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余命十ヶ月を告げられた看取り専門医の遺言。看取りの最終局面では宗教的ケアが重要だと。


『看取り先生の遺言 がんで安らかな最期を迎えるために』['13年]『看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』['16年] 奥野修司氏(ノンフィクション作家)
二千人以上を看取った肺がん専門医は、自分の死に際して何を思うのか。肺がん専門医が在宅医療の第一人者となる経緯には何があったのか―。ノンフィクション作家である著者が、宮城在住の岡部健(1950~2012/62歳没)医師のもとに通い詰めて取材した力作であり、本人の手記、著者による本人へのインタビュー、著者の日記などから成り立ちます。
第一章は、医師自身が胃がんになり、余命十ヶ月を告げられた事実から始まり(本書がいわば岡部医師の遺言であることが告げられている)、前半では(全編にわたってとも言えるが)、岡部医師自身が痛感している現在の医療の問題点、制度への疑問なども語られ、検診の意味と無意味、特に抗がん剤という"毒"の扱いについて力説されています。
問題の多い医療現場での経験から、岡部医師は「治せないがん患者の専門医になろう」と決意し、県立がんセンターの医長を辞め、自宅で死を迎える人のための「在宅医」に身を転じ、借家から始まった岡部医院の在宅緩和ケア活動をどんどん拡大していきます。
そうした中、「在宅での死の看取りから生まれるタナトロジー(死生学)」という岡部医師の医療哲学が形成されていきます。それは、要するに、人はがんであっても手術や抗がん剤や点滴のせいではなく、がんそのものの進行によって「自然死」することができるというものであり、そのためのケアを最大限に試みていたのが岡部医院であるとのことです。
人が安らかに自然死するために、また。トータルペインの制御のためには、「お迎え現象」が非常に重要な鍵になるのではないか―岡部医師は大勢の末期患者を見送るうちに、いわゆる「お迎え」が来ると穏やかに亡くなる人が多いことに気づき、後半はこの「お迎え現象」が大きなテーマとなっています。
このような現象は、医学的には「譫妄(せんもう)」などと処理され、これまでまともに扱われることは滅多になかったのを、岡部医師は、これを死に近づく過程で起こる自然な生理現象と捉え、そこにこそ死という暗闇に進むための道標があるのではないかと考えます。
なぜなら死そのものは見えなくとも、親しい人が「お迎え」に来て手引きし、案内してくれるのだからどんな闇でも心強いではないかと。そしてその非合理な手引きができるのは、宗教者しかいないとの確信を抱くようになり、それが、現在東北大学で講座が続けられている「臨床宗教師」の発端になります。
本書では、在宅で平穏に最期を過ごすと、「お迎え現象」を体験する患者が多いとして、看取りの最終局面では、宗教的ケアも重要であるとしてます。2021年9月、自身の死に際して岡部医師は若い僧侶に看取らせています。
自身の死期が近いことを悟りながらも、自分の身体に起きていることを冷静な医師の目で展望し、また、「お迎え」現象がもたらす効果とそれが在宅死の場合ほど起きやすいという、ある種"研究課題"とでも言えるものを最期まで飽くなく探究している姿勢はすごいなあと思いました。個人的には、以前読んだニュートリノ物理学者の戸塚洋二(1942-2008//66歳没)の 『がんと闘った科学者の記録』('09年/文藝春秋、立花隆:編)を想起させられました(ということで、次のエントリで取り上げたい)。
【2011年文庫化[文春文庫(『看取り先生の遺言―2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』)]】
