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岩下志麻主演の2作。一人二役がいい「古都」。酔っ払いシーンが見ものの「暖春」。

「<あの頃映画> 古都 [DVD]」

「談春」
京都平安神宮の咲いたしだれ桜の下で、佐田千重子(岩下志麻)は幼な友達の水木真一(早川保)に突然「あたしは捨子どしたんえ」と言う。呉服問屋の一人娘として何不自由なく育ったが、自分は店の前の弁柄格子の下に捨てられていたのだと...。とは言え、親娘の愛は細やかだった。父の太吉郎(宮口精二)は名人気質の人で、ひとり嵯峨にこもって下絵に凝っていた。西陣の織屋の息子・大友秀男(長門裕之)は秘かに千重子を慕っており、見事な帯を織り上げて太吉郎を驚かした。ある日千重
子は、清滝川に沿って奥へ入った北山杉のある村を訪ねた。そして杉の丸太を磨いている女達の中に自分そっくりの顔を見い出す。夏が来た。祇園祭の谷山に賑う四条通を歩いていた千重子は北山杉の娘・苗子(岩下志麻、二役)に出会った。娘は「あんた姉さんや」と声をふるわせた。千重子と苗子は双子の姉妹だった。しかし父も母もすでにこの世にはいない、と告げると苗子は身分の違うことを思い雑踏に姿を消した。
その苗子を見た秀男が千重子と間違えて、帯を織らせてくれと頼む。一方自分の数奇な運命に沈む千重子は、四条大橋の上で真一に声をかけられ兄の竜助(吉田輝雄)を紹介された。8月の末、千重子は苗子を訪ねた。俄か
雨の中で抱きあった二人の身体の中に姉妹の実感がひしひしと迫ってきた。秋が訪れる頃、秀男は千重子に約束した帯を苗子のもとに届け、時代祭の日に再会した苗子に結婚を申し込む。しかし、苗子は秀男が自分の中に千重子の面影を求めていることを知っていた。冬のある日、以前から千重子を愛していた竜助が太吉郎を訪ねて求婚し、翌日から経営の思わしくない店を手伝い始めた。その夜、苗子が泊りに来た。二階に並べた床の中で千重子は言う。「二人はどっちの幻でもあらしまへん、好きやったら結婚おしやす。私も結婚します」と―。

中村登(1913-1981/67歳没)監督の1963(昭和38)年公開作で、川端康成の同名小説を忠実に映画化した文芸ロマンス。原作は川端康成が「朝日新聞」に1961(昭和36)年10月から翌1962(昭和37年)年1月まで107回にわたって連載したもので、1962年6月新潮社刊。京都各地の名所や史蹟、年中行事が盛り込まれた作品で、国内より海外での評価が高く、ノーベル文学賞の授賞対象作とされる作品です。(1968(昭和43)年、川端康成は日本人として初めてノーベル文学賞を受賞する。しかしその当時、受賞対象の作品名は発表されず、50年間非公開となっていた。ようやく2016(平成28)年に受賞作品が公開され、スウェーデンアカデミーは、受賞対象は「古都」(The Old Capital)であり、「まさに傑作と呼ぶにふさわしい」と絶賛した。(2017.1.4 日本経済新聞))

映画化に際し、原作者の川端康成が撮影現場に足を運び、指導監修を手掛けており、その結果、静謐で繊細、情緒的な川端の世界を忠実に再現した作品になっています。映画の方も四季折々の美しい風景や京都の伝統を背景に、当時21歳の岩下志麻が二人の姉妹の二役を好演し、彼女の一人二役は自然かつ美しいと思いました。原作(読んだのはかなり前だが)の良さを(おそらく)損なっておらず、中村登監督の職人的な技量が感じられます。この作品は第36回米国「アカデミー賞外国語映画賞」にノミネートされています(後に1980年に市川崑監督、山口百恵主演で、2016年には Yuki Saito監督、松雪泰子主演でリメイク作品が撮られている)。
実は双子の姉妹だった千重子と苗子の生い立ちを比べると、千重子は呉服問屋の一人娘として何不自由なく育てられたお嬢さんで、一方の苗子は早くから北山杉の木場(製材所)における労働力として勤しみ苦労してきたはずなのに、二人が出会ってからずっと苗子の方が千重子に対して何か済まないような気持ちは抱いているのは、最初は身分差を感じて苗子が自分を卑下しているのかなと思ったりしましたが(確かに最初自ら千重子に会わないようにしたのはそのためだったが)、根っこのところでは、実親に捨てられたのが千重子の方で、実親の元に残されたのが自分だったからということだったのだなあ。
しっかり者の苗子に対して、お嬢さん育ちでおっとり気味の千重子でしたが、竜助(吉田輝雄)に店の番頭(田中春男)が不正を働いているのではと指摘され、少し変化が見られます。そして最後はしっかり番頭を問い詰めますが、この時の岩下志麻はちょっと「極妻」っぽかった、と言うか、それに繋がる雰囲気があり(当時まだ22)、「お嬢さん」と「強い女」の両方を演じられるところが、岩下志麻の強みと言うか、魅力だと思いました(一人二役だが、三役演じているみたい)。
京都東山南禅寺に小料理屋「小笹」を出す佐々木せい(森光子)には、24歳になる娘・千鶴(岩下志麻)がいた。せいは、日頃親しくする西陣の織元・梅垣のぼん(長門裕之)との縁談を望んでいたが、千鶴は何か吹っ切れぬものを感じていた。そんな時、かつてせいが祇園の舞妓だった頃、せいのファンであった山口信吉(山形勲)が小笹を訪れた。大学教授だという山口を、格好の脱出先とみた千鶴は、母親の愚知を無視して、山口に連れられ上京した。途中、千鶴を連れて箱根に立寄った山口は、千鶴の亡父らと京大三人組と呼ばれた実業家の緒方(有島一郎)を紹介した。そこで緒方の秘書・長谷川一郎(川崎敬三)に紹介された千鶴は、洗錬された長谷川に好感を持つ。その晩千鶴のお酌で、学生時代に返った二人は、せいが千鶴の父と結婚した時に、既にせいのお腹の中には千鶴がおり、三人の内の誰の子供か判らないと冗談まじりに話した。その話は千鶴に秘かな母への不審を抱かせた。上京した千鶴は、山口や緒方の家に泊り、銀座で長谷川と飲み明かし、ますます長谷川に魅かれていった。ある日、結婚して上京している親友・金子三枝子(桑野みゆき)を訪れた千鶴は、ちょうど遊びに来ていたOLでかつての級友・長嶋節子(倍賞千恵子)に会って懐しい一日を過した。二人が自分の生活の範囲で、楽しく暮らしているのを知った千鶴は急に長谷川に会いたくなり、電話をしたが、長谷川にはすでに同棲している恋人・京子(宗方奈美)がいることを知り、千鶴はすっかり失望した。また緒方の浮気を目撃した千鶴は、東京でのめまぐるしい生活から、京都が懐しく思い出された。せいの心臓病発作で急拠京都へ帰った千鶴は、梅垣のぼんが店をきりもりする姿に、急に親しみを感じた。その夜、ぼんと結婚を決意した千鶴は、せいから出生の秘密を確かめると、初めて母娘の情愛が交流するのを感じた。大安吉日、千鶴は美しい花嫁姿でせいの前に立った―。
中村登監督の1965年作で、里見弴と小津安二郎の原作を中村登が脚色・監督した青春もの。撮影は「夜の片鱗」の成島東一郎。岩下志麻が、嫁入り前の娘の心の揺らぎを演じており、中村登版「秋刀魚の味」('62年/松竹)といったところでしょうか
里見弴と小津安二郎の原作だと、後期の小津作品の「嫁に行く・行かない」と似たような話にどうしてもなってしまうのだなあ。ヒロイン・千鶴の父親とその友人たちも、小津映画が「東大三人組」ならばこちらは「京大三人組」で状況設定がよく似ています。「秋刀魚の味」は笠智衆・中村伸郎・北竜二がかつて中学の同級だったという設定でしたが、こちらはヒロインの父親はすでに亡くなっていて、後の二人は山形勲と有島一郎です。
森光子演じる千鶴の母親は元・祇園の芸妓で、千鶴を妊娠した頃「三人組」のいずれとも行き来があったらしく、千鶴は自分の本当の父親は誰なのか知りたく思い、結構彼女としては思い切った行動に出たりしますが、最後は「誰だっていいじゃない」ということでした。
当時24歳の岩下志麻がキュートに酔っ払ってるシーンは見もの。考えてみれば岩下志麻は銀座生まれの吉祥寺育ちで、東京っ子の彼女が、京言葉をこなしてお御転婆な京娘を演じているわけで、やはりこの頃から演技力がありました。
倍賞千恵子/桑野みゆき/岩下志麻
岩下志麻(呉服問屋丸太屋の一人娘・佐田千重子(北山杉の村娘・苗子と一人二役))/長門裕之(帯織職人の息子・大友秀男)

「古都」●制作年:1963年●監督・脚色:中村登●製作:桑田良太郎●脚本:権藤利英●撮影:成島東一郎●音楽:武満徹●原作:川端康成●時間:106 分●出演:岩下志麻/宮口精二
/中村芳子/吉田輝雄/柳永二郎/長門裕之/環三千世/東野英治郎/浪花千栄子/田中春男/千之赫子●公開:1963/01●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-06-27)(評価:★★★★)


岩下志麻/宮口精二(呉服問屋丸太屋の主人・佐田太吉郎)
長門裕之(西陣の織元・梅垣のぼん)
「暖春」●英題:SPRINGTIME●制作年:1965 年●監督・脚色:中村登●製作:佐々木孟●撮影:成島東一郎●音楽:山本直純●原作:里見弴/小津安二郎●時間:93分●出演:森光子/岩下志麻/山形勲/三宅邦子/太田博之/有島一郎/乙羽信子/早川保/桑野みゆき/倍賞千恵子/川崎敬三/宗方奈美/長門裕之/三ツ矢歌子/呉恵美子/岸洋子/志賀真津子●公開:1965 /12●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-08-19)(評価:★★★)

島崎雪子)が家出して東京からやって来て、その華やいだ奔放な態度で家庭の空気を一層搔き乱す。三千代が同窓会で家を空けた日、初之輔と里子が家に居るにもかかわらず、階下の入口にあっ
た新調の靴が盗まれたり、二人が居たという二階には里子が寝ていたらしい毛布が敷かれていたりして、三千代の心に忌まわしい想像をさえ搔き立てる。そして里子が出入りの谷口のおばさん(浦辺粂子)の息子・芳太郎(大泉滉)と遊び回っていることを三千代はつい強く叱責したりもするのだった。家庭内のこうした重苦しい空気に堪えられず、三千代は里子を連れて東京へ立つ。三千代は再び初之輔の許へは帰らないつもりで、東京で職を探す気にもなっていたが、従兄の竹中一夫(二本柳寛)からそれとなく箱根へ誘われたりもする。その一夫と里子が親しく交際を始めたことを知った折、初之輔は三千代を迎えに東京へ出て来た―。
1951(昭和26)年11月23日公開の成瀬巳喜男監督作で、原作は1951年4月1日から7月6日に「朝日新聞」に連載された林芙美子の同名長編小説(タイトルは冒頭の三千代の言葉にあるように、所謂"夫婦の最低限会話"とされる「飯、風呂、寝る」のメシからきている)。同年6月28日の作者の急死により絶筆となり、150回の予定を97回で連載終了(同年11月朝日新聞社より刊行
)、映画のラストは成瀬監督らによって付与されたものです(監修:川端康成)。後に「稲妻」('52年)、「
興行的にも成功を収めましたが、やはり原作がいいのでしょう。それと、川端康成の監修によるアレンジが功を奏したとの見方もあるようですが、主演の上原謙、原節子の演技も高い評価を得ています。原節子は当時、一連の小津安二郎作品で「永遠の処女」と呼ばれ
る神話性を持ったスター女優でしたが、この作品では市井の所帯やつれした女性を演じていて、それがまた良かったし(原節子はこの年に、黒澤明監督の「白痴」と小津安二郎監督の「麦秋」に出演したばかりで、同じ年に黒澤・小津・成瀬作品に主演したことになる)、上原謙の時にコミカルに見える演技も、杉村春子(三千代の母親役。「寝かしておいておやりよ 女はいつも眠たいもんなんだよ!」というセリフがいい)をはじめ脇役陣もみな良かったです。
ただし、この映画に付された独自の結末は(脚本は成瀬巳喜男監督作の常連の田中澄江)、林文学のファンなどからは批判を受けることもあるようです。「女性は好きな男性に寄り添って、それを支えていくことが一番の幸せ」みたいな終わり方になっているため無理も
ありません。初之輔が三千代を迎えに東京へ出て来くるところまでは原作もそうなっていますが、三千代がもとの大阪天神の森での生活に戻ることについては、「この夫婦は別れるべきだった」「林芙美子自身は夫婦の離別を結末として想定をしていた」などの意見があります(因みに、作者がどのような結末を想定していたかは不明とされている)。
原作にも描かれている大阪の名所が数多く登場し、復興期の街の風景をちょっとしたタイムスリップ的観光案内として楽しむという味わい方も出来る作品でもあります(三千代が上京するため、東京の街の様子も見られる)。
三千代(原節子)の義弟を演じた小林桂樹は当時大映からのレンタルでしたが、翌'52年に東宝映画初代社長・藤本真澄の誘いで東宝と契約し、源氏鶏太原作の「三等重役」('52年)、「続三等重役」('52年)から、引き続き森繁久彌が主役を演ずる「社長シリーズ」('56年-'71年)の全てに秘書役などで出演することになりました(「
「めし」●制作年:1951年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:早坂文雄●原作:林芙美子●時間:97分●出演:上原謙/原節子/島崎雪子/杉葉子/風見章子/杉村春子/花井蘭子/二本柳寛/小林桂樹(大映)/大泉滉/清水一郎/田中春男/山村聡/中北千枝子/谷間小百合/立花満枝/音羽久米子/出雲八重子/長岡輝子/浦辺粂子/滝花久子●公開:1951/11●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-20)(評価:★★★★)


佐山家の主人・佐山貞次(森雅之)は弁護士、夫人・市子(原節子)は教養深い優雅な女性。結婚十年で未だ子供が無いが、佐山が担当する死刑囚の娘・妙子(香川京子)を引取って面倒をみている。ある日、市子の女学校時代の親友・音子(音羽久米子)の娘さかえ(久我美子)が、大阪から市子を頼って家出して来た。さかえは自由奔放で行動的。妙子は内向的な影のある娘で、父に面会に行くほかは、アルバイト学生・有田(石浜朗)との密かな恋に歓びを感じている。二人とも佐山夫妻に憧れているが、さかえは積極的、妙子は消極的。市子には結婚前、清野(三橋達也)という恋人があったが、ある時、佐山の親友の息子・光一(太刀川寛)から何年ぶりかの清野に紹介された。その後、佐山が過労で倒
れた時、さかえは彼のために尽くし、急激に佐山を慕うようになる。全快した佐山と共に、さかえは彼の事務所に勤めることになり、市子の心は微妙にさやぐのだった。その頃、音子が上京し、清野のことも話題になったが、その彼女らの前に、佐山とさかえが清野の招きをうけ、彼に送られて帰宅するという一幕があった。一方、妙子は有田と同棲するために佐山家を出たが、妙子の心づくしにも拘らず、有田は彼女から去っていく。妙子の父の公判が開かれる前日、わがままを言って佐山に打(ぶ)たれたさかえは、その晩帰宅しなかった。市子は、佐山との生活での彼女の苦悩をはじめて夫に打明けたが、市子が思ったほど佐山はさかえに心を奪われてはいなかった。公判の日、妙子の父は佐山の努力で減刑になり、また、さかえは音子のいる宿で泊まったことが判り、市子は安堵する。が、それも束の間、佐山が交通事故で負傷する。幸いにも傷は軽くてほどなく退院した。退院祝いの日、多勢の見舞客のなかに、素直になったさかえを喜ぶ音子や、少年医療院への就職がきまった妙子もいた。だが何よりも佐山家にとっての喜びは、市子が身籠ったことだった。そこへ、京都の父の許へ行くというさかえが、別れを言いに来た。隣室の音子を呼ぼうとする市子をあとに、さかえは雨の中を逃げるように歩み去る―。
川島雄三の1958(昭和33)年監督作で、原作は川端康成が、朝日新聞の朝刊紙上に、1956(昭和31)年3月から同年11月まで251回にわたり連載した長編小説で、前半104回分が「女であること(一)」として1956(昭和31)年12月に新潮社から刊行され、後半は「女であること(二)」として翌年同社より刊行されています。
田中澄江、井手俊郎、川島雄三の3人の共同脚色で、原作も会話が多く、名作ながら川端作品の中ではすらすら読めるタイプに属するものですが、ただし、文庫で680ぺージ近い長編、それをテンポ良く100分の映画に纏めたという感じです。ストーリー的にも、比較的原作に忠実に作られていたように思います(妙子の女友達が出てこなかったぐらいか)。
二人とも原節子(当時38歳くらいか)演じる市子に憧れていますが、とりわけ久我美子演じるさかえは、市子に同性愛的な思慕を抱いている風で(市子に接吻するシーンは原作通り)、それでいて佐山にも急速に接近していく、やや小悪魔的な面もある女性です(市子と彼女の昔の恋人・清野の再会の場もしっかり盗み見したうえで、光一に接近しているし)。
終盤に市子が身籠ったというのは、「雨降って地固まる」といったところでしょうか。ただし、原作もそうですが、映画もプロセスにおいてそうなることを示唆する描写がないので、何かしっくりこない気もします。とは言え、夫婦も危機を乗り越え(もともと、三橋達也よりは森雅之の方が渋いと思うけれどね。作者が川端であることを思うと、森雅之と久我美子の方が危なかった?)、香川京子演じる妙子も将来が見えて落ち着いたのかと思うと、後は、その団欒の輪に入れないのは、久我美子演じるさかえのみです。「違ったところで、違った自分を探し出したい」と言って駆け出していく彼女は、最後まで自分探しを続ける予感がします(ただし、最後のこのセリフも映画のオリジナル。原作は、ただ父に会いに行くと言っているだけで、映画はやや親切過ぎるくらい説明過剰か)。
キャラクターとしては、久我美子演じるさかえが一番"キャラ立ち"していたでしょうか。溝口健二監督の「噂の女」('54年/大映)で「日本のオードリー・ヘプバーン」と言われた彼女ですが(「ローマの休日」が1954年4月に日本で公開されるや、一躍ショートカット、所謂ヘプバーンカットが大流行した)、その4年後のこの「女であること」でも、ヘプバーンを意識して模しているように思いました。そのヘプバーンが大阪弁を喋るので、否が応でも久我美子は印象に残ります。
「女であること」●制作年:1958年●監督:川島雄三●製作:滝村和男/永島一朗●脚本:田中澄江/井手俊郎/川島雄三●撮影:飯村正●音楽:黛敏郎●原作:川端康成●時間:100分●出演:原節子/森雅之/久我美子/香川京子/三橋達也/石浜朗/太刀川洋一/中北千枝子/芦田伸介/菅井きん/丹阿弥谷津子/荒木道子/音羽久米子/南美江/山本学/美輪明宏●公開:1958/01●配給:東宝●最初に観た神保町シアター(「生誕110年 森雅之」特集)(21-04-22)(評価:★★★☆)



コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスが'04年に発表した『

因みに、日本では、'68年に吉村公三郎監督により田村高廣主演で、'95年に横山博人監督により原田芳雄、大西結花主演で映像化されていますが、後者は『山の音』と融合させたストーリーのようです(右:横山博人版ビデオカバー)。
新潮文庫には「片腕」(昭和38年発表)と「散りぬるを」(昭和8年発表)が併録されていますが、「片腕」はちくま文庫の『川端康成集―文豪怪談傑作選』の表題作でもあります。
因みに、この「片腕」は、文豪たちが残した怪談作品のドラマ化シリーズの1作として、NHK BSハイビジョンで、つい一昨日('10年8月23日)に放送されましたが(落合正幸監督)、放映後に知ったため観ることができず残念...。



桃井銀平は東京で中学の国語教師をしていたが、女とすれ違った瞬間に理性を失い、いつの間にかその女のあとをつけているという性分のために、教え子との間で恋愛事件を起こして教職を追われ、更に、道で出会った女をつけ、抵抗した女の所持金を奪ってしまったことから、信州へと逃げ込む―。




1954(昭和29)年・第7回「野間文芸賞」受賞作。
『山の音』は、「改造文芸」の1949(昭和24)年9月号に「山の音」として掲載したのを皮切りに、「群像」「新潮」「世界春秋」などに「雲の炎」「栗の実」「島の夢」「冬桜」「朝の水」「夜の声」「春の鐘」などといった題名で書き継がれて、1954年に完結、同年4月に単行本『山の音』として筑摩書房から刊行されたもので、作家の50歳から55歳にかけて
の作品ということになりますが、山本健吉の文庫解説によれば、「川端氏の傑作であるばかりでなく、戦後日本文学の最高峰に位するものである」と。三島由紀夫も、『山の音』を川端作品のベストスリーの首位に挙げることを当然とし、中村光夫は、主人公の変遷の観点から、『伊豆の踊子』、『雪国』がそれぞれ作者の「青春の象徴」、「中年の代表」をしているとすれば、『山の音』には、「川端康成の老年の姿」が描かれているとしています。
この作品は映画化されていて('54年/東宝)、個人的にはCS放送であまり集中できない環境でしか観ていないので十分な評価は出来ないのですが(一応星3つ半)、監督は小津安二郎ではなく成瀬巳喜男ということもあり、それなりにどろっとしていました(小津安二郎の作品も実はどろっとしているのだという見方もあるが)。
62歳の信吾を演じた山村聰(1910‐2000)は当時44歳ですから、「東京物語」の笠智衆(当時49歳)以上の老け役。息子・修一役の上原謙(1909‐1991)が当時45歳ですから、実年齢では息子役の上原謙の方が1つ上です。
そのためもあってか、原節子(1920‐2015)演じる菊子が舅と仲が良すぎるのを嫉妬して修一が浮気に奔り、また、菊子を苛めているともとれるような、それで、ますます信吾が菊子を不憫に思うようになる...という作りになっているように思いました(菊子が中絶しなければ、夫婦関係の流れは変わった
この作家は、こうした家族物はお

「山の音」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:小林一三●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斉藤一郎●原作:川端康成「山の音」●時間:94分●出演:原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄/北川町子/斎藤史子/馬野都留代●公開:1954/01●配給:東宝●評価:★★★☆ 






昭和初期の浅草を舞台に、不良不良少年・少女のグループ「浅草紅団」の女リーダー・弓子に案内され、花屋敷や昆虫館、見世物小屋やカジノ・フォーリーと巡る"私"の眼に映った、浅草の路地に生きる人々の喜怒哀楽を描く―。
川端康成(1899-1972)の浅草への愛着は相当なもので、カジノ・フォーリーから当時15、6歳だった踊子・





1926(大正15)年、川端康成(1899- 1972)が26歳の時に発表された作品で、主人公は数え年二十歳の旧制一高生ですが、実際に作者が、1918(大正7)年の旧制第一高2年(19歳)当時、湯ヶ島から天城峠を越え、湯ヶ野を経由して下田に至る4泊5日の伊豆旅行の行程で、旅芸人一座と道連れになった経験に着想を得ているそうです。
(a)
(b)
吉永小百合(1945年生まれ)・高橋英樹版は、宇野重吉扮する大学教授が過去を回想するという形で始まります(つまり、高橋英樹が齢を重ねて宇野重吉になったということか。冒頭とラストでこの教授の教え子(浜田光夫)のガールフレンド役で、吉永小百合が二役演じている)。
踊子の兄で旅芸人一座のリーダー役の大坂志郎がいい味を出しているほか、新潮文庫に同録の「温泉宿」(昭和4年発表)のモチーフが織り込まれていて、肺の病を得て床に伏す湯ケ野の酌婦・お清を当時20歳の十朱幸代(1942年生まれ)が演じており、こちらは、吉永小百合との対比で、こうした流浪の生活を送る人々の蔭の部分を象徴しているともとれます。西河監督の弱者を思いやる眼差しが感じられる作りでもありました。

因みに、十朱幸代のデビューはNHKの「バス通り裏」で当時15歳でしたが、番組が終わる時には20歳になっていました。また、岩下志麻(1941年生まれ)も'58年に十朱幸代の友人役としてこの番組でデビューしています。


「バス通り裏」テーマソングレコード
「伊豆の踊子」●制作年:1963年●監督:西河克己●脚本:三木克己/西河克己●撮影:横山実●音楽:池田正義●原作:川端康成●時間:87分●出演:高橋英樹/吉永小百合/大
坂志郎/桂小金治/井上昭文/土方弘/郷鍈治/堀恭子/安田千永子/深見泰三/福田トヨ/峰三平/小峰千代子/浪花千栄子/茂手木かすみ/十朱幸代/南田洋子/澄川透/新井麗子/三船好重/大倉節美/高山千草/伊豆見雄/瀬山孝司/森重孝/松岡高史/渡辺節子/若葉めぐみ/青柳真美/高橋玲子/豊澄清子/飯島美知秀/奥園誠/大野茂樹/花柳一輔/峰三平/宇野重吉/浜田光夫●公開:1963/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(85-01-19)(評価:★★★☆)●併映:「

宇野重吉(主人公の40年後の今・某大学の教授)
藤夫/浅茅しの
ぶ/高島稔/永井百合子/鈴木清子/初井言栄/佐藤英夫/松野二葉/溝井哲夫/津山英二/西章子/稲垣隆史/山本一郎/大森義夫/鈴木瑞穂/三木美知子/原昴二/蔵悦子/高橋エマ/網本昌子/常田富士男●放映:1958/04~1963/03(全1395回)●放送局:NHK

日本名作ドラマ『伊豆の踊子』(TX)


川端康成や横光利一ら、当時「新感覚派」と呼ばれた若い才人たちが脚本に参加して生みだした実験的無声映画。主人公の元船乗りの男は、かつて自分のせいで妻を追い詰めて狂人にしてしまったことに対する自責の念から、今は妻の入院する精神病院の小間使いをしているのだが、そこに玉の輿の結婚話を控えた娘がやって来て、母親が狂人であるために結婚できないと言う。小間使いは妻を精神病院から逃がそうとするが失敗する―。
というのが話の前段部なのですが、冒頭からいきなり踊り狂う女性の断片的なモンタージュが入り、無声映画なのに
字幕も無く、しかも、主人公の空想の場面と現実の場面が錯綜するので、筋自体はわかりにくく、「ACTミニシアター」のスタッフの解説がなければ何のことやらという感じ(このミニシアターでは、黒澤明の「羅生門」上映時
にも、ドナルド・リチーによる読み解きをスタッフが解説してくれた)。主人公の小間使いは宝くじで一等賞が当たった空想し、また、娘の結婚式を空想する。そして、最後に患者たちがオタフクなどのお面をつけることを空想する―(これは、主人公の空想だと思うのだが、よく分からない...。公開時には徳川無声などが弁士としてついて、この辺りの解説をしたらしい。それって別録りされていないのかなあ)。
精神病院という限定された状況設定は、ピーター・ブルック監督の「マラー/サド」('67年/英)とちょっと似ているなあと思いました(正式邦題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という長いもの。原題もギネスに世界最長大映画タイトルとして登録されている)。
「マラー/サド」の舞台は19世紀はじめのフランスの精神病院で、ここでは治療の一環として演劇がプログラムに採り入れられており、そこへ収監されていたサド侯爵(1740-1814)が、フランス革命で活躍し後に暗殺されたマラーのドラマを患者達を使って演出するというもの(マルキ・ド・サド自身はナポレオン体制下で筆禍を招き、死ぬまでシャラントン精神病院に監禁されていたという説もあるが、実際には持病の皮膚病が悪化し、自宅に籠って一日中入浴して療養するような生活をする中でに政敵一派に暗殺されたようだ。暗殺後、現場で画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが有名な「マラーの死」を描いている)。
檻に入れられた患者たちが、看守により度々中断させられながらも演じる劇は、異様な雰囲気と張り詰めた緊張感に覆われていますが、物語劇というより前衛劇に近い印象を個人的には受けました。
その劇を檻の外から観る観客がいて、劇中劇の様相を呈していますが、演じているのは皆役者だったんだなあ(半分ぐらい、本当の患者が混ざっているのかと一瞬思ったが、そんなわけないか)。
マラーを暗殺する女性シャルロット・コルデーを演じているのはグレンダ・ジャクソンであるし、その他患者らを演じているのは殆どが英国王立シェークスピア劇団のメンバーです。
グレンダ・ジャクソンは1936年煉瓦職人の家庭に生まれ、ロンドンの王立演劇学校で学んだ彼女は、この「マラー/サド」の演技で注目され、ケン・ラッセル監督の「恋する女たち」('69年/英)で米アカデミー主演女優賞受賞、ジョン・シュレシンジャー監督の「日曜日は別れの時」('71年/英・米)で英国アカデミー賞主演女優賞受賞、メルヴィン・フランク監督の「ウィークエンド・ラブ」('73年/英)で再度米アカデミー主演女優賞受賞と目覚ましい躍進を遂げます。
「恋する女たち」はアラン・ベイツとオリヴァー・リードが裸でレスリングするシーンが話題になりましたが(メジャー映画で男性のフルヌードが初めて披露された場面とされている)、原作者のD・H・ロレンスはオスカー・ワイルドなどと並んでゲイの作家としても知られています。その場面が強烈で、他の部分の印象が弱くなってしまいましたが(笑)、
グレンダ・ジャクソンがしっかりした演技
で映画を締めていたのでしょう。ただ、本邦では'90年にVHSビデオが発売されて以来ソフト化されていないので確認できません。'92年に政界入りのため女優を引退し、労働党から庶民院議員選挙に立候補して当選、ブレア内閣で'97年から'99年まで運輸政務次官を務めています。(●2015年以降、主にロンドン、ニューヨークの舞台で俳優活動を復活、映画「2度目のはなればなれ」('23年/英)で同じく2度のオスカー受賞経験を持つ英国俳優マイケル・ケイン(1933年生まれ)と共演、2023年6月15日、病気療養中に死去した(87歳没)。)


「マラー/サド(マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントレ精神病院の患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺)」●原題:MARAT/SADE(The Persecution and Assassination of Jean-paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis De Sade)●制作

「恋する女たち」●原題:WOMEN IN LOVE●制作年:1969年●制作国:イギリス●監督:ケン・ラッセル●製作・脚本:ラリー・クレイマー●撮影:ビリー・ウィリアムズ●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:Ⅾ・H・ロレ
ンス『恋する女たち』●時間:131分●出演:アラン・ベイツ/オリヴァー・リード/グレンダ・ジャクソン/ジェニー・リンデン/ エレノア・ブロン/ヴラデク・シェイバル/ アラン・ウェッブ/キャサリン・ウィルマー/フィービー・ニコルズ/シャロン・ガーニー/クリストファー・ゲイブル●日本公開:1970/05●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:池袋・文芸坐(78-01-20)(評価:★★★?)●併映:「トミー」(ケン・ラッセル)