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入門書として分かり易く書かれているが、ちょっと「天才」たちの名前(&エピソード)を挙げ過ぎなのでは?
『アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)』['09年]
アスペルガー症候群の入門書として基本的な部分を網羅していて、記述内容も(一部、大脳生理学上の仮説にも踏み込んでいるが)概ねオーソドックス、既に何冊か関連の本を読んで一定の知識がある人には物足りないかもしれませんが、純粋に入門書として見るならば分かり易く書かれていると思いました。
以前に著者の『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか』('04年/PHP新書)を読んで、例えば「演技性パーソナリティ障害」では、チャップリン、ココ・シャネル、マーロン・ブランドの例を挙げるなど各種人格障害に該当すると思われる有名人を引き合いにして解説していたのが分かりよかったのです。
ただ、今回気になったのは、読者がよりイメージしやすいようにとの思いからであると思われるものの、ビル・ゲイツ、ダーウィン、キルケゴール、ジョージ・ルーカス、本居宣長、チャーチル、アンデルセン、ウィトゲンシュタイン、アインシュタイン、エジソン、西田幾多郎、ヒッチコック...etc.と、ちょっと「天才」たちの名前(&エピソード)を挙げ過ぎなのではないかと。
これも以前に読んだ、正高信男氏の『天才はなぜ生まれるか』('04年/ちくま新書)などは、ハナから、「天才」と呼ばれた人には広義の意味での学習障害(LD)があり、それが彼らの業績と密接な関係があったという主張であって、その論旨のもと、エジソン(注意欠陥障害)、アインシュタイン(LD)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(LD)、アンデルセン(LD)、グラハム・ベル(アスペルガー症候群)、ウォルト・ディズニー(多動症)といった偉人の事例が出てくるわけですが、本書は一応「入門書」という体裁を取りながらも、アスペルガー症候群に関して同種の論を唱えているようにも思われました。
勿論、アスペルガー症候群の子どもの強み、弱み共々に掲げ、強みを伸ばしてあげる一方で、社会性の獲得訓練などを通して弱みを補うことで、大人になって自立できるように養育していく努力の大切さを説いてはいるのですが、これだけ「天才」の名が挙がると、(話としては面白いのだが)読んだ人の中にはそっちの方に引っ張られて、子どもに過剰な期待し、現実と期待の差にもどかしさを感じるようになる―といったことにならないかなあ(まあ、養育経験者はまずそんなことにはならないだろうけれど、一般の人にはやや偏ったイメージを与えるかも)。
自閉症やアスペルガー症候群などの広汎性発達障害の専門家や臨床医が書いた入門書や、或いはこの分野の権威とされる人が監修したガイドブックなどにもエジソン、アインシュタインなどはよく登場するわけですが、本書の場合、冒頭から「本書を読めば、テレビでよく見かける、頭がもじゃもじゃのあの先生も、今をときめく巨匠のあの先生も、ノーベル賞をとったあの先生も、このタイプの人だということがおわかり頂けるだろう」といったトーンです。
結局、この3人の内の最後の人などは、本文中に物理学者・益川敏英氏として登場し、アスペルガー症候群特有のエピソードが紹介されたりもしているのですが、確かに、あの人のノーベル賞受賞会見などを見て、ぴんとくる人はぴんときたのではないかと思います(その意味では、分かりよいと言えば分かりよいのだが...)。
ただ、一方で、著者自身が直接益川氏を診たわけではなく、従って、メディアを通しての著者個人の"見立て"に過ぎないとも言えます(前著『境界性パーソナリティ障害』('09年/幻冬舎新書)では、「依存性パーソナリティ」の例として某有名歌手を取り上げるなどしていた)。
解説部分がオーソッドクスなテキストである分、こうした事例の紹介部分は本書に"シズル感"をもたらしていますが、そこが著者の一番書きたかったことなのではないかな(この著者には、ある意味、"作家性"を感じる。同じようなことを感じる精神科医は前述の正高信男氏をはじめ、他にも多くいるが)。
著者自身にもその自覚があるからこそ「アスペルガー症候群入門」とか「アスペルガー症候群とは何か」といったタイトルを使わず、本書を単に「アスペルガー症候群」というタイトルにしているのではないでしょうか。

アイキャッチ的な帯に対して、内容はかなりかっちりした本。個人的には、本書を読む前までは、海外医療ドラマなどにもよく登場する、大袈裟な演出によって病気を装い、難しい検査や痛みを伴う治療を受けたがる人が「ミュンヒハウゼン症候群」で、リストカットなどの自傷行為が自分の子へ転嫁されるのが「代理ミュンヒハウゼン症候群」であるという漠たる理解で、何となく両者が繋がらなかったのですが、法医学者による本書読んでみて、その意味や特徴についてより理解を深めることができたように思います。

この著者の本は分かり易くて何冊か読んでいるのですが、本書に関してはネットのブックレヴューで、標題の「ベテルギウスの超新星爆発」について述べているのは冒頭だけで、後は一般的な宇宙論の入門書である、といったコメントがあり、ああ、編集部の方でつけたアイキャッチ的なタイトルなのかなあと思いましたが、読んでみたら必ずしもそうでもなかったように思います。
サイエンスライターである著者によれば、超新星爆発を起こした星は太陽の何億倍、何十億倍の明るさで輝くけれども、ベテルギウスとの640光年という距離からすると、一番明るくなったときでも満月より明るくなることはないと。また、ベテルギウスが超新星爆発の兆候を示していることは確かだが、それは明日かもしれないし、10万年後かもしれないとのこと。また、近年、過去15年間でベテルギウスの大きさは15%縮小したという海外の研究発表があり、これを聞くと「いよいよか」と思ってしまうけれど、日本の研究者によれば、ベテルギウスの表面のガス状の部分の変動は近年大きいものの、核の部分の大きさの変化は見られないとのこと。


この本では、素粒子論にも触れていますが(『宇宙は何でできているのか』の冒頭に出てくる、自分の尻尾を飲み込もうとしている蛇の図「ウロボロスのたとえ」は、『宇宙論入門』第2章「素粒子と宇宙」の冒頭にも同じ図がある)、どちらかというとタイトル通り、宇宙論そのものに比重がかかっており、その中で、著者自身が提唱した宇宙の始まりにおける「インフレーション理論」などもより詳しく紹介されており、個人的にも、本書により、インフレーション理論が幾つかのパターンに改変されものが近年提唱されていることを知りました(著者は「加速的宇宙膨張理論の研究」で、2010年に第100回日本学士院賞を受賞)。

古代紀元前2450年頃メソポタミアのシュメール王朝初期に起こった「ラガシュとウンマの抗争」、そして紀元前1468年頃にエジプト軍とパレスティナ軍が戦った「メギドの戦い」から現代のコソヴォ紛争やイラク戦争、テロ攻撃まで、世界史上の主要な戦争を、オールカラー編集で多数の写真や絵画、地図その他多数の資料を駆使しつつ解説したものです。
全体が「古代の戦争」「中世の戦争」「近代の戦争」「帝国と革命」「世界大戦の時代」という大括りされた中で、例えば「近代の戦争」の章における「権力と宗教」という節では「フランスによるイタリア戦争」「宗教戦争」「三十年戦争」「イングランド内戦」「王家の戦争」「大北方戦争」という項目立てがあり、「年表」的と言うより「教科書」的であると言えます。
古戦場の遺跡や当時使用された武器等を写真も豊富で、特に武器には力を入れていて、古代・中世から近代戦争まで節目ごとにフューチャーしており、「武器史」としての充実度も高く、そうしたことがまた、名前しか聞いたことのなかった戦闘の実像を、活き活きとしたイメージでもって見る者の脳裏に再現させるシズル感効果を醸しています。
どうやって"美しい"「元素図鑑」とするのかと思ったら、ナルホドね、118個の元素のそれぞれの写真を載せていて、酸素などは液体化したもので、アルゴンなどもそうですが、青く光っていて綺麗。一方、後半の重い元素は結晶化したものの写真などが載っていて鉱物図鑑を眺めるような感じ。1つの元素の写真で左1ページ、ドーンと使っているのが大胆です。
原著タイトル"The Elements: A Visual Exploration of Every Known Atom in the Universe "。著者のセオドア・グレイは化学者でも教育者でもなく、一応は副業としてサイエンスライターをしているけれども、本業はプログラマーだっらとのこと。むしろ「素人」の方がこうした本作りの発想が浮かぶのかもしれないけれど、この人、ただの素人ではなく、相当な「元素オタク」という感じで、そのことは、各元素に寄せている解説が「リンは嫌われものです」とか元素をキャラクター化していることからも窺えます(勿論、分かり易さを考えての、ライターとしての工夫でもあるかと思うが)。
矢野 創・慶應義塾大学院特別招聘准教授
はやぶさ/小惑星イトカワ 

全体としてはやや牽強付会なところもありますが、何せ96歳ですから、目の前で話されたらもう大人しく聴くしかないかも。この人、所謂"優秀老人"と言うか、ボケないタイプなんだろなあ。「書く」という行為は、ボケ防止にいいのかも。喋りもスゴクしっかりしている...。
森田洋司 氏(略歴下記)
昨年('11年)10月、滋賀県大津市で市立中学2年の少年が自殺した事件が、今年になって事件の概要が明るみに出て日本中が心を痛めていますが、加害者側の少年たちやその保護者らの無反省な態度や、責任逃れの発言を続ける学校側や教育委員会の対応に、国民感情は悲しみかが怒りに変化しつつあるといった様相でしょうか。確かに、大津市教育長の一連の記者会見、学校長もそうですが、この市教育長の自らの責任の回避ぶりは目に余ってひどいあなと。これで責任をとって辞めるでもなく、任期満了まで教育長の座に居座り続けるつもりのようですが。
本書によれば、日本でいじめ問題が最初に社会問題化したのは80年代半ばで、特に'85年は14名がいじめによって自殺したとされ、翌年'86年には、この時期の代表的ないじめ事例として知られる「葬式ごっこ」による鹿川裕史君自殺事件が発生しています。
日本では1994年に、愛知県の大河内清輝君自殺事件を契機に、いじめによる深刻な被害が再びクローズアップされ、社会問題化するという「第二の波」が訪れ、更に、2005年、2006年にいじめ自殺が相次いで「第三の波」が発生したとのこと。本書では、そうした「波」ごとの国や社会の対応を社会学的見地も交え分析していますが、そこからは、理想と現実のギャップが窺えるように個人的には思いました(現実が理想通りに運べば、第二、第三の波、或いは今回の(第四の波を起こしている?)大津市の事件のようなことは起きないはず)。

2011年10月に大津市の市立中2年の男子生徒=当時(13)=が自殺したのはいじめが原因だとして、遺族が加害者側の元同級生3人と保護者に慰謝料など計約3,850万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大津地裁(西岡繁靖裁判長)は19日「いじめが自殺の原因になった」と判断し、元同級生2人に請求のほぼ全額となる計約3,750万円の支払いを命じた。

国土面積がバチカン(0.44平方キロ)、モナコ(2平方キロ)に次いで小さい国は、ニューギニア東方中部太平洋の島国ツバル(21平方キロ)、その次はツバルの傍のナウル(26平方キロ)。人口がバチカン(800人)に次いで少ないのも(モナコは除かれ)ツバル(9700人)、ナウル(1万1000人)。更に経済規模(国民総所得=GNI)が一番小さいのも(バチカンも除かれ)ツバル、ナウルの順。
ツバルは、地球温暖化で水没してしまうのではないかと危惧されていると本書にもありますが、その兆候は今のところないという話も(しかし、国内の最高標高が5mだからなあ)。




「
るのは実際コンサートがあったのが1971年8月1日であったからとか、「
母親の実像を弟キャル(ジェームズ・ディーン)により無理矢理知ることになったアーロンが捨て鉢になって徴
兵に応じた第一次世界大戦にアメリカが参戦した日であるからとか、アニメ「不思議な国のアリス」('53年/米)が4月15日になっているのは東京ディズニーランドの開園日が1983年4月15日だからとか、「
当てモノをするような楽しみも無きにしも非ずですが、むしろ、解説の一つ一つがカレンダーの「日付」に厳密に関連づけるというよりも、その
「季節」や(「
のところにある「
ェニー(アリ・マックグロー)の二人がセントラル・パークに行ったのは1月4日だったのかあとか(その2週間後にジェニーは白血病で亡くなる)。1月13日のところにある「
四季ごとに4人の映画評論家が、それぞれの季節に関連する映画への自らの思いを寄せていて、「春」のところで北川れい子氏が「エデンの東」などの幾つかの作品を取り上げる中で(要するに「青春」の「春」というわけだ)、"春、青春、男の子"の極めつけけとしてフランコ・ゼフィレリレッリ監督が、13世紀イタリアの、最もキリストに近い聖人だったと言われる聖フランチェスコの青春時代を描いた「ブラザー・サン シスター・ムーン」('72年/英・伊)を取り上げていましたが(作品中のも厳しい冬のシーズンから雪解けの春に移る季節の転換場面がある)、映像も音楽も美しい映画だったと思います。
この作品で一番目を引くのは、主演のグレアム・フォークナーのフランチェスコへの「なり切り感」であり、フランコ・ゼフィレリレッリ監督は、「ロミオとジュリエット」('68年/英・伊)でもまだ16歳だったオリビア・ハッセーを上手く使っているし(この作品公開後のオリビア・ハッセーの日本での人気の高騰ぶりはスゴかっ
た)、「
「ブラザー・サン シスター・ムーン」●原題:BROTHER SUN SISTER MOON●制作年:1972年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ケネス・ロス/リナ・ウェルトミューラー●撮影:エンニオ・グァルニエリ●音楽:ドノヴァン●時間:135分●出演:グレアム・フォークナー/ジュディ・バウカー/リー・ローソン/アレック・ギネス/ヴァレンティナ・コルテーゼ/アドルフォ・チェリ●日本公開:1973/06●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-10-29)●2回目:中野武蔵野館 (77-10-29)(評価:★★★★)●併映:「ジーザス・クライスト・スーパースター」(ジノーマン・ジュイスン)
「ロミオとジュリエット」●原題:ROMEO AND JULIET●制作年:1968年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●製作:ジョン・ブレイボーン/アンソニー・ヘイヴロック=アラン●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/フランコ・ブルサーティ/マソリーノ・ダミコ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:ニーノ・ロータ(歌:グレン・ウェストン)●原作:ウィリアム・シェイクスピア●時間:138分●出演:レナード・ホワイティング/オリヴィア・ハッセー/マイケル・ヨーク/ジョン・マケナリー/ミロ・オーシャ/パット・ヘイウッド/ロバート・スティーヴンス/ブ
ルース・ロビンソン/ポール・ハードウィック/ナターシャ・パリー/アントニオ・ピエルフェデリチ/エスメラルダ・ルスポーリ/ロベルト・ビサッコ/(ナレーション)ローレンス・オリヴィエ●日本公開:1968/11●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:三鷹オスカー (81-03-15)(評価:★★★☆)●併映:「ハムレット」)/「マクベス」(ロマン・ポランスキー) 


世間一般でもこうした「ビデオで観る」派が増えて、'96年の映画館の入場者数が1億1,957万人と史上最低だったわけですが、翌年は、この年'97年7月公開の「もののけ姫」('97年/東宝)のヒットを受けて、邦画の映画館入場者数は前年比2千万人増、さらに12月公開のジェームズ・キャメロン監督の「
「もののけ姫」は、それまでの宮崎駿監督の作品の集大成とも言える大作で、作画枚数は14万枚以上に及び、これは後の「千と千尋の神隠し」の11.2万枚をも上回る枚数です。時代の特定は難しいですが、室町後期あたりのようで、室町時代にしたのはこれ以上遡ると現実感が希薄になって自分自身もイメージが湧きにくくなるためだというようなことを、宮崎監督が養老孟司氏との対談で言っていました(『虫眼とアニ眼』 ('08年/新潮文庫))。自然と人間の対決というテーマは「風の谷のナウシカ」('84年)にも見られましたが、こちらはより深刻かつ現実的に描かれているような気もします。バックボーンになっているのは明らかに網野善彦(1928-2004)の展開する非農業民に注目した日本史観であり、映画全編を通して様々な要素が入っていて、その解釈となると結構難解
な世界とも言え、歴史学の知識に疎
い身としては、その辺りが今一つ解らなかったもどかしさもありました(その網野善彦からは、当時の女性は皆ポニーテールだったとの指摘を受けている)。「となりのトトロ」('88年)みたいに、深く考えないで観た方が良かったのかも。


「千と千尋の神隠し」が記録的な興行成績となったのは、第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞し、海外でも評価されたということで、普段アニメを観ない人も映画館に行ったという事情もあったのではないで
しょうか。但し、米国アカデミー賞受賞は、先に第52回ベルリン国際映画祭で「
「風の谷のナウシカ」が出たての頃、この作品にすごく注目していた友人がいて、薦められてその友人の家でレーザーディスクで観たことがありますが(彼は当時パイオニアに勤務していた)、彼は先見の明があったのかもしれません。また、「となりのトトロ」については、この作品が出た時期に限らず、その後もビデオやDVDの普及で繰り返し多くの家庭で観られ、幅広い世代の幼年期の記憶に残ったのではないでしょうか(個人的には「となりのトトロ」がスタジオジブリの最高傑作だと思っている)。こうした初期作品の方が好きな人も結構いるように思います。
「もののけ姫」●制作年:1997年●監督・脚本:宮崎駿●製作:鈴木敏夫●撮影:奥井敦●音楽:久石譲(主題歌:米良美一「もののけ姫」)●時間:133分●声の出演:松田洋治/石田ゆり子/美輪明宏/渡辺哲/小林薫/森繁久彌/田中裕子/佐藤允/森光子/上條
恒彦/島本須美/名古屋章/近藤芳正/飯沼慧●公開:1997/07●配給:東宝 (評価:★★★☆)
ジコ坊(声:
乙事主(おっことぬし)(声:




「千と千尋の神隠し」●制作年:2001年●監督・脚本・原案・原作:宮崎駿●製作:鈴木敏夫●撮影:奥井敦●音楽:久石譲(主題歌:木村弓「いつも何度でも」)●時間:124分●声の出演:柊瑠美
/入野自由/夏木マリ/中村彰男/玉井夕海/内藤剛志/沢口靖子/神木隆之介/我修院達也/大泉洋/小野武彦/上條恒彦/菅原文太●公開:2001/07●配給:東宝 (評価:★★★☆)
●森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『

'96年の映画館の入場者数は1億1,957万人とのことで1億2千万人を割り込みましたが、本書の編者・江藤努氏は編集後記において、レンタルビデオによる映画鑑賞が定着し、〈映画人口〉というより〈映画館人口〉が減少したとみるべきだろうが、やはり憂慮すべき事態であるとしています。また、シネマ・コンプレックス建設ブームで映画館自体の数は52館増えたので、小劇場化の流れが定着したところで、この凋落傾向の底が見えるのではないかともしています。
個人的には、トム・クルーズがプロデューサーとしてブライアン・デ・パルマを監督に指名した「ミッション:インポッシブル」('96年)に注目しましたが、それなりに楽しめたけれども、オリジナルの「スパイ大作戦」とは随分違った作りになったなあと。
という脚本が好きなのかなあ(ヴァネッサ・レッドグレイヴが謎の武器商人「マックス」を演じて貫録の演技)。「007シリーズ」におけるボンドガール的な役回りには、「
プスを演じたピーター・グレイブスは衝撃を受け、他のドラマ出演者からの評判も良くなかったようです。
「スパイ大作戦」の映画化らしい出来にする、という前提条件があり、テレビシリーズの構図に近い出来となっていました。現場を引退して教
官をしていたイーサンが、敵に拉致された教え子の女エージェントの救出プロジェクトに参加することになりますが、彼女は頭の中に仕掛けられていた小型爆弾により死亡し、逆にイーサン自身が彼女と同様の窮地に陥り、さらにミシェル・モナハン演じる婚約者も拉致されてしまう―イーサンを救い、さらにイーサンの婚約者を奪還するために仲間が協力するという"身内"色の強い内容でしたがそう悪くなく、この3作目をシリーズベストに挙げる人もいるようです。
「ミッション:インポッシブル」●原題:MISSION:IMPOSSIBLE●制作年:1996年●制作国:アメリカ●監督:ブライアン・デ・パルマ●製作:トム・クルーズ/ポーラ・ワグナー●脚本:デヴィッド・コープ/ロバート・タウン/スティーヴン・ザイリアン●撮影:スティーヴン・H・ブラム●音楽:ダニー・エルフマン(テーマ音楽:ラロ・シフリン)●原作:ウィンストン・グルーム●時間:110分●出演:トム・クルーズ/ジョン・ヴォイト/エマニュエル・ベアール/ジャン・レノ/ヘンリー・ツェーニー/ダニー・ エルフマン/クリスティン・スコット・トーマス/インゲボルガ・ダクネイト/ヴィ
ング・レイムス/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/ヘンリー・ツェニー/アンドリアス・ウイスニウスキー/ロルフ・サクソン/マーセル・ユーレス/デイル・ダイ●日本公開:1996/07●配給:パラマウント=UIP(評価:★★★☆)


「ミッション:インポッシブル2(M:i:2)」●原題:MISSION:IMPOSSIBLE 2●制作年:2000年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ウー●製作:トム・クルーズ/ポーラ・ワグナー●脚本:ロバート・タウン●撮影:ジェフリー・L・キンボール●音楽:BT/ハンス・ジマー●原作:ブルース・ゲラー●時間:123分●出演:トム・クルーズ/ダグレイ・スコット/タンディ・ニュートン/ヴィング・レイムス/リチャード・ロクスバーグ/ジョン・ポルソン/ブレンダン・グリーソン/ラデ・シェルベッジア/ウィリアム・メイポーザー/ドミニク・パーセル/マシュー・ウィルキンソン/アントニオ・バルガス/ダニエル・ロバーツ●日本公開:2000/07●配給:パラマウント=UIP(評価:★★★)
「ミッション:インポッシブル3(M:i:III)」●原題:MISSION:IMPOSSIBLE III●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:J・J・エイブラムス●製作:トム・クルーズ/ポーラ・ワグナー●脚本:アレックス・カーツマン/ロベルト・オーチー/J・J・エイブラムス●撮影:ダニエル・ミンデル●音楽:マイケル・ジアッキーノ(テーマ音楽:ラロ・シフリン)●時間:126分●出演:トム・クルーズ/フィリップ・シーモア・ホフマン/ヴィング・レイムス/ビリー・クラダップ/ミシェル・モナハン/サイモン・ペッグ/ジョナサン・リース=マイヤーズ/ケリー・ラッセル/マギー・Q/ローレンス・フィッシュバーン●日本公開:2006/07●配給:パラマウント=UIP(評価:★★★☆)


ロバート・ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ/一期一会」('94年)はアカデミー賞6部門(作品・監督・主演男優・脚色・視覚効果・編集)独
占で、トム・ハンクスは「フィラデルフィア」('93年)に続いてアカデミー賞主演男優賞2年連続受賞、さらにこの年公開の「アポロ13」('95年)にも出演していて、当時は洋画界を一人で牽引しているような勢いがありましたが、アカデミー俳優トム・ハンクス主演ということで、これらの作品を観に映画館に足を運んだ人も多かったのではないでしょうか。
「フォレスト・ガンプ」は50年代から80年代にかけてのアメリカ現代史を駆け抜けていったIQが人並みに至らない男ガンプの話ですが、彼は俊足を買われて大学で全米アメフト代表選手となってケネディ大統領に祝福され、ベトナム戦争では戦友の命を救ってジョンソン大統領から栄誉を授かる一方、全米卓球チームのメンバーになって「ピンポン外交」特使としてジョン・レノンとテレビ共演するほど有名になり、さらにエビの事業で成功して大金持ちになるといった具合に、アメリカン・ドリームを絵に描いたような道を歩みます。
但し、そうした"お目出度い"話ばかりでなく、彼の人生と交錯する人びとの挫折や苦悩も描いており、ガンプ自身も幼馴染みの恋人に何度か去られ、最後にやっと愛を成就できたかと思ったら、その彼女に死なれてしまうなどして人生の寂寥感を味わい、それでも彼女が遺した自分の息子に出会うことで未来への希望を抱くという、ラストシーンで空を舞う羽根のように、ふわ~っと心に滲み入る作品でした。
原作は、1985年にウィンストン・グルームが発表した小説 Forrest Gumpで、ガンプのモーレツぶりは、ジョン・アービング原作、ジョージ・ロイ・ヒル監督、ロビン・ウィリアムズ主演の「ガープの世界」('82年)の登場人物らに通じるものを感じましたが、「ガープの世界」がアービングの自伝的小説であるのに対し、グルームの原作では、主人公のガンプは宇宙飛行士やプロレスラー、チェスのチャンピオンになるといったエピソードもあるとのことで、映画においても、「ガンプ」はシンボライズされたキャラクターと見るのがスジでしょう。
映画ではアメリカ現代史の様々な映像が合成SFXでガンプの物語に織り込まれており(ゼメキス監督は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも見せたとおり、特撮が持ち味。ガンプがケネディ大統領と握手し、「おしっこしたい」と言うシーンは笑える)、それもこの作品の一つの見所ですが、個人的には、ウォーターゲート事件にしてもベトナム反戦運動にしても、ガンプの純粋さを媒介としてある種戯画化されて描かれているように思いました。
この作品を観て思い出すのは、ハル・アシュビー監督の「チャンス」('79年/米)で、知的障害がある庭師のチャンスが、余命いくばくも無い財界大物を夫に持つ美しい貴婦人が乗る高級車に轢かれ、屋敷に招かれることになったのをきっかけに、その言葉に実は深い意味があると周囲から勝手に解釈されて、世間の注目を集めテレビ出演までするようになり、国民的な人気を得ることになりますが、彼自身は全くそんなことには無頓着でいるというもの。この作品で、ピーター・セラーズ(1925-1980)が演じるチャンスは次期大統領候補にまでなる一方で、ラストはチャンスの死を暗示させて終わりますが、ピーター・セラーズ本人もこの映画の日本公開前に心臓発作で急逝、彼の遺作となった作品であるということでも知られています。
ジャージ・コジンスキーの脚本のベースになっているのはニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』であり、原題の"Being There"は、ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーの未完の主著『存在と時間』からきているとのことで、「ただそこにある(もの)」という意味ですが、「チャンス」という主人公の名前を邦題にしてしまったため、「どんなハンディキャップがある人にもチャンスがある」という話と捉えられている向きがあるように思います。

「フォレスト・ガンプ/一期一会」●原題:FORREST GUMP●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●製作:ウェンディ・フィネルマン/スティーヴ・ティッシュ/スティーヴ・スターキー●脚本:エリッ
ク・ロス●撮影:アーサー・シュミット●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:ウィンストン・グルーム●時間:142分●出演:トム・ハンクス/ロビン・ラ



Billionaire Benjamin Rand (Melvyn Douglas) takes on Chance (Peter Sellers) as a trusted advisor.メルヴィン・ダグラス(億万長者ベンジャミン・ランド)アカデミー助演男優賞・ゴールデングローブ賞助演男優賞・
「チャンス」●原題:BEING THERE●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:ハル・アシュビー●製作:アンドリュー・ブラウンズバーグ●脚本:ジャージ・コジンスキー●撮影:キャレブ・デシャネル●音楽:ジョニー・マンデル●原作:ジャージ・コジンスキー●時間:130分●出演:ピーター・セラーズ/シャーリー・マクレーン/メルヴィン・ダグラス/ジャック・ウォーデン/リチャード・ダイサート/リチャード・ベースハート/ル

旧・丸の内ピカデリー1・2 前身は1925年オープンの「邦楽座」(後の「丸の内松竹」)。1957年7月、旧朝日新聞社裏手にオープン(地下に「丸の内松竹」再オープン)。 1984年10月1日閉館。1984年10月6日後継館「丸の内ピカデリー1・2」が有楽町センタービル(有楽町マリオン)西武側9階にオープン。
