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"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本。

『働かないニッポン (日経プレミアシリーズ)』['24年]
本書によれば、「仕事に意欲を持っている社員は5%しかおらず、世界145位中最下位」であるとのこと。何が日本人から働く意欲を奪っているのか? 本書は、健康社会学者である著者が「働かないニッポン」の構造的な問題を、統計や会社員へのインタビューをもとに解き明かしたものです。
第1章では、若者に焦点を当て、早々に「窓際族」を目指す新入社員や、「できれば仕事したくない」という20代後半から30代前半の社員が増えていることを、統計などから指摘しています。そして、若者が意欲をなくす背景には、彼らが社会構造を「頑張り損」ととらえていることや、「無難」に埋没したがることを挙げ、自分への「身分偏差値」に敏感になるあまり、"群衆の中に消えようとする"傾向が見られるとしています。
第2章では、中高年に焦点を当て、いわゆる「働かないおじさん」を作った張本人は、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」ではないかとしています。彼らは、ジジイ化しやすく、ジジイとは、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分のために使う人たちの総称であり、その"ジジイの壁"が、中高年にとっての「働き損社会」の影にあるとしています。
第3章では、なぜ働く意欲を失ってしまうのかを考察しています。そして、そこには、世界に類を見ない強固な階層主義のもと、「日本的マゾヒズム」という、上からの命令で、無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態があるとしています。
第4章では、その日本的マゾヒズムの呪縛からどう逃れるかを説いています。こでは、生きる力=幸せになる力としての「SOC」(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)というものに注目し、SOCは個人だけでなく集団にもあって、それを高めることで相互に向上を促進するとしています。また、SOCは、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という3つの感覚で構成されることを解説しています。
第5章では、脱「働かないニッポン」のためにできることとして、有意味感を強くするための6カ条(1.普通を疑う、2.仕事は金のためだと考えない、3.仕事にやりがいを求めない、4.年齢を言い訳にしない、5.信頼されようとしない、6.愛をケチらない)をまとめています。
「働かないニッポン」の背後にある日本的マゾヒズム、長いものには巻かれろ的思考、批判的精神を封じる階層主義など、ひとつひとつの指摘は目新しいものではないですが、読んでいて、働く人が将来に希望が持てないのも無理からぬことかと改めて思ってしまいました。多くの人が自身のコスパ・タイパだけを重視して、あたかも働いているフリをし、「死んだままの月曜から金曜」状態で仕事に埋没する人も少なからずいるというのが、タイトルの由来でしょう。
"ジジイの壁"は高いながらも、そのジジイからの逃走を果たした会社員の例を引き合いに「労働」を止めて「働く」ことを提唱し、健康社会学という視点から「SOC」という概念を紹介しています。その第一歩として、「半径3メートル世界」への働きかけから始めてみようという結語は、多分に啓発的であるように思いました。
Amazonのレビューを見ると、ストーリーに一貫性はなく、何を言いたい本なのかよくわからない、読んでいて頭が混乱するという評があり、多くの人がそれに賛同していました。自分も最初は、とっ散らかった感じで何が言いたいのかよく分からなかったです("ジジイの壁"というところに目がいってしまうというのもあった)。でも繰り返して読むと、"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本だったように思います。
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山本寛・青山学院大学経営学部教授









最近マクドナルドで相次いだ異物混入問題は、食べ物に異物なんてあり得ないという前提で商品を口にする消費者と、完全な混入ゼロは困難とする食品業界との認識のズレを浮き彫りにしましたが、本書でもビッグデータから不正を見つけ出す手法など最新のテクノロジーを紹介する一方で、現実には不正・不祥事の「ゼロ」はありえず、必ず起きるという前提の下でいかに頻度を減らすかが予防のポイントだと述べているのが興味深い点でした





榎本 博明 氏(略歴下記)
むしろ、今日の職場で起きている世代間の認識のズレやコミュニケーション不全を、心理学というより世代論的な観点から分析してみせた本のようにも思います。その意味では"タイトルずれ"はしておらず、また、企業勤務の経験がある著者らしい洞察がみられますが、「分析」に比重がかかった分、「処方箋」の部分がやや弱かったように思います。

相原 孝夫 氏





日本の社会では、結果よりもプロセスが大事にされるが、欧米社会では結果が全てであるというのは、時と場合によるような気もしました。以前、女子サッカーの2011年FIFAワールドカップの日本対アメリカの決勝戦の選手別採点表の日本版とドイツ版をネットで比較してみたことがありますが(サイトの運営会社は同じ)、日本の場合は優勝したこともあって皆高い評価になっていたのに対し、ドイツの方は、苦戦したプロセスを見ているのか、結構厳しかったように思います(時間ごとに区切った評価の累積が最終評価になっているようだ。海外の方がプロセス重視型であるのが興味深い)。
表題の「お辞儀」に関しては、日本人はやたらとお辞儀をするが、平常の挨拶で頭を下げてお辞儀をする国はあまり無く、殆どの国でお辞儀は君主に会ったりしたときに使う最敬礼の挨拶であるとのことで(だからオバマ大統領は天皇に会った際にお辞儀したわけか)、通常のビジネスの場においては、堂々と胸を張り握手をすべきであり、それが欧米人と対等に付き合うことができる第一歩であると。
2011 FIFA女子ワールドカップドイツ大会 決勝戦(対アメリカ)先発メンバー個人別評価





2008年6月19日 日経朝刊

2009年5月14日 日経朝刊