2025年6月 Archives

「●日本史」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●江戸時代」【786】 阿部 善雄 『目明し金十郎の生涯
「●中公新書」の インデックッスへ 「●「新書大賞」(第10位まで)」の インデックッスへ

膨大な死者数を初めて知った。8月15日の「終戦」は終戦ではなかった。

日ソ戦争1.jpg
日ソ戦争-帝国日本最後の戦い (中公新書 2798)』['24年]
日ソ戦争2.jpg 2024(令和6)年・第28回「司馬遼太郎賞」、2025(令和7)年・第26回「読売・吉野作造賞」、2024年・第10回「猪木正道賞」受賞作。2025年・第18回「新書大賞」第2位。

 日ソ戦争とは、1945年8月8日から9月上旬まで満洲・朝鮮半島・南樺太・千島列島で行われた第2次世界大戦最後の全面戦争であり、短期間ながら両軍の参加兵力は200万人を超え、玉音放送後にソ連軍が侵攻してくるなど、戦後を見据えた戦争でもあったとのことです。

 本書は、これまで断片的にしか知られてこなかったソ連による中立条約破棄や非人道的な戦闘などについて、新史料を駆使し、アメリカによるソ連への参戦要請から、満洲など各所での戦闘の実態、終戦までの全貌を描いています。

 そもそも、全面戦争でありながら、日本ではいまだに正式名称すらなく、著者がこれを「日ソ戦争」と呼びたいと。第2次世界大戦末期のソ連の対日参戦は学校の歴史の授業でも習うとことろですが、背景や中身についてはそれほど詳しく教わることもなく、また、あまり語られないまま今日に至っているのではないでしょうか。その意味で、新史料を駆使して「日ソ戦争」の実相を精緻に描き出し、それを一般の人が読みやすい1冊の新書に纏めた本書は画期的であるように思います。

 大戦の終わり際にどさくさに紛れて対日戦争に参戦したかのようなソ連ですが、実際はそうではなく、以前から米大統領の強い要請があったとのこと。米ソでの約束が現在の北方領土問題につながっていること、シベリア抑留などの悲劇がなぜ起きたかなど、目を伏せたくなるような史実が明らかにされています。

 ソ連がその立場を最大限利用しようとする駆け引きの過程で、千島列島への積極的関心をソ連と共有したアメリカの動向が、北方領土問題形成にとって大きな意味を持ったことが窺えます。トルーマンが千島の占領を命じていれば北方領土問題はなかったかもしれず、一方でスターリンの要求を拒否したからこそ、北海道はソ連に占領されされずに済んだのかもしれません。

 それにしても、日本の中枢は無条件降伏を求めるアメリカの要求を受け容れられず、ソ連が終戦の(条件付き降伏に向けた)調停役になってくれるとの希望的観測のもと、防衛体制が弛緩しており、そこにソ連が攻めてきたわけで、このインテリジェンス(情報評価)の脆弱さは何としたものでしょうか。

 戦死者数が膨大であることも寡聞して初めて知りました。本書によれば、日本軍の将校が8万人以上戦死したほか(正確な数は不明)、民間人が約24万5000人命を落としたと推定されているとのこと(ソ連側に民間人の死者はいない)、戦後の混乱による死亡者・行方不明者やシベリア抑留による死亡者の数を含めての数字かと思いますが、もし本当なら合計で32万5000人となり、沖縄戦の戦死者数が将校9万4000人、沖縄県民も9万4000人、合計で18万8000人と推定されていますが、それを大きく上回ることになります(ただし、AIに訊くと、一般的には沖縄戦の戦死者数の方が多いとする回答となるが、これも、「戦闘期間中の総死者数」は沖縄戦が日ソ戦争を大幅に上回っているとの注釈が付く。日ソ戦の死者数は、戦争関連死をどこまで含めるかによって、その数字が大きく違ってくるということだろう)

 司馬遼太郎もソ連戦の戦地に行っているし(本土決戦に備えて満州から本土転属となったことで生き永らえた)、ソ連兵が略奪と強姦を繰り広げた様は、森繁久彌、宝田明、赤塚不二夫が体験、男が未婚女性をソ連兵に差し出す「接待」は五木寛之氏が見ています。ただ、この人たちはこれをあまり大きな声では語っていない気がし、それだけ心にも傷が残る体験だったということでしょう。

宝田」五木.jpg 父が満鉄にいた宝田明(当時11歳)は亡くなる3カ月前に、カメラの前で初めて子どもの頃の壮絶な戦争体験(ソ連兵に右脇腹を銃で撃たれ、麻酔なしで銃弾を摘出した)を語っています。自力で朝鮮北部より脱出した五木寛之氏(当時12歳)は、その時の経験を戦後57年間"封印"してきましたが、引き揚げ時にソ連兵に家族を蹂躙され母親が亡くなったときの話が、エッセイ『運命の足音』(2002年/幻冬舎)に初めて書かれました(作品に反映されれいるものは、なかにし礼の『赤い月』を読まなければならないか)。


 若干、「ソ連悪し」的に書かれている印象もありますが、ロシアのウクライナ侵攻などを見ていると、本質的にそういう国なのかなという気もしなくもないです。ともあれ、8月15日の「終戦」は終戦ではなかったとの認識を新たにする本でした。

《読書MEMO》
●日ソ戦争と沖縄戦の死者数(AIによる概要)
沖縄戦と日ソ戦争(ソ連による満洲侵攻)では、沖縄戦の方が死者数が多かったと考えられています。
それぞれの戦いの死者数(推定)は以下の通りです。

沖縄戦
 沖縄戦は第二次世界大戦末期の1945年4月から6月にかけて行われた激しい地上戦で、軍人だけでなく多数の一般住民が巻き込まれました。
総死者数: 約20万人以上
 日本側(軍人・軍属・一般住民含む): 約12万2000人から15万人以上(推定)
 日本兵の戦死者: 約6万6000人から9万人
 沖縄県民の犠牲者(一般住民、軍属含む): 約9万4000人から15万人
 アメリカ側: 死者・行方不明者約1万2500人以上(戦闘による負傷者を含めると約5万人)

日ソ戦争(ソ連による満洲侵攻)
 日ソ戦争は1945年8月9日にソ連が日ソ中立条約を破棄して満洲などに侵攻した戦いで、短期間でソ連軍が圧倒的な勝利を収めました。
 日本側(関東軍など): 戦死者 約8万4000人(日露戦争のデータと混同の可能性あり、満洲での実際の戦闘による死者数はそれ以下と推定されるが、捕虜となりシベリア抑留で亡くなった者を含めると更に増える)。ソ連による満洲侵攻自体の戦闘による死者は34,000人から52,623人という推定もある。
 ソ連側: 戦闘による死者・行方不明者 約9,780人(非戦闘員の死者を含めると約3万人)。

沖縄戦は一般住民を巻き込んだ激しい地上戦であったため、戦闘期間中の総死者数は日ソ戦争を大幅に上回っています。

「●死刑制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3598】 佐藤 大介 『ルポ 死刑
「●本・読書」の インデックッスへ

1冊1冊の内容紹介や解説が丁寧で、抜粋も要所を押さえている。これが単著であることが驚き。

500冊の死刑.jpg 500冊の死刑2.jpg 500冊の死刑―.jpg
500冊の死刑―死刑廃止再入門』['20年] 
前田 朗.jpg500冊の死刑3.jpg 法学者の前田朗(あきら)東京造形大学名誉教授による本書は、サブタイトルにもあるように、死刑「廃止論」のブックガイドであり(対象期間は基本的には1996年から2018年)、著者も死刑廃止論者です。従って、死刑「存置論」の本も第4章の「死刑存廃論」のところで廃止論と対比論的に取り上げられていますが、それらは数は限られます。

 第1章「再燃する死刑論議」では、死刑論議の現況を俯瞰しつつ、死刑に向き合うための本として、森達也、辺見庸、向井武子、日方ヒロコ、鈴木道彦、安田好弘などの本を紹介しています。

 第2章「死刑の現場へ」では、秘密主義と現場の苦悩や、死刑囚の処遇と執行に関して、死刑執行の実際、残虐性をめぐる新研究、死刑囚処遇、執行官と教誨師などに関する本を取り上げています。死刑執行の実際については、原裕司『なぜ「死刑」は隠されるのか?』('01年/宝島社新書)や、前エントリー取り上げた佐藤大介『ルポ 死刑―法務省がひた隠す極刑のリアル』('21年/幻冬舎新書)の元本『ドキュメント 死刑に直面する人たち―肉声から見た実態』('16年/岩波書店)、篠田博之『ドキュメント 死刑囚』('08年/ちくま新書)、坂本敏夫『元刑務官が明かす死刑はいかに執行されるか―実録 死刑囚の処遇から処刑まで』('03年/日本文芸社)、これも先に取り上げたばかりの堀川惠子『教誨師』('14年/講談社)などが紹介されています。

 第3章「死刑囚からのメッセージ」では、木村修治、永山則夫、大道寺将司、坂口弘、河村啓三などの本を紹介しています。また、加賀乙彦『死刑囚の記録』('80年/中公新書)やその小説『宣告』('79年/新潮社)、池谷孝司『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』('09年/共同通信社)なども取り上げられています。

 第4章「死刑存廃論」では、死刑存廃論を存置論、廃止論の両面に渡って取り上げ、肯定論では、森炎『死刑肯定論』('15年/ちくま新書)などが取り上げられています(同著者の『死刑と正義』('12年/講談社現代新書)も紹介されている)。一方の廃止論では、これも前々エントリー取り上げた萱野稔人『死刑 その哲学的考察』('17年/ちくま新書)などが取り上げられています。

 第5章「凶悪犯罪と被害者」では、凶悪犯罪と被害者による厳罰要求の関係に関して、オウム真理教事件、光市事件、池田小学校事件、秋葉原事件などを具体的に扱った本を取り上げ、加害者家族の問題を扱った本も紹介しています。

 第6章「死刑と冤罪」では、誤判の危険性と不可避性について、森炎『司法殺人―元裁判官が問う歪んだ死刑判決』('12年/講談社)などが紹介されています。また、再審の壁の問題に触れ、さらに、大逆事件、帝銀事件、免田事件、財田川事件、松山事件、三鷹事件、松川事件など16もの冤罪事件についてそれぞれ具体的に扱った本を取り上げています。首都圏連続不審死事件を扱った北原みのり『毒婦。― 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』('12年/朝日新聞出版)なども取り上げられています。

 第7章「死刑の基準」では、死刑の基準、終身刑、少年と死刑の問題を扱った本を紹介しています。終身刑については、河合幹雄 『終身刑の死角』('09年/洋泉社新書y)などを取り上げています。

 第8章「裁判員制度と死刑」では、裁判員裁判の現在を問うた書籍を紹介し、第9章「世界の死刑―比較法と国際法」では、世界で孤立する日本の死刑制度について、アジアやアメリカなどとの比較で述べ、ここでは市K死刑制度容認派から死刑廃止廃止派に転じた弁護士作家スコット・トゥローの『極刑―死刑をめぐる一法律家の思索』('05年/岩波書店)なども紹介されています。第10章「歴史と現代」では日本と世界の死刑の歴史を扱った本を紹介しています。

 最終第11章「死刑と文学」では、死刑をモチーフとした内外の小説を紹介ししています。ジョン・グリシャム『処刑室』('95年/新潮社)やスコット・トゥロー『死刑判決』('04年/講談社文庫)、東野圭吾『虚ろな十字架』('14年/光文社)など、紹介されているものはミステリの比重が高くなっていますが、それなりに重いものを含んでいると言えるかと思います(対象期間外だが、ヴィクトル・ユーゴー『死刑囚最後の日』('50年/岩波文庫)は古典文学か)。

 500冊という冊数もさることながら、1冊1冊の内容紹介や解説が丁寧で、抜粋もポイントを押さえていて本の趣旨が伝わりやすいです。結果として2段組みで280ページ、ぎっしり活字が詰まって、必ずしも読みやすくはないですが、もともとテーマごとに括られているのと、末尾に索引があるので、本を探すのは何とかなります。

 基本的に良書を網羅していますが、500冊もある中には、どこか論旨がもの足りなかったり、論拠が曖昧なものもあって、そこは著者がしっかり批評していて、まえがきにも「コメントの部分は筆者の主観に基づいていることをお断りしておく」とあります。何れにしても、これが単著であることが驚きです。


《読書MEMO》
●目次
第1章 再燃する死刑論議 9
一 からまりあった糸――死刑という問題圏  10
二 死刑に向き合う  11
 1 年報・死刑廃止 11
 2 さまざまな語り 13
  ①死刑に向き合うために 13
  ②死刑をめぐる旅――森達也 16
  ③妥協なき精神を――辺見庸 20
  ④死刑囚の母となって――向井武子 22
  ⑤傷だらけの記録――日方ヒロコ 24
  ⑥時代を引き受ける知性――鈴木道彦 26
  ⑦死刑事件弁護人――安田好弘 28
  ⑧映画に見る死刑――京都にんじんの会 29
第2章 死刑の現場へ   33
一 秘密主義と現場の苦悩 34
二 処遇と執行のはざまで 34
 1 死刑執行 34
 2 残虐性をめぐる新研究 40
 3 死刑囚処遇 43
 4 執行官と教誨師 49
第3章 死刑囚からのメッセージ 59
一 本当の自分を生きたい――木村修治 60
二 死してなお闘う――永山則夫 62
三 虹を追いかけた狼――大道寺将司 72
四 暗黒世紀を見据えて――坂口弘 77
五 こんな僕でも生きてていいの――河村啓三 79
六 死刑囚の表現 81
第4章 死刑存廃論   89
一 主要論点の再認 90
 1 尽きない論点 90
 2 古典的論点 91
 3 現代的論点 94
 4 死刑のない社会をイメージするために 95
二 文献に見る存廃論 96
 1 存置論 96
 2 廃止論 103
 3 弁護士会 110
 4 刑事法学 115
  ① 刑事法学者による存廃論 115
  ② 団藤重光 118
  ③ 菊田幸一 120
  ④ 三原憲三 123
  ⑤ 福田雅章 124
  ⑥ 石塚伸一 125
  ⑦ 刑事法学の展開 126
第5章 凶悪犯罪と被害者 133
一 主な論点 134
二 凶悪犯罪と厳罰要求 136
 1 被害者の傷 136
 2 オウム真理教事件 140
 3 光市事件 144
 4 池田小学校事件 149
 5 秋葉原事件 151
 6 首都圏連続不審死事件 153
 7 相模原障害者殺傷事件 154
 8 凶悪犯罪の諸相 156
三 加害者家族 159
第6章 死刑と冤罪 163
一 誤判の危険性と不可避性 164
二 再審研究 174
三 雪冤の叫び 179
 1 大逆事件 179
 2 帝銀事件 181
 3 免田事件 186
 4 財田川事件 187
 5 松山事件 188
 6 三鷹事件 190
 7 松川事件 192
 8 福岡事件 195
 9 波崎事件 196
 10 名張毒ぶどう酒事件 196
 11 袴田事件 197
 12 鶴見事件 202
 13 飯塚事件 203
 14 和歌山カレー事件 205
 15 秋好事件 207
 16 本庄事件 207
第7章 死刑の基準  209
一 死刑の基準210
二 終身刑 217
三 少年と死刑 221
第8章 裁判員制度と死刑  225
一 裁判員制度へ向けて 226
二 裁判員裁判の現在 233
第9章 世界の死刑――比較法と国際法  237
一 孤立する日本の死刑――国際法の動向238
二 東アジア 246
三 アメリカ 253
第10章 歴史と現代  263
一 日本における死刑 264
二 世界における死刑 267
第11章 死刑と文学  275
一 死刑文学を読む 276
二 死刑を素材とした作品 277

あとがき  286

「●死刑制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●児童虐待」 【835】 池田 由子 『児童虐待
「●幻冬舎新書」の インデックッスへ

死刑囚たちの姿に迫る。死刑制度を考える一つの材料となる本。
佐藤大介.jpg
ルポ死刑 .jpgルポ 死刑.jpg
ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル (幻冬舎新書) 』['21年]

 世論調査では日本国民の8割が死刑制度に賛成だ。だが死刑の詳細は法務省によって徹底的に伏せられ、国民は実態を知らずに是非を判断させられている。暴れて嫌がる囚人をどうやって刑場に連れて行くのか? 執行後の体が左右に揺れないよう抱きかかえる刑務官はどんな思いか? 薬物による執行ではなく絞首刑にこだわる理由はなにか? 死刑囚、元死刑囚の遺族、刑務官、検察官、教誨師、元法相、法務官僚など異なる立場の人へのインタビューを通して、密行主義が貫かれる死刑制度の全貌と問題点に迫る―(版元口上)

 著者が共同通信特別報道室に在籍していた当時に配信した記事などをベースに本書の5年前に刊行された『ドキュメント 死刑に直面する人たち―肉声から見た実態』('16年/岩波書店)に、その後追加取材を行い、さらに加筆したもの(この間に、本書でも取り上げられていつ、オウム真理教事件の死刑囚13人の刑の執行(2018年)などがあった)。

袴田巌さん.jpg 第1章では、「死刑の現実」について、袴田事件で再審開始決定となり、釈放された袴田巌の日常を通して死刑囚たちの状況を問い、アンケートを通して得られた死刑囚たちの胸中を紹介し、また、オウム元幹部13人への執行の際はどうであったか、極刑を待つ日々の死刑囚の心境、執行までの法手続き、「その日」の拘置所の様子、執行に関わる人たちとその思いなどについて書かれています。この、オウム元幹部への執行の際の状況は、新書化に際しての加筆部分になります。

東京拘置所を出る袴田巌さん(2014年3月27日)[日経電子版]

『死刑 その哲学的考察』.jpg 第2章では、「死刑と償い」について、ある「元死刑囚」の記録を紹介し、また、死刑になるはずだったのが無期に減刑された元凶悪犯のその減刑の経緯とその後を紹介しています。死刑囚と無期懲役囚を対比的に紹介することで、無期懲役と死刑の間に終身刑を議論する価値があることを示唆しているように思え、先に取り上げた『死刑 その哲学的考察』('17年/ちくま新書)に通じるものを感じました。さらに、被害者遺族のさまざま思いを紹介、遺族感情にも多様性があり、被害者遺族は死刑を望む生き方しかできないのか、一方で厳罰を望まないことでバッシングを浴びた遺族なども紹介し、問題の難しさを示唆しています。

 第3章では、「死刑の行方」について、絞首刑は残虐かという議論について、「残虐性なし」という根拠論文と、頭部が切断されることもあるという死刑の実態、元検察幹部の「死刑は残虐な刑罰にあたる」という見解を紹介、さらにの世論調査は「死刑」をどう見ているかを検証し、世論調査の問い方の問題を指摘しています。続いて、死刑廃止は可能か、終身刑という選択はどうかとの考察をし、また、欧州における死刑廃止に加えて、アメリカでも死刑廃止州が増えるなど、死刑廃止へと進む世界の情勢を紹介しています。

 死刑の現場に迫る試みは従来から様々なされてきたが十分とは言えず、「そうした状態を少しでも解消するためには、裁判で罪が認定され、死刑判決を受けて確定した死刑囚たちの姿に迫るとともに。刑務官や弁護人、法務官僚、被害者家族など、死刑に関わる人たちの声に耳を傾けていくことが必要だ。そうしたことによってはじめて、日本の死刑制度について、存廃も含めた本格的な議論が可能になるのではないか」(まえがき)との思いから取材を始めたとのことです。

 まさにその思いが詰まった本であり、やや総花的になっている印象もありますが、様々な状況・経緯や視点・論点を紹介するということを主眼とした結果のことでしょう。死刑制度を考える一つの材料となる本です。

「●死刑制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3599】 前田 朗 『500冊の死刑―死刑廃止再入門』
「●ちくま新書」の インデックッスへ

死刑というものを哲学的観点から考察。死刑論議の入門書として良い。

死刑 その哲学的考2.jpg『死刑 その哲学的考察』.jpg
死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)』['17年]

 本書は、タイトル通り、また本文にも「死刑をめぐる考察は必然的に哲学な考察にならざるをえない。本書の目的は、その死刑を哲学的に考察することにある」とあるように、死刑という制度を哲学的に考察したものですが、狭義の哲学に留まらず、死刑という制度を文化、道徳、法理論、感情など多面的に考察しています。

 第1章では、日本が死刑制度を存置していることについて海外から批判がある一方、日本には「死んでお詫びをする」という罪悪を巡る文化的背景もあるが、そもそも死刑について、文化相対主義と普遍主義のどちらで考えるのかを考察しています。文化相対主義とは、「それぞれの文化が異なる以上、あらゆる文化に適応される"絶対的な正しさ"はないとする考え」で、普遍主義とは「あらゆる文化を超えて成り立つ正義は存在するし、存在するべきであるという考え方」を指します。そして、著者は、文化相対主義で片付けることは「それぞれの文化ですので、これ以上話すことはありません」と話が平行線のまま打ち切る形となってしまい、死刑という問題は「普遍主義」に立って考察していかなくてはいけないとしています。

 第2章では、池田小学校児童殺害事件のように、死刑になるために実行される凶悪犯罪があることから、死刑制度の限界について考察します。いわば死刑の悪用という厄介な問題です。こうした事件の犯人にとっては、死刑制度は自らの欲望を叶えるために役立ったに過ぎず、死刑は刑罰として機能しておらず、このような者は、例外的なのかもしれないが、決してこの人間一人ではないとしています。

 そこで、終身刑や無期懲役刑についても考えます。自分を死刑にしろ、という者にとっては、実はこの終身刑が最も苦痛であったわけであり、だから、(無期ではなく)真の意味での終身刑を以って最も重い刑とする案が生まれてくると。併せて、被害者遺族の応報感情についても考えます。著者は、死刑廃止論者が死刑廃止を望むならば、遺族たちの応報感情を満たすような代替案が必要で、ここでも、死刑より重い刑罰として終身刑が浮かび上がります。

 さらに、犯罪抑止論の観点から死刑制度というものを考え、死刑制度によって犯罪が抑止できると言うより、その本質は、「最後は命によってつぐなう」という「道徳的歯止め」にあると。ただし、そうすると、「死ぬつもりなら何をしてもいい」という理屈になってしまい、そこで、「死ねば終わり」ではなく、「死ぬまで刑務所で罪を償わなければならない」終身刑が、ここでも浮上することになると。

 第3章ではこれを受け、「人は人を殺してはいけない」という道徳について考えます。「なぜ人を殺してはいけないのか」についての道徳です。ここでは、まず「死刑は殺人か」、死刑制度の容認と「人を殺してはいけない」という道徳の関係を考えます(人工妊娠中絶はどうかなども考察)。そして、「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに対する幾つかの答えのパターンを示しますが、どれも決定的な答えになっていないと。例えば、「誰も他人の命を持っていないから」というのは「人を殺してはいけない」ということの同意置き換えにすぎず、「悲しむ人がいるから」は、そうした人がいなければ殺していいのかという反論に合ってしまう―根拠をつけようとすると反対に、その根拠がないと成立しないという制約を生んでしまい、やはり、道徳は相対的なものであるということです。

 そこで、著者は、そうした考えに異を唱え、道徳は絶対的と考えたカントの「定言命法」を取り上げます。前節で述べた「悲しむ人がいるから人を殺してはいけない」といった論法は「仮言命法」であり、それに対し、「ダメなものはダメ」というのが定言命法です。根拠がないからこそ道徳は普遍的であるとうのがカントの考えです。言い換えれば、道徳は検証されなくとも力を持つということです。

 カンㇳは死刑を肯定していますが、「人を殺しておきながら自分はのうのうと生きているなんて、どこに正義があるのか」という「同等性の原理」に依拠しています。そして、こうした同等性の原理に基づいて死刑を定めることを、1つの定言命法と考え、いかなる場合にも成り立つ普遍的な道徳と考えたと。ただし、定言命法ははあくまで原理であって、個々の道徳命題によっては表現されないとし、そうなると、定言命法は隠れた仮言命法でもあると言えると著者は言います。定言命法の根底にあるのは「他の人たちがしてもいいと思えることだけをしろ」という広い意味で応報論であると。

 そこで著者は、根源的な道徳原理としての応報論と何かを考えます。そして、応報論は人間にとってもっとも親密な道徳原理であり、根源的な規範原理としての応報論は、「価値の天秤」で表されると。死刑賛成派と反対派の違いは、この価値観の天秤に何を乗せるのか、「殺人犯に奪われた命」と釣り合うのは、何を天秤に乗せるのかを巡る論争なのだとしています。

 第4章では、死刑を政治哲学的に考えます。公権力が、死刑という暴力を実行できるのは何故か、というものです。いっそ国家というものがなかったら、という極論も世にはあるが、そうなるとそもそも刑罰どころの騒ぎではなくなるため、公権力が存在しない社会は考えられないと。ただ、ここで冤罪というものが問題の中心に置かれます。警察が冤罪を作ってきた背景や心理なども例を挙げながら示し、冤罪だけはなんとしても防がねばならないとしています。

 再審で冤罪が明らかになった「足利事件」の例が出てきますが、すでに死刑が執行されている「飯塚事件」というのが紹介されていて、これが足利事件と同じく、当時のDNA鑑定に疑義ある事件であり、なんだかこれだけで1冊の本になりそうな話です(実際、『死刑執行された冤罪・飯塚事件』('22年/現代人文社)といった本になっている)。公権力の構造上冤罪は根絶できないことから、死刑を存置する理由は見当たらないというのが、著者の主張です。

 第5章では、処罰感情と死刑についてです。死刑肯定論の根底には人々の強い処罰感情があるが、処罰感情には被害者や家族の気持ちが反映され、厳しい処罰はしたくないというケースもあると。処罰感情を寛容さで克服しようとするのが死刑廃止論だが、処罰感情は人間にとって根深いものであり、まず処罰感情を受け止めることから死刑廃止論は始まるとしています。

 たいへん考えさせられる内容であり、これまでの自分の思惟がいかに情緒的なものであったかを思い知らされました。一方で、死刑制度に関して、処罰感情から検討を始め、死刑賛成論の根柢は応報論にあるとした上で、そこからさらに議論を深めるというよりは、相手の価値観を理解せよ、まず処罰感情を受け止めよ、といった具合に、また、処罰感情に帰結していく印象もありました。

 結局、最後は、哲学的考察を深めると言うよりも、著者の"推し"は「死刑の代替としての終身刑」だということだったのかとの印象も。それでも、今まで死刑というものをこうした哲学的観点から考えてみたことがなかっただけに、自分自身の思索を深めることができ(たと思う?)、死刑論議の入門書として良かったです。

「●死刑制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3597】 萱野 稔人 『死刑 その哲学的考察
「●「死」を考える」の インデックッスへ

圧巻は、教誨師が死刑執行に立ち会う場面が詳細に書かれていること。

教誨師.jpg教誨師 (講談社文庫).jpg 教誨師 (講談社文庫2.jpg 堀川 惠子.jpg
教誨師』['14年]『教誨師 (講談社文庫 ほ 41-5)』['18年] 堀川惠子氏

 2014年・第1回「城山三郎賞」(主催:角川文化振興財団)受賞作。2019年・第21回「おすすめ文庫王国」(本の雑誌編集部)ノンノンフィクション・ジャンル第1位。

 複数のノンフィクション賞の受賞歴を持つ著者が、半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師・渡邉普相(ふそう)を取材したドキュメント。「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは?―死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いたものです。

 因みに、教誨師とは、刑務所で受刑者などに対して徳性教育をし、改心するように導く教誨を行う者のことで、無報酬で、多くの場合、僧侶や牧師など宗教家がその役割を担います。渡邉普相の場合は、篠田龍雄という生涯を通して死刑囚と向き合い続けた教誨師が先達としていたことと、その生い立ちにおいて、広島での原爆被災に遭った際に、その時仲間を助けずに逃げた悔恨の思いを常に持っていたことが、この仕事を担うことに繋がったようです。、

 受刑者が死刑囚の場合、教誨師は、拘置所で死刑囚と面談できる唯一の民間人となり、面接を望む死刑囚と対話し、さらに、面接を続けた死刑囚の刑の執行にも立ち会います。この仕事の中で、面接を続けた死刑囚の刑の執行に立ち会うというのが一番きついのではないかと思いましが、特に篠田龍雄に連れていかれた最初の死刑執行の場面は強烈でした。篠田は首に縄を掛けられた死刑囚の「引導を渡してください」との願いに、「いきますぞ!死ぬるんじゃないぞ、生まれ変わるのだぞ!喝――っ!」と叫んだとのこと。凄過ぎます。

 本書では、様々な死刑囚との対話が紹介されたうえで、終盤で、このように彼らが処刑される場面が次々と出てきます。『死刑囚の記録』の著書のある作家で精神科医の加賀乙彦も、「本書の圧巻の記述は、渡邉が死刑の執行に立ち会う場面が詳細に書かれているページである。読み終わって、私は身震いした。よくぞ真実を描いてくれたという感動とともに」と述べていて、まったくその通りだと思います。

 死刑執行の告知が執行の直前に死刑囚に直接伝えられるようになる前の、2、3日前に告知されていた60年代頃と思われるケースとして、最期に母親が来てくれると思っていたのが来ず、「お母さん、お母さん!」と叫びながら処刑されいく死刑囚の様子が痛々しいです。渡邉も涙が出て、お経が読めなくなったとのことです。

 吉永小百合主演の映画「天国の駅」のモデルにもなった女性死刑囚・小林カウの場合は、女性は死刑にならないと信じていたようで、最初は「キョトン」としていたとのこと、執行直前に「すみません、もう二、三日、待ってもらえないもんでしょうか」と言った」とのこと。最後まで彼女らしかったと。

 自身の判決文にはなかった、別の三件の殺人を打ち明け、「Death by Hanging」とまるで自分の死刑執行を待ちわびているかのような、踊る飾り文字を判決謄本の表紙に遺した死刑囚、「自分の身体で手術の練習をする若い医学生のことを想起し、「私の目が誰かに使われて、その人が幸せになったら、私の罪は少しでも癒されますか?」と問うた死刑囚、判決文に「悔悟の念なし」と書かれながら、判決確定から処刑されるまで、何か一つ身につけたいと、渡邉の勧めで写経を始めた死刑囚(こちらから真面目に働きかければ、それに応える人間であったということ。ただ、その「たったひとり」がその生涯においていなかった)。

 渡邉自身の後悔の念もあります。死刑執行について、「ま、法務大臣もそれが仕事だからな、職務熱心なんだろうよ」と言ってしまって、それ以後、面談にこなくなってしまった死刑囚、執行があれば事前に知らせてほしいと言われながら、心を乱してはいけないと秘匿しておいたところ、執行の際に「先生、あれほど頼んでおいたのに...残念でございます」と哀しみに満ちた目で言った死刑囚。

 著者インタビューによれば、渡邉は「本人が執行されても、幸せになった人間は、誰ひとりいません」と著者に言ったそうです。教誨師に限らず、死刑という難題に真剣に向き合ったことのある者なら、その立場を問わず、誰もが共通して胸に感じる「虚無感」のようなものがあると著者は言います。「改悛の情がない」として死刑判決を下された人間が、拘置所生活中の教誨によって改悛の情を見せ始め、人間らしくなったところで刑が執行されたりしてしまうわけで、著者が教誨師の仕事から「シーシュポスの神話」を何度も想起させられたと語っているのも分かる気がします。「死刑制度存知理由について改めて考えさせられる一冊です。

【2018年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
島薗 進 『死に向き合って生きる (NHKテキスト こころをよむ 2025年4月~6月)』(2025/03 ‎ NHK出版)
こころをよむ 死に向き合って生きる.jpg
死に向き合って生きる9.jpg


「●「死」を考える」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3567】 黒木 登志夫 『死ぬということ
「●心理学」の インデックッスへ

全体として東洋的。マインドフルネスという言葉を考える上では一定の示唆は得られた。

スタンフォード大学 いのちと死の授業0.jpg スタンフォード大学 いのちと死の授業3.jpg
スタンフォード大学 いのちと死の授業』['24年]

スタンフォード大学 いのちと死の授業4.jpgスタンフォード大学 いのちと死の授業1.jpg 本書は、心理学者である著者がスタンフォードの学生たちに行った授業の内容と実際に経験したことについて書かれています。著者はスタンフォード大学でマインドフルネスやEQ(感情知能)に関する教育を行っています。この授業では、学生たちが死を身近に感じるレッスンを通して、自身の体験や思いを語り、変化していく様子が描かれています。

 第1講「私は死につつあります」では、死を意識するからこそ、生きることを真摯に考えることができると説きます。また、マインドフルネスに基づくもので、各個人のウェルビーイングを超えて他者への慈しみや奉仕へと向かう、著者が「ハートフルネス」と呼ぶところの生き方を提唱しています(12p)。人々がコミュニティを求め集う小さなグループにおいて、ホスピタリティを提供することが自分のミッションであるとも述べています(40p)。

 第2講「私は息ができます」では、喪失ということについて考えていきます。喪失とは、ビギナーズマインド(初心)を受け入れる機会であり、私たちは、コンパッション(思いやり、慈愛)を抱き自身を受け入れながら、より良い人間になろうと励むことができ、これが、ハートフルネス、すなわちコンパッ座頭市の戦い方.jpgションと責任を同時に備えたマインドフルネスであるとしています(47-48p)。七転び八起きという言葉、座頭市の戦い方(戦わないことを強みとしながらも、どうしても戦わねばばらなくなった時に吐く「やるからには、後には引きませんよ」というセリフ)についての学生たちの議論、仕方がないという言葉など、日本的要素がふんだんに織り込まれています。

 第3講「生まれてきてよかった」では、人生でもっとも素晴らしいことは何かを考えます。そして、マインドフルネスは、自分という存在の現実、人間としての生の尊さに目を開くことであり、マインドフルネスが感謝の意識へと広がった状態をハートフルネスと呼ぶとしています(91p)。

金継ぎ(きんつぎ).jpg 第4講「ありのままのあなたが好き」では、今を生きること今が最高と思えることの大切さを説きます。直接書名・著者名を挙げてはいませんが、日本でもベストセラーとなった『スタンフォードの自分を変える教室』に(「変える」ということに関して)懐疑的であるのが興味深いです(146p)。一方で、日本の伝統工芸の「金継ぎ」をレジリエンスのメタファーと捉えていて(154p)、これもまた興味深いです。

円谷有森.jpg 第5講「生きることに価値はありますか」では、自殺の問題を取り上げ、オリンピックのマラソンランナーだった円谷幸吉の例が紹介されていますが、同じくオリンピックのマラソンランナーで、「自分を自分で誉めたい」と言った有森裕子の名を対比的に挙げているのが興味深いです(168-169p)(そっかあ、「自分を自分で誉めたい」というのはセルフコンパッションに該当するのかあ)。

 第6講「傷ついた心の癒し方」では、失うことは生きることの代償であるとして、大きな存在をその死によって失った際に、それをどう受け入れるかを説いています。ここでもやはり、金継ぎは傷ついた心を治す方法として役立つという話が出てきます(230p)。

 第7章「愛こそが死の解毒剤」は、引き続き、喪失の哀しみからどう甦るかを説きます。また、自分自身の死にどう向き合うか、ALSで死期が近いと思われる女性の「私たちは身体だけではないのよ」という言葉が出てきます(262p)。著者は、その強さは、肉体の死後も生き続ける魂への確信にあるように思えるとしています。

 第8章「今日が人生最後の日だとしたら」では、故スティーブ・ジョブズの言葉を引用し、自分の心に従うこと、自分は人生でまだ何ができるかを考えることを説いています。また、死ぬことを学ぶことで生きることを学ぶことができるとしています(296p)。黒澤明の「生きる」が紹介されています(309p)。

 第9章「すべてうまくいくから」では、著者が祖母の臨終に立ち会って、死は恐れるものではないと悟ったことが述べられています。死にゆく大勢の人々が、神に安らぎを見出すとし、どんな小さなこともすべてうまくいくとしています(324p)。

 第10講「私たちの物語」では、最後の授業として、生徒たちが自分の物語をクリエイティブな作品(文章)にしたものが3つ紹介されています。個人的には、自分を死んだペットに置き換えて、そこから人生はギフトであることを示唆した冒頭の作品が印象に残りました。

 全体として東洋的と言うか、スピリチュアルな面も強調されていますが、死後の世界(霊魂)というところまではいっておらず、あくまでも生きている側にいる人たちのマインドフルネス、ハートフルネスに重きを置いているように思えました(ある意味、心理学本だが、著者は哲学者ではなく心理学者であるので当然の帰結か。ただ、この人、"導師"的な雰囲気もある)。

 講義をそのまま本にした印象もあり、本として読むとやや散漫な印象も受けなくもありません。しかしながら、マインドフルネスという言葉を考える上では一定の示唆は得られました(著者の場合、「ハートフルネス」ということになるが)。ただ、それでもまだこのマインドフルネスというのが自分にはよく分かっていません。そのため、やや中途半端な評価になりました。

「●医療健康・闘病記」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1308】 佐々木 常雄 『がんを生きる
「●「死」を考える」の インデックッスへ 「●た 立花 隆」の インデックッスへ

がん闘病記録でありながら、人生論、科学論、自然論と多岐にわたる内容。教えられる。

がんと闘った科学者の記録1.jpgがんと闘った科学者の記録 (文春文庫.jpg がんと闘った科学者の記録t.jpg がんと闘った科学者の記録 著者.jpg
がんと闘った科学者の記録 (文春文庫 と 25-1)』['11年]『がんと闘った科学者の記録』['09年]戸塚洋二(1942-2008/66歳没)

 本書は、東京大学特別栄誉教授で、ニュートリノ観測によりノーベル賞受賞が確実視されていた物理学者・戸塚洋二(1942-2008//66歳没)が、大腸がんで余命僅かであると宣告されて、その死までの1年間を科学者ならではの冷徹な視線で最期の日々を綴ったもので、「文藝春秋」2008年9月号に「あと三カ月。死への準備日記」という形で発表された、それまで著者が密かに匿名でネットのブログに書き綴っていたがんとの闘病記録が基になっています。

立花 隆 2.jpg 編者の立花隆(1940-2021/80歳没)も述べていますが、この記録、ただの闘病記ではなく、闘病記としてもすごいですが、それ以上にそれ以外の部分で、全体が心の赴くままに書き連ねた随想録になっていて、その分野は、人生論、科学論、自然論、医学論、教育論、社会論、宗教論、時代論と多岐にわたるものになっています(「高齢者非正規社員」といった問題や映画「ボーン・アルティメイタイム」の感想まで出てくる)。

2008年7月11日「朝日新聞」朝刊
戸塚洋二さん追悼記事.jpg もちろん闘病記そのものの部分も、治療経過を克明に分析し、自分のがんのCT写真をデジタル化してその大きさを計測し、がん細胞の成長曲線を描いて予後を推定したり、そこに抗がん剤の服用期間を書き入れてその効果を測るなど、ほとんど著者自身が医者かと思われるくらい徹底しています(サイエンティフィックなマインドを持つ患者の体験談をデータベース化すべしといった医療に向けての提言もある)。

 人生論に関しては、仏教学者(インド仏教史)で真宗の僧侶でもある佐々木閑(ささき しずか、1956年生まれ)氏の著作への傾倒が見られ、そこから宗教・哲学だけでなく、宇宙論などの科学論や自然論に発展していきますが、一方で、自分の庭に咲く花々を何枚も写真に撮って、それを素材に遺伝論などの自然論を語っいるのも興味深いです(著者が撮った写真が文庫版の表紙を飾っている)。

 ブログをはじめて6カ月、大腸がんは肺に転移し、遂に骨にまで侵食します。著者は、限られた人生の中で何を糧に生きればよいか模索しますが、そその一方で、佐々木閑氏の著作(『犀の角たち』など)を読み続け、脳科学は科学の突破口となるか、古代仏教の本質は何か、ついには人類の存続可能性など様々なことを考えます。しかも、そうしたことを考えながらも、病気の進行玲冷静に観察し、記録に残すとともの、庭の花々の観察も続けているというのが興味深いです。

 結局これらは2008年の7月2日まで続き、7月10日に亡くなっています。書き始めたのが2007年の8月14日であるため、約1年ということになりますが、その内容の濃さにはある意味"充実"が感じられます。

 カテゴリーは、最初の3カ月は「人生」「大腸がん治癒経過」「(仕事場のある)奥飛騨」が主で、次の3カ月から「我が家の庭に咲く花」が加わり、我が家の庭に咲く花々は最終的には19回にわってって取り上げられ、最後の3カ月では大腸がんの報告よりも登場頻度がずっと上回っているのも興味深いです。自らのがんと対峙しながらも、それだけに埋没しないでいる姿勢に、何か教えられるものを感じました。

 個人的には、書評・映画評のブロガーで、途中から中下咽頭癌に冒されながらも、入院58日間の入院記録と併せ1万回近いエントリーを重ねた「新稀少堂日記」さんのブログを想起したりもしました。最期の時間の過ごし方として、共に参考になるように思います。自分がそうなれるかどうかはその時になってみないと分かりませんが、「ブログを書く」という行為を選択肢として想定しておく分にはいいのではないでしょうか。

【2011年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●ブログ「新稀少堂日記」

新稀少堂日記.jpg

「●医療健康・闘病記」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2859】 樋口 満 『体力の正体は筋肉』
「●「死」を考える」の インデックッスへ

余命十ヶ月を告げられた看取り専門医の遺言。看取りの最終局面では宗教的ケアが重要だと。

看取り先生の遺言0.jpg看取り先生の遺言 t.jpg 看取り先生の遺言2.jpg 奥野 修司.jpg
看取り先生の遺言 がんで安らかな最期を迎えるために』['13年]『看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』['16年] 奥野修司氏(ノンフィクション作家) 

 二千人以上を看取った肺がん専門医は、自分の死に際して何を思うのか。肺がん専門医が在宅医療の第一人者となる経緯には何があったのか―。ノンフィクション作家である著者が、宮城在住の岡部健(1950~2012/62歳没)医師のもとに通い詰めて取材した力作であり、本人の手記、著者による本人へのインタビュー、著者の日記などから成り立ちます。

 第一章は、医師自身が胃がんになり、余命十ヶ月を告げられた事実から始まり(本書がいわば岡部医師の遺言であることが告げられている)、前半では(全編にわたってとも言えるが)、岡部医師自身が痛感している現在の医療の問題点、制度への疑問なども語られ、検診の意味と無意味、特に抗がん剤という"毒"の扱いについて力説されています。

 問題の多い医療現場での経験から、岡部医師は「治せないがん患者の専門医になろう」と決意し、県立がんセンターの医長を辞め、自宅で死を迎える人のための「在宅医」に身を転じ、借家から始まった岡部医院の在宅緩和ケア活動をどんどん拡大していきます。

 そうした中、「在宅での死の看取りから生まれるタナトロジー(死生学)」という岡部医師の医療哲学が形成されていきます。それは、要するに、人はがんであっても手術や抗がん剤や点滴のせいではなく、がんそのものの進行によって「自然死」することができるというものであり、そのためのケアを最大限に試みていたのが岡部医院であるとのことです。

 人が安らかに自然死するために、また。トータルペインの制御のためには、「お迎え現象」が非常に重要な鍵になるのではないか―岡部医師は大勢の末期患者を見送るうちに、いわゆる「お迎え」が来ると穏やかに亡くなる人が多いことに気づき、後半はこの「お迎え現象」が大きなテーマとなっています。

 このような現象は、医学的には「譫妄(せんもう)」などと処理され、これまでまともに扱われることは滅多になかったのを、岡部医師は、これを死に近づく過程で起こる自然な生理現象と捉え、そこにこそ死という暗闇に進むための道標があるのではないかと考えます。

 なぜなら死そのものは見えなくとも、親しい人が「お迎え」に来て手引きし、案内してくれるのだからどんな闇でも心強いではないかと。そしてその非合理な手引きができるのは、宗教者しかいないとの確信を抱くようになり、それが、現在東北大学で講座が続けられている「臨床宗教師」の発端になります。

 本書では、在宅で平穏に最期を過ごすと、「お迎え現象」を体験する患者が多いとして、看取りの最終局面では、宗教的ケアも重要であるとしてます。2021年9月、自身の死に際して岡部医師は若い僧侶に看取らせています。

 自身の死期が近いことを悟りながらも、自分の身体に起きていることを冷静な医師の目で展望し、また、「お迎え」現象がもたらす効果とそれが在宅死の場合ほど起きやすいという、ある種"研究課題"とでも言えるものを最期まで飽くなく探究している姿勢はすごいなあと思いました。個人的には、以前読んだニュートリノ物理学者の戸塚洋二(1942-2008//66歳没)の 『がんと闘った科学者の記録』('09年/文藝春秋、立花隆:編)を想起させられました(ということで、次のエントリで取り上げたい)。

【2011年文庫化[文春文庫(『看取り先生の遺言―2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』)]】

「●社会問題・記録・ルポ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●地震・津波災害」 【798】 吉村 昭 『海の壁―三陸沿岸大津波』
「●医療健康・闘病記」の インデックッスへ 「●「死」を考える」の インデックッスへ 「●さ 佐々 涼子」の インデックッスへ 「●「本屋大賞」 (第10位まで)」の インデックッスへ

人間の最期の過ごし方について考えさせられた。

エンド・オブ・ライフ.jpg2020エンド・オブ・ライフ .jpg エンド・オブ・ライフ1.jpg
エンド・オブ・ライフ』['20年] 佐々涼子(1968-2024/56歳没)

エンド・オブ。ライフ.jpg ベストセラーとなり後にドラマ化もされた『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』('12年/集英社)の著者・佐々涼子(1968-2024/56歳没)が、『紙つなげ!―彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』('14年/早川書房)に続いて世に放ったノンフィクションで、2020年第3回・「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」受賞作。

 2013年にから2020年まで、京都にある「渡辺西賀茂診療所」という患者に寄り添う在宅医療をしている診療所を取材して書いた本であり、7年間見てきた終末医療の現場を綴りつつ、著者自身がこだわり続けてきた「理想の死の迎え方」に向き合ったものとなっています。

 特に、冒頭に出てくる、2013年、末期がんに冒された女性の、家族と潮干狩りに行くという約束を果たしたいという最後の願いを叶えるために、訪問看護スタッフらが奮闘する様は感動的です。スタッフは難しい判断を迫られますがそれをやり遂げ、女性はその夜、帰宅した直後に亡くなります。座して死を待つよりも、最後に家族との思い出を作りたいという患者の意向に応えた、究極のQOLストーリーと言えます。

 ただし、これにはいろいろな意見もあるかと思います。無理して京都から遠路知多半島まで潮干狩りに行ったこと結局は女性の寿命を縮めることになったのではないかとか(実際、帰宅途中で呼吸状態が悪化し、酸素飽和度は40%を切ることもあった)、また、そしも行く途中で亡くなっていたら周囲も後悔しか残らなかったのではないかとか。この辺りは、読む人によって評価の分岐点になるかもしれません。

 もう一つ、こちらはストレートに感動的なのですが、この2013年の"潮干狩り"を中心メンバーとしてサポートした訪問看護師の森山文則氏が、その6年後に自身ががんによる余命宣告を受け、自身の死と向き合っていく様が描かれていることです。

 200人以上を看取ってきた彼の最期の日々の過ごし方は、抗がん剤治療をやめ、医療や介護の介入もほとんど受けることなく、「自分の好きなように過ごし、自分の好きな人と、身体の調子を見ながら、『よし、いくぞ』といって、好きなものを食べて、好きな場所に出かける、病院では絶対にできない生活でした」っと本人が語っています。人間の最期の過ごし方について考えさせられます。

 訪問看護師として看取りを仕事にしてきた人が、今度は看取られる立場になるというのは皮肉なことのように思えますが、考えてみれば十分あり得ることであるけです。そして、今度は、その森山を取材した著者自身が、悪 性脳腫瘍という言わば脳のがんに冒され、手に施しようがなく自らの死を受け入れざるを得なくなります。

佐々涼子2.jpg 本書を最初に読んだとき著者は存命でした。執筆活動を続け、様々な人と対談したり、マスコミの取材を受けたりしていたので、意外と持つのかなあと思ったのですが...。昨年['24年]9月に訃報を聞いた時は残念に思いましたが、『夜明けを待つ』('23年集英社インターナショナル)に、「私たちは、その瞬間を生き、輝き、全力で愉しむのだ。そして満足をして帰っていく。なんと素敵な生き方だろう。私もこうだったらいい。だから、今日は私も次の約束をせず、こう言って別れることにしよう。『ああ、楽しかった』と」とあり、そう言えるだけでも強い人だったのだなあと思いました。

NHK首都圏NEWS WEB 「ノンフィクション作家 佐々涼子さん死去 56歳」2024年09月02日

【2024年文庫化[集英社文庫]】

「●スポーツ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●筋トレ」 【2302】 山本 ケイイチ 『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか
「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ 「●ま行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●ブラッド・ピット 出演作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

面白かった。リーダーシップ本としても読まれた。"実話"は強い。

マネー・ボール0.jpgマネーボール 2011.jpg マネーボール01.jpg
マネー・ボール〔完全版〕 (ハヤカワ文庫 NF 387)』['13年] 「マネーボール [AmazonDVDコレクション]」ブラッド・ピット

 勝つためには一流の選手を集める、そのためには資金が必要、というのが、球界の常識。その常識を覆したのが1997年に35歳でオークランド・アスレチックスのGMに就任したビリー・ビーンです。彼は「無名の実力派」を「格安」で手に入れて、4年連続でプレーオフに進出するという見事な勝ちっぷりを見せます。この貧乏メジャーリーグチームが一体どのようにして目覚しい実績を勝ち取ったのか?ドラフトやトレードでの絶妙な駆け引き、まったく新しいデータ活用法と戦術、さらにアスレチックスという新天地で見違えるように才能を開花させる選手たちの様子が詳しく描かれています。

 面白かったです。かつて将来を嘱望されながら夢破れてグラウンドを去った元大リーガーが、1990年代末、資金不足から戦力が低下し、成績も沈滞していたオークランド・アスレチックスに新任GMとして着任、統計データを駆使した野球界の常識を覆す手法で球団を改革、チームを強豪へと変えるという流れは、ノンフィクションですが、極めて物語的に読めます。ビジネスパーソンには、組織改革とそのためのリーダーシップの本としてもよく読まれたようです。

ビリー・ビーン.jpg この物語の主人公ビリー・ビーンは、「生まれながらのスポーツの天才」のような青年で、容姿端麗なだけでなく勉強も優秀でスポーツ万能。欠点らしい欠点がないと言われ、大学からもスカウトからも申し出が殺到していたそうです。子供の頃から「負け知らず」だった彼は、大リーグ入りして初めて周囲の人間に「負け」ることがあることを意識し、精神的葛藤に苦しむことにないますが、そこからGMとして自らのキャリアを切り開きます。彼は、「データ」をもとに選手の真価を見極め、「出塁率」「四球率」を上げるよう選手を育てて試合を行い、チームの勝率をぐんぐん伸ばしていきました。その華々しい成果は、キャリア面での逆転劇にもなっています。

ビリー・ビーン

マネーボール02.jpg ベネット・ミラー監督、ブラッド・ピット主演で「マネーボール」('11年/米)として映画化されましたが、組織改革を行うリーダー像が上手く描かれていたのではないでしょうか。2002年の、アメリカンリーグ史上初の20連勝を達成できるかできないかという試合がスポーツドラマ的なクライマックスになっていますが、これは原作にあるように、実際にそうした状況があったのです。11点差から同点にされましたが、サヨナラ勝ちしています、ノンフィクションで、こうした山場があるのは強いと思います。

ブラッド・ピット/ジョナ・ヒル

ポール・デポデスタ.jpgマネーボール03.jpg ビリー・ビーンの補佐役でイェール大学卒業となっているピーター・ブランドのモデルは、ポール・デポデスタでありハーバード大卒だそうで、映画化にであまりに自分とは異なる外見の俳優ジョナ・ヒルがキャスティングされ、"データおたく"のようなキャラの描かれ方をされたのに納得できず、実名の使用を拒否したそうです(まあ、冴えなさそうなデータおたくという設定の方が映画的には面白いと言える。本人に会ってみたら意外といい男だったというのではダメなのか)。ポール・デポデスタはアスレチックスではGM補佐としてビリー・ビーンを5年間支えた後、2004年にはロサンゼルス・ドジャースのGMに就任し、積極的にトレードを敢行しながら9年ぶりの地区優勝を果たしています。

ポール・デポデスタ

 いずれにせよ、映画の面白さは原作に拠るところが大きいですが、原作も映画も星4つ(★★★★)評価にしました。

マネーボール04.jpg「マネーボール」●原題:MONEYBALL●制作年: 2011年●制作国:アメリカ●監督:ベネット・ミラー●製作:マイケル・デ・ルカ/レイチェル・ホロヴィッツ●撮影:ウォーリー・フィスター●音楽:マイケル・ダナ●時間:133分●出演:ブラッド・ピット/ジョナ・ヒル/フィリップ・シーモア・ホフマン/ロビン・ライト/クリス・プラット/スティーヴン・ビショップ/リード・ダイアモンド/ブレント・ジェニングス/タミー・ブランチャード/ジャック・マクギー/ヴィト・ルギニス/ニック・サーシー/グレン・モーシャワー/ケイシー・ボンド/ニック・ポラッツォ/ケリス・ドーシー/アーリス・ハワード/ロイス・クレイトン/スパイク・ジョーンズ●日本公開:2011/11●配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(評価:★★★★)


【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

About this Archive

This page is an archive of entries from 2025年6月 listed from newest to oldest.

2025年5月 is the previous archive.

2025年7月 is the next archive.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1