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死刑という重いテーマにミステリも絡めるが、ラストはもやっとした感じになった。

柚木麻子 教誨0.jpg柚木麻子 教誨1.jpg柚木麻子 教誨.jpg
教誨』['22年]
教誨 (小学館文庫 ゆ 8-1)』['25年]

 吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚・三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。香純は、響子の遺骨を三原家の墓に納めてもらうため、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉の真意を探るため、事件を知る関係者と面会を重ねてゆく―。

 主人公の香純が幼い頃に一度だけ出会ったことのある死刑囚・響子の遺骨を実家の墓に納めてもらおうする中、刑の立会人から聞いた「約束は守ったよ、褒めて」という響子の最期に遺した言葉の意味を探る流れと、刑務所において、受刑者としての響子の刑が執行されるまでの教誨師の交流を通しての人間の心の奥底にある葛藤や再生を、交互に描いた物語となっています。

秋田「連続」児童殺人事件.jpg畠山鈴香.jpg 自分の娘を川で死なせ、他人の子も殺めたと思われる事件の枠組みは、2006(平成18)年の4月から5月にかけて起きた「秋田連続児童殺人事件」を下敷きにしていると思われますが、作品そのものは実話に基づいた作品ではなく、あくまで小説でありフィクションです(因みに「秋田連続児童殺人事件」の畠山鈴香被告は無期刑が確定している)。

 ただし、『教誨師』で第1回「城山三郎賞」を受賞したノンフィクション作家・堀川惠子氏が文庫解説を書いていることからも窺えるように、死刑という命や倫理に深くかかわる問題を深く扱っています。個人的には、自分の死を受け入れる境地に至っていた響子が、これから処刑されることを告知された際に腰が抜けて立てず、失禁までしてしまったというのが、非常にリアルに感じました。これが死刑執行の際の実態に近いのではないかと思われます。

 一方で、主人公の香純から見た、「約束は守ったよ、褒めて」という響子の最期に遺した言葉の意味は何だったのかを探る旅は、ミステリの様相を帯びていますが、結局、響子は母親の呪縛から解放されなかった(或いは、自らをその呪縛の中に閉じ込めた)ということだったのでしょうか。

 ただ、それが「真実」であるにしても「事実」は変わらず、その辺りがミステリとしては弱いと思います。重たいテーマやモチーフに対して、ミステリの部分が中途半端になるのは『慈雨』や『盤上の向日葵』にも見られた傾向ですが、今回は「死刑」という重いテーマを扱っただけに、ミステリの部分が添え物的になった印象がありました。もともと力量のある作家だと思われるので、やや肩透かしを喰った気もします。

 堀川惠子氏の文庫解説が、死刑囚・三原響子の生い立ちを死刑囚・永山則夫のそれと被せて書いているため、「環境要因論」的な印象を受けなくもないですが、「元々の悪人はいない」ということを言いたかったのでしょうか。それにしても(響く人には響くのだろうけれども)自分としては響子が母親の呪縛から逃れられない理由がよく分からず、もやっとした感じのラストだったように思います(ミステリ的要素を絡めたのが果たして良かったのか)。

【2025年文庫化[小学館文庫]】

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

2018年「本屋大賞」.jpg 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。

2020.11.9 旭屋書店 池袋店
20201109_1盤上の向日葵.jpg盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作の評価★★☆に対し、映画は取り敢えず星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス。その結果、★★★という評価に)。)

屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg:東宝●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★)●併映(同日上映):「決算!忠臣蔵」(中村 義洋)
    


   

   
新宿ピカデリー 

シアター1  580席(2) 17.20m × 7.20m 4階に所在。サラウンドシステムにコンサートホール用スピーカーを完備。
       25席(1) プラチナシート21(1)+プラチナルーム2×2。
シアター2  301席(2) 13.00m × 5.50m 7階に所在。4K上映対応。
シアター3  287席(2) 12.80m × 5.30m 7階に所在。
シアター4  127席(2) 8.40m × 4.60m 9階に所在。
シアター5  157席(2) 9.00m × 4.80m 9階に所在。
シアター6  232席(2) 10.80m × 4.50m 9階に所在。
シアター7  127席(2) 7.90m × 3.30m 11階に所在。
シアター8  157席(2) 8.90m × 3.70m 11階に所在。
シアター9  127席(2) 8.00m × 3.30m 11階に所在。
シアター10  115席(2) 7.90m × 3.30m 11階に所在。

  
神木隆之介 in NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年)/TBSテレビ系日曜劇場「集団左遷‼」(2019年)/ドラマW 土曜オリジナルドラマ「鉄の骨」(2019年)
神木隆之介「いだてん.jpg 神木隆之介 集団左遷!!.jpg ドラマW 2019 鉄の骨2.jpg
 
かがみの孤城 アニメ.jpg アニメ映画「かがみの孤城」('22年/松竹)監督:原恵一

《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ0盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いドラマ用ゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg0盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演:千葉雄大/大江優成/柄本明竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

2025年映画化「盤上の向日葵」監督:熊澤尚人 出演:坂口健太郎/渡辺謙/佐々木蔵之介/高杉真宙/小日向文世/音尾琢真/柄本明/土屋太鳳
盤上の向日葵 映画.jpg

IMかがみの孤城2.jpg『かがみの孤城』...【2021年文庫化[ポプラ社文庫](上・下)】
『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

●文庫Wカバー版
I『屍人荘の殺人』.jpg


2024.10.20 ポンテポルタにて
IMG_20241027_170610.jpg

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重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

 この『慈雨』は「『本の雑誌』ノンジャンル・ベスト10」の第1位にも選ばれていますが、塩田武士氏『罪の声』('16年/講談社)と1位を競ったようです。最後は『本の雑誌』の発行人で、今は「本屋大賞」実行委員会代表も務める浜本茂氏が推して1位になったようで、『孤狼の血』が前年2位だったので、雪辱を果たしたことになります。
2016ベスト10本の雑誌.jpg

【2019年文庫化[集英社文庫]】

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