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〈パリ解放〉を描いた作品。多くの有名俳優が出ているが、主人公は独軍のパリ占領軍司令官か。


「パリは燃えているか [DVD]」「吹替シネマ2021 パリは燃えているか-HDリマスター版- [Blu-ray]」ジャン=ポール・ベルモンド/マリー・ヴェルシニ/アラン・ドロン
1944年8月、第2次世界大戦の連合軍の反撃作戦が始まっていた頃、フランスの装甲師団とアメリカの第4師団がパリ進撃を開始する命令を待っていた。独軍下のパリでは地下組織に潜ってレジスタンスを指導するドゴール将軍の幕僚デルマ(アラン・ドロン)と自由フランス軍=FFIの首領ロル大佐(ブリュノ・クレメール)が会見、パリ防衛について意見を闘わしていた。左翼のFFIは武器弾薬が手に入りしだい決起すると主張、ドゴール派は連合軍到着まで待つという意見だった。パリをワルシャワのように廃墟にしたくなかったからだ。一方独軍のパリ占領軍司令官コルティッツ将軍(ゲルト・フレーベ)は連合軍の進攻と同時に、パリを破壊せよという総統命令を受けていた。将軍は工作隊に命じて、工場、記念碑、橋梁、地下水道など、ありとあらゆる建造物に対して地雷を敷設させていた。このような時に、イギリス軍諜報部から"連合軍はパリを迂回して進攻する"というメッセージがレジスタンス派に届いた。ロル大佐は自力でパリを奪回しようと決意し、これを知ったデルマは、これをやめさせる人間は政治犯として独軍に捕らえられているラベしかないと考え、ラベの妻フランソワーズ(レスリー・キャロン)とスウェーデン領事ノルドリンク(オーソン・ウェルズ)を動かして、ラベ救出を図ったが失敗、結局、ドゴール派と左翼派の会議の結果、決起が決まった。ドゴール派は市の要所を占領し、市街戦が始まった。パリ占領司令部は、独軍総司令部からパリを廃墟にせよという命令を受けていた上、市
街戦が長びけば爆撃機が出動すると告げられていた。コルティッツ将軍は、すでにドイツ敗戦を予想していて、パリを破壊することは全く無用なことと思っていた。そこでノルドリンク領事を呼び、一時休戦をしてパリを爆撃から守り、その間に連合軍を呼べと遠回しに謎をかける。ノルドリンクから事情を知ったデルマは、ガロア少佐(ピエー
ル・ヴァネック)を連合軍司令部に送った。ガロアはパリを脱出、ノルマンディの米軍司令部に到着した。パットン将軍(カーク・ダグラス)はパリ解放は米軍の任務ではないと告げ、ガロアを最前線のルクレク将軍(クロード・リッシュ)に送る。ルクレク将軍は事態の急を知ってシーバート将軍(ロバート・スタック)を動かし、ブラドリー将軍(グレン・フォード)を説いた。ブラドリーは全軍にパリ進攻を命令した。8月25日、ヒットラーの専用電話はパリにかかっていて"パリは燃えているか"と叫び続けていた―。
『パリは燃えているか?〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫 NF 455) 』['16年]2025.6.7 蓼科親湯温泉にて
1966年の米・仏合作のオールスターキャスト戦争映画で、原作はラリー・コリンズ、ドミニク・ラピエールによるレジスタンスとパリの解放を描いたノンフィクション作品。「禁じられた遊び」('52年/仏)、「居酒屋」('56年/仏)のルネ・クレマンが監督し、「ゴッドファーザーPARTⅡ」('74年/米)、「地獄の黙示録」('79年/米)のフランシス・フォード・コッポラが脚本を担当しています。
この映画がモノクロ映画になったのは、撮影のためナチスの卍旗を、公共の建物に掲げることにフランス当局からの許可が出ず、本来の赤い部分を緑に変色させたものを使ったためだとも言われていますが、どちらかと言うと、後半の市街戦を中心に本編の劇とパリ解放当時の実際の映像を大量にモンタージュしてシームレスに当時の状況を再現していて、このためだったのではないかと思います。本編の方も記録映像に合わせてわざと画素を荒くしたりしており、記録映像とうまく融合するようになっています。

オールスター映画と言っても、多くの有名俳優がちょっとずつ出ているという感じで、コルティッツ将軍にパリの街を守ることを進言するスウェーデン領事を演じたオーソン・ウェルズなどは前半かなり出づっぱりだったし、ジャン・ポール・ベルモンドとアラン・ドロンが一つの枠に収まっているシーンなどもありますが、パットン将軍のカーク・ダグラスなどはほぼ1シーンだけだし、タンク(戦車)隊のGI役のジョージ・チャキリスなどは一瞬のカメオ出演といった感じ。まだ、同じGI役のアンソニー・パーキンスの方がチャキリスよりはよく出ていました(珍しく明るい役だと思ったら、パリ進攻直後に敵軍撃破で歓喜に湧いて祝杯を挙げた直後に、敵の弾に当たってあっさり戦死してしまったが)。
群像劇の中で誰が主人公か敢えて言えば、ゲルト・フレーベが演じた"独軍のパリ占領軍司令官コルティッツ将軍だったかも。ヒトラーの信任が厚い人物ながら、パリの破壊と市民の人命を救うべく、ナチ親衛隊の命令を聞き流すなど面従腹背の腹芸をしたことが描かれています。ラストの方で、フランス軍の中尉が降伏要求と身柄確保に乗り込んで来るシーンがありますが、伝わるところでは、仏軍中尉は、司令官室に乗り込むと緊張のあまり「ドイツ語を話せるか」とドイツ語で叫んでしまい、それに対してコルティッツ将軍は「貴官よりいくらか上手だと思う」と余裕で答えたそうです。ただし、この逸話は映画では描かれていませんでした(代わりに、中尉が自分が敵将軍を逮捕するまでの人間になったと親に電話で報告する場面が描かれている)。
史実では、パリの状況に苛立ったヒトラーが、パリ廃墟命令が実施されているか、最高司令部作戦部長アルフレート・ヨードル大将に質問した上で、「Brennt Paris?(パリは燃えているか?)」と3回にわたって問うたそうで、それがコルティッツ将軍が降伏する10分ほど前だったそうですが、それをヒトラーからコルティッツ将軍への彼の降伏直後の電話(したがって誰も出ない)に置き換えてラストシーンとし、さらに映画のタイトルにしたわけです。
演出もドキュメンタリータッチで、過剰な演出はありませんが(したがって地味と言えば地味な映画)、しかしながらこれだけ有名な俳優が出ていると、それがどこでどういう役で出ているのか見るだけでも楽しめます。また、屋根の上などから見たパリの街の俯瞰が時折入るところはルネ・クレマンらしいいと言うか、フランス映画の伝統なのかも。因みに、NHKスペシャル「映像の世紀」「新・映像の世紀」のメインテーマ曲「パリは燃えているか」は、加古隆がこの映画にインスパイアされて作曲したものです(こも映画のテーマ曲ではない)。
ドイツの監督が作ったパリ解放映画では、「ブリキの太鼓」('79年/西独)のフォルカー・シュレンドルフ監督の「パリよ、永遠に」('14年/仏・独)があり、ドイツ軍のコルティッツ大将と、「パリは燃えているか」でオーソン・ウェルズが演じたスウェーデン総領事ノルドリンクのやり取りでほとんどが構成されているようです。
こちらの方は観てませんが、ナチス・ドイツ崩壊後、コルティッツは以前のセヴァストポリ包囲戦での行動が原因で2年間の獄中生活を送ることになり、ノルドリングの方はパリでコルティッツを説得したことで勲章を授与されますが、本当の英雄はコルティッツだと認め、彼に勲章を渡す―という終わり方になっているようです。
「パリよ、永遠に [レンタル落ち]」
ニエル・アレストリュプ(コルティッツ将軍)/アンドレ・デュソリエ(ノルドリング総領事)

「パリは燃えているか」●原題:PARIS BRULE-T-IL ?/IS PARIS BURNING?●制作年: 1966年●制作国:アメリカ・フランス●監督:ルネ・クレマン●製作:ポール・グレッツ●脚本:ゴア・ヴィダル/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:マルセル・グリニヨン●音楽:モーリス・ジャール●原作:ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール●時間:173分●出演:ジャン・ポール・ベルモンド/シャルル・ボワイエ/アラン・ドロン/ジャン=ピエール・カッセル/ブリュノ・クレメール/ゲルト・フレーベ/ダニエル・ジェラン/レスリー・キャロン/オーソン・ウェルズ/ピエール・ヴァネック/カーク・ダグラス/クロード・リッシュ/ロバート・スタック/グレン・フォード/イヴ・モンタン/アンソニー・パーキンス/ミシェル・ピコリ/ヴォルフガング・プライス/シモーヌ・シニョレ/ジャン=ルイ・トランティニャン/ジョージ・チャキリス/マリー・ヴェルシニ/ギュンター・マイスナー/マイケル・ロンズデール●日本公開:1966/12●配給:パラマウント映画(評価:★★★★)
《読書MEMO》
●NHK 総合 2023/11/27「映像の世紀バタフライエフェクト#52―パリは燃えているか」

この番組のテーマ音楽「パリは燃えているか」は、ヒトラーが第二次大戦末期に発した言葉に由来する。しかし、パリは燃えなかった。パリを治めるドイツ軍司令官がヒトラーの破壊命令に背いたのだ。ナチス占領下のパリで何があったのか。亡命先から市民に徹底抗戦を呼びかけたドゴール、ドイツの監視の中、創作を続けたピカソ、シャネルはナチスの協力者となった。「パリ燃え」のメロディーに乗せて贈る、パリ百年の不屈の物語。



アテネに集結したアザド(ジャン=ポール・ベルモンド)、ラルフ(ロベール・オッセン)、レンジー(レナート・サルヴァトーリ)、エレーヌ(ニコール・カルファン)の4人組は、富豪タスコのエメラルドを狙い、門番を縛り上げ、屋敷に侵入する。金庫破りのまっ最中に、門前にパトカーが停車、乗っていたザカリア警部(オマー・シャリフ)の追及をアザドがうまくかわし、大粒のエメラルド36個3億フラン(1
00万ドル)相当を奪うことに成功する。翌日国外に脱出するために港に向かった一行だったが、船は修理が必要で5日間足止めされることに。穀物サイロに宝石を隠したアザドたちを不審な車が尾行する。一人で車に乗り込んだアザドは、後を付けていた車と街中で激しいチェイスを繰り広げる。崖の上でようやく停まった車から降りてきたのは、ザカリア警部だった。エメラルドがないことを知ったザカリア警部はアザドたちを泳がせ、宝石の隠し場所を突き止めようとする。そして二重三重の罠をかけ、アザドがいない間に隠れ家にやってきて、ラルフとレンジーに銃を突きつける―。
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登場人物やストーリーの構成などから、「実写版ルパン三世」と呼ばれる作品。ベルモンド演じるアザドの雰囲気がそれっぽいと言えばそれっぽいけれど、男性3人の一人ラルフが途中でザカリア警部に射殺され、残ったレンジーが1人で次元大介、石川五ェ門の両方を役割をこなすわけでもなく、エレーヌも峰不二子のようには活躍しないし、ダイアン・キャノン演じる謎の女レアの方がまだ峰不二子に近いにしても、全体的には別物と言えば別物という印象も受け、ビミョーなところです(因みに、「ルパン三世」の連載スタートは1967年で、原作者モンキー・パンチ(1937-2019)が1971年製作のこの映画を参考にすることはあり得ないことになる。「
良かった点は1つ1つのシーンをしっかり撮っている点で、例えば最初の方の金庫破りのシーンなどは、(当時としては最新の?)メカを駆使して金庫の鍵をその場で削って作り、番号を割り出していく様が丁寧に描かれているし、アザドとザカリア警部のコートダジュール市街でのカーチェイスシーンは、普通に人やクルマがいる中、モナコグランプリ並みのカーアクションを延々10分間近く見せます(スティーブ・マックイーンの「ブリット」('68年/米)を想起させる)。ザカリア警部がラルフとレンジーに銃を突きつける緊迫感溢れるシーンもじっくり撮っているし(ラルフが射殺されたのが残念だったが、これは原作通りなのか)、ザカリア警部が食堂でアザドを脅迫する場面では、出てくる料理をいちいち美味しそうに撮っています。
カーチェイスシーンはスタントドライバーがハンドルを握っているのでしょうが、街中でのバスの窓につかまっての逃走シーンや、採石場でダンプカーから落とされて急勾配を一気に転げ落ちてていくシー
ン(「
ラストの方のザカリア警部との穀物倉庫での対決も、これまたじっくり撮っていて、最後ザカリア警部(銭形警部と異なり、本業と二股掛けてエメラルドを横取りしようとする悪徳刑事だった)は穀物の洪水の中に埋もれて......。これって映画でたまにあるシチュエーションですが、カール・テオドア・ドライヤーの「
でも、ザカリア警部の最期がやや気の毒な気もしました(「ザカリア警部が気の毒」と言うより「オマー・シャリフが気の毒」という感じ。オマー・シャリフと言えば、「アラビアのロレンス」('62年/英)も
さることながら、あれはピーター・ピーター・オトゥールの主演なので、やっぱり同じくデビッド・リーン監督の「ドクトル・ジバゴ」('65年/米・伊)がいちばんになるでしょうか。ボリス・パステルナーク(1890-1960)による同名小説(パステルナーク自身の唯一の小説)の映画化で、ジュリー・クリスティも超絶の美しさだったし、
モーリス・ジャールの「ララのテーマ」もよく、メロドラマ大河といった感じ。スケールも大きく、モスクワの町のシーンはスペイン、大平原のシーンはフィンランド、大森林のシーンはカナダのロッキー山脈がロケ地になっていて、キャストの顔ぶれも、エジプト、イギリス、アメリカと多彩でした。
パステルナークは1958年にノーベル文学賞の受賞が決定しましたが、反体制的な内容の『ドクトル・ジバゴ』の出版とパステルナークのノーベル賞受賞は共にソ連共産党にとって侮辱的で許しがたい出来事であり、KGBの圧力のためパステルナークは授賞式に出るともう祖国の土は踏めないと考えて、渋々受賞を辞退したとのこと。その後、1964年、フランスの哲学者サルトルが文学賞を辞退し、サルトルは、自分が哲学者であるという強い自負からの辞退だったようですが、今のところ文学賞の辞退者はこの二人だけです。
ダイアン・キャノン in 「華麗なる大泥棒」('71年/仏)
ジャン=ポール・ベルモンド in 「華麗なる大泥棒」('71年/仏)/「

「華麗なる大泥棒」●原題:LE CASSE(英題: THE BURGLARS)●制作年:1971年●制作国:フランス●監督・製作:アンリ・ヴェルヌイユ●脚本:アンリ・ヴェルヌイユ/ヴァエ・カッチャ●撮影:クロード・ルノワール●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:デビッド・グーディス●時間:125分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/オマー・シャリフ/ダイアン・キャノン/ロベール・オッセン/レナート・サルヴァトーリ/ニコール・カルファン●日本公開:1971/12●配給:コロンビア●最初に観た場所(オリジナルフランス語版):新宿武蔵野館(22-09-14)(評価:★★★☆)

「ドクトル・ジバゴ」●原題:DOCTOR ZHIVAGO●制作年:1965年●制作国:アメリカ・イタリア●監督:デヴィッド・リーン●製作:カルロ・ポンティ●脚本:ロバート・ボルト
●撮影:フレディ・ヤング/ニコラス・ローグ●音楽:モーリス・ジャール●原作:ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』●時間:197分●出演:オマー・シャリフ/ジュリー・クリスティ/ジェラルディン・チャップリン/トム・コートネイ/アレック・ギネス/ロッド・スタイガー/ラルフ・リチャードソン/ショブハン・マッケンナ/エイドリアン・コリ/リタ・トゥシ
ンハム/クラウス・キンスキー/タレク・シャリフ●日本公開:1966/06●配給:メトロ
・ゴールドウィン・メイヤー●最初に観た場所:池袋・文芸坐(79-11-22)●2回目:下高井戸・下高井戸京王(85-03-03)(評価:★★★★)●併映(2回目):「大いなる別れ」(ジョン・クロムウェル)


1930年のはじめの、アレクサンドル・スタビスキー(ジャン=ポール・ベルモンド)は、クラリッジ・ホテルの一室で、友人であり共同の事業経営者であるラオール男爵(シャルル・ボワイエ)、弁護士のボレリ(フランソワ・ペリエ)と共にお茶を飲んでいた。実は彼は生まれながらの野心家で、詐欺のような行為で大金を稼いでいたのだ。彼は政財界の大物と仲良くな
り、妻アルレッテ(アニー・デュプレー)と優雅な生活を送っていた。その彼女に献身的な愛を捧げる男がいた。スペイン人のモンタルボ(ロベルト・ビサッコ)だ。モンタルボはフランコ側につく地主の息子で、人民戦線を叩きつぶす目的でムッソリーニから武器を買いつけるためにマルセーユに来ていた。その頃、スタビスキーの身辺が騒がしくなる。彼の前歴を怪しんだボニー(クロード・リッシュ)という検察官の調べで、スタビスキーが偽公債を発行していたことがばれてしまい、スタビスキーはスイスの山荘へ逃亡することになる―。
アラン・レネ監督の1974年5月公開作で(日本公開は1975年5月)、ジャン=ポール・ベルモンドを主演に迎え、1930年代にフランス政財界を揺るがした「スタビスキー事件」を映画化した実録サスペンス。シャルル・ボワイエがラオール男爵を演じ、1974年・第27回「カンヌ国際映画祭」で特別表彰を受けたほか、「ニューヨーク映画批評家協会賞」の最優秀助演俳優賞を受賞しています(若き日のジェラール・ドパルデューが少しだけ出ている)。今月['22年9月]、ベルモンド主演作をリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選3」(東京・新宿武蔵野館ほか)で47年ぶりに劇場公開されました。
本作の前年のフィリップ・ラブロ監督「相続人」('73年/仏・伊)で、ベルモンドは、ダンディな三つ揃いをりゅうと着こなすコンツェルンのサラブレッドにして、全ヨーロッパの資産家20位に入るセレブの後継者を演じています。ベルモンドの半分つぶれたような鼻が、どういうわけかハーバード大卒という、主人公のインテリジェンスに相応しく見えるのが不思議。ただし、「相続人」は、後にベルモンド主演で「危険を買う男」('76年/仏)を撮るフィリップ・ラブロ監督なのにアクションが無くてイマイチでした。ベルモンドに美女を絡ませれば何とかなる―みたいな感じ。フィリップ・ド・ブロカ 監督、ジュール・ヴェルヌ原作の 「
ただし、主人公のスタビスキーは次第に追い詰められていき、実際には一文無し同然であるのに、それでもスイスの銀行口座があると言って当面を凌ぎ、政界の汚職スキャンダルにも巻き込まれていきます。従って、実際のスタビスキーも、パリを脱出後、警察による捜索の結果、スイス国境のシャモニーにある別荘にて、頭に銃弾を受けて倒れているのを発見され、病院に搬送されたが2時間後に死亡したそうで、警察当局は「警官隊に包囲され逃げられないと悟ったスタビスキーが、自ら命を絶った」と発表したそうですが、射殺説もあるようです(映画もどちらともとれる終わり方になっていた)。
ベルモンドは野心溢れるスタビスキーの栄枯盛衰を熱演(自分がやりたかった役のようだ)していたように思います。また彼に騙され財産を失う男爵役のシャルル・ボワイエがハマリ役で、人生の深みを感じさせる演技をしていました。さらには、美術は豪勢で、最近の映画には
無い"本物感"がありました。ただ難点を言えば、アラン・レネ監督の他の作品に比べればわかり易いですが、それでも展開が複雑で(疑獄事件を扱った作品にありがち。この間観たダニエル・シュミット 監督の「
「薔薇のスタビスキー」●原題:STAVISKY●制作年:1974年●制作国:フランス●監督:アラン・レネ●製作:ジャン=ポール・ベルモンド●脚本:ホルヘ・センプラン●撮影:サッシャ・ヴィエルニー●音楽:ステファン・ソン
ダイム●時間:118分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/シャルル・ボワイエ/フランソワ・ペリエ/アニー・デュプレー/クロード・リッシュ/ジジ・バーリスタ/ジェラール・ドパルデュー●日本公開:1975/05●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(22-09-14)(評価:★★★☆)






ナチス占領下、ノルマンディーの海辺の町ティーグルヴィル。町はずれの娼館のバーで、アルベール・カンタン(ジャン・ギャバン)が居酒屋の主人エノー(ポール・フランクール)を相手に、海軍時代の中国体験の話を肴に大酒をくらっていた。その夜、激しい空襲で防空壕に退避したアルベールは、妻シュザンヌ
(シュザンヌ・フロン)に「もし無事戦争を切り抜けられたら酒を止める」と誓う。終戦から10余年過ぎたある夜、カンタンとシュザンヌの経営するホテルに、ガブリエル・フーケ(ジャン=ポール・ベルモン
ド)という青年が宿を求めてやって来た。主人の禁酒以来、このホテルでは酒は出さないということで、フーケはエノーの居酒屋へ繰り出し、泥酔して騒ぎを起こす。彼は町はずれの寄宿学校にいる娘マリーを引取りに来たのだが、酔っては先妻のいるスペインに思いを馳せるのだった。カンタンはそんなフーケにかつての自分を思い出し、親近感を覚える。シュザンヌは夫婦
揃っての付き合いでフーケに親しみを感じながらも、この青年の存在によって夫が再び酒に溺れはしないかと心配する―。
「地下室のメロディー」などのアンリ・ベルヌイユ監督による1966年公開作(日本初公開は1996年12月21日)で、ジャン=ポール・ベルモンドとジャン・ギャバンの唯一の共演作。今月['22年9月]、ベルモンド主演作をリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選3」(東京・新宿武蔵野館ほか)で26年ぶりに劇場公開されました。
ジャン=ポール・ベルモンド演じる自らを酔いにまかせるフーケに、かつてに自分を見出し、寄り添うジャン・ギャバン演じるカンタン。ただし、口先だけで励ましたりするのではなく、自らに課した、そして妻と約した禁酒の掟を破って酒を飲んで酔っ払ったり、娘を寄宿学校から引き取りたいフーケに伴ってフーケの娘が通う寄宿学校へフーケと潜入を試みたりと、彼と同じ地平にまで降りていきます。
酔うことが男のロマンの象徴のようになっていて、二人が仕掛けた壮大な花火大会も背景として美しい。酔わなければ同じ気持ちになれないのかという批判もあるかもしれませんが、個人的にはコロナ禍の下でこの作品を観て、男同士が共に酔うのってやはりいいなあと思ってしまいました(昭和的?)。
タイトルの「冬の猿」は、劇中でカンタン(彼はかつて第1次大戦で中国に遠征したようだ)が話す、「中国では冬になると、親のいない猿が町におりてくる。人々は猿にも魂があると信じているから、もてなしをして、森に帰ってもらう」という逸話からきていて、この話をラストのフーケとその娘を送り出す列車の中で娘に話します。列車がカンタンがフーケと別れる駅に着いて、カンタンが列車を降りると、娘は父親のフーケにあの人は「本当に猿を見たのかしら」と訊きます。それに対してフーケが「少なくとも1匹はね」と答えます(わあ、自分のことだあ)。
ームのベンチに腰掛けますが、フーケが乗っている列車には背を向けて座っています。列車が動き出し、遠ざかるカンタン。それでも彼はフーケの方を見ない―こんなべたべたしないラストの別れのシーンもいいなあと思ました(ここが日本映画などと異なるところかも)。カンタンは独りアメを口に放り込みます。禁酒の掟を破ったのは、それより大事なことがあったためで、ただし、それは一時的なものであり、再びもとの禁酒生活に戻り、妻の心配(映画を観る側の心配でもある)は杞憂であったことを示唆していてうまいなあと思いました。
この作品、個人的には、ジャン=ポール・ベルモンドの一周忌にあたる日に、この「傑作選」上映作品の新字幕を数多く(20作品中9本)担当した松浦美奈氏(英語・仏語をこなす「日本一の売れっ子の字幕翻訳家」と言われ、ハリウッド映画の新作「
「冬の猿」の話で、松浦氏が(松浦氏は「レ・ミゼラブル」('95年/仏)と並んでこの作品がベルモンド作品で一番のお気に入りのようだ)「皆さん、この映画の時、ジャン・ギャバンがいくつだったか知っていますか?58歳ですよ!」とその貫禄ある演技について語ると、江戸木氏が、「ベルモンド29才だった。あの酔っぱらい方に運動神経や体幹の良さが出ている」と。なるほど。ジャン・ギャバンは70歳くらに見えるけれど、老け役を演じたのか(それでも、ジャン=ポール・ベルモンドのちょうど倍ほどの年齢だったんだ)。傑作であると同時に貴重な品です。


莫大な父の遺産があり、あらゆる快楽に飽き果てて、生きている意義も見出せないという30歳の男アルチュール・ランプルール(ジャン=ポール・ベルモンド)は退屈の余り自殺したがるが、その試みは全て失敗する。そこで、フィアンセのアリス(ヴァレリー・ラグランジュ)とその小姓のレオン(ジャン・ロシュフォール)、アリスの母親スージー(マリア・パコム)とその恋人コルネリウス(ジェス・ハーン)、元後見人でもあった古くからの中国人の友人ミスター・ゴーことゴー氏(ヴァレリー・インキジノフ)と船旅に出る。ランプルールの法定代理人ビスコトン(ダリー・コール)が香港までアルチュールを探しにやってきて、アルチュールの破産を知らせる。これで自殺の名目ができたと喜んだアルチュールは自殺の試みを続け
、フィアンセの母親スージーは婚約解消を要求する。ゴー氏のアイデアで、スージーにアルチュールの生死を委ねることになる。アルチュールは婚約者アリスとゴー氏を受取人に有効期間1か月の生命保険に署名する。ゴー氏は殺し屋を手配し、そうなると自殺志願のアルテュールも生命の危険を感じて懸
命に逃げまわるという奇妙な状況になる。港のバーに逃げこんだ時、ストリッパーのアレキサンドリーヌ(ウルスラ・アンドレス)に匿ってもらった。彼女は考古学者の卵で、アルバイトにストリッパーをしていたのだ。彼は一目で好意を抱くが、恋を語っている余裕はない。ゴー氏ともう一度話し合おうと、彼を追ってネパールへ行く。例によって二人の尾行者がついてくるが、実は彼らは保険会社がつけたボディ・ガードだった。ところが今度は、保険金の一部をもらう約束になっている香港ギャングのボス、フォリンスター(ジョー・セイド)の命を狙われることに―。
「
ジュール・ヴェルヌの1879年刊行の小説『中国での中国人
の苦難』(Les Tribulations d'un chinois en Chine)が原作とのことですが、大幅に翻案されているようです。自殺志願の男(原作では中国系)が自分に生命保険を懸けられたのを機に考え方が変わるというのは同
じようですが、原作では主人公は最後、婚約者と結婚するようです(映画でもアリスは最後、結婚するのだが...)。ウルスラ・アンドレス演じるストリッパーは、映画のオリジナルかと思われます。
と同じで、むしろヒートアップした感じさえあります。なので、ベルモントのアクションは楽しめますが、ストーリーが「リオの男」以上にぶっ飛んでいて、アクションとの両方が相俟って、ややドタバタ喜劇調になったきらいもあります(同じ大金持ちの役でも、ベルモントのアクションが無いフィリップ・ラブロ監督の「
舞台出身のジャン・ロシュフォール(フィリップ・ド・ブロカ監督の「大盗賊」('62年)や「相続人」でもベルモントと共演し
ていた)が「小姓」(御屋敷付きの「執事」というよりは、どこでも主人に付いて行って面倒を見る「フットマン」という感じか)の役で脇を固めていて、いい味出していました(最後まで主人に付いて行くので出演場面が多い)。ただ、それよりも、ゴー氏を
演じたヴァレリー・インキジノフが、フセボロド・プドフキン監督の「アジアの嵐」('28年/ソ連)で、主人公のモンゴル人を演じたあの俳優だったと後で知って少し驚きました。ヴァレリー・インキジノフはロシア・ブリヤート出身のフランス人俳優ですが、血統的にはモンゴル人のようです。「モンパルナスの夜」('33年/仏)に、金持ちに怨念を抱くチェコ人の挫折した元医学生という、まるで「天国と地獄」の山崎努を連想させるような役で出演していますが、60年代のこの「カトマンズの男」では好々爺の役でした。
「アジアの嵐」は、1920年代、イギリス統治のモンゴルを舞台に、〈チンギス・ハーンの後裔〉に祭り上げられたモンゴルの青年(ワレリー・インキジノフ)が,やがて民族の自覚に燃えてイギリス帝国主義に闘いを挑むという、モンゴル解放闘争の黎明期を描いたものですが、その主人公を"覚醒"させ、英国の軛(くびき)からの解放を手助けしたのがソ連であるという、ロシア革命と「共産主義」運動を美化するプロパンガンダ映画でもあります。
それゆえに評価をするのは難しいのですが、エイゼンシテインと並ぶとされるフセヴォロド・プドフキン監督でさえ、ソ連の映画監督である限り、当時はそうした映画を撮らざるを得なかったのでしょう(「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)にしても共産主義的プロパガンダ映画であり、日本でも終戦から22年が経った1967年にようやく一般公開された)。
出演者でもう一人の注目は、やはり007シリーズ第1作「
前はアーシュラ・アンドレスと表記されていた)でしょうか。スイス出身で両親はドイツ人。「ドクター・ノオ」出演時は英語がおぼつかなく、彼女のセリフはすべて吹き替えでしたが、それでも「ゴールデングローブ賞」の
新人賞を受賞しています。その後は、ドイツ語、イタリア語、フランス語、さらにはマスターした英語の4カ国を操る語学力を活かして、ハリウッド映画にもヨーロッパ映画にも多数出演しています(出演はB級娯楽映画が多いが)。因みに、この映画出演時にはジョン・デレクと結婚していましたが、ジャン=ポール・ベルモンドと恋仲になり、1966年にはジョン・デレクと離婚しています。その後もライアン・オニールらと浮名を流したりしましたが、1980年の「タイタンの戦い」で共演したハリー・ハムリンとの間に男児を生んだものの、再婚はしていません(この手の肉食系女優に結婚は似合わない?)。
ソ連映画「アジアの嵐」に出ていたモンゴル系俳優と、アメリカ映画「007 ドクター・ノオ」に出ていたドイツ系女優が同じフランス映画に出ているというのが何となく面白いです。



「カトマンズの男」●原題:LES TRIBULATIONS D'UN CHINOIS EN CHINE(英:UP TO HIS EARS)●制
作年:1965年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ダニエル・ブーランジェ●撮影:エドモン・セシャン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:ジュール・ヴェルヌ「中国での中国
人の苦難」●時間:110分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/ウルスラ・アンドレス/ヴァレリー・ラグランジュ/マリア・パコム/ジェス・ハーン/ヴァレリー・インキジノフ/マリオ・ダヴィッド/ポール・プレボワ/ダリー・コール/ジョー・セイド●日本公開:1966/05●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-25)(評価:★★★)●併映(同日上映):「相続人」(フィリップ・ラブロ)
「アジアの嵐」●原題:Потомок Чингис-хана(STORM OVER ASIA POTOMOK CHINGIS-KHANA)●制作年:1928年●制作国:ソ連●監督:フセ
ヴォロド・プドフキン●脚本:オシップ・ブリーク/レフ・スラヴィン/ウラジーミル・ゴンチュコフ●撮影アナトーリー・ゴロヴニャ●音楽:セルゲイ・コズロフスキー/ M・アロンソン/(サウンド版音楽)ニコライ・クリューコフ●原作:イワン・ノヴォクショーノフ「ジンギス汗の末喬」●時間:87分●出演:ワレーリー(ヴァレリー)・インキジーノフ/アナトーリー・デジンツェフ/リュドミラ・ベリンスカヤ/アネリ・スダケーヴィチ/ボリス・バルネット●日本公開:1930/10●配給:三映社(評価:★★★☆)

ーザ教授、実業家アンドレ・ディ・カストロ(アドルフォ・チェリ)の3人がブラジルの奥地探検から持ち帰った3体セットのうちの1体だった。3人は3体の小像
をそれぞれ一体ずつ所持し、カタラン教授は自分の像を博物館に寄贈したのだった。またヴィレルモーザ教授は探検後に死亡し、現地リオのある場所に自分の像を隠していた。そして、その娘アニェスは、その隠し場所の秘密を知っていた。しかし、そんな折、カタラン教授が何者かに連れ去られ、さらにアニェスまでが誘拐されてしまう。ちょうど、そこに居合わせたアドリアンは、連れ去られるアニェスの姿を見つけ、必死に後を追う。アニェスを連れた男たちは旅客機に乗り、アドリアンも咄嗟の機転
でに乗り込むと、旅客機はブラジルのリオデジャネイロまで来てしまう。リオに着いたアドリアンは、土地の少年の助けを得て、アニェスを取り戻す。小像のありかを知るアニェスの手引でアドリアンは小像を見つけ出すが、それも束の間、例
の男たちが現れ小像を奪われる。残る一つは、カストロが持っているのだ。アニェスとアドリアンは、彼の居るブラジリアに向かう。そして途中2人は、"敵"に囲まれたカタラン教授を見つけ、救出に成功するが、しかし―。
1964年公開のフィリップ・ド・ブロカ監督作で、ジャン・ポール・ベルモンドのコンビによるアクション・コメディ映画作(日本では'64年に初公開。今年['21年]、ベルモンド主演作をHDリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」(5月14日~、東京・新宿武蔵野館ほか)で公
開)。追いつ追われつのサスペンスをノンストップで描いたもので、公開当時、歴代フランス映画の興行記録を更新する空前のヒットを記録したそうです。そうした娯楽映画であるとともに、1964年の「ニューヨーク映画批評家協会賞 外国語映画賞」を受賞しています(
スティーブン・スピルバーグはこの映画を公開当時劇場で9回観たほどお気に入りで、「
テンポが良くて楽しめます。背景としてのリオの街の異国情緒もいいですが、新首都ブラジリアでの、無機質な建造物をバックにした追走劇もシュールで良かったです。まるで、イタリアの画家ジ
ョルジョ・デ・キリコが描く絵のような背景に感じられました(建物だけ屹立していて人影がほとんど無い)。モダニズムの理念に基づいて建設された計画都市ブラジリアの当時の映像は、結構貴重ではないでしょうか。
「レイダース」のヒントになったとのことですが、終盤、小像の奪い合いになり、洞窟を舞台に三体の小像が悪の手に落ちた、まさにその時、森林をゆさぶる大爆発が起きたので、「レイダース」のように巨岩が転がってくるのかと思いきや、最後はちょっとショボかったですが、それでも★4つはあげていい出来映えでした。
ヒロイン役のフランソワーズ・ドルレアックは、1964年2月5日に封切られたこの「リオの男」と、同年4月20日に封切られた「
この映画とフランソワ・トリュフォー監督の「柔らかい肌」で見せたフランソワーズ・ドルレアックの演技を比べれば、妹のカトリーヌ・ドヌーヴの当時より姉の方が演技力に幅があったことが窺えますが(「柔らかい肌」では男を不倫に引き込むCAを演じた)、1967年に妹と「ロシュフォールの恋人たち」で共演を果たした、まさにその年に、運転中に事故に遭い、25歳で亡くなっているのが惜しまれます。


「リオの男」●原題:L'HOMME DE RIO(英:THAT MAN FROM RIO)●制作年:1964年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/アリアンヌ・ムヌーシュキン/フィリップ・ド・ブロカ/ダニエル・ブーラン
ク/ジャン・セルヴェ/ロジェ・デュマ/ダニエル・チェカルディ/ミルトン・リベイロ/ウビラシ・デ・オリヴェイラ/アドル
フォ・チェリ/シモーヌ・ルナン●日本公開:1964/10●配給:東和●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-18)(評価:★★★★)

南仏マルセイユでは、警察官が暗黒街から賄賂を貰い、麻薬、恐喝、売春などの犯罪を黙認してたが、ある日モーテルで地元警察の警部が娼婦と一緒のところを殺された。背後に暗黒街の影がちらつく中、パリから一人の男がやって来る。彼の名は、スタニスラス・ボロウィッツ(ジャン=ポール・ベルモンド)、またの名をアント
ニオ・セルッティ。その行状から一見悪党にも見え、警察に逮捕されたりもするが、実は別名"洗濯屋"と呼ばれる、自らの身分を隠して他の警察官を監督する警部だった。彼は早速、身分を隠して地下組織に潜り調査を開始、殺された警部の未亡人(マリー・ラフォレ)に接近し、彼女を通して事件の真相に迫るが、一方、警察内では暗黒街の組織と通じて彼を葬り去ろうとする計画が進んでいた―。
'79年フランス公開作で、ミシェル・グリリアの原作を基に「さらば友よ」('68年)、「パリ警視J」('84年)のジャン・エルマンが脚色し、撮影は「
観ていてテンポがいいと思いました。ベルモント演じる男は、革ジャン・革ブーツで白いクラシックのスポーツカーをぶっ飛ばして登場するや、マリー・ラフォレ演じる警部の未亡人の家に乗り付け、車ごと窓をぶち破って侵入、自らセルッティと名乗り、カナダの刑務所から出所してきたばかりであり、殺されたのは妹だと自己紹介して金を請求する―どこの無法者かと思いきや実は刑事ということで、ただしこれは邦題がネタバレ気味でしょうか(原題は FLIC OU VOYOU(COP OR HOOD)、つまり「刑事か無法者か」)。
ただ、もう一つ大きな
ヤマがあって、ボロウィッツは二つの組織を対立させて自滅に追い込む黒澤明の「用心棒」みたな戦略をとるのですが、警察内部にも暗黒組織に通じた側にはボロウィッツを陥れようとする罠があって、ボロウィッツがどこまでそれに気が付いているかが分からず、観ていてはらはらさせられることです。一方で、ボロウィッツには娘(ジュリー・ジェゼケル)がいて、ホームドラマ的な親子問題も微妙に(時にユーモラスに)絡んで、さらに極力スタントマンを使わず体を張ってやっているアクションの部分にもユーモラスな場面があり、全体としてコメディ・アクション映画と言えるものになっています。
この明るさが、アラン・ドロンのギャング映画などとは大きく異なる点で、フランスではアラン・ドロンより人気があるということですが、日本でも、ボロウィッツの人物造型はモンキー・パンチの「ルパン三世」や寺沢武一の「コブラ」に影響を与えたと言われてます(ただし、「ルパン三世」の雑誌連載そのものは'67年にスタートしているので、実際に「ルパン三世」に影響を与えたかどうかとなると「?(クエスチョン)」)。「ルパン三世」「コブラ」のルーツと言われながら、その割にはあまり注目されてこなかったようにも思いますが、相まみえてみると意外と楽しめた作品でした。
「警部(ジャン=ポール・ベルモンドの警部)」●原題:FLIC OU VOYOU(COP OR HOOD)●制作年:1978年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・ロートネル●製作:アラン・ポワレ●脚本:ジャン・エルマン/ミシェル・オーディアール●撮影:アンリ・ドカ●音楽:フィリップ・サルド●原案:ミシェル・グリリア●時間:108分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/マリー・ラフォレ/ジョルジュ・ジェレ/ジャン=フランソワ・バルメ/クロード・ブロッセ/トニー・ケンドール/ミシェル・ボーヌ/カトリーヌ・ラシェン/ジュリー・ジェゼケル●日本公開:1980/11●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(20-11-12)(評価:★★★☆)



査にあたることになったが、ミノスと名乗る謎の男から彼に電話がかかってくる。事件の犯人だと話すミノスは、連続殺人を予告してくるのだった。そして、次には、多くの男との情事を重ねていた女性が犠牲となる。パリの街が恐怖に包まれる中、ルテリエは次の標的である看護師のエレーヌ(カトリーヌ・モラン)の警護にあたるが、エレーヌもミノスの罠にはまり殺されてしまう。彼女の死によって意外な犯人の正体が明らかになるのだが、ルテリエは次の犠牲者がポルノ女優のパメラ・スイートであることを突きとめると、彼女の自宅であるマンションへと向かう。だが、すでに到着していたミノスは、パメラを人質に取った上に部屋に爆弾を仕掛けていた―。
「地下室のメロディー」('63年)「
見所はストーリーではなくアクションでした。ジャン=ポール・ベルモンドはノー・スタントでスレート屋根を跳び、列車の屋根を走ってトンネルでは身を伏せ、最後はヘリにワイヤーでぶら下がってビルの25階の窓を破って突入します。この映画が、後のジャッキー・チェンやスティーブ・マックイーン、チャック・ノリスなど、多くのアクションスターに影響を与えたというのも頷けます。
ンチュラ演じる警部の相方の警部補で、リノ・ヴァンチュラと交互にモーリス・ロネを尋問していました。主演作「恋愛日記」('77年/仏)など、フランソワ・トリュフォー監督の作品にもよく出ていた性格俳優です。この作品では"筋肉"で事件を解決することをモットーとするルテリエに比べれば特に見せ場は無いものの、抑制の効いた味のある演技を見せています。
また、冒頭でネグリジェ姿で登場し最初に死んでしまう女性ノラ・エルメール役のレア・マッサリは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「
こうした役者陣も含め、個々の見所はありますが、犯人が結構しょぼい割には、ルテリエが警護しててもカトリーヌ・モラン演じる看護師のエレーヌを守れなかったりするので、やはりストーリー面で弱いでしょうか(まあ、「007シリーズ」だって、ジェームズ・ボンドはいっぱい女性を死なせてしまっているが)。結局、この作品の一番の見所はジャン=ポール・
ベルモンドのアクション―ということに行き着きます。「CGなどを使わない分、昔のアクション映画の方がスリルがあった」ということの証左のような映画でした。
「恐怖に襲われた街(ジャン=ポール・ベルモンドの恐怖に襲われた街)」●原題:PEUR SUR LA VILLE(英:FEAR OVER THE CITY)●制作年:1975年●制作国:フランス・イタリア●監督・脚本:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ジャン=ポール・ベルモンド/アンリ・ヴェルヌイユ●撮影:シャルル=アンリ・モンテル●音楽:フエンニオ・モリコーネ●時間:126分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/シャルル・デネ/レア・マッセリ/アダルベルト・マリア・メルリ/ジョヴァンニ・チャンフリーリア/ジャン・マルタン/カトリーヌ・モラン●日本公開:1975/07●配給:コロムビア●最初に観た場所:新宿武蔵野館(20-12-03)(評価:★★★☆)



パリの小さな書店に勤める青年エミール(ジャン=クロード・ブリアリ)は、コペンハーゲンから来たばかりで、フランス語の「R」がうまく発
音できないストリップ・ダンサーのアンジェラ(アンナ・カリーナ)と一緒に暮らしていたが、ある日突然アンジェラが赤ちゃんが欲しいと言い出す。赤ちゃんは要らないし、正式な結婚などしない方が気
楽だと考えるエミールとは折り合わず、2人は喧嘩になる。仕舞にアンジェラは、それなら他の男に頼むと啖呵を切り、エミールは動揺す
るが、勝手にしろと答えてしまう。アンジェラもアンジェラで、自分たちの住むアパルトマンの下の階に住む、エミールの友人で以前よりアンジェラにちょっかいを出していた、駐車場のパーキングメーター係のアルフレード(ジャン=ポール・ベルモンド)に頼
むと宣言する。ならばとエミールはアルフレードを呼び出して、アンジェラにけしかけたりした揚句、アンジェラに去られる。エミールはやけになって別の女と寝て、一方
のアンジェラも、アルフレードと本当に寝てしまう。深夜、アンジェラがエミールと住むアパルトマンに戻り、2人はベッドで黙り込む。エミールは、試しに自分の子をつくってみようとアンジェラを抱く。フレッド・アステアのダンスミュージカルが幕を閉じて終わるように、アンジェラは寝室のカーテンを閉じてみせる―。
1961年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の長篇劇映画第3作であり、ゴダールのカラー映画第1作であるとともにミュージカル・コメディ第1作。「小さな兵隊」('60年)に次いでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第2作で、カリーナとの結婚後第1作になります。ゴダールは「
音楽はミシェル・ルグランで、美術はベルナール・エヴァン。この2人は本作の2年後に製作されたジャック・ドゥミ監督の
なく、そのメロディも、コラージュのようなスクリーンプレイに合わせて度々寸断され、ミュージカルというスタイルを完全に換骨奪胎していると言えます。一方の美術面では、カラフルな原色の色彩が多用されていて、これは「シェルブールの雨傘」にも見られるし、ゴダール自身の監督作「
ジャン=クロード・ブリアリが室内で自転車を乗り回すシーンや、喧嘩して口をきかなくなったジャン=クロード・ブリアリとアンナ・カリーナが本のタイトルで会話をするなど、ちょっとお洒落なシーンが多くあり、また、アンナ・カリーナら登場人物が時折カメラに向けて語りかけるシーンなどがあったりするのがちょっと前衛的と言うか、ストーリー自体はたわいもない話ですが、その分肩肘張らずに楽しめるゴダール作品です。
ジャン=クロード・ブリアリに急に部屋に来るよう呼ばれたジャン=ポール・ベルモンドが、「早く帰ってテレビで『勝手にしやがれ』を見たいんだ」と言ったり、そのジャン=ポール・ベルモンドが、カメオ出演のジャンヌ・モローにバーで、フランソワ・トリュフォー監督によって撮影中の「突然炎のごとく」('62年)について「ジュールとジムはどうしてる?」と訊ねるシーンがあったりするなどの小ネタ的愉しみも(「撮影は順調?」と訊ねているとも解釈可能)。
ゴダールは本作でベルリン国際映画祭「銀熊賞」(審査員特別賞)を受賞し、これは前年の同映画祭での「勝手にしやがれ」による「銀熊賞」(監督賞)に続いて2年連続の受賞。映画のアンジェラと同じくコペンハーゲン出身のアンナ・カリーナは、本作で
受賞。彼女はジャン=ポール・ベルモンド、ジャン=クロード・ブリアリの両雄を(と言っても2人だって共に28歳とまだ若いのだが)振り回してまさに圧巻。アンナ・カリーナを観て楽しむ映画とも言えますが、個人的には、ゴダール自身が後に「本当の意味での自分の処女作」と述べているように、ゴダール作品の原点的要素が多く見られるという点で興味深い作品です。
「女は女である」●原題:UNE FEMME EST UNE FEMME/A WOMAN IS A WOMAN●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴ
ダール●製作:カルロ・ポンティ/ジョルジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原案:ジュヌヴィエーヴ・クリュニー●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/ジャン=ポール・ベルモンド/ジャン=クロード・ブリアリ/マリー・デュボワ/ジャンヌ・モロー/カトリーヌ・ドモンジョ●日本公開:1961/12●配給:新外映●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-09-16)(評価★★★★)



面白いものが多く、またヴィヴィッドな印象を受けるのが意外かも知れません。よく知られているところでは、ジーン・セバーグ、ジャン=ポール・ベルモンド主演の「勝手にしやがれ」('59年)、アンナ・カリーナ、ベルモント主演の「気狂いピエロ」('65年)などの初期作品でしょうか。スチール写真が適度に配置され、読むと再度見たくなり、未見作品にも見てみたくなるものがありました。


パトリシアはミシェルとの愛を確認するため、ミシェルの居所をわざと警察に密告する―というもので、この不条理に満ちた話のオリジナル作者はフランソワ・トリュフォーですが、最終シナリオはゴーダルの頭の中にあったまま脚本化されずに撮影を開始したとのこと。台本無しの撮影にジャン=ポール・ベルモントは驚き、「どうせこの映画は公開されないだろうから、だったら好きなことを思い切りやってやろう」と思ったという逸話があります(1960年・第10回ベルリン国際映画祭「銀熊賞(監督賞)」受賞作)。.jpg)
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「気狂いピエロ」は―、フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモント)という男が、イタリア人の妻とパーティに行くが、パーティに退屈し戻ってきた家で、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会し、成り行きで彼女のアパートに泊まった翌朝、殺人事件に巻き込まれて、2人は逃避行を繰り返す羽目に。フェルディナンは孤島での生活を夢見るが、お互いにズレを感じたマリアンヌが彼を裏切って情夫の元へ行ったため、フェルディナンは彼女と情夫を射殺し、彼も自殺するというもの(1965年・第26回ヴェネチア国際映画祭「新鋭評論家賞」受賞作)。 


「勝手にしやがれ」●原題:A BOUT DE SOUFFLE(英:BREATHLESS)●制作年:1959年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●原作・原案・脚本:フランソワ・トリュフォー●撮

「気狂いピエロ」のポスター。『キネマ旬報』1967年2月下旬号に掲載された広告。
●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョル
ジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワース・デュアメル●原作:ライオネル・ホワイト「十一時の悪魔」●時間:109分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/アンナ・カリーナ/サミュエル・フラー /レイモン・ドボス/グラツィエッラ・ガルヴァーニ/ダーク・サンダース/ジミー・カルービ/ジャン=ピエール・レオ/アイシャ・アバディ/ラズロ・サボ●日本公開:1967/07●配給:セントラル●最初に観た場所:有楽シネマ (83-05-28) (評価★★★★)●併映:「彼女について私が知っている二、三の事柄」(ジャン=リュック・ゴダール)
作国:フランス・イタリア●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン●原案:カトリーヌ・ヴィムネ●時間:90分●出演:ジョゼフ・ジェラール/マリナ・ヴラディ/アニー・デュプレー/ロジェ・モンソレ/ラウール・レヴィ/
ジャン・ナルボニ/イヴ・ブネトン/エレナ・ビエリシック/クリストフ・ブルセイエ/マリー・ブルセイエ/マリー・カルディナル/ロベール・シュヴァシュー/ジャン=リュック・ゴダール(ナレーション)●日本公開:1970/10●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽シネマ (83-05-28) (評価★★★)●併映:「気狂いピエロ 」(ジャン=リュック・ゴダール)


有楽シネマ (1955年11月14日オープン、1994年12月休館、1995年6月16日~シネマ有楽町(成人映画上映館)、1996年~銀座シネ・ラ・セット、159席) 2004(平成16)年1月31日閉館 跡地に建設のイトシアプラザ内に2007年10月シネカノン有楽町2丁目オープン、2009年12月4日ヒューマントラストシネマ有楽町に改称


