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「弁護士を許さない」原作の真骨頂を活かし、むしろ原作超えか。倍賞千恵子もいいが、滝沢修はさすが。


「あの頃映画 「霧の旗」 [DVD]」
『松本清張傑作映画ベスト10 5 霧の旗 (DVD BOOK 松本清張傑作映画ベスト10)』

柳田桐子(倍賞千恵子)は高名な大塚欽三(滝沢修)の法律事務所を今日も訪れたが、返事は冷たい拒絶の言葉だった。熊本の老婆殺しにまきこまれた兄・正夫(露口茂)のために、上京して足を運んだ桐子は、貧乏人の惨めさ
を思い知らされる。「兄は死刑になるかも知れない!」と激しく言った桐子の言葉を、何故か忘れられない大塚は、愛人・河野径子(新珠三千代)との逢瀬にもこの事件が頭をかすめた。熊本の担当弁護士から書類をとり寄せた大塚は、被害者の
致命傷が後頭部及び前額部左側の裂傷とあるのは、犯人が左利きではなかったかという疑問を抱く。数日後、桐子の名前で「兄が
一審で死刑判決を受けたまま二審の審議中に獄中で病死した」と知らされる。「僕が断ったからこんな結果になったとでも言っているみたいだね」と苦笑しながらも、事件のことが気にかかった大塚は、熊本から事件の資料を取り寄せる。兄の死後、上京した桐子はバー「海草」のホステスとなる。そして店の客の記者・阿部(近藤洋介)から「大塚が事件の核心を握ったらしい」と聞かされる。ある日桐子は同僚のホステス信子(市原悦子)から恋人・杉田健一(川津祐介)の監視を頼まれた。ある夜、尾行中の桐子は、健一が本郷のしもた屋で何者かに殺害された現場に来合わせた。そこには大塚の愛人・径子も来ていて、慌てて桐子に証言を
頼み去っていく。桐子は径子が落とした手袋を健一の死体の血だまりに残すと、本来の証拠品である健一の兄
貴分・山上(河原崎次郎)のライターをバッグにしまう。径子は殺人容疑者として逮捕され、大塚の社会的地位も危ぶまれた。大塚は証拠品のライター提出と、正しい証言を求めて桐子の勤める店に足を運んだ。そんなある夜、桐子はライターを返すと大塚をアパートに誘い、ウイスキーをすすめて強引に関係を迫った。翌日桐子は担当検事に「大塚から偽証を迫られ、暴行された」と処女膜裂傷の診断書を添えて訴えた―。

1965(昭和40)年公開の山田洋次監督作。原作は、雑誌「婦人公論」の1959(昭和34)年7月号から 1960(昭和35)年3月号に連載され、1961(昭和36)年3月に中央公論社より刊行された松本清張作品。脚本家の橋本忍がすでに書き上げていた脚本を山田洋次監督が読んで、「僕にやらせてくだい」と松竹に持ち込み、松竹の城戸四郎と交渉の末、映画化が実現したとのことです。
『霧の旗 (新潮文庫)』
不正な人間、邪悪な人間に対して弱い人間が立ち上がって正義を貫くというのがフツーの物語ですが、この物語の主人公・桐子は、貧しいといい弁護士が雇えないという〈社会悪〉に対して挑むと言うより、大塚弁護士〈個人〉に徹底的に対して復讐するという、弁護士側にしてみればお門違いとも思える相手の恨みからヒドイ目に遭う話であるのが特徴です(社会学者の作田啓一は、本作において大塚弁護士の側に罪があるとすればそれは「無関心の罪」であり、現代人の多くがひそかに心あたりのある感覚であると分析している)。
このややエキセントリックとも思える女性・桐子に役をどう魅力的に演じるかはなかなか難しい挑戦だったと思いますが、当時23歳の倍賞千恵子はそれを見事に自然体でこなしていて、いいと思います。皇居の前を桐子が歩くシーンは、脚本にはなく山田洋次監督が現場で考えたものですが、山田洋次監督は倍賞千恵子を「ただ歩いているというのが軽やかにできる人」と賞賛しています。
ただ、それでも、当時の演劇界の最高峰の俳優であり、精密な理論に裏打ちされた演技をすることで知られた滝沢修と、自分の役は「やりにくい」と言いつつも、橋本忍に「映画にはどうしても死に役というものがある。今回はあきらめてほしい」と言われて覚悟して役に臨んだ新珠三千代の、この二人の存在が大きいように思います。
特に滝沢修の演技は観ていて飽きさせません。桐子が自分の家に大塚弁護士を招き入れて酔わせるシーンがありますが、倍賞千恵子は、だんだん顔を赤くして額に筋を立てて酔っていく滝沢修の演技がすごかったと言い、ただの水を飲んでいるのによくそこまで演じられると、名優の芝居に引き込まれたそうです。
山田洋次監督は、倍賞千恵子の演技も滝沢修に伍して素晴らしかったとしていますが(山田洋次監督は渥美清と倍賞千恵子を「二人の天才」と呼んでいる)、滝沢修が倍賞千恵子をリードした面もあったのではないでしょうか。倍賞千恵子は当時、三点倒立して集中力を鍛えることに凝っていて、毎朝それをして撮影所に入ったそうですが、それでも滝沢修とシーンはたいへんで、胃痛で具合が悪くなり、夜中に撮影が終わって救急病院に行ったら、腎臓結石だと言われたそうです。
冒頭、桐子が熊本(原作では桐子はK市在住)から一昼夜かけて東京へ向かうシーンは、野村芳太郎監督の「張込み」('58年/松竹)で刑事らが東京から列車で佐賀に向かうシーンを(上りと下りの違いはあるが)想起させます。
原作と異なるのはラストで、原作は「大塚弁護士は煉獄に身を置いた。河野径子が閉じ込められている牢獄よりも苛酷であった。東京から桐子の消息が消えた東京から桐子の消息が消えた」で終わりますが、映画では、大塚弁護士が弁護士の仕事を辞める(地位と名誉を失う)ことと引き換えに免責されることが、検事との会話の中で示唆されています。また、映
画では、桐子は最後に九州の阿蘇の火口口に現れ、次に、船の上から河野径子の潔白を証明する証拠物件であるライターを海に投げ捨てます。これは、結局、最後まで桐子は大塚弁護士を許さなかったということを念押ししているようにも思えました。
原作は何度もテレビドラマ化されていますが、ドラマの方は、桐子が最後、ライターを新聞記者に渡したり('83年/大竹しのぶ版)、検察局に送って、挙句の果てには疑いの晴れた弁護士の愛人・径子は妻と離婚した大塚弁護士と一緒になる('10年/市川海老蔵版)といった終わり方になっているものが多いようです。テレビ的に、あまりハードな結末は一般に受け入れられないという判断なのでしょうか。
個人的は、桐子が大塚弁護士を最後まで許さないところが、彼女の恨みの深さの現れであり、彼女においてはその深さが大塚弁護士個人への復讐となったが、それは実は〈社会悪〉=〈社会格差〉の根深さであって、その点が原作の真骨頂ではなかったかと思っています。映画はそれを活かしていました。と言うか、原作には無い最後の桐子の旅がライターを捨てる場所を探す旅であり、それを深い海に投げ捨てるという点で、橋本忍の脚本によるラストは原作を超えていたようにも思います。
「霧の旗」●制作年:1965年●監督:山田洋次●製作:脇田茂●脚本:橋本忍●撮影:高羽哲夫●音楽:林光●時間:111分●出演:倍賞千恵子/滝沢修/新珠三千代/川津祐介/近藤洋介/内藤武敏/露口茂/市原悦子/清村耕次/桑山正一/浜田寅彦/田武謙三/阿部寿美子/穂積隆信/三
崎千恵子/井川比佐志/大町文夫/菅原通済/河原崎次郎/逢初夢子/金子信雄●公開:1965/05●配給:松竹(評価:★★★★☆)
川津祐介(大塚弁護士の愛人の河野径子の情夫・杉田健一。本郷のしもた屋で何者かに殺害される)/ 井川比佐志(桐子が「このへんの海の深さはどれくらいあるんです?」と訊くと「そうね。よくわかんないけど、1000メートル以上あるだろうね。しかし、あんた、どうして、そんな」と応える船員)

潮田芳子(安奈淳)は複雑な家庭環境で育った故郷をから都会へ出て、庄田咲次(室田日出男)と出会ったが、実は咲次は妻子持ちで、芳子を働かせては金をむしり取るヒモだった。地獄のような生活が続き、ついに芳子は咲次の留守中に家を出る。その後、信州伊那で働いている時、会社の研修旅行で来ていた潮田早雄(新克利)と出会い、二人は結婚する。やっとまともな生活に落ちつけた芳子だが、技術者として腕の立つ潮田は、部長(永井智雄)からブラジルへの単身赴任を言い渡される。咲次は過去の出来事を国際電話で夫に知らせると脅してくる。芳子は咲次に、夫への気持ちがなくなったといい、梅子と一緒にピクニックに誘う。昇仙峡に着き、芳子は用意していた弁当を広げると二人にすすめ、毒物入りのにぎりを食べさせて殺し、その場から逃げ去る。東京へ戻った芳子は、二人が無理心中として片付けられたか気になっていたが、地方紙ならば事件の報道がされるのではないかと思いつく。ふと定食屋で見た「野盗伝奇」のことを思い出し、甲信新聞に、この連載が面白そうだから定期購読をしたい、19日付から送ってほしいと手紙を出す。一か月経った頃、ようやく二人の死体が発見され、妻子持ちの咲次に結婚を迫っていた梅子が無理心中を図ったのではないかとの記事が載る。その後暫く購読を続けたが、二人の事件に関する記事はなく、無理心中で終わったと考えて、芳子は「野盗伝奇」がつまらなくなったので購読をやめたいとの手紙を新聞社に送る。あとは、怪しまれないよう暫く店を続け、適当な頃に辞めて夫の帰りを待つだけだ。「野盗伝
奇」の作者・杉本隆治(田村高広)は売れない作家で、担当の宮口(森本レオ)からも、作風が堅いので、もっと大衆が好む作品を書いてくれと苦言を呈されている。家でも妻(中原早苗)から犬の散歩係と見られいるありさまのパッとしない男だ。そんな杉本は、「野盗伝奇」を読むために購読を申し出た女性読者がいると知り、いい気分になって芳子に礼状を送っていた。しかし、やがて「野盗伝奇」がつまらなくなったので購読を辞めたいと女性が言ってきたことを知り落胆する。だが、「野盗伝奇」は前よりも面白くなっている自信があり、納得がいかない。杉本はふと、芳子が連載に興味を持ったというのは口実ではないだろうか、19日以降掲載される可能性のある何かを見たくて申し込んだのかもと思い、新聞を読んで1か月前の心中事件を見つけ、時間の符号をみる。杉本は興信所へ行き、潮田芳子の調査を依頼し報告を受ける。彼女は夫が海外赴任中に交通事故に遭ったと嘘をつき、新宿の「ニュー愛」でホステスをしていて、その前に勤めていた「ブラックワン」で、芳子のツケで飲んでいた男が死んだ咲次と風貌が似ていることを知る
。杉本がニュー愛へ行ってみると、芳子はヨシエと名乗っていて店に出ていた。芳子は、礼状まで送ってきた杉本を売れない小説家だと軽く考えていたが、杉本が店へ甲信新聞を忘れていき、しかも咲次と梅子の心中事件の記事の切り抜きが入っていたことから、彼がただ会いに来たのではないと気づく。杉本は、宮口と集文社のふじ子(奈美悦子)に頼み、咲次と梅子が死んだ時と同じ格好をさせて林の中でその後姿をカメラに撮ると、ニュー愛へ行って、写真を店で広げて見せた。芳子はそれが咲次と梅子の後姿にソックリで驚き思わず気分が悪くなるが、その姿を杉本が見ていた。そんな折、芳子に夫から電話があり、来月ブラジルから帰国するという。その前に、心中事件に探りを入れてきている杉本を始末しなければならない。杉本は芳子を"よしべえ"と呼ぶようになり、それぞれの肚の内を探りながらも打ち解けているというような奇妙な間柄になっていた。芳子は杉本に女性の友人を交えて三人でピクニックへ行こうと誘う。杉本は承諾し、ふじ子を誘ってピクニックへ行くこととなる。当日早起
きして弁当を用意した芳子は、杉本に電話し、先にひとりで行くので後で天城峠で待ち合わせようと言う。あの時と同じように現地で落ち合い、三人で歩き出し目的地へ着くと、杉本は芳子とふじ子の二人の写真を撮る。お腹が空いたからと芳子は持ってきたサンドイッチをフジコにすすめる。ふじ子がそれを口にしようとしたとき、杉本はそれに毒が入っていると言って食べるのをやめさせる。杉本は、咲次と梅子にも毒の入った食べ物を食べさせて心中に見せかけて殺したのだろうと問い詰めるが、そんな杉本の推理を芳子は笑い飛ばし、死ぬかどうか見てと言って自分でサンドイッチを食べる。しかし、芳子は死なない。芳子は先生とはこれっきりサヨナラと吐き捨て去っていく。その後、杉本は苦心してニュー愛のママ(ひろみどり)の家を突き止めて行ってみると、ママは芳子から杉本宛への手紙を預かっていた。そこには、すべては杉本のいう通りで、自分が二人を殺そうとしたことを認めていた。毒はジュースの中に入れていたと言い、潮田と会った場所でそのジュースを飲むのだという。杉本がその場所を探し出し到着した時には、ジュースを飲みほした芳子が死んでいた―。


'16年のテレビ朝日の田村正和・広末涼子版もちらっと観ましたが、田村正和(1943-2021/77歳没)は兄・田村高廣と同じ役を35年後に演じたことになりますが、演技が半ば"老後の古畑任三郎"になっていました(笑)。こちらも最後、主人公は死なず、自首することが仄めかされていますが、そうしたテレビ的な結末になっている分だけやや凡庸な印象でしょうか。
'73年の夏圭子版は、これは比較的原作に近い形で作られていて、芳子役の夏圭子の演技も良かったし、小説家・杉本を演じた井川比佐志の演技も良かったですが、原作にはない山本圭が演じるトップ屋が出てきたりして、2時間ドラマではなく1時間枠(正味45分)なので、やるならもっと別な部分を肉付けした方が良かったような気もします。
安奈淳は、「ベルサイユのばら」でオスカル役を演じ、第1期ベルばらブームを築いた元宝塚の花組男役のトップスターですが(月組の榛名由梨・星組の鳳蘭・雪組の汀夏子とともに「ベルばら四強」と呼ばれた)、1978年7月31日、花組・東京宝塚劇場公演「風と共に去りぬ」(スカーレット・オハラ役)を最後に退団しており、ドラマ初出演は、その年['78年]のNHKの大河ドラマ「黄金の日日」(原作:堺屋太一)の 第47、48話でのフィリピン人娘ツルの役でした。この松本清張原作のドラマへの出演は宝塚退団の3年後になります。テレビドラマへの出演はそう多いわけではないですが(2000年に膠原病の一種であるSLEで倒れ、そこから奇跡の復帰を遂げている)、演技は上手いと思いました。



たが、矢野は見事、無罪判決を勝ら取る。
そして矢野の思惑通り、マスコミに騒がれるとともに、若宮と朋子の祝福を受け、若宮は朋子の結婚相手に矢野を選ぶ。一方、藤江を自分の事務所で勤めさせていた矢野は、ある晩、藤江を抱く。藤江は今
では矢野への感謝の気持ちが思慕へと変っていた
のだ。やがて藤江は矢野が朋子と結婚するということを知る。藤江が朋子のことを失野に問いただすと、矢野は冷たく「僕が君と結婚すると思っていたわけではないだろうね」と言い放ち、去ろうとする。そこで藤江は、あの事件の真犯人は彼女であること、もし矢
野が別れるなら裁判所へ行って全てを白状すると逆に矢野を脅迫する。矢野は、藤江はやりかねない、それは自分の滅亡を意味すると憔悴し、やがて藤江に対して殺意を抱く。翌日、矢野は藤江に詫びを入れて旅行に誘うと、藤江は涙ながらに喜び、数日後、富士の見える西湖畔に二人は投宿する。藤江は幸せだった。翌朝、矢野は藤江を釣に誘う。人気のない霧の湖上を二人を乗せたボートが沖へ向う―。
この岡田茉莉子版の映画では、矢野がボートを止めると矢野の殺意には既に気づいていたと藤江が呟き、矢野は舟底のコックを抜いて脱出しようとした瞬間、藤江の体が矢野の上にのしかかり、「先生を誰にも渡さない!」と言って、それまで果物の皮を剥いていたナイフで矢野を刺すというもの。これに近いのが小川眞由美版で、見た目はほぼ同じです(船越英一郎版にはボートシーンがなく、星野真里演じる女がいきなり公衆の面前で弁護士を刺す)。
どちらも女性の方に覚悟は出来ている印象ですが、どちらが切ないかと言えば、小川眞由美版の方が上でしょう。最近、この小川眞由美版のドラマを観て、なかなかよく出来ているなあと思って、それで岡田茉莉子版の映画を観直してみたのですが。映画版は、岡田茉莉子、山崎努の演技は愉しめましたが(特に、普段は渋くてクールだったのが、事態が思わぬ方向に行って、何度も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる演技は可笑しかった)、トータルではやはりドラマの方が上でした(ただし、映画をベースにドラマ化していることを考えると映画もさるもの。渡辺祐介監督の演出も悪くない)。



「黒の奔流」●制作年:1972年●監督・脚本:渡辺祐介●製作:猪股尭●脚本:国弘威雄/渡辺祐介●撮影:小杉正雄●音楽:渡辺宙明●時間:90分●出演:岡田茉莉子(貝塚藤江)/山崎努(矢野武)/谷口香(岡橋由基子)/松村達雄(若宮正道)/福田妙子(若宮早苗)/松坂慶子(若宮朋子)/中村伸郎(北川大造)/中村俊一(楠田誠次)/穂積隆信(阿部達彦)/玉川伊佐男(弁護士・三木)/佐藤慶(検事・倉石)/河村憲一郎(裁判長・松本)/加島潤(判事・細川)/小森英明(判事・竹内)/岡本茉利(太田美代子)/菅井きん(杉山とく)/金子亜子(とくの娘)/伊藤幸子(今村カツ子)/谷村昌彦(タクシー運転手)/生井健夫(弁護士)/石山雄大(弁護士)/久保晶(弁護士)/水木涼子(小坂清子)/光映子(森本澄子)/藤田純子(和江)/秩父晴子(管理人)/荒砂ユキ(アパートの隣人)/園田健二(記者)/岡本忠行(記者)/江藤孝(記者)/大船太郎(記者)/高畑喜三(廷吏)/松原直(廷吏)/土田桂司(刑事)/高杉和宏(刑事)/村上記代(仲居)●公開:1972/09●配給:松竹(評価:★★★☆)




これまで2回テレビドラマ化されていて、1つは1996年9月13日、フジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠にて放映された「松本清張スペシャル・火と汐」。
事件解明のプロセスとして、刑事たちが曽根からヒントをもら
ったりしているのは原作にはないことですが、最も違うのはラストであり、完全犯罪を成し遂げたと思って余裕の犯人に、刑事が密かに迫るという、映画「太陽がいっぱい」のようなラストになっていた点です。神田正輝はふてぶてしさがあってまずまずでしたが、このラストのお陰でアラン・ドロンと比べてしまったりしたら、ちょっと弱いでしょうか。
2度目のドラマ化は、TBS系列にて2009年12月21日(松本清張の生誕日)に放映された「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」。キャストは、芝村健介が渡部篤郎、芝村美弥子が西田尚美、曽根晋吉が遠藤憲一 (職業がでデザイナーになっている)、刑事役は寺尾聰と山本耕史です。
原作と異なり、前半から刑事側の視点を中心としたストーリー構成になっていて、ベテランと若手刑事が、警察の上層部から日限を設定されながらも、犯人のアリバイを根気よく崩し
ていくというもの。最後は、犯人の前でかなり長々と謎解きをやることになり、ケータイが犯行の決め手だったり、事件に関係する重要人物(美弥子の友人)がいたりと、多少原作をアレンジしていますが、これはこれで面白かったです。ただ、犯人役の渡部篤郎には旧作の神田正輝ほどのふてぶてしさはなく、「証拠がない」と繰り返し言っているのが、自分が犯人だと認めているようにも見えてしまいます。
「松本清張スペシャル・火と汐」(金曜エンタテイメント)●監督:松尾昭典●プロデューサー:名島徹/小坂一雄/林悦子●脚本:金子成
人●音楽:岩間南平●原作:松本清張●出演:神田正輝/南果歩/内藤剛志/竜雷太/勝野洋/布川敏和/大方斐紗子/浜田光夫/片岡五郎/剛たつひと/でんでん/水島涼太/菊地則江/沖恂一郎/浅沼晋平/山口嘉三/北山雅康●放映:1996/09/13(全1回)●放送局:フジテレビ
「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」●演出:竹之下寛次●プロデューサー:浅野敦也●脚本:金
子成人●音楽:田中晶子●原作:松本清張●出演:寺尾聰/山本耕史/遠藤憲一/西田尚美/佐藤仁美/東根作寿英/小木茂光/浅見れいな/石川小百合/丸岡奨詞/野間口徹/井上高志/浜田学/萬田久子(特別出演)/清水美沙/渡部篤郎●放映:2009/12/21(全1回)●放送局:TBS

弁護士の私は、同僚の楠田弁護士に頼まれ、ある事件の国選弁護を引き継ぐ。それは、新宿のバーのホステス・杉山千鶴子(23歳)が東京の西の外れの渓谷で殺害され、被害者のペンダントを所持していたことが決め手となり、死体発見現場から2キロほど離れた旅館「春秋荘」の番頭・阿仁連平(32歳)が逮捕・起訴されたという案件だった。事務所の助手・岡橋由基子から阿仁は無罪かもしれないと言われ、俄然やる気の出た私は、由基子とともに、阿仁の無罪証明に挑戦する。そして、努力の甲斐あり、晴れて阿仁被告は無罪となる。無罪となった阿仁は、これといった行き場もないため、私の弁護士事務所で働かせることにした。しかし、やがて私と由基子は、阿仁の人間性が芳しくないのに気づき、私は阿仁に対し素行を窘めた。すると阿仁は開き直って、とんでもない事実を口にする―。
このうちに、最も最近の船越英一郎版を観ましたがイマイチでした。弁護士役の船越英一郎は相変わらず暑苦しい演技で、星野真里の悪女ぶりがまあまあだったでしょうか(リ
アリティはないが)。犯人の時間トリックは、犯行後に川を渡って近道したということに改変されていますが(「奔流」というタイトルに懸けた?)、その日だけ川の水量が普段の半分だったというのも苦しい設定です。そしてラスト、追いつめられた犯人が弁護士を刺すという、その追いつめられて刺すというのが、映画での「刺す」こと意味合いとは逆の方向ではないかなあ(その結果、犯人が現行犯で捕まるという意味では、テレビ的結末にしたと言える)。


「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(水曜ミステリー9)●監督:村田忍●脚本:瀧川治水●原作:松本清張●出演:船越英一郎/星野真里/黒谷友香/賀来千香子/西村雅彦/阿部力/風間トオル/金山一彦/吉満涼太/鹿賀丈史/浅見小四郎/栗田よう子/ホリベン●放映:2009/03/04(全1回)●放送局:テレビ東京/BSジャパン

安野光雅(1926-2020/94歳没)による1977年刊行の「旅の絵本」シリーズ第1作、中部ヨーロッパ編であり、これに続くⅡ('78年)がイタリア編、Ⅲ('81年)がイギリス編、Ⅳ('83年)がアメリカ編、15年ほど間が空いて、Ⅴ('03年)がスペイン編、Ⅵ('04年)がデンマーク編、Ⅶ('09年)が中国編、Ⅷ('13年)が日本編、Ⅸ('18年)がスイス編となります。第1作刊行の時点で作者は50歳を過ぎていたものの、最後のスイス編は90歳を過ぎて描かれたと思えば、まさにライフワークであったと言っていいのではないでしょうか。


因みに、このシリーズ第1作の中部ヨーロッパ編では、先に挙げたほかに、トルストイの童話「おおきなかぶ」などの絵もありました(これ、オリジナルもロシアの民話じゃないかな。まあ、ロシアも西側はヨーロッパロシアだが)。
見開きの「0」ページに川が流れる白のみの何もない、誰もいない雪景色が描かれてて、それが「1」ページにいくと、同じ場所に家が1件建ち、川には橋が1つ架かって、雪だるまが1つあって、スキーをしている人が1人、それが「2」ページにいくと、同じ土地に(雪が少し溶けて枯草が見えている)教会が建っていて、これで建物が2件に。道路では2台のトラックが向き合っていて2人の男性が立ち、山には木が2本、駆けっこしている子供が2人、ウサギが2羽...となっていき、この辺りでこの絵本の仕掛けが何となくわかります。
ページごとに、家が1軒づつ建ち、人が増え、木が植えられ、季節が変化していきます。建物は洋風ですが、季節変化は日本の四季に近く(ただし「5」ページから「7」ページにかけてからっとした感じの緑が続くので地中海性気候か)、春、夏、秋、そしてまた冬へと廻っていき、最後の「12」ページでは最初の「0」ページと同じ雪景色ですが、何も無かった最初と違い、建物も12件になって、村がしっかり作られています。

町の活動写真館でセロを弾く係のゴーシュは、練習してもセロをうまく弾けません。突然現れた動物たちの助けをかりて、ゴーシュはセロの練習び没頭します。たった10日間の毎日の練習によって、格段に腕をあげたゴーシュの成長はすさまじいものです―。
福音館書店の1956(昭和31)年創刊の月刊誌「こどものとも」の同年5月号(第2号)として刊行された『セロひきのゴーシュ』は、宮澤賢治の原作に「賢治を描いては最高」と言われた茂田井武(1908-1956/48歳没)が絵をつけた、今日も版を重ねている絵本です。
茂田井武の絵を見た
そんななか、函館の版画家・佐藤国男(1952年生まれ)の『版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ』('16年/子どもの未来社)は、木版画という独自性があり、独特のタッチでありながらも原作の雰囲気も損なっておらず、個人的にはかなりいいのではないかと思います。
佐藤国男氏のプロフィールをみると、北海道の高校を卒業後、上京し、昼間は工場で製本や家具作りの仕事に携わり、夜間は東洋大学の仏教学科で学んで、その後、2年間東京や関東各地で大工仕事に従事。昭和55年に函館へ戻り大き
工を生業にしながら、宮沢賢治を題材とした版画を作り続けてたとのことです。




映像化作品では、高畑勲(1935-2018/82歳没)監督が自主製作し、オープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた「セロ弾きのゴーシュ」('82年/63分)があります。また、それ以前には、田中喜次監督の影絵アニメーション「セロひきのゴーシュ」('49年/19分)、森永健次郎、川尻泰司の共同監督の人形劇をカメラで撮影して制作され「日本で最初の長編・総天然色・人形劇・音楽映画」と宣伝された「セロ弾きのゴーシュ」('53年/45分)、神保まつえ監督の学研の人形アニメーション作品「セロひきのゴーシュ」('63年/19分)があり(学研が、昭和30年代に学校や地域で、アートアニメーションとして映像教育を行っていたころの代表作になる)、高畑勲作品以降では学研アニメの「セロひきのゴーシュ」('98年/20分)がありますが、「風の
又三郎」がこれまでの5度の映像化のうち3度が実写映画化、2度がアニメ映画化なのに対し、こちらは動物が出てくることもあってか、5度の映像化のすべてが通常アニメまたは人形劇アニメとなっています。
高畑勲監督の「セロ弾きのゴーシュ」は、高畑監督・脚本作品として時期的には「赤毛のアン」('79年)や「じゃりン子チエ」('81年)の次にくるものですが、それら以前の'75年から制作にとりかかっており、背景の描写などは飛躍的に精緻なものとなっています。主人公のゴーシュは、宮沢賢治の原作では、ウダツのあがらない中年男性ともとれますが、映画では18歳ぐらいの若者として描かれています。ただし、このことは、それまでのアニメ作品もそうであるし、賢治作品を描いて最高の画家と言われた茂田井武の『
水車小屋に住んでいるゴーシュのところに夜ごと現れる様々な動物たち―それらのキャラクターに細やかな演技をさせてデティールに凝っているのが高畑勲のアニメ演出の特徴だったと思いますが、ところで、ゴーシュの家を夜ごと日替わりで訪れた動物たちにはどのような意味が込められていたのか、彼らはゴーシュに何をもたらしたのかということについては、いろいろ議論になっているのではないでしょうか。
最初の晩に訪れた猫から、ゴーシュにトロメライ(トロイメライ)を演奏してくれと頼まれますが、不機嫌な彼はサディズティックな気持ちから「印度の虎狩」という曲を弾きます。これを聴いて猫はのたうち回りますが、ゴーシュが「印度の虎狩」という曲を選んで猫に意地悪したというより、ゴーシュの技量が劣っていて、聞くに堪えないものであることを象徴しているようにとれます。
次の晩に家に来たのはかっこうで、最初はこの音楽を教えてほしいと頼み込むかっこうとも生意気だと言い争いをしますが、今度はゴーシュは猫の時ほど敵対的な態度ではなく、かっこうと音程の練習をすることで、自身の音感を鍛え上げていきます。また、かっこうとの交流から、ゴーシュは少しづつ相手の言うことを聞き入れるようになっていきます。それでも、最後ゴーシュは癇癪を起してしまい、かっこうは頭を硝子にぶつけたりしながら、逃げるように去っていきます。
三日目の晩に来たのは狸で、狸は「愉快な馬車屋」という曲を一緒に演奏しようとゴーシュに言い、彼はその申し出を受け入れます。これだけでも、猫のときと比べると大きな変化ですが、小太鼓を演奏する狸とともに、二人はセッションをします。ここではゴーシュはリズム感を鍛えます。
そして、最後の晩に来たのがは野鼠の親子です、ゴーシュは野鼠のお母さんから、子鼠の病気を治して欲しいと頼まれてその訳を聞きくと、ゴーシュのチェロを聞くと病気が治るからだといいいます。ゴーシュは納得すると、子鼠のためにチェロを弾きます。ここでは明らかに、ゴーシュが、自分のためではなく他人のために演奏するようになることを表しています。
先にも述べたように、高畑勲監督の「セロ弾きのゴーシュ」('82年)は、高畑勲監督が自主製作し、オープロダクションが5年の歳月をかけて完成させたもので、スタジオジブリが高畑勲、宮崎駿両監督のアニメーション映画制作を目的として、当時は株式会社徳間書店の子会社として活動を開始したのが1985年6月であり、「セロ弾きのゴーシュ」はその前の作品であってスタジオジブリ作品ではありませんが、ジブリ発足後も高畑勲監督は宮崎駿監督ほどコンスタントではないですが、「平成狸合戦ぽんぽこ」('94年)や「かぐや姫の物語」('13年)といった佳作を制作しています。
「平成狸合戦ぽんぽこ」は、第49回「毎日映画コンクール」のアニメーション映画賞をするなどしただけでなく、1994年の邦画・配給収入トップ26億円を記録するなど興行的にも成功しました(興行収入44.7億円、観客動員325万人)。環境問題・自然破壊がテーマの1つになっていて、映画の終盤、多摩ニュータウン開発で狸たちは住むところを奪われ、人間に化けることができる狸は人間社会で生きることを選びますが、人間に化けることの出来ない狸は、まだ緑が残る町田に移り住むことにします。その町田市の実際の山々には、映画公開から20年以上たった2020年4月現在も、タヌキのみならず、アライグマやハクビシンなどが生息しているとのことです。
「セロ弾きのゴーシュ」●制作年:1982年●監督・脚本:高畑勲●企画:小松原一男●製作:村田耕一●原画:才田俊次●美術:椋尾篁●音楽:間宮芳生(「星めぐりの歌」(作詞・作曲:宮沢賢治 歌:児童合唱団トマト))●制作会社:オープロダクション●原作:宮澤賢治●時間:63分●声の出演:佐々木秀樹/雨森雅司/白石冬美/肝付兼太/高橋和枝/横沢啓子/高村章子/横沢啓子/千葉順二/槐柳二/矢田耕司/三橋洋一/峰あつ子/横尾三郎●公開:1982/01●配給:オープロダクション(後ににっかつ)(評価:★★★★)
「平成狸合戦ぽんぽこ」●制作年:1994年●監督・脚本・原作:高畑勲●製作:鈴木敏夫●音楽:紅龍/上々颱風ほか●制作会社:スタジオジブリ●時間:119分●声の出演:野々村真/石田ゆり子/5代目柳家小さん/三木のり平/林家こぶ平(9代目林家正蔵)/村田雄浩/神谷明/林原めぐみ/3代目桂米朝/5代目桂文枝/芦屋雁之助/山下容莉枝/黒田由美/清川虹子/泉谷しげる/(ナレーター)3代目古今亭志ん朝●公開:1994/07●配給:東宝(評価:★★★★)
『

借金まみれのディスコ・バーズのオーナー・万代(佐藤浩市)、男性相手のコールボーイ・三屋(本木雅弘)、元刑事・氷頭(根津甚八)、リストラされたサラリーマン・荻原(竹中直人)、パンチドランカーの元ボクサー・ジミー(椎名桔平)。社会から弾き出された5人は大胆にも暴力団・大越組の事務所から大金を強奪する計画を企て、辛くも成功する。しかし、ジミーを拷問し万代たち5人の仕業と突き止めた大越組は、二人組のヒットマン・京谷(ビートたけし)と柴田(木村一八)を雇って報復に出る―。
1995年に公開された石井隆監督による「スタイリッシュバイオレンス・アクション映画」作品とのこと。ヤクザの資金強奪計画を企てた男たちの壮絶な運命を描いています。当初の公開は8月中旬を予定していたのが、内容的に重いので夏場の番組として相応しくないとのことで9月公開になったそうです。
'95年度の「キネマ旬報ベストテン」でベスト10入りはしていませんが、「読者選出ベスト・テン」の方で4位にランクインしていて、この辺りも何となくわかる気がします。人気を受けてか、翌年に
は「GONIN2」('96年/松竹)が緒形拳、大竹しのぶ主演で撮られていますが、これはまったく別のストーリーです。
佐藤浩市、本木雅弘、竹中直人、そして殺し屋役のビートたけし等々の怪演が見られるのは貴重で、さらにその上に君臨するのが「
ストーリーが各々の破滅に向かっていくことは想像に難くなく、椎名桔平演じるジミーは恋人のナミィー(横山めぐみ(「
ただ、後半、竹中直人演じるリストラされたことを家族に言えないサラリーマンの荻原だけでなく、根津甚八演じる氷頭までが、離婚こそしてはいるが「家庭人」になっていて、愛する者が殺されるというシビアな状況に持ち込むための設定なのもしれませんが、切りたくても切れない家族の関係というか、スタイリッシュでなくなってきたような気がしました(ラストで本木雅弘演じる三屋の手に万代の遺骨があるが、誰に届けるつもりかと思ったら、シリーズ第3作で本作の正統派続編である「GONIN サーガ」では、万代にも妻子がいることが判明する)。

ビートたけしの殺し屋は、やっぱりビートたけしにしか見えない(笑)というのはありますが、一応は最後までバイオレンス・アクションではありました。そんな中、竹
中直人演じるサラリーマン荻原が、大金の強奪を終えて自宅に戻ってきたところだけはホラーだったなあ。「大仕事してきたんだよ~」とご機嫌で妻(夏川加奈子)と風呂に入るが...。この"ホラー"の場面が一番秀逸だったかも。ピアノをたしなむ荻原の娘を演じていたのは、当時10歳の栗山千明。彼女、初期はホラー専門だった? 
「GONIN」●制作
年:1995年●監督・脚本:石井隆●製作総指揮:奥山和由●撮影:佐々木原保志●音楽:安川午朗(挿入歌:ちあきなおみ「紅い花」)●時間:103分●出演:佐藤浩市(万代樹彦、ディスコ「Birds」のオーナー)/本木雅弘(三屋純一、金持ちの男相手のコールボーイを装い金を巻き上げている)/根津甚八(氷頭要、元刑事、現在は場末のキャバレー「ピンキー」にて用心棒)/椎名桔平(ジミー、元ボクサーで大越組のチンピラ、新
宿のバッティングセンターでも働いている)/竹中直人(荻原昌平、リストラされたサラリ
ーマン)/ビートたけし(京谷一郎、式根に雇われた殺し屋、一馬とはサディスティックな恋仲)/木村一八(柴田一馬、京谷の相棒兼恋人)/鶴見辰吾(久松茂、大越組の若頭)/横山めぐみ(ナミィー、ジミーの恋人。タイ出身で大越組にパスポートを奪われ売春婦をやっている) /永島敏行(大越組の組長)/室田日出男(式根、数々の暴力団を束ねる五誠会の会長)/永島暎子(早
紀、氷頭の元妻。右足に障害がある)/川上麻衣子(ぼったくりキャバレー「ピンキー」の摺れたホステス)/滝沢涼子(「ピンキー」のホステス)/五十嵐瑞穂(氷頭の娘)/夏川加奈子(萩原の妻)/栗山千明(荻原の娘。ピアノをたしなむ)/山田哲也(荻原の息子)/不破万作(ピンキーのマスター)/松岡俊介(式根専属ドライバー)/伊藤洋三郎(式根ボディーガード)/飯島大介(野本)/岩松了(トイレの男)/小形雄二(高速バス運転手)/津田寛治(暴力団組員)/渡辺真起子(ディスコの客)●公開:1995/09●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(21-07-28)(評価:★★★☆)