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半自伝的スラップスティック小説。カマーチョは、作者自身の一面のパロディではないか。
"La tía Julia y el escribidor"
『フリアとシナリオライター (河出文庫) 』['23年](装画:imid)
法学部の学生の僕(マリオ)は、作家になることを目指しながら、ラジオ局でニュース担当として働いているが、両親が米国にいるため、祖父母の家に下宿ながら、ルーチョ叔父さんの家に出入りするうちに、ルーチョ叔父さんの奥さんの妹フリアを愛するようになる。一方、僕の勤めるラジオ局は、ボリビアから、ラジオドラマのために「天才」シナリオライター兼監督兼声優のペドロ・カマーチョを迎え、彼のドラマ劇はその破天荒なストーリーによって、国民的人気を博することになるが―
2010年にノーベル文学賞を受賞したペルーの作家マリオ・バルガス=リョサ(Mario Vargas Llosa、1936-)が1977年に発表した作品で(原題:La tia Julia y el escribidor)、「半自伝的スラップスティック小説」とありますが、主人公のマリオは18歳、フリア叔母さんは32歳とのことで、実際にバルガス=リョサは19歳で14歳年上の義理の叔母フリア・ウルキディ=イリャネスと結婚しているので(後に離婚)、その時の周囲の反対をいかにして乗り切ったかという体験が、作品に反映されているように思います(但し、かなりスラップスティック風に脚色されている模様)。
Mario Vargas Llosa y Julia Urquid Illanes,París, 7 de junio de 1964
18世紀のイングランドで、恋人同士が結婚について親からの同意が得られそうもない場合に、イングランドからスコットランドに入ってすぐの場所にあるグレトナ・グリーンで式を挙げて夫婦になるという「グレトナ・グリーン婚」というのが流行ったというのを本で読んだことがありますが、それを彷彿させるような2人の駆け落ち婚で、「式を挙げてしまえば勝ち」みたいなのが宗教上の背景としてあるにしても、そこに至るまでもその後も、なかなか大変そう。
これはこれでドタバタ劇風でもあり面白いのですが、より面白いのは、1章置きに挿入されているペドロ・カマーチョのラジオ脚本で(主人公も小説を習作しているが、これはつまらない内容らしい)、結婚式の当日に倒れた妹を殺そうとする兄の話、巡回中に見つけた黒人を殺すように命じられた軍曹の話、強姦の罪で捕えられながらも無実の証として法廷で一物を切り落とそうとする男の話、ネズミ駆除に情熱を燃やす男と彼を憎み襲撃しようとする家族の話、等々、かなりエキセントリックな物語が、それぞれクライマックスで、"この結末は一体どうなるのか"という感じで終わっています。
ペドロ・カマーチョの脚本は、やがて本来別々の物語の登場人物が混在してきたり、その職業が入れ替わっていたり、死んだはずの人間が生き返ったりとおかしくなってきて、何よりも物語の展開が、大暴動や大崩壊といった天変地異盛り沢山のカタストロフィ調になってきて、とうとう彼は精神病院に送られてしまいます(何年か後に主人公が彼と再会した時には廃人か世捨て人のようになっている)。
訳者は解説で、未熟な作家としての「僕」を描くと共に、ペドロ・カマーチョをも「未熟な作家の鏡像」として描いているのではないかとしていますが、バルガス=リョサという作家は、毎朝タイプの前に座って何も書けなくても6時間は粘ると話していて、1日10時間を執筆に充てるペドロ・カマーチョとちょっと似ているかも(ペドロ・カマーチョは、この他に1日7時間を声優・監督業に費やす、まさに「過労死」ペースの仕事ぶりだったわけだが)。
ペドロ・カマーチョの脚本は、脚本でありながら、この作品の中では小説のスタイルで書かれていて、文体も「僕の話」とさほど変わらず、また実際に面白く(重厚なスラップスティックとでも言うか)、その中の1つだけでも中編か長編になりそうな話が9本もこの作品に挿入されているというのは、作者自身がこうした物語のスタイルに関心があるということではないかと思ってしまいます(ラテンアメリカの文学作家で、推理小説やユーモア小説を書く人は多いが)。
作者自身が、劇中劇の形を借りて楽しみながら書いているフシがあり、また、自分はこんな面白い話をいくらでも書けるんだぞーと見せつけられた感じもします(何しろ、国民的人気を博したという設定のドラマの話を、実際に書いてみせているわけだから、やはり自信ありなんだろうなあ)。
「書く」ということについて「書いた」小説だと思うし、そう捉えるならば、ペドロ・カマーチョを作者はどう捉えているかというのが大きなテーマであるには違いなく、個人的には、作者は必ずしもペドロ・カマーチョを「未熟な作家」と断じ切っているようには思えず、むしろペドロ・カマーチョは、作者が自分自身の一面をパロディ化したような存在ではないかという気がしました。
【2023年文庫化[河出文庫]】
マリオ・バルガス・リョサ(ノーベル賞受賞のペルー小説家)
2025年4月13日、リマ市内で死去。89歳。

1936年、南部アレキパ生まれ。国立サンマルコス大で文学などを学び、ペルーの風土や社会問題を描いた長編小説「緑の家」(66年)で広く知られるようになった。19世紀のブラジルで起きたカルト集団の反乱を扱った歴史長編「世界終末戦争」(81年)でリッツ・パリ・ヘミングウェー賞を受賞した。2010年には「権力の見取り図を示し、個々の人々の抵抗や反乱、敗北などのイメージを鮮やかに表現した」として、ノーベル文学賞を受賞。コロンビアの故ガブリエル・ガルシア・マルケスさんらと並んで、ラテン
アメリカ文学を代表する作家と位置付けられた。このほかの代表作は「楽園への道」、「イラク日記」(ともに03年)、「戯曲、オデュッセウスとペネロペ」(07年)など。政治にも強い関心を示し、1990年の大統領選に立候補したが、初挑戦だったアルベルト・フジモリ氏に敗れた。
マリオ・バルガス・リョサさん=2023年5月、メキシコ中部グアダラハラ(EPA時事)



Mario Vargas Llosa


バルガス=リョサが1988年に発表した作品で(原題:Elogio de La Madrastra)、父親と息子、そして継母という3人家族が、息子であるアルフォンソ少年が継母のルクレシアに性愛の念を抱いたことで崩壊していく、ある種アブノーマル且つ"悲劇"的なストーリーの話。
当時からガルシア=マルケス、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、フリオ・コルタサルと並んでラテンアメリカ文学の四天王とでもいうべき位置づけにあった作家が、こうしたタブーに満ちた一見ポルノチックともとれる作品を書いたことで、発表時は相当に物議を醸したそうですが、バルガス=リョサの描く官能の世界は、その高尚な文学的表現のため、どことなく宗教的な崇高ささえ漂っており、「神話の世界」の話のようでもあります。そのことは、現在の家族の物語と並行して、ヘロドトスの『史記』にある、自分の妻の裸を自慢したいがために家臣に覗き見をさせ、そのことが引き金となって家臣に殺され、妻を奪われた、リディア王カンダウレスの物語や、ギリシャ神話の「狩りの女神」の物語が挿入されていることでより強まっており、更に、物語の展開の最中に、関連する古典絵画を解説的に挿入していることによっても補強されているように思いました。



「エマニエル夫人」はいかにもファッション写真家から転身した監督(ジュスト・ジャカン)の作品という感じで、モデル出身のシルヴィア・クリステル(1952-2012/60歳没)が、演技は素人であるにしても、もう少し上手ければなあと思われる凡作でしたが、フランシス・ジャコベッティが監督した「続エマニュエル夫人」('75年)になっても彼女の演技力は上がらず、結局は上手くならないまま、シリーズ2作目、3作目(「さよならエマニュエル夫人」('77年))と駄作化していきました。内容的にも、第1作にみられた性に対する哲学的な考察姿勢は第2作、第3作となるにつれて影を潜めていきます。その間に舞台はタイ → 香港・ジャワ → セイシェルと変わり「観光映画」としては楽しめるかも知れないけれども...。でもあのシリーズがある年代の(男女問わず)日本人の性意識にかなりの影響を及ぼした作品であることも事実なのでしょう。
同じくシルヴィア・クリステル主演の、ロジェ・ヴァディムが監督した「華麗な関係」('76年/仏)も、かつてジェラール・フィリップ、ジャンヌ・モロー、ジャン=ルイ・トランティニャンを配したロジェ・ヴァディム自身の「危険な関係」('59年/仏)のリメイクでしたが、原作者のラクロが墓の下で嘆きそうな出来でした。
同じ年にシルヴィア・クリステルは、ヴァレリアン・ボロヴズィック監督の「夜明けのマルジュ」('76年/仏)にも出演していて(実はこれを最初に観たのだが)、アンドレイ・ピエール・マンディアルグ(1909 -1991)のゴンクール賞受賞作「余白の街」が原作で、1人のセールスマンが、出張先のパリで娼婦と一夜を共にした翌朝、妻と息子の急死の知らせを受け自殺するというストーリー。メランコリックな脚本やしっとりしたカメラワーク自体は悪くないのですが、「世界一美しい娼婦」という触れ込みのシルヴィア・クリステルが、残念ながら演技し切れていない...。
何故この女優が日本で受けたのかよく解らない...と言いつつ、自分自身もシルヴィア・クリステルの出演作品を5本以上観ているわけですが、個人的には公開から3年以上経って観た「エマニエル夫人」に関して言えば、シルヴィア・クリステルという女優そのものが受けたと言うより、ピエール・バシュレの甘い音楽とか(「続エマニュエル夫人」ではフランシス・レイ、「さよならエマニュエル夫人」ではセルジュ・ゲンズブールが音楽を担当、セルジュ・ゲンズブールは主題歌歌唱も担当)、女性でも観ることが出来るポルノであるとか、商業映画として受ける付加価値的な要素が背景にあったように思います(合計320万人の観客のうち女性が8割を占めたという(『
バルガス=リョサの熟女指向から始まって、ほとんどシルヴィア・クリステル談義になってしまいましたが、シルヴィア・クリステル主演の「エマニュエル夫人」はエマニュエル・シリーズの初映像化ではなく、この作品の5年前にイタリアで作られたチェザーレ・カネバリ監督、エリカ・ブラン主演の「アマン・フォー・エマニュエル(A Man for Emmanuelle)」('69年/伊)が最初の映画化作品です(日本未公開)。 
「シビルの部屋」のストーリーは、シビルという16歳の少女がポルノ小説を書こうと思い立って、憧れの中年男に性の手ほどきを受け、その体験を本にしたところベストセラーになってしまい、執筆に協力してくれた男を真剣に愛するようになった彼女は、今度は手を切ろうとする男に巧妙な罠をしかけて陥落させようとする...というもので、原作はエマニュエル・アルサンの半自伝的小説であり、アルサンは実際にこの作品に出てくる「ネア」という小説も書いている-と言うより、この映画の原作が「ネア」であるという、ちょっとした入れ子構造。映画化作品は、少女の情感がしっとりと描かれている反面、目的のために手段を選ばないやり方には共感しにくかったように思います。
「エマニエル夫人」のジュスト・ジャカン監督は、ポーリーヌ・レアージュのポルノグラフィー文学として名高いSM文学小説『
O嬢を演じたコリンヌ・クレリーが出た映画では、「ホテル」('77年/伊・西独)というものがあり、あらすじは以下の通り。
て「僕は観てないよ。要は、高級なポルノグラフィさ」と述べている)。全体の暗い雰囲気はいかにもドイツという感じ。これを観た「新橋文化」は山手線のガード下にあり、列車が通る度にガタガタうるさい音がするのが記憶に残っています。コリンヌ・クレリーは、この作品の後「007 ムーンレイカー」('79年/英)にも出演し、ロイス・チャイルズに次ぐ"第2のボンド・ガール"となりますが、歴代で最もセクシーなボンド・ガールだったとの声も一部にあるようです。
「エマニエル夫人」●原題:EMMANUELLE●制作年:1974年●制作国:フランス●監督:ジュスト・ジャカン●製作:イヴ・ルッセ=ルアール●脚本:ジャン=ルイ・リシャール●撮影:リシャール・スズキ●音楽:ピエール・バシュレ●原作:エマニュエル・アルサン「エマニュエル」●時間:91分●出演:シルヴィア・クリステル/アラン・キューリー/ダニエル・サーキー/クリスティーヌ・ボワッソン/マリカ・グリーン●日本公開:1974/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:三鷹オスカー(78-07-17)(評価:★★)●併映:「続・エマニエル夫人」(フランシス・ジャコベッティ)/「さよならエマニエル夫人」(フランソワ・ルテリエ)

「さよならエマニエル夫人」●原題:GOOD-BYE, EMMANUELLE●制作年:1977年●制作国:フランス●監督:フランソワ・ルテリエ●製作:イヴ・ルッセ=ルアール●脚本:


「華麗な関係」●原題:UNE FEMME FIDELE●制作年:1976年●制作国:フランス●監督:ロジェ・ヴァディム●製作:フランシス・コーヌ/レイモン・エジェ●脚本:ロジェ・ヴァディム/ダニエル・ブーランジェル●撮影:クロード・ルノワ●音楽:モルト・シューマン/ピエール・ポルト●原作:ピエール・コデルロス・ド・ラクロ「危険な関係」●時間:91分●出演:シルヴィア・クリステル/ジョン・フィンチ/ナタリー・ドロン/ジゼール・カサドジュ/ジャック・ベルティエ/アンヌ・マリー・デスコット/セルジュ・マルカン●日本公開:1977/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:三鷹東映(78-01-16)(評価:★☆)●併映:「エーゲ海の旅情」(ミルトン・カトセラス)/「しのび逢い」(ケビン・ビリングトン)
「夜明けのマルジュ」●原題:LA MARGE●制作年:1976年●制作国:フランス●監督:ヴァレリアン・ボロヴズィック●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●撮影:ベルナール・ダイレ



「O嬢の物語」●原題:HISTOIRE D'O●制作年:1975年●制作国:フランス●監督:ジュスト・ジャカン●製作:エリック・ローシャ●脚本:セバスチャン・ジャプリゾ●撮影:ロベール・フレース●音楽:ピエール・バシュレ●原作:ポーリーヌ・レアージュ●時間:105分●出演:コリンヌ・クレリー/ウド・キア/アンソニー・スティール/ジャン・ギャバン/クリスチアーヌ・ミナッツォリ/マルティーヌ・ケリー/リ・セルグリーン/アラン・ヌーリー●日本公開:1976/03●配給:東宝東和●最初に観た場所:三鷹東映(78-02-04)(評価:★★)●併映:「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)/「スキャンダル」(サルバトーレ・サンペリ)
「ホテル」●原題:KLEINHOFF HOTEL●制作年:1975年●制作国:イタリア・西ドイツ●監督:カルロ・リッツァーニ●製作:ジュゼッペ・ベッツァーニ●脚本:セバスチャン・ジャプリゾ●撮影:ガボール・ポガニー●音楽:ジョルジオ・ガスリーニ●原案:バレンティーノ・オルシーニ●時間:105分●出演:コリンヌ・クレリー/ブルース・ロビンソン/ケイチャ・ルペ/ウェルナー・ポチャス/ペーター・カーン/ミケーレ・プラチド - ペドロ ●日本公開:1981/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新橋文化劇場(83-09-17)(評価:★☆)●併映:「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)/「スキャンダ


ペルーの港町タラーラ付近で、串刺しにされ、睾丸を引き裂かれた惨殺死体が木に吊るされているのが発見され、町の警官リトゥーマは上司のシルバ警部補と犯人捜査にあたるが、殺されたのは、ペルー北端の都市ピウラ生まれで同地の空軍基地所属の志願兵パロミノ・モレーノという、歌が上手なロマンティック詩人風の青年であり、彼が「高嶺の花」と呼ぶ女性と最近、密会を繰り返していたことが分かる―。
チリの田舎町の「刑事もの」という感じであるため、日本の刑事ドラマと比較でエスニック感覚で興味深く読めたし、ストーリーはそれほど複雑ではないですが、シルバ警部補が空軍大佐への面会を申し込み、大佐の態度から彼が事件に関わっていることを知るとともに、モレーノが「高嶺の花」と呼んでいたのが実は大佐の娘であり、この娘に妄想癖があるところから、ちょっとややこしくなるかも(レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドのハードボイルドにあるパターンだなあ)。