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ブームの「金継ぎ」。単なる修復ではなく創作。ルーツを辿ると楽しい。
『金継ぎと漆 KINTSUGI & JAPAN』['21年]『継 金継ぎの美と心 The Spirituality of Kintsugi』['21年]
ほぼ同時期に出た「金継」の本2冊で、どちらも、解説書、作品集、入門書を兼ねています。
『金継ぎと漆―KINTSUGI & JAPAN』の方は、金継ぎの研究者であり、金継ぎ教室も主宰する著者が、金継ぎの歴史や基礎知識、「金継ぎ」が国際化している現況などを解説しています(因みに、"JAPAN"は「漆」)。
本書によれば、「金継ぎ」の歴史は、織田信長(1534-1582)が茶道を武家社会の中で欠くことのできないセレモニーとして位置付けたところから(これには織田信長主催の京の茶会を成功させた千利休(1522-1591)の貢献も大きい)、茶器が家臣への褒章となり、ただし茶器は壊れやすく、一方で殿様からいただいた茶器を破損したならば、国替えどころか、切腹ということにもなりかねない―そこで壊れたら修理して新たな価値を与える「金継ぎ」の技術が生まれたとのことです(現代の感覚だと、茶碗割って切腹では「冗談キツイ」という感じだが、名器は城一つに値するとも言われたから、冗談とも言えないのかも)。
「金継ぎ」の生みの親は、織田信長説のほかに、足利義政(1436-1490)説も有力説としてあり、義政が中国に壊れた青磁茶碗を送って替わりのものを求めたところ、同じ水準のものが中国に無いとのことで金継ぎして送り返されたという「青磁茶碗 銘 馬蝗絆(ばこうはん)」の写真があります。修復個所はイナゴ(蝗)に見えるとされてきましたが、実は「馬蝗」とは中国語でヒル(蛭)のことで、著者はヒルに例えた方が、ヒルの姿がホチキス針のように器をつなぎとめる「鎹」に似ているからいいのではないかと思うとし、ただし、ヒルは血を吸ってイメージが悪いので、誤りをそのままにしたのではないかという研究者の見解も紹介しています。
青磁茶碗 銘 馬蝗絆
作品集として鑑賞できるとともに、やきもの修理の基礎知識(まったく別の陶磁器の破片で修理する「呼び継ぎ」というのが面白い)、「金継ぎ」の基礎知識(使う材料は貝殻や卵の殻まで多種多様) 、漆について天然の漆にこだわる理由や漆はいつから使われたのかなど、さらに、修理に見る日本と西洋の違いなど、幅広く解説しています、
各章末にあるコラムも楽しく、第2章末の「こわれものハンター、3万3000円で名品を買う」での骨董屋さんとの遣り取りなどはほんわかした気分にさせられます(その時講入した器が本書の表紙に使われている)。
『継―金継ぎの美と心 The Spirituality of Kintsugi』の方は、漆芸修復師として様々な分野の修復に携わりながら多くの外国人、会社経営者らに金継ぎの魅力を伝える講演会、ワークショップなどを行う著者が、国内外の人に向けて金継ぎの歴史、職人文化、美的感覚や感性が表現されたデザインのほか、海外で人気を博す理由を印象的なエピソードとともに紹介しています。
全4章構成の第1章では、金継ぎとは何か、修復の工程や漆について解説し、今に伝わる繕いの名品を紹介しています(金継ぎのルーツと言われる「青磁茶碗 銘 馬蝗絆」の写真がこちらにもある)。第2章では、職人の世界がどのようなものであったか、第3章では、繕うということの精神性や文化について述べ、第4章で、著者自身の金継ぎの工程を詳しく紹介しています。
なぜ金継ぎが世界に受け入れられ評価されるのか(今や「Kintsugi」という英単語になっているようだ。著者の工房にも様々な国の人が訪ねて来るし、著者も海外へ行く)、美しいだけではない金継ぎの魅力を知ることができる一冊であり、写真も楽しく見ることができます。全文英訳が付されており、外国人でも分かるようにしている点が、金継ぎというものの国際化を表していると思います。
『金継ぎと漆』の方にも、今「金継ぎ」が内外でブームであるといったような表現が出てきますが、ブームの1つのきかっけは、2021年開催のパラリンピック東京大会閉会式で、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長が閉会挨拶の中で、「金継ぎ」に言及したことにあるようです(パーソンズ会長は金継ぎについて「誰もが持つ不完全さを受け入れ、隠すのではなく大事にしようという考え方です」と紹介。その上で「スポーツの祭典の間、私たちは違いを認め、多様性の調和を見せました。私たちの旅をここで終わらせてはいけません」と訴えた)。
パラリンピック東京大会閉会式でパラリンピック旗を振るIPCのパーソンズ会長(左)2021年9月5日[中日スポーツ]
個人的には、単に修復すると言うより、創作の要素が強くあること(破損してない箇所にも金継ぎを施すことも)を強く感じました。2冊を相対比較すると、『金継ぎと漆』の方は「お教室」的で、『継』は「工房」的という感じでしょうか。後者の方がちょっとハードルが高いかもしれません。