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がん闘病記録でありながら、人生論、科学論、自然論と多岐にわたる内容。教えられる。


『がんと闘った科学者の記録 (文春文庫 と 25-1)』['11年]『がんと闘った科学者の記録』['09年]戸塚洋二(1942-2008/66歳没)
本書は、東京大学特別栄誉教授で、ニュートリノ観測によりノーベル賞受賞が確実視されていた物理学者・戸塚洋二(1942-2008//66歳没)が、大腸がんで余命僅かであると宣告されて、その死までの1年間を科学者ならではの冷徹な視線で最期の日々を綴ったもので、「文藝春秋」2008年9月号に「あと三カ月。死への準備日記」という形で発表された、それまで著者が密かに匿名でネットのブログに書き綴っていたがんとの闘病記録が基になっています。
編者の立花隆(1940-2021/80歳没)も述べていますが、この記録、ただの闘病記ではなく、闘病記としてもすごいですが、それ以上にそれ以外の部分で、全体が心の赴くままに書き連ねた随想録になっていて、その分野は、人生論、科学論、自然論、医学論、教育論、社会論、宗教論、時代論と多岐にわたるものになっています(「高齢者非正規社員」といった問題や映画「ボーン・アルティメイタイム」の感想まで出てくる)。
2008年7月11日「朝日新聞」朝刊
もちろん闘病記そのものの部分も、治療経過を克明に分析し、自分のがんのCT写真をデジタル化してその大きさを計測し、がん細胞の成長曲線を描いて予後を推定したり、そこに抗がん剤の服用期間を書き入れてその効果を測るなど、ほとんど著者自身が医者かと思われるくらい徹底しています(サイエンティフィックなマインドを持つ患者の体験談をデータベース化すべしといった医療に向けての提言もある)。
人生論に関しては、仏教学者(インド仏教史)で真宗の僧侶でもある佐々木閑(ささき しずか、1956年生まれ)氏の著作への傾倒が見られ、そこから宗教・哲学だけでなく、宇宙論などの科学論や自然論に発展していきますが、一方で、自分の庭に咲く花々を何枚も写真に撮って、それを素材に遺伝論などの自然論を語っいるのも興味深いです(著者が撮った写真が文庫版の表紙を飾っている)。
ブログをはじめて6カ月、大腸がんは肺に転移し、遂に骨にまで侵食します。著者は、限られた人生の中で何を糧に生きればよいか模索しますが、そその一方で、佐々木閑氏の著作(『犀の角たち』など)を読み続け、脳科学は科学の突破口となるか、古代仏教の本質は何か、ついには人類の存続可能性など様々なことを考えます。しかも、そうしたことを考えながらも、病気の進行玲冷静に観察し、記録に残すとともの、庭の花々の観察も続けているというのが興味深いです。
結局これらは2008年の7月2日まで続き、7月10日に亡くなっています。書き始めたのが2007年の8月14日であるため、約1年ということになりますが、その内容の濃さにはある意味"充実"が感じられます。
カテゴリーは、最初の3カ月は「人生」「大腸がん治癒経過」「(仕事場のある)奥飛騨」が主で、次の3カ月から「我が家の庭に咲く花」が加わり、我が家の庭に咲く花々は最終的には19回にわってって取り上げられ、最後の3カ月では大腸がんの報告よりも登場頻度がずっと上回っているのも興味深いです。自らのがんと対峙しながらも、それだけに埋没しないでいる姿勢に、何か教えられるものを感じました。
個人的には、書評・映画評のブロガーで、途中から中下咽頭癌に冒されながらも、入院58日間の入院記録と併せ1万回近いエントリーを重ねた「新稀少堂日記」さんのブログを想起したりもしました。最期の時間の過ごし方として、共に参考になるように思います。自分がそうなれるかどうかはその時になってみないと分かりませんが、「ブログを書く」という行為を選択肢として想定しておく分にはいいのではないでしょうか。
【2011年文庫化[文春文庫]】
《読書MEMO》
●ブログ「新稀少堂日記」



第2章「看護学生に語る『生と死』」は、これから患者の死に立ち会うであろう看護学生に向けてリアルな医療の現場を語った'10年の講演録で、人は死ぬ瞬間に何を思うか、難しいがん患者のケア、長期療養病棟の現実、尊厳死とどう向き合うか、などについて述べています。また、その中で、キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』など、人間の死や終末医療に関する本を紹介しています。

また、この中で、「NEWS23」のキャスターで73歳でガンで亡くなっただった筑紫哲也(1935-2008)のことに触れられていて、ガン治療に専念するといって番組を休んだ後、ほぼ治ったと(Good PR)いうことで復帰したものの、2か月後に再発して再度番組を休み、結局帰らぬ人となったことについて(当時まだ亡くなって2年しか経っていないので聴く側も記憶に新しかったと思うが)、「Good PR」はガンの病巣が縮小しただけで、まだガンは残っている状態であり、これを「ほぼ治った」と筑紫さんは理解してしまったのだとしています。かつては、病名告知も予後告知もどちらも家族にするのが原則でしたが、最近は本人に言うのが原則で、ただし、予後告知とか、どこまで本人がきちんと理解できるような形でお行われているのか、或いは、詳しくは言わない方がいいという医師の判断が働いていたりするのか、考えさせられました。



文京区・小石川で、手提げ袋を両手にえっちらおっちら歩く立花隆氏を"目撃"したことがありますが、書評としてとり上げる候補の本を購入したところだったのでしょうか。

ノンフィクションしかとり上げない主義のようですが、「例外」的に寺山修司の詩集と宮崎駿のコミック(『風の谷のナウシカ』(全7巻))が入っているのは、個人的な繋がりからでしょうか。
時代のこうした人物ドキュメント本に、寺山修司が「情報社会のオデッセー」なんていう帯書きをしていたという事実が、余談の部分ではあるけれど興味深かったです(今や「知の巨人」と言われる立花氏とて、無名時代に世話になった人に対しては生涯にわたって恩義を感じるものだということの例に漏れるものではないのだろなあ)。

『

利根川 進 氏



結果として、体系的な知識が得られるという本にはなっていない気もしますが、サル学者になるわけではないから、まあいいか。


