「●し 清水 宏 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2122】 清水 宏 「大学の若旦那」
「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ
運命を別つ旧女友達。及川道子の"淪落の女"ぶりに注目。伴奏付きで観たいメロドラマ作品。


「港の日本娘 [VHS]」井上雪子/及川道子 「港の日本娘」 江川宇禮雄/及川道子
横浜居留地跡の女学校に通う砂子(及川道子)とドラ(井上雪子)は大の仲良し。砂子にヘンリー(江川宇禮雄)というボーイフレンドができてからも、ドラは砂子のことを気にかけてくれている。そんな中、ヘンリーが新しい恋人・シェルダン耀子(澤蘭子)のもとに行ってしまった砂子は、嫉妬に駆られて耀子を拳銃で撃ってしまう。歳月が流れ、長崎、神戸と港町をわたりながら、水商売をしていた砂子が再び横浜に帰ってくることになった。今やヘンリーはドラと結婚して幸福な家庭を築いている。孤独な砂子をヘンリーとドラの夫婦は温かく迎えるが、なかなか昔のような関係には戻らない。砂子の情人である売れない画家の三浦(斎藤達雄)の悪戯のせいで、その関係は更に複雑に―。
清水宏監督の1933(昭和8年)サイレント作品で、横浜・神戸の旧居留地が舞台背景である上に、主演の及川道子はともかく、江川宇礼雄(本名ウィリー・メラー、後に江川ウレオ。ドイツ人と日本人のハーフ)、井上雪子(オランダ人と日本人のハーフ)といった役者陣で、かなりバタ臭い印象もあります。昔の乙女が今や娼婦になっていてかつての恋人と再会するというのはマービン・ルロイの「哀愁」('40年)みたいですが、この「港の日本娘」の方が7年早い作品です(但し、「哀愁」は1931年作品のリメイク)。


恋敵のシェルダン耀子を銃で撃ってしまったことで砂子の人生は暗転していったようですが、「その後どうなったかは、日記にでも聞いてみなさい」とのト書きが出て、途中の過程はスッパリ飛ばして、場面が切り替わったら砂子は神戸の居留地で娼婦になっています。横浜に戻っても同様で、一緒に横浜に来たマスミ(逢初夢子)は、「足抜け」すると砂子に言いに来た直後に警察に連行されてしまうし(「足抜け」と言うより何かの犯罪に関与して逃亡を図ったわけか)、何やかやあって妙子の八方塞がりのような状況がますます浮き彫りになります。
「港の日本娘」(1933)スチール写真
横浜で妙子は自分を訪ねて来たヘンリーと再会、妙子もヘンリーとドラを訪ね、その幸せそうな家庭を見て複雑な心境に。一方、三浦が(アパートで洗濯やアイロン掛けをしていて、居候と言うより殆どヒモ状況)、隣に越して来た女性が職を探していると
言っていたその女性は、医者にも見捨てられた病に冒されているとのことで、妙子が会ってみると何とそれはあの●●だった―。その淪落ぶりは妙子以上で、「こんな雨の晩に世間から見捨てられて一人ぼっちで死んでいくなんて随分惨めね」と。この辺りが、この作品のクラ
さの「底」でしょうか。しかし、妙子は彼女から真面目に生きれば世間はいつか許してくれるといった啓示を受けて、三浦を連れて横浜を去ることに(どこへ向かうんだろう?)。
「清水宏監督作品 第一集 ~山あいの風景~ [DVD]」
「按摩と女」「有りがたうさん」「簪(かんざし)」の3作品+特典ディスクに「港の日本娘」収録
妙子を演じた及川道子(1911-1938/享年26)は、早逝したこともあってか「永遠の処女」などと呼ばれることもある女優ですが、この作品では、清楚なセーラー服姿と高島田を結った淪落の女の両方を見ることができ、清水宏監督の初期作品に多く出演しながら、そのフィルムが殆ど現存していなかったりすることからも、本作は貴重な映像作品と言えるかもしれません(特に後半の
淪落ぶりに注目)。因みに、シェルダン耀子を演じた澤蘭子(宝塚歌劇団出身の"純粋"日本人)は2003年に99歳で逝去、ドラ役の井上雪子(こちらは役柄通りハーフ)は2012年に97歳で逝去しています。 及川道子(1911-1938/享年26)・逢初夢子(1915-消息不明)/澤蘭子(1903-2003/享年99)
小津安二郎の初期作品では欠かせない斎藤達雄(1902-1968/享年65)が、人の良さそうな売れない画家を演じて、三浦とどちらが妙子の夫っぽく見えるか張り合うなど軽妙な味を出していますが(この作品で唯一のコメディコント的シーン
)、斎藤達雄は小津安二郎の「生れてはみたけれど」('32年)でサラリーマン家庭の父親を演じた翌年の作品なのだなあと(役作りで前作より若く見える)。ヘンリーを演じた江川宇禮雄(1902-1970/享年68)も、同じくこの作品の前年に小津安二郎監督の「青春の夢いまいづこ」('32年)に主演で出ています。
斎藤達雄(1902-1968/享年65)/江川宇禮雄(1902-1970/享年68)

江川宇禮雄(本名:江川ウレオ、ウィリー・メラー)は、小津作品「大学は出たけれど」('29年)の高田稔(1899-1977)、「東京の合唱(コーラス)」('31年)の岡田時彦(1903-1934)などとも交友のあった人で、戦後も小津安二郎監督の「彼岸花」('58年/松竹)に佐分利信の同窓会で北竜二、笠智衆らと共に同窓生役で出演したりしていますが、個人的にリアルタイムで見たのは「ウルトラQ」('66年)の「一の谷博士」役でした。
この映画、隣に越してきたのが偶然にも因縁の女性だったとか、出来過ぎた話の部分もありますが、後半から終盤にかけての展開は目が離せないといった感じで、人生に対する肯定で終わるラストも、それまでの落ち込んだ雰囲気を一気に盛り返して、この監督らしい作品だなあと思いました。

基本的にはメロドラマかと思いますが、最初の展開が分かりづらいのと、プロセスにおいて話が結構暗かったかなあ。純粋にサイレント(音無し)で観るにはややキツイ面もあります(公開時には活弁に加え、テーマソングや野口雨情作詞の挿入歌が流された)。最近都内や横浜などで行なわれている上映会では(この作品は横浜・神戸という日本の代表的な港町の昭和初期の様子がよく窺える)、大方の場合に弁士による活弁やライブの音楽伴奏が付くようで、そうした
環境で観ることが出来ればより堪能出来る作品のように思いました。そうした機会が訪れる期待と映像のレア度を加味して星半分ぐらいオマケしました。伴奏付き(出来れば活弁バージョンで)DVD化して欲しい(●2018年に神保町シアターでピアノ生演奏(小林弘人氏)付きで観ることができた。音楽の効果は絶大で、ある種の思考回路を遮断してしまうのか、運命に流される主人公の生き方がどうのこうのと言うより、メロドラマとして完成されているとの思いを強くさせられた。シーンの変わり目に風景や小物の映像を入れて余韻を持たせるテクニックが効いていることに改めて気づいた)。
「巨匠たちのサイレント映画時代」神保町シアター2012・1/4~13
「港の日本娘」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:陶山密●撮影:佐々木太郎●原作:北林透馬●時間:72分●出演:及川道子/井上雪子/江川宇禮雄/澤蘭子/逢初夢子/斎藤達雄/南條康雄●公開:1933/06●配給:松竹蒲田●最初に観た場所(ピアノ伴奏付きで):神田・神保町シアター(18-12-22)(評価:★★★★)
神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン




長年関係が途絶えていた2つの町、コーストンとブライトン。コーストンがブライトンの土地の購入を検討中ということもあって、2つの町の友好関係を築く目的の旅行が計画されるが、裏には個人利益を狙う人々がいた。そして、ツアーの最中、参加者の一人ダルグリーシュがお化け屋敷列車で首を切り落とされた姿で見つかる―。
バス旅行ツアーにバーナビーが参加するという設定は、アガサ・クリスティの『
シーズン13の第1話にあたりますが、トム・バーナビー警部の従兄弟のジョン・バーナビー警部(ニール・ダジョン Neil Dudgeon)がブライトン署の刑事として登場。シーズン14、第82話から主役交代することになるわけですが、その前フリでしょうか(ということは従兄弟ジョン・バーナビーはコーストンからブライトンへ転勤してくるのか)。「バーナビー警部」と呼ばれて2人とも同時に反応するところが可笑しいです(一番笑ったのは、牧師が神の存在に疑念を抱いて悩んでいる時に"奇跡"が起きた場面だったのだが。蝋燭の上に偶々物が落ちて火がついただけなのだが、当の牧師は思わずひれ伏していた)。
しかし、女当主マチルダ、子孫を残すためにそこまでやるのかあ。事件解決後は「可哀そうな○○○○」の一言で済ませてしまって(まあ、自分の計画を潰した一方で、自分の代わりに復讐してくれたのも○○○○だったとも言えるが)、そそくさとバーナビーを追い返した感じ。そんな中、当主の息子である被介護人リチャードのバーナビーに向けた目線が気になります。
それにしても、バーナビーの部下ジョーンズ巡査部長とスティーブンス巡査の若い2人の職場恋愛はなかなか進展しないなあ。バーナビーの居ぬ間に携帯電話持っているから大丈夫と水辺でのランチを洒落込んだら、上司バーナビーからその携帯に殺人事件発生の急報が入り、「何故アヒルの声が聞こえるんだ」と言われて冷や汗をかく始末。
コーストンが架空の町であるのに対し、ブライトンは実在の観光地で、実業家や有名芸能人などが引退後に暮らす地としても人気の場所。いつもの長閑な田園風景とはまた一味違った、風光明媚な海沿いの光景や垢抜けた街並みがちょっとした観光気分で楽しめるエピソードでもありました。
「バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣」●原題:MIDSOMER MURDERS:SWORD OF GUILLAUME●制作年:2010年●制作国:イギリス●本国上映:2010/02/10●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/ニール・ダジョン●日本放映:2013/10/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

醤油問屋「丸藤」の若旦那・藤井実(藤井貢)は大学ラグビー部の花形選手だが、半玉芸達・星千代(光川京子)との仲が公になり退部させられる。ラグビー嫌いの父親(武田春郎)はこれで息子も商売に身が入ると喜ぶが、藤井の方は、今度はラグビー部の後輩・北村(三井秀男)の姉でレビューガールのたき子(逢初(あいぞめ)夢子)に入れ 込んでレビューに足しげく通うようになる。そうした藤井をよそにチームは猛練習を続けていたが、大事な試合を目前にして、どうしても試合に勝つために藤井を復部させることを決める―。
清水宏(1903-1966/享年63)監督の1933年作品で、サイレント・サウンド版(BGMの他に応援団の手拍子などの効果音が入る)。原作者の「源尊彦」は清水のペンネームであり、この人、小津安二郎監督の「
同シリーズ作でスターダムに。
の叔父役の坂本武(簾髪の鬘(カツラ)を被
っての出演)や、藤井の妹の婿で気の弱そうな若原役の斎藤達雄、ラグビー部員役の日守新一など、小津安二郎の初期作品の常連が脇を固め、笠智衆もその他大勢のラグビー部員の中の一人としてノンクレジットで出ています(笠智衆は、清水宏監督の「花形選手」('37年)では佐野周二とライバルの大学陸上選手の役で出ている)。
の妹みや子を、後に転落・流転の道を歩む
ことになる"伝説のアイドル女優"
星千代が藤井の練習ぶりを見たいと言うので、妹のみや子からセーラー服を宴会芸用と偽って借り出し、クルマの中で着替えさせ、女学生らしい歩き方も指南。ところが、星千代を連れてきた練習場に偶々みや子が通りかかり慌てて星千代を隠そうする―といったドタバタ・コメディ調の場面もあれば、藤井が芸者屋へ通うために、糸に繋いだカブトムシを使って帳場の金銭籠から紙幣を釣り上げるというコントみたいな場面もあったりし、更に芸者屋の女中が応援団を暴力団と勘違いしたり(柔道部主将で応援団長の堀部役の大山健二、当時29歳であるにしても角帽を被っているのに間違えられるかなあ)、星千代がセーラー服姿で大学に来て人前で藤井のことを思わず「若旦那」と呼んでしまう(まさに「大学の若旦那」)といったちょっと笑える場面等々、大・中・小の笑いをきめ細かく揃えたという印象です。
藤井を巡る女性たちだけでなく、こうした複数の男女の関係性をテンポ良く織り交ぜて巧みですが、一方で、ちょっとやり過ぎではないかと思われる場面も目立ったかなあ。星千代に兄と別れるように迫るみな子、たき子を「藤井をダメにしやがって」と平手打ちする彼女の弟・北村、等々(藤井と彼を崇拝する北村との関係はややホモセクシュアルな感じもあるが、北村が藤井を巡って妹に嫉妬したというのは穿った見方か)。
「大学の若旦那」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:青木勇/佐々木太郎●原作:源尊彦●時間:86分●出演:藤井貢/武田春
郎/坪内美子/水久保澄子/坂本武/斎藤達雄/徳大寺伸/光川京子/若水絹子/大山健二/日守新一/山口勇/三井秀男/逢初夢子/吉川満子/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/11●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)

時子(田中絹代)は昼間は会社事務員として働いているが、私生活ではチンピラの襄二(岡譲二)と一緒に暮らしている。元ボクサーの襄二はケンカに強く、数人の子分がいる。学生・宏(三井秀夫)もその仲間に加わるが、宏の姉・和子(水久保澄子)は襄二を訪ね、弟を元に戻すように哀願する。襄二は宏を姉の元に帰す一方、和子に惹かれる。それを知った時子は和子を脅そうとするが、逆に彼女の弟を思う純情に打たれ、自分や襄二も堅気になろうと決心する。襄二も同意するが、宏が窃盗を働き襄二はそれを庇うため最後の一仕事をやることに。襄二と時子は時子の会社の社長から金を盗み、宏にその金を与える。警察から逃れようとしながらも、時子は襄二に自首を勧めるが、聞き入れられないため彼を撃つ―(左は映画スチール写真(田中絹代/岡譲二))。
「
それに対し、この「非常線の女」は、洋風ハードボイルドの仕様を倣っており、「日本版フィルムノワールの傑作」と推す人も多いようです。田中絹代も背中を露わにしたイブニングドレスやトレンチコートなど洋装で出ていますが、やはり和服のイメージが強いせいか、観ていてどうも違和感があったりして....
田中絹代/岡 譲二

出演者の中では、この主人公の男女二人がともに惹かれてしまう和子を演じた水久保澄子(1916-没年不明)の清楚な美しさが良く、田中絹代以上に目を引くでしょうか。
岡譲二(1902-1970)は、コロムビア・レコードの宣伝部長を辞めて26歳で役者に転じた人(26歳で部長かあ)。映画の中でビクターの"ニッパー犬"が画面にもセリフにも出てきますが、これ、宣伝タイアップか何かなのか。 小津がこれをシーンの切り替わる際などに上手く使っているのは確かなように思います。
「非常線の女」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚色:池田忠雄●原案:ゼームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英朗●時間:100分(120分)●出演:田中絹代/岡譲二/水久保澄子/三井秀夫(弘次)/高山義郎/逢初夢子.●公開:1933/04●配給:松竹蒲田(評価:★★★)
1959(昭和34)年から1962(昭和37)年まで雑誌「冒険王」('59年7月号~'62年7月号)に連載された手塚治虫の漫画作品で(テレビアニメ化の候補だったが実現しなかった)、作者はこれを自らが初めて描いた「悪魔的なスター」であるとしています。
ガロンはピックを求めて彷徨い、たまたま温泉旅行に行ったピック一行と初めて合流、浴衣を着て旅館内を歩くという愉快な場面もありますが(身長サイズは結構テキトーに拡縮している?)、一方でピックとはぐれて勝手に暴走することも結構多く、「鉄人28号」の前半部分の、リモコンが敵に渡ったり、正太郎の手に戻ってきたりすることが繰り返される状況と似ています。





横山光輝(1934-2004/享年69)
1962(昭和37)年から1964(昭和39)年にかけて小学館の学年誌「小学一年生」('62年1月号~'64年8月号)から持ち上がりで「小学四年生」まで連載された横山光輝(1934-2004/享年69)によるロボットSF漫画です。「鉄人28号」から「魔法使いサリー」まで幅広い創作活動をし、「三国志」など中国史モノにも強かった漫画家でした(『三国志』(全60巻)は全巻持っているのだが、なかなか再読できないでいる)。
「サムソン」は「鉄人28号」と同様リモコンで少年に操られ、悪と戦う巨大ロボット。なぜその少年「のぼる君」がサムソンを操っているのかというと、近所のマッドサイエンティストから偶々サムソンを譲り受けたということで、完全に少年の個人所有物となっています(因みに「鉄人28号」は、太平洋戦争中に秘密兵器として開発されたものが、戦争が終結して使われずに眠っていたという設定)。まあ、この辺りはかなり緩い状況設定ですが(「鉄腕アトム」の生みの親・天馬博士もマッドサイエンティストと言えばそういうことになる)、動かない時のサムソンは野晒しになっていて何だか寂しそう。個人が格納庫を有するはずもありませんが、メンテナンスは大丈夫なのか? 「小学3年生」1968年8月号(連載第30回) 「
本書は"完全"と謳うだけに原画から復刻したカラー部分が美しく再現されています。連載時は巻頭にカラーページがあった時と無かった時がありましたが、改めてカラーで見るとほれぼれします(価格も相応に高いけれど)。夕焼け空をびゅーんと飛んでいくサムソンを夢想した子供時代の記憶が甦ってきました。テレビアニメのイメージが浮かぶ「鉄人28号」に対し、こちらは雑誌漫画のイメージで(テレビアニメ化されなかった)、個人的に懐かしい作品です。



アレンビー・ハウスの当主フレーザー卿は、かつてMI6に所属し、ベルリンの壁崩壊以前に東ベルリンから西側へ逃亡者を送る作戦を指揮していた。そのチームには彼の息子ニッキーと妻ジェニーも入っていた。しかしフレーザー卿は現在は、自分の棺を用意したり、葬儀のリハーサルをするなどして家族に持て余されていた。フレーザー卿は、生活維持費のために、アレンビー・ハウス
をMI6のセイフ・ハウスとして提供することに了承する。そこへやってきた
ラーキンは、フレイザー卿とも息子ニッキーとも反りの合わなかったが、その彼が、クリケットの試合の直後に死体で発見される。死体には、獣に噛まれたような痕があり、羊番のセスは「ミッドサマーの伝説」の復活をマスコミに吹聴する―。
クリケットの試合が出てくるのは、このシリーズでは「
クリケットの試合って、合間に「お茶とお菓子の時間」があるのが普通なのか。バーナビーがその際に妻ジョイスに、クリケットの審判は「神になれる」から楽しいと漏らした背景には、事件の方が情報機関の管轄になって捜査権を奪われてしまったことへの不満があったのでし
ょう。そのバーナビーもかつてMI6に所属していたことをジョイスは初めてバーナビーから知らされますが、その彼女が読んでいる本が、John Le Carréのスパイ小説の古典"Tinker Tailor Soldier Spy"(邦題も『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』)で、2011年に「裏切りのサーカス」(英・独・仏合作)として映画化されており、ジョイスは映画化に合わせて原作を読んでいたのかも。
ジョーンズは同僚の女性警官ゲイル・スティーブンス(カースティ・ディロン)が念願叶ってDC(DC DITECTIV Constable=巡査)になったことを自らも喜んでいるけれど(因みにジョーンズ自身は第51話「呼ばれた殺人者」でDCからDS(DS DITECTIV Sergeant=巡査部長)に昇進しており、前々任のトロイはそのDS(番組表記はSgt.)からDI(DI DITECTIV Inspector=警部補)に昇進した。バーナビーは更にその1つ上のDCI(DCI DITECTIV Chief Inspector=警部))、いざ仕事となるとやりにくいのか、彼女を置いてきぼり気味。事件関係者の聞き込みの際に女性学芸員の甘い誘惑に乗らないところ(上)は彼らしいけれど、制服警官から私服刑事になってどんな服を着ればよいか迷っているスティーブンスの相談に対してもつれないです。
彼女からチームワークで仕事すべきだと言われ、防犯カメラの映像分析の仕事をさせると、彼女の方がそこから犯人の絞り込みに繋がるヒントを見つけ出し、逆に一歩遅れをとる(スティーブンスはその前には容疑者の情事が映っている場面を見て、男女の付き合いの長いことを断言し、男性らを絶句とさせている(左))―といった具合に、いいコンビと言えばいいコンビだし、お互い頭にくることもあると言えばそうとも言えます。バーナビーの娘カリーの結婚で「娘の恋愛」ネタが無くなった後は、このジョーンズとスティーブンスの「異性の同僚」ネタがしばらく続いており、男女ネタのサイドストーリーで視聴者を惹きつけるのが上手いなあと思いました(スティーブンスは制服姿の印象が強くて、彼女の私服姿を見慣れるのに時間がかかりそう)。
「バーナビー警部(第69話)/スパイたちの秘密」●原題:MIDSOMER MURDERS:SECRETS AND SPIES●制作年:2009年●制作国:イギリス●本国上映:2009/06/29●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/アリス・クリーグ●日本放映:2013/01/18●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

ミッドサマーで野外ロックフェスティバルが開かれることになった。30年ぶりの再結成で注目を集める「ハイヤード・ガン」というバンドも出演予定だったが、このバンドは、メンバーの1人が30年前に事故に遭ったま
ま失踪していた。ロック・コンサートが始まり、ボーカルのミミ(スージー・クワトロ)が歌い出しマイクを握った途端、高圧電流が流れ彼女は感電死する。バンドリーダーのゲイリーは警察に、切り裂かれた豚や鳥の死骸を送り付けられる脅迫を受けていたことを明かす。やがて、バンドメンバーのアックスマンのバイクが爆破され、もう一人のメンバーのニッキーは車ごとプールに沈められた死体で見つかる―。
て。これまでそんなこと、おくびにも出さなかったのに、今回はやけにはしゃぎ気味。アックスマンへの崇拝ぶりに、ジョーンズ巡査部長も、捜査に偏見が入るのではないかと心配するぐらいで、いつものバーナビーとかなり雰囲気が異なりました(個人的には、久しぶりに見るスージー・クワトロが懐かしかったが、歌い始めたと思ったらいきなり殺されてしまった...)。
カリーがバンドのマネージャーのサイモンにたまたまイベント会場で足を踏んづけられて、お詫びに楽屋裏に出入りできるチケットを貰ったことから、二人の交際が始まります(サイモン君、ボートハウス暮らしかあ。カリーは誘われて中に入ったところで"OK"ということか)―これが、第60話「結婚狂想曲」で二人は結婚式を挙げることになるわけだから、男女の付き合いとは偶然によって始まるのものだなあと(足を踏んづけなければ二人の結婚は無かった?)。
ストーリーは、随分と手の込んだ復讐劇だったなあという印象です。何のための復讐なのかは最後にならないと明かされませんが、アックスマン愛用のバイクが爆破されたというのは、ミスリードをさせるものでした(疑いを呈したジョーンズ巡査部長、いつもミスリードさせられる役回りなのに、今回は彼の方が侮れなかった。むしろ彼が正鵠を射ていたことの方が決定的なミスリード要因か?)。
車ごとプールに沈められたメンバーの殺人も、アリバイの作り方が大胆でした("映像の欺瞞"スレスレのところでやっているなあ)。フツー、人妻とベッドにいたことを娘に証言させるかねえ。まあ、それはたまたまそうなったわけだけど。それに、動物の死骸の送り付けによる脅迫も入り混じってややこしい。復讐劇がダブルで進行していたわけか。これはもう、犯人を当てるのは不可能という印象でした(スティーブン・セガール似の執事は禿だったのかあ)。
ラストは、犯人の動機としては説得力がありましたが、バーナビーはどこで犯人が判ったのか(写真がヒントになったことは間違いないが)それがよく解りませんでした。バーナビーに疑惑を進言しながらも、結局はちんぷんかんぷんのジョーンズ巡査部長に対して、「ここで見ていれば解る」と最後は余裕綽々でしたが。
「バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE AXEMAN COMETH●制作年:2009年●制作国:イギリス●本国上映:2007/02/02●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/スージー・クワトロ●日本放映:2011/02/25●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)![風の中の牝鶏 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%89%9D%E9%B6%8F%20%5BDVD%5D.jpg)


雨宮時子(田中絹代)は、夫・修一(佐野周二)が戦争に出征して外地へ赴いているため、健気にミシンを踏んで生計を立てていた。苦しい家計の毎日ではあるが、息子・浩の成長ぶりを夫に見てもらう日を心の支えにした生活であった。ある時、浩が病に倒れ入院して、まとまった金が必要になり、途方に暮れた時子は、いかがわしい安宿で見知らぬ男に身体を売ってしまう...。そして、やっと外地から戻った夫は、留守中の妻の真実を知ることになる―。
当時は、戦争により外地で捕虜になっていた兵士が徐々に復員していたものの、シベリアなどに抑留されたままの人々も多く、また、国民皆保険制度が未整備だったため、こうした映画のような状況はあったかもしれません。ただ、時子が夫に事実を話したのが良かったのか。黙っていた方がいいよ、旦那が苦しむだけだからと言ってくれた友人(村田知英子)の意見の方が妥当のような気がしますが、まあ、隠し立て出来ない性分というのはあるのだろうなあと。
そんなこと、簡単に請け負っていいのかなと思ったら、会社の先輩同僚の佐竹(笠智衆)に相談したわけでした。自分の苛立つ気持ちを打ち明け、更に、見ず知らずの他人の採用のお願いまでして、頼りがいのある先輩なのだなあ、佐竹は。その佐竹が、「その女のことは許せて、奥さんのことは許せないのはおかしい」と修一を諭すのは至極真っ当に思えました。
米国の批評家ジョーン・メレンは、時子は日本人の生活の優れた点を守るために身を売ったのだとして、この作品は日本人に、その優れた点、つまり占領によって汚されることのない日本人の生活の貴重なものを守るために、新しい社会を受け入れるべきだと語っているとし、その他にも、フランスの映画評論家ユベール・ニオグレの「戦後日本の道徳的雰囲気についての最も素晴しい要約の1つであり、小津作品の中で戦争の時代を締め括った後期作品に先立つ転回点としての作品でもある」との評価もあります。
機を与えたのは間違いないように思います。自分にとっては「脇役2人の役柄が良かった映画」というのが第一印象になるでしょうか。
小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:83分●出演:田中絹代/佐野周二/村田知英子/笠智衆/坂本武/高松栄子/三井弘次/岡村文子/文谷千代子/水上令子/清水一郎●公開:1948/09●配給:松竹●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★☆)●併映:「東京の宿」(小津安二郎)

「ナショナルキッド」は、1960(昭和35)年8月から翌年4月まで日本教育テレビ(NET、現テレビ朝日)系で、毎週木曜日の18:15 - 18:45に放送された
東映製作の実写番組で、第1部:「インカ族の来襲」(全13回)、第2部:「海底魔王ネルコン」(全9回)、第3部:「地底魔城」(全8回)、第4部:「謎の宇宙少年」(全9回)の全39回が放映され、この第1部:「インカ族の来襲」は'60年8月4日から10月27日まで放送されました。「月光仮面」などと同じく、TV版が先で、漫画はTVでのヒットを受けての漫画化です(「まぼろし探偵」は漫画が先)。
ヒーローが普段はそのことを隠して普通人として暮らしているのは、先行のTV番組「月光仮面」('58-'59年)、「まぼろし探偵」('59-'60年)(共にKRT(現TBS))などと同様ですが、月光仮面、まぼろし探偵が日常においては探偵であるのに対し、ナショナルキッドは、物故した世界的権威の科学者・旗博士の孫で、宇宙研究所所長を務めている青年・旗竜作が普段の姿という設定。しかし、実の正体は「3万光年彼方のアンドロメダからやってきたスーパーヒーロー」となっています(ここが、月光仮面、まぼろし探偵があくまでも"人間"であることとの大きな違い)。
第1部の「インカ族の来襲」は、「地球人の無謀な核使用を止めさせるため」として、金星からインカ人が飛来、地球人を全滅させるために暗躍を始める―といった導入で始まりますが、ナショナルキッドは(どういう経緯か、既に第1回から"正義の味方"として大人にも子供にも認知済み)、金星どころか、3万光年彼方のアンドロメダ銀河からやってきたわけです。どこでそれが"旗博士の孫"という血縁関係になるのかよく分かりませんが、とにかく次元を超越する能力を持つということで、「3万光年の旅」に関してはあっという間だったのかも(但し、アンドロメダ銀河は実際には地球から約240万光年の距離に位置し、この辺りはややいい加減)。
こちらが宇宙人ならば相手の金星インカ人も宇宙人であり(そうと言われないと宇宙人に見えない。「俺たちひょうきん族」のデビルマンのモデルか?)、金星インカ人が突然姿を消したり"壁抜け"したりすれば、ナショナルキッドも突然現れ"壁抜け"もこなす―これだけスゴイ能力を持っているのに、互いの格闘シーンは東映時代劇の殺陣みたいで、しかも「刀」ならぬ徒手空拳、「手刀」で相手と戦っているというのが微笑ましいです。互いに銃や火器も使いますが、相手に対する決定打にはならず、やはり毎回、後のナショナル劇場「水戸黄門」('69-'11年)に受け継がれたのではないかと思われるような大立ち回りになります。しかし、1話完結ではないので、金星インカ人たちは「今日は負けた、覚えとれ」と言って去っていく―「覚えとれ」という捨て台詞が、親日、親日本語の度合いの深さを物語っています。普通、宇宙人は使わないよ、こんな台詞―といった具合に、今は「突っ込み所」の多さで楽しめますが、当時は日本中の子供が観ていて視聴率は50%強、あの「鉄腕アトム」を抜いたそうです。
ナショナルキッドこと旗竜作を演じたのは小嶋一郎(第1、第2部)と巽秀太郎(第3、第4部)で、旗青年の助手・小畑尚子(通称チャコ)を志村妙子(当時16歳)が演じていますが、すでに堂々たる演技ぶりです。その前の「新・七色仮面」の最後の方に出ていた時は、本名の「太地喜和子」でクレジットされていましたが、ここでは太地喜和子ではなく「志村妙子」になっています。
この「志村妙子」演じる尚子(チャコ)は、その演技力が買われたのか、自ら敵地に潜入したりするような積極的な役回りが次第に多くなり、第2部:「海底魔王ネルコン」(全9回)の第5話「尚子の死刑台」(通算第18話)では、潜入した先で敵に捕らえられ、電気のこぎりで頭から躰を真っ二つに切断されそうになる危機に見舞われたりしています。

この第1回には、本間千代子(当時15歳)が金星インカ人に洗脳される山田博士の娘役で出ているほか、女優陣では旗青年に力を貸す科学者・水野博士の娘・良子(よしこ)役で阿久津克子(当時19歳)が最初から出ており、更に回が進むと、インカ金星人の隊長アウラ役で野川美子もタイツ姿で出てきます。
男優陣では、室田日出男が航空管制官役でチョイ役出演、
八名信夫がインカ金星人の一人に扮しています。八名信夫は、東映フライヤーズ(現:日本ハム)に投手として入団したものの故障で現役を引退して役者に転じた人で、入団した球団の親会社が東映だったのが縁だったのではないかと思われます。
その他にも意外な俳優が出ていたりするようですが、クレジットに名前が殆ど出てこないので知りようがなく、そのことがマニアックなファンの間では探索ネタとなっているようです。
'14年現在DVD化されておらず(最初の頃は無かったけれど、途中から「明る~いナショナ~ル」のCMソングが入るようになったのが逆に仇になったのか?)、VHSで観ましたが、衛星放送「東映チャンネル」などでたまに放映されているようです(レア度で星半分オマケ)。
第1回 謎の円盤来襲
第1回 深海観測艇バチスカーフの遭難
第3回 真田博士の正体
地底魔城 第2回

秀太郎/志村妙子(太地喜和子)/斎藤紫香/福島卓/木村英世/清水徹/岡田みどり/原一夫/亀井明/河合絃司/岩上瑛/山口勇/本間千代子/八名信夫/室田日出男/林宏●放
映:1960/08~1961/04(全39回)●放送局:日本教育テレビ(現テレビ朝日) 




滅亡したバラダイ王国の巨億の財宝の在り処を示す3つの「黄金の鍵」を得るため、王国に敵対したサタン一族の末裔「サタンの爪」が日本在住のアフナリカ・シャバナン殿下宅に押し入って殿下を殺害し、その1つを奪う。鍵の1つは既に「サタンの爪」が持っており、残る1つの在り処も知っているらしい。新聞でも事件は報じられたが、殿下の死は臥せられる。事件現場にいたお手伝いは、サタンの爪を見た恐怖から寝込んでしまい入院、祝探偵事務所の祝十郞(大瀬康一)らは警察と共に彼女から殿下がアルバムを大事にしていたと聞き出し、そのアルバムを調べてみると写真が1枚ない。そこにお手伝いの悲鳴が聞こえ、看護婦が「患者さんが大変です」と駆け込んでくる。祝らが慌てて病室に戻った時にはお手伝いは既に毒殺されていて、看護婦の姿は無かった―。
「月光仮面」は、KRT(現TBS)と宣弘社が制作し、1958(昭和33)年2月24日から1959(昭和34)7月5日まで放送されたテレビ冒険活劇で、第1部:「どくろ仮面篇」(71話)、第2部:「バラダイ王国の秘宝」(11話)、第3部:「マンモス・コング」(11話)、第4部:「幽霊党の逆襲」(13 話)、第5部:「その復讐に手を出すな」(14話)の全130話から成ります。第1部が放映回数が多く、そのは後減っているのは、第1部は「月金のベルト」で午後6時から10分番組として放映されていたものが第2部から日曜の午後6時からの30分番組となったためです(第3部の途中から午後7時のゴールデン・タイムにスライド)。劇画化もされましたが、あくまでTVの方が先です。
原作は川内康範(1920-2008/享年88)、月光仮面(配役テロップの出演者のところで"月光仮面 ...?"と出る)の普段の姿である私立探偵・祝十郎は大瀬康一が演じ、その他に、祝探偵事務所の助手・袋五郎八、カボ子を谷幹一、久里千春(資料では日輪マコだが番組クレジットでは久里千春)らが演じています(シーズンによって配役が若干変動した)。
元々、前番組のスポンサーだった武田薬品が番組提供を降りるという話があり、広告代理店である宣弘社(現・電通アドギア)にとっては武田薬品の意向如何によらずその枠は"マストバイ"の状況となり、急遽プロダクションを設立し、番組制作にも乗り出したという経緯で(宣弘社は作詞家・
26歳の若手・船床定男(1932-1972/享年40)の監督への抜擢もそのためで、大瀬康一も当時は大部屋俳優。しかし、蓋を開ければ大人気番組となり、平均視聴率は40%、最高視聴率は67.8%(東京地区)を記録し、当初1クール(3ヵ月)で終わる予定が1年半続くことになりました。高視聴率は続いて「放送時間になると銭湯から子供たちの姿が消える」とまでも言われましたが、月光仮面のマネをして高所から飛び降りて怪我をする子供が相次いだために打ち切られたとのことです(一部では死者も出たとの話も)。大瀬康一は3年後に「隠密剣士」の主役に起用されます。
この第2部の最初あたりは、まだ低予算の影響が残っていて、室内シーンは宣弘社の社長の自宅を使ったりしたそうで、野外シーンもどこかの空き地で撮影したりしている感じで、月光仮面がコンクリート塀の脇から、それまでかくれんぼでもしていたかのように登場するといった緩いテンポ感です。これが第3部の「マンモス・コング」になるとテンポアップし、"身長15メートル"のコングが登場する関係からミニチュアを使った特殊撮影なども行われています(それでも、コングに対する自衛隊の出撃場面などは、自衛隊の観閲式や訓練に便乗して撮影するなどしたという。スタッフには節約癖が身についてしまっていた?)。作品の質としては後の方(第3部以降)がより洗練されているけれど、この第2部あたりのまったり感も悪くないと思います。
「サタンの爪」(左写真)の容貌
は、とにかく顔がデカイという印象で、その上、第1部の「どくろ仮面」(右写真)とあまり変わり映えがしないのが可笑しいです。更に、その「サタンの爪」の名の由来である"爪"は、手袋に"付け爪"を張り付けただけのものに過ぎず、ここまでくると微笑ましい(?)。この「サタンの爪」は、殿下を襲う前に「黄金の鍵」の背景事情を視聴者に丁寧に説明してくれるし、月光仮面と出くわすごとに、お互いに相手を倒す機会であるのに、「いずれ決着をつける時が来るであろう」み
たいな感じで先延ばししている―でも、これで、視聴者は「次回も観なくては」ということになっていったのだろなあ。川内康範って人は意外と長けたストーリーテラーだったのかもしれません。
CSチャンネル「ファミリー劇場」でシリーズが再放映された際に、他話


『
三島由紀夫(1925-1970)
昨年('13年)12月11日に脂腺がんのため71歳で亡くなった演出家、振付家の竹邑類(たけむら・るい、1942-2013)による三島由紀夫(1925-1970)との交友録で、'13年11月25日刊行であるため、本書刊行後ひと月もしないうちに著者は亡くなったことになります。三島由紀夫の知らざれざる素顔が窺えて、三島文学と言うより三島由紀夫自身に関心がある人には、たいへん興味深い本ではないでしょうか。
そうした交流を三島自身も愉しみながら、その一方で、「月」(新潮文庫『花ざかりの森・憂国―自選短編集』所収)や「葡萄パン」(新潮文庫『真夏の死―自選短編集』所収)といった短編作品の素材にもしていて、三島が自ら「新宿ビート族」と名付けたそうした若者たちとの触れ合いには、取材的側面もあったのかもしれません。
故・淀川長治は、三島由紀夫について、「あの人の持っている赤ちゃん精神。これが多くの人たちに三島さんが愛される最大の理由」だと述べていますが、本書を読んで、淀川長治の炯眼を再認識しました。淀川長治は、三島が当時映画界でしかその名を知られていなかった自分対し、初対面できちんと敬意を持って対応してくれたことに感激したようですが、著者が17歳年上の三島を「我が友」と呼ぶところにも、三島の分け隔てをしない人との付き合い方が窺われます。





