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松本清張と野村芳太郎が決別する契機となった作品と言われているが...。

「迷走地図」勝新太郎/岩下志麻/松坂慶子/渡瀬恒彦/伊丹十三/芦田伸介
「キネマ旬報」1983年10月下旬号
政権を握る改憲党内第二派閥領袖・寺西正毅(勝新太郎)は、現首相、桂重信(芦田伸介)から政権の禅譲を受け、この秋に首相の座に就くのがほぼ既定路線だった。寺西を裏で支えているのは、夫人の文子(岩下志麻)と秘書の外浦卓郎(渡瀬恒彦)だ。外浦は財界の世話役である和久宏(内田朝雄)に、寺西派とのパイプ役として送りこまれ、4年前から寺西の私設秘書となっていた。寺西邸から政治献金のバックペイの金を、和久のもとへ届ける使者として立てられた銀座のクラブ「オリベ」のママ・織部里子(松坂慶子)が、その金を自転車の男(平田満)に奪われるという事故を起こした時、警察に手を回して闇から闇に葬ったのも外浦の力であった。前首相・入江宏文が急死し、政局は秋の総裁選に向け、俄かに動き始める。桂
がひき続き政権を担当する意思を見せたのを受けて、外浦と和久、そして和久に囲われている里子は京都へ飛び、関西財界の有力者、望月稲右衛門(宇野重吉)から20億の融資を引き出した。第三派閥板倉派抱き込みのための工作資金である。桂派と寺西派になる政権争いが日ごと激しさを増す中、外浦が和久の経営する東南アジアの会社に招かれたとの理由で突然辞意を表明した。出発間際東大の後輩にあたり、政治家相手の代筆業をしている土井伸行(寺尾聰)を訪ねた外浦は、土井に個人名義の貸金庫の管理を依頼し、自分にもしものことがあったら、中身は自由に使えと告げる。外浦が外地で自動車事故死したことを新聞で知った土井は、すぐに貸金庫を開けた。中身は、文子と外浦の2年間に及ぶ不倫の恋の記録、文子自筆のラブレターの束であった。板倉派が、次第に奇妙な動きを見せ始める。川村正明(津川雅彦)率いる「革新クラブ」に照準を合わせ、かねてから川村が熱を上げていた里子を使って川村を自派の傘下におさめたのだ。土井が自宅において惨殺死体で発見された。新聞に過激派の犯行声明が載り、警察は内ゲバ殺人としてこの事件を処理するが、裏で板倉派が動いていた。桂派に寝返った板倉(伊丹十三)から「あと一期待たないか」ともちかけられた寺西が見せられたのは、例のラブレターだった。帰宅した寺西は文子を責めるが、後日、桂を支持することを発表する。第二次桂内閣誕生の日、寺西邸では、少数の記者を相手に怪気炎を上げている寺西の姿があった―。
野村芳太郎監督の1983年10月公開作で、原作は、松本清張が「朝日新聞」に1982年2月から 1983年5月まで連載した長編小説(1983年8月に新潮社から単行本刊行)。1970年代から1980年代にかけての自民党派閥政治の生態を窺うことができる"ポリティカル・フィクション"です。松本清張と野村芳太郎がタッグを組んだ最後の作品で、松本清張と野村芳太郎が決別する契機となった作品とも言われています。
群像劇となっているため、主役の勝新太郎が演じる党内第二派閥領袖で次期総裁の有力候補・寺西も、外地歴訪などで出番はそう多くなく、渡瀬恒彦が演じる秘書の外浦卓郎が物語の進行役のような役割を果たすのは原作と同じなのですが、その外浦も外地で事故死し(おそらく自殺)、その役割を寺尾聰が演じるライターの土井に引き継ぐため、やや焦点(視点)が定まりにくい印象も。 一方で、松坂慶子が演じる銀座のクラブ「オリベ」のママ・里子の後ろ盾は誰なのかというのが、原作における数少ないミステリ的要素なのですが、これも映画では最初から既定事実として明らかにされてしまっている感じです。
それでも愉しめたのは、オールスター映画とも言える豪華な配役のお陰でしょうか。とりわけ女優陣がよく、プレイボーイの政治家・津川雅彦を軽くいなす松坂慶子、勝新太郎に(アドリブで)顔にお茶をぶっかけられても屹然と対峙する岩下志麻、その岩下志麻が夫・渡瀬恒彦の不倫相手であることを察して凛然と詰め寄るいしだあゆみと、見どころはそれなりにあったと思います。
脇も堅く、津川雅彦演じる節操のない川村に振り回される秘書の鍋屋に加藤武、寺西の盟友である警察OBの法務大臣に大滝秀治、京都の謎の高利貸しに宇野重吉(寺尾聡と親子出演になる)、里子のバッグをひったくるも怖くなって落とし物として届ける男に平田満、土井の秘書に片桐夕子など。
加藤武演じる鍋屋が川村に愛想をつかして辞め、朝丘雪路が演じるタレント議員のもとに転じるも、高慢な彼女からコケにされるというのは、津川雅彦と朝丘雪路が実生活で夫婦であることも相俟って可笑しいです。松坂慶子演じるクラブ「オリベ」のママ・里子が、実は同クラブのホステス早乙女愛と同性愛だったという原作には無いオチも。でも、いちばん"遊んで"いるのは、政調会長の板倉を演じた伊丹十三の演技が、終始田中角栄のモノマネになっていることでしょうか。
津川雅彦(二世代議士・党内最小派閥「革新クラブ」リーダー・川村正明)/伊丹十三(党政調会長・「板倉派」領袖・板倉退介)
野村芳太郎監督は何本も松本清張作品を監督しましたが、清張はこの映画を気に入らず、この作品に限っては、清張の原作と野村の映画の「方向性」が、全く噛みあわなかったと言われ、以後、清張と野村の関係は疎遠となったとのこと(清張が封印したのか、ビデオ・DVD化されていない)。
しかしながら、ストーリーを原作から大きく変えているわけではなく、どこが気に入らなかったのか、よく分かりませんでした。もしあるとすれば、こうした戯画的な描き方が、"お遊び"の度が過ぎると思われたのかもしれません(全体的にも軽さが目立つと言われればそうかも)。




「迷走地図」●制作年:1983年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/杉崎重美/小坂一雄●脚本:野村芳太郎/古田求●撮影:川又昂●音楽:甲斐正人●原作:松本清張●時間:136分●出演:勝新太郎/岩下志麻/松坂慶子/早乙女愛/津川雅彦/加藤武/渡瀬恒彦/いしだあゆみ/寺尾聰/片桐夕子/内田朝雄/中島ゆたか/朝丘雪路/伊丹十三/大滝秀治/芦田伸介/宇野重吉●公開:1983/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-03-04)(評価:★★★☆)
岩下志麻/松坂慶子
新文芸坐「監督・野村芳太郎 が描く、作家・松本清張 の世界」(2025)

![「とむらい師たち].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%80%8C%E3%81%A8%E3%82%80%E3%82%89%E3%81%84%E5%B8%AB%E3%81%9F%E3%81%A1%5D.jpg)


倉(遠藤辰夫)と安楽社・稲垣(財津一郎)が駆けつけ仕事の取り合いを始める。ガンめんの家にはこれまでに取ったデスマスクが陳列されている。ガンめんは助手の霊柩車運転手"ラッキョ"(多賀勝)に加え、戦地ガダルカナル帰りの美容整形医 "センセ"(伊藤雄之助)を新たに仲間に加え、死顔美容を施す商売を興して軌道に乗せる。正葬社から賄賂を貰って優先的に死亡先の連絡をしていたことが判明して区役所を辞めた"ジャッカン"(藤村有弘)もマネージャー役で加わり、「死んだらルンペンも大統領も一緒や」というガンめんの考えに共感した金持ちの社長も支援者になる。死顔美容、デスマスクを備えた「国際葬儀協会(国葬)」を設立、事業は順調に発展、生前の葬儀予約も"社長"(藤岡琢也)から取る。 ある日、センセが人を殺したと電話して、服飾屋とく(西岡慶子)に中絶手術を施して罪の意識に悩むセンセを見たガンめんは、水子供養イベントを思いつく。この計画は雑誌社の取材も受け、本番でヘリコプターから落として膨らました特大ビニール製水子
地蔵は効果満点、中之島公園での水子供養の一大イベントがは大成功し、ガンめんたちは大儲けし、勢いに乗ってテレビで葬儀コマーシャルも流す。ラッキョ、センセ、ジャッカンは次にサウナ風呂もある葬儀会館を建て、葬儀を完全なビジネスにする計画を立てるが、ガンめんは「葬式は心でするもの」という自分の信念に背いていくこの計画に乗れず、3人と別れて出直す決心をする。ほとんど一文無しになったガンめんは、'70年に大阪で予定されている万国博の向こうを張ることを思いつき、死者の祭典である葬儀博を開催しようとする。しかし、資金提供者を得られず、協力者も紙芝居の絵描きだけ。ガンめ
んは地下に広場を作り、デスマスクの陳列や戦没者絵図、地獄絵作りなど死の世界の再現に打ち込む。一方、ジャッカンが館長となった国葬会館では冷凍室まで設置され、センセは併せて立ち上げた「死顔様教団」の教祖となっていた。ある日、地下のガンめんは大衝撃を感じて地上に出た。地上は水爆でも落ちたのか、一面瓦礫と化していた。世界全部が葬博や、と狂ったように叫びながら飛び出したガンめん。その姿もいつしか消えて、あたり一面に死の静寂が包んでいた―。

'68(昭和43)年公開の三隅研次監督作で、'66(昭和41)年発表の野坂昭如の
脚本は藤本義一。映画の中で、「国際葬儀協会」の略称が「国葬」で、"ガンめん"(勝新太郎)が「この間あった元総理"国葬"とは違いまっせ」と客に説明するのは、1967年10月31日、吉田茂元総理が亡くなって11日後に行われた戦後初の(閣議決定で行われることになった)国葬のことで、原作発表の時点では吉田元総理は存命のため、原作には無いセリフです(今年['22年]9月27日に銃撃された安倍晋三元総理の国葬が(これも閣議決定で)55年ぶりに行われた)。
それでも、原作の雰囲気は伝えていたかと思います。基本的に喜劇であり、"ガンめん"の死人の顔に石膏をちぎっては投げつけるデスマスク作りは、現実にはちょっとあり得ないものですが、それを勝新太郎が生き生きとと熱演しています。また、「国葬」の電話番号が「307-4942(みんな、よく死に)」)というのが笑えます。伊藤雄之助が国葬で教祖的存在である"センセ"を怪演し、藤村有弘(この人の真っ先に思い浮かぶイメージは、NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」(原作:井上ひさし、山元護久)のドン・ガバチョ)が区役所職員からいけいけの国葬マネージャーに転じた"ジャッカン"を演じていて、いずれもハマリ役。水爆でも落ちたのか、すべてが灰塵と化すというカタストロフィ的結末は原作通りです(ただ、このシーンは当時の映像技術的にやや弱いか)。
先に取り上げた山本周五郎原作、川島雄三監督の「
「とむらい師たち」●制作年:1968年●監督:三隅研次●製作:田辺満●脚本:藤本義一●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:野坂昭如●時間:89分●出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治/市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心/小池朝雄/名古屋章●公開:1968/04●配給:大映●最初に観た場所:神保町シアター(22-11-10)(評価:★★★☆)
南北朝時代、戦火を免れた山寺に、無明の太郎と異名をとる盗賊(勝新太郎)が、白拍子あがりの情人・愛染(新珠三千代)と爛れた生活を送っていた。自堕落な愛染、太郎が従者のように献身しているのは、彼女が素晴らしい肉体を、持っていたからだった。晩秋のある夕暮、京から太郎の妻・楓(高峰秀子)が尋ねて来た。太郎は、自分を探し求めて訪れた楓を邪慳に扱ったが、彼女はいつしか庫裡に住みつき、ただひたすら獣が獲物を待つ忍従さで太郎に仕えた。それから半年ほども過ぎたある晩、道に迷った高野の上人(佐
藤慶)が、一夜の宿を乞うて訪れた。楓は早速自分の苦衷を訴えたが、上人は、愛染を憎む己の心の中にこそ鬼が住んでいると説教し、上人が所持している黄金仏を盗ろうとした太郎には
呪文を唱えて立往生させた。だが、上人はそこに現われた愛染を見て動揺した。その昔、上人を恋仇きと争わせ、仏門に入る結縁をつくった女、それが愛染だった。上人に敵意を感じた愛染は、彼を本堂に誘う。そうした愛染に上人は仏の道を諭そうとしたが―。

っていることになる)。従って、落ち武者たちが寺を襲い、それを太郎が妻妾見守る前で一人で片付けるというシーンも映画のオリジナルです。勝新太郎の座頭市シリーズを第1作の「座頭市物語」('62年/大映)をはじめ何本も撮っている監督なので、やはり剣戟を入れないと収まらなかったのでしょう(笑)。どこまでこんな調子で原作からの改変があるのかなあと思って観ていたら、佐藤慶の演じる上人が訪ねて来るところから原作戯曲の通りで、宮川一夫のカメラ、伊福部昭の音楽も相俟って、重厚感のある映像化作品に仕上がっていました。
愛染と楓の激突はそのまま新珠三千代と高峰秀子の演技合戦の様相を呈しているように思われ(新珠三千代は現代的なメイク、高峰秀子は能面のようなメイクで、これは肉体と精神の対決を意味しているのではないか)、序盤で派手な剣戟を見せた勝新太郎も、愛染と楓の凌ぎ合いの狭間でたじたじとなる太郎さながらに、やや後退していく感じ。それでも、ああ、この役者が黒澤明の「影武者」をやっていたらなあ、と思わせる骨太さを遺憾なく発揮していました。
考えてみれば、原作は戯曲で、それをかなり忠実に再現しているので、役者は原作と同じセリフを話すことになり、新藤兼人の脚本は実質的には前の方に付け加えた部分だけかと思って、「結末は知っているよ」みたいな感じて観ていました。そしたら、最後の最後で意表を突かれました。
谷崎文学の世界を分かりやすく且つ重厚に再現していましたが、加えて、原作と異なる結末で、"意外性"も愉しめました。これ、映画を観てから原作を読んだ人も、原作の結末に「あれっ」と思うはずであって、全集で20ページくらいなので是非読んでみて欲しいと思います(原作の方が映画より"谷崎的"であるため、映画を観た人は原作がどうなっているか確認した方がいいように思う。映画は「魔性の女」が生きていてはならないというか、"映画的"に改変されている)。
「鬼の棲む館」●制作年:1969年●監督・脚本:三隅研次●製作:永田雅一●脚本:新藤兼人●撮影:宮川一夫●音楽:伊福部昭●原作:谷崎潤一郎「無明と愛染」(戯曲)●時間:76分●出演:勝新太郎/高峰秀子/新珠三千代/佐藤慶/五味龍太郎/木村元/伊達岳志/伴勇太郎/松田剛武/黒木現●公開:1969/05●配給:大映●最初に
観た場所:神田・神保町シアター(21-03-10)(評価:★★★★)


元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討
ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源
右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興
の嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・
小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗
って、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさ
ず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采
配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵
助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「
それぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛
に二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ(このことが伝説的虚構性を重視しているということになるのか)、先に挙げた内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「
を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(演じるのは志村喬)のエピソード(これも「赤穂義士銘々伝」のうちの一話になっている)などは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

「婦人画報」'64年1月号(表紙:山本富士子)
滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)



「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千
太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子/淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山
千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)

清水次郎長(鳥羽陽之助)の子分・森の石松(榎本健一)は、次郎長親分に呼ばれ、親分の代参で讃岐の金比羅宮に刀と奉納金50両を納めに行くことを命じられる。小遣いに30両を別に持たせるというが、但し道中いっさい酒を飲んではならないと言われ、酒好きの石松は断りかける。しかし、誰も見ている者はいないという仲間の入れ知恵で、次郎長親分には言いつけを守ると言って引き受ける。恋人の茶店のお夢(宏川光子)にしばしの別れを告げ、お夢から貰った肌守りを懐に旅に出る石松。金比羅宮で無事に代参を済ませた帰路、草津の追分に身受山の謙太郎(北村武夫)を訪ねて一宿の仁義を切り、親分への百両の香典を親分へと託される。その翌日、幼い頃から兄貴分だった小松村の七五郎(柳田貞一)を訪ねる道すがら都鳥の吉兵衛(小杉嘉男)に偶然出逢い、吉兵衛の家に草履を脱ぐことに。しかし、吉兵衛の狙いは石松の持つ百両であり、石松は吉兵衛兄弟の騙し討ちに遭って重傷を負う。何とか危地を脱し、一旦は七五郎とその女お民(竹久千恵子)の住家に匿われた石松だったが―。
「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)は中川信夫(1905-1984)監督による1939(昭和14)年5月公開作。原作は「エノケンの法界坊」('38年)の脚本も手掛けた和田五雄ですが、冒頭、2代目広沢虎造(1899-1964)の浪曲で始まり、途中でも何度か虎造の口演が入ることからも窺えるように、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松金比羅代参」などをオーソドックスになぞっています。
喜劇的要素の面での見所は、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松三十石船道中」から引いた例の「飲みねぇ、飲みねぇ、鮨を食いねぇ、江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」で知られる石松と江戸ッ子留吉(柳家金語楼)との掛け合いです。船客同士で街道一の親分は誰かと言う話題になって、「身受山の謙太郎」の名前が挙がったところへ留吉がケチをつけ、「清水の次郎長」と言おうとしますが思い出せず、「国定村の...」とか言ってしまいます(史実では国定忠治は1851年に刑死している)。やっと次

督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロデイです。この映画での例の「三十石船」の場面では広沢虎造自身が浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明係役)で出演しており、片岡千恵蔵と掛け合いをしています。タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは

但し、その後、森繁久彌、中村錦之助、勝新太郎など多くの役者が森の石松を演じるようになる中で(美空ひばりまで演じた)、喜劇俳優である榎本健一によって比較的早い時期に演じられたものであるということで、観る機会があれば観ておくのもいいのでは。ウィキペディアに拠れば、この「エノケンの森の石松」以降で森の石松が映画の中で題材となった作品は40作近くあるのに、「エノケンの森の石松」以前で森の石松が映画の題材となったのは前年の大河内傳次郎が石松をやった「清水次郎長」('38年/東宝)しかないことになっていますが、実際には無声映画時代から直前の羅門光三郎の「金毘羅代参 森の石松」('38年/新興キネマ)までエノケン以前にも石松を演じた役者はもっといます。
その萩原遼監督、大河内傳次郎主演の「清水次郎長」('38年/東宝)は、次郎長と森の石松の出会いの頃を描いたもので、大河内傳次郎が演じる次郎長はまだ駆け出し時代(というよりヤクザから足を洗って堅気暮らしをしている)、大村千吉が演じる石松に至ってはまだ全くの少年であり、子分にして欲しいとすがる石松少年に対し、次郎長の方は石松を
何とか堅気にしよう商家に丁稚奉公させたりするなど骨を折るというものです。身寄りのない石松を不憫に思い、次郎長とともに何かと面倒をみるのがお蝶(千葉早智子)で、彼女がやがて次郎長の妻になるわけですが、そこまでは描かれていません。だた、結局石松が堅気にならないのは観る側も分かっているだけに、この話ちょっと引っ張り過ぎた印象も。石松が使い込みをやってしまって、次郎長は自らを頼ってきた駆け落ち男女に逃亡資金を施したばかりで手元に金が無かったため、以前助太刀をしてやったやくざの保下田久六(鳥羽陽之助)の所へ、その時は受け取らなかった礼金を貸してはくれまいかと頼みに行くが拒否され、やがて久六によって自分が助けた者を殺害された次郎長は久六を仇討ちにする―という「桜堤の仇討ち」をモチーフとしてものとなっています。実際にはこの間にお蝶は病いを得て(次郎長が久六に金を借りに行ったのは家が貧しく金の無かったお蝶を医者にみせるため)亡くなっており(次郎長が森の石松を讃岐の金毘羅様へお礼参りの代参に出すのはその7年後)、金を貸すのを断った久六は、亡くなる前に次郎長の妻になっていたお蝶の葬式にも顔を見せなかったいう伏線があるのですが、映画では、久六討ちを果たした後、次郎長・石松・お蝶(生きている)で一緒に清水に帰るような終わり方になっています。半ば過ぎまではやや悠長な展開だったのが、終盤は若干ペースアップしたという感じでしょうか。最後は活劇調で、大河内傳次郎ならではの剣戟となりますが、大河内傳次郎が剣戟をやると、清水次郎長と言うより丹下左膳に見えてしまうのは先入観のためでしょうか。
黒駒の勝蔵を倒して清水へ引上げてきた次郎長(長谷川一夫)に、新たな押しかけ子分の小松村の七五郎(本郷功次郎)が待っていた。石松(勝新太郎)と七五郎は、桝川の仙右衛門(中村豊)の仇討を買って出、八角一家を斬りまくり、次郎長の命で旅に出る。七五郎は旧友のお役者の政(月田昌也)に会い、政の女出入りの傍杖を喰った。反次郎長派の親分平
親王の勇蔵(石黒達也)は、政のまちがいを利用し、次郎長陣営の仲間割れを図る。勇蔵の背後には、黒駒の弟分黒竜屋の亀吉(香川良介)や坂東の新助(見明凡太朗)らが糸を引いていた。石松の報告で彼らの奸計を知った次郎長は、二十八人衆を連れて勇蔵の家へ乗り込む。大喧嘩が予想されたが、青年代官の山上藤一郎(市川雷蔵)の裁きで治まった。次郎長と別れた石松は、三河の為五郎(荒木忍)から次郎長へ二百両の金を預って帰途につく。が、その二百両を道で会った都鳥の吉兵衛(杉山昌三九)に貸してしまう。折から都鳥にワラジを脱いだ新助たちが、吉兵衛をそそのかし石松をだまし討ちにかけた。石松は手傷を負い、一度七五郎の家に逃げこんだが、また躍り出して殺される。勇蔵が都鳥兄弟を匿い、吉兵衛を追って来た小政(鶴見丈二)も生捕りにされるハメになる。勇蔵は小政を生きながら棺桶へ入れて清水へ送り、石松の死骸を引取りたいなら次郎長一人で来いと言う―。
旅の途中の石松(勝新太郎)に絡んでくるのがお亀(中村玉緒)で、この2人はこの共演の2年後に結婚します。中村玉緒は当時20歳で、父は「

鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ/瀬川路三郎/香川良介/
志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)
「清水次郎長」●制作年:1938年●監
督:萩原遼●製作:青柳信雄●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:太田忠●原作:小島政二郎●時間:87分●出演:大河内傳次郎/大村千吉/鳥羽陽之助/横山運平/清川荘司/小杉義男/鬼頭善一郎/山口佐喜雄/永井柳太郎/河村弘
二/千葉早智子/一の宮敦子/音羽久米子/山岸美代子●公開:1938/09●配給:東宝映画(評価:★★★)
「続次郎長富士」●制作年:1960年●監督:森一生●製作:三浦信夫●脚本:八尋不二●撮影:牧田行正●音楽:小川寛興●時間:108分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/勝新太郎/本郷功次郎/月田昌也/根上淳/北原義郎/鶴見
丈二/林成年/舟木洋一/中村豊/小林勝彦/近藤美恵子/阿井美千子/中村玉緒/毛利郁子/浜田雄史/石黒達也/香川良介/見明凡太朗/伊達三郎/越川一/光岡龍三郎/志摩靖彦/原聖四郎/東良之助/寺島雄作/小町瑠美子/美川純子/杉山昌三九/千葉敏郎/水原浩一/清水元津/南部彰三/佐々十郎/楠トシエ/寺島貢/羅門光三郎/尾上栄五郎/荒木忍/浜世津子/伊沢一郎
/南条新太郎●公開:1960/06●配給:大映(評価:★★★☆) 



「ある殺し屋」('67年/大映)は、普段は一杯飲屋の主人で刺身魚を自ら捌いたりしているというありきたりの市井の男だが、実はその裏の正体は、大物ヤクザの親分の暗殺などの仕事を大金で請け負い、それがどんな困難なものであっても完遂するプロの殺し屋(武器としても用いるのは太い針)―という主人公「新田」の役どころを、市川雷蔵(1931-1969/享年37)がニヒルかつスマートに演じている作品で、続編が1作だけ作られています。
助けてやった女(野川由美子)に付きまとわれてもそれを一向に相手にせず、仲間のフリをして寄ってくるヤクザ(成田三樹夫)に裏切られても、全て織り込みで既に手は打ってある―
あまりにストイックかつクールで、ストーリーだけで見ると非現実的なB級(C級とでも言うか)作品になりそうなものですが、市川
口数は少ないが男気も秘めており、結局、女よりもむしろ男が惚れる男というのはこういうものかと納得させられる(勿論、新田の場合は女性にもモテるのだが)、心地よいハードボイルド作品となっています。
因みに、同年12月に公開された同じく藤原審爾原作・森一生監督の「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)では、市川雷蔵が演じる主人公の新田の表向きの職業は、一杯飲屋の主人から日本舞踊の師匠に替わっており(新田は、流れ包丁だったのか? それにしてもビックリの職替え)、脱税王(内田朝雄)とか建設会社の社長(西村晃)とか政財界の黒幕(山形勲)とか色々出できて話はスケールアップしていますが(3人とも新田に殺される役!)、新田のニヒルでスマートな様は変わっていません。原
作ストーリーもしっかりしていますが、ストーリーもさることながら、演じている「市川雷蔵」そのものを楽しめる作品ではないかと思います (両作品とも撮影は
市川雷蔵は映画史上最高の時代劇スターと謳われた名優で、映画も「眠狂四郎シリーズ」や「大菩薩峠シリーズ」など数的には時代劇の方の出演が主なのですが、現代劇でもこんなにしっくり来る歌舞伎界出身の俳優は少ないのではないかと思われ、37歳でガンのため夭折したことが惜しまれます(それでも160本近い映画に出演したのだが)。現代劇に出ている時は歌舞伎役者的なニオイがキレイさっぱり無くなるタイプで、そうした系統では、同じく眠狂四郎を演じた片岡孝男(現・片岡仁左衛門)などがいましたが(田村正和も演じていたなあ)、ちょっとそれらと比較にならないかも(早逝したことも、イメージが損なわれないという意味ではプラスに働いているが)。
この人の時代劇の方は劇場ではあまり観ていないのですが、木村恵吾監督の「初春狸御殿」('59年/大映)というのは"珍品"。所謂"マゲものミュージカル"という類で、時代劇なのに若尾文子が演じるお姫様が着物にネックレスをしているというのが可笑しく、市川雷蔵と比較されることの多い、あの勝新太郎が、完璧な二枚目役者として出演し、美声を披露しています。木村恵吾監督はこれ以前にも「狸御殿」「歌う狸御殿」「春爛漫狸祭」「花くらべ狸御殿」を撮っていて(「初春狸御殿」はシリーズ最終作)、50年代にこうした陽気な大衆映画が受けた時期があったことを知っている人がどれぐらいいるか分かりませんが、今の若い人にとってはある種のカルトムービー的位置づけになるのかも。
し逮捕されています。現役の女優が殺人を犯すのは初めてで、裁判の際には大映社長の永田雅一、俳優の勝新太郎らは減刑嘆願書を提出し、懲役5年の刑で服役、模範囚として減刑され、3年後の1973年に仮釈放されています(その間、1971(昭和46)年12月までには大映は破産していた)。



「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村
保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/
小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/
浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
「ある殺し屋の鍵」●制作年:1967年●監督:森一生●構成:増村保造●脚本:小滝光郎●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤
原審爾「消される男」●時間:82分●出演:市川雷蔵/西村晃/佐藤友美/山形勲/中谷一郎/金内吉男/ 伊達三郎/伊東光一/内田朝雄/玉置一恵/森内一夫/伊東義高/志賀明●公開:1967/12●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋」(森一生)
「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/

井一郎/江戸屋猫八/三遊亭小金馬/左卜全/藤本二三代/神楽坂浮子/松尾和子/小浜奈々子/岸正子/美川純子/大和七海路/小町瑠美子/毛利郁子/嵐三右衛門●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)


パリ郊外の飛行クラブでインストラクターをしているパイロットのマヌー(アラン・ドロン)と新型エンジンの開発に熱中する元エンジニアのローラン(リノ・ヴァンチュラ)のもとに、芸術家の卵である前衛彫刻家レティシア(ジョアンナ・シムカス)が現れ、2人とも彼女に恋心を抱くが、やがて3人はアフリカの海底に5億フランの財宝が眠っているとの話を聞き、共にコンゴの海に旅立つことに―。
やはり、ちょっと胴長のジョアンナ・シムカス(当時24歳)の明るさが効いていて、周囲を巻き込んでしまう―それだけに、彼女が演じるレティシアが亡くなってしまうのが哀しく、そこから本来のリノ・ヴァンチュラとアラン・ドロン(当時32歳)の哀愁を帯びたギャング映画みたいなトーンになるといったところでしょうか。それでも、この映
画は最後まで映像的には光に満ちているように思え、最後の方に出てくる銃撃戦の舞台となる要塞みたいな島も良かったです。
アラン・ドロンを軸に見れば「太陽がいっぱい」系の雰囲気かとも思えますが、結末から逆算的に見るとリノ・ヴァンチュラの視点での物語ということになるのかもしれません(アラン・ドロンというのは常に「見られる側」の存在であって、「見
る側」にはならないような気がする)。因みに、

リノ・ヴァンチュラ(1919-1987)は、俳優になる前はレスリングのヨーロッパ・チャンピオンだったそうですが、この映画での彼は、最近の俳優で言うと、ジャン・レノなどに通じるものがあるなあと勝手に思ったりしました。
テーマ曲もいいですが、アラン・ドロンの歌うサブ・テーマ曲「愛しのレティシア」は、口笛の伴奏がホンダシビックのCFなどで使われましたが、サワリの部分を聞くだけで、レティシアを水葬に付す場面など、映画の様々なシーンが甦ってきます。甘いけれど、許せる甘さの"青春映画"であると思います。
因みに、日本映画に「
識無しに観ましたが、「冒険者たち」の影響を受けていることがすぐに分かり、実際そうでした。但し、ジョゼ・ジョヴァンニ原作、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」は、
女性が途中で亡くなり、男性が生き残ります。それが「無宿」では、ラスト逆になっていて、しかもそこで話は終わってしまい、「生き残った
者」(この場合は梶芽衣子)がどうなったかという話ありませんでした。どちらかというとダークな背景が似合いそうな勝新太郎、高倉健、梶芽衣子の3人が、前半は任侠映画風ながらも、後半はずっと陽光燦々と輝く海で演技しているというちょっと毛色の変わった作品ですが、こうした終わり方から、日本版「冒険者たち」のつもりなのか(それにしては"生き残った者の掟"というテーマが見出せない)、宝探しは単に部分的にモチーフを借りただけなのか、個人的には釈然としませんでした(男たちがヤクザ=ギャングに追われるところなどは同じなので、日本版「冒険者たち」のつもりなのだろうが...)。
因みに、この映画は高倉健(1931-2014)と勝新太郎(1931-1997)が共演した唯一の作品であるとともに、高倉健と大滝秀治(1925-2012)の初共演作であり、大滝秀治は前半部分で高倉健が演じる主人公に殺されるヤクザの親分役で出ています(ただし、直接的な絡みは無く、二人同時に画面に映らない演出がされている)。高倉健と大滝秀治はその後「
「冒険者たち」●原題:LES AVENTURIERS●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・アンリコ●脚本:ロベール・アンリコほか●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:フランソワ・ド・ルーベ●原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「生き残った者の掟」●時間:112分●出演:アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス/セルジュ・レジニア●日本公開:1967/05●配給:大映●最初に
観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ1(77-11-24)●2回目:テアトル池袋(84-11-11) (評価:★★★★☆) ●併映(2回目):「カリブの熱い夜」(テイラー・ハックフォード)



1972年5月~「ニュー東宝シネマ1」、1995年7月~「ニュー東宝シネマ」(「ニュー東宝シネマ2」閉館)、2005年4月~新生「有楽座」、2009年2月10日~「TOHOシネマズ有楽座」(右) 2015年2月27日閉館


「無宿(やどなし)」●制作年:1974年●監督:斉藤耕一●製作:勝新太郎/西岡弘善/真田正典●脚本:中島丈博/蘇武道男●撮影:坂本典隆●音楽:青山八郎●時間:125分●出演:勝新太郎/高倉健/梶芽衣子/安藤昇/藤間紫/山城新伍/中谷一郎/三上真一郎/今井健二/大滝秀治/殿山泰司/神津善行
/荒木道子/石橋蓮司/栗崎昇/木下サヨ子/伊吹新吾●公開:1974/10●配給:東宝(評価:★★★)


江戸下町のはずれ、一膳飯屋の"まる太"で2人の浪人が対立した。この街で用心棒をしている赤牛弥五右衛門(勝新太郎)と、新顔の荒牧源内(原田芳雄)だ。対立する2人の前に、源内とかつてただならぬ仲であったお新(樋口可南子)に密かに心を寄せている浪人・母衣権兵衛(石橋蓮司)が仲裁に入る。一方、長屋の井戸端には土居孫左衛門(田中邦衛)という浪人が妹おぶん(杉田かおる)と共に住んでいた。2人にとって帰参は夢だが、それにはどうしても百両という大金が必要だった。そんな時、街で夜鷹が次々と斬られる事件が起こる。赤牛は白塗りの夜鷹に扮し、夜鷹殺しの侍を斬るが、それにもかかわらず夜鷹斬りは続く。翌朝、まる太の主人・太兵衛(水島道太郎)の惨殺死体が発見される。すべては旗本・小幡七郎右衛門(中尾彬)一党の仕業だった。お新をはじめとする夜鷹たちが集まって太兵衛の遺骸を囲んでいる時、突然その夜鷹斬りの旗本・小幡ら7人が乗り込んでくる。一触即発の気配が漂う中、赤牛は小幡一党らと共にその場を去るが、その日赤牛は戻って来なかった。数日後、お新は、小幡を銃で暗殺しようとして逆に彼らに捕らえられてしまう。そして、その一味の中には何と赤牛がいた。その頃、孫左衛門のところに、おぶんから相談を受けていた豪商・伊勢屋(佐藤慶)の妾・お葉(伊佐山ひろ子)が百両の情報を持って飛び込んできた。孫左衛門は手形を預かった同心の柏木(津村鷹志)を斬り倒し、首尾よく百両を手に入れるが、その夜、赤牛は酒盛りの席で小幡に「手形を盗んだのは源内に違いない」と告げ口をする。そこで、小幡は源内を誘い出す手として、おぶんを逃がし、お新を牛裂の刑に処することにした。おぶんから聞いて事態を知った源内は、十数本の剣を体中にくくり付け、お新のもとへと駆け出す。それを知った権兵衛、孫左衛門たちも―。
黒木和雄監督の1990年公開作。マキノ正博監督により1928(昭和3)年に制作・公開された「浪人街 第一話 美しき獲物」の4度目のリメイク作品で、もともとはマキノ正博監督によるセルフリメイクとして企画されたものの、マキノの健康上の理由で断念し、マキノの後押しもあって、黒木和雄が監督したもの(マキノは総監修という立場。また、終盤の17分間の大殺陣シーンの撮影は宮川一夫が特別参加している)。
公開を目前にした1990年1月16日、勝新太郎がハワイのホノルル国際空港で下着にマリファナとコカインを入れていたとして現行犯逮捕されるという事態が発生しため、公開は先送りとなり、ようやく8月18日になって公開にされたとのこと。勝新にとって最後の映画出演作となりました(この映画を観ていると、セリフが何言っているかよくわからないところもあったが、まだまだやれたと思われて惜しい)。
勧善懲悪のある程度パターナルな結末ではありますが、原田芳雄、勝新太郎、石橋蓮司、田中邦衛が演じる4人の浪人のキャラの描き分けがしっかりできているほか、勝新とやりとりする長門裕之の蕎麦屋、伊佐山ひろ子のお葉のきりっとした視線、絵沢萠子の殺される哀れな遊女おとく、天本英世の琵琶法師...etc. 絶妙の配役が隅々まで行き渡っている感じの作品でした。
「浪人街」●制作年:1990年●監督:黒木和雄●総監修: