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静かに訪れる世界の終り。タルコフスキーの「サクリファイス」より骨太で重かった。


「ニーチェの馬」デルジ・ヤーノシュ/ボーク・エリカ 「サクリファイス [DVD]」
「ニーチェの馬 [DVD]」
1日目・・・農夫(デルジ・ヤーノシュ)は馬車に乗り、風の中人里離れた家に戻る。娘(ボーク・エリカ)は彼を出迎え、農夫は馬と車を小屋に戻す。娘は農夫の服を着替えさせ、2人で茹でたジャガイモ1個の食事を貪る。寝る段になって、農夫は58年鳴き続けた木食い虫が鳴いていないことに気付く。外は暴風が吹き荒れている。2日目・・・娘は井戸に水を汲みに行く。パーリンカ(焼酎)を飲んだ後、農夫はいつもの通り、馬車に乗って外へ出ようとするが、馬は動こうとしない。諦めた農夫は家に戻って薪を割り、娘は洗濯をする。ジャガイモを貪ったところへ男(ミハーイ・コルモス)が現れ、パーリンカを分けてくれるように頼む。町は風で駄目になったという男は、世界についてのニヒリズム的持論を延々述べるが、農夫はくだらないと一蹴、男はパーリンカを受け取って出て行く。3日目・・・娘は井戸で水を汲む。パーリンカを飲み、農夫と娘は馬小屋の掃除をする。新たな飼い葉を与えても馬は食べない。ジャガイモ
を食べていた時外を見ると、馬車に乗った数人の流れ者が現れ、勝手に井戸を使い出す。2人は外へ飛び出して流れ者を追い払い、流れ者は2人を罵って去る。食器を片付けた後、娘は流れ者の一人が水の礼として渡した本を読むと、教会における悪徳について書かれていた。未だ風は激しく吹き続けている。4日目・・・娘が水を汲みに行くと、井戸が干上がっていた。馬は相変わらず飼い葉を食べず、水
も飲まない。農夫はここにはもう住めないと、家を引き払う決心をする。荷物を纏めて馬を連れ、今度は自分らで車を引いて農夫と娘は家を出るが、丘を越えたところで戻ってくる。娘は窓から外を何も言わず見続ける。5日目・・・娘は農夫を着替えさせ、農夫は小屋に行き馬の縄を外してやる。2人はジャガイモを貪るも力なく、農夫は殆どを残してしまう。夜になったが、ランプに火が付かなくなり、火種も尽きる。嵐は去っていた。6日目・・・農夫と娘が食卓についている。農夫はジャガイモを生のまま口にするが、すぐ諦める。2人を沈黙が支配する―。
ハンガリーのタル・ベーラ監督(1955年生まれ)の2011年の作品で、第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞
(審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞(コンペティション部門)を受賞した作品ですが、タル・ベーラ監督はこの作品を監督としての最後の作品と表明しています。それぞれ農夫と娘を演じたデルジ・ヤーノシュ、ボーク・エリカ,ミハーイ・コルモス共、前作「倫敦から来た男」('07年/ハンガリー)に続いての出演で、音楽、撮影、編集も同じスタッフです。
Actor Mihaly Kormos, actress Erika Bok, actor Janos Derzsi and director Bela Tarr in 61st Berlin Film Festival
強烈な印象を残す馬は、本当に働かなくてその日に売り手がつかなかったらソーセージになるところだった馬を、タル・ベーラ監督がこれだと思って"スカウト"したそうです。冒頭に「1889年1月3日。哲学者ニーチェはトリノの広場で鞭打たれる馬に出会うと、駆け寄り、その首をかき抱いて涙した。そのまま精神は崩壊し、彼は最期の10年間を看取られて穏やかに過ごしたという。 馬のその後は誰も知らない」とナレーションが流れます。この馬は、そのニーチェの馬を象徴的に指しているのでしょうか(原題は「トリノの馬」)。
農夫と娘が強風の中家に閉じ込められ、2日目にはその馬は動かなくなり、4日目には水を失い、5日目には火を失うといった具合に生きていく上で欠かせないものを順番に失っていくわけで、旧約聖書における神が6日間で世界を作った「天地創造」とは逆に、6日で世界が静かに崩壊していく様が、農夫と娘の生活の変化を通して間接的に描かれているとも言えます(タル・ベーラ監督はこの作品について、「本当の終末というのはもっと静かな物であると思う。死に近い沈黙、孤独をもって終わっていくことを伝えたかった」と語っている)。

長回しという点で、アンドレイ・タルコフスキー監督やテオ・アンゲロプロス監督の作品と似ているように思われ、また、世界の終わりを間接的に描いたのであるならば、タルコフスキー監督が第39回カンヌ国際映画祭で、カンヌ映画祭史上初の4賞(審査員特別グランプリ、国際映画批評家賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞)を受賞した「サクリファイス」('86年/スウェーデン・英・仏)を思い出させます。「サクリファイス」はタルコフスキー監督の遺作で、この監督は晩年になればなるほど作品の哲学的な色合いが濃くなっていったように思いますが、但し「サクリファイス」では、世界の終りの危機が核戦争勃発によってもたらされたことが、登場人物がテレビでそのニュースを聴く場面があることから具体的に示されているのに対し、この「ニーチェの馬」では、2日にパーリンカを分けて欲しいと立ち寄った男が、「町は風で駄目になった」と言うだけです。
ほぼ全編に渡って吹きすさぶ風(人工の風だそうだが)―この風によって世界が滅ぶという抽象性がある意味この映画の"重み"になっているように思います。加えて、農夫を演じたデルジ・ヤーノシュの哲学者のような顔つき。殆どセリフがないのも"重さ"に繋がっているし、モノクロ映画であることも効果を増しているように感じられ、個人的には「サクリファイス」より骨太感があるように思いました。長回しが多く、観るのにある程度覚悟のいる作品ですが、他にあまり類を見ない作品であると思います(ジャガイモがこれほど印象に残る映画も無い)。
因みにハンガリー語圏では名前を「姓・名」の順で表記するため、タル・ベーラ監督は「タル」が姓で「ベーラ」が名前です(女優ボーク・エリカは「エリカ」が名前と言えば分かりやすいか)。印欧語族風にベーラ・タルと表記することもあり(テニスプレーヤーのモニカ・セレシュなども「名・姓」の順)、同じハンガリーの映画監督で、「密告の砦」('65年/
ハンガリー)の監督ヤンチョー・ミクローシュ(1921-2014)なども「ミクローシュ・ヤンチョー」と「名・姓」の順で長年通ってしまっているのでややこしいです。1869年、オーストリアとハンガリーの二重帝国治下に入って3年目のハンガリーの、農民と義賊の群れが狩りこまれた荒野の砦を舞台にした「密告の砦」は、ハンガリー人将校たちが仕組んだ"密告"の罠にはまり、次々と倒れていく義賊集団のゲリラたちが悲惨でした。農民が義賊ゲリラ狩りに駆り出されるというのは皮肉ですが、コレ、すべて史実とのことです(1966年度ハンガリー批評家選出最優秀映画賞、1967年度英国批評家協会優秀外国映画賞受賞作品)。「密告の砦」と「ニーチェの馬」の2本だけで、ハンガリー映画って"重い"なあという印象になってしまいがちですが、とりあえず「ヤンチョー」と「タル」が姓であることを憶えておきましょう。
「ニーチェの馬」●原題:A TORINOI LO/THE TURIN HORSE●制作年:2011年●制作国:ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ●監督:タル・ベーラ(苗字・名前順、以下同じ)●製作:テーニ・ガーボル●脚本:タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー●撮影:フレッド・ケレメン●音楽:ヴィーグ・ミハーイ●時間:154分●出演:デルジ・ヤーノシュ/ボーク・エリカ/コルモス・ミハリー●日本公開:2012/02●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-25)(評価:★★★★)

「サクリファイス」●原題:OFFRET●制作年:1986年●制作国:スウェーデン・イギリス・フランス●監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー●製作:カティンカ・ファラゴ●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ●時間:149分●出演:エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド/オットーアラン・エドヴァル/グドルン・ギスラドッティル/スヴェン・ヴォルテル/ヴァレリー・メレッス/フィリッパ・フランセーン/トミー・チェルクヴィスト●日本公開:1987/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(87-10-17)(評価:★★★☆)

「密告の砦」●原題:SZEGENYLEGENYEK●制作年:1965年●制作国:ハンガリー●監督:ミクローシュ・ヤンチョー(名前・苗字順、以下同じ)●脚本:ジュラ・ヘルナーディ●撮影:タマーシュ・ショムロー●時間:149分●出演:ヤーノシュ・ゲルベ/ティボル・モルナール/アンドラーシュ・コザーク/ガーボル・アガールディ/ゾルタン・ラティノヴィッチ●日本公開:1977/06●配給:フランス映画社●最初に観た場所:千石・三百人劇場(80-01-23)(評価:★★★★)●併映:「オーソン・ウェルズのフェイク」(オーソン・ウェルズ)


サッカー競技場の売り子スー・リーチェン(マギー・チャン(張曼玉))は、ある日突然遊び人風の客ヨディ(レスリー・チャン(張國榮))に交際を迫られ断るが、1分間だけ時計を見ているように言われる。1960年4月16日午後3時。やがてスーはヨデ
ィを愛し始める。ヨディはナイトクラブを経営する養母(レベッカ・パン(藩迪華))と暮らしていたが、彼女が部屋に連れ込んだ男を叩き出し、男から取り返した養母のイヤリングの片方を、居合わせたクラブ
のダンサー、ミミ(カリーナ・ラウ(劉嘉玲))にやる。翌朝、ヨディと一夜を過ごしたミミが部屋を出ると、昨夜彼女と部屋で出会い、一目惚れしたヨディ
の親友サブ(ジャッキー・チュン(張学友))が階段で待っていた。一方、ミミの存在を知って放心状態で夜の町を彷徨うスーを、巡回中
の若い警官タイド(アンディ・ラウ(劉徳華))が見つけ、心配し彼女を慰める。彼はスーに恋心を抱き、巡回路の公衆電話に電話するように言うが、彼女からの電話は無かった。養母から恋人とのアメリカ移住を告げられたヨディは、実の
母親の住むフィリピンへと旅立つ。残されて悲しむミミのために、サブはヨディに貰った車を売り、彼の後を追うようにとその金を渡す。ヨディが初めて訪ねた母親はフィリピン貴族の娘で、不義の息子である彼とは会おうとしなかった。自暴自棄になった
ヨディは酔いつぶれ、船乗りに介抱されるが、その船乗りはかつてスーを慰めた元警官タイドだった。ヨディは偽造パスポートで渡米しようとしてギャングを殺してしまい、2人は南へと向かう列車に逃げ込むが、車中でヨディがギャングの報復で撃たれ、息を引き取る。その頃ミミはマニラに降り立ち、香港では誰もいない公衆電話のベルが夜に街角に響いていた。そして九龍のアパートの一室では、ギャンブラー(トニー・レオン(梁朝偉))が身支度を整えていた―。
ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の監督デビュー作「いますぐ抱きしめたい」('88年)に続く監督第2作の1990年香港映画で、第10回香港電影金像奨で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(レスリー・チャン)、第28回金馬奨で最優秀監督賞を受賞した作品。同監督の浮遊感と疾走感の入り混じる語り口と映像美独特のスタイルが確立された原点と言われている作品ですが、2005年以降日本での上映権が消失していて、その間DVDが再リリーズされたりはしていますが、スクリーンでの上映は今回が13年ぶりでした。
最後にいきなりトニー・レオンが出て来るのは、続編を想定していたためということですが、当時"アイドルスター"だった主要出演者6人が全員"トップスター"になってしまったため予算的に再結集不可能ということで、続編を作ることができなかったとのこと。後に作られた「
脚本もウォン・カーウァイで、フィリピンでヨディとタイドが偶然出会い、「1960年4月16日午後3時」というキーワードで同じ女性(スー)を介した経験があることに互いに気づくところなどは面白かったです。ヨディを巡るスー(マギー・チャン)とミミ(カリーナ・ラウ)のバトルの激しさもなかなかのものでした。こうして男性同士が偶然出会ったり、女性同士が最悪の状況で鉢合わせするのに、男女は行き違ってばかりいる感じだったなあ。
ウォン・カーウァイの作風を愉しむと共に、後のスター俳優たちの若き日の演技が楽しめる作品でもあると思います(レスリー・チャンは2003年に自殺。一方、カリーナ・ラウは2008年にトニー・レオンと結婚した)。レスリー・チャンは、同じ破滅型の人間を演じた後の「ブエノスアイレス」に匹敵するか、その上を行く演技で、彼が演じるヨディは、警官から船乗りに転じたタイドが言うように"カス人間"なのでが、それでも女性たちが惚れる―彼の演技はそのことに説得力を持たせているように思いました(演技力と言うより演技センスがいいという感じ)。


(●2023年7月10日、「Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下」(2022年12月4日閉館した「渋谷TOEI」のあった渋谷東映プラザ7F・9Fに、Bunkamuraの再開発に伴って2023年4月10日より長期休館に入った「Bunkamuraル・シネマ」が移転して2023年6月16日「Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下」としてオープン)の杮落とし特集「マギー・チャン レトロスペクティブ」で再見した。マギー・チャン出演作9作が組まれた特集だが、チラシの表紙にはこの「欲望の翼」での彼女が使われている。
だけ描かれ、映画が唐突に終わるのはなぜかについては諸説あるようだ。元々はトニー・レオン演じるディーラーが主要なキャラクターとして考えられていて、実際、ウォン・カーウァイは当時、香港で最も危ないエリアと言われた九龍城砦
のアパートで何か月も撮影をしたため、トニー・レオンの実質的な降板によってカットされたフィルムは多かったようだ。その一部はYouTubeにアップされていて、トニー・レオン演じるディーラーの部屋にマギー・チャン演じるスーが会いに階段を登って行く場面や、狭い室内で二人が会話をする場面などがある。
めの決意であり、彼は二人で俳優を辞めることも提案したという。ウォン・カーウァイ自身、当時、香港映画界を取り巻く状況に嫌気をさし、黒社会の資金に依存しない映画作りを模索していた。「ここではないどこかへ」―それはトニー・レオンやウォン・カーウァイが痛切に願ったことであり、トニー・レオンの降板と入れ替えにこの映画の主人公となったレスリー・チャンに委ねられることになったのかもしれない。一方、レスリー・チャン演じる、実の母親に面会を拒絶されてフィリピンのジャングル沿いの道を歩くヨディの姿に被るロス・インディオス・タバハラスの「Always in My Heart」の曲には切ない情感があるが、この映画のヨディ像が、母親が事業に忙しく祖母の家に預けられ乳母に育てられたレスリー・チャンの実人生に重なるという人もいる。確かにそうした見方も成り立つかもしれない。)
港●監督・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●撮影:クリストファー・ドイル●音楽:ロス・インディオス・タバハラス/ザビア・クガート●時間:97分●出演:レスリー・チャン(張國榮)/マギー・チャン(張曼玉)/カリーナ
・ラウ(劉嘉玲)/アンディ・ラウ(劉徳華)/ジャッキー・チュン(張学友)/レベッカ・パン(藩迪華)/トニー・レオン(梁朝偉)●日本公開:1992/03●配給:プレノン・アッシュ●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ2(18-03-15)●2回目:渋谷・Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(23-07-10)(評価:★★★★)



1979年、中国山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)。明亮(ミン・リャン)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))ら幼馴染みの4人は文化劇団で活動し、いつも一緒の時間を過ごしていた。張軍(チャン・ジュン)(梁景東(リャン・チントン))と鐘萍(チョンピン)(楊天乙(ヤン・ティェンイー))の二
人は親公認の仲だが、明亮と瑞娟(ルイジュエン)(趙濤(チャオ・タオ))は恋人とはいえない曖昧な仲。張軍は親戚のいる広州へ旅立ち、やがてサングラスをかけラジカセを持って町へ戻ってくる。明亮は瑞娟との仲をはっきりさせようとするが、ふられてしまう。一方、張軍の子供を身籠ってしまった鐘萍は中絶。80年代半ば、自由化の波が押し寄せ、劇団への補助金が打ち切られると4人の関係も不安定になり、瑞娟以外は旅回りに加わる。80年代後半、明亮と張軍らはロック・バンドを結成して活動。しかし89年の天安門事件の頃になると、彼らの音楽は流行から遅れはじめ、彼らはバンドを解散して田舎へ戻る―。
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の2作目となる2000年の香港・日本・フランス合作映画で、1980年代の中国で生きる4人の若者の姿を描いていて、第1作「一瞬の夢」('97年/中国・香港)と同じく賈樟柯監督の出身地である山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)(煉瓦で出来た田舎町という印象)を舞台としています。北京電影学院の卒業制作だった「一瞬の夢」は、1998年・第48回ベルリン国際映画祭の新人監督賞であるヴォルフガング・シュタウテ賞と最優秀アジア映画賞(NETPAC AWARD)を受賞し、釜山国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞していますが、この第2作「プラットフォーム」も、
前半部分では、主人公らの属する劇団は毛沢東主席を賛美する劇を上演したりしていますが、そうした地方にも「改革開放」の波が押し寄せたことを、若者たちがラッパズボンやパーマといった都市部の流行りの文化に影響されていくことで表現しています。と言っても、その都市文化のマネをする若者たちもどこかまだ垢抜けずにいて、地方と都市の文化格差を表しているように思いました。さらにそれを強く感じさせるのが、そうした文化を嫌う大人たちと若者たちの世代間ギャップで、この辺りは、新たな文化の波が押し寄せたからと言って地方が一気に変わったのではないことが分かります。

彼らが行く先々の雄大な自然が美しく撮られていますが、彼らにとってはバスやトラックに揺られて無舗装の道や荒野を行き、鰻の寝床さながらの寝所で寝る結構キツそうな日々の連続。でも、元々が県の劇団であるためか、主人公の明亮などはちょくちょく母親の元へ里帰りしているし(父親は家を出て別の所で別の女性と商売を始めたようだ。明亮はそこへも行ったが、父には会わなかった)、若い彼らにとっては、旅のキツさよりもむしろ、恋愛や家族のことの方が気
になる問題といった感じでしょうか。但し、公民館みたいな施設で公演をさせてもらうために鐘萍と瑞娟が居合わせた人たちの前で言われるがままに試しに踊ってみせたら、踊るだけ踊らせておいて施設の関係者ではなかったりして、これにはさすがに2人もキレてストライキを起こしそうになるし、道路わきにトラックを停めて荷台の上で2人が踊っている前をクルマがぶんぶん通り過ぎていくのも侘しかったです。
時代がさらに80年代半ばになると、明亮と張軍らはロック・バンドを組んでいたりするわけで、演劇に人民思想を込めていた何年か前とはすっかり様変わりし、但し、エレキギターを奏でても明亮が相変わらずパッとしないのは前と同じで、かなりイモっぽいです。やがて彼らの演奏も飽きられ、最後どうなってしまうのかと思いましたが、これってハッピーエンドなのでしょうか。かつて尖がっていた明亮、フツーの長閑そうなオッサンになっていました。
カメラを定位置に据え、その前を役者が行ったり来たりするのを長回しで撮るなど、ちょうどテオ・アンゲロプロス監督の作品と同じように長回しが多く、一方で説明的な描写は省いているため、やや観るのに根気がいるかもしれません。瑞娟は劇団を離れて何やってたのでしょうか(郵便局員? 税務署員?)。当時の政治的文化的状況を直接的に描くのは(国家当局の検閲上)困難であるとして、劇団の若者たちを通して間接的に観る側に伝えようとするならば、もう少し説明的であっても良かったのではないかと思いました。


ヴェネツィア国際映画祭出品作「世界」('04年/日・中国・仏)、そして第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作「長江哀歌」でそれぞれ主役を務め、更には同監督の「四川のうた」('08年/中国・日)、「罪の手ざわり」('13年/中国)でそれぞれ重要な役を演じ、最近では第68回カンヌ映画祭パルム・ドールノミネート作「山河ノスタルジア」('15年/中国・日・仏)でも主役を務めています(その前、2012年に賈樟柯監督と結婚していて、そっかーというのもあるが、映画監督と女優との間でよくありそうなことか)。
「プラットホーム」●原題:站台/PLATFOME●制作年:2000年●制作国:香港・日本・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●音楽:半野喜弘●時間:154分●出演:王
宏偉(ワン・ホンウェイ)/梁景東(リャン・チントン)/楊天乙(ヤン・ティェンイー)/趙濤(チャオ・タオ)/韓三明(ハン・サンミン)●日本公開:2001/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-04)(評価:★★★☆)


1945年8月15日、日本統治からの台湾解放の日、港町基隆で酒家を営む林家では、長男・文雄(ウンヨン)(陳松勇(チェン・ソンヨン))の妾宅で男児が生まれる。の林家の主は75歳の林阿祿(リン・アルー)(李天祿(リー・ティエンルー))で、次男は軍医として南洋に、三男は通訳として上海に日本人として徴用され戻らない。耳が聞こえず話せない四男の文清(ウンセイ)(梁朝偉(トニー・レオン))は、郊外で写真館を営んでいた。文清は、写真館に同居している教師の呉寛榮(ヒロエ)(呉義芳(ウー・イーファン))の妹で、看護婦として病院に働きに来
た寛美(ヒロミ)(辛樹芬(シン・シューフェン))を迎えに出る。寛榮は、小川校長(長谷川太郎)の娘で、台湾生まれの静子(中村育代)と秘かに愛しあっていたが、日本人であるため故国に帰らねばならなくなった静子は、寛美に寛榮への思いを託して台湾を去る。ある日、精神錯乱状態で生還してきた三男
の文良(アリヨン)(高捷(カオ・ジエ))のもとに、文雄の妾妻の兄・阿嘉(アカ)(張嘉年(ケニー・チャン))が、上海ボス(雷鳴レイ・ミン))を連れて来て阿片の密輸を唆すが、それが文雄にばれ、彼の幼なじみの阿城(林照雄(リン・ジャオション))との間の争いに発展、事件は一応決着するが、何者かの密告によって漢奸の疑いで文良が逮捕され、文雄は阿嘉を連れて上海ボスと対面、文良の釈放を頼むが、文良は大量の血を吐いて帰宅する。
1947年2月27日、台北でヤミ煙草取締りの騒動を発端に本省人と外省人が争う〈二・二八事件〉が勃発、寛榮と文清は臨時戒厳令下の台北へ向うが、文清が無事帰宅した
数日後、寛榮が足を折って戻る。台湾省行政長官として赴任した国民党の陳儀将軍は弾圧を命じ、やがて文清が逮捕される。口がきけずに釈放された文清は、次
々処刑された仲間の遺品を遺族に届ける旅に出、山奥でゲリラとなって身
を潜める寛榮と再会する。その頃文雄は、賭場で阿嘉の喧嘩に巻き込まれ、上海ボスの拳銃に命を落とす。数日後、文清と寛美の結婚式が行われ、やがて二人の間に男の子が生まれる。そんなある日、山からの使者が、軍隊が山に踏み込み寛榮たちが銃殺されたことを伝え、文清にも逃げるように言うが、彼らに行く場所は無かった―。
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1989年公開作で、第46回ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」受賞作品。終戦直後の台湾北部の基隆・九份を舞台に〈二・二八事件〉を取り扱っていますが、そもそも当時は〈二・二八事件〉そのものをタブー視する雰囲気も強く、公開自体が危ぶまれたのこと。幸いにしてノーカットで公開されるや台湾でも大ヒットしています。〈二・二八事件〉を直接的に描いた初めての劇映画であり、この映画がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したこことで初めて、〈二・二八事件〉が世界的に知られる事となった(日本も含め)とのです。
トニー・レオンが若いです(役柄上、ややもっさい感じ)。台湾語が話せなかったため聴覚障害者の役(文清)になったと言われていますが、物語は主に、自らは筆談によってしか言葉を発することができないこの文清の視点で進行していきます。周囲の人が議論したり激昂したりしているのを、耳が聞こえないにしろその傍にいることで、間接的に"語り部"の役割を果たしていることになり、複雑な政治背景等がある程度分り易くなっているように思いました(因みに、この作品の日本語字幕を手掛けた台湾生まれの田村志津枝氏の著書『悲情城市の人びと―台湾と日本のうた』('92年/晶文社)によれば、映画では俳優達が日本語を知らないため台湾語が多用されているが、知識人達が当時使っていたのは日本語であったとのこと)。
それにしても重かったです。この映画の四兄弟も、軍医として南洋に行った次男は結局行方知れずのままであるし(おそらく戦死したということだろう)、三男は精神を病んで帰還、一人頑張っていた長男も(家長である父を継いでゴッドファーザー的な役割を担っていた)、入りびたっていた賭場で喧嘩に巻き込まれて撃たれて亡くなり(現地の闇社会を描いていて日本のヤクザ映画みたいな場面が何度かあった)、文清と一緒に思想犯として捉われた人たちは処刑され、文清の親友で寛美の兄である寛榮も、山に籠って妻帯し新たな生活を始めるも軍隊に踏み込まれて銃殺されます。兄弟でただ一人残った文清が寛美と結婚し、子供が生まれ新たな家庭を築いたことが唯一の救いかと思ったら、その文清も―。「歴史に翻弄される家族の愛と哀しみを描いた年代記」「侯孝賢畢生の一大叙事詩」という謳い文句に偽りは無い作品でした。
「悲情城市」●原題:悲情城市/A CITY OF SADNESS●制作年:1989年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:邱復生●脚本:呉念真/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:立川直樹/張弘毅/S.E.N.S.●撮影:陳懐恩●時間:159分●出演:李天禄(リー・ティエンルー)/陳松勇(チェン・ソンヨン)/高捷(カオ・ジエ)/梁朝偉(トニー・レオン)/辛樹芬(シン・シューフェン)/呉義芳(ウー・イーファン)/陳淑芳(チェン・シューファン)/黄倩如(ホアン・チンルー)/柯素雲(クー・スーユン)/林麗卿(リン・リー
チン)/何璦雲(フー・アイユン)/張嘉年(ケニー・チャン)/林揚(リン・ヤン)/詹宏志(ヂャン・ホンジー)/呉念眞(ウー・ニエンジェン)/謝材俊(シエ・ツァイジュン)/張大春(ジャン・ダーチュン)/中村育代/長谷川太郎/頼徳南(ライ・ドゥーナン)/雷鳴(レイ・ミン)/文帥(ウェン・シュアイ)/比利(ビリー)/矮仔塗(アイ・ツートゥ)/陳郁蓉(チェン・ユーロン)/林照雄(リン・ジャオション)/林鉅(リン・ジュイ)/阿匹婆(ア・ピポ)/鷺青(ルー・チン)/梅芳(メイ・ファン)●日本公開:1990/04●配給:フランス映画社=ぴあ(評価:★★★★☆)


2003年夏、東京。フリーライターの陽子(一青窈)は、古本屋を営む鉄道マニアの肇(浅野忠信)の力を借りて、30~40年代に活躍した台湾出身の音楽家・江文也について調べている。お盆の帰省で実家のある高崎へ戻った際、父(小林稔侍)と継母(余貴美子)に妊娠していることを告げる。相手は台湾に住む恋人だが、結婚する気は無い。東京へ戻った彼女は、肇と一緒に文也の足跡を辿る取材に出かけるが、その途中、気分を悪くする。彼女の妊娠を知り心配した肇は、何かと世話を焼こうとするも、その胸の内に秘めた彼女に対する想いを伝えることは出来なかった。ある日、知人の葬儀に出席する為、両親が上京して来た。あくまでも、シングルマザーの道を選ぼうとする陽子のことを心配する二人。だが、彼らもまたその想いを上手く口に出せない。翌日、陽子は電車の中で眠ってしまう。そんな彼女の側には、いつの間にか肇がいた―。
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の2004年公開作で、台湾の映画監督による作品であるため一応ここでは分類上"外国映画"としましたが、小津安二郎監督の生誕100周年、逝去40周年を記念して日本映画として撮られたものです。従って、「東京物語」など小津作品へのオマージュがいっぱい込められているのかなあと思いましたが、確かに東京を描くも(そのほかに高崎なども出てきて、北海道・夕張でもロケしているが)その撮影時点での"今"を切り取っているため、当然のことながら「東京物語」などと違った作りになっています。
例えば、旧来の日本的な大家族が崩壊して、家族の関係性が変遷していく過渡期的状況を描いた「東京物語」などに比して、この「珈琲時光」の主人公の家族は既に核家族を通り越して親子が離れて住み、娘である一青窈演じる主人公・陽子は親が知らない間に妊娠しているという状況。しかも彼女は、シングルマザーの道を選ぶことを既に独りで決めていて、そうした重大な決意をしつつも淡々としており、「紀子三部作」と呼ばれる「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)の原節子演じる紀子が、いずれの作品でも最後の方で結婚に関する大きな決断をする度に号泣していたのとは対照的です。
一方で、大きな事件が無いまま映画が進行していく点は小津作品と似ていると思いました。時代は異なりますが、背景に日本人的な日常の生活風景や風俗を多く織り込んでいる点でも似ているかもしれません。主人公の下宿アパートから始まり、神田の古書店街や鬼子母神周辺、御茶ノ水駅、都電荒川線やJR中央線・山手線の電車等々。この映画に関しては、「監督は結局何を何を撮りたかったの?」「電車じゃないか」という遣り取りのジョークがあるくらいです。
。そして、侯孝賢監督はこの作品で、小津作品へのオマージュが先にあったのは勿論だと思いますが、結果としてそのことを逆説的に証明しているような気がします。個人的にはそのことが日本映画の弱点
だとは思いませんが、たとえば外国人が小林稔侍が演じる陽子の父親や浅野忠信が演じる肇を観た場合、どうして喋るべき時にセリフが無く、ただただ山手線ホームに入ってくる電車や卓袱台を囲む家族などといった絵ばかりを撮っているのだろうかと思うかも。
侯孝賢監督は一青窈のコンサートを観て、彼女の起用しようと考えたそうで、ストーリーはそれから考えたのかなという気もします。一青窈はこの作品が映画デビュー作ですが、2年前の2002年に「もらい泣き」で歌手デビュー、2003年には紅白疑戦に出場し、2004年には「ハナミズキ」が大ヒットと、かなり忙しい時期だったのではないでしょうか。でも、浅野忠信ほかベテランで脇を固めていたというのもあったかと思いますが、ごく自然に演技できているように思いました(ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「
「珈琲時光」●原題:珈琲時光●制作年:2004年●制作国:日本●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●製作:宮島秀司/廖慶松(リャオ・チンソン)/山本一郎/小坂史子●主題歌:「一思案」(作詞:一青窈 作曲:井上陽水)●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●衣装デザイン:星野和美/