【3595】 ○ スティーヴン・マーフィ重松 (坂井純子/麻畠里子:訳) 『スタンフォード大学 いのちと死の授業 (2024/03 講談社) ★★★☆

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全体として東洋的。マインドフルネスという言葉を考える上では一定の示唆は得られた。

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スタンフォード大学 いのちと死の授業』['24年]

スタンフォード大学 いのちと死の授業4.jpgスタンフォード大学 いのちと死の授業1.jpg 本書は、心理学者である著者がスタンフォードの学生たちに行った授業の内容と実際に経験したことについて書かれています。著者はスタンフォード大学でマインドフルネスやEQ(感情知能)に関する教育を行っています。この授業では、学生たちが死を身近に感じるレッスンを通して、自身の体験や思いを語り、変化していく様子が描かれています。

 第1講「私は死につつあります」では、死を意識するからこそ、生きることを真摯に考えることができると説きます。また、マインドフルネスに基づくもので、各個人のウェルビーイングを超えて他者への慈しみや奉仕へと向かう、著者が「ハートフルネス」と呼ぶところの生き方を提唱しています(12p)。人々がコミュニティを求め集う小さなグループにおいて、ホスピタリティを提供することが自分のミッションであるとも述べています(40p)。

 第2講「私は息ができます」では、喪失ということについて考えていきます。喪失とは、ビギナーズマインド(初心)を受け入れる機会であり、私たちは、コンパッション(思いやり、慈愛)を抱き自身を受け入れながら、より良い人間になろうと励むことができ、これが、ハートフルネス、すなわちコンパッ座頭市の戦い方.jpgションと責任を同時に備えたマインドフルネスであるとしています(47-48p)。七転び八起きという言葉、座頭市の戦い方(戦わないことを強みとしながらも、どうしても戦わねばばらなくなった時に吐く「やるからには、後には引きませんよ」というセリフ)についての学生たちの議論、仕方がないという言葉など、日本的要素がふんだんに織り込まれています。

 第3講「生まれてきてよかった」では、人生でもっとも素晴らしいことは何かを考えます。そして、マインドフルネスは、自分という存在の現実、人間としての生の尊さに目を開くことであり、マインドフルネスが感謝の意識へと広がった状態をハートフルネスと呼ぶとしています(91p)。

金継ぎ(きんつぎ).jpg 第4講「ありのままのあなたが好き」では、今を生きること今が最高と思えることの大切さを説きます。直接書名・著者名を挙げてはいませんが、日本でもベストセラーとなった『スタンフォードの自分を変える教室』に(「変える」ということに関して)懐疑的であるのが興味深いです(146p)。一方で、日本の伝統工芸の「金継ぎ」をレジリエンスのメタファーと捉えていて(154p)、これもまた興味深いです。

円谷有森.jpg 第5講「生きることに価値はありますか」では、自殺の問題を取り上げ、オリンピックのマラソンランナーだった円谷幸吉の例が紹介されていますが、同じくオリンピックのマラソンランナーで、「自分を自分で誉めたい」と言った有森裕子の名を対比的に挙げているのが興味深いです(168-169p)(そっかあ、「自分を自分で誉めたい」というのはセルフコンパッションに該当するのかあ)。

 第6講「傷ついた心の癒し方」では、失うことは生きることの代償であるとして、大きな存在をその死によって失った際に、それをどう受け入れるかを説いています。ここでもやはり、金継ぎは傷ついた心を治す方法として役立つという話が出てきます(230p)。

 第7章「愛こそが死の解毒剤」は、引き続き、喪失の哀しみからどう甦るかを説きます。また、自分自身の死にどう向き合うか、ALSで死期が近いと思われる女性の「私たちは身体だけではないのよ」という言葉が出てきます(262p)。著者は、その強さは、肉体の死後も生き続ける魂への確信にあるように思えるとしています。

 第8章「今日が人生最後の日だとしたら」では、故スティーブ・ジョブズの言葉を引用し、自分の心に従うこと、自分は人生でまだ何ができるかを考えることを説いています。また、死ぬことを学ぶことで生きることを学ぶことができるとしています(296p)。黒澤明の「生きる」が紹介されています(309p)。

 第9章「すべてうまくいくから」では、著者が祖母の臨終に立ち会って、死は恐れるものではないと悟ったことが述べられています。死にゆく大勢の人々が、神に安らぎを見出すとし、どんな小さなこともすべてうまくいくとしています(324p)。

 第10講「私たちの物語」では、最後の授業として、生徒たちが自分の物語をクリエイティブな作品(文章)にしたものが3つ紹介されています。個人的には、自分を死んだペットに置き換えて、そこから人生はギフトであることを示唆した冒頭の作品が印象に残りました。

 全体として東洋的と言うか、スピリチュアルな面も強調されていますが、死後の世界(霊魂)というところまではいっておらず、あくまでも生きている側にいる人たちのマインドフルネス、ハートフルネスに重きを置いているように思えました(ある意味、心理学本だが、著者は哲学者ではなく心理学者であるので当然の帰結か。ただ、この人、"導師"的な雰囲気もある)。

 講義をそのまま本にした印象もあり、本として読むとやや散漫な印象も受けなくもありません。しかしながら、マインドフルネスという言葉を考える上では一定の示唆は得られました(著者の場合、「ハートフルネス」ということになるが)。ただ、それでもまだこのマインドフルネスというのが自分にはよく分かっていません。そのため、やや中途半端な評価になりました。

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This page contains a single entry by wada published on 2025年6月21日 04:53.

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