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「世界一美しい楽しい古生物図鑑」。子どもから大人まで楽しめる。


『Newton大図鑑シリーズ 古生物大図鑑』['21年]「Newton大図鑑シリーズ」33~1

科学雑誌「ニュートン」の2020年から刊行が続いている本格図鑑シリーズ「Newton大図鑑シリーズ」の第17弾(2024年までに33巻刊行)。このシリーズは版元の口上によれば、「子供から大人まで誰でも楽しめる!」「美しいビジュアルでワクワクが止まらない!」「やさしい文章で。どんどんわかる!」とのことで、本書の謳い文句は「世界一美しい楽しい古生物図鑑」となっていますが、これらの言葉が必ずしも大袈裟ではないように思います。
本書では地球の歴史から始まって、魅力あふれる古生物たちを紹介していますが、それらのイラスト描写が精緻であり、背景の植物の葉まできっちり描かれていたりします。大人もそうですが、子どもなどは大いにイマジネーションを掻き立てられるのではないでしょうか(Amazonのレビューに5歳の息子のために買ったとかいうのがあったが、4,5歳くらいから楽しめるのではないか)。
解説も分かり良い言葉で書かれており、内容的にはかなり専門的なことまでも書かれているので、これは大人にとっても有難いことではないかと思います。
冒頭に「ビジュアル年表」があり、そこでの年代区分は、「原生代」(エディアカラ紀)、「古生代(節足動物と魚類の時代)」(カンブリア紀・オルドビス紀・シルル紀・デボン紀・石炭紀・ペルム紀)、「中生代(恐竜たちの時代)」(三畳紀・ジュラ紀・白亜紀)「新生代(哺乳類の時代)」(古第三紀・新第三紀・第四紀)となっていて、ページ№ が振ってあります。その後に目次がありますが、この「ビジュアル年表」の方をもう1つの"目次"として参照するといいと思います。

「古生物図鑑」「進化学図鑑」のこれまでの個人的ベストは、ダグラス・パーマー『EVOLUTION 生命の進化史』('10年/ソフトバンククリエイティブ)、マイケル・J・ベントン他『生物の進化 大図鑑』('10年/河出書房新社)あたりなのですが、「古生物図鑑」や「恐竜図鑑」に共通する弱点は、どんどん新発見があって内容が古くなっていくことであり、本書も今世紀に入ってからの発見が多く含まれている一方で、まだ分からないがいずれ明らかになるであろうことも多いことが示唆されています。ただし、それでも暫くは、本書もまた最良の古生物図鑑の1つであり続けるのではないでしょうか。
このシリーズはほとんどが日本人の学者による監修となっています。本書の監修者は国立科学博物館・地学研究部の生命進化史研究グループ長の甲能直樹氏です。「NHKスペシャル 恐竜超世界」で知られる小林快次氏の監修による、このシリーズの『恐竜大図鑑』('21年)も機会があれば手にしてみたいと思います。
『Newton大図鑑シリーズ 恐竜大図鑑』['21年]

《読書MEMO》
●目次
Part1 地球の誕生(先カンブリア時代)
地球/海/生命の誕生/シアノバクテリア/全球凍結・大酸化イベント/オゾン層/地磁気/超大陸/エディアカラ生物群
Part2 古生代(カンブリア紀〜シルル紀)
カンブリア爆発/バージェス頁岩/バージェス頁岩動物群/ケンブリッジプロジェクト/アノマロカリス/奇妙奇天烈動物群/澄江動物群/ミロクンミンギア/微小硬骨格化石群/三葉虫/イアペタス海/棘皮動物/植物の上陸/ウミサソリ/ヘレフォードシャー微化石群
COLUMN 眼の誕生説/カイメン
Part3 古生代(デボン紀〜ペルム紀)
魚類の台頭/無顎類・棘魚類・板皮類/ダンクルオステウス/軟骨魚類/脊椎動物の上陸/オウムガイ・アンモナイト/植物大繁栄/爬虫類・昆虫/メゾンクリーク生物群/単弓類/P/T境界絶滅事件
Part4 恐竜たちの時代(中生代)
中生代の幕開け/主竜類/竜脚形類/獣脚類/装盾類/ティラノサウルス/鳥脚類/周飾頭類/魚竜類/クビナガリュウ類/モササウルス類/カメ類/ニッポニテス/翼竜類/白亜紀と温暖化/K/Pg境界絶滅事件
COLUMN カモノハシ
Part5 哺乳類の時代(新生代)
多様化した哺乳類/古第三紀の動物/インドリコテリウム/クジラ類/鰭脚類/新第三紀の動物/フォルスラコス/南アメリカ大陸/デスモスチルス/メガロドン/第四紀の動物/マンモス/人類の登場
COLUMN エベレスト/イヌとネコの祖先


早川書房が点数が多いのは、「ハヤカワ・ミステリ文庫」のアガサ・クリスティー作品の表紙をほぼ全部手掛けていることが大きいと思われ(観音開きの状態で全冊88冊を一覧できるようレイアウトされている)、加えてコナン・ドイル作品なども手掛けています。さらに、ポケットサイズの「ハヤカワ・SF・シリーズ」で、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』


新潮社は、「新潮文庫」での星新一や筒井康隆作品の表紙が懐かしいです。掲載されている新潮文庫の表紙デザインは、この二人の作家の本で占められています。筒井康隆作品は、中央公論社の単行本でも表紙を手掛けており、星新一との結びつきの強い
イメージの下に隠れがちですが、筒井康隆との縁の深さを感じます。小松左京なども含めSF作家の作品の表紙を手掛けることが多かったのは、筒井康隆がその画風を「未来的」と評していることからも分かりますが、今見ても「未来的」であるのがスゴイと思います。
東京創元社は、やはり「創元推理文庫」で、エラリー・クィーン、ヴァン・ダイン作品はほぼすべて手掛けているほか、アーサー・C・クラークやレイ・ブラッドベリの作品の表紙も手掛けています。



本書は、古代から現代までの絶滅生物70種を「水の生き物」「有翼の生き物」「陸の生き物」の3つに分け、リアルで美しい絵と分かりやすい解説で見開きごとに1種ずつ紹介した図鑑です。つい最近まで生存していた生き物も多く含まれており、「古生物図鑑」と「絶滅生物図鑑」をミックスしたような感じでしょうか。絵はチョーヒカル氏、文は森乃おと氏になります。
チョーヒカル(趙燁)氏は2016年、武蔵野美術大学を卒業。人体などにスーパーリアルなペイントをする作品で注目され、海外でも話題になっている人物で、先月['24年10月]20日にも、J-waveの女優の吉岡里帆がパーソナリティーを務める「UR LIFESTYLE COLLEGE」にゲストで出ていました。本書ではシュールリアリズムではなく(笑)リアリズムで描いています。2018年かあ。彼女は2019年から留学のためアメリカ・ニューヨークに引っ越し、以来、ニューヨークが創作拠点になっています。今だったら多忙過ぎて受けられない仕事かもしれません。
森乃おと氏の本職は俳人ですが、動植物、自然などを中心に研究もしているとのこと。それぞれの生き物のキャッチコピーが分かりやすく、また、愉しいです。
第Ⅱ部「有翼の生き物」編では、開翅70cmの大トンボ「メガネウラ」、狩りつくされた史上最大の鳥」ジャイアントモア、「不思議な国のノロマな鳥」ドードー、「50億羽から0羽になったハト」リョコウバト、「まるで夢のような青い蝶」セーシェルアゲハ、などが紹介されています。
第Ⅳ部はコラムとして、「絶滅危惧種」を10種紹介するほか(チンパンジーやアカウミガメがこれに含まれる)、「化石」「絶滅植物」もそれぞれ10種紹介しています。そして、さらにここから8ページほど、チョーヒカルによる"遊び"的なコーナーになっており、「絶滅生物の料理レシピ」(絶滅生物を素材とした料理)10種と「絶滅生物のファッション雑貨」(絶滅生物を材料とした装身具や鞄、衣類など)10種といった具合に、「妄想逞しい」世界に入っていきます。
随分と真面目に描いているなあと思ったら最後にちょっとだけそうした遊びがあり、これも悪くなかったです。そう言えば、チョーヒカルが「ボディーペイント、トリックアートを中心に活躍する、人気の現役女子大生アーティスト」として注目され始めた頃、最初の作品集『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』('15年)を刊行したのが本書と同じ雷鳴社であり、版元とは気心が知れているのかもしれません。





安野光雅(1926-2020)『中国の運河』と『中国の市場』は共に1986(昭和61)年に刊行された「紀行スケッチ集」とでも言うべき画集です。もともとは、清岡卓行の朝日新聞連載小説『李杜の国で』('86年/朝日新聞社)の挿絵として描かれたものになります。
『中国の運河』は、サブタイトル通り、蘇州・杭州・紹興・上海を巡って、40点のスケッチを収めていますが、蘇州が12点、杭州が4点、紹興が9点、上海が8点、他に、柯橋が6点などとなっています。この「柯橋」を安野氏は「東洋のベニス」としていますが、蘇州のことをそう呼ぶ人もいて、柯橋は地名としてあまり知られていないため、サブタイトルには入れなかったのかもしれません。上海も、埃っぽい街という印象が昔からありましたが、一方で、人々は川と一緒に暮らしているのだなあと。

『中国の市場』の方も同様に良く、サブタイトルに北京・大同・洛陽・西安とあるように、全40点のスケッチのうち、北京の風景が20点近く、大同が10点が近くを占め、洛陽が5点ぐらい、西安が2、3点ぐらいとなっていますが、あとがきによれば北京にいたのは5日間ということで、その間に20点近くとなると、かなり精力的に描いているのだなあと思いました。


滝田ゆう(1932-1990/享年58)のイラスト画集(本人にしてみればこれも漫画なのだろう)。発刊時に書き下ろしたものもありますが、過去10年ほどの作品に加筆したものが多くを占めるとこと。「人情夢明かり」「遊情無情」「浮世巷譚」「赤猫タマのいる風景」「ぼくの空想旅行」
という章の括りで、68作品が収められており、「人情夢明かり」から「浮世巷譚」までの51作品が単体カラーイラスト、「赤猫タマのいる風景」の9作品が2色刷りのイラスト+文章、「浮世巷譚」の8作品の内「キヨシの世界」だけが単体物モノクロ作品で、残り7作品が、1話見開きのコマ漫画という構成です。
き出しの中に小さく描かれているものもよく分かる)。
滝田ゆうは1990年、肝不全のため死去しましたが、58歳というのは勿体ない若さだったように思います。巻末に「ぼくの仕事場」というイラストがあり、張り紙風に「規則正しい食事と睡眠‼ 作品はその至極常識的な明け暮れの中から生まれる!」とありますが、「しかし、マンガの世界はひたすら人畜無害というわけにはいかない...」ともあり、さたに、タマと思しきネコに「...とカッコうけているわりには仕事はあまりはかどらない」と言わせています(しかし、どうして台所の片隅が仕事場なのだ?)。生前、入院中に作品の手直しとあとがきを手掛けた、本書と同じ画集形式の『



時事ネタで長く続けていくというのもスゴイことです。「週刊文春」連載の林真理子氏の時事エッセイ「夜ふけのなわとび」が'83年より続いていて、一昨年['19年]連載1,615回を突破し、それまで最多とされてきた「週刊新潮」の山口瞳の「男性自身」を抜いたのを機にギネス世界記録に認定申請、昨年['20年]10月に「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」としてギネス公式認定されましたが、回数だけで言うと、それよりすっと多いことになります(昨
年['20年]9月には連載2,200回を超えた)。ただし、成人向け週刊誌連載の「漫画」も含めると、東海林さだお氏が「週刊文春」に'68年から「タンマ君」を、「週刊現代」に'69年から「サラリーマン専科」をダブルで連載していて、これが最長かと思います(東海林さだお氏は、「週刊朝日」のイラスト付きコラム「あれも食いたい これも食いたい」の連載も'87 年から続いている)。手元にある「週刊文春」2021年2月11日号の段階で「夜ふけのなわとび」が連載1,684回に対し「タンマ君」は連載2,421回となっています。連載回数で言うと、「ブラック・アングル」は「夜ふけのなわとび」を大きく上回るが、「タンマ君」にはちょと及ばないということになります。

例えば、'76年分と'77年分を見て、この頃の世を騒がせた最大の出来事はロッキード事件とその中での田中角栄前首相の逮捕だったと思うのですが、'76年に武者小路実篤が死去した際、武者小路実篤がよく書いていた色紙「仲良き事は美しき哉」をパロディにして、野菜の絵をロッキード事件の主役の田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治の顔に変えたりしています(4.30号)。過去の作品の中でも傑作とされるものですが、これも、ロッキード事件と武者小路実篤の死という複数トピックスの組み合わせです。この〈結び付け〉の力がスゴイなあと改めて思います。
'77年には、当時の環境庁長官だった石原慎太郎の舌禍問題について、研ナオコが出演した「キンチョール」(大日本除虫菊)のCM「トンデレラ、シンデレラ」にかけた絵を掲載し(5.13号)。石原慎太郎を蝿に見立て、石原蝿が暴言を吐くと研が「あっ、またまた言ッテレラ!」、石原蝿が落っこちると「あっ、慎(シン)デレラ!!」と。権力者をここまでコケにするには覚悟もいると思ますが、作者本人は「失言放言は漫画にとって絶好の材料になる」(『山藤章二のブラックアングル25年 全体重』)と語っていて、根っからこういう尖がったのが好きなのかも。
同じく、'77年に井上陽水が大麻取締法違反(大麻所持)容疑で逮捕された際には、サイケデリックな井上の似顔絵を描き、当人の代表曲「心もよう」をドラッグ・ソングに改作しています(9.30号)。この人、この頃はばんばん芸能人やミュージシャンを叩いていたけれど(先に挙げた研ナオコについても、薬物違反逮捕に触れている)、最近になればなるほど毒は弱まり、とりわけ芸能ネタやミュージシャンネタは減っているのではないでしょうか(不祥事は依然として結構起きているにもかかわらず)。名を成すにつれ「絆(ほだ)し多かる人」になっちゃったのかなあ。井上陽水だって研ナオコだって今もその世界にいるわけだし。




山藤章二(やまふじ・しょうじ)2024年9ガツ30日、老衰で死去。87歳。イラストレーター。有名人の似顔絵や、ブラックなユーモアで世相をあぶり出す作品で人気を集めた。



ラストレーターの真鍋博(1932-2000/68歳没)が、社会のあらゆるものを"植物"と"昆虫"に見立て、ユーモアと風刺を織り込んで描いたものです。もともとは、『真鍋博の植物園』('76年/中央公論社)と『真鍋博の昆虫記』('76年/中央公論社)として別々に刊行されたものが、40年の年月を経て、ちくま文庫に合本化し再編集されたということです。
星新一、筒井康隆、アガサ・クリスティーなど人気作家作品の装画や装幀の仕事で知られた著者ですが、装画や装幀は作品の内容に沿って描かれるのに対し、本書は、著者自身が純粋な自らのアイデアでイラストを描き、コメントを添えています。
見て、読んで感じるのは、70年代から80年代にかけて我々に「未来」像を提供し続けてくれた著者が、実はエコロジストであり、環境破壊等の今日の世界が直面している問題に、その当時から高い関心を寄せ、危惧を抱いていたということが窺えることです。


漫画家・諸星大二郎(1949年生まれ)がこれまでの創作活動で描いた絵の中から選びぬいた画集です。単行本として刊行された漫画の表紙や扉絵、挿画などとして描かれたものが殆どであるため、ここでのジャンル分けは「イラスト集」としましたが、一枚一枚の絵に感じられる尽きないイマジネーションの奔出から、芸術作品としての画集として鑑賞してもいいのではないでしょうか。
本人あとがきによれば、カラー絵はどうしても単行本のカバー絵などに限られ、それ以外にカラー絵を描く機会があまりなかったようで、画集として構成するために集めるのがたいへんだったようです。「不熟」というタイトルは、40年描いてきても、昔の未熟さから抜け出ていない思いがあり、いっそ最後まで未熟でいようと、未熟ではなく不熟としたとのこと。巻末の漫画家・高橋葉介氏との対談でも、「カラー自信がない」と述べていて、随分と謙虚だなあ。
125ページのうち96ページがカラーで、ほぼ時系列(単行本発行順)に並べられているので、作風の推移などもわかりやすいです。対談からも窺えますが、やはりゴヤやダリの影響を受けているようです。代表作『西遊妖猿伝』と他の作品で、人物の眼など描き方やタッチが違うなあと思っていましたが、これは同時期に作品によって使い分けていたのだなあ。一方で、独特のエロスが感じられるとも評される女性の肉体の描き方は、時期によって多少変遷しているようです。


南村喬之は日本通信美術学院で美術を勉強、戦時中シベリアでの拘留生活を体験した後、戦後は多様な作画仕事で生活費を稼ぎながら改めて美術を勉強し、「はやぶさ童子」で絵物語作家としてデビュー。昭和30年代には「少年ブック」「少年画報」などで活躍しますが、絵物語が漫画分野にとって変わられる中で仕事が減り、1959(昭和34)年の「週刊少年マガジン」創刊号の漫画「天平童子」(原作・吉川英治)を執筆(矢野ひろし名義)したりもしますが(そう言えば、同じ挿絵画家の小松崎茂も、1957(昭和32)年に雑誌「少年」に漫画形式の絵物語「
雑誌「小説新潮」の1976(昭和51)年7月号から1979(昭和54)年12月号までに掲載されたコラムを文庫化したもので、同誌の1973(昭和48)年1月号から1976(昭和51)年6月号に掲載のコラムを文庫化した『
コラムの趣旨は、「今月の3人」として、毎月異なる選者にテーマを決めてそのテーマに沿った3人の有名人を挙げて文書を書いてもらい、その3人の似顔絵を和田誠が描くというものです(最初の1年間は和田誠自身が似顔絵だけでなく、人選と文書も担当していた)。





イラストレーター・挿絵画家の柳柊二(やなぎ・しゅうじ)(1927-2003)(本名:柳橋風有草(やなぎばし・かざうぐさ)の怪奇挿画を集めたもので、昭和40年代頃の少年雑誌には「大図解」というグラビアページがありましたが、それを飾る画家としては、柳柊二は
石原豪人は「エロスと怪奇」を描いたイラストレーターと言われていますが、柳柊二の方は「怪奇」が中心で(初期にはエロス系も描いていたが、子どもができてやめたようだ)、ただし、普通の歴史時代ものの挿絵なども多く描いています(「伝記文庫」の表紙絵なども描いている)。両者を「怪奇」同士で比較すると、石原豪人が、力強いタッチで押してくるのに対し、柳柊二は繊細なタッチで、
本書では、その細かいタッチが分かるようにページいっぱいに絵を載せていて、見開きページも少なからずあって、画家の筆致を堪能できます。一方で、モノクロ・二色刷りが主体で、カラー原画のページがちょっと少ないかなという感じもします。もともと少年雑誌の「大図解」がモノクロ・二色刷りが多く、これは致し方なかったのかなと(怪奇画に絞って、しかも原画が残されているもののみで本書を構成したこともその理由か)。
巻末に、柳柊二夫人、柳橋静子さんのインタビューがあり、本人は「子供の絵はごまかしちゃいけない」と言い、「リアルな絵が描ける装画家はいないんじゃないかなあ」と嘆いてもいたとのこと。忙しい時期は、今は禁止薬物になっている精神賦活剤を飲んで、60時間くらい起き続けて描いていたそうです。ずっと奥さんを「おい」とだけで呼んでいたのに、最期亡くなるちょっと前に「静子さん」と名前で奥さんを呼び、感謝の意を表したという話にはほろりとさせられます。


1970年代に数多くの怪奇系児童書を手掛けた怪奇作家・オカルト研究者の佐藤有文(さとう ありふみ、1939-1999)の本の復刻版で、ドラゴンブックスは、講談社が'74年11月から''75年12月にかけて刊行の怪奇系児童書のレーベルです(全11巻)。著者の代表作としては、「ドラゴンブックス」では本書『悪魔全書』以外に『吸血鬼百科』『霊魂ミステリー』『四次元ミステリー』『日本幽霊百科』があり、その外に立風書房の「ジャガーバックス」で『日本妖怪図鑑』『世界妖怪図鑑』など、秋田書店では『妖怪大全科』などがあります。
今は当然のことながら全部絶版になっていますが、古本市場でプレミア価格になっていることもあって、そのうちの幾つかは、本書のように復刻版として刊行されているようです。昭和の味わい加え、キッチュ感がいいのだろうなあ。本書で言えば、イラストを描いているのは、

解説の方は、当時、'74年7月にホラー映画「エクソシスト」('73年/米)が公開されたばかりであっためか、その「エクソシスト」を結構取り上げていますが、全体としては、中世ヨーロッパの典型的な悪魔(悪魔審問)・魔女(魔女裁判)は勿論のこと、バビロニアの悪魔から始まって、ルーダンの怪事件まで、古今東西の悪魔・魔女及び関連事項を広く取り上


この人の場合、秋田書店の『妖怪大全科』で、ギリシャ神話のクロノスが子供の神々を喰らった件にモチーフを得たゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」の絵に、ポルトガルの「食人鬼」とのキャプションをつけたりして(クロノスは"鬼"ではなく、大地および農耕の"神"。解説も典拠不明で、好き勝手に書いているのではないかという印象)、結構いい加減でもあるのですが(『妖怪大全科』は復刻されていないなあ)。

名コンビと言われた星新一(1926‐1997)と真鍋博(1932‐2000)ですが、本書は、雑誌掲載時の作品を中心に「真鍋博の插絵」という視点で集めた唯一の作品集であるとのことで、1983(昭和58)年に〈新潮文庫〉として刊行されています。この2013(平成25)年刊行の再文庫化版(〈ちくま文庫〉版)では、従来の星新一によるまえがき、真鍋博によるあとがきプラス、新たに真鍋博の子息で恐竜学者の真鍋真氏による解説が加わっています。
それでも、全部このスタイルだと読者がカタルシス不全になると考えたのか、30ページおきぐらいに結末まで全文掲載している作品が出てきます。そのラインアップは「はじめての例」「窓の奥」「いやな笑い」「追われる男」「幸運の未来」「夢のような星」となっており、先に挙げた「マイ国家」「ボッコちゃん」といった短編集の表題作となるような有名なものではないところが、またミソなのかもしれません(ほぼ初読のはずなので、插絵から結末を想像して読んで欲しいとのことらしい)。


2014年3月に急逝したイラストレーター安西水丸(1942-2014)の作品集で、2016年6月刊行(安西水丸事務所 (監修))。安西水丸は、日本大学芸術学部卒業後、電通、ニューヨークのデザインスタジオ、平凡社を経てフリーのイラストレーターになり、書籍の装丁、雑誌の表紙やポスター、小説やエッセイの執筆、絵本、漫画など、多様な活動をしてきました。本書は、「ぼくの仕事」「ぼくと3人の作家」「ぼくの来た道」「ぼくのイラストレーション」の4章から成り、その活動の全容を1冊にまとめています。
Chapter2「ぼくと3人の作家」では、親交の深かった嵐山光三郎氏、村上春樹氏、和田誠氏との仕事を紹介しています。この中でも、村上春樹作品とコラボは印象深いものがありますが、村上作品で最初に装丁を担当したのは、'83(昭和58)年に中央公論社(現、中央公論新社)から出た『
Chapter4「ぼくのイラストレーション」では、純粋なイラストレーションとしての安西水丸作品が80ページにわたって紹介されていて圧巻! 多様な活動をしながらも、心には「イラストレーターであることへの誇
り」を常に持ち続けたということが改めて感じられました。最後に、仕事面で何かと一緒に歩むことの多かった嵐山光三郎氏のエッセイと、村上春樹氏が寄せた短文が付されていますが、共に
、まだ安西水丸という人がもうこの世にはいないという喪失感から抜け出せていないことを感じさせるものでした。
昨年['19年]10月に亡くなったイラストレーター和田誠(1936-2019)の装丁集で、2014年刊行。それまでの20年間に装丁を手がけた書籍・文庫を中心としたデザイン作をフルカラーで716点収録し、正方形サイズの上製本に収めたもので、著者の200冊目の著作にあたるとのことです。因みに、書籍・文庫本はすべて、著者自身が手元に保存している原本や色校紙を撮影・スキャンしたものだそうです。



大和絵や浮世絵のようなタッチで、非常に緻密に人物や建築物などを描き込む画風で知られる山口晃(1969年生まれ)氏の大画面作品集です。'19年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の(題字の「回転する三本の脚」は横尾忠則氏によるものだが)タイトルバックの東京の俯瞰図のような緻密な絵の作者がこの人でした。また、近年パブリックアートに力を入れている成田空港では、第1ターミナルで、この人の成田空港をモチーフにした絵「成田国際空港 飛行機百珍圖」が見られます。
本書の巻頭にも、この「成田国際空港 飛行機百珍圖」図がきていて、部分拡大図と全体図があって、その緻密さや細かいところで施された"遊び"が堪能できるものとなっています。実物は、1枚が縦3.8m×横3.0mだそうですが、とにかく細部の描き込みがスゴイです。「いだてん」のタイトルバックはもう少しゆったりした感じで描いたのかなあと思ったら、あれは人物(中村勘九郎や阿部 サダヲ)を怪獣映画のゴジラか何かに見立てて、その想定サイズに合わせて絵の方も大映したそうで、それによってテレビでも絵の細部が楽しめるようになっていますが、原画のサイズは1.6m×横2.6mだそうで、小さくはないけれど、特別に巨大な絵でもないようです。
こうした細密画を専門とする画家は他にもいるし、鳥瞰図絵師としては、大胆なパノラマ地図を描き続けた吉田初三郎(1884-1955)から、最近では、港町神戸の"今"を描き続けている青山大介氏などもいますが、青山氏の絵なども素晴らしいと思います(自分の実家が神戸なので愛着がある)。青山氏の絵を観ていると、技法的には、かつてのイラストレーター真鍋博(1932-2000)の『
"遊び"が堪能できると言いましたが、その最大の遊びが、同じ絵の中に時空を超えて、江戸や明治の時代の人物や事物と現代の人物や事物を混在させていることで、現在が主となってその中に昔のものが混ざっているものもあれば、昔の時代が主で、その中に現代が混ざっているものもあります。後者の例で言えば、1枚の絵の中で、武家の厩に馬が羈がれているのに混ざってバイクが駐車されていたり、烏帽子頭の男と話している相手が脇にパソコン開いていたりして、くすっと笑いたくなります。
言葉について再考するとともに、「日本画、洋画なんて事は海の向こうの人から見ればとるにたらない事でしょう」と述べています。


「いだてん〜東京オリムピック噺〜」●脚本:宮藤官九郎●演出:井上剛/西村武五郎/一木正恵/大根仁/桑野智宏/林啓史/津田温子/松木健祐/渡辺直樹/北野隆志●時代考証:小和田哲男●音楽:ジョン・グラム●衣装デザイン:黒澤和子●題字:横尾忠則●出演:中村勘九郎/阿部サダヲ/(以下五十音順)浅野忠信/麻生久美子/綾瀬はるか/荒川良々/安藤サクラ/生田斗真/池波志乃/板尾創路/イッセー尾形/井上順/岩松了/柄本佑/柄本時生/大竹しのぶ/小澤征悦/勝地涼/加藤雅也/夏帆/神木隆之介/上白石萌歌/川栄李奈/桐谷健太/黒島結菜/小泉
今日子/斎藤工/シャーロット・ケイト・フォックス/
白石加代子/菅原小春/杉咲花/杉本哲太/大東駿介/田口トモロヲ/竹野内豊/寺島しのぶ/トータス松本/徳井義実/永島敏行/仲野太賀/中村獅童/永山絢斗/萩原健一/橋本愛/林遣都/古舘寛治/星野源/松尾スズキ/松坂桃李/松重豊/三浦貴大/満島真之介/皆川猿時/峯田和伸/三宅弘城/宮崎美子/森山未來/薬師丸ひろ子/役所広司/リリー・フランキー/ビートたけし(噺)/森山未來(語り)●放映:2019/01~2021/12(全47回)●放送局:NHK 中村勘九郎(第一部主人公:金栗四三)/阿部サダヲ(第二部主人公:田畑政治)








2015年8月に84歳で亡くなった、イラストレーター、デザイナーで、船の画家でもあり、アンクルトリスの生みの親でもある柳原良平(1931-2015)の仕事集。このムック版が初めての本格的仕事集とのことですが、上記に加え、漫画家、文筆家としても知られたように、仕事の範囲がかなり広範に及び、また晩年まで活動していたため、本人が亡くなってやっとこうしたものが刊行されるということになるのでしょう。装丁、絵本、漫画にアニメーション、さらにはグッズやオリジナル作品まで、900点以上を図版に収めています。

まず最初に、アンクルトリス誕生の初期の作品を紹介しています。柳原良平はよく知られているように、サントリーの前身「寿屋」の社員だったわけですが、50年代の終わりから60年代にかけて、広告の変遷を通してアンクルトリスのキャラクターが確立されていく過程が見えて、なかなか興味深いです。
でも、1958(昭和33)年にはもうテレビコマーシャルになっているのだなあ(1981(昭和56)年までコマーシャルに採用、2003(平成15)年3月27日、「トリスウイスキー スクエア」の発売を機に、コマーシャルに再び登場する)。1960年に、久里洋二、真鍋博と「アニメーション3人の会」を結成していますが、その時点でアニメーション経験があったのは柳原良平だけで、「寿屋」に所属していたというのは大きかったと思います(「3人の会」上映会は'60年、'61年、'63年の3回行なわれ、'64年の第4回からは一般公募と海外からの招待作品も含めて上映する「
1978年から約20年続いた山口瞳(1926-1995)との新社会人を激励する新聞広告(全国紙の4月1日朝刊に掲載)も懐かしいです。広告代理店に入社して、4月1日の入社式が終わった後の研修で、講師である役員から「読んだか」と訊かれ、即答できず皆ぼーっとしていたら怒鳴られたのを覚えています(広告業界の者にとって必見の広告。ましてや自身が訴求ターゲットである新社会人であることからして、これを読まずに会社に来るなんてトンデモナイということか)。
全体を通してみると、やはり装丁の仕事が最も多いという印象で、全体的な仕事集としてはこのムックが初とのことですが、装丁集としては以前に『柳原良平の装丁』('03年/DANぼ)が出され
ており、柳原良平は当時72歳でしたが、それまでに装丁を手掛けた約300冊の内、50年代~2003年までの200冊以上の装丁を収録しています。


「池田屋騒動」●制作年:1961年●監督・製作:柳原良平●協力:大西清●脚本:酒井睦雄●音楽:吉住小勝郎/稀音家一志郎●時間:2分20秒●ナレーション:仲谷昇●公開:1961/12●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)


イラストレーターの真鍋博(1932-2000/68歳没)による日本の主要都市を鳥瞰図的に描いたイラスト集で、昭和43(1968)年に刊行され、今回50年ぶりに令和元年に新装版として復刻されました。描かれているのは、丸ノ内、霞が関、新宿、渋谷、札幌、盛岡、日光、軽井沢、横浜、鎌倉、箱根、熱海、新潟、金沢、名古屋、奈良、京都、大阪、和歌山、神戸、岡山、松江、広島、尾道、高知、松山、別府、福岡、長崎、鹿児島...etc.全部で54に及び、一部、黒四や日本アルプスなどを含みます。個人的には、ちょうど昭和のその頃通っていて、今は廃校になってしまった小学校と中学校が見つかったのが嬉しかったです。
週刊誌「サンデー毎日」の連載として昭和43年から翌年にかけて発表されたものですが、一定の技法があるとは言え、CGソフトもない時代に、この細密画に近い鳥瞰図を週一のペースで描き続けていたというのはスゴイなあと思われ、筒井康隆氏が「鳥になり壮絶な技法で日本を国会議事堂から喫茶店まで描ききったこの個人による芸術は唯一無二である」と絶賛したのも頷けます(新装版の解説は、マップラバー(地図愛好者)を自認する生物学者の福岡伸一氏で、真鍋博の息子で恐竜学者の真鍋真氏と知己であるとのこと)。


横尾忠則と言えば、グラフィック・デザインとイラストレーション、コラージュに始まり、1980年代初めから絵画制作、さらに写真、小説なども手掛け、幅広い分野で精力的に活動している世界的デザイナーであり、"世界的"ということで言えば、個人的には90年代に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)内の一等地とも言える展示スペースをその作品群が占めているのを見て、そのことを痛感した次第です(因みに、横尾忠則がデザイナーから画家へ転身した契機となったのは、80年代初めにMoMA「ピカソ展」にインスパイアされたためと自身で語っている)。

寺山修司「書を捨てよ、町へ出よう」、柴錬三郎「うろつき夜太」、デビット・ラシャペル「Lachapelle Land」などの単行本・大型本の他、アートディレクターを務めた流行通信や、広告批評などの雑誌(無名に近い頃には「少年サンデー」や「話の特集」などの表紙デザインも手掛けている)、そして自著に至るまで、意匠デザインだけでなくタイポグラフィ(絵文字)までもが個性的で、しかもモダンなものから筆文字まで多彩。それらがコラージュ写真や絵画などのビジュアルとぶつかり合って、また新たな味わいを醸しています。
こうして見ていくと、横尾忠則自身が何度もインドを訪れていて、神秘主義やスピリチュアリズムに嵌っていた時代があり、そうしたものが反映されている作品が結構あるように思いました(インドに行くことを勧めたのは三島由紀夫だった)。
そうした彼の精神史も垣間見ることができ、また、後のものになるほど絵画的要素も入ってきているように思われました。版元による紹介にも「横尾忠則装幀という名の自伝」とあります(ただ、その辺りは、年代順に並べてくれた方が分かりやすかったかもしれないが、必ずしもそうはなっていない)。
国書刊行会から、本書の前に『横尾忠則全ポスター』('10年)、『横尾忠則コラージュ: 1972-2012』('12年)、本書の後に『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』('17年)が刊行されていて、画集『

挟み込みの解説によると、漫画家・手塚治虫が昭和28年から29年にか
けて正調絵物語として「銀河少年」を連載しており、同じようなモチーフで、漫画家と挿絵画家の仕事が入れ替わったようにも見えて興味深いです。ただし、「銀河少年」の方は、途中から「絵ものがたり」の看板を外してコマ割り漫画に移行してしまい、しかも前篇だけで連載終了、後篇は描かれませんでした(国書刊行会から復刻版が出されているほか、『手塚治虫漫画全集未収録作品集①-手塚治虫文庫全集194』('12年/講談社)でも読むことができる。途中で打ち切られ未完のため、「手塚治虫漫画全集」(全400巻)には収録されなかった)。解説でも触れられていますが、小松崎茂は「手塚治虫の絵物語時代」が到来するのではないかと心配していたかもしれません。
本書を呼んでも、コマ割りながらも絵は迫力があるものの、ストーリーはちょとどうかな(やや破綻気味?)と思う面もありますが、エディトリアルデザイナーのほうとうひろし氏は、手塚治虫のアトムのロボット漫画で快進撃中だった「少年」編集部から(手塚作品とバッティングしないように?)過剰な介入があったのではないかと推察しています。そのためか、小松崎茂自身も当時落ち込みが激しく、そこへ「あなたの絵と絵コンテが欲しい」と自宅に直談判に来たのがあの特撮監督の円谷英二で、この二人の思いが「

大伴昌司(1936-1973)
その彼が描いた構想図と最終的にイラストになったものの関係がよくわかるのが本書の特長で、特に本書冒頭の"ウルトラの怪獣"の構造を解き明かした「大伴昌司 怪獣図解下図大画報」は圧巻かつ貴重だと思います(ナルホド、これらは「下図(したず)」と呼ぶのか。テレビ局の原稿用紙に描いているところがスゴイ)。この人、どうしてウルトラマンが3分間しか戦えなかったり、怪獣たちが火を噴いたりするのか解き明かさないと気が済まなかったのだろうなあ。いつまでも子供の心を持ち続けていたとも言えるかと思います("秘密基地"の構造図など見ていると、こちらまで子供心が甦ってくる)。
実は、ウルトラマンが地上で戦える時間を3分間としたのも、「ウルトラQ」がまだ企画段階だった時期から、企画者として円谷特技プロに関わり始めていた彼の発案だったといいます。ただし、怪獣「大図解」への細かい拘りは、怪獣図解は子供たちの夢を無くすと考える円谷英二の長男・円谷一の考
えと相容れず、1967年の『怪獣解剖図鑑』を巡る怪獣観の決定的相違で円谷一の怒りを買い、円谷特技プロへの出入りを禁止となったようです。本書では、円谷英二の葬儀の時、スポーツ紙の取材で「もっとたくさん人が集まるかと思ったら少なかった」という趣旨のコメントをして、それが円谷一の怒りを買って円谷プロを出入り禁止になったとありますが、伏線ときっかけとみればどちらも事実なのかも。



が、1966年に「ガロ」でマンガ家デビューし、「ガロ」「朝日ジャーナル」を中心に自由で実験的なマンガを立て続けに発表したことから、自分よりもう少し前の年代には、「マンガ家」の印象が強いかも。本書では、個人的には今まであまり触れることのなかったマンガ作品の数々を垣間見ることが出来て良かったです。
それと、全5章構成の内、第5章の資料編を除くと、第1章が「マンガの世界」、第3章が「イラストレーションの世界」となっているのに対して第2章、第4章の二章が「絵本の世界」となっていて、実際、1973年に福音館書店より『やっぱりおおかみ』で絵本デビューして以来、その仕事に占める絵本の割合がかなり大きいのだなあと改めて知りました(本人名義で刊行されている本も圧倒的に絵本が多い)。
絵本において、初期に


オーストラリアのイラストレーター、絵本作家のショーン・タン(Shaun Tan、1974-)のオムニバス作品で、全編イラストで構成されていますが、「字のない絵本」「イラストで語られる小説」などとも言われているようです。
本書は、見知らぬ国に「到着」したばかりの移民が作品の大きなモチーフになっていますが、セピアトーン一色で描くことで年月の経過をうまく演出しており、シュールでありながらリアルであるというのが不思議。移民の不安や希望をここまで描く力量はやはりスゴイことかもしれず、人間の心象風景として普遍性のある作風になっているように思いました。
イタリア系移民を扱ったフランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザーPartⅡ」('74年/米)、ロシア系移民を扱ったマイケル・チミノ監督の「天国の門」('80年/米)、ユダヤ系移民を扱ったセルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」('84年/米・伊)、アイルランド人の移民を扱ったマーティン・スコセッシ監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」('02年/米、レオナルド・ディカプリオ主演)等々(映画の中の回想シーンも含め)何となく既視感のあるものもありました。


掲載されているのは「原画」であり、タイトルなどの文字は入っていないため、もちろん作品のイメージと結びつけて観賞するのが筋ですが、仮にその作品を読んでなくとも絵画としてスッキリ鑑賞することが出来て、また、その多くに、推理小説家でミステリ評論家のジュリアン・シモンズ(Julian Symons, 1912-1994)が、作品紹介と併せて解説や評価をコメントしています。
例えば、シモンズが絶賛する「鏡は横にひび割れて」のイラストについては、「この表紙がどうしてそれほど好まれるかが分からなくて途方に暮れている」としています。
結構シュールレアリズムっぽいものも多く、牧師の頭の部分ががテニスラケットになっている「牧師館の殺人」のイラストなどは完全にルネ・マグリット風ですが、それが作品に出てくる要素が散りばめられていたり、或いはイラスト全体として作品の雰囲気を伝えるものであればシモンズは高く評価し、一方、あまりにシュール過ぎて作品と結びつきにくくなるとやはり疑問を呈したりしています(「牧師館の殺人」におけるテニスラケットはさほど重要なモチーフ要素ではなく、殆どトム・アダムズが自分の好みで描いたのか)。




細密なペン描の線画や、和洋折衷のサイケデリック調が特徴の伊坂芳太良(いさか よしたろう、1928 -1970)の作品集で、この人(通称ペロ)、60年代に横尾忠則や宇野亜喜良らとともに活躍したイラストレーター兼グラフィック・デザイナーですが、今生きていたら、横尾忠則級の大御所になっていたのではないかと。
2年ほど前に渋谷で作品展を観に行ったことがありますが、また今月('12年10月)渋谷の「ポスターハリスギャラリー」で「伊坂芳太良ポスター展-60年代伝説の絵師ペロ」というのが開かれるようです。
その点、本書はある程度纏まった数(248点)のペロさんの作品が掲載されていて貴重で、当時絶大な人気を誇ったファッションブランド「エドワーズ」のポスターなどは懐かしいなあと(作品の半分はモノクロで掲載されているが)。
実際、イラストレーターの和田誠(1936年生まれ)、横尾忠則(1936年生まれ)、コピーライターの日暮真三(1944年生まれ)グラフィック・デザイナーの浅葉克己(1940年生まれ)など多くの人が追悼文を寄せていて、この人たちは皆、伊坂芳太良の後輩にあたるんだなあと。
午前3時に明日の仕事の準備をして、朝9時半に起きて風呂に入った後朝食、11時に原宿の自宅を出て銀座のライトパブリシティへ―'68年頃の1日ですが、40歳にしてまだ広告会社に勤務していたとは知りませんでした(因みに8歳年下の和田誠氏もライトパブリシティの社員だったが、'68年に退職している)。
42歳で亡くなっていますが、死因はクモ膜下出血で、打ち合わせ中に倒れ、5日後に亡くなっており、本書には当時の新聞記事も掲載されています。そこには「現代が追い詰めたイラストレーターの死」「あまりに売れすぎ―倒れても筆とる仕草」といった見出しが並んでいます。

画家・伊藤彦造(1904 - 2004/享年100)のイラスト集で、'99年に刊行されたものの「新装・増補版」。伊藤彦造の作品に関しては、とりわけ剣戟モノの挿絵画が知られていますが、構成のダイナミズムと細部の描写の精緻さ、そして湧き上がってくるような情念は、このジャンルでは群を抜いていると言っていいのでは。
解説の中村圭子氏は彼の絵を「被虐のエロス」という言葉で表していますが、子供時代には拒食的自虐の性向があり、自らを徹底的に飢えさせ、飢えを糧に闘志を高めていくタイプだったらしく、そうしたものが、彼の絵の醸す情念に繋がっているのではないかと。短剣を携え、自らの肉体に刃をあて、絵具皿に血を溜める―なんてこともしていたらしいです。
本書の旧版刊行時には存命していましたが、それでも引退して30年経っており、結構"昔の人"というイメージがあったものの、本書によれば、昭和初年代から10年代の「少年倶楽部」「キング」などで活躍した時代を経て、昭和20年代の「少年画報」時代、更に昭和30年代の学年雑誌時代を経て、40年代前半の名作文学の挿絵までと、その時々の時代の要請に沿って何度も復活を遂げ、洋モノなども含め、広いジャンルで活躍していたのだなあと。




小松崎 茂(1915-2001/享年86)
昭和40年代の頃は、大体みんな零戦など戦闘機から入って、震電、鍾馗、飛燕とか作ってから、戦車とか戦艦に行ったのではなかったかなあ。戦闘機が比較的、価格的には安かったのに対し、大和や武蔵といった戦艦は相当高かった印象が個人的にはあるけれど、本書掲載のパッケージ・イラストには、それぞれ発売年と当時の価格が記されており、また、その商品の特徴なども解説されていて、資料としても第一級のものとなっています。
TV関連のSFメカも、「サンダーバード」だけでなく(どういうわけか「サンダーバード2号」が抜群にポピュラーだった)、その後人気が出た「ウルトラマン」や「マジンガーZ」のプラモのパッケージも手掛けていて、クワガタ虫など昆虫のプラモデルもあったりし、そのまま日本のプラモデルの歴史を概観することができる本にもなっています。



先にダグラス・パーマー『
CG復元図がリアルでスゴイ迫力!(子どもでなくとも大人でもぐっと惹かれるものがある)、CGもここまできたかという印象ですが、化石写真などとの配置が上手くなされていて、写真とCGが自然な感じで繋がっているように感じられました(CGがまるで写真のように見えることに加えて、レイアウトの妙が効いているため、相乗効果を醸している)。
『EVOLUTION 生命の進化史』もそうですが、こちらは更に陸生動物の登場までに相当のページを割いていて(180頁強)、かなり本格的。でも、子どもたちが喜びそうな恐竜についてもこれまた詳しく(恐竜リスト 約800点)、見開きページいっぱいを使ったダイナミックなCG復元画(骨格見本を含む)だけでなく、その種に見られる部位の特徴などをピンポイントで解説するなどしていて、大人も子どもも楽しめます。
生命誕生から現在まで、地球35億年の生命の進化の歴史をイラスト化したもので、パノラマ・イラストを全て繋げると全長50メートルにも及ぶという「壮大な命の絵巻物」。
丁度、歴史年表を見ているように、年代表が各パノラマ・イラストの最上部にあり、年代に関する情報や気候と生物相に関する情報が記されていて、下部には、化石産出地のかつての位置と現在の位置(大陸移動しているため両者は異なってくる)の図、種のリスト、イラストの一部のクローズアップや化石写真付きの解説などがあります。



昭和40年代頃の少年雑誌には「大図解」というグラビアページがあり、「未来世界」「怪奇現象」「怪人」といったテーマで様々な絵が描かれていましたが、そうした挿絵画の常連画家だったのが石原豪人(ごうじん)でした。
本書は'04年に刊行されたものの新装版で、表紙が「怪奇」に「エロス」が加わって、より豪人らしくなったのかな? いずれにせよ、この価格でこれだけ石原豪人の作品を見られたのはお得だったかも(その後、2017年に再度「新装版」が刊行された)。
作品を「怪人画」「妖怪画」「怪獣画」「幽霊画」「探偵小説の挿絵」「虚構世界」等ジャンル別に収め、解説を付していますが、スポーツ画や少女雑誌の挿絵などもあって、何でもござれだったんだなあと。
高度成長期が終わって、豪人のパワフル過ぎる絵が時代にそぐわなくなってきたという編者の分析もありますが、それが、昭和の終わりから平成にかけて、所謂"おたく"と呼ばれる人たちの間で再注目され、結局、最晩年まで現役で活躍しました。


![フィフス・エレメント [DVD] 2013.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%20%5BDVD%5D%202013.jpg)


自動車に代わってエアカーが飛び交う様などは、リドリー・スコット監督(「
「ブレードランナー」のハリソン・フォード演じるデッカートが操るポリススピナー(左)に比べて、15年後に作られた「フィフス・エレメント」のパトカーやブルース・ウィリス演じるコーベンが運転するタクシー(上)の方がややキッチュに描かれているのが興味深いです(映画自体も、変てこな悪役ジャン=バティスト・エマニュエル・ゾーグを演じ
同じくネガティブな未来図として描かれている類で、コンピュータに人間の生が支配されたり、コンピュータによって人間の思考や行動が監視される社会などというのは、ウォシャウスキー兄弟の映画「
今、若者たちが映画で受身的に観ている様な仮想未来社会を、かつての子供たちは、少年雑誌のイラストで見て、自ら想像力を働かせイメージを膨らませていたのだろうなあ(彼らにとって、これらのイラストの乗り物などは、頭の中では映画のように動いていたに違いない)と思わされます。そして、その中には、今、科学技術の最前線で研究開発に勤しんでいる科学者や技術者もいるのだろうなあと思いました('02年にノーベル化学賞を受賞した

「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダン・クローネンウェス●音楽:ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング ●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)(評価:★★★★☆)
「フィフス・エレメント」●原題:THE FIFTH ELEMENT(Le Cinquie`me e'le'ment)●制作年:1997年●制作国:フランス●監督・脚本:リュック・ベッソン●撮影:ティエリー・アルボガスト●音楽:エリック・セラ●時間:

「マイノリティ・リポート」●原題:MINORITY REPORT●制作年:2002年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:ボニー・カーティス/ジェラルド・R・モーレン/ヤン・デ・ボン/ウォルター・F・パークス●脚本:ジョン・コーエン/スコット・フランク ●撮影:ヤヌス・カミンスキ
ー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:フィリップ・K・ディック ●時間:145分●出演:トム・クルーズ/コリン・ファレル/サ
マンサ・モートン/マックス・フォン・シドー/ロイス・スミス/スティーヴン・スピルバーグ●日本公開:2002/12●配給:20世紀フォックス (評価:★★★)
熊田千佳慕(1911‐2009/享年98)
本書の「おわびのメッセージ〜あとがきにかえて」によると、奥さんの病気のため、60年住み慣れた"埴生の宿""おんぼろアトリエ"での仕事が出来なくなり、このシリーズの仕事も中断していたとのこと、番組の中で紹介されていたあの描きかけのコオロギの絵はどうなったのかなあと思っていたら、本書の表紙にきていました。



本書『ヘビ大図鑑-驚くべきヘビの世界』に見開きで描かれている蛇のイラストはいずれも大変に美しいのですが、一部、生態も含めたイラストがあるものの、半分ぐらいはとぐろを巻いている同じような"ポース"ばかりのもので、せっかくあの「千石先生」が翻訳しているのに、これではそれぞれの蛇の生態がシズル感を以って伝わってはきません(ある意味、"蛇柄"のカタログ)。
図鑑という観点から本書よりもお奨めなのが、『爬虫類と両生類の写真図鑑 完璧版』('01年/日本ヴォーグ社/定価2,500円)。
そう言えば、ジェニファー・ロペス、ジョン・ヴォイトが主演した「アナコンダ」('97年/米)という映画がありました。伝説のインディオを探して南米アマゾンに来た映画作家らの撮影隊(ジェニファー・ロペスら)が、遭難していた密猟者(ジョン・ヴォイト)を助けるが、最初は温厚な態度をとっていた彼が、巨大蛇アナコンダが現れるや否や本性を曝け出し、アナコンダを捕獲するという自らの目的遂行のために撮影隊のメンバーを支配してしまう―というもの。
大蛇アナコンダが出てくる場面はCGとアニマトロニクスで合成していますが、CGのアナコンダはあまり怖くなく、作品としてはどちらかと言うとスペクタクルと言うより人間劇で、アナコンダよりもアクの強い演技がすっかり板についているジョン・ヴォイトの方が怖かった(蛇すら吐き出してしまうジョン・ヴォイド?)。
後に「アナコンダ2」('04年/米)という続編も作られ(それにしても、南米にしか生息しないアナコンダをボルネオに登場させるとは)、更には「アナコンダ3」('08年/米・ルーマニア)、「アナコンダ4」('09年/米・ルーマニア)までも。「ラスト・アナコンダ」('06年/タイ)というタイ映画や「「アナコンダ・アイランド」('08年/米)という、蛇の大きさより数で勝負している作品もあるようです。![ボア [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%83%9C%E3%82%A2%20%5BDVD%5D.jpg)


"コブラもの"の映画もあるみたいですが(追っかけていくとどんどんマニアックになっていく)、"ニシキヘビもの"は無いのか? 実は「パイソン」はニシキヘビ類全般を指す場合に用いられる呼称であって、「パイソン」の中にアミメニシキヘビなども含まれているわけです。更に、「ボア」も、アメリカ大陸(中南米)に生息するニシキヘビの一種で、ボア・パイソンとも呼ばれます。但し、分類学上は、ボア科が本科であり、ニシキヘビ科をボア科の亜科とする学説が有力なようです。ボア科とニシキヘビ科の違いは胎生か卵生かであり、「ボア」は胎生(卵胎生)で、ボア科の「アナコンダ」も胎生、これに対してニシキヘビは卵生です(但し進化学的には、本科のボアの方が亜科ニシキヘビより原始的)。映画「ボア vs.パイソン」は、「本科 vs.亜科」といったところなのでしょうか。
国:アメリカ●監督:ルイス・ロッサ●製作:ヴァーナ・ハラー/レナード・ラビノウィッツ/キャロル・リトル●脚本:ハンス・バウアー/ジム・キャッシュ/ジャック・エップスJr.●撮影ビル・バトラー●音楽:ランディ・エデルマン●時間:89分●出演:ジェニファー・ロペス
・ストルツ/ジョナサン・ハイド/オーウェン・ウィルソン/カリ・ウーラー/ヴィンセント・カステラノス/ダニー
・トレホ●日本公開:1997/09●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (評価:★★)

"わたせせいぞう"らとともに80年代を象徴するイラストレーターだった(山下達郎のジャケットデザインを数多く手がけている)鈴木英人(えいじん)の初期イラスト集で、ダイヤモンド社が発行していたFM情報誌「FM STATION」の'81年の創刊から'84年までの表紙を飾ったものを集めた「FM STATION」初の別冊ムックです。'84年12月刊行で、当然のことながら現在絶版...。最近、この人の作品集、カレンダー以外では見かけないなあと思っていたら、「筆まめ」のソフトにありました(この手の絵は、季節的には冬の方が売れるのだろうか)。
結局、鈴木英人は'88年まで「FM STATION」の表紙を担当することになりますが、'81年の最初の頃はミュージシャンの顔を描いていたのが、次第にアメリカ西海岸の風景などをモチーフにしたものへと移り、それで急速に人気上昇したという経緯があります。
わたせせいぞうは漫画家でもあるためか、イラストにも人物(日本人)が描かれることが多いのに対し、こちらは殆ど人物は出て来ないため、"西海岸"そのものという感じで、個人的には、和洋折衷型の前者(わたせせいぞう)よりはこっち(鈴木英人)の方が好きでした。
"ハードロック・カフェのマッチ"とか(本書のイラストでは「ロンドン」のロゴがあるのがミソ)、このイラスト集の影響でもないですが、自分もアメリカに行った際にいくつかの都市のを集めたりしましたが、ハードロック・カフェは今や上野にさえも店がある...。




Jean-Thomas (Tomi) Ungerer
黒いマントに黒い帽子の泥棒三人組は、次々と馬車を襲い、奪った財宝をかくれがにため込んでいたが、ある夜、三人組が襲った馬車に乗っていたのは、意地悪な親戚に引き取られるところだった孤児のティファニー。親戚に引き取られるぐらいならこの三人組の方がおもしろそう!と泥棒の隠れ家に行き、宝の山を見て「これ、どうするの?」―。
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自分の娘に捧げたこの絵本にはほのぼのとした味わいがありますが、彼のイラスト作品などの多くは毒気を含んだ風刺精神に満ちたもので(絵本の動物戯画などにもそれが現れている)、その戦争や差別に対する批判には、人間や社会に対する彼自身のシニカルな視線が感じられます(社交界の紳士淑女を痛烈に諷刺した『THE PARTY』は有名)。これは彼が移民というマイノリティであったことに関係しているのかも知れませんが、この作品の泥棒達も隠れ家に潜む"義賊"であり、「富の再配分」を実践することで、金持ちをストレートに批判しているともとれます。
"Fornicon"より



イラストレーターで、SONYのAIBOのデザインでも知られる空山基(はじめ)の作品集ガイノイド・シリーズの一番初期のもの。ペーパーバック版('95年)の2年前にハードカバー版(トレヴィル社)が出ていています。
『セクシー・ロボット』('88年)という画集で国内外に知られるようになった空山基(多くの人が、彼の描くメタリックな女性ロボットの絵、またはそのマネモノを見ているはず)ですが、「ガイノイド」とは、SF的発想に基づく機械人間系ロボット、つまりサイボーグの女性版とのことです。


「小学館の図鑑NEO」シリ-ズの第1期全16巻が5年がかりで出揃いましたが、その殆どを買い揃え、NEO版『恐竜』('02年)も当然購入済み。この『恐竜』に最も多く「恐竜画」を提供しているのが、市川章三、小田隆の両画家で、背景画も含めた迫力ある恐竜画などは、挿絵と言うより絵画作品に近いものがあります(時々、署名が入っているものがありますが、その気持ちワカル)。
NEO版『恐竜』の両氏の絵は、筆を用いて描かれてた油彩乃至アクリル画だと思われますが、一方、この寺越慶司氏はCGによる恐竜画の第一人者で、本書『寺越慶司の恐竜』に描かれた恐竜は、目の輝きや皮膚の質感は、CGならではのリアルさです(「図鑑」と言うより「CG画集」の趣き)。
一方、皮膚の質感や光沢は、寺越氏のCGの方がより本物に近く見せていて(何となく既視感を感じるのは、これが映画「ジュラシック・パーク」などの恐竜とダブるため?)、本書前半部分では闘う・反撃する・追う・追われる・吠える・育てるといったテーマごとに恐竜たちを描いていますが、精緻さが絵をよりダイナミックなものにしています。

冒頭の「暮しの手帳」のパロディ「殺しの手帳」には有名ミステリの多くのトリックが参照されていて、どの作品だったか思い出すのが楽しく(全部わかれば相当のミステリ通、と著者自身が述べています)、また、イソップの「兎と亀」の寓話を、ジョン・フォード、市川昆から黒沢明、フェリーニまで20人以上の内外の監督の作風に合わせて脚色してみせていて、こちらも、どの作品から引いているかというマニアックな楽しみ方ができます(本人弁によると、マニアックの度が過ぎないようにするのが難しいとか)。
とり上げられているのは、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢左保、永六輔、大薮春彦、五木寛之、井上ひさし、長新太、山口瞳、北杜夫、落合恵子、池波正太郎、大江健三郎、土屋耕一、つげ義春、筒井康隆、川上宗薫、田辺聖子、東海林さだお、殿山泰司、大橋歩、半村良、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎の総勢32名で、イラストが本業の著者の文才が光っていて、これは「あなたのライフワークですか」と人から聞かれたこともあったというぐらいの凝りよう。
"ソーラー・シティ"
小松崎茂と言えば、サンダーバードのプラモデルのボックスアート(パッケージアート、箱絵)のイメージが強くあり、サンダーバードに限らず、タミヤのドイツ戦車やゼロ戦などのプラモデルのボックスアートも印象に残っていますが、本書を見て、ボックスアートばかりでなく、様々な仕事を手がけていたことを知りました。
小松崎の活躍の始まりは昭和20年代の冒険活劇物語(いわゆる「絵物語」)で、作家として物語を書きつつ挿画も書いていたようですが、「大平原児」とかウェスタン調のものが多いのが面白い。
乱雑の極みでしたが、どうしてこういう環境でこのような垢抜けた絵が描けるのか不思議な気もしました。若いころの写真を見ると、小太りでオタクっぽい感じがあります。

三谷 一馬(1912-2005/享年93)
物売りにしても多彩で、「ビードロ売り」とか「水売り」とか風流で、「八百屋」「魚屋」などが江戸と大阪で格好が違ったりするのも面白し、「熊の膏薬売り」が熊の剥製を被っているのは笑えて、「物貰い」というのがちゃんとした職業ジャンルであったことには驚かされます(掛け声や独特のパフォーマンスなども紹介されています)。
青蛙房から出版された元本の初版は'63年で'75年に三樹書房から新装版が出されましたが、古書店で5万円という稀こう本的な値がついたらしく、やはり小説家とか劇画家には重宝したのかも...。