「●「死」を考える」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3526】 久坂部 羊 『人間の死に方』
「●超心理学・スピリチュアル・オカルト」の インデックッスへ
「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が、人生は豊かになるのではないかという本。

『おかげさまで生きる (幻冬舎文庫)』['17年]
『人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』['11年]
現役のER医師である著者が、生と死が行き交う日々の中で、数々の不思議な体験を通して大いなる力や神・魂の存在について思索した本。
第1章では、自身が医師になった理由や、生と死の現場を見て来て、人は必ずこの世を去るものだと実感しながらも、容態が急変して亡くなる人もいれば予想を超えて命を繋ぐ人もいること、現代医学に限界がある一方で、気功などの不思議な世界を自身も体験したことなどが綴られています。
第2章では、神は在るかということを問うています。著者自身は医師として科学主義の道を歩んできたが、科学主義も万能ではなく、物質領域を扱う自然科学に対して、精神の領域を扱う知の領域として宗教があるとしています。以下、三大宗教をはじめとする世界の宗教や日本の宗教について考察し、さらには、生命の神秘、宇宙の神秘に想いを馳せ、宗教における「神」とは、人知を超えたすべてを知る「大きな力」であり、自身はそれを「節理」と呼ぶとしています。
第3章では、著者自身の体験も含め、非日常的な事例、現在の自然科学では説明できない、言うならば霊的な領域に関する事例を紹介しています。ここでは、自分の中に他者が入り込んでしまった人や、自分の「死」を見つめる経験(所謂「体外離脱体験」)をした人の話、さらには著名な登山家メスナーの不思議な体験が紹介されたり、登山を趣味とする著者自身の墜落事故と二度目の滑落事故の際の不思議な体験が語られています。
いずれも実に不思議な話ですが、極め付けは、著者の父親の晩年と母親の晩年、そして母親が亡くなった際の話(孤独死だった)に続く、母親との「再会」の話です。つまり、霊媒師のような人を通して、著者が亡くなった母親と対話(交霊)したという話で、「そちらでお父さんに会ったの?」「お父さんには会わないわ」とか、かなり具体的です。やはり実際にこうした経験をしたことが、著者が「霊性」というものに思索をめぐらす契機になったのでしょう。
第4章では、過去に「霊」について研究した人々を紹介し、スピリチュアリズムとは何か、スピリチュアリズムにおける霊魂と体の概念や近代スピリチュアリズムの系譜などを解説しています。
最後の第5章では「人は死なない」という章題のもと、人知を超えた大いなる力(節理)と生の連続性、そしてそれを認識した上で人はいかに生きるかを述べています。ここでは「現代の霊性」というものについて考察し、「利他」という考えに到達し、著者の仕事である救急医療における利他の実践を追求するとし、「人は死ぬ」が霊魂は生き続ける、という意味で「人は死なない」として、本書を締め括っています。
読んでみて、「現代の霊性」というものを「生きるための知恵」として著者が捉えていることが窺えました。あとがきにもありますが、「人間の知識は微々たるものであること、節理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は節理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会の捉え方も変わるのではないか」というのが本書のモチーフです。
Amazonのレビューに「本書の一番のポイントは、現役の東大医学部の教授の著者が「霊」の存在を確信し「人は死なない」と言い切った点にある」としたものがありましたが、「人は死なない」と声高に言っているのではなく、人はもっと自分が「死ぬ」という事実をしっかり見つめる必要があるとした上で、「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が人生は豊かになるのではないかと投げかけている本であると、個人的にはそのように受けとめました。スピリチュアリズムって無碍に否定するものでもないと教えてくれる、その意味で得るところがあった本でした。
『人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索-』['11年/バジリコ]
『医師が考える死んだらどうなるのか?: 終わりではないよ、見守っているよ』['13年/PHP研究所]
『悩まない---あるがままで今を生きる』['14年/ダイヤモンド社]
『身軽に生きる』['20年/海竜社]

竹倉 史人 氏
第4章では「前世を記憶している子どもたち」について、米国ヴァージニア大学医学部の付属機関DOPSで行われている、子どもたちが語る「前世の記憶」が客観的事実と一致しているかという研究を中心に考察しています。そもそも、大学付属でそうした研究機関があるのが驚きですが、精神科医で「生まれ変わり現象」研究で知られ、『前世を記憶する20人の子供』『前世を記憶する子どもたち』といった著書のあるイアン・スティーヴンソン(1918-2007)が創始者で、その研究を巨額の私財で支えたのが、世界で初めてゼログラフィー(コピー機の原理である技術)の開発で巨万の富を得たチェスター・カールソン(1906-1968)だそうです(大学側を、金出してくれるならいいだろという感じか)。
この章では、「前世を記憶する子ども」の証言も紹介されており、またそれに対する意見なども紹介されていますが、アメリカの惑星学者カール・セーガン(1934-1996)が『人はなぜエセ科学に騙さされるのか』という本の中で、「前世ついて具体的に語る幼い子供が一部におり、それは調べてみると正確であることがわかり、生まれ変わり以外では知ることができなかったはずのことである」と述べていることです。セーガンも生まれ変わりは信じていないとしており(否定派)、でも「自分の考えがも違っている可能性もある」「真面目に調べてみるだけの価値はある」としているそうです。
また、この章では、、「前世を記憶する子ども」について、言語学者の大門正幸(1963- )(肯定派)の発表した資料なども紹介されています(前世を記憶している子供たちがそれを語り始めるのは平均2歳からで、自分から話さなくなるのは平均7歳までということと、過去生の死から次の誕生までは平均4年5か月。前世を記憶しているのは、非業の死を遂げた場合が多いことなど)。
『
「週刊新潮」の連載がベースになっていますが、連載中には、「幸福の科学」がら、著者の大学に押しかける、職員に「抗議書」を手渡す、役職者に「面会依頼」を郵送する、ネットで名誉を毀損する等の「嫌がらせ」を受けたり、スピリチュアリズムの大家(?)大門正幸氏から「週刊新潮」宛てに抗議メールが届いて、それに対してネット上で反論したりと、いろいろあったようです。
ところが、第2章に入って、なぜ人は妄信するのかということを論じるにあたって、「STAP細胞」事件に触れたと思ったら、どんどんそちらの方に行ってしまいました(連載が「STAP細胞」問題の発覚と時期的に近かったこともあるのかもしれないが)。確かに「人はなぜ騙されるのか」、という観点からすれば、プロセスにおいて繋がってくるのかもしれませんが、「STAP細胞」の事件そのものは"オカルト"と言うより"捏造"であり、単純に"不正"であるということの問題ではないでしょうか。いまだに当事者である女性研究者を信じている人はいるようなので("頑張れ!"的な取り巻き応援団は結構いるようだ)、完全には終っていない問題ではあるのでしょうが。


それと、'89年に発覚した「宮崎勤事件」の時の雑誌報道にあったような、「彼の写真の背後に殺害された少女の姿が...」といった(どう見てもそんなものは写ってなかった)騒ぎに対しても、怒りを露わにしています。'80年代以降の「心霊写真」ブーム特徴として、それまでのような文学性(物語性)が排除されて、単なる投稿写真ネタになってしまったとのことで、そろそろ、こうしたブームは終わるべき時がきたのではないか、としています(本当に、コレ、"ゾンビ"のように終わらないものなのかも知れないが)。

安斎 育郎 氏
特に、科学者もだまされた(と言うか、誤った方向へのめりこんだ)例として、世界的な物理学者・長岡半太郎が、水銀から金をつくり出す研究に没頭していたという話は興
味深く、また、野口英世が為した数々の病原菌の発見は殆ど誤りだったという話は、分子生物学者・福岡伸一氏のベストセラー『
この話の後に、"計算の出来る馬"として世間を騒がせた「賢いハンス」の話がきたかと思うと、旧石器発掘捏造事件(所謂"ゴッド・ハンド事件")の話やナスカの地上絵の話などがきて、英国のミステリー・サークルは2人の老画家がその全てを描いたという話は一応これに繋がりますが、更に、動物の「擬態」の話(科学者らしいが)がきたかと思うと、社会的な問題となった詐欺事件や戦争報道の捏造などがとり上げられていて、読者を飽きさせはしないけれども、体系的ではないという印象。

山折 哲雄 氏 (宗教学者)
多い山折哲雄氏が、神秘体験について考察したもので、刊行は'89年。




Houdini 

そう言えば、「刑事コロンボ」が新シリーズで11年ぶりに再開した際の第1弾(通算では第46話)が「汚れた超能力」(「超魔術への招待」)というもので
「新・刑事コロンボ(第46話)/汚れた超能力」 (「刑事コロンボ'90/超魔術への招待」)●原題:COLUMBO: COLUMBO GOES TO THE GUILLOTINE●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:レオ・ペン●製作:スタンリー・カリス/ジョン・A・マルティネリ/リチャード・アラン・シモンズ/ピーター・V・ウェア●脚本:ウィリアム・リード・ウッドフィールド●撮影:ロバート・シーマン●音楽:ジョン・カカヴァス●時間:93分●出演:ピーター・フォーク/アンソニー・アンドリュース/カレン・オースティン/ジェームズ・グリーン/アラン・ファッジ/ダナ・アンダーセン/ロバート・コンスタンツォ/アンソニー・ザーブ●日本放映:1993/05 (NTV)●最初に観た場所:自宅(VHS)(91-09-04)(評価:★★★)




パイパー夫人 (レオノーラ・パイパー)
