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改題増補されて入手できたのは喜ばしい。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多い。


『映画の中の東京 (平凡社ライブラリー さ 8-1)』['02年]「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」「銀座化粧 [DVD]」田中絹代 「赤線地帯 4K デジタル修復版 Blu-ray」京マチ子
『東京という主役: 映画のなかの江戸・東京』['88年]

日本映画には東京を描いた作品が多いのですが、本書は、一昨年['22年]に91歳で亡くなった映画評論家の佐藤忠男(1930-2022)が、映画における東京の風景の役割や意味、人々の暮らしぶり、監督論等を語ったもので、『東京という主役―映画のなかの江戸・東京』('88年/講談社)の改題増補版になります。
佐藤忠男(1930-2022)
第1章では、小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男の3人の監督の作品を取り上げていますが、まず何をもってもしても小津安二郎! 生涯に作った53本の作品の内、東京を舞台にしていない作品はせいぜい8本ぐらいしかないそうです。「東京物語」(53年)をはじめタイトルに東京という言葉がついている作品が5本あり、どの作品をとっても東京論になるといった感じ。

黒澤明作品については、「野良犬」(49年)を「東京をかけめぐる映画」だとし、盛り場の描かれ方などに注目しています。そう言えば小林信彦氏が「週刊文春」のエッセイで、闇市の風景を一番忠実に描いているのは、黒澤明の「酔いどれ天使」と「野良犬」だと述べていました。
成瀬巳喜男作品では、ミルクホールを舞台にした「はたらく一家」(38年)に着眼していますが、個人的には未見。「ミルクホール」というものの起源が解説されているのが興味深かったです(ホテルニューオータニに「ミルクホール」という名のそう高くない洋食屋があって、コーヒーのみだが打ち合わせで等で50回近く利用した。また、時々利用する中伊豆・吉奈温泉にある旅館「東府やResort&Spa-Izu」にも「ミルクホール」というフリードリンクスペースがあり、数回行ったことがある)。
ホテルニューオータニ「ミルクホール」/東府やResort&Spa-Izu「大正館」ラウンジ「ミルクホール」

第2章では、江戸から東京への推移を写し出した作品を取り上げていて、山中貞雄監督の「人情紙風船」(37年)などは確かに江戸長屋をよく描いていました。「東京五人男」(46年)の熱の籠った解説がありますが、個人的にはこれも観よう観ようと思っていながらも未見。章の終わりの方では、黒澤明の「素晴らしき日曜日」(46年)や小津安二郎の「風の中の牝雞」(46年)を取り上げています。
第3章は、山の手と下町の比較論で、下町ものとして、小津安二郎の「出来ごころ」(33年)、「東京の宿」(35年)などを挙げていますが、山の手ものと呼ばれる映画の分野はないとのこと。ナルホド。


第4章では盛り場の変遷を浅草・銀座・新宿の順で取り上げ、浅草だと成瀬巳喜男の「乙女ごころ三人姉妹」(35年)、ただしこれも個人的は観れていないです。銀座はこれも成瀬巳喜男の「銀座化粧」(51年)と「秋立ちぬ」(60年)を取り上げていますが、片や酒場(女給バー)が舞台で片や八百屋が舞台だけれども、場所は同じ銀座でした。吉村公三郎の「夜の蝶」(57年)を"究極の銀座讃歌"としていますが、これも観れておらず。新宿のところで取り上げられている大島
渚の「新宿泥棒日記」(69年)も未見。山本政志監督の「闇のカーニバル」(81年)は旧ユーロスペースで観ました。伊藤智生監督の「ゴンドラ」(86年)はラストに疑問が残るとしています。山本監督の「ロビンソンの庭」(87年)は「闇のカーニバル」に続く作品ですが、白黒映画から一転して、鮮やかな緑の溢れる映像美へ(主演は今回も本業ロック歌手の太田久美子)。これを「闇のカーニバル」の"もう一つの悪夢"としています(後に芥川賞作家となる町田康や、室井滋、田口トモロヲなども出ていた)。
第5章は、外国映画の中の東京を取り上げ、ヴィム・ヴェンダース監督(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏))の小津安二郎へのオマージュとも言える旅日記風ドキュメンタリー映画「東京画」(85年/米・西独)について、ヴェンダースが撮った東京は、高層ビルとネオンが
林立する、小津の映画とは似ても似つかぬ東京であり、彼は小津の時代は遠くに過ぎ去り、日本的なものが失われたと感じたと(映画の中では、東京タワーで落ち合った友人のヴェルナー・ヘルツォーク監督(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 (82年/西独))も同様のことを述べている)。それでもヴィム・ヴェンダース監督は、笠智衆や小津作品のカメラマン原田雄春へのインタビューを通して、二人の人柄がまさしく小津映画そのものであることを発見して満足したようだと。そのヴェンダース監督が40年後に、渋谷近辺の公演のトイレ清掃を舞台とした「PERFECT DAYS」 (23年/日・独)を撮り、第76回「カンヌ国際映画祭」で日本人2人目の男優賞を受賞した役所広司を、「私の笠智衆」と称えることになります。
第6章では、映画における"東京名所"を場所ごとに見ていきますが、吉原(浅草)のところで、溝口健二の遺作「赤線地帯」(56年)を取り上げています。吉原で働く女性たちを描いた群像劇ですが、映画のクレジットに芝木好子「洲崎の女」とあるように、芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』の一部を原作にして、舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられています。キャラクターの描き分けがよく出来た作品でした。
「赤線地帯」
最終第7章は、映画を軸とした著者の半生の振り返りで、東京から地元の新潟へ戻っての映画論文の投稿家時代から、再上京し、映画雑誌の編集者になるまでの経緯が書かれています。人生の様々場面で映画に自身を照射させていたことが窺え、自ら言う"無学歴"でありながら、映画評論の泰斗となった著者の遍歴が窺え、興味深いものでした。
文庫解説の川本三郎氏の文章もよく、巻末に地名・人名・映画題名の各索引があるのも親切。改題増補されて手にすることができたのは喜ばしいです。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多く(まったくの個人的理由で著者には責任がないが)そこがやや残念だったでしょうか。というとで、今年['24年]になって観た、ともに成瀬巳喜男監督作で、あたかも「銀座」を定点観察したような関係になる2本「秋立ちぬ」「銀座化粧」と、溝口健二の遺作となった吉原を舞台とした「赤線地帯」を以下に取り上げます。
「秋立ちぬ」

「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」
ある真夏の午後、小学校6年生の秀男(大沢健三郎)は、母・深谷茂子(乙羽信子)に連れられて呆野から上京した。父を亡くし、銀座裏に八百屋を開くおじ山田常吉(藤原釜足)の店に身を寄せるためだった。挨拶もそこそこに、母の茂子は近所の旅館へ女中として勤め、秀男は長野から持って来たカブト虫
と淋しく遊ぶのだった。そんなある日、近所のいたずらっ子に誘われて、駐車場で野球をした秀男は、監視人につかまってバットを取られてしまう。遊び場もない都会の生活に馴染めぬ秀男の友
達は、気のいい従兄の昭太郎(夏木陽介)と、小学校4年生の順子(一木双葉)だった。順子は茂子の勤めている「三島」の一人娘、母の三島直代(藤間紫)は月に2、3回やって来る浅尾(河津清三郎)の二号だった。順子の宿題を見てやった秀男は、すっかり順子と仲よしになった。山育ちの秀男は順子と一緒に海を見に行ったが、デパートの屋上から見る海は遠く霞むばかりであった。しかもその帰り道、すっかり奇麗になった母に
会った秀男は、その喜びもつかの間、真珠商の富岡(加東大介)といそいそと行く母の後姿をいつまでも恨めし気に見なければならなかった。その上、順子にやる約束をしたカブト虫も箱から逃げてしまっていた。
しかも、更に悲しいことに、母が富岡と駈け落ちして行方不明になる。傷心の秀男と順子は月島の埋立地に出掛ける。そこで見つけたキチキチバッタ、しかし、これも秀男がケガをしただけで逃げられてしまう。夏休みも終りに近づいたある日、秀男の田舎のおばあさんからリンゴが届く。箱の中に偶然カブト虫も。秀男は喜び勇んで家を飛び出し、順子の家へ走るが、浅尾の都合で「三島」は商売替えし、順子はいなかった。呆然とした秀男は、カブト虫を手に、かつて順子といっしょにいったデパートの展望台の上で、秋立つ風のなかをいつまでも立ちつくしていた―。
成瀬巳喜男監督の1960(昭和35)年公開作。出演は大沢健二郎(子役)、一木双葉(子役)、乙羽信子、藤原鎌足、賀原夏子、夏木陽介、原知佐子、藤間紫、加東大介、河津清三郎など。
子どもを主人公に、その眼を通して大人たちを描いた作品ですが、ちゃんと子どもの心情を中心に据えていて、個人的には、成瀬巳喜男ってこういう作品も撮ることができたのかあとちょっと意外でした。少年のひと夏の出来事が切なく描かれており、これって傑作ではないでしょうか。感動させようと過度な感情を交えるようなことはせずに、淡々と描いているのが成功しています。銀座で、八百屋が舞台というのが独特(今ではちょっと考えられない)。そこの気のいいあんちゃんを夏木陽介が好演していました。
「銀座化粧」

「銀座化粧 [DVD]」
銀座のバー「ベラミ」で女給をしている津路雪子(田中絹代)は5歳になる息子の春雄(西久保好汎)と暮らしているが、昔の愛人・藤村安蔵(三島雅夫)は今でも金の無心に来る。ある日雪子は昔の仲間・佐山静江から上京してきた資産家の息子・石川京介(堀雄二)の案内役を頼まれる。相手をしているうちに雪子は石川との結婚を夢見るが、春雄の行方が突然わからなくなってしまい、石川の相手を妹分の女給・京子(香川京子)に頼んで自分は帰宅する。春雄は見つかったが、その一夜の間に京子と石川は婚約してしまっていた。諦めた雪子は今日も銀座で働くのだった―(「銀座化粧」)。
成瀬巳喜男監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は田中絹代、花井蘭子、香川京子、堀雄二、柳永二郎、三島雅夫、東野英治郎など。
「秋立ちぬ」と同じく銀座を舞台にしています。ただし、遡ること9年、女給バーとかちょっとレトロな感じ(一応"高級バー"ということらしい)。雪子(田中絹代)が東京案内を頼まれた、お上りさんの資産家の息子を演じていたのは、後にドラマ「七人の刑事」('64年~'69年/TBS)でキャップの赤木係長を演じる堀雄二(1922-1979)ですが、若いなあ(まあ、「忘れられた子等」('49年/新東宝)や「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」('50年/東宝)に出ていた時はさらに若かったのだが)。
堀雄二については、私生活において前年に次のようなエピソードがあります。仕事で京都のある旅館に泊まっていた時、後に妻となるる甲斐はるみと偶々旅館が一緒で、堀のほうが先に仕事が終わり、その晩東京都に帰る時、「食事でもしましょう」と先斗町へ連れて行き、その時から親しくなったとのこと。本作との比較で面白い話ですが、当時堀には妻子がおり「女房と別れるから結婚してくれないか」とプロポーズしたというのは本作と大違い(笑)。
田中絹代演じる雪子は、堀雄二演じる石川との結婚
を夢見ますが、最初から"夢"で終わるのは見えていたのではないかな(それでも夢を見るのが女性というものなのか)。ましてや、香川京子演じる若い京子(満19歳で女給役を演じた)がライバルではかなわない(かえっ
て諦めがついたか)。京子が、石川が一晩同じ部屋にいて何もしなかったのでますます好きになるというのは、どうなんだろう(その結果、一晩で婚約を決める)。これって当時の女性の一般的な感覚なのだろうか。現代女性だったらどうだろうか―いろいろ気を揉んでしまいました。
「赤線地帯」

「赤線地帯 [DVD]」
売春防止法案が国会で審議されている頃、吉原の「夢の里」では娼婦たちがそれぞれの事情を負って生きていた。より江(町田博子)は普通の主婦に憧れている。ハナエ(木暮実千代)は病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えている。ゆめ子(三益愛子)は一人息子との同居を夢見ている。やすみ(若尾文子)は客を騙して金を貯め、仲間の娼婦に金貸しを行って更に貯金を増やしていた。不良娘のミッキー(京マチ子)も加わり「夢の里」は華やぐが、結婚したより江は夫婦生活が破綻する。ハナエの夫は将来を悲観して自殺未遂を起こす。ミッキーは自分を連れ戻しに来た父親を、女癖の悪さを責めて追い返す。ゆめ子は愛する息子に自分の仕事を否定されて発狂する。やすみは自分に貢ぐために横領した客に殺されかける。ラジオが法案の流産を伝え、行き場のない彼女たちは今日も勤めに出る。しかしやすみだけは倒産して夜逃げした元客の貸布団屋を買い取って女主人に納まった。退職したやすみに変わって、下働きのしず子(川上康子)が店に出る事になる。着物を換え、蠱惑的な化粧を施されるしず子。女たちがあからさまに男たちの袖を引く中、ためらいながら、しず子は男に誘いかける―(「赤線地帯」)。
溝口健二監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は若尾文子、三益愛子、町田博子、京マチ子、木暮実千代、川上康子など。
映画の一部が芝木好子の原作とされていて、実際タイトル隅に「洲崎の女」よりと出ますが(前述の通り、映画の舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられている)、これは芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』(川島雄三監督により映画化された表題作「洲崎パラダイス 赤信号」('56年/日活)が有名)の中で唯一、遊郭の中にいる人物を描いた作品。三益愛子演じる「ゆめ子」は(原作では「登代」)は、年増女であるため思うように客が付かず、さらに上京した息子に冷たくされて
発狂しますが、原作では最初から精神を少し病んでいて(それも客がつかない原因になっている)、息子のために働いてきたのにその息子に自分の仕事を非難され(これは映画と同じ)、かつて息
子を連れて空襲の中を逃げ回った記憶に囚われながら入水自殺します(映画よりさらに悲惨!)。このほかに、ミッキー(京マチ子)のような、享楽のために(?)特飲街に居続ける女性もいて、自分を連れ戻しに来た父親を、その女癖の悪さを責めて追い返しています。さらには、やすみ(若尾文子)のよう
に客に貢がせて、最後はその客を破綻させ、自分が代わって経営者になるといったヤリ手も。一方で、ハナエ(木暮実千代)のように、病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えるために特飲街で働く女性もいて、四者四様で、群像劇でありながら、この描き分けにおいて新旧の女性像が浮き彫りにされてた、優れた映画でした(やすみ・ミッキーが「新」、ゆめ子・ハナエが「旧」ということになるか)。実は、このやすみ・ミッキーに似たタイプの女性も短編集『洲崎パラダイス』にある作品に登場するので、おそらく溝口健二はそれらも参考にしたのではないかと思われます。
「秋立ちぬ」[Prime Video]


「秋立ちぬ」●制作年:1960年●監督・製作:成瀬巳喜男●脚本:笠原良三●撮影:安本淳●音楽:斎藤一郎●時間:80分●出演:大沢健三郎/一木双葉/乙羽信子/藤間紫/藤原釜足/夏木陽介/原知佐子/加東大介/河津清三郎/菅井きん●公開:1960/10●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★★☆)

「銀座化粧」●制作年:1951年●監督:成瀬巳喜男●製作:伊藤基彦●脚本:岸松雄●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●原作:井上友一郎●時間:87分●出演:田中絹代/西久保好汎/花井蘭子/小杉義男/東野英治郎/津路清子/香川京子/春山葉子/明美京子/落合富子/岡龍三/堀雄二/清川玉枝/柳永二郎/三島雅夫/竹中弘正/田中春男●公開:1951/04●配給:新東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★☆)

「ロビンソンの庭」●制作年:1987年●監督:山本政志●製作:浅井隆●脚本:山本政志/山崎幹夫●撮影:トム・ディッチロ/苧野昇●音楽:JAGATARA/吉川洋一郎/ハムザ・エル・ディン●時間:119分●出演:太田久美子/町田町蔵(町田康)/上野裕子/CHEEBO/坂本みつわ/OTO/ZABA/横山SAKEV/溝口洋/利重剛/室井滋/田トモロヲ/江戸アケミ●公開:1987/10●配給:レイライン●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(88-07-09)(評価:★★★☆)
「東京画」●制作年:1985年●製作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース●製作:クリス・ジーヴァニッヒ●撮影:エド・ラッハマン●音楽:ローリー・ペッチガンド●時間:93分●出演:ヴィム・ヴェンダース(ナレーション)/笠智衆/ヴェルナー・ヘルツォーク/厚田雄春●公開:1989/06●配給:フランス映画社(評価:★★★☆)
東京タワーで語るヴェルナー・ヘルツォーク(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 ('82年/西独))/ヴィム・ヴェンダース(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)、「PERFECT DAYS」 (23年/日・独))とヴェルナー・ヘルツォークのスナップ写真(映画ではヴェンダースはナレーションのみで姿は映らない)


「赤線地帯」●制作年:1956年●監督:溝口健二●製作:永田雅一●脚本:成澤昌茂●撮影:宮川一夫●音楽:黛敏郎●原作:芝木好子(一部)●時間:86分●出演:若尾文子/三益愛子/町田博子/京マチ子/木暮実千代/川上康子/進藤英太郎/沢村貞子/浦辺粂子/十朱久雄/加東大介/多々良純/田中春男●公開:1956/03●配給:大映●最初に観た場所:国立映画アーカイブ(24-05-26(評価:★★★★☆)
前列左より京マチ子、溝口健二監督、後列左より町田博子、宮川一夫、若尾文子、木暮実千代、三益愛子


京マチ子

「進藤英太郎映画祭」中野武蔵野ホール

《読書MEMO》
●目次
第1章 東京の顔--映画監督と東京
第2章 江戸から東京へ--時代と東京
第3章 山の手と下町--東京の都市構造と性格
第4章 盛り場の変遷--浅草・銀座・新宿
第5章 アジア的大都市TOKYO--外国映画の中の東京
第6章 映画の東京名所
第7章 出会いと感激の都--私と映画と東京と


芸者上りの倉橋きん(杉村春子)は言葉の不自由な女中・静子(鏑木ハルナ)と二人暮し。今は色恋より金が第一で、金を貸したり土地の売買をしていた。昔の芸者仲間たまえ(細川ちか子)、とみ(望月優子)、のぶ(沢村貞子)の三人も近所で貧しい生活をしているが、きんはたまえやのぶにも金を貸して喧しく利子を取り立てた。若い頃きんと無利心中までしようとした関(見明凡太郎)が会いたがっていることを呑み屋をやっているのぶから聞いても、きんは何の感情も湧かない。しかし、かつて燃えるような恋をした田部(上原謙)から会いたいと手紙を受けると、
彼女は懸命に化粧して待つ。だが田部が実は金を借りに来たのだと分かると、きんはすぐに冷い態度になり、今まで持っていた彼の写真も焼き捨てる。たまえはホテルの女中をしているが、その息子・清(小泉博)は、お妾をし
ている栄子(坪内美子)から小遭いを貰っている。息子が手に届かない所にいる気がして、たまえは母親としては悲しかった。雑役婦のとみには幸子(有馬稲子)という娘がいて、雀荘で働いていたが、店へ来る中年の男と結婚することを勝手に決めていた。無視されたとみは、羽織を売った金でのぶの店へ行き酔い潰れる。北海道に就職した清は、栄子と一夜別れの酒を飲み、幸子はとみの留守に荷物を纏め、さっさと新婚旅行に出かけた。子供たちは母親のもとを離れたが、清を上野駅へ見送った後のたまえととみは、子供を育てた喜びに生甲斐を覚えるのだった。一方のきんは、のぶから関が金の事で警察へ引かれたと聞いても、私は知らないと冷たく言い捨てて、不動産の板谷(加東大介)と購買予定の土地を見に出掛ける―。
もともとは別の話だったのを、3人ともかつて芸者仲間だったという設定にし、原作には無いキャラクターの呑み屋を営んでいるのぶ(沢村貞子)が、これもまたかつての芸者仲間という設定で、扇の要のように3人を繋いでいます。それが極めて自然で、まさに脚本の妙と言えます。
金満家への道を突き進むきんと、貧乏を嘆くたまえ、のぶの二人を対立構造的に描いていて、しかも後者の二人は共に子どもの問題も抱えています。それが、金の亡者と思われたきんは、昔の恋人に会えるとなると夢心地の気分になり、ところが実際にその彼に会ってみて幻滅、恋人の写真を焼いて過去と決別します(上原謙は「
林芙美子は1949年から1951年に掛けて9本の中長編を並行して新聞・雑誌に連載しており、私用や講演や取材の旅も繁くして、1951(昭和26)年6月27日の夜分、「主婦の友」の連載記事のため料亭を2軒回ったところ、帰宅後に苦しみ出し、翌28日払暁、心臓麻痺で急逝しています(新聞連載中の「
「晩菊」●英題:LATE CHRYSANTHEMUMS●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:97分●出演:杉村春子/沢村貞子/細川ちか子/望月優子/上原謙/小泉博/有馬稲子/見明凡太郎/沢村宗之助/加東大介/鏑木ハルナ/坪内美子/出雲八枝子/馬野都留子●公開:1954/06●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-05-02)(評価:★★★★☆)




戦時中の1943年、農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)へ渡ったゆき子(高峰秀子)は、同地で農林省技師の富岡(森雅之)に会う。当初は富岡に否定的な感情を抱いていたゆき子だが、やがて富岡に妻が居ることを知りつつ2人は関係を結ぶ。終戦を迎え、妻・邦子(中北千枝子)との離婚を宣言して富岡は先に帰国する。後を追って東京の富岡の家を訪れるゆき子だが、富岡は妻とは別れていなかった。失意のゆき子は富岡と別れ、米兵ジョー(ロイ・ジェームス)の情婦になる。そんなゆき子と再会した富岡はゆき子を詰り、ゆき子も富岡を責
めるが結局2人はよりを戻す。終戦後の混乱した経済状況で富岡は仕事が上手くいかず、米兵と別れたゆき子を連
れて伊香保温泉へ旅行に行く。当地の「ボルネオ」という飲み屋の主人・清吉(加東大介)と富岡は意気投合し、2人は店に泊めてもらう。清吉には年下の女房おせい(岡田茉莉子)がおり、彼女に魅せられた富岡はおせいとも関係を結ぶ。ゆき子はその関係に気づき、2人は伊香保を去る。妊娠が判明したゆき子は再び富岡を
訪ねるが、彼はおせいと同棲していた。ゆき子はかつて貞操を犯された義兄の伊庭杉夫(山形勲)に借金をして中絶する。術後の入院中、ゆき子は新聞報道で清吉がおせいを絞殺した事件を知る。ゆき子は新興宗教の教祖になって金回りが良くなった伊庭を訪れ、養われることになる。そんなゆき子の元へ落魄の富岡が現れ、邦子が病死したことを告げる。富岡は新任地の屋久島へ行くことになり、身体の不調を感じていたゆき子も同行するが―。
成瀬巳喜男監督の1955年作品で、同年のキネマ旬報ベストテン第1位、監督賞、主演女優賞(高峰秀子)、主演男優賞受賞作品(森雅之)。「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞も受賞。『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫)で第5位、キネ旬発表の1999年の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」で第2位、2009年版(キネ旬創刊90周年記念)」でも第3位に入っています。
しかし、なぜ主人公のゆき子は、富岡みたいな優柔不断なくせに女には手が早いクズ男をいつまでも追いかけまわすのか、これが映画を観ていても原作を読んでいても常について回る疑問でした。だだ、この点について訊かれた水木洋子は、彼女が別れられないのは「身体の相性が良かったからに決まっているじゃない」といった類の発言をしている
そうです。そう思って映画を観ると、あるいは原作を読むと、映画にも原作にもそうしたことは全く描かれていないのですが、にもかかわらず何となく腑に落ちて、これって所謂"女の性(さが)"っていうやつなのかなあと。
当初主演を依頼された高峰秀子は「こんな大恋愛映画は自分には出来ない」と考え、自分の拙さを伝えるために台本を全て読み上げたテープを成瀬らに送ったが、それが気合いの表れと受け取られ、ますます強く依頼される羽目になったとのことです(潜在的には演じてみたい気持ちがあったのでは)。

「浮雲」●制作年:1955年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:124分●出演:高峰秀子/森雅之(大映)/岡田茉莉子/山形勲/中北千枝
子/加東大介/木匠マユリ/千石規子(東映)/村上冬樹/大川平八郎/金子信雄/ロイ・ジェームス/林幹/谷晃/恩田清二郎/森啓子/馬野都留子/音羽久米子/出雲八重子/瀬良明/堤康久/
木村貞子/桜井巨郎/佐田豊●公開:1955/01●
配給:東宝●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(21-04-13)(評価:★★★★☆)

元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討
ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源
右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興
の嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・
小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗
って、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさ
ず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采
配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵
助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「
それぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛
に二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ(このことが伝説的虚構性を重視しているということになるのか)、先に挙げた内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「
を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(演じるのは志村喬)のエピソード(これも「赤穂義士銘々伝」のうちの一話になっている)などは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

「婦人画報」'64年1月号(表紙:山本富士子)
滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)



「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千
太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子/淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山
千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)


江戸築地明石町の伊三郎(高山徳右衛門)一家は、真の任侠道に生きることを信条としていた。一方、任侠道の裏を行く新興の但馬屋の仁右衛門(荒木忍)は、悪徳商人の丸谷惣平(大国一広)と組んで明石町の長屋を立ち退かせ、そこに歓楽街を作って、伊三郎一家を蹴落そうとしていた。伊三郎一家の三ン下の政吉(片岡千恵蔵)は、長屋で母おかね(二葉かほる)と二人暮しで、隣家の浪人小磯文之進(長浜藤夫)の娘お雪(琴糸路)とは相思の仲だった。政吉の兄貴分の弥吉(原聖三郎)が但馬屋一家の企みを知り、密かに但馬屋一家へ掛け合いに行くが、やがて水死体となって大川に浮かぶ。憤怒した政吉は単身但馬屋に乗り込むが、子供扱いされ追い返される。悔しさを伊三郎に訴える政吉を、親分は「何も恥じるこたねえ。おめいにはまだ貫禄が足りねいのだ」と諭し、「修行して立派な男になって帰って来い」と励まし旅に出す。そして3年、世は明治となり、但馬屋一家は官権溜池の御前(大井正夫)を黒幕に勢力を広げていた。御前は芸妓雪松に懸想し、仁右衛門が口説き役に廻ったが雪松はうんと言わない。雪松こそ病に伏す父のため芸妓になったお雪だった。そんな折政吉が旅から帰って来て、強引に立ち退き工作を進める但馬屋一家の横暴を知った政吉は但馬屋一家に乗り込むが、そこに大親分鮫洲の卯之助(小川隆)の仲裁が入り、事は納ったかにみえた。しかし、但馬屋一家は卯之助を謀って仲裁を無効にし、大挙して伊三郎一家を襲撃、親分にもケガを負わせる。今まさにお雪と祝儀を挙げたばかりの政吉は、これを知って単身但馬屋一家へ乗り込み、遂に仁右衛門を叩き斬る。そんな政吉に旅に出ることを勧める親分に対し、政吉は新時代に生きる人間になりたいと言い自首しに行く―。
太平洋戦争が始まってちょうど丸1年経った頃の1942(昭和17)年12月11日公開の八尋不二のオリジナル脚本、森一生監督作で、1962(昭和37)年に同じく八尋不二のオリジナル脚本、森一生監督により勝新太郎、小山明子主演でリメイクされています。
例えば、上記シリーズの中で最も早く作られたマキノ雅弘監督の「日本侠客伝」('64年/東映)も、深川木場の材木を運び出す運送業者の木場政組と親興の沖山運送の対立が背景にあって、新興やくざの非道に対して、昔気質の一家がじっと忍耐した末に斬り込みに行くというストーリーはよく似ているし、旅に出ていた片岡千恵蔵・政吉が戻って来て一家の危機を救うという構図は、出征先から戻って来た高倉健・長吉が一家を救うのと同じです(この映画でも高倉健は最後着物をはだけて上半身裸になるが、長吉は軍人上がりで躰に入れ墨はない)。
一方、「日本侠客伝」における狭い意味での"侠客"は、中村錦之助演じる一家の"客人"清治でしょう(当初は中村錦之助が主演予定だったが、中村錦之助のスケジュールがつかず、高倉健を主演にした脚本に変更された)。清治は、世話になった親分への義理のために覚悟して死地へ向かいますが、その女・三
田佳子演じるお咲には彼が何を考えているか分かっていて、こちらもそれを制止することなく最後の杯を交わして男を送り出します。一方の高倉健・長吉は、清治の遺体を見て意を決し、まさかそんなことになるとは思ってもいない恋仲の富司純子・お文には黙って何も告げず、敵方へ斬り込みに向かいます。ここでの富司純子は、「緋牡丹博徒」(シリーズ1968-1972、全8作)が始まる前の"お穣さん"的な役柄ですから、「三代の盃」で琴糸路・お雪に対応する役は(お雪も武家の娘でお嬢さんではあるが)、その精神性においては富司純子のお文よりむしろ三田佳子のお咲であるとも言えます。
「三代の盃」の片岡千恵蔵は、三ン下の頃は江戸時代で髷であるのが、旅から戻って来た時は明治で散切りですが、三ン下の頃からすでに貫禄が隠し切れず、やや窮屈そうな演技でしょうか(「
尚、片岡千恵蔵版で政吉が旅に出てからの年月の経過を表すために、旅芸人一座が街道を行くシーンとその一座の久保幸江(1924-2010/享年86)の歌が流れますが、久保幸江のデビューは1948年であり、これは戦後に久保幸江を特別出演させてフィルムを改修したものだそうです。やはり、そうしたシーンで入れて時間的経過を表す間を持たせないと、場面が切り替わって髷から散切りになっただけでいきなりすぐに迫力が増すというのは、当時としても観ていてやや唐突な印象があったのではないかという気がします。
「三代の盃(花嫁一本刀)」●制作年:1942年●監督:森一生●脚本:八尋不二●撮影:松村禎三●音楽:西梧郎●時間:67分●出演:片岡千恵蔵/琴糸路/高山徳右衛門/林寛/荒木忍/近松里子/長浜藤夫/原聖四郎/小川隆/大井正夫/香
住佐代子/二葉かほる/梅村蓉子/ 仁札功太郎/岬弦太郎/川崎猛夫/石川秀道/大国一公/水野浩/横山文彦 /久保幸江●公開:1942/12●配給:大映(京都撮影所)(評価:★★★☆)
「日本侠客伝」●制作年:1964年●監督:マキノ雅弘●脚本:笠原和夫/
野上龍雄/村尾昭●撮影:三木滋人●音楽:斎藤一郎●時間:98分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/高倉健/大木実/松方弘樹/田村高廣/長門裕之/藤間紫/富司純子/南田洋子/三田佳子/伊井友三郎/ミヤコ蝶々/津川雅彦/島田
景一郎/五十嵐義弘/南都雄二/徳大寺伸/加藤浩/佐々木松之丞/島田秀雄/堀広太郎/那須伸太朗/大城泰/安部徹/天津敏/品川隆二/国一太郎/佐藤晟也/大井潤/月形哲之介/大前均/楠本健二/有馬宏治/内田朝雄●公開:1964/08●配給:東映(評価:★★★☆) 




会社勤務の佐竹茂吉(佐分利信)は長野出身で質素な生活を好む。妻の妙子(木暮実千代)とはお見合い結婚だが、上流階級出身の妙子にとって夫の質素さが野暮にしか見えず、学生時代の友人たちである雨宮アヤ(淡島千景)、黒田高子(上原葉子)、姪っ子の山内節子(津島恵子)らと遊び歩いて憂さをはらしている。茂吉はそんな妻の気持ちを知りながらも、あえて触れないようにしていた。ところが、節子がお見合いの席から逃げ出したことをきっかけに、茂吉と妙子が衝突する。妙子は口をきかなくなり、あげくのはてに黙って神戸の友人のもとへ出かけてしまう。一方の茂吉はウルグアイでの海外勤務が決まって羽田から出発するが、それを聞いても妙子は帰ってこない。茂吉が発った後、家に帰ってきた妙子にさすがの友人たちも厳しい態度をとる。平然を装う妙子だったが、茂吉の不在という現実に内心は激しく動揺していた。そこへ突如茂吉が夜中になって帰ってくる、飛行機のエンジントラブルだという。喜ぶ妙子に茂吉はお茶漬けを食べたいという。二人で台所に立って準備をし、お茶漬けを食べる二人。お互いに心のうちを吐露し、二人は和解する。夫婦とはお茶漬なのだと妙子を諭す茂吉。妙子は初めて夫のありがたさ、結婚生活のすばらしさに気づく。一方、お見合いを断った節子は若い岡田登(鶴田浩二)にひかれていくのだった―(「Wikipedia」より)。
1952(昭和27)年公開の小津安二郎監督作で、野田高梧、 小津安二郎のオリジナル脚本ですが、小津が1939年に中国戦線から復員したあとの復帰第一作として撮るつもりだったのが「有閑マダム連がいて、亭主をほったからしにして遊びまわっている」という内容が内務省の検閲に引っ掛かってお蔵入りになっていたのを、戦後に再度引っ張り出して改稿したものであり、その際に、主人公夫婦がよりを戻す契機となったのが夫の戦争への応召であったのを、ウルグアイのモンテビデオ赴任に変えるなどしています。
木暮実千代の演技の評価が高い作品ですが、茂吉を演じた佐分利信もいい感じではないでしょうか。奥さんの言いなりになっているようで、実は全て分かった上での行動や態度という感じで、最後の和解のシーンも良かったです。その後、木暮実千代演じる妙子が雨宮アヤ(淡島千景)ら女友達に夫婦和解の様子を伝え、妙子自身大泣きした一方で、茂吉の方も「わかっている」と言って目に涙を溜めて泣いたと夫婦2人で泣いたような話をしますが、この辺りは妙子が話を作っているのではないかなあ(彼女の性格上、自分だけが泣いたことにはしたくなかったのでは)。
個人的には、この打ち明け話のシーンが無く、そのまま節子(津島恵子)と岡田(鶴田浩二)が連れだって歩くシーンで終わっても良かったようにも思いましたが、この"のろけ話"ともとれる話を節子が実質2度も聞かされるところが軽くコメディなのだろなあ。妙子から"旦那さんの選び方"の講釈を受けた上で(そうなったのは偶々なのだが)、ラストの岡田と連れだって歩くシーンに繋がっていきます。
女性3人でのプロ野球観戦(後楽園球場でのパ・リーグ試合でバッターボックスには毎日オリオンズの別当薫が。後楽園球場は当時、毎日オリオンズなど5球団の本拠地だった)や、競輪観戦(後楽園競輪場。1972年に美濃部亮吉都知事の公営ギャンブル廃止策により休止)、パ
チンコなど(パチンコは当時立ったまま打つものであり、「
競輪レースの模
様を"執拗に"撮っているのが興味深い。「
その後、パチンコに夢中で帰りの遅くなった岡田(鶴田浩二)と節子(津島恵子)がラーメン屋のカウンターで並んで
ラーメンを食べる場面は、夫婦でお茶漬けを食べるメインストーリーの方のラストの伏線と言えなくもありません。男女が並んでラーメンを食べる場面は後の「
木暮実千代の他、淡島千景、上原葉子(上原謙の妻)、津島恵子らの演技も楽しめるし、ちょい役ながら当時19歳の北原三枝(後の石原裕次郎夫人)もバーの女給役で出ていて、鶴田浩二や笠智衆らの演技も同様に楽しめます。でも、やはり、真ん中にいる佐分利信が安心して見ていられるというのが大きいかも。何のことはないストーリーですが、観終わった後の印象はそう悪くはない作品でした。


楽幸嗣/志賀直津子/石川欣一/上原葉子/北原三枝●公開:1952/10●配給:松竹●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(90-08-19)(評価:★★★☆)併映:「東京の合唱(コーラス)」(小津安二郎)「

建設会社秘書課長・真山十吉(上原謙)は、水力発電ダム工事に賭ける情熱を恋人・尾崎嘉代子(木暮実千代)に熱く語る。しかし後日、社長から娘への縁談を持ちかけられた十吉は、嘉代子を裏切って社長令嬢と結婚してしまう。傷心の嘉代子は、親切ごかしに近付いてきた真山の同僚・平原(水原浩一)と結婚する。数年が過ぎ、十吉は建設会社の社長になっていた。妻は病気ですでに他界しており、妻の妹・辰美(新宮信子)が義兄にほのかな恋心を抱いていた。そんな真山の邸にある日一人の女性が訪れ、真山は驚愕する。かつて別れた嘉代子だったからだ。しかし、その女性は、自分は嘉代子ではなく、妹の伊都子(木暮実千代・二役)であり、姉は心臓病で他界したと言う。驚きながらも、いつしか真山は伊都子を恋するようになり、二人は結婚して真山邸に住むようになるが、真山家の母親と辰美にはそれが面白くない。やがて、平原が新妻の伊都子と出会うが、伊都子は平原を忌み嫌う。一方の平原は、伊都子が実は自分の元妻・嘉代子であると疑う。そして辰美も伊都子の正体を疑い始める。そんな中、平原が謎の死を遂げ、担当の落合刑事(船越英二)は伊都子に嫌疑をかける―。
物語は、最初の方は矢鱈テンポがよくて、十吉が嘉代子と別れて"逆玉婚"したと思ったら妻が亡くなり、それでも社長の地位にいて、義妹の辰美からは慕われているものの彼の方はつれない―そこへ嘉代子そっくりの、その妹・伊都子を名乗る女性が現れる、という状況まであっという間にきてしまいます。


信子/瀧花久子/水原洋一/宮崎準之助/船越英二/千明みゆき/上代勇吉●公開:1948/06●配給:大映(評価:★★★) 木暮実千代 in「




東京に住む宗方節子(田中絹代)は、京都の大学教授・内田(斉藤達雄)を訪ねた際、父・忠親(笠智衆)はガンであと1年か半年の余命だと知らされる。節子の妹・満里子(高峰秀子)も父を訪ね、父の旧知の田代
宏(上原謙)と出会う。後日、満里子は神戸で家具屋を営む宏を訪ね、姉の日記を盗み読みしたため、姉がかつて宏と交際していたのを知っていると言うが、宏は笑って聞き流す。節子の夫・三村亮助(山村聰)は失業中で仕事が見つからず、同居の義妹・満里子とソリが合わない。満里子は日記を読んだことを姉にも白状し、なぜ宏と結婚しなかったのか訊ねる。節子は「当時は、あの人のことが好きかどうか分らなかった。そのうちにあの人はフランスへ行ってしまったの」と淡々と答える。節
子は生計のためバー「アカシア」を経営しているが、「アカシア」に訪ねてきた宏にバーの経営が苦しいことを打ち明けると、宏は「僕に任
せてください」と言う。ある日、節子が満里子へ帰りの遅いことを注意すると「この家は陰気臭い」と日頃の鬱憤を吐き出す。節子は「結婚とは良いことばかりではない」と諭すが、満里子は「姉さんは古い」と言って立ち去る。後日、満里子は神戸の宏宅に行き、何故姉と一緒にならなかったか問いただすと、宏は「節子さんを幸せにする自信がなかった」と答える。満里子は宏に「満里子と結婚してくれない」と切り出し立ち去る。節子の家では、亮助が節子にバーの資金の事を訊き、「宏から借りたのか。俺には知られたくなかったのか。宏とはちょくちょく会っているのか」と問い詰める。節子は誤解だと答えるが、亮助は二階に上がってしまい、節子が追いかけて店は辞めるというと「好きなようにしろ」と冷たく言う。満里子は東京に来た宏の旅館を訪ね、「結婚してくれ」というのは本気の部分もあるが冗談だったと言い訳し、節子がバーを辞めようとしているので会ってほしいと頼む。満里子が「アカシア」で客待ちしていると亮助が来て、「明日で店は終わりよ」と言うと亮助は「知らんよ」と答える。満里子が「勝手すぎる」と言うと「酒を飲んでふらふらしているのも捨てがたい」と言い壁にコップを投げつける。数日後、亮助は節子へ「俺達は別れたほうがい
いのか」と切り出し、「何故」と問う節子へ「お前が一番知ってることだ」と口調を荒げて節子を叩く。そのことで節子は亮助と別れる決心をし、宏の居る旅館を訪ねるが、亮助も後から旅館に来て、「仕事が見つかった。ダム建設の仕事だ。喜んでくれ」と話し、祝杯だと言って立ち去ってしまう。その夜雨でずぶぬれになった亮助は、帰宅後心臓麻痺で死んでしまう。宏と会った節子は「亮助は普通の死ではない。そんな暗い影を背負って貴方の所へ行けない」と言い残して宏と別れ、満里子に対しても「自分に嘘をつかないことが、一番いいと思っている」と言い京都御所から山を見上げながら二人で帰宅する―。
1950(昭25)年8月公開で、小津安二郎にとっては初めて松竹を離れて撮った作品。原作は大佛次郎の同名小説で、古風な姉(田中絹代)と進歩的な妹(高峰秀子)が対比的に描かれている点はよく知られていますが、背景として、死期を悟っている父(笠智衆)がいて、病弱であるのに酒浸りの姉の夫(山村聰)と洋行帰りの姉の元恋人(上原謙)がいて、更にはその恋人に思いを寄せる未亡人(高杉早苗)がいてと、結構複雑な人間関係でした。
一番はじけていたのは妹・宗方満里子を演じた高峰秀子(当時26歳)でしょうか(これはちょっとはじけ過ぎ)。子役時代に「
出演で、やはりこの人は成瀬巳喜男監督の方が相性いいのかと思ったりもしました。但し、『わたしの渡世日記』(朝日新聞社)によれば、あのコミカル過剰な演技の背景では、「瞬きの数まで指導されたばかりか、事あるごとにペロっと舌を出す演技を要求され、その舌の出し方まで厳しく演技指導を受けた」とのことです(個人的には、後年の「秋日和」('60年)の岡田茉莉子のはじけ方の方が自然だったと思う)。
ただ、その『わたしの渡世日記』によると、この作品で小津安二郎監督から最も多くダメ出しされたのは田中絹代(当時40歳)だったそうで、この頃の彼女は、例の日米親善使節として渡米した際に、出発時は小袖姿だったのが、帰国時はドレスと毛皮のコートで報道陣に「ハロー」と言い、銀座のパレードで投げ
キッスを連発したことでメディアから「アメリカかぶれ」とのバッシングを受け、自殺まで考えていた時期だったとのこと(ロケバスで隣に座った高峰秀子に死にたいと漏らしたそうな)。その割にはしっかり演技している印象ですが、彼女が演じた姉・宗方節子というのが、個人的には最後まで理解しにくかったような...。ある意味、ストイック過ぎて、2人の男を傷つけているようにも感じました。ラストは究極の"忍ぶ恋"か(彼女がそういう時期だったから小津安二郎がわざわざ意図的に古風な女性の役をあてがったとも思えないが)。
上原謙の田代宏に思いを寄せる未亡人・真下頼子を演じた高杉早苗(1918年生まれ)は「スーパー歌舞伎」の生みの親・二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)の"生みの親"で(香川照之は息子の三代目猿之助と浜木綿子の間にできた孫にあたる)、梨園に入って一度引退した後の出演です。女優復帰は、戦後すぐ疎開先から東京への転居費用等で借金がかさんだことからで、但し、梨園の妻としての行動に支障が出ない範囲ならという条件付きだったとのことです。引退前では、清水宏監督の「
脇役では、松竹映画ではなく新東宝映画であるということもあって、飲み屋の給仕役で黒澤映画の常連である千石規子(1922年生まれ)が
出ていているのが小津作品としては珍しく、節子が経営するバー「アカシア」の従業員で、元特高隊員で今はギャンブルにうつつを抜かしている前島五郎七を演じた堀雄二(1922年生まれ)の演技も良かったです(この作品の前年の稲垣浩監督の「
一人一人の役者を見ていくと結構興味深い作品。小津作品独自のカメラワークも「晩春」('49年)の翌年、「麦秋」('51年)の前年、「東京物語」('53年)の3年前ということで、ほぼ完成されていると言っていいのではないでしょうか。ただ、ストーリー的には、今の時代の人が観れば、「ラスト、これでいいのか」と思う人も結構多いように思います。穿った見方をすれば、誰かが死ぬことでハッピーエンドになるというのは、"倫理観"的にと言うより、"美学"的に映画にそぐわないということなのかも。
「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」●制作年:1950年●監督:小津安二郎●製作:児井英生郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:小原譲治●音楽:斎藤一郎●原作:大仏次郎「宗方姉妹」●時間:112分●出演:田中絹代/高峰秀子/上原謙/山村聡/高杉早苗/堀雄二/藤原釜足/河村黎吉/千石規子/一の宮あつ子/堀越節子/坪内美子/斎藤達雄/笠智衆●公開:1950/08●配給:新東宝(評価:★★★☆)




この「パレットナイフの殺人」は、そうしたブームの先鞭となった作品の1つで、興行的にはそれなりに成功を収めたものですが、物語には原作のヤマ場である"心理テスト"だけを使用し、事件そのものは高岩肇によるオリジナルで、そもそも何よりも原作と異なるのは、「明智小五郎」が出てこず、代わりに宇佐美淳演じる「川野警部」が事件を解決する点です。
宇佐美淳に「明智小五郎」を名乗らせなかったのは、久松静児は戦前からこの「川野警部」を主人公とした犯罪映画シリーズを何本か撮っており、また大映側にも彼をスターダムに押し上げようという意向があったためのようです(戦後の映画復興期に作品が乱造され、原作にいちいち頓着しない映画界のムードのようなものもあったようだ)。宇佐美淳は翌年、小津安二郎監督の「
原作と別物になってしまったことに加え、「明智小五郎」も登場しないこの作品に対する原作者・江戸川乱歩の評価が気になりますが、横溝正史宛ての手紙で「『パレットナイフ』は本当の意味ではつまらない作ですが、殺し場と心理試験だけに重点をおいたので、変わったものにはなっています。監督・俳優ともに駄目だけれど」(昭和21年10月22日)と書いており、辛口批評の背景には、改変に対する不満も滲んでいるように思います。
脇役にも西條秀子(真田数枝 役)など当時美人女優と言われた人を配しているけれど、この人も含め、全体に演技陣の力不足は否めないのも確か。
「パレットナイフの殺人」●制作年:1946年●製作:大映(東京撮影所)●監督:久松静児●脚本:.高岩肇●撮影:高橋通夫●音楽:斎藤一郎●原作:江戸川乱歩●時間:71分(76分)●出演:宇佐美淳(宇佐美淳也)/植村謙二郎/小柴幹治(三条雅也)/小牧由紀子/松山金嶺/平井岐代子/西條秀子/若原初子/須藤恒子/上代勇吉/花布辰男/桂木輝夫●公開:1946/10●配給:大映(評価:★★★) 


大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。
31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。
この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。
有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。
その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。
岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。
また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で
それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。
杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940
年、豊田四郎監督の「小島の春」に出演した杉村春子の演技にショックを受けて演技開眼したという。杉村春
子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。
「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
「
督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代/山田五十鈴/高峰秀子/杉村春子/岡
田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介/宮口精二/仲
谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)






1954(昭和29)年・第7回「野間文芸賞」受賞作。
『山の音』は、「改造文芸」の1949(昭和24)年9月号に「山の音」として掲載したのを皮切りに、「群像」「新潮」「世界春秋」などに「雲の炎」「栗の実」「島の夢」「冬桜」「朝の水」「夜の声」「春の鐘」などといった題名で書き継がれて、1954年に完結、同年4月に単行本『山の音』として筑摩書房から刊行されたもので、作家の50歳から55歳にかけて
の作品ということになりますが、山本健吉の文庫解説によれば、「川端氏の傑作であるばかりでなく、戦後日本文学の最高峰に位するものである」と。三島由紀夫も、『山の音』を川端作品のベストスリーの首位に挙げることを当然とし、中村光夫は、主人公の変遷の観点から、『伊豆の踊子』、『雪国』がそれぞれ作者の「青春の象徴」、「中年の代表」をしているとすれば、『山の音』には、「川端康成の老年の姿」が描かれているとしています。
この作品は映画化されていて('54年/東宝)、個人的にはCS放送であまり集中できない環境でしか観ていないので十分な評価は出来ないのですが(一応星3つ半)、監督は小津安二郎ではなく成瀬巳喜男ということもあり、それなりにどろっとしていました(小津安二郎の作品も実はどろっとしているのだという見方もあるが)。
62歳の信吾を演じた山村聰(1910‐2000)は当時44歳ですから、「東京物語」の笠智衆(当時49歳)以上の老け役。息子・修一役の上原謙(1909‐1991)が当時45歳ですから、実年齢では息子役の上原謙の方が1つ上です。
そのためもあってか、原節子(1920‐2015)演じる菊子が舅と仲が良すぎるのを嫉妬して修一が浮気に奔り、また、菊子を苛めているともとれるような、それで、ますます信吾が菊子を不憫に思うようになる...という作りになっているように思いました(菊子が中絶しなければ、夫婦関係の流れは変わった
この作家は、こうした家族物はお

「山の音」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:小林一三●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斉藤一郎●原作:川端康成「山の音」●時間:94分●出演:原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄/北川町子/斎藤史子/馬野都留代●公開:1954/01●配給:東宝●評価:★★★☆ 

"映画化率・ドラマ化率"の高い短編集。映像と比べるのも面白い。
















こちらも、原作の後日譚を膨らませ、映画オリジナルの話が付け加わっています。「寒流」の映画化作品('61年映画化・鈴木英夫監督「黒い画集 第二話 寒流」)は池部良と新珠三千代の共演で、銀行員である主人公(池部良)が仕事上のきっかけで美人女将(新珠三千代)と知り合い、いい関係になったまではともかく、そこに主人公の上司である好色の常務(平田昭彦)が割り込んできて、主人公の仕事人生をも狂わせてしまうというものですが、主人公は原作と異なって、踏んだり蹴ったりの散々な目に遭うだけ遭って、ただそれだけで終わってしまう結末になっています。
「寒流」の原作でも主人公は踏んだり蹴ったりの目に遭いますが、ラストで主人公を陥れた常務に対して主人公が逆転劇を演じるのに対し、映画ではその逆転劇が企図されたこと(結局うまくいかない)の続きがあって、そこから二転三転して最終的には主人公が更なる絶望的な状況
ではという気もします。銀行本店には昭和27年までGHQが総司令部を置いていた旧第一生命ビルが使われていて、いかにも大銀行の本店という感じがします。池部良演じる銀行員は原作
以上に真面目そうに描かれていて、新珠三千代演じる女将に対しても最初は銀行員らしくかなり慎重に接しています。2人に割って入る平田明彦演じる常務のほかに、その常務の行内でのライバルの副頭取に中村伸郎、主人公が常務と女将の密偵を依頼する探偵社の男に宮口精二、味方かと思ったらとんでもない食わせ者だった総会屋に志村喬、常務が自分を陥れようとする主人公を脅すため差し向けたヤクザの親分に丹波哲郎―、探偵に宮口精二といった配役も楽しめました。


上記のように「寒流」は映画だけでなく何度かテレビドラマ化もされていますが、同じく「証言」も何度かテレビドラマ化されていて、'84年にはテレビ朝日の「土曜ワイド劇場」で柳生博主演で、'94年にはTBSの「月曜ドラマスペシャル」で渡瀬恒彦主演でドラマ化されており、'92年の渡瀬恒彦版の方を観ました。渡瀬恒彦は刑事ドラマにおける犯人を追いつめる「刑事」役のイメージが強いですが、こうしたドラマの追いつめられる側の「犯人」役をやらせてもうまいと思いました(その後、2020年にNHKで「黒い画集~証言~」として再度ドラマ化され、谷原章介演じる主人公の浮気相手が男性に改変されていた)。

が必ずあるように思う。'78年のNHK「土曜ドラマ」版(大谷直子、佐藤慶主演)はどうだったか知らないが)。映画では、刑事の尋問中にハナがトイレに行かせてもらえず失禁するシーンを、田中裕子が仕掛け無しでやることを自らの申し出たという逸話が知られており(実際にはやっていないと思うが)、それまで三村晴彦監督は田中裕子と演技面で意見が合わず対立していたのが、その申し出に田中裕子のプロの気概を感じて、そこから彼女の演技に全幅の信頼を寄せるようになったそうです。田中裕子はこの作品でモントリオール世界映画祭主演女優賞を受賞しています。
更に、'98 年の田中美佐子主演のNHKテレビ版では、少年(二宮和也)が大人(長塚京三)になってから大塚ハナと再会




「紐」は過去に、酒井和歌子、浅丘ルリ子、名取裕子などの主演でドラマ化されていますが、昨年['05年]テレビ東京で余貴美子主演のものが放映されました。絞殺死体を巡って保険金殺人の疑いがあるものの、容疑者には完璧なアリバイがあるという話で、「サスペンス劇場」とか「愛と女のミステリー」で今も清張作品をとりあげているというのは、「清張」というネームバリューだけでなく、面白さに時代を超えた普遍性があるということだと思います。

![黒い画集 坂道の家 [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%BB%92%E3%81%84%E7%94%BB%E9%9B%86%20%E5%9D%82%E9%81%93%E3%81%AE%E5%AE%B6%20%5BVHS%5D.jpg)






「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(映画)●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●
撮影:中井朝一●原作:松本清張
「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原佐和子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)

「黒い画集 ある遭難」(映画)●制作年:1961年●監督:杉江敏男●製作:永島一朗●脚本:石井輝男●撮影:黒田徳三●音楽:神津
善行●原作:松本清志「遭難」●時間:87分●出演:伊藤久哉/和田孝/児玉清/香川京子/土屋嘉男/松下砂稚子/天津敏/那智恵美子/塚田美子●公開:1961/06●配給:東宝(評価:★★★☆) 
「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良(沖野一郎)/荒木道子(沖野淳子)/吉岡恵子(沖野美佐子)/多田道男(沖野明
)/新珠三千代(前川奈美)/平田昭彦(桑山英己常務)/小川虎之助(安井銀行頭取)/中村伸郎(小西副頭取)/小栗一也(田島宇都宮支店長)/松本染升(渡辺重役)/宮口精二(伊牟田博助・探偵)/志村喬(福光喜太郎・総会屋)/北川町子(喜太郎の情婦)/丹波哲郎(山本甚造)/田島義文(久保田謙治)/中山豊(榎本正吉)/広瀬正一(鍛冶久一)/梅野公子(女中頭・お時)/池
田正二(宇都宮支店次長)/宇野
晃司(山崎池袋支店長代理)/西条康彦(探偵社事務員)/堤康久(比良野の板前)/加代キミ子(桑山の情婦A)/飛鳥みさ子(桑山の情婦B)/上村幸之(本店行員A)/浜村純(医師)/西條竜介(組幹部A)/坂本晴哉(桜井忠助)/岡部正(パトカーの警官)/草川直也(本店行員B)/大前亘(宇都宮支店行員A)/由起卓也(比良野の従業員)/山田圭介(銀行重役A)/吉頂寺晃(銀行重役B)/伊藤実(比良野の得意先)/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄(宇都宮支店行員B)/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)
「松本清張シリーズ・愛の断層」(TV)●演出:岡田勝●脚本:中島丈博●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張「寒流」●出演:平幹二朗/香山美子/中谷一郎/殿山泰司/高田敏江/森幹太/鈴木ヒロミツ/山崎亮一/松村彦次郎/鶴賀二郎/望月太郎/テレサ野田/桂木梨江/石黒正男/戸塚孝/小林テル/本田悠美子/風戸拳/西川洋子/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/01●放送局:NHK(評価:★★★)



田日出男/柳沢慎吾/余貴美子/斉藤洋介/寺島しのぶ/長塚京三/松金よね子/六平直政/遠藤憲一/不破万作/松蔭晴香/中丸新将/佐戸井けん太/温水洋一/河原さぶ/佐久間哲/都家歌六●放映:1998/1(全1回)●放送局:TBS







●2020年ドラマ化(「黒い画集~証言~」)【感想】 2020年5月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全1回)。主演は谷原章介。舞台を東京から金沢に変え、主人公の職業は医師で、3年前から妻(西田尚美)に隠れて密会を重ねている相手は、美大生の青年(浅香航大)になっている。放映前は、バイセクシャルや偽装結婚といった現代的世相を取り入れたことが話題になっていたが、実際に観てみると、終盤大きく原作を改変していた。調べてみると、番組ホームページに「ささやかな快楽を求め、思わず"偽証"をしてしまった男。その真実が明らかになる時、家族も仕事も失う恐怖から逃れようと、男はある決断をする。だが、その前に妻が夫に下した非情な審判とは?」とまで書かれていた。もう何回もドラマ化されているので、これまでとは違ったものにしたかったということか。ただ、この最後の改変部分はアガサ・クリスティの『鏡は横にひ
