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終盤のスぺクタルシーンからラストの畳み掛け感とエンディングがいい「キートンの蒸気船」。


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ミシシッピー川で操業する蒸気船ストーンウォール・ジャクソン号のオーナー、ウィリアム・キンフィールド(アーネスト・トーレンス)は"スチームボート(蒸気船)ビル"と呼ばれる町の人気者。一人息子のスチームボート・ビル・ジュニア(バスター・キートン)は故郷を離れてボストンに遊学中だった。副船長のトム・カーター(トム・ルイス)と長閑な日々を送るビルだったが、強力なライバルが現われる。金持ちのジョン・ジェイムズ・キング(トム・マクガイアー)が新造船キング号で事業に乗りだしたのだ。そんな時、ボストンから息子が帰ってくる。都会風に妙に洗練された息子を見て、父は落胆。おまけに息子と、商売仇の娘メアリー(マリオン・バイロン)が恋仲になり、ますます面白くない。更ににジャクソン号が老朽化のため使用停止勧告を出されてしまう。警察にはむ
かったためビルは拘置所に入れられる。ジュニアは父親を助けようとするが、そこへ巨大な暴風雨がやってきて猛威を奮う。ミシシッピーの河川地帯は大パニックとなり、吹きすさぶ風の中、ジュニアは父親と恋人メアリー、そして命を落としかけたキングも救い出す―。
1928年に本国で公開されたキートン・プロにおけるキートン監督・主演作の【第29作】(長編第10作)で、キートンが自身の撮影所で撮った最後の作品。監督にはチャールズ・F・ライスナーがクレジットされていますが、キートンの共同監督がライスナーであったとみていいのでは。日本公開は'28(昭和3)年8月。'73年から'74年にかけてのキートン作品のリバイバル上映で、「キートンのセブン・チャンス」('73年6月/併映短編「警官騒動」)、「海底王キートン」('73年7月/併映短編「白人酋長」)に次ぐ第3弾として'73年8月に上映(併映短編「鍛冶屋」)されています(以降、「キートンの探偵学入門」('73年12月/併映短編「船出」「化物屋敷」)、「キートンの恋愛三代記」('74年7月/併映短編「スケアクロウ」「マイホーム」)と続く)。
前半部分はマッチョ志向の父親が、赤ん坊の時以来久しぶりに会った息子の思いもよらなかった脆弱ぶりに幻滅しつつも、何とか一人前の蒸気船乗りに仕立て上げようと躍起になるも、なかなかそうはいかず、そのう
ち息子はライバルの蒸気船会社のオーナーの娘と恋仲になるは、自身は拘置所に入れられてしまうはの踏んだり蹴ったりというドラマ的な展開が主となりますが、父親役のアーネスト・トーレンスの演技がなかなかいいです(帽子を使ったギャグは、「荒武者キートン」「海底王キートン」にもあったことを思い出させる)。それと、キートンのことを慕って何かと面倒を見るヒロインの娘もなかなかきびきびしていて良かったですが、演じているマリオン・バイロン(1911-1985)は当時16歳であったとのこと。可愛らしいながらにも(キートン作品のヒロインの中では今風にカワイイ)、役柄のせいで随分しっかりして見えます。

物語が終盤に入って、残り15分のところで町は暴雨風に見舞われ、一気に映画はスぺクタルの様相を呈します。暴雨風の中、斜めになったまあ動けなかったり木に掴まって風に靡いたりするキートンの姿や、家屋が倒れてきて偶然にも窓枠の位置にいて奇跡的に助かるといったキートンの躰を張ったアクション・シークエンスは、キートン作品の中でもよく知られている場面です。
そして、ラスト5分、キートンが演じるビル・ジュニアは、これまでと打って変わって獅子奮迅の働きを見せることになりますが、ラスト15分に「起承転結」のうちの暴風雨による「転」とジュニアの活躍という「結」を集約させた作りが、前半から中盤にかけてその脆弱ぶりが繰り返し描かれていただけに効いています。暴風雨で危険な状態に晒された娘を救い、拘置所ごと漂流していた父親を救い、そして父親のライバルである彼女の父親キングをも救う―これらの神業を表情も変えず黙々とこなしていくのが小気味良く、ラストも両家の父親の和解という"感動的"な場面でありながら当人は感傷に浸ることなく、今度は漂流していた牧師を引っぱってきて、そこで"ジ・エンド"となる終わり方がいです。このラストは、同じく恋人の親同士が対立しているという「ロミオとジュリエット」風の状況設定であった「荒武者キートン」('23年)の、最後の主人公と彼を敵(かたき)にしてきた家族との和解シーンで、相手の家族が和解の印にそれぞれ拳銃を差し出したら、キートンが表情を一斎変えず、それまで服の下に隠していた何丁もの拳銃を差し出したところで終わるラストと並んで好みです。
この作品の「暴雨風」というモチーフは当初「大洪水」というモチーフだったそうで、「大洪水」で亡くなる人が多くいるのでコメディに相応しくないとの意見で「暴雨風」に変更されたそうですが、後で統計を調べてみたら「暴雨風」で亡くなる人の方が「大洪水」で亡くなる人より何倍も多いことが判ったとのことです。
家屋の下隅に嵐に襲われた人が避難する場所としての地下室の入り口がありましたが、これは南部という土地柄からしておそらく「竜巻」避難用ではないでしょうか。「暴風雨」には使えるけれど、「大洪水」だと却って危ないかも。
この作品にヒントを得て作られたと言われているのが、同じ年に公開された世界初のトーキー・アニメ「蒸気船ウィリー(Steamboat Willie)」('28年)で、正しくは世界初の「サウンドトラック方式」のトーキー・アニメ。それまでのBGMとして音楽が流れるだけの方式ではなく、登場人物(ミッキー)が台詞を喋ります。ミッキー・マウス作品としては3作目ですが、ミッキーの初主演作であるため、1928(昭和3)年ニューヨークのコロニーシアターで初公開された、その11月18日という日
が「ミッキー・マウスの誕生日」とされています。但し、ディズニーがこの日をミッキーの誕生日として公式に定めたのは、生誕50周年を記念して大々的な回顧展が行われるのを機にしてのことでした(日本公開は1929年で、どの会社がいつ輸入し、どの映画館で最初に上映したのか明確ではないが、9月に新宿にあった武蔵野館でミッキー・マウス映画が公開された記録があり、この時が本邦初公開だったのではないか。因みに本国では大手配給会社に配給を断られ、セレブリティ・プロダクションという制作会社が配給した)。
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東京ディズニーリゾートの「ミート・ザ・ミッキー」で順番待ちの間にこの作品が流れていますが、基本的にはウォルト・ディズニーのオリジナルという感じでした。但し、原題(Steamboat Willie)などは確かに「キートンの蒸気船」(Steamboat Bill Jr.)のバロディっぽく、ミッキー・マウスの実質デビュー作がキートン作品から何らかの影響を受けているというのが興味深いです。因みに、1928年公開のこの作品から1947年までの約20年間、ミッキーの声優を務めたのはウォルト・ディズニー自身であり、自分の声を入れたのは予算の都合だったそうで、実は1作目からミニーの声も担当していたそうです(ミニーは4作目からディズニー社の女性社員に変更されたという)。
「キートンの蒸気船(船長)」●原題:STEAMBOAT BILL JR.●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督:チャールズ・F・ライスナー/バスター・キートン(ノンクレジット)●製作:バスター・キートン●脚本:カール・ハルボー●撮影:デヴ・ジェニングズ/バート・ヘインズ●時間:59分●出演:バスター・キートン/アーネスト・トレンス/マリオン・バイロン/トム・ルイス/トム・マクガイア●日本公開:1928/08●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★)●併映:「キートンのセブンチャンス(栃面棒)」(バスター・キートン)

「蒸気船ウィリー」●原題:STEAMBOAT WILLIE●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督・製作:ウォルト・ディズニー●作画:アブ・アイワークス/レス・クラーク/ジョニー・キャノン/ウィルフレッド・ジャクソン●(声の)出演:ウォルト・ディズニー●時間:7分●日本公開:1929/09●配給:ユナイテッド・アーチスツ(評価:★★★☆)
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アルフレッド・バトラー(バスター・キートン)は何不自由なく暮らす大富豪の御曹司だが、父親から大自然の中でキャンプしてもっと逞しくなれと言われ、執事のマーティン(スニッツ・エドワーズ)を連れ田舎のキャンプ場へと出向くも、そこでも執事に何もかもやってもらう生活を続けていた。そんな中、地元の美人の娘(サリー・オニール)と知り合い、早速結婚を申し込むが、こんなひ弱な男に娘はやれないと彼女の父と兄に反対をされてしまう。そこで、新聞でアルフレッド・バトリング・バトラーなる同名の人物が近々ボクシングの世界戦
をするという記事を見つけたマーティンが、アルフレッドのことをこの人物こそバトラーなのだと美人の父と兄に告げ、一気に婚約成立となる。本物のバトラーは、試合に負ければ後は何とかなるというマーティンの読みに反して世界戦に勝利してしまい、本物に間違えられたアルフレッドは地元で大変な歓迎を受け、事実を告白する勇気がないまま彼女と結婚してしまうが、バトラーは次は「アラバマの人殺し」というボクサーと試合をすることになっていた。アルフレッドは仕方なくバトラーのキャンプ地へ行くが、そこには本物のバトラーが妻君同伴でいて、さらに娘が追いかけてきたために話はややこしくなり、遂にアルフレッドがリングに立つことになる―。
キャンプ生活に入っても御曹司風の生活スタイルを続けるキートンが可笑しく、これでは何のためにキャンプに来たのか分からない...そのキート
ンにまめまめしく仕えるスニッツ・エドワーズ演じる執事がいい味出していますが(彼は翌年の「
喜怒哀楽を見せないはずのキートンが、バトラーに打ちのめされて怒り心頭に発して
反攻に出るという、「怒」の部分が顕著に出ているのが、やや一連のキートン作品と異なるように思いましたが、そうでもしないと、アルフレッドの反攻の説明がつきにくかったというのもあったのではないでしょうか。マ-ティン・スコセッシはこのシーンを何度も見直して、「レイジング・ブル」('80年)の参考にしたとかで、それくらい、両者のボクシング・シーンは気合が入っています。
このキートンの本気度は、チャップリンが「ノック・アウト」('14年、27分)、「拳闘」('15年、30分)と2本のボクシング映画を撮っているので、それに対する意識もあったのではないかなと個人的には思ったりもしました(ロイドもボクシング映画を撮っている。当時、ボクシングは極めて人気の高いスポーツだったということもあるのか)。脆弱な優男が困難な状況を経て逞しく変身し、最後に女性の心からの愛を得るというという流れは、一応、キートン作品の定番を踏襲しています。




1810年、隣同士のキャンフィールドとマッケイ家の相克は、遂に当主同士の相撃ちで倒れるという悲劇を生んだ。争いのむなしさを儚んだマッケイ夫人は幼い息子ウィリーを連れNYの伯母を頼った。が、キャンフィールドの弟は子々孫々までの復讐を誓うのだった。それから10数年が経ち、既に母を亡くした成長したウィリー(バスター・キートン)の許に父の遺産相続の報せ。彼は田舎の豪華な邸宅を思い浮かべ、即座に故郷への旅を決意。伯母から、くれぐれもキャンフィールドに気をつけろ、と言い聞かされて、長距離特急の旅客となる―(allcinema ONLINE)。

導入部分の、1810年にマッケイ家の父親とキャンフィールド家の若者が撃ち合いで共に死んでしまい、マッケイ家の母親が息子ウィリーを連れて南部からNYに引っ越すまでは、コメディと言うより普通のドラマという感じであり、それが約20年後に話が飛んで、キートンが変てこな自転車に乗って登場するところからコメディ映画らしくなりますが、キャンフィールド家とマッケイ家の確執を描いた冒頭のシリアスなムードが、後半のロミオとジュリエット的な話の展開に効果を及ぼしているように思います。
ウィリー(キートン)は家を継ぐための南部への里帰りの途中、美しい娘と列車に乗り合わせる―「列車」といっても、"特急"というのは名ばかりの、遊園地にあるような機関車に、馬車2台を繋いで客車としたような極めて初期のもので、矢鱈あちこちにうねりや歪みのある線路
この珍奇な鉄道の旅を通してウィリーと娘は親しくなり、自分の実家が想像していた豪邸とは違ってオンボロの掘立て小屋だったという彼でしたが(空想の中で豪邸が本当にぶっ飛ぶのが可笑しい)、その娘からは自邸に晩餐会に招かれる―しかし、この娘が何と、伯母から「くれ
ぐれもキャンフィールドに気をつけろ」と言われていたそのキャンフィールド家の娘であり、ウィリーがマッケイ家の跡取り息子であることに気づいたキャンフィールド家の父親と息子2人は、彼に対して親切を装いながらもその
命を付け狙いますが、「敵(かたき)であっても、自分の家に訪問している間は撃ってはならない」という先祖代々の家訓があって、客
としてウィリーが邸内に居る間は、すぐ手の届く所に仇敵がいながらも撃てないでいる―やがて、ウィリーも背景状況と事態の重大さを知ることになり、晩餐会後に彼を外に出そうとするキャンフィールド家の誘いに乗らず、取り敢えず家に居ついて娘の傍に寄り添いながら脱出の機会を窺う、その辺りの両者の駆け引きを飽きさせずに見せます。
断崖でのロープアクションは実によく練られているように思いましたが、川に落ちたキートンが激流に呑まれるシーンは、実際にロープが切れて生じたアクシデントだったそうです。但し、激流に流されるシーンだけでも命懸けであると思われるのに、そこからがまた凄く、同じく激流に落ちた娘が滝から落ちるのを、キートンが空中ブランコの曲芸師さながらに受け止めるシーンは、一体どうやって撮ったのか、殆ど奇跡に近いような神業的アクションだったように思います。
キートンの初長編作品でありながら、本作をキートンの最高傑作に推す人も少なからずいるというのも頷けます。ヒロインの娘を演じるのはキートンの当時の妻のナタリー・タルマッジで、冒頭のウィリーの赤ん坊時代はキートン・ジュニア(ナタリーとの間に生まれた赤ん坊)、更に、客車を置き去りにしてしまう間抜けな機関士に扮しているのは、キートンの父親で寄席芸人だったジョー(ジョセフ)・キートンと、キートン・ファミリー総出演の作品であり、この辺りのチームワークの良さも作品のテンポの良さに関係していたのかもしれません。個人的にも、「海底王」「セブンチャンス」「大列車強盗」に先立つ作品でありながら、それらに比肩し得る作品であるように思います。
機一髪!)」●原題:OUR HOSPITALITY●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ジョン・G・ブリストーン●製作:ジョセフ・M・スケンク/バスター・キートン・プロダクションズ●脚本:クライド・ブラックマン/ジャン・ハベッツ/ジョセフ・ミッチェル●撮影:ユージン・レスリー/ゴードン・ジェニングス●時間:67分●出演:バスター・キートン/ナタリー・タルマッジ/ジョー・ロバーツ/ジョセフ・キートン/ラルフ・ブッシュマン/クレイグ・ワード/モンテ・コリンズ/キティ・ブラッドバリー/バスター・キートン・Jr./アーウィン・コネリー/エドワード・コクソン/ジェームズ・ダフィー●日本公開:1924/12●配給:国際映画社(評価:★★★★)




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親の遺産で暮らす金持ちお坊ちゃまのロッロ(バスター・キートン)は、欲しい物は何でも簡単に手に入ると思っていた。近所のお嬢さまベッツィ(キャサリン・マクガイア)に不用意に求婚するが、愛はそう簡単ではなく、先に予約していた船でハネムーンに行く予定が、失恋の船旅となる。しかし、彼が乗った船は某国のスパイの謀略に巻き込まれて漂流し、彼は船に一人残されてしまったかにみえたが、その船には偶然にもベッツィも乗っていた―。
前作「
」では、キートンをぎょっとさせる「写真の男」として登場しています。キャサリン・マクガイアは前作「探偵学入門」に続いての相手役で、キートンと気の合う演技を見せますが、ドナルド・クリスプの方は、キートンの考えにあまりに口出しするため、撮影期間の途中でキートンが共同監督を解任してしまったそうです。
前半部分は、豪華客船に取り残された2人が最初は互いに行き違ってばかりでなかなか遭遇し得ないなど、細かいコント風の遣り取りを見せますが、従来の一般的なドタバタ喜劇の定番のパイ投げのような場面は無く、あくまで長編であることを意識した作りになっています。
原題になっているこのハワイ行き客船「ナビゲーター号」は、「バフォード号」という大型客船が廃棄処分になるという情報を得たキートンが2万5千ドルで買い上げたそうで、船の備品がギャグに上手く使われており、おそらくキートンは"居抜き"でこの客船を買ったのではないでしょうか。
のために潜水服を着て海に潜る「海中シーン」があり、これがよく出来ています。
実際の撮影はシエラネヴァダ山中にあるタホ湖(かつては世界第3位の透明度を誇った)で行われましたが、水温が低すぎて30分と潜っていられず、水中シーンだけで4週間も要したそうです。加えて、当時の潜水技術からするとかなり危険な撮影でもあったように思われます(「アクション度の低い作品」との見方は間違っていたかも)。しかしながら、大ダコはどうやって撮ったのか?(ある部分では"特撮映画"とも言える作品か)
「人食い人種」の描かれ方が今の時代
からするとどうかというのはありますが、和暦でいえば大正13年の作品になるわけで、これは仕方ないか。冒頭で向いの家に行くにも運転手付の車を使っていた「お坊ちゃまロッロ」が、最後は一人の頼りがいある男として女性の愛を獲得するという成長物語にもなっていて、観ていて心地よい作品です。加えて"映画史上初の海中シーン"などもあったためか、実際、当時としても大ヒットし、この作
品によってキートンはドル箱スターの仲間入りを果たします(因みに、「Wikipedia」によれば、キートン作品の中で興行収入において最も成功した作品であるとのこと)。

「海底王キートン」●原題:THE NAVIGATOR●制作年:1924年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ドナルド・クリスプ●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本: ジーン・ハヴェッツ/クライド・ブラックマン/ジョセフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスリー/バイロン・フーク●時間:59分●出演:バスター・キートン/キャスリン・マクガイア/フレデリック・ブルーム/ノーブル・ジョンソン/H・M・クラグスト/クラレンス・パートン●米国公開:1924年10月(評価:★★★★)
《読書MEMO》



旧家の当主で朝寝・朝酒・朝湯をたしなむ杉本左平太(大河内傳次郎)は、人々から"小原庄助さん"と呼ばれていた。人の良い左平太は村人から頼まれると断り切れず、自分の財産をどんどん分け
与えたため、すでに破産寸前。妻おのぶ(風見章子)は着物を質入れして夫を支える始末。村長選挙への立候補を頼まれた左平太だったが、そんなことにはいっさい興味がないため和尚(清川荘司)を推薦するものの、対立候補である吉田次郎正(日守新一)に頼まれ応援演説をしてしまう。ついに無一文となり、妻にも逃げ出された左平太の家に、若い二人組の泥棒が入った。左平太は二人を投げ飛ばし、酒を勧めるのだった―。
清水宏(1903-1966)監督の1949(昭和24)年「新東宝」映画で(配給会社は「東宝」)、静岡県・三島に実在する旧家の屋敷を借りてオールロケで
撮った作品。山根貞男氏によれば、リアリズム重視の清水宏監督は、撮影初日にバッチリ化粧してきた大河内傳次郎を厳しく注意し、抵抗する大河内に対し、最初に「朝湯」のシーンを撮って敢えてそのメーキャップを台無しにしたとのことです(よって本作は、ノーメークの大河内傳次郎を観ることが出来る貴重な作品とも言えるのでは)。こうした清水監督の映画作りへのこだわりが、結果的に、チャンバラ映画などでのいつものきりっとした役柄とは全く異なる役柄を演じた大河内傳次郎の、この作品の中での存在感を引き立つものとしていて、ある種の理想的な人物像ではあるが、ともすると現実味が失われそうになりがちな主人公のキャラクター設定に、しっかりしたリアリティを吹き込んでいるように思えました。
主人公の"小原庄助さん"こと左平太は、村の青年団の野球チームにユニフォームは寄贈するは、婦人会にたくさんのミシンは寄付するは(そのために「文化的な生活を推進する」というマーガレット中田(清川虹子)に乗り込まれて往生する)のお人好しぶりで(それも借金生活にありながら)、人に頼まれて、町に出て闇商売をしているおりつ(宮川玲子)に村に帰るように説得しに行きますがこれは失敗。でも、おりつの情夫(鮎川浩)が実は骨のある男だと分かって意気投合、ダンスホールに入ったらマーガレット先生がいて無理矢理一緒に踊らされた上に、支配人の吉田次郎正まで出てきたのを、この情夫が"ガン飛ばし"して追っ払ってくれます。
左平太は、先代、先々代と村長だったことから、次期村長の座を狙う次郎正が村長選挙に立候補するつもりか探りに来たのに対し、その気は無いと言ってその応援演説まで引き受けて、一方で村人から村長選に出馬するよう乞われて、和尚を立てるも次郎正が勝利します。左平太のいい加減な応援演説が可笑しかったです(それは次郎正の政策理念の無さをそのまま反映しているのだが)。でも、当選祝賀会に出ることまでは頼まれていないときっぱり断っていたなあ、和尚の落選残宴会の方に出ると言って。結局、選挙違反で次郎正の当選は無効となり、和尚が繰り上げ当選に。人口二千人くらいの村だと、却って買収とかあったりするのでしょうか。
しかし、そうした場におられないという左平太の気持ちも分かる気がすると言っていた妻おのぶは、足代わりの愛用のロバさえ子供達に譲り渡して徒歩で駅に向かう左平太を、最後に追いかけてくる―ああ、いい話、いいラストだったなあという感じ。よく出来た奥さんであり、夫婦の愛情物語でもありました。
「小原庄助さん」●制作年:1949年●監督:清水宏●製作:岸松雄/金巻博司●製作会社:新東宝●脚本:清水宏/岸松雄●撮影:鈴木博●音楽:古関裕而●時間:94分●出演:大河内傳次郎/風見章子/飯田蝶子/清川虹子/坪井哲/川部守一/田中春男/清川荘司/杉寛/宮川玲子/鮎川浩/鳥羽陽之助/日守新一/石川 冷 /尾上桃華/高松政雄/倉橋享/今清水甚二/高村洋三/佐川混/加藤欣子/徳大寺君枝/赤坂小梅●公開:1947/11●配給:東宝(評価:★★★★)
「愛よ星と共に」ポスター
VHS(国際放映・日本映画傑作全集) 下スチール写真中央:高峰秀子
十年ぶりに北海道の北島牧場を訪れた邦彦(池部良)は、牧夫頭の娘はるえ(高峰秀子)と再会した。とても美しくなったはるえをみた邦彦はとても驚いたが、綺麗になったと言われ自分の姿を小川の水に映しては何時までも自分を見つめる彼女は、まだ無垢な乙女そのものであった。邦彦とはるえは、牧場の小川で一夜を過ごした。はるえは邦彦の語る美しい星の話を興味深く熱心に聞いていた。しかしその話はあまりにも美しくあまりにも巧みな運命の夢だった。邦彦が東京へ帰ってから数月、はるえの腹には美しい星の子供が宿っていた。父からの反対に耐え切れず、はるえは家を飛び出し東京の邦彦を訪ねるが、時すでに遅く、彼がフランスへ旅立った後だった―。
阿部豊(1895-1977)監督の1947(昭和22)年「新東宝」作品で(黒澤明の「
牧場主、つまり上流階級に属する男性と恋し合って一夜を共にするも、娘より自らが仕える本家の方を気遣う牧夫頭の親によって勘当され、北海道の家を出て東京にその男性を追うも、恋人は海外へ渡航した後。身重の身で生活すらままならず、独り寂しく赤ん坊を産むが、その赤ん坊にも病で死なれて、女給の生活に身を窶(やつ)す。しかし、やがてその世界で「花形女給」として名を馳せるようになり、そんな中、男女のもつれからある男を誤って銃で死なせてしまう。世間からは次々と男を渡り歩く毒婦のようにみられ、裁判でも死刑判決を受けるが、自身がこの世界に身を置くようになった契機が、赤ん坊が亡くなったことにあるとは判明するも、その赤ん坊が誰との間の子であったかは公判で明かすことなく、判決を受け入れようとする。そこへ―。
女性映画と言うかメロドラマと言うか、しかもハーレクインみたいな波乱万丈(或いはシドニィ・シェルダン風か)。テレビがある時代なら13話連続のテレビドラマだろうけれど、まだテレビが登場する何年か前なので、TVドラマが担っているような役割を、その分も含め映画が担っていたのだなあと思わせる作品でした。
因みに、この作品は北海道・幕別町の新田牧場でロケが行われていますが、なぜ新田牧場がロケ地に選ばれたかというと、この映画のプロデューサーだった青柳信雄が札幌の雪印乳業を訪問した時に新田牧場
を紹介されたとのこと。戦後間もない食糧難の折、当地では白米、牛乳、玉子、肉等などの供給が豊かで、40日のロケ期間中、ロケ隊には毎日が天国のようだったとも言われています。






元警視副総監ヒリアン(モーリス・ブッシュ)の叙勲パーティが開かれ、モースはかつての同僚でタカ派のドーソン警部(ケネス・コリー)と会話する。ドーソン夫妻は酔ったヒリアンを彼の屋敷に送り、ソファーに寝かしつけ帰宅するが、何者かが侵入して部屋を物色、気づいたヒリアンと揉み合いになり、投げられたヒリアンは床で頭を打って死亡する。彼は回顧録を執筆中で、犯人は原稿の一部を奪い去っていたが、それは18年前のメアリー・ラプスレイという少女の殺人事件に関係するもので、その時の容疑者だったレッドバス(オリヴァー・フォード・ディヴィス)が、車を目撃されたとしてまたもや逮捕される。回想録が出版されることで、未解決事件の犯人として再び自分に嫌疑がかかるのを恐れたための犯行との見方が有力だったが、ドーソンは彼は犯人ではないという確信を持っているようだった。彼の妻(アン・ベル)は夫の直情径行を心配している。捜査の指揮官はモースだが、ドーソン警部の助言も参考にしながら調べていくうちに、モースは少女の隣人ミッチェル家(母パット・ヘィウッド、息子クリストファー・エクルストン)に注目するとともに、殺害された少女の父親が誰なのかを探る―。
「主任警部モース」シリーズの第16話で、1991年に本国で放映され、2001年に日本語字幕付きVHSが発売されています。「
一方で、動機はラスト近くまで判らなかったなあ。その背後事情となると尚更に複雑で、子供に対する親の愛情が、復讐と保護という形でダブルで拮抗していたわけかあ。ドーソン夫妻の夫婦間の溝というのも伏線としてあったことになるけれど、これだけではねえ。モースとドーソン夫人の間に恋愛感情は芽生えるのか―といった関心は引き起こしたけれど。
「主任警部モース(第16話)/メアリー・ラプスレイに起こったこと」●原題:INSPECTOR MORSE:SECOND TIME AROUND●制作年:1990年●制作国:イギリス●本国放映:1991/02/20●監督:エイドリアン・シェアゴールド●脚本:ダニエル・ボイル●原案:コリン・デクスター●時間:104分●出演:ジョン・ソウ/ケヴィン・ウェイトリー/モーリス・ブッシュ/ケネス・コリー/オリヴァー・フォード・ディヴィス/アン・ベル/パット・ヘィウッド/クリストファー・エクルストン●ⅤHS発売:2001/02●発売元:日本クラウン(評価:★★★☆)
ビクター・マッキンレー家に呼ばれたブラウン神父は、夫人のシャーロットから"悪魔祓い"をしてほしい、と依頼される。シャーロットは、屋敷に幽霊がいて、突然物が動き出したりする、と言うのだ。実は、シャーロットには妹が居るが、9年前から行方不明になっていた―(第11話"The Ghost in the Machine" ソフト化時邦題「物体に宿る霊」)。
デンバーズ療養所を脱走したフィリックスは、「殺人...」と呟いて意識不明に陥る。サリバン警部補に止められながらも、療養所に不審を抱いたブラウン神父は自ら調査に乗り込んでいく。後日、フィリックスの葬儀が行われるが、フィリックスが突然息を吹き返す―(第12話"The Maddest of All" ソフト化時邦題「狂気の沙汰」)。
タイトルが大仰な割には結末はやや拍子抜けではあったけれど(事件と言うより事故だったわけか)、バレンタイン警部補が最後に警部に昇進してロンドンに赴任することになり、それまで事件の解決に際して先を越されてばかりで良くは思って神父に対して、自分が昇進できたのはブラウン神父のお蔭であることを素直に認めて礼を言うのが清々しく、同じ
そして、第11話のエンディングで、ブラウン神父にあまりいい感情を抱いていない風の新任サリバン警部補が、第12話では本格的に事件を担当することになります。う~ん、これも犯人は大体読めてしまうし、事件そのものはイマイチだった気がしないでもないですが、サリバン警部補がバレンタイン警部補の最初の頃と同じく、ブラウン神父の事件への介入を嫌いながらも、ブラウン神父が療養所に患者として潜入しようと仮病を使ったのに対し、咄嗟にそれに合わせるような行動を取って神父の入院を後押ししたところなどは、意外と柔軟だったというか目的合理主義者であるような印象を受けました(後で、本当は逮捕するところだと忠告はしていたが)(評価★★★☆)。


漫画「美味しんぼ」における原発事故による健康への影響を巡る表現が大きな波紋を呼んだ一方で、今、福島を描いた漫画が注目を集めているということで、今月['14年6月]2日放送のNHK「クローズアップ現代」で「いま福島を描くこと~漫画家たちの模索~」という特集を組んでいましたが、山本おさむ氏のグルメ漫画「そばもん」、竜田一人氏の福島第一原発での作業員体験のドキュメント漫画「いちえふ」が作者とともに紹介されていました(竜田氏は個人を特定できないように、との条件の下での登場)。
こうした「原発漫画」の先駆けが、この萩尾望都氏の作品(コレ、個人的には偶々番組で紹介される前に読んでいた)と、番組にゲストとして登場していたしりあがり寿氏の『あの日からのマンガ(Beam comix)』('11年7月刊行)でしょう。
一方の萩尾氏は、2011年、東日本大震災の前に引退を考え、短編数編でフェイドアウトする予定だったのが、震災及び原発事故で引退を延期したとのこと(この人もしりあがり氏に先だって2012年春に少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章している)。