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しっかり西部劇している「アウト・ウェスト」。ギミック中心、キートンが女装する「初舞台」。

「ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ)」

「デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台)」
西部開拓時代、流れ者のファッティ(ロスコー・アーバックル)は、西部に向かう列車の貯水タンクに潜入するも、乗客の食べ物をかすめ取っていたのがバレて砂漠に放っぽり出される。喉の渇きを癒すため何とか湧き水に辿り着いたのもつかの間、インディアンに追
われる身に。一方、「ラストチャンス酒場」の経営者兼保安官のキートンは、ワイルド・ビル(アル・セント・ジョン)の盗賊一味に店を襲われ、バーテンダーが撃たれてしまう。そこへ偶然インディアンから逃れてやってきたファッティが実は拳銃の名手で、盗賊一味を一人で追っ払ってしまう。ファッティは新たにバーテンダーとしてキートンの店に雇われ、店を訪れたまたま皆に虐められていた黒人を救った優しい女性スー(アリス・レイク)と恋に落ちる。その彼女に、再び店を訪れたワイルド・ビルがしつこく言い寄るため、ファッティとキートンは協力して彼を追い出す。しかし、復讐の念に駆られたワイルド・ビルによってスーは攫われてしまう―。
ロスコー・アーバックルが監督した1918年1月20日米国公開作。結構大掛かりなロケで、しっかり"西部劇"していたなあという印象。これもあくまでもロスコー・アーバックルが主演で、最後はワイルド・ビルからヒロインを奪う返して2人してハッピーエンドとなる一方、キートンの方はワイルド・ビルの手下たちと応戦し、援護している位置づけ。それでいて、ロケのスケールに相応しいアクションの部分は、ロスコー・アーバックルも崖から転がり落ちるなどして奮闘してはいるものの、やはりキートンが担っている部分が大でしょうか。
キートンが酒場で、トランプで
いかさまをした男をあっさり撃ち殺してしまうのは、彼が保安官でもあるからでしょうか。盗賊が襲って来て、バーテンダーが撃ち殺されると、ホールドアップしたたまま新たなバーテンダーの求人を出す―ハードボイルドと冷静さを気取っているキートンが可笑しいです。ただ、黒人いじめにファッティもキートンも加担しているのはいただけません。スーが現れ、彼らを反省させる伏線ともとれますが(スーは「救世軍」の女性という設定らしい)。
アル・セント・ジョン演じるワイルド・ビルの、フ
ァッティがビール瓶で頭を何度叩いても意に介さず女性に言い寄り続ける屈強ぶりがターミネーターみたいでスゴイというよりシュールです(ただし、くすぐりに弱い)。ファッティは客の馬に酒を飲ませて酔わせるといった悪戯好きですが、馬が酔っぱらう演技はどうやって撮ったのでしょう? キートンの父親のジョー・キートンが出ているようですが、冒頭のファッティの食べ物をかすめ取られる3人の乗客の中央の人物がそれでしょうか。
ファッティ(ロスコー・アーバックル)、キートン、アル・セント・ジョンら3人は、劇場の舞台係(ステージハンド)として働いていた。舞台では次の公演に向けて準備が進んでいたが、強面の出演者、怪力男の"玉葱教授"(チャールズ・A・ポスト)たちが反抗してストライキを起こし、ショーをボイコットしたため、彼らは困り果てる。そこへモリー・マローン演じる、玉葱教授にこき使われて離反した助手(兼愛人?)がやって来て、自分たちでショーをやることを提案、3人はその決意をする。ショーが始まり、まずは助手によるヒロインの美女の妖艶な踊り。続いて彼女と入れ替わったキートンも女装で登場し、蝶のような踊りや手を使わない側転など、アクロバティックな演技を披露。エンディングでのファッティと自分の助手との濃厚なラブシーンを見て怒った玉葱教授は観客席から銃を発砲。その彼をキートンがブランコを使って舞台に引き摺り下ろし、無事制圧する―(「デブの舞台裏」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1919年9月7日米国公開作。こちらは室内劇なので、ギミック中心。キートン映画の特徴のひとつに、装置の仕掛けによる笑いがあり、特に「キートンの文化生活一週間 (マイホーム)」('21年)や「キートンの蒸気船」('28年)で見せた家の壁が壊れて倒れてくるものの、キートンはちょうど窓の位置で助かるというシーンが有名ですが、それと同じ仕掛けが、スケールは小さいですが、ロスコー・アーバックルが監督したこの作品でも見られます。

あとは、舞台劇で(途中でモリー・マローン演じる助手とチェンジして)ヒロインを演じるキートンの女装が見られるのが珍しいでしょうか。アーバックルの方は「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」('17年)、「ファッティとキートンのコニー・アイランド」('17年)など他の幾つもの作品で女装していますが、キートンの方は、この作品以外では、「キートンの花婿(His Wedding Night)」('17年)で、配達員役でありながら、誤解からウェディングドレスのモデルになるシーンがあるのと、「キートンの即席百人芸」('21年)で、キートンが一人で何役も演じ分ける中に女装のキャラクターがちらっと出てくるぐらいでしょうか。
冒頭のファッティがショーの準備をする中で、壁の開演予告の一部だけ読んで("The Little Laundress"が"undress"に見えた)、ポルノショーと思い込んで急いでチケットを買う通行人も可笑しいです。バルコニー席に現れた彼は、作中で「不埒な目的を持った観客」として表され、王様役のアーバックルの腕の中に飛び込むところを誤ってバルコニー席に飛び込んでしまうキートンをまともに受け止めるという災難に見舞われることになります。
最後、客席から発砲する(殺人未遂じゃん)玉葱教授役のチャールズ・A・ポスト(1897-1952/55歳没)は当時まだ21歳。大柄ですが、キートンらとの絡みでしっかりアクションしているのは、若いからよく体が動くため? 身長198cmなので、「キートンの文化生活一週間」('20年)以降、後のキートン作品の大男役で常連のジョー・ロバーツ(1871-1923/52歳没)の身長191cmを上回ります。
「ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ)」●原題:OUT WEST●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ロスコー・アーバックル/ナタリー・タルマッジ●撮影:ジョージ・ピータース●時間:25分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク/ジョー・キートン●米国公開:1918/01(評価:★★★☆)
「デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台)」●原題:BACKSTAGE●制作年:1919年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ジャン・ハヴズ●撮影:エルギン・レスレー●時間:26分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/モリー・マローン/チャールズ・A・ポスト●米国公開:1919/09(評価:★★★☆)


謝肉祭に沸くニューヨーク。コニー・アイランドの海岸で、恐妻とのデートに退屈したファッティ(ロスコー・アーバックル)は、砂浜に埋まって隠れ、何とか妻を撒くことに成功。一方、パレード見物を終えたキートンとガール・フレンドが遊園地にやって来た。彼女に一目惚れしたファッティは横恋慕を企んで、まんまと彼女を海水浴に誘い出すことに成功する。しかしファッティに合うサイズの貸し水着がなく、太ったおばさんの水着を盗み出す始末。女装して彼女と海水浴場へ繰り出すが―(「ファッティとキートンのコニー・アイランド」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1917年10月29日米国公開作。一人の女性を巡って、ロスコー・アーバックルと彼の従兄弟のアル・セント・ジョン、そして、アーバックルにスカウトされて映画界入りした軽業師バスター・キートンの3人が奪い合いをするドタバタするコメディ。自分の女装姿にまんざらでもないファッティが可愛らしいです。アーバックルがあくまで主演で、この年に映画
界入りしたバスター・キートンはまだ助演ですが、ゴーカートでの衝突やバック転など、鍛えぬかれた肉体の演技を披露しています。
がだけでなくプライベート写真でもインタビュー・フィルムでも無表情を貫いています(普段はよく笑うが、カメラが回ると絶対に顔を崩さないよう徹底していたという妻の証言もあるが)。1957年に英BBCの「This is Your Life」という番組に出演した際も(最初は眼鏡をかけて登場する)、若い頃の自分のそっくりさんが出てきたりしてもニコリともせず、一方で、
自動車屋で働くファッティとキートン。二人のドジで、ガレージはいつもてんやわんやの大騒ぎ。ある日、ガレージのオーナーの娘モリー(モリー・マローン)にしつこく言い寄ってくる求婚者ジム(ハリー・マッコイ)が、バラの花束を抱えてやって来た。ところが花束はファッティたちのおかげで油まみれになり、受け取ったモリーの顔は真っ黒に。そのせいでモリーに嫌われてしまったジムは、復讐のためにファッティたちに犬をけしかける。犬にお尻を噛まれてズボンが脱げてしまったキートンは、警官に追われる羽目に...。一方、ひょんなことからガレージに閉じ込められてしまったジムは、二人に気付かれる前に逃げ出そうと画策しているうちに、火事を起こしてしまう。激しい火の手が上がり、モリーとジムは逃げ遅れてしまう。消防士でもあるファッティとキートンは、懸命に消火活動にあたるが、穴が開いたホースから水が漏れてしまい、なかなか鎮火できない―(「デブの自動車屋」)。
こちらもロスコー・アーバックルが監督した1920年1月11日米国公開作。キートンの頭がちょこんと当たっただけで自動車が発進したり、ガソリンまみれの男の横で煙草に火をつけようとしたり、下着姿を隠す為にポスターからキルト・スカートを剥ぎ取ったりと趣向は盛沢山で、キートンのアクションも全開。後の「笑わぬ喜劇王」キートンは「無表情の喜劇王」キートンでもあるわけですが、ここでは表情も豊かです。
自動車修理工の話で、皆オイルで顔が真っ黒になるのはコメディの常道。キートンとファッティがコンビネーション発揮して警察にバレないように歩くシーンが面白く、キートンはポールを逆立ちしながら昇ったして、その身体能力の高さを窺わせます。
「Buster Keaton/This is Your Life(S5 E28)」●制作年:1957年●制作国:アメリカ●製作総指揮・司会:
ラルフ・エドワード●演出:リチャード・ゴットリーブ●ゲスト出演:バスター・キートン/エディ・クライン/ドナルド・クリスプ/レッド・スケルトン/ドナルド・オコナー/エレノア・ノリス・キートン/ハリー・キートン/ルイーズ・キートン●米国放映:1957/04(評価:★★★☆)



肉屋に勤めるファッティ(ロスコー・アーバックル)と客のキートン(バスター・キートン)。ファッティは、店主の娘アーモンダイン(アリス・レイク)と恋愛関係にある。娘が入っている寄宿学校に女装して侵入するファッティだが、恋敵のスリム(アル・セント・ジョン)も女装して侵入してきて鉢合わせ。ドタバタの末、ファッティと娘は2人で逃げ出し、結婚することになる―(「ファッティとキートンのおかしな肉屋」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1917年4月23日米国公開作。アーバックルにスカウトされて1917年にニューヨークへ渡り映画界入りした軽業師バスター・キートンの映画初出演作ですが、主演はあくまでアーバックルで、キートンは、アーバックルの従兄弟のアル・セント・ジョンに次いで3番手ぐらいでしょうか。
前半はお店でのドタバタでファッティの包丁捌きと肉のコントロールがなかなか凄く、勢いあるの小麦粉の投げ合いも完成度は高いです。キートンの動きもまさに現役軽業師のそれで、キレキレ。後半は寄宿学校でのドタバタで、アーバックルの女装に次いで恋敵役のアル・セント・ジョンも女装(客のキートンはなぜ彼について寄宿学校へ行った?)。思い切りの良いアクションが楽しい作品ですが、キートンは新人にして1度も撮り直し必要とせずに演じ切ったそうです。
高級なのに世界一サービスの悪いホテルで働くベル・ボーイの2人(ロスコー・アーバックル/バスター・キートン)。キートンは、同僚のファッティの恋を実らせるため、銀行強盗のフリをし、そこにファッティが駆けつけ事件を解決することで、彼女を振り向かせるというシナリオを練る。しかし、そこに本物の銀行強盗が現れて―(「デブ君の給仕」)。
前半は、アーバックルがベル・ボーイのほかに床屋も兼ね、客の髪や髭をいじるとその客がリンカーンになったりグラント将軍になったりという寄席芸っぽいギャグを披露。それが後半になると、相方キートン(「おかしな肉屋」の時の3番手から完全にアーバックルの相方に"昇進"している)のアクションが炸裂し、もしかしたらこの頃の彼のアクションが一番ピークだったのではないかと思わせるほどです。
ホテルのエレベーターが、ボタンを押すとホテルの表の鈴が鳴り、それに合わせて馬がロープを引っ張り箱が昇降するという、まさに「1馬力エレベーター」の仕組みが可笑しいです(アル・セント・ジョンはこのエレベーター係(馬係?)に後退)。こうした後年のキートン作品の雰囲気も感じさせるメカニカルなギャグも冴えわたり、最後は銀行強盗にハイジャックされたトローリーカーが斜面を逆走してホテルのロビーに突っ込むという、「
「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」●原題:THE BUTCHER BOY●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ロスコー・アーバックル/ジョセフ・アンソニー・ローチ●撮影:フランク・D・ウィリアムズ●時間:30分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク/ルーク(犬)●米国公開:1917/04(評価:★★★☆)
Disc1

「
大雪原の真ん中に地下鉄の駅がある。その出口から出てきたバスターの出で立ちは、西部劇スターのウィリアム・S・ハートのカナダの騎馬警官隊員役を演じる時風だった。雪原を歩いて通りかかった酒場は、窓から覗くと酒あり博打あり踊り子ありのいかにもなウェスタン酒場。バスターはなぜか無性に
西部劇でよくあるような強盗をしたくなり、実行に移すが結局うまく行かず、わが家に帰ることにする。家に入ると、暖炉の前で妻が男と愛を囁いている。最愛の妻の裏切りに涙するも、哀しみの感情はやがて憎しみに変わり、二人を撃ち殺してしまう。しかしよく見たら自分の家じゃない。「こりゃまた失礼」とその場を後に。本物のわが家では、本物の妻が愛情たっぷりに迎えてくれるが、バスターは冷たくあしらう。妻は泣き叫び、取りすがった十字架が頭に落ちて卒倒する。女の叫び声を不審に思った警官が様子を見に来るが、抜け目なくごまかすバスター。狡猾で好色な人間になりきっているバスターは、今度は隣の若奥さんに目を着ける。隣の家では夫が単身で出張する予定だったが「バスターのようなのがいる限り安心できない」と二人で出発することにした。犬橇で目的地に向かった二人の後をバスターが追う、その嫌らしい執念深さは、まるで「愚かなる妻」のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムのようだった―(「キートンの北極無宿」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第15作(米国公開日:1922年8月28日)】。キートンには珍しいパロディのオンパレードで、当時人気の西部劇スター、ウィリアム・S・ハートの出で立ちで登場するキートン。ハートが必ず一作中に見せる男涙をギャグにしたため、この後しばらくハートから断交されたという逸話もあるそうですが、コレ、キートンの盟友ロスコー・アーバックルに殺人の容疑がかけられた事件の際に、ハートがアーバックルが有罪であるような主張をしたというのが因縁としてあり、それでキートンは彼を徹底的にパロディ化して糾弾したようです。
テーマは同年にヒットした、カナダ北部で暮らすイヌイットの文化・習俗を記録したドキュメンタリー「極北の怪異」(1922)か取られており、舞台は"北極"と言うよりイメージ的にはアラスカでしょうか(シロクマはなく黒い熊が出てくる)。ただし、実際のロケ地は米カリフォルニア州のトラッキー郊外にあるダナー湖だそうです(ここは「
今日は州立大学の卒業式。植物学の博士号を得たバスターだったが、ちょっとしたアクシデントにより、電気工学の学位取得を証明する卒業証書を手にしていた。そのおかげで、新しもの好きの大金持ちに、大邸宅の電気技師として雇われることになる。主人たちが休暇の間に邸宅を電気仕掛けに大改造。その結果は主人も満足、何でも自動でやってくれると大好評。それも束の間、雇ってもらえず悔しい思いをした本物の電気工学士が、復讐のためにその館に忍び込むのであった―(「キートンの電気屋敷」)。
階段はエスカレーターのようで、食卓は回転寿司風("流れ寿司"というのに近いか)。食器洗い機まで出てきて...。エスカレーターは当時すでにあったにしても、いろいろな点で予見的。ただし現代の科学水準では少々幼児的にも見え、それが映画全体を幼稚的に見えるものにしているかもしれず、評価は微妙なところでしょうか。
「キートンの北極無宿」●原題:THE FROZEN NORTH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:17 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/シビル・シーリー/エドワード・F・クライン●米国公開:1922/08(評価:★★★☆) バスター・キートン/シビル・シーリー


「
様々な言語が飛び交い、住民同士の誤解も絶えない外国人街。ポーランド人のカップルが電話で「そこでは婚姻届の手続きがポーランド語でできますか」と確認、判事は「ええ私はポーランド語以外は話せません」と答える。その判事の職場の向いにバスターが職人をしているパン屋(?)があった。バスターがパン生地をこねているときに入ってきた郵便屋は、バスターのせいで郵便物をぶちまけてしまう。靴の裏に付着した一枚の手紙をバスターは返そうかとも思うが、怒った相手が物を投げてくるので、手紙をポケットにしまい逃げ出す。通りの角でアイリッシュ系の大女ケイトとぶつかる。向かいの窓が割れたのはバスターのせいだと勘違いしたケイトは彼を判事のもとに引っ
張っていく。ところが判事もこの二人は先程の電話のカップルに違いないと勘違いし、婚姻の手続きをしてしまう。意外な展開にもケイトは喜び、配偶者を強引に家まで連れていった。妻の家の同居人は父親と四兄弟。その貧しくともアグレッシブな一族は、新しい家族の一員をぞんざいに扱ったが、彼のポケットに「あなたは近々大金を相続できます」という弁護士からの手紙が入っているのを見つけると、態度を一変。早速バスターに舞込むはずの遺産をあてにして多額の借金をし、広々とした高級マンションを購入、豪勢な暮らしを始めるが―(「キートンの半殺し」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第13 作(米国公開日:1922年5月6日)】。本邦公開当時、冒頭の「パン作り」を"キャンディ・カンパニー"という店のディスプレイ文字から「飴作り」と解釈して、「キートンの飴ン棒」といったタイトルも付けられたりしました。確かにバスターが練っているのは"飴"っぽい感じもしますが、終盤でイースト菌を使ったギミックが出てくるので、やはり「パン」なのかなとも。ただし、イースト酵母を使用した飴は日本でも「酵母飴」などとして市販されており、やはり飴でいいのかも(この辺りは自分にはよくわからない)。
外国人との言葉や習慣の違いをネタにしたギャグが幾つかあり、たとえば、妻の家の食卓でなかなか肉にありつけないバスターが、カレンダーを破って家族に金曜日と思わせることで、肉にありつくギャグ(金曜日に肉を食べない習慣は主にカトリック教会系)などがそれ。これまでのキートンの作品には文化の違いによるギャグはあまりなかったので珍しいです(第11作の「
バスターは、鍛冶屋の下働き。主人のジョーは、怒ると前後の見境がなくなる乱暴者。ハンマーや車輪が看板にしている磁石に吸い寄せられてしまったのにも気づかず、無くなったのはバスターのせいだと勘違いして突き飛ばす。その様子を通りから見ていた村のシェリフが、二人の間に入って「暴力はいかんよ」とジョーを諭す。その間に署長のバッジやピストルが、磁石のせいで紛失。ジョーが奪ったと勘違いした署長は「そこまでするなら逮捕だな」と仲間を
助っ人にして連行しようとするが、村一番の怪力男は5人がかりでも手に余る。ところが、意外にもバスターのおかげで何とか逮捕に至る。自由に仕事が出来るようになったバスター。しかし、失敗の連続。蹄鉄の好みがうるさい白馬には、車のオイルで黒い跡を付けてしまうし、柔らかな鞍をお望みの女性には、サスペンション効きすぎの鞍を売ってしまう。仕舞いには新品同然の高級車に壊滅的損害を与えてしまう。ここまでやってしまったからには逃げるしかない。一方、例の白馬の持ち主の女性ヴァージニアは家に帰り着き、家族の出迎えを受けるが、母親が愛馬に付いている黒い跡を見て悲鳴を上げる。驚いた白馬は、ヴァージニアを乗せたまま暴走する―(「キートンの鍛冶屋」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第14作(米国公開日:1922年7月21日)】。典型的ドタバタ喜劇ながらも、遠方より顔のアップまでワンカットで迫る奇異なショットから、ラストのオチに繋がるキートンの空間的ギャグの完結法など、短編作品らしからぬ奥行きがあり、実験映画のようにアヴァンギャルドな価値観、ラディカル・ポップな展開が横溢する作品です。
最後には蒸気機関車も出てきて、乗り物好きのキートンらしい一作。この映画において鍛冶屋は鍛冶屋でもあり、自動車修理屋でもあるのでしょうか。考えてみれば、馬も自動車も乗り物なので、馬が動力として使われなくなったときに、鍛冶屋が自動車修理工へと移行していくのも自然な成り行きとも言えるかも。1920年代と言えばフォード・モーター社がT型フォードをより大量供給する生産システムの革新にひたすら邁進した時期になります。そんな歴史の流れを知ることのできる作品でした。
「キートンの半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族)」●原題:MY WIFE`S RELATIONS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●撮影:エルジン・レスリー●時間:22 分●出演:バスター・キートン/ケイト・プライス/ジョー・ロバーツ/モンティ・コリンズ/ウィーザー・デル●米国公開:1922/05(評価:★★★☆)
「キートンの鍛冶屋」●原題:THE BLACKSMITH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/マルコム・セント・クレア●撮影:エルジン・レスリー●時間:20分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス●米国公開:1922/07●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの船出」「キートンの空中結婚」(評価:★★★☆)



マイホームパパのバスターは、家族とマリンレジャーを楽しむために、クルーザーをハンドメイドし、この度ようやく完成した。その船を運び出すのにクルマで牽引しようとするが、建造作業場だった一階のガレージの出口が狭くて苦労する。無理な牽引の結果、家は全壊するが、バスターは、船を「DAMFINO(damned if I know=知るもんか)」号と名付け、家は
そのままにしてマリーナに向かう。運河に面したマリーナでの進水式は、船の構造に問題があったのか、進水ならぬ浸水式になってしまうが、家族みんなで修復していよいよ出航、海に向かって運河を下っていく。橋の下をくぐる時にはマストや煙突が引っかからないよう寝かせられる工夫がされていた。河口で一休みの後、大海に乗り出す頃には、夕闇が訪れていた。夜も更けて、あとは寝るだけという時刻、海は嵐で大荒れに。一枚の枯れ葉のように波に翻弄される「知るもんか号」、バスターは救難信号を他の船に送って、助けを求めるが―(「キートンの船出」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第10作(米国公開日:1921年11月10日)】。50年代に旧キートン邸よりフィルムが大量発見されたことで今日のリバイバル上映が可能となった作品の1つですが、本作がそれらフィルムの中で最も危篤状態にあったと言われています。キートン・プロ第1作の「
一家の乗った小船が嵐に見舞われ、笹の葉のように荒波に揉まれるわけで、ちょっと怖いというか、ある種パニック映画的です。船体がぐるぐる回転するシーンなどは、セットと模型でうまく撮っているなあと(今風に言えば"特撮"だが、完成度が高い)。奥さん役のシビル・シーリー(Sybil Seely、当時21歳)は、「
アメリカ中西部、インディアンの一族が居留地で平和に暮らしている。ところがその近くに事務所を構える悪賢い石油業者が手先を使い、居留地の権利証を奪い取ってしまった。石油業者から立退き要求の通知を受けとり、怒ったインディアンの酋長は一族全員に命ずる、「ここに最初に入ってきた白人を殺せ」。するとその時も知らないバスターが入口から入ってきた、捕虫網を持ち、蝶々を追って。バスターはインディアンたちに捕まり火刑柱にくくり付けられてしまうが、一旦は逃げ出すことに成功する。執拗な追跡をかわし、避難したあばら屋でバスターはアスベスト材を見つけ、それで下着を作り着用した。結局は、再び捕まってしまい、火あぶりの刑が執行される。しかし、火あぶりでも死なないバスターは、今までとは逆に一族の崇敬を受け酋長に祭り上げられる。そして土地問題を知ると、一族を引き連れ石油業者に談判しに向かうことに―(「キートンの白人酋長」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第11作(米国公開日:1922年1月15日)】。斜面から転がり落ちたり、毛布をパラシュートみたいにして崖から飛び降りたり、吊り橋アクションやら、驚
きのスタントの連続。特に、斜面から転がり落ちるシーンは、後の「



「キートンの船出(漂流)」●原題:THE BOAT●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:22 分●出演:バスター・キートン/シビル・シーリー/エドワード・F・クライン●米国公開:1921/10●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」(評価:★★★★)
「キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長)」●原題:THE PALEFACE●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:21 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/エドワード・F・クライン●米国公開:1922/01(評価:★★★★)![バスター・キートン短編集 新訳版 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E7%9F%AD%E7%B7%A8%E9%9B%86%20%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%89%88%20%5BDVD%5D.jpg)



タイニイ・ティムがバスターを迎え、命中のしるしの鐘を鳴らせるようになったら雇う旨を言い残して席を外し、地下の別室に向かう。実力では鐘を鳴らせないことが判ったバスターは、的に命中しなくても鐘だけは鳴る仕掛けを考えつき、ティムの居ない間にその備えつけを完了する。店の地下室は、ティムが率いるギャング団"ブリンキング・バザーズ"のアジトだった。一味は裕福な実業家から1万ドルを脅し取ろうとしていたが、期限を過ぎても金を渡そうとしないので「ええ
い面倒だ、殺っちまおう」と相談していた。標的にされた実業家の方でも身の危険を感じ、自宅を改造するなどギャング団の襲撃に備えていた。ティムが一旦店に戻りバスターの様子を見に行くと、百発百中で鐘を鳴らしている。これは殺し屋として使えると閃いたティムは一味にその案を教えるために再び地下室に降りた。その間にその店に立ち寄った実業家父娘もまたバスターの銃の腕前に惚れ込み、ボディガードを依頼した。娘に切願されたバスターは断らなかった。ギャング団の計画がまとまるとバスターは地下室に連れて行かれた。そこで入団を強要され、実業家の殺しを命令されたバスターは、実業家の自宅へ向かう―。(「キートンのハイ・サイン」)
同時にギミックも満載で、冒頭のかすめ取った新聞を広げていくとどんどん大きくなっていく(こんな新聞どうやって印刷するのか)小ネタから始まって、ラストは仕掛けだらけの屋敷を悪党どもに追われて1階から2階、1階から1階へと駆け巡る、その様子を屋敷ごと断面図的に見せます。
今夜のオペラ劇場の出し物は、歌や踊りやお喋りを黒人的なノリで白人が演じるミンストレルショー。序曲を奏でるのは、半分ジャズバンド風の管弦楽団。幕が上がって役者が揃う、「ブラウン君この辺りの竜巻はすごいらしいね」「そうなんでさぁご主人様、そいつにやられると、1ドル銀貨が四つに割れて25セント玉になっちまうんでさぁ」...と、とぼけた台詞。そして、このショーが他の何より秀逸なのは、演ずる人もスタッフも、見る人までもが皆バスター・キートン、という趣向。第二幕、二人組のタップダンスが鮮やかで、もっと見ていたいなあ、というところで、バスターは夢から醒めた。現実のバスターは舞台の裏方=雑用係。大道具の片付けや
ら、新入りを楽屋に案内するのやら、地味な仕事を一人で何役もこなさなければならない。今度の新入りは、手品師のアシスタントガール。てっきり一人の女の子だと思ったら、双子の姉妹。鏡の効果で四人に見える。これは一体夢の続きか?!、とバスターは混乱してしまう。我侭な劇場支配人ジョーから言われる難題にも、バスターはそれなりに巧く対応する。兵隊役が一度に5、6人辞めた穴埋めを今すぐ何とかしろ、と命じられれば、近くの工事現場から人足を集めてきたり...。ところが、支配人のアゴ髭に着いたタバコの火を消すために、消化作業用の斧を用いて支配人をノックアウトしてしまう。怒りをかったバスターは劇場内を逃げ回ることに―。(「キートンの即席百人芸」)
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第9作(米国公開日:1921年10月6日)】。キートンの映画的好奇心=トリックが昇華した作品です。動きのタイミングを計るために、知人のバンジョー奏者にリズムを取らせてカメラを廻したとのことです。ヴォードヴィル時代に演じたと技の名残りがが多く見られる、キートン本人のアイデアを知るには最良のテキストです。
「キートンのハイ・サイン(悪運)」●原題:THE HIGH SIGN●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:18 分●出演:バスター・キートン/バーテイン・バーケット・ゼイン/アル・セント・ジョン●米国公開:1921/04(評価:★★★★)

ーは隣室で行われている動物園長主催の会合に出席。園長の「アルマジロを捕獲できる者にたんまりと賞金を出す」という一声に、自分がやる、と名乗り出る。野生動物を捕獲するのは、自然のなかでの気の長い勝負。まずは腹ごしらえ、と釣りを始めるバスター。次第に大きくなる獲物にいよいよツキが回ってきたかと、しばし思う。釣りを終えて、歩いていると目の前をアルマジロらしき動物が横切る。今だ、とばかりライフルをぶっ放すが、構えが逆だった。近くのカントリークラブ、紳士淑女が狐狩りへ出かけるところ。騎乗できずに困っているお嬢様風のヴァージニアを見かけたバスターは、これは出会いのチャンスかも、と手伝うことにする。案の定、ライフル持参のバスターは狐狩りに誘われた。途中で、はぐれて一人遅れて戻ってくると、クラブハウスは"トカゲのルーク"率いる盗賊団に襲撃されていた。バスターはヴァージニア救出に見事成功。その勢いを借って彼女に求婚することにした―。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第6作(米国公開日:1921年3月16日)】。キートン本人が最も気に入っていた短編といわれていますが、仕事を失い、恋人にも捨てられたキートンは、冒頭から自殺を試みるという、これまたブラックな展開で、こういうのが自分でも好きだったのでしょうか。野生動物の捕獲に出掛ける前に釣りに行くというのは唐突感がありますが(「まずは腹ごしらえ」しようとしたのか)、釣った魚を餌により大きな魚を釣るというのが可笑しく、十分な大魚を釣り上げてまだまだ続ける...コレを見せたかったのかあと。アルマジロは結局出てこなかったけれど(「巻物」とか訳されていたりもする)、馬と間違えて水牛に飛び乗ったり、熊に追いかけられたりと、動物との危険な絡みはどうやって撮ったのでしょうか。
大男のジョー・ロバーツ、今回は盗賊団の頭目"トカゲのルーク"でした(ヴァージニア・フォックスにセクハラしまくる)。ヴァージニア救出を成し遂げたにもかかわらず、その新たな恋にも破れ
たキートンは、プールの飛び込み台から飛び降りて(コレ、相当高い)、地面に激突(どうやって撮った?)、あっさりと死んでしまい、結局は自殺を果たした―と思いきや、何年か後に復活、家族を連れてまた地上に。チャイナ帽を被っているので、「チャイナ・シンドローム」('79年/米)ではないけれど、中国まで突き抜けていったのでしょうか。

キートン一家のアパートとヴァージニア一家のアパートは、塀一枚で隔てられた隣同士。バスターとヴァージニアは、その塀を媒介にして想いを伝え合う恋人同士。ところがふたりの親同士は仲が悪い。娘が隣の息子と付き合うなんて論外。ヴァージニアの父親はバスターにとって塀より高い結婚の障害物。その障害物にキートンは徹底抗戦。両ア
パート間にあって利用できるものは何でも利用する。物干しロープや電線は逃走に、細工し蠅叩きみたいになった塀は闘争に、電柱は監視塔にといった具合。しかし、誤って通りがかりの警官を巻き込んでしまう。きりきり舞いの警察は、両家の主人とバスターを連行することで事態を収拾した。家庭裁判所で「もう喧嘩はしません、仲良くします」という宣誓書にサインする両家の主人。こうなるともうバスターとヴァージニアの仲を邪魔するものは何もない。判事の媒酌のもと、二人は晴れて結ばれる運びに。ところが結婚式当日、花嫁の父がバスターの用意した安物の指輪に腹を立てて、式は中止に追い込まれ―。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第4作(米国公開日:1920年12月22日)】。親同士がいがみ合うも、隣家の娘ヴァージニアと恋仲のキートン。同じアパートの友人と共謀して彼女を連れさる作戦を―。ストーリー自体は「ロメオとジュリエット」と言うより落語に通底する定石的な長屋小噺ながらも、パントマイムとアクションが炸裂し、一気に見せ
ます。キートンの父親を演じているのは実の父親のジョー・キートン。結構出ずっぱりで、しっかりアクションもしています(お父さんがキートンの考案した跳ね板で飛ばされて、宙高く一回転して地面に落下するシーンがあるが、キートンの両親はもともと舞台芸人で、キートンがまだ4歳の頃、彼の身体を逆さに持ち上げてぶんぶん振り回す「人間モップ」という、荒っぽいギャグを売り物とし、キートンは泣き顔一つせず演じていたという話がある)。
空を舞うジョー・キートン
キートンが警官から逃れる際に野球場の塀の隙間から試合を観ていると、ホームランボールが警官を直撃。活動弁士が「ベーブ・ルースはやっぱりスゴイな」というセリフをアテていましたが、ニューヨーク・ヤンキースのベーブ・ルースはこの映画の公開の前年の2020年、それまでの自己最多だった年間29本を大きく上回る54本のホームランを打ち、その翌年(つまりこの映画の公開年。映画は3月に公開されている)のシーズンでは、59本の本塁打を打ち、457塁打というMLB記録を打ち立てています。やはり、ベーブ・ルースの打ったホームランボールとの設定だったのでしょうか。
「キートンの隣同士」●原題:NEIGHBORS●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:16 分●出演:バスター・キートン/ヴァージニア・フォックス/ジョー・ロバーツ/ジョー・キートン●米国公開:1920/12(評価:★★★★)

ゴルフ場でも珍プレー続出のバスターは、打ったボールが茶店の壁に当たり、自分の頭に跳ね返ってきたために気絶してしまう。そこに現れた脱獄囚13号、自分の囚人服とバスターの服を取替えて、まんまとずらかる。意識を取り戻したバスターは、自分が囚人服を着ていることに気がつかないままプレイを続けようとするが、脱獄囚13号を追ってきた刑務所の看守たちに取り囲まれて、ようやく気づき、慌てて逃げ出す。何とか看守たちを巻いて、安全な場所に辿り着いたと思いホっとしたのも束の間、周りをよく見渡してみるとそこは刑務所の中。しかもその日の死刑執行対象者は、13号だった! 絞首台に上るバスター、絶体絶命のピンチ!(「キートンの囚人13号」)
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第2作(米国公開日:1920年10月27日)】。ゴルフでボール一つが思い通りにならず、苦闘するキートン。でも、空振りしてひっくり返るアクションからもう人間離れしているという感じ。池ポチャのボールを打つというのもスゴイね(クラブをオールに使えるのか?)。間違って刑務所に送られてからはアクションがさらにヒートアップし、それも畳みかけるようなテンポで続きます。エドワード・F・クラインは、「死刑執行人チャンピオン」。何だ、それ?。一方の、ジョー・ロバーツ演じる極悪囚人は人間離れした力を見せます。しかし、それもキートンの奇想天外なアクションを前にしては敵わない。キートンの本領発揮作品。無理に夢落ちにする必要もなかったかもしれませんが(「ゴルフ狂の夢」という邦題もある)、アクションがシュール過ぎることや「死刑執行人チャンピオン」がいることの説明にはなっている? 絞首刑にされそうになったキートンの首吊りロープがゴムにすり替えられていて、キートンがピョンピョン跳ねるシーンなどはブラックユーモア的であり(死ねない分、逆に苦しいのでは(笑))、そうしてこともあって夢落ちにした?
バスターとジョーは部屋が一つしかない一軒家で共同生活をしている。歯痛に悩むバスターの傍らで身だしなみを整えるジョー、鏡を裏返すとそこにはシビルの肖像写真が貼ってある。それに向かってジョーが愛情表現するのを見たバスターはそれを取り上げて「彼女がどう思ってるかわからないけど、結婚するのは僕だよ」と歯痛も忘れて熱く主張する。歯を抜いてから、いつものとおり、朝食の準備。バスターは料理ジョーはテーブルセッティング。母親がいなくても家事が円滑に運ぶように、室内には様々な工夫が凝らされていた。後片付けを迅速かつ完璧に終えてからお出掛け。 外に出てみるとタイミング良く隣のお嬢さんシビル登場。彼女を巡って二人は争奪戦を繰り広げる。そ
の様子を見たシビルの父親はシビルに家に戻るよう戒める。面白くないシビルは、父親に仕返ししようと、胃にもたれるようなクリームたっぷりのパイを焼いた。それを窓辺に置いて冷ましている間、庭先に出てダンサーズ組合で習った踊りを母親に披露するシビル。たまたまジョーが通りかかり踊りのお相手を務めることに。後から来たバスターは仲の良さそうな二人を見て、ハートブレイク。力なく窓辺に寄り掛かる。と、そこにはこってりしたパイを食べて興奮した犬がいた。それを狂犬だと勘違いしたバスターは逃げる。逃げるから犬は追っかけてきて、高い塀の上までついてくる。追い詰められたキートンだったが―(「キートンの案山子」)。
キートン・プロのキートン監督・出演作の【第3作(米国公開日:1920年11月17日)】。天井から調味料セットは出てくるは、風呂とソファー兼用、本棚の背後に冷蔵庫...etc. バスターとジョーの家のセットの仕掛けがスゴすぎ! 前半丁寧に家のギミックを見せ、中盤から犬との追い駆けっこになって爆走、終盤は案山子にもなって、ハッピーエンドまで走り切ったという感じでした。キートンが以前に一緒に仕事していたロスコー・アーバックル(「キートンとファッティのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」('17年)
などの監督・脚本家兼俳優で、それ以前に「両夫婦」('14年)などチャップリンの作品にも出ていたが、1920年当時の彼はすでにパラマウント社へ移籍していた。1921年、女優ヴァージニア・ラッペへの強姦殺人容疑で起訴され、映画界を追放されるが、後に冤罪であったことが証明されている)との共作期のリズムとテンポを踏襲しているのは間違いありません。滅茶苦茶"演技"しまくっている犬"ルーク・ザ・ドッグ"は、そのアーバックルの飼い犬だそうです。シビル・シーリーって「
「キートンの案山子(スケアクロウ)」●原題:THE SCARECROW●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:16 分●出演:バスター・キートン/エドワード・F・クライン/ジョー・ロバーツ/ジョセフ・M・シェンク/ルーク・ザ・ドッグ●米国公開:1920/11(評価:★★★★)


配給のパンにありつけず、とぼとぼと歩いていたキートン。道端に落ちてた蹄鉄を投げると警官を直撃し、警官に追いかけられるハメに。何とか逃げ切ったとき、ふと警察署の中を鉄格子越しに覗くと、凶悪犯が顔写真の撮影をしようとしているところだった。そこでキートンは、凶悪犯に一杯食わされ、キートンの写真が凶悪犯として撮影されてしまう。その後、凶悪犯は脱走し、キートンの写真が脱走中の凶悪犯として公開される―。(「キートンの強盗騒動」)
冒頭、パンの配給の列に割り込もうとしたキートンが、注意され列の一番後ろに回ったところ、テーラーのマネキンの後ろに並んでしまうというコミカルな設定から始まって、以降、ギャグがテンポ良く展開され、小刻みなギャグやアクションが間断なく続いて、終盤のキートンを追いかける警官とのエレベータでの追いかけっこまで、一気に見せます。
しかも、キートンが恋心を抱き家に招かれた女性の父親が実はその警官だったという、こうしたシチューションは、後の「
金持ち令嬢を好きになったキートンは、彼女に"立派な事業家になったら結婚してあげる"と言われ追い返される。フラフラと町に出た彼は、タクシーを拾おうとする紳士の落とした財布を拾って彼に返そうとするが、渡し損ねて中身だけ貰ってしまう。その大金に目をつけた詐欺師が、引っ越しで今から運ばれようという家具を、持ち主のいない隙に彼に泣きついて無理矢理買わせる。キートンは近くの洋服露地商の値札を、その前に停めてあった馬車の値段と勘違いして僅か5ドルで手に入れ、家具を満載して出発。やがて、馬車は警官の大パレードに突入。折悪しく、その荷台の上で過激派の爆弾が炸裂したため、キートンは何百という警官に追われるハメになる―(「キートンの警官騒動」)。
「キートンの警官騒動」は1922年3月の本国公開作品で、キートン・プロダクションのキートン監督・出演作の【第12作】。日本では、'73年6月に「
無実の男が警官に追われるという設定は「強盗騒動」と重なりますが、こちらは、アーバックルの事件後の作品であり、ラストが、キートンが逃げるのを諦め、自ら無実の罪で捕まるというコメディらしからぬ終わり方になっていて、エンディングには墓石のようなものが映っていることからも(そこに"THE END"と刻まれ、キートン帽が置かれている)、事件への批判が込められているとみてよいかと思います。
前半から中盤にかけては馬車に乗って手信号に噛みつく犬をボクシング・グローブで撃退したり、横着してマジック・ハンドで合図していたら、交通整理の巡査を殴り倒していたりという細かいギャグの連続。それが馬車が警官の大パレードに突入してからは、これでもかこれでもかというくらいの数の警官がキートンただ一人を追いかけ、これはこれで、後の「キートンのセブン・チャンス(栃面棒)」の、キートンが女性の大群に街中を追い掛け回される設定を想起させます。
キートンは1920年から23年にかけて自らのプロダクションで20本近い短編を撮っていますが、その中でこの2本は「
「キートンの強盗騒動(悪太郎)」●原題:THE GOAT●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/マル・セント・クレア●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:23分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス/エドワード・F・クライン/マル・セント・クレア●日本公開:1977/04(リバイバル)●配給:フランス映画社●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)(評価:★★★★)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」
「キートンの警官騒動」●原題:COPS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:20分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス/エドワード・F・クライン●日本公開:1973/06(リバイバル)●配給:フランス映画社●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)(評価:★★★★)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」

ジェフリー・ヘイウッド(レジナルド・デニー)はヴァージニア(サリー・アイラース)と結婚したいと望んでいるが、ヴァージニアは姉アンジェリカ(ドロシー・クリスティー)が結婚しない限り、自分も結婚ができないと言い、そのアンジェリカは男をえり好んでばっかりで、なかなか結婚しそうにない。思ったようにことが進まないジェフリーだったが、ある日、電柱に広告を貼る仕事をしていたレギー(バスター・キートン)を車で撥ねてしまい、彼がアンジェリカの家で治療を受けることになったのをきっかけに、レギーを希代のプレイボーイであるかのように見せかけて彼とアンジェリカを結婚させるべく画策、しかし、実際のレギーのあまりの押しの弱さにイライラして、女性記者ポリー(シャーロット・グリーンウッド)を買収して回復したレギーと某ホテルに止まらせ故意にアンジェリカの目にかからせる作戦を練る―。
バスター・キートン主演の1931年2月本国公開作品で、キートンがMGMに移籍してからの第7作目、トーキーとしては「キートンのエキストラ」('30年3月公開)、「キートンの決死隊」('30年8月公開)に続く3作目で、日本公開は'31年7月。オリジナルはブロードウェイのコメディ劇だそうですが、確かに脚本は凝っているけれども、それがキートン作品として面白くなっているかというと全然そうなっていないという印象です。
ある種、群像劇という感じで、舞台出身のシャーロット・グリーンウッド演じる、恋の手ほどき役として送り込まれたでジャジャ馬の大女ポリーなど、かなりエキセントリックなキャラクターの中で、キートン演じる主人公であるはずのレギーは殆ど受身的に動くばかりであり、時折見せる"懐かしのギャグ"のようなものが、却って侘しく感じられます。
この後のMGMでのキートン主演作は、「キートンの紐育の舗道(Sidewalks of New York)」('31年) 、「キートンの決闘狂(The Passionate Plumber)」('32年)、「キートンの歌劇王(Speak Easily)」('32年)、「キートンの麦酒王(What! No beer? )」('33年)と続きますが、"キートンのトーキー作品"としてフィルム記録的な価値はあるかもしれませんが、単にコメディとして評価した場合、この辺りで観るべき作品はあまりないように思います。
「キートンの決闘狂」にも自分の発明した謎の銃の威力を決闘の場で試そうというエキセントリックな人物が出てきますが、キートン演じる主人公を差し置いておかしな人物を登場させることで、却ってキートンの魅力を後退させ、作品としてもキートンが演じる必然性があまり感じられない凡庸なものになっているという点では、この「キートンの恋愛指南番」もそれに通じる気がします。![キートンの決死隊【字幕版】 [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%B1%BA%E6%AD%BB%E9%9A%8A%E3%80%90%E5%AD%97%E5%B9%95%E7%89%88%E3%80%91%20%5BVHS%5D.jpg)

金持ちのエルマー(バスター・キートン)はメリー(サリー・アイラース)という娘を恋して言い寄るが、いつも拒まれていた。米国が欧州戦線に参加し、国民の多くが参戦熱に駆られる中、運転手が義勇兵募集に応じてしまい、エルマーは職安へ求人に訪れる。ところがそこがいつの間にか入隊申込所と変わっていて、彼は新兵訓練所に回されて種々珍事を起し、頑固一徹のプロフィー軍曹と衝突するが、メリーが軍隊に働いているの知って喜び、彼女もまた彼の一兵卒となった心意気に感じ入る。ある夜、秘かにキャンプを抜け出してメリーに会いに行くが、同じ思いのプロフィー軍曹と顔を合わせ、メリ
ーはエルマーのためを思いこんな男と会ったこともないと突っぱね、軍曹も追い返す。メリーとエルマーは同じ輸送船で出征することになり、彼女はエルマーに心情を打ち明けようとしたが機会が無く、戦線で彼が見張りに出た時に再会、彼は彼女の本心を聞かされ喜び
の余りユクレレを奏して同僚の安眠を妨げて窓から突き落とされ、農家の娘の寝室に迷い込んだため、メリーの信用を失ってしまう。沈んでいる彼を見た同僚が兵士慰安会に出演させるが、敵方戦闘機により開場は被弾、恋を失ったエルマーは戦死の覚悟で敵陣に乗り込む。敵の塹壕内に転げ込んだ時に彼の以前の使用人と再会、彼らが食料を断たれて困っているのを聞き、食料を届ける約束をして味方の陣地に引き上げるが、その際に何気なく机上にあった地図を持ち帰ったのが手柄となり、功によって休暇を貰う。彼が戦線からキャンプに戻る途中またも敵機が飛来し、逃げ惑う中でメリーを見つけ、敵陣地へまた飛びこむ。そこへ喚声が上がり2人は驚くが、終戦条約締結の知らせのとためと知れた。戦争を終えて帰国したエルマーは会社の社長として復帰、メリーは妻として彼を助けていた―。
バスター・キートン主演の1930年8月本国公開作品で、キートンがMGMに移籍してからの第5作、トーキーとしては「キートンのエキストラ」('30年3月公開)に続く2本目で、「エキストラ」と比べ製作費は半分強、しかし、利益は10倍以上だったとのことです(日本公開は'31年4月)。ただ、個人的には「エキストラ」同様にイマイチでした。
ストーリーにやや無理があるように思われ、何故キートンが入隊申込所に送り込まれてしまったのかよく解らなかったし(執事のミス?)、敵陣に行って、そこにかつての使用人がいたからといって食料を届ける約束をしてくるというのもどうか。終戦がなければ、キートンが携えてきた作戦地図を基に相手方に総攻撃をかけていたわけで...。ラストで、会社の社長として軍隊でいじめられた上官たちを従業員として使用して得意にしているキートンというのもちょっとなあ...と。
これだけストーリーを捏ね繰り回しながら、キートンらしさを発揮する場面が少ないせいか、「キートンの結婚狂」('29年)、「エキストラ」に続いて、ここでも劇中劇を"兵士慰安会"という形で入れ、女装で踊るなどしていますが、何だかわざとらしい印象を受けました(キートンは第一次大戦に従軍した際に実際こうした余興をやっていたとの説もあるが)。
キートンの同僚役のクリフ・エドワーズは、「ウクレレ・アイク」の愛称で知られた歌手兼コメディアンで、キートンとのコンビネーションは悪くはないですが、キートンをじっくり見たい自分としてはやや邪魔っ気な印象も。キートンの唄とウクレレ演奏が聴けるのは貴重ですが...(クリフ・エドワーズより上手かったといわれるウクレレを奏でつつ唄っている時のキートンは甘くてカッコ良すぎ)。
戦争もののコメディって難しいと思うなあ。失恋したエルマー(キートン)が敵地へ乗り込んでいくところなどは悲壮感の方が勝ってしまう...。加えて、エドワード・セジウィック監督作に共通して言えることですが、全体にテンポがイマイチであり、終盤でキートンがメリーと避難したところへ不発弾が落ちてきてキートンが慌てふためく場面は、最後にキートンらしさが出たという感じでしたが、それでもそこまでの流れの悪さを挽回するには至らなかったように思います。

カンザス州の田舎町に住むブランケット夫人(トリクシー・フリガンザ)は、娘のエルヴィラ(アニタ・ペイジ)が町内の美人コンテストに優勝したのを契機に、彼女を映画スターに仕立てようとマネージャーのエルマー(バスター・キートン)を連れ立ってハリウッドに乗りこむ。エルマーの不注意で、彼らはハリウッドの人気二枚目俳優のラリー(ロバート・モンゴメリー)の座席に座ってしまう。エルヴィラの美しさに心を奪われたラリーは彼女を援助することを約束するのだが、彼女に無体を働いたと
ころをエルマーが連れてきたブランケット夫人に見咎められ、母と娘の信頼を失ってしまう。エルマーは当初ラリーを良く思っていなかったが、ラリーが自分と同郷であることを知って互いに親しくなる。エルヴィラを売り込むために撮影現場に潜り込み、エキストラとして何度も失敗を繰り
返していたエルマーだったが、ひょんなことからコメディアンとしての成功の糸口を掴むことになり、コメディ・ミュージカルでエキストラに抜擢されたブランケット夫人と共演することになる。一方、将来を悲観するエルヴィラに、エルマーは自らの彼女を愛する想いを伝えようと「貴女と結婚したがっている人がいる」と示唆するが、運命の悪戯によりエルヴィラはそれがエルマーだと思い込み、二人は結ばれエルマーは失恋する―。
また、ストーリーが、"トーキーに乗り込んだ"彼を"ハリウッドに乗り込んだ"エルマーに重ねているのはいいのだけれど、ラストで映画では成功するが、恋愛の方は失恋してしまうという結末はいかがなものかと...。これまでカラッと乾いた笑いと(とりわけ恋愛において)ハッピーエンドのコメディが定番だっただけに、あまりウェットなのはこの人には似合わない気がします。
キートンは頑張っているだけなく、声も良くて台詞もメリハリがあり、トーキーの世界でも十分にイケル感じなのですが、その使われ方や脚本の方にキートンの魅力を引き出そうにも引き出せない問題があって、こうしたことがますますキートンを追い込んでいったのだろうなあと思わせるものがあり、トーキー時代に入ってからのキートンの退潮はMGMの責任だという印象を改めて抱かされました。
ミュージカル・シーンは「劇中劇」であることを利用して顔の"白塗り"を復活させたりしていますが、ギャグがキートンのギャグではなく、演出家による振付けの一部になっているという感じで、"白塗り"も「ストーン・フェイス」ではなく予め悲哀を表す眉線が入っていたりして、わざわざ白塗りにしたのに却ってキートンらしくなくなっている感じです。「道化の悲哀」というのも、キートンのそれまでの、最後振り返ってみれば実にスマートだったというスタイルとは異質であり、個人的にはイマイチの作品でした(いや、イマニかイマサンくらいか)。
「キートンのエキストラ」●原題:FREE AND EASY●制作年:1930年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・セジウィック●脚本:ポール・ディッキー●撮影:レナード・スミス●原作:リチャード・スカイヤー●時間:92分●出演:バスター・キートン/アニタ・ペイジ/トリクシー・フリガンザ/ロバート・モンゴメリー/フレッド・ニブロ/エドガー・ダーリング/グウェン・リー/ジョン・ミルジャン/ライオネル・バリモア/ウィリアム・ヘインズ/ウィリアム・コリアー・シニア●日本公開:1930/12●配給:MGM日本支社(評価:★★)


クリーニング店の店主エルマー(バスター・キートン)は舞台女優のトリルビー(ドロシー・セバスチャン)の大ファンで、顧客から預かっているタキシードを着込んで金持ちの風采で彼女の舞台に通い詰め、仕舞には、劇団員の一人に話をつけて代役で彼女の芝居の舞台に立ち、大事な芝居をぶち壊してしまう。そんな折、トリルビーの恋人で同じ劇団の
花形男優(エドワード・アール)が別の金髪美人(レイラ・ハイアムズ)と婚約したことに憤慨した彼女は、面当てにエルマーと結婚する。しかし、エルマーが実は金持ちでないと判り、彼は離婚を言い渡される。エルマーは船でその地を去ろうとするが、彼が乗ったのは密輸船だった。脅迫されて海に飛び込んだエルマーは航行中の客船に救
われ、そこで水夫として働くことになる。この船は多数の賓客が舟遊び客として乗っていたが、その中にトリルビーと前の恋人男優もいた。突然船は出火して賓客も船員も船を捨てて逃げたが、エルマーとトリルビーは取り残される。エルマーは単身で火を消し止め、トリルビーと助けを待つが、そこへ現れたのは例の密輸船だった―。
バスター・キートン主演の1929年4月本国公開作品で、キートンがMGMに移籍してからの第2作目、最後のサイレント作品となります(日本公開は同年12月)。
前半部分はコント風で、キートンがエキストラとして上がった舞台で繰り広げるドタバタが一つのヤマでしょうか(舞台に上がる前のメーキャップを自分でやる場面のギャグがキートンらしくて可笑しい)。キートンはこの作品をトーキーでやりたかったそうですが、MGMがサイレントでの公開を決め、次回作「キートンのエキストラ」('30年)が初のトーキー作品となります。"エキストラ"ネタで次回作と被りますが、以前ほどのキレは無いにしても、こちらの"エキストラ役"の方が「エキストラ」における"エキストラ役"の彼よりもキートンらしいギャグが効いています。
後半部分、海に乗り出してからは、主人公の2人が船に
取り残されるという設定は「
「
トリルビー役のドロシー・セバスチャンは当時のキートンの愛人だったそうで、そう思って観ると何となくそんな気もしないでもなく、艶めかしく感じられる場面もあれば、ハードなアクションを容赦なく強いている場面も...。作品全体としては往年の切れ味は相当落ちていますが、恋愛の上でのハッピーエンドは定番ストーリーを維持しており、「キートンのエキストラ」などと見比べれば、キートンはやはりサイレントが似合うと思わせる最後の作品となっています。



映写技師のキートンは、探偵に憧れていて、映写時間外は館内や入り口の
掃除もやっている一方、仕事中も「探偵学」の本を読んだりしている。ある日、プレゼントを届けに行った愛する女性(キャサリン・マクガイア)の家で恋敵と張り合うことになるが、そこに女性の父親(ジョー・キートン)の懐中時計の盗難事件が発生、「探偵学」のマニュアルに沿って意気揚々と犯人捜査に乗り出すも、時計を質屋に預けた質札が自分のポケットの中から見つかり、女性の父親に家から追い出されてしまう。恋敵が怪しいと睨んだキートンは、彼を尾行するが、逆に貨物列車に閉じ込められ、何とか抜け出して貨車の屋根を走り、給水塔のノズルに掴まって降りようとするが、大量の水が放出され線路に叩きつけられる。女性は質屋に聞き込みに行き、犯人はキートンの恋敵の男で、キートンは濡れ
衣を着せられたことを突き止める。一方の仕事場の映画館に戻ったキートンは、映画上映中に居眠りを始め、その分身が憧れの銀幕の中に入っていく。映画の中の男女はキートンの恋する女性と恋敵
に変わっており、恋敵に殴られた彼は客席に飛び出し再び入り込むと、場面は変わっていて...。やがて、愛する女性の家で高級ネックレス盗難事件が発生する。彼は映画の中で"シャーロック2世"となって犯人探しを続け、窃盗団と決死の追走劇を演じる...。目醒めた彼には愛する女性にプロポーズをする勇気がなく、上映中の映画のシーンを真似て求婚すると上手くいきかけるが―。
この「キートンの探偵学入門」はキートン・プロダクションのキートン監督・出演作の【第22作】。1924年4月に本国公開され、それは丁度前
作「荒武者キートン」('23年)の半年後、次作「海底王キートン」('24年)の半年前になります。日本では同じく'24(大正15)年12月に「忍術キートン」のタイトルで公開されており(「荒武者キートン」の本邦初公開と同時期か)、このタイトルは配給元の松竹が「キネマ旬報」などに「探偵第二世」という直訳に近いタイトルで予告広告を出して邦題を一般公募したものだったようです。'73年に「キートンの探偵学入門」のタイトルでリバイバル上映されています。
席を映したままキートンが客席と映画の中を行き来するシーンは秀逸。スクリーンの場面は次々と変わり、階段を一歩踏み出した途端に足場が消えて転んだり、いきなりライオンのいるジャングルにいたり、断崖や砂漠だったり、海上の岩礁や雪の野原だったりと、シーンが変わるごとにスクリーンの中で翻弄されるキートンのアクションと映像とのマッチングが巧みです。主人公が映画の中に入っていくアイデアは、ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」('85年/米)でのミア・ファローが映画の中に入っていく設定にヒントを与えたと言われていますが、キートンのこの作品の場合、前半分は現実の話であり、ヒロインが真相に気づいた所でキートンへの疑いは晴れていることになり、それを知らないキートンが夢の中で犯人捜しをするということになります。
この後も、キートンが敵陣に乗り込む前に窓に女性用の衣装ケースをぶら下げておいて、窓を飛び抜けると服装が女性の衣装に変わる早技や、キートンが路地に追い詰められて壁際に立った仲間が持つ鞄の中に飛び込むというシュールな脱出技など、どうやって撮ったのかと思わせるようなシーンが続きます。更に、キートンがハンドルに飛び乗った警官のバイクが警官を落として暴走、キートンは運転者がいなくなっていることに気づかずにずっとバイクのハンドルに乗っかって爆走していくという、いつもにも増して過激なアクションシーンが続きます。


ラストで、映画のシーンを真似て女性に指輪を渡し軽くキスするところまでは上手くいきますが、映画の方がエピローグで夫婦に双子が生まれ、女性が編み物をし男性が赤ん坊をあやしている場面になると、それ以上先に進むのを逡巡してしまうというのは、キートンの独身主義の表れと言うより(キートンはこの時既に「荒武者キートン」でも共演したナタリー・タルマッジと結婚している)、安定し切ってしまうことへの不安を表象しているのではないでしょうか。
キートン作品のベストテンなどで1位にくることもある作品で、「荒武者キートン」('23年/67分)、「海底王キートン」('24年/59分)より若干短く、ストーリーをシンプルにして、身近な設定ながら"夢オチ"にすることでギャグやアクションに幅を持たせているといった感じです。
は言えないかも。でも観ているうちに夢の中の出来事であるというのを忘れそうになります(と言うより、どこから夢だったか忘れそうになる)。
年:1924
年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン●製作:バスター・キートン/ジョセフ・M・シェンク●脚本:クライド・ブラックマン/ジョン・ハヴェズ/ジョゼフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスレー●時間:50 分●出演:バスター・キートン/キャサリン・マクガイア/ジョー・キートン/ウォード・クレイン●日本公開:1924/12●配給:松竹(評価:★★★★☆)
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石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代で繰り広げられる、美しい娘を手に入れるまでの男の恋愛騒動&奮闘劇で、キートン・プロダクションのキートン監督・出演作の【第20作】で、キートンが監督した初長編作品(1923年9月公開、47分)ということになっていますが、長編への進出に不安のあったキートンが、従来に短編を組み合わせる形で制作し、上手くいかなかった場合はそれぞれ個別の作品として公開しようと考えていたという説もあるようです。日本公開は1925(大正14)年3月で、公開時邦題は「滑稽恋愛三代記」。'74年7月に「キートンの恋愛三代記」のタイトルで「ニュー東宝シネマ2」でリバイバル上映されました(併映短編「スケアクロウ」「マイホーム」)。
各時代それぞれシチュエーションごとに区切って、47分の間に石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代が繰り返し出てくる展開は、キートンならではのギャグ満載で観る者を飽きさせず、しかも前半の恋占いシーンや、中盤の女性をめぐる男達の決闘シーンなど、時代ごとのモチーフを揃えているところなどから、やはり最初からから長編としての公開を意識したものと思われます(キートンの相手役のヒロインも一貫してマーガレット・リーイー(Margaret Leahy)が演じているし)。
セシル・B・デビル監督を皮肉ったものとも言われていますが、このキートンの「恋愛三代記」の中でもセットなどに最もお金をかけている場面のように思われました。D・W・グリフィス監督の「イントレランス」('16年)のパロディとも言われていますが、確かにセットは「イントレランス」と似ています(大掛かりなだけに、大観衆の迎える中でキートンがしょぼい犬ぞりで登場するギャップが非常に効果的なのだが)。
キートンは実際に映画「ベン・ハー」を参考したのでしょうか? ウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」('59年/米)はアカデミー賞11部門を獲得した大作として知られていますが、その前にフレッド・ニブロ監督が撮ったラモン・ノヴァロ主演のMGM映画「ベン・ハー」('26年/米)があり、ウィリアム・ワイラーはこの作品で助監督を務めています。この作品は、「民衆」役でジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、マリオン・デイヴィス、ダグラス・フェアバンクス、リリアン・ギッシュ、ハロルド・ロイド、メアリー・ピックフォードなど多くのスターが出演していることでも知られています。但し、これはこの「恋愛恋愛三代記」の3年後の公開作品であり、キートンが真似ようにもそれは不可能です。
品を参照した可能性はかなり高いように思います。
ローマ時代だけでなく、石
器時代も現代も手抜きしておらず、石器時代ではマンモスの代わりに本物のアフリカゾウを使い(ローマ時代のキートンが爪を磨いてあげることで喰われずに済んだライオンは明らかに着ぐるみだが)、現代ではフットボールの試合をスポーツ大好き人間のキートンらしくかなり本格的に撮影しています。石
器時代の岩から岩へ飛び移ってのアクションが、現代のビルからビルへ飛び移るアクションと重なるのも上手いし(それにしてもスゴいアクション)、ラストはどの時代のキートンも目出度くヒロインと結ばれ、石器時代では凄い数の子どもに恵まれ、ローマ時代もそこそこ、それが現代では夫婦の間にペットの犬が一匹というのが見る側の予想を覆して可笑しいです(少子化時代を予測した?)。
派手なアクションもありますが、細かいギャグや小道具も効いていたように思います。石器時代で言えば、キートンがしている"腕時計型の日時計"とか"ゴルフセット"とか。現代においては、ジョー・ロバーツ演じる恋敵(こちらも3時代を通しての)の見せる身分証(社員証)にFirst National Bank(国立一流銀行)であるのに対し、キートンのがLast National Bank(国立三流銀行)であるというのも可笑しいです。現代版
におけるキートン帽にネクタイ、ワイシャツ、チョッキ、ダブダブのズボン、ドタ靴という組み合わせは、所謂「アーバックル時代」と言われるロスコー・アーバックルとの共演時代(1917-1920)の最後の名残りかと思われますが、キートン帽など以降の作品にも暫く引き継がれていくものもあります。
石器時代にキートンがアプローチする女性の一人で岩の上に寝そべっている女性―立ち上がると実は大女だった―は、ブランシ・ペイソンという人で、ニューヨーク最初の婦人警官だったそうです。
「キートンの恋愛三代記(滑稽恋愛三代記)」●原題:THE THREE AGES●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:バスター・キートン/ジョセフ・M・シェンク●脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン/ジョゼフ・ミッチェル/ジャン・C・ハヴェズ●撮影:エルジン・レスレー/ウィリアム・C・マクガン●時間:47分●出演:バスター・キートン/ウォーレス・ビアリー/マーガレット・リーイー/ジョー・ロバーツ/ホラス・モーガン/リリアン・ローレンス●日本公開:1925/03●配給:イリス映画(評価:★★★★)
「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR●制作年:1959年●制作国:アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:サム・ジンバリスト/ウィリアム・ワイラー●脚本:カール・タンバーグ/マクスウェル・アンダーソン/クリストファー・フライ/ゴア・ヴィダル/S・N・バーマン●撮影:ロバート・L・サーティーズ●音楽:ミクロス・ローザ●原作:ルー・ウォーレス●時間:212分●出演:チャールトン・ヘストン/スティーヴン・ボイド/ジャック・ホーキンス/ハイヤ・ハラ
リート/ヒュー・グリフィス/マーサ・スコット/キャシー・オドネル/フランク・スリング/サム・ジャッフェ/フィンレイ・カリー/テレンス・ロングドン/アンドレ・モレル/ジョージ・レルフ/マリ
ナ・ベルティ/ジュリアーノ・ジェンマ/クロード・ヒータ/フィンレイ・カリー●日本公開:1960/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:杉本保男氏邸(80-12-02)(評価:★★★★)
「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR:A TALE OF THE CHRIST●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督:フレド・ニブロ●脚本:ジューン・メイシス/ケイリー・ウィルソン/ベス・メレディス●撮影:クライド・デ・ヴィナ/ ルネ・ガイサート/ パーシー・ヒルバーン/カール・ストラッス●音楽:ウィリアム・アクスト●原作:ルー・ウォーレス●時間:141分●出演:ラモン・ノヴァロ/フランシス・X・ブッシュマン/メイ・マカヴォイ/ベティ・ブロンソン/クレア・マクドウェル/キャスリーン・キー/カーメル・マイヤーズ/ナイジェル・ド・ブルリエ/ミッチェル・ルイス/レオ・ホワイト/フランク・


「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR●制作年:1907年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・オルコット●脚本:ジーン・ゴルチエ●原作:ルー・ウォーレス●時間:15分●出演:ハーマン・レトガー/ウィリアム・S・ハート●米国公開:1907/12●最初に観た場所:杉本保男氏邸(81-09-27)(評価:★★★☆)


(9日月曜日)...結婚式を終えた新郎(バスター・キートン)と新婦(シビル・シーリー)は、叔父から貰った新居に車で向かうが、運転していたのは新婦にフラれた男ハン
クで、彼は2人の新生活を邪魔したりする。新居の場所に着くとそこには土地しかなく、届けられた木材と工具で自分で組み立てなければならなかったのだ。(10日火曜日)...早速翌日から2人は新居の組み立て作業に入るが、ハンクの妨害により間違った手順で新居が出来上がってしまう。(11日水曜日)...平行四辺形のような奇妙な
形の新居に引っ越し業者(ジョー・ロバーツ)が運んできたピアノを入れようとするが、これがまた大騒動になる。(12日木曜日)...新郎は煙突を取り付けようとして、入浴
中の新婦がいる2階の風呂の浴槽に落ち、恥ずかしがる新婦に風呂から追い出され、出口かと思ったドアを開けて外に転落する。(13日金曜日)...2人は新居完成披露パーティに友人らを呼ぶが、雨漏りがして新郎は室内で傘をさしている。やがて雨は暴雨風となり、新居は風に煽られ土台ごと猛烈な勢いで回転しはじめる。客は帰り、2人は外で一夜を過ごす。(14日土曜日)...嵐
が去った翌朝、新居はボロボロになっていたが、そもそも家を建てる場所が間違っていたことに気づいた2人は車で新居を移動させる。その途中で線路に引っ掛かって立ち往生してしまうが、そこへ猛烈なスピードで蒸気機関車がやってくる―。
新郎が入浴中のシーンでカメラに手が覆いかぶさったりするのが遊び心を感じさせ、そこへキートンが落ちてくるという繋がりもまた良く、更に、ドアを開けたら外に転落してしてしまったキートンが、新居披露パーティに来たハンクに追いかけ回されて、そ
の経験を活かして彼を自ら外へ追いやってしまう場面は痛快(山崎バニラ氏はその活弁の中で敵役の彼をストーカーと呼んでいるが、まさにピッタリ)。その他にも、後のキートンの長編に見られるアクションの原点が幾つもここにあるという印象でした。
ラストで新居が機関車で粉砕されてしまうのは本来ならば悲しい結末ですが、「売家」の札と「組立説明書」を置いて2人でその場を去っていくシーンはカラっと乾いていて、いかにもキートンらしいです。この2人が手をつないで新たな道に向かって歩いていくエンディングは、チャップリンの「
新婦役のシビル・シーリー(Sybil Seely)は「
盗騒動(悪太郎)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」/併映:(2回目)「キートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」「デブの自動車屋」「キートン・ライズ・アゲイン」 




旧式カメラを持って町の一角に立つ旧時代の遺物のようなカメラマンのルーク(バスター・キートン)は、ある日街で美しい娘を見初め、後をつけて行くと彼女はMGMのニュース映画部門に勤めているサリー(マーセリン・デイ)という娘だった。サリーから
成功するにはもっと良いカメラを買わねば駄目だと言われ、早速彼はカメラを買い求め、以来毎日彼女の事務所に詰め、彼女の好意により重大事件が発生する毎に密かに情報を教えられては現場へ飛んで行き撮影した。中国人街
でマフィアの抗争があった際の撮影では、ちょっとした事件から買い取ったサルの悪戯のためにフィルムを抜き取られ失敗したが、それでも彼は屈せず、モーターボート競争を撮影中に転覆事故で溺れそうになったサリーを泳いで救う。彼が薬を求めている隙に、サリーと共に海中に投げ出された彼女の彼氏が、自分
が彼女を救ったように装い彼女を連れ去る。落胆したルークはカメラマンになることを断念、自分が撮ったフィルムを投げ出して事務所を飛び出す。会社で彼のフィルムを試写したところ、中華街の抗争が映っているうえに、ボート転覆事故のサリー救出の殊勲者がバスターであることが判明、彼を呼び戻せとの上司の指示の下、サリーは命の恩人であるルークの行方を探し出す。大西洋横断飛行成功のリンドバーグ歓迎で湧く市中、ルークとサリーを祝福するが如く紙吹雪が舞う―。
バスター・キートン主演の1928 年9月本国公開作品で、彼がユナイトから古巣のMGMに戻って最初に撮った作品で監督はエドワード・セジウィック(因みに、作中で歓迎パレードの実写フィルムが用いられていると思われるリンドバーグの大西洋横断無着陸飛行の成功は1年以上前の1927年5月)。日本では翌年(昭和4年)9月に公開されました。
この頃には既にキートンも顔は白塗りではなくなっているし、ストーリーも相棒のサルがカメラを回してボート転覆事故の始終をフィルムに撮っていたというシュールな設定を除いては(どうやってサルに演技をつけた?)意外とリアルで、ドタバタ喜劇か
らラブストーリーの方へ比重を移している印象がありますが、そうしたことも含め、次第と初期のキートンらしさが失われていく過渡期的作品と言えるかもしれません。但し、この作品については「MGM移籍後で唯一の佳作」などと評されることもあり、MGM移籍当初で、まだそれだけキートンが比較的自由に撮らせてもらっている部分があり、ギャグとラブストーリーとの兼ね合いが程よく楽しめるといった感じです。
キートンの相手役のヒロインを演じるのはマーセリン・デイ(Marceline Day)で、比較的今風の美人であり、これが個人的には作品への好感度にも繋がり、恋敵役は「キートンのカレ
ッジ・ライフ」でもライバル役だったハロルド・グッドウィン(Harold Goodwin)で、これも相変わらず憎たらしいだけに、最後の逆転劇が効いています。マーセリン・デイは水着美人として売り出しただけに、キートンとデートで市民プールに行くシーンでは水着姿でスタイルの良さ披露
しています。ただ、マーセリン・デイの水着姿もさることながら、当時のニューヨーク市営プールの意外と現代のスポーツクラブ風な様子が窺えて興味深かったです(右写真はスチールで、作中ではルークがこれほど女性にモテる場面は無い)。
この物語では、ルークことキートンが街頭写真屋から報道カメラマンへの転身を図るわけですが、テレビが無い時代、今のTVニュース報道に当たるものを映画会社のニュース映画部門が担っていたわけです。しかしルークにとって動画を撮るのは初めての経験であり、二重写しをやらかした結果、戦艦がニューヨークの街を進むといったとんでもない映像が出来上がってしまったりし、挙句の果てに、中国人街でのマフィア抗争の撮影でフィルムを入れ忘れたらしく(実はサルがフィルムを抜き取っていた)、これらの失敗でルークはMGMを去ろうとするが、最後はサルが撮っていたフィルムによりボート転覆事故の事の真相が明らかになり、MGMは彼を歓迎する―。
表向きはキートンのMGM入社を祝うような結末ですが、そのMGMはキートンをクリエイターというよりは一人の役者としてしか見ていなかったため、彼の作品に及ぼす影響は大幅に制限されるようになり、キートンはこれに対し、無人のヤンキー・スタジアムでの「一人野球」とか、プールの狭い更衣室の中での太った男と揉み合いへし合いなっての「窮屈な着替え」とか、彼自身のアドリブを入れて、彼らしさを出そうと抵抗しています(この辺りがまだ"比較的自由に撮らせてもらっている部分"か)。
まだ20年代の作品なので、宙を飛ぶようなキートンの韋駄天ぶりは健在。それでも全体としてはアクションはかなり後退してい
ますが、先にも書いた通りギャグとしてもラブストーリーとしてはまあまあといったところでしょうか。むしろ、キートンの過渡期的作品であるという意味で、初期作品と見比べてみる価値はあるかもしれません。


カリフォルニアのある高校の卒業式、学業優秀で表彰を受けたロナルド(キートン)は、「スポーツの大害」と題した講演をするが、得意になってスポーツマンを罵倒した彼の話に、同級生メアリー(アン・コーンウォール)は、憤慨する。美人のメアリーにロナルドは、そして、スポーツマンのジェフ(ハロルド・グッドウィン)も密かに恋していた。メアリーとジェフは共に大学へ進学することになっている。ロナルドの家は貧しかったが、恋敵に遅れをとってはならないと、自分
で学費を稼ぐ事を条件に母を説得し、ロナルドも同じ大学に進学した。かくして、ロナルドは給仕のアルバイトをして学費を稼ぎつつ、メアリーのハートを射るため大の苦手なスポーツに挑戦する。野球、砲丸投げ、短距離走と、何をやってもまるでダメ。例えば短距離障害走であ
ればハードルを全部なぎたおしてしまうといった具合。ところが教授の計らいで、ボート大会にコックスとして出場することになってしまう。他の選手はロナルドが試合に出ては勝ち目が無いと、妨害を試みるが見事に失敗。自信なく出場したロナルドは溺れながらも機転を利かせて、チームに勝利をもたらすのだった。その時、ジェフがメアリーを一室に閉じ込め、結婚を迫っていた。メ
アリーから電話で連絡を受けたロナルドは、あらゆるスポーツの方法を駆使して、メアリーの救出に向かうのだった―。
バスター・キートンの1927 年本国公開作品(キートン・プロにおけるキートン監督・主演作の【第28作】(長編第9作)で、日本でも同年(昭和2年)9月に「キートンの大学生」のタイトルで当時の「新宿武蔵野館」「牛込館」他で封切上映されています。前作「
この作品に先行するハロルド・ロイドの「
作中のロナルドことキートンは、自ら学費を稼ぐために、黒人給仕の募集に顔を黒塗りにして応募して仕事に就きますが、その割にはあまり苦学生というイメージはなく、結構長閑なコントのような場面が続きます。一方で様々なスポーツに挑戦してこれがどれもこれもダメで、とりわけ野球のシーンが丹念に描かれていますが、実際のキートンは野球大好き・大得意人間で、このシーンでは他の出演者のプレーを指導したという、ストーリーとは真逆の裏話があるのが面白いです。
ロナルドは、結局は野球でも陸上でも芽が出ず、それがボート大会でコックスとなってやっと花開きますが、ここまでは前半のコント集のようなシーンの比重が大きくて、安心して観られるけれどそれ以上のものではない、単なるギャグ映画という印象だったでしょうか。それが、好きな彼女から、彼の恋敵の不良学生ジェフに監禁されているとの知らせを受け、現場へ駆けつけて恋敵をやっつけて彼女を救出する―そこまでの間に、猛烈なスピードで町を駆け抜け、生け垣をハードルのように飛び越え、不良学生が投げつけてきたものを野球のバッティングのように打ち返すという、これまで全くダメだったスポーツ種目が見違えるようなパフォーマンスとして織り込まれているのが上手かったと思います。
終盤の畳み掛けるアクションの連続は、これぞキートンの真骨頂といったところですが、棒高跳びの応用で彼女が監禁されている建物の2階に飛び移るシーンだけは初めて本格的にスタントを使ったそうで、そのスタントを演じたのは1924年のパリ五輪の棒高跳びの金メダリストだそうです(その他にも、前半の陸上競技シーンなど当時の一流どころのアスリートが出演しているのではないか)。
「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」●原題:COLLEGE●制作年:1927年●制作国:アメリカ●監督:ジェームズ・W・ホーン/バスター・キートン●製作:ジョセフ・M・スケンク●脚本:カール・ハルボウ/ブライアン・フォイ●撮影:デブロー・ジェニングス/バート・ヘインズ●時間:66 分●出演:バスター・キートン/フローレンス・ターナー/アン・コーンウォール/フローラ・ブラムリー/ハロルド・グッドウィン
/グラント・ウィザース/スニッツ・エドワーズ
/サム・クローフォード/カール・ハルボウ●日本公開:1927/09/15●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★★)●併映:「キートンの大列車強盗 (将軍)」(バスター・キートン)/「キートンの線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)



ミシシッピー川で操業する蒸気船ストーンウォール・ジャクソン号のオーナー、ウィリアム・キンフィールド(アーネスト・トーレンス)は"スチームボート(蒸気船)ビル"と呼ばれる町の人気者。一人息子のスチームボート・ビル・ジュニア(バスター・キートン)は故郷を離れてボストンに遊学中だった。副船長のトム・カーター(トム・ルイス)と長閑な日々を送るビルだったが、強力なライバルが現われる。金持ちのジョン・ジェイムズ・キング(トム・マクガイアー)が新造船キング号で事業に乗りだしたのだ。そんな時、ボストンから息子が帰ってくる。都会風に妙に洗練された息子を見て、父は落胆。おまけに息子と、商売仇の娘メアリー(マリオン・バイロン)が恋仲になり、ますます面白くない。更ににジャクソン号が老朽化のため使用停止勧告を出されてしまう。警察にはむ
かったためビルは拘置所に入れられる。ジュニアは父親を助けようとするが、そこへ巨大な暴風雨がやってきて猛威を奮う。ミシシッピーの河川地帯は大パニックとなり、吹きすさぶ風の中、ジュニアは父親と恋人メアリー、そして命を落としかけたキングも救い出す―。
前半部分はマッチョ志向の父親が、赤ん坊の時以来久しぶりに会った息子の思いもよらなかった脆弱ぶりに幻滅しつつも、何とか一人前の蒸気船乗りに仕立て上げようと躍起になるも、なかなかそうはいかず、そのう
ち息子はライバルの蒸気船会社のオーナーの娘と恋仲になるは、自身は拘置所に入れられてしまうはの踏んだり蹴ったりというドラマ的な展開が主となりますが、父親役のアーネスト・トーレンスの演技がなかなかいいです(帽子を使ったギャグは、「荒武者キートン」「海底王キートン」にもあったことを思い出させる)。それと、キートンのことを慕って何かと面倒を見るヒロインの娘もなかなかきびきびしていて良かったですが、演じているマリオン・バイロン(1911-1985)は当時16歳であったとのこと。可愛らしいながらにも(キートン作品のヒロインの中では今風にカワイイ)、役柄のせいで随分しっかりして見えます。
物語が終盤に入って、残り15分のところで町は暴雨風に見舞われ、一気に映画はスぺクタルの様相を呈します。暴雨風の中、斜めになったまあ動けなかったり木に掴まって風に靡いたりするキートンの姿や、家屋が倒れてきて偶然にも窓枠の位置にいて奇跡的に助かるといったキートンの躰を張ったアクション・シークエンスは、キートン作品の中でもよく知られている場面です。
そして、ラスト5分、キートンが演じるビル・ジュニアは、これまでと打って変わって獅子奮迅の働きを見せることになりますが、ラスト15分に「起承転結」のうちの暴風雨による「転」とジュニアの活躍という「結」を集約させた作りが、前半から中盤にかけてその脆弱ぶりが繰り返し描かれていただけに効いています。暴風雨で危険な状態に晒された娘を救い、拘置所ごと漂流していた父親を救い、そして父親のライバルである彼女の父親キングをも救う―これらの神業を表情も変えず黙々とこなしていくのが小気味良く、ラストも両家の父親の和解という"感動的"な場面でありながら当人は感傷に浸ることなく、今度は漂流していた牧師を引っぱってきて、そこで"ジ・エンド"となる終わり方がいです。このラストは、同じく恋人の親同士が対立しているという「ロミオとジュリエット」風の状況設定であった「
この作品の「暴雨風」というモチーフは当初「大洪水」というモチーフだったそうで、「大洪水」で亡くなる人が多くいるのでコメディに相応しくないとの意見で「暴雨風」に変更されたそうですが、後で統計を調べてみたら「暴雨風」で亡くなる人の方が「大洪水」で亡くなる人より何倍も多いことが判ったとのことです。
この作品にヒントを得て作られたと言われているのが、同じ年に公開された世界初のトーキー・アニメ「蒸気船ウィリー(Steamboat Willie)」('28年)で、正しくは世界初の「サウンドトラック方式」のトーキー・アニメ。それまでのBGMとして音楽が流れるだけの方式ではなく、登場人物(ミッキー)が台詞を喋ります。ミッキー・マウス作品としては3作目ですが、ミッキーの初主演作であるため、1928(昭和3)年ニューヨークのコロニーシアターで初公開された、その11月18日という日
が「ミッキー・マウスの誕生日」とされています。但し、ディズニーがこの日をミッキーの誕生日として公式に定めたのは、生誕50周年を記念して大々的な回顧展が行われるのを機にしてのことでした(日本公開は1929年で、どの会社がいつ輸入し、どの映画館で最初に上映したのか明確ではないが、9月に新宿にあった武蔵野館でミッキー・マウス映画が公開された記録があり、この時が本邦初公開だったのではないか。因みに本国では大手配給会社に配給を断られ、セレブリティ・プロダクションという制作会社が配給した)。
東京ディズニーリゾートの「ミート・ザ・ミッキー」で順番待ちの間にこの作品が流れていますが、基本的にはウォルト・ディズニーのオリジナルという感じでした。但し、原題(Steamboat Willie)などは確かに「キートンの蒸気船」(Steamboat Bill Jr.)のバロディっぽく、ミッキー・マウスの実質デビュー作がキートン作品から何らかの影響を受けているというのが興味深いです。因みに、1928年公開のこの作品から1947年までの約20年間、ミッキーの声優を務めたのはウォルト・ディズニー自身であり、自分の声を入れたのは予算の都合だったそうで、実は1作目からミニーの声も担当していたそうです(ミニーは4作目からディズニー社の女性社員に変更されたという)。
「キートンの蒸気船(船長)」●原題:STEAMBOAT BILL JR.●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督:チャールズ・F・ライスナー/バスター・キートン(ノンクレジット)●製作:バスター・キートン●脚本:カール・ハルボー●撮影:デヴ・ジェニングズ/バート・ヘインズ●時間:59分●出演:バスター・キートン/アーネスト・トレンス/マリオン・バイロン/トム・ルイス/トム・マクガイア●日本公開:1928/08●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★)●併映:「キートンのセブンチャンス(栃面棒)」(バスター・キートン)
「蒸気船ウィリー」●原題:STEAMBOAT WILLIE●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督・製作:ウォルト・ディズニー●作画:アブ・アイワークス/レス・クラーク/ジョニー・キャノン/ウィルフレッド・ジャクソン●(声の)出演:ウォルト・ディズニー●時間:7分●日本公開:1929/09●配給:ユナイテッド・アーチスツ(評価:★★★☆)


をするという記事を見つけたマーティンが、アルフレッドのことをこの人物こそバトラーなのだと美人の父と兄に告げ、一気に婚約成立となる。本物のバトラーは、試合に負ければ後は何とかなるというマーティンの読みに反して世界戦に勝利してしまい、本物に間違えられたアルフレッドは地元で大変な歓迎を受け、事実を告白する勇気がないまま彼女と結婚してしまうが、バトラーは次は「アラバマの人殺し」というボクサーと試合をすることになっていた。アルフレッドは仕方なくバトラーのキャンプ地へ行くが、そこには本物のバトラーが妻君同伴でいて、さらに娘が追いかけてきたために話はややこしくなり、遂にアルフレッドがリングに立つことになる―。
キャンプ生活に入っても御曹司風の生活スタイルを続けるキートンが可笑しく、これでは何のためにキャンプに来たのか分からない...そのキート
ンにまめまめしく仕えるスニッツ・エドワーズ演じる執事がいい味出していますが(彼は翌年の「
喜怒哀楽を見せないはずのキートンが、バトラーに打ちのめされて怒り心頭に発して
反攻に出るという、「怒」の部分が顕著に出ているのが、やや一連のキートン作品と異なるように思いましたが、そうでもしないと、アルフレッドの反攻の説明がつきにくかったというのもあったのではないでしょうか。マ-ティン・スコセッシはこのシーンを何度も見直して、「レイジング・ブル」('80年)の参考にしたとかで、それくらい、両者のボクシング・シーンは気合が入っています。
このキートンの本気度は、チャップリンが「ノック・アウト」('14年、27分)、「拳闘」('15年、30分)と2本のボクシング映画を撮っているので、それに対する意識もあったのではないかなと個人的には思ったりもしました(ロイドもボクシング映画を撮っている。当時、ボクシングは極めて人気の高いスポーツだったということもあるのか)。脆弱な優男が困難な状況を経て逞しく変身し、最後に女性の心からの愛を得るというという流れは、一応、キートン作品の定番を踏襲しています。




1810年、隣同士のキャンフィールドとマッケイ家の相克は、遂に当主同士の相撃ちで倒れるという悲劇を生んだ。争いのむなしさを儚んだマッケイ夫人は幼い息子ウィリーを連れNYの伯母を頼った。が、キャンフィールドの弟は子々孫々までの復讐を誓うのだった。それから10数年が経ち、既に母を亡くした成長したウィリー(バスター・キートン)の許に父の遺産相続の報せ。彼は田舎の豪華な邸宅を思い浮かべ、即座に故郷への旅を決意。伯母から、くれぐれもキャンフィールドに気をつけろ、と言い聞かされて、長距離特急の旅客となる―(allcinema ONLINE)。

導入部分の、1810年にマッケイ家の父親とキャンフィールド家の若者が撃ち合いで共に死んでしまい、マッケイ家の母親が息子ウィリーを連れて南部からNYに引っ越すまでは、コメディと言うより普通のドラマという感じであり、それが約20年後に話が飛んで、キートンが変てこな自転車に乗って登場するところからコメディ映画らしくなりますが、キャンフィールド家とマッケイ家の確執を描いた冒頭のシリアスなムードが、後半のロミオとジュリエット的な話の展開に効果を及ぼしているように思います。
ウィリー(キートン)は家を継ぐための南部への里帰りの途中、美しい娘と列車に乗り合わせる―「列車」といっても、"特急"というのは名ばかりの、遊園地にあるような機関車に、馬車2台を繋いで客車としたような極めて初期のもので、矢鱈あちこちにうねりや歪みのある線路
この珍奇な鉄道の旅を通してウィリーと娘は親しくなり、自分の実家が想像していた豪邸とは違ってオンボロの掘立て小屋だったという彼でしたが(空想の中で豪邸が本当にぶっ飛ぶのが可笑しい)、その娘からは自邸に晩餐会に招かれる―しかし、この娘が何と、伯母から「くれ
ぐれもキャンフィールドに気をつけろ」と言われていたそのキャンフィールド家の娘であり、ウィリーがマッケイ家の跡取り息子であることに気づいたキャンフィールド家の父親と息子2人は、彼に対して親切を装いながらもその
命を付け狙いますが、「敵(かたき)であっても、自分の家に訪問している間は撃ってはならない」という先祖代々の家訓があって、客
としてウィリーが邸内に居る間は、すぐ手の届く所に仇敵がいながらも撃てないでいる―やがて、ウィリーも背景状況と事態の重大さを知ることになり、晩餐会後に彼を外に出そうとするキャンフィールド家の誘いに乗らず、取り敢えず家に居ついて娘の傍に寄り添いながら脱出の機会を窺う、その辺りの両者の駆け引きを飽きさせずに見せます。
断崖でのロープアクションは実によく練られているように思いましたが、川に落ちたキートンが激流に呑まれるシーンは、実際にロープが切れて生じたアクシデントだったそうです。但し、激流に流されるシーンだけでも命懸けであると思われるのに、そこからがまた凄く、同じく激流に落ちた娘が滝から落ちるのを、キートンが空中ブランコの曲芸師さながらに受け止めるシーンは、一体どうやって撮ったのか、殆ど奇跡に近いような神業的アクションだったように思います。
キートンの初長編作品でありながら、本作をキートンの最高傑作に推す人も少なからずいるというのも頷けます。ヒロインの娘を演じるのはキートンの当時の妻のナタリー・タルマッジで、冒頭のウィリーの赤ん坊時代はキートン・ジュニア(ナタリーとの間に生まれた赤ん坊)、更に、客車を置き去りにしてしまう間抜けな機関士に扮しているのは、キートンの父親で寄席芸人だったジョー(ジョセフ)・キートンと、キートン・ファミリー総出演の作品であり、この辺りのチームワークの良さも作品のテンポの良さに関係していたのかもしれません。個人的にも、「海底王」「セブンチャンス」「大列車強盗」に先立つ作品でありながら、それらに比肩し得る作品であるように思います。
機一髪!)」●原題:OUR HOSPITALITY●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ジョン・G・ブリストーン●製作:ジョセフ・M・スケンク/バスター・キートン・プロダクションズ●脚本:クライド・ブラックマン/ジャン・ハベッツ/ジョセフ・ミッチェル●撮影:ユージン・レスリー/ゴードン・ジェニングス●時間:67分●出演:バスター・キートン/ナタリー・タルマッジ/ジョー・ロバーツ/ジョセフ・キートン/ラルフ・ブッシュマン/クレイグ・ワード/モンテ・コリンズ/キティ・ブラッドバリー/バスター・キートン・Jr./アーウィン・コネリー/エドワード・コクソン/ジェームズ・ダフィー●日本公開:1924/12●配給:国際映画社(評価:★★★★)




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前作「
」では、キートンをぎょっとさせる「写真の男」として登場しています。キャサリン・マクガイアは前作「探偵学入門」に続いての相手役で、キートンと気の合う演技を見せますが、ドナルド・クリスプの方は、キートンの考えにあまりに口出しするため、撮影期間の途中でキートンが共同監督を解任してしまったそうです。
前半部分は、豪華客船に取り残された2人が最初は互いに行き違ってばかりでなかなか遭遇し得ないなど、細かいコント風の遣り取りを見せますが、従来の一般的なドタバタ喜劇の定番のパイ投げのような場面は無く、あくまで長編であることを意識した作りになっています。
原題になっているこのハワイ行き客船「ナビゲーター号」は、「バフォード号」という大型客船が廃棄処分になるという情報を得たキートンが2万5千ドルで買い上げたそうで、船の備品がギャグに上手く使われており、おそらくキートンは"居抜き"でこの客船を買ったのではないでしょうか。
のために潜水服を着て海に潜る「海中シーン」があり、これがよく出来ています。
実際の撮影はシエラネヴァダ山中にあるタホ湖(かつては世界第3位の透明度を誇った)で行われましたが、水温が低すぎて30分と潜っていられず、水中シーンだけで4週間も要したそうです。加えて、当時の潜水技術からするとかなり危険な撮影でもあったように思われます(「アクション度の低い作品」との見方は間違っていたかも)。しかしながら、大ダコはどうやって撮ったのか?(ある部分では"特撮映画"とも言える作品か)
「人食い人種」の描かれ方が今の時代
からするとどうかというのはありますが、和暦でいえば大正13年の作品になるわけで、これは仕方ないか。冒頭で向いの家に行くにも運転手付の車を使っていた「お坊ちゃまロッロ」が、最後は一人の頼りがいある男として女性の愛を獲得するという成長物語にもなっていて、観ていて心地よい作品です。加えて"映画史上初の海中シーン"などもあったためか、実際、当時としても大ヒットし、この作
品によってキートンはドル箱スターの仲間入りを果たします(因みに、「Wikipedia」によれば、キートン作品の中で興行収入において最も成功した作品であるとのこと)。

「海底王キートン」●原題:THE NAVIGATOR●制作年:1924年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ドナルド・クリスプ●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本: ジーン・ハヴェッツ/クライド・ブラックマン/ジョセフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスリー/バイロン・フーク●時間:59分●出演:バスター・キートン/キャスリン・マクガイア/フレデリック・ブルーム/ノーブル・ジョンソン/H・M・クラグスト/クラレンス・パートン●米国公開:1924年10月(評価:★★★★)
《読書MEMO》


売れないハリウッドの脚本家ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)は借金取りから逃れる途中サンセット大通りの荒れた邸宅に迷い込むが、そこには、サイレント時代の大物ハリウッド女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)が執事マックス(エーリッヒ・フォン・シュトロハイム)と2人で住んでいた。映画界へのカムバックを図るノーマは、自ら書いた脚本の手直しをジョーに依頼し、彼を住み込ませて仕事をさせるが、2人の関係はやがて仕事を超えたものとなり、自分を独占しようとするノーマに嫌気がさしたジョーは屋敷を出て行こうとする―。
ビリー・ワイルダー(1906-2002/享年95)監督が、往年のスター女優の狂気とそれに翻弄されるジゴロのような立場の男を
描いた作品ですが、落ちぶれた今も再起を夢見る元女優を、グロリア・スワンソンが鬼気迫る演技でみせていて、彼女は実際この時61歳で既に落ち目女優だったそうで、この役をよく引き受けたものだなあと思います(ノーマ役の候補は二転三転し、スワンソンも最初は断ったそうだが)。 
グロリア・スワンソンに限らず、サイレント時代の名優が多く出ているのがこの作品の特徴で、執事役のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムもそうだし、更にはノーマ邸でトランプゲームに興じる「かつての大物俳優達」も、喜劇王バスター・キートンをはじめ皆サイレント映画時代のスター達がカメオ出演しています。
この映画のオープニングは、最初はモルグ(死体置き場)で死体同士が、自分が死んだ経緯を語り合うというシュールなものが用意されていたそうですが、プールにうつ伏せに浮かんだ主人公ジョーの死体のモノローグから始まるというのもやはり奇抜だと思いました。
「サンセット大通り」●原題:SUNSET BOULEVARD●制作
年:1950年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:チャールズ


銀座文化劇場 1955年11月21日オープン「銀座文化劇場(地階466席)・銀座ニュー文化(3階411席)」、1978年11月2日~「銀座文化1(地階353席)・銀座文化2(3階210席)」、1987年12月19日〜「シネスイッチ銀座(前・銀座文化1)・銀座文化劇場(前・銀座文化2)」、1997年2月12日〜休館してリニューアル「シネスイッチ銀座1(前・シネスイッチ銀座)・シネスイッチ銀座2(前・銀座文化劇場)」


アメリカ南北戦争を舞台にした機関車追跡劇。キートンが機関士を務める蒸気機関車の名が「将軍(General)」。愛する機関車を北軍に奪われ、彼は別の機関車で追走するが、その奪われた機関車には彼の恋人も乗っていた―。
キートン・プロにおけるキートン監督・主演作の【第27作】(長編第8作)。キートン黄金期の代表作で、日本初公開時のタイトルは「キートン将軍」で、後に「キートンの大列車強盗」となり、70年代のリバイバル上映時に「キートンの大列車追跡」という邦題になっていますが、その方が内容に沿ったタイトルと言
えるかも(80年代の渋谷ユーロスペースでの自主上映では「キートンの大列車強盗」のタイトルを使用し、最近のフィルムセンターでの上映は「キートン将軍」、シネマヴェーラ渋谷での上映では「キートンの大列車強盗」を使用している)。
これは、カナダ観光局がキートンを招聘して作った作品で、ロンドンにいたキートンがふとした思いつきでカナダに渡り(泳いで!)、偶々休息をとったトロッコ(カナディアン・ナショナル鉄道の「CN」のロゴ入り)が動き出して、結局それに乗って風光明媚なカナダの各地を旅するという、いわば「レイルロード・ムービー」。背景的に登場する人はいるものの、出演者は実質、終始
トロッコに乗りカナダ各地を駆け抜ける(その間トロッコに乗ったまま、料理したり洗濯したり鳥撃ちしたり編み物したりする)キートンのみで、カラー作品ではあるもののセリフ無しという無声映画のスタイルを踏襲しています。「大列車強盗」と同趣の、つまり"レール・テクニック"を前面に押し出したものとなっており、高齢となったキートンが自らアクションっぽいこともやっていれば、随所でしっかり笑いもとっています。人生に浮き沈みのあったキートンが、晩年にこうした原点回帰的な作品を撮っているというのは嬉しいことであり、それがドラマなどでなく、純粋にテクニカルな要素を前面に出した、スピード感溢れる乾いたコメディになっている点が尚のこと良いです。爆笑コメディと言うより、キートンが次々と繰り出す懐かしいギャグやクスッと笑える妙技を(サイレント時代と同じく笑わないが、"無表情"ではなく表情豊かになっている点に注目)、カナダの美しい風景と共に楽しめる作品で、キートンを招聘したカナダ観光局にも一票を投じたく思います。


「キートンの大列車強盗 (キートン将軍、キートンの大列車追跡)」●原題:THE GENERAL●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:デヴラクス・ジェニングス/バート・ヘインズ●音楽:コンラッド・エルファース●時間:106分●出演:バスター・キートン/マリオン・マック/グレン・キャベンダー/チャールズ・スミス●日本公開:1926/12●配給:東和●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(86-02-01)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)/「キートンの線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)●併映(2回目):「我輩はカモである」(マルクス兄弟)
「キートンの線路工夫」●原題:THE RAILRODDER●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・脚本:ジェラルド・パッタートン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●撮影:ロバート・ハンブル●音楽:エルドン・ラスバーン●時間:25分●出演:バスター・キートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの大列車強盗 (将軍)」(バスター・キートン)/「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)
「キートン・ライズ・アゲイン」●原題:BUSTER KEATON RIDES AGAIN●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・撮影:ジョン・スポットン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●時間:61分●出演:バスター・キートン/エレノア・キートン/ジェラルド・ポタートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:アートシアター新宿 (84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの文化生活一週間」(バースター・キートン)/「デブ君の浜遊び」(ロスコー・アーバックル)/「デブ君の自動車屋」(ロスコー・アーバックル)




キートン演じる破産寸前の青年実業家のもとにある日見知らぬ弁
護士が訪れ、27歳の誕生日の午後7時までに結婚すれば700万ドルの遺産が彼に与えられるという親戚の遺言書を示すが、その誕生日というのは何と今日だった! 彼の"想い娘"は金目当ての結婚は嫌だと言い、仕方なく新聞にその旨の「花嫁募集」広告を出したところ、7000人もの花嫁候補に追われる羽目になる―。
キートンのキートン・プロで監督・出演作の【第24作】で、長編第5作。上記のことから、"7並び"から「セブン・チャンス」というタイトルになるわけですが、日本公開時のタイトルは「キートンの栃面棒」で、"栃面棒"というのは"栃の実"で作る栃麺という蕎麦の類をこねる棒のことで、転じて「面食らう」ことらしいですが、当時の日本では一般的に使われていたのかなあ、こんな言葉が。
キートンがウェディング・ドレスを着た大勢の花嫁候補に追いかけられるシーンは、彼のスラップスティック・コメディの真骨頂ですが、それ以上にスゴイのが、丘陵地に差し掛かったところで、花嫁が岩に転じたのかどうかよくわからないけれども、ゴロゴロ転がり落ちてくる無数の巨大岩石(全部で1500個)を彼がよけるシーンで、コメディとしてもそうですが、それ以上にアクション映画としてスゴイ! 転がってくる無数の岩を次々とかわす場面などはシュールでもあり、一度見ておいて損は無いです。
「海底王キートン」('24年)がヒットしたにしても依然としてチャップリン、ロイドに比べるとややマイナーだったキートンが、人気面で彼らと肩を並べる契機となった作品であり、キートン映画の中で「大列車強盗(将軍)」とこの作品のどちらを最高傑作とするか迷うところですが、個人的には面白さ、スリル、スピードともこの作品が一番だと思います。チャップリンのように"感動することを迫られる"ようなウェット感も無く、ただただ驚き笑えるという点では、この岩石落しのシーンも含め、スラップスティック・コメディの傑作と言えるでしょう。.jpg)



ー●音楽:ロバート・イズラエル●原作:ロイ・クーパー・メグルー●時間:57分●出演:バスター・キートン/ロイ・バーンズ/ルース・ドワイヤー/フランキー・レイモンド/スニッツ・エドワーズ/ジーン・アーサー●日本公開:1926年7月15日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★☆)●併映:「キートンの蒸気船(船長)」(バスター・キートン)