2025年5月 Archives

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○映像の世紀バタフライエフェクト(「シークレットサービス 大統領の盾となる者たち」)

ジャクリーン・ケネディの人物像が知れて良かった。著者はどん底から立ち直ったすごい人。

ミセス・ケネディ.jpgミセス・ケネディ 著者1.jpg Clint Hill(1932-2025)ミセス・ケネディ 著者エ.jpg
ミセス・ケネディ: 私だけが知る大統領夫人の素顔』['13年] 『Mrs. Kennedy and Me: An Intimate Memoir』['12年]『My Travels with Mrs. Kennedy』['22年]
Mrs. Kennedy & Clint Hill
ミセス・ケネディ 著者3.jpg 今年['25年]2月21日93歳で死去した元シークレットサービス、クリント・ヒルの本(原題:Mrs. Kennedy and Me: An Intimate Memoir、2012)です(彼はケネディに近しい人物の中で1963年11月22日のケネディ暗殺を間近で見た最後の生存者だったという)。1958年にアイゼンハワー大統領のシークレットサービス警護官となっていますが、本書は1960年11月、政権がジョン・F・ケネディに移行する前に、彼より2歳年上の次期ファーストレディ、ジャクリーン・ケネディの警護官に任命され、彼女と初めて会うところから始まり、ケネディ政権下の1961年から1963年までの3年間のジャクリーン・ケネディのことが書かれています。ジャーナリストによる聞き語りと思われますが読みやすく、著者は後にこのジャーナリストと結婚しています。

 読むと、ジャクリーンがいかに夫思いであり子ども思いであったかが分かり、また、賢くて機知に富み、先進的で活発であったことが窺えます。3人の子どもを産んでいますが、3人目の子どもは亡くすなど、悲しい経験もしています。スポーツ万能みたいだったようで、彼女の趣味のテニスや水上スキーに、そうした方面に心得のないまま付き合わされた著者はたいへんだったようで、このあたりは可笑しいです。馬が好きで乗馬などもこなしましたが、落馬したところをパパラッチに撮られたりして、著者はジャクリーンの安全とプライバシーの両方を守れねばならず大変だったようです。
Mrs. Kennedy & Clint Hill
ミセス・ケネディ 著者5.jpg 外遊先では非常に堂々とした振る舞いを見せる一方で、ジャクリーン人気ゆえのあまりに過密なスケジュールに、著者のクリント・ヒルに対して1日寝ていたいのでその日の予定を全部キャンセルして欲しいといった"ドタキャン"要請することもあったようです。学生時代にフランスに留学していたためフランス語が話せ、欧州などでトップ外交の一翼を担ったようです。それらを間近で見た著者は、あの元首はいい人物だったとか、あの財界人はいけ好かなかったとか述べていますが、ギリシャの海運王オナシスはケネディの大統領在任中からジャクリーンにアプローチしていたようで、著者から見てオナシスはいけ好かない人物の部類に入るようです。

 一方で、よく言われるケネディの女性好きの話は出てきません。ジャクリーン・ケネディのシークレットサービスになったときに、明示的か暗示的かは判りませんが守秘義務を課せられているはずで、それを律義に守っているのでしょう。国民にとってケネディ家は幸せな良き家庭であらねばならないというある種の信念を貫き通しているのでしょう。そうした意味ではもの足りなさもありますが、ジャクリーン・ケネディの人物像が知れたのは良かったです。
Mrs. Kennedy & Clint Hill
ミセス・ケネディ 著者4.jpg そして話はケネディ暗殺の日へと向かっています。この時、ケネディはダラスでパレードをしていて喉に銃撃を受け、著者は、数秒遅れてリムジンに飛び乗りましたが大統領を守ることができす(3発目の銃弾がケネディの頭を砕いた)、しかし、ジャクリーン・ケネディを守ろうとして身体を盾にして病院に到着するまでリムジンの上にいました。

 この時の様子は、NHK「映像の世紀バタフライエフェクト」の今年['25年]4月7日放送分「シークレットサービス 大統領の盾となる者たち」で詳しく伝えていました。ケネディの葬儀後、著者はワシントンで表彰されましたが笑顔はなく(表彰から数日後に海で自殺未遂を起こしている)、これも本書にはありませんが、「映像の世紀」の方では著者がその後、大統領を守れなかった責任感で酒に逃げてアルコール中毒になったことを伝えていました。

Five Days in November.jpgミセス・ケネディ 著者2.jpg 番組では、アル中からの復帰の過程でインタビューに応えた映像がありましたが、責任感からくる後悔の念を未だ引き摺っている感じで、痛々しかったです。ただ、本書は原著刊行が2012年でケネディ暗殺から半世紀を経ようとしている頃であり、1932年生まれの当時29歳だった著者も80歳になっており、いろいろと語れるようになったのではないかと思われます(冒頭にも述べたように、この共著者リサ・マッカビンと何冊か本を出した後、2021年に彼女と結婚(89歳と57歳のカップル!)、その後も『My Travels with Mrs. Kennedy』['22年]、『Five Days in November: In Commemoration of the 60th Anniversary of JFK's Assassination』['23年]などの共著を出している)。

銃撃を受けたドナルド·トランプをSUVに乗せ、周囲を警戒する米秘密警護局(SS)所属の女性SPら[AP連合]
トランプ暗殺未遂.jpg 昨年['24年]7月13日の選挙集会中に起きた当時大統領候補だったドナルド・トランプの暗殺未遂事件で、「女性は警護分野で最高ではない」との女性SP不要論が勃発したのに対し(イーロン·マスクは「女性警護員たちはトランプ前大統領を体で隠すには小さすぎた」として「力量により選抜されなかった」と主張した )、本書の著者クリント・ヒルは、自分は身長が特別に高いわけでもないのにシークレットサービスを勤め上げたとして女性SPを擁護し、92歳にして尚も発信をしていました。どん底から立ち直ったすごい人です。

《読書MEMO》
●NHK 総合 2025/04/07「映像の世紀バタフライエフェクト#96―シークレットサービス 大統領の盾となる者たち」
シークレットサービス 大統領の盾となる者たち.jpg
歴代アメリカ大統領45人のうち20人がその命を狙われている。絶大な権力を持ち、時に憎しみが向けられる大統領をシークレットサービスは24時間守り続けてきた。しかしその献身的な仕事が認められることはほとんどなかった。スポットが当たるのは、失敗した時だけだった。ケネディを守れなかった男の痛恨。身代わりに銃弾を受け、レーガンの命を救った男の矜持。報われることが少なかった、名もなき人々の闘いの記録である。

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室生犀星の詩との"コラボ"。日本の風景美・自然美を詩情豊かに織り成す。

写真集・詩のふるさと1.png写真集・詩のふるさと2.jpg 濱谷浩.jpg
写真集・詩のふるさと (1958年) 』 濱谷 浩(1915-1999/享年83)
写真集・詩のふるさと3.jpg 濱谷浩(1915-1999/83歳没)の初期写真集。1958(昭和33)年、雑誌「婦人公論」の1月号から12月号までの1年間に、詩人・室生犀星(1889-1962)の「わが愛する詩人の伝記」連載の文章に、濱谷浩が写真を撮り下ろして作り上げた詩写真集です。

写真集・詩のふるさと4.jpg 室生犀星の「わが愛する詩人の伝記」は、室生犀星が、その交友と、体験と、鑑賞を通して、北原白秋,、高村光太郎、萩原朔太郎、釈迢空、島崎藤村、堀辰雄、立原道造など12人の詩人を、その原風景と併せて(例えば島崎藤村であれば馬籠・千曲川、堀辰雄であれば軽井沢・追分といったように)浮き彫りにしたものです。この写真集も当時の連載を生かし、美しい諧調のモノクロ写真と室生犀星の詩・散文の組み合わせにより、日本の風景美・自然美を詩情豊かに織り成しています(今で言うところの"コラボレーション"か)。

 ただし、濱谷浩自身はあとがきで、「詩のこころを、写真に託すことは到底不可能なことは当然で、詩には詩のこころ、写真には写真のありようがあって、その答えが、写真集『詩のふるさと』になりました」としています。

 『雪国』(1956年)、『辺境の町』(1957年)、『裏日本』(1957年)、『見てきた中国』(1958年)に続く5冊目の写真集ですが、先行4冊を、『雪国』を長男に喩え「四人の男の子が、この世に生をうけました」としているのに対し、「今度が五人目の子、優しい女の子、わが家にははじめて女の子が(中略)生まれたのであります」としているのが興味深いです。いずれにせよ、前の4冊も本書も入手しにくくなっているので貴重です。

『雪国―濱谷浩写真』(1956年)/『辺境の町』(1957年)/『裏日本』(1957年)/『写真集 見てきた中国』(1958年)
写真集・濱谷4冊.jpg

 ただし、元々の室生犀星の文章の方は『我が愛する詩人の伝記』として1960年に中公文庫で文庫化され、さらに1965年に角川文庫で、2016年に講談社文芸文庫で再文庫化されているほか、この写真集『詩のふるさと』と併せた写文集が『写文集―我が愛する詩人の伝記』として「室生犀星没後60年」にあたる2021年に中央公論新社から刊行されています。
我が愛する詩人の伝記.gif

《読書MEMO》
写文集-我が愛する詩人の伝記2.jpg●室生犀星(文)・濱谷浩 (写真)『写文集―我が愛する詩人の伝記』目次
 北原白秋――柳川
 高村光太郎――阿多々良山・阿武隈川
  萩原朔太郎――前橋
 釈迢空――能登半島
 島崎藤村――馬籠・千曲川
 堀辰雄――軽井沢・追分
 立原道造――軽井沢
 津村信夫――戸隠山
 山村暮鳥――大洗
 百田宗治――大阪
 千家元麿――出雲
 室生犀星――金沢
 『我が愛する詩人の伝記』あとがき 室生犀星
  濱谷浩さんのこと 室生犀星
 『詩のふるさと』あとがき 濱谷浩

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短篇を読む契機となった。戦地にて銃弾で喉を貫かれた経験があることを初めて知った。

ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌1.jpg
Eric Blair (pen name, George Orwell).jpg Eric Blair (pen name, George Orwell)
ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌 (岩波新書 新赤版 1837) 』['20年]

 『一九八四年』などの作品で知られるジョージ・オーウェル(本名:エリック・アーサー・ブレア、1903-1950/46歳没)の少年時代から晩年までの生涯と作品を辿り、その思想の根源を探った評伝です。生涯を年譜的に追っているオーソドックスな内容ですが、合間合間にターニングポイントとなった作品の冒頭部分が紹介されていて、個人的には、それまで『動物農場』と『一九八四年』しか読んでなかったオーウェルの、その幾つかの短編を読む契機となりました。

Burma Provincial Police Training School, Mandalay, 1923
Eric Blair is the third standing tram the left
Burma Provincial Police Training School, Mandalay, 1923 Eric Blair is the third standing tram the left.jpg オーウェルは19歳から5年間、当時イギリスの支配下にあったビルマ(現在のミャンマー)で警官として過ごしており、ビルマを舞台とした短篇「象を撃つ」はビルマ赴任を終えて約10年近く経て書かれたものですが、ビルマ時代を描いた作品の中でも代表的なものの一つに数えられているとのこと。ただし、1945年に出版された『動物農場』で作家として一気にその名を高めることになった、その9年前の作品ということになるので、注目されるようになったのは『動物農場』がベストセラーになった以降のようです。

 オーウェルは当初「反ソ・反共」作家のイメージであったのが、時代とともに「監視社会化」に警鐘を鳴らした人物へと、受容のされ方も変化してきた作家であるとのこと。若かりし頃は社会主義者で、1936年12月にスペイン内戦で無政府主義者らに感化されて、翌1937年初頭に民兵組織マルクス主義統一労働者党という共和派の義勇兵に加わったものの、「トロツキー主義者」と見られスターリン指導下の共産党による粛清開始で危機一髪のところでフランスに脱出(『カタロニア讃歌』)、共通の敵だと思っていたファシスト(フランコ政権側)より味方であるはずのソ連・スターリニストの方が悪辣だったことを体感して、ソ連の「粛清」を嫌悪する民主社会主義者となっています。

 この彼の経歴自体は、『動物農場』のさらに4年後の1949年に『一九八四年』が出版された時にはよく知られており、そのため『一九八四年』は、自らに経験をもとに、当時の西側諸国の反スターリニズム(反共産主義)・反ファシズムという流れの中で生まれた一過性で終わる作品と見られていたということのようです。「監視社会」という概念はもっと後からでてきたもので、作品が時代に先行していたということでしょう。

 それではオーウェルをどう理解すれば良いのかというと、オーウェルは、反帝国主義・反全体主義・反社会主義の思想家であり、反帝国主義に関しては、オーウェルは警察官としてイギリスのインド統治を経験し、イギリス政府によるインド人への不当な抑圧行為を目の当たりにしたためで、反全体主義に関しては、スペイン義勇兵としての体験が基礎になっており、反共産主義・反社会主義に関しては共産主義国のソ連に裏切られ、幻滅させられため、ということになるようです。いずれにせよ、オーウェルが理想とする国家とは、民主主義を擁護する政治的社会(民主国家)であり、そこには、人種や民族、宗教や習俗の違いを越えた普遍性が含まれているわけで、そう考えると、ますます今日的な作家であるように思えてきます。。

 本書を読んで初めて知ったのは、スペイン内戦に参戦した際に前線で咽喉部に貫通銃創を受け、まさに紙一重で死の淵から生還しているとのことです(オーエルは非常に背が高く、塹壕に潜んでいても他の兵士より頭1つ出ている分、真っ先に敵の銃弾を受けやすかったようだ)。銃弾がもう何センチか或いは何ミリかずれていれば、我々は『動物農場』も『一九八四年』も読むことは無かったのだなあと。また、こういう経験は、何らかの形でその後の作家の人生や作品に影響を与えているのだろうなあと思います。

 読んでみて色々な経験をした人なのだなあと思いましたが、やっぱり戦地にて銃弾で喉を貫かれた経験を持つというのが、(知っている人は知っているのだろうけれど)これまでそのことを知らなかった自分としては最も衝撃的だったかもしれません。

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