郎●企画:平尾郁次/黒岩健而●脚本:成澤昌茂●撮影:三浦光雄●音楽:團伊玖磨●原作:森鷗外「雁」●時間:87分●出演:高峰秀子/田中栄三/小田切みき/浜路真千子/東野英治郎/浦辺粂子/芥川比呂志/宇野重吉/三宅邦子/飯田蝶子/山田禅二/直木彰/宮田悦子/若水葉子●公開:1953/09●配給:大映(評価:★★★☆)

高峰秀子/飯田蝶子

高峰秀子を演出する豊田四郎監督
「雁」1953年.jpg

成沢昌茂.jpg成澤昌茂(1925-2021/96歳没)作品
《監督作品》
1962年 「裸体」(永井荷風原作) にんじんくらぶ・松竹
1966年 「四畳半物語 娼婦しの」(永井荷風原作)三田佳子 露口茂 田村高広 東映
1967年 「花札渡世」(脚本)東映
1969年 「妾二十一人 ど助平一代」(小幡欣治原作)三木のり平 佐久間良子 森光子 中村玉緒 東映
1968年 「雪夫人絵図」(舟橋聖一原作)佐久間良子 山形勲 浜木綿子 丹波哲郎 東映

《脚本作品》
1949年 「恋狼火」(洲多競監督) 新演伎座
1950年 「東海道は兇状旅」(久松静児監督、秘田余四郎原作) 大映
1950年 「午前零時の出獄」(小石栄一監督、島田一男原作) 大映
1950年 「ごろつき船」(菊島隆三と共同)森一生監督、大仏次郎原作 大河内伝次郎  大映
1951年 「宮城広場」(久松静児監督、川口松太郎原作)森雅之 大映
1951年 「牝犬」 (木村恵吾監督)京マチ子 大映
1951年 「飛騨の小天狗」(小石栄一監督) 大映
1951年 「馬喰一代」(中山正男原作、木村恵吾監督)三船敏郎、京マチ子 大映
1952年 「浅草紅団」(川端康成原作、久松静児監督)京マチ子 乙羽信子 根上淳  大映
1952年 「丹下左膳」(林不忘原作、松田定次監督)阪東妻三郎 淡島千景 松竹
1952年 「港へ来た男」(梶野悳三原作、本多猪四郎監督)三船敏郎  東宝
1953年 「南十字星は偽らず」(山崎アイン原作、田中重雄監督)高峰三枝子  新東宝
1953年 「雁」(森鷗外原作、豊田四郎監督)高峰秀子、芥川比呂志  大映
1953年 「浅草物語」(川端康成原作、島耕二監督)山本富士子  大映
1954年 「第二の接吻」(菊池寛原作、清水宏・長谷部慶治監督) 滝村プロ
1954年 「鼠小僧色ざんげ」 月夜桜(山岡荘八原作、冬島泰三監督)坂東鶴之助(中村富十郎) 新東宝
1954年 「伝七捕物帳人肌千両(野村胡堂 城昌幸 佐々木杜太郎 陣出達朗 土師清二原作、松田定次監督)高田浩吉 松竹
1954年 「花のいのちを」(菊田一夫原作、田中重雄監督)菅原謙二 大映
1954年 「噂の女」(依田義賢と共同)溝口監督 田中絹代、大谷友右衛門(中村雀右衛門) 大映
1955年 「明治一代女」(川口松太郎原作、伊藤大輔監督)木暮実千代  新東宝
1955年 「花のゆくえ」(阿木翁助原作、森永健次郎監督)津島恵子 日活
1955年 「新・平家物語」(依田と共同、溝口監督)大映
1955年 「若き日の千葉周作」(山岡荘八原作、酒井辰雄監督)中村賀津雄  松竹
1956年 「新平家物語 義仲をめぐる三人の女」(衣笠貞之助監督)長谷川一夫、京マチ子  大映
1956年 「赤線地帯」 溝口監督 大映
1956年 「惚れるな弥ン八」(棟田博原作、村山三男監督)菅原謙二 大映
1956年 「あこがれの練習船」(野村浩将監督)川口浩 大映
1957年 「いとはん物語」(北条秀司原作、伊藤大輔監督)京マチ子 大映
1958年 「風と女と旅鴉」(加藤泰監督)中村錦之助  東映
1959年 「美男城」(柴田錬三郎原作、佐々木康監督)中村錦之助 東映
1959年 「手さぐりの青春」(壺井栄原作、川頭義郎監督)鰐淵晴子 松竹
1959年 「浪花の恋の物語」(近松門左衛門原作、内田吐夢監督)中村錦之助 有馬稲子 東映
1959年 「火の壁」(船山馨原作、岩間鶴夫監督)高千穂ひづる 松竹
1960年 「親鸞」(吉川英治原作、田坂具隆監督)中村錦之助 東映
1960年 「つばくろ道中」(河野寿一監督)中村賀津雄 東映
1960年 「狐剣は折れず 月影一刀流」(柴田錬三郎原作、佐々木康監督)鶴田浩二  東映
1961年 「宮本武蔵」(吉川英治原作、内田吐夢監督)中村錦之助 東映
1961年 「母と娘」(小糸のぶ原作、川頭義郎監督)鰐淵晴子 松竹
1961年 「江戸っ子繁昌記」(マキノ雅弘監督)中村錦之助 東映
1961年 「はだかっ子」(近藤健原作、田坂監督)有馬稲子 ニュー東映
1961年 「小さな花の物語」(壺井栄原作、川頭義郎監督) 松竹
1962年 「お吟さま」(今東光原作、田中絹代監督)有馬稲子、仲代達矢 にんじんくらぶ
1963年 「虹をつかむ踊子」(原作)田畠恒男監督 松竹
1963年 「関の弥太ッぺ」(長谷川伸原作、山下耕作監督) 東映
1964年 「おんなの渦と淵と流れ」(榛葉英治原作、中平康監督)仲谷昇 日活
1965年 「ひも」(関川秀雄監督)梅宮辰夫、緑魔子 東映
1965年 「いろ」(村山新治監督)梅宮、緑魔子 東映
1965年 「赤い谷間の決斗」(関川周原作、舛田利雄監督)石原裕次郎 日活
1966年 「雁」(森鴎外原作、池広一夫監督)若尾文子、山本學 大映
1967年 「シンガポールの夜は更けて」(原作、市川泰一監督)橋幸夫 松竹
1967年 「柳ヶ瀬ブルース」(村山新治監督)梅宮辰夫 東映東京
1968年 「怪談残酷物語」(柴田錬三郎原作、長谷和夫監督) 松竹
1968年 「黒蜥蜴」(江戸川乱歩原作、三島由紀夫劇化)丸山明宏、木村功 松竹
1968年 「夜の歌謡シリーズ 命かれても」 東映東京
1968年 「大奥絵巻」(山下耕作監督)佐久間良子、田村高廣 東映京都
1969年 「夜の歌謡シリーズ 港町ブルース」(鷹森立一監督) 東映東京
1969年 「夜の歌謡シリーズ 悪党ブルース」(鷹森立一監督)東映東京
1969年 「夜をひらく 女の市場」(江崎実生監督)小林旭 日活
1973年 「夜の歌謡シリーズ 女のみち」(山口和彦監督)東映東京
1973年 「夜の歌謡シリーズ なみだ恋」(斎藤武市監督)東映東京
1974年 「夜の演歌 しのび恋」(降旗康男監督) 東映東京

《テレビドラマ》
1962年「善魔」岸田國士原作 菅貫太郎、内藤武敏、瑳峨三智子
1964年「古都」NHK 川端康成原作 小林千登勢、中村鴈治郎(2代)、萬代峰子
1964年「若き日の信長」大仏次郎原作 市川猿之助(2代猿翁)、森雅之
1965年「香華」有吉佐和子原作 山田五十鈴
1967年「華岡青洲の妻」有吉佐和子原作 南田洋子、岡田英次、水谷八重子(初代)
1967年「残菊物語」村松梢風原作 市川門之助、柳永二郎、池内淳子
1968年「皇女和の宮」川口松太郎原作 佐久間良子、平幹二朗
1969年「一の糸」有吉佐和子原作 佐久間良子、佐藤慶
1970年「プレイガール」

1 Comment

成沢昌茂(脚本家)
2021年2月13日東京都内の自宅にて老衰のため死去。享年96歳。

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2020年12月 2日 21:06.

【2963】 ○ 殿山 泰司 (大庭萱朗:編) 『殿山泰司ベスト・エッセイ』 (2018/10 ちくま文庫) ★★★★ was the previous entry in this blog.

【2965】 ○ 増村 保造 「からっ風野郎」 (1960/03 大映) ★★★☆ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1