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内容が飛び飛びでサスペンス部分が分かりにくかったが、アクションは期待以上。

太陽は動かない  2021.jpg 太陽は動かない 2.jpg  太陽は動かない 吉田修一.jpg
「太陽は動かない」(2020)藤原竜也/竹内涼真  吉田修一『太陽は動かない
太陽は動かない 0.jpg 産業スパイ組織・AN通信の諜報員・鷹野(藤原竜也)と、相棒の田岡竹内涼真)。彼らには、24時間ごとにAN通信へ定期連絡しなければ爆死する爆弾を埋め込まれている。彼らは今ある太陽光エネルギーの開発技術に関する国際的な争奪戦の最中にいた。他国のスパイや各国の権力者たちと対峙する中、鷹野の商売敵のデイビッド・キム(ピョン・ヨハン)や謎の女AYAKO(ハン・ヒョジュ)らが暗躍する―。

 羽住英一郎監督の2020年作で、同年5月に公開される予定だったのが、新型コロナ禍により今年['21年]に持ち越されたもの。原作は、吉田修一のサスペンス・アクション小説『太陽は動かない』('12年/幻冬舎)で、コレ、たいへん面白かったです。そこで、映画にも期待して、公開の翌日の土曜日に子どもと観に行きました。

太陽は動かない 40.jpg 原作はスパイ合戦がかなり複雑に入り組んでいて、読んだのは8年くらい前なので、映画を観ながらストーリーの細部を思い出せるかなあと思ったけれども、結果的には、映画を観てもよく分からなかった部分が多かったという感じです。

 一方、アクションの方は、原作を読んだときは、実写は難しく、アニメにでもしないと再現できないのではないかと思っていたところ、これが意外と期待以上に良かったです。ブルガリアなどでの海外撮影をふんだんに取り入れ、かなり大規模かつハードなアクションシーンがありました(やはり、これからはアクションは海外撮影がいい?)。

太陽は動かない 菊池詩織.jpg ただ、映画というものはアクションだけでは成り立たず、ドラマ部分がしっかりしていてこそ印象に残るものとなるはずですが、ドラマ部分がやや弱かったでしょうか。と言うより、見始めてから、何か違うなあと思ったら、鷹野の生い立ちを巡るシリーズ第2作『森は知っている』も取り入れて2作を1本にまとめ、今起きていることと鷹野の過去の、高校時代や子ども時代のこととが交互に出てくる構成でした。

太陽は動かない 菊池詩織2.jpg この構成自体が悪いとは思わないですが、本2冊分を1作に詰め込んだことで犠牲になったのが、プロット部分の描写だったように思います。説明的になり過ぎて全体のテンポが悪くなるのを避けるために敢えてそうしたのかもしれませんが、内容が飛び飛びになってサスペンス的な要素が抜けてしまったように思います。原作を読まずに観た人は、おそらく話の展開についけなかったのではないでしょうか。その分、鷹野の子ども時代や学校時代の描写がしっかりしていればまだいいのですが、どの演技シーンも何となく"作った"感があってイマイチでした(鷹野の学校時代の想い人・菊池詩織を演じた南沙良は、目下「演技修行中」といったところか)。

太陽は動かない ges.jpg でも、大人の俳優陣が頑張った迫真のアクションシーンが思ったより良かったので、評価は「○」にしておきます。原作を読んだとき、鷹野やAYAKOの役を演じきれる役者はあまりいないように思いましたが、藤原竜也は意外と健闘したのではないかと思います("動"だけでなく"静"の演技もできるのが大きい)。この人は、以前にNHKのドラマ「海底の君へ」('16年)で演じた、中学の時に受けたいじめの後遺症に苦しみ、15年後に開かれた同窓会で爆弾を手に元いじめっ子へ復讐しようとする青年役のような、トラウマかな何かを負って、心に暗~い陰を持つ人間の役が似合うように思います。泳ぎが苦手な所謂"金槌"だったらしいけれど、あのドラマの時も今回も〈水〉と格闘していました(泳げるようになった?)。

太陽は動かない ges.jpg太陽は動かない es.jpg 一方、AYAKOの役は、原作が出たころ巷では「ルパン三世」の峰不二子が相応しいとの声を聞きましたが(いきなりアニメに行っちゃうのか)、誰が演じるのかと思ったら、日本人女優ではなく、映画「王になった男」('12年/韓国)でイ・ビョンホンと共演したハン・ヒョジュでした(日本人で見つからなかったのか、デイビッド・キムを演じたピョン・ヨハンとセット売りだったのか。それにしても、映画そものものに対してもそうだが、俳優の発掘・育成においても、今や韓国の方が日本より圧倒的にお金をかけている)。でも、ハン・ヒョジュの役名は原作通りAYAKOのままだったので、韓国語訛りの日本語が気になりました。

 エンディングロールで流れた映像は、最初ボツシーンかと思いましたが、WOWOWでやったドラマの場面集でした(子どもに教えて貰った)。主演は映画と同じ藤原竜也ですが、ネットを観ると「ドラマの方がおそらく原作に忠実なのだろう」とかいう感想がありました。でもウィキペディアによると、ドラマは「原作者である吉田修一監修によるオリジナルストーリーとして放送された」とあるので、やはり映画の方が原作に則っているのでしょう。こうした感想が出る背景にも、映画において内容が飛び飛びになって、サスペンス部分が分かりにくかったことがあるかと思います。


海底の君へ1.jpg海底の君へ2.jpg「海底の君へ」●演出:石塚嘉●作:櫻井剛●制作統括:中村高志●音楽:大友良英●出演:藤原竜也/成海璃子/水崎綾女/市瀬悠也/忍成修吾/淵上泰史/落合モトキ/近藤芳正/神戸浩/モロ師岡/麿赤兒●放映:2016/2/20(全1回)●放送局:NHK

太陽は動かない337.jpg「太陽は動かない」●制作年:2020年●監督:羽住英一郎●製作:武田吉孝/大瀧亮/森井輝/小出真佐樹/古屋厚●脚本:林民夫●撮影:江崎朋生●音楽:菅野祐悟(主題歌:King Gnu「泡」)●原作:吉田修一『太陽は動かない』『森は知っている』●時間:110分●出演:藤原竜也/竹内涼真/ハン・ヒョジュ/ピョン・ヨハン/市原隼人/南沙良/日向亘/加藤清史郎/横田栄司/翁華栄/八木アリサ/勝野洋/宮崎美子/鶴見辰吾/佐藤浩市●公開:20211/03●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン3)(21-03-06)(評価:★★★☆)
TOHOシネマズ上野.jpgTOHOシネマズ上野2.jpgTOHOシネマズ上野3.jpgTOHOシネマズ上野
総座席数1,424席(車椅子席16席)。
スクリーン 座席数 スクリーンサイズ
1 97席 7.7×3.2m
2 250席 12.0×5.0m
3 333席 14.4×6.0m
4 95席 8.0×3.3m
5 112席 9.7×4.0m
6 103席 10.0×4.2m
7 235席 13.9×5.8m
8 199席 12.0×5.0m

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新機軸への意欲は買うものの、その試みは必ずしも成功しているとは言えない。

橋を渡る 吉田.jpg橋を渡る 吉田修一.jpg橋を渡る』(2016/03 文藝春秋)

 2014年春、都心で妻と暮らす新宮明良は、ビール会社の営業課長で、部下からも友人からも信頼される男。そんな彼の家に謎めいた贈り物が続く。「家の前に日本酒が置いてあるけど」「こんどは米?」妻・歩美の経営する画廊に絵を持ち込んで断わられた画家・朝比奈達二の仕業か? 2014年夏、東京都議会議員の夫と息子を愛する赤岩篤子。息子のスイミングスクールに付き添い、ママ友とボランティア活動に打ち込む良妻賢母だが、彼女には、夫が都議会でセクハラ野次を飛ばした本人ではないかという不安があった。やがて彼女は、大切な人の不正や裏切りを知る。愛する人を守ろうとしながら、篤子は心身のバランスを失っていく。2014年秋、テレビの報道ディレクター里見謙一郎は、正義を追い求め、歌舞伎町で生きる女の子や香港の雨傘革命を取材している。万能細胞の研究者・佐山恭二教授にも、「STAP騒動のように、興味本意で番組を制作するつもりはありません」と粘り強く交渉している。ある日、謙一郎は、「週刊文春」編集部につとめる友人の水谷から、結婚を控えた薫子が、和太鼓サークルの主宰者・結城と会っているのではないかと仄めかされる。そして、冬―。

 「週刊文春」に2014年から2015年7月まで約1年間連載された小説。ビール会社の営業課長・新宮明良が主人公の「第1章・春―明良」、都議会議員の妻赤岩篤子が主人公の「第2章・夏―篤子」、結婚間近のフィアンセがいるテレビ局のディレクター里見謙一郎が主人公の「第3章・秋―謙一郎」と、何れも現代(2014年)を背景としたそれぞれ別々の話があって、次に第4章「そして冬」で話は一気に70年後の第1章から第3章の登場人物の孫の世代まで飛び、別々だった登場人物が絡み合うとともに、何と第3章の主人公が70年後の世界にタイムスリップしてきます(ここで初めてSFだったのかあと)。

 芥川賞作家の青山七恵氏が読売新聞に絶賛に近い書評を書いていましたが(まあ、書評というのは大概は褒めるものだが)、個人的には、新機軸を打ち出そうとする意欲は買うものの、その試みは必ずしも成功しているようには思えなかったです(「橋を渡る」というタイトルに込められた意味も、今一つぴんとこなかった)。

吉田 修一 『橋を渡る』 bunko.jpg 第1章から第3章までのバラバラな話が第4章で収束していくわけですが、第1章から第3章で書かれていることのうち、第4章の伏線になっているのはごく一部であり、それ以外の無駄な話が多かったように思います。そのため、第4章で全てが明らかになったというスッキリ感よりも、繋がりのない3つの話をダラダラと読まされたのは何だったのかという疲労感の方が残ってしまった印象です。

 Amazon.comのレビューでも評価が割れていましたが、個人的には完全に「失敗作」であるとは言わないまでも、それに近いと思いました。但し、青山七恵氏に限らず、Amazon.comのレビューでも絶賛しているものが少なからずあり、まあ、この手の作品(ある種技巧を凝らした作品)に対する評価は、読む人によるのだろうなあと思います(この人の作品『愛に乱暴』についても、同様の事が言えると思う)。

橋を渡る (文春文庫)』['19年]

【2019年文庫化[文春文庫]】

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やはり一筋縄ではいかない。「怒り」というタイトルは複数形と捉えるべきなのか。
吉田修一  怒り.jpg怒り 上.jpg 怒り 下.jpg 怒り dvd.jpg
怒り(上)(下)』['14年] 『怒り 上下巻セット』['14年] 「怒り DVD 通常版['17年]2016年映画化(出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/広瀬すず/高畑充希/宮崎あおい)

 八王子市の新興住宅街で夫婦が惨殺され、現場には「怒」の血文字が残されていた。事件から1年後の夏、千葉・房総の漁港で暮らす洋平・愛子父子の前に「田代」という若者が現われ、東京で大手IT企業に勤め、末期がんの母を見舞いながら暮らすゲイの優馬は、新宿のサウナで「直人」と出会って同居するようになり、沖縄の離島へ母と引っ越し母娘でペンションの手伝いをする女子高生・泉は、無人島で「田中」という男と知り合う。それぞれに前歴不詳の「田代」「直人」「田中」という3人の男。一方、事件を捜査する八王子署の刑事・北見らは、整形手術をして逃亡を続ける犯人・山神一也が一体どこにいるのかを追っていた―。

 2013年に「読売新聞」朝刊に半年にわたって連載された作品で、2007年に起きた英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の犯人・市橋達也(当時28歳)の逃避行(2009年逮捕、手記を発表している)など、現実の事件を想起させるものがありました。市橋達也は逃亡期間中に整形手術をし、建設現場で働き、更に沖縄の離島に潜伏していた時期があったとされているため(しかもゲイのハッテン場にいたという目撃情報もあったらしい)、少なくともあの事件はモチーフになっているものと思われます。

 意外と早いうちに犯人らしきが登場するなあと思ったら、そのうち3人も「犯人候補」が出てきて、流石、やっぱりこの作家は一筋縄ではいかないなあという印象でしょうか。謎解きもさることながら、こうした「枠組み」に独自性があって、そのことは前作『愛に乱暴』('13年/新潮社)でも言えますが、但し前作は、ある種"叙述トリック的"な「枠組み」の方が勝ち過ぎてしまったのと、登場人物たちに共感できなかったために△。今回は、指名手配の山神の情報に触れた千葉・東京・沖縄の各舞台の当事者・関係者たちの心の中に浮かんだ疑惑の念や、それが当事者にとって大切な人になればなるほど膨らむ猜疑心と信じたい気持ちとの葛藤がよく伝わってきて○、といった自分の中での評価です。

 雰囲気的には初期作品『パレード』('02年/幻冬舎)を想起させる部分もあったように思います。最も意外な人物が犯人でした。ただ、「怒り」というタイトルから、犯人の犯行動機にある種テーマがあるのかと思いましたが、この部分は解明されておらず、犯人はある意味、人格的に「壊れていた」というだけのことだったともとれます。さらに、真犯人へと導く伏線も特に無かったように思われ、純粋に推理小説として読んでしまうと、後半はカタルシス不全が生じるかもしれません。

 そうしたことなども踏まえると、この「怒り」というタイトルは、複数形と捉えるべきなのかもしれません。沖縄の辰也の怒りなのかもしれないし、「犯人候補」となった2人の男たちの怒りなのかもしれません。辛くやるせない話が多いストーリー展開の中で、愛子の物語をハッピーエンドにし、泉にも将来に向けて幾許かの光明を見出せるような終わり方にしたのは救いでした。

 一方で、独身の刑事・北見と深い関係を持つようになった美佳については、その過去は明かされず、二人の関係も発展しないままで、これでこの話がお終いであるならばやや中途半端かも。「刑事・北見」でシリーズ化して、再登場させるのでしょうか。そうなったらおそらく自分はまた読むだろなあ。正直、自分自身この作品に対し、若干のカタルシス不全があっただけに...。

ポスター撮影:篠山紀信
映画 怒り_0_m.jpg映画 怒りド.jpg(●2016年に監督が「悪人」('10年/東宝)の李相日(リ・サンイル)、主演が渡辺謙で映画化された。千葉篇が松山ケンイチ(田代)・宮崎あおい(愛子)、東京編が綾野剛(直人)・妻夫木聡(優馬)、沖縄編が森山未來(田中)・広瀬すず(泉)という配役で、豪華キャストと言えるかも。 映画化にあたり「映画『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい」というのが原作者・吉田修一氏の要望だったらしい。役者一人一人の演技は悪くなく、ストーリーも映画「怒り」.jpg映画「怒り」2.jpg原作にほぼ忠実だったように思う。但し、愛子の父・洋平(渡辺謙)が比較的映画 怒り 7.jpg前面に出て、北見刑事(三浦貴大)は後退し、美佳も出てこない。それと、"伏線"が無かった原作に対し、犯人の「壊れていた」感を出すためか、途中で原作に無いエピソードを入れている。また、愛子の物語をハッピーエンドにしているのは原作と同じだが、泉は何か気の毒なまま終わったように思えた。ただ、原作を読んでなくて犯人を知らないで観た人にとっては、プロセスにおいては結構面白かったのではないか。行定勲監督により映画化された「パレード」('10年/ショウゲート)と原作からして構造がやや似ている。)

映画 怒りc.jpg「怒り」●制作年:2016年●監督・脚映画 怒り.jpg本:李相日(リ・サンイル)●製作:市川南●撮影:笠松則通●音楽:坂本龍一●原作:吉田修一●時間:142分●出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/宮崎あおい/佐久本宝/ピエール瀧/三浦貴大/高畑充希/原日出子/池脇千鶴/広瀬すず/妻夫木聡●公開:2016/09●配給:東宝(評価:★★★☆)

「怒り」1松山.jpg 「怒り」2綾野.jpg 「怒り」3森山.jpg
「怒り」1宮崎.jpg 「怒り」2高畑.jpg 「怒り」3広瀬.jpg
森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/渡辺謙/高畑充希/宮崎あおい/妻夫木聡/ピエール瀧/三浦貴大/広瀬すず/原日出子/池脇千鶴
「怒り」12.jpg

【2016年文庫化[中公文庫(上・下)]】

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読み終えて時間が経つにつれ、トリックのために書かれた小説との印象が強まってきた。

吉田 修一 『愛に乱暴』0.jpg愛に乱暴.jpg   吉田 修一 『愛に乱暴』1.jpg 吉田 修一 『愛に乱暴』2.jpg
愛に乱暴』['13年]『愛に乱暴(上) (新潮文庫)』『愛に乱暴(下) (新潮文庫)['17年]
2024年映画化「愛に乱暴」出演:江口のりこ・小泉孝太郎・馬場ふみか
映画「愛に乱暴」.jpg これは私の、私たちの愛のはずだった―。夫の不実を疑い、姑の視線に耐えられなくなった時、桃子は誰にも言えぬ激しい衝動に身を委ねるのだが......。夫婦とは何か、愛人とは何か、〈家〉とは何か、妻が欲した言葉とは何か。『悪人』『横道世之介』の作家がかつてない強度で描破した、狂乱の純愛。本当に騙したのは、どちらなのだろう?―。(新潮社サイトより)

 主人公の桃子は、東京近郊にある夫の実家の離れに住む結婚8年の専業主婦であり、そこそこ美人で努力家でもあり、カルチャーセンターの講師などもしていますが、夫が愛人をつくって離婚を言い出すとたちまち結婚生活に暗雲がたれ込め、義父の入院や義母との確執も加わって次第に追い詰められていきます。

 各章の中で、不倫相手の愛人の日記、夫に不倫をされている妻・桃子の日常と心象、妻・桃子の日記という順番で出てきてそれが繰り返されますが、この構成自体がある種"叙述トリック"でした(読んでいて勘違いしたという人がいたが、勘違いではなく、あくまで作者が仕組んだトリック)。

 読み進んで3分の2ぐらいまでいったところでそのことに気づかされますが、夫に浮気された側の女性心理をそこそこ丁寧に描いてはいるなあと思って読んでいたものの、そのトリックに気づいた時点で、主人公にあまり感情移入できなくなってしまったかも。

 作者はこの作品を振り返って、「だから、やはり恋愛や夫婦関係がテーマではないんでしょうね。いろんな方向から、〈桃子の居場所〉あるいは〈居場所のなさ〉を書きたかったのだと思います」とインタビューで述べていますが(新潮社サイトより)、人間のエゴを描こうとしたのかと思ってしまいました。

 上手いとは思うのですが、「日記」にしても「地の文」にしてもわざと通俗に書かれている感じもして、読み終えて時間が経つにつれ、トリックのために書かれた小説と言うか、トリックに気づいた時点で終わってしまったような小説だったなあという気がしてきました(個人的評価を、当初の★★★☆から★★★に修正)。

【2017年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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ストーリーが巧みでテンポも良いい。敢えて通俗、通俗だから面白いのでは。

太陽は動かない 吉田修一.jpg吉田修一氏.jpg エントラップメント01.jpg ラストエンペラー02.jpg
 吉田 修一 氏  「エントラップメント [DVD]」ショーン・コネリー/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ 「ラストエンペラー ディレクターズ・カット (初回生産限定版) [DVD]」ジョン・ローン/ジョアン・チェン
太陽は動かない』(2012/04 幻冬舎)

『太陽は動かない』5.JPG 表向きはアジア各地のファッションやリゾート情報などを扱う小さなニュース通信社だが、裏では「産業スパイ」としての顔を持つAN(アジアネット)通信情報部の鷹野一彦は、油田開発利権にまつわる機密情報を入手し高値で売り飛ばすというミッションのもと、部下の田岡と共にアジア各国企業の新油田開発利権争いの渦中で起きた射殺事件の背後関係を探っていた。鷹野は、企業間の提携交渉の妨害を意図したウイグル反政府組織による天津スタジアム爆破計画天津スタジアム.jpg情報を入手、その詳細を突き止めるため、闇社会に通じている雑技団団長・張豪(ジャンハオ)の紹介で、首謀者シャマルに会うが交渉は決裂、更に、商売敵デイビッド・キムや謎の女AYAKOが暗躍し、中国国営エネルギー巨大企業CNOX(中国海洋石油)が不穏な動きを見せる中、田岡が何者かに誘拐されたため、張豪の部下である張雨(ジャンユウ)と共に、彼が拉致されていると思われる天津へと飛ぶ―。

天津スタジアム

 スパイ小説ですが、その舞台が「ポスト原発」と呼べる状況にある国際的なエネルギー市場であるところが現代風で、油田開発の利権争いの一方で、日本の無名の技術者が、従来のものとは比較にならない高性能の太陽光発電のパネルを開発した―というのが、何となく夢があっていいなあと。

 お膳立てが揃ってしまえば、後は、政治家、日本企業、中国多国籍企業、CIAなどの様々な組織の利害関係が複雑に絡み合ってのノンストップ・アクション風―ということで、ストーリー・テイリングも巧みだし、実際にテンポも良くて428ページ一気に読めました。

 作者は文芸作家としてデビューし、芥川賞も受賞していますが、『パレード』にはミステリの要素もあったし、『悪人』もエンタテイメント要素はあったように思います。

 この作品に対しては、『悪人』など比べると人物の描き方に深みが無いとの批評も多くありますが、"純粋エンタテイメント"として読めば、それでいいのではないかと思いました。『悪人』とは根本的にテーマもモチーフも異なる作品。敢えて通俗、通俗だから面白いのではないかと。

 日本が"スパイ天国"であるとは、随分と以前から言われていることですが、「スパイ小説」となると、劇画に出てくるような怪しげな外国人が大勢登場して何となく胡散臭いものになりがちという気もし、この作品についてもそのことが言えなくもないけれど、筆の運びの上手さで(さすが芥川賞作家?)、あまりそうしたことに疑念を挟まずにどんどん読めてしまいました。

 最後まで日本人中心であるというのもよく、産業スパイという設定は、日本人を主人公とするのに適しているのかも―と思ったりもしました。

2020年映画化「太陽は動かない」(公開は2021年)
羽住 英一郎(原作:吉田修一)「太陽は動かない」 (2020/05 → 2021/03 ワーナー・ブラザース映画) ★★★☆
太陽は動かない  2021.jpg 太陽は動かない 2.jpg 


「エントラップメント」1.gifエントラップメント03.jpg アクション風ということで、「ミッション:インポッシブル」 ('96年/米)など想起させられる映画が幾つかありましたが、金だけのために敵になったり味方になったりし、それが鷹野とAYAKOという男女間で展開するところは、個人的にはジョン・アミエル監督の「エントラップメント」('99年/米)を想起しました(この系統は「泥棒成金」('55年/米)や「華麗なる賭け」('68年/米)以来、連綿とあるが)。

「エントラップメント」3.gif AYAKOのイメージは、「エントラップメント」で主人公の美術泥棒役のショーン・コネリーと共演し、主人公と様々な駆け引きを繰り広げる保険会社調査員役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズかな。ゼタ=ジョーンズの方がよりアクション系で、主人公の相方(弟子?)的立場になったりし、その間、ショーン・コネリーに若干惹かれ気味になったりするんだけど、ラストは...。

峰不二子.jpg キャサリン・ゼタ=ジョーンズはこの作品でゴールデン・ラズベリー賞の最低主演女優賞にノミネートされていますが(すごくいいと言うほどでもないが、そんなに悪くもなかったと思う)、この『太陽は動かない』も、仮に映画化されるとすると、鷹野やAYAKOを演じきれる役者はあまりいないように思います(巷ではAYAKOは「ルパン三世」の峰不二子が相応しいとの声を聞くが、いきなりアニメに行っちゃうのか)。

 「金だけのために」とか言いつつ、主要な登場人物たちがそれぞれに"貸し借り"に律義で(反政府組織の女性指導者までもが)、ラストのデイビッド・キムの登場などには友情めいたものさえ感じられるという、何だか綺麗に出来過ぎた話ですが、カタルシス効果はあったように思います("カタルシス効果"と言うより"読後感の爽やかさ"か)。

 それにしても、作者に関しては、芸域、広いなあという感じ。普段からエスピオナージをよく読み、その分野を読みつけている人から見れば突っ込みどころの多い作品かも知れないし、従来の作者の作品の世界に馴染んだ人から見れば、人物の描き方がステレオタイプだとかいった評価になるのかも知れないけれど、個人的には、とにかく面白く読めたため、そのことを素直に認めてのほぼ5つ星評価―ミステリ界でどういった評価になるのか気になります(「文芸作家は自分たちの領域に立ち入らんでくれ」と言うほど閉鎖的ではないとは思うが)。

静園.jpg 因みに、作者は映画「ラストエンペラー」('87年/イタリア・中国・イギリス)の大ファンということで、版元のサイトによれば本書執筆のため2011年5月に3泊4日という強行スケジュールで、北京→天津→内モンゴル自治区を行く取材旅行し(編集者同行)、北京では紫禁城を、この作品の前半の主要な舞台となる天津では溥儀が暮らしていた邸宅「静園」なども訪問したそうですが、そうしたモチーフはこの作品には織り込まれていなかったなあ(純粋に溥儀の家を見たかったということか)。

「静園」(天津市)

ラストエンペラー01.jpg ベルナルド・ベルトリッチ(最近はベルトルッチと表記するみたい)監督の「ラストエンペラー」は、アカデミー賞の作品・監督・脚本・撮影・美術・作曲など9部門を獲得した作品で(ゴールデングローブ賞作品賞も)、紫禁城で世界初の完全ロケ撮影を行うなど前半のスペクタクルに比べ、ジョン・ローンが演じる庭師になった元・皇帝が、かつて自分が住んでいた城に入場料を払って入るラストが侘しかったです。
 
『ラストエンペラー』(1987).jpg 2時間43分という長尺でしたが、実はこれでも3時間39分の完全版を劇場公開用に短縮したものであり、そのため繋がりの良くないところもあって、個人的には星3つ半の評価でした(これ、有楽町マリオン別館内の「丸の内ルーブル」で観たけれど、たまたま天井の可動式シャンデリアの真下に座ったので、最初それが気になったのを憶えている)。その後、今世紀に入って完全版のDVDが発売されていますが未見。完全版を観れば評価が変わるかもしれません。

 同監督作品では、「1900年」('76年)の方が質的に上のように感じましたが、こちらは、5時間16分の完全版を観ることが出来たというのも影響しているかもしれません(普段は3本立の「三鷹オスカー」で1本のみ上映)。

エントラップメント dvd.jpg「エントラップメント」2.gif「エントラップメント」●原題:ENTRAPMENT●制作年:1999年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・アミエル●製作:ショーン・コネリー/マイケル・ハーツバーグ/ロンダ・トーレフソン●脚本:ロン・バス/ウィリアム・ブロイルズ●撮影:フィル・メイヒュー●音楽:クリストファー・ヤング●原案:ロン・バス/マイケル・ハーツバーグ●時間:113分●出演:ショーン・コネリーキャサリン・ゼタ=ジョーンズ/ヴィング・レイムス/ウィル・ パットン/モーリー・チェイキン/ケヴィン・マクナリー/テリー・オニール/マッドハヴ・ シャーマ/デヴィッド・イップ/ティム・ポッター/エリック・メイヤーズ/アーロン・スウォーツ●日本公開:1999/08●配給:20世紀フォックス(評価★★★)

The Last Emperor(1987)
The Last Emperor(1987).jpg「ラストエンペラー 劇場公開版.jpg「ラストエンペラー」●原題:THE LAST EMPEROR●制作年:1987年●制作国:イタリア・中国・イギリス●監督:ベルナルド・ベルトリッチ●製作:ジェレミー・トーマス●脚本:ベルナルド・ベルトルッチ/マーク・ペプロー●撮影:ヴィットリオラストエンペラーdvd.png・ストラーロ●音楽:坂本龍一●時間:163分(劇場公開版)/219分(オリジナル全長版)●出演:ジョン・ローン/ジョアン・チェン/ピーター・オトゥール/坂本龍一/ケイリー=ヒロユキ・タガワ/デイヴィッド・バーン/コン・スー/ヴィヴィアン・ウー/ヴィクター・ウォン/デニス・ダン/イェード・ゴー/マギー・ハン/リック・ヤング/ウー・ジュンメイ/英若誠/リサ・ルー/ファン・グァン/立花ハジメ/坂本龍一/高松英郎/池田史比古/陳凱歌(カメオ出演)●日本公開:1988/01●配給:松竹富士●最初に観た場所:丸の内ルーブル (88-04-23)(評価:★★★☆)

ジョアン・チェン3.jpgジョアン・チェン/ベルナルド・ベルトルッチ監督「ラストエンペラー」('87年/伊・中国・英)・デヴィッド・リンチ監督「ツイン・ピークス」('90/英)・アン・リー監督「ラスト、コーション」('07年/米・中国・台湾・香港)

丸の内ルーブル.jpg丸の内ルーブル シャンデリア.jpg丸の内ピカデリー3の看板.jpg 丸の内ルーブル 1987年10月3日「有楽町サロンパスルーブル.jpgマリオン」新館7階に5階「丸の内松竹」とともにオープン(2005年12月~2008年11月「サロンパス ルーブル丸の内」) 2014年8月3日閉館(「丸の内松竹」は1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」2018(平成30)年12月2日休館、2019(令和元)年10月4日~ドルビーシネマ専用劇場「丸の内ピカデリー ドルビーシネマ」として再オープン) 

丸の内ピカデリー3.jpg「丸の内ルーブル」シャンデリア.jpg丸の内ルーブルの巨大シャンデリア

【2014年文庫化[幻冬舎文庫]】

《読書MEMO》
●NHK 総合 2025/02/03「映像の世紀バタフライエフェクト#91―ラストエンペラー溥儀 財宝と流転の人生」
・自身が満州国の皇帝となることを切望していた溥儀が、東京裁判では責任回避のためその思惑を一切否定し、傍聴席の日本国民を唖然とさせた場面が印象に残った。1965年にはNHKの番組にも出演し、「熱烈な共産主義者になった」と語っているが、毛沢東は彼のことを「死を恐れる小心者」と評していたようだ。溥儀の妻・婉容が皇后としての振る舞いも許されない状況下で従者との間に子をなすも、その子はすぐに亡くなり、絶望から阿片中毒になり、溥儀にも見放されて亡くなったのに対し、溥儀の弟・溥傑の妻であった嵯峨浩が冷静な視点で様々な証言を残しているのが対照的に思えた。
ラストエンペラー 溥儀.jpg
20世紀、紫禁城から歴代王朝が蓄えてきた膨大な財宝が流出した。国宝級の名画「清明上河図」など1200点以上の書画を密かに持ち出したのは、最後の皇帝・溥儀だった。日本の傀儡国家・満州国の皇帝となり、終戦後はソ連に抑留、中国に戻され共産党の思想改造を受けた溥儀は、頼る相手を次々と変え、財宝を切り売りして生き延びた。権力に利用され続け、皇帝から一市民になるという数奇な生涯を送った男の流転と孤独の物語。(語り:糸井羊司)

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偶然巡り合った人と青春のある時期を共有したことの重みを感じさせてくれる話。

横道世之介.jpg 『横道世之介』['09 年]

 2010(平成22)年度・第23回「柴田錬三郎賞」受賞作。

 80年代、長崎から東京へ出てきた来た18歳の横道世之介は、大学に入って偶然できた仲間が縁でサンバサークルに入ってしまい、先輩から紹介されて新宿のホテルでアルバイト、同級生についていった自動車教習所で彼女ができる―、名前通り横道にふらふら逸れながらも、少しずつ成長して行く世之介の1年を描いた青春小説。

 上京学生の物語ということで、夏目漱石の『三四郎』を想起させる面もありますが、漱石の頃の東大生と現代ののフツーの大学生では、その稀少度において月とスッポンの違いがあると思われ、実際、学生の世之介自身にそんな青雲の志といった大仰な気負いは感じられません。

 世之介の性格はどちらかというと不器用な方で、素直で純朴、思慮深く行動するタイプでは無く、気持ちだけは前向きなのですが、実際にはむしろ周囲に流されていることの方が多いという、平凡といえば平凡な男子(草食系?)、それが、読み進むにつれて、じわーっといいキャラ感を出していくように思えました。

 その世之介の学生生活1年目に、彼と偶然に接触があった人物達の、約20年後の、40代を目前にした現在の暮らしぶりが物語の中に挿入されていて、大方がごく平凡な社会人になっていますが、その誰もが、世之介のことを懐かしく、また愛しく思い出しています。

 世之介が20年後の今、そうした旧知の人々からある意味"ヒーロー視"されているのには、ある出来事が関係していますが、世之介ならそうした行動をとってもおかしくないと人々に思わせ、そんな世之介と青春の一時期を過ごせたことに感謝の念を起こさせるような、そんな慕われ方です。

 毎日新聞の夕刊に連載されたものですが、朝日新聞の夕刊に連載された『悪人』とはうって変わって、「青春小説」としてのプロセスはコミカルで明るく、個人的には、祥子ちゃんのお嬢さんキャラが大いに楽しめました(20年後に、この祥子ちゃんが国連職員としてアフリカ難民キャンプで仕事しているのと、千春さんという世之介を魅了した年上の女性がDJになっているのが、やや毛色の変わった進路か)。

 漫画チックとも思える遣り取りもありますが、物語が浮いた感じにならないのは、登場人物の行動に一定のリアリティがあると共に、当時の風俗がよく描かれているためではないかと。
 世之介が入った大学入った年は1987(昭和62)年と思われ、『サラダ記念日』がベストセラーとなり、「ラストエンペラー」「ハチ公物語」といった映画が公開され、大韓航空機事件が起きています(株式や土地価格が騰貴して「バブル」という言葉が流行ったのも、「ボディコン」という言葉が生まれたのもこの年)。

 こういう若者風俗を描いたらこの作家はピカイチですが、それが、過剰にならない程度に織り込まれているのがいいです。
 エンタテインメント性を保ちつつ、偶然巡り合った人と青春のある時期を共有したことの、人生における潜在的な重みを感じさせてくれるお話でした。

【2012年文庫化[文春文庫]】
横道世之介 映画 01.jpg横道世之介 映画 02.jpg横道世之介ード.jpg「横道世之介」2013年映画化(沖田修一:監督/高良健吾・吉高由里子:主演)

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面白かった。作者が読者に対して仕掛けた読み方の「罠」が感じられた。

悪人  吉田修一.jpg 悪人 吉田修一.jpg 吉田 修一 『悪人』 上.jpg 吉田 修一 『悪人』下.jpg 映画 「悪人」3.jpg
悪人』['07年]『悪人(上) (朝日文庫)』『悪人(下) (朝日文庫)』['09年] 映画「悪人」['10年](妻夫木聡/深津絵里主演)

 2007(平成19)年・第61回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)並びに2007(平成19)年・第34回「大佛次郎賞」受賞作。

 保険外交員の女性・石橋佳乃が殺害され、事件当初、捜査線上に浮かび上がったのは、地元の裕福な大学生・増尾圭吾だったが、拘束された増尾の供述と、新たな目撃者の証言から、容疑の焦点は一人の男・清水裕一へと絞られる。その男は別の女性・馬込光代を連れ、逃避行を続けている。なぜ、事件は起きたのか? なぜ2人は逃げ続けるか?

 出版社の知人が本書を推薦していたのですが、書評などを読むと、これまでの作者の作品と同様に、人と人の「距離」の問題がテーマになっているということを聞き、マンネリかなと一時敬遠していたものの、読んでみたら今まで読んだ作者の作品よりずっと面白かったし、それだけでなく、作者が読者に対して仕掛けたトラップ(罠)のようなものが感じられたのが興味深かったです。

 最初は、あれっ、これ「ミステリ」なのという感じで、芥川賞作家がミステリ作家に完全に転身したのかと。ところが、真犯人はあっさり割れて、今度は、その清水裕一と馬込光代という心に翳を持つ者同士の「純愛」逃避行になってきて、最後は、裕一が光代をあたかも"犠牲的精神"の発露の如く庇っているように見えるので、これ、「感動的な純愛」小説として読んだ人もいたかも。

 自分としては、清水祐一は「純愛」を通したというより、「どちらもが被害者にはなれない」という自らの透徹した洞察に基づいて行動したように思え、そこに、作者の「悪人とは誰なのか」というテーマ、言い換えれば、「誰かが悪人にならなければならない」という弁解を差し挟む余地の無い"世間の掟"が在ることが暗示されているように思いました。

 馬込光代の事件後の熱から覚めたような心境の変化は、彼女自身も「世間」に取り込まれてしまうタイプの1人であることを示しており、それは、周囲の見栄を気にして清水裕一を「裏切り」、増尾圭吾に乗り換えようとした石橋佳乃にとっての「世間」にも繋がるように思えました(作者自身は、「王様のブランチ」に出演した時、石橋佳乃を「自分の好きなキャラクター」だと言っていた)。

 そうして見れば、増尾圭吾が憎々しげに描かれていて(石橋佳乃の父親が読者の心情を代弁をしてみせて、読み手の感情にドライブをかけている)、清水祐一が彼に読者の同情が集まるように描かれているのも(母親に置き去りにされたという体験は確かに読み手の同情をそそる)、作者の計算の内であると思えます。

 これをもって、本当に悪いのは増尾圭吾のような奴で、清水祐一は可哀想な人となると、これはこれで、作者の仕掛けた「罠」に陥ったことなるのではないかと。
 石橋佳乃の「裏切り」も、その父親の「復讐感情」も、清水祐一の過去の体験による「トラウマ」も、注意して読めば、今まで多くの小説で描かれたステレオタイプであり、作者は、敢えてそういう風な描き方をしているように思いました。

 そうした「罠」の極めつけが、清水裕一と馬込光代の「純愛」で、これも絶対的なものではなく(本書のテーマでもなく)、ラストにある通り、最終的には相対化されるものですが、それを過程においてロマンスとして描くのではなく、侘びしくリアルに描くことで、読み手自身の脳内で「純愛」への"昇華"作業をさせておいて、最後でドーンと落としているという感じがしました。

 時間的経過の中で、人間同士の結ぼれや相反など全ての行為は相対化されるのかも知れない、但し、「世間」はその場においては絶対的な「悪人」を求めて止まないし、同じことが、「純愛」を求めて読む読者にも、まるで裏返したように当て嵌まるのかも知れないという印象を抱きました。

悪人 スタンダード・エディション [DVD]
映画 「悪人」dvd.jpg映画 「悪人」1.jpg(●2010年9月に「フラガール」('06年)の李相日(リ・サンイル)監督、妻夫木聡、深津絵里主演で映画化された。第84回キネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベスト・ワンに選ばれ、第34回日本アカデミー賞では、最優秀主演男優賞(妻夫木聡)、最優秀主演女優賞(深津絵里)、最優秀助演男優賞(柄本明)、最優秀助演女優賞(樹木希林)、最優秀音楽賞(久石譲)を受賞。海外では、深津絵里が第34回モントリオール世界映画祭の最優秀女優賞を受賞している。原作者と監督の共同脚本だが、意識的に前半をカットして、事件が起きる直前から話は始まり、尚且つ、回想シーンをできるだけ排除したとのこと。その結果、祐一(妻夫木聡)が一緒に暮らそうとアパートまで借りた馴染みのヘルス嬢の金子美保や、石橋佳乃(満島ひかり)の素人売春相手の中年の塾講師である林完治などは出てこない。そうしたことも含め、主要登場人物のバックグラウンドの描写が割愛されている印象を受けた。加えて、光代を演じた深津絵里と、佳乃を演じた満島ひか映画 「悪人」満島.jpg映画 「悪人」柄本.jpgりの二人の演技派女優の演技の狭間で、主人公である妻夫木聡が演じる祐一の存在が霞んだ。さらに後半、柄本明が演じる佳乃の父や樹木希林が演じる祐一の祖母が原作以上にクローズアップされたため、祐一の影がますます弱くなった。原作者映画 「悪人」4.jpgはインタビューで「やっぱり樹木さん、柄本さんのシーンは画として強かったと思いますね。シナリオも最初は祐一と光代が中心でしたが、最終的に、樹木さんのおばあちゃんと、柄本さんのお父さんが入ってきて、全体に占める割合が大きくなったんですよね。あれは、僕らが最初に考えていたときよりも分量的にはかなり増えていて、自分たちでは逆に上手くいったと思っているんです」と語っている。柄本明は助演でありながら芸術選奨も受賞している(助演では過去に例が無いのでは)。この作品の主人公は祐一なのである。本当にそれでいいのだろうか。李相日監督は6年後、同作者原作の「怒り」('16年/東宝)も監督することになる。

李相日監督/深津絵里/妻夫木聡   深津絵里(モントリオール世界映画祭「最優秀女優賞」受賞)   
深津絵里(第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞).jpg深津絵里 モントリオール世界映画祭最優秀女優賞1.jpg「悪人」●制作年:2010年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作:島谷能成/服部洋/町田智子/北川直樹/宮路敬久/堀義貴/畠中達郎/喜多埜裕明/大宮敏靖/宇留間和基●脚本:吉田修一/李相日●撮影:笠松則通●音楽:久石譲「悪人」井川.jpg●原作:吉田修一●時間:139分●出演:妻夫木聡/深津絵里/岡田「悪人」00.jpg将生/光石研/満島ひかり/樹木希林/柄本明/井川比佐志悪人(2010年)余.jpg余貴美子/宮崎美子/中村絢香/韓英恵/塩見三省/池内万作/永山絢斗/山田キヌヲ/松尾スズキ/河原さぶ/広岡由里子/二階堂智/モロ師岡/でんでん/山中崇●公開:2010/09パルコスペース Part3.jpg渋谷シネクイント劇場内.jpg●配給:東宝●最初に観た場所:渋谷・CINE QUINTO(シネクイント)(10-09-23)(評価:★★★☆)
   
   
CINE QUINTO tizu.jpgCINE QUINTO(シネクイント) 1981(昭和56)年9月22日、演劇、映画、ライヴパフォーマンスなどの多目的スペースとして、「PARCO PART3」8階に「PARCO SPACE PART3」オープン。1999年7月~映画館「CINE QUINTO(シネクイント)」。 2016(平成28)年8月7日閉館。

2018年5月27日に閉館した渋谷シネパレス跡地に、二代目として同年7月6日に再開業。また2019年11月22日には新生渋谷PARCO8階にも『WHITE CINE QUINTO』が開業している。

映画 悪人ド.jpg
 
朝日文庫「悪人」新装版.jpg 【2009年文庫化[朝日文庫(上・下)]/2018年文庫新装版[朝日文庫(全一冊)]】 
        
 
 
  
 
    
悪人 新装版 (朝日文庫)』新装版(全一冊)['18年]

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「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ

巧みに予想を裏切ってくれたが、本当の「恐ろしさ」はどこにあったのかが曖昧な部分も。

パレード 吉田修一.jpg 『パレード』 ['02年] パレード 吉田修一 文庫.jpg 『パレード (幻冬舎文庫)』 ['04年]

2010年映画化(監督:行定勲)
パレード 映画.jpg 2002(平成14)年・第15回「山本周五郎賞」受賞作。

 都内の2LDKのマンションで共同生活を送る4人の男女(21歳の長崎出身の大学生の良介、23歳の無職の琴美、24歳のイラストレーター兼雑貨屋店長の未来、28歳の独立系映画配給会社勤務で夜のマラソンが日課の直輝)のもとに、18歳の職業不詳の少年サトルが転がり込んでくることで、彼らの生活は徐々に変調をきたす―。

 良介、琴美、未来、サトル、直輝の順にそれぞれの独白体で話が語り継がれ、なぜ彼らが共同生活を営むようになったかが明らかにされるとともに、最後に「恐ろしい」事件&事実が明らかになるというミステリ的要素もある作品ですが、この「恐ろしさ」はホラー・ミステリの「恐ろしさ」ではないでしょう。ホラー・ミステリだとすると、それまでの描写に伏線と言えるものは殆ど無いし...。

 今風の若者達の生態が軽い巧みなタッチで描かれていて、その中に恋人紹介シーンなどがあったりし、高橋留美子の『めぞん一刻』(ちょっと旧いが)を思い出したりさえしたぐらい。殆ど事件らしい事件もなく事が進んでいくのはこの作者の特徴なのかなと思いましたが、そうした中、何かコトを起こすとすれば、実は男娼だったというサトルかなと思ったら、最後に「見事に」と言うか「巧みに」予想を裏切ってくれて、道理で語り手の順番が登場順になっていなかったと。

 現代社会の「恐ろしさ」を描いたと言うよりは、若者の風俗・気質の描写と意表を突くラストとの組み合わせで、全体としてエンタテインメントになっているという感じがしますが、それぞれを切り離してみると、途中までは共同生活を営む若者達の互いの距離の持ち方を描いたテレビドラマの脚本を読んでいるようでもあるし、一方、最後の事件などもそれ自体は映画などで使い古されたパターンであり、共にやや浅薄な印象を受けなくもありませんでした。

 やや深読みしてこの作品に本当の「恐ろしさ」を見出すとすれば、少なくともサトルという少年は直輝に関する事実を知っていたということで、それでいながらこのマンションから離れて暮らそうと思わなかったという点かも。

 サトルの独白ではそのことに触れられておらず、そうした意味での"伏線"が無いと言うか、彼は話すべきことを話していないと言うか(直輝に対する印象としては全く逆のことが書かれている)、"独白"で隠し事するかなあと。

 それではどの時点で何を契機にサトルはその事実に気づいたのか、更には、あとの3人はどうだったのだろうかという疑問も残り、この点はサトルの「未来さんも、良介くんも、琴ちゃんも知ってんじゃないの。よく分んないのよ」という言葉でボカされ、「お互いにそのことについて、ちゃんと話したわけじゃないから」で片付けられているのが、ある意味、そうしたことへの無頓着が恐いといえば恐いのかも知れませんが、物足りないと言えば物足りないような。

 多くの評者がこうした点をさほど論じないでこの作品を褒めそやすのは、この作品が純文学なのかエンタテインメントなのか、ミステリなのか単なるホラーなのか焦点を定めにくいということもあるためではないかという気がしました(作者はこのあとの作品『パーク・ライフ』で芥川賞受賞)。

 【2004年文庫化[幻冬舎文庫]】

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相手に立ち入り過ぎない"やさしさ"? "何も起こらない小説"なりの物足りない読後感。

パーク・ライフ.jpg  『パーク・ライフ (文春文庫)』  〔'04年〕
日比谷公園.bmp
 2002(平成14)年上半期・第127回「芥川賞」受賞作。

 主人公の「ぼく」は日比谷線の中で、間違って話しかけた見知らぬ女性と知り合うが、2人が会うのは平日に共に立ち寄ることが多い日比谷公園においてだった。「ぼく」とその名も知らない年上の女性は、特別に親密になることも遠ざかることもなく、言葉のみを交わす―。

 TVドラマの恋愛の始まりみたいなシチュエーションですが、結局、出来事らしい出来事は起きず、これって所謂"何も起こらない小説"ってやつかなと。

 文章に飾り気が無く、淡々と日常ふと見たり感じたり、思ったり考えたりしたことを描写していて、人間って生きている時間の大部分はこうして流れていくのかなというようなリアリティがあります。
 ただし「ぼく」と女性の会話は(村上春樹の初期作品っぽい感じ)、そこだけ少し世離れした感じを受けました。

 相手に対してこうした一定の距離を置く関係性というのは、他者に立ち入り過ぎないことが"やさしさ"であるみたいなものが横溢する時代のムードを反映しているのかもしれないとも思い、そうした人間の微妙な面白さを描こうとしているのかもしれませんが、小説というよりエッセイを読んでいるようでした。(★★★)

 表題作に比べると、同録の「flowers」の方がより小説的で、かなり変わった人物、つまり今度は、人と距離を保つタイプの逆で、人との距離感がよく分からないような人物が登場し、事件もいろいろ起きる分面白いけれども、これだと事件が起きた上でそこそこに面白いのであって、まあフツーの小説という感じ。(★★★)

 一方の"何も起こらない"小説である表題作に、三浦哲郎の評したような「隅々にまで小説のうまみが詰まっている」という印象は、残念ながら持てませんでした。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

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