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後の「用心棒」以上に娯楽性が高いかも。観直してみて脚本の上手さを再認識。


Kakushi-toride no san-akunin (1958) 「隠し砦の三悪人[東宝DVD名作セレクション]」藤原釜足/千秋実
百姓の太平(千秋実)と又七(藤原釜足)は、褒賞を夢見て山名と秋月の戦いに参加したが、秋月の城は落ち、山名の捕虜として秋月城で埋蔵金探しの苦役をさせられる。捕虜たちの暴動に紛れて脱走した2人は谷で薪の中から秋月の紋章が刻まれた金の延べ棒を発見、そこに秋月家の侍大将・真壁六郎太(三船敏郎)という男が現れる。男は落城後、大量の金を薪に仕込んで泉に隠し、秋
月家の生き残りの雪姫(上原美佐)や重臣・長倉和泉(志村喬)らと山中の隠し砦に身を潜めていたのだった。秋月家再興のため、同盟国の早川領へ逃げ延びる方法を思案していた六郎太だが、秋月領と早川領の国境は山名に固められている。しかし太平と又七が口にした敵の山名領に入って早川領へ抜ける脱出法を聞きこれを実行することに。六郎太と隠し砦に行った2人はそこで女に出会い、六郎太は女を「俺のも
のだ」と言うが、彼女が雪姫だった。女を姫と目星をつけた又七は、恩賞欲しさに町へ出かけるが、姫は打ち首になったと聞く。しかし、それは姫の身代わりだった。六郎太は、気性の激しい雪姫の正体を百姓2人にも隠し通すために唖に仕立て、太平と又七を連れて早川領を目指す。関所で怪しまれるが、六郎太は隠していた金を逆に番卒に突き出し、「褒美をくれ」と駄々をこねる内に関所を通される。夜、木賃宿で人買いに売られた
百姓娘(樋口年子)を見た雪姫は、彼女を買い戻させ仲間に入れる。道中、六郎太一行を怪しんだ騎馬武者(土屋嘉男)に発見され、六郎太は武者を斬り捨てるう
ちに、かつての盟友で今は宿敵の山名の侍大将・田所兵衛(藤田進)の陣に駆け込んでしまう。2人は槍で果たし合いをし、六郎太は兵衛を打ち負かす。又七と太平は姫へ手を出そうとするが、姫と見抜いて恩義を感じている百姓娘に阻まれる。一行は火祭りの薪を運ぶ群集に紛れ込むが、監視兵が配されていて、又七と太平は祭りの火に薪をくべることを拒むが、六郎太は「燃やせ燃やせ!踊
れ踊れ!」と燃やしてしまい、楽しそうに踊る姫に反して、二人は情けない顔で踊る。翌朝、灰から拾い上げた金を背負って一行は進むが追手が迫り、又七と太平は逃亡、姫と六郎太と娘は山名に捕えられる。関所で囚われた3人の前に兵衛が現れる。果たし合いの件で大殿に罵られ、弓杖で顔を打たれた兵衛は六郎太を恨んでいた。雪姫は「姫は楽しかった。潔く死にたい」と言い、六郎太は男泣きする。それに心動かされた兵衛は処刑の日、「裏切り御免!」と姫と六郎太を解放し、自らも逃げる―。
1958(昭和33)年)の12月28日公開の黒澤明監督作品で、1959年・第9回ベルリン国際映画祭「銀熊賞(監督賞)」「国際批評家連盟賞」受賞作(国内では「ブルーリボン賞(作品賞)」などを受賞)。黒澤作品の中でも特に娯楽性の強い作品とされているもので、時期的には「蜘蛛巣城」('57年/東宝)と「用心棒」('61年/東宝)の間になりますが、確かに、黒澤明監督が娯楽性を徹底的に追求した作品とされる「用心棒」よりも更に娯楽性が高いかもしれません。
初めて観た時は(雪姫を演じる上原美佐のショートパンツ・スタイルからして)時代劇というよりまるで「劇画」(漫画)みたいだなあという印象で、個人的評価は◎までは行かず○でしたが、観直してみて脚本の上手さを再認識しました。やはりジョージ・ルーカス監督が「スター・ウォーズ」('77年/米)で、太平と又七
からC‐3POとR2‐D2を、雪姫からレイア姫のキャラクターを着想しただけのことはあると思わされました。ジョージ・ルーカスという
監督の(ノンポリティカルな)エンターテインメント性と合致している作品ともとれます。ラッパーで、映画評論で知られるラジオDJの宇多丸氏が、黒澤作品の中では"経年劣化"が進んでいる作品としていましたが、それとは逆に、個人的には評価を○から◎に改めました(こうしていると、日本映画の個人的ベストテンの半分くらいは黒澤作品になってしまいそう)。

真壁六郎太を演じる三船敏郎もスタントなしで派手な騎乗シーンを見せてくれているし、田所兵衛を演じる藤田進も無骨で昔風の武将らしくていい感じです。ヒロイン雪姫を
演じた上原美佐も、三船敏郎と拮抗して演技にメリハリがあり、この作品の上原美佐を見る限り、"黒澤明は女性を撮るのが下手"という一部の評論家の
意見は当て嵌まらないように思いました(雪姫のキャラ自体が男勝りであるという特殊条件があるが)。雪姫役には全国から4000人もの応募が集まったが候補者は見つからず、全国の東宝系社員にも探させて、ようやく社員がスカウトしたのが当時文化女子短期大学の学生だった上原美佐だったとのこと。演技経験の無い上原美佐に対して、黒澤明は、全部自ら演技してみせ、その通りやるように指導したとのことですが、ここまで出来れば立派。但し、本人は、その後何本か映画に出演したものの、「自分には才能が無い」と言う理由で、2年で映画界を引退しています(2003年死去。満67歳没)。
2008年に樋口真嗣監督によるリメイク作品「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」(東宝)が撮られていますが、2人の百姓の内の一人を主役にして、アイドルグループ嵐の松本潤がそれを演じています(真壁六郎太役は阿部寛、雪姫役は長澤まさみ)。個人的には未見ですが、あまり観たいとも思いません。先の宇多丸氏も、オリジナルが"経年劣化"している(あくまで氏の見方だが)からこそリメイクの入り込む余地があったはずなのに、前半と後半で登場人物のキャラクターに一貫性の無い(おそらく松本潤の役柄のこと)駄作になってしまったと酷評していました。(映画雑誌「映画秘宝」主宰2008年度・第2回HIHOはくさい映画賞「最低監督賞」(樋口真嗣)受賞)。リメイクとオリジナルで格差が激しいのも、(相対評価ではあるが)オリジナルがまだ"経年劣化"していないことの一つの証しと言えるようにも思います。

因みに、洞窟に潜んでお家再興の機を窺うというのは、この映画の8年後に作られた安田公義監督の「大魔神」('66年/大映)などもそのパターンでした(「大魔神」の場合、潜伏期間が10年と結構長いが)。
「大魔神」('66年/大映)
音楽:佐藤勝
「隠し砦の三悪人」加藤武(落武者)

「隠し砦の三悪人」●制作年:1958年●監督:黒澤明●製作:藤本真澄/黒澤明●脚本:菊島隆三/小国英雄/橋本忍/黒澤明●撮影:山崎市雄●音楽:佐藤勝●時間:139分●出演:三船敏郎/千秋実/藤原釜足/上原美佐/藤田進/樋口年子/志村喬/三好栄子/藤木悠/土屋嘉男/高堂国典/加藤武/三井弘次/小川虎之助/田吉二郎/富田仲次郎/田島義文/沢村いき雄/大村千吉/堺左千夫/佐藤允/小杉義男/谷晃/佐田豊/笈川武夫/中丸忠雄/熊谷二良/広瀬正一/西条悦朗/長島正芳/大橋史典/大友伸/伊藤実/鈴木治夫/金沢重勝/日方一夫/中島春雄/久世竜/千葉一郎/砂川繁視/緒方燐作/山口博義/坂本晴哉/日劇ダンシングチーム●公開:1958/12●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野舘(85-02-24)(評価:★★★★☆)●併映:「生きる」(黒澤明)
(2024年1月28日NHK-BSで放映) 加藤武/千秋実/藤原釜足







90歳の通称"ラッキー"(ハリー・ディーン・スタントン)は、今日も一人で住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。ヨガをこなしたあと、テンガロンハットを被って行きつけのダイナーに行き、店主のジョー(バリー・シャバカ・ヘンリー)と無駄話をかわし、ウェイトレスのロレッタ(イヴォンヌ・ハフ・リー)が注いだミルクと砂糖多めのコーヒーを飲みながら新聞のクロスワード・パズルを解く。夜はバーでブラッディ・マリーを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中で、ある朝突然気を失ったラッキーは、人生の終わりが近いことを思い知らされ、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、逃げた100歳の亀、"生餌"として売られるコオロギ―小さな町の、風変わりな人々との会話の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく―。
昨年[2017年]9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン主演のジョン・キャロル・リンチ監督作品で、ハリー・ディーン・スタントンの遺作となりました。ジョン・キャロル・リンチは本来は俳優で(最近では「
」の創始者マクドナルド兄弟の兄モーリスを演じていた)、この「ラッキー」が初監督作品になります。一方、2017年のTV版「ツイン・ピークス」でハリー・ディーン・スタントンを使ったデヴィッド・リンチ監督が、主人公ラッキーの友人で、逃げてしまったペットの100歳の陸ガメ"ルーズベルト"に遺産相続させようとしとする変な男ハワード役で出演しています(役者として目いっぱい演技している)。
ントンは太平洋戦争時に、映画の中でダイナーの客が語る沖縄戦に実際に従軍している)、映画では少々偏屈で気難しいところのあるキャラクターとして描かれています。自分の言いたいことを言い、そのため周囲の人々と小さな衝突をすることもありますが、でも、ラッキーは周囲の人々から気に掛けられ、愛されていて、彼を受け容れる友人・知人・コミニュティもあるといった
具合で、むしろこれって"ラッキー"な老人の話なのかもと思いました。但し、彼自身はウェット感はなく、どうやら無神論者らしいですが、そう遠くないであろう自らの死に、自らの信念である"リアリズム"(ニヒリズムとも言える)を保ちつつ向き合おうしています。ある意味、精神的"終活映画"と言えるでしょうか。その姿が、ハリー・ディーン・スタントン自身と重なるのですが、孤独でドライな生き方や考え方と、それでも他者と関わりを持ち続ける態度の、その両者のバランスがなかなか微妙と言うか絶妙かと思いました。
ハリー・ディーン・スタントンはこの映画撮影時は90歳で、「八月の鯨」('87年/米)で主演したリリアン・ギッシュ(1893-1993)が撮影当時93歳であったのには及びませんが、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)のクリストファー・プラマーが「手紙は憶えている」('15年/カナダ・ドイツ)で主演した際の年齢85歳を5歳上回っています(クリストファー・プラマーはその後「ゲティ家の身代金」('17年/米)で第90回アカデミー賞助演男優賞に88歳でノミネートされ、アカデミー賞の演技部門でのノミネート最高齢記録を更新した)。
ハリー・ディーン・スタントンがこれまでの出演した作品と言えば、SF映画の傑作「エイリアン」や、準主役の「レポマン」、主役を演じた「パリ、テキサス」など多数ありますが、第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」が特に印象深いでしょうか。この「ラッキー」のエンディング・ロールで流れる彼に捧げる歌の歌詞に「レポマン」「パリ、テキサス」と出てきます。また、米国中西部らしい舞台背景は「パリ、テキサス」を想起させます(ジョン・キャロル・リンチ監督は


「パリ、テキサス」('84年/独・仏)は、失踪した妻を探し求めテキサス州の町パリをめざす男(スタントン)が、4年間置き去りにしていた幼い息子と再会して親子の情を取り戻し、やがて巡り会った妻(ナスターシャ・キンスキー)に愛するがゆえの苦悩を打ち明ける―というロード・ムービーであり、当時まだアイドルっぽいイメージの残っていたナスターシャ・キンスキーに、「のぞき部屋」で働いている生活疲れした人妻を演じさせ新境地を開拓させたヴィム・ヴェンダース監督もさることながら、ハリー・ディーン・スタントンの静かな存在感も作品を根底で支えていたように思いま
す。ヴィム・ヴェンダース監督は、ロマン・ポランスキー監督が文豪トマス・ハーディの文芸大作を忠実に映画化した作品「
ハリー・ディーン・スタントンは、主役だった「パリ、テキサス」に比べると、リドリー・スコット監督の「エイリアン」('79年/米)では、"怪物"に「繭」にされてしまい、最後は味方に火炎放射器で焼かれて
しまう役だったからなあ(それもディレクターズ・カット版の話で、劇場公開版ではその部分さえカットされている)。ただ、あの映画は、英国の名優ジョン・ハートでさえも、エイリアンの幼生(チェスト・バスター)に胸を食い破られるというエグい役でした。最初に観た時はストレートに怖かったですが、最後に生き残るのはシガニー・ウィーバー演じるリプリーのみという、振り返ればある意味「女性映画」だったかも。シリーズ第1作では男性に置き換えられていますが、チェスト・バスターが躰を食い破って出て来るというのは、哲学者・内田樹氏の「街場の映画論」等での指摘もありましたが、女性の出産に対する不安(恐怖、拒絶感)を表象しているのでしょうか。
この恐れは、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが完全に主人公となったシリーズ第2作以降、リプリー自身の見る「悪夢」として継承されていきます。「エイリアン2」('86年/米)の監督は、「ターミネーター」のジェームズ・キャメロン。ラストでエイリアンと戦うリプリーが突如「機動戦士ガンダム」風に変身する場面に象徴されるように、SF映画というよりは戦争アクション映
画風で、「1」に比べ大味になったように思います(海兵隊のバスケスという男まさりの女兵士は良かった)。デヴィッド・フィンチャー監督の「エイリアン3」('92年/米)になると、リドリー・スコット監督がシンプルな怖さを前面に押し出した第1作に比べてそう恐ろしくもないし(馴れた?)、ジェームズ・キャメロン監督がエイリアンを次々と繰り出した第2作に較べても出てくるエイリアンは1匹で物足りないし、ラストの宗教的結末も、このシリーズに似合わない感じがしました(「エイリアン」「エイリアン2」は共に優れたSF映画に与えられる「サターンSF映画賞」を受賞している)。
チェスト・バスターの出現がシリーズを象徴する場面として印象に残るという意味では、「エイリアン」でのジョン・ハートの役は、エグいけれどもオイシイ役だったかも。この人、「
そのジョン・ハートも「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英)のチェンバレン役を降板したと思ったら、昨年['17年]1月に膵臓ガンで77歳で亡くなっています。「ウィンストン・チャーチル」ではゲイリー・オールドマンがアカデミー賞の主演男優層を受賞していますが、そのゲイリー・オールドマンと、第22回「サテライト・アワード」(エンターテインメント記者が所属する国際プレス・アカデミが選ぶ映画賞)の主演男優賞を分け合ったのがハリー・ディーン・スタントンです。但し、スタントンは"死後受賞"でした。遅ればせながらこれを機に、ジョン・ハートとハリー・ディーン・スタントンに追悼の意を捧げます(「冥福を祈る」と言うと、"ラッキー"から「冥土なんて存在しない」と言われそう)。
そう言えば、ハリー・ディーン・スタントンは生前、"The Harry Dean Stanton Band"というバンドで歌とギターも担当していて、2016年に第1回「ハリー・ディーン・スタントン・アウォード」というイベントが開催され、ホストが今回の作品にも出ているデヴィッド・リンチで、ゲストが「沈黙の断崖」('97年)でハリー・ディーン・スタントンと共演したクリス・クリストファーソンや、「ラスベガスをやっつけろ」('98年)などで共演経験のあるジョニー・デップでしたが(ジョニー・デップの登場はハリー・ディーン・スタントンにとってはサプラズ演出だったようだ)、この「ハリー・ディーン・スタントン賞」って誰か"受賞者"いたのかなあ。

公開:2018/03●配給:アップリンク●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-04-13)(評価:★★★★)


「ワン・フロム・ザ・ハート」●原題:ONE FROM THE Heart●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:アーミアン・バーンスタイン/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ロナルド・V・ガーシア/ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:トム・ウェイツ●時間:107分●出演:フレデリック・フォレスト/テリー・ガー/ラウル・ジュリア/ナスターシャ・キンスキー/レイニー・カザン/ハリー・ディーン・スタントン /アレン・ガーフィールド/カーマイン・コッポラ/イタリア・コッポラ/レベッカ・デモーネイ●日本公開:1982/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★)●併映:「ひまわり」(ビットリオ・デ・シーカ)

「エイリアン」●原題:ALIEN●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:ダン・オバノン●撮影:デレク・ヴァンリント●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:117分●出演:トム・スケリット/シガニー・ウィーバー/ヴェロニカ・カートライト/ハリー・ディーン・スタントン/ジョン・ハート/イアン・ホルム/ヤフェット・コットー●日本公開:1979/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三軒茶屋東映(84-07-22)(評価:★★★★)●併映:「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター)





「エレファント・マン」●原題:THE ELEPHANT MAN●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・リンチ●製作:ジョナサン・サンガー●脚色:クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デヴィッド・リンチ●撮影:フレディ・フランシス●音楽:ジョン・モリス●時間:124分●出演:ジョン・ハート/アンソニー・ホプキンス/ジョン・ギールグッド/アン・バンクロフト●日本公開:1981/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:不明 (82-10-04)(評価:★★★☆)


唐代8世紀後半、聶隠娘(ニエ・インニャン)(舒淇(スー・チー))が、13年ぶりに両親の元へ帰ってくる。道士・嘉信(ジャーシン)(許芳宜(シュー・ファンイー))に育てられ、暗殺者としての修行を積んだ彼女には、魏博(ウェイボー)の節度使・田季安(ティエン・ジィアン)(張震(チャン・チェン))暗殺命令が下されている。ある夜、季安の館に何者
かが忍び入り、季安は、室内に残された玉玦の片割れを見て、幼馴染みだった隠娘が自分の命を狙っているのを知る。かつて、先帝の妹で、妾腹の季安の養母だった嘉誠(ジャーチャン)公主(許芳宜(シュー・ファンイー)二役)の計らいで婚約した隠娘と季安は、その証に玉玦を半分ずつ託されたが、田家と元家が同盟を結んだため結婚は破談、隠娘に身の危険が迫ったため、嘉誠は双子の姉・嘉信に彼女を預けたのだ。隠娘の伯父・田興(ティエン・シン)(雷鎮語(レイ・チェンユイ))は、朝廷寄りの献言をしたことで季安の怒りを買い、国境へ左遷されることになる。義弟である
隠娘の父・聶鋒(ニエ・フォン)(倪大紅(ニー・ダーホン))が護送するが、道中で元家の刺客たちに襲われる。田興は生き埋めにされかけ、聶鋒らも縛られるが、通
りがかりの鏡磨きの青年(妻夫木聡)が助けに現れる。その青年も追い詰められたところに隠娘が駆けつけ、刺客たちを撃退するが、そんな娘に聶鋒は、道士に預けたのは誤りではなかったかと後悔する。別れも告げず去った隠娘は、仮面の女刺客・精精兒(ジンジンアー)(周韻(チョウ・ユン))に襲われ手傷を負い、後を追ってき
た鏡磨きの青年の治療を受ける。青年はかつて日本から遣唐使としてやってきたのだが、今は鏡磨きをしながら旅していた。季安の側室・瑚姫(フージィ)(謝欣穎(シェ・シンイン))が不意に廊下で倒れ込む。季
安の館に忍び入っていた隠娘は、呪術に苦しむ瑚姫を救い、駆けつけた季安に瑚姫の妊娠を告げて去る。季安は、正妻の田元氏(ティエン・ユエンシ)(周韻(チョウ・ユン)二役)が呪術師を雇い、瑚姫を苦しめたのだと知る。呪術師は射殺され、季安は元氏を斬り捨てようとするが、母を庇う息子を前に思い止まる。嘉信を訪れた隠娘は、季安暗殺を遂行できなかったと告げる。嘉信は隠娘を、暗殺者としての技術は完成しながらも情を捨てられなかったのだと詰る。隠娘と嘉信は一戦を交えるが、隠娘の剣術の腕前は、師匠の嘉信に引けを取らないものとなっていた。隠娘は剣を収めて立ち去り、嘉信はそれを呆然と見つめる。隠娘は、新羅へ向かう鏡磨きの青年らと共に、霧深い草原の彼方へと姿を消す―。
2015年公開の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督による台湾・中国・香港合作映画で、同監督初の武侠映画です。中華圏の監督は、芸術映画を撮って"巨匠"と言われるようになっても武侠映画を撮ることにこだわりがあるようです。代表的なものでは、同じ台湾出身のアン・リー(李安)監督の「
」を受賞、「HERO」はベルリン国際映画祭の「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」を受賞、「グランド・マスター」は香港国際映画祭「アジア・フィルム・アワード」受賞と、"巨匠"たちは武侠映画においても賞レースでの強さを発揮しています。そして、この「黒衣の刺客」も、第68回カンヌ国際映画祭で「監督賞」を受賞し、「アジア・フィルム・アワード」も、最高賞である「作品賞」ほか主演女優賞(舒淇(スー・チー))、助演女優賞(周韻(チョウ・ユン))などを受賞しています。
ただ、この作品は先に挙げた3作品に比べ武闘シーンは多くなく、カンフー映画とまでは呼べない内容であり、侯孝賢監督自身も、インタビューで「カンフーアクションやワイヤーアクションには関心がなく、黒澤明監督のサムライ映画の動き、背景に大自然が映るような部分に興味があった」という趣旨の発言をしています。話が前半緩やかに進むのは、複雑
な人間関係図を観る者に分からせるためかとも思いましたが(それでも説明不足で分かりにくのだが)、後半になってもゆったりしたペースはそれほど変わらず、黒澤作品の前期のダイナミズムよりも、後期の様式美の影響が強く感じられます。時々、水墨画のような荘厳な背景が現われて、その美しさにはっとさせられますが、娯楽映画的なアップテンポの展開を期待した人にはやや退屈に感じられたかも。後半の映
像美は、小栗康平監督の「
妻夫木聡演じる窮地に追い込まれたヒロインを助ける日本人青年(彼が元遣唐使であるという説明は映画の中では無い)の日本に居る妻役を務めた忽那汐里のシーンは、侯孝賢監督が来日した際のインタビューによると、編集の女性スタッフから「青年に奥さんが居るなんて、主人公の女刺客が可哀そう」という声が上がって国際版でカットされ、それが、日本公開版で監督の希望で戻されたとのこと。青年を日本で待つ人が居ることで、隠娘の孤独が一層深まるようにしたと明かしていますが、原作(原作者の裴鉶(はいけい)は晩唐の官僚&伝奇作家)では隠娘はこの青年と一緒になるようです。映画でもそう解釈できなくもない?(でも何故最後に向かう先が新羅なのか。やっぱり青年が朝鮮半島経由で日本に帰るため?)。
その他に、隠娘の子供時代なども撮ったそうですが、最終的に全然残さなかったそうで、結局、いろいろな面で説明不足になったように思います。妻夫木聡が中国語を話すシーンもあったのが、これも「そんなに説明しなくてもわかると判断しました。セリフにしすぎると想像できなくなるからです」としてカットしたそうです(だから彼が何者なのかよく分からない)。但し、妻夫木聡が中国語を話すシーンをカットしたのは、小栗康平監督の「
「黒衣の刺客」のヒロインを演じた舒淇(スー・チー)(1976年生まれ)は「ミレニアム・マンボ」('01年/台湾・仏)以来ずっと侯孝賢監督作品の常連で、ルイ・レテリエ、コリー・ユン監督の「トランスポーター」('02年/仏・米)で欧米映画にも進出しました。「トランスポーター」は、「
ラン・ブルー
ョン映画によくあるモチーフです。スー・チーの役どころは、ジェイソン・ステイサム演じる男フランクが請け負った仕事で運んだバッグの中に詰め込まれた中国人の女性で、自分を助けてくれたフランクを利用して父親の悪事を暴こうとしたが次第に彼に惹かれていくというもの。確かにリュック・ベッソン監督の「レオン」('94年/仏)っぽい雰囲気もありましたが、基本はアクション映画。ただし、この頃のジェイソン・ステイサムは演技もアクションもまだ完成されていない感じで、むしろヒロイン役のスー・チーの演技が上手くて楽しめました。スー・チーはその後、侯孝賢監督の「百年恋歌」('05年/台湾)で第42回「金馬奨最優秀主演女優賞」を受賞、カンヌ国際映画祭にも毎年登場し、'09年の第62回「カンヌ国際映画祭」では審査員を務めるなどし、'15年にこの侯孝賢監督の「黒衣の刺客」で第10回「アジア・フィルム・アワード最優秀女優賞」の受賞に至ったということで(39歳にして可憐!)、台湾・香港映画界を代表する国際派女優の一人となっています。


「黒衣の刺客」●原題:刺客聶隱娘/THE ASSASSIN●制作年:2015年●制作国:台湾・中国・香港●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:廖慶松●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:林強(リン・チャン)●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●時間:93分●出演:舒淇(スー・チー)/張震
(チャン・チェン)/許芳宜(シュー・ファンイー)/周韻(チョウ・ユン)/倪大紅(ニー・ダーホン)/咏梅(ヨン・メイ)/雷鎮語(レイ・チェンユイ)/謝欣穎(シェ・シンイン)/阮經天(イーサン・ルアン)/謝欣穎(ニッキー・シエ)/梅芳(メイ・ファン)/妻夫木聡/忽那汐里●日本公開:2015/09●配給:松竹メディア事業部(評価:★★★)
舒淇(スー・チー)
謝欣穎(ニッキー・シエ)
「トランスポーター」●原題:LE TRANSPORTEUR/THE TRANSPORTER●制作年:2002年●制作国:フランス・アメリカ●監督:ルイ・レテリエ/コリー・ユン(元奎)●製作:リュック・ベッソン/スティーヴ・チャスマン●脚本:リュック・ベッソン/ロバート・マーク・ケイメン●音楽:スタンリー・クラーク●撮影:ピエール・モレル●原作:裴鉶(はいけい)「聶隱娘」●時間:106分(インターナショナル版)/108分(日本オリジナル・ディレクターズカット版)●出演:ジェイソン・ステイサム/スー・チー(舒淇)/マット・シュルツ/フランソワ・ベルレアン/リック・ヤン/ディディエ・サン・ムラン/ヴァンサン・ネメス/アドリアン・デアルネル●日本公開:2003/02●配給:アスミック・エース(評価:★★★)







ユーゴスラヴィア・ドナウ川沿いのロマの住む田舎町。自称天才詐欺師のマトゥコ(バイラム・セヴェルジャン)は、ロシアの密輸船から石油を買うが、騙されて大金を失う。起死回生を狙って、ブルガリアからの石油運搬車両の強盗を計画、息子ザーレ(フロリアン・アイディーニ)を伴って "ゴッドファーザー"グルガ(サブリ・スレジマニ)のもとへ行き、計画への出資を依頼する。かつてグルガを助けた自分の父ザーリェ(ザビット・メフメトフスキー)が亡くなったことにして、グルガから香典としての資
金援助を得るが、計画は新興ヤクザのダダン(スルジャン・トドロヴィッチ)の奸計により失敗し、ダダンに全財産を奪われる。困り果てたマトゥコは、嫁に行きそびれていたダダンの妹アフロディタ(サリア・イブライモヴァ)と自分の17歳の息子ザーレを結婚させる話を呑んでしま
う。ザーレは、川沿いでレストランを営むスイカ(リュビシャ・アジョヴィッチ)の孫娘で、年上の恋人イダ(ブランカ・カティッチ)からその話を聞かされるが何も出来ない。ザーリエは、息子マトゥコは見限っているが、孫のザーレには幸せになって欲しい。結婚
式当日、元アコーディオン奏者だったザーリェは一計を案じ、アコーディオンにヘソクリを隠して、自ら心臓を止める。祖父が死んだと思ったマトゥコは、ダダンに式の中止を訴えるが
、マトゥコは式を強行、ザーレは、アフロディタに式から脱出するよう促す。花嫁が消えて式は大混乱となり、ダダンをはじめ参列者総出の捜索が始まる。逃げるアフロディタは道中でノッポの男に助けられ、運命
を感じた二人はその場で結婚を約束。ダダンたちが追いついたところへやって来たノッポ男の祖父が、"ゴッドファーザー"グルガで、彼らはザーリェの"墓参り"に向かうところだった。ダダンはかつて彼の見習だったので、何も口出しできない。"死んだ"はずのザーリェも生き返り、グルガとザーリェは旧交を温め、晴れて二組のカップルが誕生。ザーリェは孫のザーレにヘソクリを託して二人の門出を祝う―。
ユーゴスラビアのサラエヴォ(現在はボスニア・ヘルツェゴビナの首都)出身のエミール・クリトリッツァ監督の1998年作。愛人に漏らしたちょっとした国家批判が政府側の人物に漏れてしまったために父親が当局に捕まってしまう「パパは、出張中!」('85年/ユーゴスラビア)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し、更に、ユーゴスラビアの50年に渡る紛争の歴史を寓話的に描いた「アンダーグラウンド」('95年/仏・独・ハンガリー・ユーゴスラビア・ ブルガリア)で2度目となるカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しながらも、その後政治的なしがらみに巻き込まれ、一度は引退を決意した同監督は、メッセージ性を徹底的に排除した、それまでと全く趣の異なるスタイルのコメディ映画であるこの作品で、1998年第55回ヴェネチア国際映画祭「銀獅子賞」を受賞し、復活を果たしています(1993年「アリゾナ・ドリーム」でベルリン国際映画祭「銀熊賞」を受賞しているため、三大映画祭の全てで受賞したことになる)。
前半はややゆったりしていますが、これは複雑な登場人物の相関を分かりやすくするためだったのかも。ある程度、主要登場人物のバックグラウンドが明らかになると、それまでのラテン的な明るさに加えて話のテンポ自体も良くなり、終盤に向けては加速的にノンストップ・コメディの様相を呈してきます。エンディングで「ハッピーエンド」という字幕が出て来るのは、エミール・クストリッツァ監督初めてのハッピーエンド映画だったためではないでしょうか。
ハチャメチャなヤクザ・ダダンを演じたスルジャン・トドロヴィッチは喜劇役者かと思ってしまいますが、そうではなく、政治色の濃い前作「アンダーグラウンド」にも出演しているようだし(クロを演じたラザル・リストフスキーに似ている気がするのだが)、スルジャン・スパソイェヴィッチ監督の「セルビアン・フィルム」('10年/セルビア)のようなハードゴア・サスペンスに主演したりもしているようなので、相当に演技の幅が広いのではないでしょうか(でもこの作品では歌って踊って超ノリノリの演技をしていてハマリ役?)。このダダン役のスルジャン・トドロヴィッチとザーレの父マトゥコ役のバイラム・セヴェルジャン、恋人イダ役の女優ブランカ・カティチの3人以外は全てロマの人々だそうで、ザーレを演じたキアヌ・リーブス似のフロリアン・アイディーニもこの映画しか出ていないようです。
予定調和型の"結婚狂騒曲"風ドタバタ喜劇ですが、ロマの人々の生活や文化、ものの考え方がしっかりバックグラウンドに描かれていて、これまで触れたことのないようなものに触れた気がし、同時に、どこの世界も同じなのだなと思わせるものもありました。飛ぶ鳥を落とす勢いのダダンにとって、妹がいまだに結婚できないのが頭痛の種で、"ゴッドファーザー"グルガにとっても息子がなかなか結婚しないのが悩みの種だというのは、ある種"体面"を重んじる閉鎖的な社会を映しているのかも。"ゴッドファーザー"をユーモラスに描いていますが、その実態は一帯の支配者であって、現実はこうはいかないだろうなあと(ダダンのようなヤクザはいそう)。最後に結婚したザーレが旅に出ると決心した時に「ここには太陽がない」と言い残すところに、監督の真意があるのかも。その上で、この作品は敢えてコメディとして完結させたというのが、エンディングの「ハッピーエンド」という字幕に込められた意味ではないか思ったりもしました。
(●1995年・第48回「カンヌ国際映画祭」でパルムドールを受賞したエミール・クストリッツァ前作「アンダーグラウンド」('95年)が2019年に早稲田松竹でかかったので観に行った(2017年に上映時間5時間14分の完全版が上映され、2018年にDVD化されているが、早稲田松竹で観たのは2011年にリバイバル公開された劇場版(170分)のデジタルリマスター版)。
ユーゴスラビアにおける紛争の歴史が、あくまでもバカバカしく騒がしい愛と悲しみのファンタジーとして、狂気と喧噪のもと語られていく作品。タイトルの「アンダーグラウンド」は何かの比喩ではなく、戦火の間、政敵によってまさに地下に閉じ込められ、地上世界の動きを知らされぬまま長き年月を送ってしまうという特殊な状況に生きる人々(ただしその中でも恋や愛はある)を描いた作品。パワー溢れる傑作であると同時に、「黒猫・白猫」と同様の怪作でもあった。)![黒猫・白猫【字幕ワイド版】 [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%BB%92%E7%8C%AB%E3%83%BB%E7%99%BD%E7%8C%AB%E3%80%90%E5%AD%97%E5%B9%95%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%89%E7%89%88%E3%80%91%20%5BVHS%5D.jpg)
「黒猫・白猫」●原題:CHAT NOIR, CHAT BLANC/CRNA MACKA, BELI MACOR●制作年:1998年●制作国:フランス・ドイツ・ユーゴスラビア●監督:エミール・クストリッツァ●製作:マクサ・チャトヴィッチ/カール・バウムガルトナー●脚本:ゴルダン・ミヒッチ●撮影:ティエリー・アルボガスト●音楽:ネレ・カライリチ/ヴォイスラフ・アラリカ/デーシャン・スパラヴァロ●時間:130分●出演:バイラム・セヴェルジャン/フロリアン・アイディーニ/スルジャン・トドロヴィッチ/ブランカ・カティッチ/サリア・イブライモヴァ/ザビット・メフメトフスキー/サブリ・スレジマニ/リュビシャ・アジョヴィッチ/ジャセール・デスタニ/アドナン・ベキールストジャン・ソティロフ/ゼダ・ハルテカコヴァ/プレドラグ・ペピ・ラコビッチ/プレグラグ・ミキ・マノジョロビッチ●日本公開:1999/08●配給:フランス映画社(評価:★★★★)
「アンダーグラウンド」●原題:UNDERGROUND●制作年:1995年●制作国:フランス・ドイツ・ハンガリー・ユーゴスラビア・ブルガリア●監督:エミール・クストリッツァ●脚本:デュシャン・コヴァチェヴィッチ/エミール・クストリッツァ●撮影:ヴィルコ・フィラチ●音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ●時間:170分(完全版314分)●出演:ミキ・マノイロヴィ
ッチ/ラザル・リストフスキー/ミリャナ・ヤコヴィッチ/エルンスト・シュテッツナー/スラヴコ・スティマツ/スルジャン・トドロヴィッチ●日本公開:1996/04●配給:ヘラルド・エース●最初に観た場所:早稲田松竹(19-04-08)(評価:★★★★)●併映:「ジプシーのとき」(エミール・クストリッツァ)
![ポーラX [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9X%20%5BDVD%5D.jpg)

変名で新人小説家として作品を発表したばかりの青年ピエール(ギヨーム・ドパルデュー)は、外交官だった父の亡き後、美しい母マリー(カトリーヌ・ドヌーヴ)と城館で何不自由なく暮らしていた。そんな彼の前に突然、異母姉と名乗る難民女性イザベル
(カテリーナ・ベルゴワ)が現れる。彼女の出現で、前から渇望していた"この世を越える"きっかけを得たと感じたピエールは、母マリーも婚約者リュシー(
デルフィーヌ・シェイヨー)も捨ててイザベルとパリヘ出る。パリで従兄のティボー(ローラン・リュカ)を訪ねるが、すげなく追い立てられ、やがて二人は音楽活動と武装訓練に余念がないアングラ集団が巣くう廃墟のロフトに棲み家を定める。二人はほどなくそこで結ばれ、創作活動に打ち込み始めたピエールだが、やがて母のバイク事故死とリュシーが病気であるとの報が入る。そのリュシーは、彼女を看病をしてくれたティボーの制止を振り切り、婚約者であることは秘されたまま、ピエールとイザベルの元に身を寄せるが―。
レオス・カラックス監督の1999年の作品で、第52回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。「ボーイ・ミーツ・ガール」('83年)、「汚れた血」('86年)に続く連作の終止符として「ポンヌフの恋人」('91年)を撮ってから、レオス・カラックス監督の長編としては8年を経ての作品です。ハーマン・メルヴィルの『ピエール』(邦訳・『メルヴィル全集 第9巻』所収、国書刊行会)をベースに、舞台をフランスのノルマンディにしています。タイトルは原作の題名の仏語訳"Pierre ou les ambiguites"の頭文字に字"Pola"に解かれぬ謎を示すXを加えたものですが、映画に使われた10番目の草稿を示すローマ数字「Ⅹ」であるとも(従って、映画でポーラという人物が出てくるわけではない)。
主要な登場人物である男女が皆"神経症"乃至"分裂症"気味で、観ていて疲れました。主人公のピエールは、一緒に城館で暮らす母マリー(カトリーヌ・ドヌーヴが貫禄十分の演技)と「姉、弟」と呼び合う関係であるところから既に親子共々"危ない"印象を受けるし、自分の前に突然現れた異母姉イザベルとあっさり性愛関係になってしまうし(性愛を超えた魂の伴侶ということなのだろうが、男女の関係になるのもメルヴィルの原作通りなのか?)、後半のピエール、イザベル、リュシーの3人での生活はどうみても上手くいくはずもなく(ピエールは母親の遺産相続を拒否した挙句に金に困っているわけで、彼の諸々の行動には脈絡がない)、ラストは自殺未遂あり殺人ありのカタストロフィ的状況に。でも、これも"劇的"と言うより"劇画的"とでも言うか、ちょっと安易な終わり方のような気がしました(この結末もメルヴィルの原作通りなの?)。
いて、"アレックス"と"カラックス"は語感が似ている)、この「ポーラX」はどうなの
でしょうか。「汚れた血」と「ポンヌフの恋人」でヒロインを演じたジュリエット・ビノシュとは実生活でも恋人同士であったのが、困難が多発し多額の費用と膨大な時間を要した「ポンヌフの恋人」の撮影中に破局し、「ポーラX」まで8年間レオス・カラックスの沈黙が続いたのは、彼女との破局が大きく影響していると言われています。でも、この作品を観ると、まだ何か引き摺っているよような...。結局、次の長編「ホーリー・モーターズ」('12年)を撮るまで更にまた10数年、長編は撮っていません(ハーモニー・コリン監督の「
主人公のピエールを演じたギヨーム・ドパルデューは、名優ジェラール・ドパルデューの息子で、この「ポーラX」の日本公開の時にレオス・カラックス監督らとともに来日していますが、2008年に急性肺炎のため37歳で急死しています。また、イザベルを演じたカテリーナ・ベルゴワはロシアのサンクトペテルブルク出身の女優ですが(レオス・カラックスにとって彼女との出会いが8年ぶりに映画を撮るきっかけになったとも言われる)、彼女も2011年にパリにて44歳で亡くなっており、「死因不明」とされています(自殺説あり)。
一方、レオス・カラックスと別れたジュリエット・ビノシュはその後、「トリコロール/青の愛」('93年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞とセザール賞主演女優賞を受賞、「イングリッシュ・ペイシェント」('96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞女優賞とアカデミー助演女優賞を受賞、「トスカーナの贋作」('10年)で第63回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞と、世界三大映画祭の女優賞を受賞しており(三大映画祭の女優賞制覇は彼女が初で、ジュリアン・ムーアがこれに続いた)、やはりジュリエット・ビノシュを失ったのはレオス・カラックスにとっては大きかったのではないかと思わざるをえません。
高く評価する人もいる作品ですが(その気持ちも分からなくもない)、個人的にはやはり、この"神経症"&"分裂症"的な暗さと、ラストの急展開にややついていけなかったでしょうか。カトリーヌ・ドヌーヴ演じるマリーの自殺とも思えるバイク事故死は、ピエール喪失感によるものなのか。ピエールを巡る"四角関係"の話だったのか。その辺りもよく分からなかったです。
「ポーラX」●原題:POLA X●制作年:1999年●制作国:フランス・ドイツ・日本・スイス●監督:レオス・カラックス●製作:ブリュノ・ペズリー●脚本:レオス・カラックス/ジャン・ポール・ファルゴー/ローラン・セドフスキー●撮影:エリック・ゴーティエ●音楽:スコット・ウォーカー●原作:ハーマン・メルヴィル「ピエール」●時間:134分●出演:ギョーム・ドパルデュー/カテリーナ・ゴルベワ/カトリーヌ・ドヌーヴ/デルフィーヌ・シェイヨー/ローラン・リュカ/パタシュー/ペトルータ・カターナ/ミハエラ・シラギ●日本公開:1999/10●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-30)(評価:★★★)