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歴史小説・大河小説作家による、〈歴史抜き〉のキレのある短編であるというのが興味深い。
『怪談その他』(1930/05 天人社)/『見た人の怪談集 (河出文庫)』(2016/05 河出文庫) 『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)
』(2008/02 集英社文庫)

慶応2年5月、清兵衛は芸妓・お村との新生活のために、牛込・通寺町の人目につかない閑静な場所にある手ごろな家を見つける。その2階に2人で床を並べてうとうとした際に、腕を冷たい手で掴まれ、あまりに冷たいのでその手を引き寄せると、その手は手首だけで、肱までなかった。次の晩もその手は清兵衛の前に現れ、家主に問いただすと、前にその部屋に住んでいたのは白鳥という土佐藩の武士で、綺麗な御新造さんがいたが、急に国に帰ることになったという。清兵衛は市ヶ谷・谷町に居を移すが、前の部屋の梯子段の下の戸棚に蛆虫が蠢めいているのが見つかり、白鳥の妾の変死体が床下から発掘される。谷町の住居も1カ月と続かず、お村と清兵衛の関係はうまくいかなくなって、清兵衛はお村と別れる。さらに清兵衛の不幸は続き、梅雨の頃から自分の左手首が痛み出す。親戚の家に行った際にそこの子供が清兵衛を見て、「蒼い手、蒼い手...」といって怖がり、清兵衛は自分の手に女の死人の手がぶら下がっていることを初めて知る。その時から清兵衛は、物事の全てに対する気力を失い、塔の沢に長逗留することになる。ある日、夕食前に一風呂浴びて浴室を出ると、その日宿に着いた大きな武士が浴衣姿で手拭を下げているのと狭い廊下で会う。清兵衛は男のために道をあけると、男はじろりと清兵衛を見て通り過ぎる。やがて、風呂場で何か騒動が起き、その武士が死んだという。喉にくびった跡があり、主によれば、武士の最期の言葉は「手、手...」だったと。その武士の薩州の新納権右衛門といい、「白鳥」と名乗った武士と同一人物かどうかは分からないが、この事件の後、清兵衛の手の痛みはすっかりとれる―。
大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌『改造』に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の全11編の内の1編として刊行され、この時のタイトルは「手首」でした。アンソロジーとしては、河出文庫『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)に全12編の内の1編として収められており、タイトルは「怪談」になっていて、同じく河出文庫の『見た人の怪談集』('16年)にも全15編の内の1編として「怪談」のタイトルで収められています(但し、冒頭に「手首」とあり、「怪談」という小品集の中の1編という位置づけだろう)。また、集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)には、「手首」のタイトルで収録されています。そう言えば、川端康成にも「片腕」という、ある男が片腕を一晩貸ししてもいいわという娘から、実際片腕を借りるという怪談っぽい作品がありました(新潮文庫『眠れる美女』、ちくま文庫『川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選』などに所収)。
『文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)
大佛次郎のこの作品は『見た人の怪談集』で読みましたが、歴史小説作家、大河小説作家のイメージがある作者が(実は小説だけでなく、戯曲や児童文学、ノンフィクションなど幅広い分野に作品を遺した作家だが)、こうしたキレのある短編も書いているというのが興味深かったです。清兵衛がノイローゼのようになって、物事の全てに気力を失い、大政奉還も戊辰戦争も清兵衛の頭上を通り過ぎていくわけで、阿部日奈子氏の解説にもありますが、(歴史小説作家でありながら)殆ど時代背景に触れないで描くことによって、祟られた男の孤独がより浮き彫りにされています。
大佛次郎(昭和初期)ホテルニューグランドの屋上で
この短編は2010年にテレビ東京で映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日午前11時30分~昼12時27分)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。
村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。
個人的には未見で、「女のサスペンス名作選」はBS放送(BSジャパン)で再放送されることがありますが、これは再放送されたのでしょうか。原作における殺された妾の恨みを、政略結婚の末に夫から手首を斬られた正妻の恨みに置き換えていますが、原作では、清兵衛自身が本宅とは別所に妾を囲っているという状況において、妾の手首に囚まえられる点に怖さがあるのであって、その枠組みを外してしまってどうかなという感じがします。
『見た人の怪談集』の収録作品は「停車場の少女」(岡本綺堂)/「日本海に沿うて」(小泉八雲)/「海異記」(泉鏡花)/「蛇」(森鴎外)/「竃の中の顔」(田中貢太郎)/「妙な話」(芥川龍之介)/「井戸の水」(永井荷風)/「大島怪談」(平山蘆江)/「幽霊」(正宗白鳥)/「化物屋敷」(佐藤春夫)/「蒲団」(橘外男)/「怪談」(大佛次郎)/「沼のほとり」(豊島与志雄)/「異説田中河内介」(池田彌三郎)/「沼垂の女」(角田喜久雄)の16編。
「見た人の怪談」ということで、体験談や聞き語りのスタイルをとったものが多くなっていて、そうしたスタイルを共通項として短編集を編むという発想は面白いと思いましたが、必ずしもそうしたスタイルになっていないものもあったのではないでしょうか。大佛次郎の「怪談」は、文庫で20ページにも満たない作品ですが、最初は普通の小説スタイルで、終盤になって、「自分」が「老いた清兵衛」から話を聞く、つまり清兵衛の語りが中心となるスタイルに変わっており、そうした手法がリアリティを醸しているように感じられます。会話部分は最初からすべて『』で括られていて、要するに前半部分からすべて清兵衛の語りだったということなのでしょうが(「見た人の怪談」というコンセプトにも合っている)、臨場感を出すために敢えて「語り」のスタイルをとらず普通の小説スタイルにして、後日譚だけ「語り」のスタイルにしたということなのでしょう。
《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談」/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青」/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首」/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青」/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」
●『見た人の怪談集』('16年/河出文庫)
岡本綺堂...「停車場の少女」/小泉八雲...「日本海に沿うて」/泉鏡花...「海異記」/森鴎外...「蛇」/田中貢太郎...「竃の中の顔」/芥川龍之介...「妙な話」/永井荷風...「井戸の水」/平山蘆江...「大島怪談」/正宗白鳥...「幽霊」/佐藤春夫...「化物屋敷」/橘外男...「蒲団」/大佛次郎...「怪談」/豊島与志雄...「沼のほとり」/池田彌三郎...「異説田中河内介」/角田喜久雄...「沼垂の女」








小学生の時のトラウマを高校生になっても引き摺っているわけですが(PTSDと言えるか。但し、離婚は主人公のせいとは言えず、父親が間違っているのは明白ではないか)、それにしても主人公がいろんな局面でそれを引っ張りすぎている印象もあり、これだと周りの方が疲れてしまうのではないかなあ。時にはちょっと突き放した方が、お互いにとって良かったりもするのではないでしょうか。ジュニア向けの作品ですが、個人的にはあまりいいとは思いませんでした(『お引越し』の11歳の小学生レンコの方がずっと逞しいと言えるか)。
「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)
「心が叫びたがってるんだ。」●制作年:2015年●監督:長井龍雪●製作:斎藤俊輔●脚本:岡田麿里●撮影:森山博幸●音楽:ミト/横山克(主題歌:乃木坂46「今、話したい誰かがいる」)●原作:超平和バスターズ(長井龍雪・岡田麿里・田中将賀)●時間:119分●声の出演:水瀬いのり/内山昂輝/雨宮天/細谷佳正/藤原啓治/吉田羊●公開:2015/09●配給:アニプレックス●最初に観た場所:シネマサンシャイン池袋(15-09-21)(評価★★★) 



を立てるが、実行前にナズナに露見して失敗する。ケンイチとナズナを元通り仲直りさせたいレンコは、去年も行った琵琶湖畔への家族旅行を今年も実行しようと、クレジットカードを使って電車の切符とホテルの手配を自力でする。現地のホテルに現れたケンイチは、ナズナに復縁を求めるが、ナズナは拒否する。レンコはその場を逃げ出し、子どもを亡くした砂原という老夫婦(森秀人・千原しのぶ)に会う。それでも仲良くやっている夫婦に力を得たレンコは、祭りの中を彷徨する。琵琶湖畔に辿り着いたレンコは、祭りの山車とかつて仲良しだった自分たち家族の幻影を見る。やがて山車は燃え、家族は水に沈み、それを見たレンコは、「おめでとうございます!」と何度も叫ぶ―。
1993年公開の相米慎二(1948‐2001/享年53)監督作で、相米慎二監督はこの作品で1993年度・第44回「芸術選奨」を受賞しています。原作は、1991年・第1回「椋鳩十児童文学賞」を受賞したひこ・田中の『
終盤のレンコが見る湖での幻影シーン(原作には琵琶湖行きの話そのものが無い)での、彼女の「おめでとうございます」という連呼に、監督の思いが込められていたように思いました。レンコはもう自分たち家族は修復できないと悟り、過去と決別するために、また新たな自分を得た自分自身に対して「おめでとうございます!」と言ったのでしょう。エンドロールでは、小学生のレンコがいつの間にか中学生の制服姿に変わり、さっぱりとした表情で街中を人々や家族と接しながら跳ねるように歩いています。相米監督のもう1本の佳作「台風クラブ」('85年)と同じような印象のラストで、作品そのものが少女の成長物語であったことを裏付けるものとなっています。
相米慎二監督は、当時17歳の薬師丸ひろ子主演の「セーラー服と機関銃」('81年)、当時19歳の斉藤由貴主演の「雪の断章‐情熱‐」('85年)、当時14歳の工藤夕貴主演の「
田畑智子の演技は、相米監督の長回しによく耐えていて、良かったと思います。特に前半部分の自然な演技が良く、逆に後半部分は「女優」であることを意識した演技になってしまった印象も受けました。後半部分に相米監督のオリジナルな考えが込められていることを考えると、彼女の演技力が相米監督の演出に耐えられるのを見て、相米監督がそうした演出をしたようにも思いました。後半の演技の方を高く評価する人もいておかしくないかもしれませんが、個人的には前半部分の彼女の演技の方がやっぱり良かったという印象です(彼女がやがて映画(「
人賞、毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞しましたが、母・ナズナ役の桜田淳子も、キネマ旬報助演女優賞、報知映画賞助演女優賞、毎日映画コンクール助演女優賞を受賞しています。桜田淳子の方は、歌手から女優に転向して、この時までに既に芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)('86年)や菊田一夫演劇賞('87年)など数多くの賞を受賞しており、更なる飛躍をという矢先に統一教会の合同結婚式絡みの問題が報道され、この「お引越し」が最後の映画出演となり、芸能界からも身を引くことになりました。この作品での彼女の演技を見ると、惜しい気がします。
その他、助演として、父・ケンイチ役の中井貴一や先生役の笑福亭鶴瓶が出演していますが、中井貴一は田畑智子と桜田淳子の好演に隠れてやや影が薄かったでしょうか。中井貴一と笑福亭鶴瓶は「お引越し」の3年前の相米慎二監督作
品「東京上空いらっしゃいませ」('90年)にも出ていましたが、ストーリーがメルヘンチックで、相米慎二独特の粘り強いシーンの構成が見られない作品であった上に、当時の中井貴一は大根で、笑福亭鶴瓶も映画向きの配役とは思えませんでした。牧瀬里穂のみ
がやたら元気に演技していて、映画としては相米監督はこんな凡作も撮るのかと思わされましたが、前年(1989年)当時17歳でJR東海・クリスマス・エクスプレスのCM(第1作)で脚光を浴び、映画初出演で主役を演じた牧瀬里穂は、その後宮沢りえ・観月ありさと共に「3M」と呼ばれるまでに女優として開花しました(中井貴一は開花するのに時間がかかった?)。相米慎二監督の演出は厳しかったそうです。「若手女優育成型」監督といった感じだったのでしょうか。
渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)

「東京上空いらっしゃいませ」●制作年:1990年●監督:相米慎二●脚本:榎祐平●撮影:稲垣涌三●音楽:村田陽一/小笠原みゆき(主題歌:井上陽水「帰れない二人」)●時間:109分●出演:中井貴一/牧瀬里穂/笑福亭鶴瓶/毬谷友子/出門英/竹田高利/藤村俊二/工藤正貴/谷啓/三浦友和/河内桃子/木之元亮/遠藤美佐子/斉藤暁/岸野一彦/モロ師岡/佐山雅弘/上野哲郎/礒見博/楠本卓司●公開:1990/06●配給:松竹(評価:★★☆)




シリーズ第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」のマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)が再登場。葛飾柴又の"とらや"で、寅次郎(渥美清)の帰省が遅いことを皆が心配しているところへリリーが訪れ、寿司屋の亭主と離婚した彼女は、再びドサ回りの歌手をしているという。寅次郎に会えなかったことを残念がるリリー。その寅次郎は青森で、通勤途中不意に蒸発したくなったというサラリーマン・兵頭謙次郎(船越英二)と出会う。自由な生き方に憧れるという兵頭に手を焼く寅次郎だった
が、そこで偶然にも、青森に来ていたリリーと再会、寅次郎とリリーは兵頭も巻き込んで北海道へと向
かう。ごろ寝や啖呵売もこなして楽しい道中となるが、小樽に着いた兵頭はどうしても彼の初恋の人に会いたいと言う。その女性・信子(岩崎加根子)は夫を亡くし女手一つで子供を育てており、懸命に生きる姿を見た兵頭はいたたまれなくなる。そんな彼の複雑な心中をめぐって寅次郎とリリーは対立し、ついには喧嘩別れしてしまう
。やがて柴又に帰ってきた寅次郎だが、リリーとの一件を悔やんで表情は沈んだまま。そこへひょいとリリーが現れ、リリーもまたあの一件を悔やんでおり、二人はあっという間に寄りを戻す。リリーとすっかりいい仲になった寅次郎だが、その仲睦ましさが近所でも噂になり始めた時、さくらは寅次郎がこのままリリーと結ばれればいいと思うようになる―。
1975(昭和50)年8月公開のシリーズ第15作で、第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」('73年)以来の再登場。以後、第25作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」('80年)、渥美清(1928-1996/享年68)の遺作となった第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」('95年)と通算4回、松岡リリーという同一キャラクターでマドンナ役を務めたことになります。満男のマドンナとしてシリーズ終盤に出演した後藤久美子の5回を除いて、寅次郎のマドンナとしては、竹下景子の3回を超えて最多となっていますが、むしろ同じキャラクター(歌子)で2回登場した吉永小百合が比較の対象となるでしょうか。4回は傑出していると思います。
この「寅次郎相合い傘」は、男女の機微を浮き彫りにしつつ余韻を残して終わるラストもいいですが(寅次郎とリリーは恋人同士である以上に、むしろ友情で結ばれた"同志"に近かったのか)、この1本の作品の中に、シリーズを通しての名シーンと言われ、よく「名場面ベスト10」などで挙げられるシーンが2か所もあり、それぞれ「寅のアリア」「メロン騒動」と呼ばれています。
「寅のアリア」は、リリーをキャバレーまで送った寅次郎が、そのあまりの環境の劣悪さに驚き、「俺にふんだんに銭があったら」と大ステージで歌い上げるリリーの姿を、さくらたちに臨場感たっぷりに想像で語るもので、スタッフによれば、後日リリー役の浅丘ルリ子がこのシーンを見て涙したとのことです(倍賞千恵子著『お兄ちゃん』('97年/廣済堂出版)。渥美清の本領発揮というか、山田洋次監督は渥美清に初めて会った頃、彼が語る的屋の口上を聞いてこの人は天才だと思ったそうですが、こうしたところでその力を引き出しているのはスゴイと思いました。
「メロン騒動」は、寅次郎に世話になったと兵頭から高級メロンを貰ったとらやの面々が切り分けて食べ始めたところへ寅次郎が外から戻って来て、寅次郎の分を勘定に入れ忘れていたこ
とに気付いた一同が大慌てで場を取り繕う様に、とらやの連中は心が冷たいと激しくなじる寅次郎に対し、リリーが核心を
突いた言葉で寅次郎を一喝してしまうという場面ですが、こちらは、浅丘ルリ子の演技が渥美清のそれに拮抗した場面であるとも言え、大袈裟に言えば、シリーズを通してそれまで憧れの対象でしかなかったマドンナの位置づけを、主体的な存在にパラダイム変革させた場面でもあったかと思います。
浅丘ルリ子は最近またNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の寿桂尼役やテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの郷」への出演で注目されていますが、もともと演技も歌も上手い方だと思います。歌の方は20曲以上シングルを出した後に、「
リリーが仕事で歌う場末の酒場のうらぶれた様子は、寅次郎の口から語らせるものの映像化せず、一方で、リリーが別の女性と同居する狭いアパートに相手方の男が来て彼女がそこにおれなくなる場面は映像化しており、その辺りのリアリティの出し方の加減が上手いと思いました。あまり全部隠してしまうとリアリティが湧かないし、あまり見せ過ぎると暗くなり過ぎるし...(シリーズ全作を通して観ると、この加減に失敗しているものも幾つかある)。
サラリーマン・兵頭を演じた船越英二の演技も手堅く、兵頭に纏わるサイドストーリーもまずまずでしょうか。ただ、失踪事件をモチーフにした野村芳太郎監督(松本清張原作)の「
因みに、冒頭にある、映画館でうたた寝しながら寅次郎が見る夢は、前年['74年]12月日本公開の「シンドバッド 黄金の航海」('73年/米)のパロディだそうですが(統一劇場と米倉斉加年、上條恒彦がノンクレジットで友情出演している)、個人的には、こちらもまた当時より一昔前の、小野田嘉幹監督の「

「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」●制作年:1975年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:91分●出演:渥美清/浅丘ルリ子/船越英二/倍賞千恵子/下條正巳/三崎千恵子/太宰久雄/佐藤蛾次郎/吉田義夫/岩崎加根子/久里千春/早乙女愛/中村はやと/宇佐美ゆふ/村上記代/光映子/秩父晴子/米倉斉加年(ノンクレジット)/上條恒彦(ノンクレジット)/谷よしの/笠智衆●公開:1975/08●配給:松竹(評価:★★★★)


浜ミチ(浅丘ルリ子)は、大学理事長・小林卓造(小沢栄太郎)の息子・行夫(青山良彦)に強姦されとして慰謝料200万円を要求したが、行夫の姉・晶江(岸田今日子)に侮辱的な扱いを受け、敵意を抱く。スキャンダルを恐れた卓造は、婿である秘書の石堂信之(岡田英次)に処理を一任し、信之は晶江の意志に反して200万円を支払う。ミチは信之に愛を感じ、二人は求め合うが、ミチは信之との情事を晶江に伝えてしまう。それを知った信之は、ミチが元画家の青年・五郎(川津祐介)とも交渉があることを知ってミチと別れる決心をする。しかし、ミチを捨てられず、逆に五郎
から手切れ金を要求され、卓造から預っていた裏口入学金の一部500万円を流用して払う。だが、五郎はミチと別れないばかりか、金の出所を追求すると嘯き、信之はそんな五郎を誤って殺害する。やがて保釈された信之は、晶江を捨て、仕事も捨ててミチとの生活に飛び込
むが、バー経営が行き詰まり、加えてミチの束縛を嫌う奔放な性格から二人の間に亀裂が生じる。ミチはやがて信之の妹・雪子(梓英子)の婚約者・秋月(伊藤孝雄)に心を寄せるようになる。秋月はミチの誘惑を拒むが、ミチは入水自殺する素振りをみせた挙句、深夜のドライブに秋月を誘い出し、事故による無理心中を図るも失敗する。信之にも去られて独りになったミチは「また素敵な男を見つければいいわ」と酔って、ふらつく足で風呂場のガス管を引っ掛けたまま湯舟で微睡み、永遠の眠り向かう―。



14歳でカラー映画「緑はるかに」('55年/日活)でいきなり主役映画デビューした浅丘ルリ子は、29歳ですでに80本以上の映画に出演していましたが、当時まさに人気絶頂で、その日活に所属する超人気女優の浅丘ルリ子が大映映画に出ることになったということで、当時の大映のエース・増村保造監督が起用されたとのことです。


この「女体」については、比較文学者の小谷野敦氏が「ここでの浅丘ルリ子はニンフォマニアかサイコパスとしか思えず、ひたすらうざい。海に入って死のうとする時なんか、とめないで死なせたほうがいいと思ってしまう。『痴人の愛』よりひどく、まともな男ならまず逃げ出す。魅力のかけらもない。小沢栄太郎、岸田今日子ら理事長一家の描き方がまた類型的でげんなりする。どいつもこいつもゲヘナの火で焼きつくされてしまえばいいのにというような映画」と酷評していましたが(Amazon. comで星1つ)、お説ごもっともながら、そこまでヒドイかなあ(?)とも思ってしまいました。
確かに『痴人の愛』のナオミに比べたら、この映画の浅丘ルリ子演じるミチは、なぜこんな女性に男が入れ込んでしまうのかなあと思うぐらい「自己愛性人格障害」ぶりが露骨に前面に出ているように感じられました。今で言う「ストーカー」的要素もあるし...(まあ、『痴人の愛』のナオミにおける谷崎ならではの絶妙なファム・ファタールぶりも、何度か映画化されたものにおいてそれが十全に描き出せているかというと、そうでもない気がするが)。
ミチのウザさは、彼女が海に入って死のうとする時に、小谷野敦氏ならずとも、自分だってとめないで死なせたほうがいいと思ってしまったくらいですが、観客目線でミチという女性が好きだ嫌いだということとは別に、少なくとも映画の中では、伊藤孝雄演じる男はミチを助けに海に飛び込み、岡田英次演じる男は彼女を捨てられないわけであって、そこがこの映画のミソなのではないかと思います(と言っても、男たち、特に岡田英二演じる男に感情移入し切れない面があったが)。


「女体(じょたい)」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:池田一朗/増村保造●撮影:小林節雄●音楽:
津祐介/小沢栄太郎/青山良彦/早川雄三/北村和夫/伊東光一/中条静夫/中田勉/小山内淳/三笠すみれ/川崎陽子/仲村隆/白井玲子●公開:1969/10●配給:大映●最初に観た場所:角川シネマ新宿(シネマ2・おとなの大映祭)(17-07-12)(評価:★★★)




成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称)2018(平成30)年7月7日休館、同月28日「角川シネマ新宿」シネマ1はアニメ作品のみを上映する「EJアニメシアター新宿」に改称、シネマ2は「アニメギャラリー」としてリニューアルオープン。2023(令和5)年8月24日「EJアニメシアター新宿」閉館。跡地(4・5階)に「kino cinéma(キノシネマ)新宿」(シアター1(294席)・シアター2(53席))が同年11月16日からオープン。




ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス
ロージャー・ウィルビー(ロック・ハドソン)は釣り具メーカーの敏腕セールスマンで、彼の著書『かんたん釣り教本(Fishing Made Simple)』はベストセラーになっている。ある日、ワカプーギー湖で催される競技会にゲストスターとして出場するよう主催者側のイージー(マリア・ペルシー)とアビー(ポーラ・プレンティス)に口説かれ、社長(ジョン・マクギバー、しょっちゅうカツラがずれる)の命令ということもあり渋
々承諾するが、実は彼には一度も釣りの実地経験が無く魚は嫌いなのだ。美人2人と湖に行くと聞
いた婚約者のテックス(シャーレン・ホルト)は嫉妬する。湖での3日間の競技会の始まる前夜、アビーが彼に言い寄ってくる。何
とか言い逃れてコテージに戻ると、彼女は彼のベッドで寝ている。翌朝、彼のコテージをテックスが不意に訪れ、状況を誤解
して怒る。競技会が始まり、初日の彼の成績はマグレで2位。その夜、彼はテックスに詫び、彼女の心も和らぐが、彼女が再び訪ねて来ると、皮肉にもロージャーのネクタイがイージーのドレスのジッパーに引っ掛かって背中がはだけている場面に遭遇する。2日目はマグレで1位となり、その3日目は熊の捕まえた魚を横取りして遂に優勝。だが、アビーに諭されてトロフィーは返上、自分は今まで釣りをしたことが無かったことを皆に告白する―。
ハワード・ホークス(1896-1977/享年81)監督の1964年公開のスラップスティック・コメディで、ハワード・ホークスはハンフリー・ボガート主演の「
この作品は、戦前に〈スクリューボール・コメディ〉と言われたものへのオマージュが込められているらしいですが(〈スクリューボール・コメディ〉の第1号は「或る夜の出来事」('34年)であると言われているが、この作品のオマージュ対象はハワード・ホークス自身が監督した「赤ちゃん教育」('38年)らしい)、古き良き時代のおおらかな雰囲気のラブ・コメディという感じがします。主人公ロージャーが釣りの本を書いてベストセラーになっているのに自身は釣りをしたことがないという設定は面白いと思いましたが、そのために事実を知ったイージーら女性陣からは釣りの手ほどきを受けつつもペテン師扱いされているけれど、自分で情報を集めているわけだし、「自分はどこそこで大物を釣った」とか言わない限りはペテン師にはならないのではないかな。
ロージャーが美女に振りまわされる姿をギャグでつないでいくという流れで、ロージャーの乗ったバイクが熊とぶつかったと思ったら、熊がバイクを乗りこなしていたり、更にはロージャーが再び熊に遭遇して湖面を水しぶきを上げながら走って逃げるといった(「レモ/第1の挑戦」('85年)のラストみたい)、現実にはありえないようなシュールな場面もありますが、まあ概ねオーソドックスなドタバタ劇という感じでしょうか。
〈スクリューボール・コメディ〉のセオリーは、プロセスですっちゃかめっちゃかあってもラスト男女が結ばれること(但し露骨なセクシー表現は無し)。結局、ロージャーは女性たちから散々ひどい目に遭いながらもアビーと結ばれ、「男性の好きなスポーツ」(原題:Man's Favorite Sport?)の答は「女性」だったということになるでしょうか。後に、有名人で最初に同性愛をカミングアウトした人物となるロック・ハドソン(カミングアウトする頃には業界内では"公然の秘密"だったようだが)がこれを演じているのはやや皮肉な気もします。
「孔子曰く」と言って色々なものを売りつける先住民風の男(ノーマン・アルデン)が、最後、「じゃじゃ馬は押していけ」とロージャーを励ましますが、この言葉は孔子じゃなくて自分の言葉で、孔子は世間知らずだという。だったら、どうして今まで孔子の言葉を引いていたのか。この辺りが微妙に可笑しかったです。
全体としては、肩が凝らずに観られる作品だけれど、やや笑いのパンチ不足? 国内でソフト化されていない理由も分からなくもないといった感じでしょうか。ソフト化されていないことが付加価値になっている部分もあるし、〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが戦前と60年代でどう変わったか知るにはいい作品かもしれません(ちょっとだけセクシーな表現がある点が変わった?)。
「男性の好きなスポーツ」●原題:MAN'S FAVORITE SPORT?●制作年:1964年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:スティーヴ・マックニール/ジョン・フェントン・マレイ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:120分●出演:ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/マリア・ペルシー/ジョン・マクギバー/シャーレン・ホルト/ロスコー・カーンス/ノーマン・アルデン/フォレスト・ルイス●日本公開:1964/03●配給:ユニヴァーサル(評価★★★)


1928年、カンサスの高校3年生バッド(ウォーレン・ベイティ)とディーン(ディーニー)(ナタリー・ウッド)は愛し合っているが、保守的な倫理観の持ち主であるディーンの母親(オードリー・クリスティ)の言い草もあって、ディーンはバッドを受け入れるに至らない。バッドの父で石油業者のエイス(パット・ヒングル)はフットボール選手である息子が自慢で、イェール大学に入れたがっているが、バッドには父親の期待が負担になっている。父は理解あるように振舞うが実態は暴君で、反発した姉ジェニー(バーバラ・ローデン)は家出して堕落してしまっていた。バッドは、ディーンが自分を受け入れてくれないイライラから、
同級生でコケティッシュな娘ファニタ(ジャン・ノリス)の誘惑に負けてしまう。ディーンはこのことにショックを受け、ワーズワースの詩の授業中に教室を抜け出し、川に身を投げる。何とか死を免
れたディーンは精神病院に入院する。父の希望通りイェール大学に入ったバッドは、勉強に身が入らず、酒ばかり飲み、結局アンジェリーナ(ゾーラ・ランパート)というイタ
リア娘と結ばれてしまい、学校は退学寸前のところまでいっている。やがて世間は、1929年の世界大恐慌に見舞われ、エイスは大打撃を隠して息子に会い、ディーン似の女をバッドの寝室に送り込んだりするが、その夜窓から飛び降り自殺する。ディーンは病院で知り合ったジョニー(チャールズ・ロビンソン)という若い医師と婚約する。退院後、バッドが田舎へ引込んで牧場をやっていることを知り、訪ねて行くと、彼はアンジェリーナとつつましく暮らしていた。2人は静かな気持ちで再会する―。
1961年のエリア・カザン(1909-2003/享年94)監督によるアメリカの青春映画。ウォーレン・ベイティ(1937年生まれ)のデビュ
ー作で、ウォーレン・ベイティはこの作品で、既にジェームズ・ディーンと「
恋愛を軸とした青春物語に、親と子の葛藤を織り込むところが、「
技も良かったです。彼女は43歳で撮影中に入江で水死し(他殺説、自殺説もある)、アカデミー賞に関しては無冠で終わりましたが、この作品が一番近かったのではないでしょうか(主演女優賞にノミネートされたが受賞は成らなかった)。一方のウォー
レン・ベイティは「
作家の村上春樹氏は川本三郎氏との共著『映画をめぐる冒険』('85年/講談社)の中で「この映画のことを想うとき、いつも哀しい気持ちになる」「あるいは僕の涙腺が弱すぎるせいかもしれないが、観るたびに胸打たれる映画というのがある。『草原の輝き』もそのひとつである」と書いていて、ナタリー・ウッドについては「青春というものの発する理不尽な力に打ちのめされていく傷つきやすい少女の心の動きを彼女は実に見事に表現している」としていますが、まさにその通りと言えるでしょう。
この映画に対する個人的な印象として、60年代っぽいイメージが

エリア・カザンはトルコ生まれのギリシャ系アメリカ人でイェール大学で演劇を学んでいます。巨匠が丹念に作った作品であり、ナタリー・ウッドッはやはりこの作品が一番。村上春樹の涙腺を緩めるだけのことはある―といった感じでしょうか。
「草原の輝き」●原題:SPLENDOR IN THE GRASS●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ウィリアム・インジ●撮影:ボリス・カウフマン●音楽:デヴィッド・アムラム●原作:ウィリアム・インジ●時間:124分●出演:ナタリー・ウ
ッド/ウォーレン・ベイティ/パット・ヒングル/ゾーラ・ランパート/サンディ・デニス/ショーン・ギャリソン/オードリー・クリスティー/フィリス・ディラー/バーバラ・ローデン/ゲイリー・ロックウッド●日本公開:1961/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:三鷹東映(78-01-17)(評価★★★★)●併映:「ジョンとメリー」(ピーター・イェイツ)/「ひとりぼっちの青春」(シドニー・ポラック)

