「●ふ 藤原 審爾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●ふ 藤原 新也」 【615】 藤原 新也 『東京漂流』
シリーズ初期作品で、これまで文庫に収められなかった「放火」。登場人物の名前が違う。

藤原審爾
『『葛藤する刑事たち』傑作警察小説アンソロジー (朝日文庫)』['19年]
『新宿広場:新宿警察』['69年/報知新聞社](収録作品:新宿ゴキブリ、勇気ということ、新宿でかめろん、ズベ公おかつ、新宿心中、優雅な死、新宿製人魚、青い公園にて、新宿その血の渇き、所轄刑事、純情無頼、放火、鴉のあしあと、新宿西口ビル街殺人事件)
聞込みは、運が左右する。不意に思いがけないことをきかれて、すらすら思い出せるものではない。それに、なにか大事な目撃をした者が、聞込みの時に居合せなければ、それきりである。それに喋るほうは無責任で、正確を期そうとするわけではない。それらの悪条件を克服するのは、犯人を捕えないではいられない情熱と運と、足が棒のようになるほど、根気よく聞込みをつづけることである―。(「放火」より)
東京・新宿にある警察署を舞台に、燃えるような情熱をもった刑事たちを描いた藤原審爾の《新宿警察シリーズ》('75年9月から'76年2月にかけてCX系で放映された北大路欣也主演のドラマ「新宿警察」の原作)の1作。文字通り放火事件の犯人捜査を軸とする捜査ものですが、このシリーズの特徴的傾向として、軸となる物語の事件が他の事件との並行捜査になっていて、ここでは、新宿の暴力団の十二社にある賭場への武装警官突入と重なっています。そこで、新興の愚連隊の男の超絶美人の情婦を挙げることになりますが、実は彼女は―。
藤原審爾の短編集『新宿警察』('09年/双葉社文庫)を読んで、この文庫シリーズは『慈悲の報酬-新宿警察Ⅱ』『所轄刑事-新宿警察Ⅲ』『新宿生餌-新宿警察Ⅳ』と続くのですが、次にどれを読もうかと思っていたら、このアンソロジーの中に作者の「放火」が収められていることを知りました。
「放火」は藤原審爾が雑誌「新評」の1969年12月号に発表したもので、短篇集『新宿広場:新宿警察』('69年/報知新聞社)に収められた、シリーズの中でも初期の作品になります。この頃は、物語の主要メンバーのうち、根来(ドラマにおける北大路欣也)、仙田(同・小池朝雄)、徳田(同・花沢徳衛)は名前
が確定していますが、山辺(同・財津一郎)は"富田"、戸田(同・三島史郎)は"戸川"(「新宿警察」)だったり"村山"(「放火」)だったりしたようです。そして、この「放火」は、『新宿広場:新宿警察』以降なぜか文庫等への収録が無かったためそれらの名前を統一する機会がなく、杉江松恋氏監修のKindle版(『新宿警察(1)捜査篇 新宿警察』('17年/アドレナライズ)に所収)でもそのままだったようです。
「放火」は火事を最初から放火と決めつけ、興奮のあまり場所の報告を忘れてしまうような若い部下を仙田が、辛抱強く見守り導く"部下育成"物語にもなっていますが、この部下の"村山"が、後の戸田であり、シリーズの主人公の根来の妹・登志子(同・多岐川裕美)の婚約者になるのではないかな。
この『葛藤する刑事たち』に収められているのは、以下の9篇。
【黎明期】
松本清張 「声」
藤原審爾 「放火」
結城昌治 「夜が崩れた」
【発展期】
大沢在昌「老獣」
逢坂剛 「黒い矢」
今野敏 「薔薇の色」
【覚醒期】
横山秀夫 「共犯者」
月村了衛 「焼相』
誉田哲也 「手紙」
村上貴史氏の解説では、50年代半ばから警察小説と呼びうる作品が発表され始め、松本清張で言えば'55年の「張込み」、藤原審爾で言えば'59年の《新宿警察シリーズ》の「若い刑事」などであり、島田一男の《部長刑事》シリーズの第1作の刊行も'62年で、いずれも作家も他のジャンルを書きつつ、警察小説も書いていたとのことですが、「黎明期」の三人としては、松本清張、藤原審爾に加え、'59年に長編『ひげのある男たち』を書いている結城昌治の作品を取り上げています(取り上げた作品は貞永方久監督、勝野洋・桃井かおり・原田芳雄主演で「夜が崩れた」('78年/松竹)として映画化されている)。
松本清張は〈社会派推理〉とか〈旅情ミステリ―〉とかで先駆者としてどこにでも顔を出すとして(「声」も'56年発表と早い、これも鈴木清順監督、二谷英明・南田洋子主演で「影なき声」('58年/日活)として映画化されているほか、何度かテレビドラマ化されている)、結城昌治はどちらかと言うと「ハードボイルド小説の先駆者」という印象があります。「三人」を敢えて「二人」に絞ると、松本清張とあとは《新宿警察シリーズ》が「日本の87分署」と評される藤原審爾になるのではないでしょうか。
単に警察小説を並べるのではなく、黎明・発展・革新の3部構成で分類し、解説もそれに沿ってされており、「警察小説」における各作家のポジショニングが分かったのが良かったです。藤原審爾について「放火」を選んだのも、これまで文庫に収められていなかったことを考えてのことかと思われます。


時は冷戦最中、元英国秘密情報部MI6の諜報員ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)は、スパイ活動を一時引退していが、新たな上司のM(エドワード・フォックス)から新たに命令を受ける。国際的犯罪組織"スペクター"のNo.1メンバー、マキシミリアン・ラルゴ(クラウス・マリア・ブランダウアー)が、2つの核弾頭を強奪したのだ。これは、スペクターの首領で、No.2のブロフェルド(マックス・フォン・シドー)の新
たな作戦「アラーの涙」の一環だった。核弾頭を取り戻す命令を受けたボンドは、ラルゴを追ってバハマへ向かうことに。バハマに到着したボンドは、ラルゴの部下で殺し屋ファティマ(バーバラ・カレラ)に殺されそうになる。しかし、2度の暗殺の危機を切り抜けて、なんとか生き残る。さらに、ニースのカジノでドミノ(キム・ベイシンガー)という女性に出会ったボンドは、ドミノの兄ジャック(ギャヴァン・オハーリー)が、核弾頭を手に入れるためにラルゴに殺されたことを明かす。その後、ミサイルの一つがワシントンの大統領のもとにあると知ったボンドは本部に通報、引き続きもう一つのミサイルの行方を追うが―。
1983年公開のアーヴィン・カーシュナー監督作で、ジェームズ・ボンドの映画の制作会社イーオン・プロダクションズとは別の会社の制作であるため。007シリーズとしては番外編になります。初代ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリー(1930 - 2020/90歳没)が「007 ダイヤモンドは永遠に」('71年/英・米)から12年ぶりの復活、7回目にして最後のボンド役を演じました(原題の意味は「ボンド、やめるなんて言わないで」ということらしい)。内容は1965年に公開された4作目「007 サンダーボール作戦」のリメイクですが、使用権の問題のためか、いつものシリーズとオープニングが違ったり(ガンバレル(銃口)のシークエンスが無い)、音楽が
敵のラルゴ役のクラウス・マリア・ブランダウアーは、主演作であるイシュトバーン・サボー監督の「メフィスト」('81年/西独・ハンガリー)を新宿のシネマスクウェア東急で'82年に観ました。ナチス政権下で権力に翻弄される実在した「ファウスト」の名優グリュントゲンスをモデルにしたクラウス
・マンの小説の映画化作品(第34回カンヌ国際映画祭「脚本賞」受賞作)でしたが、そうした芸術色の強い映画(個人的評価は★★★☆)に出ていた俳優が、まさかその後すぐジェームズ・ボンド映画に出るとは思ってもみませんでした(言語も違ったし)。ただし、この作品では、彼、クラウス・マリア・ブランダウアーとショーン・コネリーとの心理戦的演技が、当時の典型的なボンド映画よりも感情に訴えかけるものがあると評価されて好評を博し、映画の商業的な成功にも繋がっています。クラウス・マリア・ブランダウアーはその後も活躍を続け、シドニー・ポラック監督の「
スペクターの首領ブロフェルドにマックス・フォン・シドー(1929 - 2020/90歳没)で、ドナルド・プレザンス(「
サバラス(「女王陛下の007」)('69年))、チャールズ・グレイ(「ダイヤモンドは永遠に」('71年))に続いての配役。マックス・フォンシドーも「
教の王と対峙する善の王オズリック王の役でしたが、スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の「
ボンドガールの一人は、スペクターの女殺し屋(スペクターNo.12)ファティマを演じたバーバラ・カレラ(1951年生まれ)。ファティマは最後までボンドを追い回して危機に落とし入れる
も、Q(アレック・マッコーエン)が開発した万年筆型ロケットで爆殺されます。ボンドを追いつめた際に、自分が最高の女だったとボンドに書き付けを要求す
るシーンが見せ場でしたが、結局それが仇となった(笑)。バーバラ・カレラはこの「ネバーセイ・ネバーアゲイン」の出演が一番のキャリアとされていますが、「エンブリヨ」('76年)、「ドクター・モローの島」('77年)といった作品の彼女に思い入れがある人もいるかと思います。
もう一人は、ラルゴの愛人でどうやらラルゴに殺害されたジャックの妹ドミノを演じたキム・ベイシンガー(1953年生まれ)で、こちらは敵側からボンド側に寝返る(これはシリーズのいつものお約束通り)言わ

個人的には「ナインハーフ」はイマイチだったかも。原題は「9週間半」。監督は「フラッシュダンス」('83年)のエイドリアン・ラインで、相変わらず映像には凝っていて、哲学的な語り口を装っていますが、本質はエンターテイメントではなかったかなあ(キム・ベイシンガーのボディにばかり目が行く。この頃のミッキー・ロークってなぜか好きになれない)。
キム・ベイシンガーはその25年後、ギジェルモ・アリアガ監督の「
そう言えばキム・ベイシンガーは、アカデミー賞の授賞式でのプレゼンターとして舞台に立った際に(その年の作品賞は「
この「ネバーセイ・ネバーアゲイン」では、これら準主役級のほかに、Mの役が「
ローワン・アトキンソン
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」●原題:NEVER SAY NEVER AGAIN●制作年:1983年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:アーヴィン・カーシュナー●製作:ジャック・シュワルツマン●脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:



「メフィスト」●原題:MEPHISTO●制作年:1981年●制作国:西独・ハンガリー●監督:イシュトバン・サボー●脚本:イシュトバン・サボー/ペーテル・ドバイ●撮影:ラホス・コルタイ●音楽:ゼンコ・タルナシ●原作:クラウス・マン●
時間:145 分●出演:クラウス・マリア・ブランダウアー/クリスティナ・ヤンダ/イルディコ・バンシャーギィ/カーリン・ボイド/ロルフ・ホッペ/ペーター・アンドライ/クリスティーネ・ハルボルト●日本公開:1982/04●配給:大映インターナショナル●最初に観た場所:新宿・シネマスクウェア東急(82-05-01)(評価:★★★☆)



「ナインハーフ」●原題:NINE 1/2 WEEKS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:エイドリアン・ライン●製作:アンソニー・ルーファス・アイザック/キース・バリッシュ●脚本:パトリシア・ノップ/ザルマン・キング●撮影:ピーター・ビジウ●音楽:ジャック・ニッチェ●原作:エリザベス・マクニール●時間:117分●出演:ミッキー・ロー/キム・ベイシンガー/マーガレット・ホイットンン/ドワイト・ワイスト/クリスティーン・バランスキー/カレン・ヤング/ロン・ウッド●日本公開:1986/04●配給:日本ヘラルド(評価:★★★)
「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)



'75年9月から'76年2月にかけてCX系で放映された北大路欣也主演のドラマ「新宿警察」の原作です。既刊の『新宿警察』('75年/双葉社)を分冊したもので、本書に収められているのは「新宿警察」「復讐の論理」「若い刑事」「新宿心中」「ズベ公おかつ」の全5篇です(残りは『慈悲の報酬-新宿警察Ⅱ』に収められ、さらに『続新宿警察』('75年/双葉社)』も分冊化され、『所轄刑事-新宿警察Ⅲ』『新宿生餌-新宿警察Ⅳ』に収められている)。当初からの物語の主要メンバーは、主人公の新宿署の根来、課長の仙田(ドラマでは主任)、署の生き字引と言われる徳田、後に根来の妹・登志子(ドラマでは戸志子)の婚約者となる戸田などです。
「新宿警察」... 新宿の街に若い女性に硫酸を浴びせる硫酸魔が出没。新宿署の仙田らは、地道な調査を続け、犯人の特定と犯人の次のターゲットの保護を目指す―。ちようど今年['21年]8月に、東京・港区の東京メトロ白金高輪駅で硫酸を使った傷害事件が起きたばかりで、怖いなあと思いながら読みました。新聞報道によれば、今回の事件は、警視庁が容疑者の男の逮捕までに駅や街中の防犯カメラ約250台を解析していたとのこと。時代は変わったのか変わっていないのか。初出は「推理ストーリー」1968年3月号ですが、Kindle版監修の杉江松恋氏によれば、タイトルは同年刊行の『新宿警察』('68年/報知新聞社)を意識したのではないかとのことです(ドラマ「新宿警察」で仙田を演じたのは小池朝雄)。
「復讐の論理」... 静岡の刑務所を脱獄した犯人。かつて、船上での逮捕時に、情婦が彼を逃がすために時間を稼ごうと身投げして命を絶ったことから、彼を追い詰めた新宿署の刑事・根来を憎んでいた。脱獄犯は東京に潜入し、ついには根来の唯一の肉親である妹・登志子の住むアパートの屋上に現れる。手にライフルを携えて―。これもハラハラドキドキさせられます。昭和のマンションって屋上が住民たちの洗濯物干し場になっていたのだなあ。そう言えば学校や会社の建物にも屋上があり、バレーボールとかやっていた...(ドラマ「新宿警察」で根来を演じたのは北大路欣也、登志子を演じたのは多岐川裕美)。
「若い刑事」... 今は亡き敏腕刑事を父に持つ正介は、大学を卒業して金融会社の社長秘書になるも、実はその会社はブラック企業だったために退職、警察学校を経て警官になって1年後、新宿署の刑事に抜擢される。その正介が担当した事件が、前の勤務先のブラック企業絡みのものだった―。若い刑事の成長物語。散々な目に遭って、自分には刑事は向かない、もう辞めてやると思った頃に、傍から見ると"デカ"らしくなっているというのが可笑しいです。1959(昭和34)年に雑誌に発表されたシリーズのパイロット版的作品(シリーズ第1作)です(短編集『若い刑事』('60年/彌生書房)として刊行されたが、 表題作「若い刑事」のみがシリーズ作品)。この「若い刑事」は、「駈けだし刑事」('64年/日活)として前田満洲夫監督、長門裕之主演(共演:長谷百合・伊藤雄之助・高品格)で映画化されていますが、個人的には未見です。
「新宿心中」... 若い女性を香港や台湾に売り飛ばすことを業としている組織を挙げるために新宿署も協力することになる。仙田は、柔道五段剣道三段の猛者・山辺に担当させることにするが、彼の妻は、山辺と彼の仕事のことで喧嘩したはずみに事故に遭い、寝たきりで精神状態も不調で、山辺ともろくに話さない―。辛い話だなあと。事件の方は無理心中事件の謎解きを経て、組織のアジトへの警官隊の突入にへ。事件が解決したところで、山辺と妻との関係も希望が持てるものに改善。最初が辛かっただけに、カタルシス効果が大きかったです。5篇の中では個人的にはこれが一番良かったです(ドラマ「新宿警察」で山辺を演じたのは財津一郎)。

文芸評論家の細谷正充氏の文庫解説によれば、作者の自伝的随筆の中に、「今、当時の作品表をみてみると、(昭和)44年のその頃からは、
因みに、ドラマでの根来(北大路欣也)の妹・登志子(ドラマでは戸志子)を演じた多岐川裕美は、ドラマ出演の前年に成人漫画を映画化した鈴木則文(1933- 2014/80歳没)監督の「聖獣学園」('74年/東映)でデビューしており、この映画は修道院を舞台にしたエロティック・バイオレンスで、多岐川裕美がヌードを披露する他、拷問シーンなど体当たりの演技を見せました。封切り当時は全くヒットせず、忘れ去られた映画になっていましたが、多岐川裕美が清純派イメージで人気を高めていた1980年頃、かつて映画でヌードになっているとメディアに取り上げられて再公開されています。個人的には'83年に新宿昭和館で
観ましたが、多岐川裕美の学芸会的演技ぶりでその時の個人的評価は×(★★)、ただし、後に多岐川裕美が"嫌々脱がされた"と訴え、そのことで鈴木則文監督から逆提訴されそうになったとの話もあったりして、いろいろな意味でレアものであるとのことでオマケで△(★★☆)に。ウィキペディアに<よれば、日本におけるナンスプロイテーシ
ョン映画(尼僧や女子修道院を主題とするエクスプロイテーション映画)の傑作とのことですが、ひとえに後に多岐川裕美が有名女優になったことによるのではないかという気がします。三原葉子(修道院の副院長)や渡辺文雄(司祭)、谷隼人やたこ八郎が出演していて、作家の田中小実昌なども出ています。
多岐川裕美はこのドラマ出演中に人気が急上昇し、元の「新宿警察」の方の出演が多忙中の綱渡りになってしまったため、最初の内は事件に関与していたりしたものの(第2話「地下水道」)、後は第21話「新宿心中」、第22話「新宿・初恋」で事件に絡む程度でした。最終回の序盤で、ネグリジェ姿のままエプロンをつけ、朝ご飯の支度
をしている場面があり、兄の根来に「いくら兄貴の前だって、服くらい着ろよ」とたしなめられますが、当時の一部の視聴者が多岐川裕美に求めていたイメージ的役割に応えたともとれます(ただし、これはドラマ用に作ったシーンではなく、本書所収の「復讐の論理」の冒頭に実際に同じようなシチュエーションで兄妹がこうしたやりとりをする場面がある)。'76年にNHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」で主人公の平将門が求婚する性に奔放な女性・小督(こごう)を演じ、'78年にはテレビドラマ版「飢餓海峡」のヒロイン役でヌードを拒否し、浦山桐郎監督と揉めて降板しています(この頃から清純派志向になったか)。NHK大河ドラマの方は、その後も「草燃える」('79年・実朝の妻・音羽役)、「峠の群像」('82年・竹島素良役)、「山河燃ゆ」('84年・ 畑中(天羽)エミー役)に出
演したほか、同じくNHKドラマの「風神の門」('80年・ 隠岐殿役)にも出演、さらに80年代後半ではフジテレビドラマ「



「聖獣学園」●制作年:1974年●監督:鈴木則文●脚本:掛札昌裕/鈴木則文●撮影:清水政夫●音楽:八木正生●原作:鈴木則文/(画)沢田竜治●時間:91分●出演:多岐川裕美/山内えみこ(恵美子→絵美子)/谷隼人/渡辺やよい/大谷アヤ/城恵美/田島晴美/石田なおみ/美和じゅん子/大堀早苗/村松美枝子/謝秀客/竹村清女/早乙女りえ/谷本小代子/森秋子/山本緑/衣麻遼子/マリー・アントワネット/木村弓美/木挽
輝香/鈴木サチ/根岸京子/三原葉子/山田甲一/田中小実昌/小林千枝/章文栄/太古八郎(たこ八郎)/渡辺文雄●公開:1974/02●配給:東映●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「純」(横山博人)

7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。



自動車の修理業をやっている石津圭三(佐野周二)に得意先の佐藤専務(坂本武)が縁談を持ち込む。相手は池田泰子(原節子)という華族の令嬢。提灯に釣り鐘だと圭三は問題にしないが、熱心な佐藤に口説かれてとにかく見合いすることに。実際会ってみると泰子は予想した高慢なお嬢さんでなく、圭三はすっかり好きになる。佐藤から結婚承諾の返事を聞いた圭三は上機嫌。新調の服と靴、派手なネクタイを締め池田家を訪問する。圭三は泰子の家族に紹介されるが、皆いい人ばかり。だが、家族の中で一人だけ欠けているのが泰子の父・浩平(永田靖)で、浩平は詐欺事件の側杖で刑務所にいた。さらには、泰子のかつての婚約者は戦争で他界してい
たのだった。そして池田邸も百万円の抵当に入ってその期間はあと三月だと佐藤から聞いた圭三は、金のための結婚だったかと失望するが、泰子への愛情は深まる。泰子の誕生日を祝って圭三はピアノを泰子に贈る。泰子の弾くショパンの曲が良いのか悪いのか判らない圭三は、声を張り上げて故郷の民謡を歌う。圭三と泰子は刑務所に父を尋ねる。父の口から「金のための結婚はするな」と忠告されて泰子の心は重い。そぐわない雰囲気のまま別れた圭三は、自分と泰子は違う世界の人と感じる。圭三はその翌日、泰子に心の中を打ち明けてくれと頼む。その返事は愛情のない結婚に悩む泰子の姿だった。泰子は結婚すれば愛することも出来ようと考え、圭三に自分の我儘を詫びる。披露宴の日、泰子との結婚は無理だと思った圭三は、泰子に手紙を残して帰る。田舎へ行くという圭三。泰子は、圭三の弟・五郎(佐田啓二)の運転で圭三を追う―。
圭三は泰子に誘われ帝劇へバレエ見物に出かけ、初めて見る世界に感涙し、その帰途に圭三の誘いで立ち寄ったボクシングの試合で、今度は泰子も興奮するという(このあたりの演出は巧み)、まあ、こうした感性の一致こそが、所謂"相性"というものなのだろうなあと思う一方、戦後、華族と平民の垣根が取っ払らわれたことを象徴しているようにも思われました(バレエ鑑賞の時は余裕の泰子に対して圭三は前のめりになっていて、一方、ボクシング観戦の時は泰子の目が爛々と輝いていて、それを見た圭三は自分で誘っておきながら戸惑っているように見えるのが可笑しい)。
佐田啓二(1926年生まれ)は佐野周二(1912年生まれ)より「佐」「ニ」の二字を貰って芸名にしたそうですが、この二人を兄弟役で見られるのは今や貴重かも。そのやり取りは非常にしっくりきています。
ただ、この二人を脇に押しやっているのが泰子を演じる原節子の圧倒的な存在感で、まさに「お嬢さん」という感じ。しかも、ややバタ臭さのあるその表情がこの作品に合っており(ものすごく美しく撮ってい
る)、演技もまずまずでした(と言うか、原節子はこの作品で第4回毎日映画コンクール 女優演技賞を受賞している)。圭三の馴染みのバーマダムに「あんな好い人と結婚しないなんて女じゃありませんよ!」と説教を受け、「あんた、佐野さんのことをどう思っているの?」との問いに、ありきたりに「好きです」と答えるのではなく、マダムの"言語指導"に沿ってに「惚れております」ときっぱり言い切るところがユーモラスでかつ可憐(新藤兼人脚本の妙か)。これがこの映画もクライマックスでしょう。
原節子をが出演している木下惠介作品はこの1本だけであることが不思議。あの、女性を撮るのが下手と言われた黒澤明さえ、「わが青春に悔なし」('46年/東宝)で原節子を使った後、そう好評でもなかったのに「白痴」('51年/松竹)でまた使っているのに。木下惠介はやっぱり高峰秀子なのでしょうか。



昨年['21年]11月に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴(1922-2021)(僧階は「権大僧正」で、これ最高位の「大僧正」に次ぐものだそうだ)が、'07年から日本経済新聞朝刊に毎週(当初土曜、後に日曜)連載していた、彼女自身が縁あって交流したことのある文学者や芸術家との間のエピソードを綴ったエッセイに、彼女と親交の深かった横尾忠則氏が、エッセイに登場する人たちの肖像画を描いて(装幀も担当)コラボした本で、全部で4集あります。
一番面白かったのは、前エントリーで取り上げた映画「


昭和初期、第一次大戦後の日本。幼い頃から行商人の母親と全国を周り歩いて育ったふみ子(高峰秀子)は、東京で下宿暮らしを始める。職を転々としながら、貧しい生活の中で詩作に励むようになった彼女は、やがて同人雑誌にも参加する。創作活動を通して何人かの男と出会い、また別れるふみ子。やがて、その波乱の中で編んだ「放浪記」が世間で評価され、彼女は文壇へと踏み出していく―。
から幾つかのエピソードを拾って忠実に映像化する一方で、林芙美子の『放浪記』にはない文壇作家・詩人たちとの交流からライバ
ルの女流作家との競い合い、さらにエピローグとして作家として名を成した後、自身の半生を振り返るような描写があります(菊田一夫脚本・森光子主演の舞台のにあるようなでんぐり返しもはない)。
しかし、林芙美子って面食いだったのだなあ。貧しい彼女に金を援助してくれ、優しく献身してくれる隣室の印刷工・安岡(加東大介)には素気無い態度で接する一方、若い学生(岸田森)に目が行ったり、詩人で劇作家の伊達(仲谷昇)を好きになったりして、ただし伊達の方は二股かけた末に女優で詩人の日夏京子(草笛光子)の方を選んだために振られてしまうと、今度は同じくイケメンの福池(宝田明)に乗りかえるもこれがひどいダメンズ。甘い二枚目役で売り出した宝田明(1934-2022(87歳没))が演技開眼、ここではDV夫を好演しています。これらの男性にはモデルがいるようですが

はっきり分かりません(宝田明が演じた福池は詩人の野村吉哉がモデルか)。実際に林芙美子は当時次から次へと同棲相手を変え、20歳過ぎで画家の手塚緑敏(映画では藤山(小林桂樹))と知り合ってやっと少し落ち着いたようです。
草笛光子が演じた芙美子のライバル・日夏京子も原作にない役どころです(菊田一夫原案か)。白坂(伊藤雄之助)が新たに発刊する雑誌「女性芸術」に、村野やす子(文野朋子)の提案で、芙美子と日夏京子とで掲載する詩を競い合うことになって、芙美子が京子の詩の原稿を預かったものの、自分の原稿だけ届け、京子の原稿は締め切りに間に合わなくなるまで手元に置いていたというのは実話なのでしょうか(これが芙美子の作家デビューであるとするならば、芙美子のこの時の原稿が「放浪記」だったということになる。「放浪記」は長谷川時雨編集の「女人芸術」誌に1928(昭和3)年10月から連載された)。
映画の中で、草笛光子(1933年生まれ)は本気で高峰秀子をぶったそうです。高峰秀子をぶった女優が現役でまだいて、来年['22年]のNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演するは、「週刊文春」に連載を持っているは、というのもすごいものです。イケメン・ダメンズ役の宝田明もDV夫なので高峰秀子をぶちますが、草笛光子のビンタの方が強烈でした。林芙美子は面食いでなければもっと早くに幸せになれたのかもしれず、その点は樋口一葉などと似ているのではないか思ったりしました。

個人的には、原作は『放浪記』(★★★★★)と『浮雲』(★★★★☆)で甲乙つけ難く、しいて言えば原石の輝きを感じるとともにポジティブな感じがある『放浪記』が上になりますが(物語性を評価して完成度が高い『浮雲』の方をより高く評価する人もいておかしくない)、映画は、同じ成瀬巳喜男監督の「浮雲」(★★★★☆)の方が原作を比較的忠実に再現していて好みで、それに比べると「放浪記」(★★★★)は、菊田一夫的要素はそれなりに面白いですが、やや下でしょうか(それでも星4つだが)。高峰秀子は当時38歳。実際の年齢よりは若く見えます
が、本当はもう少し若い時分に林芙美子を演じて欲しかった気もします(「浮雲」の時は30歳だった)。ただ、それでもここまで演じ切れていれば立派なものだと思います。 


全3部構成ですが、もともとは1930(昭和5)年7月と同年11月に『放浪記』『続放浪記』が刊行されて、これがそれぞれ第1部と第2部に該当し、第3部に相当する部分は当初は発売禁止を恐れ、戦後に『放浪記第三部』として発表されています。最終的には『放浪記』『続放浪記』『放浪記第三部』をまとめたものが『新版放浪記』となり実質上の定本となったわけです(新潮文庫版は当初タイトルに「新版」とあった)。」ただし、第1部・第2部・第3部の順に書かれたわけではなく、オリジナルから順不同で抜粋されています(そのオリジナルは逸失している)。
でも、2年遅れの編入であったため(多分、算数の遅れのためではないか)2年遅れで小学校を卒業した後、1918(大正7)年、15歳の時、文才を認めた訓導の勧めで尾道市立高等女学校(尾道高女、現在の広島県立尾道東高等学校)へ進学、木賃宿暮らしでありながら女学校4年間(当時は四年制だった)アルバイトなどをして頑張り通して卒業したというのはたいした根性だなあと思います。また、この時に女学校の教諭も彼女の文才を育み、彼女自身も表現することの喜びを深めています。


2010(平成22)年・第62回「読売文学賞」、2010年度・第17回「島清恋愛文学賞」受賞作。
ただし、この作品にも言及されていますが、1937(昭和12)年に盧溝橋事件を契機に日本が日中戦争に突入した際に、社会が軍事色が濃くなる中、作家たちにも協力要請が届き、林芙美子もペン部隊として戦地に赴いていて、1938(昭和13)年10月、激戦地の漢口に入った「漢口一番乗り」で世間の大きな注目を集めたりしています(本人は張り切っていたということか)。

様なものを感じる。資料を借りた山根は宗子に呼び止められ、幸子に案内され客間に連れていかれる。そこは優秀な青年たちが集うサロンで、みな若く美しい未亡人の幸子が目的だったのだ。メンバーに紹介されるも特に興味の無かった山根だが、後日、メンバーの一人・堀口と大学で偶然出会う。そして、その翌日、彼がとあるマンションから飛び降り自殺したことを新聞の記事で知り、深良家には何か隠された秘密があるとの疑いを抱く。山根が堀口が飛び降り自殺したマンションに行ってみると、そこで同じくサロンのメンバーの一人である建築家の森田(隆大介)の姿を見かける。果たしてこのマンションは森田が幸子と密会する場なのか―。
1985年4月13日、テレビ朝日系列の「土曜ワイド劇場」枠にて「松本清張の高台の家」放映され、配役陣は、三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさという強力ラインアップ。篠田三郎はどちらかと言うと狂言回し的な役どころでした。とにかく三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさの三人が深良家のドロドロ感を盛り上げる、盛り上げる、凄いったらありゃしない(笑)。三國連太郎、岡田茉莉子に伍している片平なぎさは当時まだ25歳。若々しい美しさを湛えつつも、この頃から後に「2時間ドラマの女王」として君臨するようになるだけのオーラがあったともとれます。
平なぎさが共演者の志穂美悦子と一緒に大林宣彦監督から別室に呼び出されて「とても綺麗に撮りたい。美しい映像にしたい。(少し沈黙の後)脱いでくれないかな?」と言われ、片平なぎさも大林監督に対し敬意を表し、作品の撮影意図も理解していたものの、当時高校生であった彼女は、芸能界に入る時の条件として「絶対に脱がない」という父親との約束があったので、結局断ることとなり、この時もシャワーシーンはあったものの肩から下は擦りガラスでした(それ以降、現在に至るまで片平なぎさが撮影で脱ぐ事はなかった)。
原作は松本清張の中編小説で、「週刊朝日」1972年11月10日号から12月29日号に、「黒の図説」第12話として連載され、1976年5月に『高台の家』収録の表題作として(他に「獄衣のない女囚」を収録)、文藝春秋から刊行されています(文春文庫、光文社文庫などで文庫化)。
原作では、深良英之輔が59歳で、妻は宗子は48歳、嫁の幸子は28歳という設定なので、当時の片平なぎさの実年齢25歳はかなり若いということになります。途中まで原作もドラマもほぼ同じですが、終盤から大きく異なります。
ドラマも原作も当主・英之輔とその妻・宗子の確執が軸になっていて、宗子の死をもって英之輔が"逆転勝利"を収めるのは同じですが、原作がそこで終わっているのに対し、ドラマではそこから片平なぎさ演じる嫁・幸子の"再逆転"があることになります(原作では事件後に幸子は実家に帰されてしまう)。
監督は野村孝(「
「松本清張の高台の家」●制作年:1985年●監督:野村
孝●プロデュース:白崎英介/大久保忠幸●脚本:橋本綾●撮影:西山誠●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●出演:片平なぎさ/

['11年/PHP文芸文庫]

『
総務課事務官・山田喜一郎は、農林省食糧管理局長・岡村福夫のお供で視察先の札幌に来ていたが、同省の倉橋課長補佐が汚職の重要参考人になったことを受けて、岡村局長と共に東京に呼び戻された。当の倉橋は、警察からの聴取を終えた後、北海道に出張を命じられるが、札幌で不安に怯える倉橋に、農水省の幹部に顔の利く弁護士・西秀太郎から、仙台市の作並温泉のある宿に身を寄せるよう指示される。その宿へ西は愛人を連れてやって来るが、倉橋と二人きりになると、西は倉橋に自殺するよう示唆する。倉橋が反抗すると西はそれ以上言わなかったが、その夜に倉橋は、旅館近くの崖下に倒れているのを西に発見され、西の指示で旅館に運び込まれた後、医師が死亡を確認する。余計なことを聞いてはならぬのが保身の術という哲学の山田は、事態の成り行きを傍観者として眺めているが、その山田が、岡村局長の指示を受け、遺体引取りを命じられる。山田には、倉橋の死に政治的な匂いが感じられた―。
松本清張が「社会新報」の1965(昭和40)年10月号から翌 1966年11月号に連載した作品。1968年9月河出書房新社から単行本が刊行され、中公文庫で文庫化されましたが、2019年に、光文社文庫の「松本清張プレミアム・ミステリー」の第5弾の第8冊として加わりました(通算29作目)。このシリーズ、新潮文庫などとはまた違ったラインアップが楽しめます。
これまで3度ドラマ化されれいて、1度目は1975年にNHKの「土曜ドラマ」枠(70分)で「松本清張シリーズ・中央流沙」として放送。山田事務官が川崎敬三、倉橋課長補佐が内藤武敏、岡村局長が佐藤慶、新聞記者が角野卓造という配役で、原作の松本清張が遺体搬送係の役でカメオ出演していますが、個人的には未見です。
2度目は、1998年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で「松本清張スペシャル・中央流沙」として放送。山田事務官が緒形拳、倉橋課長補佐が鶴田忍、その妻が藤真利子、岡村局長が石橋凌、西秀太郎が石橋蓮司という配役で、またもトカゲのシッポ切り―中央官庁の腐敗に下級官僚男が怒りの反乱」という口上があり、倉橋の死に疑念を持った緒形拳の山田が、自ら倉橋の遺体を引き取りに行くようです。山田が岡村に呼出され、特捜部に取調べを受ける際の予行演習をやらされるところまで原作を再現していて、結局 検察は岡村に手を出せず、岡村に島根県に転勤と言われた山田が辞表を出すところで終わるようですが、こちらも未見のため詳しくは分かりません(「怒りの反乱」はどうなった?)。
3度目は、2009年にTBSの「月曜ゴールデン」枠で「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」として放映されたもので、倉橋の妻・節子を主人公として、元宝塚歌劇団宙組トップスター・和央ようかがそれを演じ(ドラマ初出演)、倉橋が石黒賢、岡村局長が西岡徳馬、川辺記者が髙嶋政宏、西秀太郎が六平直政、山田喜一郎が平田満という配役です。これは観ました!
原作と異なり、和央ようか演じる倉橋の妻が事件の真相を探る"探偵"役的位置づけで、原作では弁護士である西が建設会社の社長になっていて、原作で単に西の愛人としてしか登場しない堀田よし子(29)が、高級クラブのオーナー・堀田真紀子に改変されていて、岡村の元愛人で、二人の間には政治家秘書を務める賢一という息子がいることになっています。
この堀田真紀子をかたせ梨乃が演じ、原作では西が倉橋に自殺を唆すところ、ドラマではその役回りを堀田真紀子がやります。したがって、かたせ梨乃が石黒賢に自殺を唆すという構図ですが、コレ、もしかしたら六平直政がやるより怖かったかも(笑)。
のは解決されるので、原作よりカタルシスはあるかと思われ、ドラマはこれでもいいかなと。ただし、一応、原作の方は、巨悪は追及を免れてしまう、何とも言えないやるせなさの残る結末であることを知っておいた方がいいかとは思います。