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しんみりさせられた。姉弟関係から家族関係への広がりがあり、山田洋次版より上か。


「おとうと [DVD]」岸惠子/川口浩
小説家の娘、げん(岸惠子)は、放蕩者に身を落としている弟・碧郎(へきろう)(川口浩)の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。それというのも、父(森雅之)の後妻である厳格なクリスチャンの義母(田中絹代)が子供たちを冷淡に扱うからだった。げんはデパートで万引きの疑いをかけられて激昂して帰宅するが、その話を聞いた碧郎は面白がって悪友たちと窃盗に興じるのだった。しかし、ありとある遊戯に現(うつつ)を抜かす弟にげんは時に怒り、時に愛情をもって接する。そんな日々のなかで、碧郎は肺病を病み、再び回復することのない体になっていった。げんは病気が感染することも恐れず、碧郎の傍らで生き、その傍らで眠る。弟とおのれの腕をリボンでしっかりと結びつけて―。
1960年公開の市川崑監督作で、1960年度・第34回「キネマ旬報ベストワン」ほか、第15回「毎日映画コンクール 日本映画大賞」、第11回「ブルーリボン賞 作品賞」などを受賞しています。
原作は幸田露伴の次女・幸田文(1904-1990/86歳没)で、1910(明治43)年、文6歳、弟の成豊(しげとよ)3歳の時、母幾美子がインフルエンザで亡くなり、2年後の1912(大正元)年、姉(長女)の歌が若くして亡くなるともに、この年、露伴はキリスト教徒の児玉八代(やよ)と再婚し、さらに、1926(大正15)年、文が22歳の時に、弟・成豊が肺結核で亡くなくなっています。物語では弟・碧郎の15歳から19歳までを描いていますが、それを当時24歳の川口浩が演じていて、その3歳上の姉である主人公のげんを、当時27歳の岸惠子が演じていおり、どちらも原作よりやや年齢がいっている印象はあります。
それにしても、森雅之演じる父親が実に無力に描かれているし(幸田露伴ってこんな感じだったのか。まあ、作家にありがちだが)、田中絹代が演じる義母はものすごく嫌味に描かれています。父と義母と子どもたちがそれぞれバラバラな感じで、家族全員が閉塞的な家庭の中で針の筵に座っている感じです。それが最後どうなるかというと、皮肉にも弟・碧郎の死によって家族の気持ちが一つになるという、そういう話だったのだなあ。しんみりさせられました。
山田洋次監督が2010年に吉永小百合主演でリメイク作品「おとうと」('10年/松竹)を監督していますが、吉永小百合が演じる姉は成人した娘のいる年齢で、弟は笑福亭鶴瓶が演じており、アルコール中毒と言うか、酒癖が悪くて失敗を繰り返す大人に改変されていました。病に倒れた弟に姉が鍋焼きうどんを食べさせるシーンや、二人がリボンで手をつないで眠るシーンなどは、市川崑監督作品へのオマージュとして山田洋次監督版でも使われていました。
ただし、それを観た時は、姉弟の結びつきは強く感じましたが、家族全体の結びつきというのは、一応、加藤治子が演じる母親がまだ生きているという設定でしたが、それほど感じませんでした。
山田洋次版も星4つとしましたが、やや甘かったかな。個人的評価は同じ星4つではあるものの、この市川崑版の方が姉弟関係から家族関係への広がりがあり、やや上のような気がします(幸田文の原作が好きな人はこっちではないか)。
江波杏子が成豊を担当する看護婦役で出演していましたが、ちらっとしか出ないのに美貌とスタイルの良さが目立ちました。

「おとうと」●制作年:1960年●監督:市川崑●製作:永田雅一●脚本:水木洋子●撮影:宮川一夫●音楽:芥川也寸志●原作:幸田文●時間:98分●出演:岸惠子/川口浩/田中絹代/森雅之/仲谷昇/浜村純/岸田今日子/江波杏子●公開:1960/11●配給:大映●最初に観た場所:角川シネマ有楽町(大映4K映画祭)(23-02-07)(評価:★★★★)



東都精密工業社長・河原専造(山村聡)は癌で後3カ月しか生きられないことを知る。専造は、3億円に及ぶ財産を以前に関係あった女性らの子どもに分配することにした。妻・里枝(渡辺美佐子)、秘書課長・藤井(千秋実)、秘書
・宮川やす子(岸恵子)、顧問弁護士・吉田(宮口精二)とその部下・古川(仲代達矢)が呼び集められ、妻・里枝に3分の1、残りの3分の2が行方不明の子供3人に渡されることになった。捜索期限は1カ月、呆然とする人びとに役割が振り当てられ。藤井には川越にいる7つの子を、吉田は
温泉街に流れて行った二十歳になる娘を、やす子は役人と結婚した女の息子を探すことに。古川は、温泉街のヌード・スタジオで専造の落し子の神尾真弓と思しき娘・神尾マリ(芳村真理)を見出し、彼女に札びらを切って関係を持ち、ある契
約を結ぶ。川越へ行った藤井は、産婆のさよ(千石規子)から目当ての子・ゆき子がすでに死んでいることを突き止め、代わりにある女の子を〈ゆき子〉として連れて来るが、実はそれは里枝との間にできた子だった。やす子が探し出した定夫(川津祐介)は、養父母にとっては手におえない二十歳の不良青年だった。やす子は暴風雨の晩、河
原に挑まれて体の関係を持ち、以来、幾たびか体の関係があった。いよいよ河原の容態が悪化し、彼は定夫を除いた2人の子に遺言を伝えようとするが、その場に刑事(安部徹)がやって来て、殺人容疑で〈真弓〉を逮捕する。実は彼女の姉が河原の子で、彼女は父親違いの妹のマリエであり、姉を自殺に見せかけて殺害し入れ替わったのだ。古川も仲間として吉田弁護士に追放される。一方、河原に遺産で財団法人を設立させ、その幹部に収まることを目論んでいた吉田弁護士は、〈ゆき子〉が偽物であることを事前に掴み、それをやす子に伝え、自分は出張に行くから関係書類を河原に渡すよう言う。やす子は専造に妊娠したことを打明けると、死期迫る専造は狂喜し、3分の1は無条件に生れる子のため遺すと言う。実は、やす子には体だけの
関係の男がいたが、男はやす子が妊娠したと知って身を退いたため、やす子はお腹の子を専造の子に仕立たのだ。遺言書は書き直され、財産は、妻の里枝に3分の1、ゆき子に3分の1、そしてやす子のお腹にいる子に3分の1ずつ分けられることになる。やがて河原が死亡し、倉山弁護士(滝沢修)の前に関係者が集まるが、その場で、吉田弁護士の調べで〈ゆき子〉が河原の子ではないことが判明したと倉山弁護士から発
表され、ゆき子はもちろん、詐欺罪に該当する里枝も相続権を失う。吉田弁護士は、ゆき子が替え玉であること知りながら黙っていたやす子にも相続の資格は無いと主張するが、やす子は、自分はゆき子が替え玉であると知らされていないし、書類の中身も見ていないと嘘をつく。吉田弁護士は逆に倉山弁護士から、ゆき子が替え玉であること知りながら河原に知らせなかったことの責任を追及される。結局、やす子のお腹の子だけが相続人となる―。
1962(昭和37)年公開作。原作は、経済学者でもあった直木賞作家・南条範夫(1908-2004/95歳没)の『からみ合い』で、1959年12月創刊の〈カッパ・ノベルス)で、松本清張の『ゼロの焦点』とこの作品が第一回配本でした。監督は、この年「
ピカレスク・ロマンの主役は秘書の宮川やす子(岸恵子)ですが、最初は他の関係者連中が、藤井(千秋実)が子どもの替え玉を用意したり、古川(仲代達矢)が里枝(渡辺美佐子)と二股かけようとしたりする中、彼女だけが唯一真面目に河原の息子(川津祐介)を探していて、それが終盤にになって彼女自身が急速な変貌を遂げてピカレスク・ロマンの主役となっていくところに引き込まれます。
吉田弁護士(宮口精二)が、河原に財団法人の設立資金を遺させ、その幹部に収まるの目論んで、〈ゆき子〉が偽物であることを自分から河原には言わず、(出張前に言うチャンスが無かったとして)やす子に言わせることでやす子を利用しようとしたのに対し、やす子は、〈ゆき子〉が偽物であると吉田からは聞かされておらず、(河原が亡くなる前に言うチャンスが無かったとして)書類の中身を見ないまま倉山弁護士(滝沢修)に渡したとして、吉田のやり方を逆手にとったところが面白いです。自分が財団の幹部になったら、「君の将来も十分に保証する」という吉田の言葉を、やす子はハナから信じていなかったということでしょう。
冒頭と結末が、すっかり貴婦人風となったやす子と、やや恨めしさを漂わす吉田弁護士との再会シーンになっていますが、やす子の子が生まれて間もなくして死んだと聞かされ、吉田はやす子の謀略を確信したのでしょう(その前に「河原とどっちに似た子か楽しみだったのに」と言っているから、最初から河原の子ではないと踏んでいたのかもしれない)。怪しい儲け話を持ち掛ける吉田に、やす子に弁護士は廃業しないのかと訊きますが、いつかあなたの弁護人を買って出るかも分からない、その時まで弁護士を辞めないと言っているから、その疑念は固い。ただし、それさえも、「ご心配なく。私は法律に逆らうようなことは決してしません」とのやす子の言葉にあっさり跳ね返されてしまうラストが見事でした。
いよいよ河原(山村聡)の容態が悪化し、やす子を抱けなくなって、裸で目の前を歩かせ(画面では首から上しか映ってないが)、それを病床から眺める様は、谷崎潤一郎原作の「


「からみ合い」●制作年:1962年●監督:小林正樹●製作:若槻繁/小林正樹●脚本:稲垣公一●撮影:川又昂●音楽:武満徹●原作:南条範夫●時間:115分●出演:岸惠子/山村聰/渡辺美佐子/千秋実/宮口精二/仲代達矢/滝沢修/信欣三/浜村純/槙芙佐子/川口敦子/芳村真理/鷹理恵子/利根司郎/大杉莞児/三井弘次/安部徹/永井玄哉/水木
涼子/千石規子/菅井きん/本橋和子/北龍二/北原文枝/川津祐介/蜷川幸雄/瀬川克弘/田中邦衛/佐藤慶●公開:1962/02●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(08-09-20)(評価:★★★★)




戦後4年が過ぎたが、巣鴨拘置所には多くのBC級戦犯が服役している。その一人・山下(浜田寅彦)は、戦時中南方で上官・浜田(小沢栄太郎)の命令で一人の原地人を殺したのだが、その浜田の偽証で罪を被せられ、重労働終身刑の判決を受けている。また横田(三島耕)は戦時中、米俘虜収容所の通訳だっただけで巣鴨に入れられた。横田が戦時中、唯一人間らしい少女だと思つた隠亡燒(北竜二)の娘・ヨシ子(岸惠子)は、今では渋谷の歓楽街に働いている。朝鮮人の許(伊藤雄之助)も、戦犯の刻印を押された犠牲者の一人だった。山下はある日脱獄を企てて失敗、その直後に母の死を知る。葬儀のため時限付で出所を許された山下は、浜田へのかつての恨みと、浜田が山下の母と妹(林トシ子)を今まで迫害し続けていたことへの怒り
から、浜田家に向かうも、恐怖に慄く浜田を見て殺意が失せる。たった一人の妹は、「これからどうする?」という山下の問いに、「生きて行くわ」とポツリ答える。再び拘置所に戻り、横田らに迎えられる山下、そこには厚い壁だけが待っていた―。
小説家の安部公房の脚本ということもあるためか、人間心理を深く追求しながらも、余分な説明は削ぎ落とし、多くのエピソードを組み込んでいます。同じ部屋(雑居房)の受刑者6人の話という構成ですが、信欣三が演じる男がやはり手を下したくなかった処刑で人を殺めてしまった苦悩から狂い死ぬ(自殺)という凄絶な場面が早々にあり、あとは5人になります。
その5人の中心となる浜田寅彦演じる山下は、戦地で疑心暗鬼に駆られた上官に現地人の殺害を命じられたわけですが、その現地人は部隊が食料も無くジャングルを彷徨い歩いていたところを助けてくれた言わば命の恩人であり、山下自身は上官に抗議するも、それでも殺害命令に従わなければ反逆罪として銃殺すると言われて、失意の中で恩人の命を奪ったものでした。
それが戦犯として裁かれる際に、上官の方は偽証により罪を全て山下になすりつけ、山下には瞬く間に死刑判決が下って、現地で執行ぎりぎりのところで刑を減免されて巣鴨刑務所に送致されたわけです。そこではまた人間扱いされず不当な処遇のもと強制労働させられる「BC級戦犯」が多く収容されていて、中には精神を病む者もいる状況。この山下の自身が置かれた理不尽な状況は、カフカ的不条理の世界にも通じ、その辺りが安部公房なのかなとも思いました。
この映画は社会派作品であることは確かですが、今の時代でも人の心を揺さぶるような戦争というものの根本に迫った作品でもあります(且つ、
カフカ的不条理の世界にも通じるということか)。一時的に出所を許された山下は、世の中がすっかり平和ムードに変化しているのに驚かされますが、一方で、横田が戦時中、唯一人間らしく優しい少女だと感じたヨシ子は、戦後は米兵に体を売る女となっていて、心もすれっからしになっており、そこにも戦争の悲劇が縮図として組み込まれています。岸惠子が、戦時中の可憐な少女と、戦後の淪落した女性の両方を演じ分けています。
もともとこの雑居房の6人は普通の市井の善良な市民であり、それがいわれなき罪を負わされて重い刑に服しているわけです。無実の人間が戦犯とされてしまう話としては、「壁あつき部屋」と同じように、戦争中に上官の命令で捕虜を刺殺した理髪店主が、戦後C級戦犯として逮捕され処刑されるまでを描いた「私は貝になりたい」('59年/東宝)があります。もともと1958年10月にテレビ放映された作品が、芸術賞受賞をきっかけに翌年4月に映画化されたもので、監督はTV版の脚本を書いた橋本忍です(橋本忍にとっての初監督作品)。
<1958年TV版> ラジオ東京テレビ(KRT/現TBS)(第13回芸術祭文部大臣賞受賞)〈出演〉フランキー堺/清水房江/桜むつ子/平山清/高田敏江/佐分利信(特別出演)/大森義夫/原保美/南原伸二(特別出演)/清村耕次/熊倉一雄/小松方正/内藤武敏/恩田清二郎/浅野進治郎/増田順二/坂本武/十朱久雄/垂水悟郎/河野秋武/田中明夫/ジョージ・A・ファーネス(特別出演)/佐野浅夫/梶哲也/織本順吉
こちらは、主人公の理髪店主・豊松(フランキー堺)が戦後やっとの思いで家族のもとに戻り、理髪店で再び腕を揮い、やがて二人目の子供を授かったことを知
り平和な生活が戻ってきたかに思えた―その時、突然やってきたⅯP(ミリタリーポリス)に従軍中の事件の戦犯として逮捕されてしまうというもので、しかも最後は死刑になるという結末であるため、相当にヘビーです。
いかにも橋本忍っぽい脚本に思えなくもないですが、こちらもBC級戦犯・加藤哲太郎の巣鴨獄中手記「狂える戦犯死刑囚」が一部モチーフとなっていて、そこには「私は貝になりたいと思います」という囚人の切実な叫びが綴られています(加藤哲太郎自身は、絞首刑→終身刑→有期刑と減刑されている)。
「壁あつき部屋」は、北千住・シネマブルースタジオでの「戦争の傷跡特集」で観ました。「私は貝になりたい」と観比べてみるのもよいかと思います。「私は貝になりたい」はその後、1994年に所ジョージ主演でテレビドラマ・リメイク版が放送されたほか、2008年に福澤克雄監督、中居正広主演で再映画化されています。
<1994年TV(所ジョージ)版> TBS(第43回日本民間放送連盟賞ドラマ番組部門優秀受賞)〈出演〉所ジョージ/田中美佐子/長沼達矢/瀬戸朝香/津川雅彦/春田純一/桜金造/柳葉敏郎/渡瀬恒彦/矢崎滋/石倉三郎/杉本哲太/森本レオ/三木のり平/室田日出男/すまけい/小宮健吾/小坂一也/段田安則/竹田高利/寺田農/尾藤イサオ/ラサール石井
「壁あつき部屋」●制作年:1956年●監督:小林正樹●脚本:安部公房●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:「壁あつき部屋―巣鴨BC級戦犯の人生記」●時間:110分●出演:浜田寅彦/三島耕/下元勉/信欣三/三井弘次/伊藤雄之助/内田良平/林トシ子/北竜二/岸惠子/小沢栄太郎/望月優子/小林幹/永井智雄/大木実/横山運平/戸川美子●公開:1956/10●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-10-12)(評価:★★★★) 

「私は貝になりたい」●制作年:1959年●監督・脚本:橋本忍●製作:藤本真澄/三輪礼二●撮影:中井朝一●音楽:木佐藤勝●原作:(物語、構成)橋本
忍/(題名、遺書)加藤哲太郎●時間:113分●出演:フランキー堺/新珠三千代/菅野彰雄/水野久美/笠智衆/中丸忠雄/藤田進/笈川武夫/南原伸二/藤原釜足/稲葉義男/小池朝雄/佐田豊/平田昭彦/藤木悠/清水一郎/加東大介/織田政雄/多々良純/桜井巨郎/加藤和夫/坪野鎌之/榊田敬二/沢村いき雄/堺左千夫/ジョージ・A・ファーネス●公開:1959/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(84-12-09)(評価:★★★★) 


加東大介(豊松に赤紙を届ける町役場職員・竹内)/フランキー堺(清水豊松)



杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会杜「東亜耐火煉瓦」に電車通勤するサラリーマンで、結婚後8年の妻昌子(淡島千景)とは、子供を疫痢で失って以来互いにしっくりいかないものを感じている。毎朝同じ電車に乗り合わせることから親しくなった通勤仲間に、青木(高橋貞二)、辻(諸角啓二郎)、野村(田中春男)たち、それに「キンギョ」という綽名の金子千代(岸惠子)がいて、正二は退社後は男仲間で麻雀にふけるのが日課のようになっていた。昌子は毎日の単調を紛らわすため、荏原中
延の実家に帰り、小さなおでん屋をやっている母のしげ(浦邊粂子)に愚痴をこぼしていた。杉山は、通勤仲間で日曜に江ノ島へハイキングに出かけたのを機に千代と急接近し、千代の誘惑に屈して一夜を共にしてしまう。それが他の仲間
に知れて、千代は仲間に吊し上げられ、その辛さを杉山の胸に縋って訴えるが、杉山はそれを持て余す。一方、夫と千代の秘密を見破った昌子は家を出る。その日、杉山は会社の同僚で前夜に見舞ったばかりの三浦(増田順二)の
死を聞かされ、サラリーマン人生に心から希望を託していた男だっただけに、その死は杉山に暗い影を落とす。仕事面でも家庭生活でも杉山はこの機会に立ち直りたいと思い、丁度話に出た岡山県三石の工場への転勤内示を受諾し、千代との関係を清算して田舎へ行くのもいいかもしれないと考える。一方、昌子は家を出て以来、旧友の婦人記者の富永栄(中北千枝子)のアパートに同居して、杉山からの電話にさえ出ようとしない。杉山は三石の工場に単身で赴任する途中に大津に寄り、仲人の小野寺(笠智衆)を訪ね助言を得る。山に囲まれた侘しい三石に着任して幾日目かの夕方、杉山が工場から下宿に帰ると―。
小津安二郎監督の1956年監督作で、当時の若者向けに撮ったと言われているそうです。サラリーマンとして自宅と会社を往復するだけの生活だった杉山(池部良)が、ちょっとしたきっかけから通勤仲間の千代(岸恵子)と関係を持ってしまう、などといったことは今でもありそうですが、密会を重ねるうちに、二人の関係が社内で噂となり、(社内不倫ではないのに)同期社員らに詰問されてしまうというのは、昭和的かもしれません(今の若者はプライバシー問題を気にしてそこまでおせっかい焼かないのでは)。そもそも、通勤仲間でハイキングに行ったのが契機になったというのにも昭和的なものを感じます。

、彼は会社を辞めて今は喫茶店・バーを経営していて(常連客に定年間際の東野英治郎!)、要するに「脱サラ」したのだと思われますが、会社一筋とは違った男の生き方もこの映画では見せています。
興味深く観ることが出来ました。不倫を扱っていますが、最後はハッピーエンドというか「雨降って地固まる」と言えるのでは(そう言えば、「
イスするというのにも時代を感じました(内示の段階で組合に知らされているのか?)。仲人をしてもらった人に人生相談するというのもある意味昭和的かも。



「早春」●制作年:1956年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎 ●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:144分●出演:池部良/淡島千景/浦辺粂子/田浦正巳/宮口精二/杉村春子/岸惠子/高橋貞二/藤乃高子/笠智衆/山村聰/三宅邦子/織田順二/長岡輝子/東野英治郎/中北千枝子/加賀不二男/田中春男/糸川和広/長谷部朋香/諸角啓二郎/荻いく子/山本和子/中村伸郎/永井達郎/三井弘次/加東大介/菅原通済/村瀬禅/杉田弘子/山田好一/川口のぶ/竹田法一/島村俊雄/谷崎純/長谷部朋香/末永功/南郷佑児/佐々木恒子/千村洋子/佐原康/稲川善一/鬼笑介/今井健太郎/松野日出夫/峰久子/鈴木康之/叶多賀子/井上正彦/千葉晃/山本多美/太田千恵子/中山淳二●公開:1956/01●配給:松竹(評価:★★★★) 


ロスで私立探偵をしているハリー・キルマー(ロバート・ミッチャム)は旧友のジョージ・タナー(ブライアン・キース)から、日本の暴力団・東野組に誘拐された娘を救出してほしいと依頼される。タナーは海運会社を営むマフィアで、武器密輸の契約トラブルで東野組と揉めていたのだ。東野が殺し屋・加藤次郎(待田京介)をロスに送り、4日以内にタナー自身が日本に来なければ娘の命はないと通達、タナーは、かつて進駐軍憲兵として日本に勤務していた旧友のハリーに相談したのだ。ハリーは日本語が堪能な上、田中
健(高倉健)という暴力団の幹部と面識があった。健はハリーに義理があり、東野との交渉もうまく行くだろうというのがタナーの目算だった。ハリーは20年ぶりに東京へ向い、ボディガードで監視役のダスティ(リチャード・ジョーダン)がこれに同行する。ハリーとタナーの共通の友人で、日本文化に惹かれ、大学で米国史を教えるオリヴァー・ウィート(ハーブ・エデルマン)の邸に滞在することになる。ハリーはバー「キルマーハウス」を訪れる。戦後の混乱時に田中英子(岸惠子)と知り合い、子連れの英
子が娼婦にならずに済んだのもハリーの愛情のお蔭だった。実は英子の夫・健が奇跡的に復員し、健は妻と娘が受けた恩義を尊び、二人から遠去かったのだが、ハリーには健と英子は兄妹だと話していた。軍命で日本を去る際にハリーはタナーから金を用意してもらい、バーを英子に与えたのだった。娘・花子(クリスティーナ・コクボ)も今は美しく成長し、ハリーを歓迎する。ハリーは健に会いに京都に向かう。健はヤクザの世界から足を洗い、剣道を教えていた
が、義理を返すために頼みを引き受ける。タナーの娘が監禁されている鎌倉の古寺に忍び入って娘を救出、今度は健の命が東野組に狙われる。ハリーはタナーが東野と手を握り、自分たちを裏切ったことを知る。東野組がウィート邸に殴り込みをかけ、目の前で花子とダスティが殺される。タナーを射殺したハリーは健と共に、賭場を開いている東野邸に殴り込む―。
1974年のシドニー・ポラック監督作で、脚本は、2年後に「
レナード&ポール・シュレイダー兄弟の東映ヤクザ映画への思い入れが感じられる作品です。とりわけレナード・シュレイダーはやくざ世界と任侠道についてきちんとリサーチをした上で原作を書いていていて、シドニー・ポラック監督もシュレイダー兄弟の意向をできるだけ汲んで映画化した模様です。従って、日本を舞台にしたハリウッド映画にありがちな、実態と乖離したへんてこりんなジャポニズムは殆ど見られなかったように思います。日本で米国史を教え、日本の歴史研究にも関心があるというオリヴァー・ウィート(ハーブ・エデルマン)のモデルは、原作者のレナード・シュレイダー自身でしょうか。
シドニー・ポラック監督自身も日本のヤクザ映画を研究したらしく、日本のヤクザ映画でよくみかけるショットなども結構あったように思います(東映のスタッフが制作に関わっている)。菅原文太の「
「
リーが、自分を裏切ったタナーを射殺した後、東野邸に単独で殴り込みをかけようとする田中健に同行するのは、「昭和残侠伝」シリーズにおける池部良の役どころと重なります。日本のヤクザ映画の"道行"のパターンを踏襲しているわけですが、日本人俳優と外国人俳優の組み合わせであってもその形がさほど崩れておらず、目だった違和感がないのは、ロバート・ミッチャムの演技力に負うところも大きいように思いました(岸恵子もほどよくバタ臭いところがあるし...)。
でも、全体としては、やはり高倉健の映画という感じです(高倉健はロバート・ミッチャムの次にクレジットされている)。殴り込みも、"主戦場"で闘っているのは高倉健で、岡田英次演じる敵方のボスを殺った後も、一人で何人
もの相手をしていて、ロバート・ミッチャムは拳銃とライフルで周辺でそれをアシストするのみです。最後は負傷でへたり込んで、ラストの待田京介演じる殺し屋との勝負にも手は出しません。最後に主人公が怒りを
爆発させて暴れまくり、それが観る側にカタルシス効果を生むのはヤクザ映画のお決まりですが、アメリカ人が観たら少しフラストレーションを感じるかも。実際、興行的にはアメリカでは失敗作だったようですが、後にクエンティン・タランティーノなどによって再評価されて自身の作品でオマージュが込めれたり(「キル・ビル」('03年))、ミンク監督、スティーヴン・セガール主演でリメイク作品が作られたりしています(「イントゥ・ザ・サン」('05年))。
「ザ・ヤクザ」●原題:THE YAKUZA●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督・製作:シドニー・ポラック●脚本:ポール・シュレイダー/ロバート・タウン●撮影:岡崎宏三/デューク・キャラハン●音楽:デイヴ・グルーシン(挿入歌:「ONLY THE WIND」作詞:阿久悠)●原作:レナード・シュレイダー●時間:122分●出演:ロバート・ミッチャム/高倉健/ブライアン・キース/ハーブ・エデルマン/リチャード・ジョーダン/岸惠子/岡田英次/ ジェームス繁田/待田京介/クリスティーナ・コクボ/汐路章/郷鍈治/植村謙二郎 /ヒデ夕樹●日本公開:1975/03●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

三雲医院の三雲八春(柳永二郎)は戦争で一人息子を失い、甥の伍助(増田順二)を院長に迎えて戦後再出発してから1年になる。その1周年記念日、伍助院長は看護婦の
瀧さん(岸惠子)らと温泉へ行き、三雲医院は「本日休診」の札を掲げる。八春先生がゆっくり昼寝でもと思った矢先、婆やのお京(長岡輝子)の息子勇作(三國連太郎)が例の発作を起こしたという。勇作は軍隊生活の悪夢に憑かれており、時折いきなり部隊長となって皆に号令、遥拝を命じるため、八春先生は彼の部下になったふりをして
気を鎮めてやらなければならなかった。勇作が落着いたら、今度は警察の松木ポリス(十朱久雄)が大阪から知り合いを頼って上京したばかりで深夜暴漢に襲われ
たあげく持物を奪われた悠子(角梨枝子)という娘を連れて来る。折から18年前帝王切開で母子共八春先生に助けられた湯川三千代(田村秋子)が来て、悠子に同情してその家へ連れて帰る。が、八春先生はそれでも暇にならず、砂礫船の船頭の女房のお産あり、町のヤクザ加吉(鶴田浩二)が指をつめるのに麻酔を打ってくれとやって来たのを懇々と説教もし
てやらねばならず、悠子を襲った暴漢の連
れの女が留置場で仮病を起こし、兵隊服の男(多々良純)が盲腸患者をかつぎ込んで来て手術をしろという。かと思うとまたお産があるという風で、「休診日」は八春先生には大変多忙な一日となる。悠子は三千代の息子・湯川春三(佐田啓二)の世話で会社に勤め、加吉はやくざから足を
洗って恋人のお町(淡島千景)という飲み屋の女と世帯を持とうと考える。しかしお町が金のため成金の蓑島の自由になったときいて、その蓑島を脅
迫に行き、お町はお町で蓑島の子を流産して八春先生の所へ担ぎ込まれる。兵隊服の男は、治療費が払えず窓から逃げ出すし、加吉は再び賭博で挙げられる。お町は一時危うかったがどうやら持ち直す。そんな中、また勇作の集合命令がかかり、その号令で夜空を横切って行く雁に向かって敬礼する八春先生だった―。

主人公の「医は仁術なり」を体現しているかのような八春先生を演じた柳永二郎は、黒澤明監督の「
いました。セット撮影部分は多分に演劇的ですが(
そのことを見越してか、タイトルバックとスチール写真の背景は敢えて書割りにしている)、そうい言えば黒澤明の「
クレジットでは、鶴田浩二(「
この作品を観た人の中には、三國連太郎が演じた「遥拝隊長」こと勇作がやけに印象に残ったという人が多いですが、このキャラクターは
原作「本日休診」にはありません。1950(昭和25)年発表の「遥拝隊長」(新潮文庫『遥拝隊長・本日休診』に所収)の主人公・岡崎悠一を持ってきたものです。彼はある種の戦争後遺症的な精神の病いであるわけですが、原作にはその経緯が書かれているので読んでみるのもいいでしょう。また、映画の終盤で、警察による賭場のガサ入れシーンがありますが、これは「多甚古村」にある"大捕物"を反映させたのではないかと思います。
脚本は、「
この映画のスチール写真で、お町(淡島千景)らが揃って"遥拝"しているものがあり、ラストシーンかと思いましたが、ラストで勇作(三國連太郎)が集合をかけた時、お町は床に臥せており、これはスチールのためのものでしょう(背景も書割りになっている)。こうした実際には無いシーンでスチールを作るのは好きになれないけれど、作品自体は佳作です。その時代でないと作れない作品というのもあるかも。過去5回テレビドラマ化されていて、実際に観たわけではないですが、時が経てば経つほど元の映画を超えるのはなかなか難しくなってくるような気がします(今世紀になってからは一度も映像化されていない)。
「本日休診」●制作年:1939年●監督:渋谷実●脚本:斎藤良輔●撮影:長岡博之●音楽 吉沢博/奥村一●原作:井伏鱒二●時間:97分●出演:柳永二郎/淡島千景/鶴田浩二/角梨枝子/長岡輝子/三國連太郎/田村秋子/佐田啓二/岸恵子/市川紅梅
(市川翠扇)/中村伸郎/十朱久雄/増田順司/望月優子/諸角啓二郎/紅沢葉子/山路義人/水上令子/稲川忠完/多々良純●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★) 


テレビプロデューサーの風松吉(船越英二)は、美しい妻・双葉(山本富士子)がいながら、多くの女と浮気していた。双葉と愛人たちはお互いの存在をそれとなく知っており、"風"が浮気者であるという事も重々承知しているものの、何故か"風"から離れられないでいる。そこで双葉と舞台女優で愛人の市子(岸恵子)との間で"風"を殺す計画が持ち上がる。それは計画を立てることで"風"への鬱憤を晴らすための架空の計画であったが、気の小さい"風"は、愛人たちが自分を殺そうとしていると思い込んで双葉に相談す
る。双葉はあっさり計画を認めた上で、愛人たちを一掃するために、
愛人9人を集めて"風"を糾弾する会を開き、その席上ピストルで"風"を殺したように見せかける狂言殺人を行うことを提案する。計画は成功し、愛人たちは双葉に罪を着せたつもりで逃げ出し、愛人の一人・三輪子(宮城まり子)は後追い自殺までする。"風"を死んだことにするため双葉は"風"
を隠すが、やがてその存在を疎ましく思うようになり、狂言殺人であることを明かして愛人たちから糾弾される。双葉は"風"と離婚し、市子が女優を辞めて"風"を引き受けることになる―。
和田夏十(本名:市川由美子、1920-1983)のオリジナル脚本、市川崑(1915-2008)監督の1961年公開作品。和田夏十は市川昆のパートナーとして「
主演は「野火」の船越英二(1923-2007)で、生き馬の目を抜くようなテレビ業界に身を置き多忙を極めながらも、一方で多くの女性と節操の無い関係を続け、では人生充実しているかというと、いつも何となく浮かない顔しているというそうした男を好演、"風"という名前に、仕事も恋愛も何となく"虚"であって"実"の見えてこない様が込められているように思いました。
「十人の女」の内、"風"の愛人で女優の石ノ下市子(岸恵子)、妻の風双葉(山本富士子)以下、愛人の三輪子(宮城まり子)、四村塩(中村玉緒)、後藤五夜子(岸田今日子)までが有名女優が演じていました。そ
して、9人目の愛人(本妻を含め「十人目の女」)十糸子まで名前に数字が入っていますが、その順番で言うと本妻の双葉(二葉)の前に愛人の市子(一子)が来ているというのがやや捻っていて面白いです。
演技面でも5人とも見せますが(中村玉緒が若い(!)。ついでに伊丹十三も)、中でもやはり岸恵子と山本富士子の"競演"が見所で、この2人の演技は主人公の"風"を演じた(しかもそう悪くない演技をしている)船越英二を喰っているように
思いました。岸恵子と山本富士子でどちらが上かというと、この作品では、スタイルの和洋の違いはありますが("ナンバー1"である)市子を演じた岸恵子の方が勝っていたでしょうか。終盤、市子によって"風"は飼い殺し状態になり、会社にも行けない状態になって生きる目的を失ったようになっていますが、これって市子にとってはどういうメリットがあったのでしょうか。単に復讐なのか、その辺りが個人的にはややもやっとした謎が残りました。

危うく"風"の10人目の愛人、11人目の女となりかかる女性を、前年イタリアの歌手ミーナの曲のカバー曲「月影のナポリ」でデビューして大ヒットし、「NHK紅白歌合戦」初出場を果たした森山加代子が演じていて(この曲はザ・ピーナッツもカバーした。「紅白」では同年ヒットした、これもまたザ・ピーナッツとの競作カバー曲「月影のキューバ」を歌った)、彼女の役柄は新人タレントの「百瀬桃子」。テレビ局の屋上でうっとりと森山加代子演じる桃子が「月」を見ているシーンから、彼女が船越英二の"風"と抱き合うまで、ここだけロマンティックなタッチで描かれているのが何故か印象に残りました(音楽は芥川也寸志)。森山加代子はその後本業の歌手としてもいったん低迷状態になりますが、「
「黒い十人の女」●制作年:1961年●監督:市川崑●製作:永田雅一●脚本:和田夏十●撮影:小林節雄●特撮:築地米三郎●音楽:芥川也寸志●時間:103分●出演:船越英二/岸恵子/山本富士子/宮城まり子/中村
玉緒/岸田今日子/宇野良子/村井千恵子/有明マスミ/紺野ユカ/倉田マユミ/永井智雄/
中村玉緒/





フジテレビ・ゴールデンシアター特別企画「黒い十人の女」 2002年9月21日(全1回) 監督:市川昆 オリジナル・シナリオ:和田夏十/神山由美子
出演: 小林薫/鈴木京香/浅野ゆう子/小泉今日子/深田恭子/小島聖/木村多江/松尾れい子/冨樫真/唯野未歩子/一戸奈未
読売テレビ・日本テレビ系 新木曜ドラマ「黒い十人の女」 2016年9月29日~(全10回)
演出:渡部亮平/瑠東東一郎/山本大輔/豊島圭介 脚本:バカリズム 原作:和田夏十



「たそがれ清兵衛」は2002年に山田洋次監督によって映画化され、同監督初の時代劇でしたが、第76回キネマ旬報ベスト・テンの第1位に選ばれるなど多くの賞を受賞しました(「毎日映画コンクール 日本映画大賞」「ブルーリボン賞 作品賞」「報知映画賞 作品賞」「山路ふみ子映画賞」「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」など作品賞を総嘗めした)。
清兵衛と朋江の相互の切ない想いの描き方は感動的でしたが、原作はもっと軽い感じだったという印象。但し、意図せずに上意討ちの討ち手に選ばれてしまうというのは原作通りで、真田広之と田中泯の殺陣シーンはなかなかリアリティがありました。こうした、テレビ時代劇などにある従来のお決まりの殺陣シーンとは違った演出ばかりでなく、時代考証も細部に行き届いているようで、山田洋次監督の初時代劇作品への意気込みが感じられ、真田広之、宮沢りえの演技も悪くなかったです(真田広之、宮沢りえそれぞれ日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞・女優賞を受賞。映画デビュー作の田中泯は最優秀助演男優賞、新人俳優賞のW受賞)。
でも、恋愛を描いたことで、完全に原作とは別物の作品になった印象もありました。話の枠組みを岸恵子(壮齢となった清兵衛の娘)の語りにする必要もなかったし(岸恵子は「男はつらいよ 私の寅さん」('73年/松竹)以来の山田洋次監督作品への出演)、その語りによるエピローグで清兵衛を戊辰戦争で死なせる必要も無かった―更に言えば、どうせここまで改変するならば、2人を結婚させず悲恋物語にしても良かったように思います。
「たそがれ清兵衛」●制作年:2002年●製作:大谷信義/萩原敏雄/岡素之/宮川
人助八」●時間:129分●出演:真田広之/宮沢りえ/田中泯/小林稔侍/大杉漣/吹越満/深浦加奈子/神戸浩/伊藤未希/橋口恵莉奈/草村礼子/嵐圭史/岸惠子/中村梅雀/赤塚真人/佐藤正宏/桜井センリ/北山雅康/尾美としのり/中村信二郎/丹波哲郎
/佐藤正宏/水野貴以●劇場公開:2002/11●配給:松竹(評価★★★☆)
[右写真]小林稔侍/宮沢りえ/山田洋次監督/真田広之/丹波哲郎