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逞しき青年武将としての正宗を描くも、全てにおいて中途半端な印象。

独眼竜政宗 1959 5.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd2.jpg
独眼竜政宗 [DVD]」 中村錦之助・佐久間良子・月形龍之介

独眼竜政宗28.jpg 戦国の世の、陸奥の伊達政宗(中村錦之助)は、知勇勝れた若き武将として知られていた。豊臣秀吉(佐々木孝丸)は彼を恐れて、石田三成(徳大寺伸)の縁続きにある和田斉之を政宗の隣国に派遣した。政宗はこうした秀吉の意図を察して、鷹狩りで捕らえた鶴を聚楽第の竣工祝いとして秀吉に贈って親睦を計る。そんな時秀吉と対立関係にある北条家とつながりをもつ、奥羽路の名家田村家から、息女愛姫(大川恵子)を政宗に娶せたいとの申し出があった。政宗は愛姫と対面し、その清楚な美しさにうたれたが、政略の臭い濃いこの縁組みを断わる。その頃、秀吉の命をうけて隣国の和田斉之が政独眼竜政宗 1959 01.jpg宗に対して挑発行為に出る。だが彼は逆に斉之を術中に陥れて難を避ける。ますます脅威を感じた秀吉は暗殺団を送って政宗殺害を計るが、政宗は一味の矢を右眼にうけて重傷を負いながらも危機を逃れる。彼は、以前に狩の途中で樵(きこり)の勘助(大河内傳次郎)から聞いた"白蛇の湯独眼竜政宗 1959 8.jpg"という温泉郷に身を休めた。彼の身分を知らぬ勘助とその娘千代(佐久間良子)の素朴な愛情につつまれて、正宗には、両眼が見えていた時には知らなかった新しい世界が開ける。政宗の消息を案じた愛姫が"白蛇の湯"に訪ねる。折しも、秀吉の軍勢が北条家討伐のため小田原に向って進撃をはじめたとの報が入る―。

 1959(昭和34)年公開の河野寿一(こうの としかず)監督、中村錦之助主演による東映娯楽時代劇で、伊達政宗を主人公とする作品はこれ以前に主なもので、稲垣浩監督、片岡千恵蔵主演の「独眼龍政宗」('42年/大映)があり、また、以降では、1987年に渡辺謙が正宗を演じたNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」があります。この中村錦之助版では、伊達政宗は逞しき青年武将として描かれており、佐久間良子、月形竜之介、大河内傳次郎といった豪華キャストを配しています。

独眼竜政宗32.jpg ただ、伊達正宗が失明したのは眼病のためであり、それを、秀吉が政宗暗殺を謀って石田光成に命じて陸奥に刺客を送り、その刺客の忍者らとの戦いで政宗が右目を失ったという設定になっているため、右目を失った苦悩や秀吉への敵愾心も全て虚構の上に成り立っていることになり、このあたりはどうなのだろうか。Amazonのレヴューにも、「史実から完全に浮き上がった動画紙芝居を見せられているようだ」というものがありました。

 但し、政宗の父・輝宗(月形龍之介)が北条派の畠山義継(山形勲)に攫われ、それを政宗が畠山もろとも父を射殺したというのは、まず、輝宗に面会に訪れた義継が、面会が終わり出立する義継を見送ろうとした輝宗を、義継の家臣と共にに刀を突きつけ捕えたというのは事実らしく、輝宗が「自分を気にして家の恥をさらすな。わしもろともこ奴を撃て」と叫び、それが合図となって伊達勢は一斉射撃、この銃撃で輝宗と義継を始めとする二本松勢は全員が死亡したという記録が、伊達家の公式記録である『伊達治家記録』にあるそうです。更に、『奥羽永慶軍記』では、政宗自身によって義継と輝宗は撃ち殺されたとされており、この辺りは全くの作り話ではないようです(むしろ、本作で唯一、史実に忠実なシーンだったりして)。

 映画にもあるように、秀吉から上洛して恭順の意を示すよう促す書状が幾度か伊達家に届けられており、政宗はずっとこれを黙殺していましたが、最終的には秀吉の膨大な兵力を考慮した結果、秀吉に服属することとし、北条討伐の秀吉軍のいる小田原に参陣、秀吉は会津領を没収したものの、伊達家の本領72万石を安堵しています。

 正宗が当初秀吉への恭順を渋っていたのは、北条方につくか豊臣方につくか迷っていたためであり、最終的に正宗が豊臣方につくことで北条家は孤立して豊臣家に滅ぼされ、それによって秀吉の天下統一が成ったわけで、正宗の下した判断が歴史に与えた影響は大きかったわけですが、本当に秀吉に心底"恭順の意"を抱いていたのかというと疑わしく(秀吉亡き後の関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍独眼竜政宗 1959 9.jpgについている)、その辺りの形式的には秀吉に服従するけれど、気持ち的には従っていないということを、「自分の右眼を奪った秀吉」という位置づけで強調している作品なのかも。但し、それは歴史的背景を探りつつかなり好意的に解釈した場合であって、普通に観ていると、何が言いたいのかよく分からない作品ということになってしまうかもしれません。正宗は最後、「両目のままでは、こうして太閤にお目にかかることもなかったでありましょう。はっはっは」って呵々大笑するも、これも何だか強がりにしか聞こえなかったなあ。

独眼竜政宗38.jpg独眼竜政宗 1959 09.jpg 樵の勘助と正宗との交流は、勘助役の大河内傳次郎がなかなかいい味出していて楽しく、その娘・千代を演じた佐久間良子も美しいのですが、親子にとって正宗が「実は殿さまだった」と分かったところで終わっていて、こちらも中途半端。時間も87分と、これだけ役者を揃えた割には短く、とにかく全てにおいて中途半端な印象でした。

大河内傳次郎・中村錦之助
独眼竜政宗 1959s.jpg独眼竜政宗 1959 03.jpg「独眼竜政宗」●制作年:1959年●監督:河野寿一●脚本:高岩肇●撮影:坪井誠●音楽:鈴木静一●時間:87分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/月形龍之介/岡田英次/宇佐美淳也/片岡栄二郎/浪花千栄子/矢奈木邦二郎/大川恵子/大河内傳次郎/佐久間良子/佐々木孝丸/徳大寺伸/加賀邦男/山形勲/中村時之介/長島隆一/水野浩/尾形伸之介/近江雄二郎●公開:1959/05●配給:東映(評価:★★)

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元のストーリーを活かしつつ、エノケンらしさはギャグの方で発揮。本家超えの大立ち回りも。

エノケンの鞍馬天狗  .jpgエノケンの鞍馬天狗 vhs.jpg エノケンの鞍馬天狗』.jpg
「エノケンの鞍馬天狗」VHS  悦ちゃん/榎本健一

エノケンの鞍馬天狗 vhs2.jpg 鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケエノケンの鞍馬天狗0.jpgにして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松エノケンの鞍馬天狗20.jpg月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。

エノケンの鞍馬天狗77.png 近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「エノケンの近藤勇」(1935)では近藤勇と坂本龍馬の一人二役を演じている)。

エノケンの鞍馬天狗30.jpg 折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「鞍馬天狗」('38年/日活、後に「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」)として2度目の映画化がされたばかりで(しかも向こうは日活京都でこっちは東宝京都と同じ京都同士)、アラカン版の向こうを張ってのパロディということになりますが、ストーリーや細部のモチーフを活かした上でパロディ化している点に、作る側がオリジナルの面白さをよく理解していたことが窺えます。

エノケンの鞍馬天狗44.jpgエノケンの鞍馬天狗88.jpg エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。

エノケンの鞍馬天狗41.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる2.jpg 天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「人情紙風船」('37年/東宝)の時20歳でしたが、この作品の時は22歳で更に大人の美しさが増している印象です(今風の美人でもある)。天狗を仇と付け狙う女性(この作品では"お登世")を演じる花島喜代子(1910- 没年不詳)も天狗を縛り上げておいて天狗の煽てに乗ってしまうところが可笑く、なかなかでした(でも最後まで天狗への誤解は解かれなかったなあ)。
霧立のぼる

エノケンの鞍馬天狗93.jpg 杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

 冒頭の「池田屋事件」(1864年7月)のシーンで桂小五郎(後の木戸孝允)が新撰組に追い詰められますが、テレビの大河ドラマなどで桂小五郎が池田屋事件に巻き込まれるシーンの記憶が無いため調べてみたら、桂小五郎は会合への到着が早すぎて、一旦池田屋を出て対馬藩邸へ出向いていたため、難を逃れたとのこと(明治維新後に書かれた小五郎の回想録『桂小五郎京都変動ノ際動静』より)。本人の回想とは別に、京都留守居役であった長州藩士・乃美織江がその手記に「桂小五郎議は池田屋より屋根を伝い逃れ、対馬屋敷へ帰り候由...」と書き残していますが、実のところは、「桂小五郎が殺された」と時期尚早に長州藩に誤報して藩内を過剰に激昂させてしまう失態を犯し、桂の生存を対馬藩邸から秘かに伝えられると今度は「桂小五郎は屋根伝いに逃げた」ということにしたようです。そう藩に報告し、桂を非常に苦しい立場に追いやってしまった乃美織江は、「禁門の変」(1864年8月)勃発時に長州藩邸に火を放って西本願寺に逃走し、西本願寺では会津藩兵士に取り囲まれて自害しようとしましたが僧侶に制止されたため、更に大阪方面に逃走して帰藩したとのこと。結局この人は、1906(明治39年)年、満84歳で亡くなっています(結構長生きした)。

霧立のぼる1935.jpgエノケンの鞍馬天狗66.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる.jpg「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田霧立のぼる2.jpg長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)

    霧立のぼる in「人情紙風船」('37年/東宝)

霧立のぼる(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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鉄板の人情話、王道のストーリー。30代前半でこうした作品を撮る川島雄三という人はスゴイ。

とんかつ大将 1952年dvd .jpg とんかつ大将 1952年13.jpg とんかつ大将 1952年12.jpg
とんかつ大将 SYK119S [DVD]」津島恵子/佐野周二/角梨枝子

とんかつ大将 1952年1.jpg 長屋に住む青年医師・荒木勇作(佐野周二)は「とんかつ大将」と呼ばれみんなに親しまれていた。艶歌師・吟月(三井弘次)と兄弟のようにして同居していたが、吟月は、浅草裏の飲み屋「一直」の女主人・菊江(角梨枝子)に惚れて、一夜勇作を誘って飲みに行った。折も折、菊江の弟・周二(高橋貞二)が喧嘩でゲガして帰って来たので、勇作はその手当をし、近くの病院へかつぎ込む。ところがその病院の女医が、昼間、勇作が自動車にぶつけられた老人・太平(坂本武)に代わって、さんざん油を絞ってやった自動車の主・真弓(津島恵子)だった。てきばきと手術をする勇作の姿に、菊江も真弓も惹きつけられる。やがて傷の直った周二も勇作に諭され、不良から足を洗うべく自主する。勇作には学徒出陣の時未来を約束した多美(幾野道子)という恋人があったが、終戦で復員して帰ると、その多美は彼の親友・丹羽(徳大寺伸)と結婚して利春(設楽幸嗣)という息子もいた。しかも生活の苦しさから、つい多美が百貨店で万引きをして捕らえられたのを勇作が救ってやったことを、丹羽は逆に怨みの眼で見る。一方真弓の病院では、悪徳弁護士・大岩(北竜二)の勧めで、勇作たちの住む長屋を取り壊す計画を進めていたが、勇作は長屋の人々を想って反対運動を起こす。大岩方でも、丹羽たちを使って勇作が元大臣の父の選挙運動のために長屋の連中を利用しているのだと中傷したため、長屋の人々の心は勇作から離れて行く。がある日、急病の利春を勇作が長屋の火事をよそに、手術の手を尽くし救ってやったことから、丹羽の心が解け、やがて長屋の跡にキャバレーを建てようとする大岩の悪計も真弓父娘に知られた。長屋には再び長閑な春が訪れたが、父の急病の報に、勇作は馴染み深い長屋を去って行かなければならなかった―。

とんかつ大将-10.jpg 川島雄三(1918-1963/享年45)が富田常雄の原作を脚色・監督した1952年2月公開作。"鉄板の人情話"或いは"王道のストーリー"と言っていい作品ですが、30代前半でこうした作品を撮ってしまう川島雄という人の才覚は、何か不思議なものさえ感じます。因みに、「とんかつ大将」というのは、主人公の好物がとんかつであることに由来する主人公の愛称です(主人公は「とんかつ屋」ではなく医師である)。
   
 青年医師・勇作を演じる佐野周二は、長屋の住人から好かれる庶民派の正義漢で、また、3人の女性から想いを寄せられる二枚目でもあるこの役が嵌っていました。いつも前向きな主人公ですが、それでも悪徳弁護士らの陰謀で長屋の人たちの心が自分から離れかけた時にはさずがに気持ちが参ってしまい、吟月とウサ晴らしに飲みに行ったけれど、その後、酒を飲もうと火事の中だろうと手術をこなしてしまう様はやっぱりスーパー・ヒーローでした。最後、盲目の少女(小園蓉子)の眼まで見とんかつ大将 00s.jpgえるように治してしまい、ちょっと出来過ぎの印象もなくもなく、実は大物政治家の息子だったということで、では何のために長屋に住んでいたのか、そもそも勤務医なのか開業医なのかもよく分からんと、突っ込みどころは少なからずありますが、そうしたことは後から考えれば思うことであって、観ている間はそう不自然に感じないのは、やはり佐野周二という俳優が本質的に二枚目であるということなのでしょうか(まあ、元々"映画を観て泣きたい人を泣かせる映画"であって、"粗探し"的に観ていては楽しめないタイプの映画ではあるのだが)。

角梨枝子
とんかつ大将 1952年14.jpg角梨枝子 とんかつ大将.jpgとんかつ大将 角梨枝子.2.jpeg 勇作を取り巻く菊江(角梨枝子)、真弓(津島恵子)、多美(幾野道子)の3人の女性がそれぞれ、行きつけの飲み屋の女主人であると同時に親友・吟月の想い人幾野道子 とんかつ大将.jpgでもある女性(菊江)、最近ある事件で見知ることになったプライドの高い同業の医師である女性(真弓)、かつての許婚で今は旧友の妻となっているが貧困と夫の家庭内暴力に苦しんでいる女性(多美)、と三者三様であり、勇作は最後、彼女たちとどうするのかと気を持たせるところが、脚本の妙と言うべきでしょうか。津島恵子が主役級と言えますが、演技面では角梨枝子、リアルな状況設定という面では幾野道子の方が印象に残ったかもしれません。

三井弘次
とんかつ大将o.jpg 男優では、清水宏監督の「大学の若旦那」('33年)や「東京の英雄」('35年)、小津安二郎監督の「非常線の女」('33年)に出ていた三井弘次が(その頃は不良になる不肖の弟といった、この映画で高橋貞二が演じている菊江の弟・周二のような役ばかりだったが)、艶歌師・吟月を演じていい味を出しており、同じく清水宏監督の「按摩と女」('38年)でお客に淡い恋をする按摩の徳市を演じた徳大寺伸が、主人公のかつての許婚を妻にしている飲んだくれのDV夫を、後に「彼岸花」('58年)、「秋日和」('60年)など小津安二郎映画で笠智衆や佐分利信の同級生仲間を演じることが多くなる北竜二が、長屋を取り壊して病院ならぬキャバレーにしようと画策する悪徳弁護士を演じているなど、各々それまでやその後の定番的な役柄と真逆の役柄を演じているのが興味深く、その外、「出来ごころ」('34年)、「浮草物語」('34年)、「東京の宿」('35年)など小津映画の数々の初期作品に主演した坂本武や、「彼岸花」('58年)で佐田啓二の後輩を演じた高橋貞二(1959年に33歳で自らの飲酒運転で事故死)、子役ですが同じく小津映画「お早よう」('59年)にも出ることになる設楽幸嗣(後に、音大を卒業して俳優業から音楽の道に転身)なども目にとまりました。

とんかつ大将 vhs.jpgとんかつ大将  003.jpg 長屋の人々が活き活きとして感じで描けていました。その点は、山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年)と双璧ではないでしょうか。

「とんかつ大将」●制作年:1952年●監督・脚本:川島雄三●製作:山口松三郎●撮影:西川亨●音楽:木下忠司●原作:富田常雄●時間:95分●出演:佐野周二/美山悦子/長尾敏之助/津島恵子/角梨枝子/高橋貞二/三井弘次/徳大寺伸/幾野道子/設楽幸嗣/坂本武/小園蓉/北龍二(北竜二)●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)

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'痛快コメディ'だが、深い余韻も。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三の最高傑作。

幕末太陽傳 ps.jpg幕末太陽傳 dvd.jpg幕末太陽傳 00.jpg幕末太陽傳 デジタル修復版 DVD プレミアム・エディション」南田洋子・フランキー堺・左幸子

幕末太陽傳 _4.jpg 文久2年(1862年)の江戸に隣接する品川宿。お大尽を装って遊郭旅籠の相模屋で豪遊した佐平次(フランキー堺)は、金が無いのを若衆の喜助(岡田真澄)に打ち明けると居残りと称して相模屋に長居を決め込み、宿の主人(金子信雄)と女将(山岡久乃)は働いて宿代を返すとの佐平次の申し出を渋々承諾する。遊幕末太陽傳 05 喧嘩.jpg郭の売れっ子、こはる(南田洋子)、おその(左幸子)は互いに相手を罵り合っていたが、ある日遂に大喧嘩になって廓中を暴れまくり、中庭まで転げ落ちて凄まじいSun in the Last Days of the Shogunate (幕末太陽傳) 1957.jpg女の戦いを繰り広げる。そ幕末太陽傳 b5.jpgうした中、佐平次は下働きから女郎衆や遊郭に出入りする人々のトラブル解決に至るまで八面六臂の活躍をし、果てはこの旅籠に逗留する高杉晋作(石原裕次郎)ら攘夷派の志士たちとも渡り合う。様々な出来事の末に佐平次は体調を悪くするが、それでもなお「首が飛んでも動いてみせまさぁ」と豪語する―。
"Sun in the Last Days of the Shogunate″ (幕末太陽傳) 1957

 1957(昭和32)年公開の川島雄三(1918-1963/享年45)監督作で(川島雄三はこれが最後の日活映画となった)、脚本はチーフ助監督も務めた今村昌平と田中啓一が川島雄三と共同で執筆したもの。ストーリーはオリジナルですが、材として、古典落語「居残り佐平次」から主人公を拝借し、「品川心中」「三枚起請」「お見立て」「「明烏」などの数多くの落語の要素を物語の随所に織り込んでいます。

幕末太陽傳23.jpg 品川宿にある遊郭で佐平次が居残りを決め込むというメインストーリーは「居残り佐平次」をそのまま踏襲していますが、佐平次以前に石原裕次郎演じる高杉晋作や、まだ売出し中の小林旭や二谷英明が演じる攘夷派の侍が相模屋に'居残り'でいるという設定になっているため、話がやや複雑になっています(当時、石原裕次郎→太陽族→反社会的というイメージがあった中で、石原裕次郎に攘夷派を演じさせることに日活の上層部はいい顔しなかったようだが)。

幕末太陽傳 tu_2.jpg 貸本屋の金造(小沢昭一)が「品川心中」の後半のサゲの部分(心中に誘いながら自分を置いて逃げた女郎へのニセ幽霊による仕返し話)まで演じています。遊郭の遊女が、雇用期間が満了すれば客と結婚することを約束する起請文(きしょうもん)を乱発幕末太陽傳 フランキー&裕次郎.jpgする話は、吉原遊郭を舞台にした「三枚起請」から取っており、この落語のサゲは、高杉晋作が品川遊郭の「土蔵相模」で作ったとされる都々逸「三千世界の鴉(からす)を殺しぬしと朝寝がしてみたい」をもじったものになっていますが、それも作品の中で生かされています。他にもまだまだ落語からネタを取っていると言うか、モチーフを得ている要素が多くあるようですが、全部まではちょっと分からないです。

幕末太陽傳 a04.jpg 落語のモチーフを映画に取り込んだ作品としては「唯一成功している」とも言われる作品ですが、唯一かどうかは分からないにしても、大いに成功しているには違いないと思います。これだけ多くの落語から引用して、滑らかに流れるようなストーリー体系を成しているというのは奇跡に近いというか、今村昌平と田中啓一の協力を得た脚本であるにしても、川島雄三という人の才気が尋常ならざるものだというのが、この映画について言えることかと思います。

幕末太陽傳9-s.jpg フランキー堺の活き活きした演技もいいです。川島雄三は役者にあまり細かい指示は出さない監督だったそうですが、この映画におけるフランキー堺の演技には何度もダメ出しをしたそうです。一方、当時人気絶頂の石原裕次郎が高杉晋作役ですが、完全にフランキー堺の脇に回っていて、これも日活の上層部は不満だったようです。そうしたこともあって川島雄三はフランキー堺の演技に発破をかけたのかもしれませんが、結果この作品はフランキー堺の最高傑作となり、一方では石原裕次郎の大根役者ぶりが浮き彫りになったような印象です(見方によっては、カッコいい'大根'なのだが)。これは、たまたま結果的にそうなったのではなく、そこまで川島雄三は織り込み済みだったとの説もあるようで、そうだとしたら、もうスゴイとしか言いようがないです。

 そのフランキー堺演じる主人公の佐平次は、時折結核を思わせる咳をしており(歴史上で結核で亡くなるのは高杉晋作の方なのだが、こちらは至って健康そう?)、そのことを人に指摘された時だけ、いつも明るい佐平次がちょっと暗い表情になります。こうした設定は明らかに、筋萎縮症を患っていた川島雄三自身の自己投影であると思われます。

幕末太陽傳 ラスト.jpg ラスト、すっかり相模屋の中で必要欠くべからざる人材となった佐平次ですが、夜明け前にこっそり荷物を纏めて旅に立ちます。彼の将来の夢が自然と口から洩れますが、それは自らの病を自覚している佐平次には残された時間が少ないということともに、米国渡航に賭けてまでも生きることへの希望を捨てないという決意が感じられるものでもありました。

幕末太陽傳 ed.jpg 川島雄三自身は、映画の冒頭シーンにあった'現代'の品川(と言っても、この映画が撮られた頃の「さがみホテル」付近はまだ赤線街だった)を佐平次が駆け抜けるラストを構想していたようですが、現場のスタッフ、キャストからも幕末太陽傳 1.jpgあまりに斬新すぎると反対の声が出て、結局現場の声に従わざるを得なかったとのことです。川島雄三が折れて撮った墓場シーンのラストは陰鬱な風景であり、佐平次がそこから逃避するという点では、川島雄三の「サヨナラだけが人生だ」という言葉に見られる人生観を反映したものになっているとも言われています(このラストシーンの解釈は諸説ある)。

昭和30年代の「さがみホテル」付近

 何れにせよ、黒澤明の「七人の侍」('54年/東宝)に見られるような武士のヒーロー像とは真逆の、町人乃至専門職としてのヒーロー像がフランキー堺演じる佐平次によって体現され、その生きざまに、病気のため45歳で没することになる、常に死を意識していた川島雄三自身が投影され、また色々なものが託されているには違いなく、そのことが、'痛快コメディ'であるこの作品に、 単にそれだけで終わらない深い余韻を与えているように思います。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三のたった1本の傑作と言っていいかと思います。

小沢昭一(貸本屋金造)/フランキー堺(佐平次)/南田洋子(女郎こはる)/山岡久乃(伝兵衛女房お辰)/岡田眞澄(若衆喜助)/石原裕次郎(高杉晋作)
幕末太陽傳4.jpg幕末太陽傳a.jpg幕末太陽傳51.jpg
殿山泰司(仏壇屋倉造)/菅井きん(やり手婆おくま)/左幸子(女郎おそめ)/芦川いずみ(女中おひさ)/小林旭(久坂玄瑞)/二谷英明(志道聞多)

幕末太陽傳/1957年封切2.jpg幕末太陽傳 e.jpg「幕末太陽傳」●制作年:1957年●監督:川島雄三●製作:山本武●脚本:今村昌平/田中啓一/川島雄三●撮影:高村倉太郎●音楽:黛敏郎●時間:110分●出演:フランキー堺/左幸子/南田洋子/石原裕次郎/芦川いづみ/市村俊幸/金子信雄/山岡久乃/梅野泰靖/織田政雄/岡田真澄/高原駿雄/青木富夫/峰三平/菅幕末太陽傳 左幸子.jpg井きん/小沢昭一/植村謙二郎/河野秋武/西村晃/熊倉一雄/三島謙/殿山泰司/加藤博司/二谷英明/小林旭/関弘美/武藤章生/徳高渓介/秋津礼二/宮部昭夫/河上信夫/山田禅二/井上昭文/榎木兵衛/井東柳晴幕末太陽傳 岡田真澄.jpg幕末太陽傳 小林旭.jpeg/小泉郁之助/福田トヨ/新井麗子/竹内洋子/芝あをみ/清水千代子/高山千草/ナレーター:加藤武(クレジットなし)●公開:1957/07●配給:日活●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-05-17)(評価:★★★★★
南田洋子/左幸子/岡田真澄/小林旭

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羅門光三郎の剣戟がいい「韋駄天数右衛門」。阿部九州男の二役が光る「柘榴一角」。戦前は主役級だった二人。

韋駄天数右衛門vhs3.jpg    「柘榴一角」 1941年 vhs.jpg
「韋駄天数右衛門」('33年/宝塚キネマ)主演:羅門光三郎  「柘榴一角」('41年/大都映画)主演:阿部九州男

『韋駄天数右衛門』.jpg 粗忽者の不破数右衛門(羅門光三郎)はある日、仇討ちの兄妹を救う。だが、肝心の仇を取り逃がしてしまい、その仇そっくりの武士を誤って斬ってしまう。しかも、斬った相手が浅野家の悪評高い家老・大野九郎兵衛(矢野伊之助)の息子であることが判明。愕然とし死を覚悟する数右衛門だったが、大殿・浅野内匠頭(阪東太郎)は、自ら手打ちにすると公言しながらも、秘密裡に数右衛門を生かして逃がす。月日は流れ三年後、赤穂城下を離れていた数右衛門はお家の大事を知り、質草になっていた鎧櫃(よろいびつ)を強引に取り戻して、韋駄天走りで赤穂を目指す―。

羅門光三郎(上・下)

澤登翠2.jpg韋駄天数右衛門1.jpg 1933(昭和8)年公開の後藤岱山監督による人情話あり、仇討ありの痛快講談調時代劇で、活弁トーキー版ビデオで鑑賞(弁士は澤登翠(さわみどり)氏。90年代に録音されたものか)。赤穂四十七士のうち、堀部安兵衛や赤垣源蔵(赤埴源蔵)と並んで人気の高い不破数右衛門を主人公にした作品で、「不破数右衛門」というタイトルの映画だけでこの作品の前に7作作られています(但し、何れもフィルムが現存せず)。赤穂浪士の中でも討ち入りで大活躍したとされていますが、その一方で、お人好しで粗忽者だったというイメージも、既に定着済みだったかも。

中島 らも 2.jpg 主演は当時の大衆映画のスター羅門光三郎(1901- 没年不詳、1963年まで活動)で、作家・中島らものペンネームの由来である俳優としても知られますが、その芸名の苗字「羅門」は1925年版「ベン・ハー」主演のラモン・ナヴァロに由来するそうです。この「韋駄天数右衛門」の中では、大石内蔵助と不破数右衛門の1人2役を演じていますが、大石内蔵助としての登場は僅かで、当然のことながら不破数右衛門としての登場が中心で、さらに浪人前と浪人後ががらっと雰囲気が変わるため、個人的にはそちらの数右衛門同士の違いの方で「1人2役」っぽい印象もありました。

 前半の人情派ぶりも悪くないですが、剣戟が颯爽としていて、更に、終盤の赤穂へひた走る中(酒で喉を潤しつつ!)、かつて数右衛が仇討ちに加勢したせいで命を落とした武士・相良久八郎の道場仲間らに行く手を阻まれ、橋の上でで繰り広げられる剣戟は前半の剣戟の上を行く躍動ぶり―と思ったらそこで映画が終わって、こういうの、○○の巻~みたいな講談的な終わり方だなあと思いました。

 赤穂に向かうということは、討ち入りに加わり、本懐を遂げた後は切腹を命じられるという流れに繋がっていくわけで、つまり彼は「死」に向かって走っているわけですが、それがカッコいい。その前に、赤穂に向かおうとする彼を周囲は止めるわけですが、女房のお國は行かせてやってくれと言います(お國を演じるのはその後一時期羅門夫人であった原駒子)。この辺りに満州事変以降の世相の反映が見られるとの見方もあるみたいですが、むしろ、武士の妻としては当然の振舞いと言えるのではないかと思います(別のパターンでは、お國が夫の勇気を増すがために自害し、後顧の憂いを断つため子供も殺してしまうというのもある)。「立派にお手柄を」というお國の台詞は当時の価値観からみて自然であり、「あなた行かないで」と言わせてしまったら現代劇になってしまいます。

 因みに、1人2役については、伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年)で片岡千恵蔵が赤西蠣太を演じる傍ら原田甲斐も演じていたり、白井戦太郎監督の「柘榴一角」('41年)阿部九州男(1910-1965/享年55)が柘榴一角こと佐久間京七郎とその父・権太夫の両方を演じていたりと、結構こうした"遊び"は当時の映画作りにおいて見られたようです。

近衛十四郎/阿部九州男
「柘榴一角」 1941年 vhs裏.jpg柘榴一角 2.JPG その「柘榴一角」のストーリーは―、
年老いた浪人・柘榴権太夫(阿部九州男)は実は公儀の隠密。彼は江戸市中に蔓延する贋金を作っている播磨萬心(大瀬恵三郎)とその黒幕(後に青山壱岐守(大乗寺八郎)と判明)を追っていた。自分の近衛十四郎「柘榴一角」.jpg身の危険を悟った権太夫は息子の一角(阿部九州男、二役)に初めて正体を打ち明けて仕事を手伝わせるが、権太夫を仇と狙う若侍・宇家田輝雪(近衛十四郎、俳優・松方弘樹の父)が現れて―。

 一角が父を仇と思う輝雪の誤解を解く前に、父・権太夫は何者かによって殺害され、贋金作り一味の絶滅を父に誓った一角に、今度は輝雪が協力する―そう、輝雪は、長年仇と思っていた柘榴権太夫とその息子・一角が、実際に会ってみたらいい人だったということで、すでに仇討ちの気分ではなくなっていたわけかあ。加えて、一角の妹・お鴇(琴糸路)と良い仲に(最後、一角は二人の結婚を快く許す)。

柘榴一角 41/1.jpg かなり現代風な話の作りになっているように思え、しかも、一角が偶然知り合った輝雪と別れ、輝雪が入っていった家に何だか見覚えがあるかと思ったら「何だ、わしのウチか」と言うところのなどは喜劇風であるし(輝雪は何と仇先に居候していた)、贋金作りの一味の矢尻師・旦庵(横山文彦)を一角は成敗するも、その娘・早苗(小町美千代)は一角に惹かれているというところなどは悲恋物語風と、何でもありのてんこ盛り。播磨萬心を斬って父の仇討ちを果たし、贋金作り一味を暴いた功績からお家再興となった25歳独身の一角は、輝雪から妻を娶る必要があろうと示唆されますが、さすがに早苗と一緒になるところまでは描かれていません。但し、この2人の微妙なやり取りが大ラスにきます。もし、一角が早苗と結ばれれば、輝雪、一角とも仇の娘と結ばれることになるので、ストーリー的には収まりいいのですが、話が出来過ぎか?

 父・柘榴権太夫、息子・一角の親子の対面シーンが結構多く、2役の阿部九州男が大活躍。仕舞には2人で槍や柔術の稽古試合をしたり、一角が父に変装して敵をおびき寄せ返り討ちする場面などもあって、結構遊んでいる感じでした(合成は一切無しというのが興味深い。そのため柔術をしている2人の顔が同時に映ることはない)。B級映画専門だった「大都映画」にしては大作ですが、音声が聴き取りにくい部分があるのがやや難か。VHSの途中で部分的に字幕が入ったりもするが、入れるなら全部に入れて欲しかった気もします(とりあえず評価は△だが、仮にその部分が補正されていれば評価は○だったかも)。

映画論叢 21号特集・羅門光三郎.JPG 羅門光三郎は、戦後は脇役に回り、「狐の呉れた赤ん坊」('45年)や「殴られたお殿様」('46年)、「国定忠治」('46年)、「雨月物語」('53年)など数多くの作品に出演しています。一方の阿部九州男も、戦後は専ら脇役となり、同じく「狐の呉れた赤ん坊」に出演したほ「生きる」阿部九洲男.jpgか、「生きる」('52年)、「十三人の刺客」('63年)などにも出演しています。2人とも出演作品本数は多いのですが、主役から脇に回ったというのは、共に所属していた映画会社「宝塚キネマ」が潰れたり、いろいろ映画会社の統廃合があったことも多少関係しているのではないでしょうか。

阿部九洲男 in「生きる」
映画論叢 21 松林宗恵・左幸子・青山通春・三輪彰・羅門光三郎

 この2作、1人2役ということで共通しますが、片や「赤穂浪士」に先駆けて浪人になった赤穂武士を、片や浪人でありながら公儀の隠密であるという武士をと、やや変わった武士浪人を扱っている点で重なる部分があるのも興味深いです。因みに、羅門光三郎と阿部九州男の両方が出演していて、今DVDで観ることが出来る作品としては、「狐の呉れた赤ん坊」のほかに、「虚無僧系図」('55年/東映)(羅門光三郎主演)などがあります。VHSならば先に挙げた「殴られたお殿様」('46年/大映京都)も、羅門光三郎は準主役級で、阿部九州男が脇役(殿様役)で出ています。

韋駄天数右衛門ド.jpg「韋駄天数右衛門」●制作年:1933年●監督:後藤岱山●脚本・原作:波多野理一●撮影:小柳京之助●時間:57分●出演:羅門光三郎/静田二三夫/阪東太郎/矢野伊之助/市川竜男/金子文次郎/市川花紅/加藤義夫/豊島竜平/菊地双三郎/鳴戸史郎/原駒子/三原珠子●公開:1933/12●配給:宝塚キネマ(評価:★★★☆)

近衛十四郎 柘榴一角.jpg「柘榴一角」●制作年:1941年●監督:白井戦太郎●脚本:湊邦三●撮影:広川朝次郎●音楽:杉田良造●原作:白井喬二●時間:111分●出演:阿部九州男近衛十四郎/琴糸路/大乗寺八郎/水原洋一/大瀬恵二郎/遠山龍之助/雲井三郎/泉春子/久野あかね/小町美千代/谷定子/橘喜久子/小柳みどり/大山デブ子/春野美葉子/水川八重子●公開:1941/01●配給:大都映画(評価:★★★) 近衛十四郎/琴糸路

●羅門光三郎
松田定次監督「河童大将」(1944年)左から羅門光三郎、嵐寛寿郎/松田定次監督「乞食大将」(1945年製作・1952年公開)左から羅門光三郎、市川右太衛門)/丸根賛太郎監督「殴られたお殿様」(1946年)左から羅門光三郎、市川右太衛門)
河童大将(1944年)2.jpg乞食大将(1945年)2.jpg殴られたお殿様(1946年) .jpg                  
●近衛十四郎
近衛十四郎 01.jpg 近衛十四郎(父) 松方弘樹 月影兵庫.jpg 松方弘樹(子)

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「三軒茶屋シネマ」ラストショー2本立て―といっても、通常のラインアップと変わらないが...。

そして父になる tirasi.jpg 映画チラシ のぼうの城 tirasi.jpg 映画チラシ
そして父になる DVDスタンダード・エディション」 「のぼうの城 通常版 [DVD]

三軒茶屋シネマ ラスト.JPG三軒茶屋シネマ ラストしおり.JPG 今月['14年7月]20日で60年の歴史を閉じた「三軒茶屋シネマ」の最終上映作品がこの「そして父になる」と「のぼうの城」の邦画2本立てであり、結構急な閉館予告だったせいか、通常の「二番館」的プログラムであって「さよならフェスティバル」的なプログラムではないのがやや唐突な気もします。それでも、最終日に観に行くと、午後の上映からは155席が満席になっていました(一応、前々週の「イタリア映画・不朽の名作2本立て」(「ニュー・シネマ・パラダイス」「ひまわり」)と前週の「モノクロ・サイレント映画の傑作2本立て」(「街の灯」「アーティスト」)と併せてフェスティバル的な上映とのことらしいが)。

そして父になる 1.jpg 是枝裕和監督の「そして父になる」('13年/ギャガ)は、夫(福山雅治)と妻(尾野真千子)の間にいる6歳の一人息子が、実は出生時に子どもの取り違えがあって実の息子ではなかったことが判明し、そこから始まるその夫婦の苦悩と、取り違えられた子を育ててきたもう1つの夫婦(リリー・フランキー・真木よう子)とのやり取りを描いた作品(2014年「芸術選奨」受賞作)。

そして父になる 2.jpg 子どもの取り違えが判明してからその次にどういう手順になるのかがきっちり取材されていて、加えて、河瀬直美監督に見出され「萌の朱雀」('97年)でデビューした尾野真千子、「無名塾」出身の真木よう子、スピルバーグがその演技を絶賛したリリー・フランキーなど、演技陣も充実していました。「カンヌ国際映画祭」の審査員賞受賞作ですが、国内では、尾野真千子、真木そして父になる カンヌ.jpgよう子の2人はそれぞれ第37回「日本アカデミー賞」の優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞を受賞、福山雅治、リリー・フランキーもそれぞれ優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞を受賞しています(電気屋夫婦の方が「最優秀」を獲っていることになる。因みに真木よう子は、同年の「さよなら渓谷」での最優秀主演女優賞とのW受賞)。

 ある種、アンチ・クライマックス映画で、問題提起型作品の多い是枝裕和監督らしい作品。尤も、このテーマで安易な落とし所を設けて「感動物語」風にしてしまったら是枝監督作らしくはなくなるし、おそらく何人もいるであろう同種の事件の当事者に対する冒涜になってしまうのでしょう。それに代わるカタルシス効果がどこかに欲しかった気もしますが、カンヌでは上映後にスタンディングオベーションがあったというから、これでよしとすべきでしょうか(カンヌで観ていた人たちは概ね娯楽性を求めているわけではないだろうが)。子役までも上手だったことから、監督の演出力を率直に評価したいと思います。

のぼうの城 1.jpg 犬童一心、樋口真嗣共同監督の「のぼうの城」('12年/東宝)は、北条氏の支城で、周囲を湖に囲まれ浮城とも呼ばれる忍城(おしじょう)の領主・成田氏一門の成田長親(野村萬斎)と、その城を攻め落とそうとする豊臣方・石田三成(上地雄輔)の攻防を描いた作品で、2時間超ですがあまり長さを感じさせず、予想以上に面白かったです(この面白さは、和田竜氏の直木賞候補となった原作の面白さによるものではないかとも思うが、原作を読んでいないので、素直に「面白かった」としておきたい。台詞が一部、「○○的」など現代語になっているのが気になったが、脚本も原作者によるもの)。

のぼうの城 佐藤.jpg 歌舞伎や狂言の俳優が、日頃その世界で伝統芸能の継承・研鑽に励みつつも、現代劇や時代劇に出てすんなりそれにフィットした演技が出来てしまうのにはいつも感心させられますが、この映画の野村萬斎の場合、狂言の演技をそのまま成田長親のキャラに活かしていることにより、映画を自分の作品にしている点で、起用に充分応えているように思いました。また、近習の正木丹波守利英を演じた佐藤浩市の演技がオーソドックスな映画的演技であることも、対比的な効果を醸しているように思われます。この2人はそれぞれ第36回「日本アカデミー賞」の優秀主演男優賞、優秀助演男優賞を受賞しています。

のぼうの城 野村.jpg ストーリー的には、最後は、北条氏の本城である小田原城が落城してしまうことから、支城を巡って争う理由がなくなり、これ以上は戦わずして成田氏は忍城を豊臣方・石田三成に明け渡すことになってしまうという点では、これもまた、アンチ・カタルシス的な作品と言えるかもしれません(M&Aで大企業に吸収される関係会社みたい)。それでも「こういう武将もいたのだ」という面白さによってさほどカタルシス不全を感じさせないのは、これはやはり、原作の目の付け所の良さに拠るものかと思われます。

 僅か500の兵で2万の大軍から城を守り和議に持ち込んだというのはやはりスゴイことだと思います。近年の研究では、もともと水攻めに向かない城に対して水攻めに固執した秀吉のミスだったとの説が有力なようで、実戦経験の乏しい石田三成に配慮した作戦が裏目に出たのか。逆に三成が書状の中で「諸将は完全に水攻めと決め込んで全く攻め寄せる気がない」と嘆く事態となったわけですが、水攻めの決定に三成軍の武将たちのモチベーションががたんと低下する場面はこの作品の中でも描かれています。

夏八木勲 のぼう.jpg 観る前は、60年の歴史を持つ名画座のラストショーとしてはややもの足りないラインアップのようにも思えましたが、実際に観てみたらまあ思ったより良かったという感じでしょうか(でもやっぱり、基本的には通常のラインアップと変わらない組み合わせだった? 後に知ったことだが、劇場管理者は敢えて長年二番館として営業してきた三茶シネマらしいラインアップを選んだらしい)。ラストショーと思って思い入れを込めて観た分、評価はやや甘くなっているかもしれません。昨年['13年]5月に亡くなった夏八木勲(1939-2013/享年73)が両方の作品に脇役で出ています('12年の秋から膵癌を患い、闘病を続けていた)。

三軒茶屋シネマ8.JPG 名画座に降りてくる前にDVDがレンタルショップに並んでしまうというのはやはり名画座にとってはキツイことかも。「三軒茶屋シネマ」の閉館により、都内23区に残る名画座は「飯田橋ギンレイホール」「池袋新文芸坐」「早稲田松竹」「目黒シネマ」「下高井戸シネマ」「新橋文化劇場」「キネカ大森」「シネマヴェーラ渋谷」「神保町シアター」「ラピュタ阿佐ヶ谷」の10館となるそうです三軒茶屋シネマ70.JPGが(日本芸術センター運営の「シネマブルースタジオ」や「東京国立近代美術館フィルムセンター」などの公的施設は除く)、この内「新橋文化劇場」は、来月['14年8月]末閉館することが決まっています。

三軒茶屋シネマ6.jpg
三軒茶屋シネマ (1955年「三軒茶屋東映」オープン、1973年建て替え、1997年~「三軒茶屋シネマ」) 2014(平成26)年7月20日閉館日に撮影(左写真手前右:2013(平成25)年2月14日閉館「三軒茶屋中央劇場」(右写真右奥)跡)

Soshite chichi ni naru (2013)
Soshite chichi ni naru (2013) .jpg「そして父になる」●英題:LIKE FATHER,LIKE SON●制作年:2013年●監督・脚本:是枝裕和●製作:亀山千広/畠中達郎/依田翼●撮影:瀧本幹也●音楽:松本淳一/森敬/松原毅●時間:120分●出演:福山雅治/尾野真千子/真木よう子/そして父になる 3.jpgリリー・フランキー/二宮慶多/黄升炫/中村ゆり/高橋和也/田中哲司/井浦新/ピエール瀧/大河内浩/風吹ジュン/國村隼/樹木希林/夏八木勲●公開:2013/09●配給:ギャガ●最初に観た場所:三軒茶屋シネマ(14-07-20)(評価:★★★★)●併映:「のぼうの城」(犬童一心/樋口真嗣)
                
のぼうの城 3.jpg「のぼうの城」●制作年:2012年●監督:犬童一心/樋口真嗣●製作:久保田修●脚本:和田竜●撮影:瀧本幹也●音楽:松本淳一/森敬/松原毅●時間:145分●出演:野村萬斎/榮倉奈々/成宮寛貴/佐藤浩市/山口智充/上地雄輔/前田吟/中尾明慶/尾野真千子/ピエール瀧/山田孝之/平岳大/市村正親/西村雅彦/鈴木保奈美/平泉成/夏八木勲●公開:2012/11●配給:東宝●最初に観た場所:三軒茶屋シネマ(14-07-20)(評価:★★★★)●併映:「そして父になる」(是枝裕和)

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橋本忍脚本が巧みな「切腹」。壮絶且つ凄絶な復讐(仇討)劇。決闘シーンも味がある。

切腹 1962 ポスター.jpg切腹 1962 dvd.jpg 切腹 1962 決闘シーン.jpg  『東京裁判』 dvd.jpg
「切腹」 [DVD]」/護持院原決闘シーン(丹波哲郎・仲代達矢) 「東京裁判 [DVD]
「切腹」ポスター
切腹 1962 前庭 仲代.jpg 寛永7(1630)年10月、井伊家上屋敷に津雲半四郎(仲代達矢)という浪人が訪れ、「仕官先もままならず、生活も苦しくなったので屋敷の庭先を借りて切腹したい」と申し出る。申し出を受けた家老・斎藤勘解由(かげゆ)(三國連太郎)は、春先、同様の話で来た千々岩求女(石濱朗)の話をする。食い詰めた浪人たちが切腹すると称し、なにがしかの金品を得て帰る最近の流行を苦々しく思っていた勘解由が切腹の場をしつらえると、求女は「一両日待ってくれ」と狼狽したばかりか、刀が竹光であったために死に切れず、舌を噛み切って無惨な最期を遂げたと。この話を聞いた半四郎は、自分はその様な"たかり"ではないと言って切腹の場に向かうが、最後の望みとして介錯人に沢潟(おもだか)彦九郎(丹波哲郎)、矢崎隼人(中谷一郎)、川辺右馬介(青木義朗)の3人を順次指名する。しかし、指名された3人とも出仕しておらず、何れかの者が出仕するまでの間、半四郎は自身の話を聞いて欲しい「切腹」 (1962 松竹).jpgと言う。求女は実は半四郎の娘・美保(岩下志麻)の婿で、主君に殉死した親友の忘れ形見でもあった。孫も生れささやかながら幸せな日が続いていた矢先、美保が胸を病み孫が高熱を出した。赤貧の浪人生活で薬を買う金も無く、思い余った求女が先の行動をとったのだ。そんな求女に一両日待たねばならぬ理由ぐらいせめて聞いてやる労りはなかったのか、武士の面目などとは表面だけを飾るもの、と勘解由に厳しく詰め寄る半四郎が懐から出したものは―。

『東京裁判』 映画.jpg小林正樹.jpg 「人間の條件」6部作('59-'61年)の小林正樹(1916-1996/享年80)が1962(昭和37)年に撮った同監督初の時代劇作品であり、この監督には「東京裁判」('83年)という長編ドキュメンタリー傑作もあります。この「東京裁判」という映画を観ると、裁判の争点は端的に言えば、天皇を死刑にすべきかどうかという点であったともとれ(中心となる戦犯らは死刑が裁判前からすでに確定しているようなもので、魂『東京裁判』 映画2.jpgを抜かれたお飾りのように被告席にいるだけ)、そのことを(主役が法廷にいないことも含め)浮き彫りにした内容であるだけに4時間37分を飽きさせることなく、下手なドラマよりずっと緊迫感がありました(この編集の仕方こそがドキュメンタリーにおける監督の演出とも言える。ナレーターは佐藤慶)。争点が天皇にあったことは、この裁判が、昭和天皇の誕生日(現昭和の日)に11ヶ国の検察官から起訴されたことに象徴されており、天皇に処分は及ばなかったものの、皇太子(当時)の誕生日(現天皇誕生日)に被告人28名のうちの7名が絞首刑に処されたというのも偶然ではないように思われます。
「切腹」ポスター in 小津安二郎「秋刀魚の味」
切腹 poster.jpg切腹 小林正樹.jpg 「切腹」の原作は滝口康彦(1924-2004)の武家社会の虚飾と武士道の残酷性を描いた作品です。映画化作品にも、かつて日本人が尊んだサムライ精神へのアンチテーゼが込められているとされていますが、井伊家の千々岩求女への対応は、武士道の本筋を外れて集団サディズムになっているように感じました(同時に斎藤勘解由は、千々岩求女を自らの出世の材料にしようとしたわけだ)。ストーリーはシンプルですが骨太であり(脚本は橋本忍)、観る側に、何故半四郎が介錯人に指名した3人が何れもその日に出仕していないのかという疑問を抱かせたうえで、半四郎がまさに切腹せんとする庭先の場面に、半四郎の語る回想話をカットバックさせた橋本忍氏の脚本が巧みです。

切腹(196209 松竹).jpg 壮絶且つ凄絶な復讐(仇討)劇でしたが、改めて観ると、息子・千々岩求女の亡骸を半四郎が求女の妻・美保と一緒に引き取りに来た際に、求女に竹光で腹を切らせた首謀者である沢潟、矢崎、川辺の3人しか半四郎に会っておらず、それ以外の者には半四郎の面が割れていないとうのが一つの鍵としてあったんだなあと。

切腹 1962 岩下.jpg 半四郎役の仲代達矢(当時29歳)は、長台詞を緊迫感絶やすことなくこなしており、勘解由役の三國連太郎(当時39歳)、沢潟役の丹波哲郎(当時39歳)の "ヒール(悪役)"ぶりも効いています(19歳の美保を演じた岩下志麻は当時21歳だったが、やはり若い。11歳の少女時代(右)まで演じさせてしまっているのはやや強引だったが)。

切腹 1962 三國.jpg 撮影中に起きた仲代達矢と三國連太郎の演劇と映画の対比「論争」は海外のサイトなどにも紹介されていて(この作品は「カンヌ映画祭」で審査員特別賞を受賞している)、仲代達矢の台詞を喋る声が大きすぎて、三國連太郎が(仲代達矢が演劇出身で)映画と演劇の違いが解っていないとしたのに対し、仲代達矢は、集音マイクがあろうと、実際の人物間の距離に合わせた声量で台詞を言うべきだと反論したというものです(小林正樹監督が両者が納得し合うまで議論するよう仕向けたため撮影は3日間中断、後に仲代達矢はあの議論は有意義だったと述懐している)。

切腹 1962 丹波.jpg カットバック(回想)シーンの中にある仲代達矢と丹波哲郎の決闘場面はなかなかの圧巻で、仲代達矢はこの作品と同じ年の1月に公開された「椿三十郎」('62年/東宝)で先に三船敏郎と決闘シーンを演じているわけですが、丹波哲郎との決闘シーンは、それとはまた違った味わいがありました(「椿三十郎」と言わば真逆の役回りであることもあり、"仲代達矢目線"で観ればこちらの方がいい)。

 因みに、その仲代達矢の腰を低く落として脇に刀を構える構えは戦国時代のもので、丹波哲郎の直立姿勢での構えは江戸時代初期に始まりその後主流となったものであるとのことです。

護持院原の敵討―他二篇 森鴎外著.png 両者が決闘した護持院原(ごじいんがはら)は、森鷗外の中編「護持院原の敵討」でも知られていますが、現在の千代田区神田錦町辺りで、江戸時代は"敵討ちの名所"だったようです(江戸から「中追放」の罪となった者の放たれる境界線のすぐ外側。従って、放たれた途端に、私怨を晴らし切れない者などに決闘を申し込まれる)。沢潟の方から半四郎をわざわざ決闘の場として護持院原に誘ったことがずっと個人的には解せなかったのですが、この作品の時代設定は大阪の陣からまだ15年しか経っていないので(まだ"敵討ちの名所"になっていない?)、たまたま近場の原っぱが護持院原だったと考えれば、沢潟が半四郎を護持院原に誘ったこと自体は不自然ではないのかもしれないと改めて思いました。

Seppuku(1962)  第16回カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作
Seppuku(1962).jpg

近江彦根藩井伊家屋敷跡(東京都千代田区)の石碑.jpg 因みに、滝口康彦(1924-2004)による原作「異聞浪人記」は、講談社文庫版『一命』に所収(三池崇史監督、市川海老蔵 主演の本作のリメイク作品('11年)のタイトルは「一命」となっている)。『滝口康彦傑作選』(立風書房)にある原作に関する「作品ノート」によれば、「『明良洪範』中にある二百二十字程度の記述にヒントを得た。彦根井伊家の江戸屋敷での話で、原典では井伊直澄の代だが、小説では、大名取潰しの一典型といえる福島正則の改易と結びつけるため、直澄の父直孝の代に変えている」とのことです。『明良洪範』の記述の史実か否かの評価については様々な異論があるようですが、ある程度歴史通の人たちの間では、この中にある、彦根藩(この藩は当時は弱小藩だったが後に安政の大獄で知られる大老・井伊直弼を輩出する)が士官に来た浪人を本当に切腹させてしまったことが、こうした「狂言切腹」の風習が廃れるきっかけとなったとされているようです。
近江彦根藩井伊家屋敷跡(東京都千代田区)の石碑

人間の条件2.jpg小林 正樹(こばやし まさき、1916年2月14日 - 1996年10月4日)は、北海道小樽市出身の映画監督である。1952年(昭和27年)、中編『息子の青春』を監督し、1953年(昭和28年)『まごころ』で正式に監督に昇進。1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)の3年間にかけて公開された『人間の條件』は、五味川純平原作の大長編反戦小説「人間の條件」の映画化で、長きに渡る撮影期間と莫大な製作費をつぎ込み、6部作、9時間31分の超大作となった。続く1962年(昭和37年)初の時代劇『切腹』でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞。続いて小泉八雲の原作をオムニバス方式で映画化した初のカラー作品『怪談』は3時間の大作で、この世のものとは思えぬ幻想的な世界を作り上げ、二度目のカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受けた他、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、日本映画史上屈東京裁判 小林正樹.jpg指の傑作と絶賛された。1965年(昭和40年)松竹を退社して東京映画と契約し、1967年(昭和42年)三船プロ第一作となる『上意討ち 拝領妻始末』を監督して、ヴェネツィア国際映画祭批評家連盟賞を受賞、キネマ旬報ベスト・ワンとなった。1968年(昭和43年)の『日本の青春』のあとフリーとなり、1969年(昭和44年)には黒澤明、木下恵介、市川崑とともに「四騎の会」を結成。1971年(昭和46年)にはカンヌ国際映画祭で25周年記念として世界10大監督の一人として功労賞を受賞。1982年(昭和57年)には極東国際軍事裁判の長編記録映画『東京裁判』を完成させた。1985年(昭和60年)円地文子原作の連合赤軍事件を題材にした『食卓のない家』を監督。これが最後の映画監督作品になる。(「音楽映画関連没年データベース」より)

切腹 1962 チラシ.jpg切腹 1962 仲代 立ち回り.jpg「切腹」●制作年:1962年●監督:小林正樹●脚本:橋本忍●撮影:宮島義勇●音楽:武満徹●原作:滝口康彦「異聞浪人記」●時間:133分●出演:仲代達矢/三國連太郎/丹波哲郎/石浜朗/岩下志麻/三島雅夫//中谷一郎/佐藤慶/稲葉義男/井川比佐志/武内亨/青木義朗/松村達雄/小林昭二/林孝一/五味勝雄/安住譲/富田仲次郎/田中謙三●公開:1962/09●配給:松竹(評価:★★★★)

『東京裁判』 映画1.jpg『東京裁判』 映画3.jpg「東京裁判」●制作年:1983年●監督:小林正樹●総プロデューサー:須藤博●脚本:小笠原清/小林正樹●原案:稲垣俊●音楽:武満徹●演奏:東京コンサーツ●ナレーター:佐藤慶●時間:277分●公開:1983/06●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋文芸坐(84-12-08)(評価:★★★★)

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「インテレクチュアルな好奇心」(五木寛之)を満たす傑作。

点と線―長編推理小説 (1958年).jpg点と線 カッパノベルズ2.JPG 点と線.png
カッパ・ノベルズ(1960/1973) 『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)

点と線―長編推理小説 (1958年)

 汚職事件の摘発が進行中の某省の課長補佐・佐山憲一(31)と、料理屋女中・お時(本名:桑山秀子)の死体が九州の香椎海岸で発見される。2人の死は情死との見解が強まるが、佐山の遺留品の中から、東京から九州方面へ向かう特急「あさかぜ」号の中で発行された「御一人様」の列車食堂のレシートが残っていたことに、地元警察のベテラン刑事・鳥飼重太郎が疑問を抱く。警視庁捜査2課の警部補・三原紀一も現地を訪れ、捜査が進む。実務者の佐山は汚職事件の鍵を握る人物であり、検察は佐山に確認したいことが多くあり、また、佐山の死で"利益を得る"上役官僚が複数いた。その中に、汚職事件の中心にある某省の部長・石田芳男(50)がおり、捜査線上に、某省に出入りする機会工具商・安田辰郎が上がる。佐山とお時の間の繋がりが認められず、三原は2人が青酸カリを飲んだ前後の点と線 4.jpg安田の足取りを追う。すると、2人が青酸カリを飲んだ翌日の夜に、安田が仕事で北海道の小樽に行き、そこで取引先の業者と会っていた。東京から青森へ向かう特急列車や、北海道へ渡る青函連絡船でも、安田がいたことの証言や、乗車記録が残っている。2人が青酸カリを飲んだ夜に安田が九州にいることは物理的に不可能に思えたが、航空機を利用すれば、安田が業者に会う前に九州から北海道に着くことが可能なことに三原は気付く。しかし、安田は該当する便に乗っておらず、乗客全員を当たって偽名などがないか裏付けを取るが、全員がその便に乗っていたことが判明し、捜査は難航する―。

 松本清張(1909‐1992)のあまりにも有名な長編推理小説で、雑誌「旅」の1957(昭和32)年2月号から1958(昭和33)年1月号に連載され、加筆訂正の上、1958年2月に光文社から単行本刊行されていますが、連載当時は、同時期に「週刊読売」に連載されていた『眼の壁』に比べて反響は少なく、作者自身から「病気のため休載にしてほしい」との申し出が「旅」の編集者にあったのを、編集者が「休載するなら『眼の壁』など、他の全ての連載を休載にしてもらう」と迫ったため、結局休載することなく連載が続けられたとのことです。
東京駅の13番線ホームに立つ松本清張[朝日新聞デジタル]
松本清張00.jpg 東京から博多まで夜行列車で20時間ほどかかった時代の話であることを念頭に読む必要はありますが、安田が、自分が東京駅の13番線プラットフォームで料亭「小雪」の女中2人に見送られる際に、向かいの15番線プラットフォームにお時が男性と夜行特急列車「あさかぜ」に乗り込むところを見たという他の目撃者付き証言に対時間の習俗 カッパノベルス.jpgして、13番線から15番線に停まっている「あさかぜ」を見通せるのは17時57分から18時01分までの4分間しかないことが判り、三原は、逆にこの「空白の4分間の謎」から安田に対する嫌疑が確信に近いものとなり、安田が航空機を使ったのではないかというアリバイのトリックを思い立つ(この"移動"トリックは、'61年発表の『点と線』の姉妹編とも言える時間の習俗でも使われている)という展開は、すんなり腑に落ちるものでした(しかし、この後も多くの推理の壁が三原の前に立ちはだかる)。

 今手元にあるのはカッパ・ノベルズの昭和48年発行版で、「香椎海岸」や「青函連絡船」など10枚の写真が収められていてシズル感を高めているほか、冒頭には「東京駅構内で取材する松本清張氏」の写真もあります。

 また、巻末には、昭和44年に行われた、この作品を巡る荒正人・尾崎秀樹の2人の対談があり、その中で、作家の五木寛之氏が、「松本清張氏はプロレタリアート・インテリゲンチャとして成熟した稀有な例」だとし、「その文学はプロレタリアートの怨念とインテレクチュアルな好奇心をバネとしている」と言っていることを取り上げています。"プロレタリアート・インテリゲンチャ"という表現に対して荒正人・尾崎秀樹両氏の間で距離感の違いはあるものの(荒正人は、夏目漱石の本が明治・大正・昭和の時代をかけて1000万部読まれてきたのに対し、松本清張はこの数字に僅か10年で到達してしまったことを取り上げ、大衆社会の中で"米の飯"のような必需品のような読まれ方をしてきたと指摘している)、当時発行部数7000万部だったカッパ・ノベルズの内1000万部が清張作品だったというのはスゴイことだと思いました。

点と線 ラスト.jpg この作品は、『ゼロの焦点』や『砂の器』などの作者の他の代表作に比べると、「インテレクチュアルな好奇心」を満たすウェイトの方が高いように思われ、その点では無駄が少なく、一方、作者が昭和30年代に初めて「社会派推理というジャンルを築いた」という説明の流れの中で紹介される作品としては、"社会派"の部分はやや希薄な印象も受けます。但し、作中で殆ど姿を見せない安田の妻・亮子(最終的には自らの死も心中に見せかけたと推察され、自らも含む2度の"心中偽装"を行ったことになる)の造型は、抑圧された女性の怨念を描いて巧みな後の清張作品の、ある種「原点」的な位置づけにあると言えるかもしれません。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫

点と線 テレビ朝日 1シーン.jpg この作品は、「テレビ朝日」開局50周年記念ドラマスペシャルとして2007年11月24日と25日2夜連続で放送されていますが、ビートたけしが鳥飼重太郎を演じることで、三原より鳥飼の方が事件解明の中心になっていて(原作では三原は鳥飼から幾つかの示唆を得ながらも自分で事件を解明する)、かなり原作とは異なった印象を受けました。これまで何度も映像化されているのであればこうした改変もあっていいのかもしれませんが、テレビドラマとしては初の映像化だったので、ストレートに原作をなぞって欲しかった気もします。
テレビ朝日「点と線」(2007) 監督:石橋冠

点と線 チラシ.jpg点と線.jpg 小林恒夫監督による映画化作品('58年/東映)は、高峰三枝子、山形勲といったベテランはともかく、三原刑事役の南廣が映画初出演ということもあり(元々はジャズドラマーだった)、演技がややぎこちないことが、映画そのものがイマイチだった印象に繋がっています。映画の出来はともかく、原作が、これもまた『ゼロの焦点』同様「社会派推理」であると同時に、『ゼロの焦点』以上にトリックの占めるウェイトが高いものであったことを改めて認識させられるものでした。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫/主演:高峰三枝子、山形勲

「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉/志村喬/三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ/点と線 志村喬.jpg映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg点と線 DVD.jpg小宮光江/月丘千秋/楠トシエ/風見章子/織田政雄●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)
映画 「点と線 [DVD]」(1958年/東映) 
   
点と線 ビートたけし6.jpg点と線 ビートたけし.jpg「点と線」●監督:石橋冠●制作:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●出演:ビートたけし/高橋克典/内山理名/小林稔侍/樹木希林/原沙知絵/大浦龍宇点と線 テレビ朝日 2.jpg一/平泉成/本田博太郎/金児憲史/名高達男/大鶴義丹/竹中直人/橋爪功/かたせ梨乃/坂口良子/小野武彦/高橋由美子/宇津井健/池内淳子/江守 徹/市原悦子/ 夏川結衣/柳葉敏郎●放映:2007/11(全2回)●放送局:テレビ朝日
ビートたけし×松本清張 点と線 [DVD]

週刊 松本清張 【創刊号】 点と線.jpg点と線 文春文庫.jpg松本 清張 『点と線』 新潮文庫.jpg 【1958年単行本・1960年ノベルズ版・1968年カッパ・ノベルズ改版/1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/2009年再文庫化[文春文庫]】

点と線 (新潮文庫)

   
点と線―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
 


週刊『松本清張』 1号 点と線 (デアゴスティーニコレクション)」デアゴスティーニ・ジャパン (2009/10)

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「五社協定」はまさに、三船、裕次郎にとっての「破砕帯」であった。

黒部の太陽 ミフネと裕次郎.jpg 黒部の太陽 全記録.jpg  黒部の太陽 ポスター.jpg 熊井啓.bmp 熊井 啓(1930‐2007)
黒部の太陽』['05年]『映画「黒部の太陽」全記録 (新潮文庫)』['09年] 映画「黒部の太陽 [通常版] [DVD]」['68年]ポスター

黒部の太陽 ポスター2.jpg 映画「黒部の太陽」('68(昭和43)年/日活)は、或る一定世代おいては学校の課外授業で観た人も多いと思いますが、自分もその一人。この度、石原プロが、東日本大震災の被災地支援のため全国でチャリティー上映会を催すとのことで、その第1弾の上映が来月('12年5月)に黒部市で行われ、年末までに全国約150カ所を巡って上映するそうですが、どういう上映形態になるのでしょうか。

 と言うのは、生前の石原裕次郎が「こういった作品は映画館の大迫力の画面・音声で見て欲しい」と言い遺したためソフト化されていない一方で(2013年3月DVD化)、スクリーン上映もこれまで殆ど行われておらず、裕次郎の13回忌や17回忌などに、石原プロが関係するイベントで上映されている程度。しかも、封切版は3時間15分の作品ですが、海外公開用に編集された「約1時間がカットされたもの」を公開しているとのこと(本書著者あとがき)、過去のノーカット版の上映は、大阪市と黒部市での2回のみだそうです。

黒部の太陽2.jpg 今年('12年)3月17日にはNHK‐BSプレミアムで33年ぶりにTV放映され、「特別篇」と称した2時間20分の海外用短縮版を観ましたが、ラストの三船敏郎がダム完成後に工事用の隧道内を歩くシーンなど、作品において不可欠と思われる場面がカットされているように思われました。こうなると、不完全燃焼感の残る再放送を観るよりも、こちらの監督自身による、映画完成までの苦難の道程を記録した記録を読む方が面白かったりして...。

 勿論、映画を観た上での相乗効果的な面白さですが、まだ映画を観ていない人は、本書を読んでから映画を観るとより面白いと思います(本書後半には、映画シナリオの完全版を掲載)。

黒部の太陽3.jpg 本書によれば、映画制作のきっかけは、石原プロの専務・中井景が、毎日新聞編集委員・木本正次が'64(昭和39)年に毎日新聞に116回に渡り連載した原作小説『黒部の太陽』に着目したことですが、'62年に日活から独立した石原裕次郎は、'63年には独立第1弾として、「太平洋ひとりぼっち」を公開するものの興行面では失敗に終わり(これは母親に連れられてリアルタイムで観たなあ)、ややジリジリしていたみたいで、中井が著者に監督を打診する辺りなどは、なかなか興味深いものがあります。

 一方で中井は三船プロの三船敏郎にも渡りを付け、監督が熊井啓ならば、ということで制作・出演の了解を得(三船は初め熊井のことをよく知らなかったみたいだが)、映画は石原プロと三船プロという俳優が興したプロダクションによって制作されることになりますが、当時は大手の映画会社が制作・配給・劇場公開までを仕切るのが通常で、裕次郎、三船という日活・東宝の看板スターでも、独立系プロダクションが映画を作るというのは大変なことだったようです。

 特に石原・三船らを苦しめたのは、当時映画会社の間にあった「五社協定」と呼ばれる取り決めで(当初は、松竹・東宝・大映・東映・新東宝の5社、後に新東宝に替わって日活が加わる)、協定では、実質上ある映画会社の俳優は、その映画会社の撮影所でその映画会社の監督以下スタッフのもと映画に出演し、制作・配給し、その映画会社の系列映画館でしかできないというもので、日活に縁のある石原裕次郎が、東宝に縁のある三船敏郎と組んで、日活社員であった熊井啓に映画会社の事前了解無く脚本を書かかせ(井手雅人の脚本の前に熊井自身が一度脚本を書いている)、映画を撮らせるというのは、そうした閉鎖的な業界から見れば掟破りのことだったようです。

 '64年に三船敏郎と石原裕次郎は「三船プロ・石原プロの共作で『黒部の太陽』を映画化する」と"中央突破"的に会見し、このことは同じく会見に臨んだ著者(熊井啓)の日活解雇問題にまで発展、こうした経緯が、映画化が実現するまでに時間を要した原因となりますが、その間にも、石原プロが厳しい財政状況だった裕次郎は、スタッフ・キャスティングに必要な人件費が充分にないため、劇団民藝の主宰者である宇野重吉を訪ねて協力を依頼し(宇野重吉は協力・出演を快諾。映画は、息子・寺尾聡の映画初出演作ともなった)、また、制作に当たって映画会社から圧力が掛かっていた関西電力を訪ね、経営層トップにシンパを築くことなどもしていきます

 '66年に再び三船と裕次郎が会見を開き、『黒部の太陽』を映画化すると再発表しますが、資金面だけでなく撮影面でも大掛かりであったため(トンネル工事の再現セットが愛知県豊川市の熊谷組の工場内に作成された)、クランクインしてからも苦難の連続で、トンネル内の出水シーンでは、420トンの水タンクの水が想定以上に勢いよく押し寄せ、裕次郎が親指を骨折したほか負傷者が何人も出たとのことです(奔流に流される裕次郎を救出しようと監督がカメラの前に飛び出したのが映っている)。

高熱隧道.jpg トンネル工事、とりわけ「関電トンネル」にフォーカスした脚本は成功していると思われますが、結局、ダム工事で一番大変なのが隧道建設であることは、戦前・太平洋戦争直前の黒部第三ダムの建設を描いた吉村昭のノンフィクション小説『高熱隧道』('67年/新潮社)からも窺えます(この「黒部第三ダム」の建設の大変さは、映画では、裕次郎演じる熊谷組下請け会社・岩岡(モデルは笹島建設の社長)の父・源三(辰巳柳太郎)などによって再現されている)。

高熱隧道 (新潮文庫)

 因みに、"昭和の大工事"とされた黒部川第四発電所建設での犠牲者が171名に対し、この第三発電所建設は全工区で300名以上の死者が出て、吉村昭が小説でフォーカスした阿曾原谷側工事だけでも188名の死者が出ています(この時は温泉水脈の傍を掘ったため、"灼熱地獄"の中での工事だった)。

黒部の太陽 5.jpg 黒四ダムの「関電トンネル」は全長5.4キロを掘り進む工事でしたが、熊谷組坑口から1.4キロの地点で「大破砕帯」にぶつかり、湧水を含んだ地中の軟弱層が切羽を押し潰すという事態が繰り返し起きて工事は難航(こちらは、漏水による言わば"水地獄"状態)、これが、本書を読むと、「五社協定」によって映画作りが難航したことと丁度ダブって見え、まさに「五社協定」は、三船、裕次郎にとっての「大破砕帯」であったわけです。

 その他にも本書を読んで知ったのは、三船敏郎が演じた関西電力黒四建設事務所次長・北川の娘(日色ともゑ)が白血病で亡くなるという話は、モデルとなった芳賀公介という人が、関電トンネルの完成とほぼ同じ頃に娘を亡くしており、事実に基づいた話だったのだなあと。

「黒部の太陽」03.jpg 関電トンネルが貫通してもいい頃なのになかなか貫通せず、その日も皆諦めて帰りかけた時に、裕次郎演じる岩岡が鑿を突っ込んだら貫通していたというのも、笹島氏の話によると事実だそうで、それで、貫通祝賀の儀式は、反対面から掘っていた間組ではなく、熊谷組の仕切りになったそうです。

「黒部の太陽」.jpg 47歳の三船敏郎の演技は重厚。貫通祝賀の日に娘の訃報が入るという、歓喜と悲嘆の入り混じる場面の演技は秀逸ですが、撮影前夜に笹島氏らと酒を飲み、しかも三船は朝まで飲んで、真っ赤に充血した目で撮影現場に現れたそうで、それが映画では演技にリアルさを持たせ、それも役作りの一環だったわけかと。

 石原裕次郎(1934‐1987)、三船敏郎(1920‐1997)が亡くなった際の著者の追悼文が付されていますが、まさか三船を兄貴分と慕っていた裕次郎の方が先に亡くなるとは。プロデューサーの中井景も脚本の井手雅人も鬼籍に入り、裕次郎、三船への追悼文を書いた著者・熊井啓(1930‐2007)も、本書が文庫化される前に亡くなっているのが寂しいです。
 
黒部の太陽1.jpg「黒部の太陽」●制作年:1968年●製作:三船敏郎(三船プロダクション)/中井景(石原プロモーション)/石原裕次郎(石原プロ)●監督:熊井啓●脚本:井手雅人/熊井啓●撮影:金宇満司●音楽:黛敏郎●原作:木本正次「黒部の太陽」●時間:195分●出演:三船敏郎/石原裕次郎/滝沢修/志村喬/辰巳柳太郎/宇野重吉/二谷英明/芦田伸介/佐野周二/岡田英次/山内明/寺尾聰/柳永二郎/玉川伊佐男/高津住男/加藤武/成瀬昌彦/信欣三/大滝秀治/清水将夫/下川辰平/庄司永建/鈴木瑞穂/日色ともゑ/樫山文枝/川口晶/内藤武敏/佐野浅夫/草薙幸二郎/榎木兵衛/武藤章生/北林谷栄/三益愛子/高峰三枝子●公開:1968/02●配給:日活(評価:★★★★☆)

【2009年文庫化[新潮文庫(『映画「黒部の太陽」全記録』)]】

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"黒澤明"風「阿部一族」。原作のイメージしにくい部分をイメージするのに丁度いい。

日本映画傑作全集 阿部一族.jpg 阿部一族 映画.jpg  阿部一族 岩波文庫.jpg 阿部一族 新潮文庫.jpg
「阿部一族」(1938年/監督:熊谷久虎)/映画「阿部一族」の一場面/『阿部一族―他二編 岩波文庫』/『阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

阿部一族31_v.jpg 寛永18年、肥後熊本の城主・細川忠利が逝去し、生前より主の許しを受け殉死した者が18名に及んだが、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対しては、家中の者の見る眼が変わり、結局彼は息子達の目の前で切腹して果て、更に先君の一周忌には、長男・権兵衛(橘小三郎)がこれに抗議する行動を起こし非礼として縛り首となり、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は、主君への謀反人として討たれることになる―。

 原作は森鷗外が1913(大正2)年1月に雑誌『中央公論』に発表した中篇小説ですが、簡潔な描写であるのはいいのですが、一部においては歴史史料のような文体であり、これをフツーの人が読んでどれぐらい出来事の情景が思い浮かべることができるか、大体は可能だとしても細部においてはどうか。個人的には、同年発表の『護持院原の敵討』の方が読み易かったでしょうか。鷗外が、同じ江戸時代の慣習でも、「殉死」に対して批判的で、「敵討」に対しては同情的であるように見えるのが興味深いです(「阿部一族」は、明治天皇を追って乃木希典が殉死したことへの批判的動機から書かれたとも言われている)。

映画『阿部一族』.jpg 熊谷久虎(1904‐1986)監督により1938年に映画化されていますが(このほかに深作欣二(1930‐2003)監督も1995年にテレビ映画化している)、黒黒澤明         .jpg澤明監督が演出の手本にしたという熊谷久虎作品はたいへん判り易いもので、但し、判り易すぎると言うか、弥一右衛門のことを噂する家中の者の口ぶりは、サラリーマンの職場でのヒソヒソ話と変わらなかったりして(親近感は覚えるけれど)、小説の中でも触れられている犬飼いの五助の殉死や、小心者の畑十太夫などについても、コミカルで現代的なタッチで描かれています(この辺りで残酷な場面はない)。

阿部一族30_v.jpg 一方、登場人物中で殉死に唯一懐疑的な隣家の女中・お咲(堤真佐子)と、彼女と親しい仲間多助(市川莚司)は映画オリジナルのキャラであり、市川莚司(後の加東大介)の主君の追い腹を切ろうとしてもいざとなるとビビって切れないという演技もまたコミカルでした。

 但し、基本的には当然明るい話では無く、阿部弥一右衛門の自死が、追い腹を切れば主君の命に背いたことになり、切らねば「脂を塗った瓢箪の腹を切る」臆病者と揶揄されるという状況の中での切羽詰まった選択であったにせよ、その事が一族にもたらしたその後の不幸は彼の推測し得なかったことであり、残された一族の「何でこうなるのか」みたいな焦燥感や悲壮感が、映像でよく伝わってきます(最後は一族総玉砕みたいな感じで、この辺り"黒澤明"風)。

殉死の構造 学術文庫.jpg 因みに、鷗外がこの小説のベースにした『阿部茶事談』という史料自体が脚色されたものであり、実際には阿部弥一右衛門は、他の殉死者と同じ日にしっかり殉死していたということは、山本博文 著『殉死の構造』(講談社学術文庫)などで史料研究の観点から指摘されており、山本氏によれば、鷗外は、"誤った"史料をベースに物語を書いたということのようですが、鷗外が確信犯的に創作したという可能性はないのだろうか(他にも、「権兵衛の非礼」→「一族の討伐」→「権兵衛の縛り首」が正しい順番であるなど、史実との違いがある)。

 この「阿部一族」は、円谷英二が特殊技術を担当し、始めて本格的に特撮監督としてデビューした作品でもあるらしいです(但し、息子・円谷一による追悼フィルモグラフィー『円谷英二―日本映画に残した遺産』('73年/小学館、'01年復刻版刊行)の「関係主要作品リスト」にはなぜか入っていない)。

阿部一族(1938).jpg 「阿部一族」●制作年:1938年●監督:熊谷久虎●製作:東宝/前進座●脚本:熊谷久虎/安達伸男●撮影:鈴木博●音楽:深井史郎/P・C・L管絃楽団●原作:森鷗外「阿部一族」●時間:106分●出演:中村翫右衛門/河原崎長十郎/市川笑太郎/橘小三郎/山岸しづ江/堤真神保町シアター.jpg佐子/市川莚司(加藤大介)/市川進三郎/山崎島二郎/市川扇升/山崎進蔵/中村鶴蔵/嵐芳三郎/坂東調右衛門/市川楽三郎/瀬川菊之丞/市川菊之助/中村進五郎/助高屋助蔵/市川章次/中村公三郎●公開:1938/03●配給:東宝映画●最初に観た場所:神保町シアター(09-05-09)(評価:★★★☆) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン

『阿部一族・舞姫』 (新潮文庫) 森 鴎外.jpg 【1938年文庫化・2007年改版[岩波文庫(『阿部一族―他二篇』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『阿部一族・雁・高瀬舟』)]/1967年再文庫化・1976年改版[角川文庫(『山椒大夫・高瀬舟・阿部一族』)]/1968年再文庫化・2006年改版[新潮文庫(『阿部一族・舞姫』)]/1972年再文庫化[講談社文庫(『阿部一族・山椒大夫・高瀬舟―ほか八編』)]/1995年再文庫化[ちくま文庫(『森鴎外全集〈4〉雁・阿部一族』)]/1998年再文庫化[文春文庫(『舞姫・雁・阿部一族・山椒大夫―外八篇』)]】

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

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振り切ってきた過去へのノスタルジーに満ちた「祭りの準備」。大谷直子が鮮烈な「肉弾」。

祭りの準備.jpg 祭りの準備  タイトル.jpg  肉弾.jpg 肉弾 大谷直子3.jpg
祭りの準備 [DVD]」(監督:黒木和雄)          「肉弾 [DVD]」 (監督:岡本喜八)

黒木和雄.jpg中島丈博.jpg 「祭りの準備」('75年/ATG)は、昭和30年代の高知を舞台に、1人の青年がしがらみの多い土地の人間関係に圧迫されながらも巣立っていく姿を描いた青春映画で、主人公(江藤潤)が信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ていることからも窺えるように、原作は中島丈博の自伝的小説であり、監督は'06年に亡くなった黒木和雄です。
祭りの準備 DVDカバー.jpg
黒木和雄(1930‐2006/享年75)/中島丈博

映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」.jpg 「青春映画」とは言え青春の真只中でこの作品を観ると、あまりにどろどろしていて結構キツいのではないかという気もしましたが、このどろどろ感が中島丈博の脚本の特色とも言えます。

 父親(ハナ肇)は女狂い、祖父(浜村純)はボケ老人、母親(馬渕晴子)は主人公の青年を溺愛し、彼は二十歳にしてそこから逃れられないでいて、心の恋人(竹下景子)も片思いの対象でしかなく、結局、男達の性欲の捌け口となっている狂った女(桂木梨江)と寝てしてしまうが、その女が妊娠したらしいことがわかる―。 映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」

祭りの準備00.jpg祭りの準備2.jpg 青年がシナリオを書くとセックス描写が頻出し、左翼かぶれの"心の恋人"に「労働者階級をもっときちんと描くべきで、どうしてセックスのことばかり書くの」となじられる始末。そのくせ、彼女はオルグの男性にフラれると、宿直中の青年に夜這いして来て、そこで小火(ボヤ)事件が起きてしまうという、青年同様に彼女自身、青春の混沌の中でちょっと取りとめが無い状態になっています。

祭りの準備図0.jpg こんな状況から脱したいという青年の気持ちがよく分かり、その旅立ち駅のホームで万歳して見送る、泥棒一家の次男で殺人の容疑をかけられ逃亡の身の男を演じているのが原田芳雄(1940-2011)で、冬物語2.gifいい味を出しています(この俳優を渋いなあと最初に思ったのは映画ではなくテレビで観た「冬物語」('72年~'73年/日本テレビ)というメロドラマだった。恋人役は浅丘ルリ子、ふられ役は大原麗子)。

「冬物語」

 創作の要素はあるとは言え、この「祭りの準備」という映画には、原作者(中島丈博)が過去に振り切ってきた諸々に対するノスタルジーが詰まっている感じがします(東京への"脱出"行を果たした江藤潤と、それが出来ないでいる原田芳雄という対比構造になっている)。

祭りの準備3.jpg 祭りの準備 竹下景子.jpg 祭りの準備 図1.jpg
竹下景子 (たけしたけいこ) 1953年9月15日生まれ.jpg 竹下景子(1953年生まれ、当時22歳)の映画デビュー2作目(主演級は初)で、この作品はそのヌードシーンで話題になることがありますが、主人公の青年に夜這いした際の下着姿と引き続く火事の炎の向こうにチラッと見える全裸(半裸?)姿程度で(この頃の彼女は結構コロコロ体型、よく言えばグラマラスだった)、この後清純派で売り出し、"お嫁さんにしたい女性No.1"などと言われたために以降全くスクリーン上では脱がなくなり、このシーンの付加価値が出た?

竹下景子 [上写真(in 「祭りの準備」(1975))・左写真(グラビア)]

映画「純」 横山博人 江藤潤 ポスター.jpg純 江藤潤DVD.jpg 主演の江藤潤(1951年生まれ)も、映画初主演の割には良い演技をしていたように思います。その後も、「帰らざる日々」('78年/日活)、「純」('80年/東映セントラルフィルム)などの作品に出演していますが、主演の「純」は東映出身の横山博人監督の第一回作品で、'78年4月に完成したものの、国内公開の目途の立たぬまま、翌年度のカンヌ映画祭に出品され、新人監督の登竜門「批評家週間」オープニング上映作品に選出され、以後、ロンドン、ロスアンゼルス映画祭に招待されるなど、高い評価を得ため、'80年に一般公開となったという作品。

 長崎の軍艦島から漫画家を志望して上京し、遊園地の修理工場で働いている主人公の二十歳の松岡純(江藤潤)は、恋人がいながらその手さえ握らず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける―漫画家を志望で軍艦島から東京に出てきたというところが、脚本家志望で高知・四万十から都会へ行こうとする「祭りの準備」の主人公と似ていますが、ラストまでのプロセスが観ていて気が滅入るくらい暗くて(痴漢行為に耽っているわけだから明るいはずはないが)、脇を固めている俳優陣は非常にリアリティのある演技をしていたものの、イマイチ自分の肌には合わなかったなあ(リアリティがあり過ぎて?)。江藤潤はやはり「祭りの準備」の彼が良かったように思います(「純」はどうして海外でウケたのだろう。外国人には痴漢が珍しいのかなあ。そんなことはないと思うが、クロード・ガニオン監督の「Keiko」('79年/ATG)でも冒頭に痴漢シーンがあった)。

大谷直子 in 「肉弾」(1968)[下写真]
『肉弾』(監督 岡本喜八)2.bmp 女優のデビュー時乃至デビュー間もない頃のスクリーン・ヌードという点では、「高校生ブルース」('70年/大映)の関根(高橋)惠子(1955年生まれ、当時15歳)、「旅の重さ」('72年/松竹)の高橋洋子(1953年生まれ、当時19歳)、「十六歳の戦争」('73年制作/'76年公開)の秋吉久美子(1954年生まれ、当時19歳)、「恋は緑の風の中」('74年/東宝)の原田美枝子(1958年生まれ、当時15歳)、「青春の門(筑豊篇)」('74年/東宝)の大竹しのぶ(1957年生まれ、当時16歳)、「はつ恋」('75年/東宝)の仁科明子(亜季子)(1953年生まれ、当時22歳)などがありますが(これらの中では、関根惠子と原田美枝子の15歳が一番若くて、仁科明子の22歳が竹下景子と並んで一番遅いということになる)、個人的には、'05年に亡くなった岡本喜八監督の「肉弾」('68年/ATG)の大谷直子(1950年生まれ、当時17歳)が鮮烈でした。

nikudann vhs.jpg肉弾3.jpg肉弾 寺田農.jpg この「肉弾」という作品は、特攻隊員(寺田農)を主人公に据え(「肉弾」とは「肉体によって銃弾の様に敵陣に飛び込む攻撃」のこと)、戦争の悲劇というテーマを扱っていながら、コミカルで悲壮感を(一応は)表に出していないという変わった映画で、映画肉弾 大谷直子4.jpg自体は、太平洋に漂流するドラム岳の中で魚雷を抱えている(ある意味、既に死んでいる)主人公の回想という形で進行し、主人公が1日だけの外出許可日に古本屋に行くつもりが思わず女郎屋に駆け込んでしまい、そこにいたセーラー服姿の肥溜めに咲いた一輪の白百合のような少女と防空壕の中で結ばれるという、その少女の役が映画初出演の大谷直子でした(その後、NHKの朝の連ドラ「信子とおばちゃん」('69年)でTVデビュー)。

 彼女が全裸で土砂降りの雨の中を走るシーンは衝撃的で、モノクロ映画ゆえに却ってその美しさは印象に残りましたが、かの特攻隊員は、そこで初めて自らが守るべきものを見出し、空襲で彼女が犠牲になったことで復讐心から戦闘意欲に燃え、魚雷と共に太平洋岡本喜八.jpgに出るという―これ、岡本喜八ならではのアイロニーなのですが、笑えるようでやっぱり笑えないなあ。岡本監督はその後も自らと同年代の戦中派の心境を独特のシニカルな視点で描き続けますが、「独立愚連隊」('59年)とこの「肉弾」は、そのルーツ的な作品でしょう。「日本のいちばん長い日」('67年)のようなオールスター大作を撮った後に、私費を投じてこのような自主製作映画のような作品を撮っているというのも凄いことだと思います。 
岡本喜八(1924- 2005/享年81) 下:「肉弾」大谷直子  寺田農/笠智衆

肉弾 大谷直子1.jpg肉弾 大谷直子2.jpg肉弾 笠智衆5.jpg
 
  
 
 
 
 
 
 

祭りの準備 4.bmp「祭りの準備」●制作年:1975年●監督:黒木和雄●製作:大塚和/三浦波夫●脚本:中島丈博●撮影:鈴木達夫●音楽:松村禎三●原作:中島丈博●時間:117分●出演:江藤潤/馬渕晴子/ハナ肇/浜村純/竹下景子/原田芳雄/杉本美樹/桂木梨江/石山ギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpg雄大/三戸部スエ/絵沢萠子/原知佐子/真山知子/阿藤海/森本レオ/斉藤真/芹明香/犬塚弘●公開:1975/11●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★☆)●併映:「サード」(東陽一)
飯田橋ギンレイホール 1974年1月3日オープン

「純」●制作年:1978年●監督・脚本:横山博人●製作:横山博人プロダクション●撮影:高田昭●音楽:一柳慧●時間:88分●出演:江藤潤/朝加真由美/中島ゆたか/榎本ちえ子/赤座美代子/山内恵美子/田島令子/橘麻紀/花柳幻舟/原良子/江波杏子/小松方正/深江章喜/大滝秀治/安倍徹/小坂一也/小鹿番/今井健二/森あき子/田中小実昌●公開:1980/12●配新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg給:東映セントラルフィルム●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「聖獣学園」(鈴木則文/主演:多岐川裕美)
新宿昭和館 1951(昭和26)年7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。


肉弾 アートシアター.jpg肉弾 vhs2.jpg『肉弾』(監督 岡本喜八)1.bmp「肉弾」●制作年:1968年●監督・脚本:岡本喜八●撮影:村井博●音楽:佐日劇文化.jpg藤勝●時間:116分●出演:寺田農/大谷直子/天本英世/笠智衆/北林谷栄/三橋規子/今福正雄/春川ますみ/園田裕久/小沢昭一/菅井きん/三戸部スエ/頭師佳孝/雷門ケン坊/田中邦衛/中谷一郎/高橋悦史/伊藤雄之助/(ナレーター)仲代達矢●公開:1968/10●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-05)(評価:★★★★)●併映:「人間蒸発」(今村昌平)


冬物語.gif「冬物語」.jpg「冬物語」2.bmp「冬物語」●演出:石橋冠●制作:銭谷功/早川恒夫●脚本:清水邦夫●音楽:坂田晃一●出演:浅丘ルリ子/原田芳雄/津川雅彦/扇千景/大原麗子/高松英郎/原田大二郎/宝生あや子/南美江/荒谷公之/鳥居恵子●放映:1972/11~1973/04(全20回)●放送局:日本テレビ

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石橋蓮司主演2作。時代の空疎感伝える「あらかじめ...」と中上文学を再現した佳作「赫い髪の女」。

あらかじめ失われた恋人たちよ(ポスター).jpg あらかじめ失われた恋人たちよ プレス.jpg  「赫い髪の女」.jpg 赫い髪の女.jpg
あらかじめ失われた恋人たちよ」 DVD/チラシ 「赫い髪の女 [DVD]」(監督:神代辰巳)

arakajime.jpgあらかじめ失われた恋人たちよド.jpg 棒高跳びでのオリンピック出場の夢を断たれて自棄になり、強盗を働きながら日本中を放浪していたあらかじめ失われた恋人たちよ.jpg青年(石橋蓮司)はある日、日本海のある街のスーパーの開店イベントで、全身に金粉を塗ってパフォーマンスをする聾唖者の男女(加納典明・桃井かおり)の姿に目を奪われ、彼らにつきまとい始める―。(加納典明/桃井かおり/石橋蓮司

「アートシアター 90 あらかじめ失われた恋人たちよ」より
あらかじめ失われた恋人たちよ0.JPG 「あらかじめ失われた恋人たちよ」('71年/ATG)は、劇作家の清水邦夫と当時「東京12チャンネル」のディレクターだった田原総一朗(この人、最初は岩波映画でカメラ助手をやっていた)の共同脚本・共同監督作品で、桃井かおりの実質的なデビュー作であり(桃井かおりは藤田敏八監督の「赤い鳥逃げた?」('73年/東宝)でも、シロクロ・ショーをしながら旅する女という役だった)、今は写真家になっている加納典明なども出ている映画ですが、今の田原総一郎、加納典明とこの映画とは、自分の中では長い間リンクしなかったような気がします。

 ストーリーはあるものの、多少前衛がかっていて(加納典明・桃井かおりが喋らないので石橋蓮司の独白で話は進む)、地下演劇的なムードもあるかも(田舎でやるシロクロ・ショーなどは何となく土俗的)。加えて、タイトルもしゃれているし何だか難しそうですが、少なくとも「あらかじめ失われた」ものが第一義的には「言葉」であることは、容易にわかるのではないでしょうか(だから、言葉を駆使している評論家・田原総一郎、カメラマン・加納典明とリンクしない?)。 

内灘夫人.jpg 後半の主要舞台は金沢郊外の内灘砂丘ですが、かつてここで米軍の試射場設置に対する反対闘争があったわけで、この作品にも試写場の廃墟が出てきます。五木寛之が60年安保の余韻を伝える作品『内灘夫人』を発表したのが'68年、しかしながらこの映画の公開は'71年で、もう既に70年安保という"政治の季節"が終わってしまったようなムードが、作品の中にもどことなくあります。

 というわけで、面白いと言うよりもどちらかと言えば一時代の記念碑的な作品ですが、石橋蓮司のパフォーマンス的な演技がその時代の空疎感、閉塞感をよく伝えていて、神代(くましろ)辰巳監督の「赫い髪の女」といいこの作品といい、70年代の石橋蓮司っていいなあと思います。

「赫い髪の女」英語版.jpg赫い髪の女 poster.jpg赫い髪の女2.jpg 「赫い髪の女」('79年/にっかつ)は中上健次の原作で、ダンプ運転手(石橋蓮司)といきずりの女(宮下順子)の愛欲の生活をリアルに描いた作品ですが、雨のジトジト降る日に狭いアパートの一室で、セックスの合間にインスタントラーメンを音をたてて啜る2人が、どういうわけか個人的にはすごく印象的でした。この作品も時代の閉塞を表していると言えるかも知れません赫い髪の女3.jpg(一体70年代のいつからいつまで"閉塞"状況だったのか、70年代がずーっと閉塞状況だったか、自分にはよくわからないが)。

(上)山口美也子 (下)石橋蓮司/宮下順子
 
 こちらはDVD化されているので、再見しようと思えばいつでも観ることができるのですが、出来れば劇場で観たい作品です(自分がこの作品を最初に観た「銀座並木座」は閉館してしまったが)。中上健次の原作のムードを損なわずに丁寧に撮られた佳作だったと思います。

映画・あらかじめ失われた恋人たちよ.jpgあらかじめ失われた恋人たちよ4.png「あらかじめ失われた恋人たちよ」●制作年:1971年●監督・脚本:清水邦夫/田原総一郎●企画:葛井欣士郎●撮影:奥村祐治●音楽:成毛滋●時間:123分●出演:石橋蓮司/桃井かおり/加納典明/岩淵達治/内田ゆき/正城睦子/緑魔子/カルメン・マキ/蟹江敬三/豊田紀雄/井上博一/吉田潔/竹之内文芸坐休館.jpg池袋文芸地下 地図.jpg文芸坐.jpg弾/秋浜悟史/井田邦明/キムカンザ/佐藤重臣/大森直人/蜷川幸雄/佐々倉英雄●公開:1971/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋文芸地下 (79-11-25)(評価:★★★★)●併映:「エロスは甘き香り」(藤田敏八)
池袋・文芸地下 1997(平成9)年3月6日閉館。
 
『赫い髪の女』.bmp「赫い髪の女」●制作年:1979年●監督:神代辰巳●製作:三浦朗●脚本:荒井晴彦●撮影:前田米造●音楽:憂歌団●原作/中上健次「赫髪」●時間:75分●出演:宮下順子/石橋蓮司/亜湖/阿藤海/三谷昇/山口美也子/絵沢萠子/山谷初男/石堂洋子/高橋明/庄司三郎/佐藤了一●公開:1979/02●配給並木座.jpg並木座閉館.jpg:にっかつ●最初に観た場所:銀座並木座 (79-06-03)(評価:★★★★)●併映:「女教師」(田中登)
銀座並木座  1953年オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

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現代劇にもぴったりハマった市川雷蔵の「ある殺し屋」。カルト的珍品?「初春狸御殿」。

ある殺し屋 poster.jpgある殺し屋 dvd2.jpg ある殺し屋の鍵 dvd.jpg  初春狸御殿.jpg
ある殺し屋 [DVD]」「ある殺し屋の鍵 [DVD]」「初春狸御殿 [DVD]」(市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎)

ある殺し屋2.jpg 「ある殺し屋」('67年/大映)は、普段は一杯飲屋の主人で刺身魚を自ら捌いたりしているというありきたりの市井の男だが、実はその裏の正体は、大物ヤクザの親分の暗殺なある殺し屋 title.jpgどの仕事を大金で請け負い、それがどんな困難なものであっても完遂するプロの殺し屋(武器としても用いるのは太い針)―という主人公「新田」の役どころを、市川雷蔵(1931-1969/享年37)がニヒルかつスマートに演じている作品で、続編が1作だけ作られています。
     
「ある殺し屋」1.jpg「ある殺し屋」2.bmp 助けてやった女(野川由美子)に付きまとわれてもそれを一向に相手にせず、仲間のフリをして寄ってくるヤクザ(成田三樹夫)に裏切られても、全て織り込みで既に手は打ってある―「ある殺し屋」.jpgあまりにストイックかつクールで、ストーリーだけで見ると非現実的なB級(C級とでも言うか)作品になりそうなものですが、市川ある殺し屋dvd.jpg雷蔵が演じると、殺し屋稼業をしている時でも何だかサラリーマン風にも見えたりして、そうしたステレオタイプのハードボイルド・ヒーローとのギャップ感がなかなかいいリアリティを醸していて、時にはそれが却って凄みになったりもしています。ある殺し屋.jpg 口数は少ないが男気も秘めており、結局、女よりもむしろ男が惚れる男というのはこういうものかと納得させられる(勿論、新田の場合は女性にもモテるのだが)、心地よいハードボイルド作品となっています。
ある殺し屋 [DVD]

「ある殺し屋の鍵」チラシ/「ある殺し屋の鍵 [DVD]
ある殺し屋の鍵 チラシ.jpgある殺し屋の鍵 dvd.jpg 因みに、同年12月に公開された同じく藤原審爾原作・森一生監督の「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)では、市川雷蔵が演じる主人公の新田の表向きの職業は、一杯飲屋の主人から日本舞踊の師匠に替わっており(新田は、流れ包丁だったのか? それにしてもビックリの職替え)、脱税王(内田朝雄)とか建設会社の社長(西村晃)とか政財界の黒幕(山形勲)とか色々出できて話はスケールアップしていますが(3人とも新田に殺される役!)、新田のニヒルでスマートな様は変わっていません。原ある殺し屋の鍵 title.jpgある殺し屋の鍵 1シーン.jpg作ストーリーもしっかりしていますが、ストーリーもさることながら、演じている「市川雷蔵」そのものを楽しめる作品ではないかと思います (両作品とも撮影は宮川一夫)。
「ある殺し屋の鍵」市川雷蔵/佐藤友美

「ある殺し屋」1.bmp 市川雷蔵は映画史上最高の時代劇スターと謳われた名優で、映画も「眠狂四郎シリーズ」や「大菩薩峠シリーズ」など数的には時代劇の方の出演が主なのですが、現代劇でもこんなにしっくり来る歌舞伎界出身の俳優は少ないのではないかと思われ、37歳でガンのため夭折したことが惜しまれます(それでも160本近い映画に出演したのだが)。現代劇に出ている時は歌舞伎役者的なニオイがキレイさっぱり無くなるタイプで、そうした系統では、同じく眠狂四郎を演じた片岡孝男(現・片岡仁左衛門)などがいましたが(田村正和も演じていたなあ)、ちょっとそれらと比較にならないかも(早逝したことも、イメージが損なわれないという意味ではプラスに働いているが)。

木村 恵吾 「初春狸御殿」.jpg初春狸御殿 poster.jpg この人の時代劇の方は劇場ではあまり観ていないのですが、木村恵吾監督の「初春狸御殿」('59年/大映)というのは"珍品"。所謂"マゲものミュージカル"という類で、時代劇なのに若尾文子が演じるお姫様が着物にネックレスをしているというのが可笑しく、市川雷蔵と比較されることの多い、あの勝新太郎が、完璧な二枚目役者として出ています。木村恵吾監督はこれ以前にも「狸御殿」「歌う狸御殿」「春爛漫狸祭」「花くらべ狸御殿」を撮っていて(「初春狸御殿」はシリーズ最終作)、50年代にこうした陽気な大衆映画が受けた時期があったことを知っている人がどれぐらいいるか分かりませんが、今の若い人にとってはある種のカルトムービー的位置づけになるのかも。

「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)

「ある殺し屋の鍵」森一生 1967.jpg「ある殺し屋の鍵」●制作年:1967年●監督:森一生●構成:増村保造●脚本:小滝光郎●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「消される男」●時間:82分●出演:市川雷蔵/西村晃/佐藤友美/山形勲/中谷一郎/金内吉男/ 伊達三郎/伊東光一/内田朝雄/玉置一恵/森内一夫/伊東義高/志賀明●公開:1967/12●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋」(森一生)

大井武蔵野館 1989.jpg木村 恵吾 「初春狸御殿」2.jpg「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎/中村玉緒/金田一敦子/仁木多鶴子/水谷良重/中村雁治郎/真城千都世/近藤美恵子/楠トシエ/トニー・谷/菅井一郎/江戸屋猫八/三遊亭小金馬/左卜全●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)

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差別される側の集団が互いに集団間で差別し合うという、やるせない構図を浮き彫りに。

地の群れ atg.bmp地の群れ ポスター.jpg  地の群れ2.jpg  地の群れ.jpg  
「地の群れ」パンフレット/「地の群れ [VHS]」 ['87年]
                                 
地の群れ スチール.jpg 佐世保の開業医・宇南(鈴木瑞穂)は、被爆者が寄り集まった海塔新田、またの名を"ピカドン部落"と呼ばれる地域で原爆症と思われる少女を診療するが、母親(奈良岡朋子)は、被爆者が受けていた差別を思い頑強に否定する。
 一方、海塔新田出身の少年・信夫(寺田誠)は原爆病で死んだ母親似のマリア像を盗んだことで大人たちに折檻されて以来すさんだ性格になり、被差別部落の少女・徳子(紀比呂子)が強姦される事件があった際に、彼女と顔見知りであったことから警察に呼び出される。
 犯人の体にケロイドがあったという徳子の証言から、信夫は海塔新田に住む真犯人の真(岡倉俊彦)を突き止めて父親(宇野重吉)の前で自分の無実を訴え、更に、徳子の母親(北林谷栄)が信夫の手引きで真の家を訪ね父親と言い争いになるが、思わず被爆者を罵る言葉を吐いたため、海塔新田の住人たちから投石を浴び、投げつけられたトタン板の破片で喉を切られたのが致命傷となって死に、信夫も仲間を売ったとして海塔新田を追放され、逃げ込んだ徳子の部落でも敵として追われる―。        

 被爆者、被差別部落、朝鮮人という差別される側の3つの集団が互いに集団間で差別し合うという、極めてやるせない構図(それは、差別というものが醸成されるメカニズムを示唆しているとも言える)がリアルな出来事を通して描かれていて、この物語の語り部的存在である医師・宇南も、被差別部落の関係者であり、それだけではなく、妊娠させた朝鮮人の娘を自殺に追い込んだという過去があり、更には、原爆投下直後の長崎において父親を探して歩き回った経験から今も原爆症に怯えているという、3つの差別の要素の全てに関与しているというのが、この映画の重さを象徴しています(だからこそ、宇南は、この物語の「語り部」たり得るのかも知れないが)。

モデルとなった長崎県・崎戸の昭和44年頃の情景/映画「地の群れ」(1970)より

熊井啓監督「地の群れ」1.jpg熊井啓監督「地の群れ」2.jpg 鶏を食い殺した大量のネズミが炎でメラメラと焼かれていくタイトルバックはショッキングですが、映画の中での人間の所為は、そうした映像に符号してしまう残酷さを孕んでおり、とりわけ徳子の母親(北林谷栄)が石を投げつけられるシーンと、それを庇おうとする娘・徳子(紀比呂子)の悲痛な表情は、強く印象に残るものでした。

熊井啓.jpg 熊井啓(1930‐2007/享年77)監督が「黒部の太陽」('68年)の後、日活を辞めて独立系プロダクションで撮った作品で、製作に際して「黒部の太陽」が予算約4億円だったのに対し、この作品の予算は1千万円しかなかったとのこと。
 何れにせよ、「黒部の太陽」もこの「地の群れ」もDVD化されていないのが残念です(「黒部の太陽」は2013年にDVD化された)

地の群れ   (1970年).jpg 監督自らが発掘した紀比呂子は、周囲のベテラン演技陣に支えられながらも、その瑞々しい演技で注目を浴び、この作品出演後、テレビドラマ「アテンションプリーズ」の主役に抜擢されていますが、女優・三條美紀(黒澤明監督の「静かなる決闘」などに出演)の娘であり、役者の血は争えないといったところでしょうか(テレビドラマ「アテンションプリーズ」は'06年に上戸彩主演で36年ぶりにリメイクされた)。

熊井啓 日活DVD-BOX」(「帝銀事件 死刑囚」「日本列島」「愛する」「日本の黒い夏 冤罪」所収)

全身小説家.png この骨太と言っていい作品の原作は井上光晴(1926‐1992/享年66)の同名小説『地の群れ』。井上光晴は、安部公房(1924‐1993)、埴谷雄高(1909‐1997)らと並ぶ純文学作家で、「ゆきゆきて、神軍」の映画監督・原一男が癌に冒されたその晩年を取材したドキュメンタリー映画「全身小説家」('94年)でも知られています。

地の群れ 紀比呂子.jpg「地の群れ」●制作年:1970年●監督:熊井啓●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:熊井啓/井上光晴●撮影:墨谷尚之●音楽:松村禎三●原作:井上光晴「地の群れ」●時間:127分●出演:鈴木瑞穂/寺田誠/紀比呂子/宇野重吉/松本典子/北林谷栄/奈良岡朋子/佐野浅夫/水原英子/小川吉信●公開:1970/01●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-01)(評価:★★★★★)●併日劇文化.jpg日劇文化入口.jpg映:「絞死刑」(大島渚)  
日劇文化劇場 1935年12月30日日劇ビル地下にオープン、1955年8月12日改装/ATG映画専門上映館)。日劇ビルの再開発による解体工事のため、1981(昭和56)年2月22日閉館。/「日本劇場」(左写真:「銀座百点」624号より(1980年当時))[右下「日劇文化劇場」地下入口]/「日劇文化劇場」地下入口(右写真:「音楽・映画・生活雑筆」より)
 

アテンションプリーズ1.jpgアテンションプリーズ2.jpg「ATTENTION PLEASE アテンションプリーズ」●演出:金谷稔/竹林進●制作:黒田正司●脚本: 竹林進/上條逸雄●音楽:三沢郷(作詞:岩谷時子)●出演: 紀比呂子/佐原健二/皆川妙子/范文雀/高橋厚子/関口昭子/黒沢のり子/麻衣ルリ子/山内賢/竜雷太/ナレーション:納谷悟朗●放映:1970/08~1971/03(全32回)●放送局:TBS
アテンションプリーズ主題歌:ザ・バーズ「アテンションプリーズ」(作詞:岩谷時子、作曲・編曲:三沢郷)

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徳川無声に弁士としてついて欲しかったところ。

狂った一頁 03.jpg狂った一頁/十字路.jpg 狂った一頁/十字路(パンフレット).jpg  Kurutta Ippeji, 1926.jpg
岩波ホール公開時ポスター・パンフレット (1975)   Kurutta Ippeji, A Page of Madness (Kinugasa, 1926)

A Page of Madness.jpg狂った一頁1.jpg 川端康成や横光利一ら、当時「新感覚派」と呼ばれた若い才人たちが脚本に参加して生みだした実験的無声映画。
 主人公の元船乗りの男は、かつて自分のせいで妻を追い詰めて狂人にしてしまったことに対する自責の念から、今は妻の入院する精神病院の小間使いをしているのだが、そこに玉の輿の結婚話を控えた娘がやって来て、母親が狂人であるために結婚できないと言う。小間使いは妻を精神病院から逃がそうとするが失敗する―。

狂った一頁0.jpg狂った一頁3.jpg というのが話の前段部なのですが、冒頭からいきなり踊り狂う女性の断片的なモンタージュが入り、無声映画なのに字幕も無く、しかも、主人公の空想の場面と現実の場面が錯綜するので、筋自体はわかりにくく、「ACTミニシアター」のスタッフの解説がなければ何のことやらという感じ(このミニシアターでは、黒澤明の「羅生門」上映時にも、ドナルド・リチーによる読み解きをスタッフが解説してくれた)。

狂った一頁2.jpg 主人公の小間使いは宝くじで一等賞を獲った空想し、また、娘の結婚式を空想する。そして、最後に患者たちがオタフクなどのお面をつけることを空想する―(これは、主人公の空想だと思うのだが、よく分からない...。公開時には徳川無声などが弁士としてついて、この辺りの解説をしたらしい。別録りされていないのかなあ)。

ACTミニ・シアター.jpgACTミニ・シアター2.jpg早稲田通りビル.jpg「狂った一頁」●制作年:1926年●監督:衣笠貞之助●脚本:川端康成/横光利一ほか●撮影:杉山公平●原作:川端康成●時間:84分●出演:井上正夫/中川芳江/飯島綾子/根本弘/関操/南栄子●公開:1926/09●配給:衣笠映画連盟(新感覚派映画連盟)●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-10-28)(評価:★★★?)●併映:「十字路」(衣笠貞之助)

マラー/サド2.jpg 精神病院という限定された状況設定は、ピーター・ブルック監督の「マラー/サド」('67年/英)とちょっと似ているなあと思いました(正式邦題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という長いもの。原題もギネスに世界最長大映画タイトルとして登録されている)。

MARAT SADE (1967).jpg 「マラー/サド」の舞台は19世紀はじめのフランスの精神病院で、ここでは治療の一環として演劇がプログラムに採り入れられており、そこへ収監されていたサド侯爵(1740-1814)が、フランス革命で活躍し後に暗殺されたマラーのドラマを患者達を使って演出するというもの(マルキ・ド・サド自身はナポレオン体制下で筆禍を招き、死ぬまでシャラントン精神病院に監禁されていたという説もあるが、実際には持病の皮膚病が悪化し、自宅に籠って一日中入浴して療養するような生活をする中でに政敵一派に暗殺されたようだ。暗殺後、現場で画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが有名な「マラーの死」を描いている)。
MARAT SADE (1967) 2.jpg 檻に入れられた患者たちが、看守により度々中断させられながらも演じる劇は、異様な雰囲気と張り詰めた緊張感に覆われていますが、物語劇というより前衛劇に近い印象を個人的には受けました。
マラー・サド.jpg その劇を檻の外から観る観客がいて、劇中劇の様相を呈していますが、演じているのは皆役者だったんだなあ(半分ぐらい、本当の患者が混ざっているのかと一瞬思ったが、そんなわけないか)。
Glenda Jackson 2.jpg マラーを暗殺する女性を演じているのは、後に名女優としてその名を馳せるグレンダ・ジャクソンであるし(煉瓦職人の家庭に生まれ、ロンドンの王立演劇学校で学んだ彼女は'92年のイギリス総選挙に労働党から立候補して当選、運輸大臣も務めた)、その他患者らを演じているのは殆どが英国王立シェークスピア劇団のメンバーです。

Glenda Jackson in Marat/ Sade 1967

 共に個人的には評価不能に近い作品ですが、「狂った一頁」は「マラー/サド」より40年ほど前に作られている! サイレント末期にこのような前衛的な作品が日本にあったこと自体、驚くべきことかもしれません(この作品は大正時代の最後の年に公開された)。

 「狂った一頁」」を監督した衣笠貞之助(1896-1982)は、後に「雪之丞変化」のような娯楽時代劇も撮っていて、松竹に黄金時代をもたらした監督の1人でもあります。

「マラー/サド」(「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントレ精神病院の患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」)●原題:MARAT/SADE(The Persecution and Assassination of Jean-paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis De Sade)●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:ピーター・ブルック●脚本:ペーター・ヴァイス/エイドリアン・ミ三鷹オスカー.jpgッチェル/ジェフリー・スケルトン●撮影:デヴィッド・ワトキン●音楽:リマラー/サド.bmpチャード・ピアスリー●原作:ペーター・ヴァイス●時間:119分●出演:パトリック・マギー/グレンダ・ジャクソン/イアン・リチャードソン/マイケル・ウィリアムズ/クリフォード・ローズ/フレディ・ジョーンズ/ヒュー・サリバン/ジョン・ハッシー/ウィリアム・モーガン・シェパード/ジョナサン・バーン/ジャネット・ランディス●日本公開:1968/11●配給:ユナイト=ATG●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-08)(評価:★★★?)●併映:「叫びとささやき」(イングマル・ベルイマン)
 輸入盤DVD

グレンダ・ジャクソン.jpgGlenda Jackson

  狂った一頁 03.jpg    

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シリーズ中では充実した内容。回答者のコメントが楽しい。中上級編の注目は「十三人の刺客」。

大アンケートによる日本映画ベスト150 0_.jpg 七人の侍 志村喬.jpg  洋・邦名画ベスト1501.JPG
大アンケートによる日本映画ベスト150 (文春文庫―ビジュアル版)』/「七人の侍」/『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』 (表紙イラスト:共に安西水丸

 『大アンケートによる日本映画ベスト150』は、同じ「文春文庫ビジュアル版」の『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年)の続編で、この映画シリーズはこの後、

大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150  .jpg ◆『大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150』 〔'90年〕
 ◆『洋画・邦画ラブシーンベスト150』 〔'90年〕
 ◆『大アンケートによるミステリー・サスペンス洋画ベスト150』 〔'91年〕
 ◆『ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー』 〔'91年〕
 ◆『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』 〔'92年〕
 ◆『大アンケートによる男優ベスト150』 〔'93年〕
 ◆『戦後生まれが選ぶ洋画ベスト100』 〔'95年〕

映画イヤーブック1994.jpgと続いています。これらの内の何冊かは、'90年代に毎年刊行されていた現代教養文庫(版元の社会思想社は倒産)の『映画イヤーブック』と共に愛読・活用させてもらいました。角川文庫にも『日本映画ベスト200』('90年)などのアンケート・シリーズがありますが、「ビジュアル版」と謳っている文春文庫のシリーズの方が、掲載されているスチール、ポートレート、ポスターの量と質で、角川文庫のものを上回っています。

Shichinin no samurai(1954).jpg七人の侍 パンフ.jpg7samurai.jpg 本書『邦画ベスト150』には、赤瀬川順・長部日出雄・藤子不二雄A氏らの座談会や、映画通が選んだジャンル別のマイベスト、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」といった興味深い企画もありますが、メインの「ベスト150」は、1位が「七人の侍」で、以井上ひさしs.jpg下「東京物語」「生きる」「羅生門」「浮雲」と続く"まともな"ラインアップとなっています(因みに、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」も、第1位が「七人の侍」で、あと「天国と地獄」「生きる」と黒澤作品が続く)。
Shichinin no samurai(1954)  「七人の侍」('63年/東宝)

『七人の侍』(1954) .jpg 「七人の侍」の「1位」には、個人的にもほぼ異論を挟む余地が無いという気がします。先にジョン・スタージェス監督の「荒野の七人」('60年/米)を観てオリジナルであるこの作品も早く観たいと思っていたですが、観るのなら絶対に劇場でと思い、リヴァイバル上映を待ちに待って、結局'90年代にニュープリント、リニューアル・サウンドの完全オリジナル版が15年ぶりに公開されたのを機にやっと観ました。渋谷のロードショーシアターへ、休日の昼間ではおそらく行列に並ぶことになるだろうと思い、冬の日の朝一番なら多少すいているかもしれないと思って観にいったら、観客多数のため上映館が急遽変更されていて、渋谷の街中(まちなか)を走った思い出があります。

七人の侍 1954.jpg「七人の侍」.jpg 「荒野の七人」もいい映画ではあるものの、やはりオリジナルは遥かにそれを凌ぐレベルの作品だったことを実感しました。アクション映画としても傑作ですが、脚本面でも思想性という面でも優れた作品だと思います。

七人の侍 加東大介.jpg「七人の侍」●制作年:1963年●監督:黒澤明●製作:本木莊二郎 ●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄 ●時間:207分●出演: 志村喬/三船敏郎/木村七人の侍 仲代達矢.jpg功/稲葉義男/加東大介/千秋実/宮口精二/藤原釜足/津島恵子/土屋嘉男/小杉義男/左卜全/高堂国典/東野英治郎/島崎雪子/山形勲/渡辺篤/千石規子/堺左千夫/千葉一郎/本間文子/安芸津広/多々良Shibutoh_Cine_Tower.JPG純/小川虎之/熊谷二良/上田吉二郎/谷晃/中島春雄/(以下、エキストラ出演)仲代達矢(右写真)/宇津井健/加藤武●公開:1954/04●配給:東宝 ●最初に観た場所:渋谷東宝(渋東シネタワー4)(91-12-01)(評価:★★★★★

渋東シネタワー 1991(平成3)年7月6日、「渋谷東宝会館」を「渋東シネタワー」と改称し、4スクリーンに増設して再オープン。シネタワー1(606席)、シネタワー2(790席)、シネタワー3(342席)、シネタワー4(248席)。2011(平成23)年、上層階にあったシネタワー1と2を閉鎖・改装し、同年7月15日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1・2・3・4がオープン。次いで下層階のシネタワー3・4を改装し、同年11月30日にTOHOシネマズ渋谷スクリーン5・6がオープン。

渋東シネタワービルの外観(Wikipedia)

 『洋画ベスト150』もそうですが、映画通と言われる特定の映画にこだわりを持った人々からアンケートをとっても、それらを全部を集計してしまうと、一般の映画ファンのアンケート結果とそう変わらないものになるということ、「人目にふれにくい傑作」にテーマを絞った『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』が企画されたのは「むべなるかな」という感じがします。

Jûsan-nin no shikaku (1963).jpg十三人の刺客.jpg 『中・上級篇』の方では、「日本映画ベスト44」の1位が工藤栄一(1929‐2000)監督の「十三人の刺客」、「外国映画ベスト109」の1位は「マダムと泥棒」となっていて、「七人の侍」が(前述の通り、個人的にも大傑作だと思うが)これほど賞賛されるならば「十三人の刺客」はもっと注目されるべきであるし、ヒッチコック(個人的は好きな監督だが)の作品に人気が集まるならば、「マダムと泥棒」も見て!という感じは確かにします。
「十三人の刺客」
Jûsan-nin no shikaku (1963)

 「十三人の刺客」は、将軍の弟である明石藩主というのが実は異常性格気味の暴君で、事情を知らない将軍が彼を老中に抜擢する話が持ち上がったために、筆頭老中が暴君排除を決意し、暗殺の密命を旗本島田新左衛門に下すというもの。

「十三人の刺客」 ('63年/東映)
十三人の刺客s.jpg十三人の刺客dvd.jpg 片岡千恵蔵演ずる島田新左衛門が集めた刺客は12人で、参勤交代の道中の藩主を襲うが、対する明石藩士は53名。この、2勢力の武士が、何か2匹の生き物のように画面狭しと動き回って、時代劇というよりまさにアクション映画。そうした点では「七人の侍」と見比べると、また違った味があります(脚本の「池上金男」は今年['07年]5月に亡くなった、後に『四十七人の刺客』で新田次郎文学賞を受賞する池宮彰一郎(1923-2007/享年83)。音楽は「ゴジラ」の伊福部昭!)。

十三人の刺客 工藤栄一.jpg 本書にもあるように、アクション映画は、シチュエーションを単純にしてディテールに凝ったほうが面白いと言うその典型で、ラストの30分にわたるリアルな決戦シーンとそこに至るまでの作戦の積み重ねは、「早すぎた傑作」と呼ばれるにふさわしく、公開当時はあまり評価されなかったとのこと。大体、時代物に疎く、かなり後になってビデオで観たのですが、劇場でみたら星5つだったかも(オールド・プリントで、ちょっと画面が暗い。DVDの方はどうなのだろうか)。

十三人の刺客 片岡.jpg十三人の刺客 嵐.jpg「十三人の刺客」●制作年:1963年●監督:工藤栄一●製作:東映京都撮影所●脚本:池上金男●撮影:鈴木重平●音楽:伊福部昭●時間:125分●出演:片岡千恵蔵/里見浩太朗/嵐寛寿郎/阿部九州男/加賀邦男/汐路章/春日俊二/片岡栄二郎/和崎俊哉/西村晃/内田良平/山城新伍/丹波哲郎/月形龍之介/菅貫太郎/水島道太郎/沢村精四郎丘さとみ/藤純子/河原崎長一郎/三島ゆり子/高松錦之助/神木真寿雄●公開:1963/12●配給:東映 (評価:★★★★)
片岡千恵蔵 in「十三人の刺客」

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「雨あがる」の主人公と似ている「日日平安」(「椿三十郎」の原作)の主人公。

雨あがる 山本周五郎短篇傑作選.jpg 日日平安.jpg    椿三十.bmp 「椿三十郎」1962.jpg
雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』 〔'99年〕/『日日平安』 新潮文庫/「椿三十郎 [DVD]

 『雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』('99年/角川書店)は、山本周五郎(1903‐1967)の時代小説のうち、「日日平安」「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」「雨あがる」の4編を所収し、これらは何れも黒澤明(1910-1998)監督が映画化した、或いは映画化しようとして脚本化していたものにあたります。

椿三十郎 三船 仲代.jpg椿三十郎パンフ.jpg 「日日平安」は、映画「椿三十郎」('62年/黒澤プロ=東宝)の原作で、城代家老を陥れようとする次席家老ら奸臣たちに対し、城代の危難を救うべく起ち上がった若い侍たちを素浪人が助太刀するというストーリーは映画と同じ。但し、原作の助太刀浪人・菅田平野は、映画の椿三十郎のような神がかり的剣豪ではなく(映画の中の三船敏郎と仲代達矢の"噴血"決闘シーンは有名だが、原作にこうした決闘場面は無い)、どちらかと言うと、切羽詰ると知恵を絞って苦境を乗り切るタイプで、未熟な若侍たちをリードしながらも、結構自分自身焦りまくっていたりします。

「椿三十郎」 (黒澤プロ=東宝)
『椿三十郎』(1962).jpg 城代のグループを手助けすることになったついでに、あわよくば仕官が叶えばと思っているくせに、城代の救出が成ると自ら姿を消すという美意識の持ち主で、それでも一方で、誰か追っかけて来て呼び止めてくれないかなあなんて考えている、こうした等身大の人物像がユーモラスに描かれていて、読後感もいいです。
Tsubaki Sanjûrô(1962)
椿三十郎ポスター.jpg 黒澤明は最初は原作に忠実に沿って、やや脆弱な人物像の主人公として脚本を書いたのですが、映画会社に採用されず、その後映画「用心棒」('61年)が大ヒットしたためその続編に近いものを要請されて、一度はオクラになっていた脚本を、「用心「椿三十郎」.jpg棒」で三船が演じた桑畑三十郎のイメージに合わせて「剣豪」時代劇風に脚色し直したそうで、ついでに主人公の名前まで菅田平野→椿三十郎と、前作に似せたものに変えたわけです(映画の中では、主人公が自分でテキトーに付けた呼び名とされている)。

 原作に大幅に手を加えて原作をダメにしてしまう監督や脚本家は多くいますが、黒澤明の場合は第一級のエンタテインメントに仕上げてみせるから立派としか言いようがなく(この作品は昭和47年のお正月映画だった)、「原作を捻じ曲げて云々...」といった類のケチをつける隙がありません。
  
三船三十郎と仲代.jpg「椿三十郎」●制作年:1962年●製作:東宝・黒澤プロダクション●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:小泉福造/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「日日平安」●時間:96分●出演:三船敏郎/仲代達矢/司葉子/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助/久保明/太刀川寛/土屋嘉男/田中邦衛/江原達怡/平田昭彦/小川虎之助/堺左千夫/松井鍵三/樋口年子/波里達彦/佐田豊/清水元/大友伸/広瀬正一/大橋史典●劇場公開:1962/01●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(11-01-10)(評価★★★★☆)

雨あがる.jpg 黒澤明の没後に小泉堯史監督により映画化された「雨あがる」('99年/東宝)の原作「雨あがる」の主人公・伊兵衛も浪人ですが、こちらは柔術などもこなす剣豪で、ただし、腕を生かして仕官したいのはやまやまだが、人を押しのけてまで仕官するぐらいなら妻と仲良く暮らせればそれでいいという人物。人助けの際に見せた自分の腕前が見込まれて士官が叶いそうになるが...。

雨あがる 特別版 [DVD]

雨あがる 00.jpg 映画化作品の方は、28年間にわたって黒澤の助手を務めたという経歴を持つ小泉堯史監督の監督デビュー作で、スタッフ・キャストを含め「黒澤組」が結集して作った作品でもあり、冒頭に「この映画を黒澤明監督に捧げる」とあります。

雨あがる01.jpg 元が中編でそれを引き延ばしているだけに、良く言えばじっくり撮っていると言えますが、ややスローな印象も。伊兵衛を演じた寺尾聡は悪くなかったけれど、脇役陣(エキストラ級の端役陣)のセリフが「学芸会」調だったりして、黒澤明監督ならこんな演技にはOKを出さないだろうと思われる場面がいくつかありました。
  
 日本アカデミー賞において最優秀作品賞、最優秀脚本賞(故・黒澤明)、最優秀主演男優賞(寺尾聡)、最優秀助演女優賞(原田美枝子)、最優秀音楽賞(佐藤勝)、最優秀撮影賞(上田正治)、最優秀照明賞(佐野武治)、最優秀美術賞(村木与四郎)の8部門の最優秀賞を獲得。但し、個人的には、セリフの一部が現代語っぽくなっている部分もあり、それが少し気になりました。これは黒澤作品でもみられますが(そもそも、この作品の脚本は黒澤自身)、黒澤監督作品の場合、骨太の演出でカバーして不自然さを感じさせないところが、この映画では、先の「学芸会」調も含め、そうした勢いが感じられませんでした。そのため、そうした不自然さが目立った印象を受けたのかも。

雨あがるes.jpg雨あがる-Press01.JPG「雨あがる」●制作年:2000年●製作:黒澤久雄/原正人●監督:小泉堯史●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:上田正治●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「雨あがる」●時間:96分●出演:寺尾聰/宮崎美子/三船史郎/吉岡秀隆/仲代達矢/原田美枝子/井川比佐志/檀ふみ/大寶智子/松村達雄/奥村公延/頭師孝雄/山口馬木也/森塚敏/犬山半太夫/鈴木美恵/児玉謙次/加藤隆之/森山祐子/下川辰平●劇場公開:2000/01●配給:東宝 (評価★★★)

 映画の「椿三十郎」と「雨あがる」の主人公は、剣豪という意味では同じであるものの人物造型はかなり違っている感じがしましたが、それぞれの原作においては、片や脆弱、片や剣豪、ただし、ついつい人助けをする人の良さや、自分の腕前や手柄に自分自身何となく気恥ずかしさのようなものを持っている点で、かなり通じる部分があるキャラクターだと言えるのではないでしょうか。また、こうした人物像に対する愛着が、山本周五郎と黒澤明の共通項としてあるような気がします。

 【「雨あがる」-1956年単行本〔同光社〕/「日日平安」-1958年単行本〔角川書店〕/1965年文庫化・1989年・2003年改版〔新潮文庫〕/2006年再文庫化[ハルキ文庫文庫]】

《読書MEMO》
●「日日平安」...1954(昭和29)年発表 ★★★★
●「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」...1956(昭和31)年発表 ★★★
●「雨あがる」...1951(昭和26)年発表 ★★★★

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「数式」と「阪神タイガース」。モチーフの組み合わせの新鮮さ。

博士の愛した数式.jpg 博士の愛した数式 帯.jpg        妊娠カレンダー2.jpg    博士の愛した数式 2.jpg  
博士の愛した数式』['03年/新潮社・'05年/新潮文庫]『妊娠カレンダー』['91年/文藝春秋]「博士の愛した数式」['06年] 寺尾聰/深津絵里

 2003(平成15)年度・第55回「読売文学賞」受賞作ですが、第1回「本屋大賞」(1位=大賞)も受賞していて、こちらの方が記念すべき受賞という感じではないでしょうか。また、それにふさわしい本だと思いました(因みに、2003年から始まった、紀伊国屋書店の書店スタッフが選ぶベスト書籍「キノベス」でも第1位に選ばれている)。

 シングルマザーの家政婦である主人公が派遣された家には、事故の後遺症で記憶が80分しか持たないという数学博士がいて、ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる―。

 映画にもなるなど話題になった作品であり、主人公と博士の心の通い合いが主に描かれているのだと思って読み始めましたが、途中から、博士の主人公の息子に対する愛情に焦点が当たっている感じがし、それを見守る主人公の視線の温かさ、主人公自身が癒されている感じがいいです。

 博士は80分しか記憶が持続しないわけだから、息子とは(主人公ともそうだが)毎日"初対面"の関係であるわけで、それだけに、博士の息子に対する愛情に深い普遍性を感じます。

 一方で、「海馬」を損傷したりすればそうした状態になることがあるのは知られていることですが(海馬の損傷で一番重度の症状は「陳述的記憶」が全て飛んでしまうというものであり、学術的には海馬は「宣言的記憶」の固定に関わるとされている)、新しい記憶は全く博士の中では作られていないのか、結局は主人公のことも息子のことも翌日になればすべて博士の頭の中には何も残っていないのか―といったことを、博士と過去の記憶を共有し、またそのことを自負している義姉と主人公との対峙において考えてしまいました。そもそも、記憶とは何か―。

妊娠カレンダー.jpg 以前に芥川賞受賞作の『妊娠カレンダー』('91年/文藝春秋)を読んで、文学少女版「ローズマリーの赤ちゃん」みたいに思え、芥川賞狙いとか言う依然に好みが合わず、あまりいいとは思わなかったのですが、いつの間にか力をつけていたという感じ(当初から力はあったが、自分の見る眼が無かったのか?)。

妊娠カレンダー (文春文庫)』 ['94年]

 『博士の愛した数式』は一種のファンタジーとも言える作品なのかもしれないけれども、「素数」「友愛数」「完全数」「オイラーの公式」といった数学的モチーフと'92年の阪神タイガースのペナントレースを上手く物語に取り込んでいて、この組み合わせの"新鮮さ"とそれぞれぞれの"深さ"には、大いに惹き込まれました。

博士の愛した数式 1シーン.jpg 映画化作品は「雨あがる」('00年/東宝)の小泉堯史監督、寺尾聰、深津絵里主演で、原作の終わりで主人公の"私"が"博士"を見舞った際に息子の"ルート"が「学校の先生になった」と告げていることを受けて、ある高校の教室に新しい数学担任となったルート(吉岡秀隆)がやってくるところから始まり、全体が彼の回想譚になっていますが、結果的に原作では1人に集約されていた"私"が、映画では2人(母と息子)いるような感じになって、個人的にはこの構成はしっくりこなかった気がしました。

「博士の愛した数式」('05年/監督・脚本:小泉堯史、出演:寺尾聰/深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆)

博士の愛した数式 1シーン0.jpg 「オイラーの公式」などを映画の中できちんと説明している点などは、原作のモチーフを大事にしたいと考えたのか、ある意味で思い切った選択だったと思いますが(「虚数」って高校の「数Ⅱ」で習っているはずだが殆ど忘れているなあ)、一方で、歌舞伎のシーンなど原作にない場面もあって、やや冗長な印象もありました。原作では、博士の記憶保持期間が80分からだんだん短くなっていくことを示して彼の死を示唆していますが、映画では博士と成長した息子がキャ博士の愛した数式 dvd.jpg博士の愛した数式 movie.jpgッチボールをするシーンを入れて、意図的に暗くならないようにした印象も。寺尾聰、深津絵里とも演技達者の役者ですが(寺尾聡が着ていた古着のジャケットは実父・宇野重吉の遺品とのこと)、意外と映像化すると削ぎ落ちてしまう部分が多くて(映画だけ観ればそれはそれで感動するのだろうが)、原作の持ち味を十分に伝えるのが難しい作品だったかもしれないと思いました。
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博士の愛した数式 [DVD]

「博士の愛した数式」●制作年:2006年●監督・脚本:小泉堯史●製作:椎名保●撮影:上田正治/北澤弘之●音楽:加古隆●原作:小川洋子「博士の愛した数式」●時間:117分●出演:寺尾聰/ 深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆/浅丘ルリ子/井川比佐志●公開:2006/01●配給:アスミック・エース(評価:★★★)

 【2005年文庫化[新潮文庫]】

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電機メーカーの人事制度の取材はそれなりに深いが、提案面は肩透かし。

成果主義を超える.jpg    江波戸哲夫.gif  江波戸哲夫 氏 (作家) 集団左遷3.jpg 映画「集団左遷」
成果主義を超える』 文春新書 〔'02年〕

 『集団左遷』('93年/世界文化社)、『部長漂流』('02年/角川書店)などの企業小説や『会社葬送-山一証券最後の株主総会』('01年/新潮社)、『神様の墜落-"そごうと興銀"の失われた10年』('03年/新潮社)などの企業ドキュメントで知られる作家の江波戸哲夫氏が、企業を取材し、各社の成果主義人事制度の現状を分析、考察したものです。

 一般に人事制度の取材・とりまとめは専門のジャーナリストやライターが行うことが多いのですが、著者の取材はそれらに劣らない深さがあり、企業側だけでなく労働者や労働組合のコメントも取っているところにもバランスの良さを感じます。

 ただし、ある時期(2001年前後)のある業界の一定規模以上の企業のみを対象にした分析なので、確かに電機業界はいろいろな面で日本の産業のリーダー的役割を果たしてきた面はありますが(例えば週休2日制を最初に導入した大手企業は「松下」です)、これが日本企業全体の動向かと言われると若干の疑問もあります。

 鳴り物入りで導入された新人事制度の中には、一応機能しているものもあれば尻すぼみになっているものもあることがわかり、この辺りの取材はかなり緻密で、個人的には、大企業の人事部の中には、トレンドに合わせて何か新しい制度を入れて、自社適合性のチェックは後回しになっていると言うか、軽んじられている風潮があるのではないかと考えさせられる節もあります。
 いや、"自社適合"にばかり重きを置いていたら、何も出来ないまま同業他社から遅れていく、という焦りもあるかも。

 著者は、企業がリストラをしつつも根本的には雇用延長を図っていることに着眼し、企業への帰属意識(愛社精神)の効果は確かに見過ごせないとしています。
 しかしながら結論的には、企業は、年功序列・終身雇用制を弱めて従業員の帰属意識の減退を図りながらも、仕事へのエネルギーを引き出さなければならないという難しい課題を抱えていると...。

 確かにその通りですが、こうしたやや"感想"的結論で終わっているため、タイトルから具体的な"提案"を期待した向きには肩透かしの内容となっていることは否めないと思います。
 現実は、小説や映画のようなスッキリした締めくくり方にはならないということか...。

集団左遷」 ('94年/東映)
集団左遷1.bmp集団左遷2.jpg 因みに江波戸氏の小説『集団左遷』('93年/世界文化社)は映画化もされていて、バブル崩壊後に大量の余剰人員を抱えた不動産会社が、新規事業部に余剰人員50人を送り込み、達成不可能な販売目標を課して人員の削減を図るというリストラ計画を実行し、そうした中での50人のリストラ社員たちが逆境に立ち向かっていく姿を描いたものでした。

 梶間俊一監督はヤクザ映画系の出身の人で、テンポはいいし、"成果主義を超えた"かどうかはどもかく、一応"スッキリした締めくくり方"にはなっていますが、そこに至るつくりはやや粗いような気もしました(原作は未読。読めば結構面白いのかも)。
集団左遷2.bmp 柴田恭平がリストラされた社員のリーダーを熱演していて、この映画で「熱血ビジネスマン」のイメージが定着したとも言えるのではないでしょうか(脚本は'04年に自殺した野沢尚が書いている)。

「集団左遷」●制作年:1994年●製作:東映●監督:梶間俊一●脚本:野沢尚●撮影:鈴木達夫 ●音楽:小玉和之●原作:江波戸哲夫●時間:116分●出演:柴田恭平/中村敦夫/津川雅彦/高島礼子/小坂一也/河原崎建三/萬田久子/北村総一朗/江波杏子/伊東四朗●劇場公開:1994/12●配給:東映 (評価★★★)

「集団左遷」柴田強兵/高島礼子

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