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短篇集第3弾。罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れている。いい意味でも悪い意味でも。

『刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5) 』['22年] 『刑罰』['19年]
短篇の名手が、罪と罰の在り方を問うた、デビュー作『犯罪』(2009年)、第2弾『罪悪』(2010年)に続く短編集としては第3弾(2018年3月の原著刊行。原題:Strafe)。「参審員」「逆さ」「青く晴れた日」「リュディア」「隣人」「小男」「ダイバー」「臭い魚」「湖畔邸」「奉仕活動(スボートニク)」「テニス」「友人」の12編を収録。12編の共通項は、作中で罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れていることです(これはシリーズ共通のモチーフとも言える)。
「参審員」... 不幸な男遍歴を重ねてきたキャサリンが、政治団体を経てソフトウェア会社に就職する。ある日、彼女は参審員に任命されるのだったが、実は彼女は精神を病んでおり―。ドイツは参審員制度。日本の裁判員制度も同じ参審員制度だが、事件ごとに選出される日本の裁判員と異なり、ドイツの参審制は任期制となっている。両方に共通する難しさをこの作品は指摘しているように思えた。よく、参審員が被害者証人に感情移入し過ぎることを問題視されるが(そう言えば日本でも裁判員が下す死刑判決が多くなっている)、この作品もそう。ただし、そうした人物を参審員から外してしまった結果、罪人は重罰を免れ、被害者証人の身に何が起きたかという話になっている点が皮肉であり、また衝撃的でもあった。
「逆さ」... 弁護士シュレジンガーは、かつて無罪を勝ち取った依頼人がその後殺人に走ったという経験をきっかけに酒に溺れていた。そんな彼が、殺人事件の国選弁護人になる。被疑者である被害者の妻には動機も手段も証拠もあったが、本人は「殺していません」と言い続ける。そんな折、弁護士の許へ借金の取り立て屋のヤセルがやってきて、弁護士をボコボコにする―。このヤセルが事件解決の糸口をシュレジンガーに与えるというのが面白い。しかし、ヤセルは調書を見ただけで事件の真相がよく分かったなあ(ホームズか刑事コロンボ並み)。この事件が、アル中の弁護士シュレジンガーの復活の糸口にもなることを予感させる。ヤセルは弁護士にとって"恩人"になったということになる。だからシュレジンガーが彼を暴行罪で訴えることはないだろう。
「青く晴れた日」... 乳児を殺した罪で母親が有罪になり刑務所に収監される。出所して自宅に帰ると夫は平然とした態度をしており―。女は夫の身代わりとなることで3年半を棒に振った上に、子ども死の真相が今になって判ったわけで、夫の死は言わば因果応報ではあるけど、他殺死には違いない。でも、女に罪の意識が湧かないものも理解できる。裁判が結審した後で弁護士にすべて話すというのは、一事不再理の原則を下敷きにしてのことか。
「リュディア」... 離婚した男が寂しさを埋めるためにラブドールを買う。ラブドールにはリュディアと名前をつけた。男はリュディアと愛を育むが―。隣人が人形偏愛の変質者の"恋人"を"凌辱"し、その復讐でボコられてれてしまう話。この人形偏愛の男、禁固6カ月で執行猶予付きかあ。「そんなに悪くない」とにラブドールのリュディアに語る男。実質、無罪みたいなものだからなあ。
「隣人」... 24年間連れ添った妻を亡くしたブリンクマン。そんな矢先、隣の家に夫婦が引っ越してくる。ブリンクマンは夫婦の妻の方のアントニーアと親しくなる。アントニーアには亡き妻の面影があった。彼女の夫がクルマの下にもぐり込んでいる時、ブリンクマンは―。この話に出てくるアントニーアはセクシーで魅力的。愛と欲望が発作的犯行を後押しする。その愛ゆえに彼は後悔していないが、何年か後に弁護士にすべてを打ち明けるつもりらしい。これも、一事不再理原則を下敷きにしてのことか。
「小男」... 小男のシュトレーリッツは43歳独身。そんな彼がコカインの取引に手を染める。警察に逮捕されて裁判になるが―。自宅アパートの地下室で5キロのコカインを偶然見つけたことで"大物"犯罪者になる主人公。気分良くしていたら、犯行時に犯した酒気帯び運転の判決が先に下って、麻薬所持の方はその一環の事件と見做され、一事不再理の原則から裁かれないことに。折角"大物"気分でいたのに...(笑)。一事不再理、続くなあ。
「ダイバー」... 恋愛結婚した夫婦。ところが、夫が妻の出産を目の当たりにしてから変になり、彼は自分の首を締めながら自慰をする性癖にふけるようになる。ある日、教会から帰った妻が浴室に入るとに、浴室で自慰行為にふけっていた夫が首吊り状態で死んでいた―。夫がダイバースーツに身を包んでいるというのが、何かドイツっぽい。スキャンダルを恐れ、スーツを脱がせ遺体をベッドに寝かせるなどしたことが、結果的に妻が疑われる原因となった。優先すべきは「現場保存」だったが。妻がカトリック教徒であり、話が聖金曜日から始まり、復活祭の月曜に幕を閉じることから、浴室で首を括っていた夫を下す妻は、あたかもキリスト降架乃至聖母マリアによるピエタ像のようでもある。
「臭い魚」... 160の異なる民族がひしめき合う地区に暮らす11歳の少年トムは、仲間たちに肝試し的に強要されて、戦災に遭ったアパートに〈臭い魚〉とあだ名された老人を侮辱する。ところが、トムは老人の真実を知って後悔することに―。子供というのは、子供だけの世界が存在する分だけ残酷になり得る。トムに疑いがかかり、実際の老人に石を投げて重傷を負わせた連中は罪を逃れる理不尽。
「湖畔邸」... フェーリックス・アッシャーは火炎状母斑があったが、祖父だけは「あざは秘密の地図だ」と語ってくれた。その祖父が所有していたオーバーバイエルンの湖畔の邸に、彼は幼い頃よく遊びに行っていた。50代になって両親を亡くしたアッシャーは、退職して祖父の邸を入手し、そこに住む。ところが、別荘地開発によって地域の静寂が乱され、彼は人が変わってしまう。ある日、邸の地下の武器庫から銃を取り出し―。、結局アッシャーは裁かれなかったが、証拠が無いためなのか、精神異常と見做されたのか。疑わしきは罰せず、独白は個人のプライバシーであるため、自白とは見做されないということなのか。
「奉仕活動」... トルコ移民の娘セイマは、厳格な両親からイスラム教の規範を押し付けられていた。しかし、知的なセイマはそれを嫌がり、司法の道に進む。弁護士事務所に就職したセイマはある日、人身売買の刑事事件を担当することになり、ルーマニアから拉致されて男の相手をさせられていた女性が証言台に立つのだが―。セイマが弁護することになった男は、女性を騙して"奉仕活動"をさせる極悪人だった。セイマが弁護を拒否すると、裁判長に国選弁護人に指名されてしまう(国選って拒否できないのか)。そもそも、この裁判長が被告に証人の証言内容を喋ったのが悲劇の素だが、駆け出し弁護士に降りかかる理想と現実のギャップが痛々しい。それでも、法の世界に背を向けず、なんとか踏みとどまろうとするセイマの苦い心の内。
「テニス」... フォトジャーナリストの女(36歳)。その夫(57歳)はテニスを嗜んでいたが、同時に浮気もしていた。女は浮気の証拠である別の女のネックレスを目立つ場所に置いた後、ロシアに出張する―。妻はそこまで狙ったわけではいが、夫はネックレスに足を滑らせ、大怪我を負う(因果応報?)。テニスクラブで負けることのなかった夫が、現在は車椅子で会話すらできず、同じクラブで今は女がテニスしてる。犯罪ではないが、女の潜在意識が現実化した感じ。夫の介護費用は大丈夫?かと思うが、女は"バリキャリ"のようで心配無さそう。彼女がこれから性を満喫することを予感させるラスト。一緒に暮らし続けることの方が、むしろ怖い。
「友人」...「私」の幼馴染リヒャルトは金持ちの子弟だった。長じてからは一族の財産を管理する銀行に就職し、やがて妻も娶る。ところが、そこから彼は薬物依存となり身持ちを崩す。2年後、リヒャルトからのメールで彼に会ってみると―。子供が授かれないことからくる夫婦の相剋。外へジョギングに出た妻は暴漢に遭って死んでしまい、犯人は殺人罪となったが、妻の運命を変えられたかもしれないという思いがリヒャルトを打ちのめしているということ。事件の犯人は裁かれるが、被害者の夫が、罪は犯してないのに罰を受けているような状況にあるという独自のパターン。最後に、語り手がこの事件をきっかけに、事件簿を記し始めたことが示唆されている。
冒頭に述べたように、基本形は、罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れているというものですが、それが裁判や法律の限界を示しやるせなさやもどかしさを感じさせるものと、裁かれないことが却って"救い"となっているものがあるのが興味深いです。「悪い意味でもいい意味でも」と言うか、「法律」の限界と「法」の幅とでも言ったらいいのでしょうか。
作者8年ぶりの短編集ですが、力が落ちていないと言うか、デビュー作『犯罪』(2009年)の切れ味に戻っているように思いました。
【2022年文庫化[創元推理文庫]】

フェルディナント・フォン・シーラッハ





弁護士である作者の2009年発表のデビュー作で(原題:Verbrechen)、自身の事務所が扱った事件をベースにしたという連作物語集。ただし、文庫解説の松山巖氏は、そう称していることも含めて純然たる創作であろうと述べていて、推測の根拠として守秘義務とその叙述手法を挙げています。ドイツ本国では「クライスト賞」ほか文学賞3冠を受賞。日本では「翻訳ミステリー大賞」にノミネートされたほか、「本屋大賞」で2012年より新設された翻訳部門で1位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)でそれぞれ2位にランクインしています。所収作品は「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」の11編です。
イタリア中部トスカーナ地方、朝露にけむる田園風景に男と女が到着する。モスクワから来た詩人アンドレイ・ゴルチャコフ(オレーグ・ヤンコフスキー)と通訳のエウジュニア(ドミツィアナ・ジョルダーノ)。二人は、ロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を辿っていた。18世紀にイタリアを放浪し、農奴制が敷かれた故国に戻り自死したサスノフスキーを追う旅。その旅も終りに近づく中、アンドレイは病に冒されていた。古の温泉地バーニョ・ヴィニョーニで
、二人はドメニコという男と出会う。彼は、世界の終末が訪れたと信じ、家族で7年間も家に閉じこもり、人々に狂信者と噂される男だった。ドメニコのあばら屋に入ったアンドレイは、彼に一途の希望を見る。ドメニコは、広場の温泉を蝋燭の火を消さずに渡り切れたなら世界はまだ救われると言うのだ。アンドレイが宿に帰ると、エウジェニ
アが恋人のいるローマに行くと言い残して旅立った。再びアンドレイの脳裏を故郷のイメージがよぎる。ローマに戻ったアンドレイは、エウジェニアからの電話で、ドメニコが命がけのデモンストレーションをしにローマに来ていることを知る。ローマのカンピドリオ広場のマルクス・アウレリウス皇帝の騎馬像に登って演説するドメニコ。一方、アンドレイはドメニコとの約束を果たしにバーニョ・ヴィニョーニに引き返し、蝋燭に火をつけて広場の温泉を渡り切ることに挑む決意をする。演説を終えたドメニコがガソリンを浴び火をつけて騎馬像から転落した頃、アンドレイは、火を消さないようにと、二度、三度と温泉を渡り切る試みを繰り返すのだった―。
ボローニャ復元映画祭2022でワールドプレミア上映されたものが日本でもロードショー公開されたので観に行きました。そして、やはりこの監督の作品は独特の映像美が真骨頂であり、4Kで観るに限ると改めて思った作品でした。
タルコフスキー作品は、'80年に「岩波ホール」で「鏡」を観て、その今までどの映画でも観たことのない類の映像美に圧倒されました。3年後の'83年3月に「大井ロマン」で再見しましたが、その際に併映だった「
「ノスタルジア」●原題:NOSTALGHIA(英:NOSTALGIA)●制作年:1983年●制作国:イタリア・ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●製作:レンツォ・ロッセリーニ/マノロ・ポロニーニ●脚本: アンドレイ・タルコフスキー/トニーノ・グエッラ●撮影:ジュゼッペ・ランチ●時間:126分●出演:オレーグ・ヤンコフスキー/エルランド・ヨセフソン/ドミツィアナ・ジョルダーノ/パトリツィア・テレーノ/ラウラ・デ・マルキ/デリア・ボッカルド/ミレナ・ヴコティッチ●日本公開:1984/03●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(24-02-13)(4K修復版)(23-02-08)(評価:★★★★)

われる身に。一方、「ラストチャンス酒場」の経営者兼保安官のキートンは、ワイルド・ビル(アル・セント・ジョン)の盗賊一味に店を襲われ、バーテンダーが撃たれてしまう。そこへ偶然インディアンから逃れてやってきたファッティが実は拳銃の名手で、盗賊一味を一人で追っ払ってしまう。ファッティは新たにバーテンダーとしてキートンの店に雇われ、店を訪れたまたま皆に虐められていた黒人を救った優しい女性スー(アリス・レイク)と恋に落ちる。その彼女に、再び店を訪れたワイルド・ビルがしつこく言い寄るため、ファッティとキートンは協力して彼を追い出す。しかし、復讐の念に駆られたワイルド・ビルによってスーは攫われてしまう―。
キートンが酒場で、トランプで
いかさまをした男をあっさり撃ち殺してしまうのは、彼が保安官でもあるからでしょうか。盗賊が襲って来て、バーテンダーが撃ち殺されると、ホールドアップしたたまま新たなバーテンダーの求人を出す―ハードボイルドと冷静さを気取っているキートンが可笑しいです。ただ、黒人いじめにファッティもキートンも加担しているのはいただけません。スーが現れ、彼らを反省させる伏線ともとれますが(スーは「救世軍」の女性という設定らしい)。
アル・セント・ジョン演じるワイルド・ビルの、フ
ァッティがビール瓶で頭を何度叩いても意に介さず女性に言い寄り続ける屈強ぶりがターミネーターみたいでスゴイというよりシュールです(ただし、くすぐりに弱い)。ファッティは客の馬に酒を飲ませて酔わせるといった悪戯好きですが、馬が酔っぱらう演技はどうやって撮ったのでしょう? キートンの父親のジョー・キートンが出ているようですが、冒頭のファッティの食べ物をかすめ取られる3人の乗客の中央の人物がそれでしょうか。
ファッティ(ロスコー・アーバックル)、キートン、アル・セント・ジョンら3人は、劇場の舞台係(ステージハンド)として働いていた。舞台では次の公演に向けて準備が進んでいたが、強面の出演者、怪力男の"玉葱教授"(チャールズ・A・ポスト)たちが反抗してストライキを起こし、ショーをボイコットしたため、彼らは困り果てる。そこへモリー・マローン演じる、玉葱教授にこき使われて離反した助手(兼愛人?)がやって来て、自分たちでショーをやることを提案、3人はその決意をする。ショーが始まり、まずは助手によるヒロインの美女の妖艶な踊り。続いて彼女と入れ替わったキートンも女装で登場し、蝶のような踊りや手を使わない側転など、アクロバティックな演技を披露。エンディングでのファッティと自分の助手との濃厚なラブシーンを見て怒った玉葱教授は観客席から銃を発砲。その彼をキートンがブランコを使って舞台に引き摺り下ろし、無事制圧する―(「デブの舞台裏」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1919年9月7日米国公開作。こちらは室内劇なので、ギミック中心。キートン映画の特徴のひとつに、装置の仕掛けによる笑いがあり、特に「
あとは、舞台劇で(途中でモリー・マローン演じる助手とチェンジして)ヒロインを演じるキートンの女装が見られるのが珍しいでしょうか。アーバックルの方は「
冒頭のファッティがショーの準備をする中で、壁の開演予告の一部だけ読んで("The Little Laundress"が"undress"に見えた)、ポルノショーと思い込んで急いでチケットを買う通行人も可笑しいです。バルコニー席に現れた彼は、作中で「不埒な目的を持った観客」として表され、王様役のアーバックルの腕の中に飛び込むところを誤ってバルコニー席に飛び込んでしまうキートンをまともに受け止めるという災難に見舞われることになります。
最後、客席から発砲する(殺人未遂じゃん)玉葱教授役のチャールズ・A・ポスト(1897-1952/55歳没)は当時まだ21歳。大柄ですが、キートンらとの絡みでしっかりアクションしているのは、若いからよく体が動くため? 身長198cmなので、「

謝肉祭に沸くニューヨーク。コニー・アイランドの海岸で、恐妻とのデートに退屈したファッティ(ロスコー・アーバックル)は、砂浜に埋まって隠れ、何とか妻を撒くことに成功。一方、パレード見物を終えたキートンとガール・フレンドが遊園地にやって来た。彼女に一目惚れしたファッティは横恋慕を企んで、まんまと彼女を海水浴に誘い出すことに成功する。しかしファッティに合うサイズの貸し水着がなく、太ったおばさんの水着を盗み出す始末。女装して彼女と海水浴場へ繰り出すが―(「ファッティとキートンのコニー・アイランド」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1917年10月29日米国公開作。一人の女性を巡って、ロスコー・アーバックルと彼の従兄弟のアル・セント・ジョン、そして、アーバックルにスカウトされて映画界入りした軽業師バスター・キートンの3人が奪い合いをするドタバタするコメディ。自分の女装姿にまんざらでもないファッティが可愛らしいです。アーバックルがあくまで主演で、この年に映画
界入りしたバスター・キートンはまだ助演ですが、ゴーカートでの衝突やバック転など、鍛えぬかれた肉体の演技を披露しています。
がだけでなくプライベート写真でもインタビュー・フィルムでも無表情を貫いています(普段はよく笑うが、カメラが回ると絶対に顔を崩さないよう徹底していたという妻の証言もあるが)。1957年に英BBCの「This is Your Life」という番組に出演した際も(最初は眼鏡をかけて登場する)、若い頃の自分のそっくりさんが出てきたりしてもニコリともせず、一方で、
自動車屋で働くファッティとキートン。二人のドジで、ガレージはいつもてんやわんやの大騒ぎ。ある日、ガレージのオーナーの娘モリー(モリー・マローン)にしつこく言い寄ってくる求婚者ジム(ハリー・マッコイ)が、バラの花束を抱えてやって来た。ところが花束はファッティたちのおかげで油まみれになり、受け取ったモリーの顔は真っ黒に。そのせいでモリーに嫌われてしまったジムは、復讐のためにファッティたちに犬をけしかける。犬にお尻を噛まれてズボンが脱げてしまったキートンは、警官に追われる羽目に...。一方、ひょんなことからガレージに閉じ込められてしまったジムは、二人に気付かれる前に逃げ出そうと画策しているうちに、火事を起こしてしまう。激しい火の手が上がり、モリーとジムは逃げ遅れてしまう。消防士でもあるファッティとキートンは、懸命に消火活動にあたるが、穴が開いたホースから水が漏れてしまい、なかなか鎮火できない―(「デブの自動車屋」)。
こちらもロスコー・アーバックルが監督した1920年1月11日米国公開作。キートンの頭がちょこんと当たっただけで自動車が発進したり、ガソリンまみれの男の横で煙草に火をつけようとしたり、下着姿を隠す為にポスターからキルト・スカートを剥ぎ取ったりと趣向は盛沢山で、キートンのアクションも全開。後の「笑わぬ喜劇王」キートンは「無表情の喜劇王」キートンでもあるわけですが、ここでは表情も豊かです。
自動車修理工の話で、皆オイルで顔が真っ黒になるのはコメディの常道。キートンとファッティがコンビネーション発揮して警察にバレないように歩くシーンが面白く、キートンはポールを逆立ちしながら昇ったして、その身体能力の高さを窺わせます。
「Buster Keaton/This is Your Life(S5 E28)」●制作年:1957年●制作国:アメリカ●製作総指揮・司会:
ラルフ・エドワード●演出:リチャード・ゴットリーブ●ゲスト出演:バスター・キートン/エディ・クライン/ドナルド・クリスプ/レッド・スケルトン/ドナルド・オコナー/エレノア・ノリス・キートン/ハリー・キートン/ルイーズ・キートン●米国放映:1957/04(評価:★★★☆)



肉屋に勤めるファッティ(ロスコー・アーバックル)と客のキートン(バスター・キートン)。ファッティは、店主の娘アーモンダイン(アリス・レイク)と恋愛関係にある。娘が入っている寄宿学校に女装して侵入するファッティだが、恋敵のスリム(アル・セント・ジョン)も女装して侵入してきて鉢合わせ。ドタバタの末、ファッティと娘は2人で逃げ出し、結婚することになる―(「ファッティとキートンのおかしな肉屋」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1917年4月23日米国公開作。アーバックルにスカウトされて1917年にニューヨークへ渡り映画界入りした軽業師バスター・キートンの映画初出演作ですが、主演はあくまでアーバックルで、キートンは、アーバックルの従兄弟のアル・セント・ジョンに次いで3番手ぐらいでしょうか。
前半はお店でのドタバタでファッティの包丁捌きと肉のコントロールがなかなか凄く、勢いあるの小麦粉の投げ合いも完成度は高いです。キートンの動きもまさに現役軽業師のそれで、キレキレ。後半は寄宿学校でのドタバタで、アーバックルの女装に次いで恋敵役のアル・セント・ジョンも女装(客のキートンはなぜ彼について寄宿学校へ行った?)。思い切りの良いアクションが楽しい作品ですが、キートンは新人にして1度も撮り直し必要とせずに演じ切ったそうです。
高級なのに世界一サービスの悪いホテルで働くベル・ボーイの2人(ロスコー・アーバックル/バスター・キートン)。キートンは、同僚のファッティの恋を実らせるため、銀行強盗のフリをし、そこにファッティが駆けつけ事件を解決することで、彼女を振り向かせるというシナリオを練る。しかし、そこに本物の銀行強盗が現れて―(「デブ君の給仕」)。
前半は、アーバックルがベル・ボーイのほかに床屋も兼ね、客の髪や髭をいじるとその客がリンカーンになったりグラント将軍になったりという寄席芸っぽいギャグを披露。それが後半になると、相方キートン(「おかしな肉屋」の時の3番手から完全にアーバックルの相方に"昇進"している)のアクションが炸裂し、もしかしたらこの頃の彼のアクションが一番ピークだったのではないかと思わせるほどです。
ホテルのエレベーターが、ボタンを押すとホテルの表の鈴が鳴り、それに合わせて馬がロープを引っ張り箱が昇降するという、まさに「1馬力エレベーター」の仕組みが可笑しいです(アル・セント・ジョンはこのエレベーター係(馬係?)に後退)。こうした後年のキートン作品の雰囲気も感じさせるメカニカルなギャグも冴えわたり、最後は銀行強盗にハイジャックされたトローリーカーが斜面を逆走してホテルのロビーに突っ込むという、「
「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」●原題:THE BUTCHER BOY●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ロスコー・アーバックル/ジョセフ・アンソニー・ローチ●撮影:フランク・D・ウィリアムズ●時間:30分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク/ルーク(犬)●米国公開:1917/04(評価:★★★☆)
Disc1

「
大雪原の真ん中に地下鉄の駅がある。その出口から出てきたバスターの出で立ちは、西部劇スターのウィリアム・S・ハートのカナダの騎馬警官隊員役を演じる時風だった。雪原を歩いて通りかかった酒場は、窓から覗くと酒あり博打あり踊り子ありのいかにもなウェスタン酒場。バスターはなぜか無性に
西部劇でよくあるような強盗をしたくなり、実行に移すが結局うまく行かず、わが家に帰ることにする。家に入ると、暖炉の前で妻が男と愛を囁いている。最愛の妻の裏切りに涙するも、哀しみの感情はやがて憎しみに変わり、二人を撃ち殺してしまう。しかしよく見たら自分の家じゃない。「こりゃまた失礼」とその場を後に。本物のわが家では、本物の妻が愛情たっぷりに迎えてくれるが、バスターは冷たくあしらう。妻は泣き叫び、取りすがった十字架が頭に落ちて卒倒する。女の叫び声を不審に思った警官が様子を見に来るが、抜け目なくごまかすバスター。狡猾で好色な人間になりきっているバスターは、今度は隣の若奥さんに目を着ける。隣の家では夫が単身で出張する予定だったが「バスターのようなのがいる限り安心できない」と二人で出発することにした。犬橇で目的地に向かった二人の後をバスターが追う、その嫌らしい執念深さは、まるで「愚かなる妻」のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムのようだった―(「キートンの北極無宿」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第15作(米国公開日:1922年8月28日)】。キートンには珍しいパロディのオンパレードで、当時人気の西部劇スター、ウィリアム・S・ハートの出で立ちで登場するキートン。ハートが必ず一作中に見せる男涙をギャグにしたため、この後しばらくハートから断交されたという逸話もあるそうですが、コレ、キートンの盟友ロスコー・アーバックルに殺人の容疑がかけられた事件の際に、ハートがアーバックルが有罪であるような主張をしたというのが因縁としてあり、それでキートンは彼を徹底的にパロディ化して糾弾したようです。
テーマは同年にヒットした、カナダ北部で暮らすイヌイットの文化・習俗を記録したドキュメンタリー「極北の怪異」(1922)か取られており、舞台は"北極"と言うよりイメージ的にはアラスカでしょうか(シロクマはなく黒い熊が出てくる)。ただし、実際のロケ地は米カリフォルニア州のトラッキー郊外にあるダナー湖だそうです(ここは「
今日は州立大学の卒業式。植物学の博士号を得たバスターだったが、ちょっとしたアクシデントにより、電気工学の学位取得を証明する卒業証書を手にしていた。そのおかげで、新しもの好きの大金持ちに、大邸宅の電気技師として雇われることになる。主人たちが休暇の間に邸宅を電気仕掛けに大改造。その結果は主人も満足、何でも自動でやってくれると大好評。それも束の間、雇ってもらえず悔しい思いをした本物の電気工学士が、復讐のためにその館に忍び込むのであった―(「キートンの電気屋敷」)。
階段はエスカレーターのようで、食卓は回転寿司風("流れ寿司"というのに近いか)。食器洗い機まで出てきて...。エスカレーターは当時すでにあったにしても、いろいろな点で予見的。ただし現代の科学水準では少々幼児的にも見え、それが映画全体を幼稚的に見えるものにしているかもしれず、評価は微妙なところでしょうか。
「キートンの北極無宿」●原題:THE FROZEN NORTH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:17 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/シビル・シーリー/エドワード・F・クライン●米国公開:1922/08(評価:★★★☆) バスター・キートン/シビル・シーリー


「
様々な言語が飛び交い、住民同士の誤解も絶えない外国人街。ポーランド人のカップルが電話で「そこでは婚姻届の手続きがポーランド語でできますか」と確認、判事は「ええ私はポーランド語以外は話せません」と答える。その判事の職場の向いにバスターが職人をしているパン屋(?)があった。バスターがパン生地をこねているときに入ってきた郵便屋は、バスターのせいで郵便物をぶちまけてしまう。靴の裏に付着した一枚の手紙をバスターは返そうかとも思うが、怒った相手が物を投げてくるので、手紙をポケットにしまい逃げ出す。通りの角でアイリッシュ系の大女ケイトとぶつかる。向かいの窓が割れたのはバスターのせいだと勘違いしたケイトは彼を判事のもとに引っ
張っていく。ところが判事もこの二人は先程の電話のカップルに違いないと勘違いし、婚姻の手続きをしてしまう。意外な展開にもケイトは喜び、配偶者を強引に家まで連れていった。妻の家の同居人は父親と四兄弟。その貧しくともアグレッシブな一族は、新しい家族の一員をぞんざいに扱ったが、彼のポケットに「あなたは近々大金を相続できます」という弁護士からの手紙が入っているのを見つけると、態度を一変。早速バスターに舞込むはずの遺産をあてにして多額の借金をし、広々とした高級マンションを購入、豪勢な暮らしを始めるが―(「キートンの半殺し」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第13 作(米国公開日:1922年5月6日)】。本邦公開当時、冒頭の「パン作り」を"キャンディ・カンパニー"という店のディスプレイ文字から「飴作り」と解釈して、「キートンの飴ン棒」といったタイトルも付けられたりしました。確かにバスターが練っているのは"飴"っぽい感じもしますが、終盤でイースト菌を使ったギミックが出てくるので、やはり「パン」なのかなとも。ただし、イースト酵母を使用した飴は日本でも「酵母飴」などとして市販されており、やはり飴でいいのかも(この辺りは自分にはよくわからない)。
外国人との言葉や習慣の違いをネタにしたギャグが幾つかあり、たとえば、妻の家の食卓でなかなか肉にありつけないバスターが、カレンダーを破って家族に金曜日と思わせることで、肉にありつくギャグ(金曜日に肉を食べない習慣は主にカトリック教会系)などがそれ。これまでのキートンの作品には文化の違いによるギャグはあまりなかったので珍しいです(第11作の「
バスターは、鍛冶屋の下働き。主人のジョーは、怒ると前後の見境がなくなる乱暴者。ハンマーや車輪が看板にしている磁石に吸い寄せられてしまったのにも気づかず、無くなったのはバスターのせいだと勘違いして突き飛ばす。その様子を通りから見ていた村のシェリフが、二人の間に入って「暴力はいかんよ」とジョーを諭す。その間に署長のバッジやピストルが、磁石のせいで紛失。ジョーが奪ったと勘違いした署長は「そこまでするなら逮捕だな」と仲間を
助っ人にして連行しようとするが、村一番の怪力男は5人がかりでも手に余る。ところが、意外にもバスターのおかげで何とか逮捕に至る。自由に仕事が出来るようになったバスター。しかし、失敗の連続。蹄鉄の好みがうるさい白馬には、車のオイルで黒い跡を付けてしまうし、柔らかな鞍をお望みの女性には、サスペンション効きすぎの鞍を売ってしまう。仕舞いには新品同然の高級車に壊滅的損害を与えてしまう。ここまでやってしまったからには逃げるしかない。一方、例の白馬の持ち主の女性ヴァージニアは家に帰り着き、家族の出迎えを受けるが、母親が愛馬に付いている黒い跡を見て悲鳴を上げる。驚いた白馬は、ヴァージニアを乗せたまま暴走する―(「キートンの鍛冶屋」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第14作(米国公開日:1922年7月21日)】。典型的ドタバタ喜劇ながらも、遠方より顔のアップまでワンカットで迫る奇異なショットから、ラストのオチに繋がるキートンの空間的ギャグの完結法など、短編作品らしからぬ奥行きがあり、実験映画のようにアヴァンギャルドな価値観、ラディカル・ポップな展開が横溢する作品です。
最後には蒸気機関車も出てきて、乗り物好きのキートンらしい一作。この映画において鍛冶屋は鍛冶屋でもあり、自動車修理屋でもあるのでしょうか。考えてみれば、馬も自動車も乗り物なので、馬が動力として使われなくなったときに、鍛冶屋が自動車修理工へと移行していくのも自然な成り行きとも言えるかも。1920年代と言えばフォード・モーター社がT型フォードをより大量供給する生産システムの革新にひたすら邁進した時期になります。そんな歴史の流れを知ることのできる作品でした。
「キートンの半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族)」●原題:MY WIFE`S RELATIONS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●撮影:エルジン・レスリー●時間:22 分●出演:バスター・キートン/ケイト・プライス/ジョー・ロバーツ/モンティ・コリンズ/ウィーザー・デル●米国公開:1922/05(評価:★★★☆)
「キートンの鍛冶屋」●原題:THE BLACKSMITH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/マルコム・セント・クレア●撮影:エルジン・レスリー●時間:20分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス●米国公開:1922/07●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの船出」「キートンの空中結婚」(評価:★★★☆)