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「●心理学」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(アンジェラ・ダックワース)

「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」。それは「才能」よりも重要だ」と。

やり抜く力 GRIT .jpgやり抜く力 GRIT.jpg  ダックワース.jpg
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』['16年] アンジェラ・ダックワース
 2016年5月原著(原題:GRIT:The Power of Passion and Perseverance)刊行の本書は、米国で大きな話題を呼び(ただし、著者はその前に、彼女がマッカーサー賞(別名「天才賞」)を受賞した年である2013年の4月のTED Talkで有名になっていた)、ほどなく日本でも翻訳が刊行されました。大きな成果を出すには必ずしも才能に恵まれている必要はなく、大切なのは、優れた資質よりも「情熱」と「粘り強さ」―即ち「グリット(GRIT)」=「やり抜く力」である(言い換えれば、天才とはグリットを持った人、即ち「やり抜く力」を持った人が天才と呼ばれるにふさわしい人である)ということを心理学の観点から多角的に検証したものです。

 PART1では、「やり抜く力(グリット)」とは何か、なぜそれが重要なのかを述べています。まず、著者が大学院生のときに取り組んだ研究で、成功を収めた人たちに共通する特徴は、情熱と粘り強さを併せ持っていたことで、つまり「やり抜く力」とは「情熱」と「粘り強さ」を併せ持っていることだとしています(第1章)。著者は数学の教師をしていたときに、才能だけでは結果を出すことはできないということに気づき(第2章)、教師をやめて心理学者になり「達成の心理学」について研究した結果、「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」という才能から達成に至るまでの方程式を導き出しました(第3章)。そして作成した、「やり抜く力」がどれだけあるか―「情熱」と「粘り強さ」がわかるグリッド・スケールというテストを紹介するとともに(第4章)、「やり抜く力」は①興味、②練習、③目的、④希望の4つのステップを通して伸ばせるとしています(第5章)。

 PART2では、「やり抜く力」を内側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。人は自分のやっていることを心から楽しんでこそ「情熱」が生まれ、情熱を持つためにはまず、自分が「興味」があることを見つけなければならず、興味は自分の内側を見つめることによって発見するものではなく、外の世界と交流するなかで生まれてくるとし、興味を持つための「3つのポイント」をを挙げています(第6章)。

 また、「粘り強さ」の特徴のひとつとして、日々の努力を怠らないことがあり、成功者はすでに卓越した技術や知識を身につけているにもかかわらず、さらに上を目指したいという強い意欲を持っているとし、認知心理学者のアンダース・エリクソンが世界で活躍するエキスパートたちのスキルの習得方法を研究した結果、エキスパートたちはただ何千時間もの練習を積み重ねているだけではなく、「意図的な練習」(目的を持った「練習」)をしていたとして、エキスパートたちの練習の「3つの流れ」で挙げています(第7章)。

 次に、「やり抜く力」が強い人たちは、自分たちがやっていることは「人の役に立っている」と考え、つまり自分たちがしていることに「目的」を持っているとし、他の人びとの役に立つという目的を持っていれば挫折や失望や苦しみを乗り越えることができるとして、目的を育む「3つの提案」をしています(第8章)。

 さらに、私たちの心のなかには、「固定思考」と「成長思考」があり、「固定思考」とは、人はスキルを習得することはできるが、スキルを習得するための能力、すなわち「才能」は、鍛えても伸ばせるものではないと考える思考であり、「成長思考」とは、「やればできる」と信じて一生懸命努力すれば、自分の能力をもっと伸ばすことは可能だと考える思考であって、「やり抜く力」を強くするためには、「人間は何でもやればうまくなる」「人は成長する」という「成長思考」(「希望」)を持つことが大切であるとしています(第9章)。

 PART3では、「やり抜く力」を外側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。「やり抜く力」を伸ばす方法を、子育てにおける例を挙げ(第10章)、「課外活動」は絶対にすべしとしています(第11章)。さらに自分ひとりで伸ばしていくことは大変なことであり、「やり抜く力」を伸ばすためには、まわりの人たちの力を得ることが効果的であって、「やり抜く力」が強い人たちは、人生のなかで「自信」と「支援」を与えてくれる人に出会っているとし(第12章)、「やり抜く力」が強いほど人生の「幸福感」も強いとしています(第13章)。

 結論的に言うと、「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」の2要素から成り、「情熱」とは、自分の最も重要な目標に対して、興味を持ち続け、ひたむきに取り組むこと、「粘り強さ」とは、困難や挫折を味わっても諦めずに努力し続けることであり、人々がそれぞれの分野で成功し、偉業を達成するには、「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることを科学的に究明した本ということになります。自分にとって勇気づけられる本であるとともに、人を育てるということについても示唆に富む本であり、お薦めします。

《読書会》
■2024年10月07日 第77回「人事の名著を読む会」アンジェラ・ダックワース『やり抜く力 GRIT(グリット)』
(読書会後の懇親会)
アンジェラ・ダックワース『やり抜く力 GRIT.jpg

《読書MEMO》
●「興味」興味を持つための「3つのポイント」
・興味を持ったことを実際に試してみる
・興味を持ち続けるために、さらに興味が湧くような経験をする
・興味を持ち続けるために、親、教師、コーチ、仲間など周囲の励ましや応援を得る
●「練習」エキスパートたちは次の「3つの流れ」で練習する
1.ある一点に的を絞って、ストレッチ目標(高めの目標)を設定する
2.しっかりと集中して努力を惜しまずに、ストレッチ目標の達成を目指す
3.改善すべき点がわかったあとは、うまくできるまで何度でも繰り返し練習する
●目的を育む「3つの提案」
提案1:いまの自分のやっていることが、社会にとってどのように役立つかを考えてみる
提案2:自分にとって大切な価値観につながるように、ささやかな変化を起こしてみる
提案3:生き方の手本となる人物(ロールモデル)からインスピレーションをもらう

●目次
[PART1]「やり抜く力(グリット)」とは何か? なぜそれが重要なのか?
第1章:「やり抜く力」の秘密―なぜ、彼らはそこまでがんばれるのか?
第2章:「才能」では成功できない―「成功する者」と「失敗する者」を分けるもの
第3章:努力と才能の「達成の方程式」―一流の人がしている当たり前のこと
第4章:あなたには「やり抜く力」がどれだけあるか? ―「情熱」と「粘り強さ」がわかるテスト
第5章:「やり抜く力」は伸ばせる―自分をつくる「遺伝子と経験のミックス」
[PART2]「やり抜く力」を内側から伸ばす
第6章:「興味」を結びつける―情熱を抱き、没頭する技術
第7章:成功する「練習」の法則―やってもムダな方法、やっただけ成果の出る方法
第8章:「目的」を見出す―鉄人は必ず「他者」を目的にする
第9章:この「希望」が背中を押す―「もう一度立ち上がれる」考え方をつくる
[PART3]「やり抜く力」を外側から伸ばす
第10章:「やり抜く力」を伸ばす効果的な方法―科学では「賢明な子育て」の答えは出ている
第11章:「課外活動」を絶対にすべし―「1年以上継続」と「進歩経験」の衝撃的な効果
第12章:まわりに「やり抜く力」を伸ばしてもらう―人が大きく変わる「もっとも確実な条件」
第13章:最後に―人生のマラソンで真に成功する

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なぜ辞める? 若手社員のワーク・エンゲージメントに必要な「キャリア安全性」。

『ゆるい職場』2.jpg『ゆるい職場』.jpg
ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由 (中公新書ラクレ 781) 』['22年]

 本書によれば、2010年代後半からの法改革などにより、日本企業の労働環境は「働きやすい」ものへと変わりつつある一方で、若手社員の離職率はむしろ上がっているとのことです。本書は、若者はなぜ「働きやすい会社」を辞めてしまうのか、企業や日本社会が抱えるこの課題と解決策について、データと実例を示しながら解説したものです。

 第1章、第2章では、職場環境改善のための法整備などによって、負荷も高くなく、叱られることもない、居心地のいい職場、いわば「ゆるい職場」が登場したが、若年層の会社への意識や退職に関するデータを分析した結果、会社のことは好きだが、キャリアが不安で辞めるという、つまり「職場がゆるくて辞める」という若者が増えていることが明らかになったとしています。

 第3章では、最近の若者たちの変化を分析し、仕事志向かプライベート志向かといった志向性が多様化しているとのこと、さらに入社前の社会的経験の量の差により"大人化"している若者とそうでない若者がいて、前者は入社後も活躍するが離職率が高く、後者は、辞めないが成長できにくくなっている傾向があるとしています。

 第4章では、若者のキャリア観の中には、「ありのままの自分でいたい」という意識と、「何者かになりたい」というそれとは矛盾する意識があり、両者の間にある無数のグラデーションの中で、自分の最適解を見つけるために情報過多に陥っているのではないかとしています。その上で、情報だけ多くても展望は開けず、行動することが自律的キャリアをつくるとし、「小さな行動」(スモールステップ)というものを起こすことを提唱しています。

 第5章では、これからの若者と職場の関係について考察し、「人材の囲い込み」的なリテンション施策に疑念を呈し、社外活動の効用を説くとともに、若者側の新しいキャリアチェンジ方法として、A社からB社へすぱっと「転職」するのではなく、現在の所属組織に対するコミットメント比率を下げて別の活動にコミットし、その後にコミットの割合を移す、「コミットメントシフト」とでも呼ぶべきものを提唱し、そのメリットを説いています。

 第6章では、「ゆるい職場」時代の2つの難問を論じています。1つは、人間関係の負荷を上げずに質的負荷を上げるにはどうすればよいか、もう1つは、自律的でパフォーマンスの高い若者ほど辞めていくのにはどう対処すればよいかということです。前者については、若手のみのチームを作るなど、横の関係で育てることを、後者については、社内・職場内だけでなく「外側の世界」を経験させることなどを提唱しています。

 第7章では、社会人生活の助走としての学校生活の在り方に言及し、学校を変えなくては優秀な若者は採用できないとしています。第8章では、ゆるい職場とこれからの日本の関係について考察し、これまでは大企業が若手人材を育てていたが、ジョブ型雇用が進んだ場合に今後直面する課題として、「誰が若手を育てるのか」問題があるとしています。

 若者たちは「不満」により会社を辞めるのではなく、「不安」により会社を辞めるのだという指摘は興味深いものでした。「心理的安全性」が高い企業ほど、優秀な若手の社員の早期離職率が高くなる"皮肉"ととれなくもないですが、むしろ、その職場で働いていて、自分のキャリアの選択権を持ち続けられるかという「キャリア安全性」が、心理的安全性と同様に若手社員のワーク・エンゲージメントに影響を与えるというように捉えるべきなのでしょう。

 個人的には、最近読んだ浜田敬子氏の『男性中心企業の終焉』('22年/文春新書)で、多くの企業が女性社員を対象に導入した両立支援施策が逆に女性にマミートラックと呼ばれる道を歩ませ、性別役割分業を固定化させたという指摘を思い出しました。「両立支援」だけでもダメ(均等待遇促進が必要)、「心理的安全性」だけでもダメ
(「キャリア安全性」が必要)、結構難しいです。

《読書会》
■2024年03月07日 第70回「人事の名著を読む会」古屋 星斗 『ゆるい職場』
(読書会後の懇親会)
人事第70回.jpg

《読書MEMO》
●目次
はじめに――若者はなぜ会社を辞めるのか。古くて、全く新しい問題
第一章 注目すべきは「若者のゆるさ」ではなく「ゆるい職場」
1 若者の早期離職状況 
日本の若者就労の特徴/3割の退職者/大手企業だけが上がっている
2 これだけ変わった日本の職場運営ルール
「職場運営法」改革/すべてはブラック企業批判から始まった/若者が求める職場環境の条件/日本の職場を変えた3本の法律/ほかにもある職場運営法改革/後押しするマーケット/「ゆるい職場」の登場
第二章 若者はなぜ会社を辞めるのか
1 グレートリセットされた日本の職場
不可逆的な変化/新卒社員の労働時間/負荷の低下/叱責されたことがない/職場環境の好転/リアリティショックの縮小
2 好きなのになぜ辞めるのか
高まる若者の不安/転職できなくなるんじゃないか
3 若者の「不安」の正体
なぜ職場環境が良くなっているのに不安なのか/不満型転職から不安型転職へ/不安をどうマネジメントするか/ロールモデルになりえない上司・先輩/世界でも起こる若者と職場の関係変化
第三章 「ゆるい職場」時代の若者たち
1 二層化する若者
「最近の若者」論の限界/コスパ志向/異なる2つの姿勢
2 "白紙"でなくなる新入社員たち
入社時点ですでに違う/学生時代の活動/社会的経験の量/世代間での大きな差/「社会的経験」がもたらすもの/「不安」を感じる新入社員/新入社員の"大人化"
3 「過去の育て方が通用しない」を科学する
10年前の新卒社員と比べる/2016年卒という転機/難問の浮上
第四章 「ありのままで」、でも「なにものか」になりたい。入社後の若者に起こること
1 "優秀な若者"の研究
若者の悩みと希望/矛盾する2つのキャリア観/情報だけが多くても展望は開けない/行動がキャリアをつくる/4つの実像
2 スモールステップで動き出す若者たち
育成の主語の転換/小さな行動から始める/スモールステップの特徴/アクションと性質/実践5要素/ゆるい職場とスモールステップ
第五章 若者と職場の新たな関係
1 定着させることが本当の目的なのか
離れ小島に囲い込む/社外活動の効用/転職がなくなるとき
2 「コミットメントシフト」がもたらす新しい関係
関係社員を増やす/新しい関係の成立/ハイパー・メンバーシップ型
第六章 若手育成最大の難問への対処
1「ゆるい職場」時代の解決不能な問題
2つの難問/成長した若手ほど辞める
2 第一の難問に対処する
いかに関係負荷なくストレッチな仕事をさせるか/横の関係で育てる
3 第二の難問に対処する
自律的でパフォーマンスの高い若者/仕事外の新たな使い方/社内・職場内の「外側の世界」/開示しやすい空気/不安をマネジメントする
第七章 助走としての学校生活
1 若者を育てるスタートライン
学校を変えなくては優秀な若者は採用できない/動機なき学校選択
2 学びの動機はどうつくられるか
外側にしか学校生活の動機は存在しない/学びの選択が自由な国
第八章 ゆるい職場と新しい日本
1 キャリア選択が世界一自由な国をつくる
自由の二重奏/行動と動機の好循環を巻き起こす/企業の新しいメンバーシップ/余白を活かすキャリアづくり/あらゆる経験が活きる
2 日本が今後直面する課題「誰が若手を育てるのか」問題/自律なき自由/はびこるパターナリズム/遅い選択の問題
おわりに

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資産を減らすという真逆の発想はユニーク。批判もあるが、啓発的。

DIE WITH ZERO.jpgDIE WITH ZERO2020.jpg DIE WITH ZERO2.jpg Bill Perkins.jpg Bill Perkins
DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』['20年] 『Die with Zero: Getting All You Can from Your Money and Your Life』['20年]

DIE WITH ZERO  .jpg 本書タイトルが示すところは「ゼロで死ね」、つまり「死ぬ時までにお金はすべて使いきってしまおう」ということで、人生を豊かにするためにお金を使い切るという考え方を、9つのルールにして提案しています。版元の口上も「お金の"貯め方"ではなく"使い切り方"に焦点を当てた、これまでにない"お金の教科書"」とのことで、確かにその点ではユニークであり、アメリカではベストセラーになったようです。

 ルール1は、「"今しかできないこと"に投資する」こと。今しかできないことに金を使うべきで、金を無駄にするのを恐れて機会を逃すのはナンセンスだとしています。人生の充実度を高めるのは、"そのときどきにふさわしい経験"であり、節約ばかりしていると、その時にしかできない経験をするチャンスを失うとしています

 ルール2は、「一刻も早く経験に金を使う」こと。人生で一番大切な仕事は「思い出づくり」であり、思い出を通して人生の出来事を再体験でき、「思い出の配当」はバカにはできず、年齢を重ねるごとに多くのリターンが得られるとしています。

 ルール3は、「ゼロで死ぬ」こと。莫大な時間を費やして働いても、稼いだ金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになるし、仕事に情熱を捧げる人であっても、稼いだ金を使うことをおろそかにすべきではないとしています。

 ルール4は、「人生最後の日を意識する」こと。人は死が迫ってこないと、合理的な判断ができないが、人生の残り時間を意識することは、現在の行動に大きな影響を与えるはずだとしています。

 ルール5「子どもには死ぬ「前」に与える」こと。死んでから与えるのは遅すぎ、死ぬ「前」に財産を与えるべきであるとしています。なぜならば、一般的に相続人の相続時の年齢は「60歳前後」であるのに対し、金の価値を最大化できる年齢は「26~35歳」であるから。親が財産を分け与えるのは、子どもが26~35歳のときが最善としています。

 ルール6「年齢にあわせて"金、健康、時間"を最適化する」こと。資質と貯蓄のバランスを最適化し、経験から価値を引き出しやすい年代に、貯蓄を抑えて金を多めに使うことを推奨し、「金」「健康」「時間」のバランスが人生の満足度を高めるとしています。また、若い頃に健康に投資した人ほど得をするとも述べています。

 ルール7は、「やりたいことの"賞味期限"を意識する」こと。どんな経験でも、いつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくるものであり、もうじき失われてしまう何かについて考えると、人生の幸福度は高まることがあると。つまり、人生の終わりを意識すると、その時間を最大限に活用しようとすう意欲が高まるとしています。

 ルール8は、「45~60歳に資産を取り崩し始める」こと。老後のために過度に貯蓄するのではなく、金をもっと早い段階で有効に活用することを計画すべきだとしています。

 ルール9は、「大胆にリスクを取る」こと。失うものが極めて小さく、メリットが極めて大きい場合、大胆な行動をとらないほうがリスクになるとしています。

 資産を増やすことばかり励んでいる人が多い中で、資産を減らすという真逆の発想はユニークで、そのバックに、金ではなく人生の価値を最大化するためにはどうすればようかという発想があるのが共感できました。

 本書でも紹介されている『Your Money or Your Life: 9 Steps to Transforming Your Relationship with Money and Achieving Financial Independence』(邦訳『お金か人生か―給料がなくても豊かになれる9ステップ』('21年/ダイヤモンド社))で提唱された「FIRE」(Financial Independence, Retire Early movement、経済的自立と早期退職を目標とするライフスタイル)という考え方とも重なる部分があるように思いました。

 ただし、「FIRE」とは、経済的に独立して、早期に引退することであり、そのために収入増や支出減を模索しながら、意図的に貯蓄率を最大化することであって(その目的は、FIRE達成後の生涯の支出を賄うのに十分な不労所得を得ること)、一定年齢までに充分な貯蓄を得ることが前提条件になるのでないでしょうか。

 そう考えると、著者はトレーダーとして成功を収めたからこそ言える部分もあるのではないかという気もしなくはないです。40代とか50代といったら、子どもの教育費などで結構お金が必要な時期であるし、今の日本だと、子どもがいない人でも、非正規雇用のまま中年期を迎え(そのために子どもを持てなかったというのもあるかも)生活が楽ではない人も結構いるのでは。

 そうした現実問題はオミットされているため、この本には、自己中心的だという批判的な評価もあるようです。ただ、時間とお金の使い方を再考し、より豊かな人生を送るためのフレームワークを提供している点では啓発的であり、評価していいと思います(読んだ直後の評価は★★★★だったが、時間が経つにつれて日常生活で本書の趣旨について考えさせれる局面がしばしばあり、★★★★☆に評価を修正した)。

《読書会》
■2023年06月09日 第60回「人事の名著を読む会」ビル・パーキンス 『DIE WITH ZERO』
(読書会後の懇親会)
『DIE WITH ZERO』懇親会.jpg


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ギバー(与える人)こそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説く。

GIVE & TAKE2.jpgGIVE & TAKE.jpg アダム・グラント.jpg アダム・グラント
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』['14年]

 組織心理学者による本書では、人間の思考と行動を「ギバー(人に惜しみなく与える人)」「テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)」「マッチャー(損得のバランスを考える人)」の三類型に分け、それぞれの特徴と可能性を分析し、ギバーこそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説いています。

 パート1では、ギバーは「ギブ・アンド・テイク」の関係を相手の利益になるようもっていき、受け取る以上に与えようとし、テイカーが自分を中心に考えるのに対し、ギバーは他人を中心に考え、相手が何を求めているかに注意を払うとしています。そして、多くの人々が、ギバーとして人間関係や評判を築いたサービス提供者を重視するようになっているとしています。

 パート2では、テイカーは自分のことで頭がいっぱいなので、三人称の代名詞(私たち)より一人称の代名詞(私)を使うことが多く、調査によれば、たいていの人は、フェイスブックのプロフィールを見ただけでテイカーかどうかを見分けることができるというとのことです。また、ギバーの1つ目の才能として、「ゆるいつながり」の人脈づくりを挙げ、強いつながりは「絆」を生み出すが、弱いつながりは「橋渡し」として役立つとしています。

 パート3では、テイカーは自分がほかの人より優れていると考え、他人に頼りすぎると、守りが甘くなってライバルに潰されてしまうと思いがちだが、ギバーは、競り合うことを弱さだとは考えず、それは強さの源であり、多くの人々のスキルをより大きな利益のために活用する手段であるとしています。また、ギバーの2つ目の才能として、自分だけでなくグループ全体が得をするように、パイ(総額)を大きくすることを挙げ、ギバーはグループに貢献するので皆から感謝されるとしています。

 パート4では、ギバーは同僚や会社を守ることを第一に考えるので、進んで自らの失敗を認め、柔軟に意思決定しようとし、長い目で見てよりよい選択をするためなら、さしあたって自分のプライドや評判が打撃を受けてもかまわないとするとしています。そして、ギバーの3つ目の才能として、テイカーが、自分こそが一番賢い人間になろうと躍起になるのに対し、ギバーは、たとえ自分の信念が脅かされようと、他人の専門知識を受け入れ、その結果、部下の可能性を掘り出し、精鋭たちを育てるということを挙げています。

 パート5では、テイカーは強気な話し方をする傾向があり、独断的であるのに対し、ギバーはもっとゆるい話し方をする傾向があり、控えめな言葉を使って話すとしています。また、ギバーの4つ目の才能として、「強いリーダーシップ」を発揮するのではなく、知らずしらずのうちに相手の心をつかむ質問力や説得術により、相手に対して「影響力」を及ぼすことが挙げられるとしています。

 パート6では、ギバーが成功するために気をつけなければならないこととして、困っている人をうまく助けてやれないときに、燃え尽きてしまうことがあるが、他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはなくなるとしています。

 パート7では、「いい人」であるだけでは絶対に成功はできないとし、気づかいが報われる人と人に利用されるだけの人の違いを説いています。ここでは、ギバーが陥りやすい三つの罠として、信用しすぎること、相手に共感しすぎること、臆病になりすぎることを挙げ、それらに陥らないためにはどうすればよいかを述べています。

 パート8では、人間が「お互いを助ける」のはなぜかを考察し、それは、困っている相手に自己意識を同化させ、相手のなかに自分自身を見出すからだとし、つまり、実際には自分自身を助けていることになるとしています。そして、最初に人々の行動を変えれば、信念も後からついてくるとしています。

 パート9では、多くの人がギバーとしての価値観を持っているのに仕事ではそれを表に出したがらないが、ほんの少しでもギバーになれば、もっと大きな成功や豊かな人生、より鮮やかな時間が手に入ること示唆して、本書を締め括っています。

 監訳者の楠木建氏も書いていますが、本書を読んだ第一の印象は「情けは人のためならず」ということでしょうか。しかし、楠木氏は、本書は凡百の「自己啓発書」ではなく、行動科学の理論と実証研究に裏打ちされている点で、個人的な経験や思いつきで書かれた自己啓発のビジネス書とは一線を画しているとしています。

 人事パーソンの視点で見れば、職場にこうしたギバーが増えていくことが望ましいということになるかと思います。また、もし、あるチームが効果的に機能しているとすれば、それは特定のギバーに負っている面があったりもする可能性もあり、そうしたギバーが燃え尽きてしまうことがないような配慮も必要になってくるかと思います。その意味で、組織論的な観点からも多くの示唆に富む本であると思います。

TED Talks. 「与える人」と「奪う人」 ― あなたはどっち?
TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg

2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」2.jpg2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg(●アダム・グラントは「TEDトーク」で「人当たりの良いギバー」と「人当たりの悪いテイカ―」はすぐ分かるが、「人当たりの良いテイカ―」と「人当たりの悪いギバー」は見分けを誤ることがあると注意を促してる。「人当たりの悪いギバー」の例として「Dr.HOUSE」でヒュー・ローリーが演じたグレゴリー・ハウス医師を挙げているのが個人的には分かりやすかった。有能だが不愛想でいつも不機嫌に「Dr.HOUSE」2004.jpg「Dr.HOUSE」ヒュー・ローリー.jpgしているため組織の上の方からも疎んじられているが、実は部下にとって自身の成長を促してくれる存在であるということだ。キャラクター的にはシャーロック・ホームズをモデルにしていることが知られ、日本では「US版ブラック・ジャック」というキャッチコピーが付けられていた。)

「Dr.HOUSE」 House (FOX 2004/11~2012) ○日本での放映チャネル:FOXライフHD(2005)→FOXチャンネル(2006-)

《読書会》
■2021年04月16日 第34回「人事の名著を読む会」アダム・グラント 『GIVE & TAKE』
『GIVE & TAKE dokusyokai.jpg『GIVE & TAKE dokusyokai2.jpg


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フリーエージェントになった人が読んで、フリーエージェントになって良かったと思える本。

フリーエージェント社会の到来 kyu.jpg  フリーエージェント社会の到来  sin.jpg フリーエージェント社会の到来7.jpg
フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか』['02年]『フリーエージェント社会の到来 新装版---組織に雇われない新しい働き方』['14年]

フリーエージェント社会の到来 旧版.JPGFree Agent.JPG 本書は、米国クリントン政権下で労働長官の補佐官、ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた著者が、その後、ホワイトハウスを出て(自らが"フリーエージェント"となって退路を断って)1年間にわたり全米をヒアリング調査して纏めた現代社会論であり、高度成長期に王道とされた「大企業に所属する」という働き方を捨て、組織に頼ることなく、自分の知恵を頼りに独立して働く"フリーエージェント"が増えている実態を明らかにしています(2001年原著刊行)。

 第Ⅰ部では、企業に所属して働く「組織人間(オーガニゼーション・マン)」の時代は終わり、フリーエージェント時代が幕を開けたとしています(第1章)。フリーエージェントにはフリーランス、臨時社員、ミニ起業家の3タイプがあり、本書が書かれた時点で既に全米の労働人口の4人に1人にあたる3,300万人の人たちがフリーエージェントとして働いているとし(第2章)、今後も、コンピュータが安価になり携帯型端末が普及したおかげで、誰もがどこにいても働ける「デジタル・マルクス主義」が拡がるとしています(第3章)。

 第Ⅱ部では、働き方の新たな常識を問うています。フリーエージェントにとって重要なのは安定より自由であり(第4章)、フリーエージェントたちは、自分の人的資源を1つの会社に全てつぎ込むのではなく、仕事のポートフォリオと分散投資を考えるとしています(第5章)。また、フリーエージェントによって、午前九時から午後五時までの八時間労働は、臨機応変な労働時間に取って変わられ、フリーエージェントは、労働時間をそれぞれの志向に合わせて分配するとしています(第6章)。

 第Ⅲ部では、誰もが組織に縛られない生き方ができるとしています。フリーエージェントたちは、孤独に耐えるのではなく、人との新しい結びつき方を見出し(第7章)、利他主義によって互いに恩恵を受けることができるとしています(第8章)。巷にはオフィスに代わる「サードプレイス(第3の場所)」が生まれており(第9章)、フリーエージェントに役立つ仲介業者やエージェント、コーチなどの新ビジネスも盛んになっているため(第10章)、フリーエージェントたちは、仕事と家庭のバランスを取りながら、「自分サイズ」のライフスタイルをみつけることが可能になってきているとしています(第11章)。

 第Ⅳ部では、フリーエージェントを妨げる制度や習慣は変わるかを考察しています。確かに医療保険や税制面などでフリーエージェントが不利を被ることはあり、そうした 古い制度と現実のギャップはまだ大きく(第12章)、薄給で退屈な仕事をし将来の保証もない「テンプ・スレーブ」と呼ばれる臨時社員の惨状はマスコミなどでも報じられているものの、最近では、そうした労働者の間でも自発的な新しい労働運動の始まりが見られるとしています(第13章)。

 第Ⅴ部では、未来の社会はどう変わるのかを考察しています。著者によれば、 「定年退職」という概念は既に過去のものになっており(第14章)、教育はテイラーメードできるようになり(第15章)、生活空間と仕事場は緩やかに融合していくだろうと(第16章)。更に、個人が株式を発行する時代が訪れ(第17章)、ジャスト・イン・タイム政治が始まって(第18章)、このようにフリーエージェントで未来は大きく変わるだろうとしています(19章)。

 本書は、副大統領の首席スピーチライターとして多忙を極めていた著者が、過労のため、ホワイトハウス内の飾り瓶(デンマーク女王からの贈り物)の中に延々と嘔吐し、離職を決意したというエピソードから始まります。著者はその後、本書の他に『ハイ・コンセプト』(三笠書房)や『モチベーション3.0』(講談社)などの自己啓発色の強い著作を発表し、実際フリーエージェントとして単に成功しただけでなく、世界的に注目される存在となっていますが、スピーチ原稿の達人は、自己啓発書の達人でもあり、プレゼンの達人でもあるのだなあと思いました。

 そうしたことを踏まえ本書を読むと、本書の中にも多分に著者が仕掛けた啓発的要素があるかと思われますが、基本的には本書は、統計データやフリーエージェントとして働く人への取材などをもとに書かれていて、また、フリーエージェントとなることを闇雲に推奨するわけではなく、フリーエージェントの危険性もしっかり指摘しています。

 解説の玄田有史氏も指摘しているように、日本の労働社会の仕組みやルールは「正社員」を前提に作られており、今後そうした(低賃金の非正規雇用という意味ではなく)豊かな職業人生に繋がるプラスの意味でのフリーエージェントとしての働き方がどの程度拡がっていくか未知数の部分も多いかと思います。

 しかしながら、日本でも最近は"ノマドワーカー"などといった新しいワーキングスタイルが注目されていたりもし、また、本書では、リタイア年齢を過ぎてもインターネットを駆使してフリーエージェントとして働くことを「eリタイヤ」と呼んでいますが、こうした働き方は、高年齢者の働き方の選択肢の1つとして、日本でも現実的なものとなってきているようにも思います。

 アメリカで起きたことの全てがそのまま日本でも起きるとは限りませんが、アメリカで見られたことの多くがその後何年かして日本でも見られるようになるというのは傾向としてあることであり、本書は、初版から10年以上経過した今改めて読んでみても、今後の日本人の働き方や生き方を考えるうえで多くの示唆に富んでいるように思いました(そうしたこともあってか、2014年にソフトカバー新装版が刊行された)。

 自らの実感も含めて率直に言えば、フリーエージェントになって何年か経った人が読んで、フリーエージェントになって本当に良かったと思える本ではないでしょうか。企業内で人事に携わる人にとっても、人事パーソンとして掴んでおきたい今後の人々の働き方のトレンドを示した本であると言えますが、これ読んで、読んだ人自身がフリーエージェント志向になっても全然不思議ではない本でもあります。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 

《読書会》
■2019年09月17日 第29回「人事の名著を読む会」ダニエル・ピンク 『フリーエージェント社会の到来』

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モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱。今読んでも示唆に富む名著。

The Human Side Of Enterprise Douglas McGregor.jpg1新版 企業の人間的側面.jpg.png              ダグラス・マクレガー.png
企業の人間的側面―統合と自己統制による経営』['70年] ダグラス・マクレガー
The Human Side of Enterprise, Annotated Edition McGraw-Hill; 1版 (2005)

McGregor, Theory x and Theory y.jpg 1960年にアメリカの心理学者ダグラス・マクレガー(またはマグレガー、Douglas McGregor、1906-1964)が、発表した著書で(原題:The Human Side Of Enterprise)、モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱したことで知られています。

 マクレガーの言う「X理論」とは、「普通の人間は生来仕事が嫌いで、できれば仕事はしたくないと思っている」「仕事が嫌いだから、強制・統制・命令されたり、処罰や脅しを受けなければ働かない」「普通の人間は命令される方が楽で、責任はとらずに済む方がよく、野心はもたず、安全を望む」という人間観に根ざすもので、この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰するといった、「アメとムチ」による経営手法となります。

 これに対し「Y理論」とは、「人間は生まれつき仕事をすることをいとわない。仕事は条件次第で満足の源になる」「進んで働きたいと思う人間には統制や命令は役にたたない」「進んで働く人間は責任も積極的にとるし、創意工夫をして問題を解決する」という人間観に根ざすものであり、この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となります。
 
02 企業の人間的側面.jpg 第1部「経営に関する理論的考察」では、まず、伝統的な科学的管理法に基づく「権限による人の統制」に対する批判が続きますが、こうした命令系統による人の動かし方を、彼は「X理論」によるものであるとしています。これまでの経営者や管理職は、従業員に対して「権限に基づく適切な命令」を与えることが自らの重要な職務であると考えてきた経緯があり、その根底には、よく働く従業員には報酬を与え、怠ける従業員には罰則を与えることで、従業員の労働意欲を高め、仕事へのモチベーションを維持することが出来るという「X理論」の見解があると―。従業員を積極的に働かせて生産性と効率性を高めるには、道具的条件付け的な報酬と罰則の強化子(刺激)が必要であると考えられてきたということです。

 しかし、マズローの欲求階層説に基づけば、低次元の欲求(生理的欲求や安全の欲求)が十分に満たされた現在(1960年当時)、高次元の欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を考慮した理論が求められているのであり、上司から部下への命令統制や企業の階層関係における権限の行使によって、従業員の労働意欲を高め生産効率性を上昇させようとする「X理論」には自ずと限界があり、「通常業務を効率的に処理する」議論から抜け出す必要があるとし、そうした意味で、「人間的側面」を取り込んで、しかも科学的な経営理論を確立することが時代的要請としてあり、それを形にしたものが、彼が提唱する「Y理論」であったわけです。

 先にも述べたように、「人間は本来、怠け者ではなく働き者であり、旺盛な知的好奇心と自己実現欲求を持つので、やりがいのある職場環境(人間関係)と達成目標さえ与えられれば積極的に働く」というのが「Y理論」の考え方であり、マクレガーは、これからの経営理論(組織論・人事管理・企業運営)では、外部から強制的な命令を下して「統制による管理」を行う「Ⅹ理論」の有効性は大きく低下し、内発的な動機付けを重視して「目標による管理」を行うY理論の有効性が段階的に上昇すると主張したわけです。

 そのことは、本書の第2部「Y理論の考察」、第3部「管理者の育成」における、現行の組織理論・管理理論に対する痛烈な批判として具体的に示されており、また、この第2部、第3部では、目標管理、業績評価、給与・昇進の管理、経営環境、ライン・スタッフ関係、リーダーシップ、管理者の育成と教室での管理技法の習得についてなど、人事マネジメント、人材育成に関する様々なテーマを取り上げていて、今日改めて読んでも、大いに示唆に富むものです。

 例えば、「管理者の部下に対する最も適切な役割は、部下の教師、専門的援助者、同僚、コンサルタント」であって、「Y理論」に基づく管理者であれば、「専門家と顧客との関係と同じような関係を、部下や上役や同僚との間で作り上げることができるであろう」としています。

 リーダーシップに関しては、「すべてのリーダーに共通の能力や人柄の基本型は唯一つであるということは全くありえない。リーダーの人柄は重要であるが、人柄として何が不可欠かは状況によって大いに異なる」とし、「まだ設立早々で苦悶している会社に必要なリーダーシップは、大規模で安定している会社の場合とは全く違う」としています。

 管理者の育成については、製品を「製造」するような方法では、管理を「製造」することはできないとし、望めるのは管理者が成長することだけであると―。そして、「目標管理」による方法ほど、それだけで管理者育成を促進する環境を作り出すのに役立つものはないとしています(「農業的」な管理者育成方法が「工業的」な方法よりも望ましい、という表現を用いているのが面白い)。

 「X理論-Y理論」については、発表当初には、労働者にあまりにも高次元の資質を求めすぎているのではないかとの批判もあり(本書の中でも、労働者が高次元欲求を持っている場合においてより有効であるとされているのだが)、その後、対照的な2つのマネジメントスタイルとして「X理論」的な対処と「Y理論」的な対処の両方を考え、細かいことには目をつむり、基本は「Y理論」でいくが、但し、「X理論」的な仕組みは欠かさない―という「修正Y理論」的な考えが、マズローをはじめ多くの研究者から出されるとともに、マクレガー自身も所謂「Z理論」の構築に取り組みましたが、本書刊行の4年後、58歳で亡くなってしまったため、完成を見ることはありませんでした。

 マクレガーは、1906年にミシガン州デトロイトに生まれ、曾祖父はスコットランド長老派の牧師であり、祖父はオハイオで浮浪者のための施設を作っていて、これが慈善事業を行なうマグレガー協会という団体に発展し、ダクラス・マグレガーの父親も1915年にマグレガー協会の理事になっています。彼の家では毎晩礼拝が行なわれ、父親がオルガンをひき、母親が讃美歌を歌い、彼も伴奏をしたり、幼い頃から恵まれない人々に食事や宿を与える仕事の事務を手伝ったりしていたとのことで、マグレガーの「Y理論」は人間に対する深い信頼がベースになっていますが、それは、彼が宗教的で慈善精神の継承された家系に育ったことと結びつくかと思われます。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書会》
■2017年03月10日 第3回「人事の名著を読む会」ダグラス・マグレガー 『企業の人間的側面』

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「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3455】 アンリ・ファィヨール 『産業ならびに一般の管理《再読》

今でも企業研修などで使われる「管理の5機能(4機能)説」を提唱。

『産業ならびに一般の管理』 72.jpg『産業ならびに一般の管理』図1.jpg
アンリ・ファヨール2.jpg
アンリ・ファヨール(1841-1925/享年84)
産業ならびに一般の管理 (1972年) 』『産業ならびに一般の管理 (1985年)

 1916年にフランスの「経営学者」アンリ・ファヨール(またはファィヨール、Jule Henri Fayol, 1841-1925)が発表した本で、ファヨールという人は元々は鉱山技師で、実際には学者は学者でも地質学者でしたが、鉱山会社の経営者となって、その実務経験から得た自らの考えを体系的に纏めた本書により、企業経営において「管理」という言葉を初めて使った人物とされています。

 ファヨールは、「経営とは、企業がその裁量下にあるすべての資産から最大限の利益を引き出すよう努めながら、企業をその目的へと導くことである」として、経営に不可欠な基本的機能を
 1.技術活動(生産、製造、加工)
 2.商業活動(購買、販売、交換)
 3.財務活動(資本の調達と管理)
 4.保全活動(財産と従業員の保護)
 5.会計活動(財産目録、貸借対照表、原価、統計など)
 6.管理活動(予測、組織化、命令、調整、統制)
の6つに分類しましたが、彼がこの中で特に重視したのは「管理活動」であり、企業の経営活動にこの管理的活動を組み合わせている会社こそが、経営に成功している会社であると主張しました。

 更に、経営に欠かせないこの管理的活動は、①予測、②組織、③命令、④調整、⑤統制から5つの要素から構成される総合的な活動であるとしましたが、「管理活動とは、組織体の目標に向かって、組織のメンバーの活動を高め且つかつ統合して行く活動であり、統合した活動とするために、①計画、②組織、③指揮、④統制 という管理過程をへて実行される」という言い方もしており、「管理の4機能説」と呼ばれることもあります。

 組織(仕事)運営における「計画(Plan)、実行(Do)、統制(See)」の所謂「PDCサイクル」の概念は産業革命の頃からあったようですが、「管理」という概念の下に「組織」化をこれに組み入れたところが、ファヨールの考え方の、当時としては斬新なポイントであったのではないかと個人的には思います。

 かつて、メーカー企業の初任管理職研修などでは、この「①計画、②組織、③指揮、④統制」というものが1日がかりで徹底的に講義されたりしました。
 例えば「計画」であれば、「(1)計画とは何か」(① 目標、方向、方針、戦略を設定する。② 必要とする資源(人・物・金・情報)を準備する。③ 必要とされる関係者の了解・支持・承認をとりつける。④ 実施段階で予想される障害の対策を検討・準備する)、「(2)計画の意義は」(① 最小限の資源投資努力で最大限の効果を期待する。② 実施上のポジションや進捗状況を把握する。③ 途中の状況の変化に対策を打つ手掛けとする。④ 業績結果を的確に把握し認識する)、「(3)計画の内容は」(① 目的、②目標(売上目標)、③方針、④方法と手順、⑤日程、⑥規則・基準、⑦予算、⑧戦略)、「(4)計画策定のプロセスは」(①問題、目的の明確化、② 代替案の発見・開発、③ 代替案の結果予測、④比較・評価、⑤意思決定)...といった具合に。

 最近の企業研修ではここまで細かくはやっていないかもしれません。経験が未だ少ない内に抽象概念ばかり言っても頭に入らないというのもあるかも(これら要素の不備が、労災事故や企業不祥事に至る原因であったりもし、これはこれで重要なのだが)。
 最近では、「命令」機能の中から「リーダーシップ」と「コミュニケーション」を分離させ「管理の6機能」とし、更に、その「リーダーシップ」「コミュニケーション」にむしろ重点を置いて研修を行う傾向にあるように思われます。

 但し、ファヨールに敬意を表するならば、彼が提唱した、様々な管理の原則―「命令統一の原則」(部下への命令は一人の上司から与えられ、部下からの報告は一人の上司に行うという原則)、「類似業務一括の原則」(同種の仕事は一つの部署に集中しまとめて行うという原則)、「責任と権限の原則」(組織の目標を達成するために、組織を構成する者がそれぞれに責任を分担し、その責任を果たす手段として資源を自由に使える範囲を定めた権利、すなわち権限が付与されなければならないという原則)、「権限委譲の原則」(一部の上位管理者に権限が集中しすぎることで状況対応が遅れ、組織の硬直化、組織メンバーの士気低下を招くことがないように、日常の反復的で定型的な業務はなるべく権限委譲を行い、上位管理者は例外的な事項の処理だけに専念すればよいという原則)、「統制範囲限界の原則」(管理者が管理できる部下の数や地域・時間による管理には限界があり、その限界を超えた管理は不可能であるという原則)、「階層の原則」(組織が大きくなりすぎると、命令の伝達や報告に時間がかかり、組織内の情報伝達が徹底されないため、組織階層はなるべく少なくすべしという原則)―などは、原則としてみれば本質をついており、古びてはいないように思います。

 本書の難点は入手しにくいこと。また、古本市場などで入手可能であっても値が張ることです。国会図書館や、学生の場合は大学の図書館を利用するのがいいかも。

【1958年[風間書房『産業並に一般の管理』(都筑栄:訳)]/1972年2月[未来社(佐々木恒男:訳)]/1985年[ダイヤモンド社(山本安次郎:訳)]】

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書会》
■2017年02月10日 第2回「人事の名著を読む会」フレデリック・W・テイラー 『科学的管理法』

第2回「人事の名著を読む会」.jpg


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