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画期的シチュエーション。多様な人物造型。自然主義文学と似ている点、新たな点。

『ペスト (新潮文庫) 』['69年]「プレイグ [VHS]」ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア
『ペスト (岩波文庫)』['21年(三野博司:訳)]『ペスト (光文社古典新訳文庫) 』['21年(中条省平:訳)]

「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診察室からでかけようとして、階段口のまんなかで、一匹の死んだ鼠につまずいた」―。アルベール・カミュが第二次大戦後まもない1947年に発表した小説で、194X年のアルジェリアの人口二十万人の港町オランが舞台(オランはアルジェリア北西部に位置する同国第二の人口(2008年現在683,000人)を持つ都市で、観光名所である)。大流行する感染症のペストに対して、人々が何の手も打てず、死者が増え続ける。絶望の淵で、思想も立場も異なる人たちが手を携え感染症という不条理に抗う様子を描いています。
このカミュの『ペスト』は、新型コロナウイルスが猛威を奮う中で空前のヒットとなった作品でもあります。新潮文庫版は2020年だけで過去の販売総数を超えてしまったといい、岩波文庫(三野博司:訳)や光文社古典新訳文庫(中条省平:訳)でも新訳が刊行され、中条省平氏監修の『NHK「100分de名著」ブックス アルベール・カミュ ペストー果てしなき不条理との闘い』('20年7月/NHK出版)や、哲学者、教育家、作家の大竹稽氏(1970年生まれ)が監修した『マンガ&あらすじでつかむ! 60分でわかる カミュの「ペスト」』('20年7月/あさ出版)、哲学者の小川仁志氏が監修した『まんがでわかるカミュ『ペスト』』('20年7月/宝島社)といったテキスト本やマンガも刊行されました。
物語の主要登場人物は以下の10人です(語り手は0番とした)。
⓪ 語り手:その正体は最後になって明かされる。
① ベルナール・リウー:医師。
② ジャン・タルー:よそ者、彼の手帳がこの作品のもうひとつの語り手。
③ ジョセフ・グラン:作家志望の下級役人。
④ コタール:絶望に駆られた男、犯罪者。
⑤ カステル:老医師。
⑥ リシャール:市内で最も有力な医師の一人。医師会長。
⑦ パヌルー:博学かつ戦闘的なイエズス会の神父。
⑧ オトン氏:予審判事、「ふくろう男」。
⑨ レイモン・ランベール:新聞記者。
⑩ 喘息病みの爺さん:リウーの患者
訳者・宮崎峰雄の文庫解説を参照すると、物語の記述者は結局①医師リウーであるが、もう1つ、②タルーの「手帳」があり、この2つの流れのほかに、③老吏グランの生涯とタルーの生活、⑩喘息病みの爺さんの生活、という3つの"小島"があるとのこと。登場人物はペストとの遭遇で大きく変貌する人と変わらない人に分かれ、前者に属するのが⑦司祭パヌルー(「神の正義」を代表)、⑧判事オトン(「社会の正義」を代表)、⑨新聞記者ランベール(「人間の正義」を代表)、④犯罪者コタール(それら正義、とりわけ社会正義に反抗する孤立者)で、後者が①医師リウー、②よそ者タルー、③下級役人グラン、⑩喘息病みの爺さん、⑤老医カステルなどであるとのことです(⑩の喘息病みの爺さん以外は、共同社会の連帯性に目覚めた「不条理人」であると)。
⑧オトン判事は、愛児の死によって慎ましい愛の奉仕者に変貌しますが、②よそ者のタルーと同じようにペストの終息直前に病に斃れることは、苦行者というものに対するカミュの考え方を暗示しているのかもしれないと。一方、④絶望に駆られた犯罪者コタールの変貌は、非常事態のため法の追求を逃れたことの喜び以上に、すべての人々がいわば自分と同じ境遇に陥り、社会的孤立から救われた喜びにあり、②第二の語り手タルーは「あの男の唯一の本当の罪は、子供たちた人々をしなせたところのものを、心の中で是認していたことだ」と言います。一方、①第一の語り手リウー医師はこの男にある種連帯感に似た苦痛を示しています。さらに、⑦パヌルー神父となると、最初ペストに神の懲罰を見、人々に改悛を説いていたところが、罪なき子の死に直面し、それに憤りたくはなるが「それはつまり、それがわれわれの尺度を超えたことだからです。しかし、おそらくわれわれは、自分たちに理解できないことを愛さねばならないのです」、つまり「不条理」ゆえに却って神を愛さねばならないという思いに至り、これが①リウー医師との際立った相違点になります。
前作『異邦人』は、ムルソーというこれまでの小説に無かった新しいタイプの登場人物を産み出したことに大きな価値があったようように思いますが、この『ペスト』では、パンデミックというこれまでほとんど小説の背景として無かったシチュエーションを描いているの画期的です(エドガー・アラン・ポーがフランスでのコレラ流行とパニックをモデルにした短編を著している)。しかし、これが小説として面白く読めるのは、パニック小説だからではなく、以上延々述べたように、登場する様々な人物が、それぞれ様々な生き方や人生観の象徴としてあり、それらが互いに影響し合ったり変化したりしていることで、そこにまたリアリティもあるためでしょう。主要登場人物だけで10人ぐらいいて(このほかにリウー医師の母親などもいる)、読んでいて、バルザックやゾラの小説を読んでいるときのような気分になります。
バルザックやゾラと言えばフランス自然主義文学ですが、人間が不条理な状況に直面した時の対応をテーマにしたこの作品は、ある意味、人間の行動を環境や遺伝子などの要因で決定されるとするフランス自然主義の流れを汲むともとれます(『ペスト』では、人間が自然災害に直面した時の無力感や絶望感が描かれているが、自然主義的な視点から見れば、これは自然の力に対する人間の無力さを表しているとも言える)。一方『ペスト』では、ペストに立ち向かうための反抗や連帯の姿が描かれていて、この点は、自然主義とは対照的に、人間は環境に抗うことができるというメッセージが込められていると思います。また、カミュは、世界は意味をなくし、不条理であるという考え方を重視していますが、自然主義は、人間の行動は環境や遺伝子によって決定されると捉え、不条理という概念を重視していません。そうした観点からみると、これまでの文学の流れを汲みながら、新しい枠組みを示した作品とも言えます。
パンデミックを小説の背景としたという点で似たシチュエーションの作品で、ポルトガル初のノーベル文学賞作家(劇作家・ジャーナリストでもある)ジョゼ・サラマーゴ(1922-2010/87歳没)が1995年に発表した『白の闇』(2001年/日本放送出版協会)があります。急に目の前が白い闇状態になって見えなくなる伝染病が原因不明のまま次々と周囲に伝染していき、事態を重く見た政府が、感染患者らを、精神病院だった建物を収容所にしてそこへ隔離するが、介助者のいない収容所の中で人々は秩序を失い、やがて汚辱の世界にまみれていくというもの(『ペスト』以上にディストピア的か)。2008年にフェルナンド・メイレレス監督、ジュリアン・ムーア主演で「ブラインドネス」として映画化もされ、第61回カンヌ国際映画祭のオープニング作品でした。日本からも最初に感染する夫婦役で伊勢谷友介、木村佳乃が出演していますが、ほとんどパニック映画といったところでしょうか(全部観ていないので、ちゃんとした評価はできないが)。

このカミュの『ペスト』も、1992年に「プレイグ」(plague、ペストの英語表現)として映画化されています。舞台を現代の南米の架空の小都市(市の名前は原作と同じ)に移し、エイズをはじめとする時代状況の変化に即した新たな解釈が付け加えられていますが、原作にほぼ忠実に映像化されていると言えます。監督・脚本はアルゼンチン・ブエノスアイレス出身のルイス・プエンソ。音楽は、「炎のランナー」「ブレードランナー」などのヴァンゲリス。出演はウィリアム・ハート(リウー医師)、ロバート・デュヴァル(グラン
ト老人・原作の喘息病みの爺さんに相当する役か)ほか、「グラン・ブルー」主演のジャン・マルク・バール(原作の新聞記者レイモン・ランベールに該当するテレビカメラマン役)、「仕立て屋の恋」のサンドリーヌ・ボネール(ニュースキャスターのマルティーヌ。原作に無いキャラで、しいて言えばレイモン・ランベールの分身か。「仕立て屋の恋」じゃないが、この映画でもウィリアム・ハート医師を誘惑するなどややファム・ファタールがかっている)、「蜘蛛女のキス」のラウル・ジュリア(暗黒街とつながりがあり、最後に無差別発砲をする男コタール役。「アダムス・ファミリー」シリーズでも知られたギョロ目俳優だが'94年に急逝してシリーズが「2」で終わってしまった。ホンダ・オデッセイのCMにも出ていた)と意外と豪華布陣。単なるパニック映画にしてしまわなかった点は評価されるべきかもしれませんが、演出のまずさから全体的にぼんやりとしまい、作品

の意図した事が不明瞭なまま雰囲気だけ盛りたてて先に進んでしまう、かなり一人よがりな印象も。やはり、原作の不条理的テーマというのは映画では伝わりにくいものだったかもしれません(あらすじを再確認するにはまずまずだった)。
ウィリアム・ハート(リウー医師)/ロバート・デュヴァル(グラン老人)/ラウル・ジュリア(コタール)
「プレイグ」●原題:THE PLAGUE/LA PESTE●制作年:1992年●制作国:フランス・イギリス・アルゼンチン●監督・脚本:ルイス・プエンソ●製作:クリスチャン・チャレット/ジョン・ペッパー●撮影:フェリックス・モンティ●音楽:ヴァンゲリス●原作:アルベール・カミュ●時間:120分●出演:ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア/ジャン=マルク・バール/サンドリーヌ・ボネール/ヴィクトリア・テナント●日本公開:1995/02●配給:日本スカイウェイ(評価:★★★)
ラウル・ジュリア/ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル
サンドリーヌ・ボネール

ラウル・ジュリア(1940-1994)
ホンダ「オデッセイ」CM (1994)(出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア)
「アダムス・ファミリー [DVD]」

「アダムス・ファミリー」●原題:THE ADDAMS FAMILY●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:バリー・ソネンフェルド●製作:スコット・ルーディン●脚本:キャロライン・トンプソン/ラリー・ウィルソンソ●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:マーク・シャイマン(主題歌:M.C.ハマー)●原作(キャラクター創造):チャールズ・アダムス●時間:100分●出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア/クリストファー・ロイド/クリスティーナ・リッチ/ジュディス・マリナ/ダナ・アイヴィ/カレル・ストルイケン/ダン・ヘダヤ/ポール・ベネディクト/エリザベス・ウィルソン/ジョン・フランクリン●日本公開:1992/04●配給:COLTRI(コロンビア・トライスター映画)(評価:★★☆)
「アダムス・ファミリー2 [DVD]」

「アダムス・ファミリー2」●原題:THE ADDAMS FAMILY VALUES●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:バリー・ソネンフェルド●製作:スコット・ルーディン●脚本:ポール・ラドニック●撮影:ドナルド・ピーターマン●音楽:マーク・シャイマン(主題歌:Addams Family (WHOOMP!))●原作(キャラクター創造):チャールズ・アダムス●時間:94分●出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア/クリストファー・ロイド/ジョーン・キューザック/クリスティーナ・リッチ/キャロル・ケイン/ダナ・アイヴィ/ジョン・フランクリン/ジョーン・キューザック/メルセデス・マクナブ/デヴィッド・クラムホルツ/ピーター・マクニコル/クリスティーン・バランスキー/ネイサン・レイン/トニー・シャルーブ/シンシア・ニクソン/デヴィッド・ハイド・ピアース/バリー・ソネンフェルド●日本公開:1993/12●配給:ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ(評価:★★☆)
⦅「プレイグ」詳しいあらすじ⦆
南米の小都市オラン。政局が混乱し、特別警戒体制にあるこの地を取材すべく、フランスのテレビ局からカメラマンのタルー(ジャン=マルク・バール)とニュースキャスターのマルティーヌ(サンドリーヌ・ボネール)が訪れていた。マルティーヌはある時、ホテルのエレベーター内で鼠を見つけ、まもなく泡を吹いて死んだのを目撃する。やがて激しい悪寒と嘔吐の末に死ぬ人々が続出し、オランの街は静かな死の恐怖に包まれた。医師のリウー(ウィリアム・ハート)は、早くからそれをペストによるものだと判断。ペスト発生のニュースを隠すよう要請する市行政部の意見に真っ向から反対し、軍隊を呼んで街を閉鎖すべきだと主張する。街は完全に封鎖され、タルーは特ダネのチャンスだと意気込むが、恋人をパリに残すマルティーヌは街から脱出しようと決心する。彼女はその工作のため、暗黒街とつながりのある男コタール(ラウル・ジュリア)と接触する。その間にも犠牲者は増え続け、3人は罪なき聖歌隊の少年が、死の床で短い命を散らすところに立ち会った。教会で人々の改悛を説いていたパヌルー神父は、この不条理な死を受け入れがたく、苦悩した末にペスト患者の死体を埋葬する穴に赴き、自らの体を横たえる。さらにリウーの友人で気のいい老役人グラント(ロバート・
デュヴァル)も病に倒れ、マルティーヌはベッドに横たわる瀕死の彼を見舞う。タルーとマルティーヌは街に残り、ボランティアとしてリウーに協力した。だが、マルティーヌは隔離所に収容されてしまい、タルーは自分がペストに罹ったことを知る。やがてペストの猛威も終息に向かう。グラントは一命を取り留め、タルーも快方に向かい、マルティーヌも隔離所から開放された。オランの人々が笑顔を取り戻した頃、狂気にとらわれたコタールが部屋に立て籠り、「ペストはまだ終わっていない、いつかまたやって来るぞ」と叫び、通りに向けて無差別に発砲した。リウーが説得に当たったが、群衆を守ろうとしたタルーが撃たれた。リウーは瀕死の彼を抱いて泣いた。
ウィリアム・ハート/サンドリーヌ・ボネール/ジャン=マルク・バール/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア
【1969年文庫化[新潮波文庫(宮崎嶺雄:訳)]/2021年再文庫化[岩波文庫(三野博司:訳)]/2021年再文庫化[光文社古典新訳文庫(中条省平:訳)]】


この作品は「
映画は劇場未公開で、80年代に日
本語ビデオが「パワースポーツ企画販売」という主としてグラビア系映像ソフトを手掛ける会社から「サイコティック」というタイトルで発売(年月不明)され、こうした会社からリリースされたのは、テイラーの乳首が透けて見えるカットがあるためでしょうか("色モノ"扱い?)。'20年5月にDVDの海外版が再リリーズ、'22年12月VOD(動画配信サービス)のU-NEXTで日本語字幕付きで配信されました。
ではないでしょうか。一部改変されていて、リズが当初からインターポールにマークされている設定になっていますが(ただしその理由は最後まで明かされない)、これは、映画の脚本にも参加したミュリエル・スパークがインターポールに勤務したことがあるという経歴の持ち主のためでしょうか(アンディ・ウォーホルが出演している)。
エリザベス・テイラーは体当たり的にこの難役に挑んでいますが、役が役だけに、また、ましてやオチが不条理オチだけに、評判はイマイチだったようです(彼女の生涯最悪の映画とも言われているらしい)。
また、「嘱託殺人」を選んだのは、主人公がカソリックで、自殺が禁じられていることも理由として考えられるように思いました(自分を殺す際に手足を縛ることまで要求したのは、あくまでも殺人だと印象付けるため)。
「サイコティック」●原題:IDENTIKIT(英:DRIVER'S SEAT/伊:SMRT U RIMU)●制作年:1974年●制作国:イタリア●監督:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ●製作:フランコ・ロッセリーニ●脚本:ラファエル・ラ・カプリア/ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ/ミュリエル・スパーク●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:105分●出演:エリザベス・テイラー/イアン・バネン/グイード・マンナリ/モナ・ウォッシュボーン/アンディ・ウォーホル●配信:2022/12●配信元:U-NEXT(評価:★★★★)




この作品は、ロナルド・ニーム監督(「
1930年頃、スコットランドの首都エジンバラ。マーシア・ブレーンという名門女子高があった。先生たちは、みな地味だったが、一人ミス・ジーン・ブロディ(マギー・スミス)だけは違っていた。派手な服装、ウィットに富んだ会話そして自分はいま、青春のただ中にいると公言してはばからなかった。彼女に反感を持った生徒もいたが、逆に、彼女に惹かれ〈ブロディ一家〉と称する生徒たちもいた。サンディ(パメラ・フランクリン)、モニカ、ジェニー、メリーの四人組である。一方ブロディは、美術教師テディ(ロバート・スティーブンス)の恋人なのだが、彼の態度が煮えきらないので、音楽教師ゴードンに心を移した。こんな一件に生徒たちが関心を持たないはずがない。加えて学校側も攻撃に出る。ブロディの立場は少しずつ悪くなっていく。やがてゴードンが離れ、テディも離れていく。だがブロディはテディのことを忘れることが出来ない。テディとて同じこと。ブロディの代りにサンディをモデルにして絵を描いていたが、顔だけはブロディになってしまう。このことはサンディの心をいたく傷つけた。やがてブロディにとって進退きわまりない事件が持ちあがった。スペイン戦争を賛美した彼女の教えに、生徒の一人メリーが兄を訪ねて戦場に行ったのである。そして空爆に遭い死んでしまう。攻撃の矢は一斉にブロディに向けられ、ついに退職するところまで追い詰められた。頼みの生徒サンディも彼女に背を向ける。ここに来て初めて、ブロディは、自らの青春が終りを告げたことを知るのだった―。
映画では、冒頭からマギー・スミス演じるブロディ先生は学校に新しい息吹をもたらすエースであるかのように颯爽と登場し、女性校長はそれを良く思わない頑固な守旧派のような形で始まって、この点では小説と同じですが、やがてすぐにブロウディ先生はどこかおかしいということが伝わってくるようになっています。それと、映像で見るせいか、性的抑圧が強い印象を受け(実際に複数の男性教師から誘惑される)、彼女の行動の根底にそうしたものがあることを原作以上に窺わせるものとなっていました(サンディって原作ではメガネかけていたっけ。美術教師テディの絵のヌードモデルになるのは原作と同じで、原作では愛人になる)。
美術教師テディが最初ブロディの代りにサンディとは別の女生徒をモデルに絵を描くも、目がマギー・スミスになっていて女生徒とは似ておらず、彼が描く少年少女や、果ては犬までもがマギー・スミスの目になっているのがご愛敬でした(行き詰ってヌード画家に転身した?)。
「ミス・ブロディの青春」●原題:THE PRIME OF MISS JEAN BRODIE●制作年:1969年●制作国:イギリス●監督:ロナルド・ニーム●製作:ロバート・フライアー●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:テッド・ムーア●音楽:ロッド・マッキューン●時間:102分●出演:マギー・スミス/ロバート・スティーブンス/パメラ・フランクリン/ゴードン・ジャクソン/ジェーン・カー/セリア・ジョンソン/シャーリー・スティードマン/ダイアン・グレイソン●日本公開:1969/11●配給:20世紀フォックス((評価:★★★☆)



ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1959年に発表した小説であり、原題もまさにMemento Mori(死を想え)。登場人物ほぼ全員70歳以上(レティの今の家政婦アンソニーはぎりぎり69歳だが)の入り組んだ人間模様を、辛辣なユーモアを交えて描き、ミステリの要素もありました。読み始めて最初の20ページいくかいかないかくらいで、病院の患者が1ダースいる老人病科(女性のみ)が舞台となり、あっという間に通算で十数人ぐらいの人物が登場したことになってしまったので、もう一度最初に戻って、人物相関図を作りながら読みました(笑)。
1996年にBBCでTVドラマ化されていて、ミュリエル・スパーク原作、ロナルド・ニーム監督の「


ミュリエル・スパーク(1918-2006)の短編集で、1958年発表の「ポートペロー・ロード」ほか15編を収録。収録作品は、「ポートペロー・ロード」(1958)/「遺言執行者」(1983)/「捨ててきた娘」(1957)/「警察なんか嫌い」(1963)/「首吊り判事」(1994)/「双子」(1954)/「ハーパーとウィルトン」(1953)/「鐘の音」(1995)/「バン、バン! はい死んだ」(1961)/「占い師」(1983)/「人生の秘密を知った青年」(2000)/「上がったり、下がったり」(1994)/「ミス・ピンカートンの啓示」(1955)/「黒い眼鏡」(1961)/「クリスマス遁走曲」(2000)。
「捨ててきた娘」... 仕事を終えてバスに乗り、帰宅しようとして「私」は仕事場に何かを忘れてきたような気がする。頭の中では雇い主のレターさんの吹く口笛の曲が鳴っている。いったい「私」は何を忘れてきたのだろう。バスの運賃を手に握り締めたまま、もういちど仕事場に戻った「私」がそこでみつけたものとは―。面白かった。アンブローズ・ビアスの「アウル・クリーク橋の一事件」、フリオ・コルタサルの「正午の島」に通じるものがあった。主人公が「周囲の視線が私を突き抜けていくばかりか、歩行者が私の体を通り抜けていくような感覚があるのだ」というのが伏線か。短めだが本短編集で一番の好み。
「双子」... 「私」が学生時代の友人ジェニーを訪ねる。ジェニーはサイモンと結婚し、二人の間には双子の子供マージーとジェフがいる。幸せを絵に描いたような夫婦と愛くるしい女の子と男の子が暮らしている家だ。楽しい滞在になるはずだった。にもかかわらず、私は次第に微妙な違和感を、その家族に感じ始める―(続きは下段に)。個人的見解だが、この双子そのものはイノセントではないのか。「キッチンでパパと女の人が一緒にいたよ」とママに言ったのでは。夫婦のディスコミュニケーションの煽りを受けて、「私」が全部扇動していることにされてしまったということではないか。
「黒い眼鏡」... 「私」は、いま一緒にいる精神科医のグレイ医師が昔の知り合いだったことに気がついた。なぜグレイ医師は一般の開業医を辞め心理学を志すようになったのか―(続きは下段に)。ドロシーとバジルの姉弟が近親相関的関係にあったというグレイ医師の見方は間違いないところでしょう。グレイ医師は精神分析を学んでこの問題を克服したとしているが、そのことを語っている「私」自身がそこに関与している可能性があるため、何が真実なのか分からないとうのは、穿ち過ぎた見方だろうか。
因みに、「新・ヒッチコック劇場」で「バーン!もう死んだ」というのを観たのですが、これはミュリエル・スパークのものとは全く別のお話(監督は「愛は静けさの中に」('86年/米)のランダ・ヘインズ)。アマンダは男の子たちと一緒に戦争ごっこがやりたいのだが、銃のおもちゃを持っていないため、仲間に入れてもらえない。そんな折、彼女のおじさんが内戦の続くアフリカから戻ってきた。お土産を探し、おじさんの鞄をあさっていると、アマンダは本物の銃を見つける。彼女はそれに弾をこめ、街へ遊びに出て行った―。これはこれで、ハラハラする話でした。旧「ヒッチコック劇場」(TBS版第1話「バァン!もう死んだ」)で男の子だったものを女の子に変え、ラストで狙われるのも家政婦から意地悪な男の子に変更したそうです。街中でわがままな女の子に狙いを定めては外し「運のいい野郎」だと捨て台詞をはくなど、細かい描写もがよく描けていました。
「新・ヒッチコック劇場(第21話)/バーン!もう死んだ」●原題:Alfred Hitchcock Presents -P-3.BANG! YOU'RE DEAD●制作年:1985年●制作国:アメリカ●本国放映:1985/05/05●監督:ランダ・ヘインズ●脚本:ハロルド・スワントン/クリストファー・クロウ●原作:マージェリー・ボスパー●時間:24分●出演:ビル・マミー/ゲイル・ヤング/ライマン・ウォード/ジョナサン・ゴールドスミス/ケイル・ブラウン/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1988/03●放映局:テレビ東京●日本放映(リバイバル):2007/07/29●放映局:NHK-BS2(評価★★★☆)