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部分的にはともかく、全体的には(気の毒な事情もあったが)失敗作。

「櫛の火」1975.jpg「櫛の火」01.jpg
邦画映画チラシ[ 櫛の火 草刈正雄 ジャネット八田」#944」草刈正雄//桃井かおり
櫛の火』['74年]/『櫛の火 (新潮文庫)
『櫛の日』単行本.jpg『櫛の火』.jpg「櫛の火」c.jpg 広部(草刈正雄)が初めて柾子(ジャネット八田)と会った時、彼女はホテルのロビィで、大学講師の夫・矢沢(河原崎長一郎)、矢沢の友人・田部(岸田森)、松岡(名古屋章)と話していた。広部が待っていた先輩と松岡が知り合いで、形「櫛の火」05.jpg式的に柾子を紹介される。3年前、大学紛争も終りに近い頃、弥須子(桃井かおり)が激烈な常套句で広部の生き方をなじって離れていった。そして一年後に、広部は弥須子と再会し、その夜、二人は連れ込み宿で肌を寄せう。翌朝、弥須子は広部と別れた後、急に腹痛を起こし入院、病院に駆けつけた広部は献身的な看護を続けたが、一週間後彼女は息を引きとる。彼女の櫛が形見として広部に渡された。初めて柾子を紹介されてから10日ほどして、広部は柾子と電話で話した。征子は夫の矢沢と別居しており離婚の話がついていると言い、二人は月に一度ほどの間隔で逢うようになり、どちらからともなく体を求めるようになった。一方、矢沢はあけみ(高橋洋子)と同棲していた。しかし、あけみは多情な女で、矢沢はいつも嫉「櫛の火」06.jpg妬していた。遂にあけみに我慢ができなくなった矢沢が家に戻って来て、柾子とは一階と二階に別れて暮すことになった。柾子は離婚の立合人・田部に相談しに行くが、酔ったあげく彼に体を許した。数日後、柾子は矢沢に強引に迫られ、殺されそうな気がしたのでつい抱かれた、と言って広部のアパートに転がり込んだ。二人は一緒に暮すことにする。広部の机は翻訳をする柾子に占領され、抽出しに放り込んであった弥須子の形見の櫛も、今では柾子が自分の物のように使っていた。数日後、広部は矢沢に呼び出され、捺印した離婚届を渡された。その夜の明け方近く、柾子は、矢沢が家に帰って来たのはあけみを殺害したからだ、と広部に言った。その事を広部は信用しなかったが―。

草刈正雄/ジャネット八田/神代辰巳/桃井かおり
「櫛の火」08.jpg 神代辰巳(くましろ たつみ、1927-1995/67歳没)監督が「青春の蹉跌」('74年/東宝)の翌年の1975年に撮った作品。原作は、芥川賞作家でありドイツ文学者でもあった古井由吉(ふるい よしきち、1937- 2020/82歳没)の長編小説『櫛の火』で、1974年12月河出書房新社刊ですから、単行本が出て比較的すぐに映画化したことになります。

 原作は、心理小説であると同時に観念小説であって、登場人物たちの人物像と言うか輪郭がはっきりしない(登場人物はすべて実存的存在であり、定位されないともとれる)―これはある意味、登場人物がすべて狂っているのではないかと錯覚させるような印象もあり、個人的には今一つ入り込めなかった印象がありました(評価不能とした)。

「櫛の火」03.jpg 概略的には(或いは外形的には)恋人を亡くした男が別の女性との関係を築き上げていく物語で、原作では、冒頭、主人公は恋人・弥須子との一年ぶりの再会も束の間、その翌日に彼女は入院し、あっという間(10日後)に広部の目の前で息を引き取ってしまうため、弥須子は最初から、主人公の広部による過去の出来事の回想の中で登場します。

 映画では亡くなる前の弥須子がリアルタイムで描かれる一方、弥須子が亡くなった後もカットバックで登場します。ただ、そうしたこともあって時制が把握しにくかったです(死者は生者の中に在るという主題も込められているとは思うが)。分かりくなった背景には、併映の蔵原惟繕監督、萩原健一、岸惠子主演の「雨のアムステルダム」('75年/東宝)の都合で30分もカットせざるをえなかったという不幸な事情があったためのようです(〈草刈正雄&ジャネット八田〉では〈ショーケン&岸惠子〉に抗えなかったか)。

 予め計算してカットバックを入れているのに、後から無理やりフィルムカットすると、こうした観る側を混乱させるような作品になってしまうのも無理ないように思います。よって「文芸ポルノ」だとかいう誹(そし)りもも出ててきてしまうわけで、難解な原作を選んだのが裏目に出てしまった? 元の2時間バージョンはもう残ってないのかなあ。

 ただ、ラストだけ、原作の解題になっていました。原作では、柾子が「やっぱり殺しているわ」と言うところで終わり、誰が誰を殺したのか、それは事実なのか彼女の妄言なのか分かりませんが、映画ではオチがあります。結局、最も狂っていたのは○○か。言われてみればそうかもしれないけれど、映画でも伏線が見えないないし(柾子(ジャネット八田)の夫(河原崎長一郎)の愛人役として出演した高橋洋子なんてほとんど出番が無かった。伏線もカットされたのか)、原作ももともと人物の輪郭が見えないため、この結末はちょっと唐突感があるように思いました。

草刈正雄/ジャネット八田
「櫛の火」04.jpg 草刈正雄は資生堂の男性化粧品「MG5」などのCMのモデルから俳優にになって2年目、この当時はセリフも不自然だし、まったくの大根役者で、しかも痩せ過ぎ。ただ、ジャネット八田が美しくて、脱ぎ捨てたショーツでで綾取りをしたりする場面がいいとかいう(マニアック?な)見方もあるとか。部分的にはいい箇所があったかもしれませんが、全体的には(気の毒な事情もあったが)失敗作だと思います。

「櫛の火」●制作年:1975年●監督:神代辰巳●製作:田中収●脚本:大野晴子/神代辰巳●撮影:姫田真佐久●音楽:多賀英典/林哲司●時間:88分●出演:草刈正雄/桃井かおり/ジャネット八田/高橋洋子/河原崎長一郎/名古屋章/岸田森/武士真大/小川順子/大場健二/歌川千恵/芹明香●公開:1975/04●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(22-08-30)(評価:★★☆)

【1981年文庫化[新潮文庫]】

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時代のしらけムードを体現したショーケンの演技。原作を70年代バージョンに改変した長谷川和彦。
「青春の蹉跌」00.jpg
青春の蹉跌 <東宝 DVD 名作セレクション>」萩原健一/桃井かおり
青春の蹉跌 (新潮文庫)
『青春の蹉跌』2.jpg A大学法学部に通う江藤賢一郎(萩原健一)は、学生運動をキッパリと止め、アメリカン・フットボールの選手として活躍する一方、伯父・田中栄介(高橋昌也)の援助をうけてはいるが、大橋登美子(桃井かおり)の家庭教師をしながら小遣い銭を作っていた。やがて、賢一郎はフ「青春の蹉跌」図6.jpgットボール部を退部、司法試験に専念した。登美子が短大に合格、合格祝いにと賢一郎をスキーに誘った。ゲレンデに着いた二人、まるで滑れない賢一郎を背負い滑っていく登美子。その夜、燃え上がるいろりの炎に映えて、不器用で性急な二人の抱擁が続いた。賢一郎は母の悦子(荒木道子)と共に成城の伯父の家に招待された。晩餐の席、娘・康子(檀ふみ)と久しぶりに話をする賢一郎。第一次司法試験にパスした賢一郎が登美子とともに歩行者天国を散歩中、数人のヒッピーにからまれている康子を救出したことから、二人は急速に接近していく。第二次試験も難なくパスした賢一郎は、登美子との約束を無視して、康子とデートをした。やがて第三次試験も合格。合格す「青春の蹉跌」図5.jpgること、それは社会的地位を固めることであり、康子との結婚は野心の完成であった。相変らず登美子との情事が続いたある日、賢一郎は康子との婚約を告げたが、登美子は驚かず、逆に妊娠5ヵ月だと知らせた。あせる賢一郎は、登美子を産婦人科に連れて行き堕胎させようとするが医者に断わられる。不利な状況から脱出しようとする賢一郎だが、解決する術もなく二人で思い出のスキー場へやって来た。雪の中、懸命に燃えようとする二人の虚しい行為。一緒に心中しよう、と登美子が言う。雪の上を滑りながら賢一郎は登美子の首を締めていた。登美子の屍体を埋めた斜面に雨が降る。賢一郎と康子の内祝言の宴席。賢一郎は拍手の中、伯父や康子を大事にしていく、と自分の豊富を語る。賢一郎は再びフットボールの試合に出て駈け廻る。その時、二人の刑事がグラウンドに近づいた。賢一郎は何処へも逃げることができず、ボールを追って走る。タックルを受けて地面に叩きつけられ、その上に何人ものタックラーが重なる。ボールを抱えたまま、動かない賢一郎―。

「青春の蹉跌」図1.jpg 神代辰巳(1927-1995/67歳没)監督(「赫い髪の女」('79年/日活))の1974年公開作で、脚本は長谷川和彦(1946年生まれ)。原作は、石川達三の中編小説で、1968年4月から9月まで「毎日新聞」に連載され、同年に新潮社から単行本化されると、ベストセラーとなっています。それを、その6年後、当代人気の萩原健一(1950-2019/68歳没)を主演に据え、相手役に桃井かおり(1951年生まれ)を配して映画化したのがこの作品です(後に桃井かおりは、「映画『青春の蹉跌』で萩原さんと会って、尊敬してた、なんか一緒にくっついていたいっていう気持ちがあって」と語っており、その後多くの作品で萩原健一と共演する)。

 原作は、セオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』(ジョージ・スティーヴンス監督、モンゴメリー・クリフト、エリザベス・テイラー主演の「陽のあたる場所」('51年/米)など何度か映画化されている)に似ていると言われますが、1966年に佐賀県の天山で起きた「妊娠した女子大学生が、交際中の大学生に天山登山に誘い出され、殺される」という事件をモデルとしたとされています。ただし、映画化される6年前に原作が発表されていますが、主人公の印象は原作と映画でやや異なるように思いました。

「青春の蹉跌」図00.jpg 原作では、主人公は貧しい法学部生で、司法試験に合格することを階級投資闘争であると捉えていますが、映画では、70年安保終焉の虚無感を反映してか、萩原健一演じる主人公は学生運動もやめ、実際あまり政治的なことを考えている風でもないです。また、時代の"一億総中流化"(1967年に日本の推計人口が1億人に達し、70年代にこの言葉が流行った)を反映してか、金持ちの息子ではないけれど、そう貧しいと言うほどでもないといった境遇のようです。

 原作では、主人公は、自分が司法試験に合格したら自分にすり寄ってきた康子を軽蔑し、憎んでさえいますが、ただし、彼女の結婚するという意志は変わらず、そのために登美子を殺害します。映画では、主人公は、檀ふみ演じる登美子のことを良くも悪くも思っていない感じで、ただし、彼女と結婚するために妊娠した登美子を殺害するのは原作と同じです。

「青春の蹉跌」図9.jpg ただ、原作の主人公は、自分がエゴイストであるということを冷静に分析していて、自身の信念としてのエゴイズムを貫くために登美子を殺害するようなところがあります。一方、映画での主人公は、桃井かおり演じる登美子が仕掛けてきた何となく無理心中っぽい行為に反応するような形で、そこから逃れるため咄嗟に登美子を殺害したようにも見えます。総じて意志的・計画的である原作の主人公に比べ、映画でショーケンが演じる主人公はどこか刹那的で、虚無感が漂います。原作をねじ曲げたというよりも、60年代と70年代の時代のムードの違いでしょうか。ショーケンの演技は、時代のしらけムードを体現したものだったとも言えるかもしれません。。

 映画のラストで、アメフト選手として復帰した主人公のところへ下川辰平演じる刑事がやってきます。主人公がアメフト選手であるというのは、この映画の脚本を務めた長谷川和彦が東大のアメフト部出身であるためと思われ、原作には無い設定です(試合シーンは、明大と東大のアメフト部員を動員して、長谷川和彦が自分でメガホンを取ったという)。

 原作では、主人公は警察に逮捕されて厳しく尋問されますが、そうしたシーンがショーケンには似合わないと思ったのか、試合中に事故死するような終わり方にしたのかもしれません。ただし、原作には思いもかけない重大な事実判明がラストにあるのですが、これが映画では端折られたことになります。それが少し引っ掛かりました。

 銀座の歩行者天国って1970年8月2日にスタートしたのかあ(当然これも原作にはない)。長谷川和彦は、意図的に原作を70年代バージョンに改変したのだと思います。

「青春の蹉跌」図7.jpg
檀ふみ/桃井かおり/神代辰巳/萩原健一
「青春の蹉跌」図3.jpg「青春の蹉跌」図2.jpg「青春の蹉跌」●制作年:1974年●監督:神代辰巳●製作:田中収●脚本:長谷川和彦●撮影:姫田真佐久●音楽:井上堯之●時間:85分●出演:萩原健一/桃井かおり/檀ふみ/河原崎建三/赤座美代子/荒木道子/高橋昌也/上月左知子/森本レオ/泉晶子/くま由真/中島葵/渥美国泰/中島久之/北浦昭義/芹明香/下川辰平/山口哲也/加藤和夫/久米明/歌川千恵/堀川直義/守田比呂也●公開:1974/06●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(22-08-30)(評価:★★★☆)

【1971年文庫化[新潮文庫]】

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潜っていく設定が記憶深層に潜っていくこととシンクロ。人間の意識の構造を表象

「つみきのいえ」2008.jpg「つみきのいえ」02jpg.jpg
つみきのいえ (pieces of love Vol.1)

「つみきのいえ」9.jpg 海面が上昇したことで水没しつつある街に一人残り、まるで「積木」を積んだかのような家に暮らしている老人がいた。彼は海面が上昇するたびに、上へ上へと家を建て増しすることで難をしのぎつつも穏やかに暮らしていた。ある日、彼はお気に入りのパイプを海中へと落としてしまう。パイプを拾うために彼は潜水服を着込んで海の中へと潜っていくが、その内に彼はかつて共に暮らしていた家族との思い出を回想していく―。

「つみきのいえ」3.jpg 加藤久仁生(かとう くにお/1977年生まれ)監督による2008年発表のアニメーション作品(12分)で、加藤監督は、主人公である老人の生活を淡々と描くことで、人生というものを象徴的に表現しようと思ったと語っていますが、老人の自分の過去に向き合う姿勢やその時の情感、人生の中で大切しているものがごく自然に表現されていて良かったです。

「つみきのいえ」2.jpg 加藤久仁生監督は、脚本家の平田研也氏より、地球温暖化が問題になっているのだからそれもアピールすべきというアドバイスを受けたものの、どんな過酷な環境にあっても、人は生きていかねばならない、という自らのイメージを貫い「つみきのいえ」s.jpgたとのこと。変に環境問題アピールとかしなかったことで、展開に普遍性を持たせることができ、味わい深い作品になったように思います。

 主人公が潜水服を着て潜っていくという設定が、かつての思い出の記憶の深層に"潜っていく"という心象と見事にシンクロしているように思いました。たまたまパイプを1つ落っことして、それを拾いにいくうちに...という展開もいいです。

「つみきのいえ」4.jpg もう一つ、この作品のスゴいと思う部分は、主人公と彼が住んでいる「家」との関係が、人間の意識と無意識、現在意識と過去の記憶との関係(よく「氷山の一角」という比喩が用いられるが)をそのまま表象しているように見える点です。人間って今の顕在意識のみで生きているような錯覚に陥りがちですが、その意識の底には、過去のさまざまな経験の記憶があり、それが今の自分の価値観や人生への満足感・不満感を構成しているのだ、だから、これまでの人生は今の自分とは切っても切り離せないものなのだと改めて思わされるものでした。

 そうしたこともあって、中高年の人が観たらじーんとくるのではないかと思いましたが、意外と、中高年に限らず若い人にも人気のある作品であるようです(そうした意味でも普遍性のある作品なのだろう)。

「つみきのいえ」8.jpg テクニカルな面についてですが、最後までそうなのか、途中からCG編集しているのかは分かりませんが、最初は鉛筆描きしているみたいで、ものすごく手間がかかっていそう。でもそれが温かい手作り感を出しています。「頭山」などにも通じるところがありましが、個人的には、「霧の中のハリネズミ(霧につつまれたハリネズミ)」('75年/ソ連)のユーリ・ノルシュテインなどに通じるものがあるように思いました。


アカデミー賞 アニメ 加藤.jpg この作品は、毎年6月にフランスのアヌシーで開催される世界最高峰の「アヌシー国際アニメーション映画祭」で、短編作品に与えられる「アヌシー・クリスタル賞(最高賞グランプリ)」を獲得し、同賞の日本人の受賞は2003年の「頭山」('02年/日本)の山村浩二監督(1964年生まれ)に続いて2人目でした。さらに、この作品で加藤久仁生監督は「アカデミー短編アニメ賞」を日本映画として初受賞しています(日本勢としては、滝田洋二郎監督の「おくりびと」('08年/松竹)の「アカデミー賞外国語映画賞」の受賞とのW受賞だった。「頭山」はかつてノミネートまではいったが、惜しくも受賞は成らなかった)。

 因みに、「アカデミー長編アニメ映画賞」の方は、2002年に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」('01年/東宝)が受賞していますが、「長編アニメ映画賞」は2001年の第75回アカデミー賞から始まった賞でした(したがって、宮崎駿監督は賞が始まって2回目で受賞したことになる)。

 一方の「アカデミー短編アニメ賞」の方は、1932年の第5回アカデミー賞から始まった賞であり、当初はディズニー作品が圧倒的に強く、近年はピクサー作品がそれにも増して強い(ピクサーは今はウォルト・ディズニー・カンパニーの完全子会社だが)などの偏りはありますが、それでも「長編アニメ映画賞」に比べると圧倒的な歴史を誇ることになり、この作品の受賞は意義深いと思います(加藤久仁生監督は第81回アカデミー賞での受賞なので、賞が始まって77回目での日本人初受賞となる)。

「つみきのいえ」加藤.jpg 加藤久仁生監督は、当時31歳にして「アカデミー賞監督」になったことになりますが、「スタッフ16人で1年がかり。みな頑張ってくれたのに、監督としてまとめきれなかった」「達成感のなさだけが残った」とも述べているようです。こういう人は、何事に関しても目指す極みが高いんだろうなあ。若ければ若いほどそうなのかも。

奥山玲子(おくやま・れいこ).jpg 因みに、加藤久仁生監督の才能を早くに見抜いた人物の一人に、NHK連続テレビ小説「なつぞら」('19年)の主人公なつのモデルとされる奥山玲子(故人)がいて、'04年に別の作家(山村浩二監督?)が国際的な賞を受けたニュースを見て、加藤にも大きな賞を狙うよう促す手紙を送り、それまでに発表していた加藤の作品を褒めてくれるなどしたそうです。こうした良きメンターがいたから頑張れたというのもあるのでしょう。

奥山玲子(1936-2007)

世界アニメーション歴史事典.jpg『つみきのいえ』英語.jpg この作品は、スティーヴン・キャヴァリア著『世界アニメーション歴史事典』('12年/ゆまに書房)にも紹介されています。また、アニメ本編を基に、加藤監督と脚本の平田氏がリメイク・書き下ろしした絵本も刊行されています。

つみきのいえ 英語版
   

「つみきのいえ」10.jpg「つみきのいえ」●仏題:LA MAISON EN PETITS CUBES●制作年:2002年●監督・アニメーション:加藤久仁生●脚本:平田研也●製作:日下部雅謹/秦祐子●音楽:近藤研二●時間:12分●声の出演(日本版):長澤まさみ(ナレーション)●公開:200/10●配給(製作会社):ロボット(評価:★★★★☆)

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夜は明けそうにないなあ。時代の雰囲気が横溢している作品。

恐怖劇場アンバランス4 dvd.jpg1「夜が明けたら」ti.png 図17話「夜が明けたら」2.png 祭りの準備.jpg
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.4」西村晃(服部) 黒木和雄監督「祭りの準備」('75年/ATG)

図17話「夜が明けたら」1.png 初老の仕立て屋・服部康吉(西村晃)は、娘・笛子(夏珠美)と一緒に新宿へ買い物に出掛けた際に、チンピラ三人組が娘にちょかいをかけてきたため、たまたま持参していた洋服の仕立て鋏で男たちを刺してしまう。これが過剰防衛に当たるとされ、懲役一年の実刑判決が下されるが、チンピラたちは罪に問われなかった。その後、服部は模範囚だったことから半年で釈放され、事件を担当した老刑事・八坂(花沢徳衛)が気になって服部の営む仕立て屋を訪ねると、服部はいたが娘は結婚したとのことだった。実は八坂が服部を訪ねたのは、事件の際のチンピラ三人が服部に小銭をせびっていて、服部はそれに対し、断るどころか進んで金を渡して図17話「夜が明けたら」3.png図17話「夜が明けたら」4.pngいるということを聞きつけたからだった。チンピラたちは依然あちこちでゆすりたかりのような7話「夜が明けたら」af1.pngことを繰り返していて、一方、服部の娘が結婚したというのは嘘で、実は家出していたのだった。八坂は横須賀のゴーゴークラブで踊る笛子を探し出し、会ってみると、酒は飲むはタバコはふかすはの変わりようだった。一方、ある晩、公園でチンピラ三人がまたしてもカップルを脅迫しようと企んでいたが、今回は八坂らが張り込んでいて、彼らを取り押さえた。と、そこにいたのは―。

夜よりほかに聴くものもなし1.1.jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第7話(制作№12)で、'70年制作、'73年放映。原作は、山田風太郎の「黒幕」(『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房、後に現代教養文庫、広済堂文庫、光文社文庫、角川文庫)所収)です。監督はこの5年後に「祭りの準備」('75年/ATG)を撮る黒木和雄、脚本は滝沢真理。文庫表題作「夜よりほかに聴くものもなし」は10話から成る短編の連作で、犯行のさまざまな「動機」にフォーカスしていて、ベテラン刑事の八坂が「それでも...俺は手錠をかけねばならん」と犯罪者のやりきれない事情に理解を示しながらも、犯人に手錠をかけて終わるというのがパターンになっています。

『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房)
図17話「夜が明けたら」51.png
 主人公の動機の意外性がミソの連作ですが、この「夜が明けたら」の主人公の動機は、ほとんどの人は予想がつかないくらい屈折していたように思います。ラストの西村晃演じる服部の、哀愁を帯びながらも、ちょっと不気味でちょっとコミカルな様は、「死んでいる」と言うより「壊れている」という印象でした。「夜が明けたら」というタイトルと違って、夜はいつまでも開けそうにないなあと思ってしまいました。

図17話「夜が明けたら」asa1.png7話「夜が明けたら」kon.png 尤も、この「夜が明けたら」というのは、劇中、クラブで浅川マキ(1942-2010/享年67)が歌っている彼女の曲の名であり、1969年7月にシングルレコード発売されています(CDの音質に対して本人は懐疑的であったため、存命中はその意向により作品の大部分が廃盤状態だった)。笛子(夏珠美)が朗読している『冠婚葬祭入門』(カッパ・ブックス)は塩月弥栄子(1918-2015/享年96)の1970年のベストセラーです(カッパ・ブックスで単巻で発行部数300万部を超えた唯一の本)。場面の変わり目で映し7話「夜が明けたら」b.png出される建設中の高層ビルは「京王プラザホテル」です(1971年6月開業時は、霞が関ビルを抜き日本で最も高い超高層ビルであった)。冒7話「夜が明けたら」konka.png頭、新宿の街で笛子がチンピラにちょっかいを掛けられ、服部が歩道橋に駆け付ける場面は、複数の望遠レンズでも撮っていることから、一発勝負の" ゲリラ撮影"だったと思われます(1960年代中盤にソニーがポータブル・ビデオカメラを開発し、それが普及して、ゲリラ撮影が世界的に流行った)。このように、1960年代が終わり1970年に入ったばかりという時代の雰囲気が横溢している作品でした。

図17話「夜が明けたら」b.png7話「夜が明けたら」natsu1.png 笛子を演じた夏珠美(当時22歳)は映画「月光仮面」('58年)などの子役出身で、それが10年後には梅宮辰夫(1938-2019/享年81)主演の「不良番長」シリーズ('68-'72年)のレギュラーになるわけですが(一応ヒロイン役)、ここでは、お嬢さんっぽいビフォアーと、あばずれっぽいアフターを演じ分けていました。

図17話「夜が明けたら」keio.png この「恐怖劇場アンバランス」シリーズは、制作No.8以降、オリジナル脚本のホラー路線から、原作ありのサスペンス路線に"路線変更"していて、この「夜が明けたら」のラストの意外性も、原作に負うところが大きいのだろうとは思います。でも、映像化することで、時代の背景などが垣間見れて、それは映像的にも貴重であるし、原作を時代のシズル感をもって改めて味わうことが出来るように思いました。


恐怖劇場アンバランス/夜が明けたら .jpg1(第7話)/夜が明けたら図.png「恐怖劇場アンバランス(第7話)/夜が明けたら」●制作年: 1970年(制作№12)●監督:黒木和雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:滝沢真理●音楽:冨田勲●原作:山田風太郎「黒幕」●出演:西村晃/山本燐一/夏珠美/根岸一正/矢野間啓治/吉田潔/山本一栄/木下桂子/栗田幸子/福光洋子/新田喜美江/三田登喜子/浅川マキ/花沢徳衛●放送:1973/02/19●放送局:フジテレビ(評価:★夏珠美、谷隼人.jpg★★☆)

夏珠美 in「不良番長 練鑑ブルース」(1969)

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

2018年「本屋大賞」.jpg 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。

2020.11.9 旭屋書店 池袋店
20201109_1盤上の向日葵.jpg盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作の評価★★☆に対し、映画は取り敢えず星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス。その結果、★★★という評価に)。)

屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg:東宝●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★)●併映(同日上映):「決算!忠臣蔵」(中村 義洋)
    
   
   
新宿ピカデリー 
  
神木隆之介 in NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年)/TBSテレビ系日曜劇場「集団左遷‼」(2019年)/ドラマW 土曜オリジナルドラマ「鉄の骨」(2019年)
神木隆之介「いだてん.jpg 神木隆之介 集団左遷!!.jpg ドラマW 2019 鉄の骨2.jpg
 
《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ0盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg0盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演: 千葉雄大/大江優成/柄本明/竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

IMかがみの孤城.jpg『かがみの孤城』...【2021年文庫化[ポプラ社文庫](上・下)】
『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

I『屍人荘の殺人』.jpg Wカバー版

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シュールで非現実的でありながらも引き込まれる旨さ。
押絵と旅する男 光文社文庫.jpg文豪が書いた怖い名作短編集.jpg  江戸川乱歩名作選 (新潮文庫).jpg 押繪と旅する男 vhs.jpg
文豪たちが書いた 怖い名作短編集』['13年]『江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)』['16年] 「押繪と旅する男 [VHS]」['94年]浜村純/鷲尾いさ子
江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)』['05年](1. 押絵と旅する男/2. 蟲/3. 蜘蛛男/4. 盲獣

 魚津へ蜃気楼を観に行った帰りの汽車の中、二等車内には「私」ともう一人、古臭い紳士の格好をした60歳とも40歳ともつかぬ男しかいなかった。「私」は男が、車窓に絵の額縁のようなものを立て掛けているのを奇異な目で見ていた。夕暮れが迫り、男はそれを風呂敷に包んで片付けた際に目が合った。すると男のほうから「私」に近付いてきて、風呂敷の中身を見せてくれる。それは洋装の老人と振袖を着た美少女の押絵細工だった。背景の絵に比べその押絵のふたりが生きているようなので驚く「私」に「あなたなら分かってもらえそうだ」と男はさらに双眼鏡でそれを覗かせる。いよいよ生きているみたいに思えた押絵細工の二人の「身の上話」を男は語り始める。それは35,6年も前、男の兄が25歳のとき、浅草に「浅草十二階」(凌雲閣)ができた頃の話で、ふさぎがちになった男の兄が毎日双眼鏡を持って押絵と旅する男 橘小夢画.jpg出掛けるのであとをつけると、男の兄は「浅草12階」に登って双眼鏡を覗いている。声を掛けると男の兄は片思いの女性を覗いていたことを白状するが、その女性のいる所へ二人で行ってみると、その女性は押絵だった。すると男の兄はその双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見ろと言い、男がそうすると兄は双眼鏡の中で小さくなり消えてしまう。男の兄は小さくなってその女性の横で同じ押絵になっていたのだった。以来、男は、ずっと押絵の中も退屈だろうからと、「兄夫婦」をこうして旅に連れて行っているのだという。ただ押絵の女性は歳をとらないが、兄だけが押絵の中で歳をとっているのだという。男が兄たちもこんな話をして恥ずかしがっているのでもう休ませますと、風呂敷の中に包み込もうとしたとき、気のせいか押絵の二人が「私」に挨拶の笑みを送ったように見えた―。

「押絵と旅する男」画:橘小夢(中村圭子(著)『橘小夢』('15年/河出書房新社)より)

 江戸川乱歩が1929 (昭和4) 年、雑誌「新青年」6月号に発表した、文庫で30ページほどの短編です。江戸川乱歩の作品には結構シュールと言うか非現実的なものも多くて、作者自身そう感じたのかラストで"夢落ち"にしているものも幾つかあります(「人間椅子」のように実は空想譚だったというオチもある)。この作品もシュールで非現実的であり、兄が弟に双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見させることで自分が小さくなって押絵の中に入り込むという発想などはむしろ子供じみているとも言えますが、それでいて何となく物語の中に引き込まれていく旨さがあるように思います。

押絵と旅する男 朗読.jpg 物語全体を「男の話」にしていることで、("夢落ち"にしなくとも)全てが男の作り話か男自身が嵌っている幻想ととれなくもなく、一方で、目の前にそうした押絵があれば、やはり「私」ならずとも、幻想的な気持ちにさせられるでしょう。また、こうしたストーリーを成立させるには、昭和から大正を通り越して明治まで遡ることは必然だったようにも思います。「浅草十二階」と呼ばれた凌雲閣は、1890(明治23)年に完成し、1923(大正12)年の関東大震災で崩壊していますが、こうしたモチーフを持ち出しているのも巧みです(浅草は乱歩が愛した街でもある)。

押絵と旅する男」 朗読
    
押繪と旅する男 映画 00.jpg この作品は、「竜二」('83年)、「チ・ン・ピ・ラ」('84年)の川島透監督によって、「押繪と旅する男」('94年/バンダイビジュアル)として映画化されています(「チ・ン・ピ・ラ」は金子正次の遺作脚本に川島透監督が手を加えて演出したもので、個人的にはイマイチだった)。映画「押繪と旅する男」は、「私」ではなく「弟」の"主観"で描かれていて、戦時中に特高警察として名を馳せながらも今はよぼよぼの老人となってしまった「弟」(浜村純)がいる「現代」の東京と、その回想としての「過去」―少押繪と旅する男 映画 12kai .jpg年時代の「弟」(藤田哲也)の兄(飴屋法水)が凌雲閣から押絵の美少女を眺め、遂には押絵の中に入ってしまうという出来事があった大正時代―が交錯する形で描かれています。「私」に該当する人物は出てこないで、代わりに、「弟」の兄に嫁(鷲尾いさ子)がいて、押絵の少女(八百屋お七になっている)に夫を奪われたかたちとなった兄嫁への少年の淡い慕情が大きなウェイトを占める作りになっています。大正ロマンの香りがして、映画としては悪くないです。"主観"を変えて更に脚色されているため、原作とは随分と印象が異なるものになっていますが、川島透監督が自分が撮りたいものを撮ったという感じで、同監督の商業映画とは比べると、いい意味でかなり異なった印象を受けました。

押繪と旅する男 映画 s.jpg押繪と旅する男 映画s.jpg 浜村純(1906-1995)演じる今は老人となった「弟」たる男の他に、特高だった男にかつて虐げられた恨みを持つ老人押繪と旅する男 映画 wasio.jpgに多々良純(1917-2006)、男の友人で今は老人病院のような所に入院して死にかけている男に天本英世(1926-2003)など、老優たちが更に老け役で出ていて、「現代」のパートは老人ばかりの世界と言ってよく(老いと死が映画のテーマであるとも言えるか)、その分「過去」のパートの若々しい鷲尾いさ子(1967年生まれ)などは魅力的です。おそらく、押絵の娘になまめかしさを求めるのは映像的に難しいので、その部分を代替させたのではないでしょうか。

鷲尾いさ子「鉄骨飲料」CM(1989-1990)/「火曜サスペンス劇場 新・女検事 霞夕子」(1994-2003、日本テレビ)
鷲尾いさ子 鉄骨飲料.jpg火曜サスペンス劇場 新・女検事 霞夕子.jpg

 
i押繪と旅する男 4.jpg押繪と旅する男 2.jpg「押繪と旅する男 (江戸川乱歩劇場 押繪と旅する男)」●制作年:1994年●監督:川島透●製作:並木幸/村上克司●脚本:薩川昭夫/川島透●撮影:町田博●音楽:上野耕路●原作:江戸川乱歩●時間:84分●出演:浜村純/鷲尾いさ子/藤田哲也/天本英世/飴屋法水/多々良純/伊勢カイト/小川亜佐美/和崎俊哉/高杉哲平/原川幸和/山崎ハコ●公開:1994/03●配給:バンダイビジュアル(評価★★★☆)
「押繪と旅する男」75.jpg
 
チ・ン・ピ・ラ_1.jpgチ・ン・ピ・ラ 1984.jpgチ・ン・ピ・ラド.jpg「チ・ン・ピ・ラ」●制作年:1984年●監督:川島透●製作:増田久雄/日枝久●脚本:金子正次●撮影:川越道彦●音楽:宮本光雄●時間:102分●出演:柴田恭兵/ジョニー大倉2新宿スカラ座22.jpg/石田えり/高樹沙耶/川地民夫/鹿内孝/我王銀次/小野武彦/久保田篤/利重剛/大出俊●公開:1984/11●配給:東宝●最初に観た場所:新宿・ビレッジ2 (84-11-25)(評価★★★)●併映:「海に降る雪」(中田新一)

日野まき「押絵と旅する男」.jpg

日野まき(美術)「押絵と旅する男」

江戸川乱歩全集〈第6巻〉押絵と旅する男 (1979年)_.jpg 【1960年文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』]/2005年再文庫化[光文社文庫(『江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男』)]/2008年再文庫化[岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』]/2013再文庫化[彩図社『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』]/2016年再文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩名作選』]/2016年再文庫化[文春文庫(辻村深月:編)『江戸川乱歩傑作選 蟲』]】


江戸川乱歩全集 第6巻 押絵と旅する男』 (1979年)

新潮文庫の100冊 2021
IM江戸川乱歩名作選.jpg
 
《読書MEMO》
江戸川乱歩名作選 (新潮文庫).jpg文豪が書いた怖い名作短編集.jpg●『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)
夢野久作...「卵」/夏目漱石...「夢十夜」/江戸川乱歩...「押絵と旅する男/小泉八雲/田部隆次訳...「屍に乗る男」「破約」/小川未明...「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」/久生十蘭...「昆虫図」「骨仏」/芥川龍之介...「妙な話」/志賀直哉...「剃刀」/岡本綺堂...「蟹」/火野葦平...「紅皿」/内田百閒...「件」「冥途」

●『江戸川乱歩名作選』('16年/新潮文庫)
「石榴」/押絵と旅する男/「目羅博士」/「人でなしの恋」/「白昼夢」/「踊る一寸法師」/「陰獣」

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今やB級カルトムービー? "男装の麗人" 水の江滝子より、キャットウーマン風の京マチ子か。

花くらべ狸御殿4.jpg花くらべ狸御殿 1949.jpg 花くらべ狸御殿e3.jpg 花くらべ狸御殿0.jpg
「花くらべ狸御殿」VHS 喜多川千鶴/京マチ子
喜多川千鶴/水の江滝子
花くらべ狸御殿 1949 2.jpg 狸御殿の城下町「狸夢(リム)の町」のクラブ「ポン」のマスター・ポン(柳家金語楼)の店に、黒太郎(水の江滝子)と名乗る美青年が現われる。狸御殿の女王は、生まれてこの方一度も笑ったことがないので、彼女を笑わせた者には褒美が出るという御触書が店に貼ってある。怪しい一味が店に乱入し、黒太郎を捕まえようとするが、黒太郎は姿を消し、後に風船が一つ残る。ホステスのお露(大美照子)が風船にキスをすると、黒太郎は元の姿に戻り、頬にはキスマークがついている。店の給仕となった黒太郎は歌も踊りも上手く人気者になる。翌日、今日は、女王様が門前道をお通りになる日なのだと、黒太郎はホステスたちから教えられる。そんな中、無気味な老婆が悪態を付きながら通り過ぎて行き、ホステスらは、森の魔女の手下の泥々(常盤操子)だと言う。その時、御殿から、女王様が出発するのを知らせる大太鼓が響き、泥々は箒に跨がって逃げ帰る。森の魔女の家では、魔女・愛々(京マチ子)が、魔法の鏡にこの世で一番綺麗な者は誰かと問いかけ、それは愛々様だと答えられて満足している。女王一行がポンの店で休憩することになり、女王のおぼろ姫(喜多川千鶴)、左大臣(藤井貢)、右大臣(杉狂児)、司法大臣(渡辺篤)などが来店、それを楽団が歓迎し、ギターを弾く黒太郎が歌う。ホステスの一人が黒太郎にウィンクを投げ、黒太郎が返礼のつもりで胸のバラの花を投げかけると、飲みかけていた女王のコーヒーカップに花びらが落ちてしまう。おぼろ姫は憤然と席を立ち、黒太郎は司法大臣に命じられて御殿に出頭する。左大臣が黒太郎を死刑にするように進言していたが、女王が直々に裁くことに。そのおぼろ姫は、黒太郎を待つ間に卓上の帽子を被ると、アゴ紐の部分が鼻の下にかかり、自ら姿を鏡で見ておかしくなって吹き出す。そこへ現れた黒太郎は、御褒美には何を頂けますかと言い寄り、おぼろ姫に抱きついてキスをする。姫がはじめて笑ったと言う知らせは町中に流れ、人々は祝福の祭りを始める。その頃、愛々は鏡に、世界で一番美しい者は誰かと尋ねていたが、鏡が映し出したのがおぼろ姫の姿だったため逆上する。狸御殿だは初笑い祝賀会が催され、殊勲者として給仕として働いていた黒太郎が紹介され、黒太郎は紹介を受けて歌い始める。そんな中、左大臣はこの国を手中にする野心を持っていた―。

花くらべ狸御殿02.jpg 1949(昭和24)年4月公開の木村恵吾(1903-1986)監督、喜多川千鶴(おぼろ姫)、水の江滝子(黒太郎)、京マチ子(魔女・愛々)主演の大映のオペレッタ喜劇「狸御殿」シリーズの1作。因みに、木村恵吾監督はこの作品の前に、「狸御殿」('39年)、「歌う狸御殿」('42年)、「春爛漫狸祭」('48年)を撮っており、この作品の10年後に、市川雷蔵、若尾文子主演の「初春狸御殿」('59年)を監督しています(木村恵吾監督はこの年(1949年)10 月公開の宇野重吉、京マチ子主演のも監督している)。

山根貞男.jpg 映画評論家の山根貞男氏によれば、この作品の一番の話題は、大映の"狸御殿"映画に、SKDのスターである水の江滝子(1915-2009/享年94)が出演したことで、松竹少女歌劇の"男装の麗人"として"ターキー"の愛称で親しまれ人気を誇った水の江滝子ですが、映画への出演は戦後になってからで、この作品が映画出演第3作だそうです。

痴人の愛 s.jpg花くらべ狸御殿e2.jpg 共演の魔女役の京マチ子は、大阪松竹少女歌劇の人気スターで、言わば水の江滝子の後輩にあたり、映画出演は第2作目。この年(1949年)10 月公開の木村恵吾監督の「痴人の愛」('49年/大映)にも主演し、大女優への道を歩み始めることになります。
京マチ子・宇野重吉「痴人の愛」('49年/大映)

花くらべ狸御殿64.JPG 水の江滝子が服部良一の軽快なリズムに乗せて歌に踊りに得意の芸を次々に披露する作品で、一方で、「春爛漫狸祭」では男役(狸吉郎)だった喜多川千鶴(「二十一の指紋」('48年)、「三十三の足跡」('48年))演じるおぼろ姫と恋をする男役(黒太郎)ということで、何だか宝塚歌劇みたいですが、藤井貢や杉狂児といった男優も出て歌ったりもしている分、2人の関係はレズビアンっぽい雰囲気も醸しているように感じました。更に、京マチ子のアメコミの「キャットウーマン」(1940~)みたいなコスチュームも怪しく、その京マチ子の愛々も水の江滝子の黒太郎を無理やり踊り相手にして、これまたレズビアンっぽく、こうなってくるともう豪華なのかB級なのかよく分からないといった感じ。

花くらべ狸御殿1.jpg ストーリーも、黒太郎や愛々に、更に別の森の魔女の恋々(暁テル子)や喃々(大友千春)も絡んで意味なく混み入っていて、終盤は「インディー・ジョーンズ」風でもあります。当時の謳花くらべ狸御殿82.JPGい文句は「裸女乱舞するロマンとエロチシズムの大オペレッタ映画!」ということでしたが、もう何だかよく分からない。オールセット撮影で、円谷英二が特撮担当ということですが、二重露光などごく基本的な技術しか用いておらず、イマイチ力を発揮していない感じです。

花くらべ狸御殿58.JPG もちろん今観るとエロチックでも何でもないし(京マチ子はパワフルだが)、「初春狸御殿」の時も評価を「?」にしましたが、この作品も今やある意味カルトムービー化しているジェスチャー NHK.jpgように思われ、ストレートに評価しにくい作品です。水の江滝子のファンには必見の作品だと思いますが(後のNHK番組「ジェスチャー」(1953-1968)の紅組キャプテン(水の江滝子)と白組キャプテン(柳家金語楼)が共演しているという意味での珍しさもあるかも)、個人的注目は、ターキーの男装の麗人ぶりよりも、キャットウーマンっぽいコスチュームで負けじと踊る京マチ子だったかもしれません。

花くらべ狸御殿00.jpg花くらべ狸御殿76.jpg「花くらべ狸御殿」●制作年:1949年●監督・脚本:木村恵吾●撮影:牧田行正●音楽:服部良一●特技:円谷英二●時間:89分●出演:水の江滝子/喜多川千鶴/柳家金語楼/京マチ子/暁テル子/大伴千春/常盤操/藤井貢/杉狂児/竹山逸郎/渡辺篤/武田徳倫/寺島貢/村田宏寿/藤代鮎子/大美照子/灰田勝彦/野々宮由紀●公開:1949/04●配給:大映(評価:★★★?)

ジェスチャー NHK4.jpg花くらべ狸御殿00 - .JPG京マチ子 恋の阿蘭陀坂.jpg
                                
京マチ子

若尾文子/市川雷蔵 in「初春狸御殿」(木村恵吾監督)
初春狸御殿_3.jpg木村 恵吾 「初春狸御殿」2.jpg「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎/中村玉緒/金田一敦子/仁木多鶴子/水谷良重/中村雁治郎/真城千都世/近藤美恵子/楠トシエ/トニー・谷/菅井一郎/江戸屋猫八/三遊若尾文子 市川雷蔵 初春狸御殿a.jpg大井武蔵野館 1989.jpg初春狸御殿20.jpg亭小金馬/左卜全/藤本二三代/神楽坂浮子/松尾和子/小浜奈々子/岸正子/美川純子/大和七海路/小町瑠美子/毛利郁子/嵐三右衛門●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)

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ラストでナオミが譲治に許しを乞うのは、劇場公開のための表面的なアレンジ?

痴人の愛 1949.jpg 痴人の愛 京マチ子 宇野重吉 .jpg 痴人の愛 京マチ子.jpg  痴人の愛2.jpg
日本映画傑作全集 「痴人の愛」」VHS 宇野重吉/京マチ子 『痴人の愛 (新潮文庫)
img痴人の愛 1949年版2.jpg痴人の愛101.JPG痴人の愛103.JPG 河合譲治(宇野重吉)は、会社では「君子」と言われ、女などいると思われてない男だが、実はナオミ(京マチ子)いう女と同棲していた。「パパ、スクーター買ってよ」とナオミにせびられると「無理言うんじゃないよ、ナオミちゃん」と言いながら結局買ってやり、洗濯も料理もする譲治だった。以前に神戸へ出張した際に知り合ったカフェの女給ナオミのその肢体に夢痴人の愛211.JPG中になり、彼女を東京へ連れ帰り、肉体も精神も理想の女にしたいと思って、英語もピアノも勉強させ、ナオミの我儘も我慢しているのだった。しかし、ナオミはそれをいいことに、熊谷(森雅之)、関(三井弘次)、浜田(島崎溌)などの不良と友達になってキャ痴人の愛252.JPGバレーやホールを遊び歩き、英語の勉強には少しも身を入れずに譲治を手こずらせ、譲治を怒らしてしまう。だがナオミがふてくされて夜遊びに出てしまうと、やはり譲治はナオミが恋しい。ナオミの誕生日、ナオミは不良友達を招待して夜更けまで歌い踊る。譲治は若い男たちとふざけるナオミをみて、やり切れない気持でになる。嫉妬した譲治は、ナオミに関たちと付き合うことを禁じる。ある日、ナオミの提案で鎌倉へ行くことになった譲治は、植木屋の一間を借りて数日をそこで過ごすことに。ナオミは毎日海で遊び、譲治はそこから会社へ通う。しかしナオミはそこでも関や熊谷や浜田たちと遊び、その痴人の愛289.JPG現場痴人の愛297.JPGを譲治に見つかる。譲治は本当に怒ってナオミに「出ていけ!」と言い放つ。夏は終わり、譲治を離れたナオミには金もなく、もう関や浜口たちも相手にしない。宿なしの彼女に真剣な愛情を抱く者はいない。逆に熊谷からまともな生活をするよう諭され、ナオミはうらぶれた気持になり、結局譲治のところへ戻る。今は冷たくナオミを見る譲治に、涙を流し「何でもする、馬にでもなるから許して」と、四つんばいになるナオミだった―。

「痴人の愛(1949)」.jpg 1949(昭和24)年公開の木村恵吾(1903-1986)監督、京マチ子(ナオミ)・宇野重吉(河合譲治)主演による「痴人の愛」('49年/大映)で、木村恵吾監督は1960(昭和35)年にも叶順子(ナオミ)・船越英二(河合譲治)主演で「痴人の愛」('60年/大映)を撮っています(この他に、1967(昭和42年)公開の増村保造監督、安田道代(ナオミ)・小沢昭一(河合譲治)主演の「痴人の愛」('67年/大映)もある)。

痴人の愛.jpg 原作は1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で、主人公・河合譲治による、7年前(足かけ8年前)の数え年28歳でのナオミ(奈緒美、当時15歳)との出会いから32歳(ナオミ19歳)までの約5年間の回顧という形をとっていますが、映画では、譲治のナオミとの出会いの部分は飛ばして既に同棲生活をしているところから始まります。そこで、いきなり、スクーター買ってという原作に無い話が出てきて、大正末期の出来事ではなく、四半世紀後の映画製作時の"現代"に舞台が翻案されていることが分かります。 但し、原作のエピソードを現代に翻案しながらもほどよく織り込んでいて、原作の持ち味はある程度出ていたように思います。

痴人の愛 京マチ子 宇野重吉2.jpg また、宇野重吉、森雅之といった重鎮の中で、京マチ子が活き活きと演技しているのが印象に残ります(京マチ子は翌年、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に出演し、以降、海外の映画祭で自らの主演作が次々と賞を獲ることになる)。

 宇野重吉は当時35歳、京マチ子は当時25歳。主人公がナオミと初めて出会った時、ナオミは15歳だから、二人の出会いの部分をカットしたのは必然的措置と言えるかも。因みに原作でエピローグ的に語られる最終章では譲治は数えで36歳、ナオミは23歳となっていますが(これが原作における"現在")、最後、譲治は会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、もうナオミのすることに何も反対せず、ナオミの肉体の奴隷として生きていくことにする―という終わり方になっています。

 これをこの通り映画化すると世間の批判を受けると思ったのか、映画ではラストでまるで「アリとキリギリス」のキリギリス状態になったナオミが譲治に許しを乞い、譲治は再びナオミを許すという終わり方になっています。そのため、女性の魔性に跪く男の惑乱と陶酔を描いたマゾヒズム文学としての原作の持ち味は、最後にかなり削がれたようにも思います。但し、それまでにとことんナオミのファム・ファタールぶりを描いているだけに、このラストを観て個人的には、また譲治はナオミに騙されたかなと思えなくもないです。だから、あくまで劇場公開のための表面的なアレンジであって、あまり結末の原作との違いのことは気にせずに観ればいいのかもしれません(そう思って評価は星半分オマケ)。

京マチ子(ナオミ)/宇野重吉(主人公・河合譲治)/森雅之(金持の息子・熊谷政太郎))
痴人の愛...京マチ子e.jpg痴人の愛 京マチ子 森雅之 .jpg「痴人の愛」●制作年:1949年●監督:木村恵吾●脚本:木村恵吾/八田尚之●撮影:竹村康和●音楽:飯田三郎●原作:谷崎潤一郎●時間:89分●出演:宇「本の街・神保町」文芸映画特集Vol.10.jpg野重吉/京マチ子/森雅之/島崎溌/三井弘次/上田寛/菅井一郎/近衛敏明/清水将夫/北河内妙子/藤代鮎子/片川悦子/大美輝子/葛木香一/奈良岡朋子/原聖四郎/小柳圭子/牧竜介/小松みどり●公開:1949/10●配給:大映●最初に観た場所:神田・神保町シアター(09-01-17)(評価:★★★☆)

神保町シアター「本の街・神保町」文芸映画特集Vol.10「男優・森雅之」

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逞しき青年武将としての正宗を描くも、全てにおいて中途半端な印象。

独眼竜政宗 1959 5.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd2.jpg
独眼竜政宗 [DVD]」 中村錦之助・佐久間良子・月形龍之介

独眼竜政宗28.jpg 戦国の世の、陸奥の伊達政宗(中村錦之助)は、知勇勝れた若き武将として知られていた。豊臣秀吉(佐々木孝丸)は彼を恐れて、石田三成(徳大寺伸)の縁続きにある和田斉之を政宗の隣国に派遣した。政宗はこうした秀吉の意図を察して、鷹狩りで捕らえた鶴を聚楽第の竣工祝いとして秀吉に贈って親睦を計る。そんな時秀吉と対立関係にある北条家とつながりをもつ、奥羽路の名家田村家から、息女愛姫(大川恵子)を政宗に娶せたいとの申し出があった。政宗は愛姫と対面し、その清楚な美しさにうたれたが、政略の臭い濃いこの縁組みを断わる。その頃、秀吉の命をうけて隣国の和田斉之が政独眼竜政宗 1959 01.jpg宗に対して挑発行為に出る。だが彼は逆に斉之を術中に陥れて難を避ける。ますます脅威を感じた秀吉は暗殺団を送って政宗殺害を計るが、政宗は一味の矢を右眼にうけて重傷を負いながらも危機を逃れる。彼は、以前に狩の途中で樵(きこり)の勘助(大河内傳次郎)から聞いた"白蛇の湯独眼竜政宗 1959 8.jpg"という温泉郷に身を休めた。彼の身分を知らぬ勘助とその娘千代(佐久間良子)の素朴な愛情につつまれて、正宗には、両眼が見えていた時には知らなかった新しい世界が開ける。政宗の消息を案じた愛姫が"白蛇の湯"に訪ねる。折しも、秀吉の軍勢が北条家討伐のため小田原に向って進撃をはじめたとの報が入る―。

 1959(昭和34)年公開の河野寿一(こうの としかず)監督、中村錦之助主演による東映娯楽時代劇で、伊達政宗を主人公とする作品はこれ以前に主なもので、稲垣浩監督、片岡千恵蔵主演の「独眼龍政宗」('42年/大映)があり、また、以降では、1987年に渡辺謙が正宗を演じたNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」があります。この中村錦之助版では、伊達政宗は逞しき青年武将として描かれており、佐久間良子、月形竜之介、大河内傳次郎といった豪華キャストを配しています。また、秀吉を演じた佐々木孝丸は、戦前はプロレタリア文学の作家として活動していましたが、戦後は主に俳優として活動した人です(この作品における秀吉は完全に"悪役"だが)。

独眼竜政宗32.jpg ただ、伊達正宗が失明したのは眼病のためであり、それを、秀吉が政宗暗殺を謀って石田光成に命じて陸奥に刺客を送り、その刺客の忍者らとの戦いで政宗が右目を失ったという設定になっているため、右目を失った苦悩や秀吉への敵愾心も全て虚構の上に成り立っていることになり、このあたりはどうなのだろうか。Amazonのレヴューにも、「史実から完全に浮き上がった動画紙芝居を見せられているようだ」というものがありました。

 但し、政宗の父・輝宗(月形龍之介)が北条派の畠山義継(山形勲)に攫われ、それを政宗が畠山もろとも父を射殺したというのは、まず、輝宗に面会に訪れた義継が、面会が終わり出立する義継を見送ろうとした輝宗を、義継の家臣と共にに刀を突きつけ捕えたというのは事実らしく、輝宗が「自分を気にして家の恥をさらすな。わしもろともこ奴を撃て」と叫び、それが合図となって伊達勢は一斉射撃、この銃撃で輝宗と義継を始めとする二本松勢は全員が死亡したという記録が、伊達家の公式記録である『伊達治家記録』にあるそうです。更に、『奥羽永慶軍記』では、政宗自身によって義継と輝宗は撃ち殺されたとされており、この辺りは全くの作り話ではないようです(むしろ、本作で唯一、史実に忠実なシーンだったりして)。

 映画にもあるように、秀吉から上洛して恭順の意を示すよう促す書状が幾度か伊達家に届けられており、政宗はずっとこれを黙殺していましたが、最終的には秀吉の膨大な兵力を考慮した結果、秀吉に服属することとし、北条討伐の秀吉軍のいる小田原に参陣、秀吉は会津領を没収したものの、伊達家の本領72万石を安堵しています。

 正宗が当初秀吉への恭順を渋っていたのは、北条方につくか豊臣方につくか迷っていたためであり、最終的に正宗が豊臣方につくことで北条家は孤立して豊臣家に滅ぼされ、それによって秀吉の天下統一が成ったわけで、正宗の下した判断が歴史に与えた影響は大きかったわけですが、本当に秀吉に心底"恭順の意"を抱いていたのかというと疑わしく(秀吉亡き後の関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍についている)、その辺りの形式的には秀吉に服従するけれど、気持ち的には独眼竜政宗 1959 9.jpg従っていないということを、「自分の右眼を奪った秀吉」という位置づけで強調している作品なのかも。但し、それは歴史的背景を探りつつかなり好意的に解釈した場合であって、普通に観ていると、何が言いたいのかよく分からない作品ということになってしまうかもしれません。正宗は最後、「両目のままでは、こうして太閤にお目にかかることもなかったでありましょう。はっはっは」って呵々大笑するも、これも何だか強がりにしか聞こえなかったなあ。
中村錦之助(伊達正宗)・佐々木孝丸(豊臣秀吉)
中村錦之助(伊達正宗)・大河内傳次郎(樵の勘助)
独眼竜政宗38.jpg独眼竜政宗 1959 09.jpg 樵の勘助と正宗との交流は、勘助役の大河内傳次郎がなかなかいい味出していて楽しく、その娘・千代を演じた佐久間良子も美しいのですが、親子にとって正宗が「実は殿さまだった」と分かったところで終わっていて、こちらも中途半端。時間も87分と、これだけ役者を揃えた割には短く、とにかく全てにおいて中途半端な印象でした。

大河内傳次郎・中村錦之助
独眼竜政宗 1959s.jpg独眼竜政宗 1959 03.jpg「独眼竜政宗」●制作年:1959年●監督:河野寿一●脚本:高岩肇●撮影:坪井誠●音楽:鈴木静一●時間:87分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/月形龍之介/岡田英次/宇佐美淳也/片岡栄二郎/浪花千栄子/矢奈木邦二郎/大川恵子/大河内傳次郎/佐久間良子/佐々木孝丸/徳大寺伸/加賀邦男/山形勲/中村時之介/長島隆一/水野浩/尾形伸之介/近江雄二郎●公開:1959/05●配給:東映(評価:★★)
「独眼竜政宗」作品ガイド(DVD付録)
「独眼竜政宗」 ガイド.jpg

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元のストーリーを活かしつつ、エノケンらしさはギャグの方で発揮。本家超えの大立ち回りも。

エノケンの鞍馬天狗  .jpgエノケンの鞍馬天狗 vhs.jpg エノケンの鞍馬天狗』.jpg
「エノケンの鞍馬天狗」VHS  悦ちゃん/榎本健一

エノケンの鞍馬天狗 vhs2.jpg 鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケエノケンの鞍馬天狗0.jpgにして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松エノケンの鞍馬天狗20.jpg月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。

エノケンの鞍馬天狗77.png 近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「エノケンの近藤勇」(1935)では近藤勇と坂本龍馬の一人二役を演じている)。

エノケンの鞍馬天狗30.jpg 折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「鞍馬天狗」('38年/日活、後に「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」)として2度目の映画化がされたばかりで(しかも向こうは日活京都でこっちは東宝京都と同じ京都同士)、アラカン版の向こうを張ってのパロディということになりますが、ストーリーや細部のモチーフを活かした上でパロディ化している点に、作る側がオリジナルの面白さをよく理解していたことが窺えます。

エノケンの鞍馬天狗44.jpgエノケンの鞍馬天狗88.jpg エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。

エノケンの鞍馬天狗41.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる2.jpg 天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「人情紙風船」('37年/東宝)の時20歳でしたが、この作品の時は22歳で更に大人の美しさが増している印象です(今風の美人でもある)。天狗を仇と付け狙う女性(この作品では"お登世")を演じる花島喜代子(1910- 没年不詳)も天狗を縛り上げておいて天狗の煽てに乗ってしまうところが可笑く、なかなかでした(でも最後まで天狗への誤解は解かれなかったなあ)。
霧立のぼる

エノケンの鞍馬天狗93.jpg 杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

 冒頭の「池田屋事件」(1864年7月)のシーンで桂小五郎(後の木戸孝允)が新撰組に追い詰められますが、テレビの大河ドラマなどで桂小五郎が池田屋事件に巻き込まれるシーンの記憶が無いため調べてみたら、桂小五郎は会合への到着が早すぎて、一旦池田屋を出て対馬藩邸へ出向いていたため、難を逃れたとのこと(明治維新後に書かれた小五郎の回想録『桂小五郎京都変動ノ際動静』より)。本人の回想とは別に、京都留守居役であった長州藩士・乃美織江がその手記に「桂小五郎議は池田屋より屋根を伝い逃れ、対馬屋敷へ帰り候由...」と書き残していますが、実のところは、「桂小五郎が殺された」と時期尚早に長州藩に誤報して藩内を過剰に激昂させてしまう失態を犯し、桂の生存を対馬藩邸から秘かに伝えられると今度は「桂小五郎は屋根伝いに逃げた」ということにしたようです。そう藩に報告し、桂を非常に苦しい立場に追いやってしまった乃美織江は、「禁門の変」(1864年8月)勃発時に長州藩邸に火を放って西本願寺に逃走し、西本願寺では会津藩兵士に取り囲まれて自害しようとしましたが僧侶に制止されたため、更に大阪方面に逃走して帰藩したとのこと。結局この人は、1906(明治39年)年、満84歳で亡くなっています(結構長生きした)。

霧立のぼる1935.jpgエノケンの鞍馬天狗66.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる.jpg「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田霧立のぼる2.jpg長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)

    霧立のぼる in「人情紙風船」('37年/東宝)

霧立のぼる(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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羅門光三郎の剣戟がいい「韋駄天数右衛門」。阿部九州男の二役が光る「柘榴一角」。戦前は主役級だった二人。

韋駄天数右衛門vhs3.jpg    「柘榴一角」 1941年 vhs.jpg
「韋駄天数右衛門」('33年/宝塚キネマ)主演:羅門光三郎  「柘榴一角」('41年/大都映画)主演:阿部九州男

『韋駄天数右衛門』.jpg 粗忽者の不破数右衛門(羅門光三郎)はある日、仇討ちの兄妹を救う。だが、肝心の仇を取り逃がしてしまい、その仇そっくりの武士を誤って斬ってしまう。しかも、斬った相手が浅野家の悪評高い家老・大野九郎兵衛(矢野伊之助)の息子であることが判明。愕然とし死を覚悟する数右衛門だったが、大殿・浅野内匠頭(阪東太郎)は、自ら手打ちにすると公言しながらも、秘密裡に数右衛門を生かして逃がす。月日は流れ三年後、赤穂城下を離れていた数右衛門はお家の大事を知り、質草になっていた鎧櫃(よろいびつ)を強引に取り戻して、韋駄天走りで赤穂を目指す―。

羅門光三郎(上・下)

澤登翠2.jpg韋駄天数右衛門1.jpg 1933(昭和8)年公開の後藤岱山監督による人情話あり、仇討ありの痛快講談調時代劇で、活弁トーキー版ビデオで鑑賞(弁士は澤登翠(さわみどり)氏。90年代に録音されたものか)。赤穂四十七士のうち、堀部安兵衛や赤垣源蔵(赤埴源蔵)と並んで人気の高い不破数右衛門を主人公にした作品で、「不破数右衛門」というタイトルの映画だけでこの作品の前に7作作られています(但し、何れもフィルムが現存せず)。赤穂浪士の中でも討ち入りで大活躍したとされていますが、その一方で、お人好しで粗忽者だったというイメージも、既に定着済みだったかも。

中島 らも 2.jpg 主演は当時の大衆映画のスター羅門光三郎(1901- 没年不詳、1963年まで活動)で、作家・中島らものペンネームの由来である俳優としても知られますが、その芸名の苗字「羅門」は1925年版「ベン・ハー」主演のラモン・ナヴァロに由来するそうです。この「韋駄天数右衛門」の中では、大石内蔵助と不破数右衛門の1人2役を演じていますが、大石内蔵助としての登場は僅かで、当然のことながら不破数右衛門としての登場が中心で、さらに浪人前と浪人後ががらっと雰囲気が変わるため、個人的にはそちらの数右衛門同士の違いの方で「1人2役」っぽい印象もありました。

 前半の人情派ぶりも悪くないですが、剣戟が颯爽としていて、更に、終盤の赤穂へひた走る中(酒で喉を潤しつつ!)、かつて数右衛が仇討ちに加勢したせいで命を落とした武士・相良久八郎の道場仲間らに行く手を阻まれ、橋の上でで繰り広げられる剣戟は前半の剣戟の上を行く躍動ぶり―と思ったらそこで映画が終わって、こういうの、○○の巻~みたいな講談的な終わり方だなあと思いました。

 赤穂に向かうということは、討ち入りに加わり、本懐を遂げた後は切腹を命じられるという流れに繋がっていくわけで、つまり彼は「死」に向かって走っているわけですが、それがカッコいい。その前に、赤穂に向かおうとする彼を周囲は止めるわけですが、女房のお國は行かせてやってくれと言います(お國を演じるのはその後一時期羅門夫人であった原駒子)。この辺りに満州事変以降の世相の反映が見られるとの見方もあるみたいですが、むしろ、武士の妻としては当然の振舞いと言えるのではないかと思います(別のパターンでは、お國が夫の勇気を増すがために自害し、後顧の憂いを断つため子供も殺してしまうというのもある)。「立派にお手柄を」というお國の台詞は当時の価値観からみて自然であり、「あなた行かないで」と言わせてしまったら現代劇になってしまいます。

 因みに、1人2役については、伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年)で片岡千恵蔵が赤西蠣太を演じる傍ら原田甲斐も演じていたり、白井戦太郎監督の「柘榴一角」('41年)阿部九州男(1910-1965/享年55)が柘榴一角こと佐久間京七郎とその父・権太夫の両方を演じていたりと、結構こうした"遊び"は当時の映画作りにおいて見られたようです。

近衛十四郎/阿部九州男
「柘榴一角」 1941年 vhs裏.jpg柘榴一角 2.JPG その「柘榴一角」のストーリーは―、
年老いた浪人・柘榴権太夫(阿部九州男)は実は公儀の隠密。彼は江戸市中に蔓延する贋金を作っている播磨萬心(大瀬恵三郎)とその黒幕(後に青山壱岐守(大乗寺八郎)と判明)を追っていた。自分の近衛十四郎「柘榴一角」.jpg身の危険を悟った権太夫は息子の一角(阿部九州男、二役)に初めて正体を打ち明けて仕事を手伝わせるが、権太夫を仇と狙う若侍・宇家田輝雪(近衛十四郎、俳優・松方弘樹の父)が現れて―。

 一角が父を仇と思う輝雪の誤解を解く前に、父・権太夫は何者かによって殺害され、贋金作り一味の絶滅を父に誓った一角に、今度は輝雪が協力する―そう、輝雪は、長年仇と思っていた柘榴権太夫とその息子・一角が、実際に会ってみたらいい人だったということで、すでに仇討ちの気分ではなくなっていたわけかあ。加えて、一角の妹・お鴇(琴糸路)と良い仲に(最後、一角は二人の結婚を快く許す)。

柘榴一角 41/1.jpg かなり現代風な話の作りになっているように思え、しかも、一角が偶然知り合った輝雪と別れ、輝雪が入っていった家に何だか見覚えがあるかと思ったら「何だ、わしのウチか」と言うところのなどは喜劇風であるし(輝雪は何と仇先に居候していた)、贋金作りの一味の矢尻師・旦庵(横山文彦)を一角は成敗するも、その娘・早苗(小町美千代)は一角に惹かれているというところなどは悲恋物語風と、何でもありのてんこ盛り。播磨萬心を斬って父の仇討ちを果たし、贋金作り一味を暴いた功績からお家再興となった25歳独身の一角は、輝雪から妻を娶る必要があろうと示唆されますが、さすがに早苗と一緒になるところまでは描かれていません。但し、この2人の微妙なやり取りが大ラスにきます。もし、一角が早苗と結ばれれば、輝雪、一角とも仇の娘と結ばれることになるので、ストーリー的には収まりいいのですが、話が出来過ぎか?

 父・柘榴権太夫、息子・一角の親子の対面シーンが結構多く、2役の阿部九州男が大活躍。仕舞には2人で槍や柔術の稽古試合をしたり、一角が父に変装して敵をおびき寄せ返り討ちする場面などもあって、結構遊んでいる感じでした(合成は一切無しというのが興味深い。そのため柔術をしている2人の顔が同時に映ることはない)。B級映画専門だった「大都映画」にしては大作ですが、音声が聴き取りにくい部分があるのがやや難か。VHSの途中で部分的に字幕が入ったりもするが、入れるなら全部に入れて欲しかった気もします(とりあえず評価は△だが、仮にその部分が補正されていれば評価は○だったかも)。

映画論叢 21号特集・羅門光三郎.JPG 羅門光三郎は、戦後は脇役に回り、「狐の呉れた赤ん坊」('45年)や「殴られたお殿様」('46年)、「国定忠治」('46年)、「雨月物語」('53年)など数多くの作品に出演しています。一方の阿部九州男も、戦後は専ら脇役となり、同じく「狐の呉れた赤ん坊」に出演したほ「生きる」阿部九洲男.jpgか、「生きる」('52年)、「十三人の刺客」('63年)などにも出演しています。2人とも出演作品本数は多いのですが、主役から脇に回ったというのは、共に所属していた映画会社「宝塚キネマ」が潰れたり、いろいろ映画会社の統廃合があったことも多少関係しているのではないでしょうか。

阿部九洲男 in「生きる」
映画論叢 21 松林宗恵・左幸子・青山通春・三輪彰・羅門光三郎

 この2作、1人2役ということで共通しますが、片や「赤穂浪士」に先駆けて浪人になった赤穂武士を、片や浪人でありながら公儀の隠密であるという武士をと、やや変わった武士浪人を扱っている点で重なる部分があるのも興味深いです。因みに、羅門光三郎と阿部九州男の両方が出演していて、今DVDで観ることが出来る作品としては、「狐の呉れた赤ん坊」のほかに、「虚無僧系図」('55年/東映)(羅門光三郎主演)などがあります。VHSならば先に挙げた「殴られたお殿様」('46年/大映京都)も、羅門光三郎は準主役級で、阿部九州男が脇役(殿様役)で出ています。

 羅門光三郎、阿部九州男とも、戦前は嵐寛寿郎や大河内伝次郎に次ぐ主役級または準主役級の役者であったことが窺える、この2作品です。

日本映画傑作全集「剣光桜吹雪」(嵐寛寿郎)・「柘榴一角」(阿部九洲男)・「鞍馬天狗黄金地獄」(嵐寛寿郎)・「尊王攘夷」(大河内伝次郎)・「韋駄天数右衛門」(羅門光三郎)
日本映画傑作全集 剣光桜吹雪 hoka.jpg韋駄天数右衛門ド.jpg「韋駄天数右衛門」●制作年:1933年●監督:後藤岱山●脚本・原作:波多野理一●撮影:小柳京之助●時間:57分●出演:羅門光三郎/静田二三夫/阪東太郎/矢野伊之助/市川竜男/金子文次郎/市川花紅/加藤義夫/豊島竜平/菊地双三郎/鳴戸史郎/原駒子/三原珠子●公開:1933/12●配給:宝塚キネマ(評価:★★★☆)

近衛十四郎(宇家田輝雪(うけだてるゆき))in「柘榴一角」

柘榴一角 近藤.gif「柘榴一角」●制作年:1941年●監督:白井戦太郎●脚本:湊邦三●撮影:広川朝次郎●音楽:杉田良造●原作:白井喬二●時間:111分●出演:阿部九州男近衛十四郎 柘榴一角.jpg近衛十四郎/琴糸路/大乗寺八郎/水原洋一/大瀬恵二郎/遠山龍之助/雲井三郎/泉春子/久野あかね/小町美千代/谷定子/橘喜>久子/小柳みどり/大山デブ子/春野美葉子/水川八重子●公開:1941/01●配給:大都映画(評価:★★★)

近衛十四郎/琴糸路 in「柘榴一角」
 
「柘榴一角」v.jpg 

羅門光三郎 松田定次監督「河童大将」(1944年)左から羅門光三郎、嵐寛寿郎/松田定次監督「乞食大将」(1945年製作・1952年公開)左から羅門光三郎、市川右太衛門/丸根賛太郎監督「殴られたお殿様」(1946年)左から羅門光三郎、市川右太衛門)
河童大将(1944年)2.jpg 乞食大将(1945年)2.jpg 殴られたお殿様(1946年) .jpg                 
  
近衛十四郎
近衛十四郎 01.jpg 近衛十四郎(父) 松方弘樹 月影兵庫.jpg 松方弘樹(子)

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「インテレクチュアルな好奇心」(五木寛之)を満たす傑作。

点と線―長編推理小説 (1958年).jpg点と線29.JPG 点と線.png 点と線 映画1.jpg
カッパ・ノベルズ(1960/1973) 『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』映画「点と線」('58年/東映)
『点と線 』.jpg点と線―長編推理小説 (1958年)』[四六版]
    『点と線 (新潮文庫)

点と線 4.jpg松本 清張 『点と線』 新潮文庫.jpg 汚職事件の摘発が進行中の某省の課長補佐・佐山憲一(31)と、料理屋女中・お時(本名:桑山秀子)の死体が九州の香椎海岸で発見される。2人の死は情死との見解が強まるが、佐山の遺留品の中から、東京から九州方面へ向かう特急「あさかぜ」号の中で発行された「御一人様」の列車食堂のレシートが残っていたことに、地元警察のベテラン刑事・鳥飼重太郎が疑問を抱く。警視庁捜査2課の警部補・三原紀一も現地を訪れ、捜査が進む。実務者の佐山は汚職事件の鍵を握る人物であり、検察は佐山に確認したいことが多くあり、また、佐山の死で"利益を得る"上役官僚が複数いた。その中に、汚職事件の中心にある某省の部長・石田芳男(50)がおり、捜査線上に、某省に出入りする機会工具商・安田辰郎が上がる。佐山とお時の間の繋がりが認められず、三原は2人が青酸カリを飲んだ前後の安田の足取りを追う。すると、2人が青酸カリを飲んだ翌日の夜に、安田が仕事で北海道の小樽に行き、そこで取引先の業者と会っていた。東京から青森へ向かう特急列車や、北海道へ渡る青函連絡船でも、安田がいたことの証言や、乗車記録が残っている。2人が青酸カリを飲んだ夜に安田が九州にいることは物理的に不可能に思えたが、航空機を利用すれば、安田が業者に会う前に九州から北海道に着くことが可能なことに三原は気付く。しかし、安田は該当する便に乗っておらず、乗客全員を当たって偽名などがないか裏付けを取るが、全員がその便に乗っていたことが判明し、捜査は難航する―。

点と線 旅.jpg 松本清張(1909‐1992)のあまりに有名な長編推理小説で、雑誌「旅」の1957(昭和32)年2月号から1958(昭和33)年1月号に連載され(挿絵は佐藤泰治)、加筆訂正の上、1958年2月に光文社から単行本刊行されていますが、連載当時は、同時期に「週刊読売」に連載されていた『眼の壁』に比べて反響は少なく、作者自身から「病気のため休載にしてほしい」との申し出が「旅」の編集者にあったのを、編集者が「休載するなら『眼の壁』など、他の全ての連載を休載にしてもらう」と迫ったため、結局休載することなく連載が続けられたとのことです。

東京駅の13番線ホームに立つ松本清張[朝日新聞デジタル]
松本清張00.jpg 東京から博多まで夜行列車で20時間ほどかかった時代の話であることを念頭に読む必要はありますが、安田が、自分が東京駅の13番線プラットフォームで料亭「小雪」の女中2人に見送られる際に、向かいの15番線プラットフォームにお時が男性と夜行特急列車時間の習俗 カッパノベルス.jpg「あさかぜ」に乗り込むところを見たという他の目撃者付き証言に対して、13番線から15番線に停まっている「あさかぜ」を見通せるのは17時57分から18時01分までの4分間しかないことが判り、三原は、逆にこの「空白の4分間の謎」から安田に対する嫌疑が確信に近いものとなり、安田が航空機を使ったのではないかというアリバイのトリックを思い立つ(この"移動"トリックは、'61年発表の『点と線』の姉妹編とも言える時間の習俗でも使われている)という展開は、すんなり腑に落ちるものでした(しかし、この後も多くの推理の壁が三原の前に立ちはだかる)。

点と線 カッパノベルズ2.JPG 今手元にあるのはカッパ・ノベルズの'73(昭和48)年発行版(162版)で、「香椎海岸」や「青函連絡船」など10枚の写真が収められていてシズル感を高めているほか、冒頭には「東京駅構内で取材する松本清張氏」の写真もあります。カッパ・ノベルズとしての刊行部数は92万部で、84万部を売り上げた『ゼロの焦点』と並んで、カッパ・ノベルズの初期の隆盛を支えたことになりますが(部数は1974年7月26日付「夏のカッパ祭り」の新聞広告より。最近までの累計では共に100万部を超える)、『点と線』は『ゼロの焦点』より先に発表されたものの、その時はまだカッパ・ノベルズ創刊前であったため、当初四六版で発行され、『ゼロの焦点』より後からカッパ・ノベルズに入れられています。

五木寛之.jpg また、巻末には、昭和44年に行われた、この作品を巡る荒正人・尾崎秀樹の2人の対談があり、その中で、作家の五木寛之氏が、「松本清張氏はプロレタリアート・インテリゲンチャとして成熟した稀有な例」だとし、「その文学はプロレタリアートの怨念とインテレクチュアルな好奇心をバネとしている」と言っていることを取り上げています(五木寛之氏の"プロレタリアート・インテリゲンチャ"という表現に対して荒正人・尾崎秀樹両氏の間で距離感の違いはあるようだが)。それにしても、当時発行部数7000万部だったカッパ・ノベルズの内1000万部が松本清張作品だったというのはスゴイことだと思いました(荒正人は、夏目漱石の本が明治・大正・昭和の時代をかけて1000万部読まれてきたのに対し、松本清張はこの数字に僅か10年で到達してしまったことを取り上げ、大衆社会の中で"米の飯"のような必需品のような読まれ方をしてきたと指摘している)。

点と線 ラスト.jpg この作品は、『ゼロの焦点』や『砂の器』などの作者の他の代表作に比べると、「インテレクチュアルな好奇心」を満たすウェイトの方が高いように思われ、その点では無駄が少なく、一方、作者が昭和30年代に初めて「社会派推理というジャンルを築いた」という説明の流れの中で紹介される作品としては、"社会派"の部分はやや希薄な印象も受けます。但し、作中で殆ど姿を見せない安田の妻・亮子(最終的には自らの死も心中に見せかけたと推察され、自らも含む2度の"心中偽装"を行ったことになる)の人物造型は、抑圧された女性の怨念を描いて巧みな後の清張作品の、ある種「原点」的な位置づけにあると言えるかもしれません。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫

テレビ朝日「点と線」(2007) 監督:石橋冠
点と線 ドラマ0.jpg この作品は、「テレビ朝日」開局50周年記念ドラマスペシャルとして2007年11月24日と25日2夜連続で放送されていますが(2009年には「点と線~松本清張生誕100年記念特別バージョン」として再放映された)、ビートたけしが鳥飼重太郎を演じることで、高橋克典が演じる三原より鳥飼の方が事件解明の中心になっていて、原作では三原は鳥飼から幾つかの示唆を得ながらも自分で事件を解明するのに対し、ドラマでは鳥飼が独断で東京に行き三原と共に、あるいは単独で捜査するよう改変されており、かな点と線 テレビ朝日 1シーン.jpgり原作とは異なった印象を受けました。これまで何度も映像化されているのであればこうした改変もあっていいのかもしれませんが、テレビドラマとしては初の映像化だったので、ストレートに原作をなぞって欲しかった気もします。上司からの捜査中止命令にその場では抵抗しない三原(高橋克典)に対して鳥飼(ビートたけし)が怒りをぶちまけ、両者が殴り合いになるのはやりすぎで(あまりに"ビートたけし"風)、終盤の鳥飼と安田の妻・亮子(夏川結衣)の"直接対決"もドラマのオリジナル。原作を読んでいない人は松本清張がそんな話を書いたのかと思ってしまうのではないかなあ(原作では、鳥飼が三原に捜査を諦めないよう手紙で激励するとともに捜査のヒントを与えるにとどまっているし、安田宅に出向いて安田の妻と直競対峙するといったこともない。完全に、ビートたけしを主役にするための改変である)。


点と線 チラシ.jpg 小林恒夫監督による映画化作品('58年/東映)は、高峰三枝子、山形勲、志村喬といったベテランはともかく、三原刑事役の南廣が映画初出演ということもあり(元々はジャズドラマーだった)、演技がややパターン化したものであったのが、最初に観たときにイマイチだった印象に繋がっています(当点と線.jpg時40歳の高峰三枝子に28歳の役をやらせたのもきつかったか)。また、映像でトリックを解明するとやや複雑に感じられてしまい、原作が『ゼロの焦点』以上にトリックの占めるウェイトが高いものであったことを改めて認識させられるものでした。

映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫/主演:高峰三枝子、山形勲

 しかし、最近DVDで改めて観て、三原刑事役の南廣はある種"語り手"的な役割も果たしているので、むしろ演技過剰にならなくてよかったのではないかとか、高峰三枝子の「女の情念」の演技はさすがで、若い頃貧しくて旅行に行けず、時刻表で"空想の旅"をしていたという松本清張の情念を反映していていたのではないかとか再評価したい面もあって、また汽車の長旅や青函連絡船などが出てくるレトロ感もあって、個人的評価を△から○に変更しました。ラストの方の、心中現場に駆け付けた刑事たちの中に鳥飼刑事(加藤嘉)が居たりするなど、原作と異なる点はありますが、ビートたけしのテレビ版などと比べると、ほぼ原作に忠実に作られているように思いました。

点と線ges.jpg

点と線 映画2.jpg 点と線 映画3.jpg                                  
図1 「点と線」 .png図 2「点と線」 .png
   
図3 「点と線」 .png図4 「点と線」 .png

                                
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)

映画 「点と線 [DVD]」(1958年/東映) 

山形勲(安田商会・安田辰朗)/月丘千秋(「小雪」女中・八重子)/光岡早苗(同・とみ子)/志村喬(警視庁捜査二課係長・笠井警部)/河野秋武(警視庁捜査二課・土屋刑事)/加藤嘉(東福岡署・鳥飼重太郎刑事)     
点と線tentosen03.jpg 点と線tentosen09.jpg
 
 
点と線 ビートたけし6.jpg点と線 ビートたけし.jpg「松本清張 点と線」●監督:石橋冠●制作:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●時間:234分/【特別バージョン】138分●出演:ビートたけし/高橋克典/内山理名/小林稔侍/樹木希林/原沙知絵/大浦龍宇一/平泉成/本田博太郎/金児憲史/名高達男/大鶴義丹/竹中直点と線 テレビ朝日 2.jpg人/橋爪功/かたせ梨乃/坂口良子/小野武彦/高橋由美子/宇津井健/池内淳子/江守徹/市原悦子/夏川結衣/柳葉敏郎/(ナレーション・解説)石坂浩二●放映:2007/11(全2回)/【特別バージョン】2009/08(全1回)●放送局:テレビ朝日
ビートたけし×松本清張 点と線 [DVD]

週刊『松本清張』 1号 点と線 (デアゴスティーニコレクション)」 (2009/10)/『点と線―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
週刊 松本清張 【創刊号】 点と線.jpg週刊松本清張 点と線.jpg点と線 文春文庫.jpg 【1958年単行本・1960年ノベルズ版・1968年カッパ・ノベルズ改版/1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/2009年再文庫化[文春文庫]】

点と線 (新潮文庫)
点と線 (新潮文庫)1.jpg 点と線 (新潮文庫)2.jpg 点と線 (新潮文庫),200_.jpg

カッパ・ノベルズ(1973)
『点と線』2 .JPG

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
IMG_3点と線.JPG

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「五社協定」はまさに、三船、裕次郎にとっての「破砕帯」であった。

黒部の太陽 ミフネと裕次郎.jpg 黒部の太陽 全記録.jpg  黒部の太陽 ポスター.jpg 熊井啓.bmp 熊井 啓(1930‐2007)
黒部の太陽』['05年]『映画「黒部の太陽」全記録 (新潮文庫)』['09年] 映画「黒部の太陽 [通常版] [DVD]」['68年]ポスター

黒部の太陽 ポスター2.jpg 映画「黒部の太陽」('68(昭和43)年/日活)は、或る一定世代おいては学校の課外授業で観た人も多いと思いますが、自分もその一人。この度、石原プロが、東日本大震災の被災地支援のため全国でチャリティー上映会を催すとのことで、その第1弾の上映が来月('12年5月)に黒部市で行われ、年末までに全国約150カ所を巡って上映するそうですが、どういう上映形態になるのでしょうか。

 と言うのは、生前の石原裕次郎が「こういった作品は映画館の大迫力の画面・音声で見て欲しい」と言い遺したためソフト化されていない一方で(2013年3月DVD化)、スクリーン上映もこれまで殆ど行われておらず、裕次郎の13回忌や17回忌などに、石原プロが関係するイベントで上映されている程度。しかも、封切版は3時間15分の作品ですが、海外公開用に編集された「約1時間がカットされたもの」を公開しているとのこと(本書著者あとがき)、過去のノーカット版の上映は、大阪市と黒部市での2回のみだそうです。

黒部の太陽2.jpg 今年('12年)3月17日にはNHK‐BSプレミアムで33年ぶりにTV放映され、「特別篇」と称した2時間20分の海外用短縮版を観ましたが、ラストの三船敏郎がダム完成後に工事用の隧道内を歩くシーンなど、作品において不可欠と思われる場面がカットされているように思われました。こうなると、不完全燃焼感の残る再放送を観るよりも、こちらの監督自身による、映画完成までの苦難の道程を記録した記録を読む方が面白かったりして...。

 勿論、映画を観た上での相乗効果的な面白さですが、まだ映画を観ていない人は、本書を読んでから映画を観るとより面白いと思います(本書後半には、映画シナリオの完全版を掲載)。

黒部の太陽3.jpg 本書によれば、映画制作のきっかけは、石原プロの専務・中井景が、毎日新聞編集委員・木本正次が'64(昭和39)年に毎日新聞に116回に渡り連載した原作小説『黒部の太陽』に着目したことですが、'62年に日活から独立した石原裕次郎は、'63年には独立第1弾として、「太平洋ひとりぼっち」を公開するものの興行面では失敗に終わり(これは母親に連れられてリアルタイムで観たなあ)、ややジリジリしていたみたいで、中井が著者に監督を打診する辺りなどは、なかなか興味深いものがあります。

 一方で中井は三船プロの三船敏郎にも渡りを付け、監督が熊井啓ならば、ということで制作・出演の了解を得(三船は初め熊井のことをよく知らなかったみたいだが)、映画は石原プロと三船プロという俳優が興したプロダクションによって制作されることになりますが、当時は大手の映画会社が制作・配給・劇場公開までを仕切るのが通常で、裕次郎、三船という日活・東宝の看板スターでも、独立系プロダクションが映画を作るというのは大変なことだったようです。

 特に石原・三船らを苦しめたのは、当時映画会社の間にあった「五社協定」と呼ばれる取り決めで(当初は、松竹・東宝・大映・東映・新東宝の5社、後に新東宝に替わって日活が加わる)、協定では、実質上ある映画会社の俳優は、その映画会社の撮影所でその映画会社の監督以下スタッフのもと映画に出演し、制作・配給し、その映画会社の系列映画館でしかできないというもので、日活に縁のある石原裕次郎が、東宝に縁のある三船敏郎と組んで、日活社員であった熊井啓に映画会社の事前了解無く脚本を書かかせ(井手雅人の脚本の前に熊井自身が一度脚本を書いている)、映画を撮らせるというのは、そうした閉鎖的な業界から見れば掟破りのことだったようです。

 '64年に三船敏郎と石原裕次郎は「三船プロ・石原プロの共作で『黒部の太陽』を映画化する」と"中央突破"的に会見し、このことは同じく会見に臨んだ著者(熊井啓)の日活解雇問題にまで発展、こうした経緯が、映画化が実現するまでに時間を要した原因となりますが、その間にも、石原プロが厳しい財政状況だった裕次郎は、スタッフ・キャスティングに必要な人件費が充分にないため、劇団民藝の主宰者である宇野重吉を訪ねて協力を依頼し(宇野重吉は協力・出演を快諾。映画は、息子・寺尾聡の映画初出演作ともなった)、また、制作に当たって映画会社から圧力が掛かっていた関西電力を訪ね、経営層トップにシンパを築くことなどもしていきます

 '66年に再び三船と裕次郎が会見を開き、『黒部の太陽』を映画化すると再発表しますが、資金面だけでなく撮影面でも大掛かりであったため(トンネル工事の再現セットが愛知県豊川市の熊谷組の工場内に作成された)、クランクインしてからも苦難の連続で、トンネル内の出水シーンでは、420トンの水タンクの水が想定以上に勢いよく押し寄せ、裕次郎が親指を骨折したほか負傷者が何人も出たとのことです(奔流に流される裕次郎を救出しようと監督がカメラの前に飛び出したのが映っている)。

高熱隧道.jpg トンネル工事、とりわけ「関電トンネル」にフォーカスした脚本は成功していると思われますが、結局、ダム工事で一番大変なのが隧道建設であることは、戦前・太平洋戦争直前の黒部第三ダムの建設を描いた吉村昭のノンフィクション小説『高熱隧道』('67年/新潮社)からも窺えます(この「黒部第三ダム」の建設の大変さは、映画では、裕次郎演じる熊谷組下請け会社・岩岡(モデルは笹島建設の社長)の父・源三(辰巳柳太郎)などによって再現されている)。

高熱隧道 (新潮文庫)

 因みに、"昭和の大工事"とされた黒部川第四発電所建設での犠牲者が171名に対し、この第三発電所建設は全工区で300名以上の死者が出て、吉村昭が小説でフォーカスした阿曾原谷側工事だけでも188名の死者が出ています(この時は温泉水脈の傍を掘ったため、"灼熱地獄"の中での工事だった)。

黒部の太陽 5.jpg 黒四ダムの「関電トンネル」は全長5.4キロを掘り進む工事でしたが、熊谷組坑口から1.4キロの地点で「大破砕帯」にぶつかり、湧水を含んだ地中の軟弱層が切羽を押し潰すという事態が繰り返し起きて工事は難航(こちらは、漏水による言わば"水地獄"状態)、これが、本書を読むと、「五社協定」によって映画作りが難航したことと丁度ダブって見え、まさに「五社協定」は、三船、裕次郎にとっての「大破砕帯」であったわけです。

 その他にも本書を読んで知ったのは、三船敏郎が演じた関西電力黒四建設事務所次長・北川の娘(日色ともゑ)が白血病で亡くなるという話は、モデルとなった芳賀公介という人が、関電トンネルの完成とほぼ同じ頃に娘を亡くしており、事実に基づいた話だったのだなあと。

「黒部の太陽」03.jpg 関電トンネルが貫通してもいい頃なのになかなか貫通せず、その日も皆諦めて帰りかけた時に、裕次郎演じる岩岡が鑿を突っ込んだら貫通していたというのも、笹島氏の話によると事実だそうで、それで、貫通祝賀の儀式は、反対面から掘っていた間組ではなく、熊谷組の仕切りになったそうです。

「黒部の太陽」.jpg 47歳の三船敏郎の演技は重厚。貫通祝賀の日に娘の訃報が入るという、歓喜と悲嘆の入り混じる場面の演技は秀逸ですが、撮影前夜に笹島氏らと酒を飲み、しかも三船は朝まで飲んで、真っ赤に充血した目で撮影現場に現れたそうで、それが黒部の太陽1.jpg映画では演技にリアルさを持たせ、それも役作りの一環だったわけかと、後で笹島氏は悟ったそうです。

 石原裕次郎(1934‐1987)、三船敏郎(1920‐1997)が亡くなった際の著者の追悼文が付されていますが、まさか三船を兄貴分と慕っていた裕次郎の方が先に亡くなるとは。プロデューサーの中井景も脚本の井手雅人も鬼籍に入り、裕次郎、三船への追悼文を書いた著者・熊井啓(1930‐2007)も、本書が文庫化される前に亡くなっているのが寂しいです。
 
黒部の太陽58.jpg「黒部の太陽」●制作年:1968年●製作:三船敏郎(三船プロダクション)/中井景(石原プロモーション)/石原裕次郎(石原プロ)●監督:熊井啓●脚本:井手雅人/熊井啓●撮影:金宇満司●音楽:黛敏郎●原作:木本正次「黒部の太陽」●時間:195分●出演:三船敏郎/石原裕次郎/滝沢修志村喬/辰巳柳太郎/宇野重吉/二谷英明/芦田伸介/佐野周二/岡田英次/山内明/寺尾聰/柳永二郎/玉川伊佐男/高津住男/加藤武/成瀬昌彦/信欣三/大滝秀治/清水将夫/下川辰平/庄司永建/鈴木瑞穂/日色ともゑ/樫山「黒部の太陽」 滝沢修.jpg大滝秀治 黒部の太陽.jpg文枝/川口晶/内藤武敏/佐野浅夫/草薙幸二郎/榎木兵衛/武藤章生/北林谷栄/三益愛子/高峰三枝子●公開:1968/02●配給:日活(評価:★★★★☆)

滝沢修(関西電力社長・太田垣士郎)/大滝秀治(間組・上条班長)

「黒部の太陽」高峰三枝子.jpg「黒部の太陽」三船。石原.jpg

【2009年文庫化[新潮文庫(『映画「黒部の太陽」全記録』)]】

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"黒澤明"風「阿部一族」。原作のイメージしにくい部分をイメージするのに丁度いい。

日本映画傑作全集 阿部一族.jpg 阿部一族 映画.jpg  阿部一族 岩波文庫.jpg 森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫).jpg
「阿部一族」(1938年/監督:熊谷久虎)/映画「阿部一族」の一場面(中村翫右衛門)/『阿部一族―他二編 岩波文庫』/『森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫)
img206阿部一族.jpg阿部一族31_v.jpg 寛永18年、肥後熊本の城主・細川忠利が逝去し、生前より主の許しを受け殉死した者が18名に及んだが、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対しては、家中の者の見る眼が変わり、結局彼は息子達の目の前で切腹して果て、更に先君の一周忌には、長男・権兵衛(橘小三郎)がこれに抗議する行動を起こし非礼として縛り首となり、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は、主君への謀反人として討たれることになる―。

阿部一族 新潮文庫.jpg 原作は森鷗外が1913(大正2)年1月に雑誌『中央公論』に発表した中篇小説ですが、簡潔な描写であるのはいいのですが、一部においては歴史史料のような文体であり、これをフツーの人が読んでどれぐらい出来事の情景が思い浮かべることができるか、大体は可能だとしても細部においてはどうか。個人的には、同年発表の『護持院原の敵討』の方が読み易かったでしょうか。鷗外が、同じ江戸時代の慣習でも、「殉死」に対して批判的で、「敵討」に対しては同情的であるように見えるのが興味深いです(「阿部一族」は、明治天皇を追って乃木希典が殉死したことへの批判的動機から書かれたとも言われている)。

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

映画『阿部一族』.jpg 熊谷久虎(1904‐1986)監督により1938年に映画化されていますが(このほかに深作欣二(1930‐2003)監督も1995年にテレビ映画化している)、黒黒澤明         .jpg澤明監督が演出の手本にしたという熊谷久虎作品はたいへん判り易いもので、但し、判り易すぎると言うか、弥一右衛門のことを噂する家中の者の口ぶりは、サラリーマンの職場でのヒソヒソ話と変わらなかったりして(親近感は覚えるけれど)、小説の中でも触れられている犬飼いの五助の殉死や、小心者の畑十太夫などについても、コミカルで現代的なタッチで描かれています(この辺りで残酷な場面はない)。

阿部一族30_v.jpg 一方、登場人物中で殉死に唯一懐疑的な隣家の女中・お咲(堤真佐子)と、彼女と親しい仲間多助(市川莚司)は映画オリジナルのキャラであり、市川莚司(後の加東大介)の主君の追い腹を切ろうとしてもいざとなるとビビって切れないという演技もまたコミカルでした。

 但し、基本的には当然明るい話では無く、阿部弥一右衛門の自死が、追い腹を切れば主君の命に背いたことになり、切らねば「脂を塗った瓢箪の腹を切る」臆病者と揶揄されるという状況の中での切羽詰まった選択であったにせよ、その事が一族にもたらしたその後の不幸は彼の推測し得なかったことであり、残された一族の「何でこうなるのか」みたいな焦燥感や悲壮感が、映像でよく伝わってきます(最後は一族総玉砕みたいな感じで、この辺り"黒澤明"風)。

殉死の構造 学術文庫.jpg 因みに、鷗外がこの小説のベースにした『阿部茶事談』という史料自体が脚色されたものであり、実際には阿部弥一右衛門は、他の殉死者と同じ日にしっかり殉死していたということは、山本博文 著『殉死の構造』(講談社学術文庫)などで史料研究の観点から指摘されており、山本氏によれば、鷗外は、"誤った"史料をベースに物語を書いたということのようですが、鷗外が確信犯的に創作したという可能性はないのだろうか(他にも、「権兵衛の非礼」→「一族の討伐」→「権兵衛の縛り首」が正しい順番であるなど、史実との違いがある)。

 この「阿部一族」は、円谷英二が特殊技術を担当し、始めて本格的に特撮監督としてデビューした作品でもあるらしいです(但し、ノンクレジットであり、息子・円谷一による追悼フィルモグラフィー『円谷英二―日本映画に残した遺産』('73年/小学館、'01年復刻版刊行)の「関係主要作品リスト」にも入ってはいない。円谷英二は当時、東宝東京撮影所に新設された特殊技術課の"部下無し"課長だった。監督というより「技術指導」に近いか)。

r阿部一族.jpg

vhs 雁 阿部一族.jpg阿部一族(1938).jpg 「阿部一族」●制作年:1938年●監督:熊谷久虎●製作:東宝/前進座●脚本:熊谷久虎/安達伸男●撮影:鈴木博●音楽:深井史郎/P・C・L管絃楽団●原作:森鷗外「阿部一族」●時間:106分●出演:中村翫右衛門/河原崎長十郎/市川笑太郎/橘小三郎/山岸しづ江/堤真神保町シアター.jpg佐子/市川莚司(加東大介)/市川進三郎/山崎島二郎/市川扇升/山崎進蔵/中村鶴蔵/嵐芳三郎/坂東調右衛門/市川楽三郎/瀬川菊之丞/市川菊之助/中村進五郎/助高屋助蔵/市川章次/中村公三郎●公開:1938/03●配給:東宝映画●最初に観た場所:神保町シアター(09-05-09)(評価:★★★☆) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン


『阿部一族・舞姫』 (新潮文庫) 森 鴎外.jpg森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫).jpg 【1938年文庫化・2007年改版[岩波文庫(『阿部一族―他二篇』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『阿部一族・雁・高瀬舟』)]/1967年再文庫化・1976年改版・2012年改版[角川文庫(『山椒大夫・高瀬舟・阿部一族』)]/1968年再文庫化・2006年改版[新潮文庫(『阿部一族・舞姫』)]/1972年再文庫化[講談社文庫(『阿部一族・山椒大夫・高瀬舟―ほか八編』)]/1995年再文庫化[ちくま文庫(『森鴎外全集〈4〉雁・阿部一族』)]/1998年再文庫化[文春文庫(『舞姫・雁・阿部一族・山椒大夫―外八篇』)]】

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)』『森鴎外全集〈4〉雁 阿部一族 (ちくま文庫)』(「雁」「ながし」「槌一下」「天寵」「二人の友」「余興」「興津弥五右衛門の遺書」「阿部一族」「佐橋甚五郎」「護持院原の敵討」所収)

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振り切ってきた過去へのノスタルジーに満ちた「祭りの準備」。大谷直子が鮮烈な「肉弾」。

祭りの準備.jpg 祭りの準備  タイトル.jpg  肉弾.jpg 肉弾 大谷直子3.jpg
祭りの準備 [DVD]」(監督:黒木和雄)          「肉弾 [DVD]」 (監督:岡本喜八)

黒木和雄.jpg中島丈博.jpg 「祭りの準備」('75年/ATG)は、昭和30年代の高知を舞台に、1人の青年がしがらみの多い土地の人間関係に圧迫されながらも巣立っていく姿を描いた青春映画で、主人公(江藤潤)が信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ていることからも窺えるように、原作は中島丈博の自伝的小説であり、監督は'06年に亡くなった黒木和雄です。
祭りの準備 DVDカバー.jpg
黒木和雄(1930‐2006/享年75)/中島丈博

映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」.jpg 「青春映画」とは言え青春の真只中でこの作品を観ると、あまりにどろどろしていて結構キツいのではないかという気もしましたが、このどろどろ感が中島丈博の脚本の特色とも言えます。

 父親(ハナ肇)は女狂い、祖父(浜村純)はボケ老人、母親(馬渕晴子)は主人公の青年を溺愛し、彼は二十歳にしてそこから逃れられないでいて、心の恋人(竹下景子)も片思いの対象でしかなく、結局、男達の性欲の捌け口となっている狂った女(桂木梨江)と寝てしてしまうが、その女が妊娠したらしいことがわかる―。 映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」

祭りの準備00.jpg祭りの準備2.jpg 青年がシナリオを書くとセックス描写が頻出し、左翼かぶれの"心の恋人"に「労働者階級をもっときちんと描くべきで、どうしてセックスのことばかり書くの」となじられる始末。そのくせ、彼女はオルグの男性にフラれると、宿直中の青年に夜這いして来て、そこで小火(ボヤ)事件が起きてしまうという、青年同様に彼女自身、青春の混沌の中でちょっと取りとめが無い状態になっています。

祭りの準備図0.jpg こんな状況から脱したいという青年の気持ちがよく分かり、その旅立ちを駅のホームで列車に伴走しながら万歳して見送る、青年の隣家の泥棒一家「中島家」の次男で殺人の容疑をかけられ逃亡の身の男「中島利広」を演じているのが原田芳雄(1940-2011)で、冬物語2.gif役柄にしっくり嵌っていい味を出しています(この俳優を渋いなあと最初に思ったのは映画ではなくテレビで観た「冬物語」('72年~'73年/日本テレビ)というメロドラマだった。恋人役は浅丘ルリ子、ふられ役は大原麗子)。

「冬物語」('72年~'73年)浅丘ルリ子・原田芳雄

 創作の要素はあるとは言え、この「祭りの準備」という映画には、原作者(中島丈博)が過去に振り切ってきた諸々に対するノスタルジーが詰まっている感じがします(東京への"脱出"行を果たした江藤潤と、それが出来ないでいる原田芳雄という対比構造になっている)。
竹下景子 in 「祭りの準備」(1975)[下写真]
祭りの準備3.jpg 祭りの準備 竹下景子.jpg 祭りの準備 図1.jpg
竹下景子 (たけしたけいこ) 1953年9月15日生まれ.jpg 竹下景子(1953年生まれ、当時22歳)の映画デビュー2作目、主演級は初で、桂木梨江(1955年生まれ、当時20歳)も映画デビュー2作目。この作品は竹下景子のヌードシーンで話題になることがありますが、主人公の青年に夜這いした際の下着姿と引き続く火事の炎の向こうにチラッと見える全裸(半裸?)姿程度で(この頃の彼女は結構コロコロ体型、よく言えばグラマラスだった)、この後清純派で売り出し、"お嫁さんにしたい桂木梨江 祭りの準備.jpg女性No.1"などと言われたために以降全くスクリーン上では脱がなくなり(「天の花と実」('77年/テレビ朝日)ではヌードを拒否した)、そんな経緯もあって「祭りの準備」のこのシーンの付加価値が出たのかも? むしろ、この作品で大胆なヌードを見せたのは「中島家」の末娘で男達の性欲の捌け口となっている狂女を演じた桂木梨江の方で、彼女はこの演技で第18回ブルーリボン賞新人賞、第49回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞にノミネートされています。
桂木梨江/原田芳雄 in 「祭りの準備」(1975)
映画「純」 横山博人 江藤潤 ポスター.jpg純 江藤潤DVD.jpg 主演の江藤潤(1951年生まれ)も、映画初主演の割には良い演技をしていたように思います。その後も、「帰らざる日々」('78年/日活)、「純」('80年/東映セントラルフィルム)などの作品に出演していますが、主演の「純」は東映出身の横山博人監督の第一回作品で、'78年4月に完成したものの国内公開の目途の立たぬまま翌年度のカンヌ映画祭に出品され、新人監督の登竜門「批評家週間」オープニング上映作品に選出され、以後、ロンドン映画祭、ロサンゼルス映画祭に招待されるなど高い評価を得ため、'80年に一般公開となったという作品。

映画 「純」朝加真由美.jpg 長崎の軍艦島から漫画家を志望して上京し、遊園地の修理工場で働いている主人公の二十歳の松岡純(江藤潤)は、恋人がいながらその手さえ握らず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける―漫画家を志望で軍艦島から東京に出てきたというところが、脚本家志望で高知・四万十から都会へ行こうとする「祭りの準備」の主人公と似ていますが、ラストまでのプロセスが観ていて気が滅入るくらい暗くて(痴漢行為に耽っているわけだから明るいはずはないが)、脇を固めている俳優陣は非常にリアリティのある演技をしていたものの、イマイチ自分の肌には合わなかったなあ(リアリティがあり過ぎて?)。江藤潤はやはり「祭りの準備」の彼が良かったように思います(「純」はどうして海外でウケたのだろう。外国人には痴漢が珍しいのかなあ。そんなことはないと思うが、クロード・ガニオン監督の「Keiko」('79年/ATG)でも冒頭に痴漢シーンがあった)。

大谷直子 in 「肉弾」(1968)[下写真]
『肉弾』(監督 岡本喜八)2.bmp 女優のデビュー時乃至デビュー間もない頃のスクリーン・ヌードという点では、「高校生ブルース」('70年/大映)の関根(高橋)惠子(1955年生まれ、当時15歳)、「旅の重さ」('72年/松竹)の高橋洋子(1953年生まれ、当時19歳)、「十六歳の戦争」('73年制作/'76年公開)の秋吉久美子(1954年生まれ、当時19歳)、「恋は緑の風の中」('74年/東宝)の原田美枝子(1958年生まれ、当時15歳)、「青春の門(筑豊篇)」('74年/東宝)の大竹しのぶ(1957年生まれ、当時16歳)、「はつ恋」('75年/東宝)の仁科明子(亜季子)(1953年生まれ、当時22歳)などがありますが(これらの中では、関根惠子と原田美枝子の15歳が一番若くて、仁科明子の22歳が竹下景子と並んで一番遅いということになる)、個人的には、'05年に亡くなった岡本喜八監督の「肉弾」('68年/ATG)の大谷直子(1950年生まれ、当時17歳)が鮮烈でした。

nikudann vhs.jpg肉弾3.jpg肉弾 寺田農.jpg この「肉弾」という作品は、特攻隊員(寺田農)を主人公に据え(「肉弾」とは「肉体によって銃弾の様に敵陣に飛び込む攻撃」のこと)、戦争の悲劇というテーマを扱っていながら、コミカルで悲壮感を(一応は)表に出していないという変わった映画で、映画肉弾 大谷直子4.jpg自体は、太平洋に漂流するドラム岳の中で魚雷を抱えている(ある意味、既に死んでいる)主人公の回想という形で進行し、主人公が1日だけの外出許可日に古本屋に行くつもりが思わず女郎屋に駆け込んでしまい、そこにいたセーラー服姿の肥溜めに咲いた一輪の白百合のような少女と防空壕の中で結ばれるという、その少女の役が映画初出演の大谷直子でした(その後、NHKの朝の連ドラ「信子とおばちゃん」('69年)でTVデビュー)。

 彼女が全裸で土砂降りの雨の中を走るシーンは衝撃的で、モノクロ映画ゆえに却ってその美しさは印象に残りましたが、かの特攻隊員は、そこで初めて自らが守るべきものを見出し、空襲で彼女が犠牲になったことで復讐心から戦闘意欲に燃え、魚雷と共に太平洋に出るという―これ、岡本喜八ならではのアイロニーなのですが、笑えるようでやっぱり岡本喜八.jpg笑えないなあ。岡本監督はその後も自らと同年代の戦中派の心境を独特のシニカルな視点で描き続けますが、「独立愚連隊」('59年)とこの「肉弾」は、そのルーツ的な作品でしょう。「日本のいちばん長い日」('67年)のようなオールスター大作を撮った後に、私費を投じてこのような自主製作映画のような作品を撮っているというのも凄いことだと思います。

岡本喜八(1924- 2005/享年81) 下:「肉弾」大谷直子  寺田農/笠智衆
肉弾 大谷直子1.jpg 肉弾 大谷直子2.jpg 肉弾 笠智衆5.jpg 
 

祭りの準備es.jpg祭りの準備ド.jpg「祭りの準備」●制作年:1975年●監督:黒木和雄●製作:大塚和/三浦波夫●脚本:中島丈博●撮影:鈴木達夫●音楽:松村禎三●原作:中島丈博●時間:117分●出演:江藤潤/馬渕晴子/ハナ肇/浜村純/竹下景子/原田芳雄/杉本美樹/桂木梨江/石山雄大/三戸部スエ/絵沢萠子/原知佐子祭りの準備 桂木梨江.jpg祭りの準備 竹下景子.jpg/真山知子/阿藤海/森本レオ/斉藤真/芹明香/犬塚弘/湯沢勉/瀬畑佳代子/夏海千佳子/石津康彦/下馬二五七/福谷強/中原鐘子/柿谷吉美●公開:1975/11●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★★☆)●併映:「サード」(東陽一)
飯田橋ギンレイホールド.jpgギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpgギンレイホール 1974年1月3日飯田橋にオープン 2022年11月27日閉館


  
      
 
  

「純」●制作年:1978年●監督・脚本:横山博人●製作:横山博人プロダクション●撮影:「純」dv.jpg高田昭●音楽:一柳慧(1933-2022)●時間:88分●出演:江藤潤/朝加真由美/中島ゆたか/榎本ちえ子/赤座美代子/山内恵美子/田島令子/橘麻紀/花柳幻舟/原良子/江波杏子/小松方正/深江章喜/大滝秀治/安倍徹/小坂一也/小鹿番/「純」p.jpg今井健二/森あき子/田中小実昌●公開:1980/12●配給:東映セントラルフィルム●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「聖獣学園」(鈴木則文新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg/主演:多岐川裕美)
新宿昭和館 1951(昭和26)年K's cinema.jpg7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。


肉弾 アートシアター.jpg肉弾 vhs2.jpg『肉弾』(監督 岡本喜八)1.bmp「肉弾」●制作年:1968年●監督・脚本:岡本喜八●撮影:村井博●音日劇文化.jpg楽:佐藤勝●時間:116分●出演:寺田農/大谷直子/天本英世/笠智衆/北林谷栄/三橋規子/今福正雄/春川ますみ/園田裕久/小沢昭一/菅井きん/三戸部スエ/頭師佳孝/雷門ケン坊/田中邦衛/中谷一郎/高橋悦史/伊藤雄之助/(ナレーター)仲代達矢●公開:1968/10●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-05)(評価:★★★★)●併映:「人間蒸発」(今村昌平)
田中邦衛(区隊長)/笠智衆(戦争で両腕が無い古本屋の老人)
映画 肉弾 tanaka.jpg 映画 肉弾 ryuu.jpg


冬物語.gif「冬物語」.jpg冬物語 ドラマタイトル.jpg「冬物語」●演出:石橋冠●制作:銭谷功/早川恒夫●脚本:清水邦夫/林秀彦●音楽:坂田「冬物語」2.bmp晃一(主題歌「冬物語」作詞:阿久悠/作曲・編曲:坂田晃一/唄:フォー・クローバース)●出演:浅丘ルリ子/原田芳雄/津川雅彦/扇千景/大原麗子/高松英郎/原田大二郎/宝生あや子/南美江/荒谷公之/鳥居恵子/渡辺篤史/下元勉/潮万太郎/上野山功一/柿沼真二/下川清子/野々あさみ/渥美マリ●放映:1972/11~1973/04(全20回)●放送局:日本テレビ

原田芳雄/浅丘ルリ子/原田大二郎/津川雅彦/大原麗子
冬物語0d87.jpg冬物語31645_21.jpg冬物語 大原.jpg

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石橋蓮司主演2作。時代の空疎感伝える「あらかじめ...」と中上文学を再現した佳作「赫い髪の女」。
あらかじめ失われた恋人たちよ(ポスター).jpg あらかじめ失われた恋人たちよ プレス.jpg  「赫い髪の女」.jpg 赫い髪の女.jpg
あらかじめ失われた恋人たちよ」 DVD/チラシ 「赫い髪の女 [DVD]」(監督:神代辰巳)

arakajime.jpgあらかじめ失われた恋人たちよド.jpg 棒高跳びでのオリンピック出場の夢を断たれて自棄になり、強盗を働きながら日本中を放浪していたあらかじめ失われた恋人たちよ.jpg青年(石橋蓮司)はある日、日本海のある街のスーパーの開店イベントで、全身に金粉を塗ってパフォーマンスをする聾唖者の男女(加納典明・桃井かおり)の姿に目を奪われ、彼らにつきまとい始める―。(加納典明桃井かおり石橋蓮司

「アートシアター 90 あらかじめ失われた恋人たちよ」より
あらかじめ失われた恋人たちよ0.JPG 「あらかじめ失われた恋人たちよ」('71年/ATG)は、劇作家の清水邦夫と当時「東京12チャンネル」のディレクターだった田原総一朗(この人、最初は岩波映画でカメラ助手をやっていた)の共同脚本・共同監督作品で、桃井かおりの実質的なデビュー作であり(桃井かおりは藤田敏八監督の「赤い鳥逃げた?」('73年/東宝)でも、シロクロ・ショーをしながら旅する女という役だった)、今は写真家になっている加納典明なども出ている映画ですが、今の田原総一郎、加納典明とこの映画とは、自分の中では長い間リンクしなかったような気がします。

 ストーリーはあるものの、多少前衛がかっていて(加納典明・桃井かおりが喋らないので石橋蓮司の独白で話は進む)、地下演劇的なムードもあるかも(田舎でやるシロクロ・ショーなどは何となく土俗的)。加えて、タイトルもしゃれているし何だか難しそうですが、少なくとも「あらかじめ失われた」ものが第一義的には「言葉」であることは、容易にわかるのではないでしょうか(だから、言葉を駆使している評論家・田原総一郎、カメラマン・加納典明とリンクしない?)。 
石橋蓮司

内灘夫人.jpg 後半の主要舞台は金沢郊外の内灘砂丘ですが、かつてここで米軍の試射場設置に対する反対闘争があったわけで、この作品にも試写場の廃墟が出てきます。五木寛之が60年安保の余韻を伝える作品『内灘夫人』を発表したのが'68年、しかしながらこの映画の公開は'71年で、もう既に70年安保という"政治の季節"が終わってしまったようなムードが、作品の中にもどことなくあります。

 というわけで、面白いと言うよりもどちらかと言えば一時代の記念碑的な作品ですが、石橋蓮司のパフォーマンス的な演技がその時代の空疎感、閉塞感をよく伝えていて、神代(くましろ)辰巳監督の「赫い髪の女」といいこの作品といい、70年代の石橋蓮司っていいなあと思います。

「赫い髪の女」英語版.jpg赫い髪の女 poster.jpg 「赫い髪の女」('79年/にっかつ)は中上赫い髪の女35.jpg健次の原作で、ダンプ運転手(石橋蓮司)といきずりの女(宮下順子)の愛欲の生活をリアルに描いた作品ですが、雨のジトジト降る日に狭いアパートの一室で、セックスの合間にインスタントラーメンを音をたてて啜る2人が、どういうわけか個人的にはすごく印象的でした。この作品も時代の閉塞を表していると言えるかも知れません。DVD化されているので、再見しようと赫い髪の女3.jpg赫い髪の女2.jpg思えばいつでも観ることができるのですが、出来れば劇場で観たい作品です(自分がこの作品を最初に観た「銀座並木座」は閉館してしまったが)。中上健次の原作のムードを損なわずに丁寧に撮られた佳作だったと思います。
石橋蓮司宮下順子山口美也子 

 
 
あらかじめ失われた恋人たちよv.jpg映画・あらかじめ失われた恋人たちよ.jpgあらかじめ失われた恋人たちよ4.png「あらかじめ失われた恋人たちよ」●制作年:1971年●監督・脚本:清水邦夫/田原総一郎●企画:葛井欣士郎●撮影:奥村祐治●音楽:成毛滋●時間:123分●出演:石橋蓮司桃井かおり/加納典明/岩淵達治/内田ゆき/正城睦子/緑魔子/カルメン・マキ/蟹江敬三/豊田紀雄/井上博一/吉田潔/竹之内弾/秋浜悟史/井田邦明/キムカンザ/佐藤重臣/大文芸坐休館.jpg池袋文芸地下 地図.jpg文芸坐.jpg森直人/蜷川幸雄/佐々倉英雄●公開:1971/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋文芸地下 (79-11-25)(評価:★★★★)●併映:「エロスは甘き香り」(藤田敏八)
池袋・文芸地下 1955(昭和30)年12月27日オープン、1997(平成9)年3月6日閉館。
 
『赫い髪の女』.bmp「赫い髪の女」●制作年:1979年●監督:神代辰巳●製作:三浦朗●脚本:荒井晴彦●撮影:前田米造●音楽:憂歌団●原作/中上健次「赫髪」●時間:75分●出演:宮下順子石橋蓮司/亜湖/阿藤海/三谷昇/山口美也子/絵沢萠子/山谷初男/石堂洋子/高橋明/庄司三郎/佐藤了一●公開:1979/02●配給並木座.jpg並木座閉館.jpg:にっかつ●最初に観た場所:銀座並木座 (79-06-03)(評価:★★★★)●併映:「女教師」(田中登)
銀座並木座  1953年10月7日オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

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現代劇にもぴったりハマった市川雷蔵の「ある殺し屋」。カルト的珍品?「初春狸御殿」。

ある殺し屋 poster.jpgある殺し屋 dvd2.jpg ある殺し屋の鍵 dvd.jpg  初春狸御殿.jpg
ある殺し屋 [DVD]」「ある殺し屋の鍵 [DVD]」「初春狸御殿 [DVD]」(市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎)

0ある殺し屋.jpg 「ある殺し屋」('67年/大映)は、普段は一杯飲屋の主人で刺身魚を自ら捌いたりしているというありきたりの市井の男だが、実はその裏の正体は、大物ヤクザの親分の暗殺などの仕事を大金で請け負い、それがどんな困難なものであっても完遂するプロの殺し屋(武器としても用いるのは太い針)―という主人公「新田」の役どころを、市川雷蔵(1931-1969/享年37)がニヒルかつスマートに演じている作品で、続編が1作だけ作られています。

「ある殺し屋」1.jpg「ある殺し屋」2.bmp 助けてやった女(野川由美子)に付きまとわれてもそれを一向に相手にせず、仲間のフリをして寄ってくるヤクザ(成田三樹夫)に裏切られても、全て織り込みで既に手は打ってある―「ある殺し屋」.jpgあまりにストイックかつクールで、ストーリーだけで見ると非現実的なB級(C級とでも言うか)作品になりそうなものですが、市川ある殺し屋dvd.jpg雷蔵が演じると、殺し屋稼業をしている時でも何だかサラリーマン風にも見えたりして、そうしたステレオタイプのハードボイルド・ヒーローとのギャップ感がなかなかいいリアリティを醸していて、時にはそれが却って凄みになったりもしています。ある殺し屋.jpg 口数は少ないが男気も秘めており、結局、女よりもむしろ男が惚れる男というのはこういうものかと納得させられる(勿論、新田の場合は女性にもモテるのだが)、心地よいハードボイルド作品となっています。
ある殺し屋 [DVD]

「ある殺し屋の鍵」チラシ/「ある殺し屋の鍵 [DVD]
ある殺し屋の鍵 チラシ.jpgある殺し屋の鍵 dvd.jpg 因みに、同年12月に公開された同じく藤原審爾原作・森一生監督の「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)では、市川雷蔵が演じる主人公の新田の表向きの職業は、一杯飲屋の主人から日本舞踊の師匠に替わっており(新田は、流れ包丁だったのか? それにしてもビックリの職替え)、脱税王(内田朝雄)とか建設会社の社長(西村晃)とか政財界の黒幕(山形勲)とか色々出できて話はスケールアップしていますが(3人とも新田に殺される役!)、新田のニヒルでスマートな様は変わっていません。原ある殺し屋の鍵 title.jpgある殺し屋の鍵 1シーン.jpg作ストーリーもしっかりしていますが、ストーリーもさることながら、演じている「市川雷蔵」そのものを楽しめる作品ではないかと思います (両作品とも撮影は宮川一夫)。
「ある殺し屋の鍵」市川雷蔵/佐藤友美

「ある殺し屋」1.bmp 市川雷蔵は映画史上最高の時代劇スターと謳われた名優で、映画も「眠狂四郎シリーズ」や「大菩薩峠シリーズ」など数的には時代劇の方の出演が主なのですが、現代劇でもこんなにしっくり来る歌舞伎界出身の俳優は少ないのではないかと思われ、37歳でガンのため夭折したことが惜しまれます(それでも160本近い映画に出演したのだが)。現代劇に出ている時は歌舞伎役者的なニオイがキレイさっぱり無くなるタイプで、そうした系統では、同じく眠狂四郎を演じた片岡孝男(現・片岡仁左衛門)などがいましたが(田村正和も演じていたなあ)、ちょっとそれらと比較にならないかも(早逝したことも、イメージが損なわれないという意味ではプラスに働いているが)。

木村 恵吾 「初春狸御殿」.jpg初春狸御殿 poster.jpg この人の時代劇の方は劇場ではあまり観ていないのですが、木村恵吾監督の「初春狸御殿」('59年/大映)というのは"珍品"。所謂"マゲものミュージカル"という類で、時代劇なのに若尾文子が演じるお姫様が着物にネックレスをしているというのが可笑しく、市川雷蔵と比較されることの多い、あの勝新太郎が、完璧な二枚目役者として出ています。木村恵吾監督はこれ以前にも「狸御殿」「歌う狸御殿」「春爛漫狸祭」「花くらべ狸御殿」を撮っていて(「初春狸御殿」はシリーズ最終作)、50年代にこうした陽気な大衆映画が受けた時期があったことを知っている人がどれぐらいいるか分かりませんが、今の若い人にとってはある種のカルトムービー的位置づけになるのかも。
勝新太郎 in「初春狸御殿」
初春狸御殿bb.jpg 初春狸御殿77.jpg


市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
市川雷蔵/佐藤友美 in「ある殺し屋の鍵」
「ある殺し屋の鍵」森一生 1967.jpgある殺し屋の鍵 vhs.jpg「ある殺し屋の鍵」●制作年:1967年●監督:森一生●構成:増村保造●脚本:小滝光郎●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤1ある殺し屋の鍵 山形.jpgある殺し屋の鍵 山形ド.jpg原審爾「消される男」●時間:82分●出演:市川雷蔵/西村晃/佐藤友美/山形勲/中谷一郎/金内吉男/ 伊達三郎/伊東光一/内田朝雄/玉置一恵/森内一夫/伊東義高/志賀明●公開:1967/12●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋」(森一生)
山形勲


若尾文子/市川雷蔵 in「初春狸御殿」
初春狸御殿_3.jpg木村 恵吾 「初春狸御殿」2.jpg「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/若尾文子 市川雷蔵 初春狸御殿a.jpg大井武蔵野館 1989.jpg勝新太郎/中村玉緒/金田一敦子/仁木多鶴子/水谷良重/中村雁治郎/真城千都世/近藤美恵子/楠トシエ/トニー・谷/菅初春狸御殿20.jpg井一郎/江戸屋猫八/三遊亭小金馬/左卜全/藤本二三代/神楽坂浮子/松尾和子/小浜奈々子/岸正子/美川純子/大和七海路/小町瑠美子/毛利郁子/嵐三右衛門●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
IMG_7ある殺し屋.JPG

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差別される側の集団が互いに集団間で差別し合うという、やるせない構図を浮き彫りに。

地の群れ atg.bmp地の群れ ポスター.jpg  地の群れ2.jpg  地の群れ.jpg  
「地の群れ」パンフレット/「地の群れ [VHS]」 ['87年]
                                 
地の群れ スチール.jpg 佐世保の開業医・宇南(鈴木瑞穂)は、被爆者が寄り集まった海塔新田、またの名を"ピカドン部落"と呼ばれる地域で原爆症と思われる少女を診療するが、母親(奈良岡朋子)は、被爆者が受けていた差別を思い頑強に否定する。
 一方、海塔新田出身の少年・信夫(寺田誠)は原爆病で死んだ母親似のマリア像を盗んだことで大人たちに折檻されて以来すさんだ性格になり、被差別部落の少女・徳子(紀比呂子)が強姦される事件があった際に、彼女と顔見知りであったことから警察に呼び出される。
 犯人の体にケロイドがあったという徳子の証言から、信夫は海塔新田に住む真犯人の真(岡倉俊彦)を突き止めて父親(宇野重吉)の前で自分の無実を訴え、更に、徳子の母親(北林谷栄)が信夫の手引きで真の家を訪ね父親と言い争いになるが、思わず被爆者を罵る言葉を吐いたため、海塔新田の住人たちから投石を浴び、投げつけられたトタン板の破片で喉を切られたのが致命傷となって死に、信夫も仲間を売ったとして海塔新田を追放され、逃げ込んだ徳子の部落でも敵として追われる―。        

 被爆者、被差別部落、朝鮮人という差別される側の3つの集団が互いに集団間で差別し合うという、極めてやるせない構図(それは、差別というものが醸成されるメカニズムを示唆しているとも言える)がリアルな出来事を通して描かれていて、この物語の語り部的存在である医師・宇南も、被差別部落の関係者であり、それだけではなく、妊娠させた朝鮮人の娘を自殺に追い込んだという過去があり、更には、原爆投下直後の長崎において父親を探して歩き回った経験から今も原爆症に怯えているという、3つの差別の要素の全てに関与しているというのが、この映画の重さを象徴しています(だからこそ、宇南は、この物語の「語り部」たり得るのかも知れないが)。

モデルとなった長崎県・崎戸の昭和44年頃の情景/映画「地の群れ」(1970)より

熊井啓監督「地の群れ」1.jpg熊井啓監督「地の群れ」2.jpg 鶏を食い殺した大量のネズミが炎でメラメラと焼かれていくタイトルバックはショッキングですが、映画の中での人間の所為は、そうした映像に符号してしまう残酷さを孕んでおり、とりわけ徳子の母親(北林谷栄)が石を投げつけられるシーンと、それを庇おうとする娘・徳子(紀比呂子)の悲痛な表情は、強く印象に残るものでした。

熊井啓.jpg熊井啓 4.jpg 熊井啓(1930‐2007/享年77)監督が「黒部の太陽」('68年)の後、地の群れ [DVD].jpg日活を辞めて独立系プロダクションで撮った作品で、製作に際して「黒部の太陽」が予算約4億円だったのに対し、この作品の予算は1千万円しかなかったとのこと。何れにせよ、「黒部の太陽」もこの「地の群れ」もDVD化されていないのが残念です(その後「黒部の太陽」は2013年にDVD化された)(さらに「地の群れ」は2015年にDVD化された)地の群れ [DVD]

熊井啓 日活DVD-BOX」(「帝銀事件 死刑囚」「日本列島」「愛する」「日本の黒い夏 冤罪」所収)

地の群れ 紀比呂子 2.jpg地の群れ   (1970年).jpg 監督自らが発掘した紀比呂子は、周囲のベテラン演技陣に支えられながらも、その瑞々しい演技で注目を浴び、この作品出演後、テレビドラマ「アテンションプリーズ」の主役に抜擢されていますが、女優・三條美紀(黒澤明監督の「静かなる決闘」などに出演)の娘であり、役者の血は争えないといったところでしょうか(テレビドラマ「アテンションプリーズ」は'06年に上戸彩主演で36年ぶりにリメイクされた)。
     
井上光晴.jpg全身小説家.png この骨太と言っていい作品の原作は井上光晴(1926‐1992/享年66)の同名小説『地の群れ』。井上光晴は、安部公房(1924‐1993)、埴谷雄高(1909‐1997)らと並ぶ純文学作家で、「ゆきゆきて、神軍」の映画監督・原一男が癌に冒されたその晩年を取材したドキュメンタリー映画「全身小説家」('94年)でも知られています(瀬戸内晴美(寂聴)と不利関係にあったことでも知られている)。

奈良岡朋子/鈴木瑞穂              紀比呂子
「地の群れ」s.jpg地の群れ 紀比呂子.jpg「地の群れ」●制作年:1970年●監督:熊井啓●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:熊井啓/井上光晴●撮影:墨谷尚之●音楽:松村禎三●原作:井上光晴「地の群れ」●時間:127分●出演:鈴木瑞穂/寺田誠/紀比呂子/宇野重吉/松本典子/北林谷栄/奈良岡朋子/佐野浅夫/水原英子/小川吉信●公開:1970/01●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-01)(評価:★★★★★)●併日劇文化.jpg日劇文化入口.jpg映:「絞死刑」(大島渚)  
日劇文化劇場 1935年12月30日日劇ビル地下にオープン、1955年8月12日改装/ATG映画専門上映館)。日劇ビルの再開発による解体工事のため、1981(昭和56)年2月22日閉館。/「日本劇場」(左写真:「銀座百点」624号より(1980年当時))[右下「日劇文化劇場」地下入口]/「日劇文化劇場」地下入口(右写真:「音楽・映画・生活雑筆」より)
 
「地の群れ」鈴木瑞穂.jpg鈴木みずほ.jpg 鈴木瑞穂 2023年11月19日、心不全のため東京都内で死去。96歳。

アテンションプリーズ1.jpgアテンションプリーズ2.jpg「ATTENTION PLEASE アテンションプリーズ」●演出:金谷稔/竹林進●制作:黒田正司●脚本: 竹林進/上條逸雄●音楽:三沢郷(作詞:岩谷時子)●出演: 紀比呂子/佐原健二/皆川妙子/范文雀/高橋厚子/関口昭子/黒沢のり子/麻衣ルリ子/山内賢/竜雷太/ナレーション:納谷悟朗●放映:1970/08~1971/03(全32回)●放送局:TBS
アテンションプリーズ主題歌:ザ・バーズ「アテンションプリーズ」(作詞:岩谷時子、作曲・編曲:三沢郷)

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徳川無声に弁士としてついて欲しかったところ。

狂った一頁 03.jpg狂った一頁/十字路.jpg 狂った一頁/十字路(パンフレット).jpg  Kurutta Ippeji, 1926.jpg
岩波ホール公開時ポスター・パンフレット (1975)   Kurutta Ippeji, A Page of Madness (Kinugasa, 1926)

A Page of Madness.jpg狂った一頁1.jpg 川端康成や横光利一ら、当時「新感覚派」と呼ばれた若い才人たちが脚本に参加して生みだした実験的無声映画。主人公の元船乗りの男は、かつて自分のせいで妻を追い詰めて狂人にしてしまったことに対する自責の念から、今は妻の入院する精神病院の小間使いをしているのだが、そこに玉の輿の結婚話を控えた娘がやって来て、母親が狂人であるために結婚できないと言う。小間使いは妻を精神病院から逃がそうとするが失敗する―。

狂った一頁0.jpg狂った一頁3.jpg というのが話の前段部なのですが、冒頭からいきなり踊り狂う女性の断片的なモンタージュが入り、無声映画なのに狂った一頁53.jpg字幕も無く、しかも、主人公の空想の場面と現実の場面が錯綜するので、筋自体はわかりにくく、「ACTミニシアター」のスタッフの解説がなければ何のことやらという感じ(このミニシアターでは、黒澤明の「羅生門」上映時狂った一頁2.jpgにも、ドナルド・リチーによる読み解きをスタッフが解説してくれた)。主人公の小間使いは宝くじで一等賞が当たった空想し、また、娘の結婚式を空想する。そして、最後に患者たちがオタフクなどのお面をつけることを空想する―(これは、主人公の空想だと思うのだが、よく分からない...。公開時には徳川無声などが弁士としてついて、この辺りの解説をしたらしい。それって別録りされていないのかなあ)。

  
マラー/サド2.jpg 精神病院という限定された状況設定は、ピーター・ブルック監督の「マラー/サド」('67年/英)とちょっと似ているなあと思いました(正式邦題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という長いもの。原題もギネスに世界最長大映画タイトルとして登録されている)。

MARAT SADE (1967).jpg 「マラー/サド」の舞台は19世紀はじめのフランスの精神病院で、ここでは治療の一環として演劇がプログラムに採り入れられており、そこへ収監されていたサド侯爵(1740-1814)が、フランス革命で活躍し後に暗殺されたマラーのドラマを患者達を使って演出するというもの(マルキ・ド・サド自身はナポレオン体制下で筆禍を招き、死ぬまでシャラントン精神病院に監禁されていたという説もあるが、実際には持病の皮膚病が悪化し、自宅に籠って一日中入浴して療養するような生活をする中でに政敵一派に暗殺されたようだ。暗殺後、現場で画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが有名な「マラーの死」を描いている)。

MARAT SADE (1967) 2.jpg 檻に入れられた患者たちが、看守により度々中断させられながらも演じる劇は、異様な雰囲気と張り詰めた緊張感に覆われていますが、物語劇というより前衛劇に近い印象を個人的には受けました。

マラー・サド.jpg その劇を檻の外から観る観客がいて、劇中劇の様相を呈していますが、演じているのは皆役者だったんだなあ(半分ぐらい、本当の患者が混ざっているのかと一瞬思ったが、そんなわけないか)。Glenda Jackson 2.jpgマラーを暗殺する女性シャルロット・コルデー を演じているのは、後に名女優としてその名を馳せるグレンダ・ジャクソンであるし(煉瓦職人の家庭に生まれ、ロンドンの王立演劇学校で学んだ彼女は'92年のイギリス総選挙に労働党から立候補して当選、運輸大臣も務めた)、その他患者らを演じているのは殆どが英国王立シェークスピア劇団のメンバーです。

Glenda Jackson in Marat/ Sade 1967

 「マラー/サド」「狂った一頁」共に個人的には(自身の概念化能力の欠如により)評価不能に近い作品ですが、「狂った一頁」は「マラー/サド」より40年ほど前に作られている! サイレント末期にこのような前衛的な作品が日本にあったこと自体、驚くべきことかもしれません(この作品は大正時代の最後の年、つまり大正15年に公開された)。「狂った一頁」を監督した衣笠貞之助(1896-1982)は、後に「雪之丞変化」('35~'36年/松竹キネマ)のような娯楽時代劇も撮っていて、松竹に黄金時代をもたらした監督の1人でもあります。
 
「狂った一頁」●制作年:1926年●監督:衣笠貞之助●脚本:川端康成/横光利一/衣笠貞之助/犬塚稔/沢田晩紅●撮影:杉山公平●撮影助手:円谷英二●原作:川端康成●時早稲田通りビル.jpgACTミニ・シアター.jpgACTミニ・シアター2.jpg間:70分(現存59分)●出演:井上正夫/中川芳江/飯島綾子/根本弘/関操/高勢実乗/高松恭助/坪井哲/南栄子●公開:1926/09●配給:衣笠映画連盟(新感覚派映画連盟)●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-10-28)(評価:★★★?)●併映:「十字路」(衣笠貞之助)


「マラー/サド」(「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントレ精神病院の患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」)●原題:MARAT/SADE(The Persecution and Assassination of Jean-paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis De Sade)●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:ピーター・ブルック●脚本:ペーター・ヴァイス/エイドリアン・ミ三鷹オスカー.jpgッチェル/ジェフリー・スケルトン●撮影:デヴィッド・ワトキン●音楽:リチャード・ピアスリー●原作:ペーター・ヴァイスマラー/サド.bmp●時間:119分●出演:パトリック・マギー/グレンダ・ジャクソン/イアン・リチャードソン/マイケル・ウィリアムズ/クリフォード・ローズ/フレディ・ジョーンズ/ヒュー・サリバン/ジョン・ハッシー/ウィリアム・モーガン・シェパード/ジョナサン・バーン/ジャネット・ランディス●日本公開:1968/11●配給:ユナイト=ATG●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-08)(評価:★★★?)●併映:「叫びとささやき」(イングマル・ベルイマン)
輸入盤DVD
Glenda Jackson       
グレンダ・ジャクソン.jpg Glenda Jackson brilliant as Charlotte Corday in the Peter Brooke production of Peter Weis's Marat Sade

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「●黒澤 明 監督作品」の インデックッスへ「●「ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞」受賞作」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●小国 英雄 脚本作品」の インデックッスへ「●橋本 忍 脚本作品」の インデックッスへ 「●早坂 文雄 音楽作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●伊福部 昭 音楽作品」の インデックッスへ(「十三人の刺客」)「●志村 喬 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●三船 敏郎 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●東野 英治郎 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●加東 大介 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●宮口 精二 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●土屋 嘉男 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●山形 勲 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●仲代 達矢 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」)「●加藤 武 出演作品」の インデックッスへ(「七人の侍」「●か行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●嵐 寛寿郎/片岡 千恵蔵 出演作品」の インデックッスへ(「十三人の刺客」)「●丹波 哲郎 出演作品」の インデックッスへ(「十三人の刺客」) 「●西村 晃 出演作品」の インデックッスへ(「十三人の刺客」)「●富司 純子(藤 純子) 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○東宝DVD名作セレクション(黒澤明監督作品)(「七人の侍」)

シリーズ中では充実した内容。回答者のコメントが楽しい。中上級編の注目は「十三人の刺客」。

大アンケートによる日本映画ベスト150 0_.jpg 七人の侍 志村喬.jpg  洋・邦名画ベスト1501.JPG
大アンケートによる日本映画ベスト150 (文春文庫―ビジュアル版)』/「七人の侍」/『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』 (表紙イラスト:共に安西水丸

 『大アンケートによる日本映画ベスト150』は、同じ「文春文庫ビジュアル版」の『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年)の続編で、この映画シリーズはこの後、

大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150  .jpg ◆『大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150』 〔'90年〕
 ◆『洋画・邦画ラブシーンベスト150』 〔'90年〕
 ◆『大アンケートによるミステリー・サスペンス洋画ベスト150』 〔'91年〕
 ◆『ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー』 〔'91年〕
 ◆『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』 〔'92年〕
 ◆『大アンケートによる男優ベスト150』 〔'93年〕
 ◆『戦後生まれが選ぶ洋画ベスト100』 〔'95年〕

映画イヤーブック1994.jpgと続いています。これらの内の何冊かは、'90年代に毎年刊行されていた現代教養文庫(版元の社会思想社は倒産)の『映画イヤーブック』と共に愛読・活用させてもらいました。角川文庫にも『日本映画ベスト200』('90年)などのアンケート・シリーズがありますが、「ビジュアル版」と謳っている文春文庫のシリーズの方が、掲載されているスチール、ポートレート、ポスターの量と質で、角川文庫のものを上回っています。

Shichinin no samurai(1954).jpg七人の侍 パンフ.jpg7samurai.jpg 本書『邦画ベスト150』には、赤瀬川順・長部日出雄・藤子不二雄A氏らの座談会や、映画通が選んだジャンル別のマイベスト、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」といった興味深い企画もありますが、メインの「ベスト150」は、1位が「七人の侍」で、以井上ひさしs.jpg下「東京物語」「生きる」「羅生門」「浮雲」と続く"まともな"ラインアップとなっています。また、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」も、第1位が「七人の侍」で、あと「天国と地獄」「生きる」と黒澤作品が続きます(因みに「七人の侍」は、1954年度「キネマ旬報ベストテン」第3位だったが、本書の10年後発表の「キネマ旬報オールタイムベスト・ベスト100日本映画編(1999年版)」では第1位(下段参照))
Shichinin no samurai(1954)  「七人の侍」('63年/東宝)

七人の侍 1954.jpg「七人の侍」.jpg 「七人の侍」の「1位」には、個人的にもほぼ異論を挟む余地が無いという気がします。先にジョン・スタージェス監督の「荒野の七人」('60年/米)を観てオリジナルであるこの作品も早く観たいと思っていたですが、観るのなら絶対に劇場でと思い、リヴァイバル上映を待ちに待って、結局'90年代にニュープリント、リニューアル・サウンドの完全オリジナル版が15年ぶりに公開されたのを機にやっと観ました。渋谷のロードショーシアターへ、休日の昼間ではおそらく行列に並ぶことになるだろうと思い、冬の日の朝一番なら多少すいているかもしれないと思って観にいったら、観客多数のため上映館が急遽変更されていて、渋谷の街中(まちなか)を走った思い出があります。

『七人の侍』(1954) .jpg 「荒野の七人」もいい映画ではあるものの、やはりオリジナルは遥かにそれを凌ぐレベルの作品だったことを実感しました。アクション映画としても傑作ですが、脚本面でも思想性という面でも優れた作品だと思い七人の侍n.jpgます(2018年10月29日、英BBCが最も偉大な外国語映画100本を発表、世界43の国と地域の映画評論家209人が挙げたベストテンをポイント別に集計して順位が付けられているそうで、その第1位に「七人の侍」が選ばれた[当ページ再下段参照])
三船敏郎(菊千代)/土屋嘉男(利吉)

 因みに、本書における(同じくアンケートによる)「男優ベスト10」「女優ベスト10」は次の通りとなっています。
 男優ベスト10:1位・坂東妻三郎、2位・高倉健、3位・笠智衆、4位・三船敏郎、5位・三國連太郎、6位・森雅之、7位・志村喬、8位・石原裕次郎、9位・市川雷蔵、10位・緒形拳
 女優ベスト10:1位・原節子、2位・吉永小百合、3位・高峰秀子、4位・田中絹代、5位・岩下志麻、6位・京マチ子、7位・山田五十鈴、8位・若尾文子、9位・岸恵子、10位・藤純子

阪東妻三郎3.jpg(ウィキペデイアの「坂東妻三郎」の項に、「1989年(平成元年)に文春文庫ビジュアル版として『大アンケートによる日本映画ベスト150』という一書が刊行されたが、文中372人が選んだ「個人編男優ベストテン」の一位は阪妻だった。死後35年余りを経て、なおこの結果だった」とある。)

        
日本映画 洋・邦名画ベストベスト150.JPG 姉妹書である『洋画ベスト150』もそうですが、映画通と言われる特定の映画にこだわりを持った人々からアンケートをとったとしても、それらを全部を集計してしまうと、一般の映画ファンのアンケート結果とそう変わらないものになるという印象を受けます。そこで、「人目にふれにくい傑作」にテーマを絞った『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』が企画されたのは「むべなるかな」という感じがします。

Jûsan-nin no shikaku (1963)「十三人の刺客」
Jûsan-nin no shikaku (1963).jpg十三人の刺客.jpg 『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』の方では、「日本映画ベスト44」の1位が工藤栄一(1929‐2000)監督の「十三人の刺客」、「外国映画ベスト109」の1位は「マダムと泥棒」となっていて、「七人の侍」は前述の通り個人的にも大傑作だと思いますが、「七人の侍」がこれほど賞賛されるならば「十三人の刺客」ももっと注目されるべきであるし、ヒッチコック(個人的は好きな監督)の作品に人気が集まるならば、「マダムと泥棒」も見て!という印象は確か受けます。

十三人の刺客 1963ド.jpg十三人の刺客 1963 片岡 内田.jpg 「十三人の刺客」は、将軍の弟である明石藩主というのが実は異常性格気味の暴君で、事情を知らない将軍が彼を老中に抜擢する話が持ち上がったために、筆頭老中が暴君排除を決意し、暗殺の密命を旗本島田新左衛門に下すというもの。
片岡千恵蔵(島田新左衛門)/内田良平(鬼頭半兵衛)

「十三人の刺客」 ('63年/東映)
十三人の刺客s.jpg十三人の刺客dvd.jpg 片岡千恵蔵演ずる島田新左衛門が集めた刺客は12人で、参勤交代の道中の藩主を襲うが、対する明石藩士は53名。この、2勢力の武士が、何か2匹の生き物のように画面狭しと動き回って、時代劇というよりまさにアクション映画。そうした点では「七人の侍」と見比べると、また違った味があります(脚本の「池上金男」は今年['07年]5月に亡くなった、後に『四十七人の刺客』で新田次郎文学賞を受賞する池宮彰一郎(1923-2007/享年83)。音楽は「ゴジラ」の伊福部昭!)。
十三人の刺客 [DVD]

十三人の刺客 工藤栄一.jpg 本書にもあるように、アクション映画は、シチュエーションを単純にしてディテールに凝ったほうが面白いと言うその典型で、ラストの30分にわたるリアルな決戦シーンとそこに至るまでの作戦の積み重ねは、「早すぎた傑作」と呼ばれるにふさわしく、公開当時はあまり評価されなかったとのこと。大体、時代物に疎く、かなり後になってビデオで観たのですが、劇場で観たかったです(オールド・プリントで、ちょっと画面が暗い。DVDの方はどうなのだろうか(2019年にNHK-BSプレミアムで放映されたものを観たが、クリアな画像だった)

木村 功(岡本勝四郎)・土屋嘉男(利吉)・志村 喬(島田勘兵衛) /宮口精二(久蔵)/加東大介(七郎次)
「七人の侍」 志村喬 土屋嘉男 木村功.jpg宮口精二 七人の侍2.jpg七人の侍 加東大介.jpg「七人の侍」●制作年:1963年●監督:黒澤明●製作:本木莊二郎●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄●時間:207分●出演: 志村喬/三船敏郎/木村功/稲葉義男七人の侍 仲代達矢ekisutora .jpg加東大介/千秋実/宮口精二/藤原釜足/津島恵子/土屋嘉男/小杉義男/左卜全/高堂国典/東野英治郎/島崎雪子/山形勲/渡辺篤/千石規子/堺左千夫/千葉一郎/本間文子/安芸津広/多々良七人の侍f23.jpg純/小川虎之/熊谷二良/上田吉二郎/谷晃/中島春雄/(以下、エキストラ出演)仲代達矢(右写真)/宇津井健/加藤武●公開:1954/04●配給:東宝 ●最初に観た場所:渋谷東宝(渋東シネタワー4)(91-12-01)(評価:★★★★★
東野英治郎(百姓の子供を人質にとって小屋に立て籠った盗人)
千秋 実(林田平八)/稲葉義男(片山五郎兵衛)/山形 勲(鉄扇の浪人―腕は立つが七人には加わらない)
林田平八(千秋 実).jpg 片山五郎兵衛(稲葉義男).jpg 鉄扇の浪人(山形 勲).jpg

Shibutoh_Cine_Tower.JPG渋東シネタワービル(シネタワー1・2・3・4)

渋東シネタワー 1991(平成3)年7月6日、「渋谷東宝会館」を「渋東シネタワー」と改称し、4スTOHOCINEMAS_Shibuya.JPGクリーンに増設して再オープン。シネタワー1(606席)、シネタワー2(790席)、シネタワー3(342席)、シネタワー4(248席)。2011(平成23)年、上層TOHOシネマズ渋谷 .jpg階にあったシネタワー1と2を閉鎖・改装し、同年7月15日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1・2・3・4がオープン。次いで下層階のシネタワー3・4を改装し、同年11月30日にTOHOシネマズ渋谷スクリーン5・6がオープン。


片岡千恵蔵 in「十三人の刺客」
十三人の刺客 片岡.jpg十三人の刺客 嵐.jpg十三人の刺客 西村.jpg「十三人の刺客」●制作年:1963年●監督:工藤栄一●製作:東映京都撮影所●脚本:池上金男●撮影:鈴木重平●音楽:伊福部昭●時間:125分●出演:片岡千恵蔵/里見浩太朗/嵐寛寿郎/阿部九州男/加賀邦男/汐路章/春日俊二/片岡栄二郎/和崎俊哉/西村晃/内田良平/山城十三人の刺客 里見.jpg新伍/丹波哲郎/月形龍之介/菅貫太郎/水島道太郎/沢村精四郎/丘さとみ/藤純子/河原崎長一郎/三島ゆり子/十三人の刺客 丹波.jpg月形龍之介.jpg「十三人の刺客」藤.jpg高松錦之助/神木真寿雄●公開:1963/12●配給:東映(評価:★★★★☆)
丹波哲郎/月形龍之介/藤純子(当時17歳)


●キネマ旬報オールタイムベスト・ベスト100日本映画編(1999年版)
1七人の侍 黒澤明

2浮雲 成瀬巳喜男
3飢餓海峡 内田吐夢
3東京物語 小津安二郎
5幕末太陽伝 川島雄三
5羅生門 黒澤明
7赤い殺意 今村昌平
8仁義なき戦い 深作欣二
8二十四の瞳 木下恵介
10雨月物語 溝口健二
11生きる 黒澤明
11西鶴一代女 溝口健二
13真空地帯 山本薩夫
13切腹 小林正樹
13太陽を盗んだ男 長谷川和彦
13となりのトトロ 宮崎駿
13泥の河 小栗康平
18人情紙風船 山中貞雄
18無法松の一生 稲垣浩
18用心棒 黒澤明
21蒲田行進曲 深作欣二
21少年 大島渚
21月はどっちに出ている 崔洋一
21麦秋 小津安二郎
21復讐するは我にあり 今村昌平
26家族ゲーム 森田芳光
26砂の器 野村芳太郎
26青春残酷物語 大島渚
26人間の条件 小林正樹
26また逢う日まで 今井正
31一条さゆり 濡れた欲情 神代辰巳
31キューポラのある街 浦山桐郎
31けんかえれじい 鈴木清順
31幸せの黄色いハンカチ 山田洋次
31Shall we ダンス? 周防正行
31にっぽん昆虫記 今村昌平
31夫婦善哉 豊田四郎
38愛を乞うひと 平山秀幸
38赫い髪の女 神代辰巳
38遠雷 根岸吉太郎
38仁義の墓場 深作欣二
38ソナチネ 北野武
38天国と地獄 黒澤明
38日本のいちばん長い日 岡本喜八
38日本の夜と霧 大島渚
38野良犬 黒澤明
38ゆきゆきて、神軍 原一男
38竜二 川島透
49安城家の舞踏会 吉村公三郎
49おとうと 市川崑
49隠し砦の三悪人 黒澤明
49十三人の刺客 工藤栄一
49近松物語 溝口健二
49もののけ姫 宮崎駿
55青い山脈 今井正
55神々の深き欲望 今村昌平
55キッズ・リターン 北野武
55櫻の園 中原俊
55青春の殺人者 長谷川和彦
55台風クラブ 相米慎二
55丹下左膳余話・百万両の壷 山中貞雄
55天使のはらわた 赤い教室 曾根中生
55楢山節考 木下恵介
55野菊のごとき君なりき 木下恵介
55宮本武蔵 五部作 内田吐夢
55竜馬暗殺 黒木和雄
67赤線地帯 溝口健二
67赤ひげ 黒澤明
67駅・STATION 降旗康男
67恋人たちは濡れた 神代辰巳
67サード 東陽一
67細雪 市川崑
67三里塚 辺田部落 小川紳介
67青春の蹉跌 神代辰巳
67日本の悲劇 木下恵介
67の・ようなもの 森田芳光
67裸の島 新藤兼人
67張り込み 野村芳太郎
67乱れ雲 成瀬巳喜男
67約束 斎藤耕一
67野獣の死すべし 村川透
82愛のコリーダ 大島渚
82赤ちょうちん 藤田敏八
82赤西蠣太 伊丹万作
82悪魔の手鞠唄 市川崑
82稲妻 成瀬巳喜男
82鴛鴦歌合戦 マキノ正博
82お葬式 伊丹十三
82影武者 黒澤明
82火宅の人 深作欣二
82カルメン故郷に帰る 木下恵介
82きけわだつみの声 関川秀雄
82CURE 黒沢清
82沓掛時次郎 遊侠一匹 加藤泰
82蜘蛛巣城 黒澤明
82狂った果実 中平康
82午後の遺言状 新藤兼人
82秋刀魚の味 小津安二郎
82次郎長三国志 マキノ雅弘
82新宿泥棒日記 大島渚
82砂の女 勅使河原宏
82素晴らしき日曜日 黒澤明
82戦場のメリークリスマス 大島渚
82Wの悲劇 澤井信一郎
82忠次旅日記・全三部 伊藤大輔
82ツィゴイネルワイゼン 鈴木清順
82椿三十郎 黒澤明
82東海道四谷怪談 中川信夫
82どついたるねん 阪本順治
82肉弾 岡本喜八
82日本春歌考 大島渚
82人間蒸発 今村昌平
82八月の濡れた砂 藤田敏八
82笛吹川 木下恵介
82豚と軍艦 今村昌平
82真昼の暗黒 今井正
82めし 成瀬巳喜男
82酔いどれ天使 黒澤明
82私が棄てた女 浦山桐郎


●英BBC・最も偉大な外国語映画100本(2018年)
日本映画の順位と全体の順位

1. 七人の侍       (黒澤明 1954)
3. 東京物語       (小津安二郎 1953)
4. 羅生門        (黒澤明 1950)
37. 千と千尋の神隠し (宮崎駿 2001)
53. 晩春       (小津安二郎 1949)
61. 山椒大夫     (溝口健二 1954)
68. 雨月物語     (溝口健二 1953)
72. 生きる      (黒澤明 1952)
79. 乱        (黒澤明 1985)
88. 残菊物語     (溝口健二 1939)
95. 浮雲       (成瀬巳喜男 1955)
 
1. Seven Samurai (Akira Kurosawa, 1954) 七人の侍
2. Bicycle Thieves (Vittorio de Sica, 1948) 自転車泥棒
3. Tokyo Story (Yasujiro Ozu, 1953) 東京物語
4. Rashomon (Akira Kurosawa, 1950) 羅生門
5. The Rules of the Game (Jean Renoir, 1939) ゲームの規則
6. Persona (Ingmar Bergman, 1966) 仮面/ペルソナ
7. 8 1/2 (Federico Fellini, 1963) 8 1/2
8. The 400 Blows (Francois Truffaut, 1959) 大人は判ってくれない
9. In the Mood for Love (Wong Kar-wai, 2000) 花様年華
10. La Dolce Vita (Federico Fellini, 1960) 甘い生活
11. Breathless (Jean-Luc Godard, 1960) 勝手にしやがれ
12. Farewell My Concubine (Chen Kaige, 1993) さらば、わが愛/覇王別姫
13. M (Fritz Lang, 1931) M
14. Jeanne Dielman, 23 Commerce Quay, 1080 Brussels (Chantal Akerman, 1975) ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン
15. Pather Panchali (Satyajit Ray, 1955) 大地のうた
16. Metropolis (Fritz Lang, 1927) メトロポリス
17. Aguirre, the Wrath of God (Werner Herzog, 1972) アギーレ/神の怒り
18. A City of Sadness (Hou Hsiao-hsien, 1989) 悲情城市
19. The Battle of Algiers (Gillo Pontecorvo, 1966) アルジェの戦い
20. The Mirror (Andrei Tarkovsky, 1974) 鏡
21. A Separation (Asghar Farhadi, 2011) 別離
22. Pan's Labyrinth (Guillermo del Toro, 2006) パンズ・ラビリンス
23. The Passion of Joan of Arc (Carl Theodor Dreyer, 1928) 裁かるるジャンヌ
24. Battleship Potemkin (Sergei M Eisenstein, 1925) 戦艦ポチョムキン
25. Yi Yi (Edward Yang, 2000) ヤンヤン 夏の想い出
26. Cinema Paradiso (Giuseppe Tornatore, 1988) ニュー・シネマ・パラダイス
27. The Spirit of the Beehive (Victor Erice, 1973) ミツバチのささやき
28. Fanny and Alexander (Ingmar Bergman, 1982) ファニーとアレクサンデル
29. Oldboy (Park Chan-wook, 2003) オールド・ボーイ
30. The Seventh Seal (Ingmar Bergman, 1957) 第七の封印
31. The Lives of Others (Florian Henckel von Donnersmarck, 2006) 善き人のためのソナタ
32. All About My Mother (Pedro Almodovar, 1999) オール・アバウト・マイ・マザー
33. Playtime (Jacques Tati, 1967) プレイタイム
34. Wings of Desire (Wim Wenders, 1987) ベルリン・天使の詩
35. The Leopard (Luchino Visconti, 1963) 山猫
36. La Grande Illusion (Jean Renoir, 1937) 大いなる幻影
37. Spirited Away (Hayao Miyazaki, 2001) 千と千尋の神隠し
38. A Brighter Summer Day (Edward Yang, 1991) 牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件
39. Close-Up (Abbas Kiarostami, 1990) クローズ・アップ
40. Andrei Rublev (Andrei Tarkovsky, 1966) アンドレイ・ルブリョフ
41. To Live (Zhang Yimou, 1994) 活きる
42. City of God (Fernando Meirelles, Katia Lund, 2002) シティ・オブ・ゴッド
43. Beau Travail (Claire Denis, 1999) 美しき仕事
44. Cleo from 5 to 7 (Agnes Varda, 1962) 5時から7時までのクレオ
45. L'Avventura (Michelangelo Antonioni, 1960) 情事
46. Children of Paradise (Marcel Carne, 1945) 天井桟敷の人々
47. 4 Months, 3 Weeks and 2 Days (Cristian Mungiu, 2007) 4ヶ月、3週と2日
48. Viridiana (Luis Bunuel, 1961) ビリディアナ
49. Stalker (Andrei Tarkovsky, 1979) ストーカー
50. L'Atalante (Jean Vigo, 1934) アタラント号
51. The Umbrellas of Cherbourg (Jacques Demy, 1964) シェルブールの雨傘
52. Au Hasard Balthazar (Robert Bresson, 1966) バルタザールどこへ行く
53. Late Spring (Yasujiro Ozu, 1949) 晩春
54. Eat Drink Man Woman (Ang Lee, 1994) 恋人たちの食卓
55. Jules and Jim (Francois Truffaut, 1962) 突然炎のごとく
56. Chungking Express (Wong Kar-wai, 1994) 恋する惑星
57. Solaris (Andrei Tarkovsky, 1972) 惑星ソラリス
58. The Earrings of Madame de... (Max Ophuls, 1953) たそがれの女心
59. Come and See (Elem Klimov, 1985) 炎628
60. Contempt (Jean-Luc Godard, 1963) 軽蔑
61. Sansho the Bailiff (Kenji Mizoguchi, 1954) 山椒大夫
62. Touki Bouki (Djibril Diop Mambety, 1973) トゥキ・ブゥキ/ハイエナの旅
63. Spring in a Small Town (Fei Mu, 1948) 田舎町の春
64. Three Colours: Blue (Krzysztof Kieslowski, 1993) トリコロール/青の愛
65. Ordet (Carl Theodor Dreyer, 1955) 奇跡
66. Ali: Fear Eats the Soul (Rainer Werner Fassbinder, 1973) 不安は魂を食いつくす
67. The Exterminating Angel (Luis Bunuel, 1962) 皆殺しの天使
68. Ugetsu (Kenji Mizoguchi, 1953) 雨月物語
69. Amour (Michael Haneke, 2012) 愛、アムール
70. L'Eclisse (Michelangelo Antonioni, 1962) 太陽はひとりぼっち
71. Happy Together (Wong Kar-wai, 1997) ブエノスアイレス
72. Ikiru (Akira Kurosawa, 1952) 生きる
73. Man with a Movie Camera (Dziga Vertov, 1929) これがロシヤだ(別題:カメラを持った男)
74. Pierrot Le Fou (Jean-Luc Godard, 1965) 気狂いピエロ
75. Belle de Jour (Luis Bunuel, 1967) 昼顔
76. Y Tu Mama Tambien (Alfonso Cuaron, 2001) 天国の口、終りの楽園。
77. The Conformist (Bernardo Bertolucci, 1970) 暗殺の森
78. Crouching Tiger, Hidden Dragon (Ang Lee, 2000) グリーン・デスティニー
79. Ran (Akira Kurosawa, 1985) 乱
80. The Young and the Damned (Luis Bunuel, 1950) 忘れられた人々
81. Celine and Julie go Boating (Jacques Rivette, 1974) セリーヌとジュリーは舟でゆく
82. Amelie (Jean-Pierre Jeunet, 2001) アメリ
83. La Strada (Federico Fellini, 1954) 道
84. The Discreet Charm of the Bourgeoisie (Luis Bunuel, 1972) ブルジョワジーの秘かな愉しみ
85. Umberto D (Vittorio de Sica, 1952) ウンベルト・D
86. La Jetee (Chris Marker, 1962) ラ・ジュテ
87. The Nights of Cabiria (Federico Fellini, 1957) カビリアの夜
88. The Story of the Last Chrysanthemum (Kenji Mizoguchi, 1939) 残菊物語
89. Wild Strawberries (Ingmar Bergman, 1957) 野いちご
90. Hiroshima Mon Amour (Alain Resnais, 1959) 二十四時間の情事
91. Rififi (Jules Dassin, 1955) 男の争い
92. Scenes from a Marriage (Ingmar Bergman, 1973) ある結婚の風景
93. Raise the Red Lantern (Zhang Yimou, 1991) 紅夢
94. Where Is the Friend's Home? (Abbas Kiarostami, 1987) 友だちのうちはどこ?
95. Floating Clouds (Mikio Naruse, 1955) 浮雲
96. Shoah (Claude Lanzmann, 1985) ショア
97. Taste of Cherry (Abbas Kiarostami, 1997) 桜桃の味
98. In the Heat of the Sun (Jiang Wen, 1994) 太陽の少年
99. Ashes and Diamonds (Andrzej Wajda, 1958) 灰とダイヤモンド
100. Landscape in the Mist (Theo Angelopoulos, 1988) 霧の中の風景

(The 100 greatest foreign-language films)

《読書MEMO》
個人的に特に良かった日本映画49本['22年]
良かった映画49.jpg

「●や 山本 周五郎」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1150】 山本 周五郎 『青べか物語
「●黒澤 明 監督作品」の インデックッスへ 「●か行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●「山路ふみ子映画賞」受賞作」の インデックッスへ (「雨あがる」)「●小国 英雄 脚本作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」「雨あがる」)「●佐藤 勝 音楽作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」「雨あがる」)「●三船 敏郎 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」)「●志村 喬 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」)「●仲代 達矢 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」「雨あがる」) 「●小林 桂樹 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」)「●土屋 嘉男 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」)「●田中 邦衛 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」) 「●平田 昭彦 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」)「●伊藤 雄之助 出演作品」の インデックッスへ(「椿三十郎」) 「●井川 比佐志 出演作品」の インデックッスへ(「雨あがる」)「●原田 美枝子 出演作品」の インデックッスへ(「雨あがる」)「●吉岡 秀隆 出演作品」の インデックッスへ(「雨あがる」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○東宝DVD名作セレクション(黒澤明監督作品)(「椿三十郎」)

「雨あがる」の主人公と似ている「日日平安」(「椿三十郎」の原作)の主人公。

雨あがる 山本周五郎短篇傑作選.jpg 日日平安.jpg    椿三十.bmp 「椿三十郎」1962.jpg
雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』 〔'99年〕/『日日平安』 新潮文庫/「椿三十郎 [DVD]

 『雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』('99年/角川書店)は、山本周五郎(1903‐1967)の時代小説のうち、「日日平安」「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」「雨あがる」の4編を所収し、これらは何れも黒澤明(1910-1998)監督が映画化した、或いは映画化しようとして脚本化していたものにあたります。

椿三十郎 三船 仲代.jpg椿三十郎パンフ.jpg 「日日平安」は、映画「椿三十郎」('62年/黒澤プロ=東宝)の原作('54(昭和29)年7月「サンデー毎日涼風特別号」発表)で、城代家老を陥れようとする次席家老ら奸臣たちに対し、城代の危難を救うべく起ち上がった若い侍たちを素浪人が助太刀するというストーリーは映画と同じ。但し、原作の助太刀浪人・菅田平野は、映画の椿三十郎のような神がかり的剣豪ではなく(映画の中の三船敏郎と仲代達矢の"噴血"決闘シーンは有名だが、原7 椿三十郎.jpg作にこうした決闘場面は無い)、どちらかと言うと、切羽詰ると知恵を絞って苦境を乗り切るタイプで、未熟な若侍たちをリードしながらも、結構自分自身も窮地においては焦りまくっていたりします。

「椿三十郎」 (黒澤プロ=東宝)
「椿三十郎」.jpg『椿三十郎』(1962).jpg 城代のグループを手助けすることになったついでに、あわよくば仕官が叶えばと思っているくせに、城代の救出が成ると自ら姿を消すという美意識の持ち主で、それでも一方で、誰か追っかけて来て呼び止めてくれないかなあなんて考えている、こうした等身大の人物像がユーモラスに描かれていて、読後感もいいです。
小林佳樹 椿三十郎.jpg 小林桂樹
Tsubaki Sanjûrô(1962)
椿三十郎ポスター.jpg椿三十郎 mihune.jpg 黒澤明は最初は原作に忠実に沿って、やや脆弱な人物像の主人公として脚本を書いたのですが、映画会社に採用されず、その後映画「用心棒」('61年)が大ヒットし椿三十郎 shimura.jpgたためその続編に近いものを要請されて、一度はオクラになっていた脚本を、「用心棒」で三船が演じた桑畑三十郎のイメージに合わせて「剣豪」時代劇風に脚色し直したそうで、ついでに主人公の名前まで「菅田平野」→「椿三十郎」と、前作に似せたものに変えたわけです(映画の中では、主人公が自分でテキトーに付けた呼び名とされている)。

 原作に大幅に手を加えて原作をダメにしてしまう監督や脚本家は多くいますが、黒澤明の場合は第一級のエンタテインメントに仕上げてみせるから立派としか言いようがなく(この作品は昭和47年のお正月映画だった)、「原作を捻じ曲げて云々...」といった類のケチをつける隙がありません。

雨あがる.jpg 黒澤明の没後に小泉堯史監督により映画化された「雨あがる」('99年/東宝)の原作「雨あがる」('51(昭和26)年7月「サンデー毎日涼風特別号」発表)の主人公・三沢伊兵衛(みさわいへい)も浪人ですが、こちらは柔術などもこなすホンモノの剣豪で、ただし、腕を生かして仕官したいのはやまやまだが、人を押しのけてまで仕官するぐらいなら妻のおたよと仲良く暮らせればそれでいいという人物。人助けの際に見せた自分の腕前が見込まれて士官が叶いそうになるが...。

雨あがる 特別版 [DVD]

雨あがる 00.jpg 映画化作品の方は、28年間にわたって黒澤の助手を務めたという経歴を持つ小泉堯史監督の監督デビュー作で、スタッフ・キャストを含め「黒澤組」が結集して作った作品でもあり、冒頭に「この映画を黒澤明監督に捧げる」とあります。

雨あがる01.jpg 元が中編でそれを引き延ばしているだけに、良く言えばじっくり撮っていると言えますが、ややスローな印象も。伊兵衛を演じた寺尾聡は悪くなかったけれど、脇役陣(エキストラ級の端役陣)のセリフが「学芸会」調だったりして、黒澤明監督ならこんな演技にはOKを出さないだろうと思われる場面がいくつかありました。
  
i雨あがる.jpg 日本アカデミー賞において最優秀作品賞、最優秀脚本賞(故・黒澤明)、最優秀主演男優賞(寺尾聡)、最優秀助演女優賞(原田美枝子)、最優秀音楽賞(佐藤勝)、最優秀撮影賞(上田正治)、最優秀照明賞(佐野武治)、最優秀美術賞(村木与四郎)の8部門の最優秀賞を獲得。但し、個人的には、セリフの一部が現代語っぽくなっている部分もあり、それが少し気になりました。これは黒澤作品でもみられますが(そもそも、この作品の脚本は黒澤自身)、黒澤監督作品の場合、骨太の演出でカバーして不自然さを感じさせないところが、この映画では、先のエキストラ級の端役陣の「学芸会」調のセリフも含め、そうした勢いが感じられませんでした。そのため、そうした不自然さが目立った印象を受けたように個人的には感じました。

44『道場破り』.jpg 因みに、この「雨あがる」は、60年代に内川清一郎監督により「道場破り」('64年/松竹)として映画化されており、脚本は「椿三十郎」と後の「雨あがる」の両作品にも関与している小国英雄。三沢伊兵衛役はこの作品が映画初主演だった長門勇。主人公の三沢伊兵衛は藩主の側室になるよう無理強いされていた家老の息女・妙(たえ)(岩下志麻)を連れて逐電し、追っ手に狙われながらも関所を越えられず宿場に潜み、剣の腕前を利用して、悪い心得と知りながらも道場破りを行い、関所越えにつかう賄賂のためにまとまった金子(きんす)をつくろうとする―という話に改変されていて、原作から大幅改変と言っていいかと思いますが、三沢伊兵衛という人間の精神性といったものは活かされていたように思います。
内川 清一郎 「道場破り」 (1964/01 松竹) ★★★★

 映画の「椿三十郎」と「雨あがる」の主人公は、剣豪という意味では同じであるものの人物造型はかなり違っている感じがしましたが、それぞれの原作においては、片や脆弱、片や剣豪、ただし、ついつい人助けをする人の良さや、自分の腕前や手柄に自分自身何となく気恥ずかしさのようなものを持っている点で、かなり通じる部分があるキャラクターだと言えるのではないでしょうか。また、こうした人物像に対する愛着が、山本周五郎と黒澤明の共通項としてあるような気がします。

三船敏郎、土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛  
椿三十郎4b0.jpg仲代達矢 椿三十郎.jpg「椿三十郎」●制作年:1962年●製作:東宝・黒澤プロダクション●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮>影:小泉福造/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「日日平安」●時間:96分●出演:三船敏郎/仲代達矢/司葉子/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助/久伊藤雄之助 椿三十郎.jpg仲代達矢・三船敏郎 椿三十郎o.jpg三船三十郎と仲代.jpg明/太刀川寛/土屋嘉男/田中邦衛/江原達怡/平田昭彦/小川虎之助/堺左千夫/松井鍵三/樋口年子/波里達彦/佐田豊/清水元/大友伸/広瀬正一/大橋史典●劇場公開:1962/01●配給:東宝(評価★★★★☆)

三船敏郎/仲代達矢

「椿三十郎」若侍.jpg
     
雨あがる-Press01.JPG雨あがるes.jpg「雨あがる」●制作年:2000年●製作:黒澤久雄/原正人●監督:小泉堯史●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:上田正治●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「雨あがる」●時間:96分●出演:寺尾聰/宮崎美子/三船史郎/吉岡秀隆/仲代達矢/原雨あがる 辻月丹 仲代達矢1.jpg田美枝子/井川比佐志/檀ふみ/大寶智子/松村達雄/奥村公延/頭師孝雄/山口馬木也/森塚敏/犬山半太夫/鈴木美恵/児玉謙次/加藤隆之/森山祐子/下川辰平●劇場公開:2000/01●配給:東宝(評価★★★)
仲代達矢(剣豪・辻月丹)
「雨あがる図1.jpg

 「雨あがる」...【1956年単行本〔同光社〕/2008年文庫化[時代小説文庫]】 「日日平安」...【1958年単行本〔角川書店〕/1965年文庫化・1989年・2003年改版〔新潮文庫〕/2006年再文庫化[ハルキ文庫→時代小説文庫]/2020年文庫化[講談社文庫(『雨あがる―映画化作品集』)]】

《読書MEMO》
●「日日平安」...1954(昭和29)年発表 ★★★★
●「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」...1956(昭和31)年発表 ★★★
●「雨あがる」...1951(昭和26)年発表 ★★★★

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「数式」と「阪神タイガース」。モチーフの組み合わせの新鮮さ。

博士の愛した数式 帯.jpg博士の愛した数式.jpg
妊娠カレンダー2.jpg 博士の愛した数式 2.jpg  
博士の愛した数式』['03年/新潮社・'05年/新潮文庫]『妊娠カレンダー』['91年/文藝春秋]「博士の愛した数式」['06年] 寺尾聰/深津絵里

博士の愛した数式 2003 読文.jpg博士の愛した数式 2003 honnya.jpg シングルマザーの家政婦である主人公が派遣された家には、事故の後遺症で記憶が80分しか持たないという数学博士がいて、ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる―。

 2003(平成15)年度・第55回「読売文学賞」受賞作ですが、第1回「本屋大賞」(1位=大賞)も受賞していて、こちらの方が記念すべき受賞という感じではないでしょうか。また、それにふさわしい本だと思いました(因みに、2003年から始まった、紀伊国屋書店の書店スタッフが選ぶベスト書籍「キノベス」でも第1位に選ばれている)。

 映画にもなるなど話題になった作品であり、主人公と博士の心の通い合いが主に描かれているのだと思って読み始めましたが、途中から、博士の主人公の息子に対する愛情に焦点が当たっている感じがし、それを見守る主人公の視線の温かさ、主人公自身が癒されている感じがいいです。

 博士は80分しか記憶が持続しないわけだから、息子とは(主人公ともそうだが)毎日"初対面"の関係であるわけで、それだけに、博士の息子に対する愛情に深い普遍性を感じます。

 一方で、「海馬」を損傷したりすればそうした状態になることがあるのは知られていることですが(海馬の損傷で一番重度の症状は「陳述的記憶」が全て飛んでしまうというものであり、学術的には海馬は「宣言的記憶」の固定に関わるとされている)、新しい記憶は全く博士の中では作られていないのか、結局は主人公のことも息子のことも翌日になればすべて博士の頭の中には何も残っていないのか―といったことを、博士と過去の記憶を共有し、またそのことを自負している義姉と主人公との対峙において考えてしまいました。そもそも、記憶とは何か―。

妊娠カレンダー.jpg 以前に芥川賞受賞作の『妊娠カレンダー』('91年/文藝春秋)を読んで、文学少女版「ローズマリーの赤ちゃん」みたいに思え、芥川賞狙いとか言う依然に好みが合わず、あまりいいとは思わなかったのですが、いつの間にか力をつけていたという感じ(当初から力はあったが、自分の見る眼が無かったのか?)。

妊娠カレンダー (文春文庫)』 ['94年]

 『博士の愛した数式』は一種のファンタジーとも言える作品なのかもしれないけれども、「素数」「友愛数」「完全数」「オイラーの公式」といった数学的モチーフと'92年の阪神タイガースのペナントレースを上手く物語に取り込んでいて、この組み合わせの"新鮮さ"とそれぞれぞれの"深さ"には、大いに惹き込まれました。

博士の愛した数式 1シーン.jpg 映画化作品は「雨あがる」('00年/東宝)の小泉堯史監督、寺尾聰、深津絵里主演で、原作の終わりで主人公の"私"が"博士"を見舞った際に息子の"ルート"が「学校の先生になった」と告げていることを受けて、ある高校の教室に新しい数学担任となったルート(吉岡秀隆)がやってくるところから始まり、全体が彼の回想譚になっていますが、結果的に原作では1人に集約されていた"私"が、映画では2人(母と息子)いるような感じになって、個人的にはこの構成はしっくりこなかった気がしました。

「博士の愛した数式」('05年/監督・脚本:小泉堯史、出演:寺尾聰/深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆)

博士の愛した数式 1シーン0.jpg 「オイラーの公式」などを映画の中できちんと説明している点などは、原作のモチーフを大事にしたいと考えたのか、ある意味で思い切った選択だったと思いますが(「虚数」って高校の「数Ⅱ」で習っているはずだが殆ど忘れているなあ)、一方で、博士と浅丘ルリ子演じる義姉が薪能を観に行き、そこで博士が無意識的に義姉の手を握るシーンなど原作にない場面もあって、さらには、義姉が自分が博士の事故の原因だったこと、博士との間に出来た赤ん坊を堕したことを主人公に打ち明けるシーンなど、踏み込んだ解釈を入れている分、説明過剰になっている印象も。

博士の愛した数式 dvd.jpg博士の愛した数式 movie.jpg 原作では、博士の記憶保持期間が80分からだんだん短くなっていくことを示して彼の死を示唆していますが、映画では博士と成長した息子がキャッチボールをする回想シーンを入れるなどして、意図的に暗くならないようにした印象も。寺尾聰、深津絵里とも演技達者の役者ですが(寺尾聡が着ていた古着のジャケットは実父・宇野重吉の遺品とのこと)、意外と映像化すると削ぎ落ちてしまう部分が多いように思いました。
博士の愛した数式 [DVD]

博士の愛した数式es.jpg 映画だけ観ればそれはそれで感動するのでしょうが、原作がある種のステップ・ファミリー的な話になっているのに対し、映画は博士を巡っての義姉(浅丘ルリ子)と主人公(深津絵里)の確執と和解の話が前面に出ているように思いました(その分、ピュアな原作に比べ、ややどろっとした印象も)。原作の持ち味を十分に伝えるのが難しい作品だったかもしれないし、浅丘ルリ子という大物女優を起用したことも、映画が原作と違ってしまったことと無関係ではないと思います。

博士の愛した数式ages.jpg博士の愛した数式 3.jpg「博士の愛した数式」●制作年:2006年●監督・脚本:小泉堯史●製作:椎名保●撮影:上田正治/北澤弘之●音楽:加古隆●原作:小川洋子「博士の愛した数式」●時間:117分●出演:寺尾聰/ 深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆/浅丘ルリ子/井川比佐志●公開:2006/01●配給:アスミック・エース(評価:★★★)

 【2005年文庫化[新潮文庫]】

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電機メーカーの人事制度の取材はそれなりに深いが、提案面は肩透かし。

成果主義を超える.jpg    江波戸哲夫.gif    集団左遷2.jpg 集団左遷3.jpg 
成果主義を超える』 文春新書〔'02年〕江波戸哲夫 氏 (作家)「集団左遷」('94年/東映)柴田恭平/中村敦夫

 『集団左遷』('93年/世界文化社)、『部長漂流』('02年/角川書店)などの企業小説や『会社葬送-山一証券最後の株主総会』('01年/新潮社)、『神様の墜落-"そごうと興銀"の失われた10年』('03年/新潮社)などの企業ドキュメントで知られる作家の江波戸哲夫氏が、企業を取材し、各社の成果主義人事制度の現状を分析、考察したものです。

 一般に人事制度の取材・とりまとめは専門のジャーナリストやライターが行うことが多いのですが、著者の取材はそれらに劣らない深さがあり、企業側だけでなく労働者や労働組合のコメントも取っているところにもバランスの良さを感じます。

 ただし、ある時期(2001年前後)のある業界の一定規模以上の企業のみを対象にした分析なので、確かに電機業界はいろいろな面で日本の産業のリーダー的役割を果たしてきた面はありますが(例えば週休2日制を最初に導入した大手企業は「松下」)、これが日本企業全体の動向かと言われると若干の疑問もあります。

 鳴り物入りで導入された新人事制度の中には、一応機能しているものもあれば尻すぼみになっているものもあることがわかり、この辺りの取材はかなり緻密で、個人的には、大企業の人事部の中には、トレンドに合わせて何か新しい制度を入れて、自社適合性のチェックは後回しになっていると言うか、軽んじられている風潮があるのではないかと考えさせられる節もあります。いや、"自社適合"にばかり重きを置いていたら、何も出来ないまま同業他社から遅れていく、という焦りもあるかも。

 著者は、企業がリストラをしつつも根本的には雇用延長を図っていることに着眼し、企業への帰属意識(愛社精神)の効果は確かに見過ごせないとしています。しかしながら結論的には、企業は、年功序列・終身雇用制を弱めて従業員の帰属意識の減退を図りながらも、仕事へのエネルギーを引き出さなければならないという難しい課題を抱えていると...。

 確かにその通りですが、こうしたやや"感想"的結論で終わっているため、タイトルから具体的な"提案"を期待した向きには肩透かしの内容となっていることは否めないと思います。現実は、小説や映画のようなスッキリした締めくくり方にはならないということか...。

集団左遷1.bmp 因みに江波戸氏の小説『集団左遷』('93年/世界文化社)は映画化もされていて、バブル崩壊後に大量の余剰人員を抱えた不動産会社が、新規事業部に余剰人員50人を送り込み、達成不可能な販売目標を課して人員の削減を図るというリストラ計画を実行し、そうした中での50人のリストラ社員たちが逆境に立ち向かっていく姿を描いたものでした。

 梶間俊一監督はヤクザ映画系の出身の人で、テンポはいいし、"成果主義を超えた"かどうかはどもかく、一応"スッキリした締めくくり方"にはなっていますが、そこに至るつくりはやや粗いような気もしました(原作は未読。読めば結構面白いのかも)。

「集団左遷」柴田強兵/高島礼子
i集団左遷 津川雅彦 13.jpg集団左遷2.bmp この映画で第37回ブルーリボン賞男優助演賞などを受賞したのは新規事業部のトップを演じた中村敦夫でしたが、柴田恭平がリストラされた社員のリーダーを熱演していて、この映画で「熱血ビジネスマン」のイメージが定着したとも言えるのではないでしょうか(脚本は'04年に自殺した野沢尚が書いている)。

「集団左遷」●制作年:1994年●製作:東映●監督:梶間俊一●脚本:野沢尚●撮影:鈴木達夫 ●音楽:小玉和之●原作:江波戸哲夫●時間:116分●出演:柴田恭平/中村敦夫/津川雅彦/高島礼子/小坂一也/河原崎建三/萬田久子/北村総一朗/江波杏子/伊東四朗/神山繁/湯江健幸/河原さぶ/丹波義隆/亀石征一郎/浜田滉一/佳那晃子/下絛アトム●劇場公開:1994/12●配給:東映 (評価★★★)

『集団左遷2.jpg集団左遷 tv.jpg「集団左遷」TBS系日曜劇場(2019年4月21日~6月23日(全10話)
出演:福山雅治/香川照之/神木隆之介/中村アン/市村正親 ほか
(原作『銀行支店長』『集団左遷』)

20210418 集団左遷.jpg『集団左遷』...【2018年文庫化[祥伝社文庫]/2019年文庫化[講談社文庫]】

《読書MEMO》
映画に学ぶ経営管理論2.jpg●松山 一紀『映画に学ぶ経営管理論<第2版>』['17年/中央経済社]
目次
第1章 「ノーマ・レイ」と「スーパーの女」に学ぶ経営管理の原則
第2章 「モダン・タイムス」と「陽はまた昇る」に学ぶモチベーション論
第3章 「踊る大捜査線THE MOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ!」に学ぶリーダーシップ論
第4章 「生きる」に学ぶ経営組織論
第5章 「メッセンジャー」に学ぶ経営戦略論
第6章 「集団左遷」に学ぶフォロワーシップ論
第7章 「ウォール街」と「金融腐蝕列島"呪縛"」に学ぶ企業統治・倫理論

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