【3536】 ○ 矢作 直樹 『人は死なない―ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』 (2011/08 バジリコ) ★★★★

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「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が、人生は豊かになるのではないかという本。

人は死なない.jpgおかげさまで生きる (幻冬舎文庫).jpgおかげさまで生きる (幻冬舎文庫)』['17年]

人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』['11年] 

 現役のER医師である著者が、生と死が行き交う日々の中で、数々の不思議な体験を通して大いなる力や神・魂の存在について思索した本。

 第1章では、自身が医師になった理由や、生と死の現場を見て来て、人は必ずこの世を去るものだと実感しながらも、容態が急変して亡くなる人もいれば予想を超えて命を繋ぐ人もいること、現代医学に限界がある一方で、気功などの不思議な世界を自身も体験したことなどが綴られています。

 第2章では、神は在るかということを問うています。著者自身は医師として科学主義の道を歩んできたが、科学主義も万能ではなく、物質領域を扱う自然科学に対して、精神の領域を扱う知の領域として宗教があるとしています。以下、三大宗教をはじめとする世界の宗教や日本の宗教について考察し、さらには、生命の神秘、宇宙の神秘に想いを馳せ、宗教における「神」とは、人知を超えたすべてを知る「大きな力」であり、自身はそれを「節理」と呼ぶとしています。

 第3章では、著者自身の体験も含め、非日常的な事例、現在の自然科学では説明できない、言うならば霊的な領域に関する事例を紹介しています。ここでは、自分の中に他者が入り込んでしまった人や、自分の「死」を見つめる経験(所謂「体外離脱体験」)をした人の話、さらには著名な登山家メスナーの不思議な体験が紹介されたり、登山を趣味とする著者自身の墜落事故と二度目の滑落事故の際の不思議な体験が語られています。

 いずれも実に不思議な話ですが、極め付けは、著者の父親の晩年と母親の晩年、そして母親が亡くなった際の話(孤独死だった)に続く、母親との「再会」の話です。つまり、霊媒師のような人を通して、著者が亡くなった母親と対話(交霊)したという話で、「そちらでお父さんに会ったの?」「お父さんには会わないわ」とか、かなり具体的です。やはり実際にこうした経験をしたことが、著者が「霊性」というものに思索をめぐらす契機になったのでしょう。

 第4章では、過去に「霊」について研究した人々を紹介し、スピリチュアリズムとは何か、スピリチュアリズムにおける霊魂と体の概念や近代スピリチュアリズムの系譜などを解説しています。

 最後の第5章では「人は死なない」という章題のもと、人知を超えた大いなる力(節理)と生の連続性、そしてそれを認識した上で人はいかに生きるかを述べています。ここでは「現代の霊性」というものについて考察し、「利他」という考えに到達し、著者の仕事である救急医療における利他の実践を追求するとし、「人は死ぬ」が霊魂は生き続ける、という意味で「人は死なない」として、本書を締め括っています。

 読んでみて、「現代の霊性」というものを「生きるための知恵」として著者が捉えていることが窺えました。あとがきにもありますが、「人間の知識は微々たるものであること、節理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は節理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会の捉え方も変わるのではないか」というのが本書のモチーフです。

矢作 直樹.jpg Amazonのレビューに「本書の一番のポイントは、現役の東大医学部の教授の著者が「霊」の存在を確信し「人は死なない」と言い切った点にある」としたものがありましたが、「人は死なない」と声高に言っているのではなく、人はもっと自分が「死ぬ」という事実をしっかり見つめる必要があるとした上で、「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が人生は豊かになるのではないかと投げかけている本であると、個人的にはそのように受けとめました。スピリチュアリズムって無碍に否定するものでもないと教えてくれる、その意味で得るところがあった本でした。


人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索-』['11年/バジリコ]
医師が考える死んだらどうなるのか?: 終わりではないよ、見守っているよ』['13年/PHP研究所]
悩まない---あるがままで今を生きる』['14年/ダイヤモンド社]
身軽に生きる』['20年/海竜社]

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