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病気と向き合い時間に追われながらも、読みやすく中身の濃い本に。天晴れ!


『がん闘病日記』['24年]森永卓郎(1957-2025/67歳没)
今年[2025年]1月28日に67歳で亡くなった経済アナリスト・森永卓郎(1957年生まれ)の"がん闘病日記"。「来春のサクラが咲くのを見ることはできないと思いますよ」と医師から告げられたのが2023年11月で、それが余命4カ月の通告だったとのこと。その時は、なんの自覚症状もなく、朝から晩までフル稼働で仕事をし、食事もモリモリ食べていたとのこと。しかし、突然の余命宣告で自身の死と向き合わざるを得なくなった著者は、そこからモーレツに本を書き、ラジオやYouTubeで様々な発信をしたことは多くの人の記憶に新しいのではないでしょうか。個人的には、著者のエコノミストとしての本にはやや疑問符が付くのですが、その人生最期の追い込みの凄まじさは、ある意味鮮やかというか、見事でもありました。
本書は、2024年に入って書き始めたようで、同年7月刊ですから、闘病生活に入って亡くなるまでの時間的にはちょうど中間点ぐらいの時期に刊行されたことになります。「がん闘病日記」と謳っていて、第1章で突然のがん宣告を受けた際のことが書かれ(マスメディアへの公表は2023年12月27日)、以降、治療法の選択やがんとお金のこと、死生観などが書かれているものの、日記というスタイルはとっていません。
第2章では、著者のもとに殺到した「がんの治し方」を紹介。精神論(お守りを有難かったとしている)、飲食物(①水、②ビタミン、③キノコ、④種子系、⑤穀物や野菜、⑥海藻、⑦乳酸菌などの菌系、⑧キチン・キトサン)、体を温める、イベルメクチン、名医がいるクリニック―と様々。でも、著者を広告塔として利用しょうとしているものもあれば、がん治療ビジネスもあって、本当の効果はわからないとしています。
第3章は経済アナリストらしく「がん治療とお金」です。ここでは、標準治療と自由治療、高額療養費制度のことを解説し、著者自身は、オプジーボを使った保険診療に加え、少なくとも半年は延命したかったため、自由診療(「血液免疫療法」)をも選択しています。その上で、延命しなければならないことが想定される場合は、お金をある程度貯めておくか、がん保険の加入を検討しておくことが必要だろうと(著者自身はがん保険に入ったことがないと公言していたが、会社が本人の知らないところで保険を掛けていたとのこと)。そのほか、投資資産の有意義な使い方や、障害年金の解説などがされています、
第4章「私の選択」では、「血液免疫療法」とはどのようなものであり、自分はなぜそれを選んだかが書かれています。原発がわからない状況で、抗がん剤を散発銃のように打つ治療に疑問を抱いたようです。
第5章「いまやる、すぐやる、好きなようにやる」では、自分のやってきた仕事の歩みを振り返っていて、著者の半生とそのバックグラウンドを知ることができますが、その中で、好きなことをすぐやるというポリシーを貫いてきたことが窺えます。
専売公社主計課予算第二係時代
第6章「素敵な仕事、自由な人生」では、自分が何になりたかったかを述べています。著者は、歌人になりたい、歌手になりたい。童話作家になりたいなどと思ったとのことで、著者の手による創作童話が挿入されています。
著者の最期の1年間の本のタイトルを見ると、ジャニーズ、財務省、日航機、投資(NISA)の真相など、自分が言い残したと思うことがないように、ひたすら精力的に書き残していたという印象です。ただし、本書を読む限り、自身の病気と向き合い、時間に追われながらも、誰にでも読みやすく、またいっぱい詰め込んで中身の濃い本になっており、その点は天晴れと言いたいと思います。




森永 卓郎 氏(略歴下記)
本書で言う「能力主義」とは、本文中にもある通り「成果主義」のことを指しています。どうしてこういうタイトルにしたかと言うと、出版当時においては「成果主義」という言葉がまだ"市民権"を得ていないという著者の判断だったそうです。
森永 卓郎