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伝記漫画の傑作。史実を追って丁寧。陰に1人の高校生の協力があった!


『劇画ヒットラー (ちくま文庫)』['90年]『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)
第二次世界大戦末期のドイツ、ユダヤ人は絶滅収容所行きを逃れるために、屋根裏に隠れて生活していた。同じ頃、パリではレジスタンスの一員が逮捕され、レジスタンス内は密通者がいるのではないかと疑心暗鬼になっていた。それでもなお、ドイツ人は史上希なる独裁者となったアドルフ・ヒットラーに熱狂していた。なぜ、ヒットラーはこれほどにも強大な独裁者となりえたのだろうか―。

水木しげる(1922-2015/享年93)が、画家志望の青年アドルフ・ヒットラーが、いかに政治の道へ進み、独裁者から破滅へ至ったのかを描いた伝記作品。「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に1971(昭和46)年5月8日号から8月28日号まで連載され(連載時のタイトルは「20世紀の狂気ヒットラー」)、ヒットラーを善人とも悪人とも決めつけずに客観的かつユーモラスに描いているのが特徴で、伝記漫画の傑作とされています。
とにかく記述が史実を追って丁寧であり、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970(昭和45)年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、近藤勇の生涯を描いた『星をつかみそこねる男』もそうでしたが、緻密さはそれ以上と思われます。
執筆にあたり、構成や資料収集を手伝う協力者・山田はじめがいましたが、ヒットラーに対する彼の考え方が作者は不満で、そこに協力を申し出たのが水木漫画ファンでナチス研究に没頭していた当時高校生の後藤修一(1952-2018)で、彼は小学2年生時からヒットラーに興味を抱いた市井のドイツ近現代史研究者であり、母校の文化祭用に作成した3時間にもわたるスライド・ドキュメンタリー「アドルフ・ヒトラー」を作者に見せる機会を得、これを見て感服した作者が200点以上の資料を彼から借り受け、さらに彼が作者宅に頻繁に通い協力したことで、歴史的事実に忠実で、登場人物の複雑な人間関係を丁寧に紹介した深い内容の作品へになったとのことです。
「ヒトラー~最期の12日間~」ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

特にラストの方の臨場感は圧巻で、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/ドイツ・オーストリア・イタリア)と比較してみるのもいいのではないでしょうか。あの映画は(個人的評価は★★★★)、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が土台となっていましたが、戦局面で追い詰められたヒットラーの狂気を端的に描いていました。一方、この水木版は、劇画のメリットを生かし、情報量が映画を上回るものとなっているように思われ、さらに、ヒットラーのキャラクターにしても、単なる狂人としては描いていません。
終盤部分だけでなく、ヒットラーの無名時代や彼が政界で台頭していく過程の描き方もいいです。こうしてみると、ヒットラーは、演説が禁止されていたり、政治犯として収監されていたり時期は自らの勢力を減じているけれども、演説の禁止や囚われを解かれると、すぐに遊説して各地の勢力図をヒットラー色に塗り替えていったことが分かり、その演説の力は凄かったのだなあと改めて思いました。
NHK・BS1スペシャル「独裁者ヒトラー 演説の魔力」2020年8月14日再放送

ちょうど今年['20年]の8月にNHK・BS1スペシャルで「独裁者ヒトラー 演説の魔力」という番組を放送しており、実際にヒットラー演説を聞いた人々をドイツ各地に訪ね、さらに150万語のビッグデータを分析してその人を惹きつける演説の
秘密を探る番組がありました。この中で驚いたのは、番組における「証言者」たる演説を聞いた人々(多くは80歳代後半乃至90歳代で、中には100歳を超える人もいた)のほとんど誰もが、当時ヒットラーの演説に気分が高揚し、好きなロックスターのライブ会場にいるような恍惚感さえ味わったことを、特に臆することなく、むしろ懐かしむように(その身振りを真似るなどして)語っていたことでした(「生演説こそが命」であるというのは、現代で言えば、先の米大統領選の候補者同士の討論会で生の公開討論を望み、リモート討論を拒否したドナルド・トランプがそれに当て嵌まるかも)。
NHKは、BSプレミアムで一昨年['18年]から再放送している「映像の世紀プレミアム」シリーズの第18集として、「ナチス狂気の集団」というのを12月12日(土)に放送するようなので(これは今年12月の放送が初放送になる)、これも観なくてはなりません(同シリーズ第9集「独裁者3人の狂気」も良かった。「映像の世紀」は過去に放映されソフト化されているものの中にも「NHKスペシャル 映像の世紀 第4集 ヒトラーの野望」などヒットラー関係の良作が多い)。
NHK・BSプレミアム「映像の世紀プレミアム」第9集「独裁者3人の狂気」2020年8月15日再放送
《読書MEMO》
●NHK BSプレミアム 2018/06/16 「映像の世紀プレミアム 第9集「独裁者 3人の"狂気"」

●単行本
『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)
『ヒットラー 世紀の独裁者』(講談社、1985年4月)
『豪華愛蔵版 コミック ヒットラー』(講談社、1989年9月)
『復刻版 劇画ヒットラー』(実業之日本社、2003年2月)
『ヒットラー』(世界文化社、2005年8月)
『ヒットラー 水木しげる傑作選』(世界文化社、2012年8月)
『20世紀の狂気 ヒットラー 他』(講談社〈水木しげる漫画大全集〉、2015年11月)


昨年['15年]11月に満93歳で亡くなった水木しげる(1922-2015)が、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、'13年6月より順次刊行中の『水木しげる漫画大全集』(全108巻(103巻+別巻5巻)の予定)の第2期配本の1つ(№065)。作者あとがきによれば、近藤勇の一生を描くことになったのは、1968(昭和43)年頃から京王線の調布に住むことになり、付近を散歩していて偶然近藤勇の墓に"面会"したのがきっかけだそうです。
巻末資料にもある通り、もともと「星をつかみそこねる男」というタイトルで連載されたにも関わらず、最初に1972年に虫プロ商事の「COMコミックス」別冊として1冊にまとめられ(「なぜか(「ガロ」の青林堂ではなく)虫プロから刊行(された)」と文中にあるが、連載中、作者に原稿料すら払えなかったほど当時の青林堂の経営が悪化していたことが原因と思われる)、その際のタイトルは「巷説 近藤勇」(左)で「星をつかみそこねる男」はサブタイトル




あとがきによると、当時、堀江氏は3カ所の原発で下請労働者として働き、原発内における作業員の労働環境の実態を密かに執筆していたところ(これが後に『原発ジプシー』という本になる)、ある日突然、「アサヒグラフ」の編集者であった藤沢正実氏から電話があり、朝日新聞東京本社で会ってみると、現在執筆中の原稿の一部を再構成して「アサヒグラフ」に掲載したい、一緒にイラストも掲載したいと思うが、水木しげる氏に依頼するつもりだとの話だったとのこと。
堀江氏の原発労働のルポルタージュ部分も読み易く、'79年4月に、東芝プラントの孫請け業者の社員だった32歳の青年が、福島第一原発の正門近くの雑木林で縊死したことから始まる書き出しは衝撃的(この青年は、福島に来る前は浜岡原発で働いていた)。遺書には、「目が悪い。頭が悪い。とにかくおれは精神的に疲れた。人生の道にもついていけない。寂しい。希望もない」とあり、「原発の仕事も考えもんだ」との言葉で終わっていたそうです。



そもそも、「ラバウルの場合、後方に十万の兵隊が、ぬくぬく生活しているのに、その前線で五百人の兵隊に死ねと言われても、とても兵隊全体の同意は得られるものではない」とも書いており、物語の中で、部下に突入を命じながら「君達の玉砕を見届ける義務がある」といって自身はそこに留まろうとしている内に流れ弾に当たって死んだ参謀も、実際には「テキトウな時に上手に逃げた」とのこと(この部分は事実の改変部分であると作者自身が書いている)。
最近の映画の中では強いて言えば、太平洋戦争末期の硫黄島攻防の際の日本側最高司令官であった栗林忠道陸軍中将を主人公にした「硫黄島からの手紙」('06年)の中で、そうした軍隊の内部粛清などの非人間的な面も比較的きっちり描いていたように思われますが、これはクリント・イーストウッドが監督した「アメリカ映画」です(ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」、ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」受賞作)。
「硫黄島からの手紙」●原題:LETTERS FROM IWO JIMA●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/スティーヴン・スピルバーグ/ロバート・ロレンツ●脚本:アイリス・ヤマシタ●撮影:トム・スターン●音楽:カイル・イーストウッド/マイケル・スティーヴンス●時間:141分●出演:渡辺謙/二宮和也/伊原剛志/加瀬亮/中村獅童/渡辺広/坂東工/松崎悠希/山口貴史/尾崎英二郎/裕木奈江/阪上伸正/安東生馬/サニー斉藤/安部義広/県敏哉/戸田年治/ケン・ケンセイ/長土居政史/志摩明子/諸澤和之●日本公開:2006/12●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆) 中村獅童 in「硫黄島からの手紙」

ところで、『続・妖怪画談』には、「塗壁」(ぬりかべ)という妖怪が紹介されていて、これは、水木氏のマンガの比較的主要なキャラクターにもなっていますが(本書のデラックス版とも言える『愛蔵版 妖怪画談』('02年/岩波書店)の表紙にも、鬼太郎ファミリーの後ろにどんと構えている)、その解説に柳田國男の『妖怪談義』を参照しており、柳田國男の
朝日新聞「号外」2015年11月30日