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「●日本の主な写真家」の インデックッスへ 「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(篠山紀信)
'74年の主な出来事を追った写真集。見る人が自分なりのイメージで見ることができるように上手にお膳立てしてみせる。

『晴れた日―写真集 (1975年)』(30.7 x 23.3 x 3.8 cm)/山口百恵 photo by 篠山紀信
1974(昭和49)年の報道上の主な出来事を追って写真集にまとめたもので、グラフ誌(おそらく「アサヒグラフ」)の連載企画だったのではないでしょうか。
輪島功一
この1974(昭和49)年という年は、堀江謙一の「マーメイドⅢ」による西周り単独無寄港世界一周早回り記録達成、プロボクシングのジュニア・ミドル級チャンピオンだった輪島功一の7度目の防衛の失敗、シンガー・ソング・ライターのりりィの「私は泣いています」のヒット、野坂昭如などタレント候補が多く立候補した衆議院選挙、山口百恵の国民的アイドル人気の沸騰、オノ・ヨーコの来日、伊豆半島沖地震、ウォーターゲート事件によるニクソン大統領辞任、永遠のミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄の引退...etc.と、今更ながら、いろいろな人がいて、いろいろなことがあったなあと思わされます。
オノ・ヨーコ
「しおり」に寄稿している五木寛之氏が、この人の写真には「思想」ではなく「視想」がみなぎっている―と書いていますが、確かに「思想」的色合いはゼロであり、タイトルの「晴れた」というのは、ある意味「虚無」にも通じるのかも。
五木氏の言う「視想」というのはやや抽象的ですが、まさにその抽象性こそこの人の持ち味であり、台風で押し寄せる波や地震に晒された土地を撮った写真などは、報道写真というよりイメージ写真に近いかも。
長嶋茂雄
芸能人やスポーツ選手を撮っても同じようなことが言えるけれども、人物の方が風景よりも、フツーの人が見た場合に自分のイメージが付加しやすいかな。
また、この人は、見る人が自分なりのイメージで見ることができるように上手にお膳立てしてみせるから、人物写真や、端的に言えばヌード写真などにおいて、その世界で永らくメジャーであり得たのだろうなあと(撮られる側は純粋な"客体"となることができる。三島由紀夫などは、撮られたい写真家のタイプだったのだろうなあ)。
この写真集においても、人物を撮ったものの方が個人的には良いように思いますが、「報道写真」という流れの中で(「報道写真」にならないように)撮っているものと、最初からポートレートのような感じで撮っているものがあり、写真家自身、試行錯誤していたのか?
本書はこの写真家の最高傑作との評価もありますが、個人的には、「報道写真」を撮らせてみたら、やはり「イメージ写真」みたくなったという感じで、そこがまたこの人らしいところなのでしょう。 "巧まずして"そうなっているわけではなく、(世間一般で言うところの「報道写真」にならないように)計算ずくで撮っているのだと思います。

《読書MEMO》
●篠山 紀信 2020年「菊池寛賞」受賞(作品ではなく人に与えられる賞)
受賞理由:半世紀にわたりスターから市井の人まで、昭和・平成・令和の時代を第一線で撮影。その業績は、2012年より7年間全国を巡回し、のべ100万人を動員した個展「写真力 THE PEOPLE by KISHIN」に結実する
篠山紀信(写真家)2024年1月4日老衰のため死去(83歳没)




1930年代末から70年代末にかけて、さまざまな新聞雑誌に掲載されたものが主となっており、最初から1冊に纏める予定は無かったということで、彼の没後に娘のアネット・ドアノーが父の訪れた芸術家のアトリエを探訪したのを契機に、この写真集が成ったということのようです(原著刊行は'08年)。
ユトリロ、レジェ、デュシャン、デェビュッフェ、ピカソ、ジャコメッティなど著名な芸術家のアトリエでの様子が見られる一方で、個人的に知らない芸術家も多くありましたが、それぞれの経歴が付されていて親切で、日本人画家では、藤田嗣治と佐藤敦の写真が収められています。


以前に当ブックレビューでロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)の
リブロポート版の124ページに対してこちらは393ページという圧倒的ヴォリューム、リブロポート版と重なる写真もあるものの、殆ど初めて見る作品であり、しかも、リブロポート版のような全集の内の一冊ではないため(全集の方は「パリ郊外」を撮った巻が別にある)、「パリ」という観点で見ると、単体でよりよく(一番)纏まっているという感じで、とてもいいです。
巻頭にドアノー自身によるエッセイ風の序文があり、また主だった写真には、雑誌などで発表された、これもドアノー自身によるキャプションがあって、中にはやはり短いエッセイ風になっているものもありますが、気のきいた文章も結構あって読むとなかなか面白く、この人、文章家でもあったのだなあと。
やがてヴォーグ・フランス誌などとフォトグラファーとして契約し、ファッション写真の仕事をしながら夜な夜なパリの街に出歩いて写真を撮っていたということで、ヴォーグ誌との契約からスタートしたところはヘルムート・ニュートン(1920-2004)に似ていますが、パリの街中を歩き回って夜のパリを撮影したところはブラッサイ(1899 - 1984)を思わせ、作品の雰囲気も、夜のパリを撮ったものはブラッサイに近いかも。
30年代から80年代にかけての作品を収め、50年代のものが最も多いようですが、どの年代のものも良くて、この写真集で改めて、彼のユーモアセンス、庶民派感覚を見直しました。

《横50 X 縦70 cm》(商品パッケージ(ステンレス製の専用テーブル付)の寸法: 120 x 80 x 15 cm)『
クールでエロティックな作風の中にも退廃的な雰囲気を漂わせるヘルムート・ニュートン(Helmut Newton、1920-2004)の作品集で、'99年までの代表作を網羅した"Sumo Book"としてタッシェン(Taschen)社から刊行され、ポートレート写真を掲載された100人以上の著名人がサインしたエディションNo.1は、'00年4月6日のベルリンでのオークションで、62万マルク(約3,200万円)で落札され、20世紀最高額の書籍となりました。
ヴォーグ・オーストラリア版の仕事を皮切りに、1957~1958年にはヴォーグ・イギリス版と契約、1962年にパリに移りヴォーグ・フランス版の仕事がきっかけで実力が認められるようになり、その後60年~70年代にかけて、ヴォーグに限らず、マリークレール、エル、シュテルン、プレイボーイ各誌で活躍します。
1971年に心臓発作を起こし、自分の身体のことを考えて雑誌やクライアントのプレッシャーを受けながら写真を撮ることを止め、自分の望む写真しか撮らなくなりますが、エロティシズムの中にもヨーロッパ上流階級の退廃的な雰囲気や潜在的な暴力を感じさせる、本書の大半を占めるそうした作品群は、戦前のベルリン時代の自身の体験が影響しているものと思われます。
フェティズム、男装の麗人、売春婦などをモチーフとしている作品が多いため、当初はポルノチックだとの評価でしたが、時代の変化とともにオリジナリティが評価されるようになり、70年代後半以降、徐々にアーティストとしての地位を確立していきます。
80歳を過ぎても現役で活躍しましたが(広告用の商業写真も撮り続けた。この人の場合、芸術か商業写真かという区分けはあまり意味が無いように思う)、'04年にハリウッドで、自らが運転するキャデラックが壁に激突して事故死―、う~ん、50代初めの心臓発作で自身の身体を気遣うようになった彼が、83歳で自動車事故死したというのは、ヒトの運命はわからない...。
この写真集が日本で発売された当初の価格は約20万円で、一時かなりの高額になりましたが(もともと投機狙いでの購入した人が多かったのでは)、書籍というよりインテリアみたいな感じでしょうか。クオリティ面ではけちのつけようが無い完璧な写真集。あとは「好み」と「置き場所」の問題になるのでは。専用テーブルに常時置いておくとテーブルが斜めであるため、表紙が"自重"でほんの僅かですが右下方向にずれてきてしまうという現象が起きてしまいました。普段は平らな場所に保管しておくのがいいのかも。


この他にも、大津波が陸に押し寄せて家屋を飲み込む瞬間(名取市)や、一夜明けて壊滅的な被害を受けた町の様子(南三陸町)など、生々しい写真が多くあります。

木村伊兵衛(1901‐1974)
木村伊兵衛(1901‐1974)の生誕110周年記念出版とのことですが、代表作「秋田」シリーズは、今まで『木村伊兵写真全集―昭和時代(全4巻)』('84年/筑摩書房、'01年改版)の内の第4巻として「秋田民俗」というのがあったり、或いは『定本木村伊兵衛』('02年/朝日新聞社)などの傑作選の中にその一部が収められていたりしたものの、こうした形で1冊に纏まったものはあまり無かったように思います(没後に非売品として『木村伊兵衛 秋田』('78年/ニコンサロンブックス、ソフトカバー)が刊行されている)。
木村伊兵衛が指向していたものは、テーマがあっちこっちに飛ぶ「傑作集」ではなく、こうした1つの対象を突きつめた「作品集」だったんだろうなあ。"報道写真家"を目指し、またそのことを自負していたようだし。
木村伊兵衛が"報道写真家"を目指すにあたって、「絵画」の領域に近いユージン・スミスを指向するか、「映画」のキャメラマンの領域に近いカルティエ=ブレッソンを指向するかの選択があったわけですが、木村自身"スナップの天才"と言われたように、元々素質的にカルティエ=ブレッソン型だったのではないでしょうか。
昭和30年代と言えば、日本が高度成長期に入ろうとする頃、或いは、すでにその只中にいる時期であり、但し、それは都市部における胎動、または喧騒や混乱であって、この写真集の「秋田」においては、その脈音やざわめきがまだ聞こえてこない―「秋田」に定点観測的に的を絞ったのは、この写真シリーズの最大成功要因と思われ、この写真集を見る日本人にとっては、そこに、これからまさに失われようとする数多くの「日本」が見てとるのではないでしょうか。






んこ/R・U・R』('81年・53歳)、『プライム・ローズ』('82年・53歳)、『アドルフに告ぐ』('83年・54歳)、『牙人/アマゾンの匂い』('84年・56歳)、『ブッキラによろしく!/夜明けのデート』('85年・56歳)、『ミッドナイト/ブラック・ジャック登場』('86年・57歳)、『グリンゴ』('87年・58歳)、『ネオ・ファウスト』('88年・59歳)、『ルードウィヒ・B』('89年・60歳)となっています。


昭和40年代頃の少年雑誌には「大図解」というグラビアページがあり、「未来世界」「怪奇現象」「怪人」といったテーマで様々な絵が描かれていましたが、そうした挿絵画の常連画家だったのが石原豪人(ごうじん)でした。
本書は'04年に刊行されたものの新装版で、表紙が「怪奇」に「エロス」が加わって、より豪人らしくなったのかな? いずれにせよ、この価格でこれだけ石原豪人の作品を見られたのはお得だったかも(その後、2017年に再度「新装版」が刊行された)。
作品を「怪人画」「妖怪画」「怪獣画」「幽霊画」「探偵小説の挿絵」「虚構世界」等ジャンル別に収め、解説を付していますが、スポーツ画や少女雑誌の挿絵などもあって、何でもござれだったんだなあと。
高度成長期が終わって、豪人のパワフル過ぎる絵が時代にそぐわなくなってきたという編者の分析もありますが、それが、昭和の終わりから平成にかけて、所謂"おたく"と呼ばれる人たちの間で再注目され、結局、最晩年まで現役で活躍しました。