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短篇集第3弾。罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れている。いい意味でも悪い意味でも。
フェルディナント・フォン・シーラッハ  刑罰 00.jpg
刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5) 』['22年]      『刑罰』['19年]
フェルディナント・フォン・シーラッハ  2.jpg 短篇の名手が、罪と罰の在り方を問うた、デビュー作『犯罪』(2009年)、第2弾『罪悪』(2010年)に続く短編集としては第3弾(2018年3月の原著刊行。原題:Strafe)。「参審員」「逆さ」「青く晴れた日」「リュディア」「隣人」「小男」「ダイバー」「臭い魚」「湖畔邸」「奉仕活動(スボートニク)」「テニス」「友人」の12編を収録。12編の共通項は、作中で罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れていることです(これはシリーズ共通のモチーフとも言える)。

「参審員」... 不幸な男遍歴を重ねてきたキャサリンが、政治団体を経てソフトウェア会社に就職する。ある日、彼女は参審員に任命されるのだったが、実は彼女は精神を病んでおり―。ドイツは参審員制度。日本の裁判員制度も同じ参審員制度だが、事件ごとに選出される日本の裁判員と異なり、ドイツの参審制は任期制となっている。両方に共通する難しさをこの作品は指摘しているように思えた。よく、参審員が被害者証人に感情移入し過ぎることを問題視されるが(そう言えば日本でも裁判員が下す死刑判決が多くなっている)、この作品もそう。ただし、そうした人物を参審員から外してしまった結果、罪人は重罰を免れ、被害者証人の身に何が起きたかという話になっている点が皮肉であり、また衝撃的でもあった。

「逆さ」... 弁護士シュレジンガーは、かつて無罪を勝ち取った依頼人がその後殺人に走ったという経験をきっかけに酒に溺れていた。そんな彼が、殺人事件の国選弁護人になる。被疑者である被害者の妻には動機も手段も証拠もあったが、本人は「殺していません」と言い続ける。そんな折、弁護士の許へ借金の取り立て屋のヤセルがやってきて、弁護士をボコボコにする―。このヤセルが事件解決の糸口をシュレジンガーに与えるというのが面白い。しかし、ヤセルは調書を見ただけで事件の真相がよく分かったなあ(ホームズか刑事コロンボ並み)。この事件が、アル中の弁護士シュレジンガーの復活の糸口にもなることを予感させる。ヤセルは弁護士にとって"恩人"になったということになる。だからシュレジンガーが彼を暴行罪で訴えることはないだろう。

「青く晴れた日」... 乳児を殺した罪で母親が有罪になり刑務所に収監される。出所して自宅に帰ると夫は平然とした態度をしており―。女は夫の身代わりとなることで3年半を棒に振った上に、子ども死の真相が今になって判ったわけで、夫の死は言わば因果応報ではあるけど、他殺死には違いない。でも、女に罪の意識が湧かないものも理解できる。裁判が結審した後で弁護士にすべて話すというのは、一事不再理の原則を下敷きにしてのことか。

「リュディア」... 離婚した男が寂しさを埋めるためにラブドールを買う。ラブドールにはリュディアと名前をつけた。男はリュディアと愛を育むが―。隣人が人形偏愛の変質者の"恋人"を"凌辱"し、その復讐でボコられてれてしまう話。この人形偏愛の男、禁固6カ月で執行猶予付きかあ。「そんなに悪くない」とにラブドールのリュディアに語る男。実質、無罪みたいなものだからなあ。

「隣人」... 24年間連れ添った妻を亡くしたブリンクマン。そんな矢先、隣の家に夫婦が引っ越してくる。ブリンクマンは夫婦の妻の方のアントニーアと親しくなる。アントニーアには亡き妻の面影があった。彼女の夫がクルマの下にもぐり込んでいる時、ブリンクマンは―。この話に出てくるアントニーアはセクシーで魅力的。愛と欲望が発作的犯行を後押しする。その愛ゆえに彼は後悔していないが、何年か後に弁護士にすべてを打ち明けるつもりらしい。これも、一事不再理原則を下敷きにしてのことか。

「小男」... 小男のシュトレーリッツは43歳独身。そんな彼がコカインの取引に手を染める。警察に逮捕されて裁判になるが―。自宅アパートの地下室で5キロのコカインを偶然見つけたことで"大物"犯罪者になる主人公。気分良くしていたら、犯行時に犯した酒気帯び運転の判決が先に下って、麻薬所持の方はその一環の事件と見做され、一事不再理の原則から裁かれないことに。折角"大物"気分でいたのに...(笑)。一事不再理、続くなあ。

「ダイバー」... 恋愛結婚した夫婦。ところが、夫が妻の出産を目の当たりにしてから変になり、彼は自分の首を締めながら自慰をする性癖にふけるようになる。ある日、教会から帰った妻が浴室に入るとに、浴室で自慰行為にふけっていた夫が首吊り状態で死んでいた―。夫がダイバースーツに身を包んでいるというのが、何かドイツっぽい。スキャンダルを恐れ、スーツを脱がせ遺体をベッドに寝かせるなどしたことが、結果的に妻が疑われる原因となった。優先すべきは「現場保存」だったが。妻がカトリック教徒であり、話が聖金曜日から始まり、復活祭の月曜に幕を閉じることから、浴室で首を括っていた夫を下す妻は、あたかもキリスト降架乃至聖母マリアによるピエタ像のようでもある。

「臭い魚」... 160の異なる民族がひしめき合う地区に暮らす11歳の少年トムは、仲間たちに肝試し的に強要されて、戦災に遭ったアパートに〈臭い魚〉とあだ名された老人を侮辱する。ところが、トムは老人の真実を知って後悔することに―。子供というのは、子供だけの世界が存在する分だけ残酷になり得る。トムに疑いがかかり、実際の老人に石を投げて重傷を負わせた連中は罪を逃れる理不尽。

「湖畔邸」... フェーリックス・アッシャーは火炎状母斑があったが、祖父だけは「あざは秘密の地図だ」と語ってくれた。その祖父が所有していたオーバーバイエルンの湖畔の邸に、彼は幼い頃よく遊びに行っていた。50代になって両親を亡くしたアッシャーは、退職して祖父の邸を入手し、そこに住む。ところが、別荘地開発によって地域の静寂が乱され、彼は人が変わってしまう。ある日、邸の地下の武器庫から銃を取り出し―。、結局アッシャーは裁かれなかったが、証拠が無いためなのか、精神異常と見做されたのか。疑わしきは罰せず、独白は個人のプライバシーであるため、自白とは見做されないということなのか。

「奉仕活動」... トルコ移民の娘セイマは、厳格な両親からイスラム教の規範を押し付けられていた。しかし、知的なセイマはそれを嫌がり、司法の道に進む。弁護士事務所に就職したセイマはある日、人身売買の刑事事件を担当することになり、ルーマニアから拉致されて男の相手をさせられていた女性が証言台に立つのだが―。セイマが弁護することになった男は、女性を騙して"奉仕活動"をさせる極悪人だった。セイマが弁護を拒否すると、裁判長に国選弁護人に指名されてしまう(国選って拒否できないのか)。そもそも、この裁判長が被告に証人の証言内容を喋ったのが悲劇の素だが、駆け出し弁護士に降りかかる理想と現実のギャップが痛々しい。それでも、法の世界に背を向けず、なんとか踏みとどまろうとするセイマの苦い心の内。

「テニス」... フォトジャーナリストの女(36歳)。その夫(57歳)はテニスを嗜んでいたが、同時に浮気もしていた。女は浮気の証拠である別の女のネックレスを目立つ場所に置いた後、ロシアに出張する―。妻はそこまで狙ったわけではいが、夫はネックレスに足を滑らせ、大怪我を負う(因果応報?)。テニスクラブで負けることのなかった夫が、現在は車椅子で会話すらできず、同じクラブで今は女がテニスしてる。犯罪ではないが、女の潜在意識が現実化した感じ。夫の介護費用は大丈夫?かと思うが、女は"バリキャリ"のようで心配無さそう。彼女がこれから性を満喫することを予感させるラスト。一緒に暮らし続けることの方が、むしろ怖い。

「友人」...「私」の幼馴染リヒャルトは金持ちの子弟だった。長じてからは一族の財産を管理する銀行に就職し、やがて妻も娶る。ところが、そこから彼は薬物依存となり身持ちを崩す。2年後、リヒャルトからのメールで彼に会ってみると―。子供が授かれないことからくる夫婦の相剋。外へジョギングに出た妻は暴漢に遭って死んでしまい、犯人は殺人罪となったが、妻の運命を変えられたかもしれないという思いがリヒャルトを打ちのめしているということ。事件の犯人は裁かれるが、被害者の夫が、罪は犯してないのに罰を受けているような状況にあるという独自のパターン。最後に、語り手がこの事件をきっかけに、事件簿を記し始めたことが示唆されている。

 冒頭に述べたように、基本形は、罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れているというものですが、それが裁判や法律の限界を示しやるせなさやもどかしさを感じさせるものと、裁かれないことが却って"救い"となっているものがあるのが興味深いです。「悪い意味でもいい意味でも」と言うか、「法律」の限界と「法」の幅とでも言ったらいいのでしょうか。

 作者8年ぶりの短編集ですが、力が落ちていないと言うか、デビュー作『犯罪』(2009年)の切れ味に戻っているように思いました。

【2022年文庫化[創元推理文庫]】


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安楽死(自殺幇助)問題を扱った戯曲。議論の〈拮抗〉から「死ぬ権利」が宗教的な壁を乗り越えつつあると見て取れる。
フェルディナント・フォン・シーラッハ 神.jpgフェルディナント・フォン・シーラッハ 2.jpg フェルディナント・フォン・シーラッハ
』['23年]

 78歳の元建築家ゲルトナーは、医師に薬剤を用いた自死の幇助を求めている。彼は肉体的にも精神的にも健康な状態だ。ただ、愛する妻を亡くし、これ以上生きる意味はないと考えている。ドイツ倫理委員会主催の討論会が開催され、法学、医学、神学の各分野から参考人を招いて、彼の主張について議論することになった。「死にたい」という彼の意志を尊重し、致死薬を与えるべきか? ゲルトナーのホームドクターや顧問弁護士も意見を述べ、活発な議論が展開される。だが、最終的な結論をくだすのは―観客の「あなた」だ―。

 2012年(第9回)「本屋大賞」で初めて「翻訳小説部門」が設けられ、その時に第1位をとったのが、刑事事件弁護士であった著者が2009年に発表したでデビュー作『犯罪』('11年/東京創元社)であり、それから10作目にあたるのが、2020年発表のこの戯曲(原題:Gott)です。作者はミステリ作家ですが、本作について言えば、純文学に近かったです。

「すべてうまくいきますように」2021.jpg 本書にも出てきますが、ドイツでは2015年に連邦議会が自死の介助を医師が行うことを処罰する法律を制定しましたが、2020年に連邦憲法裁判所がこれを違憲無効としています。フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」('21年/仏・ベルギー)という、安楽死を望む父親を、娘(ソフィー・マルソー)たちがスイスの合法的安楽死協会にフランス当局の追手を振り切って送り届けるという映画がありましたが、今ドイツは安楽死についてはスイスと同様にリベラルなものとなっているようです。この戯曲では、そうした安楽死を巡って揺れ動くドイツ国内さらには国外の情勢を同時並行的背景としながら、安楽死(自殺幇助)の是非についての倫理的議論が展開されていきます。

死ぬということ-医学的に、実務的に、文学的に.jpg 安楽死(医師の臨死介助)を整理すると、①消極的臨死介助(延命医療の中止)、②間接的臨死介助(緩和ケアの投薬で死期を早める)は日本でも容認されていますが、③自死を希望する者に安楽死用の薬剤を投与する自死介助まで容認できるのかどうかが国によって違ってきます(因みに、黒木登志夫『死ぬということ―医学的に、実務的に、文学的に』 ('24 年/中公新書) では、「延命治療拒否(消極的安楽死)」は死に直接介入しないため「安楽死」の概念から外し、「自殺幇助」も「安楽死」から外し、「安楽死」(積極的安楽死)を「延命治療拒否」と「自殺幇助」の中間にあるものと位置づけ、さらにそれを「間接的臨死介助」と「直接的介助」に分けている)。

 この2幕構成の戯曲は、解説の宮下洋一氏も書いているように、第1幕の前半は「目と耳で捉えることができた科学的な世界」でしたが、後半は「神という非科学的世界」であり、難しく感じられ、「この後者の世界を閑却して安楽死を語ることは、欧米人にとって意味を持たない」ということなのだろうなあと思いました。

 宮下氏は、「日本人が『神』から推察できることは何か。それはおそらく、西洋諸国が捉える「死ぬ権利」について、日本人が同じ土俵で語ることは難しいという現実ではないだろうか。現代の西洋的な価値観と宗教観に基づくのであれば、安楽死は必ずしも否定されるべきではないのかもしれない」とも述べています。「彼らは、公然と「死ぬ権利」を主張するように、個が尊重される社会で生きている」「それに対し日本は、自己決定そのものが難しい社会だ」と。

 因みに、2015年から現在(2022年)まで7年間にわたり世界の安楽死を取材してきた宮下氏によると、取材を開始した当初は、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグを始め、アメリカの一部の州のみが、安楽死を容認する代表的な国や州であったのに対し、2016年以降、カナダ、ニュージーランド、スペイン、オーストラリア、イタリア、ドイツと西洋諸国は次々と安楽死の法制化を実現し、フランスも2023年まで安楽死法の可決を目指しているとのことです(2024年12月現在、まだ"議論中"だが、「医師支援による自殺」をフランス人の約9割が支持しているという調査結果もあるようだ)。こうした背景には先進国の少子高齢化などがあるようですが、だからと言って日本もすぐにそうなるかというと、そう簡単にはいかないでしょう。

 この作品を読んで思ったのは、西洋の場合、「安楽死」を巡る問題がそのまま、命とは誰のものか(神が与えてくださったものではないか)という議論に直結するということで(『神』というタイトルに納得)、そうした中で、この作品では安楽死の是非が〈拮抗〉した議論となっています。西洋社会の現況としても、先に述べたように安楽死容認の動きが進んでおり、この作品における〈拮抗〉も、「死ぬ権利」が宗教的な壁を乗り越えつつあることの反映と見て取れるように思いました。ただし、日本ではこの種の葛藤自体が無いため、宮下氏が言うように、日本人は日本人で、独自の死生観を構築していかざるを得ないのでしょう。

《読書MEMO》
世界の安楽死の現状:(医師による自殺幇助は除く)
世界の安楽死の現状.jpg

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短篇集第2弾。時にユニークに、時に衝撃を持って描かれた"事件簿"。

シーラッハ 『罪悪』.jpg シーラッハ 罪悪.jpg  シーラッハ 罪悪2.jpg
罪悪 (創元推理文庫) 』['16年]           『罪悪』['12年]

 2012年より「本屋大賞」で新設された翻訳部門で第1位となった短編集『犯罪』(2009年の原著刊行)に続く短篇集第2弾で(2010年原の著刊行、原題:Schuld)、「ふるさと祭り」「遺伝子」「イルミナティ」「子どもたち」「解剖学」「間男」「アタッシュケース」「欲求」「雪」「鍵」「寂しさ」「司法当局」「清算」「家族」「秘密」の15編が収録されています。本自体の厚さは200ページ前後と前作とほとんど変わりませんが、前作と比べて収録短編の数が少し多く、その分、1作当たりが短めでしょうか。

すなわち前作に比べて短い短編も収録されているというわ

「ふるさと祭り」... 小さな町の六百年祭。町の住人たちからなるブラスバンドの男たちは、みな白粉に口紅、つけ髭で扮装をしていた。転んでビールを浴びた給仕の娘の裸がTシャツに浮かび上がると、突然皆で襲い始めて―。語り手の弁護士としての初仕事が、暴漢たち(といっても元は普通の市民だったはずだが)の弁護かあ。しかも、裁判に勝ってしまう。娘の父親の痛々しさ。弁護士が罪を犯した気分になるのがわかる。

「遺伝子」... 家を出て乞食をしている17歳の少女ニーナと、同じく駅で暮らしていて知り合った24歳の青年トーマス。60歳から65歳くらいの老人に、家に誘われるが、ふとしたはずみで殺してしまい―。好色老人は強姦魔になるまでには至らなかったわけで、後からそれを知ったトーマスがまずいと思ったわけだ。19年(時効成立の1年前か)平穏に暮らしていたのになあ。捜査方法なので、「遺伝子」と言うより、原題通り「DNA」でいいと思う。

「イルミナティ」... 人付き合いの苦手なヘンリーは寄宿学校で出会った60代の美術の女性教師に絵の才能を認めてもらう。ところが秘密結社イルミナティを名乗るグループに目をつけられ、陰惨ないじめのターゲットになってしまう―。男子寄宿学校生らの"生け贄"の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。裁かれるべき者が充分に裁かれないもどかしさ。

「子どもたち」... 妻ミリアム(29歳)と幸せな家庭を築いていたホールブレヒト(38歳)。しかし「24件の児童虐待」容疑(24件中にミリアムの学校の教え子もいた)で捕まってしまったことでホールブレヒトの人生は一変。3年半の禁錮刑の判決が下される―。女の子の嫉妬は怖い。過去の事件が冤罪であった場合、真犯人が少女であったにせよ、マスコミ報道を敢えてしないということがあるのだろうか。

「解剖学」... 勇気を振り絞って声を掛けたのに「タイプじゃないわ」と冷たくあしらわれ恨みに思った男は、女の殺害計画を立てる。解剖道具などすべての準備を整え(サイコパスか)、計画を実行に移すばかりだったが―。まさにこれからとき事故に遭うわけで、相手は過失致死罪なのだが結果として殺人を未遂に終わらせたわけで、1年半の執行猶予付き有罪判決というのは、軽くて済んだということか。

「間男」... 高級紳士服店を経営する48歳のパウスルベルクと弁護士である36歳の妻。サウナでのある出来事を契機に2人はいつしか妻が他の男と関係することに興奮を覚えるようになっておりその秘密の楽しみはうまくいっていたが―。匿名の関係性の中に知っている人間が入ってくると、微妙な変則的(変態的)関係が崩れて、おかしくなってしまうのか。

「アタッシュケース」... ベルリンの環状高速道路で見回りをしていた婦警が、一台の車のトランクを調べると、死体の写真が18枚入ったアタッシュケースが見つかる。運転手は自分は運ぶよう頼まれただけだと言って―。この人の作品はたまにこういう完全迷宮入り事件があるが、「作者の事件簿」という触れ込みにリアリティを持たせるため?

「欲求」...幸せな家庭を築いているもののいつしか自分をからっぽだと思うようになった彼女は、ストッキング売場の棚の前で30分も立ちつくし。やがて一足をコートに押し込んで、レジを通り抜けたが―。不要なものを万引きするのは病気だろう。本当に問題解決したか怪しい。

「雪」... 特別出動コマンド(SEK)に突入され麻薬密売の容疑で捕まった老人。老人は確かに千ユーロで、ブツを小分けしたい密売人に部屋を貸していたのだ。やがて見知らぬ若い女性が面会にやって来て―。老人、女、その恋人。売人を巡る掟は厳しい。老人の女への思い遣りが唯一の救いか。

「鍵」... フランクとアトリスはクスリで儲けるためにロシア人と取引しようとしていた。金を入れた駅のコインロッカーの鍵を預かるのがアトリスの係だったが、飼い犬バディが鍵を飲み込んでしまって―。"鍵"を巡るドタバタ劇。墟リスは間抜けそうに見えて、意外としっかりしていたのかも。

「寂しさ」... 14歳のラリッサは、隣のアパートに住む父の友人のラックなーに脅され、無理やりに乱暴されてしまう。やがてラリッサは体調が悪くなり、吐き気やめまい、腹痛を感じるようになり―。望まない妊娠に至る事件。赤ん坊は死産だったから、殺人ではなく死体遺棄だと思うが、証明しようがないね。一応ハッピーエンドだが、最後に覗く女性の想い。自らの"腹を痛めた子"には違いないか。

「司法当局」... 飼い犬同士の争いがケンカに発展し、相手の犬を蹴った加害者と思しきタュランが逮捕されるが、彼は犬も飼っておらず、そもそも彼は生まれつき脚が悪い。しかしトゥランは何も行動しようとせず―。「事件簿」らしい誤認逮捕の例。

「清算」... アレクサンドラは優しい夫との間にザスキアという娘が生まれ、幸せに暮らしていた。しかし、やがて夫は酔うと彼女に暴力をふるうようになる。ザスキアを連れて逃げ出すが―。DV回避のための夫殺し。裁判長は理解ある人物で、正当防衛が成立。しかし、本当に彼女が殺したのか。ラストの一文が答え。

「家族」... 日本の僧院で修業し、日本の自動車メーカーで働き、退社後は株で儲けてバイエルンの湖近くに豪邸を建てたヴァラー。やがて父親違いの弟フリッツ・マイネリングがブラジルで犯罪で捕まると、助けてやろうするが―。異父兄弟でありながら、片や努力して成功を勝ち取った男と、片や更生できない根っからの犯罪者。ヴァラーの父も喧嘩や泥棒の常習犯だったのだが、その気質が血の繋がりの無い方に引き継がれていた?

「秘密」... カルクマンと名乗る男が毎朝〈私〉の弁護士事務所を訪ねて来てCIA(中央情報局)とBND(ドイツ連邦情報庁)に追われているという話をする。〈私〉は彼を精神科医に連れて行くが―。短い話である分、ラストが効いている(笑った)。

 裁判所や弁護士の力で簡単に解決出来ない複雑な事件が、時にユニークに、時に衝撃を持って描かれた短編集。最初の方は暗い話が多かったけれども、読んでいくうちにいいバランスになっていった感じ。1作当たりが短めであるということもあってか、前作『犯罪』ほどのインパクトはないですが、それぞれの話が短い分読みやすく、また、楽しめる一冊になっています。

【2016年文庫化[創元推理文庫]】

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弁護士の事件簿といった感じ。社会の暗部をリアルに反映する一方で、暖か味も。

シーラッハ 犯罪.jpg シーラッハ 『罪悪』00.jpg
犯罪 (創元推理文庫)』['15年]       Ferdinand von Schirach   『犯罪』['11年]
シーラッハ 犯罪01.jpgシーラッハ.jpg 弁護士である作者の2009年発表のデビュー作で(原題:Verbrechen)、自身の事務所が扱った事件をベースにしたという連作物語集。ただし、文庫解説の松山巖氏は、そう称していることも含めて純然たる創作であろうと述べていて、推測の根拠として守秘義務とその叙述手法を挙げています。ドイツ本国では「クライスト賞」ほか文学賞3冠を受賞。日本では「翻訳ミステリー大賞」にノミネートされたほか、「本屋大賞」で2012年より新設された翻訳部門で1位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)でそれぞれ2位にランクインしています。所収作品は「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」の11編です。

「フェーナー氏」... 開業医フェーナー氏は、今の妻と結婚する前、彼女に懇願されて生涯彼女を捨てないと誓った。その後、共に生活するようになってから彼女の本性が徐々に現れ、彼女から様々な嫌がらせを受ける。それを50年も我慢した氏だったが、遂に耐え切れなくなり、妻を殺める―。現代人にとって「誓う」という行為は何の意味もないとされているが、フェーナー氏は"現代人"ではなかったと作者は説明する。自分が立てた誓いに自分でがんじがらめになってしまったフェーナー氏。普通ならさっさと離婚すればいいのにと思うのだが、身近にもこうした夫婦はいそうで、しみじみとした気分にさせられる。

「タナタ氏の茶盌」... チンピラの若者たちが豪邸に押し入って金庫を奪う。中には現金と高級腕時計のほか、古い陶器が入っていた。彼らは陶器を30ユーロで売る。ところが、それはタナタ家に400年以上にわたって伝わる家宝だった―。ギャングがそのチンピラたちを締め上げて漁夫の利を得ようとするが、なぜかそのギャングらが次々と殺される。背後にいたのは金持ちの老人タナタ氏。非力な風采に似合わず、実はとても恐ろしい人でもあったということか。東洋的神秘主義的な雰囲気もある作品。

「チェロ」... 建設会社2代目のタックラーには、テレーザとレオンハルトという2人の子がいた。タックラーは妻を亡くした後、使用人を介して姉弟を厳しく躾ける。耐え切れなくなった2人は、テレーザが音楽大学に入学するという口実で、町を出る。ある日、レオンハルトが事故で記憶を失ってから悲劇は始まる―。ほとんど神話的な破滅の物語(近親相関)だった。結末からするに、父は父なりに子どもたちを愛していたということか。

「ハリネズミ」... カリムの一家はレバノン人の犯罪者の家系で、末っ子のカリムには8人の兄がおり、いずれも前科者。ところが、カリムだけは彼らと違って天才的頭脳を持つ優等生だった。「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはただ1つの大事なことだけ知っている」。周囲は誰もがキツネで自分だけハリネズミ。ただし、そのことを隠して二重生活を送るカリム。窃盗を犯した兄の法廷弁論で、彼は双子トリックの応用で裁判官や検事を煙に巻く―。その賢さを最後まで周囲に気取られないところが、人間的にもクレバー。

「幸運」... 東欧出身のイリーナは祖国で酷い目に遭ってドイツに不法移民し、今はベルリンで売春婦として働く。やがてイリーナはカレという心優しい男性と同居することになるが、ある日、イリーナと客との間に"事件"が起きる―。愛ゆえに自分が罪を被るというのはなかなか出来ない(恋人が罪を犯したと思ってしまったわけだが)。弁護士の導きもあったかと思うが、検察官はその愛の心意気を慮ったととれなくもない。

「サマータイム」... ベイルートの難民キャンプで生まれ育ったアッバスは、ドイツに渡って将来を賭ける。彼は麻薬密売人になり、シュテファニーという女性と恋仲になるが、そのシュテファニーが何者かに殺される―。タイトルがネタバレになっているではないかと思ってしまったが、実は、弁護士が、「写真の中の15時が夏時間に換算されるとすれば、実際には14時になるはずです」と堂々と主張している点がトリックであると、ネットで見て知った(正しくは。は16時になる)。論述トリックだったのか。すると犯人は誰?

「正当防衛」... 男が2人の暴漢にナイフと金属バットで襲われるも、あっさり返り討ちにして2人とも殺害する。逮捕された男は身元不明だった。正当防衛か、それとも過剰防衛か。男が黙秘を通すため、正体は判明しない―。武器を持った暴漢2人を返り討ちし、しかも急所を一撃してとどめを刺していることからして「特殊工作員」か何かとしか考えられないのでは(周辺で起きた事件との関係からみても)。供述も証拠もなければ釈放するしかない。弁護士の腕の見せ所もなく、そのむしゃくしゃした気持ちがラスト一行に表れていた。

「緑」... 伯爵の御曹司フィリップは最近羊を殺害してその目をくり抜くことを繰り返しているようだ。そんな折、彼が駅まで送った女の子が行方不明になる―。結局フィリップは妄想型統合失調症と診断される。殺人などはやっていないというのは、読んでいて大方見当がついた。だだ、人間や動物が数字に見えるという病状が興味深かった。

「棘」... 博物館に就職したフェルトマイヤーは「棘を抜く少年」という彫像に拘りを覚える。果たして少年は足の裏に刺さった棘を抜いたのか気になるのだが、確認するも棘が見当たらない。さらに、彼は他人の靴底に画鋲を仕込み、それを抜くところを見て快感を覚えるようになる―。これも、精神にやや異常をきたした人物の話。思えば、仕事のローテーションが行われなくなり、退職の日までひたすら「棘を抜く少年」の部屋で警備を続けることになってしまったのが、フェルトマイヤーの心がおかしくなっていった原因だろう。

「愛情」... 大学生のパトリックが恋人の背中をナイフで切りつける。その動機は彼が恋人を食べたいと思ったから―。精神異常の話が続くなあ。途中で佐川一政の名前が出てきて、彼は東京でレストラン評論家になってるとのこと。知らなかった。2022〈令和4〉年に73歳で亡くなっている。

「エチオピアの男」... 捨て子のミハルカは学生時代から周囲と上手くいかず、長じてからは身長197cmの大男になっていた。彼は衝動的に銀行強盗をし、その金を持ってエチオピアに飛ぶ。エチオピアで彼は村のために様々な献身をする。しかし、いつしか当局が―。精神異常の話が3つ続いたが、最後はいい人の話というか、メルヘンチックな話で締めた印象。ドイツでの犯罪をエチオピアでの善行で相殺―ドイツの検察は国際的に中立の立場を取るということか。

 ミステリと言っても純粋なミステリではなく、弁護士の事件簿といった感じで、今まであまり見ないタイプで新鮮でした。創作であるにしても、実際の事件からヒントを得たのでしょう。ドイツ社会の暗部や歪みがリアルに反映されています。一方で、客観的な描写スタイルをとりながらも、人間に対する暖かい眼が感じられました。(解説で知ったのだが)11篇のすべての作品には林檎が出てくるという遊びなども愉しめます。

【2015年文庫化[創元推理文庫]】

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