【3596】 ◎ 堀川 惠子 『教誨師 (2014/01 講談社) ★★★★☆

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圧巻は、教誨師が死刑執行に立ち会う場面が詳細に書かれていること。

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教誨師』['14年]『教誨師 (講談社文庫 ほ 41-5)』['18年] 堀川惠子氏

 2014年・第1回「城山三郎賞」(主催:角川文化振興財団)受賞作。2019年・第21回「おすすめ文庫王国」(本の雑誌編集部)ノンノンフィクション・ジャンル第1位。

 複数のノンフィクション賞の受賞歴を持つ著者が、半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師・渡邉普相(ふそう)を取材したドキュメント。「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは?―死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いたものです。

 因みに、教誨師とは、刑務所で受刑者などに対して徳性教育をし、改心するように導く教誨を行う者のことで、無報酬で、多くの場合、僧侶や牧師など宗教家がその役割を担います。渡邉普相の場合は、篠田龍雄という生涯を通して死刑囚と向き合い続けた教誨師が先達としていたことと、その生い立ちにおいて、広島での原爆被災に遭った際に、その時仲間を助けずに逃げた悔恨の思いを常に持っていたことが、この仕事を担うことに繋がったようです。、

 受刑者が死刑囚の場合、教誨師は、拘置所で死刑囚と面談できる唯一の民間人となり、面接を望む死刑囚と対話し、さらに、面接を続けた死刑囚の刑の執行にも立ち会います。この仕事の中で、面接を続けた死刑囚の刑の執行に立ち会うというのが一番きついのではないかと思いましが、特に篠田龍雄に連れていかれた最初の死刑執行の場面は強烈でした。篠田は首に縄を掛けられた死刑囚の「引導を渡してください」との願いに、「いきますぞ!死ぬるんじゃないぞ、生まれ変わるのだぞ!喝――っ!」と叫んだとのこと。凄過ぎます。

 本書では、様々な死刑囚との対話が紹介されたうえで、終盤で、このように彼らが処刑される場面が次々と出てきます。『死刑囚の記録』の著書のある作家で精神科医の加賀乙彦も、「本書の圧巻の記述は、渡邉が死刑の執行に立ち会う場面が詳細に書かれているページである。読み終わって、私は身震いした。よくぞ真実を描いてくれたという感動とともに」と述べていて、まったくその通りだと思います。

 死刑執行の告知が執行の直前に死刑囚に直接伝えられるようになる前の、2、3日前に告知されていた60年代頃と思われるケースとして、最期に母親が来てくれると思っていたのが来ず、「お母さん、お母さん!」と叫びながら処刑されいく死刑囚の様子が痛々しいです。渡邉も涙が出て、お経が読めなくなったとのことです。

 吉永小百合主演の映画「天国の駅」のモデルにもなった女性死刑囚・小林カウの場合は、女性は死刑にならないと信じていたようで、最初は「キョトン」としていたとのこと、執行直前に「すみません、もう二、三日、待ってもらえないもんでしょうか」と言った」とのこと。最後まで彼女らしかったと。

 自身の判決文にはなかった、別の三件の殺人を打ち明け、「Death by Hanging」とまるで自分の死刑執行を待ちわびているかのような、踊る飾り文字を判決謄本の表紙に遺した死刑囚、「自分の身体で手術の練習をする若い医学生のことを想起し、「私の目が誰かに使われて、その人が幸せになったら、私の罪は少しでも癒されますか?」と問うた死刑囚、判決文に「悔悟の念なし」と書かれながら、判決確定から処刑されるまで、何か一つ身につけたいと、渡邉の勧めで写経を始めた死刑囚(こちらから真面目に働きかければ、それに応える人間であったということ。ただ、その「たったひとり」がその生涯においていなかった)。

 渡邉自身の後悔の念もあります。死刑執行について、「ま、法務大臣もそれが仕事だからな、職務熱心なんだろうよ」と言ってしまって、それ以後、面談にこなくなってしまった死刑囚、執行があれば事前に知らせてほしいと言われながら、心を乱してはいけないと秘匿しておいたところ、執行の際に「先生、あれほど頼んでおいたのに...残念でございます」と哀しみに満ちた目で言った死刑囚。

 著者インタビューによれば、渡邉は「本人が執行されても、幸せになった人間は、誰ひとりいません」と著者に言ったそうです。教誨師に限らず、死刑という難題に真剣に向き合ったことのある者なら、その立場を問わず、誰もが共通して胸に感じる「虚無感」のようなものがあると著者は言います。「改悛の情がない」として死刑判決を下された人間が、拘置所生活中の教誨によって改悛の情を見せ始め、人間らしくなったところで刑が執行されたりしてしまうわけで、著者が教誨師の仕事から「シーシュポスの神話」を何度も想起させられたと語っているのも分かる気がします。「死刑制度存知理由について改めて考えさせられる一冊です。

【2018年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
島薗 進 『死に向き合って生きる (NHKテキスト こころをよむ 2025年4月~6月)』(2025/03 ‎ NHK出版)
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