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アイドルの時代がピークを過ぎたことが休刊の原因か。今のアイドルって全然〈偶像〉ではないなあと。

『平凡 元気にさよなら THE HEIBON FINAL 保存版 1987年12月 [雑誌]』/山口百恵 photo by 西郷忠隆
1945年12月号(創刊号)/1955年03月号/1963年11月号


マガジンハウスという出版社は、1983年に平凡出版から社名変更しましたが、「週刊平凡」(1959年創刊)や「平凡パンチ」(1964年創刊)といった雑誌をよく知る世代は、平凡出版という社名の方がこれらの雑誌とリンクしやすいかもしれません。この平凡出版という社名は、1954年に凡人社が組織変更されて生まれたもので、その凡人社の創立が1945(昭和20)年であり、その年の11月に月刊「平凡」が創刊され、当初は文芸誌としてスタートしたのが、やがて大衆娯楽誌、アイドル雑誌へと変遷していきます。
本書は、その月刊「平凡」の最終号(1987(昭和62)年12月号)で、アイドルたちの写真特集の集大成になっています。基本的には、一人一人のアイドルについて、一人のカメラマンがある一時期に雑誌の特集として撮った一連の写真で構成されています。取り上げられているアイドルは以下の通り。
斉藤由貴 photo by 松本国彦/小泉今日子 photo by 嶋陽一/荻野目洋子 photo by 小堀篤信


男闘呼組/南野陽子/仲村トオル/C-C-B/斉藤由貴/渡辺美奈代/チェッカーズ/小泉今日子/中森明菜/吉川晃司/少年隊/渡辺満里奈/荻野目洋子/シブがき隊. 山口百恵/薬師丸ひろ子/近藤雅彦/中山美穂/桑田佳祐/芳本美代子/とんねるず/菊池桃子/松田聖子/C.B.C.B./本田美奈子/西村知美/光 GENJI/田原俊彦
山口百恵 photo by 西郷忠隆/中山美穂 photo by 松本国彦

こうしてみると、引退したりいなくなったりしている人もいるけれど、今も頑張っている人も結構いるなという感じです。でも、アイドルという視点でみると、当時においても「ちょっと前」の姿ということになる人が殆どでしょうか。山口百恵は1980年に結婚引退しているし、松田聖子は1985年に結婚、まあ、翌年、神田正輝との間の長女・沙也加を出産後も、すぐに休業前と変わらず"アイドル歌手"として活躍はしたけれど...。
松田聖子(1979年デビュー)に限らず、デビューして間もない頃の写真を集めているので、当時としても懐かしく思えたのではないでしょうか。「最終号」「保存版」というコンセプトには沿っているように思いますが、今見ると「過去完了形」みたいな二重の時制を感じます。

合間に、総集編として、Ⅰ.1945~1959、Ⅱ.1960~1970、Ⅲ.1971~1980、Ⅳ.1981~1987 というコーナーが挟まっていて、歴史ある雑誌の全体の振り返りとなっていて、この中で、例えば50年代であれば、石原裕次郎と美空ひばりのツーショットや美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの三人娘、60年代であれば、
橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の御三家、70年代であれば小柳ルミ子・南沙織・天地真理の新三人娘やピンク・レディーなどの写真も見られます。
ただ、「本文」とも言える写真集成の方は、先に述べたように"少し前までアイドルだった人"、つまり70年代終わりからから80年代にかけてのア
イドルが中心になっていて、いつの時代にもアイドルというのはいたのでしょうけれど(そのアイドルと共に歩んできたのが「平凡」とか「明星」といった雑誌)、その頃が一番その言葉がぴったりくる〈アイドルの時代〉だったのかなという気がします。そういう〈アイドルの時代〉のピークが過ぎたことが休刊の原因ではないかなあ(因みに、1959年5月創刊の「週刊平凡」も、1987年10月をもって休刊となっている)。
菊池桃子 photo by 坂本幸男/松田聖子 photo by 折笠光子
次にどういう時代が来たのかよく分からないけれど、かつての"アイドルとしての輪郭がはっきりした"アイドルに比べ、昨今の乃木坂46、欅坂46、日向坂46といった坂道シリーズのアイドルグループなどは、何となく焦点が定まらないような気がします。「アイドル」とは本来は〈偶像〉の意ですが、今のアイドルって「クラスでちょっと目立つ子」程度で、〈偶像〉とまではいかないとは誰しもが思うのでは。坂道シリーズのメンバーについて言えば、1グループあたりの人数が多すぎるというのもあるけれど、彼女たちにとってはアイドルが〈目的〉ではなく〈手段〉になっているのではないかなあ。何の手段かは様々だと思いますが、何か見ていて「就活」か「婚活」をしているように見えます。昨年['19年]のNHK紅白歌合戦に出た郷ひろみや松田聖子ではないですが(この二人はアイドルを〈目的〉にしているように感じる)、アイドル不在だからこそかつてのアイドルが復活する余地があるのかもしれません。
中森明菜 photo by 伊東秀雄/本田美奈子 photo by 中込一賀






●アマミホシゾラフグはミステリーサークルをつくってメスをよぶ(46p)コレ、NHKの「ダーウィンが来た!〜生きもの新伝説〜」でやっていました。と言うか、円形の幾何学的な模様が海底に存在することは前から知られていたものの、誰が何のために作っているのかは長らく謎のままであったのが、2012年にNHKの「ダーウィンが来た!」のロケ(奄美大島南沖、琉球諸島近海)に同行・協力したフグ分類の第一人者で国立科学博物館の松浦啓一氏が観察した結果、新種のフグの繁殖行動の一環であることが分ったのでした。今やその海域は人気ダイビング・スポットになっています。
●ナマケモノは週1回、うんこのためにだけ木から下りる(46p)これもテレビでやっていました。調べてみたら、2011年1月3日にTBSで放送された「ナマケモノのススメ~ボクが木から降りる、たったひとつの理由~」という番組があって(制作局はMBS(毎日放送))、声の出演は小林薫、ナレーターは長澤まさみでした。20日間を超える密着取材だったそうです。でも、個人的には結構最近観た気がするので、BSなどで再放送を観たのか、或いはどこかの局で同じ趣旨のものが作られたのを観たのかもしれません(動物園で観察をして、3日目ぐらいになって木から下りて糞をしたように思う)。
●バクは掃除ブラシでゴシゴシされると寝てしまう(96p)これもテレビでやったいましたが、どの番組か忘れたなあ(ネット緒で調べたら、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」という番組で「ざんねんないきもの事典」3時間スペシャルというのが 2019年6月25日に組まれ、「ざんねんな哺乳類ランキングベスト10」というのの中で紹介されたらしい)。でも、コレ、動物園で実際に見ることできる場合が結構あります。個人的には、神戸の「どうぶつ王国」で見ましたが、完全には眠らなかったものの、何となくトロンとはしていました。本書によれば、なぜ眠くなるのかは分かっていないとのことです。動物の習性はまだまだ謎の部分が多いです。
●アフリカオオコノハズクは敵を見つけるとやせこける(134p)これもいつか「ダーウィンが来た!」でやっていたし(この番組、なぜか出来るだけ欠かさず視ているなあ)、本物もまた「どうぶつ王国」で見ましたが、本書にもあるように、細くしたところで姿が消えるわけでもなく、"かくれんぼ"に失敗してしまったら、今度は体を精一杯大きくして、"クジャクのポーズ"で威嚇するそうです。



中島 敦




「らんぷの本」版『反骨の画家 河鍋暁斎』('10年)は、幕末から明治にかけての激動の時代に活躍し、「画鬼」とも呼ばれた浮世絵師、日本画家の河鍋暁斎(1831-1889)の波乱万丈の人生と多彩な作品を紹介したもので、第1章が河鍋暁斎研究の泰斗で、2008年に京都国立博物館で開催された「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai ―近代へ架ける橋―」展の企画者でもある狩野博幸氏のQ&A形式での解説で、第2章が同氏と暁斎の曾孫で記念美術館理事長の河鍋楠美氏の対談になっていて、各章の前後に、河鍋暁斎の作品を紹介したグラフページがあります。
河鍋暁斎は7歳で歌川国芳に学び、10歳で狩野派に入門しており、冒頭のグラフから見てすぐに窺えるように、美人画、仏画、戯画、幽霊画、挿画にデザインと何でもござれのマルチ・アーティストでした。あまりに何でも描けてしまって、"器用貧乏"的に見られるのと、どの分野の作品が代表作と言えるか特定しにくい面があって、実力の割には知名度はそう高くないまま今日まできている感じもします。でも改めて本書でその作品群を鑑賞すると、もっと高く評価されてもいいように思いました(マルチ・アーティストにありがちの、「"能才"ではあるが"天才"ではない」的な評価がずっとされてきたのではないか。)。
「アート・ビギナーズ・コレクション」版『もっと知りたい河鍋暁斎―生涯と作品』('13年)は、「らんぷの本」よりやや大判ですが、2012年にこのシリーズの既刊が49巻になった際に版元が50巻目で取り上げほしい画家をネットで募ったところ(それまで江戸時代の絵師・浮世絵画家では伊藤若冲、曾我蕭白、尾形光琳、俵屋宗達、歌川国芳、葛飾北斎が取り上げられていた)多くの要望があったのか、江戸時代の日本の絵師としては、円山応挙とともに新たにフィーチャーされました(本書以降、"「暁斎」関連本"がぱらぱらと刊行されるようになったようにも思える)。
こちらも狩野博幸氏によるものであり、河鍋暁斎の人生を追いながらその作品をみていくという形で、序章(1歳~29歳)で生い立ちを紹介した後、その後の人生の軌跡とその時期に描かれた作品を紹介・解説していくというスタイルで、第1章(30歳~40歳)、第2章(41歳~50歳)、第3章(51歳~59歳)という構成になっています。
自分自身、まだべスト"暁斎"を特定できないでいますが、「らんぷの本」版表紙になっている、「惺々狂斎画帖・化猫」などはいいなあと。明治3年(1870)年以前の作とされ、「狂斎」とは明治3年に投獄されるまでの暁斎の号であり、狩野氏によれば「狂」こそ聖人への早道であるとの陽明学の最過激思想からきているそうな(この名も官憲に狙われる原因となった)。この絵は、表紙のものがほぼ原寸大で、(「アート・ビギナーズ・コレクション」版はP64に掲載)、今世紀になって発見され、2008年の「絵画の冒険者 暁斎」展で初公開されています。

2015年8月に84歳で亡くなった、イラストレーター、デザイナーで、船の画家でもあり、アンクルトリスの生みの親でもある柳原良平(1931-2015)の仕事集。このムック版が初めての本格的仕事集とのことですが、上記に加え、漫画家、文筆家としても知られたように、仕事の範囲がかなり広範に及び、また晩年まで活動していたため、本人が亡くなってやっとこうしたものが刊行されるということになるのでしょう。装丁、絵本、漫画にアニメーション、さらにはグッズやオリジナル作品まで、900点以上を図版に収めています。

まず最初に、アンクルトリス誕生の初期の作品を紹介しています。柳原良平はよく知られているように、サントリーの前身「寿屋」の社員だったわけですが、50年代の終わりから60年代にかけて、広告の変遷を通してアンクルトリスのキャラクターが確立されていく過程が見えて、なかなか興味深いです。
でも、1958(昭和33)年にはもうテレビコマーシャルになっているのだなあ(1981(昭和56)年までコマーシャルに採用、2003(平成15)年3月27日、「トリスウイスキー スクエア」の発売を機に、コマーシャルに再び登場する)。1960年に、久里洋二、真鍋博と「アニメーション3人の会」を結成していますが、その時点でアニメーション経験があったのは柳原良平だけで、「寿屋」に所属していたというのは大きかったと思います(「3人の会」上映会は'60年、'61年、'63年の3回行なわれ、'64年の第4回からは一般公募と海外からの招待作品も含めて上映する「
1978年から約20年続いた山口瞳(1926-1995)との新社会人を激励する新聞広告(全国紙の4月1日朝刊に掲載)も懐かしいです。広告代理店に入社して、4月1日の入社式が終わった後の研修で、講師である役員から「読んだか」と訊かれ、即答できず皆ぼーっとしていたら怒鳴られたのを覚えています(広告業界の者にとって必見の広告。ましてや自身が訴求ターゲットである新社会人であることからして、これを読まずに会社に来るなんてトンデモナイということか)。
全体を通してみると、やはり装丁の仕事が最も多いという印象で、全体的な仕事集としてはこのムックが初とのことですが、装丁集としては以前に『柳原良平の装丁』('03年/DANぼ)が出され
ており、柳原良平は当時72歳でしたが、それまでに装丁を手掛けた約300冊の内、50年代~2003年までの200冊以上の装丁を収録しています。


「池田屋騒動」●制作年:1961年●監督・製作:柳原良平●協力:大西清●脚本:酒井睦雄●音楽:吉住小勝郎/稀音家一志郎●時間:2分20秒●ナレーション:仲谷昇●公開:1961/12●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)


真鍋 博
イラストレーターの真鍋博(1932-2000/68歳没)による日本の主要都市を鳥瞰図的に描いたイラスト集で、昭和43(1968)年に刊行され、今回50年ぶりに令和元年に新装版として復刻されました。描かれているのは、丸ノ内、霞が関、新宿、渋谷、札幌、盛岡、日光、軽井沢、横浜、鎌倉、箱根、熱海、新潟、金沢、名古屋、奈良、京都、大阪、和歌山、神戸、岡山、松江、広島、尾道、高知、松山、別府、福岡、長崎、鹿児島...etc.全部で54に及び、一部、黒四や日本アルプスなどを含みます。個人的には、ちょうど昭和のその頃通っていて、今は廃校になってしまった小学校と中学校が見つかったのが嬉しかったです。
週刊誌「サンデー毎日」の連載として昭和43年から翌年にかけて発表されたものですが、一定の技法があるとは言え、CGソフトもない時代に、この細密画に近い鳥瞰図を週一のペースで描き続けていたというのはスゴイなあと思われ、筒井康隆氏が「鳥になり壮絶な技法で日本を国会議事堂から喫茶店まで描ききったこの個人による芸術は唯一無二である」と絶賛したのも頷けます(新装版の解説は、マップラバー(地図愛好者)を自認する生物学者の福岡伸一氏で、真鍋博の息子で恐竜学者の真鍋真氏と知己であるとのこと)。


海外名作映画の中に登場する美しい絶景の数々を、映画のストーリーや実際に撮影されたシーンと共にご紹介したもので、スマホで掲載されているバーコードを読み込むことで、バーチャル旅行を楽しんだりすることもできる点が今風と言えば今風でしょうか。
15作の映画を取り上げ、それぞれ数カ所の場面シーンの実際にモデルになった場所の写真を載せ、併せて映画のシーンなども引用するとともに、撮影にまつわるコラム風の解説を付しています。その15作とは、「ハリー・ポッター」「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」「ダ・ヴィンチ・コード」「ミッション:インポッシブル」「ロード・オブ・ザ・リング」「ライフ!」「マンマ・ミーア!」「プラダを着た悪魔」「フォレスト・ガンプ」「ローマの休日」「アメリ」「サウンド・オブ・ミュージック」「パディントン」「ピーターラビット」になります。
れでも、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)とか、音楽もさることながら、改めて見どころが多かったなあと思いました。
その主要な映画の舞台であるザルツブルグは、モーツァルトの出身地としても知られていますが、行ったことはありません。ただ、家族が合唱遠征で行って、本書にも写真がある、映画の中で若い二人が密会して「もうすぐ17才」を歌うヘルブルン宮殿のガラスのパビリオン(映画に使われたものと同じものを後に観光用に再現したものらしいが)や、ザ
たようです。お土産は"モーツァルト・チョコ"と""モーツァルト栓抜き"(笑)。それと"ザルツブルグ"という都市名の由来になったよく言われているソルト(塩)でした("ザルツブルグ"という都市名は、実際には市章にもなっている城の固有名詞が由来だそうだが)。


三船敏郎(平成9年没)がカメラマン志望で東宝を受けて、書類の手違いで俳優志願に回され、面接会場にいた高峰秀子の目に留まって、その存在感に胸騒ぎを感じた高峰秀子が黒澤明に連絡し、駆けつけた黒澤明も三船敏郎を見てただならぬ雰囲気を感じて審査委員長だった山本嘉次郎監督に直訴して三船敏郎の採用が決まったというのは有名な話。その後、黒澤明監督の「














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尚、本書の元のなった連載に続いて、1995年4月から1998年3月まで「毎日新聞」の書評欄に連載された、各界の読書人150人にいろいろな分野の本のベスト3を推薦してもらう「この3冊」(同じく丸谷才一・編、和田誠・イラスト)も書籍化されていますが(『本読みの達人が選んだ「この3冊」』('98年/毎日新聞社))、こちらは文庫化されていないようです。選者には新体操の山崎浩子(スポーツの本3冊)や女優の岩崎ひろみ(太宰治の本3冊)、俳優の池部良(日本人が学ぶべきもの3冊)もいて面白いのですが、全体としては評論家や翻訳家、特定分野の専門家が多くを占めており、その分、前書に比べると選本のアカデミック度、マニアック度がやや高かったように思います(選評の対象を文庫に限定していないというのもその要因だとは思うが)。